No.663

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手を繋ぐ

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.10

#お題 #両想い

 膝の上に置かれた手が、なんだか寂しそうに見えた。 実際にはそんなことはないのだろうが、本のページを…

NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン

手を繋ぐ

 膝の上に置かれた手が、なんだか寂しそうに見えた。
 実際にはそんなことはないのだろうが、本のページをめくるためにしか持ち上げられないそれが、もっと使われたがっているように思えたのだ。
 跡部は手塚の隣でそれをじっと眺め、骨張った男らしい手の甲を指先でそっと撫でた。
「跡部? どうした」
「ん? いや、なんでも」
「そうか」
 跡部のその行動に疑問は示したものの、不快そうではない。ホッとして、また眺めるだけにしておく。本を読む時間を邪魔したいわけではない。それでなくてもここ最近忙しそうにしていたのだから、たまにはゆっくり本くらい読ませてやりたい。
 手塚が気を遣わないようにと――もともとそんなものを遣うような男ではないにしてもだ――使用人たちには休暇を与えている。
 そのため、身の回りのことはすべて自分たちでしなければならない。
 だが、二人きりで過ごせるのはとても嬉しかった。
 冷めてしまっているなと、手塚に入れてやった紅茶も寂しそうにしているのに気がつく。入れ直すか、それとも緑茶かほうじ茶にしてやろうか。冷たい飲み物の方がいいかもしれない。
 何が飲みたいか訊こうと思っても、邪魔をしたらいけないという気持ちが、跡部を押し黙らせる。
 そわ、そわ、と視線があちこちを泳いで落ち着かない。
 そんな跡部に気がついたのか、手塚が顔を上げて振り向いてきた。
「どうしたんだ跡部、さっきから。落ち着かない様子だが」
 本を読んでいたはずではないのか、と跡部は言葉に詰まった。気配で悟らせていたのか、結局気を散らせてしまったことを申し訳なく思った。
「ん、いや、あの。何か、飲み物をと思ったんだが。好みを訊こうとして」
 邪魔をしてすまないと小さく続けたら、手塚は目をぱちぱちと瞬いて、思い出したように紅茶のカップに視線を移した。
「そういえば、入れてもらっていたな。すまない、すっかり忘れていた」
 言いながら、冷め切った紅茶のカップを持ち上げ、何も気にすることなく口に含んだ。
「おい、冷めてんだろ」
「確かに冷めているが、美味いぞ」
 世辞なら結構だと返しかけたが、手塚が世辞など言うガラか、と思いとどまる。本当に、温度など関係ないのだろう。あまり頓着しない男だというのは知っていて、こちらが気にしすぎなのかと、跡部は深くため息を吐いた。
「お前、集中するとあんまり周りに目を向けねえよな。そういうヤツだよ」
「そんなことはない」
 む、と口を一文字に結んで眉を寄せる。無自覚なのかと、跡部は肩を竦めた。
 褒めているつもりはもちろんないが、心の底から不満だというわけでもない。
 そもそも今日は、手塚をゆっくりさせてやりたかったのだから、ほんの少しの寂しさなど心の奥にしまい込むべきだ。
「お前はゆっくりしてろよ、手塚。そろそろ昼食の準備しなきゃいけねえから、俺は席を外すぜ」
 話題を逸らそうと、時計を覗き込む。ちょうどいい頃合いで、少し頭を冷やすにもこのタイミングは最適だった。
「昼食?」
「もうすぐ昼だろ。腹減ってねえか?」
「いや、そういう意味ではなく、お前が準備するのか、跡部」
 手塚はパタンと本を閉じ、驚いた表情で訊ねてくる。言わなかっただろうか? 今日は使用人を置いていないと。それとも、聞いていなかったのだろうか。
「準備ったって、盛り付けたりちょっと火を通したりするだけだぜ。作り置いてもらったヤツだから、味の保証はする」
 いつかは一から作った手料理をごちそうしてみたいが、跡部自身も忙しい身だ、いつになることやら。
「そうか……今日はやけに静かだと思ったら、ここには俺とお前だけだったのか」
「言ったと思うんだが」
「お前に久しぶりに逢えて、浮かれていたせいかもしれない。覚えていないな」
 不遜に腕を組む手塚。
 それが浮かれている男の態度か、と思わなくもないが、彼がそう言うのなら信じてやろう。
「じゃあ、この紅茶も、お前が?」
「ああ。それは俺の得意分野でもあるがな」
 そうか……と手塚はどうしてか沈んだ声を出す。わずかに俯いて、心なしか元気が無くなったように見えた。
「もっと味わって飲むべきだった。跡部、良ければまた後で入れてくれないか」
「……別に怒ってねえから、しょげんな、ばか」
 なるほどそれで気落ちしてしまったのかと気づいて、跡部はため息とともにそう返してやる。そうしたら、目に見えて手塚がホッとした表情に変わる。こんな時ばかりは分かりやすい。
「昼食の準備、手伝わせてくれないか。二人でやれば早くできるだろう」
「ん? いいのかよ、本読んでなくて。好きなんだろ、それ」
 詫びのつもりなのか、手塚が提案してくる。確かに二人で準備すれば早いだろうが、それでは手塚がゆっくりできない。
「いや、俺はこの本を読みたかったというより、お前と一緒の空間で過ごしたかっただけだ。お前がキッチンへ行くというのなら、一緒にいたい」
 しごく真面目くさった顔で、手塚はとんでもないことを言ってくる。跡部の頬が、二秒遅れてカアッと赤く染まった。
「おま、え、な……」
 不意打ち過ぎて、心の準備ができていない。どうしてこの男はこう、脈絡なく愛の言葉を吐いてくるのだろうか。予告くらいしてほしい。
「跡部、駄目だろうか?」
「駄目じゃねえ。俺は今幸せ噛みしめてんだ、ちょっと待ってろ」
「そうか、分かった」
 そうは返してくるが、手塚は何をどこまでちゃんと理解しているのか。
 恋人に、一緒にいたいと言われて嬉しくないわけがない。本に夢中だと思っていただけに、感動はひとしおだ。そこで気がついた。
 本を読んでいる手塚の手に触れてしまった、先ほどのあの行動は、自分が寂しがっていたせいなのだと。手塚の手が寂しそうだったのではなく、跡部の指先が寂しかっただけなのだと。
「あのよ、手塚……」
「なんだ」
「メシ食ったら……その、嫌でなければでいいんだが、く、くっついて過ごしたい……ベッドでなくていいから」
 改めてこんなことを言うのは、思ったよりも恥ずかしい。
 ベッドでも構わないが、真っ昼間からというのも、それはそれで照れくさい。
「ベッドでなくてもいいのか」
「…………そっちは気分次第で」
 残念そうな手塚の声に折れてしまうのが、悔しい。
 手塚の好きにさせてやりたいと思うほどには、惚れ込んでしまっっているのだから、仕方のないことかもしれないが。
「分かった。ではまず食事だな。キッチンへ行こう、跡部」
 すっと手を差し出される。跡部はその手に自分の手のひらを重ね、指を絡めた。
 こうして手を繋ぐだけでも、手塚の体温が伝わってきて安心できる。些細な触れ合いで構わないのだと寄りかかって、頬にひとつキスを贈った。
「ああ、行こうぜ手塚。放すんじゃねーぞ」
「無論だ」
 手塚からお返しのキスを頬にもらって、手を繋いだままキッチンへと向かっていく。
 昼食を済ませたら、恐らくベッドになだれ込むことになるのだろうなという予感と、期待に胸を膨らませながら。




お題:リライト様 /手を繋ぐ
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