- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.85, No.84, No.83, No.82, No.81, No.80, No.79[7件]
Please marry me!-010-
慰霊式典に合わせて、ギリアムの密葬を行った。
こんな風に死んでいい人間ではなかったと思うけれど、兵士に死は付き物だ。こんな風にしか死ねなかったかもしれないと、ミハエルはそれを見送って目を閉じる。
かけ声によって行われる全員の敬礼は、心の底からのものだった。
「ルカ、ミシェル、お前らも立ち会え。あいつの答えを聞かなきゃならん」
「隊長、でも……アルトは」
躊躇うミハエルを、オズマ・リーは振り返る。その瞳は、確信に満ちていた。
「お前ももう、分かってんだろ。あいつなんじゃないのか? お前の相棒になるべき人間てのは」
「隊長」
オズマはそれ以上何も言わずに歩みを進める。オズマが言うのは戦場でのパートナーだということが分かるが、ミハエルは俯いて目を伏せた。
―そう、なれるんなら……。
なるべき人がいるのなら、アルトでしかあり得ない。
オズマの向かう先に、その人がいる。いつもと違ってネクタイをきっちり絞めているのは、ギリアムへの敬意だろうか。
「国のために命を賭しても、国を挙げての葬儀は行われん。事故死扱いされ、報奨金さえ支払われない」
オズマはアルトに向かって、民間軍事会社S.M.Sのあるべき姿を説いていく。一言一句聞き漏らすまいと、アルトの視線は突き刺すようにオズマを追っていた。
「それでも構わない。死ぬ時は、……誰だって一人だ」
「ふん、……ヒヨッコが、一人前に言いやがって。いいだろう、入隊を許可する。早乙女アルト、明朝〇八〇〇時、宿舎に入れ!」
「イエッサー!」
それは明日からだ、とオズマに小突かれてアルトは首を引っ込める。ミハエルは、それをどこか他人事のように眺めていた。
「お前ら、こいつのことは任せるぞ」
「はーい」
ルカが嬉しそうに笑って、オズマを見送る。気が抜けたのか、アルトからも大きなため息が聞こえてきた。
「アルト先輩、これからは職場でも一緒ですね! よろしくお願いします!」
「ああ、ルカ」
素直に喜んでくれる後輩に、アルトは笑って返す。少なくともルカは、歓迎してくれている。
問題はもう一人だと、アルトは視線を移した。
「ミシェル」
呼ぶ声に、ミハエルはハッとして顔を上げる。そこには、友人の顔をした早乙女アルトがいた。
「あ、ああアルト、こうなったら……とことんしごいてやるからな」
「そりゃどーも」
言って、アルトはポケットから指輪を取り出し手の上で放って見せる。ふたつのそれはカチャリと音を立てて、三度ほどアルトの手のひらを舞った。
「歯ぁ食いしばれよ」
そうしてそのふたつを強く握りしめ、ミハエルの頬へと迷いもなく拳を繰り出した。
あ、とルカが声を上げるのと、ゴッと響く鈍い音が重なり、その一瞬あとに、ミハエルが踏ん張った靴の音が聞こえた。
「……っつ……」
「あ、アルト先輩!」
いきなり何をとルカはアルトを振り向くが、当の本人は開いた拳の中に転がる指輪を眺めていた。
「スッキリした」
清々しく呟くアルトを、ミハエルは頬を押さえながら振り向いた。
「気が済んだなら、そりゃおめでとう」
弁解も抗議もせずに、口の中にわずかに広がった血を飲み込む。これでもう、アルトの中の想いはケリがついたのだろうと、身勝手にも寂しさに眉を寄せた。
「ミシェル、俺の用はまだ終わってないぜ」
「アルト?」
「今日ここに来たのは、入隊の意思を伝えるのと、お前とのことにケリ着けるためだ」
それはよく分かるよ、とミハエルは呟く。誓い合った指輪を握りしめた拳で殴るなんて、決別以外のなにものでもないだろう。
「ルカ、ちょっと立ち会ってくれないか」
「え? あ? は、はい?」
アルトから急に話を振られて、ルカは応答を躊躇った。込み入ったことになりそうだしそろそろこっそり退散しようと思っていたのに、とわずかばかり眉を寄せながら。
「ミシェル」
「え?」
アルトはすっとミハエルに向かって手を差し出した。ミハエルは目を見開かずにはいられなくて、瞬きが止まる。
「もう一度、はめてくれ」
アルトの手のひらには、指輪がふたつ。昨日まで、確かにアルトとミハエルの薬指にはまっていた、それ。
「入隊した理由に、お前が関わっていないって言ったら多分嘘になるけど……死ぬ時にはひとりでも、後悔はしたくない。だから俺は」
戦場というものを、本当の意味では知らない。先日触れたものなんて、ほんの一角に過ぎないだろうことは、アルトにだって分かっている。
それでも。
「お前と生きるためにここにきたんだ」
アルトの視線はまっすぐにミハエルを指し、その想いを告げる。
バジュラが攻めてきたということは、どこにいても危険なことには変わりない。だったら、大切な人を守るために大切な人と一緒に戦いたい。
「アルト……」
「ミシェル、答えを」
差し出した右手が、わずかに震える。
そこを陣取るふたつの指輪を、ミハエルはじっと眺めた。少しだけ重なるリングは、自分たちの未来だろうかと考えて苦笑した。
「こんな臆病なヤツで、お前はいいのか?」
「お前が臆病なんてこと、前から知ってる」
そうだったな、と口角を上げて、ミハエルは手を伸ばした。指でつまみ上げたのは、アルトがはめていた指輪。
「三度目の正直かな」
アルトの左手をすと持ち上げる。求婚をするのは、これで三度目だった。
「ありがとう、アルト」
選んでほしくなかったけど選んでほしかったと、複雑な想いを声に乗せて、ミハエルはもう一度アルトの薬指に指輪をはめた。その上から落とす口づけは、最後の誓い。
「ミシェルにも」
右の手のひらにひとつ残った指輪を、アルトは指でつまむ。恥ずかしそうに、だけど幸福そうに左手を持ち上げて、アルトもミハエルの薬指に指輪をはめた。
「もう、外すなよな」
固定する接着剤でもつけるようにキスをして、アルトは顔を上げる。
「よかった、仲直りされて」
ほうっと大きな息を吐きながら、ルカは大仰に安堵してみせた。関係のもつれた二人の間でなんか、いつも通り過ごせるはずがないと感じていたから、本当に元に戻ってよかったと。
「悪かったなルカ、心配かけて」
「あとはお式ですねっ! 盛大に祝わないと!」
「はっ!?」
「へっ!?」
万歳をしたあとにぐっと拳を握りしめて、ルカは嬉しそうに口ずさむ。アルトも、さすがにミハエルも素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……って、え? お式挙げるでしょう?」
「ホントに挙げんの……?」
バジュラが攻めてきてしまった今、そんな心のゆとりはない。誓いのリングがまたお互いの指にはまっただけで充分だと思っていたのに。
「なに言ってるんですかもったいない! 一生に一度なんですよ?」
先走るルカをどうにか止めようとするけれど、彼の中ではもう式を挙げることが決定してしまっている。
「そうだ、この間話してたドレス! ナナセさんに、明日ちょっと相談してみます!」
「あ、おいルカっ……」
「あ、ミシェル先輩はアルト先輩に宿舎案内してあげてくださいね」
僕これから忙しいんでと否応なしに押しつけて、ルカはたかたかと駆けていく。呆気にとられて、あまりにも突然の展開に開いた口がふさがらなかった。
「し、式だってさ……」
「あの様子だと冗談ってわけでもないんだろうなあ……」
ルカの走り去った方向をふたりで眺めて、少しの沈黙を楽しむ。いつの間にかつながれた手に気がついたけれど、離そうとは思わなかった。
「だけどルカのあれは、八割ほどナナセと話す口実だぞ」
「ああ、……そっかそういえば」
ルカはナナセに想いを寄せていたんだっけとアルトは苦笑した。他人の色恋を心配するより、自分の恋を成就させればいいのにと。
「でも、いいよ別に。みんながお前とのこと祝福してくれるんならもう、なんだって」
「うん、俺はお前のプロポーズ受けたし、アルトも俺のプロポーズ受けてくれたし、こんな幸せなことないよね」
戦いの世界に足を踏み入れながら、同時に生涯の幸福を手に入れる。
引かれあっていく口唇を重ねて、もう離れることのないようにと強く指を絡めた。
「明日学校行ったら、ナナセに話してみようか」
「話す前にあっちから来そうだけど」
「ははは、確かに。とりあえず、宿舎案内する。引っ越しは追々ってことでいいか?」
「ああ、頼む」
これからずっと、同じ世界で生きていける。違う世界で生まれたふたりが、誰にはばかることなく同じ世界で。
ふたりは宿舎に向かって歩きだして、改めて互いの気持ちを確かめ合った。
病めるときも 健やかなるときも
命の限り 愛し抜くことを
誓います
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
Please marry me!-009-
アルトの耳に入ってくるのは、ミハエルの冷たい声だけだった。
まだ、混乱している。
これからどうすればいいのか。
宙に浮かんだままの憤りと、彼への想いはどこにやればいいのか。
体が震えた。今から思い起こしてみれば、あんな化け物を相手によく戦闘機なんて動かせたものだと。
あの時は必死だったのだ、ただ、目の前にいる者を助けなければと、その思いひとつで。
―あの時はああするしかなかった。
そうせざるを得ない状況だった。好むと好まざるとにかかわらず、戦闘が必要だったのだ。
―だけどミシェルは……違うんだな……。
ミハエルは生まれた時からあんな世界にいたのだ。今までどんな思いで戦闘機に乗ってきたのだろう。住む世界が違うと言った彼の静かな声が、耳について離れない。
片や歌舞伎界しか知らなかった男と、片や宇宙の戦闘しか知らされなかった男とでは、天と地ほどの開きがある。
この世界にあんな化け物がいたことよりも、ミハエルがそれを知っていて、それを排除するための機関にいたことの方がショックだった。
命の危険があるのかと問えば、それにはイエスとしか返ってこないはずで、それは応戦したアルトにもよく分かっている。
―アイツ、いつも……あんなっ……あんな世界にいたのかよ……!
それでも彼は、他のクラスメイトと何ら変わりなかった。いつだって笑って、怒って、たしなめて、なだめて、ほら何でもないことだろうと囁いてくれた。
その彼さえもが、こんな世界に巻き込まれなければいけないなんて。
「ミシェル……」
もっと他に考えなければいけない重要なことがあるのに、浮かんでくるのはこの同じ銀河に生きている彼のこと。
アルトは俯いて額を押さえた。その左手には、ついさっきまではまっていたリングがない。ふたつともアルトの手元にはあるけれど、ひとりではめていたって意味がない。
涙が溢れてきた。
裏切られたような気分になる。
「なんで……なんでミシェルは俺に好きだなんて……言ったんだ」
知らないままでいられたら、どんなに良かったことか。
ミハエルの気持ちも、自分の気持ちも、宇宙も、戦いも。こんなにミハエルを求める、胸の痛みも。
「なんだよ、一緒に生きるって……!」
空に憧れる気持ちは本当だ。
ミハエルを想う気持ちも本当だ。
だが彼は、守秘義務があると言って、船団の存続にかかわるような大事なことを話してくれなかった。それをミハエルの口から聞くならまだしも、実際はアルトが偶然居合わせたことによって、ただバレただけ。
その上、今さら指輪を取り上げられた。
一緒に生きていこうと言ったのに、納得なんかできるわけがない。
命が関わっていようと、住む世界が違っていようと、大切なのはお互いの気持ちじゃないのか!と歯を食いしばったところへ、聞こえてくる歌声。
アルトはハッと顔を上げた。
「……ランカ?」
その歌声の方へ走り、その少女を見下ろす。あんなことがあったにもかかわらず、少女は変わっていない。
「アルトくん!」
緑の髪の少女は、現れた自分の日常に、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て思う。
―ああ……そっか。
あの時の自分の判断を後悔はしていないと。
たとえあの時、オズマの機体が救援に来ずに命を落としたとしても、あの時あの場にいた自分の行動を、否定するべきではない。
「日常って、こんなことでもないと実感しないもんだね。普段何気なく過ごしてるのに、あっけなく壊れちゃうもんなんだなって思うの」
朝起きてご飯を食べて学校に行って、友人と談笑して兄と喧嘩をして、いつのまにか仲直りして、そしておやすみなさい、繰り返し。
そんな当たり前の生活が、たったひとつのきっかけで壊れてしまうことがある。
「だから生きていられるうちに精一杯のことしなきゃって、思ったんだ」
「さっきの……歌か?」
「私ね、小さい頃のこと、なんにも覚えてないの。あの歌だけ、ずっと覚えてる」
オズマに聞いた、ランカの孤独。
自分が知っている彼女からは、そんなこと少しも感じられなくて、驚いたものだ。
「この歌だけ覚えてるってことは、何か大事な意味があるのかも知れない。アルトくんとか、ナナちゃんやミシェルくん、ルカくんたちに逢ったのだって、なにか大切な意味があったのかも」
ハ、と息を吐く。
いつだかアルトも、同じようなことを思わなかっただろうか。
「だから届けたいんだ、私の歌。私はここにいますって、もしかしたら待っててくれてる人が、いるかもしれないから」
