華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.519
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
その日以降、跡部の枕元には可愛らしいユキヒョウのぬいぐるみが置かれることになったが、「キングたるも…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
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その日以降、跡部の枕元には可愛らしいユキヒョウのぬいぐるみが置かれることになったが、「キングたるもの美しい獣の一匹や二匹引き連れているものだぜ」という、傲岸不遜極まりない宣言を受けた同室のメンバーは、もはや何も言えないらしい。たとえ「美しい獣というより可愛らしい獣だな」と思っていたとしても。
「どうなん、その後」
「まあ以前よりは眠れるようになったな」
「跡部あのユキヒョウちゃん可愛いね! 俺の羊も貸してあげよっか!」
「ありがとな、ジロー。気持ちだけもらっとくぜ」
そしてそれ以来、可愛らしい獣のおかげで跡部にも比較的良質な眠りが訪れるようになっていた。しかしながら、訊ねてきた忍足は「そういうんちゃうんやけどなあ」と跡部の返答には不服そうだ。
滝が送ってくれたジュレロワイヤルを口へと運びながら、跡部は忍足を見やる。彼が何を言いたいかは分かっていた。その上であえてかわしてみせたのだ。
日に日に募っていく手塚への気持ちは、秘めておかねばならない。
手塚が自分のことを気遣ってくれたことはとても嬉しく思っている。だからこそだ。友人として認識してくれている手塚に、自分が応えられるめいっぱいの誠意。
「黙っとることが誠意かっちゅー見方もあるけどなぁ……見とるこっちはもどかしぃてならんわ。むしろここにおらん滝が羨ましいっちゅーねん」
「テメェが勝手に首突っ込んでるだけだろうが。俺の戦いに口出すんじゃねーよ」
以前よりぐっと近づいてしまった距離は、嬉しくも、苦しくもある。無理に諦めようとしたり、忘れようとは思わなくなった。いつか、時間の経過とともに薄れていってくれることを願うばかりだ。
「今日は総入れ替え戦チームシヤツフルなんだ、余計なことは考えたくねえ」
この想いを余計なものとするのは気が引けるが、恋に浮かれたままの気持ちで勝てるほど容易な試合ではない。
この合宿でさらに強くなったつもりだが、それは相手も同じことだ。油断なんて言葉は跡部景吾の辞書にない。
それは、手塚も同じようだった。
始まった総入れ替え戦チームシヤツフル、手塚の対戦相手は青学の元部長・大和。在籍中の試合では手塚の圧勝だったらしいが、すでに勝った気分でいる切原に肯定は返さなかった。
「全国大会優勝、おめでとうございます。部長として大変だったでしょう」
「ありがとうございます。チームのメンバーに恵まれました」
「それはそうと、君はなぜこんなところにいるんですか?」
二人が交わす会話が聞こえてくる。大和の言葉に、跡部は違和感を覚えた。手塚ほどの選手が、選抜に呼ばれないわけはないのに、なぜ、なんて。
「聞きましたよ、ドイツのプロチームから誘いを受けているそうじゃないですか。とっくにドイツに行ったものだと思っていました」
目を瞬く。どうしてそれを考えていなかったのか。手塚の体が、わずかに強張ったように見えた。
「――ドイツ?」
「なんや手塚クン、スカウト受けとったんかいな」
考えてみれば当然のことだ。手塚ほどの選手に、声がかからないわけがない。
彼自身も望んでいるプロへの道。それが目の前に拓けているのに、何故こんなところで、たかがコートを二つ上がるための試合に挑んでいるのか。
その理由は、容易に知れた。
「選抜候補の一員としてベストを尽くすこと……今は、それしか考えていません」
「やれやれ。青学の柱の次は日本ジュニアの柱というわけですか」
