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Please marry me!-009-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

#ミハアル #両想い #ウェブ再録

 アルトの耳に入ってくるのは、ミハエルの冷たい声だけだった。 まだ、混乱している。 これからどうすれ…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-009-



 アルトの耳に入ってくるのは、ミハエルの冷たい声だけだった。
 まだ、混乱している。
 これからどうすればいいのか。
 宙に浮かんだままの憤りと、彼への想いはどこにやればいいのか。
 体が震えた。今から思い起こしてみれば、あんな化け物を相手によく戦闘機なんて動かせたものだと。
 あの時は必死だったのだ、ただ、目の前にいる者を助けなければと、その思いひとつで。
 ―あの時はああするしかなかった。
 そうせざるを得ない状況だった。好むと好まざるとにかかわらず、戦闘が必要だったのだ。
 ―だけどミシェルは……違うんだな……。
 ミハエルは生まれた時からあんな世界にいたのだ。今までどんな思いで戦闘機に乗ってきたのだろう。住む世界が違うと言った彼の静かな声が、耳について離れない。
 片や歌舞伎界しか知らなかった男と、片や宇宙の戦闘しか知らされなかった男とでは、天と地ほどの開きがある。
 この世界にあんな化け物がいたことよりも、ミハエルがそれを知っていて、それを排除するための機関にいたことの方がショックだった。
 命の危険があるのかと問えば、それにはイエスとしか返ってこないはずで、それは応戦したアルトにもよく分かっている。
 ―アイツ、いつも……あんなっ……あんな世界にいたのかよ……!
 それでも彼は、他のクラスメイトと何ら変わりなかった。いつだって笑って、怒って、たしなめて、なだめて、ほら何でもないことだろうと囁いてくれた。
 その彼さえもが、こんな世界に巻き込まれなければいけないなんて。
「ミシェル……」
 もっと他に考えなければいけない重要なことがあるのに、浮かんでくるのはこの同じ銀河に生きている彼のこと。
 アルトは俯いて額を押さえた。その左手には、ついさっきまではまっていたリングがない。ふたつともアルトの手元にはあるけれど、ひとりではめていたって意味がない。
 涙が溢れてきた。
 裏切られたような気分になる。
「なんで……なんでミシェルは俺に好きだなんて……言ったんだ」
 知らないままでいられたら、どんなに良かったことか。
 ミハエルの気持ちも、自分の気持ちも、宇宙も、戦いも。こんなにミハエルを求める、胸の痛みも。
「なんだよ、一緒に生きるって……!」
 空に憧れる気持ちは本当だ。
 ミハエルを想う気持ちも本当だ。
 だが彼は、守秘義務があると言って、船団の存続にかかわるような大事なことを話してくれなかった。それをミハエルの口から聞くならまだしも、実際はアルトが偶然居合わせたことによって、ただバレただけ。
 その上、今さら指輪を取り上げられた。
 一緒に生きていこうと言ったのに、納得なんかできるわけがない。
 命が関わっていようと、住む世界が違っていようと、大切なのはお互いの気持ちじゃないのか!と歯を食いしばったところへ、聞こえてくる歌声。
 アルトはハッと顔を上げた。
「……ランカ?」
 その歌声の方へ走り、その少女を見下ろす。あんなことがあったにもかかわらず、少女は変わっていない。
「アルトくん!」
 緑の髪の少女は、現れた自分の日常に、嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見て思う。
 ―ああ……そっか。
 あの時の自分の判断を後悔はしていないと。
 たとえあの時、オズマの機体が救援に来ずに命を落としたとしても、あの時あの場にいた自分の行動を、否定するべきではない。
「日常って、こんなことでもないと実感しないもんだね。普段何気なく過ごしてるのに、あっけなく壊れちゃうもんなんだなって思うの」
 朝起きてご飯を食べて学校に行って、友人と談笑して兄と喧嘩をして、いつのまにか仲直りして、そしておやすみなさい、繰り返し。
 そんな当たり前の生活が、たったひとつのきっかけで壊れてしまうことがある。
「だから生きていられるうちに精一杯のことしなきゃって、思ったんだ」
「さっきの……歌か?」
「私ね、小さい頃のこと、なんにも覚えてないの。あの歌だけ、ずっと覚えてる」
 オズマに聞いた、ランカの孤独。
 自分が知っている彼女からは、そんなこと少しも感じられなくて、驚いたものだ。
「この歌だけ覚えてるってことは、何か大事な意味があるのかも知れない。アルトくんとか、ナナちゃんやミシェルくん、ルカくんたちに逢ったのだって、なにか大切な意味があったのかも」
 ハ、と息を吐く。
 いつだかアルトも、同じようなことを思わなかっただろうか。
「だから届けたいんだ、私の歌。私はここにいますって、もしかしたら待っててくれてる人が、いるかもしれないから」
 空に惹かれたのは、何か意味があったのかもしれない。ミハエルに出逢ったのは、大事な意味があるのかもしれない。
 あの時あの場所にいたことだって。
「ねえアルトくん、聞いてくれる? 私の歌」
「ああ、ランカ」
「ありがとう!」
 少女は幸せそうに口唇を開く。ただそうすることが嬉しいと言うように。
 アルトはその歌声に耳を傾けながら、リングのない左の薬指を、そっと見下ろした。
 ―ただ、そうすることが嬉しい、……か。
 アルトは空を見上げる。夕焼けの赤い空に果てがあることは知っていたが、その空を飛びたいと思ってそうしたことを、忘れたわけではない。
 空を飛ぶためにミハエルに出逢ったのか、ミハエルに出逢うために空に惹かれたのかは分からない。
 口の端が、知らず緩む。
 ――――戦いの空でも、その先に本当の空が……アイツがいるなら、俺は……。
 ぎゅうっと、手を握りしめる。
 あの日VF-25のグリップを握った手を。
 いつも人工の太陽にかざしていた手を。
 ミハエルとつないだ手を。
 リングがはまるべき、手を。
 ――――ミシェル……。
 想って吐き出す息が、とても熱かった。


#ミハアル #両想い #ウェブ再録

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Please marry me!-008-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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 アルトは、握りしめた拳を震わせる。怒りなのか嘆きなのか、もっと別の感情なのかは分からなかった。「隠…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-008-


