- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.696, No.695, No.694, No.693, No.692, No.691, No.690[7件]
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.15
青い炎が、体を包んでいるように見えた。 もちろん実際にはそんなことはないのだが、跡部の目には、手塚…
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.03.14
すっと目の前に差し出されたものに、目をぱちぱちと瞬く。 綺麗にラッピングされた、赤い薔薇。 跡部景…
思いがけないプレゼント
すっと目の前に差し出されたものに、目をぱちぱちと瞬く。
綺麗にラッピングされた、赤い薔薇。
跡部景吾は、薔薇など見慣れている。見慣れているが、それを差し出してくる相手が相手だった。
「……なんのつもりだ? 手塚」
「お前にと思って」
「いや、そりゃ差し出された時点で分かるが。お前こんなことするガラじゃねえだろ」
差し出してきたのは、手塚国光だ。とても美しい花を渡している状況とは思えない仏頂面なのが、彼らしいと言えばらしいのだが。
「いつももらってばかりなので、俺もお前に何かやりたいと思ったんだが、おかしかっただろうか。らしくないというのは理解している」
心なしか声が沈んだように聞こえて、跡部は慌ててハッと顔を上げた。
「おかしいとは思ってねえよ。ただ、突然だから驚いただけだぜ。……いいのか? もらっても」
「お前にだと言っただろう」
「サンキュ。嬉しいぜ」
そっと手塚から受け取ると、手塚の口から安堵したような吐息が漏れた。突き返されたらどうしようとでも思っていたのだろうか。恋人からの思いがけないプレゼントを、そんなふうに扱うわけもないのに。
「ところで手塚。薔薇三本の意味ちゃんと知ってて贈ってんのか?」
包まれた薔薇は、ブラックパール。しなやかなビロードのような艶が人気のものだ。跡部自身、気に入っている品種のひとつ。
「薔薇の種類はよく分からないから、花屋の人に聞きながら選んだ。色や本数で、意味が違ってくるのだと」
跡部は手塚にもらった薔薇の香りを直接楽しみながら、満足そうに口の端を上げる。手塚の言う通り、花には色や本数で意味合いが違ってくる。そういうものには詳しくないと自覚している手塚が、花屋の店員に訊いてまで選んだというのが嬉しかった。
「そうかい。で、俺はそれを知ってて受け取った。意味は――分かるな?」
そうして、花に口づけながら手塚を見やる。手塚はひとつ瞬いて、こくりと頷いた。
黒真珠の花言葉は、恨みや呪いというものが有名だ。だがその裏で、「滅びることのない永遠の愛」というものがある。そして薔薇三本は、「愛しています」という意味だ。
他の品種より若干重めのプロポーズ、と捉えることもできて、受け取り方次第ではあるが、長く付き合うつもりの相手にはうってつけ。
手塚は理解した上で贈ってくれたようで、跡部はそれを受け取った。つまりは手塚からのプロポーズを受けたも同然だ。
「愛してるぜ手塚。ちゃんと受け止めてやるから、お前も俺のすべてを受け入れな」
「もちろんそのつもりだ、跡部」
二人で満足げに笑って、薔薇の花びら越しにキスをした。
お題:リライト様 /思いがけないプレゼント
#お題 #両想い
盲目な程に、一途に
ラブ・イズ・ブラインド。
不二がそう口にしたのは、屋上で弁当を食べている時だった。
どうして知られてしまっているのだろう、と食が進まない。俺が跡部を好きなことは、誰にも言っていないのに。
「跡部のこと好きなんだよね、手塚は」
正直、勘弁してほしかった。他に誰もいないのならいい(いや良くもない)が、大石や乾、河村や菊丸だっているというのに。
だってそうだろう。
跡部は男だ。俺も男で、あまり歓迎はされない想いのはず。叶わないのは分かっていて、応援もしづらい。気色が悪いと言われることだって想定している。
男子中学生に色恋沙汰は楽しい話題かもしれないが、俺は楽しくない。ナイーブな問題のはずなのに、何をそんなに、夕食の献立でも話すように暴露してくれているんだ。
「……否定はしない」
だけど、好きじゃないとは言えなかった。事実だからだ。
あの男を好きじゃないなんて噓は、どうしてもつけない。
「あ~、やっぱりそうなんだ?」
だが、大石からは拒絶でも軽蔑でもない柔らかな音が返ってくる。
「ここのところ、ずっと跡部の話ばっかりしてたもんね、手塚は」
「フフ、手塚、跡部のパーソナルデータを教えてあげようか。もちろん、このドリンクを飲むという実験に付き合ってもらうけど」
河村もうんうんと頷きながら大石たちに賛同するし、乾はどこから出したのか、怪しい色をしたドリンクを差し出してくる。
「いらん、結構だ」
それにどんな効果があるのかは知らないが、分からないからこそ危険だ。リスクは回避するべきだろう。
それに、
「知りたければ自分で聞く」
