華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.497
永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10
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忘れられない色がある。 十四歳の夏、それを知ってしまった。 それはどこまでも高く突き抜けるような、…
永遠のブルー,塚跡WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2022.04.10 No.497
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忘れられない色がある。
十四歳の夏、それを知ってしまった。
それはどこまでも高く突き抜けるような、透き通った――青。
なぜお前が膝をついているんだ。
跡部景吾は、瞬きをするのも忘れてその男をネット越しに見つめた。
中学生男子テニス・関東大会。初戦の試合だった。シングルス1、多くの学校が部長を据えるこのゲームは、跡部と手塚の初対決でもあった。
手塚国光は、青春学園テニス部部長だ。
国内の中学生プレイヤーならば誰もがその存在を知っていると言っても過言ではない。寡黙ながらも正確で冷静なプレイスタイルには跡部も一目置いていて、戦いたい相手ではあった。当然ながら自分の力を見せつけて圧勝するものとして。
だがその認識は誤っていた。
冷静に状況を判断して時には妥協もするだろうと思っていた男は、ただチームを勝利に導くために自分の腕さえ懸けるような、とんでもない男だった。
分かりやすく弱点を攻める跡部に、『遠慮するな、本気でこい』などと煽るようなことまで言って、実際本気でやらなければこちらがやられると思わせる。『それでも俺が勝つ』とでも言いたげな球筋が腹立たしくて、跡部も全力で返した。
いつしか、弱点を攻めていたことなど忘れていた。
手塚が激痛に顔を歪めて肩を押さえ、膝をついた瞬間に沸き上がってきたのは、怒りと焦燥感。
自分が弱点を攻めていたにもかかわらず、なぜだ、と思った。なぜ今この瞬間なのだと、身勝手にもだ。
もう少し早ければここまで心技ともに昂ぶっていなかっただろう。もっと遅ければ、必ず自身の勝ちという結末を迎えていたはず。
そもそも持久戦など受けて立たずに退いていてくれれば、所詮その程度かと嗤わらってやれたのに。
攻め立てたのは跡部で、選んだのは手塚だ。
互いの間にあった糸が、ぷつりと切られたような気がした。
青学のベンチで、他の部員たちに棄権を促されている中、跡部はただコートで待った。
納得できない。
――――こんな形で終われるわけがねえ。俺たちがこんなところで終わっていいはずがないだろう!
ぐっと強くラケットを握る。燃え上がった心はあの男でなければ鎮められない。
――――出てこいよ、手塚。手塚。……――手塚ァ!
祈り、怒り、信じて待った。こんな終わり方では納得できないのはお互い同じだと根拠なく思って。
いや、根拠はあった。手塚が打った球のひとつひとつにだ。
果たして、手塚は部員たちの反対を聞き入れず、親友と生意気な後輩の後押しを受けてコートに戻ってきた。
「待たせたな、跡部。決着をつけようぜ」
背筋を、何かが駆け抜けていったような気がした。武者震いに似た歓喜。
やはり同じ気持ちだったと、ラケットを握り直す。
決着をつけなければ前に進めない。いや前ではない、上だ。お互い部長同士で、チームを率いている以上責任がある。勝って次の試合に進むのは自分たちだと、それぞれ思っていたはずだ。負けるつもりでコートに立つプレイヤーなどいやしない。
だがこの時ばかりは、個人としての闘志が渦巻いていた。お互いにしか分からない機微だったとしても、それは事実だった。
「なんだ手塚ァ! このサーブは!」
球を打ち返す。激痛に顔を歪め、肩も充分に上がりきらない相手のボールを、容赦なく打ち返すなんて非情だと責める者もいるだろう。始めのリターンエースを見ていてそれを言うならば、眼科に行けと言ってやりたい。
そもそも、手を抜くべき場面ではない。それは手塚に礼を欠く。手塚は激痛に耐えてまで、勝つためにコートに戻ってきた。容赦がないのは手塚の方だ。あのボールを受けてみれば分かる。この期に及んで、負けるつもりなど毛頭ないことに。
手塚の息が上がっている。跡部の息も乱れている。
どちらも引くということを知らない男だ。その事実を、観戦している誰もが初めて知った。相対しているお互いさえも。
こんなにがむしゃらで熱いプレイをする男だったなんて。こんなアイツは見たことがない――近しい相手すらそう言うのだ。今までろくに言葉を交わすこともなかった状態では、当人たちだって同じ思いを抱いているだろう。
自分の中にもこんな必死さがあったのかと、自分自身に驚いてさえいるかもしれない。
跡部はそれを自覚していた。幼い頃イギリスで同年代の少年たちに負け続けていた時だって、ここまで必死になった覚えはない。
自分自身の未熟さに腹を立てて技術を磨いたが、あの時とは全然違う。己の内にあるすべてのもので挑まなければならない相手だ。
間違いなく、この先の人生で無二の試合になる。直感でそう感じた。
体も、心も、魂も、比べるもののない試合になると分かる。
