- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.34, No.33, No.32, No.31, No.30, No.29, No.28[7件]
グッドモーニング
目覚ましよりも早く起きた朝は、何故だか得したような気分になる。
薄明かりにぱちりと目を開けて、ミハエルは数度瞬きをした。
伸ばした腕の上に、愛しい人の身体がある。いつもの光景に間違いはなかったが、こんなときはひどく幸福だと実感するのだ。
ベッドサイドの時計を見れば、まだ起きなければいけない時間には少し早い。アラームが鳴り響くまでまた眠ろうかと思ったが、愛しい人が身じろいだのをきっかけに、ふとしたイタズラ心が生まれてしまった。
す、と腕が伸びる。
随分と男らしい手のひらが、同居人・早乙女アルトの太ももをすいと撫でた。
彼の太ももは素肌のままで、手触りが良い。これはミハエルのお気に入りのひとつ。まあ、アルトの全てがお気に入りと言ってしまえばそうなのだが。
上から下へ、下から上へなぞり上げ、両脚が合わさった谷間へと移動していくイタズラ好きな手のひら。若干朝が弱いアルトも、その明確な欲望を持ってうごめく手のひらには気がついたようで、ん、と身をよじった。
「こ、こら、ミシェ……っ」
背中からぎゅっと抱きしめたまま、ミハエルは笑んだ。
昨夜つけたキスマークはどこらへんだっただろうかと、探るように指を動かすミハエル。
ここだったろうか。それともここか。
「ミシェル!」
朝っぱらから欲情する恋人に、アルトは怒声を上げる。だけど快楽に弱いアルトにとって、ミハエルの器用な指先は、凶器以外の何物でもなかった。
「んっ……」
太股を撫で、ニットセーターの裾から入り込み脇腹をなぞる。昨夜これでもかというほど開放した熱が、また生まれそうになる。耳元で吹きかけられる吐息は、どうせわざとなのだろう。
「アルト、起きた?」
「お、起きたからもうよせっ……」
「おはよう」
なんて起こし方をするんだ、とアルトはミハエルの手を止めようともがいた。このままではまた昨夜のように流されてしまう。
「ヤダって、ミシェル……っ」
「逃げんなって、ちゃんとよくしてやるからさ」
手のひらがだんだんと上に上がってくる。これ以上はダメだ、と首を振っても、ミハエルの手は止まってくれなかった。
「……っの…!」
朝っぱらからこのままコトに及んでたまるものかと、アルトは息を溜めて左肘を思い切り後ろに振る。
イヤだって言ってんだろ、と叫ぶアルトの声と、身体がぶつかる音と、ミハエルの詰めたような呻きが、全部重なった。
肋骨の辺りに肘を食らったミハエルは、衝撃に少し咳き込み、アルトの身体から手を離してしまう。
「す、少しくらい…手加減、しろ、姫」
「あのなあミシェル、お前、ちょっとそこ座れ!」
鍛えてはいるものの、突然の攻撃には対処しきれない。まさか容赦ない肘が入るとは、思っていなかった。
ミハエルの腕から逃れることに成功したアルトはそのままがばりと起き上がり、ベッドの上に座り込む。そうしてミハエルにもちゃんと座れと自分の前を指差した。
これは従わないとマズイことになりそうだなと、ミハエルも身体を起こしてベッドの上に正座した。この座り方は足が固まってしまいそうで好きじゃないが、反省しているというポーズだけでもしておこう。
「ミシェル、お前な。聞いてる?」
「ハイ聞いてマス」
膝を突き合わせて、ベッドの上で始まる説教。しまったなあと思わざるを得ないミハエルだが、俯いて反省している振りをしても、視線はいつの間にか、空気にさらされたアルトの太股へと移動していた。
下は何も穿いてないし、彼が着ているニットセーターはミハエルのものだ。少し袖が長いのは、そのせいだろう。
男のロマンだよねと心の中でひとりごちる。
裾から伸びた、思わず触りたくなる太股。温かいからこれでいいよと少し大きな服をパジャマ代わりにする恋人は、きっと男のそんな心理は興味もないのだろう。
出逢って7年経つけれど、そんなところはずっと変わらない。お互い昇進もしたし環境も変わったのに、この無防備さはどうにかならないものだろうか。
「だいたいお前はな、我慢が利かなすぎるんだ!」
「うん、ごめん。でも姫に触りたかったんだよね」
我慢を利かなくさせているのはアルトだ、などと言おうものなら、すぐさまこぶしが飛んでくるだろう。アルトとは共に過ごして長い。扱い方はもう心得てきたが、そう思うのも本心だった。
「え、あ、でもな、何も朝っぱらから」
「だって一日の始まりに姫補給しないと、持たない」
「俺は別にお前なんか補給しなくても大丈夫だ。そ、それに昨夜あんなに、っ……」
アルトが口ごもり、ミハエルの目が光る。
長い袖に隠れたアルトの腕を取った。
「ふうん? じゃあ朝ダメならその分夜にしていいってことかな?」
「いやいやいやいや、それおかしいから! 俺は……っ」
腰が引けているのは、ミハエルからでも充分に見て取れる。さすがにこのままどうこうしようという気はないが、補給しなくても大丈夫などと言われてしまっては、面白くない。
こんなところはまだ、10代の少年のようだった。
「ごめんねアルト姫。俺のこと嫌いになった?」
「なってねーよばーか」
すぐに否定を返してくれて、分かっていたことだがミハエルはやはりホッとしてしまう。
「じゃあ、補給な」
触って、と掴んだ腕を持ち上げて、手のひらをこちらに向けさせる。逃げ出す前に、胸に押し当てた。びくりとアルトの肩が揺れて、困ったような表情に変わってゆく。
アルトにとって、しらふで恋人の肌に触れるという行為が、どうにも恥ずかしいものらしい。ミハエルはそれを知っていて、わざとゆっくりと触れさせた。
胸に、鎖骨に、腕に、脇腹に、掴んだアルトの手首を移動させていく。
「む、昔よりはその、筋肉が綺麗についた、な」
恥ずかしさを払拭しようと、アルトはミハエルに声をかける。上気した頬は、彼の胸の内をよく表しているなと口の端を上げた。
「アルト姫に追いつかれちゃ敵わないからな。ちゃーんとトレーニングしてるんだよ」
「お、俺だってしてるさ! ……なんでこんなに違うんだよ、ちくしょう、お前なんか……」
眉を寄せて口を尖らせて、アルトはミハエルの肌から手を離させる。その手を無理に引き止めることはせず、膝の上に収まったそれをそっと覆う。
「俺なんか、なに? 好き? 大好き? 愛してる?」
嫌い、の選択肢がないあたり、ミハエルも相当の自信家だ。だけどその自信は、これまでの二人での生活がそうさせるのであって、幸福、と胸を張って言えること。
アルトは考え込むように瞬いて、
「め、目ぇ閉じたら教えてやる」
「ん、こう?」
目を閉じたミハエルの眼前で手を振って、本当に閉じているか確認してから、自らも目を閉じて、近づいていく。ターゲットはその微笑む口唇。
「…………ぜんぶ」
口唇に触れる寸前、小さく小さく、囁いた。
好き、大好き、愛してる、ぜんぶ。
「補給、したか?」
「した。おはようアルト姫」
「おはようミシェル」
今日も、ここから始まる。
#両想い #ラブラブ #ミハアル
アナタノオト
アルト、アルト。
呼びかけても、あーとかうーとか、曖昧な返事しか返ってこなかった。ミハエルは苦笑して、今度は違う呼び名で呼んでみる。
「ひーめ、姫」
「んー、なんだよさっきからー」
やっと次に繋がりそうな返事が聞こえたが、なんだよ、はこちらの台詞だ。ふう、とため息をついて、
「ちょっと重いんだけどね」
胸の上に乗る、彼の頭をぽんぽんと叩いてみた。
素肌同士のままこうして、どれだけ時間が経ったのだろうか。時計を見る余裕などなかったから、どれだけそうしていたのか分からない。それどころか、今現在の時刻さえ分からない。
「我慢しろよ」
「そうは言ってもさ、寝返り打てないってちょっとしんどいぞ」
「うるさいミシェル。ちょっと黙ってろ」
素肌が触れ合うことは別に厭うことなどないし、むしろ嬉しくて幸せ。実際さっきまでずっと、これでもかというほど触れ合って入り込んで、お互いの境界線がどこなのかも分からないほど抱き合っていた。
