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キラキラ

NOVEL,テニプリ,塚跡 2024.12.25

#両想い #クリスマス #リクエスト

 待つという時間は、好きでも嫌いでもなかった。 だが、待たせるという状況とどちらがいいかというと、待…

NOVEL,テニプリ,塚跡

キラキラ


 待つという時間は、好きでも嫌いでもなかった。
 だが、待たせるという状況とどちらがいいかというと、待つ方がいい。そんな程度だった。
 だが今は、少しそわそわとした気分にさえなる。これは恐らく、楽しんでいるということなのだろう。
 吐き出した息が、白く視界をぼかす。手袋をしてくればよかったなと思うくらいには気温は低く、俺は本を読むことを諦めて、閉じてカバンにしまう。そうしてポケットに手を突っ込み、まだ来ない待ち人を待った。
 待ち合わせスポットでもあるこの駅前は、さすがに人でごった返している。いちばん分かりやすいスポットではあるのだが、この人混みの中で皆よく自分の待ち合わせ相手を見つけられるものだと思う。
 まあ俺はそういう心配もないんだが。
 何しろアイツは目立つ。過ぎるほどに目立つ。中学三年の平均身長よりだいぶ高いからとかそういうことではない。なんなら俺の方が高いのだからな。あの容姿では目立つのも仕方ないとは思う。あの金色の髪は自前らしく、一度目にしたら焼きついてしまうのも無理はない。だがそれでも、染髪が容易になっている昨今、珍しい髪色でもないのだ。
 そうではなくて、アイツはなんだか……キラキラしているというか、発するオーラが周りと違うんだ。だから人混みでだってすぐに見つかる。アイツが待ち合わせをここに指定してきた時だって、特に心配はしていなかった。
 もうそろそろ着く頃だろうかと腕時計を覗き込む。待ち合わせの時刻、ジャストだ。
 遅れるという連絡は入っていないから、俺は辺りをきょろりと見渡し始めた。アイツは時間にルーズな方ではないからな。
 視線を少し左に移したところで、見慣れたオーラを見つけてしまった。
 ああ、ほら、いつもこうだ。
 夜だから、余計にキラキラして見える。
 アイツもすぐに俺を見つけたようで、人の合間を縫って歩み寄ってくる。
「悪い手塚、待たせちまったか」
「いや、時間丁度だろう跡部」
 目の前まで来た待ち人は、跡部景吾。氷帝学園テニス部の部長――いや、今は次代に引き継いだのだから元部長か。
 夏の大会が終わって、俺たちは極自然な流れでこうなった。
 こう、というのは、親密な関係ということだ。つまり交際をしている仲で、今日は世間で言うクリスマス。こうして待ち合わせて一緒に出掛けることも、なんら不思議ではない。
「車で乗り付けるかと思っていたが」
「近くで降ろさせた。こんな人混みじゃ停めるのが大変だろ」
「なるほど」
 この目立つ男は、外見どおり目立つことも好きなようで、プレイのパフォーマンスも葉でだ。リムジンだとかで横付けする可能性もあったが、この時期ここら辺がひどく混雑するということは知っていたらしい。
 跡部は時々突拍子もないことをするが、ちゃんと常識というものも身につけているし、周りの迷惑になるようなことはしない。そういうところが非常に好ましいのだが。
「……あんまり注目集めちまうと、足止め食らうからよ。今日はそういう邪魔されたくねえし」
「可愛らしいことを言うんじゃない」
「可愛くはねえだろ! 真顔でなに言ってんだお前」
 思わず口に出してしまったらしいが、本当にそう思ったんだ。跡部はいつも周りを囲まれていて、それを苦にも感じていないようだ。だが今日だけはというのを可愛く思って何が悪い。
 とはいっても、別に特別なことをするわけでもないんだがな。綺麗だというイルミネーションを見にいって、食事をして、帰る。ただそれだけだ。中学生なのだからそれくらいだろう。ただ、これを跡部に任せてしまうと高級ディナーやらクルーズやらが用意されてしまうので、俺の方からプランを申し出た。
 それをとても嬉しそうにしてくれたのは、俺の方こそ嬉しかったがな。
 跡部の普通と、俺の普通は違う。それは当然のことで、これから少しずつ知って擦り合わせていけたらと思っている。
「で、どっちだって? ツリーのイルミネーションとか、見にいくの初めてだぜ」
「向こうだな。今日は混んでいると思うが……今まで行ったことはなかったのか」
「イギリスいた頃はずっとホームパーティーしてたけど、最近は両親も忙しいし、俺自身もな。特別なことはしてなかったぜ」
 ツリーが設置されている方へ歩きながら、俺は少し驚いた。特別なことはしていなかった? と半信半疑で訊ねてみたら、氷帝学園を飾り付けるのと、チャリティバザーを催してどこかの施設に寄付したのと、学園の食堂で出すケーキを準備しただけだ、と。
 何が特別なことはしていない、だ。跡部の話は半分くらいに聞いていた方がいいなと、改めて実感した。
「だから、ツリー見にいくって発想がなかった。ありがとな手塚、誘ってくれて」
「……お前にとって貴重な体験になるというのは理解した。だが確かに俺も、お前と交際していなければ、ただツリーのイルミネーションを見にいくという発想にはならなかったと思う」
 別に俺はクリスチャンというわけでもないし、クリスマスを特別なイベントと思ったこともなかった。ただ、世間が飾り付けられていく様は見ていて楽しく、浮かれてしまうのは否めない、といったところ。
「お互い初めて、だな」
 そう言って笑う跡部に、俺は小さく頷いた。特別な交際をするのが初めてなのだから、跡部との経験はすべてが初めてになってしまう。そういうことが増えるたびに浮かれるのだろうかと思ったが、まあ、そうなんだろうな。お互いに。
 跡部が隣を歩いている。ただそれだけなのに、落ち着く。以前まではネット越しだった距離が、こんなに近づいているんだ。反面、落ち着かなくもある。恋人同士というのは、いったいどこまで近づいていいのだろうか。
 ちらりと横目で跡部を見やると、上機嫌できょろきょろと視線を泳がせている。跡部にとって、やはり珍しい光景なのだろう。俺の隣で楽しんでくれているのなら、それでいい。
「あ、手塚、あれか? ツリー」
「ああ、あの辺りだな」
 前方に、一際目立つ、光る一角。跡部はそれを指さして、少し歩調を速めたようだ。ツリーは逃げたり消えたりしないのに、速く見たい気持ちと一緒に足を踏み出しているらしい。そんな跡部の隣に並んで、綺麗に飾られたツリーへと歩んだ。
「さすがに人が多いな」
「そりゃクリスマス当日だし、仕方ねえだろうな。でも、すげえ綺麗だ」
 ツリーの周りは本当に人がたくさんだ。嬉しそうに眺めている人、スマートフォンで写真を撮っている人、電話の向こうの相手と楽しそうに会話している人。この通りの街路樹がイルミネーションで装飾されているから、立ち止まっている人ばかりというわけでもないが、ゆっくり眺めるのは少し難しい。
「これ、写真撮れるか?」
「あまり立ち止まっていると他の通行人に迷惑になるな。……跡部、通路の向こうが少し空いている」
「ああ、あっちの方が撮りやすそうだな」
 通路を挟んだところへ二人で移動した。恐らく、間近で見たい人とそうでない人の比率が違うのだろう。何にせよ、移動したところの方がゆっくり眺められそうでよかった。
「すげえキラキラしてる。綺麗だな」
「ああ。しかしこれほどの装飾、準備する人たちも大変だろう」
「こういうのがあるなら、来年はどこかに出資でもするか」
「少しは中学生らしくしろ」
「お前に言われたかねぇ」
 跡部はスマートフォンで楽しそうに写真を撮っている。俺も撮ってはみたが、あまり上手く収まらなかったな。どうすればいいのかと思い悩んでいると、跡部がカメラ部分をこちらに向けたままシャッターを押した。
「なんで俺を撮るんだ」
「ん? 恋人の可愛い瞬間を写したいって思って何が不思議だよ」
「……可愛くはないだろう」
 真顔でなにを言っているんだ、と先程のやり取りをし返して、俺は小さく息を吐く。本当に何を言っているんだろうな、コイツは。
「まあ可愛いってのは語弊があるかもしれねえが。けど、クリスマスだとさすがの手塚もちょっと浮かれたりするんだなって思って、嬉しいのは本当だぜ」
「浮かれ……」
「普段写真とか撮ったりしねえだろ? どうすりゃ上手く撮れんのかって悩んでるとこ、可愛いじゃねーの。それが俺と一緒の時ってのがたまらねえんだよ」
 見透かされているようで、俺はじっと跡部を見つめる。他人の弱点を見抜くこの男のこういうところは、少し苦手だ。俺の分が悪くなる。
「今日、一緒に見に来られて本当に嬉しいぜ。また知らないお前を知れた」
 そう言いながら笑う跡部は、本当にキラキラとしている。イルミネーションの光が降ってきているせいじゃない。どうしてなんだろう。視界の中の何よりも、俺には跡部がいちばんキラキラとして見える。
「……光るものを綺麗に撮るには、どうしたらいいんだ?」
「お前カメラの設定とか何もいじってねえんだろ。ちょっと貸してみな」
 得意げに手を差し出す跡部に、俺は自分の端末を素直に渡した。鼻歌でも歌いかねない様子で跡部は設定とやらを構ってくれて、「ほら」と手渡してくれた。正直、どこがどう変わったのか分からないが、跡部が言うのならそうなんだろう。
「あの辺のオーナメント撮ってみろよ。あ、サンタがいるじゃねー……の……」
 指導するようにツリーを指さす跡部にカメラのレンズを向けて、シャッターを押した。
 よかった、綺麗に撮れたようだ。
「…………なんで俺を撮ってんだよ」
「ツリーを撮るとは言っていないが」
「……光るものをって言ってただろうが」
「間違ってないだろう」
「意味分かって言ってんのか?」
 おかしなことを言ったつもりはない。事実を言ったまでなんだが。俺が肯定の意味で何も答えないでいると、跡部は恥ずかしそうに視線を泳がせた。賛辞などめいっぱい浴びているだろうに。
「……てめェの方こそキラキラしてるくせによ」
「どういうことだ」
「俺にはお前の方こそ輝いているように見えるってんだ。人混みでも絶対にすぐ見つけられるぜ」
 照れ隠しなのか、悪態のように呟くそれは、俺が跡部に対して思っているのと同じことだ。
 ……そうか、跡部もそう思ってくれているのか。
「お前は俺のことを好きすぎないか」
「俺の台詞じゃねーの」
「お互い様だということだな」
「…………ん」
 そうやって俺たちは、自分の端末に保存された相手の写真を開いて見せる。やっぱり画面の向こうでは分かりづらいが、綺麗だなと素直に思った。
 跡部の目に俺はこう見えていて、俺の目に跡部はこう見えている。
 目の前の本物には敵わないが、どこか満たされた気分だ。
 写真を見ていた視線が、ゆっくりと上がって、重なる。
 同じタイミングで瞬きひとつ。
「……メリークリスマス、手塚」
「メリークリスマス。来年もともに過ごせたらいい」
 目蓋を伏せるのと、唇が近づいていくスピードはほぼ同じ。
 初めて触れ合わせたそこは、思ったよりも柔らかだった。


