華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.518
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
「跡部、なんや眠そうな顔しとるなあ。ジローも顔負けやで」 食堂での、忍足の厭みに応戦するだけの気力も…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2022.04.10 No.518
ありがとうございます!
次のページ >> / / << 前のページ
初期表示に戻る
「跡部、なんや眠そうな顔しとるなあ。ジローも顔負けやで」
食堂での、忍足の厭みに応戦するだけの気力もない。本当に眠いとこめかみを押さえる。
ここ数日、充分な睡眠を取れたとはとてもじゃないが言えない状態である。
「…………ベッドが硬ぇ……」
「出たわ、この坊ちゃんが」
枕が変わった云々で眠れないほど繊細ではないつもりだが、家のベッドに比べると粗末過ぎて寝るのに集中力がいる。心身ともに休める道具であるはずなのに、これでは意味がない。
加えて、目を閉じるとどうしても手塚のことが浮かんでくる。
「眠れねえんだよ。厄介なもんだな……近くにいすぎると、楽しむ余裕がなくなってくる」
「純情やな。泣けてくるわ」
「うるせえ」
食堂を見渡すと、手塚は不二や菊丸とテーブルを共にしている。楽しめる状況ならばあそこに割って入ったかもしれないが、今はそんな気力もない。
――――くそ、今日も腹が立つほどいい男じゃねーの。……って、あァ? ……なんだ、アイツ。
少し元気がないように見えるな、と手塚の所作を目で追いかける。先日あった同士討ちのせいだろうか。
選抜に招聘された中学生の半数が、脱落させられた。その中には、手塚が目をかけていた越前リョーマも含まれている。
もっとも、越前は試合もせず不戦敗扱いだったのだが、それも手塚が元気がないことに拍車をかけているのだろう。
「アイツ、試合になると容赦ねーのにな……甘ぇんだよ」
「ウチはもともと実力主義やから、脱落者が出るんは慣れとるだけや。甘いて悪態吐いとるけど、そんなとこにも惚れとんのやろなぁ」
「だから、うるせえって言ってんだろ」
「この際やから訊いたるけど、なんでアイツなん? どこがええんやろ、アレ」
何がこの際だと跡部は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。どうにもこうにも面白がっているこの友人を、叩きのめしてやりたい気分だ。
「話したら、三日三晩かかりそうだが?」
未だに視線だけで手塚を追いながら答えてやれば、予想だにしなかったのか、忍足は珍しく赤らんだ顔を背ける。一矢報いた気分になったものの、戦況は良くない。
手塚には、友人としてしか見られていないのが分かっている。それは当然のことで、誰を責める気にもなれない。
早いところ諦めてしまわなければと思うのに、想いは日に日に募るばかりだ。
それこそ毎日顔が見られる状況というのがまずい。忘れる、諦めると決意した傍から鉢合わせてしまうものだから、簡単に決意が揺らぐ。
自分はこんなにも意志の弱い生き物だったのかと知らされることになって、頭が痛い。
それも手伝って、毎晩ろくに眠れていない。
今朝も入れ替え戦が組まれているというのに、こんなことでどうするのだ。
現在跡部は七番コート、手塚は八番コートだ。今日の対戦相手はお互い五番コートの高校生。手塚なら難なく五番に上がるだろう。こちらも負けるわけにはいかない。
叶わない想いなら、忘れなければいけない想いなら、せめて友人として対等な位置にいたい。
それが、自分なりの誠意だ。
「跡部、珍しく眠そうだね。平気かい?」
食事を終えたらしい不二が、返却口に向かう道すがら声をかけてくる。不二にまで悟られるとはと舌を打ち、自分の不甲斐なさを呪った。
「跡部なあ、ベッドが硬い言うて寝られへんらしいで」
「ええーっ。跡べー、もしかしていつもは天蓋付きのおっきいベッドとかで寝てんのー?」
