- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
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- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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アナタノオト
アルト、アルト。
呼びかけても、あーとかうーとか、曖昧な返事しか返ってこなかった。ミハエルは苦笑して、今度は違う呼び名で呼んでみる。
「ひーめ、姫」
「んー、なんだよさっきからー」
やっと次に繋がりそうな返事が聞こえたが、なんだよ、はこちらの台詞だ。ふう、とため息をついて、
「ちょっと重いんだけどね」
胸の上に乗る、彼の頭をぽんぽんと叩いてみた。
素肌同士のままこうして、どれだけ時間が経ったのだろうか。時計を見る余裕などなかったから、どれだけそうしていたのか分からない。それどころか、今現在の時刻さえ分からない。
「我慢しろよ」
「そうは言ってもさ、寝返り打てないってちょっとしんどいぞ」
「うるさいミシェル。ちょっと黙ってろ」
素肌が触れ合うことは別に厭うことなどないし、むしろ嬉しくて幸せ。実際さっきまでずっと、これでもかというほど触れ合って入り込んで、お互いの境界線がどこなのかも分からないほど抱き合っていた。
だけど、何度目かの開放を終えてからずっと、アルトはミハエルの胸の上を陣取って、気持ちよさそうに惰眠を貪っている。
彼にとって安心できる場所なのだろうかと考えると嬉しくもあるが、この体勢ではロクに顔も見られない。どうせなら、正面から抱き合って眠りたいものだ。
「うるさいって、お前ね。奇跡の生還を遂げた恋人に対してそれはちょっとないんじゃない?」
無理やりにでも起きてしまおうと、ベッドに肘をついて上体を起こすと、不満そうにしがみつきながら、アルトもそれについてくる。
「うーごーくーなーよ、ちゃんと聞こえねえだろっ」
下から見上げられ、ミハエルは起こそうとしていた身体をそこで止めた。アルトの様子を見る限り、それはとても重要で重大なことのように思える。仕方なく身体をベッドに沈ませ、彼の好きなようにさせてみた。
ミハエルがおとなしく身体を横たえたのを、満足、とアルトは再度胸に頭を乗せる。揺らめく髪の毛が、ミハエルには少しくすぐったかった。
「聞こえないって、なに?」
髪を、優しく撫でる。それを嬉しく思ったのか、アルトは強く、ミハエルの胸に耳を押し付ける。
「お前の音」
その一語を大切そうに呟くアルトに、ミハエルはやっと合点がいった。
心臓の音を聴いていたのか。
「お前の生きてる音だ」
うん、とミハエルも静かに呟く。
ドクンドクンドクン。
「ミシェルの、音だ」
いつの間にか心音が重なって、呼吸も重なる。
ふたりでそっと目を閉じる。
ミハエルが助かったのは、奇跡といえばいいのか、偶然が重なっただけといえばいいのか。
宇宙空間に投げ出された彼は、仮死状態のまま何日かをそこで過ごした。ゼントラーディの血を引いていたのが幸いしてか、常人では有り得ない程存命率の高い状態で発見され、医療用カプセルに放り込まれ、それから数週間。
初期発見だったV型感染症も、ワクチンが間に合い、最悪の状態には至らなかった。
幼馴染の少女は泣きじゃくり、彼が目覚めるまでずっと傍についていた。
目を覚ました、と連絡をもらって駆けつけたときにはもう、ベッドの上に身体を起こし、たくさんの同僚に囲まれていて。
ごめんとありがとうを一生分言った気分だ、と笑っていたミハエルを見て、やっと現実なんだと思ったけれど、それでもまだ、不安が残る。
本当に生きているのか。幻ではないのか。
他の見舞い客がいなくなって、次の検査は明日の午後から、と看護士に告げられたミハエルが、アルトに向かって手を伸ばす。その瞬間さえ、夢なのではないかと疑った。
言葉を交わすより先に、キスを交わした。
熱い、と思った舌が絡み合って、ベッドが悲鳴を上げる。素肌を、と衣服に手を伸ばしたのはどちらが先だっただろうか。
「聞こえる? 姫」
「ああ、聞こえる」
ドクンドクンドクン。
抱き合うよりもっと、楽で体力も失わない方法もあっただろう。
「姫の音も聴きたい」
「あぁ、こら、バカ……もう無理だろ……」
伸びてくる腕を払いのけもせずに、アルトは言葉だけで拒絶してみせる。
抱き合う他にも、きっと方法はあるのに。若さと愚かさと愛しさで、全部投げ捨てる。
「聞かせろよ、お前の音」
「生きてる音?」
この人が愛しいのだと、笑って全てを投げ捨てる。
後で身体が言うことを聞かなくなっても、今はただこの人の音を聞いていたい。
「アルトの音、全部ちょうだい」
「欲張りだよお前」
「なんとでも」
アナタノオト。
生きてる音。
ドクンドクンドクン。
「生きててくれてありがとう、ミシェル」
「待っててくれてありがとう、アルト姫」
口唇からも伝わってくる、アナタノオト。
あなたの生きてる音を、愛してる。
ドクン、ドクン、ドクン。
#両想い #ラブラブ #ミハアル
on your names
有・人。
ミハエルは手のひらにそう文字を書き、ふうんと手をかざしてみせた。
「アルトの字ってこんな風に書くのか」
なんでテストの記名とかカタカナなんだ?と訊ねたら、面倒だからと返ってくる。確かに画数的には、……いや、そんなに変わりない。
カタカナの方が書きやすい、というのも確かに理由の一つなのだろうが、きっと父親に与えられた漢字だからと思ってでもいるのだろう。
反発できる父親がいるというのは羨ましいがねと、ミハエルは口に出さずに笑った。
「アルト、あると、有人」
「なんだよ、そんな呼ばなくても聞こえてる」
アルトはうつ伏せていた身体を起こして、アルトと動くミハエルの口唇をなぞる。
狭いベッドの上で、こんなにも密着していれば、何度も呼ばなくても耳に届くだろう。名を呼ばずにさえ、きっと視線だけでも伝わってしまう。
「他には? アルト。お前の名前に使える漢字」
「え? ……なんだろうな」
お互い、語学は一通り習得している。フロンティアでいちばんよく使われ、全銀河共通語とされているのは英語だったが、それでも船団によっては言語が違うのだ。こんなところは、人類が地球という星で生きていた頃と何ら変わりはない。
アルトもミハエルと同じように仰向けに寝転がり、手のひらを見上げた。
「こっちの"在る"でも読めるな。在人」
「"ト"を斗にするとか?」
「三文字にするとウザイし」
二文字でよかった、とアルトは、"アルト"と読めそうな文字を挙げていく。バリエーションはさまざまで、そういえばこんなことは考えたことがなかったと感心してしまった。
「……なんでこの漢字なんだ? 何か由来とか、あるのか?」
ミハエルはもう一度手のひらに有人と書いて、首を傾げる。こんなにたくさん文字があるなら、他の漢字だって良いではないかと。
「さあな。そんなん聞いたことねーよ」
そしてこれからも、訊く機会はないだろうとアルトは目を伏せる。
父に反発して家は出てきてしまったし、名付けられた時そこにいたであろう母は、もう他界してしまっている。
「有人、有人、有人。……ふうん?」
「なんだよ、気持ち悪いな」
何度も手のひらに書くミハエルを訝しんで振り向くと、ミハエルもこちらを振り向いて、視線が重なった。
「日本名……漢字っておもしろいな。読み方はひとつなのに、文字がいくつもある」
興味深げに漢字を書き比べてみては、ミハエルは笑う。
画数も違えば、雰囲気も違って見える。発音はすべて同じなのに、こんなにも違うのかと思って、何度も何度も書き比べた。
「有人、俺この漢字がいちばん好きだ」
普段は見せないような真剣な表情に、アルトは思わず肩を震わせてしまう。
そんな些細なことに、何をマジメな顔をしているんだと。
だけどその字が好きだといってくれた彼のおかげで、自分の方こそその字が好きになってくる。
「姫、何笑ってるんだ」
「だ、だってお前、ハハ、そんなんお前だって一緒だろ」
ついには身体を折ってまで笑い出したアルトに、ミハエルは不機嫌そうに眉を寄せる。アルトの言っている意味が分からない。
スペルはMichaelでしかなくて、それ以外には書けないというのに。
「姫、なんで俺とお前が一緒なんだ。スペル一通りしかないだろ」
「知ってるよ、そんなん。でもほら、俺とは逆に、読み方が違うだろ?」
覗きこんだミハエルは、アルトの答えに目を瞬いた。
アルトは手のひらにミハエルの名をなぞり、口に出して名を呼ぶ。
「ミハエル、ミヒャエル、ミシェル、ミカエル、マイケル……ほら」
ミハエルは参ったなと息を吐いた。自分の名前など、さして気にしていなかったことに今さら気がつく。両親が付けてくれた大切な、自分の名前。
改めて、この名前で良かったと思った。
「おんなじ、だろ」
「おんなじ、だな」
確かめ合って笑った。
何がそんなに面白くておかしくて幸福なのかも口にできないまま、抱き合って笑う。
「お前はどれで呼んでほしい?」
「どれでも。姫が呼んでくれるなら、どれでも嬉しいな」
アルトは一つずつ違う発音で呼びながら、彼の額に頬に鼻先に目蓋に口唇にキスを贈った。
「お前はどの字がいちばん良い?」
「どれでも。お前の指が俺の名をなぞるなら、どれでも嬉しい」
ミハエルはさまざまな漢字を書きながら、アルトの肌に触れていく。
ふたりは何度も名前を呼び合いながら、白いシーツに沈んでいった。
#両想い #ラブラブ
また今日も言い出せず
-Alto-
キミは誰とキスをする?
そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
ズ、とストローでレモネードを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。
そうだ、この曲がどれだけ世間に注目されているかなんて、俺には興味がない。
興味があるのは、隣に座っている男はいったい誰とキスをするのかということ。
ガラス越しにイイ女が通るのを待っているかのように上機嫌なミハエルを横目で盗み見て、はあ、といささか大仰にため息をついた。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
それに気づいてミハエルは俺の方を振り向いてくる。そうしてほしくてため息をついたのだから、作戦が成功したとここは喜ぶべきなんだろうが。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
お前が隣にいるのに、女を物色しているわけがないだろう。
人の気も知らないでこの男は!