 アルトは、握りしめた拳を震わせる。怒りなのか嘆きなのか、もっと別の感情なのかは分からなかった。
「隠してたのって、これか」
 絞り出したその声は、音になっていただろうか。
 視界が震えて、相手の表情を見ることができない。それでも、二人になるまで我慢したのは褒めてもらってもいいだろう。
「なんでこんな大事なこと黙ってたんだミシェル!」
「守秘義務ってもんがあるんだよ!」
 ガッと胸ぐらを掴んで責めてみたけれど、ミハエルの方も正当な言い分はある。
 バジュラと名付けられている宇宙生物の襲来は、ある程度予測されていた。軍事に関わりのある一部の者には、その存在は知らされていたのだ。もしその攻撃がこの船団に及んだ時には、命を懸けて阻止せよと。
 だが、こんな未来は予測できなかった。
 アルトがバジュラに遭遇したどころか、戦闘機で応戦してしまうなんて。
「守秘義務で済まされるか! お前が……あの化け物倒すために戦場に出てって、俺が平気でいられるとでも思ってたのかよ!」
「俺だってな、こんな形で知られたくなかったよ! フロンティアが平和なら、俺たちは必要なかったんだ!」
「ミシェル!」
 力任せにエレベーターの壁にミハエルを押しつけて、ようやく正面から彼を睨んだ。
 けれど、睨んだはずのアルトが、逆に気圧されてしまう。
「お前と俺は、もともと住む世界が違ってたんだよ」
 今まで見たこともない、鋭い瞳が突き刺さる。
「ミシェ……ル」
 隠しておかれた、その事実をアルトは責められない。それでいいと言ったのはアルト自身だ。
 だけどこんな深刻なことだったなんて。ほんの少しでも話してくれていたら、こんなに憤りが溜まることもなかったかもしれないのに。
「アルト、頼むからこっちに逃げてくるな。戦闘機乗りなんてな、市民を守るなんて大義名分振りかざしても、必要とあらば人を殺すんだ」
 低い静かな声が、アルトに責めるのを躊躇わせる。
 いったいいつから、この世界で生きているのだろうと考えて、思い出す。両親も、姉も軍人だったと言っていたことを。
 まさか、生まれたその瞬間から。
 アルトが、生まれたその瞬間から女形という道を歩んできたのと同様に、ミハエルも戦いの道を歩んできたのか。
 そのことに気がつかなかった自分に気づいて、胸ぐらを掴む手が緩む。
 どこかで気がついてもよかったはずなんだ。あんなにも自由自在にEXギアを操る不自然、チームメイトの誰よりも先を見据えている不自然、その歳の割に大人びた顔をする不自然。
「お前まで、この手を汚すことない」
「ミシェル!?」
 緩んだ手を取り、包み込むように触れてきたと思ったら、左の薬指から指輪を抜かれる。
「ミシェル、いやだ!」
 指を折り曲げて阻止する暇もなく、誓い合ったシルシが奪われていく。
「返せよミシェル!!」
 ミハエルの手の中に移動してしまった大事な指輪を取り返そうと、つかみかかる、けれど。
 なだめるような口づけに、目を瞠った。
「俺たちは、触れ合うべきじゃなかったんだ」
 言って、ミハエルは自分の薬指からも指輪を引き抜く。
 ふたりだけで約束し合った日々が、根本から否定されていくようで、アルトはふるふると首を振った。
「ミシェ……いや、いやだ……こんなの」
「ここは舞台とは違う、現実なんだ」
「そんなの分かってる! 俺はお前と一緒に……!」
「いいや分かってない。俺がいるからとか、そんな半端な気持ちで、こっちに足を踏み入れるな。今のままのお前じゃ、いずれ自分が死ぬか、……誰かを殺す」
 体中の血が全部、サァッとつま先へ流れていったような感覚に陥る。指の先まですべてが冷えて、本当に自分の体なのかも分からなかった。
 チンと音がして、エレベーターがロビーに到着する。開いていく扉は、同時にお互いの距離を開いていった。
「じゃあなアルト。友人として、忠告しておくぜ」
 ふたつの指輪をアルトの手に握らせて、ミハエルは背を向ける。
 それを引き留める余裕もすがりつく暇もなくて、アルトは俯きながら病院を後にした。





「返しちゃったんですか、指輪」
 宿舎のベッドに寝ころんだミハエルに、ルカは責めるようにも呟いた。
「放っとけよ」
「そんなこと言われても、僕はいちばん傍でお二人を見守ってきたんですから、見過ごすことはできないですよ」
 しゃがみ込んで、ルカは膝を抱える。
 左手を頭の下に敷いて隠すミハエルを、不器用だなあと思いながら。
「でも、二十四時間だなんて短いですよね。僕すっごい悩んで入隊したのに、それでなくても経験の浅いアルト先輩が、どうするかなんて……考えつきません」
 アルトが、侵入してきたバジュラと対戦したのは、本当に運命のイタズラとしか思えなかった。
 あの時あの場所に、バルキリーを操作できる者がいたのも、それがアルトだったのも。
「あいつは来ないよ。ここで生きるような人間じゃない」
 もっと綺麗な世界で生きていられる、自分とは違う世界の人だ、とミハエルはゴロリと壁に向かって寝返りを打った。
「それを決めるのは、ミシェル先輩じゃないですよね」
「ルカ」
「怒らないでくださいよ。僕らだって、誰かに促されたわけじゃないじゃないですか。決めるのは、アルト先輩ですよ」
 複雑です、とルカも呟いた。
 アルトが入隊してくれれば嬉しい反面、人生が一八〇度変わってしまうことを、彼が許容できるか、分からなくて恐ろしい。
 戦闘で死んでいい人間なんていやしない。だからといって選ぶ権利をもぎ取るわけにもいかない。
「お前はやけにアルトの肩もつよな」
「僕は、アルト先輩のファンですから。もちろんミシェル先輩とは違う意味で、ですけど。ちゃんと仲直りしてくださいね」
 ふふ、と笑って、可愛らしい顔をした後輩は部屋を出ていく。
 考えないようにしていたのに、直球で掘り返されて心臓が揺れた。その上ろくに切り返すこともできなかったなんて。
「……くそっ……」
 ミハエルは指輪のはまっていた薬指を眺め、拳を握りしめて額に当てる。
 同じ世界に足を踏み入れないでくれと思いながらも、求めるのはやっぱり一人だけだった。


#ミハアル #両想い #ウェブ再録

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Please marry me!-007-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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 まだ少し湿った髪からほのかに香ってくるのは、同じシャンプーのにおい。「おんなじだな」「まあ、そうな…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-007-


