- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.663, No.662, No.661, No.660, No.659, No.658, No.657[7件]
相合い傘
突然の雨だった。
天気予報はときどき当てにならない。ざあざあと大きな音を立てて降ってくる雨は、粒や雫なんて言えるほど可愛らしいものではなかった。
ゲリラ的な降雨だろう。すぐに通り過ぎていくとは思うが、時間をロスするのは痛いと、跡部は空を見上げた。
今から迎えの車を呼ぶのもアレだし、着く頃には止んでしまっているかもしれない。
「跡部? 帰らないのか」
かけられた声に振り向くと、手塚の姿。正直今はいちばん見たくない顔だった。
合同練習のあと、コーチたちとの反省会に出ていた跡部と手塚は、他の部員たちより上がるのが遅くなった。それは別に問題ない、部長の役割としては、よくあることだ。
ただ、タイミングの悪いことに、跡部は手塚への恋情に気づいてしまった直後なのだ。
跡部自身、まだ納得できていない感情を抱いたまま、手塚の顔は見たくないし、声も聞きたくない。
「雨」
言いながら、雨の降りしきる外を顎で指す。傘がない状態でこの雨足の中歩いて行くのは得策ではない。
「ああ、酷い降りになったな。傘ならあるが、一緒に使うか? 家まで送ろう」
「は?」
跡部は素っ頓狂な声を上げた。なぜ傘を持ってきているのだろう。つい先ほどまで晴天だったのに。備えにも程がある。
「祖父が、持っていけと言ってくれたのでな」
「なるほど。でもこれ、すぐ止むだろ」
「止むまで待つのか? 二時間は止まないようだぞ」
「う……」
雨雲レーダーとやらのアプリ画面を見せてくる手塚に、跡部は言葉に詰まった。さすがにそんなに時間がかかるのならば、帰りたい。
「………………それなら、お前の言葉に甘える。心配しなくても、もてなしくらいはしてやる」
「そんなものは別にいいが、律儀な男だな」
手塚の口許が、ほんの僅かに緩む。珍しいものを見たと、うっかり跡部の胸が鳴った。
そうして一本の傘を二人で差して、雨の中を歩く。さすがに距離が近くて、跡部ばかりが落ち着かない。
「今日の練習は有意義だったな」
「そうだな……お前はちょっと柔軟に力入れろ」
「なかなかお前のようにはいかないが」
「フン、俺様と比べようなんて百年早ぇんだよ」
気づいたばかりの恋情は、絶対に言いたくないものだ。
だけどこうして手塚と話すうち、認めてやってもいいかもしれないとは思い始めた。この近すぎる距離が、心地良くなってきている。
傘にぶつかってくる雨が激しい分だけ、胸の中が逆に落ち着いた。速い心音を、雨が攫っていってくれたのだろうか。
「お前は派手な見た目とは裏腹に、ものすごく努力しているようだな。そういうところは、好感が持てる」
「そ、…………う、かい、ありがとよ」
普段ならなんでもないような賛辞が、胸を撃ち抜いてきた。人の気も知らないで、と責めたくもなったが、言ってないどころか自身さえ先ほど自覚したのだから仕方がない。
この男が好きなのか、と、じんわり実感してくる。
手塚国光ほどの男なら、まあ惹かれてしまっても仕方がないなと思わず口の端を上げた。
「なあ手塚、この後暇なら俺んとこでゆっくりしていけよ。昔の全英オープンとか、でかい画面で観ねえか」
「ああ、それは観たいな。お前さえ良ければ、是非」
「決まりだ」
やはり、穏やかに恋情を感じることができる。くさくさとした気分は、雨が持っていってくれたに違いない。
それでも、この気持ちを告げようとは欠片も思わなかったけれど。
お題:リライト様 /相合い傘
#お題 #片想い
ストレッチ
コイツの体は、もっと柔らかいと思っていた。
二人一組でと指示されたストレッチ。手塚と組むことになったのだが、驚いた。思ったより柔軟性がない。
「もう少し曲がんだろ」
「……もう少しだけなら、恐らく」
前屈で背中を押してやっているんだが、硬い。まあ標準よりは柔らかいんだろうが、スポーツ選手としてはどうなんだ。
「いっ……」