空に惹かれたのは、何か意味があったのかもしれない。ミハエルに出逢ったのは、大事な意味があるのかもしれない。
あの時あの場所にいたことだって。
「ねえアルトくん、聞いてくれる? 私の歌」
「ああ、ランカ」
「ありがとう!」
少女は幸せそうに口唇を開く。ただそうすることが嬉しいと言うように。
アルトはその歌声に耳を傾けながら、リングのない左の薬指を、そっと見下ろした。
―ただ、そうすることが嬉しい、……か。
アルトは空を見上げる。夕焼けの赤い空に果てがあることは知っていたが、その空を飛びたいと思ってそうしたことを、忘れたわけではない。
空を飛ぶためにミハエルに出逢ったのか、ミハエルに出逢うために空に惹かれたのかは分からない。
口の端が、知らず緩む。
――――戦いの空でも、その先に本当の空が……アイツがいるなら、俺は……。
ぎゅうっと、手を握りしめる。
あの日VF-25のグリップを握った手を。
いつも人工の太陽にかざしていた手を。
ミハエルとつないだ手を。
リングがはまるべき、手を。
――――ミシェル……。
想って吐き出す息が、とても熱かった。
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
Please marry me!-008-
アルトは、握りしめた拳を震わせる。怒りなのか嘆きなのか、もっと別の感情なのかは分からなかった。
「隠してたのって、これか」
絞り出したその声は、音になっていただろうか。
視界が震えて、相手の表情を見ることができない。それでも、二人になるまで我慢したのは褒めてもらってもいいだろう。
「なんでこんな大事なこと黙ってたんだミシェル!」
「守秘義務ってもんがあるんだよ!」
ガッと胸ぐらを掴んで責めてみたけれど、ミハエルの方も正当な言い分はある。
バジュラと名付けられている宇宙生物の襲来は、ある程度予測されていた。軍事に関わりのある一部の者には、その存在は知らされていたのだ。もしその攻撃がこの船団に及んだ時には、命を懸けて阻止せよと。
だが、こんな未来は予測できなかった。
アルトがバジュラに遭遇したどころか、戦闘機で応戦してしまうなんて。
「守秘義務で済まされるか! お前が……あの化け物倒すために戦場に出てって、俺が平気でいられるとでも思ってたのかよ!」
「俺だってな、こんな形で知られたくなかったよ! フロンティアが平和なら、俺たちは必要なかったんだ!」
「ミシェル!」
力任せにエレベーターの壁にミハエルを押しつけて、ようやく正面から彼を睨んだ。
けれど、睨んだはずのアルトが、逆に気圧されてしまう。
「お前と俺は、もともと住む世界が違ってたんだよ」
今まで見たこともない、鋭い瞳が突き刺さる。
「ミシェ……ル」
隠しておかれた、その事実をアルトは責められない。それでいいと言ったのはアルト自身だ。
だけどこんな深刻なことだったなんて。ほんの少しでも話してくれていたら、こんなに憤りが溜まることもなかったかもしれないのに。
「アルト、頼むからこっちに逃げてくるな。戦闘機乗りなんてな、市民を守るなんて大義名分振りかざしても、必要とあらば人を殺すんだ」
低い静かな声が、アルトに責めるのを躊躇わせる。
いったいいつから、この世界で生きているのだろうと考えて、思い出す。両親も、姉も軍人だったと言っていたことを。
まさか、生まれたその瞬間から。
アルトが、生まれたその瞬間から女形という道を歩んできたのと同様に、ミハエルも戦いの道を歩んできたのか。
そのことに気がつかなかった自分に気づいて、胸ぐらを掴む手が緩む。
どこかで気がついてもよかったはずなんだ。あんなにも自由自在にEXギアを操る不自然、チームメイトの誰よりも先を見据えている不自然、その歳の割に大人びた顔をする不自然。
「お前まで、この手を汚すことない」
「ミシェル!?」
緩んだ手を取り、包み込むように触れてきたと思ったら、左の薬指から指輪を抜かれる。
「ミシェル、いやだ!」
指を折り曲げて阻止する暇もなく、誓い合ったシルシが奪われていく。
「返せよミシェル!!」
ミハエルの手の中に移動してしまった大事な指輪を取り返そうと、つかみかかる、けれど。
なだめるような口づけに、目を瞠った。
「俺たちは、触れ合うべきじゃなかったんだ」
言って、ミハエルは自分の薬指からも指輪を引き抜く。
ふたりだけで約束し合った日々が、根本から否定されていくようで、アルトはふるふると首を振った。
「ミシェ……いや、いやだ……こんなの」
「ここは舞台とは違う、現実なんだ」
「そんなの分かってる! 俺はお前と一緒に……!」
「いいや分かってない。俺がいるからとか、そんな半端な気持ちで、こっちに足を踏み入れるな。今のままのお前じゃ、いずれ自分が死ぬか、……誰かを殺す」
体中の血が全部、サァッとつま先へ流れていったような感覚に陥る。指の先まですべてが冷えて、本当に自分の体なのかも分からなかった。
チンと音がして、エレベーターがロビーに到着する。開いていく扉は、同時にお互いの距離を開いていった。
「じゃあなアルト。友人として、忠告しておくぜ」
ふたつの指輪をアルトの手に握らせて、ミハエルは背を向ける。
それを引き留める余裕もすがりつく暇もなくて、アルトは俯きながら病院を後にした。
「返しちゃったんですか、指輪」
宿舎のベッドに寝ころんだミハエルに、ルカは責めるようにも呟いた。
「放っとけよ」
「そんなこと言われても、僕はいちばん傍でお二人を見守ってきたんですから、見過ごすことはできないですよ」
しゃがみ込んで、ルカは膝を抱える。
左手を頭の下に敷いて隠すミハエルを、不器用だなあと思いながら。
「でも、二十四時間だなんて短いですよね。僕すっごい悩んで入隊したのに、それでなくても経験の浅いアルト先輩が、どうするかなんて……考えつきません」
アルトが、侵入してきたバジュラと対戦したのは、本当に運命のイタズラとしか思えなかった。
あの時あの場所に、バルキリーを操作できる者がいたのも、それがアルトだったのも。
「あいつは来ないよ。ここで生きるような人間じゃない」
もっと綺麗な世界で生きていられる、自分とは違う世界の人だ、とミハエルはゴロリと壁に向かって寝返りを打った。
「それを決めるのは、ミシェル先輩じゃないですよね」
「ルカ」
「怒らないでくださいよ。僕らだって、誰かに促されたわけじゃないじゃないですか。決めるのは、アルト先輩ですよ」
複雑です、とルカも呟いた。
アルトが入隊してくれれば嬉しい反面、人生が一八〇度変わってしまうことを、彼が許容できるか、分からなくて恐ろしい。
