華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.517
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
U-17選抜合宿ということで、氷帝のレギュラー陣が招聘された。 夏で終わりだと思っていたテニス漬け…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
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U-17選抜合宿ということで、氷帝のレギュラー陣が招聘された。
夏で終わりだと思っていたテニス漬けの生活がまた始まるのは喜びたい。何しろ跡部はテニスが好きだ。しかし、悩みどころがないわけではなかった。
氷帝が呼ばれているということは、当然手塚の率いる青学も呼ばれているからだ。
「なんでそんなに悩んでんねん。手塚に逢えるんやし、嬉しいんとちゃうんか?」
バスで隣の席に座る忍足が、無遠慮にそんなことをのたまうのも、頭が痛い。
周りはそんなことを聞いても「ライバルとして」と思ってくれるだろうが、この男の場合、違う。手塚に対する恋情を知られているというのは、時折厄介だった。
「あれから休日にはほぼテニスしてるんだぜ。今さらそんな可愛らしいことは思わねーよ」
「ホンマこのテニス馬鹿どもは……しょうがないヤツらやで」
夏の大会が終わってから、休日はほぼ手塚と一緒だった。次世代に託す以上、部活漬けというわけにもいかなくて、お互い徐々に生徒会も引き継ぎをしている。
要するに、物足りないのだ。
そんな時にお互いの存在は都合が良い。そう言葉にすると聞こえが悪いけれど、目指す高みが同じ相手などそうそういない。
技を磨くために、力を衰えさせないように、逢えばテニスに打ち込んできた。
都内のコートを制覇でもする気かというほど巡り、時には跡部の家にあるコートでも時間を気にすることなくプレイを楽しんだ。
そんな相手と「逢える」ことが嬉しいなんて次元では既にない。
共に過ごす中で、恋情の隠し方も上手くなったと思う。無遠慮に入り込んでくる手塚の言葉にも、慣れてきたと思う。
だがこれは想定外だった。
――――合宿ってことは宿舎があんだろ。つまりそこに寝泊まりするってことだろうがよ! ひとっ……ひとつ屋根の下で! ふざけんな!
この合宿は日帰りではない。となると寝泊まりする施設があるはずで、共同生活は必至だ。
どれほどの広さなのか、全部で何人が生活を共にするのかは分からない。しかし選手一人一人に部屋が与えられるほどの施設でもないだろう。
いやこの際部屋割りは関係ない。関係ないこともないが、万が一にも一緒の部屋になったとしたら、氷帝の誰かと替わってもらうという逃げ道がある。
だが跡部に取ってはそれ以前の問題だ。
朝から晩まで、手塚と一緒に生活する環境なんて、どうしたらいいのか。
嬉しいのと同時に、後ろめたくてしょうがない。
好きだというだけならまだしも、破廉恥な劣情さえ抱えているというのに。
好きな女の傍ではろくに寝られないという表現を、小説などの中で見たことがあるが、そんなことあるのかと半信半疑だった。その時の自分を蹴り倒してやりたい。
まさにそれというか、同じ施設に手塚が眠っているというだけで寝られそうにない跡部の方が、かなり重症である。なんとも純情なものだ。
始まる前からこの調子でどうするのだと、無理やり気合いを入れ直す。ため息が出てくるのはどうしようもなかったけれど。
合宿所の施設は、思っていたよりも良い設備が整っていた。さすがエリート養成所といったところか。いくつか氷帝にも取り入れたいなと思うものがあったが、もう跡部の判断で導入するべきものではない。これからは寄贈という形になるだろう。
「すごい設備だな。今日は合宿所の案内や説明だけで終わってしまいそうだ」
隣を歩く手塚がそう呟く。施設は広く、ここでのルールもたくさんありそうだ。大人数での移動ということもあり、彼の言う通りになりそうだった。
「そうだな。だが明日からはみっちりスケジュールが組まれているんだろうぜ。一分一秒、無駄にはできねえ。さっき聞いた入れ替え戦シヤツフルマツチ、氷帝以上に実力主義ってことだ」
十六面あるコートを使い、対戦して上のコートに上がる。プレイヤーは多数おり、スタイルもバラバラだ。