 まだ少し湿った髪からほのかに香ってくるのは、同じシャンプーのにおい。
「おんなじだな」
「まあ、そうなるよな」
 そう広くはない一人用のベッドの上で、ミハエルの素肌とアルトのローブが重なっていく。
 ロッカーで何度も見てきた裸体だけれど、場所やシチュエーションが違うとこんなにも別物に見えてしまうのか。アルトはそっと手のひらで触れた。
「ドキドキしてる」
「そりゃするって。ずっと……想像の中でしか抱けなかった子が今、目の前にいるんだぜ」
「スケベ」
「なんとでも」
 もう覚悟決めたからと口の端を上げるミハエルに、アルトは頬を染める。
 そうかこれが撃墜王の顔なのかと、とても新鮮で恥ずかしくて嬉しかった。
 口唇が触れる。押しつけ合う。開いたその中に自分を押し込めて、絡める。
 首に、背中に回る腕は、大切なひとを愛しそうに抱きしめた。間にあるローブが邪魔だなんて思うが、今はそれを取り去るよりもキスをしていたい。
「ん……ミシェ……」
 吐く息と一緒に名前を呼んだら、嬉しそうに鼻先をすり合わせてくる。両頬を包まれて、手のひらから伝わってくる体温に、アルトはホッとした。
「思ったより、肌白いんだな」
「そうか? 稽古とかばっかで陽に当たる機会なかったしなあ……くすぐって」
 首筋を、肩を撫でていくミハエルの緩慢な仕種をじれったいと思いつつ、降ってくるキスは素直に受ける。
「あーもう……すげえドキドキする、どうしようアルト」
「知るかよ、もー……俺だってドキドキしてんだから」
 対処方法なんて分かるわけないだろと、ミハエルの髪をかき混ぜてみる。いつも整っているはずの髪は全部おろされて、それがまたアルトの心をくすぐった。
「わっ」
「もうちょっと色っぽい声出してよ」
「し、知るかバカぁっ!」
 胸の突起をさらりと撫でられて、アルトの声が上がる。色気のない声にミハエルは笑い、抗議したアルトの胸に顔を埋めた。
「あっ……、ばか、ミシェル」
 たかが舐めたくらいでバカ呼ばわりされるのもどうだろうと思いつつ、ミハエルは舌の動きを止めようとは思っていない。
 可愛らしいピンク色の乳首は本当に美味しそうで、遊ぶ口唇も嬉しがっている。
「ふ……っう、あ、や」
 アルトの反応も悪くなくて、ミハエルは口の端を上げた。
「アルト、可愛い」
「かわっ……いいとか言うなっ……」
 恥ずかしそうにそっぽを向く仕種は、狙っているとしか思えなくて、ミハエルはこくりと唾を飲む。今のところどうにか保てている理性が、果たしていつまでもってくれるだろう。
「ホントのことだから、しょうがないよ」
「あっ、ミシェル……っ」
 ローブの前を割って脚を撫で上げれば、驚くほどアルトの肩が揺れる。
 察して手を止めたミハエルを、いやだ違うと引き寄せて、
「お、驚いただけだからっ……」
 口唇のすぐ傍で熱い息を吐き出して誘う。これから起こることより、ここで止まってしまうことの方が怖い、とアルトは首を振って伝えた。
「大丈夫、アルト……ここでやめられないのは、俺だって一緒だよ」
「ん」
 アルトの息を奪うように吸い込んで、そのまま口唇を合わせる。
 ローブのひもを解いて、露わになった肌を撫でる。口唇を合わせたままでは、アルトの可愛らしい声が聞こえないなとも思ったが、こうしている方がアルトの体の緊張が少ないような気もした。
「やっ……ミシェル、あの」
「大丈夫、アルト……怖がんないで」
 腹を撫で、形を変えかけていたアルトに触れた。思わずミハエルの体を押しやってきたアルトを、できる限り優しく見下ろして囁く。
「自分でしたことくらいあるだろ?」
「……そりゃ、あるけどっ……恥ずかしい」
 ミハエルは続けようとした言葉を飲んで、かくんと項垂れた。
「だからもーそういう可愛いこと言うなって頼むから。理性吹き飛ぶ」
「我慢してんのか?」
 可愛い云々よりもアルトにはそっちの方が気になって、体を起こす。いいと言ったはずなのに、ミハエルはまだこちらを気遣っているようで気に食わない。
「そうじゃなくて、ちゃんとゆっくりしたいの。だって初めてアルト抱くんだぞ。ちゃんと……覚えておきたいじゃないか」
 だけどミハエルの方も引き下がらずに、楽しそうに口にする。
「そう……なのか」
 そんなことを言われてしまっては、そうかじゃあよろしくと言ってしまう他にない。
「だから、アルトがさ、どんなことが気持ちいいのか、どんな目で俺のこと見てくれるのか、どんな声出してくれるのか……全部教えてよ」
「あ」
 くいと先端を握り込まれて背がしなった。
 快楽におぼれてしまうことはやっぱりまだ怖いけれど、目の前にいるのがミハエル・ブランなら大丈夫だと、安堵感がアルトを包んでいく。
 どんなことが気持ちよくて、どんな目でミハエルを見て、どんな声を出すのか、アルトはそれを伝えるように丁寧に呼吸を繰り返しながら声を上げた。
「ミシェル、ミシェ……あ、ぁ」
 ミハエルもそれをひとつひとつ追い、的確にアルトを酔わせていく。
 ベッドの上で踊る脚がぶつかり合って、体ぜんぶで触れ合った。
「アルト、力……抜いてろ」
「んっ……」
 そうは言ってもうまくいかない。入り込んでくるミハエルの大きさに息を飲んで、しがみついた肩に爪を立てる。
「ゆっくりでいいから」
「んっ、ん……」
 短い呼吸を何度か繰り返して、徐々に深く吸い込み吐き出した。整ったところを見計らってか、ミハエルがぐいと腰を押し進める。
「ああっ」
 ひときわ高くなった声にミハエルは躊躇いながらも、ゆっくりと入り込んでいった。アルトの背に腕を回して支え、耳元で深く深く、囁く。
「アルト、アルト……愛してる」
「あっ……はあ、っあ」
 俺も、と返したいのか、アルトはぎゅうと抱きしめてくれる。
 それがまた愛しくて愛しくて、そう思ったらつながったアルトにはダイレクトに伝わってしまった。
「み、ミシェル……これ以上デカくなんなっ」
「ごめんごめん、嬉しくて」
 そんなこと気にする余裕ない、と呟くミハエルの額をぺしっと叩いて、アルトはキスをねだる。断るはずもなくて、ミハエルは笑いながら深いキスをした。
 目蓋を持ち上げて、視線を絡める。
 混ざる唾液を飲んで、舌を絡める。
 手を重ねて、指を絡める。
 体中ぜんぶでつながって、ふたりで初めて夜を越えた。





 動けないと大きなため息をつくアルトに、何度も何度もごめんと囁いて、肩を撫でる。
「悪いと思ってないだろお前。そんなニヤけた顔しやがって」
「だって幸せ過ぎて」
 締まりのない顔を隠しもせずに、しゃあしゃあと言ってのける婚約者に、もはや怒る気も失せてしまった。
 この男を許容したのは自分だ。そして自分を許容してくれるのもこの男だけだろうと、アルトは思っている。
 まだ知らないことだらけだけど、それは出逢ったあの瞬間にきっと決まっていたに違いない。
 運命なんて、言ったもの勝ちだ。
 出逢ったのも、恋に落ちたのも、これから先ずっと一緒にいるのも、ぜんぶ。
 運命なんだろとアルトはため息混じりに考える。
 だけどそんな未来を思い描いて幸せになれる。たとえこの先なにが起きても、こんな風にふたりで朝を迎えることができるんだ。
 そう、この時は信じていた。


