- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.666, No.665, No.664, No.663, No.662, No.661, No.660[7件]
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久しぶりの何もない休日。早く起きてロードワークに出掛け、朝食とシャワーを済ませた頃、携帯端末が電話の着信を報せてくれた。
跡部はまだ少し濡れた髪をタオルで拭きながら、その電話に応答した。
「よう手塚。いい朝だな」
『おはよう跡部。起きていたか?』
「当然だ。日課ももう終わったぜ」
電話の相手は恋人の手塚国光だ。お互いテニスプレイヤーとして過ごす日々だが、たまには休息も必要である。
跡部はスピーカーにした端末をテーブルに置き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。コップに注いで喉を潤し、時計を確認した。
「そっちももうロードワーク終わってんなら、どっかコート行くか?」
手塚の日課もロードワークから始まるのは知っている。そろそろ終わって帰ってきた頃だなと、端末に向かって話す。
『ああ、それもいいが、跡部。たまには違うことをしないか』
「違うこと? ……何がしたいんだ。なんでも手配するぜ?」
自分たちが二人で逢うとなると、どうしてもテニスになってしまう。テニスで出逢い、テニスを通してお互いを知ってきた間柄ならばそれも頷けるが、そればかりでは味気ない。
今までだって釣りや読書を二人で楽しんできたけれど、手塚からテニス以外がしたいと言われるのは珍しかった。跡部は嬉しくなって、ダイニングの椅子を引いて腰をかける。
「昨日のうちに言ってくれれば、もっと色々やれただろうに。遅え」
『すまない。さっきランニングしていた時、ふと目に留まったものがあったんだ』
「フン? で、なんだよ。なんでも付き合ってやるぜ」
『映画。観にいかないか』
電話の向こうからそう聞こえてきて、跡部はぱちぱちと目を瞬いた。まさか手塚の口から映画を観にいこうなんて言葉が出てくるとは。
しかも計画的なものではなく、ランニングの途中で見かけてという突発的な誘いだ。それがなければ、いつも通りどこかのコートでテニスを楽しんでいたことだろう。
「映画か。映画ね……いいじゃねーの!」
思えば、手塚と一緒に映画を観たことはない。ブルーレイなどを大画面でというのは何度もあるけれど、映画館でというのは経験がなかった。そもそも跡部は行ったことがない。
『行ったことないのか、跡部』
それを告げると、わずかに驚いたような声が聞こえる。自宅のシアターで観る方が時間も気にせずよかったし、くつろぐことができる。興味はあったものの、テニス漬けでなかなか機会がなかったのだ。
「お前と行けるんなら、嬉しいぜ」
『では、今日は映画デートというヤツだな。楽しみだ』
「お前の口からデートって聞くと、なんかすげえ恥ずかしいんだが」
頬が染まっている自覚はあって、跡部は決まりが悪そうに爪の先でスマートフォンをつついた。
「で、今どんな映画やってんだ?」
『確認してない』
「なんでだよ」
『いや、お前と行きたいなと思っただけで、何が見たいというわけではないんだ』
テーブルの上で項垂れて、「手塚ぁ」と呆れて名前を呼ぶ。てっきり、話題作か何かを観たいのだと思っていたが、ここまで無計画だったとは。
『駄目か? お前と、その……普通のデートっぽいもの、あんまりしたことないなと思ってしまって』
あ、と気がついた。先ほどもデートという単語を口にしていて、手塚なりのサインだったのだと。世間並みのデートを一通りこなしたいという思いがあるのかもしれない。
出逢った頃は――今もだが、割とテニス漬けの毎日だった。一緒に出掛けるような〝デート〟も少なく、経験してこなかったのは悔やまれる。
もちろん、テニスをいちばん愛している事実はお互い一緒で、それに不満は一切ない。むしろそんな相手だからこそ惚れてしまったのだ。
それでも、〝普通のデート〟がしたいという思いはある。
好きな人と映画館、というのはいったいどんな幸せをもたらしてくれるのだろうと、跡部は楽しくなってきてしまった。
「ん、じゃあ……映画館で決めるか? いい時間のヤツ、その場で選ぶってのもいいじゃねえか。ひとまず、早く逢いたい」
ネットでチケットが買えると聞いたことはある。ここで相談して席を確保してから落ち合ってもいいのだが、それよりも早く手塚に逢いたい。
跡部は素直にそう口にして、「めかし込んでこいよ」と笑ってやった。
「あ、あと一応バレねえように。俺もお前も、割と顔知られてんだぜ」
『お前はともかく、俺はそんなことないと思うが』
「自分を知れよ、手塚」
自覚がないというのはタチが悪いと、ため息を吐く。それでも分かったと返してきた手塚との通話を切り、出掛ける準備をする。
