No.526

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永遠のブルー-030-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 観客席で、跡部は祈るように両手を組んでいた。 ウィンブルドン、センターコート。今日はついに決勝戦だ…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-030-

 観客席で、跡部は祈るように両手を組んでいた。
 ウィンブルドン、センターコート。今日はついに決勝戦だ。優勝経験もあるアメリカの選手と、対するのはもちろん手塚国光。
 手塚のプレイヤーとしての素質や評価は高いものの、まだ優勝には届かないのでは、というのが世論だった。
 手塚がどれだけ努力してきたか知っている身としては、そんなものはね除けてみせてほしい。手塚にはまだ早いなんて言われているけれど、勝つのに早いも遅いもあるかと拳を握りしめた。
 自身の試合よりよほど緊張する。勝利への執着が強い気がする。
 ――――見てぇんだよ。アイツが優勝カップ持ってるところ。
 それはどれほど美しく、誇らしいことだろう。
「手塚……」
 跡部は大きく息を吸い込んで、ベンチでグリップの具合を確認する手塚を見つめた。
 気のせいだろうか。
 手塚が一瞬、こちらを見たように思えた。
 観戦に来るということは伝えているし、応援するということも。だけど座席の位置など教えていない。
 単なる偶然だろうと、こんな時にも高鳴ってしまう胸を押さえる。
「景吾くん」
 声をかけられて、ハッと振り向く。そこには、滝がひらひらと手を振りながら立っていた。緊張で固まっていた体から、ドッと力が抜けていくようだった。
「よう、萩之介。忍足と不二もか、珍しい組み合わせだな」
 滝の後ろに、見知った顔も覗く。こうして顔を見て話すのは久しぶりで、不二に至っては本当に数年ぶりだ。
「跡部、久しぶりだね。招待してくれてありがとう。青学を代表してお礼を言わせてもらうよ」
「ああ。悪いな、バラバラの席でしか取れなくてよ」
 とんでもないと不二が首を振る。せっかくの手塚の晴れ舞台だ、彼をよく知る人物たちには間近で見せてやりたかった。
 以前滝が、『どうせなら同窓会でも開こうか』と言っていたのを思い出して、かつての青学のレギュラーメンバーをイギリスに招待した。もちろん観戦チケットを取ってだ。
「本来なら副部長だった大石が来るべきなんだろうけど、英二のお守りに慣れてるのも大石だしね」
 不二がふふっと笑って肩を竦めるのに、菊丸がはしゃいでいるのが目に見えるようだぜと跡部も笑った。
「お前ら、ナマで観るの初めてか?」
「手塚がプロになってからは、そうだね」
「中継入る試合は、録画とかで観てるけど、なかなかスケジュールが合わなくて」
「俺らはこっちの道に進まんかったけど、やっぱり体がウズウズしよるなぁ……なんせセンターコートやで」
 券面に指定された席に座り、指先で膝を叩く忍足に、跡部は微笑む。テニスの道に進まなかったからと言って、あの頃がなかったことになるわけではない。皆同じようにあの黄色いボールを追いかけていた。
「今日の対戦相手、強いよね。手塚はどう攻めるかな」
「まあ、越前を倒したヤツだからな。アイツもどっかで観てるはずだが……」
「越前は残念だったね。でもそれで余計に火がつくタイプだし、心配はしてないけど」
「俺らの世代から、まさか三人も立て続けにプロになれるヤツが出るとは思わんかったで。せやけどついにウィンブルドン決勝戦か」
 感慨深いわぁと忍足が呟く。
「せや、忘れとったわ。ベスト8おめでとうさん、跡部」
「そうだった。おめでとう跡部」
「景吾くんと手塚の試合は、鳥肌が立ったよ」
「ああ、ありがとよ。俺様としては優勝狙ってたんだが、まぁ……満足だぜ」
 そうは言うものの、実のところ優勝という栄冠にさほど執着はなかった。どちらかといえば、手塚と再戦するということの方に重きを置いていたような気がする。
 そしてそれを最高の形で迎え、上り詰めた至高。あの関東大会と比べても遜色のないほどの高みだ。
「ねえ跡部、手塚は……何か言ってた? 試合前、君に」
 滝の横から、不二がひょいと顔を覗かせる。何か、という曖昧な言葉に、跡部は首を傾げた。選手にとって試合前の精神統一は大事なファクターだ。大会のスポンサーになっているとはいえ、控え室に行けるものではない。手塚と言葉を交わす機会はなかった。
「いや、邪魔もできねえし、声もかけてねえぜ」
「そう……ならいいんだ。気にしないで」
 気にしないでと言われると気になってくる。そういえば、何か相談したいことがあると準々決勝の後に言っていたが、そのことだろうか?
 不二にも何か相談していたのだろうかと口を開きかけた時、間もなく試合が開始されるというアナウンスが入った。
「始まるで」
 忍足がポンと背中を叩いてくる。反対隣の滝が、小さく「景吾くん」と呼んでくる。
「傍にいるから」
 膝の上の拳にそっと手のひらを重ねて、すぐに離れていく。まあ気づかれているだろうなとは思ったのだ。彼らを傍に呼んだ理由には。
 手塚のテニスを見届ける自分の傍に、いてほしい。
 あの頃ともにボールを追った仲間であり、手塚への想いを知る数少ない大切な友人たち。
 この世界中の誰よりも好きな男が栄冠を手にするその瞬間を、共に迎えてほしいというわずかな不安と感謝の念を、きっと分かっていて来てくれたに違いない。
「勝てよ、手塚……!」
 胸の前で、ぐっと拳を握る。
 もう自分は、信じるだけだ。惚れた男のまっすぐ過ぎる信念を。


 さすがに、長い試合になった。相手は優勝経験もある選手。球速はいまだに衰えていない。
 相手選手にポイントが入るたび、歓声が上がる。手塚にポイントが入るたび、歓声が上がる。もはやどちらの応援をしているというわけでもない観客が増えてきた。
 ただこの白熱したゲームの行く末を見守るだけだ。
 それほど、両選手のプレイは勝利に対して切実で、相手に対して誠実だった。
 返す一球一球が、相手を陥れるためでなく自分が勝つためのものであり、返せなかった怒りは自分自身だけに向いている。
 ぐっと握った拳に、汗を感じる。瞬きをすることさえ躊躇われ、跡部はじっと手塚を見つめた。荒い息と、流れる汗。相当苦しいのだろう様子が伝わってくる。
 それでも力強いサーブを打つ彼の勇姿が、本当に眩しい。あの球を自分が受けてみたかったと、未だに思う。満足のいく試合だったけれど、欲は果てしない。
「手塚、いつもより鬼気迫るものがあるね……」
「そらそうやろ、決勝戦やし。押され気味やけど、大丈夫かいな」
「手塚は勝つぜ。何しろアイツ、よりによってこの俺に宣言しやがったからな。必ず優勝カップを手にするって。破りやがったら承知しねぇ」
「え、手塚が、……跡部に? いつ」
 不二の小さく驚いた声が耳に入る。
「俺との試合が終わった後だな」
「ああ、それで……へえ。それは、まあ、負けられないよね」
 なるほどと正面に視線を戻し、不二は頷く。ライバルにそう宣言した以上、無様なところは見せられないということだろうか。
 だが跡部にはそれもしっくりこなかった。手塚にライバル意識を持たれていると感じたことなどないからだ。
 この想いは、恋にしろライバル意識にしろ、一方通行だ。だがそれでもあの男を想うことを止められないのだから、どうしようもない。
「そうでもしないと踏ん切りがつかないっていうのは、手塚らしいな」
 愉快そうにも、呆れたようにも笑う不二を振り向こうとしたけれど、ちょうどその時手塚のボールが相手選手の足元を撃ち抜く。わっと歓声が上がった。見逃さなくてよかったと安堵のため息を吐く。
 あと二ポイントだ。それで決まる。
 今はこの試合に、手塚の勝利を祈ってやることに集中したい。
 ――――手塚。大丈夫だ、お前なら。……手塚。
 何度も、何度も手塚の名を呼ぶ。心の中で呼んだつもりではあるけれど、もしかしたら音になってしまっていたかもしれない。
「……マッチポイント……!」
 あと一ポイント。手塚のサービスだ。場内が、しんと静まりかえる。ボールのラインを確かめて、トン、トン、と突く音ばかりが聞こえてくる。
 不二が、滝が、忍足が、食い入るように身を乗り出す。
 跡部は、思わず浮きかける腰を必死で落として、歯を食いしばった。
 高いトスが上がる。手塚の熱い視線が、その一球を見つめる。振り上げられたラケットが、そのボールを打つ。パァンと銃声のように響いたインパクト音で、心臓が撃ち抜かれたような感覚を味わった。
 そしてその弾丸は相手選手のラケットに捕まることなく、芝を跳ねて背後のスポンサーウォールに当たる。それが跡部グループのものだったのは、果たして偶然だっただろうか。
「ゲームアンドマッチ! ウォンバイ手塚!!」
 審判のコールがなされる。
 手塚は腹の辺りで拳を握り、青い空を見上げる。その瞬間、ワァッと歓声が沸いた。
「ホンマに勝ちよったわ」
「手塚も、さすがに嬉しそうだね……」
「アレは俺でも分かる」
 忍足たちが口々にそう言うが、跡部は数秒茫然としていた。耳をつんざくような歓声も、拍手も、耳に入ってこない。
「手塚……」
 ただ、小さく名を呼ぶ。今度こそ、確かに音になってしまったのを自覚する。そしてその瞬間、体中にようやく血が巡ったかのような感覚を味わい、思わず立ち上がった。
「――手塚ァ!!」
 声を張り上げ、今度はその名を叫んだ。この歓声の中で彼の耳に届くはずがないと思いつつも、呼ばずにはいられなかった。
 そう、届くはずはないと思っていたのに、手塚の視線がしっかりと顔ごとこちらを向く。視線がちゃんと重なった。
 跡部はぐっと強く拳を握り、胸の前に突き出してみせる。それを受けてか、手塚がゆっくりと拳を掲げた。口許に浮かんだ笑みは、彼にしては珍しいものだった。
 歓声がさらに大きくなる。立ち上がって歓喜する客たちが増える。跡部はその観客たちに埋もれて、手塚からはもう見えないかもしれない。
 だけどあの一瞬、確かに応えてくれたと分かる。
 指先まで熱が巡るようだ。跡部は突き出していた拳をもう片方で覆い引き寄せる。
「やったな……手塚……!」
 手塚ならやると思っていた。信じていた。実際目の前で栄冠を手にされて、感極まって泣いてしまいそうだ。
 手塚、と呼ぶ吐息が拳にかかる。熱いなとその息を飲み込んで、目蓋を閉じた。


 授与式後のインタビューでは「戦いはまだこれからです」などとまた不敵なことを言っていて、跡部は肩を竦める。
 確かにひとつの大会を制しただけであり、すぐにグランドスラム制覇とはいかないだろう。来年はその座を守れるかどうかということも課題のひとつだ。
「景吾様、そろそろお時間です」
 後ろから声をかけられ、もうそんな時間かと秘書を振り返る。
「これから仕事終わらせて祝勝会なんだ。ゆっくりできなくて悪い」
「跡部も大変だね。ボクたちのことは気にしないで」
「明日は来られるんだろ?」
 もちろん、と不二が頷く。
 今日の祝勝会は上位者たちを祝うものだが、明日は跡部主催でごく親しい人物たちだけを集めたパーティーがある。当然手塚や越前も主役のうちであり、この試合に招待した青学メンバーはゲストとして招いている。
「じゃあ、明日な。忍足、ジローのヤツに寝坊すんなよって言っとけ」
「それくらいなら任されたるわ。多分引きずってくんのは樺地やろうけどなぁ」
 あの頃と変わらない光景を思い浮かべ、跡部は愉快そうに喉を鳴らして戦友たちに背を向けた。
「…………ねえ、不二。この後時間あるかな? ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「奇遇だね、ボクもそう言おうと思っていたところだよ、滝。忍足も」
 残された三人は、跡部の背中を眺めながら、どこか確信めいた密談のために会場を後にするのだった。


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