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Please marry me!-006-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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「初めて……入った」 玄関に滑り込んだあたりで、アルトが不意に口にした。 そういえば婚約者なのにミハ…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-006-


「初めて……入った」
 玄関に滑り込んだあたりで、アルトが不意に口にした。
 そういえば婚約者なのにミハエルがどこに住んでいるのかや家族の構成さえ知らない。それに今さら気がついて、アルトは俯いた。
「ここはあんまり使ってないけどな。バイト先の宿舎あるし、あっちの方が便利なんだよ」
 買い込んできた食料をテーブルにドサリと置いて、ミハエルは立ち止まったままのアルトを振り返る。緊張しているのかなと肩を竦め、自分の中の欲望は押さえ込んだ。
「アルト、別に無理しなくても」
 歩み寄ってアルトに選択の権利を与える。
 はずだった。
「お」
 顔を上げたアルトの腕はミハエルの首を引き寄せ、ぶつけるように口唇を合わせてきた。
「んむ」
 文字通りぶつけてきたもので、ムードも色気もあったものじゃないが、意思だけはハッキリと伝わってきた。
 大丈夫。
「アルト……」
 ミハエルは、こてんと肩に額をゆだねるアルトの背中をぽんぽんと叩く。
「俺お前のこと何にも知らない。家族のこととか、バイトのことも……好きな食べ物は……だいたい分かるけど、そういえば誕生日とかも」
「俺たちいろいろ順番間違ってるよな。つきあう前に結婚申し込んで、いろんなこと話すより先にキスして、……こんなだもんな」
 ちゅ、と口唇にキスを落として、ミハエルはアルトを部屋の中へと促す。そうだなと笑うアルトに、気持ちを先に伝えられたことだけは、それでもまだ間違いの中のひとつの正解といったところだろうか。
「ここさ、両親が遺してくれたとこなんだ。だからたまに帰ってきたりはしてるんだけど」
 やっぱり生活感はあんまりないよなと苦笑するミハエルに、アルトは気がついてごめんと呟く。
 遺してくれた、ということはもう他界しているのだろう。大切な人がこの世からいなくなるということが、どれだけ苦しくて悲しいか、母を亡くしたアルトもよく知っている。両親ともとなれば、痛みも苦しみも倍増だろう。
「こんなこと訊いていいのか分かんないけど、ミシェル」
「うん?」
 出来合いの総菜と、レトルトのドリアと、サラダとドリンク。いつもここで食事をするわけじゃないからと、すぐに食べられて残らないものを買ってきた理由が分かる。
「家族……いないのか」
 疑問符のつけられないアルトの呟きに、ミハエルはああと何でもないように返した。
「両親も、……姉も軍人だったからな。覚悟はずっと前からしてた」
 テーブルにふたりで並べながら、呟くミハエルを眺めるアルト。
「じゃあ、お前も軍に入るのか? この間言ってた隠してることって、もしかしてそういうことなのか」
「いや、別にそのことじゃないんだけど、軍かあ……どうだろうな。特に考えてないな、そういうのは。さ、食べよう」
 椅子に腰を落ち着けて、向かい合う。そんなにしんみりしないでよと苦笑するミハエルに、アルトはハッとしてごめんと呟く。
「でもほら、お前の家族は、俺がなるから!」
 だからひとりだなんて思うなよと続けるアルトに、ミハエルは目を見開いてフォークを止めた。
 彼は意味を把握してそう言っているのだろうかと考えて、肩が震える。
「なんか笑ってる?」
「いや、ごめんごめん、嬉しくてつい」
 最初に求婚したのはミハエルの方。言い方も順番も間違えたけれど、気持ちだけは本当だ。それを前提としたつきあいを意識して、家族になるよと言ってくれたアルトを、心の底から愛しく思う。
「今日は、予行演習かな」
「今度はちゃんと、俺がご飯作ってやるよ。こんなんばっかり食ってたら体に悪いだろ」
「ホント? 嬉しいなー、いいお嫁さんになるよ姫」
 バカかと笑うアルトを見て、ミハエルはホッとした。
 緊張はどうやら解けたようで、いつも通り笑ってくれる。
 今度は逆にミハエルの方が緊張してしまったけれど。
 今夜、と言ってくれた彼をこんなところまで引っ張ってきてしまったが、本当にいいのだろうかと思案する。
 女性との行為なら、過ぎるほど慣れているが、同性となると話は別だ。アルトをちゃんと気持ちよくしてやれるかなんて、自信がない。
 理性を保てなくて、無理を強いたらどうしたらいいのだろう。アルトが泣き叫んでも、止めることができなかったら。
「また、変なこと考えてんだろミシェル」
「えっ?」
 買ってきたフルーツドリンクを飲みながら、責めるアルトの声。ミハエルはハッとして顔を上げた。そこで初めて、自分が俯いていたことに気がつく。
「俺は大丈夫だって。そうやって自分一人でためこむから、眉間にしわなんか寄るんだよ」
「……寄ってた?」
「バッチリ。まあ、俺の前でしかそんなん見せないから……すぐに分かる」
 ミハエルは情けなくて頭を抱えた。そんなに簡単に気づかれるほど表に出てしまっているのかと。
 アルトの前でだけというのがなんとも情けないが、逆に考えればアルトの前では違う【ミハエル・ブラン】なのだということだ。
「俺とのこと考えてんだなって思うと、嬉しいけど悔しい」
「ごめん」
「謝るくらいなら、ちゃんと言え。今度はなんだ」
 責める言葉さえ心地よくて、愛しく思えてしまう。それはアルトが気持ちを全部自分に向けてくれているからだ。
「俺、ちゃんとアルトのこと気持ちよくしてあげられるかなって思って。ひどいことしたくないけど、抑えきれなかったらどうしようって」
 情けないけど、ここまできたらプライドもなにもない、アルトには全部見せていいと、息を吐く。
「アルトのこと抱きたいのは本当だけど、俺の心の準備ができてないっていうか……」
「どれくらいあれば心の準備ってヤツができるんだ? 十分? 二十分? 一時間? それとも明日か?」
 アルト、と呼んで責めを遮る。だけどアルトもそれで引き下がりはしなかった。
「だってそういうことだろ。お前が覚悟を決めなきゃ、この先ずっと……できないじゃないか」
 結婚するんじゃなかったのか?とアルトが初めて不安そうな声を上げる。
 もちろんふたりで子供を産むことなんてできないけれど、それでもつながりは持っていたい。
「お前が、俺としたくないっていうなら仕方ないけど、そうじゃないんだろ?」
「もちろん、俺はアルトを抱きたい」
 即座に返してきたミハエルにアルトは目を瞬いて、笑った。だったらなんの問題もないと、テーブル上のミハエルの手に自分の手を重ねる。
「……な?」
 今日ここに来たことを無駄にはしたくない。
 まっすぐに見つめてくるアルトの優しい視線に、ミハエルはややあってうんと頷いた。
「俺、ホント情けねー」
「今さらだ、バーカ」
 がくりと項垂れたミハエルにふふんと笑ってやり、それでもそんなお前も好きなんだぞと付け加えた。
「シャワー、貸してくれるか?」
「あ、うん。こっち片づけとくから……あ、タオルとローブは棚に入ってるよ」
 ん、とアルトは指さされた方に足を向ける。
 食休みをしてからの方がいいかなとも思ったが、時間を空けてしまったらまた、ミハエルがなにを言い出すか分からない。こちらはもう覚悟を決めているというのに、何をあんなに怖じ気づいているのか。
 大事にしてくれてるんだよなと、アルトは降ってくる熱い湯を体で受けながら思う。
 本当に、誰にもかれにも言って回りたい。
 ミハエル・ブランが、本当はこんなに情けなくて臆病で可愛らしい男なんだと。
 だけどその反面、そんな彼を独り占めもしていたい。自分の前でだけ現れるそんな本質を、ぎゅうっと抱きしめていてやりたい。
 今日は思い切り抱きしめてやろうと、口の端を上げた。