白いシャツに紺のテーラードを合わせて、オリバーのサングラスをかけた。玄関先でもう一度髪をセットして、家を出る。足取りは軽く、恋人とのデートの待ち合わせに浮かれている自分に、くすぐったい思いをしながら歩いた。
電車に乗って二駅。車内でもたくさんの視線が注がれたけれど、気にしていたらきりがない。
スマホでニュースのチェックをしていると、『もうすぐ着く』と手塚からメッセージが入った。跡部もちょうど改札を抜けたところで、良いタイミングだなとOKのスタンプだけ送った。
改札の近くで待っていると、ややあって長身の男がピッと端末を翳して出てくるのが見える。少なくない人々の波の中でも、やはり目立つなと思う。
グレーの七分袖シャツの中に、白いTシャツ。黒いパンツが引き締まった印象を与えていた。
「待たせてすまない」
「いや、今来たとこだぜ。フフッ……ジャージじゃないお前とこうして外で逢うってな、どれくらいぶりだ?」
「どうだろうな。ここ最近、お互い忙しかっただろう」
そろって映画館に向かいながら、跡部は手塚の眼鏡がいつもと違うことに気がつく。
「お前、これ度が入ってるヤツか? コンタクト?」
「度入りのサングラスだ。夏は一つあると便利だとトレーナーに言われて。まあ世間話なんだが」
「へえ、いいじゃねえか。似合うぜ」
「ありがとう。お前は相変わらず、なんでも似合うな」
「そりゃ俺様だからな」
バレないようにと言った跡部に、素直に従ってくれたのだろう。そこかしこから視線は感じるものの、自分たちが手塚国光と跡部景吾と気づかれているフシはない。
「時間的にどれがいいかね」
「今日の上映一覧があった。今この回らしいな」
映画館に着いて、ロビーでたくさんの映画広告を見た。いちばん近い上映作品はどれだろうと指さし確認し、チラシであらすじを読んでみる。
「近いのはこれだが……」
「いや俺とお前でラブストーリーもねえだろ」
「恋愛映画は興味ないのか?」
「ふん、どんな映画も、俺とお前の間にあるロマンとドラマには負けちまうだろ」
「なるほど」
ではこれは止めておこうと、手塚が少し笑いながら選択肢から外す。本当に納得しているのかは不明だったが、笑い顔が観られて満足だ。
「こっちのはSFらしいな」
「それか、こっち。アクション。観てて気持ちよさそうだぜ」
「ではこれにするか。席が空いていればいいんだが」
公開からは少し時間が経っているらしいが、二人並んで座れるほどに空いているだろうか。手塚はチケットカウンターへと向かい、跡部はそれについていった。
「次の回でしたら中央が埋まり気味で、前方かもしくは後方のご案内となります」
「跡部、どちらがいい?」
カウンタースタッフに座席表を見せてもらい、手塚が振り向いてくる。跡部も一緒に表を覗き込むと、こことここが空いていると教えてくれた。
「後ろ。できれば最後列だな。俺もお前も背丈があるから、前の方だと他の客に邪魔になるかもしれねえ」
「そうか、そうだな。じゃあ、ここ……最後列の真ん中で、一般二枚」
「かしこまりました」
そうやって無事にチケットを購入して、映画館の中はこんなふうになっているのかと、跡部は物珍しそうにきょろりと見回す。
「あっちがシアターになってんのか。あそこは何だ? 売店?」
「ああ、映画のパンフレットやグッズを売っている。あとは、ドリンクと軽食を。映画館に来たらポップコーンは外せないだろう」
「ポップコーン……あれか。中に持ち込めんなら、買っていくか」
他の客が持っているトレーに、こんもりと盛られたポップコーンが見える。郷に入っては郷に従えだと、跡部は手塚が足を向ける前に手を引いて、フードコーナーへと足を向けた。
「手塚、何味がいいんだ。甘いのもあるようだが」
「半分ずつにするか。塩とキャラメル」
「そんなこともできるのか。じゃあそれと、ホットティーかな。お前はどうする?」
「ウーロン茶で」
映画を観る前からそわそわしてしまう。世の中の恋人たちは、みんなこんな楽しいことを経験してきたのかと思うと、やはりもったいないことをしてきたのかもと思う。もちろんテニスとどちらを選ぶのだと言われたらテニスだが、こんな青春の謳歌もしてみたかった。
「跡部、パンフレットを買ってもいいか? あとで一緒に読もう」
「ああ、いいな。記念にもなるだろ」
そうやって、ポップコーンとドリンク、パンフレットと、うっかり作中のキーアイテムらしきアイテムを模したキーホルダーをおそろいで買ってしまった。観る前から、随分と満喫してしまったようである。
「思ったよりお前が楽しんでくれているようで安心した。やはり、いいな。普通のデートも」
「そうだな。誘ってくれて感謝するぜ」
入場が開始されて、人の波に乗ってシアターに入る。購入した席に腰をかけ、トレーをカポリと手すりにはめ込む手塚にぱちぱちと目を瞬き、「なるほどね」と跡部もトレーをはめ込んで固定した。