パーソナルデータというのがどこまでを指すのか。だが誕生日や好きなものは、直接跡部に聞いた方が早い。それをきっかけにして会話もできる。
皆が「わあ」と感嘆しているような声が聞こえるが、何かおかしなことを言っただろうか。
「手塚って割とぐいぐいいくタイプ?」
「強引そうではあるよね」
「そんなことはないと思うが」
「でも今日も逢う約束できたんでしょ?」
訊ねられて、こくりと頷く。デートか、と乾は言うが、そんなに嬉しくて色っぽいものではない。ただテニス用品を見にいくというだけだ。
そう答えたら、菊丸が「デートじゃん」と返してくる。そうなのか。
「あのさ~、手塚って女の子は駄目とかそういう感じなの? クラスにも可愛い子いっぱいいるじゃん」
「英二、そこら辺はちょっとセンシティブな内容になってくるよ……」
大石が菊丸を諫めているが、今さら何だ。人の恋路を勝手に話題に挙げておいて。
「特にそういった指向ではないと思うが。興味がないというわけでも……ない」
考えてはみるが、菊丸の言う「クラスにもいる可愛い子」というのが浮かんでこない。クラスメイトの顔くらいは思い出せるが、恋愛という意味で好意を持つ相手がいるかと言うと、そういった胸の高鳴りはない。跡部のことを考える時の方がよほどドキドキする。
「じゃあ、跡べーだから好きってだけなんだ。ふーん」
なるほどね~と菊丸が頭の後ろで手を組む。
どうして皆は、俺が跡部を好きなことを当然のように受け入れているんだろうか。誰か一人くらい、「青春の過ちだ」と言ってきてもいいようなものだが。
「具体的に、どういうところが好きなの? 手塚」
不二が首を傾げながら訊ねてくる。
「顔とか」
「跡部目立つからにゃ~」
「声もカッコイイよね。よく通るっていうか、すぐに分かるし」
「でもやっぱり、いちばんはテニスじゃないのか?」
好き勝手に想像されるのはありがたくないが、どれもこれも、好きなもののうちのひとつではある。それだけが、というわけではない。
「跡部のテニスはもちろん好きだ。あのしたたかさには、誰でも惹かれるだろう。だけど打ち合ってみると分かるが、ラケット捌きが繊細なんだ。勉強にもなる。それと」
「それ、長くなるのかな」
訊いてきたのはそちらだろうに、何を呆れているんだ。具体的にと言うから、挙げてみただけなんだが。
「強いてひとつ、というのなら……あの瞳、だろうか。青くて涼やかそうに見えるのに、熱い。跡部の凜とした雰囲気を際立たせている」
恐らく、最初に惹かれた部分だ。まっすぐに前を……いや、上を見据えている瞳は、心地が良い。いつか俺の方にもその目が向けられないものかと思ってはいる。
「手塚がそんなに饒舌だとは思わなかったな。データを書き換えておこう」
「情熱的だね」
「テニスが好きってのはなんとなく分かるけど、それ以外はちょっと俺は分かんないや。応援はするけどにゃ~」
いや、応援は結構だ。否定をしないでいてくれただけでいい。
知られたら、気持ち悪がられると思っていたんだがな……これも個性派揃いだからということなのだろうか。
「跡部の方は、どうなんだろうね。手塚のことどう思ってるのかな」
それは俺も気になるが、訊けるわけがないだろう。俺のことをどう思っているか、なんて。ライバルだと返ってくるのがオチだ。
「好意は持ってるんじゃないかな。嫌いな相手とデート……じゃないか、逢う約束なんてしてくれないよ」
「手塚のテニスには、執着してるっぽいけどな~。恋愛って意味だとどうなんだろ」
「ちなみに跡部には、今まで特定の親しい相手はいないようだよ、手塚」
「えっ、そうなのかい、乾」
乾の話に、興味深そうに食らいつく面々だが、俺だって気にならないわけではない。
もしそういう相手がいるのなら、たびたび逢う約束を持ちかけるのも申し訳ないからだ。
「あぁ~、でもあの跡部に〝付き合ってください〟とか告白するの、無理かも。気圧されちゃうよ」
「それはあるだろうね。手塚も、ためしに言ってみたらいいんじゃない? 新鮮に感じてOKしてくれるかもしれないよ。応援するから。からかってるわけじゃなくてね」
からかっているわけではないと言うが、他人事だと思って、無責任なことを言うのは感心しないな。
「俺は、この気持ちを跡部に告げるつもりはない。混乱させたくないんだ」
ライバルだと思っている相手から、恋なんて告白されたら、困るだろう。
跡部は優しいから、頭から否定して拒絶するなんてことはしないだろうが、だからこそ余計に、困らせたくない。下手をしたら、「お前が望むなら」なんて、好きでもないのに受け入れてしまいそうなフシがある。
「俺は確かに跡部が好きだし、できればそういう関係になりたいとも思うが、中途半端な気持ちで受け止められても困る」
新鮮だからとか、ライバルを無下にできないだとか、そんなことでこの気持ちを受け入れてほしくない。いつかどこかで壊れてしまうだろう。
「俺の恋情のせいで、アイツのあの凜とした青の瞳が迷いに揺れるところは、見たくないんだ」
俺はそう続けて、弁当箱の蓋を閉める。
この恋は叶わないだろう。だがそれを嘆くことはない。ただ俺が、跡部景吾を好きだというだけなのだから。
「先に戻る。ないとは思うが、お前たち、跡部に余計なことを言うんじゃないぞ」
