No.507

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永遠のブルー-011-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 終わらねえじゃねーの。 また今日も長いラリーの応酬だ。昨日五―四の続きから始めたのだが、ポイントを…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-011-

 終わらねえじゃねーの。
 また今日も長いラリーの応酬だ。昨日五―四の続きから始めたのだが、ポイントを取っては取られ、取られては取って、タイブレークに突入してしまっている。何度目かのサービス交代で、跡部はさすがにそう呟いた。
「終わらないな」
「少しインターバル挟むか?」
「ああ、そうした方がいいだろう」
 跡部の呆れたような呟きに同意を返してくる手塚の顎から、汗がしたたり落ちる。
 お互い集中力はあるものの、この分ではいつ終わりがくるのか分からない。切りの良いところで休憩しておくのが得策だった。
 コート傍のベンチに腰をかけて、水分補給。この暑さの中で汗を流し続けるのも危険だ。
 屋内にしておけばよかったかなと今さら思う跡部だが、見たかったのだ。青い空の下でラケットを振る手塚国光を。
 まだ不安があるんだなと自己分析をして、息を吐いてコートを眺める。
「肩、本当に大丈夫みてえだな」
「ああ、お前と打ち合えるくらいだからな。大会にも、ちゃんと出られる」
 おかしな気分だった。こうして同じベンチに座っているというのは。大会が始まれば間違いなく敵同士なのに、隣にいることがとても心地よい。このまま沈黙が続いたとしても、なんら苦痛ではないと思うほどにだ。
 だがチラリと見やれば、ほんのわずか、手塚の表情が暗く見えた。
「……何かあったかよ?」
「……なぜだ」
「俺様とテニスしてるってのに辛気くせえツラしてやがるじゃねーの。今は引き分けだからな、負けて悔しいってわけじゃねえだろうが」
「…………悟られるとは思っていなかった。俺は分かりづらいとよく言われるんだが」
 眉を寄せた手塚に、跡部は声を立てて笑う。自覚があるのは結構なことだ。跡部も、手塚の表情は読み取りづらい。読み取れるほど、親しい距離にいるわけでもない。
「俺様の眼力インサイトをみくびってもらっちゃ困るぜ。アーン?」
「そうか。それはすごいな」
 どこまで真面目に受け取っていいのか分からない。跡部は肩を竦め、苦笑する。眼力インサイトを使ったわけではないが、見て、気づいたのは事実だ。ほんのわずかな揺らぎすら分かってしまうほど、彼を意識してしまっているのだろうか。
「昨日お前に言われたことを思い出していた」
「アン?」
「俺のプレイは傲慢だと言っただろう。意識したことがなかったが、そうなのだろうなと思う」
 手塚の視線が下を向く。貶しているわけではないとも言ったのに、あの言葉は手塚にとってそんなに落ち込むほどのものだったのだろうか。
 跡部は少し居心地が悪くなった。
「今日、青学のメンバーと練習していて……物足りないと感じてしまった。怪我で皆に迷惑をかけてしまった俺が、こんなことを言えた義理じゃないのに」
 膝の上の拳が、強く握りしめられる。跡部は一つ瞬いた。揃って同じ感覚を味わっていたのかと思うと、面おも映はゆい気持ちがわき上がってくる。
「青学のメンバーじゃ、練習相手にならないってか?」
 あえて、手塚が口にしたくなかっただろうことを音にしてみる。彼の体が強張ったのが分かって、ベンチの背に肘を預けた。
「ま、テメェは口には出せねえだろうな。それが事実だとしても」
「跡部」
「ヤツらが弱いと言っているんじゃない。それでも自分が強くなるための練習相手にはなり得ねえんだよ」
「……跡部」
 諫めるような声音で名を呼ばれる。まったく面倒くさい男だと思った。生まれ持った資質やこれまでの努力が、今の手塚国光を形作っているのだ。周りと差ができてしまうのはどうしようもない。
「皆、それぞれに頑張っているんだ。追いついてこいなどとは言えない。個性もあるし、俺が敵わない部分だってある」
「そこが分かってんならいいだろうが」
 自分の鍛錬にならない、と手塚が不満を持ってしまうのはなんらおかしなことではない。