戦闘で死んでいい人間なんていやしない。だからといって選ぶ権利をもぎ取るわけにもいかない。
「お前はやけにアルトの肩もつよな」
「僕は、アルト先輩のファンですから。もちろんミシェル先輩とは違う意味で、ですけど。ちゃんと仲直りしてくださいね」
ふふ、と笑って、可愛らしい顔をした後輩は部屋を出ていく。
考えないようにしていたのに、直球で掘り返されて心臓が揺れた。その上ろくに切り返すこともできなかったなんて。
「……くそっ……」
ミハエルは指輪のはまっていた薬指を眺め、拳を握りしめて額に当てる。
同じ世界に足を踏み入れないでくれと思いながらも、求めるのはやっぱり一人だけだった。
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
Please marry me!-007-
まだ少し湿った髪からほのかに香ってくるのは、同じシャンプーのにおい。
「おんなじだな」
「まあ、そうなるよな」
そう広くはない一人用のベッドの上で、ミハエルの素肌とアルトのローブが重なっていく。
ロッカーで何度も見てきた裸体だけれど、場所やシチュエーションが違うとこんなにも別物に見えてしまうのか。アルトはそっと手のひらで触れた。
「ドキドキしてる」
「そりゃするって。ずっと……想像の中でしか抱けなかった子が今、目の前にいるんだぜ」
「スケベ」
「なんとでも」
もう覚悟決めたからと口の端を上げるミハエルに、アルトは頬を染める。
そうかこれが撃墜王の顔なのかと、とても新鮮で恥ずかしくて嬉しかった。
口唇が触れる。押しつけ合う。開いたその中に自分を押し込めて、絡める。
首に、背中に回る腕は、大切なひとを愛しそうに抱きしめた。間にあるローブが邪魔だなんて思うが、今はそれを取り去るよりもキスをしていたい。
「ん……ミシェ……」
吐く息と一緒に名前を呼んだら、嬉しそうに鼻先をすり合わせてくる。両頬を包まれて、手のひらから伝わってくる体温に、アルトはホッとした。
「思ったより、肌白いんだな」
「そうか? 稽古とかばっかで陽に当たる機会なかったしなあ……くすぐって」
首筋を、肩を撫でていくミハエルの緩慢な仕種をじれったいと思いつつ、降ってくるキスは素直に受ける。
「あーもう……すげえドキドキする、どうしようアルト」
「知るかよ、もー……俺だってドキドキしてんだから」
対処方法なんて分かるわけないだろと、ミハエルの髪をかき混ぜてみる。いつも整っているはずの髪は全部おろされて、それがまたアルトの心をくすぐった。
「わっ」
「もうちょっと色っぽい声出してよ」
「し、知るかバカぁっ!」
胸の突起をさらりと撫でられて、アルトの声が上がる。色気のない声にミハエルは笑い、抗議したアルトの胸に顔を埋めた。
「あっ……、ばか、ミシェル」
たかが舐めたくらいでバカ呼ばわりされるのもどうだろうと思いつつ、ミハエルは舌の動きを止めようとは思っていない。
可愛らしいピンク色の乳首は本当に美味しそうで、遊ぶ口唇も嬉しがっている。
「ふ……っう、あ、や」
アルトの反応も悪くなくて、ミハエルは口の端を上げた。
「アルト、可愛い」
「かわっ……いいとか言うなっ……」
恥ずかしそうにそっぽを向く仕種は、狙っているとしか思えなくて、ミハエルはこくりと唾を飲む。今のところどうにか保てている理性が、果たしていつまでもってくれるだろう。
「ホントのことだから、しょうがないよ」
「あっ、ミシェル……っ」
ローブの前を割って脚を撫で上げれば、驚くほどアルトの肩が揺れる。
察して手を止めたミハエルを、いやだ違うと引き寄せて、
「お、驚いただけだからっ……」
口唇のすぐ傍で熱い息を吐き出して誘う。これから起こることより、ここで止まってしまうことの方が怖い、とアルトは首を振って伝えた。
「大丈夫、アルト……ここでやめられないのは、俺だって一緒だよ」
「ん」
アルトの息を奪うように吸い込んで、そのまま口唇を合わせる。
ローブのひもを解いて、露わになった肌を撫でる。口唇を合わせたままでは、アルトの可愛らしい声が聞こえないなとも思ったが、こうしている方がアルトの体の緊張が少ないような気もした。
「やっ……ミシェル、あの」
「大丈夫、アルト……怖がんないで」
腹を撫で、形を変えかけていたアルトに触れた。思わずミハエルの体を押しやってきたアルトを、できる限り優しく見下ろして囁く。
「自分でしたことくらいあるだろ?」
「……そりゃ、あるけどっ……恥ずかしい」
ミハエルは続けようとした言葉を飲んで、かくんと項垂れた。
「だからもーそういう可愛いこと言うなって頼むから。理性吹き飛ぶ」
「我慢してんのか?」
可愛い云々よりもアルトにはそっちの方が気になって、体を起こす。いいと言ったはずなのに、ミハエルはまだこちらを気遣っているようで気に食わない。
「そうじゃなくて、ちゃんとゆっくりしたいの。だって初めてアルト抱くんだぞ。ちゃんと……覚えておきたいじゃないか」
だけどミハエルの方も引き下がらずに、楽しそうに口にする。
「そう……なのか」
そんなことを言われてしまっては、そうかじゃあよろしくと言ってしまう他にない。
「だから、アルトがさ、どんなことが気持ちいいのか、どんな目で俺のこと見てくれるのか、どんな声出してくれるのか……全部教えてよ」
「あ」
くいと先端を握り込まれて背がしなった。
快楽におぼれてしまうことはやっぱりまだ怖いけれど、目の前にいるのがミハエル・ブランなら大丈夫だと、安堵感がアルトを包んでいく。
どんなことが気持ちよくて、どんな目でミハエルを見て、どんな声を出すのか、アルトはそれを伝えるように丁寧に呼吸を繰り返しながら声を上げた。
「ミシェル、ミシェ……あ、ぁ」
ミハエルもそれをひとつひとつ追い、的確にアルトを酔わせていく。
ベッドの上で踊る脚がぶつかり合って、体ぜんぶで触れ合った。
「アルト、力……抜いてろ」
「んっ……」
そうは言ってもうまくいかない。入り込んでくるミハエルの大きさに息を飲んで、しがみついた肩に爪を立てる。
「ゆっくりでいいから」
「んっ、ん……」
短い呼吸を何度か繰り返して、徐々に深く吸い込み吐き出した。整ったところを見計らってか、ミハエルがぐいと腰を押し進める。
「ああっ」
ひときわ高くなった声にミハエルは躊躇いながらも、ゆっくりと入り込んでいった。アルトの背に腕を回して支え、耳元で深く深く、囁く。
「アルト、アルト……愛してる」
「あっ……はあ、っあ」
俺も、と返したいのか、アルトはぎゅうと抱きしめてくれる。
それがまた愛しくて愛しくて、そう思ったらつながったアルトにはダイレクトに伝わってしまった。
「み、ミシェル……これ以上デカくなんなっ」
「ごめんごめん、嬉しくて」