今まで触れなかったプレイに触れることで、個々の力は底上げされていくだろう。もちろん競争心なども充分満たされる。特に、学校はもちろん中学生も高校生も入り交じってというのが有意義そうだ。全国区レベルの選手ばかりを集めたこの合宿、思っていた以上に侮れない。
「仮にテメェと当たっても、全力で叩きのめさせてもらうぜ、手塚」
「それはこちらも同じだ。跡部」
フンと鼻で笑って返してやったが、居心地が良いような悪いような。
なぜこの男は当然のように隣を歩いているのだろうか。青学の連中だって全員いるのに、引率はどうしたと振り返れば、緊張した面持ちの大石がどうにかくせ者どもを引き連れていた。
あれはお前の役目じゃねえのかと無言で手塚の横顔を睨み上げてみるけれど、視線が合ってしまいそうで恐ろしい。長くはそうしていられなくて、跡部はスタッフに案内されるままに施設内を歩く。
正直、手塚とのテニス談義は楽しいのだ。どの設備をどう使うのか、どんなふうに有効なのか、トレーニング方法を模索する。
打てば響くとばかりに、思っていることとほぼ同様の言葉が返ってくる。同意ばかりではないが、手塚の意見にも頷くことができる。
そんなふうに接していると、時間が経つのが本当に早い。食事を経て、自由時間になってしまった。
興味津々で宿舎内を歩き回る者、休憩スペースで談笑する者たち、少しでも過ごしやすい部屋にしようと整理し出す者、様々だ。
跡部はユニフォームに着替え、コートに向かう。一日に一度はラケットを握らないと落ち着かない。特に、こんな合宿に呼ばれた状況ならなおさらに。
中学生とはいえ、U―17であることには変わりがない。代表として選抜される可能性があるのなら、残ってみせる。それには誰よりも努力を重ねなければならない。王座にあぐらをかいているだけの王に、誰がついてくるものか。
厳しい合宿になるだろうことは想像ができる。だけど跡部にとっては都合がよかった。
考えないでいられる。
手塚のことを。手塚が好きだということを。
むしろそんなこと考えていたら、すぐさま置いていかれるだろう。
部屋割りも問題はなかったし、練習中や宿舎内で顔を見る機会が今までより増えるというだけだ。
何も動揺することはない。そう言い聞かせながらトスを上げる。この黄色い球をただ追い、打ち、相手のコートに叩き込むだけでいい。
色恋にうつつを抜かしている暇がどこにある! と強く叩きつけ、バウンドせずにネットの向こうを転がっていくボールを眺めた。
「熱心だな」
後ろの方から聞こえた声に、ビク、と体が強張った。
考えないようにしているというのに、なぜこの男はズカズカとこちらのテリトリーに踏み込んでくるのだろう。跡部はラケットを下ろして大きく息を吐き、声の主を振り返った。
「お前も自主トレか、手塚」
「ああ。やはりボールを打つのがいちばん落ち着くのでな」
落ち着きたいと思うほど、手塚も浮き足立っているということだろうか。らしくないなと苦笑して、籠からボールを手に取った。
「悪いが、ラリーはできねえぜ。こっちに集中したい」
「構わない。隣のコートを使わせてもらうぞ」
そう言って跡部を通り過ぎ、隣のコートに向かっていく手塚をチラリと見やる。
打ち合いたい気持ちがないわけではないが、それよりも何よりも、テニスに集中したい。この合宿で何か得られるかもしれない。そんな漠然とした思いがあるせいだろう。
中途半端な気持ちで乗り切れるほど、この合宿は甘くないはずだと確信している。
迷いがあると自覚をしている状態で、手塚とは打ち合いたくない。テニスは何よりも己を雄弁に語る。手塚にはすぐに気づかれてしまいそうだ。
テニスにすべてを懸けきれない己の中途半端さを知られたくない。そんな自分の球を、あの男に受けさせたくない。自分の未熟さが許し難くて、跡部は籠のボールがなくなるまで何度もサーブを打ち放った。
「何かあったのか?」
「あぁ?」
同じく籠いっぱいのサーブを打ち終えた手塚が、ボールを拾いながら訊ねてくる。どれがどちらの打った球だか分からないが、だいたい半半になるようにと籠に入れていく。
「いつも自信たっぷりに打っているだろう。その覇気がなかったように思う」
「人の練習盗み見てんじゃねーよ」
「隣なんだ、嫌でも見えるだろう」
「別に……大したことじゃねーよ。集中できてなかっただけだ」
見抜かれてしまうほど、身が入っていなかったらしい。跡部は汗をかいた髪をぐしゃりとかき混ぜ、チッと舌を打った。
「何か悩みがあるなら、聞くが」
最後の一個を、奪うように拾った手塚を、跡部は茫然と見上げる。
まるで他人に興味のなさそうなこの男が、悩みを聞くと?
