No.210

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NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.10.12

#執×監 #両片想い #ウェブ再録

 ある秋の始めの一日だった。 狡噛は爪の先でデスクをカツカツ叩き、どうするかなと心の中で唱える。 重…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

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 ある秋の始めの一日だった。
 狡噛は爪の先でデスクをカツカツ叩き、どうするかなと心の中で唱える。
 重要で重大な分岐点だ、間違った判断をするわけにはいかない。
 いや、たとえ失敗してもこの世が終わるわけでなし、今必要なのはきっかけとタイミングのような気がする。
 今追いかけている事件のことではない。
 メンタルケアのサプリを大量に盗んでいった犯人は今逃走のルートを確認している最中だし、他にやっかいな事件はない。
 広域重要指定事件一〇二のことでもない。
 確かにあれは狡噛の一生涯をかけてでも解決したいものだったが、それとは別のベクトルで大事なことがあった。
 狡噛の視線が、ちらりとそちらへ向く。その対象は、相変わらず様式を成していない縢の報告書を見て項垂れていた。
 視線の対象は、宜野座伸元。厚生省公安局刑事課一係監視官だ。
 彼との間柄は、少し複雑なものになる。
 出逢ったのは学生時代で、親友と呼んで良かった。一緒に公安局のキャリア研修所に進んで、無事に監視官となり、同僚として過ごしてきた。だけど今は上司と部下だ。
 ――――なんでアイツなんだかな……。
 狡噛は視線を正面に戻し、はあー、とため息を吐いてしまう。
 ――――いや、違うな。なんでアイツに惚れてることに今さら気づいたんだか、だ。
 意味もなくキーボードを叩き、単語にさえならない文字がモニターに打ち込まれるのを、ぼんやりと眺めた。
 狡噛慎也は宜野座伸元に恋をしている。
 気づいたのはほんの数日前だ。
 日々の過酷な職務で疲弊したのか、休憩スペースのベンチでうとうとしている彼を見つけ、そっとしておこうか起こしてやろうかと悩んで、眠っているところなんて誰かに見られたくないだろうなとそっと隣に腰をかけ、自分こそが至近距離で寝顔を眺めていたあの日。
 髪をかき分けて、こめかみに口づけてしまった。
 そうしてから、自分がなにをしたのか分からずすぐさま立ち上がったけれど、その振動で宜野座は目を開けてしまい、気づかれたかと思った。
 目を開けた宜野座は、まだしっかりと覚醒していたわけでもなさそうなのにもかかわらず、「狡噛?」と名を呼んできたのだ。
 どうやら気づかれたわけではなさそうだと思うと同時に、せり上がってきた【何か】。
 取り繕って、こんなところで居眠りするなんて珍しいなと揶揄ってやったら、宜野座の方こそ取り繕った態度で寝てない目を閉じてただけだと言い訳をした。
 目を閉じていただけなら、狡噛の気配には気づいたはずなのに。ただでさえ他人の気配に敏感な彼が、気づかないはずがない。
 傍にいても、それが自然だと思ってくれているのかと自分に都合よく解釈し、せり上がってきた何かの正体に気がついたのだ。
 それが恋と呼ぶシロモノだということに。
 だがそれが恋だと気づいても、言えるわけがないと顔を背ける。
 あんなに一緒だったのに、今さら恋しているなんて言えやしない。ましてや、狡噛は彼の嫌悪する潜在犯になってしまっている。
 叶うはずがないなと――諦めた。
 はずだったのに、気づいてしまった恋心はどんどん大きくなるばかりだ。視界に入ればずっと見つめていたいし、声だって用もないのにかけたくなる。