一応の釘を刺して、背を向けた。
「跡部のことが好き過ぎて、見えてないのかな」
「うん……跡部も、どう見たって手塚のことが好きなのにね」
「え~、そうなの!?」
「両想いである確率、74パーセント」
「微妙な数字だね……」
そんな会話が繰り広げられていることも知らないで。
お題:リライト様 /盲目な程、一途に
#お題 #片思い
とけかかったアイス
手塚の部屋で、二人で勉強をするはずだった。いや、確かにしていた。テーブルにはちゃんとテキストとノートが開いたまま置かれている。
だけど今、どうしてか二人の唇は重なっていた。
あの夏の試合から仲良く(?)なってしまって、互いの家を行き来するような間柄になった。
おかしなのは、友人をすっ飛ばして恋人のような関係になってしまったことだ。
指先が触れたのがきっかけか、それとも視線が重なったのがいけなかったのか。最初にどちらがしかけたのか、もう思い出せないけれど、唇を重ねたのは先月の初め。
その後も、特に言葉で想いを伝え合ったわけではない。そもそも、どうしてそんなことになったのか分からないのに、無責任に言葉を交わすことはしたくなかった。
言葉を交わさずに唇を合わせることは無責任ではないのかといえば、まあ無責任ではあるのだが。
「手塚、そこ綴りが違う」
「……ああ、気づかなかった」
勉強の内容は、主に語学。ドイツ語だ。手塚が日常会話くらいはマスターしたいというのを、跡部が手伝っている状態だ。
手塚は卒業したらドイツに行くというのを跡部は知っていて、ああプロになるのかと、まるで何でもないように背中を押した。「お前なら当然だろう」としたたかな笑みで。
手塚はそれに、無言で頷くしかできなかった。
卒業したら物理的な距離が生まれてしまう状態だが、そうしたらこの関係はどうなるのだろう。
たまに逢ってテニスをして、時折キスをするという、恋人みたいな関係は。
遠距離になるからと、卒業をきっかけに一切を止めるべきなのか、それとも継続させてもいいのか。
それは、互いの間でまだ話題にされていない。答えが出てしまうのが怖いのかもしれない。恐らく、頷く他にないからだ。
何かを約束できるような付き合いの長さはないし、立場的にも、世間的にも、おおっぴらに恋人宣言もできない。そんな曖昧な関係を、続けていていいわけがない。話題にすれば、待っているのは別れだけだろう。
だから、おいそれと話題にできない。
別れたくないと思うから、音にできない。
それを考えると、やはり好きなのだろうかと、改めて思う。お互いに何も言っていないせいか、自分の気持ちさえ曖昧だ。
キスをしたいとは思う。その先も、機会があればしてみたいとも思う。興味が本位というわけでもないと思う。
正式に交際を申し込んでいるわけでもないのに、別れというものは発生するのか。なんてことも思うが、時が来れば嫌でも生まれてしまう。
ちゃんとした恋人になっていれば、距離ができても平気だろうか? 頻繁に逢えなくなっても、好きでいられるだろうか? 好きでいてもらえるだろうか?
そんな保証はどこにもない。
やはり、自分だけの我が儘や寂しさで、彼を縛り付けるべきではない。そう思った頃、部屋のドアがノックされた。
「はかどってる? おやつ持ってきたの」
それは手塚の母親である彩菜で、二人分のアイスクリームと紅茶をトレーに乗せて顔を出した。手塚はそれを受け取り、少し休憩しようと跡部を振り向いた。
「ああ、そうだな。ありがとうございます、いただきます」
「跡部くん、おうちが大丈夫だったら夕ご飯も食べていって。ね」
急にそれはと言い掛けた手塚を遮って、「ご迷惑でなければ是非」と跡部は答える。そうして彩菜が部屋を後にしてから、家に連絡を入れた。
「構わないのか?」
「女性の誘いを断れるわけがねえだろ。しかもお前の母親からのなんて。楽しみだぜ」
「いたって普通の食事なんだが……お前がいいのなら。ひとまずこれを食べよう。とけてしまう」
きちんとガラスの器に盛られたバニラアイスを、跡部に差し出す。
「ああ、サンキュ。しかし、なんていいタイミングで持ってくるんだ、あの人は。これで頭を冷やせる」
「なんだ、何か悩み事か?」
「少しな」
「そうか……実は俺も、少し悩んでいた。先ほど綴りを間違えたのもそのせいだろう」
言いながら、アイスを口へと運んでいく。冷たい感触は確かに頭を冷やしてくれる。甘ったるいこの味は、おかしな感覚を生み出しそうでもあったけれど。
「なんだよ、悩み事って。せっかく俺様が教えてやってんだから集中しろ」
「いや、お前が傍にいるから集中できないんだが」
「アー、……ン?」
頭を冷やそうと思ったのに、アイスが運ばれていく口許に視線がいってしまう。完全に勢いで、その唇に触れてしまった。
「……お前なぁ……」
「すまない、つい」
「つい、じゃねえよ、バカ」
そう言いながらも、跡部は手塚の眼鏡に手を伸ばしてそっと外した。
「するならするで、ちゃんとしやがれ」
指先で誘われて、もう一度キスをする。仕掛けたのは手塚で、煽ったのは跡部の方。
「甘い匂いがする」
「舌が冷てぇ」
「跡部、あとで聞いてほしいことがある」