だけど、何度目かの開放を終えてからずっと、アルトはミハエルの胸の上を陣取って、気持ちよさそうに惰眠を貪っている。
彼にとって安心できる場所なのだろうかと考えると嬉しくもあるが、この体勢ではロクに顔も見られない。どうせなら、正面から抱き合って眠りたいものだ。
「うるさいって、お前ね。奇跡の生還を遂げた恋人に対してそれはちょっとないんじゃない?」
無理やりにでも起きてしまおうと、ベッドに肘をついて上体を起こすと、不満そうにしがみつきながら、アルトもそれについてくる。
「うーごーくーなーよ、ちゃんと聞こえねえだろっ」
下から見上げられ、ミハエルは起こそうとしていた身体をそこで止めた。アルトの様子を見る限り、それはとても重要で重大なことのように思える。仕方なく身体をベッドに沈ませ、彼の好きなようにさせてみた。
ミハエルがおとなしく身体を横たえたのを、満足、とアルトは再度胸に頭を乗せる。揺らめく髪の毛が、ミハエルには少しくすぐったかった。
「聞こえないって、なに?」
髪を、優しく撫でる。それを嬉しく思ったのか、アルトは強く、ミハエルの胸に耳を押し付ける。
「お前の音」
その一語を大切そうに呟くアルトに、ミハエルはやっと合点がいった。
心臓の音を聴いていたのか。
「お前の生きてる音だ」
うん、とミハエルも静かに呟く。
ドクンドクンドクン。
「ミシェルの、音だ」
いつの間にか心音が重なって、呼吸も重なる。
ふたりでそっと目を閉じる。
ミハエルが助かったのは、奇跡といえばいいのか、偶然が重なっただけといえばいいのか。
宇宙空間に投げ出された彼は、仮死状態のまま何日かをそこで過ごした。ゼントラーディの血を引いていたのが幸いしてか、常人では有り得ない程存命率の高い状態で発見され、医療用カプセルに放り込まれ、それから数週間。
初期発見だったV型感染症も、ワクチンが間に合い、最悪の状態には至らなかった。
幼馴染の少女は泣きじゃくり、彼が目覚めるまでずっと傍についていた。
目を覚ました、と連絡をもらって駆けつけたときにはもう、ベッドの上に身体を起こし、たくさんの同僚に囲まれていて。
ごめんとありがとうを一生分言った気分だ、と笑っていたミハエルを見て、やっと現実なんだと思ったけれど、それでもまだ、不安が残る。
本当に生きているのか。幻ではないのか。
他の見舞い客がいなくなって、次の検査は明日の午後から、と看護士に告げられたミハエルが、アルトに向かって手を伸ばす。その瞬間さえ、夢なのではないかと疑った。
言葉を交わすより先に、キスを交わした。
熱い、と思った舌が絡み合って、ベッドが悲鳴を上げる。素肌を、と衣服に手を伸ばしたのはどちらが先だっただろうか。
「聞こえる? 姫」
「ああ、聞こえる」
ドクンドクンドクン。
抱き合うよりもっと、楽で体力も失わない方法もあっただろう。
「姫の音も聴きたい」
「あぁ、こら、バカ……もう無理だろ……」
伸びてくる腕を払いのけもせずに、アルトは言葉だけで拒絶してみせる。
抱き合う他にも、きっと方法はあるのに。若さと愚かさと愛しさで、全部投げ捨てる。
「聞かせろよ、お前の音」
「生きてる音?」
この人が愛しいのだと、笑って全てを投げ捨てる。
後で身体が言うことを聞かなくなっても、今はただこの人の音を聞いていたい。
「アルトの音、全部ちょうだい」
「欲張りだよお前」
「なんとでも」
アナタノオト。
生きてる音。
ドクンドクンドクン。
「生きててくれてありがとう、ミシェル」
「待っててくれてありがとう、アルト姫」
口唇からも伝わってくる、アナタノオト。
あなたの生きてる音を、愛してる。
ドクン、ドクン、ドクン。
#両想い #ラブラブ #ミハアル
on your names
有・人。
ミハエルは手のひらにそう文字を書き、ふうんと手をかざしてみせた。
「アルトの字ってこんな風に書くのか」
なんでテストの記名とかカタカナなんだ?と訊ねたら、面倒だからと返ってくる。確かに画数的には、……いや、そんなに変わりない。
カタカナの方が書きやすい、というのも確かに理由の一つなのだろうが、きっと父親に与えられた漢字だからと思ってでもいるのだろう。
反発できる父親がいるというのは羨ましいがねと、ミハエルは口に出さずに笑った。
「アルト、あると、有人」
「なんだよ、そんな呼ばなくても聞こえてる」
アルトはうつ伏せていた身体を起こして、アルトと動くミハエルの口唇をなぞる。
狭いベッドの上で、こんなにも密着していれば、何度も呼ばなくても耳に届くだろう。名を呼ばずにさえ、きっと視線だけでも伝わってしまう。
「他には? アルト。お前の名前に使える漢字」
「え? ……なんだろうな」
お互い、語学は一通り習得している。フロンティアでいちばんよく使われ、全銀河共通語とされているのは英語だったが、それでも船団によっては言語が違うのだ。こんなところは、人類が地球という星で生きていた頃と何ら変わりはない。
アルトもミハエルと同じように仰向けに寝転がり、手のひらを見上げた。
「こっちの"在る"でも読めるな。在人」
「"ト"を斗にするとか?」
「三文字にするとウザイし」
二文字でよかった、とアルトは、"アルト"と読めそうな文字を挙げていく。バリエーションはさまざまで、そういえばこんなことは考えたことがなかったと感心してしまった。
「……なんでこの漢字なんだ? 何か由来とか、あるのか?」
ミハエルはもう一度手のひらに有人と書いて、首を傾げる。こんなにたくさん文字があるなら、他の漢字だって良いではないかと。
「さあな。そんなん聞いたことねーよ」
そしてこれからも、訊く機会はないだろうとアルトは目を伏せる。
父に反発して家は出てきてしまったし、名付けられた時そこにいたであろう母は、もう他界してしまっている。
「有人、有人、有人。……ふうん?」
「なんだよ、気持ち悪いな」
何度も手のひらに書くミハエルを訝しんで振り向くと、ミハエルもこちらを振り向いて、視線が重なった。
「日本名……漢字っておもしろいな。読み方はひとつなのに、文字がいくつもある」
興味深げに漢字を書き比べてみては、ミハエルは笑う。
画数も違えば、雰囲気も違って見える。発音はすべて同じなのに、こんなにも違うのかと思って、何度も何度も書き比べた。
「有人、俺この漢字がいちばん好きだ」
普段は見せないような真剣な表情に、アルトは思わず肩を震わせてしまう。
そんな些細なことに、何をマジメな顔をしているんだと。
だけどその字が好きだといってくれた彼のおかげで、自分の方こそその字が好きになってくる。
「姫、何笑ってるんだ」
「だ、だってお前、ハハ、そんなんお前だって一緒だろ」
ついには身体を折ってまで笑い出したアルトに、ミハエルは不機嫌そうに眉を寄せる。アルトの言っている意味が分からない。
スペルはMichaelでしかなくて、それ以外には書けないというのに。
「姫、なんで俺とお前が一緒なんだ。スペル一通りしかないだろ」
「知ってるよ、そんなん。でもほら、俺とは逆に、読み方が違うだろ?」
覗きこんだミハエルは、アルトの答えに目を瞬いた。
アルトは手のひらにミハエルの名をなぞり、口に出して名を呼ぶ。
「ミハエル、ミヒャエル、ミシェル、ミカエル、マイケル……ほら」
ミハエルは参ったなと息を吐いた。自分の名前など、さして気にしていなかったことに今さら気がつく。両親が付けてくれた大切な、自分の名前。
改めて、この名前で良かったと思った。
「おんなじ、だろ」
「おんなじ、だな」
確かめ合って笑った。
何がそんなに面白くておかしくて幸福なのかも口にできないまま、抱き合って笑う。
「お前はどれで呼んでほしい?」
「どれでも。姫が呼んでくれるなら、どれでも嬉しいな」
アルトは一つずつ違う発音で呼びながら、彼の額に頬に鼻先に目蓋に口唇にキスを贈った。
「お前はどの字がいちばん良い?」
「どれでも。お前の指が俺の名をなぞるなら、どれでも嬉しい」
ミハエルはさまざまな漢字を書きながら、アルトの肌に触れていく。
ふたりは何度も名前を呼び合いながら、白いシーツに沈んでいった。
#両想い #ラブラブ
また今日も言い出せず
-Alto-
キミは誰とキスをする?
そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
ズ、とストローでレモネードを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。
そうだ、この曲がどれだけ世間に注目されているかなんて、俺には興味がない。
興味があるのは、隣に座っている男はいったい誰とキスをするのかということ。
ガラス越しにイイ女が通るのを待っているかのように上機嫌なミハエルを横目で盗み見て、はあ、といささか大仰にため息をついた。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
それに気づいてミハエルは俺の方を振り向いてくる。そうしてほしくてため息をついたのだから、作戦が成功したとここは喜ぶべきなんだろうが。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
お前が隣にいるのに、女を物色しているわけがないだろう。
人の気も知らないでこの男は!
……言ってないんだから、しょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
ああ、もう、複雑だ。
女を形容されるのは大嫌いなんだが、【姫】って呼び出したのがお前だって考えると、嬉しいようなくすぐったいような感覚でそわそわしてしまう。
好きだ。好きだよミハエル。もうどーしようもない。
ノーマルどころか女好きで通ってるお前にホレたって無駄なんだろうけど、そう簡単に諦められねぇんだよなあ。
俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、ミハエル。
今日だってもうやめるって思ったのにさ、お前が声かけてくれて。何か悩んでるんだったらいちばん最初に俺に言えって言われて、気にかけてくれているんだと思ったら嬉しくて、また諦められなかった。
お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだ。
買物付き合ってって言われて、今日は女とデートじゃないのかと喜んで、だけど明日はデートだとカウンターを食らって落ち込んで。
そいつとのデートに着けていくんだろうか、数十分前までふたりでアクセサリーを見ていたけど。ミハエルは俺が選んだものを持って、嬉しそうにレジへ持っていっていた。
せっかく姫が選んでくれたからねぇ、と軽い口調だったけど、それも嬉しかったんだ。
そんなこと、お前は知りもしないんだろ。
「お、あの子イイなあ」
お礼に奢るよと言ったミハエルとカフェに入ったけれど、当然男女のデートみたいに甘い雰囲気になんかならない。所詮【友人同士】だ。
人の気も知らないで、ミハエルは通行人の中から好みの女を探しているようだ。見る限りは年上の、華やかな女を。
ミハエルの好みがそういう女だってのは周知の事実。例えば俺が女に生まれてても、きっとこいつの好みからは外れてしまってるんだろう。
ああ、またあの歌だ。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
「…………は?」
外を眺めていたミハエルが、驚いたように俺を振り向いてくる。気分がいいな、お前のそんな顔は滅多に見られない。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
トゲトゲしく言ってやった。あーそうだよ嫉妬してんだよ、馬鹿みたいに。
ミハエルとは恋人になんかなれないって知ってるから、もう最初っからいろんなことを諦めている。だけど興味がないと言えば嘘になって、ミハエルが誰とどんなキスをするのかは気になってしまう。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
よく言う、と俺は心の中で自分を嘲笑った。特定の女ということは、それが本命ということで、そんなひとできてほしくないくせに。
ミハエルはそれに何も返さずに、苦笑した。
なんだ今の顔。呆れたような諦めたような。なんでお前がそんな顔すんだよ、心臓痛くなるだろ。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
まさかそう返されるとは思わずにうろたえた。結局ミハエルの方が一枚上手で、うろたえるのはいつも俺の方。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
キスならお前としてみたい。
そんなこと言えないし叶うはずもないって分かってる。いっそ寝てる隙にでもしてやろうか、ミハエル。
でもこいつ、隙がねぇんだよなあ……。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
からかうようなミハエルの口調に、カアッと顔の熱が上がるのを感じた。
そうだよまだしたことねーよ。
ミハエルは笑うんだろうな。もう、こいつにからかわれることは慣れたけど。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
ああほら、また。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
ミハエルはハハハと笑うだけで、それからは何も言わなかった。あれ?って思って振り向くと、ストローでグラスの中の氷をがしょがしょとかき回していた。こんなミハエルはらしくない。
いったい何を考えている?
「キミは誰とキスをする?……か」
がしょん、と氷が鳴った。
「おい、ミハ」
「姫、俺にしない?」
心配になって呼んだ声が、かき消される。
今なんて言ったこいつ。
【俺にしない?】
って、つまり、キスする相手を、か……?
「……え!?」
つまり、ミハエルとキスすんのか!? なに言ってんだこいつ!
あああ俺もなに本気にしてんだよ。絶対からかってるだけなんだって!
「あ、頭沸いたのか?」
「……いや、ほら、だってさあ、これから先女の子と付き合ってキスするにしたって、やり方知らないってのはちょっとどうよ? 俺らはリードしてやる立場なんだし、これで下手であってみろ、いきなり破局の危機だぜ」
いや、俺としては重要なのそこじゃないんだが。
キ、キスの仕方くらい知ってる。したことはないけど、できるとは思う。でもこの先キスしたいと思える女ができるのか? 今お前とキスをしたくて心臓バクバクいってる俺に。
「レクチャー、してやろうか」
「レクチャーできるようなテクが、お前にあるならな」
「……言うね。出ようぜ姫」
こんなところじゃ何もできない、と席を立ったミハエルに続く。俺の安い挑発に乗ってくれて、感謝するよ。
一度だけでいい。ミハエル、お前とキスをしたい。
「姫、こっち」
人目につかなそうな路地を見つけて、ミハエルは軽く俺の手を引いた。
どうしよう、本当にするのか、キス。こ、怖いわけじゃない、信じられないだけだ。
「楽にしてていいぜ」
「あ、ああ」
ビルの壁に背中をついて、ミハエルを正面から見てみた。やばい、声上ずってる。
だって仕方ないだろ。キスするんだぞ、ミハエルと! 恥ずかしくて死ぬ。
「緊張してんのか? 目くらい閉じろよ」
「め、目ぇ閉じたらお前がどうすんのか見えないだろっ」
目なんて閉じられるか、もったいない。口唇が触れるほど近くでお前の顔見られるのに。
あああ想像するだけで顔から火が出る。
「そうマジマジと見られるとちょっとやりづらいんだけど」
俺の横に手をついて、ミハエルは片眉を上げた。どうしよう、このままじゃキスできない。
「い、いいからさっさとしろよ、百戦錬磨なんだろっ?」
「どうだろうねぇ」
「じ、じゃあ次は目ぇ瞑るから!」
必死になって言葉を探した。目を閉じないままでキスをする理由を探し出して、思わず口に出したけど、言ってから気づいた。
二回もするのか!?
なに言ってんだ俺。
「オーケイ、じゃあそれで」
なに言ってんだミハエル!
ミハエルの手が顎にかかる。
ちょっ……、待てマジで……?
「あ」
ミハエルの顔が近づいてくる。心臓がバクバク鳴って、握った拳が汗で湿る。
口唇が、いつの間にか触れていた。
初めて触れる他人の、しかもミハエルの口唇の感触を楽しんでいる余裕なんてない。間近で見るミハエルの頬や睫毛、それから瞳を目に焼き付けるので精一杯だった。
離れていく口唇が寂しい。もっと触れていたかったのに。
でも。
キス、したんだ。ミハエルと。
「……姫、目、……閉じて」
「え、あっ?」
余韻に浸るヒマもなく、次がくる。
ミハエルは俺を抱き寄せて、目を閉じるよう要求してくる。なんだよこの体勢、こ、恋人同士みたいじゃねぇかっ……。
本当に二回目があるなんて思ってなくて、反射的に目を閉じてしまったけど、からかわれてんじゃねーよな?
そう思ったけどミハエルの身体は離れなくて、口唇に触れるものがあった。
今度はちゃんと、口唇の感触を味わう。弾力があって、熱くて、これがミハエルの口唇なんだと思った。
ら。
「んっ」
ぺろりと口唇を舐められたみたいで驚いてしまう。
驚いた拍子に開いた口唇の中へ、何かが入り込んできた。
「んんっ!?」
何これ。なんだ、これ。熱くて、ぬるぬるしてて、……舌? え、まさかこれ、ディープキスってヤツかっ?
「ん、んんっ」
どうしよう、どうしたらいいんだ。こういうとき、普通はどうするんだ? 訊きたくても口唇は塞がってるし、息ができない。
苦しくて恥ずかしくてもがいたら、気がついたようにミハエルが少しだけ口唇を離してくれた。
「ん、ミハエ……っ」
その隙に呼吸をしようとしたけど、上手くいかなくてまた隙間なく塞がれる。
恋人同士のキスって、こんな風なんだろうか。
激しくて情熱的で、若干自分勝手。
ミハエルは、気持ち悪くないのか? 男とこんなことして、気持ち悪いって思わないのかな。それとも、誰か好きなヤツと重ねてたりするんだろうか。
「ん、ぁ」
角度を変えては口づけてくるミハエル。舌を合わせられ強く吸われ、俺の中には次第に独占欲という厄介なものが居つき始める。
キスしてんの、俺だぞミハエル。ちゃんと分かってんのかお前。
……腕回しても、平気かな。しがみついてもおかしくないか? TVの中ではよくある光景だよな。
俺はゆっくりと、力の入っていないような腕を持ち上げてミハエルの肩に置き、そのまま首に回して引き寄せた。
ミハエル、お前は今【俺】とキスをしてる。
その事実を、押し付けるように。
はぁ、と息を吐いた。
長かったような短かったようなキスが終わりを告げて、力が抜けてしまった俺はミハエルの肩にもたれかかる。
あーもーすげぇこいつ。上手いとか上手くないとかわかんねぇけど、こんなキスされたら大抵の女は落ちるだろう。
……ん? あれ? 俺、今抱きしめられてねぇ? 気のせいか?
でも、ミハエルの腕が背中に回ってて……なんかぎゅってされてる気がする。
「……大丈夫か? アルト姫」
「え、あ、うん」
ほんの少しの間だけだった。それでも確かに、今。
なんだこれ。死ぬ。恥ずかしくて嬉しくて、幸せで死ねる。
今好きだって言っても、きっと【そういう流れだった】で済ませられる。今しかないかも知れない。冗談だよなに本気にしてんだ、って笑って済ませられるこんなチャンス、きっともうない。
好きだって言ってみたい。世の恋人たちがしているように、俺だって好きなヤツに好きだって言ってみたい。
ミハエル、お前に、一度だけでも。
「あ、あのさ」
声が、言葉が、ミハエルと重なった。
視線を向けたのも同時で、誰かに仕組まれてでもいるのかと思ったくらい、本当にぴったり重なった。
「あ、な、なに?」
「お、お前こそ」
タイミングを逃した。完全に。もう、【そういう流れ】は切れてしまった。くそ、恨むぞミハエル。
「俺はいいよ、なんだよ?」
「俺もいいよ、大したことじゃない」
重なった視線は、ため息とともに同時に離れてく。
少しの沈黙のあとに、帰るかと呟いたミハエルに、ああと返す。
「そういや明日の飛行コース、どうしようか」
「今日とは違うとこ」
歩きながら交わす会話の題は完全に普通の友人同士に戻ってしまっている。俺はミハエルから顔を背けてため息をついた。
また今日も、お前が好きだと言い出せず。
-Michael-
キミは誰とキスをする?
そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
ズ、とストローでアイスコーヒーを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。
あー、そうなんだよな。俺にとっては、この歌が何位になろうが興味がない。流行の歌くらいは知っておこうと思うけど、それだけだ。
興味があるのは、今隣に座っている男が、いったい誰とキスをするのかということ。
恋愛方面にあまり興味がないのは、見ててもよく分かる。アルトが興味あるのはバルキリーと空くらいなもんだろう。
ほら、今だってため息なんかついて。俺の方はお姫様とデートができて幸せだっていうのにさ。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
アルトの好みに適いそうな女の子は、窓の外を通っただろうか。こいつの好みなんか、わかりゃしないんだけど。分かってたら、そういう女は徹底的に排除でもしてやるのにな。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
俺が窓の外眺めてたからって、いつも女の子物色してると思ってんのか、このお姫様は。
まったく、人の気も知らないで。
……言ってないんだからしょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
ああ、もう、複雑だ。
からかって【姫】と言い出したのは俺なんだけど、今じゃ学校中に広まってしまっている。俺だけの呼び名でも良かったのに。
こいつを姫と呼び出したあの頃に自分の気持ちに気づいていたら、少しは状況も違ったんだろうか。
好きだ。好きだよアルト。もうどーしようもない。
ノーマルどころか女好きで通ってる俺が、今さらお前に好きだって言っても、冗談だろからかうな、で一蹴されるに決まってる。
俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、アルト。
今日だってなあ、こんな鈍感なヤツやめてやるって思ったんだ。時間をおけばまた前みたいに綺麗なお姉さんに興味も向くさと。
だけど、ついさっきまで選んでたアクセサリーを、お前真剣に見てくれてさ。【女よりお前と一緒にいる方が楽】なんてことまで言ってくれちゃって。
お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだぞ。
俺に似合うアクセサリーを真剣に選んでくれたことも、他の誰より俺といる時間を選んでくれたことも。今だって制服の下に、さっき買ってきたネックレス着けちまうくらいに。
そんなこと、お前は知りもしないんだろうけど。
「お、あの子イイなあ」
報われない想いを払拭しようと、ガラス越しに見える通行人を適当に眺める。確かに好みに近い女性ではあったけど、今はアルトより惹かれる女なんて、いやしねぇのに。
いっそ、誰か面倒のない女と付き合った方がいいんだろうか。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、アルトの口からとんでもない言葉が出てきた。
「…………は?」
思わずアルトを振り向いて、もう一度言ってくれと返そうとしたが、聞こえてきた歌のフレーズに納得してしまう。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
……お前は俺をどういう男だと思っているんだ。あれか、何人もの女と同時に付き合ってて痴情のもつれも刃傷沙汰も日常茶飯事なんて思っているのか。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
まあ、自慢できるようなことではないな。何人とヤッただの吠える男は三流の、いきがったただのガキだ。
俺だってね、できることなら一人に絞りたかったよ。だけどしょうがねぇだろ、飽きちまったまま付き合うのも、本命がいる状態で付き合うのも、相手にとって失礼だ。フェミニストな俺にはできないね、そんなこと。
一応綺麗に別れているつもりだし、付き合っている間は本当にそのひとだけにキスをしてきた。
いちばん最近付き合っていた彼女には、好きな子ができたと打ち明けたら殴られたけどね。片想いだしその子以外とはもう誰とも付き合わないと言ったら、頬にキスをくれたのを覚えている。
誰とキスをするか、なんて。
考えて、苦笑した。
キスをするならアルトがいい。
叶うはずもないのにな。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
最近アルトの周りには中々レベルの高い子がちょろちょろするようになった。あの歌姫たちがアルトに恋をしているのは一目瞭然で、俺に取ってはライバルなんだけど、そんなこと誰にも言えやしない。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
可能性があるとしたらこの二人。学校の連中は問題外だな、彼女らはアルトを偶像化してちやほやしたいだけだから。そんなんで姫の口唇を奪おうなんて、俺が許さないさ。
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
お前はそう思っててもね、向こうは違うかもしれないじゃないか。あれだけあからさまにアピールしている女の子をそんな言葉で片付けられるとは、大物だねお前。
歌姫たちに奪われる前に、いっそ寝ている隙にでも俺が奪ってやろうか、アルト姫。
お前は隙がありすぎて、こっちは理性抑えるのに精一杯だなんて、知らないんだろ。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
からかうように言ってみたけど、それは確信に近い。女の子と付き合ったということは聞いたこともないし、恥ずかしそうに俯いてる今の反応見たって、アタリだろう。ちくしょう、可愛いんだよこのやろう。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
馬鹿かよ俺。祝うなんてできるわけねーだろうが。アルトが、勝ち誇ったようにキスしたなんて言ってきたら、嫉妬でどうにかなりそうだ。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
想像しただけでももう、震えるくらい我慢できないのに。
そんな風に思って、ごまかすためにハハハと笑う。その次に言葉をつなげることができなくて、グラスの中の氷をストローで弄んだ。
がしょがしょと鳴る氷の音が耳障りで、思考が整理できなかった。
「キミは誰とキスをする?……か」
アルトは誰とキスをするんだろう。俺はこの先、誰とキスをするんだろう。
がしょん、と氷が鳴った。
「おい、ミハ」
「姫、俺にしない?」
俺を呼んだらしいアルトの声を遮って、覗き込むようにアルトを振り向く。
何言ってんだ俺。
こんなこと言ったって、キスできるわけないのに。俺も相当ヤキが回ってんだろうな。そもそも、アルトには俺の言葉の意味が伝わっているのだろうか? 鈍感だからな、このお姫様は。
「……え!?」
少しの沈黙のあとに驚いた声が返ってきて、俺の方こそびっくりしたよ。まさか明確に伝わっていようとは。
「あ、頭沸いたのか?」
伝わらなかったんなら、諦めてまたからかう方向に持っていこうと思ったのに、伝わってしまっているなら、どこまでできるか試してみようかな。
それでキスとかできたら、幸せなんじゃねぇ?
「……いや、ほら、だってさあ、これから先女の子と付き合ってキスするにしたって、やり方知らないってのはちょっとどうよ? 俺らはリードしてやる立場なんだし、これで下手であってみろ、いきなり破局の危機だぜ」
下手な文句だ。経験のない男が好きな女の子だっているし、アルトの魅力は初心なところでもあるのに。
「レクチャー、してやろうか」
いつものように笑ってみせた。上手く笑えていただろうか、アルトに不審がられないくらいには。
ああ俺も必死だね、可愛いじゃないか。こんな一面があったなんて、初めて知ったよ。
「レクチャーできるようなテクが、お前にあるならな」
おっと、まさかそう返されるとは思ってなかった。
「……言うね。出ようぜ姫」
こんなところじゃなにもできない、と笑いながら席を立ったけど、本当は心臓が破裂しそうなんだぜ、アルト。
念願叶ってお前とキスができるんだ。寝ているうちになんてセコいキスじゃなくて、合意を得た上でのキスを。
人目につきにくそうな路地を見つけた。アルトがちゃんと着いてきていることは気配で分かっていたのに、思わず振り向いて手を引く。
「姫、こっち」
まるで借りてきた猫のように大人しいアルト。挑発の延長で合意を得たことに少しだけ罪悪感は感じたけど、それよりももっと大きな感情が俺の中にあった。
信じられなくて怖い。
本当にキスできるのか、アルトと。
「楽にしてていいぜ」
声、震えてねぇか? 言い出した俺がリードしてやるべきなのに、なんだこれ。まるで恋を知ったばかりのガキじゃないか。
「あ、ああ」
アルトが緊張してんのはひしひしと伝わってきたけど、俺だっておんなじだ。こんなにドキドキするのは初めてで、いつもならするりと出てくるセリフも出てこない。
「緊張してんのか? 目くらい閉じろよ」
「め、目ぇ閉じたらお前がどうすんのか見えないだろっ」
ビルの壁を背にしても、いつまでも目を閉じようとしないアルトに、少しだけイラついて言ってやったら、そんな言葉が返ってきた。
ああそうだった、レクチャーしてやるという名目でこんなところまで引っ張ってきたんだった。
「そうマジマジと見られるとちょっとやりづらいんだけど」
困ったな、とアルトの横に手をつく。さすがにじっと見られているのは恥ずかしい。でも【レクチャー】なんだから……やり方見せてやんねーといけないんだろうしなあ……。
「い、いいからさっさとしろよ、百戦錬磨なんだろっ?」
「どうだろうねぇ」
このままじゃキスできないかも、と思って、じゃあそれでいいよと言いかけた時。
「じ、じゃあ次は目ぇ瞑るから!」
…………あ?
今なんて言ったこいつ。
【次は目ぇ瞑るから】?
……って、つまり二回していいってことかよ? 分かって言ってんのかアルト。
「オーケイ、じゃあそれで」
だけどアルトからの申し出を断る理由はない。一度だけしかできないと思っていたキスを、二度もできるなんて、願ったりだね。
戸惑ったようなアルトの顎に手をかける。
「あ」
少しだけ傾けた顔を、アルトに近づけていく。口唇に触れるまで、あとどれくらいの距離だろう。
いつの間にか、口唇は触れていた。
初めて触れるアルトの口唇。思っていたより弾力があって、熱い。
ああ、アルトが俺のこと見てる。初めてのキスに驚いて戸惑って、それでも俺のこと見てくれてる。嬉しくて心臓が破裂しそうだ。
触れているだけのキスでは満足できなくなってくる。もっともっと深いのがいい。そう思って口唇を離したら、俺を見ていたアルトの瞳が寂しそうな色に変わった。
分かっててやってるんなら、相当タチが悪い。
でも。
キス、したんだ。アルトと。
「……姫、目、……閉じて」
「え、あっ?」
もっとしたい、アルト。そういう約束だっただろう?
拒まれる前にアルトを抱き寄せて、口唇を塞ぐ。シャツ越しに感じる体温が、心地良かった。
なあアルト、分かってるか? お前は今、俺とキスをしてるんだ。
「んっ」
俺の存在を主張するように口唇を舐めたら、驚いたのか頑なだったアルトの口唇が開く。俺がその隙を見逃すはずもなく、こじ開けるように舌先を入れた。
「んんっ!?」
入り込んで、歯列の形を確かめる。奥に逃げてしまった舌を宥めるように舐めて絡める。
「ん、んんっ」
その感触が怖いのか気持ち良いのか悪いのか、アルトの声が鼻から抜けていく。そうか、お前そういう声出すんだな。
夢中でキスしていたら、アルトが苦しそうにもがいた。ヤバイ、息できなかったかも知れない。正直、そっちにまで気が回らなかったよ。
「ん、ミハエ……っ」
口唇を少し離してやったら、息をするより俺の名を呼ぶことの方が重要、とでも言うようにアルトの口唇から突いて出た俺の名前。
嬉しくて死にそうだ、アルト。
また隙間なく口唇を塞いだけれど、アルトは呼吸をできたのだろうか? だけどお前が悪いんだよ、そんな可愛いことしてくれるから。
こんな、恋人同士みたいなキスをできるなんて思わなかった。
激しくて情熱的で、若干自分勝手。
アルトは、気持ち悪くないのか? 男とこんなことして、気持ち悪いって思わないのかな。それとも、ランカちゃんやシェリルを重ねてる? それともまだ見ぬ誰か他の女の子?
「ん、ぁ」
今キスしているのは俺だよ、アルト。
角度を変えて、何度も口づける。呼吸さえ奪ってんだ、俺のこと考えてろよ。
……え? なにこれ。アルトの腕?
おいおいちょっと待ってくれお姫様。キスの最中にしがみついて、引き寄せてくれるなんて、どこまで俺を幸せにしてくれるんだ。
絡めたアルトの舌を、強く強く吸う。
アルト、お前は今【俺】とキスをしてる。
その事実を、刻み付けるように。
アルトが大きく息を吐く音が聞こえた。
激しいキスに力を奪われたのか、俺の肩にもたれかかっている。ああもう、可愛いな。
結局、レクチャーするなんてことは俺の頭の中から綺麗サッパリ抜けていて、自分のしたいようにただアルトの口唇を楽しんだ。
このまま恋人同士になれたらいいのに。
離したくない、と思わず両腕に力をこめてしまう。
「……大丈夫か? アルト姫」
「え、あ、うん」
それでもどうにか身体を離し、甘ったるい思考から這い出ようと試みた。だってこのままじゃ、うっかり言ってしまいそうだよ。
好きだって。もっとキスしていたいって。
ああでも、今だったら、好きだって言っても【そういう流れだった】で済ませられるかな。拒絶されても冗談だよなに本気にしてんのって言ってしまえる。
ヤバイな、言っちまおうかな。信じてくれなくていいから。
アルト、お前に、一度だけでも。
「あ、あのさ」
声が、言葉が、アルトと重なった。
視線を向けたのも同時で、誰かに仕組まれてでもいるのかと思ったくらい、本当にぴったり重なった。
「あ、な、なに?」
「お、お前こそ」
タイミングを逃したな、これは完全に。もう、【そういう流れ】は切れてしまった。ああ、恨むぜアルト。
「俺はいいよ、なんだよ?」
「俺もいいよ、大したことじゃない」
重なった視線は、ため息とともに同時に離れてく。
少しの沈黙のあとに、帰るかと呟いたら、アルトがああと返してきた。
「そういや明日の飛行コース、どうしようか」
「今日とは違うとこ」
歩きながら交わす会話の題は完全に普通の友人同士に戻ってしまっている。俺はアルトから顔を背けてため息をついた。
また今日も、お前が好きだと言い出せず。
続編:「また今日も抜け出せず-Alto&Michael-」
#両片想い #シリーズ物
キスと紙飛行機
ミハエルが、やけに上機嫌に1枚の紙切れをひらひらと振って見せてきた。こんなに機嫌がいいのは珍しくて、俺は首を傾げたけど。
「なんだ?」
「面白いのもらったんだ、見ろよ」
そう言われてその紙切れを見てみて、思わずゲッと声を上げた。
そこには、アルバムのように、いくつかの写真が並べられていた。
俺と、ミハエルの。
「な、なんだよこれ!」
「俺らのファンだって。文化祭でなんか展示したいとか何とか言ってたけど」
こんなの、いつ撮られたんだ。俺こんな顔してたっけ? っていうか展示してどうすんだよこんなん。
「いちおう許可取りたいからってさっき渡されたんだ。案外よく撮れてると思わないか」
「思わねぇよ。こんなん許可出せるかっ」
俺はミハエルからその紙切れをひったくる。
改めて見てみると、本当に色々な角度から色んな場面を撮られていた。
登校して門をくぐるところとか、紙飛行機折ってるところとか、あああ授業中に寝てるとこまで撮られてんじゃねーかよ。どっから撮ったんだよ。撮ったヤツもサボッてんだろ絶対!
ミハエルのは……さすがになんか……見られ慣れてる、っていうのが伝わってくるな、写真からでも。こいつはやっぱ自分が女に人気あんの自覚してて、いついかなる時も【見られている】という意識を抜かないんだろう。
悔しいけれど、無理のないそれが……好きだったりはするんだ。
写真見てたらなんかムカついてきた。
こいつは女からこういう風に見られてんだよな。……俺はこんなに近くにいるのに、そんなこと考えて見る余裕なんかなくて、こうして動かない写真でしか見ることができない。
「どうしたんだ? 姫」
「……別に」
ミハエルといるといつも素直になりきれずに、どこかケンカ腰になっちまう。それをこいつがどう思っているかも分からなくて、余計に落ち込むんだ。
「許可、出さないのか? こんなに綺麗に撮れてるのに」
「お前はな」
「姫だって綺麗に撮れてるだろ。ほら、この……EX-ギアつけてるやつ」
ミハエルが、うずもれた小さな写真を指差して呟く。あ、こんなんも撮られてたのか。油断できねー。
「俺がいちばん好きな角度だ」
「……っ」
なんでこいつはこうテレくさい言葉をポンポンと出しやがるんだっ……!
嬉しいなんて思ってねーぞ、思ってねぇからな! 絶対思ってない!!
「うーん……でもやっぱ、許可出せないか。こんな綺麗に撮られてるヤツ、大勢の人間には見せたくないね」
「お前、結構独占欲強いだろ」
強いよ、と間を置かずに返ってくる。悪くも思ってないような顔に、片眉を上げる。こいつは、どこまで本気なんだろうか。
本当は俺だって独占欲強くて、お前を独り占めしたいんだ。
こんな写真、俺だって大勢の人間には見せたくない。またお前のこと好きになるヤツが増えるだけなんだ。
絶対許可なんか出せねぇ。
「どうしよう、これ。返すか?」
「記念にとっておく?」
「なんの記念だよ、バカ。データだけもらってこいよ。お得意の手で」
歯の浮くようなセリフで、喜ばせて。
…………それもムカつく。
「わかったよお姫様。じゃあそれはお前のお得意の紙飛行機にでもするといい」
ミハエルは肩を竦め、短い息を吐いた。
妬いてもくれないのかと呟かれた言葉には、恥ずかしくて否定を返してやった。
ああ確かに飛行機を折るにはちょうどいい。
もうクセになっているような手つきで、俺はその写真のちりばめられた紙を折っていく。ミハエルはそれを、鮮やかだねぇと呆れ気味に見ているようだった。
しょうがねぇだろ、ちっちぇえ頃から折ってたんだ。クセにもなるさ。
「ちょっと折り方変えてみた」
紙飛行機にも色々な折方があって、折り方次第で飛距離が変わる。子供の頃はそれが面白くて仕方なかった。
「へぇ」
「こっちの方が、よく飛ぶんだぜ」
そう言って飛ばそうと行き先を狙ってみたけど、ミハエルが肩を震わせているのに気づいて、なんだと見上げる。そこには、心底おかしそうなミハエルがいた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いやいや、姫、気づかないのか? 俺はまた、狙ってその折り方をしたのかと思ったんだけどね」
意味が分からなくて腹が立つ。
普通に折っただけだ。
「翼の部分、見てみろよ」
ワケが分からないと思っている俺を察したのか、ミハエルが指を指してくる。
翼?と思って見下ろせる位置にまで腕を下ろした。
そして。
「……! バ、バカか、誰が狙ってなんか!!」
翼の部分、ミハエルの写真と俺の写真がくっついていた。
そうだ、ちょうどキスでもするかのように。
恥ずかしくて、俺は折った飛行機をくしゃくしゃに丸めて、ミハエルに投げつけてやる。断じて、狙ってこうなるよう折ったわけじゃない!
だいたい、そんな計算できるか、あんなにいっぱい写真あんのに!
「おやおや。そうか、紙面のキスじゃお気に召さないのか、お姫様は」
「はっ?」
ミハエルに顎を取られて焦る……ヒマもなく、キスされた。
紙面のキスじゃ気に入らないなんて、誰もそんなこと言ってない。
……思ったけど。
「ん」
でも、狙ったわけじゃ……ないんだけどな。
「さてアルト姫、続きはどこでやりましょう?」
「お前の手の速さは、どうにかなんねーのかよ」
「なんないね。はい、もう一回」
「ふざけっ……んむ」
二度目のキスで口唇をふさがれる。今度はさっきのより深くて、呆れつつも嬉しくて、俺はミハエルの背中に腕を回した。
実はキスが欲しかったなんて言えないし、あの写真だらけの紙切れに、少しだけ感謝してやろうかと思った。
#両想い #ラブラブ #ミハアル
また今日も諦められず
-Alto-
なんでミハエルなんだろう。
授業中にも関わらず、オレは机に頬杖ついて考えた。
そうだなんでミハエルなんだ。
ミハエルなんか、意地悪いし女好きだし、オレのこと姫とか呼ぶし。
なんであんなヤツ、好きになっちまってんだよオレ。
オレだってそれなりに悩んだりもしたんだ。
別に男に興味あるわけじゃないのに、ミハエルのこと考えるとすげぇドキドキするし、苦しくて泣きそうになって、一応オレも男だから我慢して、ため息ひとつで思考を変える。
でもミハエルの姿が見えないと不安になるし、視界の隅にでも入ってこようもんなら途端に口の端が上がる。
最初はただ、ライバルとして見てるんだと思ってた。
筆記も実技も負けてんのが悔しくて、必死でやってんのにアイツはオレの前を走ってくんだ。だからずっと、ミハエルのこと見ちまうんだと思ってたのに。
アイツが女と楽しそうに街歩いてんの見たら、ものすげぇショックで目の前が真っ暗になった。
女の子は口説くのが礼儀。そう言っているのをいつだか聞いた気がする。実際、歯の浮くような口説き文句を使っているのも何度か見たことがある。
だけど本心からの言葉じゃないことが分かっていたから、それでも平気だったんだろう。
特定の女がいたことを知ってショックを受けて、次の日のテストはボロボロだった。
不審がったミハエルに、何があったんだと顔を覗き込まれて、熱くなった身体にようやく自覚した。
オレはミハエルのことが好きなんだ。
だけどそんなこと本人に言えるわけもなくて、何でもないようにやり過ごしてきたつもりでいる。
ミハエルのことを好きなんだと自覚してから、ため息は多くなってしまったけれど。
彼女と別れてフリーになったと噂で聞けばホッとして、新しい彼女ができたと聞けばまたかと落ち込む。今は何人目なんだろうな。
アイツはオレを姫と呼ぶけど、オレはれっきとした男だし、アイツの彼女にはなれそうもない。だいたい、好きだからどうしたいってわけでもないんだ。
ただ、アイツが少しでもオレを見てくれるんなら、それでいいなんて女々しいこと考えて。
なんだよこれ。あり得なくね?
男なんか好きになって、こんなこと考えて、授業にすら身が入らない。
ミハエルのせいだ。
もういい、あんなヤツやめてやる。好きじゃねぇよ、あんな女たらしっ!
今日だってきっとデートとか何とかで寄り道しやがるに決まってんだ。
ミハエル、お前なんかな、
「アールトー姫ー。HRも終わったのに帰んねーの?」
突然聞こえたミハエルの声に、え、と顔を上げる。
うそだろそんな時間経ってんのか!?
気づけば他のヤツらは帰り支度をしていて、オレは半分意識が飛んでいたことに気づく。
「授業中も上の空だったな。何か心配事でもあるのかお姫様」
「べ、別にねぇよ!」
お前にいつ【本命】ができるかなんてそんな心配、してねぇ、し。
よく考えたらお前みたいな意地の悪いヤツ、オレが好きになるわけねぇんだし。
絶対ただの気の迷いだ。
「ふーん?」
……あ? 授業中も上の空って……み、見てた? オレのこと見てたのかっ……?
あ、バカかオレ、たった今、気の迷いだって思ったはずだろ。こんなヤツ好きじゃないんだ。見てようが見ていまいが関係ねぇ。
「まあいいや、買物付き合えよ姫。アイランドに新しいとこできたらしいんだ」
「……え、買物? 今日はデートとかじゃねぇのか?」
「デートは明日」
「ああそうかよ」
お前なんか。
お前なんか。
「何か悩んでるんだったら、他のヤツより先にオレに言えよアルト。いちばん最初にだ」
……ちくしょう、大好きだこのやろう。
-Michael-
なんでアルトなんだろう。
本人が隣を歩いてるっていうのに、オレは大きくため息を吐いた。
そうだよなんでアルトなんだ。
アルトなんか、こんな見てくれしてても男だし言葉遣いも乱暴だし、テストん時なんかめちゃくちゃ敵意むき出しで突っかかってくるし。
なんでこんなヤツ、好きになっちゃったんだろうな。
オレだって悩んだんだ。悩んだなんてもんじゃない。
オレは女の子の方がいいし、ゴージャスなお姉さんなんか、たまんないんだよホント。今までもそうだったから周りも当然そういう見方と付き合い方をしてくるし、このオレが男を好きになったなんて、いまだに信じられねー。
でもアルトは……クラスのヤツが諦めちまった【首席】を本気で狙ってくるし、競う相手ができたのは嬉しかった。
芸能科からの転科が来るって聞いて、どんなヤツかと思ってたら噂に違わぬ美人で言葉を失くした。
それでも顔に似合わず激情家で、からかうと面白かったんだ。
それを楽しんでいるだけだと思っていたのに。
難しいコークスクリューを初めて成功させたあの日、嬉しそうに駆け寄ってきたこいつを見た時、心臓が鳴った。
それから、どんな女の子といてもつまらなくて、デート中だって上の空。
歯の浮くようなセリフがクセで出てしまうけれど、目の前にいるのがアルトだったらなんて考えて、何度か苦笑いをしたこともある。
女の子は口説くのが礼儀だなんて言ってるけど、真実の言葉を向けた女の子なんていただろうか?