 そもそも見ていて飽きない容姿をしているアイツが悪いなどと責任転嫁し始める頃にはもう、諦めることを諦めていた。
 言うべきか、言わざるべきか。
 問題はそこだ。最近は宜野座が不審そうにこちらを見ていることもあって、そろそろ何らかのアクションを起こさねば先手を打たれてしまう。
 何でもないと言った方がいいのか、好きだと打ち明けてしまった方がいいのか。
 それを考えてため息ばかりを吐いてしまう。
「コウ、最近ため息が多いな。どうした?」
 挙げ句の果てに隣のデスクの征陸にまで言われてしまって、苦虫を噛みつぶした。まさかアンタの息子に惚れちまったと言うわけにもいかず、狡噛はちょっとな、と言葉を濁す。
 どうしたもんか、とまたため息を吐いたら、不意に視線を感じた。
 その視線の元を振り向いてみると、一瞬だけ責めるような不安そうな目をした――宜野座と視線が触れ合う。
 気がついた宜野座が慌てて逸らしてしまったおかげですぐに途切れてしまたったけれど、狡噛の胸を高鳴らせて締め付けるには充分だった。
 もしかしたら彼も、狡噛のため息が多いことに気がついていて、心配してくれているのだろうかと思ってしまったら、もう止まらなかった。
 ――――ギノ。
 あふれてしまう。
 気にかけてくれていることがこんなにも嬉しいなんて、自分は思ったより単純な生き物だったんだなと、狡噛はひとり苦笑した。
 狡噛はそのまま席を立ち、宜野座のデスクへと向かう。彼はその気配に気づいているだろうに、声をかけるまであからさまなほど無視してくれている。
 叶わなくてもいい。
「ギノ」
「……なんだ」
「話しがあるんだが、時間をくれないか、今日」
 叶わなくていい、言ってしまいたい。
 告げたあと自分の気持ちがどうなるのか知りたい。宜野座がどんな反応をするのか見たい。
 狡噛の真剣な眼差しと声に一度だけ視線をくれて、宜野座は口を開く。
「ここでは話せないものなのか?」
「……話せないことはないが、できればお前だけに聞いてほしい」
 テラスへ行くか休憩スペースか、さすがに廊下じゃ無理か、と狡噛が思案していると、宜野座はちらりとモニターの時計を見やり、分かったと呟いた。
「仕事が終わってからでいいな? 勤務中に貴様に割いてやる時間などない」
「あ、ああ……それでいい、すまんな」
 宜野座はそれ以上なにも言わずにモニターとにらめっこしながらキーボードを叩く。狡噛はぱちぱちと目を瞬いて、デスクに戻ってから緩んでしまう口許を隠すように煙草を取り出しくわえる動作で口を覆い隠した。
 分かって言っているのだろか、彼は。
 仕事が終わったあとということはプライベートな時間であって、仕事中に割いてくれない時間をそこで割いてくれるということなんだが、と宜野座の不器用な優しさに鼓動が速くなる。
 こんな些細なことで浮かれてしまうなんて、人生何が起こるか分かったもんじゃない。狡噛は普段後回しにしてしまう報告書を早々に片づけて、仕事のあとの逢瀬に備えた。




「コーヒーでいいか? と言っても、あとは水くらいしかないがな」
「あ、ああ……コーヒーで」
 仕事が終わったあと、宜野座を伴って官舎に帰ってきた狡噛は、宜野座にソファを勧めキッチンに立つ。自分以外のために煎れるコーヒーは、熱すぎないよう気を遣った。
 宜野座はソファに腰をかけてくれたが、どうしてか緊張しているように見える。もしかして、気づかれているのだろうか? と狡噛は横目で彼を見やった。
 正直、宜野座は恋愛方面に疎いところがある。学生時代や監視官に成り立ての頃にアプローチをかけてきていた女性たちに気づきもしなかったのだ。
 その彼が、この気持ちに気づくだろうかと考えた時、否定と同じくらいの強さで自分のことだからだろうかと自惚れる。
 かつて相棒と呼び合った仲だ、全然知らない相手とでは比べるべくもない。