「相手の写真を撮る塚跡」でリクエストいただきました。

#両想い #クリスマス #リクエスト

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好みのタイプ

NOVEL,テニプリ,塚跡 2024.12.13

#両想い #リクエスト

 好きなタイプ? と、手塚はオウム返しに訊ねた。 腰をかけたソファの隣には、目をキラキラと輝かせた跡…

NOVEL,テニプリ,塚跡

好みのタイプ


 好きなタイプ? と、手塚はオウム返しに訊ねた。
 腰をかけたソファの隣には、目をキラキラと輝かせた跡部景吾がいて、これはこれでこのまま見ていたいと思う。
「なぜ急にそんなことを訊くんだ?」
「聞いたことなかったから」
 至極まともな回答が返ってくる。
 確かに、跡部とどころか誰かと好みのタイプの話などしたことがない。そもそもこれは、恋愛的な意味で好感情を持ちやすいタイプを訊いてきているのだろうかと、手塚は僅かに目を細めた。

 だいたい、つきあっている恋人に対して今さら好みのタイプを訊いてくる理由が分からない。片想い中で、相手の好みに近づいて恋を成就させたいというならまだしもだ。

「いくらカタブツだからって、好みくらいあんだろ? 可愛い系とか、きれい系とか、控えめとか、髪型とかよ」
 跡部は指を折り曲げながら、タイプとやらを挙げていく。そもそもあまり興味のない手塚に、可愛い系ときれい系の違いが分からなかったが、ここはどう答えるべきだろうか。
「テニスが好きな人だといい」
「テニスは置いとけよ、ばか」
 即座に却下されて、むっと口を尖らせる。重要な要素なのだが、それ以外となると本当に難しい。
 何か答えないと満足しそうになくて、手塚は仕方なく思考を巡らせた。


