- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.627, No.626, No.625, No.624, No.623, No.622, No.621[7件]
月明かりの下で
肌寒い、と、跡部が脱ぎ散らかされていたシャツを足の指で引き寄せる。薄いシャツでも、羽織れば申し訳程度には温かくなった。
「跡部、毛布を持ってくるから少し待ってろ」
「いい、ここにいろよ」
そんな跡部に気づいた手塚が、立ち上がってベッドの方へ向かおうとする。
跡部はそれを、気怠い手で引き留めた。
「しかし、寒いのだろう」
「秋も深まるこんな時季に、窓辺で素っ裸じゃ、そりゃあな」
くっくっと喉を震わせて笑う跡部に、だから毛布を持ってくると言っているんだがと、手塚はやんわりと手を外させる。
「鈍感。離れたくねえんだって、はっきり言わなきゃ分からねかよ?」
再び腰を上げようとした手塚だが、跡部の甘ったるい声に踏みとどまった。
「な。いろよ」
ほんの少しためらってみたものの、恋人からのそんな可愛いおねだりを、断れるわけがない。
「お前がそう言うならいいが」
手塚も上半身は裸のままで、寒くないことはないのだが、ここは跡部の好きなようにさせておこう。先ほどまでの情事で、また無茶をさせてしまったのだから。
傍に座り直すと、膝の上に頭を乗せてくる。さらりと額を流れた髪を払ってやって、そのまま少し湿った髪を撫でた。
大きな窓から、月明かりが差し込む。そのおかげで、ルームライトを点けなくても、充分跡部の体を堪能することができた。
まさか、こんな窓際で行為に及ぶことになるとは思っていなかったが、月の光で美しく照らされる跡部の肌を見られて、いつもとは違った興奮を覚えたのは、言わないでおこう。
「手塚、お前さぁ。ベッドじゃねえ方がいいのか? いつもより激しかったぜ」
「そういうわけではない」
だがしっかりとバレてしまっていた。
まあ当然といえば当然だ。欲はダイレクトに跡部に伝わってしまうのだから。
「俺は別にどこでもいいけどな。そういうことは早めに言っておけよ」
「だから、ベッド以外の方が好きとか、そういうわけではないと言っているだろう」
手塚は眼鏡を押し上げて位置を直し、窓越しに大きな月を見上げる。
「ただ、綺麗だなと思った。月明かりの下では、跡部はあんなふうに見えるのだと、いつもよりドキドキしたのは事実だな」
「フ……これも月の魔力かねえ。お前がそんなことを言うなんて。明日は雪が降るんじゃねえのか」
照れくさそうに、跡部が膝の上で目を細める。あまり気持ちを言葉にしないというのは手塚も自覚していて、もう少しくらい言ってやりたいなとは思っている。こんなことを言われてしまえば、余計にだ。
「明日の天気予報は、晴れだ」
「そうかい」
「跡部、俺は俺なりにお前を想っている。上手く言葉にできなくてすまない」
〝すきだ〟の三文字、〝あいしてる〟の五文字。
簡単なはずなのに、どうにもこの唇はそれを奏でてくれない。
それが悔しくて、寂しくて、眉が下がる。だけど跡部は、それに驚いたように目をぱちぱちと瞬いた。
「手塚……? どうしたんだお前。お前が俺を好きなことなんて、とっくに知ってるぜ?」
「それはそうだろうが、好きだとちゃんと言われた方が嬉しいだろう」
「まあ、そりゃそうだが……お前の唇は、充分俺に愛してるって言ってんだけどな」
気にしているのかと、不思議そうに首を傾げながら見上げてこられて、手塚の方こそ首を傾げた音にはできていないのに、愛してると言ってるというのは、どういうことだろう。
「ほら」
跡部は胸の上にかけていたシャツをするりとずらし、白い肌を月明かりのもとに晒した。
「この痕ひとつひとつが、お前の言葉だろ、手塚」
そこかしこに散らばる、キスマーク。胸に、腕に、鎖骨に、腹に。
「お前がそういうの苦手なのは、今に始まったことじゃねーだろ。知ってて俺は惚れてんだし、言っておくがそれは全然マイナス要素じゃない。こうして俺だけに分かるやり方で愛の言霊くれてるだろうが」
確かにめいっぱいの好意でもってそれを鏤(ちりば)めているのだが、それのひとつひとつを、跡部は嬉しいと思ってくれているのだろうか。
「お前と逢ってねえ時も、この痕見てるだけで幸福なんだ。逆に、俺はちゃんとお前を満足させられてんのか、不安にもなる」
「不安? お前がか。そんなもの必要ない」
充分過ぎるほどに満足しているというのに、と手塚は跡部の手を取って握りしめる。
好きだと想いを言ってもらえないことよりも、満足させられているのかということの方に不安を感じているなんて、思ってもみなかった。
「ずっと好きだったんだ、跡部。お前とこんなふうに過ごせるなんて、思ってなかった。俺は充分に幸福を感じている」
恋人同士になって、こんな深夜に二人きり、綺麗で大きな月を見ながら、肌に触れる機会があるなんて。こんな幸福を知ることができるのは、世界で唯一自分だけなのだと思うと、奇跡みたいだ。
「俺はやはりお前のように上手く言葉にできない。お前がそれでもいいと言ってくれるのならば、俺なりの精一杯で伝えていく」
握りしめた跡部の手に、そっと口づける。絡めた指を解くと、跡部が嬉しそうにその手で首を引き寄せてくれる。手塚は背中を曲げて、跡部は肘で上体を押し上げて、二人の真ん中辺りで唇が重なった。
「なあ手塚、じゃあ……伝えてくれよ。もう一度、ここで」
「……ベッドへは行かないのか」
「ここでっつってんだろ」
誘われて、一応促してみるものの、今度は両腕で抱き寄せてくる。
自分としては構わないのだが、風邪でも引いたらどうするのだと、手塚は小さくため息を吐いた。「そんなにヤワじゃねえ」と額をはじかれて、まあそうだろうなと跡部の体をゆっくりカーペットに横たえていく。
「やはり、綺麗だな……」
「そうだろ。さあ、好きなだけ愛してるって言うがいいぜ」
ここに、と跡部が指先でとんとん胸を叩く。
饒舌ではない手塚が、唇で伝える方法を跡部はちゃんと示してくれる。それで良いのだと分かったら、遠慮などする気が失せた。
誘われた以上、そんな気は最初からなかったけれど。
月明かりの下で、白い肌に吐息を乗せて、舌を滑らせ、唇を押し当てて、吸いついて、吸い上げる。
あいしてるの印をそこかしこに鏤めたら、幸福そうに笑う恋人から、あいしてるの音をもらった。