 まあどうせ言ってしまうのだし気づかれていても支障はないなと、コーヒーカップを二つ手に宜野座の元へ歩んだ。
「ミルクと砂糖入れておいたけど、よかったか」
「……ああ」
 宜野座の前にカップを置き、狡噛は彼の右手のソファに腰をかける。どう切り出したものかと、思考をまとめるためにコーヒーを一口、含んだ。
「そ、それで……話しというのは」
「ん? ん、ああ……それなんだがな」
 宜野座の拳が膝の上でぎゅっと握られている。眉間のシワが増えている。
 この気持ちに気づいていてこの態度なら、やはり望みはないなと、狡噛は逆に落ち着いてしまった。
「今さら何をと思うかもしれんが、どうも俺はギノに惚れてるらしくてな」
 カップをテーブルに置き、膝の上で手を組んで、宜野座の方に顔だけ向けて、告げた。苦笑まじりになってしまったのは、望みが薄いと分かったからだろうか。
 宜野座の反応はというと、俯き加減で拳を握ったまま体を硬直させている。
 そんなに驚いたのだろうかと思った一秒あと、
「なんだ、そんなことか……」
 はあーと大きく息を吐いて、宜野座は糸が切れたように力を抜いてうなだれた。
「……そんなこと?」
 決死の覚悟とまではいかないが、それなりに重要で重大な気持ちのつもりだった。それは宜野座にとって【そんなこと】ですませてしまえるものなのかと気分が沈む。
「お前が深刻そうな顔してるから、俺はてっきり何か重い病気にかかったとか、サイコパスが著しく悪化したとか、そういうことだと思っ……なんだと?」
 宜野座は垂れた頭を支えるために額を押さえて、危惧していた可能性を吐き出す。
 だがそういう深刻なことではないと分かって、安堵したらしい。
 執行官を監視し管理する立場として、そういった変化には対処しなければいけないが、人材が不足している中でいったいどうするべきかと考えていたのだろう。
 そうした安堵のあと、改めて狡噛の言葉を認識したのか、ゆらりと顔を上げて振り向いてきた。
「貴様……今なんて言った」
「なんだ、認識してなかっただけか。そんなことって言われたから、本当に駄目なんだと思ったんだが」
 宜野座が認識していなかったことに、狡噛の方こそ安堵した。そんなこと扱いされたことに思ったより落ち込んでいたらしい。
「どっ、どういうことだ狡噛」
「どういうことだってお前」
 宜野座が驚愕と不信さを混じらせた瞳で見てくる。狡噛は腰を上げ、宜野座が反射的に腰を浮かせる寸前で彼の両側に手をついた。
「それはもう一度聞きたいってことでいいんだな? ギノ」
 そうやって少し上からの視線で宜野座を見下ろす。接近してみて初めて、彼の頬がほんのり染まっていることに気がついた。
「よ、良くない、退け!」
「お前に惚れてる、ギノ」
 狡噛は再度、今度は宜野座を正面にして告げる。見る見るうちに彼の顔が染まっていくのが、とても嬉しかった。
「ふ、ふざけたことを抜かすなっ」
「別にふざけてなんかないぞ。本気だ。恋人にだってなりたいし、許可が出るならこのままキスだってしたい」
「キッ…………出すかそんな許可! いいから退け! そんな話しならもう帰る!」
 力任せに押しやられ、ソファについた手が離れてしまう。だけどここで逃すわけにはいかない。【そんなこと】から【ふざけたこと】に変わったのは進歩なのかどうか。
「おい待てよギノ」
 立ち上がって出口へと向かいかける宜野座の手首を掴んで引き留める。せめてこの気持ちを否定しないでほしいと思うのに、宜野座は振り向いてもくれなかった。
「俺の気持ちは迷惑でしかないのか」
「迷惑だ。今さら……そんなことを言われても、応えられるわけないだろう」
「かけらも、可能性はないのか? この先ずっと……元相棒、でしかいられないのか」
 最初にその絆を断ちきってしまった自分が言えることではないのだが、と狡噛は心で思う。しかし、そんな身勝手を通してでも宜野座に分かってほしい。