「テーブルがあんのかと思った」
「新幹線か飛行機か」
「ふん、椅子も悪くはねーな。ウチのシアターの方がいいけど」
「お前のところと比べるんじゃない」
ふっと笑う吐息が聞こえた。手塚も楽しんでくれているようで、安堵した。
「さあ、始まるぞ跡部」
手塚はそう言って、いつもの眼鏡に変える。跡部も、ゆっくりとサングラスを外した。この暗い中、さらに最後列なら普段通りでも気づかれることはないだろう。
「ああ、楽しみだ」
たとえ、二人の間の手すりで当然のように手が重なっていたとしても。
お題:リライト様 /映画を観る
#お題 #両想い #未来設定
服の裾を引っ張る
いつでも一緒にいられるような、そんな恵まれた環境ではない。しようと思えばそういう環境にもできるけれど、いつかどこかで、ほころびができるだろう。
お互いに、一箇所のところに留まっていられるような人間ではないのだ。
手塚国光は、プロのテニスプレイヤーとして世界中の大会に出場しているし、跡部景吾は、実業家としてこちらもまた世界中を飛び回っている。
スケジュールを調整して、どうにか年に何回か逢瀬を持つのがやっとだ。それだって、月に一度あるかないか。土壇場で、約束がキャンセルになってしまったことだってある。それは主に、跡部の方の事情でだ。
埋め合わせは必ずすると、電話越しに何度『愛してる』と聞いたことか。
もう少し、一緒にいる努力をするべきだろうかと、俺はそんな時毎回思う。
大会や練習のペースを抑えれば、今よりは時間もできる。この世界で、唯一恋人と呼ぶ男を抱いて眠る夜も増やせる。
何度、そうしようとしたことか。
だけどその度に、それは跡部が許さないだろうなと踏みとどまるのだ。
手塚国光のテニスに誰よりも惚れているのは俺だ、と彼は豪語する。
中学三年の夏、初めて対戦したあの大会。その時からずっと最高のプレイヤーなんだと、悔しそうに、幸福そうに呟く跡部を見て、愛しさに駆られた。
彼との時間を増やすためにテニスを放棄することは、彼を手放すのと同義にも等しい。
俺自身も、テニスというスポーツを全身全霊で愛している。恋に溺れてプレイを制御するなんてこと、絶対に許せなくなる。
だから、そんなことは絶対にできない。
たとえ、今隣で腕に寄りかかってすうすうと眠る男と過ごせる時間が、あと僅かに迫っていたとしても。
逢って、抱き合う時間があったのは僥倖だ。食事をして、深夜映画を観る時間があったのも。
ドライブにでも出掛けるか? と提案したものの、家でゆっくりしたいとふるふる首を振った彼と、こうしてソファに座っているだけでもいい。
疲れている跡部を起こしたいとは思わないし、俺の隣でリラックスできるのならば、こんなに嬉しいことはない。
ベッドの中では、無茶をさせてしまったしな……。
「ん……」
それでも、俺の僅かな身じろぎで跡部が覚醒してしまった。しまった……。
「すまない、起こしたな」
「いや、悪い……寝ちまってたのか。おい、ていうか映画終わっちまってんじゃねーか。犯人誰だったんだ?」
眠そうな目を擦りながら、跡部が音を消したテレビ画面に気づく。
観ていたのはミステリー映画だったのだが、跡部は三人目の犠牲者が出るあたりで眠ってしまった。核心に触れない部分しか観ていないのでは、気になるところだろう。
「ああ、犯人はあの――」
「待て待て、当ててやるぜ。ちょっと考えさせろよ」
教えてやろうとした俺を手のひらで制して、観れた部分を必死で思い起こしているようだ。
俺はその可愛らしい様子を横目に、テーブルの上を片付ける。もうほとんど残っていないワインボトルの中身を、瓶のまま飲み干した。
こんなことをしていると、やっぱりもっと長い間一緒にいたいなと思うんだがな。
朝には、跡部が向こうに戻らなければいけない。
ソファなんかでなく、ちゃんとベッドで眠った方が疲れも取れるだろう。抱きしめながら眠るくらいはできるはずだ。
「分かった、最初に出てきた叔母ってヤツだろ。絶対そうだ」
「残念だが、ハズレだ。彼女は三番目に殺された」
「なんだと。びっくりじゃねーの」
跡部はまた考え込んで、うんうん唸っている。たかが映画の結末にさえ一生懸命なこの男が、どうしようもないほど愛しい。
「ほら跡部、ちゃんとベッドで眠るぞ。犯人は今度ちゃんと教えてやるから」
皿やカップを食洗機に入れて、跡部の腕を引っ張る。後の片付けは、朝彼を見送ってからでいいだろう。
「あ、悪い、片付け全部させちまって」
「構わないさ、お前は客なんだから」
「……客、ねえ。そんな他人行儀な間柄じゃねえつもりなんだが」
苦笑を浮かべる跡部の背中を抱いて、寝室へと促す。それは確かにそうだが、疲れている跡部に片付けを手伝わせろというのか? 無理だ、そんなの危なっかしくて見ていられないだろう。
「なあ、お前のここって賃貸だったか?」
「ああ、どこかに購入しようかと思ったこともあるんだが、結局面倒で。ずっとここでいいかとも思っている」
「買うか、家」
「……なに?」
まるで何でもないように跡部が口にする。確かに、資金的にはお互い余裕があるが、家を買ったからって一緒にいる時間が長くなるわけではないのに。
「共同名義で、こっちと、俺の拠点の方に。一個ずつな」
「どうしてそんな」
「鈍いヤツだな。俺はここに来た時、いらっしゃいじゃなくておかえりって言われたいんだよ」
跡部はそう言って、不満そうに口を尖らせる。俺が先ほど「客」と言ったことも原因なんだろう。客ではなく、その家の住人になりたいということか。
「お前の部屋を出ていく時、行ってきますと言いたい。なあ手塚、駄目か?」
つん、と服の裾を引っ張られる。そんなおねだりをされて、駄目だなんて言えるわけがない。嬉しくて、ベッドの手前で跡部を抱きしめる。
「俺と、お前が、帰る家か。俺も向こうで大会があった時は、そこに帰るんだな」
「ああもちろんだ。なあ、そうしよう。だいぶ遅くなったが、一緒に暮らそうぜ」
一緒にいる時間は長くならない。
だけど、ここがお前の帰る場所なのだと、胸を張って言えるのだ。
「物件探すか。手塚、タブレット持ってこい」
「いやお前、寝るんじゃないのか」
「善は急げだ!」
言い出したら聞かないな。まあ俺も嬉しいが、きりのいいところで絶対に寝かそう。
朝は、予行演習で「行ってらっしゃい」と言ってやるから。
お題:リライト様 /服の裾を引っ張る
#お題 #両想い #未来設定
手を繋ぐ
膝の上に置かれた手が、なんだか寂しそうに見えた。
実際にはそんなことはないのだろうが、本のページをめくるためにしか持ち上げられないそれが、もっと使われたがっているように思えたのだ。
跡部は手塚の隣でそれをじっと眺め、骨張った男らしい手の甲を指先でそっと撫でた。
「跡部? どうした」
「ん? いや、なんでも」
「そうか」
跡部のその行動に疑問は示したものの、不快そうではない。ホッとして、また眺めるだけにしておく。本を読む時間を邪魔したいわけではない。それでなくてもここ最近忙しそうにしていたのだから、たまにはゆっくり本くらい読ませてやりたい。
手塚が気を遣わないようにと――もともとそんなものを遣うような男ではないにしてもだ――使用人たちには休暇を与えている。
そのため、身の回りのことはすべて自分たちでしなければならない。
だが、二人きりで過ごせるのはとても嬉しかった。
冷めてしまっているなと、手塚に入れてやった紅茶も寂しそうにしているのに気がつく。入れ直すか、それとも緑茶かほうじ茶にしてやろうか。冷たい飲み物の方がいいかもしれない。
何が飲みたいか訊こうと思っても、邪魔をしたらいけないという気持ちが、跡部を押し黙らせる。
そわ、そわ、と視線があちこちを泳いで落ち着かない。
そんな跡部に気がついたのか、手塚が顔を上げて振り向いてきた。
「どうしたんだ跡部、さっきから。落ち着かない様子だが」
本を読んでいたはずではないのか、と跡部は言葉に詰まった。気配で悟らせていたのか、結局気を散らせてしまったことを申し訳なく思った。
「ん、いや、あの。何か、飲み物をと思ったんだが。好みを訊こうとして」
邪魔をしてすまないと小さく続けたら、手塚は目をぱちぱちと瞬いて、思い出したように紅茶のカップに視線を移した。
「そういえば、入れてもらっていたな。すまない、すっかり忘れていた」
言いながら、冷め切った紅茶のカップを持ち上げ、何も気にすることなく口に含んだ。
「おい、冷めてんだろ」
「確かに冷めているが、美味いぞ」
世辞なら結構だと返しかけたが、手塚が世辞など言うガラか、と思いとどまる。本当に、温度など関係ないのだろう。あまり頓着しない男だというのは知っていて、こちらが気にしすぎなのかと、跡部は深くため息を吐いた。
「お前、集中するとあんまり周りに目を向けねえよな。そういうヤツだよ」
「そんなことはない」
む、と口を一文字に結んで眉を寄せる。無自覚なのかと、跡部は肩を竦めた。
褒めているつもりはもちろんないが、心の底から不満だというわけでもない。
そもそも今日は、手塚をゆっくりさせてやりたかったのだから、ほんの少しの寂しさなど心の奥にしまい込むべきだ。
「お前はゆっくりしてろよ、手塚。そろそろ昼食の準備しなきゃいけねえから、俺は席を外すぜ」
話題を逸らそうと、時計を覗き込む。ちょうどいい頃合いで、少し頭を冷やすにもこのタイミングは最適だった。
「昼食?」
「もうすぐ昼だろ。腹減ってねえか?」
「いや、そういう意味ではなく、お前が準備するのか、跡部」
手塚はパタンと本を閉じ、驚いた表情で訊ねてくる。言わなかっただろうか? 今日は使用人を置いていないと。それとも、聞いていなかったのだろうか。
「準備ったって、盛り付けたりちょっと火を通したりするだけだぜ。作り置いてもらったヤツだから、味の保証はする」