「……ん、あとでな……?」
言ってみてもいいのかもしれない。ちゃんと恋人同士になりたいと。遠距離だろうがなんだろうが、つながっていたいのだと。
このキスは、少し長くなりそうだけれど、その後で。
お題:リライト様 /とけかかったアイス
#お題 #両想い
止め処ない蒼
あ、と吐息のような喘ぎが耳に留まる。
何度目だろうか。跡部景吾を胸の下に抱くのは。
好きだと言ったのは、確か十五になったばかりの秋。跡部の誕生日パーティーに招かれて、そこで自分の気持ちを自覚した。
三日後だった俺の誕生日に、プレゼントは何がいいんだと車で乗り付けられて、「跡部景吾」と言ったのをまだ覚えている。
正直、もっと気の利いた告白があっただろうと思う。配慮もなければムードもなくて、ただ跡部ともっと親しくなりたかったんだ。
跡部は困ったような顔をして、視線を泳がせていた。綺麗な蒼が右往左往するのは見ていて楽しかったし、ああやはり綺麗だなと思ったけれど。
それをもっと近くで見たい。そういう距離にいられる関係になりたい。
『俺のことが好きなのか?』――そう言われて初めて、好きだと言っていないことに気がついたんだ。
ハッとして頷きながら『そうだ』と返せば、こういう展開は考えてなかったと跡部は長く息を吐いた。まあそうだろうな。俺自身が気持ちを自覚したのはその三日前だったんだから。
『お前が望む物をくれてやりたい』
そう言ってくれた跡部に、その日はキスだけもらった。それだけでも驚いたのに、『じゃあ今日から恋人ってことで頼むぜ』と付け加えてきたんだ。
今思い返しても、何から何までおかしい。
あの時点では、跡部は俺を好きなわけではなかったはずなんだ。それなのにキスを許してくれて、恋人にまでなれた。
困惑はしたが、取り消しや言い直しなんて聞かないと腕を掴んだんだったな。それも振り払われなかった。
ただあの蒼の瞳が、面白そうに俺を見ていたのだけは分かる。
そして――今現在も。
「おい手塚ぁ。何考えてやがんだよ、この俺を組み敷いておきながら考えごととは、随分な話じゃねーの」
不機嫌そうな声が下から聞こえた。しまったと思う。これは機嫌を損ねてしまっただろうか。
「すまない、今のお前に集中する」
「今のってなん……ん、ぅ」
中学生の頃の跡部を思い起こしていた、と説明する前に、唇を覆った。閉じられないままの瞳が俺の動向を見守っていて、心地が良い。
俺はたぶん、跡部のこの蒼の瞳が好きなんだろう。跡部が思っているよりも、俺自身が自覚しているよりも、もっと、ずっと。
唇の中で舌を絡めて、舌を吸い上げる。びくりと肩が揺れて、跡部の目蓋が落ちてしまった。もったいないなという思いと、濡れた睫毛も綺麗だなという思いが交錯する。
つまりは、跡部景吾であればなんだっていいのだが。
「ん、んん……」
気持ちよさそうな声が聞こえてくる。その音だって俺には興奮剤だ。唇を解放して、頬に、鼻先に触れながら体のラインをなぞっていく。
「手塚……」
吐く熱い息とともに名を呼ばれ、きゅんと胸が締めつけられる。跡部に呼ばれると、昔からこうなるんだ。何か魔法でも使っているのだろうか。
「跡部、そう可愛い声で呼ぶな……せっかく今日こそは優しくしようと思っていたのに」
「名前呼んだだけだろうが……」
「自覚しろ」
ぐっと強く抱きしめる。胸に食らいついて、立ち上がった乳首を丹念に愛撫し、歯を立てた。
跡部の唇から断続的な喘ぎが漏れる。体が疼いて仕方がない。やっぱり今日も、優しくなんてできないぞ。
責めるように、抱く腕に力を込めたら、跡部は蒼の綺麗な瞳で面白そうに笑っていた。
「何が面白かったんだ? 跡部」
終わった後、髪を梳きながら訊ねてみた。どうして跡部は、ことあるごとにああも面白そうに笑うのか。
「ん?」
「さっき、笑っていただろう。あの表情はよく見かける」
「あー……」
自覚がないのかとも思ったが、どうやら心当たりはありそうだった。跡部はごろりと寝返りを打って、高い天井を見上げる。
「面白いっていうか、嬉しい、の方だろうな、お前が言ってんの」
「嬉しい?」
起こした上体を枕で支え、跡部を見下ろす。跡部はこくりと頷いて、綺麗な手を持ち上げた。
「まずお前が俺に欲情してんのが嬉しいだろ。次に、可愛いなんて言われてまあ嬉しくないわけもねえしな。後は優しくできないって言っておきながらも丁寧な指先が、嬉しいんだよ。後は、俺を呼ぶその声がもう、嬉しくて、幸せでしょうがねえ」
言いながら、指を一本一本折り曲げていく。どうやら、笑っている理由を挙げてくれているらしい。こちらが赤面するようなものを。
「お前も忙しいのに、俺に逢うために時間作ってくれてんのも、嬉しいしな」
「いや、それは俺の台詞なんだが」
中学生だった頃の方がまだ、自由に使える時間があった。それこそ毎日のように逢っていたな――と思い起こして、ふと違和感。
跡部に好きだと言ったあの日。
あの日も、跡部は面白そうに笑っていたのだ。それは今抱いた時の顔とまったく一緒。さっき、よく見かけると言ったのは噓じゃない。あの頃からだ。
待て。
じゃああの頃のも、「面白くて」ではなく「嬉しくて」笑っていたというのだろうか?