お題:リライト様 /月明かりの下で
#お題 #両想い
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.02
恋人である跡部は、面倒見がいい。 持てる者の義務というか、ノブレス・オブリージュというか。 それは…
たまにはこうやって我が儘言え
恋人である跡部は、面倒見がいい。
持てる者の義務というか、ノブレス・オブリージュというか。
それは金銭的なことだったり人脈的なことだったりいろいろだが、少しも苦に感じる様子もなく他人に与える。
自身も忙しくしながらも、周りをよく見ている。数多くいるすべての使用人たちの顔と名前、誕生日を覚えていると聞いたときには、本当に同じ人間かと疑ったりもした。
そういえばテニス部でも絶大な人気を誇っているなと思い出す。
二百人からの部員のパーソナルデータ、プレイスタイルを暗記しているこの男を、ただのテニスプレイヤーとして放っておいていいのだろうか。しかるべき機関で制度や国を動かす職にでも就いた方がいいのではないかと一瞬だけ考えたこともある。そうして、考えた傍から自分で却下する。
テニスでつながっていない未来など、ない。
自分たちはテニスで出逢って、恋をして、これから先も共にいる。そこにはテニスがあるべきだ。
今日だって、一緒にテニススクールをいくつか回って指導しているくらいだ、跡部景吾はテニスから離れるべきではない。そんな傲慢なことを思っても、コートから煽るようにこちらを射貫く視線を受けてしまえば、傲慢な独りよがりばかりとも言えない。
スクールの小さな子たちに手本を見せるのではなかったか、と思いつつ、跡部景吾に誘われて受けない手などない。ラケットを握り直して、彼とネット越しに対峙した。
立ち戻っていく、中学時代の熱い試合。
あれから何度か球を交わしたけれど、惹かれるきっかけとなったあの試合はいつまでも忘れられない。それこそ、永遠にだ。
指導などそっちのけで、跡部の球を受ける。今はあまりまとまった時間が取れないことを考えると、こうして打ち合うのも久しぶりだ。
ラケットを振るう手も熱くなる。子どもたちの歓声が、あの日の歓声と重なっていく。聞き慣れた審判のコールがないのは寂しいが、ネットを挟んだそこに跡部がいればそれでいい。
ああ、彼も楽しそうにしてくれている。全力で打ち合える相手がいるのが嬉しいのだろう。それが生涯を共にすると誓い合った恋人だというのだからこの上ない幸福だ。
跡部の打った球が足元を貫いていく。油断していたわけじゃない。拾えなかったんだ。腕は落ちていないようで、嬉しい。
そんな跡部の元に、子どもたちがきゃあきゃあと駆け寄るのが見えて、ラケットを下ろした。この状態で打つわけにはいかない。
「あとべせんしゅ、すごい、今のどうやったの、ねえぼくもやりたい!」
「わたしが先! ねえおしえて、さっきの、ラケットの面が上になるヤツ!」
「おいおい落ち着け、順番は守らねえとなあ?」
はーい! と元気よく手を挙げる子どもたちと、その子らの頭を優しく撫でる跡部に、思わず口が緩む。忙しいのにスクールの指導なんてして大丈夫なのかと心配したが、いらぬことだったようだ。跡部が、請われると弱いのは知っている。
触れたいと言い出した俺に、困ったような顔をしながらも両腕を広げてくれた跡部の優しさを、俺は誰よりも知っていた。
子どもたちのフォームを順に見てやり、俺にボールを出せと言ってきて、思いっきり打ち返してやれなんて言っている跡部の、だ。
「跡部、今打った子。左足をもう少し外側に向けてやってくれ。それで大分良くなる」
「ん? ああ、なるほどね。ほらちょっと来い。ラケット振る時な、こうして……そうだ、そこ。上手いじゃねーの!」
横で見ている跡部と正面で球を受けることになっている俺とでは、視界が違う。より良くなるように指摘をしてやれば、跡部はすぐに俺の言いたいことを分かってくれる。やはりこの男でなければと、些細なことで惚れ直してしまった。
時間目一杯まで指導に費やし、せがまれるサインをこなして、ようやく車に乗り込んだ頃には、すっかり日が暮れている。
跡部は夕食をどうするのだろうか。できればもう少し共にいたいが、予定を訊いてみよう。
「跡部、この後は? 予定がなければ一緒に食事を」
「ああ、いいぜ。もともとそのつもりだったしな。お前もこのあと空いてんのは知ってる」
「なぜ俺のスケジュールまで把握しているんだ、お前は」
「ばぁか。俺の能力を甘く見んなよ」
そんなつもりはないが。
「で、何が食いたい? 和食の方がいいか」
「お前は何が食べたいんだ。確か前回も俺の好きなものだった気がする」
車の中で、助手席から跡部を振り向く。いつもは運転手に任せているようだが、たまに自分で運転したくなると跡部は言う。二人になりたいからだろうかと自惚れてもいるが、どうにもこの男は俺を甘やかし過ぎる。
「俺はなんでもいいんだよ。たまに逢える恋人の我が儘訊くのは楽しいんだからよ」
「我が儘など言ってないだろう」
「そこは言葉のあやだ。なんだよ、機嫌悪いな?」
「別に、悪くはない。少し寂しいだけだ」
ため息を吐きながらシートに体を預ける。言ってから気がついたが、どうやら俺は寂しがっているらしい。自分の感情なのにうまくコントロールできないのは情けないな。まだボールを打つラインの方が読めるし、コントロールもできる。
「寂しい? って、なんでだ。俺と逢ってんのに」
「俺だってお前の我が儘を聞きたい」
「は?」
先ほども思ったが、跡部は俺を甘やかしすぎるんだ。面倒見がいいというのは聞こえがいいが、俺も跡部を甘やかしたいんだ。だがどうすれば甘やかすことになるのか分からず、我が儘を聞いてやりたいという跡部を真似てみた。
「俺のしたいことばかりしても意味がないだろう。お前は何がいい? 何をしたい? 俺にはお前のような力はないだろうか」
「ま、待てまて、そんなふうに思っちゃいねえよ。……難しいもんだな。何がしたいかなんて、訊かれたことがあまりない」
困ったような声を出す跡部が可愛らしい。今まで与えるばかりで、与えられる側には慣れていないのだろう。俺も俺で、今までそれに甘んじてしまっていた。
「食べたい物でなくても構わない。行きたいところでも、やりたいことでも。大袈裟なことでなくてもいいんだ。そうだな、たとえばトランプがしたいとか、ゆっくりテレビを見たいとか」