いつかは一から作った手料理をごちそうしてみたいが、跡部自身も忙しい身だ、いつになることやら。
「そうか……今日はやけに静かだと思ったら、ここには俺とお前だけだったのか」
「言ったと思うんだが」
「お前に久しぶりに逢えて、浮かれていたせいかもしれない。覚えていないな」
不遜に腕を組む手塚。
それが浮かれている男の態度か、と思わなくもないが、彼がそう言うのなら信じてやろう。
「じゃあ、この紅茶も、お前が?」
「ああ。それは俺の得意分野でもあるがな」
そうか……と手塚はどうしてか沈んだ声を出す。わずかに俯いて、心なしか元気が無くなったように見えた。
「もっと味わって飲むべきだった。跡部、良ければまた後で入れてくれないか」
「……別に怒ってねえから、しょげんな、ばか」
なるほどそれで気落ちしてしまったのかと気づいて、跡部はため息とともにそう返してやる。そうしたら、目に見えて手塚がホッとした表情に変わる。こんな時ばかりは分かりやすい。
「昼食の準備、手伝わせてくれないか。二人でやれば早くできるだろう」
「ん? いいのかよ、本読んでなくて。好きなんだろ、それ」
詫びのつもりなのか、手塚が提案してくる。確かに二人で準備すれば早いだろうが、それでは手塚がゆっくりできない。
「いや、俺はこの本を読みたかったというより、お前と一緒の空間で過ごしたかっただけだ。お前がキッチンへ行くというのなら、一緒にいたい」
しごく真面目くさった顔で、手塚はとんでもないことを言ってくる。跡部の頬が、二秒遅れてカアッと赤く染まった。
「おま、え、な……」
不意打ち過ぎて、心の準備ができていない。どうしてこの男はこう、脈絡なく愛の言葉を吐いてくるのだろうか。予告くらいしてほしい。
「跡部、駄目だろうか?」
「駄目じゃねえ。俺は今幸せ噛みしめてんだ、ちょっと待ってろ」
「そうか、分かった」
そうは返してくるが、手塚は何をどこまでちゃんと理解しているのか。
恋人に、一緒にいたいと言われて嬉しくないわけがない。本に夢中だと思っていただけに、感動はひとしおだ。そこで気がついた。
本を読んでいる手塚の手に触れてしまった、先ほどのあの行動は、自分が寂しがっていたせいなのだと。手塚の手が寂しそうだったのではなく、跡部の指先が寂しかっただけなのだと。
「あのよ、手塚……」
「なんだ」
「メシ食ったら……その、嫌でなければでいいんだが、く、くっついて過ごしたい……ベッドでなくていいから」
改めてこんなことを言うのは、思ったよりも恥ずかしい。
ベッドでも構わないが、真っ昼間からというのも、それはそれで照れくさい。
「ベッドでなくてもいいのか」
「…………そっちは気分次第で」
残念そうな手塚の声に折れてしまうのが、悔しい。
手塚の好きにさせてやりたいと思うほどには、惚れ込んでしまっっているのだから、仕方のないことかもしれないが。
「分かった。ではまず食事だな。キッチンへ行こう、跡部」
すっと手を差し出される。跡部はその手に自分の手のひらを重ね、指を絡めた。
こうして手を繋ぐだけでも、手塚の体温が伝わってきて安心できる。些細な触れ合いで構わないのだと寄りかかって、頬にひとつキスを贈った。
「ああ、行こうぜ手塚。放すんじゃねーぞ」
「無論だ」
手塚からお返しのキスを頬にもらって、手を繋いだままキッチンへと向かっていく。
昼食を済ませたら、恐らくベッドになだれ込むことになるのだろうなという予感と、期待に胸を膨らませながら。
お題:リライト様 /手を繋ぐ
#お題 #両想い
相合い傘
突然の雨だった。
天気予報はときどき当てにならない。ざあざあと大きな音を立てて降ってくる雨は、粒や雫なんて言えるほど可愛らしいものではなかった。
ゲリラ的な降雨だろう。すぐに通り過ぎていくとは思うが、時間をロスするのは痛いと、跡部は空を見上げた。
今から迎えの車を呼ぶのもアレだし、着く頃には止んでしまっているかもしれない。
「跡部? 帰らないのか」
かけられた声に振り向くと、手塚の姿。正直今はいちばん見たくない顔だった。
合同練習のあと、コーチたちとの反省会に出ていた跡部と手塚は、他の部員たちより上がるのが遅くなった。それは別に問題ない、部長の役割としては、よくあることだ。
ただ、タイミングの悪いことに、跡部は手塚への恋情に気づいてしまった直後なのだ。
跡部自身、まだ納得できていない感情を抱いたまま、手塚の顔は見たくないし、声も聞きたくない。
「雨」
言いながら、雨の降りしきる外を顎で指す。傘がない状態でこの雨足の中歩いて行くのは得策ではない。
「ああ、酷い降りになったな。傘ならあるが、一緒に使うか? 家まで送ろう」
「は?」
跡部は素っ頓狂な声を上げた。なぜ傘を持ってきているのだろう。つい先ほどまで晴天だったのに。備えにも程がある。
「祖父が、持っていけと言ってくれたのでな」
「なるほど。でもこれ、すぐ止むだろ」
「止むまで待つのか? 二時間は止まないようだぞ」
「う……」