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ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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 翌日登校したら、案の定周りに騒がれた。そろいの指輪なんて着けていれば男女でもはやし立てられるだろう…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-005-

 翌日登校したら、案の定周りに騒がれた。そろいの指輪なんて着けていれば男女でもはやし立てられるだろうに、男同士でなんてなおさらだ。
 覚悟はしていたつもりだが、女生徒の目ざとさには声も出ない。朝の五分で、学園中に広まってしまったように思う。
 もちろん休み時間には質問責めで、とてもふたりきりになる時間なんてない。
 昨夜メールでたくさん会話したからいいものの、こんなことならバレない方が良かったかなとも考えた。
「指輪かあ、いいなあ素敵」
「女の子は誰でも憧れですよね」
 クラスメイトであるランカやナナセの、キラキラした瞳が向けられる。
 他に何か言うことはないのかと思うが、この関係を拒絶されなかっただけ幸福だ。禁じられているわけではないが、やはり後ろめたいものはある。
「でも、安物なんだ、情けないけど。やっぱり女の子ってもっとこう、キラキラした宝石とかのがいいのかな」
「金額なんて関係ないよミシェルくん!」
「そうですよ、大切なのはお互いの気持ちです!」
 そろって力説してくる二人に笑って、良いクラスメイトに恵まれたなと口許を緩めた。
「お式はどうされるんですか、お二人とも」
 学年的には一つ年下のルカも、歓迎ムードで笑いかけてくる。ミハエルもアルトも、え?と首を傾げた。
「式って」
「結婚式ですよ。あ、披露宴ならウチの系列のホテル使ってくださいね、安くしてもらえるんで!」
「え、いや、ちょっと待っ……」
「アルトくんドレス着るの!?」
 待ってくれと止める前に、ランカの楽しそうな声がナナセの耳に入り、どこから取り出したのか彼女はスケッチブックと鉛筆を握っている。
「どんなドレスにしますか!?」
「はぁ!?」
 素っ頓狂な声を上げたのはアルトで、ふむ、と顎に手を当てて想像し出したのはミハエル。
 正直そこまで考えてはいなかった。
 気持ちを告げて、将来を約束して、指輪を交換して、いつか一緒に暮らして。
 それくらいしか、考えていなかったけれど。
「姫ならどんなのでも似合いそうだけどね」
「ミシェル、お前なあっ」
「ハハハ、冗談だよ冗談……」
 つかみかかりかねないアルトに両の手のひらを向けて、まぁまぁと制してみるが、止まらないのはギャラリーの方だった。
「早乙女くんなら、オフショルダーとか余裕で着こなしそうですね」
「あっ、ねえこれ可愛いよナナちゃん、腰のとこにおっきな花がついてる!」
「こちらもいいですよ、ナナセさん。上品で、ロイヤルウェディングって感じですね」
 ルカの端末に映し出される、銀河ネット上のドレスの写真。
 アルトに似合うものを探しているのか、自分も着てみたいものを探しているのか分からないが、ナナセの指はそれを参考にして、スケッチブックの上を素早く動いていく。
「この羽のボレロもいいですね」
「ガーデンパーティを意識して、こっちの動きやすそうなのも」
「わぁっ、このドレス本当にお姫様みたい!」
 お色直しでこんなのどうですかとルカはとナナセにもちかけ、ナナセは眼鏡を光らせる。次々と表示されるドレスに、ランカもうっとり。
 ミハエルもアルトも、どうやらこれは大袈裟なことになりそうだと、きゃっきゃと騒ぎ立てる友人たちを蚊帳の外で眺めていた。
「どこでどうやって止めればいいんだ……」
「はー……まあ、いいんじゃないかミシェル、仲良いヤツだけ呼んで式挙げるってのも」
 どんどん話が大きくなってるぞと呟いたミハエルに、アルトは笑いながら返す。それに若干驚いて、振り向いた。
「……いいの? ドレスとか」
「あんまり色っぽくは動けないぞ? 和服なら得意だけど」
「いやそれは別にいいっていうかアルトはそのままで充分色っぽいし」
 どうにも的が外れたアルトの答えに、本当に理解しているのかと疑いたくなってくる。
 女として見られることを嫌がって、舞台を降りたのではなかったのだろうか。そんな彼が、ウェディングドレスなんて。
「お前の隣ならいいかなって。お前が絶対カッコイイから、同じタキシードだと見劣りしそうだし。ドレスなんて、恥ずかしいけど」
 イヤか?と首を傾げられ、とんでもないとぶんぶん首を振る。もともと女形・早乙女有人のファンなのだ、女性の装いを隣で見られるなど至福に決まっている。
「じゃあどうせなら、ミニスカドレスがいいな」
「はぁっ!?」
 そういうことなら遠慮はしない、と要望を述べてみた。
「あっ、いいですねそれ! 早乙女くん、脚も綺麗ですし」
「わあ……絶対可愛い……!」
「じゃあこのデザインをもう少し短くしたらどうです?」
 とんとん拍子に進んでいくドレスデザインに、アルトは慌てる。
「そっ、そんなん着れるか! 普通のでいいだろ!」
「えー……じゃあお色直しで」
 どうしてもミニスカドレスが見たいらしいミハエルは、引き下がりそうにない。ナナセたちも、楽しそうにデザインしている。
 しかしだからといって、ただでさえ恥ずかしいのにさらに上乗せされてたまるかと、アルトは必死で思考を巡らせた。
「ミシェル、ドレスは着てやるから短いのはやめようぜ」
「でも、見たいし」
「脚、……ミシェルにしか見せたくないんだ」
「―え」
 な?とシャツを引っ張るアルトに陥落されて、ミハエルは即、ナナセの手を止めさせる。
「短いの却下。アルトの美脚は俺が独り占めさせてもらうよ」
「お前ホントは阿呆だろミシェル」
 もっと他に言い方はないのかと、アルトは頭を抱える。だけど、ミハエルの扱い方はだいたい分かるしなと、内緒で口の端を上げた。
「そうですかあ……じゃあこっちのゴージャスなのを」
 残念そうにしながらも、ナナセたちは楽しそうにドレスを考えているようで、結局ドレスを着ることには変わりないようだ。ただ、悪い気はあまりしない。
 ずっと想っていた人と恋人どころか婚約者同士になれて、クラスメイトに祝われて、こうして隣に立っていられる。
 こんなに幸せでいいのかなあ、いいよねえと、こっそり指を絡めた。





