華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.318
NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2017.11.21
#両想い #誕生日
キ、と一台の車が停まる。冬の様相を持ち出した空を見上げて、常守朱は助手席の男を振り向いた。「ここで…
NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜
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キ、と一台の車が停まる。冬の様相を持ち出した空を見上げて、常守朱は助手席の男を振り向いた。
「ここで大丈夫ですか? 宜野座さん」
「ああ、すまない、常守監視官。……いい加減に宜野座さんはやめろと言っているのに」
「無理です。宜野座さんはどうやっても宜野座さんなので」
きっぱりと告げてくる彼女とのやり取りを、いったい何度繰り返しただろうか。その言い分は分かるような分からないような、複雑な思いだ。宜野座は困ったように片眉をあげて苦笑した。
宜野座伸元にとって狡噛慎也がずっと狡噛慎也だったことを、身をもって知っているからだ。
「すまないが、ここで少し待っていてくれ。心配しなくても、誰かさんみたいに逃亡なんてしないから」
「そんな心配してませんよ、宜野座さん」
「……だろうな」
運転席の常守は、おかしそうに笑ってひらひらと手を振ってくれる。宜野座は助手席のドアを開けて、あたりの景色をぐるりと見渡した。
変わったような、少しも変わってないような。
目線があの頃より高くなったのは、身体的な変化で、少し寂しく感じるのは取り巻く世界がすっかり変わってしまったからか。
ここは宜野座が通っていた日東学院だ。もちろんそこを囲む塀の中に入ることはできないし、もとからそのつもりもない。塀からはみ出た木の枝振りは少しも変わっていなくて、その傍に立つ無粋な電柱もそのままだ。
もっとも、ここに来たのは二年前。二年やそこらで外観が劇的に変わるわけもない。特にここらへんにはホロが使われていない。季節の移り変わりを感じさせる花たちはしばしばホロで表されることもあったが、本物が多いここの風景を、宜野座はーー宜野座たちは気に入っていた。
宜野座は傍の塀にもたれ、息を吸う。
あの時は緊張するひまもなかったなと思い出して、口の端を上げた。
そうしてあの頃と変わらない右手を持ち上げ、指のわきに口づける。まぶたを落とし、開け、指を押しやるように口唇から離した。
宜野座の瞳はじっと前を見据え、あきらめとも呆れともつかない笑みを浮かべる。
ーーーー……未練、と……言うのだろうか、これは。
首を傾げてみるも答えが返ってくるわけもなく、宜野座は満足して車内に戻った。
「待たせてすまない。帰ろう」
「えっ、もういいんですか!?」
「やりたいことは終わったからな。連れてきてくれてありがとう」
シートベルトを締めれば、運転席の常守は驚いて声を上げる。それはそうだろう、勤務中の監視官を引き連れて、行きたいところがあるなどと言えば、宜野座の性格を考えると相当重要な場所であるのだろうに。それなのに、たった数分いただけでいいなんて。
「あの……ここ、なんなんですか? 宜野座さんの通ってた学校ですよね」
中に入らなくてもよかったのかと、常守は車を発進させながら尋ねる。許可を取れば、校舎の中にだって入れただろうに。それでも宜野座は首を横に振った。
「正当な理由もなく入れるわけがないだろう。そういうのを職権濫用というんだぞ」
「……でも、ちょっとくらい」
「いいんだ。俺はあの場所に来たかっただけだから」
気を遣わせてしまっているなと、宜野座は苦笑する。だけど本当に、宜野座はあの場所がよかったのだ。
「特別な思い入れでもあったんですか?」
「ああ、まあ、……そうかな。課程二年のとき、あそこで初めて狡噛とキスをした」
「キッ……」
常守が頬を真っ赤に染めてステアリングに突っ伏す。いくらオートドライブとはいえ危ないぞと、どこか他人事のように指摘した。
「宜野座さん……あの、えっと」
「いまさら驚かないでくれ、こっちまで恥ずかしくなってきた」
「だ、だって宜野座さんがそういう話することってなかったじゃないですかっ」
執行官でありながら逃亡した狡噛慎也とは、恋人といっていい間柄だった。監視官だったころはそれを受け入れられず隠してきたが、まあ周りに悟られていないわけはなくて、執行官に降格したら、なにを頑なに隠そうとしていたのか分からなくなり、世間話の合間に、告げていた。
「あの男と恋人でいることが悔しかったからかな。アイツの身勝手さはあなたも知ってるだろう。そんな男に惚れてる自分が情けなくて、最近ようやくどうでもよくなってきたところだ」
「……狡噛さん、ずっと変わらなかったんですか。想像つきますけど」
「そうだろう? あの時だって、俺の誕生日なのに、アイツは自分のしたいことだけしていった。あとで悪びれもせずに謝ってくるのがどうしようもなく狡噛なんだがな」
突然すまん、と笑う顔で言われた初めての時のことを、今でも思い出せる。想いは告げ合っていたけれど、まだまだ友人の粋を出なかった自分たちを壊してくれた、あの日。
「誕生日って、プレゼントのつもりだったんじゃないですか?」
「本人の意思を無視してか?」
「あー……ははは。あの、でも、その、受け取ったん、ですよね? 別のプレゼント」
「あるわけないだろ。そういえば誕生日だったななんて言う男が、そんなもの用意してるわけがない」
思い出して額を押さえる宜野座に、常守が乾いた笑いを漏らす。実に狡噛らしいのだが、せめてキスの予告くらいしてほしかったあの頃の純情。
「仕方ないから、こっちから要求した」
「宜野座さんがですか? なにをもらったんです?」
「はは、“来年も同じものをよこせ“って言ってやった。あの時のアイツの顔は、おもしろかったな」
笑う宜野座の横で、意味を把握し常守は頬を赤らめた。盛大なのろけ話であると。
「アイツもあれで案外律儀な男だったようで、それから毎年、俺の誕生日にはあそこでキスをくれたよ」
卒業するまで、卒業して監視官になっても、執行官になってしまっても、誕生日にはあの場所でキスをした。
宜野座は指で自身の口唇をなぞる。
「さすがに、昨年は無理だったけどな」
昨年は大きな事件でそれどころではなかったのだ。あの事件を機に狡噛は逃亡し、宜野座は犯罪係数を上げながらも、こうして執行官として復帰した。
「宜野座さんがおねだりするなんて、狡噛さんは本当にすごい人ですね……」
「おねだりってやめてくれ。要求したのは俺だが、アイツはくれるって笑って言うんだから、しょうがないだろう」
「お互い大好きなのは分かりましたよ。あの、今あそこで狡噛さんに逢ってきたなら、もう言ってもいいですか?」
「うん?」
「お誕生日、おめでとうございます、宜野座さん」
のろけ話に呆れつつも、常守は嬉しそうに告げてくる。今まで知らなかった宜野座を見られて、宜野座を通して狡噛を知ることができて、嬉しいのだろう。
「……ああ、ありがとう」
「戻ったらケーキ食べましょうケーキ。私頑張って作りますから」
「…………あなたは仕事をしてくれ」
出来上がるケーキを想像して、宜野座はやんわりとお断り。なんで縢に教えてもらってああなるんだろうと、一生解けそうにない謎を胸に、宜野座は公安局へと戻っていく。
今年もまた触れ合えなかったけれど、あそこでキスを投げてきた。口唇の感触を忘れてしまう前に、もう一度逢えたらいいと、小さな願いを込めながら。
今もまだこの世界のどこかで生きている、大切な恋人へ。
#両想い #誕生日