手塚がうめく。コイツこんな声出すのかよ。知らなかったな。だが俺は容赦なく手塚の背中を押した。背中というか、脇腹の筋肉が震えているのが伝わってくる。
「手塚、息止めんな。吐いて、吸え。もう一回、……もう一度だ。そう、上手いぜ」
息を止めれば、それだけ力が入ってしまう。入れるべきではないところにだ。呼吸は基本中の基本だってのに、コイツは今まで何をしてきたんだよ。
一度、真面目にメニュー組んでやった方がいいのか? なんならトレーナー探すか。
交代を指示され、あちこちで嘆きと開放感にまみれた声が聞こえた。俺も手塚と入れ替わり、前で足を開く。
「……柔らかいな、お前は」
「これくらい当然だろ。もっと来てもいいんだぜ」
「そうか」
手塚の動きに合わせて、息を吐く。息を吸う。肉を縮め、肉を伸ばす。
「……っん」
それでも、他人の力がかかるというのは予想外の負荷を味わう時がある。思わず漏れた声に、手塚の手が止まってしまった。
「すまない、強くしすぎただろうか」
「いや、平気だぜ。悪い、ちょっと油断した」
「お前が油断するとはな」
「うるせえ」
手塚の手のひらが、先ほどよりゆっくり、それでもより強く俺の背中を押してくる。熱を帯びたそれは、なんだか俺を妙な気分にさせた。
手塚の手って、こんなに熱いのかよ。あと、思ってたよりでけェんだな……。
やべえ、なんでこんなにドキドキするんだ。呼吸は正しくやってたはずだろ。
ストレッチなんだぜ。間違う要素がどこにあるんだ。
「お前、どこまで柔らかいんだ、跡部。しかしそのしなやかさがあるからこそ、あの技なのか」
起こした体の耳元で、手塚の声が聞こえる。ぞわりと背筋を悪寒みたいなものが走り抜けてった。ちょっと待て、熱いのに、悪寒てなんだ。おかしいだろ。
「跡部、もう少し足を開けるか? お前ならできるだろう」
手塚の指先が、太腿に触れてくる。
カアッと顔の熱が上がって、自覚した。
不埒な感覚だったのだと。俺は頭を抱えたくなった。
くそ、なんでだ。
言葉を聞いているだけじゃ、おかしな思考にもなろうってもんだが、今やっているのはストレッチだ。実際に自分の体を使っているんだ。おかしな勘違いをするんじゃねえ。
手塚が俺の体に触れているからって、そういう色っぽいことをしているわけじゃない。手のひらが熱いからって、そういう情欲があるわけじゃない。
これは純粋にストレッチなんだ。
「跡部、脚はここが限界か? もう少し開け」
妙な言い回しすんじゃねえ手塚ァ! テメェができねえのに俺にやらせんじゃねえよ!
って叫んでやりたいのに、無理だ。口を開いたらおかしな言葉しか飛び出してきそうにねえ。
俺は仕方なく、脚をめいっぱい広げてみせた。手塚が後ろで助かったぜ……。
「なるほど、綺麗なものだな。体のラインというか、筋肉の伸縮というか……この辺りの」
手塚の指先が、俺の脇腹に触れる。思わず息を飲んで、飛び出してきそうな変な声を抑えて、口を覆った。余計なことしやがって、この馬鹿。
俺も、こんなもんで反応すんじゃねえ! 思春期のガキか! まあ紛うことなきガキなんだが……。
おいちょっと待て、衝撃がデカすぎて認識できてなかったが、俺まさか……手塚のこと好きなのか? 他のヤツだったら、こんなに反応しねえだろ。
え、いや、本当に待て。そんな馬鹿なことがあるか。相手は手塚だぞ、冷静になれ。
だがよく考えれば、俺が手塚相手に冷静だったことなんてない。いつだって傍にいたかったし、目で追ってしまっていた。
「……あー……〰〰」
なるほどね、と前に伏せながら納得する。気づいてしまえば簡単で単純なものだ。
「なんだ跡部、どうした」
「いいや、ちょっと自分の愚かさに辟易していただけだぜ……」
「それは大変だな」
ああ、なんでよりによってテメェなんだ。どうして寄りによってこんな時に気づくんだ。もう少しロマンチックなきっかけでもいいじゃねーの……。
なんだってこんな、大変だなと言いつつ力を貸そうとはしない、気の利かねえ男を。
ちくしょう悔しい。ぜってぇ言わねえからな、手塚。
俺はお前が好きなんだなんて、ぜってぇに。
お題:リライト様 /ストレッチ