デートしているところをアルトに見られて、でもアルトは声さえもかけてくれず、次の日のテストはいつもより点数が落ちた。
落ちた点数よりアルトに見られたことの方がショックで、その時やっと認められたんだ。
オレはアルトが好きなんだ。
だけど女好きで通っているオレが、男を好きになっただなんて言えやしない。
この世間知らずのお姫様を好きなんだと自覚した途端、ため息が増えてしまったけれど。
オレが女の子と付き合っても別れても、気にもしてくれないし。オレがこんなに構ってんのに気づいてもくれないし。オレの小さな努力無視しやがって。
オレはこいつのこと姫って呼ぶけど、別に女の子じゃなくてもいいって思う。でも付き合いたいのかって言われたら、……どうだろう、そうなのかな?
こうしてときどき街に買物来るくらいできるし、同性じゃ堂々と恋人デートできるわけでもないし。
ただ、こいつが少しだけでもオレを気にかけてくれるんなら、それでいいなんて思う。
……ハ、どうよ。このオレがこんな純情な恋してるなんて。
アルトのせいだ。
もうやめたい。やめてやる。こんな鈍感なヤツ好きになったって仕方ないじゃないか。
今日だって、デートなんじゃないかなんて無神経に聞いてきやがって。今日も明日も明後日も、そんな予定入ってねーよ!
アルト、お前なんかな、
「ミハエル、お前こっちの方が似合う」
耳に入ったアルトの声にハッと顔を上げる。
ああそうだネックレス選んでたんだっけ。特に入用でもないんだが、立ち寄った店に並べてあったから、何の気なしに見てたんだ。
「どうしたんだよ、上の空だな。てめぇの方こそ悩んでんじゃねーのか」
「別にないぜ悩みなんて。強いて言えば、明日何を着て行こうかってとこかな」
どうしたらお前がオレの気持ちに気づいてくれるのかなんてそんな、思ってねぇ、し。
あ、バカかオレ。もうやめるってついさっき決めたばっかじゃねぇか。
「ふーん、別にいいけど。だからお前はゴールドよりシルバーの方が似合うって言ってんだろ、こっちにしろよ」
……姫? もしかして真剣に選んでくれてたのか?
いやいやでもな、今さらそんな可愛いとこ見せても無駄だよ。もうやめるんだ。
「こういうのって、普通彼女とかと……選んだりするんじゃねーの?」
「人それぞれだろ。姫はそういうことしないのか?」
「女と? そういうのめんどくさい」
「へぇそう」
お前なんか。
お前なんか。
「お前といる方が、楽だからな」
……ああもう、大好きだよこのやろう。
続編「また今日も言い出せず-Alto-」
#両片想い
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-Alto&Michael-
今日こそ、言おうと思う。
昨日も、言おうと思った。
確かその前も、言おうとしていた。
でも、いつも言えないんだ。
言った後のことを考えると、すげえ怖いんだよな。なにせ俺もあいつも男だし、何言ってんだよ気持ち悪いって突っぱねられんのが関の山だ。そして変なものでも見るような目で見られて、避けられて終わるんだ。
何度も頭に描いたじゃないか、そんなこと。
だから、もうやめてやるって思うのにな。
それでも逢うたびに胸が鳴って、しょうがないよなって、諦めることを忘れちまうんだ。
あの日キスをしてから、どれだけ経ったんだろう。あの後も当然だけどあいつは何も変わらずに、やっぱりドキドキしてたのは自分だけなんだって思った。
まだ感触を思い出せる。ただの【レクチャー】だって分かってんのに、俺の方は熱くなっちまって、夢中になってた。
気持ち良かったな……。もうできないんだろうな。
なあ、気づけよお前。こうしてお前の隣をなんでもないフリして歩くって、結構しんどいんだぜ。
他愛ない会話をわざわざ探して、これからの関係に差し障りないように選んで、たまに横顔を盗み見ながら、必死で好きだって気持ち抑えてんだ。
気づけよ、この鈍感。
「なあ姫、渋谷エリアに新しいケーキ屋ができたんだってさ」
「……また女からの情報か? 相変わらずお盛んだな」
「あれ、そういうこと言うんだ? せっかくオゴッてやろうと思ったのになあ」
少しだけ速まった歩調に、慌てて合わせる。
「マジで? 前言撤回する」
「予定ないだろ? これから行こうぜ。可愛い店員さんいるかな、楽しみだ」
「お前はそれしかないんだな。ああでも、俺も楽しみだ、どんなのあるかな」
そしてまた、互いの歩調がゆっくり同じになるんだ。
気づけって、だから、もう。
楽しみなのはお前とケーキ屋行けることであって、それ以上の楽しみなんかないのに!
もういやだ、こんなじれったい気持ち。
やっぱり言ってしまおうか、お前が好きだと。レクチャーじゃないキスがしたいんだと。本当は笑い合って抱き合って、いちばん初めにおはようって言いたいんだ。
ああくそ、泣きたくなってきた。
情けないな、こんな風になっちまうなんてさ。俺がこんな想いを抱えてるって知ったら、周りのヤツらは笑うだろうか。
いつだって傍にいるせいで諦められなくて、いつでも傍にいるのに言い出せなくて、気づけば長いこと片想いしてる、なんて。
自分でも馬鹿みたいだなって思うよ。せめてもうちょっと楽な相手を好きになればいいものを。
ああ、でも。
あの背中を見るたびに、髪に触れるたびに、声を聞くたびに、どうしようもなく好きなんだなって実感する。この間なんか夢にまで出てきて、目が覚めたとき思わず力なく笑ってしまった。
もう、どれだけ好きになってしまっているんだ。
「どうしたんだ?」
知らないうちに立ち止まってしまっていて、何かあったのかと覗き込んでくる。
ああ、きっと最初に好きになったのはその目なんだろうな。
「別になんでもない。悪いな、行こうぜ」
「悩み事でもあるのか」
深刻そうな顔をしていた、と言われて自嘲気味に笑った。そうだ、深刻な悩みだよ。きっとこの銀河が平和になっても、ずっと続いてく悩みなんだ。
「俺には話せない悩みか? 相談くらいだったら、いつでも乗るぞ」
「ああ、うん、ちょっとお前のことが好き過ぎて」
「あー、俺もあるぜ悩むとき。お前のことが好き過ぎて」
ため息混じりに呟いた。
ため息と一緒に返ってきた。
そうしてからやっと気づいた。
三秒の沈黙と、それから同時に振り向くお互いの顔。
「あ、そ、そうなのか?」
「え、あ、うん、まあ」
なんてことだ。……なんてことだ!
言っちまった、ぽろっと口から出ちまった。
こんな風に言うつもりじゃなかったのに。
あんな風に返される予定はなかったのに。
「あのさ、今の、本気で信じるぞ」
「俺のセリフだ、ばかやろう」
「なんだよもう、そうならそうとちゃんと早く言えってんだ」
「お前こそ、少しはそういう素振り見せろよな」
こっちは見せてたつもりだ。好きでもないのにあんなキス、できてたまるか。
そうだ、あの時言ってくれれば良かったんだよ。そうすればもっと早く、お前と手が繋げたのに。
「じゃあ、改めて言うけど」
「あ、うん」
正面で向き合った。周りの喧騒なんか、耳に入ってこない。あいつの声だけ、聞いていたいんだ。
「好き、だ」
「俺も、好き」
これでやっと両想いだ。念願叶った、神様ありがとう。
手が触れた。指が絡んだ。お互いに握り合って、新しくできたというケーキ屋へと足を向けていく。
でも、でもどうしよう。恋が叶ったらこんなに悩まずにすむと思っていたのに。
「ああ、どうしようアルト。すげえ好きだー」
「知るかよ、俺だってすげえ好きでどうしようって思ってんのに!」
好き過ぎて、また悩む。
ああもうちくしょう、大好きだ。
結局また今日も、【好き】の渦から抜け出せず。
#両片想い #シリーズ物 #ミハアル