華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.513
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員こってりとしぼられ、無事に帰途につく。散り…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
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その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員こってりとしぼられ、無事に帰途につく。散り散りになっていく直前、手塚と目が合った。では明日と無言で頷く彼に軽く手を挙げて返し、踵を返した。
「明日もデートかいな、跡部」
背後から声をかけられ、びくりと肩が揺れる。この声は忍足だ。せっかくのいい気分を台無しにしてくれやがってと恨みがましく振り向いてやれば、思っていた以上に真剣な眼差しと出逢ってしまった。
「気色悪い物言いすんじゃねえ。公式戦は終わったんだ、テメェにとやかく言われる筋合いはねえぜ」
「責めてるんとちゃうで。ただなぁ……見てるこっちは心配になんねん。手塚、鈍いやろ。色恋沙汰には」
「……あァ? ――……ッ」
息を呑んで、目を瞠った。
まっすぐに見つめてくる忍足の瞳に、ざあっと血の気が引いていった。
『鈍いやろ、色恋沙汰には』
――――なんで。
追突されたかのような衝撃だ。跡部はとっさに手を伸ばして、忍足の胸ぐらを引き掴む。
「忍足テメェッ……、それ、誰かに……!」
忍足の瞳は確信的だった。間違いなく気がついている。秘めるはずだった跡部の想いに。
どうしてだ、と額に汗がにじむ。
知られていい想いではない。
幸いにも周りには誰もいない。忍足もそれを見越して言ったのだろうことから、むやみに喧伝したいわけではなさそうだったが、心臓は嫌な音を立てるばかりだ。
「アホか、誰にも言うてへんわ。何もメリットないやんけ。俺のことそないにデリカシーのない男や思てんのか」
否定をしてやりたいが、困惑が先立って、何も音にできない。「泣くで」と忍足がわざとらしい泣き真似をしたことで、跡部はようやく落ち着きを取り戻す。得することがないから誰にも言っていないというのはひどく彼らしくて、心から安堵した。
「まあ、俺は言うてへんけど、滝は気づいとるで。どうしよて慌てとったからな」
「な……んだと」
安堵した傍から、冷水を浴びせられる。
忍足は見かけによらずロマンス好きであるから仕方がないにしろ、滝にまでこの想いを気づかれていたなんて。跡部は眉間にしわを寄せた。
正レギュラー落ちしてから、その席を取り戻そうとはしていたようだが、以前に比べてサポート側に回ったようなところがある。一歩下がって跡部以上に全体を見渡そうとするその力が、気づかせる原因だったかもしれない。
「アイツも心配してんのやろ。どう転んだって、ハッピーエンドやないからなあ」
「…………言ってくれるじゃねーか」
「そない言うけど、手塚に告る気ないんやろ」
「ああ、当然だ」
言えるわけがないと、手塚の帰っていった方を振り向く。
忍足の言う通り、どう転んだってハッピーエンドにはならない。言うだけ無駄どころか、損でしかない。傍にいられるだけでいいなんて言うつもりもなくて、ただ同じ高みを目指していければそれでいいと思っている。
「気づかれたないんやったら、まずその目ぇやめた方がええで、跡部。そないに切ない目で見とったら、遅かれ早かれバレるわ……」
言われてハッと我に返り、跡部はふいと顔を背ける。
忍足がこの気持ちに気づいているところを見るに、確かにそうなのだろう。
「悪いな、忍足。こんなの、気持ち悪いだろ」
歩を進めながら、跡部は自嘲気味に呟く。忠告してくれるということは、友人として見放されてはいないのだろうけれど、それでも大多数の華やかな恋とは違う。
「自覚をした以上、俺はもう自分の気持ちをごまかしたりはしねえ。だがこれは生涯秘めておくべきものだ。テメェにも萩之介にも、迷惑はかけねえから安心してくれていいぜ」
協力を仰いだりできるものではない。愚痴をこぼすことでもない。独りで戦うべき馬鹿げた感情だ。
跡部はそう言い放ち、満天の空を見上げる。流れ星に願うのは、この思いが溢れてしまわないことだけだった。
「アホやなぁ、跡部……。俺のロマンス好きナメとったらあかんで。こないな身近にオモロ……ちゃうわ、滅多に見られへん恋物語が転がっとるんやで? 喜んで首突っ込ましてもらうわ」
「…………お前今、面白いって言いかけただろ。余計な世話だぜ」
肩を竦めながらそう返してきた忍足に、跡部の方こそ突っ込ませてもらう。人の初めての馬鹿げた恋を面白いとは何事だ。いや、忍足がわざとそうやって茶化して、重たくならないようにしてくれているのは理解していても、面白くない気分ではあった。
「せやけど、こっちは心配になんねん。何でも独りで抱え込みよってからに。愚痴くらい吐いたらええやん、このボケが」
跡部景吾を捕まえて「ボケ」などとのたまえるのは、この男くらいだろうか。
生まれてこのかた愚痴とやらを吐いたことがないのだが、どういったものがそれに当たるのだろう。
「愚痴聞くだけやないで。手塚に逢いたい時は時間作る手伝いしたってもええし、逆に顔合わせとうない時はガードもしてやれる。周りを上手く使うなんて、跡部には朝飯前やんなあ?」
「……いや、逢いに行ったら駄目だろうが。忍足、テメェなんでそこまで……」
忍足は良い友人だと思っている。
テニスの才能は認めているし、もっと上手くなると信じてもいる。だけどこんなに踏み込んで支えてもらえるほど、深いつながりだっただろうか?