「……跡部、さっき、俺は考え事をしていたな」
「ああ、ムカツクことにな」
「いやそこで妙な心配をするな。考えていたのはお前のことだ」
へえ? と跡部の蒼の瞳が揺れる。それこそ、面白そうにだ。なるほど、面白いと思っている時と嬉しいと思っている時は、よく見ると確かに違うようだ。
「ずっと聞きそびれていたんだが、跡部。もしかしてお前、俺のことを前から好きでいてくれたのか? 俺が告白したあの時も、お前は同じ顔で笑っていた」
「……お前は俺を、好きでもねえヤツとキスするような男だと思ってたのかよ」
呆れたように目を細めて、俺の額を爪の先ではじいてくる。
俺は、跡部は徐々に俺のことを好きになってくれたのだと思っていた。俺にほだされたと思っていた、というのが正しいかもしれない。
「跡部は優しいから……あるいはそうなのかと。困ったように目を泳がせていただろう」
「そりゃ、驚いたからに決まってるぜ。片想いだと思ってたところに、プレゼントは跡部景吾が欲しいなんて言われてみろ、混乱もする」
ぐっと言葉に詰まった。逆の立場だったら、それはやはり驚くだろう。
「それでもお前はまっすぐ俺の瞳見つめてきやがるし、噓じゃないんだと思って、嬉しかった」
言いながら、跡部は笑う。嬉しそうに、幸福そうに。細められた目蓋の奥に揺れる蒼は、やはり俺の好きなもの。
「気づいてなかったんなら言ってやる。ずっと好きだったんだぜ、手塚」
理由を指折り数えた手を、跡部が伸ばしてきてくれる。その手を取って指を絡め、俺は跡部の方へと身を寄せた。
「そうか。想いの大きさは俺の方が上だろうがな」
「アーン? 聞き捨てならねえな。勝つのは俺だ」
「俺は負けない」
本当に、止め処なくあふれてくる想いがある。それを、跡部の蒼の瞳に訴えかけて、目蓋にひとつキスを贈った。
お題:リライト様 /止め処ない蒼
#お題 #両想い
流れ星に願いを
流れた星が消える前に三回願い事を唱えられれば、それは見事に叶うらしい。
そんな馬鹿げた迷信を信じるほど純粋ではなかったし、大抵のことは自分自身で叶えてきた。
そんな跡部ではあるが、これは叶わないだろうなと思う願い事もある。
天体観測をしようと言い出したのは、いったい誰だったか。向日か、鳳か、それとも菊丸だったか。
合宿所の屋上で、満天の星を見上げる。
ロマンチックでいいですねと観月も満足げだし、沖縄とは見える位置が違うという比嘉中の連中もいる。日吉は星よりUFOを探してくださいなどと言っているし、一氏はあの星とあの星は番やなんてわけの分からないことをほざいている。
気づけばちらほらと高校生の姿も見えて、いったいどこ繋がりだと不思議にも思えてくる。
「昼間は練習ばかりであまり実感もできないが、ここは自然が多いな」
かけられた声に、うっかり胸が高鳴る。
惚れた相手に話しかけられたくらいで胸が躍るとは、なんとも純情なものだと、浮かれたがるのを必死で抑えて、跡部は手塚国光を振り向いた。
「そうだな。こんなに遠くまで広がってる星空を見るのは、久しぶりだ」
跡部の声に頷く手塚の手に、何か握られているのが目に入った。ペラペラのクリアファイルのようにも見えたが、どうも違うようだ。
「手塚、なんだそれ」
「これか? 星座の早見表だ。季節ごとに星の見え方が違うからな。こうして盤を動かすと、星の位置が分かるようになっている」
それは空の星を描いた薄い表。内側に一年分の星の位置が載っていて、季節を合わせてくるくると回すらしい。跡部は初めて目にするものだ。
珍しそうにしていたら、それに気づいた手塚が早見表とやらを貸してくれる。
「おい、これはどうやって合わせんだ。ああ、こっちが北か」
「そうだな、この矢印を向こうの方角に合わせるんだ。今は秋に差しかかる頃だから、季節としては……このあたりだろうか」
使い方を教えるためだろうが、手塚との距離が近くて困る。いや困らないが、……やっぱり困る。心臓の音を聞かれてしまいそうだ。早見表が一枚しかないというのが問題なのだ。
「これ、一枚しかねえのか? お前も見たいだろうが」
「あるが、他の連中も使うだろう。俺はお前と使うので問題ないが」
回避しようとしたが、失敗に終わる。顔が赤くなっていそうだ。どうか気づかれませんようにと、跡部は早見表に視線を落とした。
「これ、何か有名な星座らしいな。アンドロメダ座だってよ」
「位置でいうと……あの辺りだな」
早見表を覗き込んだ手塚が、次に空を見上げてぐるりと指で囲う。
「あのオレンジっぽい星だろうか」
「おお、冴えてるじゃねーか手塚ぁ。ミラクって名前がついてるようだぜ。そこからこう……繋げて、横に広がってる」
そうして、二人で早見表と空とを見比べる。同じように、そこかしこで「見つけた、見つけた」などと楽しそうな声が上がっている。
「しかし、今見ている光が何億光年も離れた場所の物だというのは、不思議なものだな」
「宇宙の神秘は計り知れないからな。ロマンじゃねーの」
「ああ」
夜空を見上げる手塚の横顔を、そっと盗み見る。綺麗だなと胸の中でこっそり思うだけなら、誰にも気づかれずにひっそり想うだけなら、許されるだろうか。