贅沢ー、と菊丸までもが加わってくる。
「いや、天蓋はついてねえが、俺様のベッドはキングサイズだぜ」
「あぁ……それならここのは狭いだろうね。二段ベッドだし」
どうしようもないけれどと不二が続ける。これが中学生だけの選抜合宿で、ある程度融通の利くところなら部屋割りなどに口も手も金も出しただろうが、そうもいかない。この環境に慣れる方が先決だなと指先で眉間を揉んだ。
「跡部、入れ替え戦は問題ないのか?」
そんな跡部に、手塚が声をかけてくる。
「この程度で俺様の前進は阻めねーぜ」
そうか、とだけ言って手塚は食器の返却口へと向かう。あまりみっともない姿を晒していたくない跡部としては、ありがたかった。
「あれ、手塚が一番心配そうにしてたのににゃー。まあ手塚らしいっちゃ手塚らしいけど」
「は?」
「跡部の顔色が良くない気がするって言うから、わざわざ遠回りしてあげたのにね」
仕方ないなと不二も菊丸も肩を竦める。「じゃあ跡部も今日の入れ替え戦シヤツフルマツチ頑張ってね」と、二人とも手塚を追っていった。
じわじわと上がってくる熱は、きっと頬を紅潮させていることだろう。忍足の視線が痛い。
「あーとべ」
「うるせえ」
「何にも勝る栄養剤やなあ」
「うるせえ、ちくしょう……」
悔しい、と髪をかき上げつつ、テーブルに寄りかかる。
友人として接していたいと思ってやった傍から、やはりこれだ。いっそ気づいていての仕打ちではないのかと思うほど、逃げ道を塞がれる。
――――駄目だ、くそ。……やっぱりアイツが好きだ。どうしようもねえ。
ぐるぐると思考が巡る。忘れる努力より、諦める努力より、今は抑えきる方に力を使わなければいけない。まったく腹の立つ! と拳をテーブルに叩きつけて、愛しい男を呪ったりなんかした。
無事に入れ替え戦に勝利し、跡部は五番コートに上がった。言わずもがな、手塚も同様だ。
与えられた特訓をこなし、食事と入浴を済ませ、座学ルームでパソコンを広げる。
談話室では絶えず誰かいて騒々しいし、自室もだ。トレーニングルームでは自主トレをしてしまうということで、許可をもらって使わせてもらっている。
跡継ぎとしても、勉学としても、テニス以外の情報収集も欠かせない。
加えて、わずかではあるが家の事業の手伝いや、生徒会の引き継ぎ事項も済ませなければならない。
メールのチェックと世界情勢、株の動きを確認して経済誌を電子で購入しようとしたその時、出入り口のドアが開いた。
「ここにいたのか、跡部」
姿を現したのは手塚だった。
「どうしたよ、手塚」
「……既読にならなかったから、どこかで行き倒れているのかと思ったぞ」
「アーン?」
眼鏡を指先で押し上げる手塚は、少しばかり怒っているように思う。どうやら自分を探していたようで、跡部はポケットに入れていた携帯端末を取り出した。手塚から『どこにいる?』とメッセージが入っていたことに、今気がついた。
「悪い。気づかなかったぜ」
「コートにもいなかったからな。ここにいると黒部コーチに聞いたんだ」
「家の仕事があるんだよ。他のところじゃ集中できねえ」
「邪魔をしてしまっただろうか」
気まずそうな手塚に気がついて、跡部は「いいや」とパソコンを閉じる。
手塚がわざわざ探していたということは、よほど大事な用事があったのだろう。視線で促せば、手塚は隣に腰を下ろした。
「何かあったのか?」
「眠れないなら眠れないなりに、早めに体を休息させた方がいいんじゃないかと言おうと思っていたんだが……家のことなら仕方がないな」
「……もしかして、わりと心配させちまったのか」
朝も、顔色が悪いと心配してくれていたようで、こくりと頷く手塚に、申し訳ない気持ちが膨らむ。
良質な睡眠が取れていないというだけで、充分とは言わないまでも休息はしている。日々の試合や特訓にも支障は来きたしていないはずなのだが、こうして探してくれるほどには心配をかけていたようだ。
「ありがとな。今日はもうこのまま休むぜ」
雑誌を読むくらいは部屋でやろうかと思っていたが、止めることにした。これ以上手塚を煩わせてしまってはいけない。
「跡部、手を出せ」
「なんだよ?」
言われて素直に手のひらを差し出せば、その手の上にぽすんと落とされる、ふわ、もふ。
跡部はぱちくりとまあるく目を見開いた。
「…………なんだこれ」
「猫だ。多分」
手のひらに落とされたのは、ふわふわもふもふとしたぬいぐるみ。頭の上に小さな耳と、お尻にしっぽがついている。手触りがよく、撫でてやりたい気分にもなるが、なにも跡部は固有名詞を訊いたわけではない。なぜこれを自分によこすのかということだ。
「犬と熊もあったんだが、何となく猫にした」
「いやそうじゃなくてだな……っていうかこれユキヒョウじゃねーの」
「そうか」
動物は好きだが、ぬいぐるみを集める趣味はない。しかも両手に乗るほどのサイズだ。
手塚の真意が分からなくて、首を傾げながら手塚を見やる。
「ベッドはどうにもならないだろうからな。少しでも、なんというか……リラックスできるようなものがあればと」
跡部は目をさらに大きく見開いて、ぬいぐるみと手塚とを交互に見やった。
何事にも頓着しないような男が、リラックスできそうなものとして相手に渡すのがぬいぐるみだというのがどうにもらしいが、まさかそんな思考に行き着くなんて。
「そういやお前、今日の自由時間いなかったな……? もしかしてこれを買いに行ってたのかよ」
「気の利いたものでなくてすまない。アロマとかいうものもあったが、同室の者にも配慮しなくてはと不二が言っていたのでな」
香りのするものは、好きな者にとっては良いが、好まない者だっている。そこを指摘するあたりさすがは不二だが、これを枕元に置いて眠る姿を晒さなければならない跡部への配慮は、どうやらないらしい。
「だが、存外に似合うな」
「似合ってどうするんだよ。嬉しかねぇ」
満足そうに頷く手塚にそう返すけれど、本当は嬉しい。嬉しいということをそのまま表していいのか分からなくて、困っている。
友人としての範疇は、どこまでだろうか。
眠れていないことを気にかけて、ガラにもなくこんなものを買いにいってくれた手塚に、ちゃんと礼は告げたいのに。
「……気に入らなかっただろうか」
その空気を誤解してか、心なしか手塚の声が沈んでいるような気がして、跡部はハッとした。ぬいぐるみを隅々まで眺め、口を尖らせる。
「気に入らないわけじゃなくてな、照れくさいんだよ。ガキじゃあるまいし、ぬいぐるみなんて……。でもまあ、よく見れば可愛いじゃねーの」
「よく見なくても可愛いと思うが」
「フン、ありがたくもらっといてやるよ、手塚ァ」
優雅に寝そべった形のユキヒョウを膝に抱え、指先で頭を撫でる。まさかこんなプレゼントをもらえるなんて、予想外にもほどがある。たまっていた疲れなんて、一気に吹き飛んでしまいそうだ。
――――嬉しい……まさかな、跡部景吾ともあろうものが、ぬいぐるみ一つでこんなに、……こんなにも幸福な気持ちになるなんて……。
胸が温かくなる。いつも手塚を想う時は熱くなるものだが、今は違う。ずっと穏やかな温度だ。トクン、トクン、と心音も緩やかで心地がいい。距離が近いせいか、手塚の鼓動さえ聞こえてきそうだ。
激しいばかりだと思っていた恋の情動は、こんな静けさも併せ持っていたのだと知る。
初めてのことばかりだなと、自然と口許がほころんでいく。
「手塚、ありがとな。嬉しいぜ……本当に」
「そうか」
どれだけ伝わっているだろう、この充足感。伝わってしまってはいけないのに、欠片だけでも伝えたい。
跡部はゆっくりと息を吐いて、隣に腰掛ける手塚の右肩に寄りかかった。
「十分経ったら起こしてくれ」
目を閉じて、静かに呼吸をする。そして密やかに手塚の体温を感じる。膝の上でユキヒョウを大事そうに抱えていれば、少しは伝わるだろうと信じて。
「分かった、一時間ほど経ったら起こす」
「ふ、ずいぶん長ぇ十分だ……」
本気なのか冗談なのか、顔が見えないこの状態では分からない。もっとも、手塚の顔が見えたところで分かりはしないだろうけど。
そうして跡部は、本当に一時間後に起こされるまで、過ぎるほど良質な睡眠時間を手に入れたのだった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー