華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.499
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
過去を振り返るのはあまり好きじゃない。 だけど、何をしていてもあの男が浮かんでくる。 トスを上げる…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
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過去を振り返るのはあまり好きじゃない。
だけど、何をしていてもあの男が浮かんでくる。
トスを上げるときも、ラケットを振り抜く時も、走り込む足を踏み出す時でさえ、ネットの向こうにあの男がいるかのようだ。
何度ラケットを握っても、気がつけばあの日の試合をリプレイしてしまう。
ドロップショット、ドライブボレー、ジャックナイフ、いくつものリターンを経て、返し得ない零式。手塚の右手がトスを上げる。力強い左腕がラケットを振り下ろす。重い打球を受け止めて返す。
手塚の左を抜いて、ボールは地面を転がった。
跡部は息を吐いて体を翻し、ベンチに置いていたタオルで汗を拭う。
自分が見るべきものは未来のはずで、上の上の上、さらにその上を目指すべきなのだ。
記憶というものが美化されてしまうこともある。
あまりにあの試合が衝撃的で、刺激的で、美化されているせいで、いつまでも執着してしまうのではないか。
無二の試合だったことは認めるが、この先あれ以上の試合がないとは言えない。強く巧いプレイヤーと戦うことなど、テニスを続けていればたくさんあるだろう。
だけど、どうしようもなく手塚なのだ。いつも、いつでも、手塚国光が浮かんでくる。
あの男ならどう打ってくるか。あの男はこのラインをどう返してくるか。あの日の手塚だけではない。あのテンションを保った手塚が浮かんでくる。
これはもう、記憶を再生しているというレベルではない。
跡部にとってあの日戦った手塚というプレイヤーは、過去であり現在であり、未来でもあった。この先絶対に出逢えないだろう、最高のプレイヤーになってしまった。
それでも、氷帝としての夏はあの日で終わってしまった。全国を制するという高みの一つは、もう追えない。勝利は青学のものだ。
中学最後の夏――もう手塚と戦う舞台はない。
公式でないものなら可能かもしれないが、手塚が受けてくれるとは思えない。
そもそも、……そもそも、彼の左肩は今どんな状態なのか。テニスを続けることはできるのか? あの真摯なプレイが失われるなんてことがあれば、テニス界にとっても大きな損失だ。
そればかりが気にかかる。
状況を訊きたくても手塚の連絡先など知らないし、青学の連中のもだ。手塚の肩を壊した張本人に良い感情など持っていないはずで、たとえ今の手塚の状態を知っていたとしても跡部には教えてくれないだろう。
跡部家の誰かに頼めば、すぐさまつぶさに手塚の状態が報告されるだろうが、もしも酷い結果だったら、手塚はそれを知られたくないのではないだろうか。特に、戦った相手には。
訊ける相手がいない。その上悔しいことに、怪我で足踏みしている状態など知られたくないだろうことが、理解できてしまう。
もっと親しい相手ならば、怪我の具合はどうなんだと直接訊けていたかもしれない。だが手塚とは親しくしてなどいなかった。
ぐる、ぐる、と思考が巡る。
忍足の言う通り、気になっているなら確認すればいい。連絡先くらい調べればすぐに分かる。いや個人情報なのだからそれは良くない。他の人間に確認させるか。自分のために動いてくれる人材はたくさんいる。駄目だ、貴重な時間をこんなことに使わせるべきではない。
やはり自分が直接九州に行くか。駄目だ。見られたくないだろう。……見せられないほどの状態なのか。
繰り返し、思考がループする。
跡部は唇を引き結び、どさりとベンチに腰をかける。
そこからじっとコートを眺めた。
――――駄目だ。何度リプレイしても、俺は手塚の弱点を攻めたし、アイツが諦めるっていう選択をすることがねえ。俺たちはお互い、自分の部を勝たせるために戦った。諦めも妥協も存在しねえんだよ! それは分かってる! 分かってるがッ……!
なぜあの時、お互いが最高のゲームを望んでしまったのか。どちらかが一歩でも退いていれば、こんなことにはならなかったのに。
だが何度思い返しても、幾度思い描いても、手塚は食らいついて球を打ち返してくる。返せないだろうと踏んで打ったボールを打ち返してくれるのだ。
――――アイツが欠片も諦めねえことが、なんでこんなにも嬉しいんだよ……!
打ち返されたことに驚愕し、悔しさを覚え、そして――歓喜する。
身も心も震えて、返ってきた球を打ち返してやる時の充足感といったらない。
その興奮を引き連れて何度もゲームをしたが、終えた後は必ず体が急速に冷えていく。
もう想像の中でしか手塚と相見えることができなくなるかもしれない。
プレイヤーとしての生命を絶たれた可能性を考える――その前に、あの日見た炎のように熱い手塚の瞳が、氷のように冷たく突き刺してくるかもしれないと思うと、足が竦む。
怪我の原因を作った相手に良い感情など持てやしない。いくら手塚が他人には興味がなさそうだといっても、これは別だろう。諦めることなく全力でゲームしてくれたことを嬉しく思う人間相手では、なおさらだ。
跡部は項垂れて、組んだ手の上に額を乗せる。重いため息が唇から這い出ていった。
手塚の怪我に責任を感じているのは事実だ。
どうか今後もテニスを続けられるようにと祈っているのも事実だ。
どうしてあの時退かなかったんだと責めたい気持ちと、最後まで全力で戦ってくれて嬉しい気持ちがせめぎ合って、胸をかきむしりたい気分だ。
――――……逢いてぇ……。
手塚に逢いたい。
吐き出す息が熱くなる。
言葉なんて交わしてくれなくていい。蔑んだ瞳で睨んでくれたって構わない。罵ってくれて結構だ。いや、顔を合わせなくてもいいのだ。
ただ、生きていると確認したい。
あの熱い魂はまだそこに生きていると、この目で確かめたい。
「ハ……」
そこまで考えて、跡部は自嘲気味に乾いた笑いを漏らした。
自己満足でしかない。手塚がいったい今どんな気持ちで過ごしているのか知りもせずに、ただ自身の願望だけを優先したがる。手塚国光というプレイヤーはまだ死んでいないと確認して、自分を救いたいだけだ。
こんな愚かしい気持ちのまま、手塚の前に姿は見せられない。
日に日に募って心の底にたまっていく不安なんて、手塚の絶望に比べたら塵みたいなものだ。自分がこんなことを考える資格があるのか! と手の甲に爪を立ててしまう。
だが手塚の痛みはこんなものではなかったはずだ。痕がついたって構いやしない。
彼と同じ傷を負うつもりはない。けれど、今痛みを感じているならすべてこちらに移ってくればいいとは思う。
「手塚……」
胸が痛い。祈るように握りしめた拳が痛い。間違っても逢いたいなんて言葉が音になってしまわないように、唇を噛みしめた。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー