華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.514
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
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ボールに変な回転がかかっている。それに気がついたのは、同じような球を受けて三回目くらいだった。 ま…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2022.04.10 No.514
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ボールに変な回転がかかっている。それに気がついたのは、同じような球を受けて三回目くらいだった。
また新しい技を生み出そうとしているのかと、何とか返してやりながら呆れ果てた。
全国大会の決勝戦は明後日だ。ここにきてまた進化するのか、この男は。
――――どんどん強くなりやがる。俺も、負けてられねーなァ!
無二のライバル――そう思っているのはこちらの方だけだろうと理解していても、この男には負けたくない。それが惚れた相手ならなおさらだ。
「オラ、本気で来いよ! 手塚ァ!」
ボールを返す。返される。思わぬコースを描く。踏み込んで叩き返す。
決まった、と思ったそのボールは、なぜかアウトボールになってしまった。
「……なんだ? 今の……また変な回転かかってやがったが」
「やはり、なかなか難しいな」
手塚の視線が、ころころと転がったボールを追っていく。やはり狙って回転をかけていたようだ。ボールが手塚の元に戻っていく手塚ゾーンでないのは分かるが、いったい何をしようとしているのだろう。
「てめぇ……よりにもよってこの跡部景吾を新技の練習台に使うとは、どんな太い神経してやがんだ。アーン?」
「好きにしろと言っていただろう。それに、お前くらいでないと練習にならない」
跡部は頭を抱えた。これを嬉しいと思ってしまっていいのかどうか。
強い相手でないと練習にならないというのは、跡部自身にも覚えがある。絶対にそれと同じなのに、強さを認識されているのがどうしようもないくらいに嬉しい。
「で? 具体的に何をどうしたいんだよ。ボールを引き寄せるんじゃなくて、今度ははじき飛ばしたいってか?」
当てずっぽうに言ってみた言葉に、手塚がこくりと頷く。本気か、と呟いたが、この男が本気でなかったことなどない。
「以前、越前が言っていたんだ。簡単にできるものではないと言ったんだが、可能ということだろうと返されてしまってな……」
グリップを握る手をじっと見下ろす手塚に、跡部は顔を覆って瞳に力を集中させた。回転のかけ方によっては確かに可能だろうが、それは理論上だ。そんなもの、ほぼ不可能に近い。
だが彼が手塚国光だということを考えると、不可能も可能になってしまいそうだった。事実、先ほど返したボールは見事にアウトボールになった。
「……手塚、それ止めろ。肘に負担がかかる。分かってんだろ!」
「問題ない。俺の体は俺がいちばんよく分かっている」
「問題ねえわけねえだろ! だいたいあの時だって、お前は肩への負担を認識しちゃいなかった!」
関東大会、シングルス1。跡部にとって忘れられない試合になったあのゲーム。
無意識に肘をかばって、肩に負担をかけていたことを、忘れたわけではないだろう。つい先日まで、九州でリハビリを受けていたではないか。ボールに回転をかけるのは、比例するように肘に大きな負担がかかってくる。
「それは俺が未熟だからだろう」
「ああそれには違いねえ! どれだけ体を作り込もうが、どんなに経験積もうが、俺たちの体はまだガキなんだよ! 専属のトレーナーやドクターがついてるわけでもねえのに、無茶な使い方すんな!」
同年代の男子よりは鍛えていると言っても、まだ発展途上の体だ。それは跡部自身にも言えることだが、跡部はきっちりと自覚をしている。
体が悲鳴を上げるほどの負担が、この先の選手生命にも関わってくるというのに。
手塚国光という男を、本当に誤解していたと改めて思う。少しも思慮深くなどない。少しも冷静などではない。すぐそこの近い未来しか見えていないのではないだろうか。
「……立海は、強い」
「そんなことは知っている! いいか手塚。たかがなんて言いたかねえがな、これからお前が体験するであろう試合のひとつだ。その先があるだろうが! プロになるんじゃねえのかよ!?」
ラケットの先端を向けた先の手塚が、ぐっと唇を引き結んだのが見える。
プロになることを彼の口から聞いたわけではない。だがあの熱のこもったプレイを見ていれば分かる。あの容赦のないボールを受けてみれば分かる。彼がどこを目指しているのかを。
「お前が青学の全国制覇に懸ける思いがハンパじゃねえことだって知ってる! けどな! お前の肘を犠牲にした上での勝利に、何の意味があるってんだ!」
「たかが一つの通過点にすぎなくとも、俺にとっては大切な試合だ。手を抜いた試合では、たとえ勝利したとしても意味がない」
「テメェ、大石が怪我で出られないってなった時、すげぇ落ち込んでたこと忘れたのか。あれをテメェが大事にしてる連中にまた味わわせる気かよ」