「可能性があると思っているのか」
「あればいいと思っている」
「勝手な男だな。お前が本気らしいことは分かったから、もう離せ。帰る」
 宜野座の冷たい声が突き刺さる。狡噛は、仕方なく掴んでいた手首を解放した。
 想いを理解はしてくれたようだが、迷惑だ身勝手だと言われてしまっては、もともとなかった望みも空気のように消えていく。
「……すまん。来てくれて礼を言う」
 恋が叶わないからといって、生きていけないわけではない。
 やるべきことがあるのだし、落ち込んでいる暇などないと思っているのに、考えていたよりずっと心が沈んでしまうものなのだなと、狡噛は宜野座の座っていたソファにドサリと腰を下ろした。
「ギノ、身勝手ついでに言うが、今フラレたからといって簡単に諦められるものでもないんだ。いつか自然に忘れるまで、好きでいさせてほしい」
 一度知ってしまった想いは、なかったことにはできない。そんな日がくるかは分からないが、ただの上司として見られる時まではこのままいさせてほしい。
「狡噛」
 少しの沈黙のあと、宜野座の声が耳に届く。狡噛は顔を上げ、視線の先にようやっと振り向いた宜野座を確認した。
「迷惑だとは言ったが、可能性がないとは言ってない」
 眉間にシワを寄せて、染まった頬を自覚してかしないでか眼鏡を押し上げながら、不遜な口調で彼は呟く。
 狡噛は宜野座を見上げぽかんと口を開けたが、すぐさま立ち上がり、目線を同じ高さにした。窺うように指先を絡ませ引き留めて、訊ねる。
「あるんだな、可能性。それは、口説いてもいいということか?」
「かっ、可能性がないわけじゃないというだけで、俺が貴様に惚れるかどうかは別っ……」
「どれくらいあるんだ」
 可能性がゼロでないなら、叶うのかもしれない。狡噛はこの機会を逃すものかと、詰め寄った。宜野座はその勢いに負けてか、視線を泳がせて呟く。
「じゅ、十二パーセントくらいだ」
「お前日付で適当に言ってるだろギノ」
 今日は十月十二日、おそらく狡噛の指摘は当たっている。現に宜野座の頬が赤さを増した。
「ギノ」
 染まったその頬に手を添えて、狡噛は宜野座の口唇に自分のものを重ねた。
 衝動的なものだったが、触れた時間は三秒くらい。
「な……っ」
 口唇を離せば当然目を見開いた宜野座がいて、だが狡噛はしまったと後悔するより口唇の感触に酔う方が重要だった。
「何してる貴様!」
「何って……口説こうと思って」
「貴様は口説くのとキスがイコールなのか!? ふざけるな、前言撤回だ!」
 染まる肌の範囲が広がって、耳まで赤くなる。狡噛の体を突き飛ばし宜野座は叫んだ。
 なるほど本命相手には捜査みたいにぽんぽんと言葉が出てこないのだ、と狡噛はここで初めて気がつく。知らなかった自分の一面だ。
「あー、すまん自分から口説いたことがなくて勝手が分からん。あとお前の口唇気持ちいいな」
「しっ、知るか勝手に言ってろ! あと職務にそういうのを持ち込んだらドミネーターで撃ち抜いてやるからそのつもりでいるんだな!」
「あ、おいギノ」
 まったく悪びれもせずのたまう狡噛に、宜野座は声を張り上げ、そのまま体を翻す。呼び止めた狡噛の声もわざと聞こえないふりをして、部屋を出ていった。
「さてどうやって口説けばいいんだろうな……」
 可能性がないわけではないなんて期待するようなことを言われたら、試さずにはいられない。どんな攻め手が有効なのか分かりやしないが、そうやって悩む恋もいいだろう。
 もう一度あの口唇に触れたいと狡噛が自分の口唇をなぞった頃、玄関のドアの向こうで宜野座はあまりの衝撃に混乱し赤い顔のままうずくまっていたという。


アンソロに寄稿したもの
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