そんなこと気にする余裕ない、と呟くミハエルの額をぺしっと叩いて、アルトはキスをねだる。断るはずもなくて、ミハエルは笑いながら深いキスをした。
目蓋を持ち上げて、視線を絡める。
混ざる唾液を飲んで、舌を絡める。
手を重ねて、指を絡める。
体中ぜんぶでつながって、ふたりで初めて夜を越えた。
動けないと大きなため息をつくアルトに、何度も何度もごめんと囁いて、肩を撫でる。
「悪いと思ってないだろお前。そんなニヤけた顔しやがって」
「だって幸せ過ぎて」
締まりのない顔を隠しもせずに、しゃあしゃあと言ってのける婚約者に、もはや怒る気も失せてしまった。
この男を許容したのは自分だ。そして自分を許容してくれるのもこの男だけだろうと、アルトは思っている。
まだ知らないことだらけだけど、それは出逢ったあの瞬間にきっと決まっていたに違いない。
運命なんて、言ったもの勝ちだ。
出逢ったのも、恋に落ちたのも、これから先ずっと一緒にいるのも、ぜんぶ。
運命なんだろとアルトはため息混じりに考える。
だけどそんな未来を思い描いて幸せになれる。たとえこの先なにが起きても、こんな風にふたりで朝を迎えることができるんだ。
そう、この時は信じていた。
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
Please marry me!-006-
「初めて……入った」
玄関に滑り込んだあたりで、アルトが不意に口にした。
そういえば婚約者なのにミハエルがどこに住んでいるのかや家族の構成さえ知らない。それに今さら気がついて、アルトは俯いた。
「ここはあんまり使ってないけどな。バイト先の宿舎あるし、あっちの方が便利なんだよ」
買い込んできた食料をテーブルにドサリと置いて、ミハエルは立ち止まったままのアルトを振り返る。緊張しているのかなと肩を竦め、自分の中の欲望は押さえ込んだ。
「アルト、別に無理しなくても」
歩み寄ってアルトに選択の権利を与える。
はずだった。
「お」
顔を上げたアルトの腕はミハエルの首を引き寄せ、ぶつけるように口唇を合わせてきた。
「んむ」
文字通りぶつけてきたもので、ムードも色気もあったものじゃないが、意思だけはハッキリと伝わってきた。
大丈夫。
「アルト……」
ミハエルは、こてんと肩に額をゆだねるアルトの背中をぽんぽんと叩く。
「俺お前のこと何にも知らない。家族のこととか、バイトのことも……好きな食べ物は……だいたい分かるけど、そういえば誕生日とかも」
「俺たちいろいろ順番間違ってるよな。つきあう前に結婚申し込んで、いろんなこと話すより先にキスして、……こんなだもんな」
ちゅ、と口唇にキスを落として、ミハエルはアルトを部屋の中へと促す。そうだなと笑うアルトに、気持ちを先に伝えられたことだけは、それでもまだ間違いの中のひとつの正解といったところだろうか。
「ここさ、両親が遺してくれたとこなんだ。だからたまに帰ってきたりはしてるんだけど」
やっぱり生活感はあんまりないよなと苦笑するミハエルに、アルトは気がついてごめんと呟く。
遺してくれた、ということはもう他界しているのだろう。大切な人がこの世からいなくなるということが、どれだけ苦しくて悲しいか、母を亡くしたアルトもよく知っている。両親ともとなれば、痛みも苦しみも倍増だろう。
「こんなこと訊いていいのか分かんないけど、ミシェル」
「うん?」
出来合いの総菜と、レトルトのドリアと、サラダとドリンク。いつもここで食事をするわけじゃないからと、すぐに食べられて残らないものを買ってきた理由が分かる。
「家族……いないのか」
疑問符のつけられないアルトの呟きに、ミハエルはああと何でもないように返した。
「両親も、……姉も軍人だったからな。覚悟はずっと前からしてた」
テーブルにふたりで並べながら、呟くミハエルを眺めるアルト。
「じゃあ、お前も軍に入るのか? この間言ってた隠してることって、もしかしてそういうことなのか」
「いや、別にそのことじゃないんだけど、軍かあ……どうだろうな。特に考えてないな、そういうのは。さ、食べよう」
椅子に腰を落ち着けて、向かい合う。そんなにしんみりしないでよと苦笑するミハエルに、アルトはハッとしてごめんと呟く。
「でもほら、お前の家族は、俺がなるから!」
だからひとりだなんて思うなよと続けるアルトに、ミハエルは目を見開いてフォークを止めた。
彼は意味を把握してそう言っているのだろうかと考えて、肩が震える。
「なんか笑ってる?」
「いや、ごめんごめん、嬉しくてつい」
最初に求婚したのはミハエルの方。言い方も順番も間違えたけれど、気持ちだけは本当だ。それを前提としたつきあいを意識して、家族になるよと言ってくれたアルトを、心の底から愛しく思う。
「今日は、予行演習かな」
「今度はちゃんと、俺がご飯作ってやるよ。こんなんばっかり食ってたら体に悪いだろ」
「ホント? 嬉しいなー、いいお嫁さんになるよ姫」
バカかと笑うアルトを見て、ミハエルはホッとした。
緊張はどうやら解けたようで、いつも通り笑ってくれる。
今度は逆にミハエルの方が緊張してしまったけれど。
今夜、と言ってくれた彼をこんなところまで引っ張ってきてしまったが、本当にいいのだろうかと思案する。
女性との行為なら、過ぎるほど慣れているが、同性となると話は別だ。アルトをちゃんと気持ちよくしてやれるかなんて、自信がない。
理性を保てなくて、無理を強いたらどうしたらいいのだろう。アルトが泣き叫んでも、止めることができなかったら。
「また、変なこと考えてんだろミシェル」
「えっ?」
買ってきたフルーツドリンクを飲みながら、責めるアルトの声。ミハエルはハッとして顔を上げた。そこで初めて、自分が俯いていたことに気がつく。
「俺は大丈夫だって。そうやって自分一人でためこむから、眉間にしわなんか寄るんだよ」
「……寄ってた?」
「バッチリ。まあ、俺の前でしかそんなん見せないから……すぐに分かる」
ミハエルは情けなくて頭を抱えた。そんなに簡単に気づかれるほど表に出てしまっているのかと。
アルトの前でだけというのがなんとも情けないが、逆に考えればアルトの前では違う【ミハエル・ブラン】なのだということだ。
「俺とのこと考えてんだなって思うと、嬉しいけど悔しい」
「ごめん」
「謝るくらいなら、ちゃんと言え。今度はなんだ」
責める言葉さえ心地よくて、愛しく思えてしまう。それはアルトが気持ちを全部自分に向けてくれているからだ。
「俺、ちゃんとアルトのこと気持ちよくしてあげられるかなって思って。ひどいことしたくないけど、抑えきれなかったらどうしようって」
情けないけど、ここまできたらプライドもなにもない、アルトには全部見せていいと、息を吐く。