「…………何事にも一生懸命なのは、好ましいと思う」


「ふぅん? じゃあ、控えめな方がいいか? それとも賑やかな方が好みかよ」
 ひねり出した答えに、跡部は機嫌が良さそうだ。
 ああ、と手塚はようやく気づく。自分のことを表現してほしいのだなと。
 まあ少し考えれば分かったことだ。交際しているのなら、相手が自分をどう評価して好んでくれたのか、気になるところだろう。
 跡部景吾でもそんなことが気になるのかと、目の前の天上天下唯我独尊を背負っていそうな男をじっと眺めた。
「……好感を持つというのであれば、綺麗な黒髪の、大和撫子のようなひとだろうか」
 少し考え込んだふりをして、手塚は口にした。跡部に遠慮することもなく、ただ好むタイプというのを告げたふうに。
 それを聞いて、跡部は驚いたように目を丸くした。跡部は自身を控えめな方だとは思っていないだろう。加えて、生まれた時から見事な金髪碧眼だ。その青の瞳が、右に揺らぐ。
「……へぇ」
 黒髪、ではないな、と分かりやすくしょぼくれた顔をする。今度は手塚が驚く番だった。
 跡部もそんな顔をするのか。
 恋人の好みからことごとく外れてしまっている自分が、悔しいのか、それとも悲しいのか、寂しいのか。
「黒髪……」
 跡部の指先が、つんと髪を引っ張る。あ、と手塚は小さく息を吐いた。やろうと思えば染めることもできるとでも思っていそうな跡部の指先を、慌てて搦め捕る。
「手塚? なに……」

 そうしてそのまま、唇同士を触れ合わせた。
 意識を逸らせて留めておかないと、跡部はすぐに実行してしまう。彼の行動力を甘く見たらいけない。

「な、……んだよ、急に」
「本気にしたかと思って」
「あ? ……あァん!?」
 触れるだけで唇を離せば、面食らった跡部が訊ねかけてくる。正直に告げれば、からかわれたのだと知った跡部がグッと胸倉を掴んできた。
「おいてめェ、俺様をからかうとはいい度胸だな」
「俺にそんなことを訊くお前が悪い」
「開き直んな!」
「だが、俺が好みのタイプとやらを真剣に考えたことがあると思うのか? だったらお前の方こそどうなんだ。俺はきっとお前の好みからかけ離れているだろう」
 そもそも性別が、という野暮なことは口にせず、なぜ恋人などという関係になっていると思うのかの方を真剣に考えてほしいと思う。
「そりゃ……俺様だってゲイってわけじゃねえからな。手塚じゃなきゃ、惹かれてねえ」
「なら好みのタイプを知ったところで意味がないだろう。お前は結局俺を好きになる」
「てめェな……」
 悔しそうに睨みつけてきながらも、跡部は否定をしてこない。

 こういうところがたまらなく好ましいのだがと思っていることは、言わないでおこうと手塚は思った。

「その自信はどこから出てくんだよ、ったく……」
「俺自身がそうだからな」
 呆れ調子で髪をかき混ぜた跡部に、手塚はそう返してやる。数秒思案した彼は、その意味に気がついてカアッと頬を染める。
 貴重なものを見た、と手塚は満足げに小さく頷いた。
 恋人としてつきあっていても、跡部がこんなふうに驚いて頬を染める場面になどあまり出くわさない。いつも自信にあふれていて、好意を向けられるのは当然だとでも思っていそうで、さすが跡部景吾だと手塚も思っていたのだ。

「お前が俺様にベタ惚れなのは分かった。それでも、からかわれんのは気に食わねえんだが」

 照れ隠しなのか、むっとした表情を作って頬に手を伸ばしてくる。そうしてそのまま、……むに、とつねってきた。
「……おい」
 ここはそっとキスでもする流れではないのか、と手塚の方は意図せずむっとした表情になってしまう。跡部はそれにご満悦な様子で、楽しそうに口の端を上げた。
「はは、変な顔」
 そう言ってもう片方の頬もつまみ、ぐいと横に引っ張る。痛い、と呟いても、うまいこと音になってくれない。まあ実はそんなに痛くもなくて、楽しそうな跡部の顔を見られて満足だ。