一瞬思考が停止した。
跡部自身、部員たちの悩みを聞いてやることは多々あったものの、悩みを聞いてやると言われたことは一度もない。そんな姿は彼らに晒していないからだ。
「解決してやるとは言えないが、少しでも軽くなるのなら」
手塚の顔は至極真面目だ。いや、手塚の顔が真面目でなかったことなどないが、思っていることをそのまま口にしてくれているようだった。
跡部は、沸き上がってくるむずがゆさに、思わず項垂れて額を押さえた。そうして肩を震わせて笑う。
「っふ、はは、ククククッ……」
「……跡部」
「いや悪い、だって、まさかなあ、お前がよ」
真剣な提案を笑われて、むっとした声に諌められる。だが、そうする以外にごまかせなかったのだ。嬉しいと感じてしまう自分を。
気にかけてもらえているとは思っていなかった。友人だとはいっても、気持ちの比重は自分の方が大きい。恋心を抜いてさえ、きっと。
「ありがとよ、手塚。その気持ちだけで充分だぜ」
顔を上げて、笑ってみせる。手塚にこんな迷いは話せない。
「跡部」
「テメェを煩わせるほどのもんじゃねーんだよ。テニスしか頭にねえ手塚国光に気にかけてもらえるなんて、俺は贅沢者じゃねーの」
わざと皮肉げにそう続けると、手塚の眉間にしわが寄った。テニスしか頭にないというのが、不服だったのだろうか。
「なぜ俺がお前を気にかけていないなどと思うんだ? お前は普段あれだけしたたかなのに、どうして俺のことになるとそうなるのか分からない」
「なっ……」
言葉が出てこない。手塚と自分の気持ちの比重はどうしようもないと密やかに思っていたことが、気づかれていただなんて。
羞恥がせり上がって頬が赤く染まった後、さっと青ざめる。まさか余計なことにまで気づかれていやしないだろうなと。
この男が恋愛方面に長けているとは到底思わないが、時折予想の斜め上をいく。跡部の中の不埒な感情に気づいているのだろうか。
「まだ俺の肩のことを気にしているんじゃないだろうな」
「……それは」
気にしていないといえば嘘になる。あれからまだ二か月しか経っていないのに。そう思って、案外に時間が経っていないことを実感した。
もっと長い間、一緒に時を過ごしたように思っていたけれど、そうでもなかったのかと。
もっとずっと長い間、手塚国光という男に焦がれていた気がする。
考えまいとすればするほど、頭の中を、体中を支配するこの恋情。
純粋にテニスだけをしていたいのに、別の欲が這い上がってくる。手塚に対してしたたかでなんていられない。
いつでも自信がないのだ。
この恋情で、この劣情で、彼を穢してしまわないか、ずっと、ずっと、怖がっている。
「お前とは常に競い合い、己を……互いを高めていけると思っていた。お前もそう思っていると感じていたのは、俺だけだろうか」
手塚の静かな声に、跡部はゆっくりと瞬く。視線が下を向いていくのを自覚して、目蓋をそっと伏せて小さく首を振った。
「負い目を感じるのは、テメーに無礼ってことか。努力はしてやる」
「ああ、助かる。お前とは良い友人でいたいからな」
「…………分かってるぜ」
分かっている。やはり気持ちの比重は自分の方が多く、重いのだと。
その事実を早く自分の中で昇華してしまわなければいけない。
テニスにもっと打ち込めばいいのだろうか。いや、テニスという世界に手塚がいる限り、どうしても連想してしまう。
まったく厄介な男に惚れたものだと、大きく息を吐き出した。
下手をすれば一生ついて回る問題だ。それでもテニスからは離れられないと、グリップを握り直した。
「まだやるのか?」
「ああ、足りねえよ」
「そうか、俺もだ」
手塚が持っていたボールをひょいと奪い笑ってやると、手塚もラケットを握り直した。つくづく負けず嫌いな男だと、跡部は肩を竦める。
「そういえば跡部、一度訊きたかったんだが」
「なんだよ?」
「俺はお前に、プロになることを一度でも話していただろうか? 決勝戦の前、お前は何の疑問も持たずに俺にプロになるんだろうと言っていたが」
それぞれのコートに向かう前、手塚が訊ねてくる。
どこに不思議に思う要素があるのだろうと片眉を上げて笑ってやった。
「そんなの、見てりゃ分かるぜ」
十人が十人、手塚はプロになるだろうと言うはずだ。事実、プロのコーチも大会に視察に来ていた。ただの部活動で終われるわけがない。
世界が、手塚国光というプレイヤーを放っておかないだろうと確信さえ持っている。
「……そうか」
それだけ言って顔を背ける彼は、何を考えているのだろう。何か悩んでいるのならと気にかけてくれた手塚の方こそが、悩んでいるようにも見えた。
だが彼の悩みを聞いてやりたいと思うほどにはまだ、跡部の方にも余裕がない。忍足の言うように楽しめるほど、この恋は簡単なものではなかった。
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