……言ってないんだから、しょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
ああ、もう、複雑だ。
女を形容されるのは大嫌いなんだが、【姫】って呼び出したのがお前だって考えると、嬉しいようなくすぐったいような感覚でそわそわしてしまう。
好きだ。好きだよミハエル。もうどーしようもない。
ノーマルどころか女好きで通ってるお前にホレたって無駄なんだろうけど、そう簡単に諦められねぇんだよなあ。
俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、ミハエル。
今日だってもうやめるって思ったのにさ、お前が声かけてくれて。何か悩んでるんだったらいちばん最初に俺に言えって言われて、気にかけてくれているんだと思ったら嬉しくて、また諦められなかった。
お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだ。
買物付き合ってって言われて、今日は女とデートじゃないのかと喜んで、だけど明日はデートだとカウンターを食らって落ち込んで。
そいつとのデートに着けていくんだろうか、数十分前までふたりでアクセサリーを見ていたけど。ミハエルは俺が選んだものを持って、嬉しそうにレジへ持っていっていた。
せっかく姫が選んでくれたからねぇ、と軽い口調だったけど、それも嬉しかったんだ。
そんなこと、お前は知りもしないんだろ。
「お、あの子イイなあ」
お礼に奢るよと言ったミハエルとカフェに入ったけれど、当然男女のデートみたいに甘い雰囲気になんかならない。所詮【友人同士】だ。
人の気も知らないで、ミハエルは通行人の中から好みの女を探しているようだ。見る限りは年上の、華やかな女を。
ミハエルの好みがそういう女だってのは周知の事実。例えば俺が女に生まれてても、きっとこいつの好みからは外れてしまってるんだろう。
ああ、またあの歌だ。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
「…………は?」
外を眺めていたミハエルが、驚いたように俺を振り向いてくる。気分がいいな、お前のそんな顔は滅多に見られない。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
トゲトゲしく言ってやった。あーそうだよ嫉妬してんだよ、馬鹿みたいに。
ミハエルとは恋人になんかなれないって知ってるから、もう最初っからいろんなことを諦めている。だけど興味がないと言えば嘘になって、ミハエルが誰とどんなキスをするのかは気になってしまう。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
よく言う、と俺は心の中で自分を嘲笑った。特定の女ということは、それが本命ということで、そんなひとできてほしくないくせに。
ミハエルはそれに何も返さずに、苦笑した。
なんだ今の顔。呆れたような諦めたような。なんでお前がそんな顔すんだよ、心臓痛くなるだろ。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
まさかそう返されるとは思わずにうろたえた。結局ミハエルの方が一枚上手で、うろたえるのはいつも俺の方。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
キスならお前としてみたい。
そんなこと言えないし叶うはずもないって分かってる。いっそ寝てる隙にでもしてやろうか、ミハエル。
でもこいつ、隙がねぇんだよなあ……。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
からかうようなミハエルの口調に、カアッと顔の熱が上がるのを感じた。
そうだよまだしたことねーよ。
ミハエルは笑うんだろうな。もう、こいつにからかわれることは慣れたけど。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
ああほら、また。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
ミハエルはハハハと笑うだけで、それからは何も言わなかった。あれ?って思って振り向くと、ストローでグラスの中の氷をがしょがしょとかき回していた。こんなミハエルはらしくない。
いったい何を考えている?
「キミは誰とキスをする?……か」
がしょん、と氷が鳴った。
「おい、ミハ」
「姫、俺にしない?」
心配になって呼んだ声が、かき消される。
今なんて言ったこいつ。
【俺にしない?】
って、つまり、キスする相手を、か……?
「……え!?」
つまり、ミハエルとキスすんのか!? なに言ってんだこいつ!
あああ俺もなに本気にしてんだよ。絶対からかってるだけなんだって!
「あ、頭沸いたのか?」
「……いや、ほら、だってさあ、これから先女の子と付き合ってキスするにしたって、やり方知らないってのはちょっとどうよ? 俺らはリードしてやる立場なんだし、これで下手であってみろ、いきなり破局の危機だぜ」
いや、俺としては重要なのそこじゃないんだが。
キ、キスの仕方くらい知ってる。したことはないけど、できるとは思う。でもこの先キスしたいと思える女ができるのか? 今お前とキスをしたくて心臓バクバクいってる俺に。
「レクチャー、してやろうか」
「レクチャーできるようなテクが、お前にあるならな」
「……言うね。出ようぜ姫」
こんなところじゃ何もできない、と席を立ったミハエルに続く。俺の安い挑発に乗ってくれて、感謝するよ。
一度だけでいい。ミハエル、お前とキスをしたい。
「姫、こっち」
人目につかなそうな路地を見つけて、ミハエルは軽く俺の手を引いた。
どうしよう、本当にするのか、キス。こ、怖いわけじゃない、信じられないだけだ。
「楽にしてていいぜ」
「あ、ああ」
ビルの壁に背中をついて、ミハエルを正面から見てみた。やばい、声上ずってる。
だって仕方ないだろ。キスするんだぞ、ミハエルと! 恥ずかしくて死ぬ。
「緊張してんのか? 目くらい閉じろよ」
「め、目ぇ閉じたらお前がどうすんのか見えないだろっ」
目なんて閉じられるか、もったいない。口唇が触れるほど近くでお前の顔見られるのに。
あああ想像するだけで顔から火が出る。
「そうマジマジと見られるとちょっとやりづらいんだけど」
俺の横に手をついて、ミハエルは片眉を上げた。どうしよう、このままじゃキスできない。
「い、いいからさっさとしろよ、百戦錬磨なんだろっ?」
「どうだろうねぇ」
「じ、じゃあ次は目ぇ瞑るから!」
必死になって言葉を探した。目を閉じないままでキスをする理由を探し出して、思わず口に出したけど、言ってから気づいた。
二回もするのか!?
なに言ってんだ俺。
「オーケイ、じゃあそれで」
なに言ってんだミハエル!
ミハエルの手が顎にかかる。
ちょっ……、待てマジで……?
「あ」
ミハエルの顔が近づいてくる。心臓がバクバク鳴って、握った拳が汗で湿る。
口唇が、いつの間にか触れていた。
初めて触れる他人の、しかもミハエルの口唇の感触を楽しんでいる余裕なんてない。間近で見るミハエルの頬や睫毛、それから瞳を目に焼き付けるので精一杯だった。
離れていく口唇が寂しい。もっと触れていたかったのに。
でも。
キス、したんだ。ミハエルと。
「……姫、目、……閉じて」
「え、あっ?」
余韻に浸るヒマもなく、次がくる。
ミハエルは俺を抱き寄せて、目を閉じるよう要求してくる。なんだよこの体勢、こ、恋人同士みたいじゃねぇかっ……。
本当に二回目があるなんて思ってなくて、反射的に目を閉じてしまったけど、からかわれてんじゃねーよな?
そう思ったけどミハエルの身体は離れなくて、口唇に触れるものがあった。
今度はちゃんと、口唇の感触を味わう。弾力があって、熱くて、これがミハエルの口唇なんだと思った。
ら。
「んっ」
ぺろりと口唇を舐められたみたいで驚いてしまう。
驚いた拍子に開いた口唇の中へ、何かが入り込んできた。
「んんっ!?」
何これ。なんだ、これ。熱くて、ぬるぬるしてて、……舌? え、まさかこれ、ディープキスってヤツかっ?
「ん、んんっ」
どうしよう、どうしたらいいんだ。こういうとき、普通はどうするんだ? 訊きたくても口唇は塞がってるし、息ができない。
苦しくて恥ずかしくてもがいたら、気がついたようにミハエルが少しだけ口唇を離してくれた。
「ん、ミハエ……っ」
その隙に呼吸をしようとしたけど、上手くいかなくてまた隙間なく塞がれる。
恋人同士のキスって、こんな風なんだろうか。
激しくて情熱的で、若干自分勝手。
ミハエルは、気持ち悪くないのか? 男とこんなことして、気持ち悪いって思わないのかな。それとも、誰か好きなヤツと重ねてたりするんだろうか。
「ん、ぁ」
角度を変えては口づけてくるミハエル。舌を合わせられ強く吸われ、俺の中には次第に独占欲という厄介なものが居つき始める。
キスしてんの、俺だぞミハエル。ちゃんと分かってんのかお前。
……腕回しても、平気かな。しがみついてもおかしくないか? TVの中ではよくある光景だよな。
俺はゆっくりと、力の入っていないような腕を持ち上げてミハエルの肩に置き、そのまま首に回して引き寄せた。
ミハエル、お前は今【俺】とキスをしてる。
その事実を、押し付けるように。
はぁ、と息を吐いた。
長かったような短かったようなキスが終わりを告げて、力が抜けてしまった俺はミハエルの肩にもたれかかる。
あーもーすげぇこいつ。上手いとか上手くないとかわかんねぇけど、こんなキスされたら大抵の女は落ちるだろう。
……ん? あれ? 俺、今抱きしめられてねぇ? 気のせいか?
でも、ミハエルの腕が背中に回ってて……なんかぎゅってされてる気がする。
「……大丈夫か? アルト姫」
「え、あ、うん」
ほんの少しの間だけだった。それでも確かに、今。
なんだこれ。死ぬ。恥ずかしくて嬉しくて、幸せで死ねる。
今好きだって言っても、きっと【そういう流れだった】で済ませられる。今しかないかも知れない。冗談だよなに本気にしてんだ、って笑って済ませられるこんなチャンス、きっともうない。
好きだって言ってみたい。世の恋人たちがしているように、俺だって好きなヤツに好きだって言ってみたい。
ミハエル、お前に、一度だけでも。
「あ、あのさ」
声が、言葉が、ミハエルと重なった。
視線を向けたのも同時で、誰かに仕組まれてでもいるのかと思ったくらい、本当にぴったり重なった。
「あ、な、なに?」
「お、お前こそ」
タイミングを逃した。完全に。もう、【そういう流れ】は切れてしまった。くそ、恨むぞミハエル。
「俺はいいよ、なんだよ?」
「俺もいいよ、大したことじゃない」
重なった視線は、ため息とともに同時に離れてく。
少しの沈黙のあとに、帰るかと呟いたミハエルに、ああと返す。
「そういや明日の飛行コース、どうしようか」
「今日とは違うとこ」
歩きながら交わす会話の題は完全に普通の友人同士に戻ってしまっている。俺はミハエルから顔を背けてため息をついた。
また今日も、お前が好きだと言い出せず。
-Michael-
キミは誰とキスをする?
そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
ズ、とストローでアイスコーヒーを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。
あー、そうなんだよな。俺にとっては、この歌が何位になろうが興味がない。流行の歌くらいは知っておこうと思うけど、それだけだ。
興味があるのは、今隣に座っている男が、いったい誰とキスをするのかということ。
恋愛方面にあまり興味がないのは、見ててもよく分かる。アルトが興味あるのはバルキリーと空くらいなもんだろう。
ほら、今だってため息なんかついて。俺の方はお姫様とデートができて幸せだっていうのにさ。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
アルトの好みに適いそうな女の子は、窓の外を通っただろうか。こいつの好みなんか、わかりゃしないんだけど。分かってたら、そういう女は徹底的に排除でもしてやるのにな。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
俺が窓の外眺めてたからって、いつも女の子物色してると思ってんのか、このお姫様は。
まったく、人の気も知らないで。
……言ってないんだからしょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
ああ、もう、複雑だ。
からかって【姫】と言い出したのは俺なんだけど、今じゃ学校中に広まってしまっている。俺だけの呼び名でも良かったのに。
こいつを姫と呼び出したあの頃に自分の気持ちに気づいていたら、少しは状況も違ったんだろうか。
好きだ。好きだよアルト。もうどーしようもない。
ノーマルどころか女好きで通ってる俺が、今さらお前に好きだって言っても、冗談だろからかうな、で一蹴されるに決まってる。
俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、アルト。
今日だってなあ、こんな鈍感なヤツやめてやるって思ったんだ。時間をおけばまた前みたいに綺麗なお姉さんに興味も向くさと。
だけど、ついさっきまで選んでたアクセサリーを、お前真剣に見てくれてさ。【女よりお前と一緒にいる方が楽】なんてことまで言ってくれちゃって。
お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだぞ。
俺に似合うアクセサリーを真剣に選んでくれたことも、他の誰より俺といる時間を選んでくれたことも。今だって制服の下に、さっき買ってきたネックレス着けちまうくらいに。
そんなこと、お前は知りもしないんだろうけど。
「お、あの子イイなあ」
報われない想いを払拭しようと、ガラス越しに見える通行人を適当に眺める。確かに好みに近い女性ではあったけど、今はアルトより惹かれる女なんて、いやしねぇのに。
いっそ、誰か面倒のない女と付き合った方がいいんだろうか。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、アルトの口からとんでもない言葉が出てきた。
「…………は?」
思わずアルトを振り向いて、もう一度言ってくれと返そうとしたが、聞こえてきた歌のフレーズに納得してしまう。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
……お前は俺をどういう男だと思っているんだ。あれか、何人もの女と同時に付き合ってて痴情のもつれも刃傷沙汰も日常茶飯事なんて思っているのか。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
まあ、自慢できるようなことではないな。何人とヤッただの吠える男は三流の、いきがったただのガキだ。
俺だってね、できることなら一人に絞りたかったよ。だけどしょうがねぇだろ、飽きちまったまま付き合うのも、本命がいる状態で付き合うのも、相手にとって失礼だ。フェミニストな俺にはできないね、そんなこと。
一応綺麗に別れているつもりだし、付き合っている間は本当にそのひとだけにキスをしてきた。
いちばん最近付き合っていた彼女には、好きな子ができたと打ち明けたら殴られたけどね。片想いだしその子以外とはもう誰とも付き合わないと言ったら、頬にキスをくれたのを覚えている。
誰とキスをするか、なんて。
考えて、苦笑した。
キスをするならアルトがいい。
叶うはずもないのにな。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
最近アルトの周りには中々レベルの高い子がちょろちょろするようになった。あの歌姫たちがアルトに恋をしているのは一目瞭然で、俺に取ってはライバルなんだけど、そんなこと誰にも言えやしない。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
可能性があるとしたらこの二人。学校の連中は問題外だな、彼女らはアルトを偶像化してちやほやしたいだけだから。そんなんで姫の口唇を奪おうなんて、俺が許さないさ。
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
お前はそう思っててもね、向こうは違うかもしれないじゃないか。あれだけあからさまにアピールしている女の子をそんな言葉で片付けられるとは、大物だねお前。
歌姫たちに奪われる前に、いっそ寝ている隙にでも俺が奪ってやろうか、アルト姫。
お前は隙がありすぎて、こっちは理性抑えるのに精一杯だなんて、知らないんだろ。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
からかうように言ってみたけど、それは確信に近い。女の子と付き合ったということは聞いたこともないし、恥ずかしそうに俯いてる今の反応見たって、アタリだろう。ちくしょう、可愛いんだよこのやろう。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
馬鹿かよ俺。祝うなんてできるわけねーだろうが。アルトが、勝ち誇ったようにキスしたなんて言ってきたら、嫉妬でどうにかなりそうだ。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
想像しただけでももう、震えるくらい我慢できないのに。
そんな風に思って、ごまかすためにハハハと笑う。その次に言葉をつなげることができなくて、グラスの中の氷をストローで弄んだ。
がしょがしょと鳴る氷の音が耳障りで、思考が整理できなかった。
「キミは誰とキスをする?……か」
アルトは誰とキスをするんだろう。俺はこの先、誰とキスをするんだろう。
がしょん、と氷が鳴った。
「おい、ミハ」
「姫、俺にしない?」
俺を呼んだらしいアルトの声を遮って、覗き込むようにアルトを振り向く。
何言ってんだ俺。
こんなこと言ったって、キスできるわけないのに。俺も相当ヤキが回ってんだろうな。そもそも、アルトには俺の言葉の意味が伝わっているのだろうか? 鈍感だからな、このお姫様は。
「……え!?」
少しの沈黙のあとに驚いた声が返ってきて、俺の方こそびっくりしたよ。まさか明確に伝わっていようとは。
「あ、頭沸いたのか?」
伝わらなかったんなら、諦めてまたからかう方向に持っていこうと思ったのに、伝わってしまっているなら、どこまでできるか試してみようかな。
それでキスとかできたら、幸せなんじゃねぇ?
「……いや、ほら、だってさあ、これから先女の子と付き合ってキスするにしたって、やり方知らないってのはちょっとどうよ? 俺らはリードしてやる立場なんだし、これで下手であってみろ、いきなり破局の危機だぜ」
下手な文句だ。経験のない男が好きな女の子だっているし、アルトの魅力は初心なところでもあるのに。
「レクチャー、してやろうか」
いつものように笑ってみせた。上手く笑えていただろうか、アルトに不審がられないくらいには。
ああ俺も必死だね、可愛いじゃないか。こんな一面があったなんて、初めて知ったよ。
「レクチャーできるようなテクが、お前にあるならな」
おっと、まさかそう返されるとは思ってなかった。
「……言うね。出ようぜ姫」
こんなところじゃなにもできない、と笑いながら席を立ったけど、本当は心臓が破裂しそうなんだぜ、アルト。
念願叶ってお前とキスができるんだ。寝ているうちになんてセコいキスじゃなくて、合意を得た上でのキスを。
人目につきにくそうな路地を見つけた。アルトがちゃんと着いてきていることは気配で分かっていたのに、思わず振り向いて手を引く。
「姫、こっち」
まるで借りてきた猫のように大人しいアルト。挑発の延長で合意を得たことに少しだけ罪悪感は感じたけど、それよりももっと大きな感情が俺の中にあった。
信じられなくて怖い。
本当にキスできるのか、アルトと。
「楽にしてていいぜ」
声、震えてねぇか? 言い出した俺がリードしてやるべきなのに、なんだこれ。まるで恋を知ったばかりのガキじゃないか。
「あ、ああ」
アルトが緊張してんのはひしひしと伝わってきたけど、俺だっておんなじだ。こんなにドキドキするのは初めてで、いつもならするりと出てくるセリフも出てこない。
「緊張してんのか? 目くらい閉じろよ」
「め、目ぇ閉じたらお前がどうすんのか見えないだろっ」
ビルの壁を背にしても、いつまでも目を閉じようとしないアルトに、少しだけイラついて言ってやったら、そんな言葉が返ってきた。
ああそうだった、レクチャーしてやるという名目でこんなところまで引っ張ってきたんだった。
「そうマジマジと見られるとちょっとやりづらいんだけど」
困ったな、とアルトの横に手をつく。さすがにじっと見られているのは恥ずかしい。でも【レクチャー】なんだから……やり方見せてやんねーといけないんだろうしなあ……。
「い、いいからさっさとしろよ、百戦錬磨なんだろっ?」
「どうだろうねぇ」
このままじゃキスできないかも、と思って、じゃあそれでいいよと言いかけた時。
「じ、じゃあ次は目ぇ瞑るから!」
…………あ?
今なんて言ったこいつ。
【次は目ぇ瞑るから】?
……って、つまり二回していいってことかよ? 分かって言ってんのかアルト。
「オーケイ、じゃあそれで」
だけどアルトからの申し出を断る理由はない。一度だけしかできないと思っていたキスを、二度もできるなんて、願ったりだね。
戸惑ったようなアルトの顎に手をかける。
「あ」
少しだけ傾けた顔を、アルトに近づけていく。口唇に触れるまで、あとどれくらいの距離だろう。
いつの間にか、口唇は触れていた。
初めて触れるアルトの口唇。思っていたより弾力があって、熱い。
ああ、アルトが俺のこと見てる。初めてのキスに驚いて戸惑って、それでも俺のこと見てくれてる。嬉しくて心臓が破裂しそうだ。
触れているだけのキスでは満足できなくなってくる。もっともっと深いのがいい。そう思って口唇を離したら、俺を見ていたアルトの瞳が寂しそうな色に変わった。
分かっててやってるんなら、相当タチが悪い。
でも。
キス、したんだ。アルトと。
「……姫、目、……閉じて」
「え、あっ?」
もっとしたい、アルト。そういう約束だっただろう?
拒まれる前にアルトを抱き寄せて、口唇を塞ぐ。シャツ越しに感じる体温が、心地良かった。
なあアルト、分かってるか? お前は今、俺とキスをしてるんだ。
「んっ」
俺の存在を主張するように口唇を舐めたら、驚いたのか頑なだったアルトの口唇が開く。俺がその隙を見逃すはずもなく、こじ開けるように舌先を入れた。
「んんっ!?」
入り込んで、歯列の形を確かめる。奥に逃げてしまった舌を宥めるように舐めて絡める。
「ん、んんっ」
その感触が怖いのか気持ち良いのか悪いのか、アルトの声が鼻から抜けていく。そうか、お前そういう声出すんだな。
夢中でキスしていたら、アルトが苦しそうにもがいた。ヤバイ、息できなかったかも知れない。正直、そっちにまで気が回らなかったよ。
「ん、ミハエ……っ」
口唇を少し離してやったら、息をするより俺の名を呼ぶことの方が重要、とでも言うようにアルトの口唇から突いて出た俺の名前。
嬉しくて死にそうだ、アルト。
また隙間なく口唇を塞いだけれど、アルトは呼吸をできたのだろうか? だけどお前が悪いんだよ、そんな可愛いことしてくれるから。
こんな、恋人同士みたいなキスをできるなんて思わなかった。
激しくて情熱的で、若干自分勝手。
アルトは、気持ち悪くないのか? 男とこんなことして、気持ち悪いって思わないのかな。それとも、ランカちゃんやシェリルを重ねてる? それともまだ見ぬ誰か他の女の子?
「ん、ぁ」
今キスしているのは俺だよ、アルト。
角度を変えて、何度も口づける。呼吸さえ奪ってんだ、俺のこと考えてろよ。
……え? なにこれ。アルトの腕?
おいおいちょっと待ってくれお姫様。キスの最中にしがみついて、引き寄せてくれるなんて、どこまで俺を幸せにしてくれるんだ。
絡めたアルトの舌を、強く強く吸う。
アルト、お前は今【俺】とキスをしてる。
その事実を、刻み付けるように。
アルトが大きく息を吐く音が聞こえた。
激しいキスに力を奪われたのか、俺の肩にもたれかかっている。ああもう、可愛いな。
結局、レクチャーするなんてことは俺の頭の中から綺麗サッパリ抜けていて、自分のしたいようにただアルトの口唇を楽しんだ。
このまま恋人同士になれたらいいのに。
離したくない、と思わず両腕に力をこめてしまう。
「……大丈夫か? アルト姫」
「え、あ、うん」
それでもどうにか身体を離し、甘ったるい思考から這い出ようと試みた。だってこのままじゃ、うっかり言ってしまいそうだよ。
好きだって。もっとキスしていたいって。
ああでも、今だったら、好きだって言っても【そういう流れだった】で済ませられるかな。拒絶されても冗談だよなに本気にしてんのって言ってしまえる。
ヤバイな、言っちまおうかな。信じてくれなくていいから。
アルト、お前に、一度だけでも。
「あ、あのさ」
声が、言葉が、アルトと重なった。
視線を向けたのも同時で、誰かに仕組まれてでもいるのかと思ったくらい、本当にぴったり重なった。
「あ、な、なに?」
「お、お前こそ」
タイミングを逃したな、これは完全に。もう、【そういう流れ】は切れてしまった。ああ、恨むぜアルト。
「俺はいいよ、なんだよ?」
「俺もいいよ、大したことじゃない」
重なった視線は、ため息とともに同時に離れてく。
少しの沈黙のあとに、帰るかと呟いたら、アルトがああと返してきた。
「そういや明日の飛行コース、どうしようか」
「今日とは違うとこ」
歩きながら交わす会話の題は完全に普通の友人同士に戻ってしまっている。俺はアルトから顔を背けてため息をついた。
また今日も、お前が好きだと言い出せず。
続編:「また今日も抜け出せず-Alto&Michael-」
#両片想い #シリーズ物
キスと紙飛行機
ミハエルが、やけに上機嫌に1枚の紙切れをひらひらと振って見せてきた。こんなに機嫌がいいのは珍しくて、俺は首を傾げたけど。
「なんだ?」
「面白いのもらったんだ、見ろよ」
そう言われてその紙切れを見てみて、思わずゲッと声を上げた。
そこには、アルバムのように、いくつかの写真が並べられていた。
俺と、ミハエルの。
「な、なんだよこれ!」
「俺らのファンだって。文化祭でなんか展示したいとか何とか言ってたけど」
こんなの、いつ撮られたんだ。俺こんな顔してたっけ? っていうか展示してどうすんだよこんなん。
「いちおう許可取りたいからってさっき渡されたんだ。案外よく撮れてると思わないか」
「思わねぇよ。こんなん許可出せるかっ」
俺はミハエルからその紙切れをひったくる。
改めて見てみると、本当に色々な角度から色んな場面を撮られていた。
登校して門をくぐるところとか、紙飛行機折ってるところとか、あああ授業中に寝てるとこまで撮られてんじゃねーかよ。どっから撮ったんだよ。撮ったヤツもサボッてんだろ絶対!
ミハエルのは……さすがになんか……見られ慣れてる、っていうのが伝わってくるな、写真からでも。こいつはやっぱ自分が女に人気あんの自覚してて、いついかなる時も【見られている】という意識を抜かないんだろう。
悔しいけれど、無理のないそれが……好きだったりはするんだ。
写真見てたらなんかムカついてきた。
こいつは女からこういう風に見られてんだよな。……俺はこんなに近くにいるのに、そんなこと考えて見る余裕なんかなくて、こうして動かない写真でしか見ることができない。
「どうしたんだ? 姫」
「……別に」
ミハエルといるといつも素直になりきれずに、どこかケンカ腰になっちまう。それをこいつがどう思っているかも分からなくて、余計に落ち込むんだ。
「許可、出さないのか? こんなに綺麗に撮れてるのに」
「お前はな」
「姫だって綺麗に撮れてるだろ。ほら、この……EX-ギアつけてるやつ」
ミハエルが、うずもれた小さな写真を指差して呟く。あ、こんなんも撮られてたのか。油断できねー。
「俺がいちばん好きな角度だ」
「……っ」
なんでこいつはこうテレくさい言葉をポンポンと出しやがるんだっ……!
嬉しいなんて思ってねーぞ、思ってねぇからな! 絶対思ってない!!
「うーん……でもやっぱ、許可出せないか。こんな綺麗に撮られてるヤツ、大勢の人間には見せたくないね」
「お前、結構独占欲強いだろ」
強いよ、と間を置かずに返ってくる。悪くも思ってないような顔に、片眉を上げる。こいつは、どこまで本気なんだろうか。
本当は俺だって独占欲強くて、お前を独り占めしたいんだ。
こんな写真、俺だって大勢の人間には見せたくない。またお前のこと好きになるヤツが増えるだけなんだ。
絶対許可なんか出せねぇ。
「どうしよう、これ。返すか?」
「記念にとっておく?」
「なんの記念だよ、バカ。データだけもらってこいよ。お得意の手で」
歯の浮くようなセリフで、喜ばせて。
…………それもムカつく。
「わかったよお姫様。じゃあそれはお前のお得意の紙飛行機にでもするといい」
ミハエルは肩を竦め、短い息を吐いた。
妬いてもくれないのかと呟かれた言葉には、恥ずかしくて否定を返してやった。
ああ確かに飛行機を折るにはちょうどいい。
もうクセになっているような手つきで、俺はその写真のちりばめられた紙を折っていく。ミハエルはそれを、鮮やかだねぇと呆れ気味に見ているようだった。
しょうがねぇだろ、ちっちぇえ頃から折ってたんだ。クセにもなるさ。
「ちょっと折り方変えてみた」
紙飛行機にも色々な折方があって、折り方次第で飛距離が変わる。子供の頃はそれが面白くて仕方なかった。
「へぇ」
「こっちの方が、よく飛ぶんだぜ」
そう言って飛ばそうと行き先を狙ってみたけど、ミハエルが肩を震わせているのに気づいて、なんだと見上げる。そこには、心底おかしそうなミハエルがいた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いやいや、姫、気づかないのか? 俺はまた、狙ってその折り方をしたのかと思ったんだけどね」
意味が分からなくて腹が立つ。
普通に折っただけだ。
「翼の部分、見てみろよ」
ワケが分からないと思っている俺を察したのか、ミハエルが指を指してくる。
翼?と思って見下ろせる位置にまで腕を下ろした。
そして。
「……! バ、バカか、誰が狙ってなんか!!」
翼の部分、ミハエルの写真と俺の写真がくっついていた。
そうだ、ちょうどキスでもするかのように。
恥ずかしくて、俺は折った飛行機をくしゃくしゃに丸めて、ミハエルに投げつけてやる。断じて、狙ってこうなるよう折ったわけじゃない!
だいたい、そんな計算できるか、あんなにいっぱい写真あんのに!
「おやおや。そうか、紙面のキスじゃお気に召さないのか、お姫様は」
「はっ?」
ミハエルに顎を取られて焦る……ヒマもなく、キスされた。
紙面のキスじゃ気に入らないなんて、誰もそんなこと言ってない。
……思ったけど。
「ん」
でも、狙ったわけじゃ……ないんだけどな。
「さてアルト姫、続きはどこでやりましょう?」
「お前の手の速さは、どうにかなんねーのかよ」
「なんないね。はい、もう一回」
「ふざけっ……んむ」
二度目のキスで口唇をふさがれる。今度はさっきのより深くて、呆れつつも嬉しくて、俺はミハエルの背中に腕を回した。
実はキスが欲しかったなんて言えないし、あの写真だらけの紙切れに、少しだけ感謝してやろうかと思った。
#両想い #ラブラブ #ミハアル
また今日も諦められず
-Alto-
なんでミハエルなんだろう。
授業中にも関わらず、オレは机に頬杖ついて考えた。
そうだなんでミハエルなんだ。
ミハエルなんか、意地悪いし女好きだし、オレのこと姫とか呼ぶし。
なんであんなヤツ、好きになっちまってんだよオレ。
オレだってそれなりに悩んだりもしたんだ。
別に男に興味あるわけじゃないのに、ミハエルのこと考えるとすげぇドキドキするし、苦しくて泣きそうになって、一応オレも男だから我慢して、ため息ひとつで思考を変える。
でもミハエルの姿が見えないと不安になるし、視界の隅にでも入ってこようもんなら途端に口の端が上がる。
最初はただ、ライバルとして見てるんだと思ってた。
筆記も実技も負けてんのが悔しくて、必死でやってんのにアイツはオレの前を走ってくんだ。だからずっと、ミハエルのこと見ちまうんだと思ってたのに。
アイツが女と楽しそうに街歩いてんの見たら、ものすげぇショックで目の前が真っ暗になった。
女の子は口説くのが礼儀。そう言っているのをいつだか聞いた気がする。実際、歯の浮くような口説き文句を使っているのも何度か見たことがある。
だけど本心からの言葉じゃないことが分かっていたから、それでも平気だったんだろう。
特定の女がいたことを知ってショックを受けて、次の日のテストはボロボロだった。
不審がったミハエルに、何があったんだと顔を覗き込まれて、熱くなった身体にようやく自覚した。
オレはミハエルのことが好きなんだ。
だけどそんなこと本人に言えるわけもなくて、何でもないようにやり過ごしてきたつもりでいる。
ミハエルのことを好きなんだと自覚してから、ため息は多くなってしまったけれど。
彼女と別れてフリーになったと噂で聞けばホッとして、新しい彼女ができたと聞けばまたかと落ち込む。今は何人目なんだろうな。
アイツはオレを姫と呼ぶけど、オレはれっきとした男だし、アイツの彼女にはなれそうもない。だいたい、好きだからどうしたいってわけでもないんだ。
ただ、アイツが少しでもオレを見てくれるんなら、それでいいなんて女々しいこと考えて。
なんだよこれ。あり得なくね?
男なんか好きになって、こんなこと考えて、授業にすら身が入らない。
ミハエルのせいだ。
もういい、あんなヤツやめてやる。好きじゃねぇよ、あんな女たらしっ!
今日だってきっとデートとか何とかで寄り道しやがるに決まってんだ。
ミハエル、お前なんかな、
「アールトー姫ー。HRも終わったのに帰んねーの?」
突然聞こえたミハエルの声に、え、と顔を上げる。
うそだろそんな時間経ってんのか!?
気づけば他のヤツらは帰り支度をしていて、オレは半分意識が飛んでいたことに気づく。
「授業中も上の空だったな。何か心配事でもあるのかお姫様」
「べ、別にねぇよ!」
お前にいつ【本命】ができるかなんてそんな心配、してねぇ、し。
よく考えたらお前みたいな意地の悪いヤツ、オレが好きになるわけねぇんだし。
絶対ただの気の迷いだ。
「ふーん?」
……あ? 授業中も上の空って……み、見てた? オレのこと見てたのかっ……?
あ、バカかオレ、たった今、気の迷いだって思ったはずだろ。こんなヤツ好きじゃないんだ。見てようが見ていまいが関係ねぇ。
「まあいいや、買物付き合えよ姫。アイランドに新しいとこできたらしいんだ」
「……え、買物? 今日はデートとかじゃねぇのか?」
「デートは明日」
「ああそうかよ」
お前なんか。
お前なんか。
「何か悩んでるんだったら、他のヤツより先にオレに言えよアルト。いちばん最初にだ」
……ちくしょう、大好きだこのやろう。
-Michael-
なんでアルトなんだろう。
本人が隣を歩いてるっていうのに、オレは大きくため息を吐いた。
そうだよなんでアルトなんだ。
アルトなんか、こんな見てくれしてても男だし言葉遣いも乱暴だし、テストん時なんかめちゃくちゃ敵意むき出しで突っかかってくるし。
なんでこんなヤツ、好きになっちゃったんだろうな。
オレだって悩んだんだ。悩んだなんてもんじゃない。
オレは女の子の方がいいし、ゴージャスなお姉さんなんか、たまんないんだよホント。今までもそうだったから周りも当然そういう見方と付き合い方をしてくるし、このオレが男を好きになったなんて、いまだに信じられねー。
でもアルトは……クラスのヤツが諦めちまった【首席】を本気で狙ってくるし、競う相手ができたのは嬉しかった。
芸能科からの転科が来るって聞いて、どんなヤツかと思ってたら噂に違わぬ美人で言葉を失くした。
それでも顔に似合わず激情家で、からかうと面白かったんだ。
それを楽しんでいるだけだと思っていたのに。
難しいコークスクリューを初めて成功させたあの日、嬉しそうに駆け寄ってきたこいつを見た時、心臓が鳴った。
それから、どんな女の子といてもつまらなくて、デート中だって上の空。
歯の浮くようなセリフがクセで出てしまうけれど、目の前にいるのがアルトだったらなんて考えて、何度か苦笑いをしたこともある。
女の子は口説くのが礼儀だなんて言ってるけど、真実の言葉を向けた女の子なんていただろうか?
デートしているところをアルトに見られて、でもアルトは声さえもかけてくれず、次の日のテストはいつもより点数が落ちた。
落ちた点数よりアルトに見られたことの方がショックで、その時やっと認められたんだ。
オレはアルトが好きなんだ。
だけど女好きで通っているオレが、男を好きになっただなんて言えやしない。
この世間知らずのお姫様を好きなんだと自覚した途端、ため息が増えてしまったけれど。
オレが女の子と付き合っても別れても、気にもしてくれないし。オレがこんなに構ってんのに気づいてもくれないし。オレの小さな努力無視しやがって。
オレはこいつのこと姫って呼ぶけど、別に女の子じゃなくてもいいって思う。でも付き合いたいのかって言われたら、……どうだろう、そうなのかな?
こうしてときどき街に買物来るくらいできるし、同性じゃ堂々と恋人デートできるわけでもないし。
ただ、こいつが少しだけでもオレを気にかけてくれるんなら、それでいいなんて思う。
……ハ、どうよ。このオレがこんな純情な恋してるなんて。
アルトのせいだ。
もうやめたい。やめてやる。こんな鈍感なヤツ好きになったって仕方ないじゃないか。
今日だって、デートなんじゃないかなんて無神経に聞いてきやがって。今日も明日も明後日も、そんな予定入ってねーよ!
アルト、お前なんかな、
「ミハエル、お前こっちの方が似合う」
耳に入ったアルトの声にハッと顔を上げる。
ああそうだネックレス選んでたんだっけ。特に入用でもないんだが、立ち寄った店に並べてあったから、何の気なしに見てたんだ。
「どうしたんだよ、上の空だな。てめぇの方こそ悩んでんじゃねーのか」
「別にないぜ悩みなんて。強いて言えば、明日何を着て行こうかってとこかな」
どうしたらお前がオレの気持ちに気づいてくれるのかなんてそんな、思ってねぇ、し。
あ、バカかオレ。もうやめるってついさっき決めたばっかじゃねぇか。
「ふーん、別にいいけど。だからお前はゴールドよりシルバーの方が似合うって言ってんだろ、こっちにしろよ」
……姫? もしかして真剣に選んでくれてたのか?
いやいやでもな、今さらそんな可愛いとこ見せても無駄だよ。もうやめるんだ。
「こういうのって、普通彼女とかと……選んだりするんじゃねーの?」
「人それぞれだろ。姫はそういうことしないのか?」
「女と? そういうのめんどくさい」
「へぇそう」
お前なんか。
お前なんか。
「お前といる方が、楽だからな」
……ああもう、大好きだよこのやろう。
続編「また今日も言い出せず-Alto-」
#両片想い
見えない気持ち
ミハエルは珍しく眉を寄せた。
「お前がそんな顔をするとは思わなかったな。同級生なんだろ?」
オズマはそう言って無精ひげの生えた顎を撫でる。目の前で眉を寄せる男の表情が、本当に珍しかったのだ。
「別に、オレのところじゃなくてもいいじゃないですか。ルカだって今、一人部屋でしょう」
急に呼び出されたから何かと思いましたとミハエルは続け、眉間のしわを更に深くした。
「ルカに新入りはまだ任せられんんだろ。お前の方が適任だ」
オズマの言葉に、ミハエルは内心で嘆く。オズマ・リーから言い渡された、早乙女アルトとの宿舎同室に。
宿舎の部屋は通常二人部屋だが、部屋数と人数の関係で今までは一人だったのだ。
それが、ここにきて早乙女アルトと同室にさせられるとは。
「だいたいオレは、あいつが入隊すること自体反対なんですからね」
「なんでそんなに反対するんだ? 学校じゃいいライバルなんだろう、ミシェル」
「決断が早すぎると言っているんです。あいつの逃げ道作ってどうするんですか」
そう言いつつミハエルはダーツの矢を投げる。綺麗にラインを描いたそれは、真ん中よりわずかに逸れて刺さった。
「何から何まで面倒見ろとは言っとらんだろ。何もできん子供じゃあるまいし」
苦笑しながら呟くオズマに、ミハエルは自嘲ぎみに返す。
「子供ですよ。あいつも、オレもね」
ど真ん中に突き刺さったオズマの矢に、ミハエルは肩を竦めた。やはり敵わないなと。
「隊長の命令なら、従いますよ」
「ミシェル」
もともと、反対したって無駄なことは分かっていた。SMSの人員はまだ少ないし、技術のある人間が入隊するのは喜ばしいこと。
アルトのセンスと技術はミハエルがいちばんよく知っていたし、彼が広い空に憧れていることもちゃんと分かっていた。
来るべきとして訪れた、運命というヤツなのだろう。
「明朝08:00、早乙女アルト訓練生を出迎えます」
ピッと敬礼をしたミハエルの頭を、オズマはくしゃくしゃと撫でる。
子供扱いされているようにも思うが、ミハエルはオズマのその仕種がとても好きだった。
「じゃあ、明日からよろしく頼むな」
「イエッサー!」
オズマのいなくなった講習室で、ミハエルはひとりダーツの矢を指でいじる。狙いを定めて放った矢は、ストッと真ん中に刺さった。
「さて、……どうするかなアルト姫」
眼鏡をかけ直して、ミハエルも講習室を後にした。
明朝、荷物をまとめてやってきた早乙女アルトを待っていたのは、意地の悪そうな笑みを湛えたミハエルと、天使のように笑うルカだった。
「おはようございます、アルト先輩っ」
「おはよう訓練生。一応、十五分前に着いたな」
良い心がけだ、とミハエルは笑った。ここで一分でも遅れようものなら、門前払いしてやろうと思っていたのに。
「こっちだ」
そう言って、ミハエルとルカはアルトを先導して宿舎に入る。
「必要最低限のもんしか持ってこなかったけど、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、生活用品は揃ってますし、服と学校関係だけでも」
そうかとアルトは息を吐く。もともと、そんなに物に執着する方ではないし、無くても困らない程度の物なら必要ない。
「ルカ、こいつの荷物持ってってやれ」
ミハエルはそう言ってアルトの荷物を引ったくり、ルカに投げてよこした。
「あ、はい。ミシェル先輩は?」
「艦長のとこ連れてかなきゃだろ。オズマ隊長もいるはずだ」
来いアルト、とミハエルは踵を返し、着いていくしかないアルトは、ルカに荷物を頼むと呟いてミハエルに続いた。
────もう少しせせこましいところかと思ってたけど……
アルトは辺りを見回しながら、ミハエルに誘導されるままに歩いていく。その気配には気づいていても、ミハエルが具体的な案内をすることはなかった。
「ミハエル・ブラン少尉、入ります」
「おっ、来たかミシェル」
艦長室のドアを開け、立ち止まって敬礼を捧げるミハエルは、アルトにとっては珍しいものを見た気にさせられる。
学校では常にミハエルが上位で、誰かに追従するなんてこと、なかったのに。
「それかい、新入りってのは」
椅子ごと振り向いた人物に、アルトはぎょっとした。強面の顔は、さすがに修羅場をくぐってきたらしい。いかにも【艦長】らしい男だった。
「時間どおりだな。ご苦労さんミシェル」
「早乙女アルト訓練生、挨拶」
「え、あ」
ミハエルに促され、アルトは艦長・ジェフリー・ワイルダーの前に出る。
「さ、早乙女アルトです。よろしく」
「歓迎しよう、同志よ」
ジェフリーの低い声に、アルトはようやく認識した。仮とは言え、パイロットとしてSMSに入隊したのだと。
「とりあえず隊服に着替えろ、アルト。適性検査とシミュレーションやるから」
艦長室を出て、どこに向かっているのかも分からないアルトは、さすがに不安になってくる。
これからのことではなく、自分を先導している男の態度に。
「おい、聞いてんのか?」
ミハエル・ブランの態度が、明らかにいつもと違う。いつもはもっと余裕綽々で、どんなときでもからかうことを忘れないような男なのに。
「ミハエル、なんでお前、そんなに不機嫌なんだよ」
思い余って訊ねると、驚いたような視線が返ってきた。
気づいていないとでも思っていたのだろうか。一年以上の学校生活を共にし、良きライバルとして過ごしてきたというのに。
「……驚いたね。お前がそんなにオレのこと気にかけるとは思わなかったよ」
そして何より、この男がアルトのことを一度も姫と呼んでいないのに。
アルトを最初に姫と呼んだのはミハエルだった。女形をやっていたこともあったのだろうが、その容姿を形容して呼ばれたあだ名が、今では学園で定着してしまっている。
「茶化してんじゃねーよ! 気に入らないことがあるんなら、面と向かって言えばいいだろ!」
────何が気に入らなくて、お前がオレにそんな態度取ってんだよ、ミハエル!
「気に入らないこと、か」
アルトの言葉が癇に障ったのか、ミハエルの視線が鋭く変わる。アルトは思わず肩を竦めた。
「自意識過剰だな。まあ本当に気に入らないんだけど」
「だから、何が」
「言ったはずだぞ。オレはお前の入隊に反対なんだ。たかがマグレで一度ばかり戦闘に勝ったくらいで、知ったような口利きやがって」
ぐっと詰まる。
アルトには、今まで戦ってきたミハエルたちの気持ちは少しも分からない。
ミハエルも、ルカも、自分の知らないところで命を懸けて戦っていたのかと思うと、どうしようもない悔しさに駆られてしまう。
これは紛れもない、疎外感だった。
もちろん入隊の理由はそれだけではないが、浮ついていると取られても仕方のない感情。ミハエルはそれに気がついているのか、ずっと入隊を反対していた。
「隊長に頼まれたから、お前のことはオレが見てやるけどな。ったく、隊長命令でなければ誰がこんな面倒くさいこと」
ミハエルはアルトのことを気に入っていたが、それはあくまで学校内でのことだ。
できるなら、命に関わる仕事などしてほしくなかったのに。
「だったらオズマに言って他のやつに変えてもらえばいいだろ!」
「オズマ隊長と呼べ、アルト!」
ミハエルが声を張り上げて、アルトは半歩あとずさる。
ミハエルの中で、自分がどの位置にいるのか知ってしまった。いや、オズマがよほど高い位置にいるのだろうか。
「……お前、下手に軍に入らなくて良かったかもな、アルト。礼儀も知らないお坊ちゃんじゃ、すぐに潰されるぞ」
「ミハエル」
「あと、オレも一応お前の上官だから。そこんとこ忘れないようにな、アルト姫」
アルトは耳を疑った。内容にもだが、もういつも通りに戻ってしまった、ミハエルの口調に。
「ミハエルてめっ、性格悪いな!」
「おやおや、知っていると思ったけどね」
ふふんと笑い身体を翻し、ミハエルは再び廊下を歩き出す。
どれだけのことができるのだろう、とミハエルは考えた。
「あーもうちくしょう、てめぇなんかすぐに追い抜いてやるからな!」
仲間となったこの男を、死なせないためには。
だけど可愛い女の子ならともかく、男を守るためになど戦いたくはない。
「本当にそう思うなら、死ぬ気で着いてこいよ、アルト姫」
自分自身で身を守ってもらうしかないのだろうと、ミハエルは眼鏡をかけ直した。
鬼のようなしごきに、絶対立場を逆転させてやる、とアルトが決意を新たにしたのは、ほんの数時間後のことだった。
#無自覚 #ミハアル
星のない夜に
息苦しい、と目を覚ます。頬にかかる髪がうっとおしいと思っても、バッサリ切ってしまうのも面倒くさい。
アルトはもそりと身体を起こし、カーテンの隙間から指す朝日を眺めた。
「おい、退けミハエル。重い」
アルトは眉を寄せて、息苦しさの原因であった男の腕を持ち上げて放る。
男はそれで目が覚めたようで、目を擦りながら鼻を鳴らした。
「んん……ああおはようアルト姫。もう朝か」
「誰が姫だ! いい加減やめろよ」
投げつけた枕は難なく受け止められて、それがまたアルトの癇に障る。この男から余裕の笑みを取り去るには、何をどうしたらいいのだろうか。
「いいじゃないか、似合ってるんだし」
「似合ってねぇ。胸もねぇどころかてめェと同じもんついてんだぞ」
アルトはギッとベッドを下りシャツを羽織る。昨夜いたるところに付けられた赤い痕が目に入って、居たたまれなかった。
「ああ、うん。それはオレがいちばんよく知っているけど?」
ミハエルは指で髪をかき上げ、サイドテーブルに置いていた眼鏡をかける。細められた目はアルトの肢体を舐めるように見つめ、その視線に気づいたアルトは思い切り眉を寄せた。
「朝っぱらからエロい目で見んな」
「だったら朝っぱらからエロい格好するなよ」
くすくすと笑いながら、ミハエルもベッドを下りる。ベッドの下に脱ぎ散らかしていたパンツに足を通してシャツを羽織り、ミハエルはアルトの長い髪を引っ張った。
急にかけられた強い力によろめいて、声を上げるヒマもなく腕の中に収められてしまう。いきなり何をするんだと紡ぎかけた抗議は、降ってきた口唇で遮られた。
「んんっ!」
思わずぎゅっと目を瞑り、ミハエルを押しやろうとするが、キスの熱に浮かされてうまく力が入らない。
この男に勝てることは、なにかあるのだろうかとアルトはぼんやり思う。
「は、離……せ、ミハエルッ」
情けなくなって、振り絞った力でミハエルの身体を押しやった。
濡れてしまった口唇を拭って、これ以上距離が近くならないようにミハエルの胸を腕で止める。
「目の前で拭われると少し傷つくな」
「知ったことか! だいたい、なんでてめェとこんなことしなきゃなんねーんだよッ」
別に、恋人同士というわけではなかった。口づけを交わし、肌を重ねるような間柄でも、決して恋だとか愛だとか、甘ったるい感情はなかったはずで。
「何度も言わせるなよ姫。賭けに負けたお前が悪い」
「……っ」
アルトは言葉に詰まった。
ミハエルとの関係が始まったのは、ほんの些細なきっかけだった。
考査での順位をネタに、勝った方がひとつだけ望むことをする、と。
「あれはっ……だって、お前がこんなこと」
こんなことを望んでくるとは思わなかったのだ。
涼しい顔でただ一言、抱いてみたいと。
それでも好きだの愛しているだの、そんな言葉はひとつもなく、星のひとつもない夜に初めて繋がった。
「イヤなら、次こそトップ取ればいいだろう、アルト」
この男に勝てるものなど、ひとつもない。
アルトは口唇を噛んで、興味本位と肉欲で動いたミハエルを睨みつける。
「オレはお前が大ッ嫌いだ!」
「はいはい、親父さんの次にですかアルト姫?」
肩を竦め笑いながらあしらうミハエルの頬を平手で打って、いつの間にかこの部屋に増えていた自分の着替えを手に背を向ける。
「シャワー借りるぞ!」
答えも聞かずにシャワールームへと足を運んだ。それを別段気にした風でもなくふっと笑う。
怒った顔も好みだなあなどと、考えながら。
#セフレ #ミハアル
Oh Happy Day
あ、と顔をあげた。
「ほらユウ、賛美歌が聞こえるさ」
頭の向こうにある窓を逆さまに見て、その音を追う。
「あぁ? あー…」
隣に横たわる恋人は、疲れきった声でそう返してきた。もしかして起こしてしまったのか、と詫びると、別にいいと頬を摺り寄せてくる。
珍しく甘えてきてくれた、と頬を緩め、その身体を抱きしめた。普段の彼は、あまりこんなふうに人肌恋しい素振りを見せないというのに。
「無茶させたさ?」
「少し疲れてただけだ。気にするな」
そういえば彼は今日任務から帰ってきたのだった。そのままコムイが主催するクリスマスパーティーに参加して、アルコールに少し火照った身体で、彼の部屋に二人でなだれ込んだ。
そうだ今日はクリスマス。イエス様が生まれた日。
別にクリスチャンではないし、祈ったってこの世界が平和になるわけではないことくらい、分かっている。ただ何かしらの理由を付けて、お祭り騒ぎがしたいだけ。
教団の中にはちゃんとしたクリスチャンもいるから、そんなこと言って回ったりはしないけれども。
だけど世間の恋人たちは、クリスマスにかこつけて、プレゼントを贈ったり愛を語り合ったり。一年に一度のこの特別な日を、幸福そうに過ごすのだ。
世間一般の恋人たちのように、誰からも祝福されるような幸福な間柄ではなかったけれど、そんな日くらい、自分たちも特別な日を幸福に過ごしてみたい。
数日前、彼が任務に出かけてしまった時は仕方ないかと方を落とした。
自分たちはエクソシストで、何をおいても任務が最優先。クリスマスを共に過ごしたいからと言って聞いてくれるはずもなく、何よりもまず、彼自身がこういったお祭り騒ぎに興味がなかった。
任務に出かける前ちらりと言ってみたけれど、だからなんだとでも言うようにため息をつかれたのだけれど。
「ユウ、今日はどうしたんさ? パーティー参加するなんて、珍しいよね」
胸の上に乗せられた頭を撫で、柔らかな髪を梳く。そうされることが好きらしく、彼は猫のように身体を丸めた。
「ユウがこんな早く帰って来れるなんて思わなかったさ」
その上馴れ合うのが嫌いな彼が、それに参加するなんて。
そういえばパーティーホールに入ってきた彼は、ひどく急いでいたようなことを思い出す。任務から帰って、入浴でもしてきたのか少し濡れた髪が印象的で、思わず見惚れたのも覚えている。
すぐさま駆け寄って、シャンパンを渡したら、少しだけ笑って受け取ってくれた。
どこかホッとしたように。
「任務大変だった?」
「やめろよ、こんなときくらい、任務の話は」
突然に彼は身体を起こして、眉を寄せて見下ろしてきた。何か怒らせるようなことを言っただろうかと考えているうちに、彼は寝転がって背を向けてしまう。
「ユウ」
しまったと思った。彼は一度機嫌を損ねると、直るのに少し時間を要してしまう。何に怒っているのだろう、と覗き込んだ。
「ああ大変だったよ、レベル2が2体もいやがってな。一筋縄じゃいかなかったぜ」
「ユウ、ごめん」
そんな任務を終えて、この教団に帰ってきた彼を酒の席に誘い、あまつさえ身体の負担になる行為を仕掛けてしまったなんて。
クリスマスとかそんなことより、彼の身体のことを考えてやるべきだったのに。
「お前がそんなに鈍感だとは思わなかったよ」
「え?」
何のことを言っているのか分からない、というように返したら、少しの沈黙を破って彼がゆっくりと振り向いて見上げてきた。明らかにこれはふてくされてる顔、だ。
「お前が言ったんだろうが、クリスマス一緒に過ごしたいって」
目を瞠った。
まさか…………まさかそれを叶えるために、急いで帰ってきたのだろうか?
嬉しくて、泣きそうになって口を押さえる。
「……泣くなよ」
「まだ泣いてないさ」
彼はごろりと仰向けになって、仕方ないヤツだと引き寄せてくれる。何気ない仕種に優しさを感じて、また泣きそうになった。
「ありがと……ユウ」
何度恋をしても足りない。毎日恋をしても、きっと足りない。
「ユウ、何度も言ったけど、も一度言うね」
笑ってそう言うと、ん?と首を傾げる、愛しいひと。
「メリークリスマス、ユウ。愛してるさ」
嬉しそうに目を細めた彼が、髪を梳いてくれる。
「メリークリスマス、ラビ。愛してる」
来年もまた、共に過ごせますように。
引き合っていく口唇に、願いを込めた。
#両想い #ラブラブ #クリスマス #ラビユウ
フォゲットミーノット
「ねぇユウ。オレのこと好き?」
頬杖ついて、ラビは神田にそう訊ねた。
訊ねられた神田はまたかと呆れ顔。それもそのはず、この問いが投げかけられたのは初めてではないからだ。
「お前さ」
神田はため息とともに返してやる。
「この状況でそんなこと訊くのか?」
恨めしそうにラビを振り仰いで。
つい先ほどまで、これでもかというほど密着して、繋がりあっていたというのに、この状況でその質問はないだろう、と。
「ったく、何度ヤりゃ気が済むんだお前は」
「だーってさぁ、ユウに逢ったの久しぶりだったし」
確かに任務ですれ違うことが多い二人には、こんな風にゆっくり過ごせることも稀で。
抱きしめてキスをして、言葉を交わすヒマもなくベッドに倒れこんでいく。
「だからってあんなに立て続けにヤることねぇだろ。抜かずに3回とか、変態か貴様」
声を出すのも億劫だ、とばかりに神田はため息混じりに吐き捨てた。そのままラビに背中を向けてやると、あからさまに不服そうな声が返る。
「変態じゃないさ。ユウだって気持ちいいくせに」
ラビのこんな言葉にはもう慣れた。人前で言ったら切り刻んでやるところだが、ここには自分たちだけしかいないし、今はその力もない。
「否定はしねぇよ。だが物事には限度ってもんがあるだろ、限度ってもんが」
少しだけ振り向いて、眉の下がった赤毛の男に言ってやった。翌日にお互い任務はないようだけれど、体力にも限界がある。
「でもオレがユウを愛してる気持ちに限度はないもん」
口を尖らせて、拗ねた口調に神田は目を見開いて、次いでカッと頬を紅潮させた。
「バ、バカか!」
向かってくる想いを跳ね除けて背を向ける。寒々しいレンガの壁が目の前にあるのに、顔は冷えていかない。トクントクンと鳴る心臓は、いっそ煩わしかった。
「と、とにかく俺はもう寝るからな!」
不意打ちなんて卑怯だ、と思いながら神田は眠る体勢に入る。が、
「ユウ……ぎゅってしていい?」
寂しそうな声が背後から聞こえてきて、チッと舌を打った。まるで捨てられた子犬。
それくらいならまあいいか、と思って、勝手にしろと呟いた。……のが、間違いだったんだろう。
「おい」
しばらくは大人しくしていたラビの手が、もぞもぞと動き出す。
「おい、ラビっ」
「んー」
楽な体勢を取ろうとした、とかではない。明らかに、意志を持って。
先ほどまで大人しく神田を抱きしめていたはずの右手は、神田の膝から太腿を上になぞり上げる。そしてゆっくりと、また降りる。
「んーじゃねぇ、その手退けろッ」
手のひらで熱を伝え、指先で緩急つけて愛撫する。逃れようにも目の前は壁で、身体はラビのもう片方の腕で戒められていて。一緒に眠るとき神田を壁側に寝かせるのはラビの優しさかとも思ったが、こんな使い道もあったとは。
「ちょっと触ってるだけさー。それにオレ、何もしないなんて言ってないよ」
考えてみれば確かにそうだ。抱きしめてもいいかと言っただけで、何もしないとは言っていない。
「ひ、開き直んなてめぇッ……絶対もうしねぇ、っあ!」
ラビの指が、合わさった脚の谷間をツイとなぞる。思わず口を突いて出た声に、反応してしまった自分を知って居たたまれない。神田は頬を赤らめて口を押さえた。
「ユウのイイとこ見っけ。こんなとこも感じる?」
「か、んじて……ねぇっ」
合わせる脚に力を込める。ラビはくすくすと笑いながらその合わさったラインを撫で、首筋に顔を埋めた。
「ぁ……っ」
強く吸い、赤い痕を残す。数日も経てば消えてしまうけれど、自分が触れた証しを残したかった。
自分が、愛した証しを。
「ユウ、感じてないって言う割にはビクビクしてるさ、身体」
脚を撫で、肩に口づければビクリとしなる背。それは言い訳の仕様がない感覚で、神田の身体を支配する。指先は脚の付け根を走り、もう片方の手は胸を弄る。
まるで、心音を確かめるように。
「っも……なんでてめぇはそうなんだ……っこっちの身にもなってみろ……!」
ゆるりと与えられる快楽を耐えながら、せめてその行為に抗議をしてみる。湧き上がってくる感覚と、熱くなってきた吐息は、もう否定し様がなかったけれど。
「……ユウちゃん。オレだってね、疲れないわけじゃねーさ?」
「だったらすんなよ」
「それでもしたいの。次いつ逢えるかわかんないのに」
ユウの体温覚えさせてよ、と耳元で囁く。お互い任務はないと聞いたけれど、アクマもイノセンスも、出動を待ってくれやしない。もしかしたら後数時間後に離れ離れになってしまうかも知れないのだ。
「で、ユウにもオレの体温覚えてもらうんさ」
そのためにはこれくらいしないと、と身体を撫で回す。神田の中心はすでに反応を示し、さらなる快楽を求めていた。それでも思い通りにさせるのは納得がいかないと、神田はシーツを握り締めた。
「俺が……ッ物覚え悪いみてぇじゃねーか……!」
「じゃあオレの体温覚えてるさ?」
ラビの手が急に止まる。本当に、ピタリと。思わず不思議に思って振り向こうとしたけれど、強く抱きしめられて肩にラビの頭を感じ、寸前でできなかった。
「ねえ、任務中……ていうか戦闘中はそんなん考えてられないってわかるさ。でも、移動中は? 眠るときは? 起きたときは?」
今までの強引な行為が嘘のように、弱々しい声に打って変わる。ラビ、と呼んでやりたかったが声が出ない。
「オレは可能な限り、ユウのこと思い出してる。ユウの声とか、髪の手触りとか、肌の感触とか体温とか……そしてその度触りたくなるんさ」
汽車での移動中・眠るとき、起きたとき、ゴーレムが鳴ったときでさえ、神田じゃないかと期待する。だけどそれは9割9分コムイからのもので、神田であった例はない。
「ねえ、ユウはオレのこと思い出したりしてくれてる? オレの体温とか、肌とかさ。少しは、寂しいとかって、思ってくれてるんさ?」
女々しいな、とは自分でも思った。神田と恋人になれてから約2年余り。長いのか短いのか訊かれたらどっちなのかは解からないが、実質ともに過ごしている時間は実は少ない。この教団に正式入団する前から彼を想っていて、思い切って気持ちを告げたら、彼は笑って【知ってたよ】とため息をついた。
「いつでも思い出せるように何度でも……何度でも抱きたいんさ。オレの全部ユウん中流し込んで、いつも一緒にいられたらいいのにって……」
語尾がだんだん掠れていくのに気がつく。弱気になってるラビを見るのは初めてじゃない。これまで、何度もあった。少し時間が経てば立ち直っているようなのだが、神田はその間気が気ではない。
「ごめんユウ……オレの勝手なワガママさ。もう何もしねーから一緒に寝よ」
そうだ、こんな風に無理をして笑ってくる。根本は、解決していないのに。
神田はため息をついて、呟いた。
「俺がお前を愛してねーみたいに言うな」
どうして解からないんだ、と少しだけ怒りを込めて。
神田の呟きに、ラビは案の定え?と訊き返す。
「抱け、ラビ」
思わず緩んだラビの腕を絡め取って、自分の身体に触れさせる。自分の体温を覚えていて欲しいと思うのは、ラビだけじゃない。相手の体温を欲しいと思うのも、ラビだけじゃない。
「覚えこませてみろよ」
離れていても、思い出せるように。
「いいの、ユウ、ホントに抱くよ?」
恐る恐る手を伸ばしてくるラビにはこくりと頷いてやって、まだ背中に感じる体温に気づく。ラビの手がそれに触れる寸前、待てと神田の手が阻む。今さら止められない、とラビは眉を寄せた。
「この格好じゃ絶対嫌だ」
「え?」
「か、顔が見れねぇだろ」
言われ気づいて、ラビは頬を赤らめた。実はものすごく愛されているのかと。
首筋にひとつちいさなキスを贈って、腕を緩めて神田の身体を返す。神田は背中にベッドを感じ、ラビを見上げる体勢になった。これでOK?と細められた隻眼が見下ろしてくる。嬉しそうなそれは、神田の好きなもの。
「見くびってんじゃねーぞラビ。好きでもねぇヤツに、こんなこと許さねぇ」
「うん、ごめんユウ」
口唇が降りてくる。入り込んだ舌に上あごを舐められて肩が揺れた。
「ん、ん、んん」
限界まで貪って、互いを喰らう。
頬を包んでいたラビの手は首筋を辿り、鎖骨を撫でて胸に降りる。汗で僅かに湿った肌に滑らせれば、塞いだ喉の奥で神田が喘いだ。
「ユウ、もう……こりこり」
「……っあぁ!」
胸の上で存在を主張する飾りを、指の腹で押しつぶす。そこが弱いことはもちろん知っていて、執拗に責めた。
快楽に流されてしまうのがイヤなのか、神田はふるふると首を振る。教え込まれた快楽は、それでも全身を支配するのに。
「ん、あ……ん」
捻りあげ、ぐりぐりと捏ね回す。片方を口に含んでやれば、一際高い声が上がった。のけぞった神田の重みを受けて、新しくはないベッドが弱音を吐いて軋む。
「ん、あ、ラビ、そこばっか……すんなっ……」
ちゅ、と吸い上げて、ラビは笑って神田を覗き込んだ。
「他のトコ触ってほしいさ?」
「ひゃっ……」
胸を離れたラビの手は、反応を示し始めた神田の中心を握りこむ。突然の刺激に、びくりと身体が震えた。
「ユウ、可愛い」
頬に口づけながら、先端を指先で擦る。脚が跳ね、喉の奥で声がくぐもった。快楽に耐えようと必死でシーツを握り締める神田に、そんなものに縋らないで、とラビはその腕を自分の肩に回させる。
「んっ、んんー……っ」
ラビの指は筋をなぞり、ふたつの袋を挟んではもみしだく。部屋に響きだす淫猥な音は、当然神田の耳にも入り込む。恥ずかしいのと同じくらい、ラビの与えてくる快楽が嬉しいと感じてしまう自分は、相当溺れているのだろうと悔しくなった。
「ラビ……ラビ」
首から抱き寄せて、頬をこすりつける。
「どしたんさユウ? 珍しく甘えん坊?」
「俺のこと、好き、か?」
それはさっき、ラビが神田に訊ねたことと同じ。
ラビはため息をついて、ユウのバカ、とキスを降らせる。
「んん……あ、ふ」
「この状況で、そんなこと訊くさ?」
自分と同じ返し方をされ、バツが悪くなって顔を背ける。その顎を取って、再び深く口づけた。強引で荒々しいキスに、神田は思わず身を捩る。快楽の証しを主張し続ける部分がラビの腹でこすられて、身体が震えた。自業自得とは言え、こんな些細な接触にさえ感じてしまう。
「ん、ぁ……んっ」
キスから逃れようとしても、ラビはそれを許してくれない。追われ、さらに口づけが深くなるだけだ。キスだけじゃもういやだ、と思っても、それを声で伝えることができない。
口を塞がれ、唾液を流し込まれて、酸欠で意識が朦朧としてくる。
限界だ、と思ったとき、口唇は解放された。
「ぷはっ……はぁ、はぁ、っは……あっ」
「ごめん意地悪しすぎたさ。でもオレだって、好きな人じゃなきゃこんなことできないよ」
そう言ってつぷりと、奥の窪みに指を侵入させる。
「バ、バカいきなり二本も入れんなっ……」
「ダイジョブ。さっきのでまだ濡れてるから」
静止する神田の手には構わずに、そのまま指を押し込めた。先ほどの情事で神田の中に放ったものが、進入を助けてくれる。
「あっ……あ、あぁ」
無遠慮に入り込んだ指に、内側をかき回される。それでもラビの指が触れてくるのは入り口付近のみで、焦らされて身体の奥が疼きだした。
「ラビ……っ」
「待ってユウ、も少し慣らしてから」
「もういいっ、い……いから、すぐ……っ!」
焦らすな、とラビを引き寄せる。引き寄せられた方のラビは珍しく舌を打って、神田の脚を割った。
指を乱暴に引き抜いて、自分を押し当てる。
「せっかくユウに負担かけさせないようにしてんのにっ……ユウのバカ……!」
「ああぁっ!」
指とは比べ物にならない圧迫感が、神田を襲う。一気に奥まで押し込まれて、思わずのけぞった。いくら先ほどの情事で濡れているとは言え、強引な侵入には身体がついていかない。
「ふあっ、あ、あぁ……」
だがそれを望んだのは神田自身。身体のずっと奥でラビを感じたがったのは、神田だ。痛みさえも幸福で、愛おしい。
「ユウ、ユウ大丈夫さ? ごめんさ、抑え利かなくて……」
辛そうな神田の髪を撫で、落ち着くまで動かないでいよう、と頬にキスをするラビ。神田の肉の壁に締め付けられて、すぐにでも達してしまいそうだったけれど、もっと神田を感じていたい。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「ラビ……平気、だから」
「ん……ホントに無理そうだったら言ってね」
腰を上げて、ゆっくりと引く。その僅かな動きにさえ神田は反応して、声を詰まらせた。
少しだけ引き抜いて、また押し込む。のけぞった神田の喉が美しくて、欲望のレベルが上がった。
「あ、ラビ……ラビっ……」
悩ましげな声が耳の奥まで入り込む。結合した部分のヌルヌルとした感触と、汗で濡れた肌の感触に、理性が吹き飛ぶ。
「あぁっ!」
一気に全部引き抜いて、不満そうな顔をした神田の両足を折り曲げた。
「ユウ、ここひくひくしてる。そんなに欲しいさ?」
「やぁっ……あ、バカ……じ、焦らしてんじゃね…っ」
先端だけを突きつけられて、身体が震える。可愛い、と降りてくる口づけ一つ。
「ん、んっ、んぁっ」
それと一緒に、入り込んでくるラビの熱い肉塊。腰を引かれ、押し込まれる。それは絶妙なタイミングで、快楽を引き出していった。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てて、繋がりあうふたりのエクソシスト。
「すげ……イイ……ユウ、すげぇ可愛い」
「あっ、あっ……はあっ」
「っ……また締まった…ッ……も、ユウ、今日エロすぎんじゃね……?」
「や、もう……っ」
ラビは神田をかき回し、神田はラビを飲み込む。灼熱を思わせる結合部はもうどこからどこまでが自分なのかさえ分からずに、ぎしぎしと啼くベッドの上で、互いの体温を確かめ合う。
「ラビ、あつ……」
「うん、ユウん中、超熱いさ……」
汗で額に張り付いた髪を払って、そこに口づける。その反動で奥を突付かれて、神田は声を上げた。
「イキてぇ……」
懇願するように手を伸ばし、ラビを抱き寄せる。
密着した肌の間で混じる、お互いの汗。
「ん、オレも……限界さ」
「あ、やっ……ん!」
ぐい、と乱暴に腰を動かす。突然の激しい動きについていけず、神田は眉を寄せた。それでもどうにか腰を揺らし、ラビと動きをあわせる。
高められていく快感は、もうお互いでしか解放できない。
「あ、あ、あ…ッ、ラビ、ラビ……!」
「ユウ、……っ」
「んん────…ッ」
神田が快楽を手放して、強い締め付けにラビも耐え切れずに性を放つ。
「く、うっ……!!」
「あっ……」
奥に放たれて、ラビの熱を感じる。
速い動悸と、荒い呼吸。互いを強く抱きしめあって、それが落ち着いていくのを待った。
「ラビ……」
愛しくて、両手の指を髪に梳き入れる。こんなところの温度まで、幸せだなんて思った。見下ろしてくる隻眼は、今自分だけのもの。
「ラビ、知ってるか?」
「ん? 何?」
「終わった後のお前ってさ、すげえ……ガキみてぇな顔してんだぜ」
「えー、なにそれ……んむ」
不服そうなラビを、不意のキスで黙らせる。
だって本当なんだ。
子供みたいに無邪気で、無防備で、嬉しそうな顔をしている。
「そんな顔見せんの、俺だけにしとけよ」
「ユウもね、そんな色っぽい顔、オレ以外のヤツに見せないで」
快楽に溶けて、無防備で、情欲をかき立てる、そんな顔。
「お前ってほんと俺のこと好きだよな」
「ユウだってオレのこと好き過ぎさ」
「……」
「……」
二人で笑って、抱きしめあってキスをした。
足を絡ませ合って、もうすぐ明ける夜に沈んでく。
目が覚めたら、きっと覚えてしまった体温が、すぐ傍にあるんだ。
#両想い #R18 #ラブラブ #ラビユウ

目覚ましよりも早く起きた朝は、何故だか得したような気分になる。
薄明かりにぱちりと目を開けて、ミハエルは数度瞬きをした。
伸ばした腕の上に、愛しい人の身体がある。いつもの光景に間違いはなかったが、こんなときはひどく幸福だと実感するのだ。
ベッドサイドの時計を見れば、まだ起きなければいけない時間には少し早い。アラームが鳴り響くまでまた眠ろうかと思ったが、愛しい人が身じろいだのをきっかけに、ふとしたイタズラ心が生まれてしまった。
す、と腕が伸びる。
随分と男らしい手のひらが、同居人・早乙女アルトの太ももをすいと撫でた。
彼の太ももは素肌のままで、手触りが良い。これはミハエルのお気に入りのひとつ。まあ、アルトの全てがお気に入りと言ってしまえばそうなのだが。
上から下へ、下から上へなぞり上げ、両脚が合わさった谷間へと移動していくイタズラ好きな手のひら。若干朝が弱いアルトも、その明確な欲望を持ってうごめく手のひらには気がついたようで、ん、と身をよじった。
「こ、こら、ミシェ……っ」
背中からぎゅっと抱きしめたまま、ミハエルは笑んだ。
昨夜つけたキスマークはどこらへんだっただろうかと、探るように指を動かすミハエル。
ここだったろうか。それともここか。
「ミシェル!」
朝っぱらから欲情する恋人に、アルトは怒声を上げる。だけど快楽に弱いアルトにとって、ミハエルの器用な指先は、凶器以外の何物でもなかった。
「んっ……」
太股を撫で、ニットセーターの裾から入り込み脇腹をなぞる。昨夜これでもかというほど開放した熱が、また生まれそうになる。耳元で吹きかけられる吐息は、どうせわざとなのだろう。
「アルト、起きた?」
「お、起きたからもうよせっ……」
「おはよう」
なんて起こし方をするんだ、とアルトはミハエルの手を止めようともがいた。このままではまた昨夜のように流されてしまう。
「ヤダって、ミシェル……っ」
「逃げんなって、ちゃんとよくしてやるからさ」
手のひらがだんだんと上に上がってくる。これ以上はダメだ、と首を振っても、ミハエルの手は止まってくれなかった。
「……っの…!」
朝っぱらからこのままコトに及んでたまるものかと、アルトは息を溜めて左肘を思い切り後ろに振る。
イヤだって言ってんだろ、と叫ぶアルトの声と、身体がぶつかる音と、ミハエルの詰めたような呻きが、全部重なった。
肋骨の辺りに肘を食らったミハエルは、衝撃に少し咳き込み、アルトの身体から手を離してしまう。
「す、少しくらい…手加減、しろ、姫」
「あのなあミシェル、お前、ちょっとそこ座れ!」
鍛えてはいるものの、突然の攻撃には対処しきれない。まさか容赦ない肘が入るとは、思っていなかった。
ミハエルの腕から逃れることに成功したアルトはそのままがばりと起き上がり、ベッドの上に座り込む。そうしてミハエルにもちゃんと座れと自分の前を指差した。
これは従わないとマズイことになりそうだなと、ミハエルも身体を起こしてベッドの上に正座した。この座り方は足が固まってしまいそうで好きじゃないが、反省しているというポーズだけでもしておこう。
「ミシェル、お前な。聞いてる?」
「ハイ聞いてマス」
膝を突き合わせて、ベッドの上で始まる説教。しまったなあと思わざるを得ないミハエルだが、俯いて反省している振りをしても、視線はいつの間にか、空気にさらされたアルトの太股へと移動していた。
下は何も穿いてないし、彼が着ているニットセーターはミハエルのものだ。少し袖が長いのは、そのせいだろう。
男のロマンだよねと心の中でひとりごちる。
裾から伸びた、思わず触りたくなる太股。温かいからこれでいいよと少し大きな服をパジャマ代わりにする恋人は、きっと男のそんな心理は興味もないのだろう。
出逢って7年経つけれど、そんなところはずっと変わらない。お互い昇進もしたし環境も変わったのに、この無防備さはどうにかならないものだろうか。
「だいたいお前はな、我慢が利かなすぎるんだ!」
「うん、ごめん。でも姫に触りたかったんだよね」
我慢を利かなくさせているのはアルトだ、などと言おうものなら、すぐさまこぶしが飛んでくるだろう。アルトとは共に過ごして長い。扱い方はもう心得てきたが、そう思うのも本心だった。
「え、あ、でもな、何も朝っぱらから」
「だって一日の始まりに姫補給しないと、持たない」
「俺は別にお前なんか補給しなくても大丈夫だ。そ、それに昨夜あんなに、っ……」
アルトが口ごもり、ミハエルの目が光る。
長い袖に隠れたアルトの腕を取った。
「ふうん? じゃあ朝ダメならその分夜にしていいってことかな?」
「いやいやいやいや、それおかしいから! 俺は……っ」
腰が引けているのは、ミハエルからでも充分に見て取れる。さすがにこのままどうこうしようという気はないが、補給しなくても大丈夫などと言われてしまっては、面白くない。
こんなところはまだ、10代の少年のようだった。
「ごめんねアルト姫。俺のこと嫌いになった?」
「なってねーよばーか」
すぐに否定を返してくれて、分かっていたことだがミハエルはやはりホッとしてしまう。
「じゃあ、補給な」
触って、と掴んだ腕を持ち上げて、手のひらをこちらに向けさせる。逃げ出す前に、胸に押し当てた。びくりとアルトの肩が揺れて、困ったような表情に変わってゆく。
アルトにとって、しらふで恋人の肌に触れるという行為が、どうにも恥ずかしいものらしい。ミハエルはそれを知っていて、わざとゆっくりと触れさせた。
胸に、鎖骨に、腕に、脇腹に、掴んだアルトの手首を移動させていく。
「む、昔よりはその、筋肉が綺麗についた、な」
恥ずかしさを払拭しようと、アルトはミハエルに声をかける。上気した頬は、彼の胸の内をよく表しているなと口の端を上げた。
「アルト姫に追いつかれちゃ敵わないからな。ちゃーんとトレーニングしてるんだよ」
「お、俺だってしてるさ! ……なんでこんなに違うんだよ、ちくしょう、お前なんか……」
眉を寄せて口を尖らせて、アルトはミハエルの肌から手を離させる。その手を無理に引き止めることはせず、膝の上に収まったそれをそっと覆う。
「俺なんか、なに? 好き? 大好き? 愛してる?」
嫌い、の選択肢がないあたり、ミハエルも相当の自信家だ。だけどその自信は、これまでの二人での生活がそうさせるのであって、幸福、と胸を張って言えること。
アルトは考え込むように瞬いて、
「め、目ぇ閉じたら教えてやる」
「ん、こう?」
目を閉じたミハエルの眼前で手を振って、本当に閉じているか確認してから、自らも目を閉じて、近づいていく。ターゲットはその微笑む口唇。
「…………ぜんぶ」
口唇に触れる寸前、小さく小さく、囁いた。
好き、大好き、愛してる、ぜんぶ。
「補給、したか?」
「した。おはようアルト姫」
「おはようミシェル」
今日も、ここから始まる。
#両想い #ラブラブ #ミハアル