#お題 #片想い
腕を組む
手塚はよく腕を組んでいる。
そうやって、部員たちの動向を見守っているようなのだ。部長として当然だなと鼻を鳴らした。
今日は青学と氷帝の合同練習だ。ひょんなことがきっかけで実現してしまったが、そのきっかけがなんだったのか、もう思い出せない。
「氷帝は基礎的な筋力トレーニングが多いのか? スクワットの種類を日によって変えているようだが」
手塚は組んでいた腕を外し、練習メニューを覗き込んで指を指してくる。
「ああ、そうだな。特に足と……腰周りの強化に。体幹鍛えてねえと重い打球は受け止められねえし。パワープレイヤーがいる相手校だと、もう最初に打ち負けちまう」
「マシンも充実していて、羨ましいことだ」
他校の練習メニューを実際に見て一緒にやってみる、というのは悪くない趣向だ。部員たちも新鮮なのか、楽しそうにやってやがる。
「青学は随分と走り込みが多いな。呼吸法に力を入れてるのか」
「持久戦に持ち込まれた時に、呼吸の仕方で変わってくるだろう」
「なるほどね」
手塚の言い分に、俺も頷く。持久戦は俺が得意としている戦法で、終盤に息が荒れているかどうかは大事な判断材料にもなる。
「他校のメニューは、やはりためになるな」
ふむ、と感心したようにまた腕を組む。手塚にはその格好が楽なのだろうか。真似をして組んでみた。
そうしてみて気づくが、あまり違和感がない。どうやら俺も、手塚ほどとはいかなくとも、腕を組む格好は多いらしい。
手塚と同じ格好をしているというのが、どうしてか気恥ずかしくて、早々に腕を外す。
どうして、手塚が隣にいるとこんなにも落ち着かない気分になるのだろう。テニスをしたいからか? いや、そういうそわそわとは違う気がする。
「手持ち無沙汰なようだな、跡部」
「アーン? アイツらが慣れねえメニューで変な怪我しねえように見てんのも、部長の役目だろうが」
「そういうのは監督やコーチの役割だと思うが……真面目なのは結構だ」
テメーに言われたかねえ。そっちだって、他のヤツら見守ってるばっかりじゃねえか。
けどまあ、手持ち無沙汰ってのは事実だな。手塚の言うように、監督たちに任せて俺も何かメニューやって――。
「跡部、良ければラリーしないか。向こうのコートが空いている」
目を瞠った。まさか手塚の方から誘ってくるとは思わなかったぜ。
今の今まで組んでいた手に、ラケットが握られている。俺が断るなんて、微塵も思っていないようだ。
確かに断るつもりはねえし、コイツのこんな強引さは心地いいんだよな。
「いいぜ、相手してやろうじゃねーの!」
「ああ、油断せずに行こう」
いつもの台詞を聞いて、俺は笑いながら空いたコートに向かった。
お題:リライト様 /腕を組む
#お題 #片想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.06
執着というには純粋で、恋というには熱すぎる。 手塚国光というプレイヤーに惹かれ始めたのは、いつだっ…
……また明日、この場所で……会って、くれますか
執着というには純粋で、恋というには熱すぎる。
手塚国光というプレイヤーに惹かれ始めたのは、いつだっただろうか。
ライバル視しているだけだと言い切ってしまうには、無理があった。
何しろ毎日でも逢いたい。
テニスができれば最高だけれども、顔が見たい。声が聞きたい。跡部と呼ぶ音を耳に残せたら、どんなに幸福なことだろうか。
そんなことまで思うのが、ただのライバルというわけはない。
手塚のプレイスタイルは、跡部には真似できない。手塚にも跡部のプレイは真似できないだろうが、自分にないものを持っている選手だからというだけで、ここまで惹かれたりしない。
そんなことがあり得るのならば、跡部の世界はおかしな片恋だらけになってしまう。
手塚国光が好きだ。
彼だから、好きなのだ。
だけど、悲しいことに彼とは親しい間柄にない。
ただ一度対峙した相手、大会で対戦した学校の部長というだけの認識に違いない。
