No.389

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右手に殺意を 左手に祈りを-005-

千至WEB再録 2018.10.07

#千至 #片想い #セフレ #ウェブ再録 #右手に殺意を左手に祈りを

 肌寒さと、肩がうまく動かないもどかしさで、目が覚めた。 目を開けて最初に飛び込んできたのは、白いシ…

千至WEB再録

右手に殺意を 左手に祈りを-005-

 肌寒さと、肩がうまく動かないもどかしさで、目が覚めた。
 目を開けて最初に飛び込んできたのは、白いシーツ。目蓋の圧迫感は、うつ伏せの状態で転がっていたせいか。
「う……」
 腕が動かない。動かそうとすれば肩がギシリと音を立てるようで、痛みが走る。その痛みのおかげで、ぼんやりとしていた意識がはっきりとしてきた。
(あー……そっか)
 腕を縛られたのだっけ、と思い出して、呆れて、諦めたように息を吐く。
 今回、千景に腕を拘束された。
 何が気に障ったのか、何がスイッチだったのか分からないけれど、触れられたくない場所に、知らないうちに触れてしまったのだろう。
 優しさなんか欠片もない行為で、無理やり快楽を引きずり出されて、何度も、中をかき回された。
 雄を突き立てられた箇所が、じんじんと痛む。汗と流した涙で、顔にパリパリとした膜でも張っているようだ。
(シャワー、浴びたい……、……って、え!?)
 どうにかこの拘束をほどいて、汚れを洗い流したいと身をよじって、初めて気づく。信じられないものがそこにあった。
 至が寝かされていたものとは別のベッドに、千景の姿。
「え、噓……」
 まだ自分の目が覚めていないのかと思った。
 何しろ、何度体を重ねても、千景が至の傍で眠ることなどなかったのだ。激しい行為で意識を飛ばされて、気がついた時にはもういないだとか、意識があるうちでも千景は先に部屋をあとにしていた。
 それが、視線の先に、確かに卯木千景の体がある。
 至を抱いてそのまま寝落ちたとでも言わんばかりに、乱れたシャツと、役割を成していないブランケット。かろうじて眼鏡は外されていたが、それもどこにいったのか。
 まったく千景らしくない。
(いや、先輩のことなんて全然知らないけど。でも、これはどう考えたっておかしいよな。……昨夜のだって……んん、違うな、その前から先輩はおかしかった)
 至は、また見てはいけないものを見た気がして、目を逸らす。拘束をほどこうと、肩を動かす。手首にひりつく痛み。擦り切れたかなと歯を食いしばって、泣きたい気持ちを我慢した。
 千景の様子がおかしいのには、気がついていた。
 あの日から距離がほんの少し近くなって、触れてくる手が優しくなった。
 恋に気づいた、あの日から。
 最初は、自身の願望がそう思わせているのかと思った。だけど、違う。
 千景に見られていることが多くなった。話しかけられることが多くなった。以前は気にもしなかったのに、プライベートのことを訊いてくるようになった。
 手放しで喜べないのは、自分と同じ気持ちからではないと分かったからだ。
 もし恋をしてくれているのなら、あんなに冷めた目で見るものか。あんな貼り付けたような笑顔で話すものか。
 トリガーは、〝オーガスト〟。
 その人の名を呼んでしまったことからだ。
 千景にとっては、触れられたくない部分だったに違いない。触れてはいけないものだったに違いない。
 それが確信に変わったのは、それまでは絶対に見せなかった、苦痛に歪む顔をさらすようになったからだ。
 千景に自覚があるかどうか分からないが、あの日から――時折苦しそうに遠くを見つめて、歯を食いしばる彼を見かけた。もちろん声などかけられなくて、こっそりその場を離れたり、誰も彼の世界を邪魔しないように周りを見張ったりしただけだったけど。
 そんな中で、この仕打ち。
 また何か、千景の不可侵領域に踏み込んでしまったのだろう。
(またオーガストさんに関係あんのかな……そういえば、写真見てからだな、おかしくなったの)
 確か、冬組の写真を見ていたはずだ。
(ディセンバー……今度は十二月か)
 千景が口走った言葉の中に、オーガストと同じく月を表す単語があった。それも恐らく人の名前なのだろう。
 オーガストのことを考えれば、それも口にしてはいけないはずだ。オーガストのことを、ディセンバーという人のことを、探ろうとは思わない。踏み込めるとは思わない。
「こんなことまでされてんのに……馬鹿かな……」
 願うのは、ただひとつ。
 卯木千景がどうか幸福でありますように。



 どうにかネクタイをほどいて、しばらくぶりに自由になった腕を動かす。
 しわになったシャツと、手首についた擦り傷。
 舞台に差し支えるし痕にならなければいいなと、役者らしいことを思って苦笑した。
 劇団に入った頃はそんなこと思いもしなかったのに、人は変われば変わるものだ。
 思っていたよりも芝居が好きで、思いもしなかった恋に落ちて、相手の幸福を祈るだけの、実入りのない想いにふける。
 気分が沈んでいく。
 千景が何を抱えていて、何を隠しているのか、知る立場にないことが、もどかしくて、悔しい。
 こんなに物音を立てていても目を覚まさないほど、千景は深い闇に落ちているらしい。
 至は床に落ちていた携帯端末を拾い上げ、ロックを解除する。
 画面はアルバムのままで、冬組のメンバーが楽しそうに稽古をしていた。
 GOD座の挑戦を受けると決めてから、彼らは熱心に稽古をするようになった。寝食を共にして、少しだけ打ち解けてきたメンバーを、少しでもサポートしたいと、各組それぞれで、稽古やエチュードに付き合ったりしている。そんな中の一場面だ。
(俺たちを裏切って……アイツを殺したお前が……ねぇ……。その人に似てる誰かがいたのか、それとも、この中にディセンバーとやらがいるのか)
 そこまで思って、至はふるふると首を振った。個性派ぞろいとはいえ、人を殺すような男がいるとは思えない。思いたくない。きっと似た人がいるのだと、アルバムを閉じる。
 そうしてほんの出来心で、この先見られないだろう千景の寝顔をフォーカスし、シャッターを押した。
 千景が起き出す前にここを出ていこうと、痛む体にムチを打ってバスルームで汚れを洗い流す。
 千景への想いも流れていってくれればいいと思ったが、やっぱりそんなことできやしなかった。


 ふっと千景の意識が浮上する。
 胸のあたりがズキンズキンと痛むのが不快で、あまり気持ちのいい目覚めではなかった。もっとも、生まれてこの方、気持ちの良かった目覚めなど、経験したこともないのだが。
 千景は腕で上体を押し上げ、汗で張り付いた髪をかき上げた。
 目を瞠る。
 眠ってしまっていたことが、信じられない。自身の家ならばまだしも、ここはホテルの一室だ。そんなところで眠れるなんて思わなかった。しかも、他人がいる状態でだ。千景はふるふると頭を振り、その部屋にあるはずの存在を呼んだ。
「茅ヶ崎?」
 しかし、呼んでも返事がない。物音ひとつ聞こえてこない。不思議に思ってようやく、もうひとつ設置されたベッドに視線を向けた。
 整えられていないベッドの上、在って当然だと思っていたものがない。
 代わりに、一枚の紙切れ。
『先に帰ります。また、会社で』
 下手な字でそう書かれたメモは、この部屋に備え付けの、味けないものだ。千景はそのメモをクシャリと握りつぶして、ゴミ箱へ放った。
 正直、昨夜のことはよく覚えていない。
 状況からして、セックスをしたのは間違いないのだが、最中のことがまるで思い出せないのだ。
 しわになって汚れたシャツと、ベッドの下に落ちたネクタイ。
 ともかく一度家に帰って、着替えてからでないと出勤ができないなと、息を吐いてバスルームへと向かった。


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