No.402

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右手に殺意を 左手に祈りを-018-

千至WEB再録 2018.10.07

#千至 #片想い #セフレ #ウェブ再録 #右手に殺意を左手に祈りを

 千秋楽を終える頃には、千景のファンが日を追うごとに増えて、プレゼントや手紙が控え室にあふれるまでに…

千至WEB再録

右手に殺意を 左手に祈りを-018-



 千秋楽を終える頃には、千景のファンが日を追うごとに増えて、プレゼントや手紙が控え室にあふれるまでになった。
 まだほんの少ししこりが残っているような気はするものの、時間が解決してくれるだろう。
 打ち上げの際、千景は改めて劇団の全員に謝罪をした。それは心の底からのものだ。
 さすがにすべてを語ることはできないが、だからこそ――守ると決めた。
「オーガストは守りきれなかった。……守られてばかりだったな」
「うん……」
 中庭で、密と一緒に月を見上げる。こんなふうに過ごせるとは思わなかった。
 オーガストの冥福は、自分だけが祈っていくものと思っていて、密の寂しさも、思い出した時の気持ちも考えていなかったのだ。
「お前は、劇団が、その……大切、か?」
「うん、すごく大事。誰にも壊させない」
「お前が生きていることは、組織には言っていない。知られたら討手がかけられる。そうならないように、俺は組織を抜けるつもりはない」
 密がここを大切に思うように、千景も大切に思うようになってしまった。
 オーガストが与えてくれたこの先の生を、ここで生きていく。千景はそう決めて、綺麗な月を見上げる。
「守るから。お前も、ここにいる全員も」
「うん……一緒に守ろう、エイプリル」
「……お前、その名前もう呼ぶな。知ってるのは監督さんと――茅ヶ崎だけ、か」
「……びっくりした。お前が、至に話してるとは思わなかったから。あと……」
 じいっと、密の視線が向けられているのに気がついて、振り返った。
「なんだ」
「至を好きみたい……驚いた」
「……は? 茅ヶ崎を、……お前が?」
「違う。馬鹿なの千景……お前の方」
 密の瞳は、まっすぐに向かってくる。今思っていることを、隠さずに伝えてきている証拠だ。それが分かるくらいには、長い時間一緒にいた。
「何を寝ぼけたこと言ってる。俺が茅ヶ崎を好――」
 好きなわけ、ない。
 そう言おうとして、言葉に詰まった。
 次々と目の前に浮かんでくるのは、今まで過ごしてきた中での至の姿。
 職場でのエリート面。
 ランチに誘えば選ぶのに時間がかかって、勝手に激辛を選んでやった時の慌てた顔。
 飲み会の時にこっそり見せるつまらなそうな顔。
 初めて誘いをかけた時の驚いた表情。
 ベッドの中での乱れっぷりと、寮内でのゲーマー姿。
 稽古に真剣に取り組む彼と、舞台の上で見る別人のような彼。
「……え……」
 千景と密のことを知っても、もっと言えばオーガストのことを知ったときも、怯えることなく、……傍にいてくれた。
「……まさか。そんな馬鹿なこと」
 あるわけがないと言えない。言いたくない。
 事実、あるのだから。
 千景はゆっくりと項垂れた。
 思いもよらなかった感情が、体中を駆け巡っているようだった。
(じゃあ、あれも)
 至には大事な相手がいると分かったときの、胸のざわつきも。
 触れるたびに、苦しそうな顔をされて、痛んだ心臓も。
 本当の目的を知ってさえ、何も言わないでいてくれた安堵も。
(ぜんぶ)
 全部、恋情に繫がっていたのだろうか。
 千景は口許を押さえる。まさか恋情なんてものが自分の中にあったなんて。
 舞台の上で芝居を重ねるごとに、自分の中に様々な感情があって、それがちゃんと噴き出してくることに驚くばかりだったのに、まだそれ以上に驚く感情があったなんて。
「おめでとうって、言うべき……? オレも、そういうのは分からない……」
 そっと髪を撫でてくる手があった。子供をあやすような仕種に、止めてくれと言いたかったが、気づいた感情が衝撃すぎて、何も言えない。
「いや……だけど、駄目だ。茅ヶ崎には好きな相手がいるし、何も始まらない」
 それは万里だと思っているのだが、気づいてしまったこの感情を、彼らの傍でどう消化していけばいいのか。こんな時は、情報収集の技術も役に立たない。
 胸が痛む。
 もしかしたら、いつか彼の恋が叶って、団内にカップルが生まれるかもしれない。そのとき、平静でいられるかどうか。
 すぐには無理でも、少しずつこの感情に慣れていけば、あるいは。
「こんな感情に浮かれる資格、俺にはないわけだしな」
「……どうして。そういうのは、オーガストがいちばん嫌がる……」
「それでも、俺はまだ自分の感情を受け止め切れない。たくさんのことが、一気に起こり過ぎた……」
 はあーとゆっくり息を吐く。
 大切なオーガストたちの想いを、あんなふうに裏切っていた自分が、恋なんてものに浮かれられない。しかも、叶いそうにないものに。いや、もしかしたらそれが与えられた罰なのだろうか。
「ゆっくり……慣れていく。密、お前アイツに余計なこと言うなよ」
「余計なことって?」
「俺が茅ヶ崎を好、……き、ってことをだ! 誰にも言うな」
「…………うん、分かった」
 本当に理解してくれているのか分からないが、この感情は千景ひとりの責任だ。周りに何かを望むのは、贅沢過ぎる。
(俺がこの感情に慣れたら、茅ヶ崎の恋が叶うのを祈ってやれるんだろうか。せめて……茅ヶ崎が幸せでいてくれたらいい)
 祈るように息を吐き出して、月の光の柔らかさに、少しだけ安堵した。


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