せめて知人の少し上あたりにいたいのだが、どうしたらいいのだろう? 今まで、向こうから寄ってくる相手ばかりだったから、こういう場合はどうしたらいいのか分からない。あまりしつこく追い回すのもよくないだろう。下手をしたらストーカーにされかねない。
貢ぎ物でもしたらいいだろうか。しかしなんの理由もなくプレゼントなんてしても、絶対に受け取ってくれない。そもそも何を欲しがるかも分からない。テニス関係のものなら喜んでくれるだろうか。
しかしそれでも、「もらう理由がない」などとあの仏頂面で突き返してくるのだろう。それが容易に想像できてしまうから、悔しい。
ここのところ、ずっと手塚のことを考えてばかりいる。
逢いたい。言葉を交わせなくてもいいから、せめて顔が見たい。
このまま青学へ向かってしまうのもアリかと思ったが、向こうもすでに練習を終えているだろう。もう帰っている可能性の方が高い。
考え過ぎて頭が痛くなってくる。スカッとしたい、なんてらしくないことを思った。だがそれもひとつの手だ。
どこかで軽く打っていこうと、ラケットバッグを担ぎ直す。近くにコートはあるだろうかと検索して、歩いていける場所に見つけた。家に帰れば好きなだけ打てるが、慣れない場所でというのもいい。
その屋外コートに向かうと、心地良いインパクト音が聞こえてきた。先客かと思うが、確かコートは一面ではなかったはず。もし埋まっていたら、他の場所に行くか待っているかしよう。
そう思ってその区画に足を踏み入れ、目を瞠った。
壁打ちをしているのは、ずっと跡部の胸中を支配している手塚国光その人だったからだ。
最初は幻かと思った。重症も重症だなと目を細めて消そうとしたのに、それは本物だったらしい。
「……手塚……」
思わず名を呟いたら、気づいた手塚がラケットを下ろして振り向いてくる。
「跡部か。お前も打ちにきたのか?」
「あ、ああ……。隣、借りていいか」
テニスコートにラケットを持ってきたのだから、打ちに来たのは間違いない。別に、手塚を追いかけてきたわけではないのだから、なんら後ろめたいことはないはずなのに、心がそわつく。
「隣、……か。もし迷惑でなければ、ラリーをしたいが」
「いいのか?」
食い気味に即答してしまって、ハッとして口を押さえる。気まずいことこの上ないなと、視線を逸らした。
「相手がいた方がいい。それがお前ならば、不足はない」
「そ、そうかよ。じゃあ、まあ、……軽く」
嬉しい。とてつもなく幸福だ。
そんな思いを必死で隠して、ジャージの上着を脱いだ。まさか手塚とテニスができるなんて思っていなかった。この日この時このコートを選んで本当に良かった。
そうして、軽くとは言いつつ「手塚国光」と「跡部景吾」が一緒にいてそんなもので終わるわけもない。真剣勝負にも近い打ち合いが繰り広げられる。
荒い呼吸と、射貫いてくるまっすぐな瞳。顎を伝う汗と、グリップを握り直す力強い手。
それらすべてに、ぞくぞくするほど気分が高揚する。それは単純にプレイヤーとして感じていたかったが、恋情がそうさせてくれない。
もっと、もっと近くに行きたい。
コート上ではライバルで、コートを出たら友人に――いや、恋人になりたい。
そんな感情を交じらせてラケットを振った。
「跡部、少し打ち方が変わったか?」
「……そうか? 変えてるつもりはねえが」
きりの良いところで、日が暮れてしまうからとどちらからともなく腕を下ろす。気持ちのいい汗をかいたと満足げな手塚から、小さな疑問が吐き出される。
「俺の思い違いかもしれないが、試合の時より返球が丁寧というか、深いというか……すまない、上手く説明できない」
そわり、と背筋が震えた。言った通り、変えているつもりはいっさいなかったのに、手塚には僅かな変化が感じ取られてしまったのだろうか。
手塚とテニスをするのだから、一球一球に想いを込めたいと思っていたのが、プレイにあらわれてしまったのかもしれない。
「悪い変化ではないと思う。やはり、お前と打つのは気分が高揚するな。付き合ってくれて感謝する」
「いや、こっちの台詞だぜ。試合じゃねーのはつまらねえと思っていたが、そんなことはねえ。お前はいつだって俺の闘争心を引き出してくれる」