ネットを挟んで、睨み合う視線が絡まる。どちらにも譲れない部分がある。そしてどちらかというと、跡部の方が切実だ。
「お前がその技を完成させたいっていうなら、他の相手を探しな、手塚。俺はもうお前の球は返さねえ。お前の肩を壊す相手に、よりにもよってこの俺を選ぶんじゃねえ!」
あの時手塚の肩を壊させたのは自分だ。また同じ思いをするなんて冗談ではない。
公式戦でもなく、大事な試合を控えた相手の――ましてや惚れた男の肩や肘を壊したいわけがないのに。それを償いにしろとでもいうのだろうか。いや、この男のことだから何も考えていないに違いない。不可能だと思っている技を完成させること以外には、何も。
だがたとえ恨まれようとも、手塚に返すべきではない。高みを目指しているのならなおさらだ。ここで壊れていいプレイヤーではない。
そう思っているのはなにも自分だけではないのに、どうしてそれが分からないのかと、怒りさえこみ上げてくる。
「手塚、お前は青学の連中のためにやってるのかもしれねえが、まったく周りが見えちゃいねえ。少しはアイツらを信じろ。てめぇが万が一試合落としたって優勝できるってチームなんじゃねえのかよ」
自身も勝利を収めて全国制覇したいという気持ちは、分からないでもない。特にこの男は、負けず嫌いだ。
だけどそのために体を壊してしまっては元も子もない。
「……お前の肩を壊した俺のことはともかく、アイツらのことは信じてやれよ」
「跡部、俺は」
「もし欠片でも! ほんのわずかでも……っ俺を友人と思ってくれるなら、お前の肩をまた壊すかもしれねえ球を返すこっちの気持ちも考えやがっ……」
ハッとして顔を背け、口を覆う。こんなこと言うつもりではなかったのに、あまりに分からず屋の男相手に、つい口から飛び出してしまった。
肘に負担がかかると知っていて、悪化させる球など打ちたくない。彼が強く進化することはライバルとしても喜ばしいことだが、もう少し周りを見てほしい。
少しだけでいいから、跡部景吾という男の負担も気にかけてほしい。そんな身勝手な思いを吐露してしまった自分が不甲斐ない。
「悪い、俺のことはいいんだよ。とにかくテメェの肘が悪化するんだったら俺は絶対に反対するからな」
こみ上げてきた涙をごまかして背を向け、これ以上の打ち合いはごめんだと示してみせる。こんなことで気づかれやしないだろうが、もう少し上手く恋情を隠せないものだろうか。
「…………すまない、確かにお前のことは考えていなかったな」
手塚がラケットを下ろす気配がする。ホッとするのと同時に、やはり彼の中で跡部景吾という男は少しも重要な位置にいないということを実感させられて、心臓がズキンズキンと痛んだ。
分かっていたことだが、やるせない。
「忘れるところだった、あの日全力で応えてくれたことを。俺の選手生命に関わると分かっていながらそうするのは、どれほど恐ろしかったか、考えなかったわけではない。また勝つことだけで、頭がいっぱいだった」
そう言って、手塚はネット際まで歩んでくる。越えることはせず、そのままの位置で跡部の背中に向かってまっすぐ視線を投げかけてくる。
「だが、なぜ欠片でもなどと思うのか分からない。俺はお前を良い友人だと思っている、跡部」
つ、と止め切れなかった雫がひと筋、頬を伝う。
背を向けていて良かった。たった一言で、報われた思いだった。
「また……テニスをしてくれるだろうか」
この期に及んで、それでもまだ望んでくれるのかと、歓喜に打ち震える。
この男は本当にテニス馬鹿だ。テニス、テニス。テニス、テニス、テニス!
「俺様はわりと本気で怒ってんだがなぁ……」
全身全霊をかけて体中で叫んでいる手塚国光に、お前が好きだと叫んでやりたい。
跡部は気づかれないように頬の雫を拭って、勝ち気な笑みで振り向いた。
「青学が全国制覇したら考えてやるぜ。テメェの勝ち負けにこだわらずだ」
「……そこは普通俺が勝ったらではないのか」
「俺様の温情だろーが」
なるほどと頷きながらも、不服そうな表情をする手塚にふっと笑って、跡部はベンチへ向かう。ラケットをバッグにしまい、どれだけもかかなかった汗をタオルで拭った。
「試合の観戦はするだろう?」
「ああ、仕方ねーから青学の応援でもしてやるよ」
「そうか。……今まで付き合わせてしまって悪かったな、跡部。感謝している」
「フン……ま、せいぜい頑張るんだな」
手塚もラケットをバッグにしまい、帰る支度をしている。跡部がこれ以上打つつもりがないことを理解しているようで、心なしか残念そうにも見えた。
「ああ、お前とのテニスがかかっていることだしな」
油断せずに行く、とバッグを担いで、「では」と出入り口へと向かっていく。跡部はバッグを担ぎ損ねて、絶句したまま立ち尽くした。
「あ…………んの野郎っ……!」
ややあってカアッと熱が上がってくる。
他意がないのは分かっているのに、嬉しくて仕方がない。「もう嫌だあんなヤツ」とそこにしゃがみ込んでしまったけれど、火照る顔と心音は少しも治まってくれない。
こうなったら全力で応援してやろうじゃねーの、と思ってしまうのは、どうしようもなかった。
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