「アルトのこと抱きたいのは本当だけど、俺の心の準備ができてないっていうか……」
「どれくらいあれば心の準備ってヤツができるんだ? 十分? 二十分? 一時間? それとも明日か?」
アルト、と呼んで責めを遮る。だけどアルトもそれで引き下がりはしなかった。
「だってそういうことだろ。お前が覚悟を決めなきゃ、この先ずっと……できないじゃないか」
結婚するんじゃなかったのか?とアルトが初めて不安そうな声を上げる。
もちろんふたりで子供を産むことなんてできないけれど、それでもつながりは持っていたい。
「お前が、俺としたくないっていうなら仕方ないけど、そうじゃないんだろ?」
「もちろん、俺はアルトを抱きたい」
即座に返してきたミハエルにアルトは目を瞬いて、笑った。だったらなんの問題もないと、テーブル上のミハエルの手に自分の手を重ねる。
「……な?」
今日ここに来たことを無駄にはしたくない。
まっすぐに見つめてくるアルトの優しい視線に、ミハエルはややあってうんと頷いた。
「俺、ホント情けねー」
「今さらだ、バーカ」
がくりと項垂れたミハエルにふふんと笑ってやり、それでもそんなお前も好きなんだぞと付け加えた。
「シャワー、貸してくれるか?」
「あ、うん。こっち片づけとくから……あ、タオルとローブは棚に入ってるよ」
ん、とアルトは指さされた方に足を向ける。
食休みをしてからの方がいいかなとも思ったが、時間を空けてしまったらまた、ミハエルがなにを言い出すか分からない。こちらはもう覚悟を決めているというのに、何をあんなに怖じ気づいているのか。
大事にしてくれてるんだよなと、アルトは降ってくる熱い湯を体で受けながら思う。
本当に、誰にもかれにも言って回りたい。
ミハエル・ブランが、本当はこんなに情けなくて臆病で可愛らしい男なんだと。
だけどその反面、そんな彼を独り占めもしていたい。自分の前でだけ現れるそんな本質を、ぎゅうっと抱きしめていてやりたい。
今日は思い切り抱きしめてやろうと、口の端を上げた。
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
Please marry me!-005-
翌日登校したら、案の定周りに騒がれた。そろいの指輪なんて着けていれば男女でもはやし立てられるだろうに、男同士でなんてなおさらだ。
覚悟はしていたつもりだが、女生徒の目ざとさには声も出ない。朝の五分で、学園中に広まってしまったように思う。
もちろん休み時間には質問責めで、とてもふたりきりになる時間なんてない。
昨夜メールでたくさん会話したからいいものの、こんなことならバレない方が良かったかなとも考えた。
「指輪かあ、いいなあ素敵」
「女の子は誰でも憧れですよね」
クラスメイトであるランカやナナセの、キラキラした瞳が向けられる。
他に何か言うことはないのかと思うが、この関係を拒絶されなかっただけ幸福だ。禁じられているわけではないが、やはり後ろめたいものはある。
「でも、安物なんだ、情けないけど。やっぱり女の子ってもっとこう、キラキラした宝石とかのがいいのかな」
「金額なんて関係ないよミシェルくん!」
「そうですよ、大切なのはお互いの気持ちです!」
そろって力説してくる二人に笑って、良いクラスメイトに恵まれたなと口許を緩めた。
「お式はどうされるんですか、お二人とも」
学年的には一つ年下のルカも、歓迎ムードで笑いかけてくる。ミハエルもアルトも、え?と首を傾げた。
「式って」
「結婚式ですよ。あ、披露宴ならウチの系列のホテル使ってくださいね、安くしてもらえるんで!」
「え、いや、ちょっと待っ……」
「アルトくんドレス着るの!?」
待ってくれと止める前に、ランカの楽しそうな声がナナセの耳に入り、どこから取り出したのか彼女はスケッチブックと鉛筆を握っている。
「どんなドレスにしますか!?」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げたのはアルトで、ふむ、と顎に手を当てて想像し出したのはミハエル。
正直そこまで考えてはいなかった。
気持ちを告げて、将来を約束して、指輪を交換して、いつか一緒に暮らして。
それくらいしか、考えていなかったけれど。
「姫ならどんなのでも似合いそうだけどね」
「ミシェル、お前なあっ」
「ハハハ、冗談だよ冗談……」
つかみかかりかねないアルトに両の手のひらを向けて、まぁまぁと制してみるが、止まらないのはギャラリーの方だった。
「早乙女くんなら、オフショルダーとか余裕で着こなしそうですね」
「あっ、ねえこれ可愛いよナナちゃん、腰のとこにおっきな花がついてる!」
「こちらもいいですよ、ナナセさん。上品で、ロイヤルウェディングって感じですね」
ルカの端末に映し出される、銀河ネット上のドレスの写真。
アルトに似合うものを探しているのか、自分も着てみたいものを探しているのか分からないが、ナナセの指はそれを参考にして、スケッチブックの上を素早く動いていく。
「この羽のボレロもいいですね」
「ガーデンパーティを意識して、こっちの動きやすそうなのも」
「わぁっ、このドレス本当にお姫様みたい!」
お色直しでこんなのどうですかとルカはとナナセにもちかけ、ナナセは眼鏡を光らせる。次々と表示されるドレスに、ランカもうっとり。
ミハエルもアルトも、どうやらこれは大袈裟なことになりそうだと、きゃっきゃと騒ぎ立てる友人たちを蚊帳の外で眺めていた。
「どこでどうやって止めればいいんだ……」
「はー……まあ、いいんじゃないかミシェル、仲良いヤツだけ呼んで式挙げるってのも」
どんどん話が大きくなってるぞと呟いたミハエルに、アルトは笑いながら返す。それに若干驚いて、振り向いた。
「……いいの? ドレスとか」
「あんまり色っぽくは動けないぞ? 和服なら得意だけど」
「いやそれは別にいいっていうかアルトはそのままで充分色っぽいし」
どうにも的が外れたアルトの答えに、本当に理解しているのかと疑いたくなってくる。
女として見られることを嫌がって、舞台を降りたのではなかったのだろうか。そんな彼が、ウェディングドレスなんて。
「お前の隣ならいいかなって。お前が絶対カッコイイから、同じタキシードだと見劣りしそうだし。ドレスなんて、恥ずかしいけど」
イヤか?と首を傾げられ、とんでもないとぶんぶん首を振る。もともと女形・早乙女有人のファンなのだ、女性の装いを隣で見られるなど至福に決まっている。
「じゃあどうせなら、ミニスカドレスがいいな」
「はぁっ!?」
そういうことなら遠慮はしない、と要望を述べてみた。
「あっ、いいですねそれ! 早乙女くん、脚も綺麗ですし」
「わあ……絶対可愛い……!」
「じゃあこのデザインをもう少し短くしたらどうです?」
とんとん拍子に進んでいくドレスデザインに、アルトは慌てる。
「そっ、そんなん着れるか! 普通のでいいだろ!」
「えー……じゃあお色直しで」
どうしてもミニスカドレスが見たいらしいミハエルは、引き下がりそうにない。ナナセたちも、楽しそうにデザインしている。
しかしだからといって、ただでさえ恥ずかしいのにさらに上乗せされてたまるかと、アルトは必死で思考を巡らせた。
「ミシェル、ドレスは着てやるから短いのはやめようぜ」
「でも、見たいし」
「脚、……ミシェルにしか見せたくないんだ」
「―え」
な?とシャツを引っ張るアルトに陥落されて、ミハエルは即、ナナセの手を止めさせる。
「短いの却下。アルトの美脚は俺が独り占めさせてもらうよ」
「お前ホントは阿呆だろミシェル」
もっと他に言い方はないのかと、アルトは頭を抱える。だけど、ミハエルの扱い方はだいたい分かるしなと、内緒で口の端を上げた。
「そうですかあ……じゃあこっちのゴージャスなのを」
残念そうにしながらも、ナナセたちは楽しそうにドレスを考えているようで、結局ドレスを着ることには変わりないようだ。ただ、悪い気はあまりしない。
ずっと想っていた人と恋人どころか婚約者同士になれて、クラスメイトに祝われて、こうして隣に立っていられる。
こんなに幸せでいいのかなあ、いいよねえと、こっそり指を絡めた。
「すっかり公認になっちゃってるよねこれ」
はあーとミハエルはため息をついた。アルトの作ってくれた、食欲をそそる弁当を眺めながら。
「何が不満なんだお前」
「いや不満なんじゃなくて幸せでちょっと寂しい? ほら、前は女の子たちが我先にとお弁当持ってきてくれただろ。姫との婚約が知れ渡ってから、誰も持ってきてくれないんだけど」
一人に決めたのだから、それは持ってこられないだろう。熱愛発覚!だけならまだしも、婚約までする相手がいる男に。
「分かった分かった、今度からもうちょっと量増やしてやるから」
「マジで!? すっげえ嬉しい」
「その代わり買い物につきあえよな」
「オーケイ。あ、今日はバイト入れてないから平気だぜ」
楽しみだな、とミハエルはアルトの頬にキスをする。こら、と言いつつもそれを止めさせないアルトも、こんな触れ合いを楽しんでいるようだった。
あれから何度もキスをするようになった。朝登校して顔を見ればやっぱり嬉しいし、触れたいと思ってしまう。
ロッカールームで、誰もいない屋上で、送ってもらった家の前で。時には誰かが来そうな渡り廊下でこっそりと。
「だいぶ恋人らしくなったよな」
「婚約者じゃなくてか? 二回もプロポーズしたのに」
アルトの、からかいを含んだ視線にぐっと言葉が詰まる。いちばん最初の告白を、これで何度からかわれたのだろうか。
「みんなに言ってやりたいくらいだ。カッコつけてばっかのミハエル・ブランが、実はあんなにマヌケなんだってさ」
「まだ言うか、この口は。っていうかカッコつけてばっかってなんだよ」
屋上でふたり、アルトの作った弁当をつまみながら言葉を交わす。友人同士のようにも聞こえるそれは、だけど立派に恋人同士の声音だった。
「さっき、見たぞ。あれデザイン科のマーチン先輩だろ」
「……荷物持ってあげただけじゃないか。なんだよ妬いてんの?」
「妬いてるよ。けどお前の気持ちは俺にしか向かってないから、別に気にならない」
「俺どんだけだだ漏れなんだ」
さも当然のことであるように言ってのけるアルトに、ミハエルは大仰にため息をついてみせた。
「ま、隠すのが無駄なくらいは」
アルトは笑って、そっと腕に触れてくる。ミハエルはそっと、口唇を降下させた。桜色の口唇に自分のを被せて、吸い上げて、舐める。
「ん……」
キスひとつに緊張していた頃が懐かしいとさえ思う、こんな時。
元々ミハエルは女性との親しいつきあいで手慣れたものだ。アルトも、流されやすい生来の性格が功を奏してか、ミハエルに合わせながら恋人同士のキスを着実に身につけていた。
「んん……っ」
舌を差し入れれば素直に絡め返してくれる。
抱きしめれば、強く抱き返してくれる。
「……っミシェル」
だけどこれ以上はダメだ、と押しやってくるタイミングまで、ばっちり修得していた。実際、これ以上長くキスをしていたら、きっと場所も考えずにその先へとコトを進めていただろう。
「分かってる、アルト……」
ミハエルとしても、婚約者との初めてをこんなところですませるほど朴念仁ではないつもり。頭をもたげた欲求はどうにか鎮めて、アルトの肩を撫でた。
「ミシェル、あの」
アルトの呼吸が、緊張して細いものに変わる。
「……アルト?」
「こ、……今夜」
短い、言葉。
―アルト。
それ以上は何も言わないアルトを抱き寄せて、額にキスを贈った。伝わってくる体温にお互いがホッとして、そっと体を離す。
「いいの……?」
顔を真っ赤にして俯くアルトを眺め、ミハエルは幸福そうに口許を緩める。
無理強いをするつもりはないし、この恋だけは大事にしたい。アルトが望んでくれるのなら、他の何をなげうっても大切に抱いてやりたいのだ。
「好きだよアルト。大事にするから」
「ああ……分かってる」
照れくさそうにそっぽを向いて、先に行くからと慌ただしく屋上を駆けていく彼を、無理に追いかけようとは思わない……いや、実のところは幸福で幸福で、そんな反応ができなかっただけだが。
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
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タンタンと階段を上がる。
こんな日に限ってエレベーターが故障しているなんてと、アルトは舌を打った。
早くたどり着きたいのに。
早く顔が見たいのに。
「た、ただいま!」
勢いよくドアを開けて滑り込む。
「おーおかえりアルト」
キッチンの方から顔を覗かせてくる愛しい人に、アルトは極上のスマイルを返した。もちろんそれは意図したものでなく、自然にこぼれてしまった笑みだ。
「走ってきたのか? そんなに息切らして」
エプロン姿に菜箸を持って、アルトを出迎えるミハエル。らしくなく上がった息に、首を傾げながら。
「早く……逢いたかったから」
隠すこともしないアルトのストレートな愛情に、ミハエルの頬がさっと染まる。
「もーホント可愛い」
撃ち抜かれたのはこれで何度目だろうと、壁に額を当てた。そんなミハエルのシャツを、すん、と鼻を鳴らしてアルトは引っ張る。
「いいにおいがする」
「ん? あ、ああ、ご飯作っといた。久々の休日だったから」