雨雲レーダーとやらのアプリ画面を見せてくる手塚に、跡部は言葉に詰まった。さすがにそんなに時間がかかるのならば、帰りたい。
「………………それなら、お前の言葉に甘える。心配しなくても、もてなしくらいはしてやる」
「そんなものは別にいいが、律儀な男だな」
手塚の口許が、ほんの僅かに緩む。珍しいものを見たと、うっかり跡部の胸が鳴った。
そうして一本の傘を二人で差して、雨の中を歩く。さすがに距離が近くて、跡部ばかりが落ち着かない。
「今日の練習は有意義だったな」
「そうだな……お前はちょっと柔軟に力入れろ」
「なかなかお前のようにはいかないが」
「フン、俺様と比べようなんて百年早ぇんだよ」
気づいたばかりの恋情は、絶対に言いたくないものだ。
だけどこうして手塚と話すうち、認めてやってもいいかもしれないとは思い始めた。この近すぎる距離が、心地良くなってきている。
傘にぶつかってくる雨が激しい分だけ、胸の中が逆に落ち着いた。速い心音を、雨が攫っていってくれたのだろうか。
「お前は派手な見た目とは裏腹に、ものすごく努力しているようだな。そういうところは、好感が持てる」
「そ、…………う、かい、ありがとよ」
普段ならなんでもないような賛辞が、胸を撃ち抜いてきた。人の気も知らないで、と責めたくもなったが、言ってないどころか自身さえ先ほど自覚したのだから仕方がない。
この男が好きなのか、と、じんわり実感してくる。
手塚国光ほどの男なら、まあ惹かれてしまっても仕方がないなと思わず口の端を上げた。
「なあ手塚、この後暇なら俺んとこでゆっくりしていけよ。昔の全英オープンとか、でかい画面で観ねえか」
「ああ、それは観たいな。お前さえ良ければ、是非」
「決まりだ」
やはり、穏やかに恋情を感じることができる。くさくさとした気分は、雨が持っていってくれたに違いない。
それでも、この気持ちを告げようとは欠片も思わなかったけれど。
お題:リライト様 /相合い傘
#お題 #片想い
ストレッチ
コイツの体は、もっと柔らかいと思っていた。
二人一組でと指示されたストレッチ。手塚と組むことになったのだが、驚いた。思ったより柔軟性がない。
「もう少し曲がんだろ」
「……もう少しだけなら、恐らく」
前屈で背中を押してやっているんだが、硬い。まあ標準よりは柔らかいんだろうが、スポーツ選手としてはどうなんだ。
「いっ……」
手塚がうめく。コイツこんな声出すのかよ。知らなかったな。だが俺は容赦なく手塚の背中を押した。背中というか、脇腹の筋肉が震えているのが伝わってくる。
「手塚、息止めんな。吐いて、吸え。もう一回、……もう一度だ。そう、上手いぜ」
息を止めれば、それだけ力が入ってしまう。入れるべきではないところにだ。呼吸は基本中の基本だってのに、コイツは今まで何をしてきたんだよ。
一度、真面目にメニュー組んでやった方がいいのか? なんならトレーナー探すか。
交代を指示され、あちこちで嘆きと開放感にまみれた声が聞こえた。俺も手塚と入れ替わり、前で足を開く。
「……柔らかいな、お前は」
「これくらい当然だろ。もっと来てもいいんだぜ」
「そうか」
手塚の動きに合わせて、息を吐く。息を吸う。肉を縮め、肉を伸ばす。
「……っん」
それでも、他人の力がかかるというのは予想外の負荷を味わう時がある。思わず漏れた声に、手塚の手が止まってしまった。
「すまない、強くしすぎただろうか」
「いや、平気だぜ。悪い、ちょっと油断した」
「お前が油断するとはな」
「うるせえ」
手塚の手のひらが、先ほどよりゆっくり、それでもより強く俺の背中を押してくる。熱を帯びたそれは、なんだか俺を妙な気分にさせた。
手塚の手って、こんなに熱いのかよ。あと、思ってたよりでけェんだな……。
やべえ、なんでこんなにドキドキするんだ。呼吸は正しくやってたはずだろ。
ストレッチなんだぜ。間違う要素がどこにあるんだ。
「お前、どこまで柔らかいんだ、跡部。しかしそのしなやかさがあるからこそ、あの技なのか」
起こした体の耳元で、手塚の声が聞こえる。ぞわりと背筋を悪寒みたいなものが走り抜けてった。ちょっと待て、熱いのに、悪寒てなんだ。おかしいだろ。
「跡部、もう少し足を開けるか? お前ならできるだろう」
手塚の指先が、太腿に触れてくる。
カアッと顔の熱が上がって、自覚した。
不埒な感覚だったのだと。俺は頭を抱えたくなった。
くそ、なんでだ。
言葉を聞いているだけじゃ、おかしな思考にもなろうってもんだが、今やっているのはストレッチだ。実際に自分の体を使っているんだ。おかしな勘違いをするんじゃねえ。
手塚が俺の体に触れているからって、そういう色っぽいことをしているわけじゃない。手のひらが熱いからって、そういう情欲があるわけじゃない。
これは純粋にストレッチなんだ。
「跡部、脚はここが限界か? もう少し開け」
妙な言い回しすんじゃねえ手塚ァ! テメェができねえのに俺にやらせんじゃねえよ!
