華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.30
NOVEL,マクロスF,ミハアル 2008.07.01
#両片想い #シリーズ物
-Alto- キミは誰とキスをする? そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入…
NOVEL,マクロスF,ミハアル
続編:「また今日も抜け出せず-Alto&Michael-」
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-Alto-
キミは誰とキスをする?
そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
ズ、とストローでレモネードを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。
そうだ、この曲がどれだけ世間に注目されているかなんて、俺には興味がない。
興味があるのは、隣に座っている男はいったい誰とキスをするのかということ。
ガラス越しにイイ女が通るのを待っているかのように上機嫌なミハエルを横目で盗み見て、はあ、といささか大仰にため息をついた。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
それに気づいてミハエルは俺の方を振り向いてくる。そうしてほしくてため息をついたのだから、作戦が成功したとここは喜ぶべきなんだろうが。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
お前が隣にいるのに、女を物色しているわけがないだろう。
人の気も知らないでこの男は!
……言ってないんだから、しょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
ああ、もう、複雑だ。
女を形容されるのは大嫌いなんだが、【姫】って呼び出したのがお前だって考えると、嬉しいようなくすぐったいような感覚でそわそわしてしまう。
好きだ。好きだよミハエル。もうどーしようもない。
ノーマルどころか女好きで通ってるお前にホレたって無駄なんだろうけど、そう簡単に諦められねぇんだよなあ。
俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、ミハエル。
今日だってもうやめるって思ったのにさ、お前が声かけてくれて。何か悩んでるんだったらいちばん最初に俺に言えって言われて、気にかけてくれているんだと思ったら嬉しくて、また諦められなかった。
お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだ。
買物付き合ってって言われて、今日は女とデートじゃないのかと喜んで、だけど明日はデートだとカウンターを食らって落ち込んで。
そいつとのデートに着けていくんだろうか、数十分前までふたりでアクセサリーを見ていたけど。ミハエルは俺が選んだものを持って、嬉しそうにレジへ持っていっていた。
せっかく姫が選んでくれたからねぇ、と軽い口調だったけど、それも嬉しかったんだ。
そんなこと、お前は知りもしないんだろ。
「お、あの子イイなあ」
お礼に奢るよと言ったミハエルとカフェに入ったけれど、当然男女のデートみたいに甘い雰囲気になんかならない。所詮【友人同士】だ。
人の気も知らないで、ミハエルは通行人の中から好みの女を探しているようだ。見る限りは年上の、華やかな女を。
ミハエルの好みがそういう女だってのは周知の事実。例えば俺が女に生まれてても、きっとこいつの好みからは外れてしまってるんだろう。
ああ、またあの歌だ。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
「…………は?」
外を眺めていたミハエルが、驚いたように俺を振り向いてくる。気分がいいな、お前のそんな顔は滅多に見られない。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
トゲトゲしく言ってやった。あーそうだよ嫉妬してんだよ、馬鹿みたいに。
ミハエルとは恋人になんかなれないって知ってるから、もう最初っからいろんなことを諦めている。だけど興味がないと言えば嘘になって、ミハエルが誰とどんなキスをするのかは気になってしまう。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
よく言う、と俺は心の中で自分を嘲笑った。特定の女ということは、それが本命ということで、そんなひとできてほしくないくせに。
ミハエルはそれに何も返さずに、苦笑した。
なんだ今の顔。呆れたような諦めたような。なんでお前がそんな顔すんだよ、心臓痛くなるだろ。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
まさかそう返されるとは思わずにうろたえた。結局ミハエルの方が一枚上手で、うろたえるのはいつも俺の方。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
キスならお前としてみたい。
そんなこと言えないし叶うはずもないって分かってる。いっそ寝てる隙にでもしてやろうか、ミハエル。
でもこいつ、隙がねぇんだよなあ……。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
からかうようなミハエルの口調に、カアッと顔の熱が上がるのを感じた。
そうだよまだしたことねーよ。
ミハエルは笑うんだろうな。もう、こいつにからかわれることは慣れたけど。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
ああほら、また。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
ミハエルはハハハと笑うだけで、それからは何も言わなかった。あれ?って思って振り向くと、ストローでグラスの中の氷をがしょがしょとかき回していた。こんなミハエルはらしくない。
いったい何を考えている?