「テレビはともかく、二人でトランプか? そうか、そういう……些細なことでもいいのかよ」
「なんでも。時間が足りなければ、必ず調整する」
「いや、そう大袈裟なことでもねえんだよ。今日だけでちゃんとできるぜ」
したいことを思いついたようで、ふっと跡部が笑う。俺の言葉を真似る恋人が、可愛くてしょうがない。そんな彼のしたいことというのは、いったいなんだろう。俺に叶えられるものであればいいが。
「あのよ、手塚……」
「なんだ」
「今日……ウチに泊まってくよな」
「……お前が構わなければ、そうしたいが」
「眠る時……俺を抱きしめて、愛していると言ってほしい」
恥ずかしそうに、気まずそうに口にされたその我が儘にもならない我が儘に、俺は目を見開いた。わざわざ願うようなことだろうか? 確かに俺は言葉にすることが不得手で、そういう愛情表現は……してこなかったかもしれない。
「誤解すんなよ、手塚。お前の愛情が足りねえってんじゃねえ。ただ……お前の体温と、声と……それに包まれて眠りてえってだけだ。……駄目か?」
言葉をなくした俺の心の中を察したのか、跡部がそう続けてくる。やはり安堵してしまって、そうした途端に体の奥からふつふつと愛しさがこみ上げてきた。どうしてくれようこの男。
「駄目なわけはない。どこが我が儘なのか分からんが、たまにはそうやってお前のしたいことを聞かせてくれ。俺には、与えるばかりでなくていい。我が儘を聞きたいというお前の気持ちも、よく分かった」
「いや、手塚国光からの「愛してる」なんて、とんでもねえ贅沢で、最大級の我が儘なんだがな……」
「跡部、愛しているぞ」
「……っ運転中は止めろ、馬鹿……っ」
ステアリングから滑り落ちた跡部の片手を受け止めて、コンソールの上で重ねてみる。そういえば夕食は結局どうするのだったかと思いかけたが、そんなことより跡部に触れていたい。照れて頬を染めた跡部の横顔は、日の落ちた外の景色よりずっとずっと美しかった。
お題:リライト様 /「たまにはこうやって我が儘言え」
#両想い #未来設定 #お題
NOVEL,テニプリ,塚跡,塚跡お題100本マラソン 2025.01.01
暑い日差しと、審判のコールと、観客の声。 インパクト音と、視界を支配する黄色いボール。 そして、勝…
それだけで充分だったんだよ
暑い日差しと、審判のコールと、観客の声。
インパクト音と、視界を支配する黄色いボール。
そして、勝つためにこちらを射貫いてくる鋭い視線と、貪欲な執念。
がむしゃらにただボールを打つ。返される。迎撃する。
同じほどの熱量で向かってくるそれを、全身で感じていた。
試合後に、汗で濡れた手を合わせた。称賛と敬意を、と掲げられた手と、背けられた顔。深く息を吸い込むその音を聞いて、全身が総毛立つ感覚を味わった。
跡部景吾を意識し始めたのは、間違いなくあの試合がきっかけだろう。
氷帝学園の部長としてしか認識していなかった男を、こんなふうに思うようになるなんて、考えもしなかった。
だけど気づいてしまえば、好意を抱かないことの方が不自然なようで、案外とすんなり受け入れることができた。
俺は恋という意味で、跡部景吾が好きだ。
積み重ねた努力の上になりたつ絶対的な自信と強引な統率力は、見る者すべてを惹きつける。
テニスにかけるあの情熱で、きっと焼かれてしまったに違いない。
目で追う。耳で追う。
魂すべてで、彼のプレイを見つめ続けた。
テニスという同じ世界で生きている。それだけで充分だったんだ。どうしてこの恋が叶ってしまったのか、未だに分からない。
だが、数センチ先にある彼の寝顔は本物だ。綺麗な人形のようだが、間違いなく跡部景吾本人の、寝顔。
触れ合って夜を越える関係になって、少し経つ。つまりは恋人と呼べる間柄に、最近ようやく慣れてきた。
だけどこっちはまだ無理だ。
唇も、肌も、啼く声さえ無責任に煽ってくる。
俺は大分無茶な抱き方をするのに、跡部はいつも、いつでも赦してしまう。たまには怒ってほしいなんて理不尽なことも思って、このまま揺り起こしてしまおうかと腕を上げる。
「ん、んん……」
わずかに揺れた跡部の肩とくぐもった声にハッとして、腕を引っ込める。
疲れていそうだし、寝かせていてやりたいと先ほどと真逆の気持ちがわき上がってきた。
どうしてお前は俺を甘やかすんだと問い質したい気持ちと、せめて今はゆっくり眠ってほしいと思う気持ちがせめぎあって、結局何をどうをもできないまま時間だけが過ぎていく。
今日はもうこのままゆっくり過ごすのも悪くないなと、細く長く息を吐いた。跡部が起きてしまわないように細心の注意を払って、彼の金の髪を撫でた。
「おやすみ、跡部」
甘やかすなよと跡部の小さな声が聞こえてきたのは、気のせいということにしておこう。
お題:リライト様 /それだけで充分だったんだよ
#お題 #両想い
良いお年を
待つという時間は、好きでもなければ嫌いでもない。
というか、時と場合と相手による、としか言いようがない。たとえば相手が時間に遅れてしまっても、正当な理由があれば怒ったりしない。部下だとすれば大事な商談だったら他の奴の手前、怒ることもある。逆に、渋滞に捕まってこっちの方が時間を守れないことだってある。まあそうならないようにスケジュールは管理してるんだが、どうしてもままならない時ってのはあるだろう。
だから、時と場合と相手による。
そして俺は、ことコイツに関してはほとほと甘いと思っている。
まだ待ち合わせの場所に現れない恋人――手塚国光に対しては。
別にな、いいんだよ。待ち合わせに遅れようが、マメに連絡してこなかろうが。アイツだって忙しい身だってのは分かってるからな。
だがしかし、いい加減に寒い。だって冬だぜ? 12月、年末、天気予報はところにより雪、だそうだ。……手袋してくりゃよかったぜ。手塚がこんなに遅れるって分かってたら、あんなに急いで仕度したりしなかった。とは思う。
思うが、分かってても急いじまっただろうなとも思うんだ。何しろ俺は手塚が好き過ぎる。逢えると思うだけで、気持ちが逸っちまうくらいには。
いつからだっただろう。俺の中で手塚が特別な相手になっちまったのは。あの夏の関東大会。意識し出したのは絶対にそこからで、全国大会が終わったらなんでか自然とそうなってた。そうなってたというのは、まあ、つきあうことになったんだが、どっちが告白したとかそういうレベルじゃなくてな。
