華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.506
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
物足りないなとタオルで汗を拭い、着替えようと専用ロッカーの扉を開ける。いつもより熱を入れて練習でき…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
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物足りないなとタオルで汗を拭い、着替えようと専用ロッカーの扉を開ける。いつもより熱を入れて練習できた気はするが、体は満足していない。心の方もだ。
レギュラーメンバーも激しい練習をこなしてクールダウンを終えたようだ。いつも以上に疲労しているように見える。スタミナという点では跡部自身にも課題が残っているが、彼らをこれ以上練習に付き合わせるわけにはいかない。
成長期の肉体を酷使しすぎるのは、よくない。それこそどこかに故障を抱えてしまう。
故障という単語に、跡部は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。どうしても、思考があの男に行き着いてしまう。
肘は、肩は、今日も無事だろうか。
カバンの中から携帯端末を取り出す。示される時刻以外は練習前と何ら変わらず、メッセージの受信も着信もない。
昨日の今日で連絡してくるわけもないと理解しつつも、ほんの少しの寂しさと落胆が渦巻くのを否定できない。
青学も大会に向けて練習に励んでいるはずだ。
――――物足りねえって思うのは、どう考えても手塚のせいなんだよな。くそ、責任取りやがれ。
何も変わらない待受画面を眺めて舌を打つ。
氷帝のレギュラーメンバーの実力は、間違いなく全国クラスだ。まだ詰めが甘いところは多々あるものの、胸を張って自慢できるメンバーだと思っている。勝負の縁や妙といったもので試合に負けることがあっても、それは誰にも否定させやしない。
だが、跡部が彼ら相手に本気を――全力を出せるかといったら、答えはノーだ。力の差はどうしようもない。
部長という立場もあって、後輩や仲間たちに教えるという役目を担う以上、全力で叩き潰すべき相手ではないのだ。
感情で、体でそれを理解していて、どこかでセーブしてしまうのが現状だった。
練習でも、試合でも、全力を出せたのはあの試合一度きり。手塚との対戦だ。あの感覚を一度でも味わってしまったら、並のゲームでは満足できやしない。
――――……逢えねえかな。
一球だけでもいい。全力で球を打ちたい。決めるつもりで打ったそれを、あの男に返されたい。
――――いや返されたら駄目だろ、決めろよ。っていっても、きっちり返してきやがるからな、あの野郎。
くそ、と悔しい気持ちを抱えつつも、嬉しがる思いがそれを覆っていく。また頭の中が手塚でいっぱいになってしまったことに気がついて、ふるふると首を振る。
力に差のない相手と対峙することで自身を進化させたいと思うのは、おかしなことではない。強い相手ならば、手塚であろうとなかろうと関係ない。そのはずだ。
――――関係ねえ、……けど……。
跡部は髪をかき上げて、どうしても消えていかない手塚の姿に、困ったように眉を寄せた。
「跡部、どうしたんだ? 何かあったのかよ」
「あ?」
宍戸の声が聞こえて振り返る。そこには、着替え途中や着替えを終えたレギュラーメンバーたちがいた。
「スマホ握ったままそんな顔してよ。誰かに何かトラブルか……?」
「しかもそれプライベート用のだよね。ご家族に何か?」
滝まで心配そうな顔でそう訊ねてくる。跡部はぱちぱちと目を瞬いて、それを否定した。
「いや、別にトラブルじゃねえぜ。心配させちまってすまねえな」
「そう? ならいいんだけど。今日はやけに張り切ってたし、さすがに疲れが出たのかな?」
跡部は苦笑する。確かにメンタル面では疲労しているかもしれないと。メンバーにも心配をかけてしまうし、やはり考えるのは止めておこうと心に決めた。
そうだ何かの間違いだ。
手塚に逢いたいなんて。あの男を好きなのかもしれないなんて。
「何か練習メニューで悩んでるんだったら、相談に乗りたいけど。榊監督の方がいいよね、きっと」
「悩みといえば、まあ、悩みではあるかもな」
今度こそ着替えようと、カバンの上に端末を放りながらそう言うと、ざわりとざわめく。そのざわつきが気になって彼らを振り向くと、まるで恐ろしいものにでも遭遇したような面々がいた。
「跡部が? 悩み?」
「おいお前、大丈夫か? 頭でも打ったんじゃねーだろうな」
「あっ、お、俺、お水汲んできましょうか」
「まあ落ち着きや自分ら。跡部かて人の子やいうことやろ」
「そう言う侑士こそ、顔引きつってるぞ」
うるさいわ、と向日に返す忍足の言葉には物申したいが、確かに彼らの前で悩んでいる姿などあまり見せたことがなかったかもしれない。驚き、慌てるのも無理はないのか。
「景吾くんが素直にそんなことを言うのは珍しいね。当然テニスのことなんだろうけど」
滝が肩を竦めなながらそう言うのを、跡部はどこか安堵しながら聞いていた。跡部景吾とテニスはイコールで結ばれている。
今まで悩みらしきものがあっても、すべてテニスで発散してきた。たまにピアノやダンスなんかで気分転換もしたが、テニスほど集中できるものはなかったのだ。
やはり自主トレをしていこうと、ハンガーから外しかけていたシャツを元に戻す。
「萩之介、ありがとよ」
自分にはテニスがある。それを思い出させてくれた礼を告げたその時。
カバンの上に置いた端末がバイブレーションで震える。ヴヴッ、ヴヴッとカバンに擦れて音を立てる端末を見下ろして、跡部は思わず「は?」と声を上げた。
ディスプレイに、手塚国光の表示。
傍にいた滝が、その名前に「え」と小さく驚愕するのと同時に、跡部は端末へと手を伸ばした。
「――なんだ、手塚ァ」
めいっぱい平静さを装って、着信に応答する。そこにいたメンバーたちのどよめきは、向こうにも聞こえてしまっただろうか。
――――何でもねえ、たかが電話だ。動揺すんじゃねえよ。
そうは思うものの、鼓動が大きく、速くなるのを自覚する。声が震えそうになって、ごまかすように髪をかき上げた。
『すまない、練習中だっただろうか』
「いや、一応は終わってるぜ」
『今から打てないかと思ったんだが』
「アーン? 今からって……テメェ、昨日の今日で言うか、普通」
信じられない思いだった。いつでもいいと言ったのは確かに跡部だが、昨日の今日で連絡してくるなんて。昨日もあれだけ打ち合ったのにだ。
「昨日のじゃ満足できなかったってか? そんなに俺様とのテニスが恋しいのかよ」
それは自分の方ではないのかと心の中で突っ込みながら、動揺を悟られまいといつものように悪役ヒールを演じた。
「そこまで言うなら仕方ねーな、付き合ってやるぜ。屋外コートでいいか?」
『どこでも構わない。テニスができるなら』
「分かった。場所はメールする。じゃあ、あとでな」
そう言って通話を切って、顔を覆う。本当にあの男が何を考えているか分からない。読み切らせてくれない。
跡部はため息を吐いて、互いの学校から行きやすい場所を頭の中でピックアップした。
「跡部、今の、手塚……?」
「もしかして、今からやり合うんですか……?」
困惑したメンバーたちの声に気がついて、瞬きとともに振り向く。
驚くのも無理はないだろうなと思いはした。
「復帰したらしいて聞いたん昨日やで。いつの間に仲良うテニスするような関係になったん」
「仲良くはねえ! 仕方ねえだろ、アイツが俺とテニスしたいって言うんだからよ」
忍足の物言いにカッと頬が熱くなったのを自覚する。
仲が良くなるような要素はひとつもない。
そう思っていたし、ただお互いテニスがしたいという思いだけは一致している状態なのだと、口には出さずに言い訳をする。
「なんや、向こうから言うてきたんか。ああ、それで今日はご機嫌やったわけやな、自分」
「あー、手塚とやりたがってるヤツら多いしな。あっちからテニスしたいなんて言われたら、そりゃ嬉しいだろうぜ」
跡部はぐっと言葉に詰まる。そんなに分かりやすかったのだろうか。
気をつけなければ、弱点と捉えられるかもしれない。手塚が絡むと、周りに悟らせるほど落ち着かないという事実。
頭の中があの男のことでいっぱいになっていたなんて――恋情を抱いているかもしれないなんて、絶対に知られたら駄目だ。
だからこそ、手塚のせいにする。テニスがしたいと言ったのは手塚の方だと。
それは事実でもあるが、つきあってやっているというベールに包んで前面に押し出すことで、ごまかしは利くはずだ。
「けどな跡部、何考えてんだよお前!?」
宍戸の、呆れとも怒りともつかない声に心が揺れる。見透かされているのかとわずかに視線が泳いだ。
「大会前だぜ? 対戦校の部長とテニスって、普通じゃねえだろ!」
「プレイスタイルの情報、抜かれるんじゃないですかね」
「あ? あ、ああ……それは俺も言ったがな」
そういう意味かとホッとして、コートの使用予約を入れる。そうしてマップ付きでコートの場所を手塚に連絡した。
「俺がアイツとテニスすんのは、自分の技を磨くためだ。もちろん全てを晒すつもりもねえぜ」
「さすが跡部さんですね! 上に行くためならあの手塚さんさえ利用するということでしょうか」
「いや、それって俺たちじゃ練習相手にならねえってことだろうがよ……」
「まあダブルスで跡部一人に挑んでも負けるようじゃ、そらしょうがないわな」
「うるせえよ忍足っ」
次は勝つ、と叫ぶ宍戸を、跡部は気に入っている。敗れても這い上がることができるメンタルの持ち主だ。それに触発されて他のメンバーも次を見据えている。
そういう意味では、関東大会での敗退も意味のあるものだっただろう。彼らがどう成長するか、氷帝の部長としては楽しみなことこの上ない。
「フン、そうだな、せいぜい俺様の練習相手になるくらいには技を磨いておけ」
跡部は悪役よろしくしたたかにそう言い放ち、ラケットバッグを肩に担いだ。
手塚とテニスをするのは利用するためだなんてごまかしで彼らをけむに巻く。逸る鼓動を聞かれてしまわないように、高らかに笑ってみせた。
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