 それは上を目指しているからこそ持つ感情だ。
 そこで驕り高ぶり仲間を見下すのが間違っているというだけで、手塚が気に病む必要はないのではないか。
「力の差もそうだが、お前は青学を率いる立場だ。強いというだけで務まるもんじゃねえ。下のヤツを指導するってのは、時には自分の鍛錬を犠牲にしなきゃならねえ時もあるだろう」
 跡部とてそうだ。強さやカリスマだけでは、次の世代が育たない。特に、団体の成績を求められる競技では、一人だけが突出していてもいけないのだ。育てるためには、指導をしなければならない。監督やコーチの立場とは、また違った位置からだ。
「俺のとこは、下剋上だっつって分かりやすく俺を倒したがるヤツも、虎視眈々と頂点を狙ってるヤツもいる。お前のとこは、いねえのか?」
「……青学は、そういうのはないな。あえて言えば、越前だろうか」
「あーなるほどアレね、ククッ……でも、アイツを育てたいって気持ちが大きいだろ」
 生意気な新人ルーキーを思い描いて、跡部は喉を鳴らす。数秒の後に手塚がこくりと頷いた。
「今までは育てる側で、後は一人で鍛錬してたんだろうが、俺との試合で欲張りになっちまったんだよ、テメェは」
「……なぜ」
 手塚が、ふと振り向いてまっすぐに見つめてくる。その視線を不思議に思いながらも受け止めて、「アン?」と首を傾げた。
「なぜ、分かるんだ。言われて考えてみたが、的を射たもののように思う」
 自分自身で理解できていなかったのに、どうしてそんなことがすぐに分かるのだと、手塚の眉間にわずかにしわが寄る。跡部はハッと息を吐くように笑った。
「俺も同じだからだよ」
「お前も?」
「テメェのせいだぜ、手塚」
 そうか、と手塚は頷いて正面に向き直る。
 それでもまだ、晴れやかな表情ではなかったけれど。
 いや、晴れやかな顔をした手塚など想像ができないがと、跡部は少し目を逸らす。うまく感情の整理をできていないらしい手塚に、より一層の親近感が湧いた。全てを超越しているなんて言われている男にも、こんな一面があったのだと。
 しかし迷いがあってもあの球速かと、舌を打ちたい気分だったが、ふと思い当たって口の端を上げた。
「ははーん。さてはテメェ、俺様を憂さ晴らしに使ったのが後ろめたいんだろ」
「…………憂さ晴らし……?」
 何が手塚の顔を曇らせているのかと考えて、何度か気まずそうな視線を向けてきていたことに行き当たる。多くは仲間たちへの後ろめたさだろう。それに加えて、晴れない気分の解消に跡部を巻き込んでしまったことも気にしていたに違いない。
「うまくいかねえからって、お前は表に出すわけにもいかねえだろ。まあよりにもよって対戦校の、しかも俺様を使いやがるとは大したもんだがな」
「跡部、俺は」
 そういうつもりではと言いたがっているような男を制し、跡部は愉快そうに笑う。
「いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる。憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろよ。それで強くなったテメェを、俺様が打ちのめすってわけだ」
 楽しみじゃねーのと指を鳴らせば、数瞬呼吸を止め、手塚は次いで眼鏡のブリッジを押し上げながら振り向いてきた。
「俺は負けない」
 ちゃっかりと宣戦布告をし合い、視線が互いの真ん中で重なり合う。勝ち気な瞳は、いっそ心地が良かった。
「どうする、手塚。決着ついてねえが」
「そういえばそうだったな。お前さえよければまだ打っていたいが、…………いや、やはりやめておこう」
 インターバルは充分に挟んだし、手塚の迷いも晴れた。これなら良いプレイができるのではないかと思い持ちかけてみたが、手塚はしばし考え込み首を振った。
「なんだ手塚ァ、俺様に弱みを見せちまって恥ずかしいってか?」
「そうではない。弱みを見せてしまったことは恥じているし謝罪もするが、終わりそうにないと思ったからだ」
 からかってやれば、ぎろりと睨みつけてくる。いつもの調子が戻ったようで安心した。
「アーン? 終わりたければ、全力出してやろうか? 俺様はまだあの日の半分も力を出しちゃいないぜ」
「そんなのは、ボールを受けている俺がいちばんよく分かっている」
 互いの力は拮抗している。取って取られてを繰り返していくだろうことは容易に想像できた。だが実力の半分も出してはいない。まだ大会前だ、対戦校の部長と真剣勝負をするわけにもいかないと、意識的に力は押さえていた。決着をつけるのなら、当然そのリミッターを外さなければいけない。
 まだまだ余裕があるのだと暗に言ってみせれば、少しの逡巡もなく手塚はそう返してきた。あまりにも素直に受け入れられてしまって、面食らう。
「今は日が長いといっても、あまり遅くなると家族が心配する。お前のとこだってそうだろう」
「あぁ……まあ、……そーだな」
 仕事で忙しい両親はともかく、執事たちは気を揉むだろう。自分たちはまだ保護者が必要な年齢であるのだし、特に跡部は遠くない将来、家を背負う身だ。そういう意味でも、心配をかけたくはない。
「暗くならないうちにお前を帰せる自信がない」
「……あァ?」
 ため息交じりに呟かれた言葉に、思わずラケットを取り落とした。
 カランカランと音を立てたそれをひょいと拾い上げた手塚が、グリップを差し出してきてくれる。
「お前と打ち合っていると、終わりたくないと思うことが度々ある。決着をつけたい思いと、このままラリーしていたいと思う気持ちがごちゃ混ぜになるんだ」
「…………手塚、お前……、俺が男でよかったな……。女相手にそんな台詞吐こうもんなら、誤解されるぞ。この天然タラシが」
 一瞬誤解をしかけた、とラケットを受け取りながら、項垂れて顔を覆う。
 果たして、跡部が言いたいことをこの男が正しく理解するかどうか分からないが、文句の一つや二つは言っておきたい。ただでさえこちらは、おかしな感情に振り回されているというのに。
「……誤解された経験でもあるのか、跡部」
「ねーよ! 俺様がそんなヘマするわけねえだろ!」
「そうだろうな。跡部なら、うまく立ち回るのだろう。俺には誤解させるような親しい女性はいないし、今はそういったことを考えないようにしている。テニスに集中したいんだ」
 手塚のその言葉にホッとしてしまった自分に、うっかり気がつく。
 ――――なんで俺様がホッとしなきゃいけねえんだよ、ふざけんな!
 テニスのことしか考えていない男だなと思ってはいたが、本人にも肯定される。どうやら自覚はあるようだ。女にうつつを抜かしている暇などないということだろう。
 プロになることを決めているのだろうと思うと、確かに色恋になど意識を向けられない。
 ――――でも、じゃあ、しばらくは。
 手塚にそういうことを考える余裕ができるまでは、少なくとも特定の誰かのものになることはないようだ。
 それが嬉しい理由を探したくない。すぐに見つかってしまうだろう答えは、納得いかないものだろうだからだ。
「今日はもう帰ろう」
「あァそーだな……テメェといると本当に疲れるぜ……」
「そうか、それはすまない」
 疲れる理由など理解もしていないのだろうし、少しも悪く思っていないような声が返ってくる。
 おかしな思考になるから一緒にいたくないのに、もう帰ろうという流れが寂しい。矛盾する感情についていけないのが悔しい。
 こんなことは今までなくて、手塚が関わっていることがどうにも腹立たしい。胸の奥底にあるむずがゆさを言葉にしたくない。してしまったら、そこで世界が変わってしまいそうだった。
「跡部、明日また逢えるだろうか」
「……テニス、だよな」
「ああ、青学の練習が終わってからだが」
「同じ時間、ここでいいか」
 手塚がこくりと頷く。いったいどれだけの練習量をこなしているのだと、跡部は自分を棚に上げて思う。約束を取り付けて、手塚は満足そうにラケットバッグを背負った。
「では、明日。お前も気をつけて帰るといい、跡部」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
 そうやって手塚がコートを後にしてから、跡部は大きく息を吐き出して項垂れる。
「……言っ……た傍からテメェはぁっ……!」
 言葉を操るのが下手なのを自覚しているのなら、吐き出す言葉は慎重に選びやがれと悪態を吐く。顔が火照る。鼓動が速くなる。
「あっつ……」
 たった一言で、立ちくらみがするほどの衝撃を受けてしまった。
 ――――明日も逢える。
 そんな何でもない事実が、どうしようもないくらいに嬉しかった。


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