時間があればテニスして、たまに会話もない中で読書して、メールしあったりして、ふと気がついた。あ、これつきあってんのか、って。手塚にも訊いてみたら「そうだな」しか返ってこなくて、俺たちにはそれが【普通】だったんだ。コート上で交わした球が、何よりも雄弁に想いを語り合った、それだけ。
俺は手塚が好きで、手塚も俺が好き。そして同等かそれ以上に、テニスを愛している。それだけ分かってれば充分だった。
手塚なら、安心して気持ちを預けられる。俺も、手塚の気持ちを全部受け止められる。
思えば、あの年頃で運命の相手を見つけられたのは奇跡みたいなもんだ。同じ世界で、同じ目線でいられる相手なんて、この地球上をどれだけ探してもアイツ以外にいないと思う。
それをベタ惚れと称するならそうなんだろう。盲目だと言われても構わない。
そんな相手を待つという時間が、苦痛であるわけがねえだろ?
まあちょっと心配するから連絡くらいこまめにしろと言ってやりたいが。
素っ気なく『すまない少し遅れる』とだけ。今どこにいて、どれくらいで到着できそうなのか、一切分からない。
駅前は待ち合わせスポットにもなっていて、人でごった返している。カップルや友人同士、親子連れ。みんな楽しそうな顔をしていて、今年一年が良い年だったんだろうことが分かる。その締めくくりに、大切な相手と過ごせるのは幸福だ。
さて俺の大切なヤツはいつ来るんだろうか。
この人混みで、無事に見つかるかという懸念は一切ない。何しろアイツは目立つ。俺が言うなってハナシだが、事実なんだからしょうがない。アイツ自身はそんなことないだろうって言うんだが、自覚がないだけだ。
手塚のオーラはすげえんだよな。テニスしてる時もそうだが、うっかりすると気圧されそうな光に包まれてる。
そこまで思って、ふと中学時代のことを思い出した。
手塚がキラキラして見える。そう思っていた頃のことを。それがどういう現象だったかちゃんと理解したのは、アイツから俺がキラキラして見えると言われた時。
何のことはない、誰よりも光り輝いて見えたのは、お互い相手が好き過ぎるからだ。恥ずかしいこと言い合ってたな、あの頃はよ。
ガキだった、と指先でこめかみを押さえた頃、スマホがメッセージの受信を報せた。
『もうすぐ着く。どの辺りにいる?』
待ち人はようやく到着するらしく、その字面だけでも俺の口許が緩む。ったく、どうしようもねえな。
『見つけてみな』
俺はそれだけ返して、既読がついたのを確認してスマホをポケットにしまった。この忙しい俺様を四〇分も待たせたんだ、これくらいの意地悪はしてもいいだろ? 駅前で待ち合わせってことは変えてねえんだから。
さてどれくらいで見つけてくれるか、と思っていた俺の視界、向こうの車線にタクシーが停まるのが見えた。この時間帯、停まるタクシーなんて何台もある。それなのに、降りた客を見た瞬間に呆れてしまった。ラケットバッグを担いでいるあたり、トレーニングから直行だったんだろう。
けど、どうして俺の方が先に見つけちまうんだろうな。サングラス越しでさえ、手塚はすぐに分かるんだ。
あー……あの頃と何も変わってねえな。キラキラしてて綺麗だ。腹立つくらいいい男じゃねーの、ったく……。
手塚は、きょろりと辺りを見回している。俺を探しているんだろう。だけどすぐに、視線が止まった。道路を挟んだこちら側にいる俺を見つけて。早ぇよ。
一応変装のつもりなのか、マスクで口許を隠した手塚が小さく頷いたのが見えた。『そこにいろ』ということだろう。逃げるつもりはねえんだけどな。
なにせ逢いたくて仕方なかった恋人だぜ。
手塚は近くにあった横断歩道まで移動し、信号が変わるのを待っている。マスクだけじゃ隠しきれてねえのか、近くにいる女性陣が手塚のことをチラチラと見ている。少し前に世間を騒がせたランキングプレイヤーともなれば、注目もされるだろう。……アイツには少し指導してやった方がいいかもしれねえ。
手塚が横断歩道を渡って、こちら側に歩んでくる。距離が縮まるにつれて、俺の心音が速くなっていくようだ。
冗談だろ、つきあって何年経つと思ってんだよ。
「遅れてすまない。待たせてしまったな、跡部」
「いや……久しぶり、手塚」
お互い多忙な毎日を送っていて、恋人同士とはいえめったに逢えない。本当に久しぶりに電話越しじゃない声を聞いて、安堵と同時に照れくささもわき上がってくる。
「元気そうで何よりだ」
「お前もな。案外速く俺を見つけたじゃねーの」
それが落ち着かなくて茶化してみたら、すっと目が細められた。ああ、これは何かに呆れている時の表情だ。
「お前みたいに目立つ男を見つけられないと思うのか? たかがサングラスひとつでお前の存在感が消せると思うなよ」
なんで怒られてんだよ俺は。できるだけ目立たないようにしたつもりなんだぜ、これでも。
「それに、昔と変わっていない。お前はいつもキラキラしているからな」
仕方ないと呆れるように手塚が肩を落とす。俺はそれを見て笑ってしまった。ついさっき、俺も同じことを考えていたせいだ。コイツ、本当に俺のこと好きすぎだろ。
「俺の台詞じゃねーの」
「お互いにどうしようもないな」
そうだなと言いつつ、予約していたレストランへと向かう。途中でチラチラと意味深な視線を向けられるが、気にしていたらきりがねえ。手塚を見てんのか俺を見てんのか、俺たち二人を見てんのか。
まあどっかのSNSに上げられても構わねえけど、今日は邪魔されたくねえな。
クリスマスは忙しくて逢えなかったから、久しぶりのデートなんだ。ツリーを一緒に見られなかったのは残念だが、隣にコイツがいるなら関係ねえしな。
クリスマスのイルミネーションも、ニューイヤーのイルミネーションも、手塚国光の輝くオーラには霞んでしまう。
「今日のレストラン、和食が美味いところにしたんだ。さすがにうな茶はねえがな」
「手配を任せてしまってすまないな。ありがとう」
「ん? お前と過ごせるならお安い御用だぜ?」
「お前は本当に俺のことが好きすぎではないのか」
「アーン? そりゃ誰より愛してるに決まってんだろ」
否定せずに特大の愛情表現してやれば、手塚が言葉に詰まったのが分かる。慣れろよばぁか、何年つきあってんだ?
レストランに着いて、コース料理を楽しむ。近況を報告し合ったり来年の予定を確認したり。
あの頃はファストフードだったのが高級レストランに変わり、俺も手塚もあの頃とは髪型も変わって、背も少しだけ伸びた。
それでもコイツとのこんな関係は、これから先も変わらねえんだろうなと思う。それが俺には心地良い。
「こたつを買った?」
「ああ、ずっとタイミングなくて、今年こそって思ってな。やっぱりいいなあれ」
「あの広い部屋にこたつか……少し愉快な光景だな」
「こたつ入って仕事するとはかどる反面、そのままそこで寝そうになる」
「風邪を引くだろう、やめろ」
本気で怒りそうな手塚を前に、気をつける、と肩を竦めた。
「でも、おかげで仕事が落ち着いてきたから、来年は今年より大会にも出られると思う。どっかでお前と当たったらいいな」
俺がそう言うと、手塚は目に見えて嬉しそうな顔をする。かっ……わ、いい、じゃねーの……ばか。
「公式戦でお前と戦えるのは嬉しい。そうなったらいいと俺も思う」
「ん。そういや手塚、マイアミん時また新しい技使ってたよな。あれってどういう原理で――」
「ああ、あれは――」
手塚の顔つきが変わる。きっと手塚から見た俺の顔つきも変わってしまっているんだろう。テニスのことになると、俺たちは熱が入ってしまう。恋人同士のデートにしては色気の欠片もない会話が繰り広げられて、冷えていたはずのグラスのワインはぬるくなっていった。
気づけば料理はデザートまで出そろって、あまり味わった記憶がない。もったいないことをしたなと思うが、俺と手塚では致し方ないところもある。テーブルでチェックを済ませ、身支度を整えた。
「手塚、このあとはどう――」
どうする、と言いかけた頃、手塚が店の給仕を呼んだ。入店時に預けていたものを持ってきてもらったらしい。紙袋に入ったラッピングが飛び出て見えてんだけど……まさか、それ。
「手塚?」
手塚はそれを、俺にずいと差し出してくる。
「クリスマスに逢えなかったからな」
俺は驚くとともに、失態を犯したことを悟る。頭を抱えた。コイツ、普段そうマメな方じゃねーくせに、なんでこんな時だけ! 嬉しいけど、申し訳なくもある。
「……俺、今回何も用意してねえぜ?」
「別に構わない。体で返してもらうからな」
「はぁっ!?」
手塚らしくねえ、って思った、けど……別にそれはそれで構わねえっていうか、まあ、恋人なんだしおかしくねえよな。たっぷりサービスしてやるか。
「中、確認してくれないか、跡部」
「開けていいのかよ?」
手塚がこくりと頷く。割とでけぇな……と思いつつ紙袋から取り出してリボンを解く。こういうとき、指輪とかじゃねえのが手塚らしいんだよな。
……って、なんだこれ。おい、待て。待て待て待て。
「手塚っ、これ……」
「気に入ってくれたらいいんだが」
「……ラケット……」
茫然とした。手塚からのプレゼントは、テニスラケットだった。たぶん、特注だ。来年からはテニスにももう少し打ち込めると言った矢先のこれだ。俺、言ってなかったよな?
「できるだけお前の使っている物に合わせたつもりだが」
「あ、ああ……うん、手に馴染む」
重さも、ガットのテンションも、グリップも、俺の好みにドンピシャだ。さすがに何年も、……何年もネット越しに見つめ合ってきた最高の好敵手じゃねーの!
「手塚、これどこにオーダーしたんだ? 俺もお前に……」
「お前の会社だが」
絶句、なんてもんじゃねえ。コイツいつの間に……! そうだよ、俺は自分でブランド立ち上げてプレイヤーのサポートもしてるから、ラケットの製作だったらうちでできる。
してやられた。
くそ、すげえ嬉しい。
「お前のブランドの物をお前に贈るのもどうかと思ったんだが、品質も素材も申し分ないと思ったからな」
「サンキュ手塚。すげえ嬉しいぜ。今すぐテニスしてえ」
「できるだろう。お前ならすぐにどこかのコートを借り切れるんじゃないのか」
煽るように手塚がじっと見つめてくる。良い度胸じゃねーの手塚ァ!
俺はすぐにスマートフォンで近くの系列コートに連絡をした。手塚も機嫌がよさそうで、最初からそのつもりだったんだなと思う。
「ふふ、手塚と年越しテニスなんて、贅沢じゃねーの。たっぷり体で返してやるぜ」
店を出て、コートへ向かって二人で歩き出す。
「テニスのことだけ言ったわけではないいんだが」
しれっとそんなことを呟く手塚に、俺の頬はボッと真っ赤になったことだろう。
俺は相変わらずキラキラとしたオーラを放つ手塚の手を取って、指を絡めた。
返してやろうじゃねーの、ばぁか。
「いいぜ手塚、俺様の美技に酔いな」
コートでも、ベッドでも。
「一緒に年越しする塚跡」ということでリクエストいただきました
#両想い #ラブラブ #リクエスト
キラキラ
待つという時間は、好きでも嫌いでもなかった。
だが、待たせるという状況とどちらがいいかというと、待つ方がいい。そんな程度だった。
だが今は、少しそわそわとした気分にさえなる。これは恐らく、楽しんでいるということなのだろう。
吐き出した息が、白く視界をぼかす。手袋をしてくればよかったなと思うくらいには気温は低く、俺は本を読むことを諦めて、閉じてカバンにしまう。そうしてポケットに手を突っ込み、まだ来ない待ち人を待った。
待ち合わせスポットでもあるこの駅前は、さすがに人でごった返している。いちばん分かりやすいスポットではあるのだが、この人混みの中で皆よく自分の待ち合わせ相手を見つけられるものだと思う。
まあ俺はそういう心配もないんだが。
何しろアイツは目立つ。過ぎるほどに目立つ。中学三年の平均身長よりだいぶ高いからとかそういうことではない。なんなら俺の方が高いのだからな。あの容姿では目立つのも仕方ないとは思う。あの金色の髪は自前らしく、一度目にしたら焼きついてしまうのも無理はない。だがそれでも、染髪が容易になっている昨今、珍しい髪色でもないのだ。
そうではなくて、アイツはなんだか……キラキラしているというか、発するオーラが周りと違うんだ。だから人混みでだってすぐに見つかる。アイツが待ち合わせをここに指定してきた時だって、特に心配はしていなかった。
もうそろそろ着く頃だろうかと腕時計を覗き込む。待ち合わせの時刻、ジャストだ。
遅れるという連絡は入っていないから、俺は辺りをきょろりと見渡し始めた。アイツは時間にルーズな方ではないからな。
視線を少し左に移したところで、見慣れたオーラを見つけてしまった。
ああ、ほら、いつもこうだ。
夜だから、余計にキラキラして見える。
アイツもすぐに俺を見つけたようで、人の合間を縫って歩み寄ってくる。
「悪い手塚、待たせちまったか」
「いや、時間丁度だろう跡部」
目の前まで来た待ち人は、跡部景吾。氷帝学園テニス部の部長――いや、今は次代に引き継いだのだから元部長か。
夏の大会が終わって、俺たちは極自然な流れでこうなった。
こう、というのは、親密な関係ということだ。つまり交際をしている仲で、今日は世間で言うクリスマス。こうして待ち合わせて一緒に出掛けることも、なんら不思議ではない。
「車で乗り付けるかと思っていたが」
「近くで降ろさせた。こんな人混みじゃ停めるのが大変だろ」
「なるほど」
この目立つ男は、外見どおり目立つことも好きなようで、プレイのパフォーマンスも葉でだ。リムジンだとかで横付けする可能性もあったが、この時期ここら辺がひどく混雑するということは知っていたらしい。
跡部は時々突拍子もないことをするが、ちゃんと常識というものも身につけているし、周りの迷惑になるようなことはしない。そういうところが非常に好ましいのだが。
「……あんまり注目集めちまうと、足止め食らうからよ。今日はそういう邪魔されたくねえし」
「可愛らしいことを言うんじゃない」
「可愛くはねえだろ! 真顔でなに言ってんだお前」
思わず口に出してしまったらしいが、本当にそう思ったんだ。跡部はいつも周りを囲まれていて、それを苦にも感じていないようだ。だが今日だけはというのを可愛く思って何が悪い。
とはいっても、別に特別なことをするわけでもないんだがな。綺麗だというイルミネーションを見にいって、食事をして、帰る。ただそれだけだ。中学生なのだからそれくらいだろう。ただ、これを跡部に任せてしまうと高級ディナーやらクルーズやらが用意されてしまうので、俺の方からプランを申し出た。
それをとても嬉しそうにしてくれたのは、俺の方こそ嬉しかったがな。
跡部の普通と、俺の普通は違う。それは当然のことで、これから少しずつ知って擦り合わせていけたらと思っている。
「で、どっちだって? ツリーのイルミネーションとか、見にいくの初めてだぜ」
「向こうだな。今日は混んでいると思うが……今まで行ったことはなかったのか」
「イギリスいた頃はずっとホームパーティーしてたけど、最近は両親も忙しいし、俺自身もな。特別なことはしてなかったぜ」
ツリーが設置されている方へ歩きながら、俺は少し驚いた。特別なことはしていなかった? と半信半疑で訊ねてみたら、氷帝学園を飾り付けるのと、チャリティバザーを催してどこかの施設に寄付したのと、学園の食堂で出すケーキを準備しただけだ、と。
何が特別なことはしていない、だ。跡部の話は半分くらいに聞いていた方がいいなと、改めて実感した。
「だから、ツリー見にいくって発想がなかった。ありがとな手塚、誘ってくれて」
「……お前にとって貴重な体験になるというのは理解した。だが確かに俺も、お前と交際していなければ、ただツリーのイルミネーションを見にいくという発想にはならなかったと思う」
別に俺はクリスチャンというわけでもないし、クリスマスを特別なイベントと思ったこともなかった。ただ、世間が飾り付けられていく様は見ていて楽しく、浮かれてしまうのは否めない、といったところ。
「お互い初めて、だな」
そう言って笑う跡部に、俺は小さく頷いた。特別な交際をするのが初めてなのだから、跡部との経験はすべてが初めてになってしまう。そういうことが増えるたびに浮かれるのだろうかと思ったが、まあ、そうなんだろうな。お互いに。
跡部が隣を歩いている。ただそれだけなのに、落ち着く。以前まではネット越しだった距離が、こんなに近づいているんだ。反面、落ち着かなくもある。恋人同士というのは、いったいどこまで近づいていいのだろうか。