「キミは誰とキスをする?……か」
がしょん、と氷が鳴った。
「おい、ミハ」
「姫、俺にしない?」
心配になって呼んだ声が、かき消される。
今なんて言ったこいつ。
【俺にしない?】
って、つまり、キスする相手を、か……?
「……え!?」
つまり、ミハエルとキスすんのか!? なに言ってんだこいつ!
あああ俺もなに本気にしてんだよ。絶対からかってるだけなんだって!
「あ、頭沸いたのか?」
「……いや、ほら、だってさあ、これから先女の子と付き合ってキスするにしたって、やり方知らないってのはちょっとどうよ? 俺らはリードしてやる立場なんだし、これで下手であってみろ、いきなり破局の危機だぜ」
いや、俺としては重要なのそこじゃないんだが。
キ、キスの仕方くらい知ってる。したことはないけど、できるとは思う。でもこの先キスしたいと思える女ができるのか? 今お前とキスをしたくて心臓バクバクいってる俺に。
「レクチャー、してやろうか」
「レクチャーできるようなテクが、お前にあるならな」
「……言うね。出ようぜ姫」
こんなところじゃ何もできない、と席を立ったミハエルに続く。俺の安い挑発に乗ってくれて、感謝するよ。
一度だけでいい。ミハエル、お前とキスをしたい。
「姫、こっち」
人目につかなそうな路地を見つけて、ミハエルは軽く俺の手を引いた。
どうしよう、本当にするのか、キス。こ、怖いわけじゃない、信じられないだけだ。
「楽にしてていいぜ」
「あ、ああ」
ビルの壁に背中をついて、ミハエルを正面から見てみた。やばい、声上ずってる。
だって仕方ないだろ。キスするんだぞ、ミハエルと! 恥ずかしくて死ぬ。
「緊張してんのか? 目くらい閉じろよ」
「め、目ぇ閉じたらお前がどうすんのか見えないだろっ」
目なんて閉じられるか、もったいない。口唇が触れるほど近くでお前の顔見られるのに。
あああ想像するだけで顔から火が出る。
「そうマジマジと見られるとちょっとやりづらいんだけど」
俺の横に手をついて、ミハエルは片眉を上げた。どうしよう、このままじゃキスできない。
「い、いいからさっさとしろよ、百戦錬磨なんだろっ?」
「どうだろうねぇ」
「じ、じゃあ次は目ぇ瞑るから!」
必死になって言葉を探した。目を閉じないままでキスをする理由を探し出して、思わず口に出したけど、言ってから気づいた。
二回もするのか!?
なに言ってんだ俺。
「オーケイ、じゃあそれで」
なに言ってんだミハエル!
ミハエルの手が顎にかかる。
ちょっ……、待てマジで……?
「あ」
ミハエルの顔が近づいてくる。心臓がバクバク鳴って、握った拳が汗で湿る。
口唇が、いつの間にか触れていた。
初めて触れる他人の、しかもミハエルの口唇の感触を楽しんでいる余裕なんてない。間近で見るミハエルの頬や睫毛、それから瞳を目に焼き付けるので精一杯だった。
離れていく口唇が寂しい。もっと触れていたかったのに。
でも。
キス、したんだ。ミハエルと。
「……姫、目、……閉じて」
「え、あっ?」
余韻に浸るヒマもなく、次がくる。
ミハエルは俺を抱き寄せて、目を閉じるよう要求してくる。なんだよこの体勢、こ、恋人同士みたいじゃねぇかっ……。
本当に二回目があるなんて思ってなくて、反射的に目を閉じてしまったけど、からかわれてんじゃねーよな?
そう思ったけどミハエルの身体は離れなくて、口唇に触れるものがあった。
今度はちゃんと、口唇の感触を味わう。弾力があって、熱くて、これがミハエルの口唇なんだと思った。
ら。
「んっ」
ぺろりと口唇を舐められたみたいで驚いてしまう。
驚いた拍子に開いた口唇の中へ、何かが入り込んできた。
「んんっ!?」
何これ。なんだ、これ。熱くて、ぬるぬるしてて、……舌? え、まさかこれ、ディープキスってヤツかっ?
「ん、んんっ」
どうしよう、どうしたらいいんだ。こういうとき、普通はどうするんだ? 訊きたくても口唇は塞がってるし、息ができない。
苦しくて恥ずかしくてもがいたら、気がついたようにミハエルが少しだけ口唇を離してくれた。
「ん、ミハエ……っ」
その隙に呼吸をしようとしたけど、上手くいかなくてまた隙間なく塞がれる。
恋人同士のキスって、こんな風なんだろうか。
激しくて情熱的で、若干自分勝手。
ミハエルは、気持ち悪くないのか? 男とこんなことして、気持ち悪いって思わないのかな。それとも、誰か好きなヤツと重ねてたりするんだろうか。
「ん、ぁ」
角度を変えては口づけてくるミハエル。舌を合わせられ強く吸われ、俺の中には次第に独占欲という厄介なものが居つき始める。
キスしてんの、俺だぞミハエル。ちゃんと分かってんのかお前。
……腕回しても、平気かな。しがみついてもおかしくないか? TVの中ではよくある光景だよな。
俺はゆっくりと、力の入っていないような腕を持ち上げてミハエルの肩に置き、そのまま首に回して引き寄せた。
ミハエル、お前は今【俺】とキスをしてる。
その事実を、押し付けるように。
はぁ、と息を吐いた。
長かったような短かったようなキスが終わりを告げて、力が抜けてしまった俺はミハエルの肩にもたれかかる。
あーもーすげぇこいつ。上手いとか上手くないとかわかんねぇけど、こんなキスされたら大抵の女は落ちるだろう。
……ん? あれ? 俺、今抱きしめられてねぇ? 気のせいか?
でも、ミハエルの腕が背中に回ってて……なんかぎゅってされてる気がする。
「……大丈夫か? アルト姫」
「え、あ、うん」
ほんの少しの間だけだった。それでも確かに、今。
なんだこれ。死ぬ。恥ずかしくて嬉しくて、幸せで死ねる。
今好きだって言っても、きっと【そういう流れだった】で済ませられる。今しかないかも知れない。冗談だよなに本気にしてんだ、って笑って済ませられるこんなチャンス、きっともうない。
好きだって言ってみたい。世の恋人たちがしているように、俺だって好きなヤツに好きだって言ってみたい。
ミハエル、お前に、一度だけでも。
「あ、あのさ」
声が、言葉が、ミハエルと重なった。
視線を向けたのも同時で、誰かに仕組まれてでもいるのかと思ったくらい、本当にぴったり重なった。
「あ、な、なに?」
「お、お前こそ」
タイミングを逃した。完全に。もう、【そういう流れ】は切れてしまった。くそ、恨むぞミハエル。
「俺はいいよ、なんだよ?」
「俺もいいよ、大したことじゃない」
重なった視線は、ため息とともに同時に離れてく。
少しの沈黙のあとに、帰るかと呟いたミハエルに、ああと返す。
「そういや明日の飛行コース、どうしようか」
「今日とは違うとこ」
歩きながら交わす会話の題は完全に普通の友人同士に戻ってしまっている。俺はミハエルから顔を背けてため息をついた。
また今日も、お前が好きだと言い出せず。
-Michael-
キミは誰とキスをする?
そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
ズ、とストローでアイスコーヒーを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。
あー、そうなんだよな。俺にとっては、この歌が何位になろうが興味がない。流行の歌くらいは知っておこうと思うけど、それだけだ。
興味があるのは、今隣に座っている男が、いったい誰とキスをするのかということ。
恋愛方面にあまり興味がないのは、見ててもよく分かる。アルトが興味あるのはバルキリーと空くらいなもんだろう。
ほら、今だってため息なんかついて。俺の方はお姫様とデートができて幸せだっていうのにさ。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
アルトの好みに適いそうな女の子は、窓の外を通っただろうか。こいつの好みなんか、わかりゃしないんだけど。分かってたら、そういう女は徹底的に排除でもしてやるのにな。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
俺が窓の外眺めてたからって、いつも女の子物色してると思ってんのか、このお姫様は。
まったく、人の気も知らないで。
……言ってないんだからしょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
ああ、もう、複雑だ。
からかって【姫】と言い出したのは俺なんだけど、今じゃ学校中に広まってしまっている。俺だけの呼び名でも良かったのに。
こいつを姫と呼び出したあの頃に自分の気持ちに気づいていたら、少しは状況も違ったんだろうか。
好きだ。好きだよアルト。もうどーしようもない。
ノーマルどころか女好きで通ってる俺が、今さらお前に好きだって言っても、冗談だろからかうな、で一蹴されるに決まってる。
俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、アルト。
今日だってなあ、こんな鈍感なヤツやめてやるって思ったんだ。時間をおけばまた前みたいに綺麗なお姉さんに興味も向くさと。
だけど、ついさっきまで選んでたアクセサリーを、お前真剣に見てくれてさ。【女よりお前と一緒にいる方が楽】なんてことまで言ってくれちゃって。
お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだぞ。
俺に似合うアクセサリーを真剣に選んでくれたことも、他の誰より俺といる時間を選んでくれたことも。今だって制服の下に、さっき買ってきたネックレス着けちまうくらいに。
そんなこと、お前は知りもしないんだろうけど。
「お、あの子イイなあ」
報われない想いを払拭しようと、ガラス越しに見える通行人を適当に眺める。確かに好みに近い女性ではあったけど、今はアルトより惹かれる女なんて、いやしねぇのに。
いっそ、誰か面倒のない女と付き合った方がいいんだろうか。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、アルトの口からとんでもない言葉が出てきた。
「…………は?」
思わずアルトを振り向いて、もう一度言ってくれと返そうとしたが、聞こえてきた歌のフレーズに納得してしまう。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
……お前は俺をどういう男だと思っているんだ。あれか、何人もの女と同時に付き合ってて痴情のもつれも刃傷沙汰も日常茶飯事なんて思っているのか。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
まあ、自慢できるようなことではないな。何人とヤッただの吠える男は三流の、いきがったただのガキだ。
俺だってね、できることなら一人に絞りたかったよ。だけどしょうがねぇだろ、飽きちまったまま付き合うのも、本命がいる状態で付き合うのも、相手にとって失礼だ。フェミニストな俺にはできないね、そんなこと。
一応綺麗に別れているつもりだし、付き合っている間は本当にそのひとだけにキスをしてきた。
いちばん最近付き合っていた彼女には、好きな子ができたと打ち明けたら殴られたけどね。片想いだしその子以外とはもう誰とも付き合わないと言ったら、頬にキスをくれたのを覚えている。
誰とキスをするか、なんて。
考えて、苦笑した。
キスをするならアルトがいい。
叶うはずもないのにな。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
最近アルトの周りには中々レベルの高い子がちょろちょろするようになった。あの歌姫たちがアルトに恋をしているのは一目瞭然で、俺に取ってはライバルなんだけど、そんなこと誰にも言えやしない。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
可能性があるとしたらこの二人。学校の連中は問題外だな、彼女らはアルトを偶像化してちやほやしたいだけだから。そんなんで姫の口唇を奪おうなんて、俺が許さないさ。
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
お前はそう思っててもね、向こうは違うかもしれないじゃないか。あれだけあからさまにアピールしている女の子をそんな言葉で片付けられるとは、大物だねお前。
歌姫たちに奪われる前に、いっそ寝ている隙にでも俺が奪ってやろうか、アルト姫。
お前は隙がありすぎて、こっちは理性抑えるのに精一杯だなんて、知らないんだろ。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
からかうように言ってみたけど、それは確信に近い。女の子と付き合ったということは聞いたこともないし、恥ずかしそうに俯いてる今の反応見たって、アタリだろう。ちくしょう、可愛いんだよこのやろう。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
馬鹿かよ俺。祝うなんてできるわけねーだろうが。アルトが、勝ち誇ったようにキスしたなんて言ってきたら、嫉妬でどうにかなりそうだ。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
想像しただけでももう、震えるくらい我慢できないのに。
そんな風に思って、ごまかすためにハハハと笑う。その次に言葉をつなげることができなくて、グラスの中の氷をストローで弄んだ。
がしょがしょと鳴る氷の音が耳障りで、思考が整理できなかった。
「キミは誰とキスをする?……か」
アルトは誰とキスをするんだろう。俺はこの先、誰とキスをするんだろう。
がしょん、と氷が鳴った。
「おい、ミハ」
「姫、俺にしない?」
俺を呼んだらしいアルトの声を遮って、覗き込むようにアルトを振り向く。
何言ってんだ俺。
こんなこと言ったって、キスできるわけないのに。俺も相当ヤキが回ってんだろうな。そもそも、アルトには俺の言葉の意味が伝わっているのだろうか? 鈍感だからな、このお姫様は。
「……え!?」
少しの沈黙のあとに驚いた声が返ってきて、俺の方こそびっくりしたよ。まさか明確に伝わっていようとは。
「あ、頭沸いたのか?」
伝わらなかったんなら、諦めてまたからかう方向に持っていこうと思ったのに、伝わってしまっているなら、どこまでできるか試してみようかな。
それでキスとかできたら、幸せなんじゃねぇ?
「……いや、ほら、だってさあ、これから先女の子と付き合ってキスするにしたって、やり方知らないってのはちょっとどうよ? 俺らはリードしてやる立場なんだし、これで下手であってみろ、いきなり破局の危機だぜ」
下手な文句だ。経験のない男が好きな女の子だっているし、アルトの魅力は初心なところでもあるのに。
「レクチャー、してやろうか」
いつものように笑ってみせた。上手く笑えていただろうか、アルトに不審がられないくらいには。
ああ俺も必死だね、可愛いじゃないか。こんな一面があったなんて、初めて知ったよ。
「レクチャーできるようなテクが、お前にあるならな」
おっと、まさかそう返されるとは思ってなかった。
「……言うね。出ようぜ姫」
こんなところじゃなにもできない、と笑いながら席を立ったけど、本当は心臓が破裂しそうなんだぜ、アルト。
念願叶ってお前とキスができるんだ。寝ているうちになんてセコいキスじゃなくて、合意を得た上でのキスを。
人目につきにくそうな路地を見つけた。アルトがちゃんと着いてきていることは気配で分かっていたのに、思わず振り向いて手を引く。
「姫、こっち」
まるで借りてきた猫のように大人しいアルト。挑発の延長で合意を得たことに少しだけ罪悪感は感じたけど、それよりももっと大きな感情が俺の中にあった。
信じられなくて怖い。
本当にキスできるのか、アルトと。
「楽にしてていいぜ」
声、震えてねぇか? 言い出した俺がリードしてやるべきなのに、なんだこれ。まるで恋を知ったばかりのガキじゃないか。
「あ、ああ」
アルトが緊張してんのはひしひしと伝わってきたけど、俺だっておんなじだ。こんなにドキドキするのは初めてで、いつもならするりと出てくるセリフも出てこない。
「緊張してんのか? 目くらい閉じろよ」
「め、目ぇ閉じたらお前がどうすんのか見えないだろっ」
ビルの壁を背にしても、いつまでも目を閉じようとしないアルトに、少しだけイラついて言ってやったら、そんな言葉が返ってきた。
ああそうだった、レクチャーしてやるという名目でこんなところまで引っ張ってきたんだった。
「そうマジマジと見られるとちょっとやりづらいんだけど」
困ったな、とアルトの横に手をつく。さすがにじっと見られているのは恥ずかしい。でも【レクチャー】なんだから……やり方見せてやんねーといけないんだろうしなあ……。
「い、いいからさっさとしろよ、百戦錬磨なんだろっ?」
「どうだろうねぇ」
このままじゃキスできないかも、と思って、じゃあそれでいいよと言いかけた時。
「じ、じゃあ次は目ぇ瞑るから!」
…………あ?
今なんて言ったこいつ。
【次は目ぇ瞑るから】?
……って、つまり二回していいってことかよ? 分かって言ってんのかアルト。
「オーケイ、じゃあそれで」
だけどアルトからの申し出を断る理由はない。一度だけしかできないと思っていたキスを、二度もできるなんて、願ったりだね。
戸惑ったようなアルトの顎に手をかける。
「あ」
少しだけ傾けた顔を、アルトに近づけていく。口唇に触れるまで、あとどれくらいの距離だろう。
いつの間にか、口唇は触れていた。
初めて触れるアルトの口唇。思っていたより弾力があって、熱い。
ああ、アルトが俺のこと見てる。初めてのキスに驚いて戸惑って、それでも俺のこと見てくれてる。嬉しくて心臓が破裂しそうだ。
触れているだけのキスでは満足できなくなってくる。もっともっと深いのがいい。そう思って口唇を離したら、俺を見ていたアルトの瞳が寂しそうな色に変わった。
分かっててやってるんなら、相当タチが悪い。
でも。
キス、したんだ。アルトと。
「……姫、目、……閉じて」
「え、あっ?」
もっとしたい、アルト。そういう約束だっただろう?
拒まれる前にアルトを抱き寄せて、口唇を塞ぐ。シャツ越しに感じる体温が、心地良かった。
なあアルト、分かってるか? お前は今、俺とキスをしてるんだ。
「んっ」
俺の存在を主張するように口唇を舐めたら、驚いたのか頑なだったアルトの口唇が開く。俺がその隙を見逃すはずもなく、こじ開けるように舌先を入れた。
「んんっ!?」
入り込んで、歯列の形を確かめる。奥に逃げてしまった舌を宥めるように舐めて絡める。
「ん、んんっ」
その感触が怖いのか気持ち良いのか悪いのか、アルトの声が鼻から抜けていく。そうか、お前そういう声出すんだな。
夢中でキスしていたら、アルトが苦しそうにもがいた。ヤバイ、息できなかったかも知れない。正直、そっちにまで気が回らなかったよ。
「ん、ミハエ……っ」
口唇を少し離してやったら、息をするより俺の名を呼ぶことの方が重要、とでも言うようにアルトの口唇から突いて出た俺の名前。
嬉しくて死にそうだ、アルト。
また隙間なく口唇を塞いだけれど、アルトは呼吸をできたのだろうか? だけどお前が悪いんだよ、そんな可愛いことしてくれるから。
こんな、恋人同士みたいなキスをできるなんて思わなかった。
激しくて情熱的で、若干自分勝手。
アルトは、気持ち悪くないのか? 男とこんなことして、気持ち悪いって思わないのかな。それとも、ランカちゃんやシェリルを重ねてる? それともまだ見ぬ誰か他の女の子?
「ん、ぁ」
今キスしているのは俺だよ、アルト。
角度を変えて、何度も口づける。呼吸さえ奪ってんだ、俺のこと考えてろよ。
……え? なにこれ。アルトの腕?
おいおいちょっと待ってくれお姫様。キスの最中にしがみついて、引き寄せてくれるなんて、どこまで俺を幸せにしてくれるんだ。
絡めたアルトの舌を、強く強く吸う。
アルト、お前は今【俺】とキスをしてる。
その事実を、刻み付けるように。
アルトが大きく息を吐く音が聞こえた。
激しいキスに力を奪われたのか、俺の肩にもたれかかっている。ああもう、可愛いな。
結局、レクチャーするなんてことは俺の頭の中から綺麗サッパリ抜けていて、自分のしたいようにただアルトの口唇を楽しんだ。
このまま恋人同士になれたらいいのに。
離したくない、と思わず両腕に力をこめてしまう。
「……大丈夫か? アルト姫」
「え、あ、うん」
それでもどうにか身体を離し、甘ったるい思考から這い出ようと試みた。だってこのままじゃ、うっかり言ってしまいそうだよ。
好きだって。もっとキスしていたいって。
ああでも、今だったら、好きだって言っても【そういう流れだった】で済ませられるかな。拒絶されても冗談だよなに本気にしてんのって言ってしまえる。
ヤバイな、言っちまおうかな。信じてくれなくていいから。
アルト、お前に、一度だけでも。
「あ、あのさ」
声が、言葉が、アルトと重なった。
視線を向けたのも同時で、誰かに仕組まれてでもいるのかと思ったくらい、本当にぴったり重なった。
「あ、な、なに?」
「お、お前こそ」
タイミングを逃したな、これは完全に。もう、【そういう流れ】は切れてしまった。ああ、恨むぜアルト。
「俺はいいよ、なんだよ?」
「俺もいいよ、大したことじゃない」
重なった視線は、ため息とともに同時に離れてく。
少しの沈黙のあとに、帰るかと呟いたら、アルトがああと返してきた。
「そういや明日の飛行コース、どうしようか」
「今日とは違うとこ」
歩きながら交わす会話の題は完全に普通の友人同士に戻ってしまっている。俺はアルトから顔を背けてため息をついた。
また今日も、お前が好きだと言い出せず。
#両片想い #シリーズ物