ここは、ミハエルの両親が遺してくれたところではなかった。
バジュラとの戦闘でフロンティアは壊滅状態、たくさんの人が命を落とした。ミハエルも一度はなくしかけた命をどうにかとどめ、今に至る。そんな中でもお互いが傍にいることを幸福に思った。
「今日はねー掃除して洗濯して買い物行って、2ブロック先の公園で散歩中のわんこと遊んで、ためてたTV見て、ちょっと昼寝って感じかな」
充実してたよと笑うミハエルに、それはおめでとうとトゲトゲしく返してやる。こっちは仕事だったのにとすねてみると、
「アールート、そんな怒んないでよ」
背中から伸びてくる腕に閉じこめられて、わ、と声を上げる。もっともそんな行動はお互いが予測していて、驚くことはない。
「疲れて帰ってきたアルトのために、美味しいご飯用意して待ってたんだからさー」
「胃薬も用意してあんのか?」
「……ひどいな」
嘘くさい泣き真似なんかするミハエルを少しだけ振り向いて、アルトはそっと目を閉じる。そのあとすぐ顎に添えられる手と、重なってくる陰を感じた。
触れる口唇は、昔からずっと変わらない。
出逢って恋をして、つきあう前に求婚して、指輪を買って、式だドレスだと騒がれて、初めて恋人同士のつながりを持ったあの頃から、少しも変わっていない。
思えばあの頃からそう時間が流れたわけでもないのかと、離した口唇を愛おしそうに眺める。
「おかえり、アルト」
「……ただいま、ミシェル」
この腕の中がいちばん安心するなと、アルトはすうっと力を抜いた。そんなことは言ってやらないと思っているが、きっと気づかれているに違いない。
バジュラとの戦争中は結局式を挙げる余裕なんかなくて、戦争が終結しフロンティアの復興が落ち着いてきた先々月に、ふたりはやっと式を挙げた。
仲の良い者たちだけ集めて、神父もいないままごとみたいな式とパーティ、どんちゃん騒ぎ。正式なものではなかったが、ふたりにはそれで充分だった。
「今日シェリルがさ、ライブやるからって連絡してきたんだ」
皮肉にもあの戦闘で交流をもつようになった、銀河の妖精シェリル・ノームも、多忙なスケジュールの合間を縫って駆けつけてくれた。
「あ、俺にもメール来てたなそういえば。観客として行けるのか、それともアクロバットで依頼がくるのかは分かんないけど」
楽しみだなと、ミハエルはアルトの肩を抱いてリビングへと誘導する。そこに広がった光景に、アルトは目をしばたかせた。
「……ミシェル?」
「ほら、今日記念日だし」
リビングのテーブルには、いつもは置かれていない花瓶とグラス、ミハエルが一生懸命作ったらしい料理とキャンドル。
「あとはパスタの盛りつけだけなんだ。ちょっと待ってて」
そう言うミハエルはとても嬉しそうだ。まさかこれを準備するためにわざわざ休みを取ったのだろうか。
「……そっか、お前が忘れるわけねえもんな、このマヌケロマンチストが」
「マヌケはいらない」
アルトは笑いながらテーブルについた。
今日は、特に結婚記念日というわけではない。同居を始めた記念日でもない。戦争が終結した記念日でもない。
―覚えてる、今でも……思い出せるよ。
アルトは並べられた料理と、花瓶に生けられたバラの花を眺めて幸せそうに微笑んだ。
おつきあいを前提に結婚してください。
顔を真っ赤にしたミハエルが、ドアを開けるなり突き出してきた、あの日と同じ赤いバラ。
そうかあの日から二年経ったのかと、ミハエルと過ごしてきたこれまでを思い起こす。
安物でもいいとふたりで買いに行った指輪は、今もお互いの左薬指にはまっている。
ナナセの依頼により、被服コースのメンバーに作ってもらったアルトのウェディングドレスは、デザインサンプルとして美星学園の新校舎に飾られている。
この戦争をともに過ごしてきたバルキリーは、S.M.Sの格納庫で今日もしっかり整備されている。
他の船団の力を借りつつも復興を続けるマクロス・フロンティアは、今日も平和だった。
「お待たせアルト」
「ああ、サンキュ」
盛りつけた皿を並べ終わって、ミハエルもアルトの正面に座る。一年前よりもっと男が上がった恋人を、アルトは眩しそうに眺めた。
「どうしたの姫、見惚れちゃって」
「いや、やっぱお前のこと好きだなあって思ってただけ」
シャンパンを注ぐミハエルの手が止まる。そんなに素直に返されると、どう答えていいのか分からない。
アルトとつきあって長いように思うけど、こんな時は心を全部持っていかれる。昔から変わっていないところだ。
「アルトはずるい」
「なにが」
「俺がどうすれば喜ぶかって、ちゃんと知ってんだからな」
ぶつくさと、文句にもなっていないような文句を呟くミハエルに、アルトは笑いながらシャンパンを注いでいく。
チン、とグラスが合わさって、わずかに色の付いた液体はふたりの口唇の中に吸い込まれていく。
「じゃあ、喜びついでに」
面白くなさそうな、それでも嬉しそうな顔をしたミハエルに、アルトはとんと差し出した。綺麗にラッピングした、ひとつの小箱。
「え?」
「記念日だから」
一目で贈り物と分かるそれが、テーブルの端を陣取る。ミハエルは目を瞠って、小箱を見下ろして、ついでアルトを振り仰いだ。
「これ、もらっていいの?」
「お前に買ってきたんだから、そうしてもらわないと困る」
「ありがとうアルト、嬉しい」
ミハエルはその小箱を持ち上げ、幸せそうに笑う。それを見て、アルトの方こそ幸せになってしまった。
「ねえこれさ、駅の百貨店に入ってる店で買っただろ?」
「え? なんで知っ……」
「俺も同じとこで買ったから」
そう言って、ミハエルも同じラッピングの箱をアルトに差し出した。中身を見ないと取り違えるだろうと、容易に想像できるほど、何から何まで同じ形、だった。
今度はミハエルの方がしたり顔。出し抜いたつもりが、アルトの方も驚かされてしまう。
「……ありがとう、ミシェル」
「まさか同じ店で買うとはな」
「さすがに香りまではかぶらなかったな」
ハハハと笑いながら、開けた小箱を覗く。ちょこんと大人しく収まっているのは、香水の瓶。シンプルな作りをしているが、興味を引く香りだった。
「いいな、この香り」
「それすごく悩んだんだぞ、もうちょっと上品な方がいいのか、さわやかな方がいいのかって」
気に入ってくれてホッとした、とミハエルは息を吐く。
「俺もこれ気に入った。今度からこれにするよ」
「そうか? よかった……こういうの選ぶの初めてだったから」
いつもミハエルが使っている銘柄は知っていたけれど、それでは面白味がないと、何日も悩んで購入したもの。喜んでくれてよかったと、アルトもホッと息を吐いた。
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