ちらりと横目で跡部を見やると、上機嫌できょろきょろと視線を泳がせている。跡部にとって、やはり珍しい光景なのだろう。俺の隣で楽しんでくれているのなら、それでいい。
「あ、手塚、あれか? ツリー」
「ああ、あの辺りだな」
前方に、一際目立つ、光る一角。跡部はそれを指さして、少し歩調を速めたようだ。ツリーは逃げたり消えたりしないのに、速く見たい気持ちと一緒に足を踏み出しているらしい。そんな跡部の隣に並んで、綺麗に飾られたツリーへと歩んだ。
「さすがに人が多いな」
「そりゃクリスマス当日だし、仕方ねえだろうな。でも、すげえ綺麗だ」
ツリーの周りは本当に人がたくさんだ。嬉しそうに眺めている人、スマートフォンで写真を撮っている人、電話の向こうの相手と楽しそうに会話している人。この通りの街路樹がイルミネーションで装飾されているから、立ち止まっている人ばかりというわけでもないが、ゆっくり眺めるのは少し難しい。
「これ、写真撮れるか?」
「あまり立ち止まっていると他の通行人に迷惑になるな。……跡部、通路の向こうが少し空いている」
「ああ、あっちの方が撮りやすそうだな」
通路を挟んだところへ二人で移動した。恐らく、間近で見たい人とそうでない人の比率が違うのだろう。何にせよ、移動したところの方がゆっくり眺められそうでよかった。
「すげえキラキラしてる。綺麗だな」
「ああ。しかしこれほどの装飾、準備する人たちも大変だろう」
「こういうのがあるなら、来年はどこかに出資でもするか」
「少しは中学生らしくしろ」
「お前に言われたかねぇ」
跡部はスマートフォンで楽しそうに写真を撮っている。俺も撮ってはみたが、あまり上手く収まらなかったな。どうすればいいのかと思い悩んでいると、跡部がカメラ部分をこちらに向けたままシャッターを押した。
「なんで俺を撮るんだ」
「ん? 恋人の可愛い瞬間を写したいって思って何が不思議だよ」
「……可愛くはないだろう」
真顔でなにを言っているんだ、と先程のやり取りをし返して、俺は小さく息を吐く。本当に何を言っているんだろうな、コイツは。
「まあ可愛いってのは語弊があるかもしれねえが。けど、クリスマスだとさすがの手塚もちょっと浮かれたりするんだなって思って、嬉しいのは本当だぜ」
「浮かれ……」
「普段写真とか撮ったりしねえだろ? どうすりゃ上手く撮れんのかって悩んでるとこ、可愛いじゃねーの。それが俺と一緒の時ってのがたまらねえんだよ」
見透かされているようで、俺はじっと跡部を見つめる。他人の弱点を見抜くこの男のこういうところは、少し苦手だ。俺の分が悪くなる。
「今日、一緒に見に来られて本当に嬉しいぜ。また知らないお前を知れた」
そう言いながら笑う跡部は、本当にキラキラとしている。イルミネーションの光が降ってきているせいじゃない。どうしてなんだろう。視界の中の何よりも、俺には跡部がいちばんキラキラとして見える。
「……光るものを綺麗に撮るには、どうしたらいいんだ?」
「お前カメラの設定とか何もいじってねえんだろ。ちょっと貸してみな」
得意げに手を差し出す跡部に、俺は自分の端末を素直に渡した。鼻歌でも歌いかねない様子で跡部は設定とやらを構ってくれて、「ほら」と手渡してくれた。正直、どこがどう変わったのか分からないが、跡部が言うのならそうなんだろう。
「あの辺のオーナメント撮ってみろよ。あ、サンタがいるじゃねー……の……」
指導するようにツリーを指さす跡部にカメラのレンズを向けて、シャッターを押した。
よかった、綺麗に撮れたようだ。
「…………なんで俺を撮ってんだよ」
「ツリーを撮るとは言っていないが」
「……光るものをって言ってただろうが」
「間違ってないだろう」
「意味分かって言ってんのか?」
おかしなことを言ったつもりはない。事実を言ったまでなんだが。俺が肯定の意味で何も答えないでいると、跡部は恥ずかしそうに視線を泳がせた。賛辞などめいっぱい浴びているだろうに。
「……てめェの方こそキラキラしてるくせによ」
「どういうことだ」
「俺にはお前の方こそ輝いているように見えるってんだ。人混みでも絶対にすぐ見つけられるぜ」
照れ隠しなのか、悪態のように呟くそれは、俺が跡部に対して思っているのと同じことだ。
……そうか、跡部もそう思ってくれているのか。
「お前は俺のことを好きすぎないか」
「俺の台詞じゃねーの」
「お互い様だということだな」
「…………ん」
そうやって俺たちは、自分の端末に保存された相手の写真を開いて見せる。やっぱり画面の向こうでは分かりづらいが、綺麗だなと素直に思った。
跡部の目に俺はこう見えていて、俺の目に跡部はこう見えている。
目の前の本物には敵わないが、どこか満たされた気分だ。
写真を見ていた視線が、ゆっくりと上がって、重なる。
同じタイミングで瞬きひとつ。
「……メリークリスマス、手塚」
「メリークリスマス。来年もともに過ごせたらいい」
目蓋を伏せるのと、唇が近づいていくスピードはほぼ同じ。
初めて触れ合わせたそこは、思ったよりも柔らかだった。
「相手の写真を撮る塚跡」でリクエストいただきました。
#両想い #クリスマス #リクエスト
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油断した、と体温計の数値を見て長く息を吐いた。何年も、こんな数値をたたき出したことはないのに。
跡部は、節々が痛む背中をベッドに預け直して、自分の未熟さを嘆く。
体調管理は基本中の基本だと言うのに、ちょっとした油断で風邪を引いてしまったのが悔しい。
寝室の窓を、開けっぱなしにしていたのがいけなかったのかもしれない。ここ数日ろくに眠れていなかったのも手伝って、疲労が一気に、高熱という形になって出てきてしまったのだろう。
「あー……」
情けない、と上げる声も自分らしくなく、弱い。喉の痛みが不快で、手のひらで覆った。
「跡部」
その時、寝室のドアをノックもなく開けてくる男がいる。手塚国光だ。水や食器の乗ったトレーを手にして、心配そうに訊ねてくる。
「どうだ? 熱は」
「九度近い」
そうか、とサイドテーブルにトレーを置き、額に唇を落としてきた。
「おい……」
「確かに熱いな。冷却剤があったから、貼っておくぞ。起き上がれるようなら、水分の補給をした方がいい」
