華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.388
千至WEB再録 2018.10.07
#千至 #片想い #セフレ #ウェブ再録 #右手に殺意を左手に祈りを
至から車のキィを受け取って、ドアを開けた。 定時を大幅に過ぎていれば、駐車場に車は少ない。人もまば…
千至WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2018.10.07 No.388
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至から車のキィを受け取って、ドアを開けた。
定時を大幅に過ぎていれば、駐車場に車は少ない。人もまばら。
千景は助手席に乗り込んできた至のネクタイを摑み、ぐいと引き寄せた。
「あ」
ちょっと、と諫めかける至の口を塞いで、ちゅっと音を立てて吸い上げ、指先で首筋をくすぐってやる。
「先輩、ここまだ職場……」
「平気だろ、周りに誰もいない」
言葉ではそう諫めていても、至の頬は真っ赤に染まっている。千景はふっと口の端を上げた。
「じゃ、行こうか。いつものホテルでいいだろ」
「あ、はい……。すみません、遅くなっちゃって」
「別に構わないよ。プレゼンの資料頑張ってたな。お疲れ様」
ぽんぽんと至の頭を撫でてエンジンをかければ、照れくさそうに視線が泳ぐ。可愛い後輩だ、と思う。こうまで都合のいい相手が身近にいたのは僥倖で、千景は再度目を細めて笑った。
ディセンバーが、今どんなふうに過ごしているのか探るには、見張るよりも至に探りを入れた方がいい。他人から見たディセンバーを知ることができる。
「劇団の方は、どう? 今日は稽古なかったのか?」
「あ、今日は夏組と冬組がレッスン室使う日なので。っていうか今ちょっとややこしいことになってて……」
「ややこしい?」
「デカい劇団に目をつけられてるみたいで、劇団の存続を賭けた勝負挑まれてるんですよ」
そういえば、団員たちとそんな話をしているログもあったなと、千景はひとつ瞬いた。
「改めて……自分が結構芝居にのめり込んでるなって思いました。なくなってほしくない」
寂しそうに呟く至を横目で見やる。千景としても、今あの劇団がなくなることはありがたくない。ディセンバーが苦しむのはいいが、それに自分が関わっていないのでは意味がない。
それに、劇団がなくなれば、ディセンバーとの接点が消えてしまうだろう。
「芝居、好きなんだな」
「いや、自分では意外でしたけどね」
「そうなの? もともとなのかと思ったけど。猫かぶってるだろ? 職場で」
「えっ?」
至が驚いて、慌てた様子で振り向いてくる。至の素の姿は知っているけれど、その事実を至は知らないのだ。
「ベッドの中の茅ヶ崎が、あんなに色っぽいなんて、誰も知らないよな」
「え、あ、そっちか、良かっ……色っぽくないです」
つんとそっぽを向く仕種は、可愛いなと思わなくもないが、攻略するべきはそこではない。
少しでも情報を引き出して、こちらの有利になるように進めたいのだ。
笑う顔の奥で、千景は焼けただれそうなほど熱い殺意を抱いていた。
「勝負を挑まれたのは、冬組? メンバー集まったばっかりなんじゃないのか」
「そうなんですよね……勝負挑んできた劇団の元団員とか、ブランクありでも経験あるのはいるんですけど、あとは素人だし。まあ俺のとこも素人ばっかだったので、稽古次第でなんとか……」
「へえ……大変そうだな」
他の組はどんな演目だったのか、普段どんな稽古をするのか、ホテルに着くまでの道のりで収集する。職場から離れた場所を逢瀬に選んでいたのは好都合だったなと、千景はフロントガラスを睨みながら考えた。
「どこでも寝ちゃうって人もいるんだっけ? それで芝居とかできるのか」
「エチュード、あ、即興劇なんですけど、それは何度か観ましたよ。上手いんですよね、これが。結構な拾いものです。あ、その人記憶喪失で。行き倒れてたとこ、数あわせに勧誘したっぽいんですけどね……ウチの監督さんも節操ないっていうか」
さりげなくディセンバーの話題を出すと、驚く言葉が返ってきた。
(記憶喪失……? ふん、いい手だな、何も覚えていないと言えば、詮索されることはない。お人好しばかりの劇団で、アイツはっ……!)
信号待ちで停まった千景は、耐えきれずにステアリングへと突っ伏す。ぎゅうと強く握りしめる手に力がこもり、どうかすると壊しかねない。
「先輩? ちょ、どうしたんですか」
そんな千景を、心配そうに覗き込んでくる男。千景はゆっくりと至を振り向いて、視界に認める。ぼんやりとぼやけた視界の中で、至だけがはっきりと見えた。
(ディセンバー、お前……、なんでこんなヤツの傍にいるんだ? 記憶を失ったふりまでして、そんなに生きたかったのか?)
すうっと目を細め、憎悪さえ込めて至を見つめ返す。びく、と強張った体は、さすがに何かを察したのだろうか。
「悪い、少し頭痛がしただけだ」
「え、あの、具合が悪いなら帰りません?」
「大丈夫だよ、茅ヶ崎」
「だ、大丈夫じゃな――」
襟を引っ張り、無理やり唇を塞ぐ。
(こんな、唐突なことに対処もできないヤツの傍で!)
吸って、舐めて、その先に入り込もうとしたところで、信号が青に変わる。名残惜しいふうを装って、唇を放して至の体を助手席へと押し戻した。
「お前を抱けば治る」
「そっ……んなわけ、ないでしょ、馬鹿なんですか……」
至は何も気づかないで、頬を染めるだけで大人しくなってしまう。
千景にはそれが、余計に腹立たしかった。
身を寄せるにしても、もっと考えられなかったのか。体術に長けた人物がいるだとか、武器に詳しいとか、コネクションが強力だとか。
茅ヶ崎至には、そんな力どこにも見受けられない。もちろん個性派ぞろいという劇団全員が、こんな男ではないのだろうが、どうしても許し難い。
(男に抱かれてよがってるようなヤツの傍で、お前も笑っているのか、ディセンバー)
恥ずかしそうに、悔しそうに口を押さえる至を横目で見やり、ギリと歯を食いしばった。
この男をどうしてやろうかという凶悪な思いで、ホテルのドアを開ける。
この男はディセンバーに近づくための大事な切り札だ。下手なことをして警戒されてしまっては、ディセンバーに気づかれてしまう。
準備が整うまでは、至に気づかれるわけにはいかない。
千景は吐き出しそうな闇を必死で抑え、ジャケットを脱ぎ捨てた。
「あ、やっぱり今日もカレーだったんだ……回避できてよかった」
鞄をテーブルに置いた至が、恐らくLIMEの画面を覗いて笑う。
劇団では、よくカレーが出るのかと、辛い物が好きな千景としては気になるところだが、甘いもの――というかマシュマロが大好きなあの男も、文句ひとつ言わずにカレーを食べるのだろうかと、違和感が襲ってくる。
「寮では、カレーが多いのか?」
「そうですね。多いときは週五ですよ」
「……多いな」
「ははっ、驚きますよねやっぱり。美味しいからいいんですけど」
「楽しそうで何よりだ。……劇団の写真とか、ある?」
至もジャケットを脱いで、椅子の背にかける。ハンガーに掛けろといつも言うのに、聞いたためしがない。彼は寮でもそうなのだろうかと、さりげなく探りを入れた。
御影密――ディセンバーのことは、盗聴した声で分かったが、姿は見ていない。まだそれほど親しくなれていないのか、ディセンバーが至の部屋に来ることはなかったし、活動時間が違っているようで、至の携帯端末に映ることはなかったのだ。
「ありますよ。俺はそれほど撮る方じゃないですけど、カメラマンの臣とか、インステやってる一成とかは、いっぱい撮ってて。あ、これなんかいい写真ですよ。冬組がようやくまとまってきた感じの」
至は笑いながら端末を操作する。過敏に反応しないようにするのがとても大変だったが、至に気づかれるほどではないだろう。
はい、と手渡された端末の画面に、五人の男。
衣装合わせなのか、普段着とは思えない服に身を包んでいて、天使らしき羽根まで見えた。
千景は、愕然とした。血の気が引いていく。
そこには、あの任務の時に別れて以来の、ディセンバーの姿。
少しも変わらない姿で、そこにいた。
相変わらず眠そうにしながらも、合わせられる衣装に従順に腕を広げていた。
「他の写真も……見ていい?」
「えーと、あー……、そのフォルダなら構いませんよ。エロいものとかないし」
至はそう言って笑う。茶化したつもりなのだろうが、それに乗ってやれる余裕などない。千景はゆっくりと画面をスワイプした。
知らない男、知らない女、知らない男、知らない男、――知っている男。
足の先まで引いた血が、沸騰するかのごとく心臓に戻ってくる。そんな感覚を味わった。
「あ、先輩、俺先にシャワーしてきま――」
千景の手から、至の端末が落ちる。それはカーペットの上に転がって、ゴトリと鈍い音を立てた。千景の手は至の腕を引き摑み、傍のベッドへと放り投げる。どさ、と重い音が部屋に響いた。
「せ、先輩っ?」
両腕を押さえつけ、膝を腹の上に乗せる。身動きが取れなくなって慌てたのか、至の声が震えていた。
「――んで……なんで笑ってるんだ……?」
だけど、千景の唇が奏でる音は、掠れて、もっと震えていた。
「先輩……?」
「なんで笑ってるんだ! どうしてそんなにのうのうと生きていられる!」
目の前が真っ暗になって、真っ白になって、そして真っ赤になったような気がする。
端末の中で、〝彼〟が密と名付けた男は、笑っていた。柔らかく、安心しきって、笑っていた。
体中の血が沸騰する。ぐつぐつと腸が煮えくりかえるようだ。
「俺を……俺たちを裏切ってまで生き延びて! なんでそんなところで笑っていられるんだ、ディセンバー!」
ぐらぐらと視界が揺れる。なんという裏切りだ。
〝彼〟を殺したことを悔いて、泣き暮らしていればまだ可愛げもあったものを、記憶をなくしたと噓をついてまで、そこにいたかったのだろうか。
「アイツを殺したお前がっ……そんなところにいていいはずないだろう!」
「先輩、ちょっと、なに、ねえ、放してくださいっ」
組み敷いた男が、生意気にも逃れようと身をよじる。何かを訴えているようだが、やかましいノイズにしか聞こえなかった。
「うるさい……うるさい、黙れ」
頭の中で、ノイズに混じって声がこだまする。
その幼い声は、笑い混じりの、涙混じりの、怒りと、寂しさと、諦め。その他にも、いろいろな声が混ざり合っているようだ。
ややあって鮮明になっていくそれは、一人の男の声になり、二人の男の声になり、溶けて、重なって、ノイズを擁していく。
――か……げ。
……かげ。
ちかげ。
「千景さん!!」
突然鮮明になった音に、千景はハッとした。
不安そうに見上げてくるふたつの瞳。茅ヶ崎至だ。
視線が互いの間で重なって、彼は安堵したように見えた。
「千景さん、ねえやっぱやめましょ、今日。おかしいですよ?」
なだめるような声音と視線が、千景には煩わしい。
(よぶな……呼ぶな、アイツらでもないくせに)
ちかげ、と。
その名をつけてくれた男はもういない。呼びづらいと眠そうに言った男ももういない。
千景はすと目を細め、ぐいとネクタイのノットを引き乱す。ごろりと裏返した至の背中で、彼の手をひとつにまとめて掴んだ。
「えっ? な、なに……千景さん、どうしてッ」
突然のことに思考がついていかないのか、至は千景の下で無理に振り向く。反応が鈍いなと、千景は忌ま忌ましげに見下ろした。
「俺の名を呼ぶな。お前には許可してない」
目を瞠る至の手首を、引き抜いた自身のネクタイで縛り上げる。
不愉快で仕方がなかった。ただ体を繫げるだけの男に、呼ばれたくない。
特別な能力があるわけでもないのに、彼らのことを知っているわけでもないのに、その音を口にするなんて。
至の首を上から押さえつけ、腰を高く上げさせる。そうして耳元で囁いた。
「お前はただ、ここで俺を満足させろ」
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