汗の処理をして、ラケットをバッグにしまう。充分に打ち合ったと思うのに、この瞬間は寂しくて仕方がない。
「……なあ、手塚。明日の放課後、空いてるかよ?」
「特に予定はないが」
「それなら、――それならまた明日、ここで……会って、くれるか?」
チャンスは逃したくない。断られるかもしれないが、言わないままで後悔はしたくない。跡部は祈るように顔を上げて、視線の先に「ああ」と頷く手塚を見た。
「お前さえ良ければ、またここで会おう」
たった一言で、手塚は跡部の恋情を膨らませてしまう。泣きたくなるほど幸福だ、と唇が震えそうになるのを必死で我慢して、何でもないようにひらりと手を上げる。
「じゃあ、また明日な、手塚」
「ああ、跡部。気をつけて」
お前もな、と返して、跡部は踵を返す。
また明日、なんて言葉を、あの男に投げられる日が来るなんて思わなかった。
その夜、どうか明日も晴れますようにと、初めて祈りながら眠りに就いた。
お題:リライト様 /「……また明日、この場所で……会って、くれますか」
#お題 #片想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.02.04
「お前が好きだ、跡部」 青い瞳が、大きく見開かれる。海のような、空のようなその深い青を、もっと近くで…
結論としては……好き……なんだと思う
「お前が好きだ、跡部」
青い瞳が、大きく見開かれる。海のような、空のようなその深い青を、もっと近くで見たいと思ったのが、最初のきっかけ。
右に、左に、ゆらゆらとゆれる。波のような、風のようなその流れは、いったいどういう意味なのだろうと、手塚国光はじっと見つめ続けた。
「あ、……の、よ……」
「なんだ」
ややあって、跡部の唇が開かれる。そこにも触れてみたいと思うあたり、もう後戻りができないところまで来てしまっているのだと思う。これは、恋だ。劣情さえ含む厄介な感情だ。それを自覚して、理解して、せめて跡部に誠実であろうと隠さずに告げた。
「好きって、そういう意味でか?」
「お前の言うそういう意味というのは分からないが、恋をしていると意味で言った。迷惑だろうか」
困惑した瞳がじっと見つめてくるのに、手塚の胸はそわつくばかりだ。跡部が自分を見ているというだけでこんな風になってしまって、いったいどうすればいいのだろう。望むのはただひとつだけだが、それも口にするべきなのだろうか。何しろ恋というものをするのが初めてで、勝手が分からない。世の中の恋人同士たちは、どうやってこの山を乗り越えたのか。
「いや、迷惑ではねえんだが……ちょっと、混乱している」
「珍しいな。だが、そうさせているのが俺だというのは、気分がいい」
「悪趣味なヤローだな」
跡部の眉間にしわが寄る。それさえも美しく見えてしまうのだから、跡部景吾というのは罪な男だ。
跡部は、整った容姿をしている。一度見たら忘れられないほど、強烈な印象を与える。だがそれは、魂からにじみ出る誇りと自信がそうさせるのだろうことも、分かっている。財閥の跡取り息子であり、氷帝学園の生徒会長を務めているどころか、二百人からいるテニス部員を率いれるのは、ただ強いというだけでは為しえない。跡部の確かな努力が積み上げてきたものだ。それを、テニスというスポーツを通して知ることができたのは僥倖だと手塚は想う。テニスを通さなければ、一生道が交わることなどなかっただろう。跡部という男と対峙させてくれたあの関東大会に、心から感謝をしていた。
「一応訊くが、男しか駄目ってわけじゃねえんだろ?」
「……考えたことはなかったが、そうだとは思う。お前以外に、こんなことを感じた記憶はない」
困ったように、跡部の片眉が上がった。手塚は今まで、誰かと交際をしたことがない。恋も、恐らくこれが初めてだ。だから、同性愛者なのかと問われてすぐにノーを返せなかった。しかし、他の同性を見ても胸がざわついたりはしない。何かしらの理由を作って逢いたいとは思わない。逢えたら逢えたで、帰り際がものすごく寂しくて切ない。
「お前の声が聞きたい。お前の顔を見たい。できれば触れたいんだ。だが拒まれることを考えると、何もできない。俺がだ」