感染(うつ)るだろと言いたいのに、その気力もろくにない。恋人である手塚も、プロとして活躍しているテニスプレイヤーだ、体が資本である。人一倍、気を遣わなければいけないというのに。
その男が、無様にも風邪を引いてしまった恋人を看病してくれるなんて、贅沢にも程がある。
跡部はせっかく横たわらせた体をもう一度起こし、大きな枕で体を支えた。
額に冷却剤を貼ると、その感触と冷たさに僅かに体が歓喜した。
「何か食べられそうか? 喉が痛むようなら、ゼリーかヨーグルトの方がいいだろうが」
ペットボトルに、キャップ付きのストローが装着されている。パチンと音を立ててキャップを開け、ミネラルウォーターで喉を潤した。これなら寝た状態でも飲めるなと、手塚の気遣いに感心さえしてしまう。
「食欲はたぶんあるんだが……やっぱり喉が痛いな」
「ならそうめんでも茹でてこよう。少し待っていてくれ。あと何か欲しいものはあるか?」
ふるふると首を振り、手塚の袖をつんと引っ張る。
「お前、練習あるんじゃねえのかよ。俺のことはいいから行ってこい」
「ああ、行くが、その前にお前の世話くらいやかせてくれ。向こうで気になって、練習どころではなくなるだろう」
ため息交じりにそう返されて、ぐっと言葉に詰まった。逆の立場だったら、跡部もそうしただろう。
「それに、こんな時でないとお前に甘えてもらえないからな。新鮮な気分を楽しんでいるから、気にするな」
そう言って、髪を撫でて寝室を出て行ってしまう。
何を言っているのだあの男は、と、ドッと疲労が襲ってくる。
こんな時でないと甘えてもらえないというが、手塚には散々甘えてしまっているのに。
例えば声が聞きたい時に、つい電話をかけてしまうだとか、顔が見たい時にはビデオ通話にしたり、それどころか今から逢いたいなどと言って、困らせていると思っていたが、彼にしてみたら全然そんなことはないのかもしれない。
今度もっとあからさまに甘えてみようか? なんて思うくらいには、今の発言は衝撃だった。
甘えるということに、慣れていないのだと思う。たぶん、お互いにだ。甘やかすのには慣れているのに、逆はからっきし、という状態である。
「甘えるって……どうすりゃいいんだ。我が儘言ってみるとかか……?」
やっぱりいつもと変わらねえなと、熱い息を吐く。
だけど例えば、もっとスキンシップをしたいだとか、声を録音しておきたいだとか、そういえばそろそろ一緒に暮らしたいだとか、そういうことを言ってみてもいいのだろうか。
「……ともかくこの熱下がってからだな。今言ったって、熱に浮かされてとしか思われねえ」
できればちゃんと膝をつき合わせて話をしてみたい。となるとやはり早いことこの体調を快復させなければ。
「跡部、そうめんできたぞ。食べられるだけ食べるといい。残ったら俺がいただこう」
手塚が、作ったそうめんを手に戻ってくる。
「それこそ感染るだろうが。ん、サンキュ」
めんつゆには、オクラとネギが入っている。冷たすぎない水にたゆたう細いそうめんをすくい上げ、めんつゆにつけて口許へと運んだ。
「食べられそうか?」
「ああ、美味いぜ」
「それならいい。風邪薬……喉からのと頭痛からのとあるが……どっちがいいだろうか。喉が辛そうだな」
常備薬の風邪薬、使用期限を確認しながら訊ねてくる。喉かな、と呟けば、きちんと一回分の分量を取り出してトレーに乗せてくれた。
「なあ……怒らないで聞いてほしいんだが」
「なんだ?」
「正直、お前がこうやって看病してくれるとは思ってなかった。いや、俺たちお互い体調管理はきちんとしてるはずだから、想定外だったってのはあるんだが」
自分が体調を崩すのも想定外だし、それを甲斐甲斐しく看病してくれる手塚なんて、もっと想定外だった。風邪が感染るリスクを冒してまでだ。
「お前の中で俺はどれだけ人でなしなんだ」
「だから、怒るなよ。お前に片想いしてた頃を考えると、こんなこと夢なんじゃねえかって思っちまうんだ」
「何年前の話をしているんだ? でもまあ、その気持ちは分からんでもないが……俺だっていまだに、お前を抱いて眠れる夜があるのが信じられない時はある」
そうだろ、と賛同を返しながらそうめんをすする。恋人関係になってから随分経つけれど、手塚はテニスとイコールで結ばれていて、他のものなんか目に入っていないようなイメージが、いまだにある。
だけど、愛されているなと感じる時も多々あって、まだまだ手塚について知らないことがあるのだと、幸せな気分にもなった。
「今日は練習早めに切り上げられるよう頼んでみる。俺にとってテニスがすべてだが、その世界にお前がいるんだ。怠けるなとは言わないでおいてくれ」
「看病してくれる恋人に、そんなこと言うわけねえだろ。どんだけ人でなしなんだよ」
先ほどの手塚を真似て返してみると、わずかに笑ったような気がした。
「俺もお前の看病くらいできると、アピールしておいた方がいいな。ヨーグルトとプリン、どっちがいい?」
ヨーグルトはともかく、プリンなど冷蔵庫にはなかったはずだ。わざわざ買いに行ってくれたのだろうかと思うと、愛しさがこみ上げてくる。
「あと、これ。すりおろした方が良かったかもしれないが」
皿の上に、りんごが四切れ。というか、うさぎが四羽。皮をうさぎの耳に見立てて切られたりんごが並べられていた。
まさか手塚がこんなに可愛らしいことをするとは思わなかったが、これはもしかしたら、手塚が家族にされてきた看病と同じなのかもしれない。
「フフ、可愛いじゃねーの、手塚ぁ」
ではこのうさぎのりんごとヨーグルトをもらおうと、手を伸ばして礼を告げた。
「ありがとな。なんかこれだけでだいぶ元気になったぜ。俺のことは気にせず、行ってきて大丈夫だ」
「そうか。だがあまり無理はするな。何か欲しいものがあれば、帰りに買ってくるから」
そう言って、髪を撫でてくれる。それには素直に甘え、手のひらに頬をすり寄せてみた。それが嬉しかったのか、手塚は目蓋にキスをくれた。
「では行ってくるが、油断するなよ跡部。何かあったらすぐに連絡しろ」
「分かった、必ず」
そうならないよう気をつけはするが、そう返した方が手塚が安堵すると思い、ひらひらと手を振ってみせた。こくりと頷いて、手塚は部屋を出ていく。
彼が帰ってきたら、やっぱり言ってみようか。一緒に暮らしたいと。
どうかその時までにこの熱が下がっていますようにと、跡部はりんごのうさぎに小さなキスをした。
#お題 #両想い