馬鹿が、と跡部は奥歯を噛みしめる。大和と一緒になって責め立ててやりたい気分だった。
いくら目指し努力を重ねても、プロになれるプレイヤー、さらに成功を収める人間なんてほんの一握りだ。
その一握りになるだけの実力があり、チャンスが巡ってきているのに、何を足踏みしているのかと。
――――くそ、気づいてやれなかった。迷っていたんじゃねえのかよ、手塚。
つい先日だ。お前がプロになろうとしているのなんて見ていれば分かると言ってやったのは。思えば手塚がそんなことを訊いてくること自体がおかしかったのだ。他人からどう見えていようと、自分の意志は貫き通す男だというのに。
自分の想いをコントロールするのに精一杯で、垣間見た彼の迷いに気づけなかったことが悔やまれる。
手塚はまた、五番コートを勝たせるために、中学生選抜の思いが込められたこの試合を勝利に導くために、腕に負担をかけている。
「手塚ァ、無茶するんじゃねえ! また腕を痛めたらどうする!」
声をかけても、手塚は聞きやしない。とことん頑固で不器用な男だ。
なぜそうなのだろう。どうして自分の声が届かないのか。心配していると自分はちゃんと告げたはずだ。
気に留めておくような重要な存在ではないということなのかと、眉間にしわを寄せかけたけれど、思い出す。
良い友人だと思っていると、口下手な彼がきちんと伝えてくれたあの言葉を。
ならば、届くはずだ。
「手塚ぁ!」
今度は手塚が振り向いてくれる。
「柱ってヤツは、なにもお前の専売特許じゃねえだろ。アーン? ちったぁ俺たちのことを――信用しろよ」
以前は、青学の連中を信用してやれとしか言ってやれなかった。だけど今度は、自分も含めて信用してみろと言ってやれた。
ひとつ瞬いた後に交錯した視線には、もう迷いは見当たらない。
「もっと、楽しませてもらってもいいですか。――テニスを」
迷いの晴れた手塚国光は天衣無縫へと到達し、その場にいた者たちをどよめかせる。ただ一人、跡部景吾を除いては。
――――さすが、俺様の惚れた男じゃねーの。
手塚がその領域に到達しようと、何の不思議もない。ぞくぞくするほどの充足感に満ち足りて、跡部は手塚のプレイを余すところなく見つめ続けた。
そうして無事に勝利を収め、こちら側に戻ってこようとした手塚を、足を上げて阻む。
「――ドイツ、行きたいんだろ? アーン?」
この期に及んで選抜チームを云々などとは言わせない。手塚がいるべきところはここではないのだから。
「跡部……」
「行って、とっととプロになっておけ。俺もすぐに追いかける」
激励のようにも、挑発のようにも受け取れるだろう。とっととプロになって、同じくプロになる自分との再戦に備えておけと。
それは明確に伝わったようで、手塚は力強く頷いてくれた。微笑みさえたたえてだ。それだけで、充分だ。
「二勝一敗、いよいよ王手だ!」
手塚の背中を見送って、跡部はチームの仲間を振り返る。
手塚から引き継いだ中学生選抜に、勝利を。
それは容易なことではなかったけれど、跡部はプライドもこだわってきた美技もかなぐり捨ててボールを追った。十一月には珍しい雪も、左足首の痛みも、すべてを受け止めて走る。
ただこのボールを返すために。ただこのチームを率いていくのにふさわしいと自他共に納得させるために。
「約束は果たさせてもらうぜ、手塚あぁ――!」
ここで躓くようならば、柱を担う資格などない。手塚を追いかける道など拓かれない。
入江のコートに返ったボールが、跡部に向かってくることは――なかった。
続行不能となった体をベンチに横たわらせられる。
勝てはしなかったけれど、餞になるだろうか。
跡部は雪が降りてくる空をじっと眺め、もう帰るバスに乗っただろう手塚を思い描いた。
「ドイツは…………遠いな……」
勝敗を決する最終戦が始まった今、跡部の小さな呟きが他の誰かの耳に入ることはなかった。
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