「割と強引で自分勝手っていう自覚はあるみてーだな。分析できてるとこは褒めてやる」
「そうか、ありがとう」
礼を言う場面じゃねーんだがなと、跡部がほんの少し顔を背ける。迷惑ではないと言ってくれたが、同性にこんなことを言われて嬉しいはずもないだろうなと、その顔を見つめる。
「見てんじゃねーよ」
「無理だ。俺はどうしてもお前を追ってしまう」
即答した手塚に、跡部はかくりと項垂れて額を押さえる。呆れているように見えたが、指の間に見え隠れする頬が、わずかに赤いように思えた。他人からの告白など慣れているだろうに、そんな風になる理由が分からない。もっとも、その理由を探るよりめったに見られない跡部の頬が赤らむ様を眺めるコトの方が大事だったけれど。
「迷惑ではないと言ってくれたな。想うことは許容してくれるのか?」
たとえ駄目だと言われても、すぐに想いを止めることなどできやしないが、できれば好いた相手には嫌われたくない。プレイヤーとしてこの先もコート場で出逢うだろうし、気まずくなるのはお互いに避けたいのだ。
「…………迷惑ではねえんだよ、迷惑では」
少しの沈黙を経て、跡部は小さく呟く。明瞭な言葉で返してこないのは珍しくて、手塚は首を傾げた。迷惑ではないと強調するのは、その他の困りごとがあるということなのだろうか。
「お前のことはすげえプレイヤーだと思ってるし、テニスに誘われりゃ何をおいても乗る。そもそもテメェからの誘いなんざ次にいつあるか分からねえって薄情さがあるからな、逃せねえんだよ。最近はやけに多いなと思ってたが……まさかそういうことだとは思ってなかった」
「情に厚いお前に比べたら、そうかもしれないな」
「お前とテニスしたがってるヤツがどれだけいると思ってんだ? 自覚しやがれ。そんなお前が俺を誘ってくるんだ、嬉しいったらありゃしねえ。……本当に、嬉しかったんだぜ」
少しずつ俯いていく顔を、無理やり上げさせたい。できやしなかったが、これは跡部の機嫌を損ねたということだろうなと手塚は眉間にしわを寄せた。純粋にテニスを楽しんでいると思っていた相手の目的が、違うところにあったのだ。裏切られたとでも思っているかもしれない。
手塚とて、跡部とのテニスは楽しい。この想いに気づくまでは、確かに純粋だった。触れたいなんて不純な気持ちが混ざってしまった時点で、辞めておけばよかったのかもしれない。薄情だと思われるのと、裏切られたと思わせるのはどちらがマシだろうか。だが時間は元には戻せない。
「跡部。構わないから、迷惑なら迷惑と言ってくれ。その方が楽だ」
「迷惑じゃねえっつってんだろ、聞けよ!」
跡部が顔を上げて声を荒らげる。その勢いにびくりと体を強張らせたら、ハッとしたように跡部は顔を背けた。
迷惑ではない、テニスは楽しい、誘ってもらえて嬉しかった――なんて言われてしまうと、期待をしてしまう。いったいどういうつもりで、迷惑ではないと繰り返すのだろう。望みがないのならいっそ切り捨ててくれた方がいいと今し方言ったばかりだ。
「お前の、その……テニスにかける情熱は見ていて心地がいい。俺もまだ高みを目指していけると思わせてくれる。テメェがいるから、まだここにいたいと思っちまう。テニスを通してお前を知って、こうやって打ち合うようになって違うお前も知った。読み取りづれぇ表情も少しわかるようになってきてて」
「そうか」
「他愛ねえ話すんのも割といいなって思ってる。レギュラー陣とか、他の後輩たちの話とか、ああそうだ、生徒会のことも。俺はな、手塚。スマホの通知を気にするほど暇じゃなかった。端末だって使い分けてるし、経済ニュース見る方が多かったりすんだよ」
「経済ニュースか、さすが跡部だな」
「その俺が! なんでテメェからの連絡を待ってるみてえなことしなきゃなんねえんだよ、ふざけんな!」
頬を真っ赤に染めて指を指してくる。何を言われたのか分からず、手塚は目をぱちぱちと瞬く。人を指さすのは良くないなと途中で気がついて手を引っ込める跡部が可愛らしくて、お前こそふざけるなと張り倒してやりたい気分にもなった。