「流れ星が消える前に願い事を唱えれば叶うと言うが、もしかしたらそういう神秘的な力がどこかで働くのかもしれないな」
「なんだ手塚、そんなの信じてんのか?」
意外だなと続けると、そうだろうかとそっぽを向かれる。気を悪くしたのかもしれないと、慌ててフォローを入れた。
「信じていそうにねえお前までそうなんだから、星の力ってのはあるかもな。信じさせちまう、何かがよ。手塚は何か願い事あんのか?」
「…………あるといえばあるが、叶えるのは難しそうなものだ」
「へえ?」
同じだなとは言えなかった。そう言っても、手塚はこちらの願いが何かなど、気にも留めてくれないだろうと分かるから。
想っているのはこちらだけで、手塚はそんなこと欠片も思いはしない。
「頑張ればどうにか叶えられんこともないかもしれないんだが、勝手が分からん」
「なんだよ、弱気じゃねーの。らしくねえぜ。いつもみたいに強引にいけばいいじゃねえか」
ため息交じりに呟かれる泣き言を、珍しく思う。およそ手塚から泣き言など吐かれそうにないのに、どうしたことだろう。
そんなに難しいことなのか。跡部の思考は瞬時に、何か力になれることはないかと、さまざまな可能性に分散していく。
金銭的な援助ならいくらでもしたいが、それは手塚に対して失礼だろうか。それとも、テニスの技術的な問題なのか。練習に付き合うくらいはできるし、トレーナーやドクターが必要な状態ならば、すぐにでも最高のスタッフをそろえたい。
何にしろ、手塚の望みがなんなのか分からない限りは空回りになってしまう。
「強引にいって叶うものなら、とっくにそうしている」
「そんなに難しいのかよ……俺じゃ、力にはなれねえのか?」
星を眺めていた手塚が、跡部を振り向いてくる。それは驚いたような、困ったような表情で、どうしてやればいいのか分からない。
「俺は、お前のことを、その……大事なライバルだと思っている。そのお前が何か叶えたいってんなら、力になってやりたいと思ってんだぜ」
これくらいなら、気づかれないだろうと、ドキドキしながら言葉を紡ぐ。ライバルだと思っているのも本当だし、おかしくはないはずだ。
せめてその願いがなんなのか知りたいと、手塚の肩に手を置く。このまま抱き寄せてしまえたらと思う気持ちを、理性で必死に抑え込んだ。
「ライバル……でしか、ないか」
手塚が、小さく、本当に小さく呟く。聞き逃しそうになって、小首を傾げたその時。
「あ! 星! 流れた!」
ある一角から、大きな声が上がった。思わずそちらを振り向くと、よほど嬉しかったのか、相棒である大石に飛びついている菊丸の姿が見えた。その声を聞いて、周りは一斉に空を見上げていた。
手塚と跡部も、例に漏れず。
待って、待って、待って、流れてくれと願ったその直後。
「――あ」
視界の端を、小さな星が流れていった。
それはすぐに消えてしまって、願いを唱えるどころの話ではない。こんなにすぐに消えてしまうのか。
それを考えると、唱えることができたら奇跡のようなものだ。そんな奇跡には、やはり神秘の力が働いて、本当に願いが叶うのかもしれない。
「手塚、今の見たか?」
「ああ、見れた。願い事を唱える暇などなかったが」
「ハハッ、だろうな」
「――だが、お前と一緒に見られたのは嬉しい。背中を押されたような気分だ」
「アーン?」
一緒に見られて嬉しいのはこちらの方だ、と返しかけて、はたとおかしなことに気がついた。なぜ手塚が嬉しがるのだと。
「跡部、俺の願いを知りたがっていたな」
「あ、ああ、うん?」
「困ることになるかもしれないが、構わないか?」
「力になりたいって言っただろうが」
「では、俺の恋人になってくれ。それで俺の願いは叶う」
「――――は!?」
一体何を言われたのか分からない。どうして、なぜ。跡部は願い事を唱えられなかった。それなのに、何がどうなって相手からそんな申し出が成されるのか。
「いや、こ、恋、……はァ?」
混乱して、困惑して、単語として成り立たない。イエスしか返せないが、はたしてわけが分からないまま返していいものかどうか。
「困らせているな、すまない」
「困って……ああ、困るのか、困るね、いや困ってねえ。全然、ちっとも」
ふる、ふる、と首を振る。珍しく少しも要領を得ない跡部の反応に、手塚の方こそ困っているように見えた。跡部はもう一度ふるふるっと首を振り、深呼吸をひとつ。
「あのな、手塚。俺も同じことを流れ星に願おうとしてたんだ。手塚に、俺の恋人になってほしいと」
唱えてないのに叶っちまったみたいだが。そう続けると、ひどく驚いた顔で手塚はぱちぱちと目を瞬く。先ほど跡部が感じていた困惑を、今度は手塚が感じているようだ。
「そ、…………そうなのか。ではぜひよろしく頼む」
「こ、こちらこそ……?」
思いがけない恋の成就に、お互い心の整理がまだできていない。
嬉しさで暴走してしまわないように、己を律しているのがせいぜいだ。ごまかすように夜空を見上げれば、ちょうど流れる星の欠片。
「跡部、また星が流れた」
「ああ、見えたぜ。でも何も唱えるつもりはなかった。これからは、俺の願いを叶えてくれる男が傍にいるからな」
太腿の横で、指先を触れ合わせる。絶対誰にも気づかれないように、そっと、そっと。
「そうだな。お前の願いは俺が叶えるし、俺の願いはお前に叶えてほしい」