って叫んでやりたいのに、無理だ。口を開いたらおかしな言葉しか飛び出してきそうにねえ。
俺は仕方なく、脚をめいっぱい広げてみせた。手塚が後ろで助かったぜ……。
「なるほど、綺麗なものだな。体のラインというか、筋肉の伸縮というか……この辺りの」
手塚の指先が、俺の脇腹に触れる。思わず息を飲んで、飛び出してきそうな変な声を抑えて、口を覆った。余計なことしやがって、この馬鹿。
俺も、こんなもんで反応すんじゃねえ! 思春期のガキか! まあ紛うことなきガキなんだが……。
おいちょっと待て、衝撃がデカすぎて認識できてなかったが、俺まさか……手塚のこと好きなのか? 他のヤツだったら、こんなに反応しねえだろ。
え、いや、本当に待て。そんな馬鹿なことがあるか。相手は手塚だぞ、冷静になれ。
だがよく考えれば、俺が手塚相手に冷静だったことなんてない。いつだって傍にいたかったし、目で追ってしまっていた。
「……あー……〰〰」
なるほどね、と前に伏せながら納得する。気づいてしまえば簡単で単純なものだ。
「なんだ跡部、どうした」
「いいや、ちょっと自分の愚かさに辟易していただけだぜ……」
「それは大変だな」
ああ、なんでよりによってテメェなんだ。どうして寄りによってこんな時に気づくんだ。もう少しロマンチックなきっかけでもいいじゃねーの……。
なんだってこんな、大変だなと言いつつ力を貸そうとはしない、気の利かねえ男を。
ちくしょう悔しい。ぜってぇ言わねえからな、手塚。
俺はお前が好きなんだなんて、ぜってぇに。
お題:リライト様 /ストレッチ
#お題 #片想い
腕を組む
手塚はよく腕を組んでいる。
そうやって、部員たちの動向を見守っているようなのだ。部長として当然だなと鼻を鳴らした。
今日は青学と氷帝の合同練習だ。ひょんなことがきっかけで実現してしまったが、そのきっかけがなんだったのか、もう思い出せない。
「氷帝は基礎的な筋力トレーニングが多いのか? スクワットの種類を日によって変えているようだが」
手塚は組んでいた腕を外し、練習メニューを覗き込んで指を指してくる。
「ああ、そうだな。特に足と……腰周りの強化に。体幹鍛えてねえと重い打球は受け止められねえし。パワープレイヤーがいる相手校だと、もう最初に打ち負けちまう」
「マシンも充実していて、羨ましいことだ」
他校の練習メニューを実際に見て一緒にやってみる、というのは悪くない趣向だ。部員たちも新鮮なのか、楽しそうにやってやがる。
「青学は随分と走り込みが多いな。呼吸法に力を入れてるのか」
「持久戦に持ち込まれた時に、呼吸の仕方で変わってくるだろう」
「なるほどね」
手塚の言い分に、俺も頷く。持久戦は俺が得意としている戦法で、終盤に息が荒れているかどうかは大事な判断材料にもなる。
「他校のメニューは、やはりためになるな」
ふむ、と感心したようにまた腕を組む。手塚にはその格好が楽なのだろうか。真似をして組んでみた。
そうしてみて気づくが、あまり違和感がない。どうやら俺も、手塚ほどとはいかなくとも、腕を組む格好は多いらしい。
手塚と同じ格好をしているというのが、どうしてか気恥ずかしくて、早々に腕を外す。
どうして、手塚が隣にいるとこんなにも落ち着かない気分になるのだろう。テニスをしたいからか? いや、そういうそわそわとは違う気がする。
「手持ち無沙汰なようだな、跡部」
「アーン? アイツらが慣れねえメニューで変な怪我しねえように見てんのも、部長の役目だろうが」
「そういうのは監督やコーチの役割だと思うが……真面目なのは結構だ」
テメーに言われたかねえ。そっちだって、他のヤツら見守ってるばっかりじゃねえか。
けどまあ、手持ち無沙汰ってのは事実だな。手塚の言うように、監督たちに任せて俺も何かメニューやって――。
「跡部、良ければラリーしないか。向こうのコートが空いている」
目を瞠った。まさか手塚の方から誘ってくるとは思わなかったぜ。
今の今まで組んでいた手に、ラケットが握られている。俺が断るなんて、微塵も思っていないようだ。
確かに断るつもりはねえし、コイツのこんな強引さは心地いいんだよな。
「いいぜ、相手してやろうじゃねーの!」
「ああ、油断せずに行こう」
いつもの台詞を聞いて、俺は笑いながら空いたコートに向かった。
お題:リライト様 /腕を組む
#お題 #片想い
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広い湯船に浸かる恋人の、心地よさそうな吐息が聞こえてきた。
目に毒だ、いや耳に毒だなと思いながら、手塚は体についた泡を流す。
心地よさそうな吐息なんて、先ほどまでベッドの中で散々聞いていただろうと、また頭をもたげ始める欲望を抑え込む。
無茶をさせたのだから、これ以上は手を出さないと決めてバスルームに連れてきたのに、これでは駄目だ。
一人ずつ入るべきだったかと今さら思うが、気怠そうな跡部を放ってもおけない。下手をしたら、うまく体を動かせずにのぼせてしまうだろう。
平常心、平常心、と思いつつ髪を洗い、水で流して言葉通り頭を冷やした。
「なんの修行だ……?」
それを見ていたのか、跡部がバスタブから声をかけてくる。「お前のせいだ」とは言わずに、ただそういう気分だったとだけ答えた。
だがさすがに水をかぶった体は冷える。湯に浸かろうと、手塚は腰を上げてバスタブに向かった。
跡部の隣に体を沈めて、はぁ~とゆっくり息を吐く。ちょうどいい湯加減だ。
「やはり、広いと気持ちがいいな」