「すっかり公認になっちゃってるよねこれ」
 はあーとミハエルはため息をついた。アルトの作ってくれた、食欲をそそる弁当を眺めながら。
「何が不満なんだお前」
「いや不満なんじゃなくて幸せでちょっと寂しい? ほら、前は女の子たちが我先にとお弁当持ってきてくれただろ。姫との婚約が知れ渡ってから、誰も持ってきてくれないんだけど」
 一人に決めたのだから、それは持ってこられないだろう。熱愛発覚!だけならまだしも、婚約までする相手がいる男に。
「分かった分かった、今度からもうちょっと量増やしてやるから」
「マジで!? すっげえ嬉しい」
「その代わり買い物につきあえよな」
「オーケイ。あ、今日はバイト入れてないから平気だぜ」
 楽しみだな、とミハエルはアルトの頬にキスをする。こら、と言いつつもそれを止めさせないアルトも、こんな触れ合いを楽しんでいるようだった。
 あれから何度もキスをするようになった。朝登校して顔を見ればやっぱり嬉しいし、触れたいと思ってしまう。
 ロッカールームで、誰もいない屋上で、送ってもらった家の前で。時には誰かが来そうな渡り廊下でこっそりと。
「だいぶ恋人らしくなったよな」
「婚約者じゃなくてか? 二回もプロポーズしたのに」
 アルトの、からかいを含んだ視線にぐっと言葉が詰まる。いちばん最初の告白を、これで何度からかわれたのだろうか。
「みんなに言ってやりたいくらいだ。カッコつけてばっかのミハエル・ブランが、実はあんなにマヌケなんだってさ」
「まだ言うか、この口は。っていうかカッコつけてばっかってなんだよ」
 屋上でふたり、アルトの作った弁当をつまみながら言葉を交わす。友人同士のようにも聞こえるそれは、だけど立派に恋人同士の声音だった。
「さっき、見たぞ。あれデザイン科のマーチン先輩だろ」
「……荷物持ってあげただけじゃないか。なんだよ妬いてんの?」
「妬いてるよ。けどお前の気持ちは俺にしか向かってないから、別に気にならない」
「俺どんだけだだ漏れなんだ」
 さも当然のことであるように言ってのけるアルトに、ミハエルは大仰にため息をついてみせた。
「ま、隠すのが無駄なくらいは」
 アルトは笑って、そっと腕に触れてくる。ミハエルはそっと、口唇を降下させた。桜色の口唇に自分のを被せて、吸い上げて、舐める。
「ん……」
 キスひとつに緊張していた頃が懐かしいとさえ思う、こんな時。
 元々ミハエルは女性との親しいつきあいで手慣れたものだ。アルトも、流されやすい生来の性格が功を奏してか、ミハエルに合わせながら恋人同士のキスを着実に身につけていた。
「んん……っ」
 舌を差し入れれば素直に絡め返してくれる。
 抱きしめれば、強く抱き返してくれる。
「……っミシェル」
 だけどこれ以上はダメだ、と押しやってくるタイミングまで、ばっちり修得していた。実際、これ以上長くキスをしていたら、きっと場所も考えずにその先へとコトを進めていただろう。
「分かってる、アルト……」
 ミハエルとしても、婚約者との初めてをこんなところですませるほど朴念仁ではないつもり。頭をもたげた欲求はどうにか鎮めて、アルトの肩を撫でた。
「ミシェル、あの」
 アルトの呼吸が、緊張して細いものに変わる。
「……アルト?」
「こ、……今夜」
 短い、言葉。
 ―アルト。
 それ以上は何も言わないアルトを抱き寄せて、額にキスを贈った。伝わってくる体温にお互いがホッとして、そっと体を離す。
「いいの……?」
 顔を真っ赤にして俯くアルトを眺め、ミハエルは幸福そうに口許を緩める。
 無理強いをするつもりはないし、この恋だけは大事にしたい。アルトが望んでくれるのなら、他の何をなげうっても大切に抱いてやりたいのだ。
「好きだよアルト。大事にするから」
「ああ……分かってる」
 照れくさそうにそっぽを向いて、先に行くからと慌ただしく屋上を駆けていく彼を、無理に追いかけようとは思わない……いや、実のところは幸福で幸福で、そんな反応ができなかっただけだが。


#ミハアル #両想い #ウェブ再録

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Please marry me!-004-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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「ミシェル、キスを」「アルト……」 くれ、と最後まで言わずにそっと目を伏せるアルトに、ミハエルはゆっ…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-004-