頷き合って、叶った恋を確かめる。今なら三度唱えたら、どんなことでも叶ってしまいそうだと、二人の口の端が自然と上がった。
お前が俺の、たったひとつの流れ星。
お題:リライト様 /流れ星に願いを
#お題 #片想い #両片想い
熱いコーヒーを一杯
夜を共に過ごした翌朝は、コーヒーの香りで目が覚める。
数年前に気まぐれで買ったカフェのマシンは、まだ健在らしい。
「跡部、起きているか?」
開け放たれたままのドアから、手塚が姿を見せる。跡部は広いベッドに寝転んだまま、パタパタとシーツをはたいて応えてみせた。手塚が歩み寄ってくるスリッパの音が聞こえてくる。
「コーヒー、砂糖とミルクを入れてきた。起きられるようなら飲むといい」
「サンキュ、手塚。これで朝メシも持ってきてくれりゃあ、最高な一日のはじまりなんだがな」
サイドテーブルに、コトリとカップが置かれる。跡部はそれを寝転んだまま眺め、見慣れてしまった揃いのマグカップに口許を緩めた。
「行儀が悪い」
「今さらだろうが。それに、動けねえのは誰のせいだと思ってんだ。アーン?」
「一因は俺だが、お前にも責任はある」
ある程度予測のできた答えに、跡部はくっくっと喉を震わせて笑う。
昨夜はひどく濃密な時間を過ごした。一度や二度では足りなくて、抱き寄せて、煽って、煽られて、誘い誘われ指を絡めた。それはお互いの希望であって、二人の責任だ。
跡部はゆっくりと体を起こし、大きな枕を積んで体を支える。
体が楽な体勢を整えた頃、テーブルに置かれたカップを手塚がわざわざ手渡してくれた。
「とはいえ、お前の負担が大きいのは理解している。今日はあまり無理をしないでくれ」
「ああ、ありがとよ」
跡部は渡されたカップを両手で持ち、手のひらを通してじんわりと伝わってくる心地良い温度に、ゆったりと酔いしれる。
「フ……いいな、こういうの」
「なんだ?」
手塚はベッドの縁に腰をかけて、揃いのカップでブラックコーヒーを楽しんでいる。
「抱かれた翌朝、恋人に煎れてもらった熱いコーヒーを、二人で飲むっていうのがだよ。一日のはじまりなのに、どうかすると締めくくりみてえに思える」
「夜明けのコーヒーと言うしな。互いを労って想いを実感し合うという時間なのかもしれない」
手塚が、空いた手で髪を撫でてくれる。なるほど、と跡部は小さく頷いた。
想いを実感するのは、なにも肌を合わせている時ばかりではない。
むしろ終わった後の方が、ゆっくりじっくりじんわり感じられるだろう。
そういう発想はなかったなと思うと、自分とは違う思考を持っている他人というのはとても興味深い。それが恋人であれば尚更だ。
「な、昨夜はどうだった? 気持ち良かったか?」
となると、ことの最中恋人はどんなことを思っているのか気になってくる。
僅かに手塚の眉が寄ったところをみると、良くなかったのだろうかと一瞬不安になった。
「そういうことを明け透けに言うものではないと思うが」
「なんだよ、二人だけの時なら良いだろうが。セックス時の不満やマンネリは、早めに解消しといた方がいい」
跡部だって、何も赤の他人がいるところでこんな話をしようとは思っていない。むしろもったいなくて聞かせられるかとさえ思っている。
「俺はお前に抱かれてる時、すごく気持ちがいい。頭ん中真っ白になるくらいにな。けど、だからこそお前が気持ちよさそうにしてるところはあんまり見たことがねえんだよ。どう思ってんのか、知りたいだろ」
手塚が、ぐっと言葉に詰まったように見えた。視線が泳いでいるのは、どういう感情からなのだろうと、跡部は小首を傾げた。
「すまない、そこには考えが及ばなかった。確かに俺はお前が気持ちよさそうにしているところを見て気分がいいが、お前はそうではないのだな」
呆れと諦めと、僅かの羞恥を混じらせて、手塚が眼鏡を押し上げる。
「俺も、お前を抱いている時は気持ちがいい。俺の愛撫に、過ぎるほど素直に反応を返してくれるのは可愛いと思うし、中の熱さはこちらの方がとろかされそうになる」
ゆっくりと、手塚自身が確かめるような速度の声に、ぞくぞくと体が震える。反応が可愛いと言われて恥ずかしいけれど、悪くはない気分だ。手塚の熱こそとろけそうになるのに、彼の方もそう感じてくれているのなら、これほど嬉しいことはない。
「お前が俺を呼ぶ声も、潤んだ瞳で見つめてくるのも、とても嬉しく思っている」
「……そうか、それならいい」
満足だ、と頷く。あまり饒舌ではない手塚がここまで言ってくれたのだから、それは愛情以外の何者でもない。想いを実感し合う時間というのを改めて認識して、甘いコーヒーを口に含む。
「ありがとな、手塚。愛してるぜ」
自然と口許が緩んでいく。指先で手塚を招くと、コーヒーの香りを纏った優しい唇が重なってくる。
「跡部、今日はまだ朝食を用意していない。……ブランチになっても構わないだろうか」
唇のすぐ傍で誘われて、断る選択肢は出てこない。想いを実感し合った後は、熱を確かめ合う時間になってしまった。
「ああ、いいぜ。こいよ手塚、気持ちいいことしようじゃねーの」
熱いマグカップをテーブルに置いて、お互い同時に手を伸ばす。深くて熱いキスは、甘いコーヒーの味がした。