だからこそ打ち込む球に最高の力を込める。誰になんとそしられようと構わない。
この球を受ける相手に――手塚には分かっているはずだ。
トスを上げる直前に交錯した視線で、手塚がわずかにグリップを握り直したことで、それが自分の独りよがりではないと確信ができた。
たとえこのタイブレークがどれほど続いたとしても、自分を――そして、手塚がテニスに懸ける想いを裏切ることのないように、すべての力をもってプレイをしよう。
――――手塚、ありがとよ。今ここでお前と戦っていなければ、お前が全力で挑んできたりしなければ、俺は俺の進化を自分で止めていた。
一瞬たりとも気など抜けない。全神経をボールと手塚の動作に集中させているのに、それでも横を抜かれる。仕返しに足元を撃ち抜いてやっても、すぐ次の手に備えなければならない。
一ポイント取っても、次は取られる。全力で打っているのに、向こうも全力で打ち返してくる。
だが不思議と腹が立たない。悔しくはあるが、余計に気分が高揚した。魂が吼ほえたような気分を味わう。
いつしか、審判のカウントの声も聞こえなくなっていた。
聞こえるのは、コートを踏みしめる音と、強烈なインパクト音。互いの咆哮と、荒れた吐息。それだけだった。
いつまで続いたっていい。
日が暮れたって構わない。
ずっとこうして、球を交わしていたい。
だが終わりというのはいつかくるもので、ポイントを取るために打った手塚の零式は彼の思惑に反した軌道を描き、跡部のラケットがそのボールを拾い返す。その際に倒れ込んだ跡部の反応が遅れる。
手塚が打ち返してポイントを取られ、まだタイブレーク状態が続くものと思われた。だが手塚の打った球が跡部のテリトリーにまで届くことはなく、ネットに捕らえられて――落ちた。
ゲームセット! という審判の声で、周囲の音が戻ってきたように思う。
ああ終わったのか。終わってしまったのか。
跡部は立ち上がって、ネット際に歩んできた手塚の顔を見た。相変わらず表情は読みづらく、この勝敗をどう思っているのか分からない。
跡部はじっと手塚を見据え、彼の背負うものに思いを巡らせた。
勝ちは、勝ちだ。そして、負けは負けだ。
だがそれでも、差し出された右手を握り返して、高く掲げてみせる。
お互いが勝者で、お互いが敗者だと。
周りが驚いているのが空気で分かる。手塚すら驚いているようなのが手のひらを通して伝わってくる。
他にどうもできなかったのだと、跡部自身らしくないことを理解していて、長くはそうしていられない。
ゆっくりと手を放せば、「跡部」と小さく呼ばれる。だが何も聞くつもりはなくて、揃って審判への礼を終わらせ自陣へと戻った。
ベンチに腰をかけ、息を整える。
ここまでとは思わなかった。手塚という男が。跡部景吾じぶんという男が。
満たされた気分だ。そう思う傍から、まだ足りないと思う自分がいる。
まだ、もっと、高みへ行ける。恐らく同じ思いを抱えている男がいるから。
だが、と跡部は吐き出した息を飲み込んで止めた。
――――次の補欠戦、恐らく負ける。手塚が目をかけている新人だってえんだから、相当な腕の持ち主だろう。日吉まで回ることを想定していなかった俺のミスか。
日吉も二年の中では優秀なプレイヤーだが、まだメンタル面に未熟なところがある。次代の氷帝を背負うには、ここを乗り越えられるかどうかにかかっている。
ふと顔を上げると青学ベンチの手塚が目に入った。何をしていやがる、と眉間にしわが寄る。早く病院に行けと叩き出してやりたい。
ネット際で握手をした時だって、わずかながら左手が震えていただろう。その肩はすぐに治療をしなければいけないのではないのか。周りの連中も、いったい何を悠長に構えているのだ。
「おい、てづ……」
思わず腰を上げかけた時、気づく。手塚がじっとコートを見据えていることに。
後輩である越前の試合を、余すところなく見届けなければならないと。その勝利を信じ、熱望して。
跡部は上げかけた腰を下ろし、ふっと口許を緩めた。
そうだ、信じて観ないでどうするのだと。これは個人戦ではなく団体戦なのだ。率いているキングが周りを信じなければ、誰もついてこない。
自分がするべきことはした。自分自身も想定外に熱くなった試合は日吉の闘志を刺激しただろうし、準レギュラーですらない部員たちにも、何か響くものがあったはずだ。そして自分のペースで心技ともに磨いていくきっかけになっただろう。それでいい。後はここでどっしりと構えているべきだ。
それがキングたりうる者の使命。
――――勝ってこい、日吉。今お前の持てるすべてでぶつかってこいよ。
信じてここで待っている。
跡部はいつものしたたかな笑みをたたえ、ちらりと手塚を見やった。
周りを信じられるかどうか――自分たちの勝負はまだ続いている。青学と氷帝の勝負であり、頂点同士の勝負でもある。
――――同じなんだろ、手塚。背負うものは俺もお前も変わらねえ。てめぇとの決着は、まだついちゃいねぇぜ!
どよめきやインパクト音が響く中、跡部はふっと視線を上げて目を細めた。
まだ昇っていける。あの高みへ。あの瞬間の快感を忘れることなどできやしない。
――――ああ、なんて……鮮やかな青をしてやがる。
夏に向かう色だ。
日吉の――氷帝の敗北がきまったのは、それからしばらくの後だった。
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