「ミシェル、キスを」
「アルト……」
 くれ、と最後まで言わずにそっと目を伏せるアルトに、ミハエルはゆっくりと口唇を降らせる。
 それはまるで誓いのように、触れて、離れていく。
 今度はちゃんと手を握りしめてくるアルトを、ミハエルはたまらずに抱き寄せた。
「アルト、アルト……!」
 こんなに愛しい人にはもう出逢えないだろうと、根拠のないことすら自信を持ってそう言える。
「な、ミシェル。指輪……買いに行こうぜ」
「うん……、そうだな、行こうか」
 安物でいいんだと笑うアルトの口唇に小さくキスをする。
 アクセサリーを取り扱う店にその足で向かい、ガラスケースの中の指輪を、無造作に置かれた雑貨の指輪を、ふたりで見て歩いた。
「シンプルなのでいいだろ。そっちのとか」
「でもこれペアじゃないみたいなんだよなあ。あ、こっちのどう? ちょっとピンクがかってて可愛い」
「お前もそれ着けんの?」
「……うーん」
 あれでもない、これでもないと悩んだ挙げ句、結局はいちばん最初に目に留まったシルバーのペアリングを購入した。
「やっぱ直感て大事だよな」
「まあこの出費は予定外だけど。しばらく金使えない」
 ハハハと笑い合う。学生の身分では、バイトをしても賃金はたかが知れている。本分は学業だ、それは仕方がない。
「これ、着けてもいいか?」
「ちょーっと待ってアルト、こんな街中でじゃなくて」
 もうちょっと雰囲気あるところの方がいいなあと、ミハエルはそう言ってアルトの手を引っ張った。やっぱり彼自身がロマンチストなんだと、アルトは隠れて笑う。ミハエルが向かったのは、グリフィスパークの丘だった。
「久しぶりに来た」
「俺も」
 ちょうど夕日が落ちる頃、計算でもされたかのようなタイミングに、お互いが肩を竦める。これはもう、今日こうなる運命だったと言ってしまえばいい。
「ミシェル、指輪」
「ん?」
「俺がはめてやるからよこせ」
 ついと手を差し出して要求するアルトに、また先を越されたと口を尖らせながらも、ミハエルは買ってきた指輪を手渡す。それは、自分の指にはまる予定のものだ。
「左? で、いいんだよな」
「あ、うん」
 アルトはミハエルの左手を持ち上げて、少し躊躇って薬指へと針路をとる。ゆっくりと収まっていく指輪をじっと眺め、ふたりの視線が一点に集中した。
「ミシェルは俺のって……シルシだな」
「ありがとうアルト、嬉しい」
 根本に落ち着いた銀のリング。ミハエルは心の底から嬉しく思い、破顔する。それを見て、アルトも満足そうに笑った。
「アルトにも」
「ん」
 ひとつ残った指輪を、ミハエルもアルトの左薬指へとはめる。こんなことは一生に一度なんだろうなと、今自分の中にあるアルトへの想いを切々と感じた。
「アルトは、俺のってシルシ。一緒に生きていこうな」
 言って、頬と、口唇にキスをする。愛しくて愛しくてしょうがない。隠し事があると知ってもなお、傍にいると言ってくれる彼の想いの深さを、ようやく実感した。
「好きだよアルト、さっき言ったのよりももっと、いっぱい大好き」
「やっぱお前、そうやって笑ってる方がいいな。そっちのが好き」
 へへ、と笑うアルトにミハエルの頬が染まる。大好きな人からの言葉が、こんなにも攻撃力のあるものだとは思っていなかった。
「お前といるとホント調子が狂う」
 面白くなさそうにそっぽを向くと、こちらは面白そうな顔をしたアルトのキスが頬に降る。
「冷静な恋なんてつまんないだろ」
 不敵に笑う彼に、ミハエルはそうだけどとため息で返した、そのほぼ同じ瞬間。
「あ、ちょっとごめん」
 ポケットに入れていた携帯電話が鳴り響く。流行の曲を着信メロディにしているあたり、ミハエルらしい。
 これ誰の歌だっけ、と考えながら、アルトはディスプレイを険しい表情で眺めるミハエルに気がついた。
「ミシェル? どう……」
 見かねてかけられたアルトの声にハッとして、ミハエルはうんちょっと、と言葉を濁し、背を向けて通話ボタンを押す。
「ミシェルです」
 電話の向こうから聞こえてくる耳に慣れた声は、できれば今は聞きたくなかったもの。
「……今からですか? ―いや、それは分かってますけど。―はい、じゃあすぐに」
 ミハエルは通話を打ち切り、眉を寄せて携帯電話を握りしめた。よりによってこんな時にとは思うが、契約は契約だ、仕方ない。
「アルト、ごめん」
「ん?」
「ちょっとバイト入っちゃってさ。すぐ行かなきゃならないんだ」
 アルトに向き直って、ミハエルはすまなそうに眉を下げる。せっかく初めてのデートなのに、仕事で中断なんて。
「え、あ、お前バイトなんてやってたのか?」
「必ず埋め合わせするからさ。送っていけないけど平気?」
 できるだけ明るく笑って、落ち込んだ気分を無理に持ち上げる。アルトに不安も不満も感じさせたくない。
「そんなん平気だけど、お前こそ気をつけて行けよ? ここから近いのか?」
「ちょっと距離あるかな。姫に心配してもらえるなんて嬉しいね。変なヤツに引っかかるなよ」
 頬にちゅっとキスをして、本日のお別れの合図。
「なんだよ変なヤツって、子供じゃあるまいし!」
「……いやそういうんじゃなくてさ。俺の可愛い姫に声かけてくる野郎はいっぱいいるだろってこと」
「え、あっ……」
 アルトの頬がさっと染まる。ようやく意味を理解したらしく、そんなことねーしと、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「俺以外の男に、ついていくなよアルト姫」
「ひ、姫って言うなよ。そんなに心配なら売約済みって札でも買ってこい」
 照れ隠しなのかそのまま背中を向けて、アルトは足を踏み出してしまう。札を渡せばつけてくれるのだろうかと想像して、ミハエルは肩を揺らした。
「夜、またメールするよ」
 振り向かない背中の代わりに、ふよんと揺れるポニーテール。デートを中断してくれた憎らしいバイトなんてさっさと終えて、早く彼にメールをしてあげようと、ミハエルも体を翻した。


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Please marry me!-003-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

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「俺は別に、知られてもいいけどな」「え?」 ミハエルは耳を疑った。 クラスメイトの誰よりも彼のことを…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-003-