「言うたやん。こないに美味しい恋物語、見逃す手はないやろ。しかもそんじょそこらのもんちゃうで、跡部や、跡部。どないなロマンス小説も裸足で逃げ出してくっちゅーねん」
彼の原動力はそこにつながっているのかと、呆れもするし納得もしてしまう。
おもちゃにされるのは敵わないが、忍足とて心の底から面白がっているわけではないはずだ。
「跡部は、テニスと同じで情熱的な恋するんやなあて思たら、なんや嬉しいわぁ……。まあ相手がアレやけど。もう少し楽な相手にせえよ」
「うるせえな、できるもんならとっくにしてるぜ」
コントロールなんか効かねえんだよと続ければ、まあそれが恋やもんなあと返ってくる。チッと舌を打てば、ぽんぽんと背を叩かれた。
「まあそんな悲愴な顔せんとき。楽しんだらええやん、初恋なんやろ。一生に一度やで。しかも片想いやなんて、お前この先味わえへんかもしれんやろ」
「あ? なんでだ」
「自分のスペック自覚しぃや。頭脳明晰・容姿端麗・スポーツ万能、加えて跡部家の御曹司や。肩書きのバーゲンセールかっちゅうねん。そないな男になびかんヤツがおるんか?」
「いねえだろうが、それは恋じゃねえだろ」
そうだ、忘れかけていたが、自分は跡部家を継ぐ身なのだ。生涯のパートナーも、それなりの相手を選ばなければならない。もしくは、選ばされる。
どちらにしろ、手塚国光は範疇外だ。
頭の痛い話である。この先、それなりの相手を選ぶ時、この想いはどうなっているのだろう。小さくなっているだろうか。消えていてくれるだろうか。
相手に不誠実でないよう祈るばかりだが、今はあまり考えていたくない。
この恋を楽しむという発想はなかったけれど、忍足の言うことは理解できる。
この先誰に恋をしようとも、初めては今この瞬間だ。手塚国光に向かっていく、この想い一つのみだ。
この気持ちを認めると決めた以上、ネガティブに構えているのは跡部景吾らしくない。
――――そうだ、いつだってどこでだって、俺は前を見据えている。それが跡部景吾だ!
想いが叶わないからそれが敗北というわけではない。目を背けるから敗北なのだ。
ふつふつと体の中に何かが沸き上がるような感覚を味わう。これはコートに立つ時と似た感覚で、ラケットを握りしめる時とおんなじだ。
「忍足、ありがとよ。俺様としたことが、俺様らしさを見失うところだったぜ」
「さよか」
好きになってしまったものはしょうがない。好きになってもらえないのもしょうがない。
だけど、せっかくこの胸に芽生えた馬鹿げた恋心を、悟られないように楽しむことができる。
ゲームはいつでも真剣に楽しむ。それが自分だったはずだ。
「クックック……ハァーッハッハッハ! 俺様の好きな持久戦になりそうじゃねーの!」
いつまで続くか分からない。永遠に続くかもしれない。だがそれも手塚ならば相手にとって不足はない。
昏く沈んでいた気分が、急上昇してきた。明日逢うのが楽しみだと、跡部は肩を竦める忍足の隣で口の端を上げた。
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