「なんなんだ、くそ……逢うたびにキラキラしてやがるし、そわそわするし、帰りたくねえって思うし」
「キラキラしているのはお前の方だろう、跡部。全部俺の台詞だ、取るんじゃない」
「お前が先に俺の台詞取ったんだろうが。……いや、これがなんなのか理解したのはついさっきだから、どうしようもねえが」
「待て跡部、いったいどういうことだ」
ますます分からないと困惑した手塚に、跡部は長いため息を吐いた。そうして両手を腰に当て、不遜な口調で言い放つ。
「結論としては……好き……なんだと思う。いや、好きだぜ手塚。テメェが自覚してんのに、俺が自覚できねえってことはない」
およそ恋の告白をしているとは思えない態度だ。手塚にできて自分にできないはずがないとは、なんとも色気のないことだが、そういう手でくるならばこちらも受けて立つだけだと、手塚は腕を組む。
「両想いだったということか。それは嬉しいが、絶対に俺の方がお前を好きだ」
「ふざけてんじゃねーぞ手塚ぁ。俺様の方がテメェを好きに決まってんだろうが」
「いや、俺は負けない」
「上等じゃねーの、勝負だ手塚ぁ! コート入りやがれ!」
望むところだと、いつもの二人に戻ってしまう。恋人同士としてもう少し甘い雰囲気になれるのは、まだ先のようだった。
お題:リライト様 /「結論としては……好き……なんだと思う」
#お題 #両片想い
/ /

膝の上に置かれた手が、なんだか寂しそうに見えた。
実際にはそんなことはないのだろうが、本のページをめくるためにしか持ち上げられないそれが、もっと使われたがっているように思えたのだ。
跡部は手塚の隣でそれをじっと眺め、骨張った男らしい手の甲を指先でそっと撫でた。
「跡部? どうした」
「ん? いや、なんでも」
「そうか」
跡部のその行動に疑問は示したものの、不快そうではない。ホッとして、また眺めるだけにしておく。本を読む時間を邪魔したいわけではない。それでなくてもここ最近忙しそうにしていたのだから、たまにはゆっくり本くらい読ませてやりたい。
手塚が気を遣わないようにと――もともとそんなものを遣うような男ではないにしてもだ――使用人たちには休暇を与えている。
そのため、身の回りのことはすべて自分たちでしなければならない。
だが、二人きりで過ごせるのはとても嬉しかった。
冷めてしまっているなと、手塚に入れてやった紅茶も寂しそうにしているのに気がつく。入れ直すか、それとも緑茶かほうじ茶にしてやろうか。冷たい飲み物の方がいいかもしれない。
何が飲みたいか訊こうと思っても、邪魔をしたらいけないという気持ちが、跡部を押し黙らせる。
そわ、そわ、と視線があちこちを泳いで落ち着かない。
そんな跡部に気がついたのか、手塚が顔を上げて振り向いてきた。
「どうしたんだ跡部、さっきから。落ち着かない様子だが」
本を読んでいたはずではないのか、と跡部は言葉に詰まった。気配で悟らせていたのか、結局気を散らせてしまったことを申し訳なく思った。
「ん、いや、あの。何か、飲み物をと思ったんだが。好みを訊こうとして」
邪魔をしてすまないと小さく続けたら、手塚は目をぱちぱちと瞬いて、思い出したように紅茶のカップに視線を移した。
「そういえば、入れてもらっていたな。すまない、すっかり忘れていた」
言いながら、冷め切った紅茶のカップを持ち上げ、何も気にすることなく口に含んだ。
「おい、冷めてんだろ」
「確かに冷めているが、美味いぞ」
世辞なら結構だと返しかけたが、手塚が世辞など言うガラか、と思いとどまる。本当に、温度など関係ないのだろう。あまり頓着しない男だというのは知っていて、こちらが気にしすぎなのかと、跡部は深くため息を吐いた。
「お前、集中するとあんまり周りに目を向けねえよな。そういうヤツだよ」
「そんなことはない」
む、と口を一文字に結んで眉を寄せる。無自覚なのかと、跡部は肩を竦めた。
褒めているつもりはもちろんないが、心の底から不満だというわけでもない。
そもそも今日は、手塚をゆっくりさせてやりたかったのだから、ほんの少しの寂しさなど心の奥にしまい込むべきだ。
「お前はゆっくりしてろよ、手塚。そろそろ昼食の準備しなきゃいけねえから、俺は席を外すぜ」
話題を逸らそうと、時計を覗き込む。ちょうどいい頃合いで、少し頭を冷やすにもこのタイミングは最適だった。
「昼食?」
「もうすぐ昼だろ。腹減ってねえか?」
「いや、そういう意味ではなく、お前が準備するのか、跡部」
手塚はパタンと本を閉じ、驚いた表情で訊ねてくる。言わなかっただろうか? 今日は使用人を置いていないと。それとも、聞いていなかったのだろうか。
「準備ったって、盛り付けたりちょっと火を通したりするだけだぜ。作り置いてもらったヤツだから、味の保証はする」
いつかは一から作った手料理をごちそうしてみたいが、跡部自身も忙しい身だ、いつになることやら。
「そうか……今日はやけに静かだと思ったら、ここには俺とお前だけだったのか」
「言ったと思うんだが」
「お前に久しぶりに逢えて、浮かれていたせいかもしれない。覚えていないな」
不遜に腕を組む手塚。
それが浮かれている男の態度か、と思わなくもないが、彼がそう言うのなら信じてやろう。
「じゃあ、この紅茶も、お前が?」
「ああ。それは俺の得意分野でもあるがな」
そうか……と手塚はどうしてか沈んだ声を出す。わずかに俯いて、心なしか元気が無くなったように見えた。
「もっと味わって飲むべきだった。跡部、良ければまた後で入れてくれないか」
「……別に怒ってねえから、しょげんな、ばか」
なるほどそれで気落ちしてしまったのかと気づいて、跡部はため息とともにそう返してやる。そうしたら、目に見えて手塚がホッとした表情に変わる。こんな時ばかりは分かりやすい。
「昼食の準備、手伝わせてくれないか。二人でやれば早くできるだろう」
「ん? いいのかよ、本読んでなくて。好きなんだろ、それ」
詫びのつもりなのか、手塚が提案してくる。確かに二人で準備すれば早いだろうが、それでは手塚がゆっくりできない。
「いや、俺はこの本を読みたかったというより、お前と一緒の空間で過ごしたかっただけだ。お前がキッチンへ行くというのなら、一緒にいたい」
しごく真面目くさった顔で、手塚はとんでもないことを言ってくる。跡部の頬が、二秒遅れてカアッと赤く染まった。
「おま、え、な……」
不意打ち過ぎて、心の準備ができていない。どうしてこの男はこう、脈絡なく愛の言葉を吐いてくるのだろうか。予告くらいしてほしい。
「跡部、駄目だろうか?」
「駄目じゃねえ。俺は今幸せ噛みしめてんだ、ちょっと待ってろ」
「そうか、分かった」
そうは返してくるが、手塚は何をどこまでちゃんと理解しているのか。
恋人に、一緒にいたいと言われて嬉しくないわけがない。本に夢中だと思っていただけに、感動はひとしおだ。そこで気がついた。
本を読んでいる手塚の手に触れてしまった、先ほどのあの行動は、自分が寂しがっていたせいなのだと。手塚の手が寂しそうだったのではなく、跡部の指先が寂しかっただけなのだと。
「あのよ、手塚……」
「なんだ」
「メシ食ったら……その、嫌でなければでいいんだが、く、くっついて過ごしたい……ベッドでなくていいから」
改めてこんなことを言うのは、思ったよりも恥ずかしい。
ベッドでも構わないが、真っ昼間からというのも、それはそれで照れくさい。
「ベッドでなくてもいいのか」
「…………そっちは気分次第で」
残念そうな手塚の声に折れてしまうのが、悔しい。
手塚の好きにさせてやりたいと思うほどには、惚れ込んでしまっっているのだから、仕方のないことかもしれないが。
「分かった。ではまず食事だな。キッチンへ行こう、跡部」
すっと手を差し出される。跡部はその手に自分の手のひらを重ね、指を絡めた。
こうして手を繋ぐだけでも、手塚の体温が伝わってきて安心できる。些細な触れ合いで構わないのだと寄りかかって、頬にひとつキスを贈った。
「ああ、行こうぜ手塚。放すんじゃねーぞ」
「無論だ」
手塚からお返しのキスを頬にもらって、手を繋いだままキッチンへと向かっていく。
昼食を済ませたら、恐らくベッドになだれ込むことになるのだろうなという予感と、期待に胸を膨らませながら。
#お題 #両想い