お題:リライト様 /熱いコーヒーを一杯
#お題 #両想い #未来設定
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青い炎が、体を包んでいるように見えた。
もちろん実際にはそんなことはないのだが、跡部の目には、手塚国光が熱い熱いオーラを纏っているように見えたのだ。
戦況はよくなかった。
優勝候補である相手選手のサービス。観客たちも、相手選手の応援の方が圧倒的に多い。
手塚国光も、プロのプレイヤーとしてそれなりの戦績を収め、顔も名前もプレイスタイルも知られてきたけれど、ベテランの選手に比べたらまだまだひよっこだ。
この大会の組み合わせが発表された時、跡部は自分の相手より手塚の相手の方が気にかかった。
難なく勝ち進めますようにとは思わない。あの男は強い相手とぶつかってこそ力を発揮する。眠っていた力を存分に活かすには、強い相手との対戦は願ってもないところだろう。
だが、まさか二回戦で優勝候補と当たるなんて。運が悪い、と思った。手塚のではなく、自分の。
跡部自身は、無事に次の試合に駒を進めた。それはライバルとの試合を望んでいるからだ。
手塚と試合がしたい。プロというこの世界で、球をかわしたい。そう願って、勝ち進んだというのに。
今回も、手塚との再戦は叶わないかもしれない。
中学のあの関東大会から、ずっと願ってきたライバルとの再戦。スケジュールや体の問題、試合の組み合わせの妙などで、いまだにそれは叶っていない。
今回こそと思った。次の三回戦で、ようやく当たるというのに。
「手塚……」
打って、返されて、また打ち返す。回転が弱いのか、手塚ゾーンが効力を発していない。相手の対策も万全だということだ。
だが、手塚とて対策をしていないわけではない。手塚ゾーンが攻略できるということは、跡部がいちばんはじめに立証済みで、それは警告も含めていた。
常に前を見据えている手塚が、そこで立ち止まっているわけがない。
そんな男に、何年も、何年も、焦がれられるはずもないのだから。
「勝てよ、手塚……!」
ぐっと、膝の上で拳を握りしめる。今この試合を観戦している者の中で、跡部ほど手塚の勝ちを願っている者はいないだろう。誰も彼もが、相手選手の勝ちだと思っているに違いない。
あと一ゲームで勝敗が決してしまう。じわりと、握った拳に汗がにじんでくる。
だけど、この状況でも手塚の心は折れていない。それが分かるのが嬉しかった。あの美しい青の炎を消すことなど、誰にもできやしないのだ。
気のせいだろうか。手塚と、一瞬だけ視線が重なったのは。
そんなわけはない。手塚が試合中に気を逸らすことなどあるものか。
そう思うのに、より一層強さを増した炎が、跡部のいる観客席まで熱い風を舞わせた。
髪が、風で揺れる。突き刺すような熱さで、瞳が焼かれてしまう。ビリビリとした痛いまでの闘志が、ここまで届くなんて。
ぞくぞくと、背筋が悪寒に似た快感で震える。
相手選手を蹴り飛ばして、あそこに自分が立っていたいと思わせる。手塚のボールを受け止めたい。返してやりたい。
どうしてあそこに立っているのが自分じゃないんだと、心の底から悔しくて腹立たしかった。
「勝てよ手塚、……勝てよ!」
勝って、またテニスをしよう。
あの頃よりずっと強くなった俺を知れ。
あの頃よりずっと強くなったお前を教えろ。
足を踏ん張る。歯を食いしばる。手塚と一緒にボールを追っているような感覚に陥って、にぎしりめた手のひらに爪が食い込んだ。
一ゲーム、取り返す。もう一ゲーム、勝ち取る。
番狂わせかと、この状況になってわき上がる無責任な観客たちの声も耳に入らない。手塚の熱を感じるだけで精一杯だ。
ずっと、ずっと、この熱を感じていたい。
恋というより、執着というより、ずっと重く深い感情で、手塚国光とつながっていたい。たとえ一方的な想いでも、構わなかった。
テニスというスポーツでつながっていられれば、それで充分だ。
いつでも前を見据え、上を目指すあの強い瞳を、同じだけの強さで見つめ返すのは自分だと、気分が高揚してくる。
ボールを打つインパクト音が心音と重なって、汗が額を滑り落ちていく。
「ゲームセット!」
審判のコールが耳に届く。勝者として名を掲げられたのは、――手塚国光だった。
わき上がるベンチ、観客席。跡部の視線の先で、だらだらと汗を流しながら相手選手と握手を交わす手塚がいた。
「手塚ァ!」
この歓声の中では、自分の声など届かないだろう。そう思ってはいても、どうしても呼ばずにはいられなかった。ベンチに戻ってきた手塚は、コーチたちにねぎらわれながらも、すぐにまっすぐ跡部に視線をくれた。
迷いのないその軌道は、跡部のいる場所が分かっていたようだ。やはり、先ほど視線が一瞬重なったと思ったのは、気のせいではなかったのだろうか。
「――いよいよだな、跡部」
わずかに口許に笑みまでたたえて、手塚がそう口にした。
脳天を撃ち抜かれたような衝撃だ。
まさか手塚の方も、再戦を待ち望んでいてくれたなんて。
膝から崩れ落ちていきそうな歓喜を、どうにか踏ん張ってこらえ、手塚と同じように笑ってみせた。
「ああ、ショータイムの始まりだ!」
#お題 #両片思い #未来設定