「狭い風呂ってのが経験ねえから分からねえが、まあ、ウチのは気持ちいいだろうな」
何せ野郎二人で入ってもまだまだ余る、と足をぴんと伸ばして揺らす跡部。
なんとも贅沢な発言だったが、そんなことより、膝にもついたキスマークの方が気に掛かった。
そんなところにつけただろうかと思い起こして、ああつけたと自己完結して、小さく頷く。
そもそも、そんな場所に触れられるのは自分だけのはずなのだから、犯人は分かりきっているのだが。
腕や、腰のあたりにもある。太腿、胸は当然とでもいうように。
ちゃんと数えたら、両手では足りないのではないだろうか。
「…………なに見てんだよ」
「え、あ、いや……。お前の体を見ていた」
「馬鹿正直だなテメーはよ! ……あんま、見んなよ。照れくさい」
そう言って、跡部はふいとそっぽを向いてしまう。
散々見ているし触れてもいるのに、照れくさいというのはどういうことか。さらに言うと、跡部は普段からそう露出が控えめな方ではないというのに。
「ベッドの中で散々見たが。まあそれでも飽きないのだからしょうがない。慣れろ」
「な、慣れるか、ばか! ベッドの中、とか、あんま理性ねえから……平気でいられんだよ……」
終わった後はいつも恥ずかしい、と続けられて、脳天を撃ち抜かれたような気分だった。
これは何か、理性を試されてでもいるのだろうかと手塚は項垂れる。
正直、跡部景吾が恥ずかしがっている表情というのは、破壊力がものすごい。
普段があれだけ派手で、強引で、恥じらいなど持ち合わせていないかのような男が、自分の前だけで見せる表情というのは腰にくるものがある。
ベッドの中でも色気が壮絶なのだが、理性のある状態でこんなことを言われると、おかしなことになっても仕方がない気がしてきた。
「跡部、お前は少し自分の言動を見直すといい。正直に言うと、欲情している」
「アーン!? ば、ばかお前……も、もう無理だからな!」
「分かっている。だから気をつけろと言っているんだ。これでも必死で抑えているんだぞ」
思春期の男子中学生の欲求というものは、同じ男子中学生である跡部なら分かっているはずなのに、油断と隙だらけだ。
「お前のことは大事にしたい。たびたび無茶をさせるかもしれないが、それだけは本当のことだ。ちゃんと知っていてくれ」
そう言うと、跡部は気まずそうに視線を泳がせて、しょんぼりと眉を下げて頷いてくれる。
怒っているわけでなく、気をつけてほしいと言っているのだが、叱られた子どものような表情は、罪悪感とやっぱり欲望を抱かせる。
「そ、そうやって……俺のこと気遣ってくれるのは嬉しい。たぶん、俺がまだ信じ切れてないだけだと思う」
「信じ切れてないって……俺をか? どういうことだ跡部、俺はお前をちゃんと好きだと言ってきたはずだが」
血の気が引いていく気分だった。
まさか今さら、この気持ちを疑われていたと発覚するなんて。
ちゃんと伝えてきたつもりだが、手塚は自分が口下手なことを自覚している。やはり足りなかっただろうかと、慌てて跡部の腕を掴んで振り向かせた。
「ち、違う、そうじゃねえ。お前の気持ちを疑ってるとかそういうのじゃ……ない。ただ、俺はお前のことずっと好きだったから、こういう関係になれたってことが、まだ夢みてぇで……お前が俺に欲情してるって認識が、薄いんだと思う」
「なんだ、そう、……………………待て跡部。ずっとってどういうことだ。俺が告白する前から好きでいてくれたということか?」
いろいろ聞き流せないことを急に言わないでほしい。手塚は眉間にしわを寄せて、ひとつひとつ理解をしようと務めた。
跡部は手塚の気持ちを疑っているわけではない。
これは理解した。安心だ。
跡部に対して欲情する手塚国光というのが、まだ認識できていない、と。
まあ気持ちは分からないでもなかった。周りにはどうも、テニスしか興味がないと思われているようなのを、手塚は自覚していた。
ずっと好きだったから、こんな関係になれたのが夢みたいで――?
正直これについてはもっとちゃんと聞かせてほしいと、跡部の顔を覗き込んだ。
顔を真っ赤にして、ふるふると唇を震わせている。
うっかりそこにキスをしてしまったが、理性を総動員して体を離す。今はこんなことをしている場合ではなかったのだ。
手塚は跡部の体をぐいと押しやって、深呼吸を繰り返した。
「すまない、話を聞きたい。いつから好きでいてくれたんだ、跡部」
「お、お前のことは試合会場で見たことあったし、目を見てたぶんすごい強いヤツだって思ってた。なんでかずっと特別だったんだ。けどちゃんと恋だって思ったのは、関東大会……だと思う。あの試合からずっと気に掛かってて、お前が九州から戻ってきた頃には、自覚してたぜ」
呆然とした。それはたぶん、手塚が跡部景吾というプレイヤーの名を知った頃からなのだろう。そんなに前から、心がつながっていたというのだろうか。
じわじわと、体の熱が上がってくる。
「…………手塚、顔。赤いぜ」
その熱は頬まで上がってきてしまって、跡部に指摘された。恥ずかしくてしょうがない。照れくさくて仕方がない。幸福で、体が震えそうだった。
「……あまり、見ないでくれ。そんなこと、思ってもみなかった」
「ふ……ん、可愛い顔すんじゃねーの、手塚ぁ」
「可愛くない」
「いーや、可愛いぜ」
しばらくこれでからかってやろうという腹づもりなのが、まざまざと伝わってくる。思いがけない告白に、心の準備ができていなかっただけだと言ってやりたい。
なんだか機嫌の良さそうな跡部が、とても可愛らしいということも付け加えてだ。
#お題 #両想い