No.664

(対象画像がありません)

服の裾を引っ張る

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.11

#お題 #両想い #未来設定

 いつでも一緒にいられるような、そんな恵まれた環境ではない。しようと思えばそういう環境にもできるけれ…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

服の裾を引っ張る

 いつでも一緒にいられるような、そんな恵まれた環境ではない。しようと思えばそういう環境にもできるけれど、いつかどこかで、ほころびができるだろう。
 お互いに、一箇所のところに留まっていられるような人間ではないのだ。
 手塚国光(オレ)は、プロのテニスプレイヤーとして世界中の大会に出場しているし、跡部景吾は、実業家としてこちらもまた世界中を飛び回っている。
 スケジュールを調整して、どうにか年に何回か逢瀬を持つのがやっとだ。それだって、月に一度あるかないか。土壇場で、約束がキャンセルになってしまったことだってある。それは主に、跡部の方の事情でだ。
 埋め合わせは必ずすると、電話越しに何度『愛してる』と聞いたことか。
 もう少し、一緒にいる努力をするべきだろうかと、俺はそんな時毎回思う。
 大会や練習のペースを抑えれば、今よりは時間もできる。この世界で、唯一恋人と呼ぶ男を抱いて眠る夜も増やせる。
 何度、そうしようとしたことか。
 だけどその度に、それは跡部が許さないだろうなと踏みとどまるのだ。
 手塚国光(オマエ)のテニスに誰よりも惚れているのは俺だ、と彼は豪語する。
 中学三年の夏、初めて対戦したあの大会。その時からずっと最高のプレイヤーなんだと、悔しそうに、幸福そうに呟く跡部を見て、愛しさに駆られた。
 彼との時間を増やすためにテニスを放棄することは、彼を手放すのと同義にも等しい。
 俺自身も、テニスというスポーツを全身全霊で愛している。恋に溺れてプレイを制御するなんてこと、絶対に許せなくなる。
 だから、そんなことは絶対にできない。
 たとえ、今隣で腕に寄りかかってすうすうと眠る男と過ごせる時間が、あと僅かに迫っていたとしても。
 逢って、抱き合う時間があったのは僥倖(ぎょうこう)だ。食事をして、深夜映画を観る時間があったのも。
 ドライブにでも出掛けるか? と提案したものの、家でゆっくりしたいとふるふる首を振った彼と、こうしてソファに座っているだけでもいい。
 疲れている跡部を起こしたいとは思わないし、俺の隣でリラックスできるのならば、こんなに嬉しいことはない。
 ベッドの中では、無茶をさせてしまったしな……。
「ん……」
 それでも、俺の僅かな身じろぎで跡部が覚醒してしまった。しまった……。
「すまない、起こしたな」
「いや、悪い……寝ちまってたのか。おい、ていうか映画終わっちまってんじゃねーか。犯人誰だったんだ?」
 眠そうな目を擦りながら、跡部が音を消したテレビ画面に気づく。
 観ていたのはミステリー映画だったのだが、跡部は三人目の犠牲者が出るあたりで眠ってしまった。核心に触れない部分しか観ていないのでは、気になるところだろう。
「ああ、犯人はあの――」
「待て待て、当ててやるぜ。ちょっと考えさせろよ」
 教えてやろうとした俺を手のひらで制して、観れた部分を必死で思い起こしているようだ。
 俺はその可愛らしい様子を横目に、テーブルの上を片付ける。もうほとんど残っていないワインボトルの中身を、瓶のまま飲み干した。
 こんなことをしていると、やっぱりもっと長い間一緒にいたいなと思うんだがな。
 朝には、跡部が向こうに戻らなければいけない。
 ソファなんかでなく、ちゃんとベッドで眠った方が疲れも取れるだろう。抱きしめながら眠るくらいはできるはずだ。
「分かった、最初に出てきた叔母ってヤツだろ。絶対そうだ」
「残念だが、ハズレだ。彼女は三番目に殺された」
「なんだと。びっくりじゃねーの」
 跡部はまた考え込んで、うんうん唸っている。たかが映画の結末にさえ一生懸命なこの男が、どうしようもないほど愛しい。
「ほら跡部、ちゃんとベッドで眠るぞ。犯人は今度ちゃんと教えてやるから」
 皿やカップを食洗機に入れて、跡部の腕を引っ張る。後の片付けは、朝彼を見送ってからでいいだろう。
「あ、悪い、片付け全部させちまって」
「構わないさ、お前は客なんだから」
「……客、ねえ。そんな他人行儀な間柄じゃねえつもりなんだが」
 苦笑を浮かべる跡部の背中を抱いて、寝室へと促す。それは確かにそうだが、疲れている跡部に片付けを手伝わせろというのか? 無理だ、そんなの危なっかしくて見ていられないだろう。
「なあ、お前のここって賃貸だったか?」
「ああ、どこかに購入しようかと思ったこともあるんだが、結局面倒で。ずっとここでいいかとも思っている」
「買うか、家」
「……なに?」
 まるで何でもないように跡部が口にする。確かに、資金的にはお互い余裕があるが、家を買ったからって一緒にいる時間が長くなるわけではないのに。
「共同名義で、こっちと、俺の拠点の方に。一個ずつな」
「どうしてそんな」
「鈍いヤツだな。俺はここに来た時、いらっしゃいじゃなくておかえりって言われたいんだよ」
 跡部はそう言って、不満そうに口を尖らせる。俺が先ほど「客」と言ったことも原因なんだろう。客ではなく、その家の住人になりたいということか。
「お前の部屋を出ていく時、行ってきますと言いたい。なあ手塚、駄目か?」
 つん、と服の裾を引っ張られる。そんなおねだりをされて、駄目だなんて言えるわけがない。嬉しくて、ベッドの手前で跡部を抱きしめる。
「俺と、お前が、帰る家か。俺も向こうで大会があった時は、そこに帰るんだな」
「ああもちろんだ。なあ、そうしよう。だいぶ遅くなったが、一緒に暮らそうぜ」
 一緒にいる時間は長くならない。
 だけど、ここがお前の帰る場所なのだと、胸を張って言えるのだ。
「物件探すか。手塚、タブレット持ってこい」
「いやお前、寝るんじゃないのか」
「善は急げだ!」
 言い出したら聞かないな。まあ俺も嬉しいが、きりのいいところで絶対に寝かそう。
 朝は、予行演習で「行ってらっしゃい」と言ってやるから。


お題:リライト様 /服の裾を引っ張る
#お題 #両想い #未来設定