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右手に殺意を 左手に祈りを-011-

千至WEB再録 2018.10.07

#千至 #片想い #セフレ #ウェブ再録 #右手に殺意を左手に祈りを

「あれ? どうしたんすか至さん。ちょっ、アンタ大丈夫?」 その時、談話室から万里が出てきて見つかって…

千至WEB再録

右手に殺意を 左手に祈りを-011-

「あれ? どうしたんすか至さん。ちょっ、アンタ大丈夫?」
 その時、談話室から万里が出てきて見つかってしまう。誰に見つかっても面倒だが、放っておいてくれないだろう万里だったのが、至には辛かった。
「あー、何でもない……ちょっと酔っちゃって」
「はァ? だから止めとけって言ったのに。今水持ってきてやっから……つか立てる?」
 そう言って手を差し出してくる。引っ込めてもくれなくて、至は仕方なくその手を取る。
「万里はどうしたの、みんなといなくていいの?」
「あー、一成がさ、この間買ったシューズ見せてっつったから、持ってこようと思ってただけで。そんなんあとでいいだろ」
 至は万里の力を借りて立ち上がる。正直、手のひらから伝わってくる温もりが胸をざわつかせて、ありがたくはなかったのだが、この状態ではそんなことも言っていられない。さっさと水でも飲んで、酔っ払いが介抱されているフリをしてしまおう。
「……アンタ、酔ってねぇだろ」
「……酔ってるよ。なんで?」
「噓つけ。足元しっかりしてんじゃねーか」
「ふらふらしてるって」
「してねーよ。なぁ、なんかあったんだろ。ゲーム? 仕事?」
 こういうとき、距離が近いというのも考え物だった。
 万里とはよく一緒にゲームをしているからか、他の組のメンバーの中ではいちばん仲がいい。至の素を、いちばん知っている男かもしれない。
「至さん」
 もともとが聡いのだろう、至の変化には敏感に反応してきた。ぐっと肩を押さえられて、正面から覗き込まれる。
 千景は絶対にしないだろう、力強い支え。
(なにも、今じゃなくても)
 例えばゲームのガチャで、推しが来なかっただとか、リリースが遅れているとか、そんなことだったら、素直に愚痴をぶつけられる。
 仕事で少しミスをしたと言っても、きっと万里は話を聞いてくれる。それは、日常会話の中でやり過ごせるレベルだからだ。
 だけど、千景の真実に気づいてしまった今、その強さをぶつけてこないでほしいと、唇を噛む。
 甘えてしまう。崩れてしまう。
「なあ、至さん、アンタ今……泣きそうな顔してんぜ」
「……してないだろ」
「これ見ない方がいいヤツな」
 言って、万里は片腕を首に回し引き寄せてくれる。泣き出しそうな目元は、ちょうどいい位置に肩があるせいで、誘惑に負けて押しつけてしまった。
「万里、めちゃくちゃ男前じゃん?」
「はァ? 仲間が困ってんだったら当然だろ。無理には聞かねーけど」
「うん、ありがと」
 はあ、と呆れたようなため息が聞こえる。心の底から心配していることを、そんなため息でごまかす万里は、やっぱり年相応だなと笑ってしまった。
「悪い、ほんと。ちょっと、ショックなことがあってさ。ごめん……」
「いーから。ったく……ちょっとは千景さんにも頼ったらどーすか? 春組の中で年長者だからって、咲也たちには、こういうとこ見せらんねーって思ってたんだろ」
「……っ、や、アイツらにもかなり甘えてるよ俺」
 万里の口から、千景の名を出されて体が強張る。
 確かに千景が入団してくるまで、春組の中で最年長であり、ある程度の責任が発生するのは理解していた。今は年上である千景がいるのだから、少しは頼れと万里は言っているのだろうが、原因である千景に頼ることなど、甘えることなど、できやしない。
(無茶言うなよ万里)
 至は万里の肩に額を預け、ゆっくりと息を吐き出す。今の状況を把握して消化するには、どれだけの時間と覚悟と諦めが必要だろうか。
「……サンキュ、万里。もう平気。みんなんとこ戻るわ」
「ん? あー。本当に平気っすか? ……ならいいけど」
「ん、平気平気。今のちょっとキュンときたわー。俺が女だったら惚れるね」
「軽口叩けんなら平気そうだな。愚痴くらいならいつでも聞いてやっから」
 万里はそう言って、何も訊かずに体を離してくれる。好きになった相手が彼だったら、どれだけ楽だっただろう。
 そう思って体を翻したとき、外から戻ってきた千景の姿を視界に捉えてしまった。
「あれ、千景さん。何やってんすか主役が」
 万里もそれに気がついて声をかける。万里はどうか分からないが、千景の眉間に刻まれたしわに、至は気づいてしまった。
 それはほんの一瞬で平らになって、気のせいだったと済ませてしまえる瞬間だけ。
(ヤバ、い)
 ぞわりと、鳥肌が立った。
 密とのやりとりを聞いてしまったことを、千景が知っているとしたら、それはとても危険なことではないのか。睨まれたのは、気のせいではない気がするのに。ディセンバーの正体を知ってしまった至を、千景は放っておくか。
「ちょっと、熱気に当てられちゃってね。万里はどうしたの? 茅ヶ崎も」
「あー、えっと」
「さっきガチャやったらドブだったんで、ヘコんでる俺を慰めてくれただけですよ」
 言葉を濁す万里を遮って、至は状況を作り上げる。廃人ゲーマーである至をして、無理のないもの、というか、わりとよく見られる日常茶飯事だ。
「ああ……なるほど、ゲーム仲間なんだって? 仲いいんだな」
 千景はそう言って笑うものの、瞳が少しも笑っていないような気がする。それは以前からだったが、さらに噓くさく見えるようになったのは、気持ちの問題だろうか。
(気づいてなかった? それとも……他のヤツがいるから泳がせてるだけ?)
 千景が何を考えているか、さっぱり分からない。密に接触できたから、その他のことはもう、どうでもいいのだろうか。
(あり得る……。俺なんか、眼中にない、ってね……)
「万里、もう平気だから。ありがとな」
 それ以上千景を見ていたくなくて、至は早々に談話室へと戻る。賑やかなパーティーに紛れていれば、千景を疑う自分を覆い隠してしまえると。
 夜遅くまで繰り広げられた歓迎会で、至が千景の傍に行くことはなかった。



 千景は、談話室のソファで手品の練習をする劇団員たちに囲まれながらも、意識をひとりの男に集中させた。
(茅ヶ崎は……もしかして)
 窓際で、携帯端末を片手に他の団員たちとにこやかに話す、千ヶ崎至へと。
 先ほどディセンバー――御影密と接触した。
 記憶喪失などという責任逃れを平気で行う男に。
 どれほどあの場で絞め殺してやろうかと思ったことか。
 だけど、それではあの日の真実が知れないし、オーガストがどんな最期を迎えたのか、確認することもできない。ディセンバーには、あの日のことを事細かに説明してもらった上で、悔やんで、苦しんでほしいのだ。
 ディセンバーが苦しむ姿を近くで見たいがために、ここに潜入したのだ。復讐だけが今生きる目的である。
 それは自分でよく分かっているのに。
 分かっているのに、先ほどの光景が頭から離れていってくれない。
 万里に抱き寄せられて、至が安堵したように身を預けているところが。
 ゲーム仲間だと聞いているし、劇団で共に芝居に励む意味でも仲間なのだし、距離が近くなるのも理解はできる。
 今も、楽しそうに話しているメンバーの中に、万里がいた。
 彼に向ける顔は、本当にどの時とも違う。会社にいる時とも、稽古をしている時とも、ゲームをしている時とも、ましてや千景だけが知っているであろう、ベッドの中での顔とも、全然違う。
 心を許している相手なのだと分かる。
 指先が冷えていくようだった。ざわりと肌があわ立つようだった。
(俺には見せないな、あんなところ。まぁ……いいけど、そろそろ潮時だろうし)
 至とは恋人同士ではない。他の誰かと仲良くしていたって、責める立場にはないわけだが、胸のざわめきが収まらない。
 千景は目を細めて、今一度、自分の望みが何なのかを心の中で確認した。


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