No.512

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永遠のブルー-016-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 本来の準々決勝日程だった十八日は、途中で激しい雨に見舞われた。試合中断を経て、翌十九日に勝敗は決し…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-016-


 本来の準々決勝日程だった十八日は、途中で激しい雨に見舞われた。試合中断を経て、翌十九日に勝敗は決した。氷帝の敗北という形で。
 跡部にとっては、公式戦での初の敗北だった。
 だが不思議と遺恨がないのは、気持ちがいいくらいに完全燃焼できたからだろう。それくらいに激しい戦いだった。
 今持てる、いや、それ以上の力を出せた。
 悔しさがないわけではない。だがそれは己の未熟さゆえで、相手を恨む道理もない。全国大会制覇という道は絶たれてしまったが、満足だと跡部は思っている。 
 もちろんそれはこれ以上を望まないということではなく、負けは負けだと自分を納得させることができる試合だったというだけだ。
 跡部景吾は常に前を見据え、上を目指している。
 部員の誰もがそれを理解しているからこそ、どこからも恨み言が出てこない。気絶してまでコートに立っていることを選んだ誇り高き王に、そんなものを投げる輩は存在しない。
「肉だぁ? んなもん、いつでも俺様が」
「跡部が連れてってくれんの高級店だろ、ちょっと居心地が悪いんだよな。美味いけどよ」
「ガッて焼いてガッと食うのがいいんじゃん」
 空腹を訴えて、焼き肉をしこたま食べたいというレギュラー陣たちに、そういうものかと小首を傾げる。
「男子中学生には質より量いうことやろ」
「たまにはいいんじゃないかな? 慰労会でわいわい騒ぐのも」
「ああなるほど、お祭り騒ぎがしたいわけね。それならテニス部全体のはまた改めて開いてやるぜ」
 明日以降の試合が氷帝にはない以上、ほどほどにしておけと注意することもない。お祭り騒ぎがしたいのであれば余計に跡部家で何かしてやりたいが、いかんせん今日の今日では時間が足りない。彼らをねぎらうのはまた別の機会にしようと、メンバーの提案を受け入れた。
 それが間違いだったのかもしれない。
 なぜよりによって足を踏み入れた焼肉店に青学のメンバーがいるのか。
 いや、他校のメンツもいたのだが、何しろ厄介な恋心は手塚にしか意識が向かないのである。
 席の配置的に手塚の顔が見られないのはいい。突如始まってしまった焼肉バトルとやらも、おかしなことを考えないでいられるという意味ではありがたかった。
 しかし、ただでさえ疲れているのに、この恋情を誰にも気づかれないようにと気を張るのは疲労が上乗せされる。明日は久しぶりにゆっくり過ごしてみようかと思うほどにだ。
 ――――本当なら、祝いの一つでも言ってやるべきなんだろうが……まだ俺にその余裕がねえ。俺様をここまで悩ませるとは、やるじゃねーの手塚ァ。
 いや、青学にはまだ試合が残っているのだから、祝いは早いかもしれない。だが何か会話のきっかけにでもなれば……と思ったところで、ハッと我に返り項垂れた。
 話しかけるきっかけを探してしまうなんて、らしくない。
 自覚をすると、こうも急激に転がり落ちていくものなのかと、気恥ずかしい思いでいっぱいだ。
 ちらりと、手塚の背中に視線をやる。バトルとは言いつつ黙々と好みの肉を食べているらしい手塚に、思わず笑みが漏れる。激戦をこなした彼も、空腹だったのだろう。
 プレイヤーとしての彼は知っているが、普段どんな生活をしているのか、少しも知らない。
 やはり和食の方が好きなのだろうか。嫌いな物もあるだろうか。
 いつか食事を共にすることがあれば、好みを訊いてみたい。それくらいなら、ライバル……友人としての範疇に収まるだろうか。
 秘めなければと思うのに、勝手に育っていってしまう恋情が煩わしい。それと同時にくすぐったい。手塚を見ていたいのに、長くは見ていられない。
 世の恋をしている連中は毎日こんな矛盾と戦っているのだろうか。それならば敬意さえ抱く。なんて面倒な感情なんだと、運ばれてきた『粉悪秘胃コーヒー』とやらに口を付けた。
 信じられないほど体に悪そうなその液体に、一瞬魂が飛びかけたように思う。
「座ったまま尚君臨するのか、跡部よ……」
 さらに信じられないことに、手塚のその声で意識を取り戻した。
「くわぁっ……!」
 死ぬほど不味い粉悪秘胃とやらのノルマは達成した、と口許を押さえる。
 ――――くそ、手塚の『跡部』って声で意識を取り戻すとは……俺様はいったいどれだけアイツが好きだってんだ……!?
 タイミングの問題ではあるだろうが、どうにも気恥ずかしい。粉悪秘胃が不味かったことで、歪む表情をごまかせたのは幸いだった。
 しかし何かにつけて手塚に突っかかっていた自分が、こうも手塚に構わないのも不自然ではないかと、「決着をつけるぜ手塚ぁ!」と出てきた壺漬けカルビを網の上に置いた。
 不自然ではないようにと気を張っていたせいで、壺に不自然に書かれた「乾」という文字に気づけなかったのは、跡部の落ち度かどうか。
 目にしみる煙と鼻をつく異臭。焼肉店の排煙装置はいったいどうなっているのだと言いたいが、それどころではない。
「おい避難だ! 全員避難しろ!」
「身を低くして口と鼻を覆うんだ!」
 ともかく部員たちを全員避難させなければ。逃げ遅れなどあってはならないと、跡部は最後まで全員の避難を確認するため現場に残った。
「跡部、お前も早く逃げろ」
「手塚、そっちはもう誰も残ってねえかッ?」
「問題ない、全員退避した」
 手塚も無事であることにホッとして、外に避難する。死屍累々と横たわる部員たちも、どれが誰だか分からない状態だ。
 くらりと目眩がする。酷い気分だと前のめりになった体を、手塚の腕が支えてくれた。
「わ、悪い、平気だ」
「お前がいちばん近くにいただろう。無理をするな、座っていた方がいい」
 俺も少し疲れたと言いつつ大きなため息を吐く手塚には、鳴った心音は気づかれていないらしい。
 ――――この期に及んで俺は……!
 くぅと歯を食いしばり、ふるふると首を振る。
 気分が悪いのと同時に機嫌が急上昇するという、わけの分からない事態に陥り、跡部はこめかみを押さえた。
「大変なことになってしまったが、皆はこれで英気を養えたのだろうか……」
「んなわけねえだろ……楽しんではいたようだがな。ああそうだ手塚、決勝進出だな。一応祝いは言っておいてやるぜ」
「ああ……次も勝つ」
 どこまでいっても手塚国光は勝ち気だなと、どこかで安堵する。もう公式戦で相対することはないが、これからはそっとこの傲慢なライバルを見守ることにしよう。
「跡部、明日は空いているか? できたら決勝までにもう一度やりたいんだが」
 そっと見守ろうと決意した傍から、打ち砕かれていく。跡部は思わず手塚を振り仰ぎ、ぱちぱちと目を瞬いた。
「まだ俺様を練習台にしたいってか? お前本当に図々しいっていうか、いい神経してやがるな。俺はテメェんとこに負けたんだぜ」
「嫌ならばいいが、お前がそういうことを気にする性質たちだとは思っていない。越前との勝負は本当に見事だった。厭みでなく、純粋にそう思っている」
「そーかい、ありがとよ。…………何時だ? こうなりゃとことん付き合ってやるぜ」
 気恥ずかしさにふいと顔を背け、携帯端末でスケジュールを確認した。
 休み明けの学校行事のことや家の仕事の諸々を午前中に終わらせれば、手塚の要望には応えられそうだ。貪欲にテニスをしたがるこの男の力になれるなら、多少のリスケジュールは厭わない。
「助かる。暑さ対策もしたいところだな」
「じゃあやっぱり屋外だな。予約しておくからいつでもいいぜ」
 分かったと頷く手塚に笑ってやると、無遠慮な指先が伸びてくる。それは額の髪をそっと払ってすぐに離れていった。
「……は……?」
「少しは顔色がよくなったな。先ほどは本当に青かった」
「へ、平気だっつっただろうがっ……いやそれより店内大丈夫なのか? 煙は排出されてんのかよ……」
 唐突な接触について来れなかった心音が、三秒出遅れてドキンドキンと早鐘を打ち始める。ごまかすように店を振り向いて、跡部はシャツの胸元をぐっと握りしめた。
「あのバトルのせいで、店にはとんだ迷惑をかけてしまったな。明日は全員グラウンド二百周だ」
 止めなかったこちらにも責任はあると、跡部は被害額算出を頭の中で始める。偽物のシャトーブリアンを出していたことを差し引いても、こちらの方が分が悪い。必要に応じて弁護士にも出張ってもらおう。
「次の試合に響かねえことを祈るぜ」
「まったくだな」
 油断ならないと腕を組む手塚。何だかんだ言いつつ仲間たちが大事でしょうがないのだろうに、顔にも態度にも出ない不器用なこの男が、心の底から愛おしい。
 もう自分の恋情をごまかすのは難しいなと苦笑して、このタガが外れてしまわないように唇を引き結ぶ。手塚が触れた髪をさらりとかき上げ、ゆっくりと息を吐き出した。


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