「俺は別に、知られてもいいけどな」
「え?」
 ミハエルは耳を疑った。
 クラスメイトの誰よりも彼のことを理解できているとは思うが、それでもアルトのすべてを理解しきれてはいない。
「知られてもいいって……アルトそれ本気で言ってんの?」
「だってやましいことなんてひとつもない。お前が俺を好きで、俺もお前を好きだってだけだろ」
「だけだろって……まあそれはそうなんだけど。からかわれたりするぞ?」
 誰かに言って回りたいというミハエルの方こそが、人に知られるのを恐れている。
 からかわれるのはもちろん、アルトを性的な目で見る輩が出てくるのは容易に想像できる。そうしていいのは自分だけなのにと、やっかいな独占欲が頭をもたげた。
「無視してりゃそのうち飽きるだろうし、そんなもんよりデカい気持ちでいっぱいだし。なによりお前って結構ヤキモチ妬きだしな」
 だから宣言しておくのも手かと思って、とアルトは笑った。
 ミハエルは、どれだけ自分が臆病なのかを思い知らされる。恐れて隠れるよりも、堂々と前を向いて歩いていく、そんなアルトだから惹かれたのだろうか。
「ごめんねヤキモチ妬きで」
 いいところを持っていかれてばかりで決まりが悪い。ミハエルは面白くなさそうに口を尖らせたが、アルトは気にも留めていないようだった。
「なあミシェル、どうせならそろいの指輪でも買うか? それ着けてりゃ一目瞭然だろ」
「はは、なにそれプロポーズ?」
「まあな」
 茶化して言ったつもりのミハエルの言葉は、アルトの肯定で覆われる。思わず足を止めて、あんぐりと口を開けた。
 急に立ち止まったミハエルを振り向いて、アルトは不思議そうに首を傾げた。
「なんだよ、そういうのが前提のつきあいなんだろ?」
 そろいの指輪を着けることになんの不思議があるだろう。婚約者同士でなくともそうする恋人たちはごまんといるのに。
「アルトはどーしてそうやって俺のこと驚かすかな。こういうヤツだとは思わなかった」
 色恋には疎いと思っていたし、他人のそういう目は嫌いなんだと思っていたし、こんなに積極的だとは思っていなかった。
「……嫌いになったか?」
「なってないよ。惚れ直した」
 ―だけど、……駄目だ。
 ミハエルは足を踏み出して、アルトと同じ位置に進む。
「アルト、俺たちは婚姻届けなんか出せないぞ」
「……まあ、まだ認められてないからな。でもあんなのただの紙切れだろ」
 大事なのはお互いの気持ちじゃないのかと、挑むように睨みつけてくるアルトに、ミハエルも真剣なまなざしを返した。
「俺は真剣にアルトのこと大好きだよ。そこまで言ってくれるってことは、アルトも俺のことそう思ってくれてるんだろうし、でも」
 ミハエルはそう言って視線をあさっての方向に移す。
 小さな頃は、そんな幸せな結婚も夢を見ていた。
 だけどそんなことはできないと、歳を重ねるごとに諦めだけが溜まっていったのだ。
「アルトがたとえ女の子でも、俺は結婚できないだろうなって、思うよ」
「なんで……?」
 目を伏せるミハエルに訊ね、アルトはじっと眺める。だけどその声の重さからは、遊びだとか逃げだとか、そんな無責任さは感じられなかった。
「それは、俺に何かいけないところがあるのか?」
 男と男では、このフロンティアでは今のところ婚姻を結ぶことはできない。ではアルトが女であったら差し支えないのかといえばそうでもないようで、指先が冷えていく。
「アルトのせいじゃない。完璧に俺の個人的事情だ」
「わ、分かんねえよミハエル。真剣なつきあいなのに、たどり着く先がないって、どういうことだ?」
 アルトが不安そうな顔をしているのが分かるのに、それを塗り替えてやることができないことも、ミハエルは知っていた。
「アルトに、隠してることがある。だけど言えないんだ。そんな状態で俺、お前のプロポーズ受けることなんかできない」
 つないだ指が自然に離れていく。つなぎ止めるだけの力が、お互いになかった。
「隠してる、こと……って、そんなに、重大なこと、なのか?」
 初めて見せる、アルトの不安でいっぱいの表情。抱きしめてやりたいけれど、全部を言わないうちにそうするのは、うやむやになってしまうだろうと、ミハエルは伸ばしたい手を必死で抑えた。
「それは……どうだろう。まあ、俺の生き方だから重大って言えば重大か」
「いつか話してくれるのか?」
「分からない。話さなくてもいいように願ってるけどな」
「そんな……」
 そんなに深刻なことなのか、とアルトは俯く。
 身体のことかと思ったが、美星学園のパイロット養成コースに所属していてそれはないなと考えた。身体検査は定期的にあるし、適用外となるようなものなら、空を飛んでいることもできないはずなのだ。
 では家系のことか、性癖のことか、もっと他のことか。
「それを言ったら、俺たちの仲がどうにかなるくらいなのか? ほ、他に誰か好きな人がいるとか、昔からの婚約者とか、そういうっ……」
「そういうんじゃないよ。俺が好きなのはアルトだし、これはずっと変わらない。ただ……」
 ミハエルはゆっくりと首を振る。いっそそんな理由だったら、どんなに楽なことだろうと思った。
「あの時、好きだって言わない方が良かったかなって。まさかアルトがOKしてくれるとは思わなかったから」
「俺とのこと、後悔……してんのか?」
「今……したよ、後悔。ずっと言わないでいる選択肢もあったのに、なんで言っちゃったんだろ」
 抑えていられなかった想いが、今になって悔やまれる。好きという想いを閉じこめて、ずっとアルトに嘘をつき通していれば、それで良かったのに。
「ミシェル……」
 アルトは言葉を失ってしまう。対外的にはいつも優しい表情をしているミハエル・ブランが、こんなに厳しくて寂しい顔をするということは、相当の事情なのだろう。
 俯いて、口唇を噛んだ。
「ごめん……アルト」
 ミハエルは、どうしてやればいいか分からずにきゅっと拳を握る。謝っても事実は変えられないし、抱き寄せてやってもそれは同じだ。
「でも、ミシェル」
 もう一度、アルトと呼ぼうとしたところを、彼の声に遮られる。遠慮がちに、そっと指を握ってくるアルトの緊張は、痛いほどに伝わってきた。
「お前が俺を好きだって言ってくれてる気持ちは、変わらないんだろ?」
 ゆっくりと、自分に言い聞かせるようにもアルトは呟く。ミハエルはそれに応えるために、口唇を開いた。
「変わらないよ。ずっと、アルトだけだ」
「じゃあ、いい」
「え?」
 そう言って顔を上げたアルトの口許には、かすかに笑みさえ浮かんでいる。いったい何がいいのか、ミハエルには分からなかった。
「お前の気持ちが本当なら、他になに隠されててもいいよ」
「アルト……」
 そんなバカな、とにわかには信じられないでいる。隠し事をされて良い気分なんてしないだろうに、アルトはそれでいいというのか。
「ミシェル、俺もお前に隠してたことがある」
 決まりが悪そうに逸らされた視線は、それでもまっすぐミハエルの元に戻ってきた。
「本当はたぶん……俺もお前のことずっと好きだったんだ」
 何をと訊ねた言葉に返ってきた苦笑に、ミハエルは目を見開いた。
「お前は俺を男としても、女としても見てくれた。からかいとかやらしい気持ちとかだけじゃなく、本当に……恋してくれただろ。でも、お前の気持ちにすぐ気づいたのも受け入れられたのも、俺の方にこそそういう気持ちがあったからだと思ってる」
 そんな素振りは一度も見せないで、だけど確実に恋をしていたのだと言うアルトに、何を返せばいいのか分からない。
「今日お前がちゃんと好きだって言ってくれて、本当に嬉しかったんだ。子供っぽいって言うかもしれないけど、俺がお前を好きでお前が俺を好きなら、それでいいって思う」
 ミハエルは、目を瞬く。目を開けたあともアルトの強い瞳は変わらずに、その視線に引き込まれた次の瞬間には、にこりと微笑まれて心臓がはねた。


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