 かわいい。

 心の中でそんなことを思い、頬で遊ぶ跡部をじっと見つめる。
 最初は、からかうつもりなどなかった。好みのタイプというのを真剣に考えたことは本当になかったし、今も興味が湧かない。だけど、たとえば跡部と正反対のタイプを告げたらどんな反応をするのかと気になったのだ。
 そうしたら、こんなに可愛らしい反応を返してくれた。

 見た目だけでも好みのタイプに近づくべきかと髪を弄ってみたり、からかわれたと知って怒ったり、仕返しとばかりに頬をつねってみたり。
 普段の跡部からは思いも寄らない。

 手塚は、頬を引っ張る跡部の手にそっと手を添えて外させた。
 あ、と上がった息を吐くような音を、唇で封をする。
 触れ方が深くなるにつれ、指先が絡み出す。手の甲を撫で、ちゅっと舌を吸い上げてみると、仕返しみたいに軽く噛みつかれた。
 唇を離して責めるように目をほそめたら、両手の指先でそっと眼鏡を外される。丁寧につるをたたんでテーブルに置き、跡部は挑発的に唇を舐めた。
「俺様好みのキス、知ってんだろ、手塚ァ」
「ああ、知っている。今までも、これからも俺しか知らないものだな」
 腰に腕を回して引き寄せれば、「お互いにな」と首に腕を巻き付けてくる。
 そんな跡部景吾の反応がとても好ましいと、深く深く口づける。

 もし今度好みのタイプを訊かれたら、跡部景吾と答えてやろうと思うくらいには。


「からかわれた腹いせに手塚の両頬をつねって伸ばしたら、実は「からかった相手に可愛い反撃をされる」シチュエーションに憧れていた」でリクエストいただきました

#両想い #リクエスト

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もう少しだけ

NOVEL,テニプリ,塚跡 2024.10.03

#両片想い

 跡部が、ふっと空気のように笑ってラケットを立てかけた。もう打ち込むつもりがないのだろう。そう思うと…

NOVEL,テニプリ,塚跡

もう少しだけ



 跡部が、ふっと空気のように笑ってラケットを立てかけた。もう打ち込むつもりがないのだろう。そう思うと、不満とも言える思いがわき上がってきた。

「もういいのか?」
「ああ、満足だ」

 どこかで聞いた台詞だなと思いつつ、俺も肩の力を抜く。ふと、跡部が見抜いた俺の「死角」を見つめた。未熟だと嘆けばいいのか、それとも跡部の眼力が精度を上げたのだと思えばいいのか。
 まあどちらもだな。
「随分と腕を上げたな」
「アーン? この俺がいつまでも膝をついてると思うなよ」
 挑発的な笑みに、だからこそなんだがと心の中で呟いた。

 プレ杯で対峙してから、数日しか経っていない。ネット越し、俺の目の前で膝をついたあの男と本当に同一人物だろうか。
 そう思ってしまうほど、跡部はさらに強くなった。トレーニング程度でもそう感じるのだから、本気で試合をしたらどうなるのだろうか。
 いつからか手塚ゾーンなどと呼ばれるようになった俺の技を破り、ラケットを放してさえ、今も尚強く見据えてくる。

 また、輝きが増した。

 この男はどこまで進化するのだろう。遠くない未来、プロとしてまた相見えることになると、俺は確信している。
 楽しみだ、と思わず口許が緩みかける。それを隠すように、俺は跡部に訊ねかけた。
「日本チームの皆は元気か」
「まあな。てめェも元気そうで何よりだぜ。くせ者揃いで、まとめ上げんのが大変だがな」
 プロになるために渡独した身とはいえ、かつての仲間のことは気になる。
 とりわけ、この男のことは。
「お前がまとめてくれているのか」
「ああ、てめェの跡を継いでな。じゃあな、あんまり長居もできねーし、俺様はそろそろ戻るぜ」
 跡部はそう言って踵を返す。
 敵地に乗り込んできた割には随分あっさり帰るんだな……。本当に俺の技を破れるか確認しに来ただけのようだ。自主トレの相手をしてやるなどと言っていたが、まあそんなわけではないだろう。
「そうか」
 なんでもないように返しながらも、俺の中にじわりと不満が広がった。
 次に顔が見られるのは、試合でだな……。この様子では、跡部は試合に出ないのだろう。出たとしても俺とは当たらない。
 せめてもう少し話しをしていたいと思うのは、俺の厄介な感情のせいだ。

 俺は跡部景吾に恋をしている。

 何を血迷っているのかと思うが、事実は事実。こいつが相手では仕方がない。俺は悪くない。

「見送りくらいしてくれたって、罰は当たらねぇんじゃねーのか、手塚ァ」
 ドアの傍で振り返って、跡部は愉快そうに笑う。別に俺の気持ちを知っていてのことではない。――と思う。見送られるのが常なんだろう。何しろ財閥の御曹司だからな。
 しかし、俺にとっては好都合だ。「お前が言ったんだろう」と言い訳をして跡部を見送ることができる。
 それでも、このまますぐにエントランスに向かうのでは物足りない。

 せめてあとわずかでも一緒にいられないだろうか。

「……跡部、少し部屋までつきあってくれないか」
 跡部を追ってトレーニングルームを出て、背中に声をかけた。跡部は少し驚いたような顔をしている。……かわいいな。
「アーン? 部外者連れ込んでいいのかよ?」
「トレーニングルームまで乗り込んできておいて、今さら何を言っているんだ。不二にCDを借りっぱなしだったことを思い出した。返しておいてほしい」
「てめェ、この俺様を使いっ走りにするとはいい度胸じゃねーの」
「どうせ同じホテルなんだからいいだろう。こっちだ」
 俺は跡部が不満げに少し唇を尖らせたのを見て、頭を抱えたくなった。かわいいのもいい加減にしろ。が、不満げだということはつまり、跡部にとっては貴重な時間とはならないのだろう。まるっきり俺の片想いだ。
 この気持ちを言うつもりもないが、少しばかり腹も立つ。
 エレベーターを待つ間、跡部の視線を感じた。文句を言いながらもつきあってくれるらしい。
 跡部は案外義理堅いというか、面倒見がいいというか、押しに弱いというか。その外見からは想像がしづらいが、そんなところもいいと思う。

「なあ、手塚」
「なんだ」
「肘とか、肩、大丈夫か?」

 なんとも(俺に)都合良く、エレベーターは二人きりだった。跡部が少し躊躇いがちに訊ねてくる。先程から感じていた視線はそのせいだったのだろうか。
「あれだけラリーしてからの言葉ではないな」
「ばーか、本気出してねえ状態だぜ。特にてめェは一度始めたら頑固だからな。痛みがあろうが我慢すんだろ」
 それはそうだな。特に跡部相手では、途中で止められやしない。もったいないだろう。
 だが、跡部の心配するようなことはない。
「肘も肩も問題ない。きちんとしたトレーニングを積んで、ドクターにも診てもらっている」
「そうか。ならいい」
「気にかけてくれていたのか」
「フ、そりゃあな。てめェは俺様の宿命のライバルだぜ?」
 喜んでいいのか悲しんでいいのか。特別な相手と思ってくれているようだが、俺の感情とは種類が違う。それが残念でならない。
「いつまでライバルなんだろうな」
 そんな思いが、つい口を突いて出た。ハッとして口を噤むと、跡部は「ん?」と不思議そうに首を傾げる。

「そんなもん、生涯ずっとに決まってんだろーが」

 至極当然のことのように、跡部はするりと口にした。俺はそれに若干驚いて目を瞬く。
「プロとしての選手生命は長くねえかもしれねえが、お前とは歳取ってもずっと打ち合っていたいって思うぜ、手塚」
「……ずっとか」
「ずっとだ」
 未来のことは分からない。だけど、跡部が力強く頷いてくれる。

 それなら、いいか、と思った。

 跡部の中で、俺はずっと特別な相手として存在している。恋でなくとも、跡部景吾は俺のものだ。
 エレベーターが部屋のあるフロアに着いて、二人で歩く。廊下を通る人はいなくて、跡部がすぐ横に並んできた。
「ここがいつか、俺だけの場所になればいいのにな」
 ぼそりと呟かれた言葉は、しっかりと耳に入ってきた。入ってきたが、どういう意味なのか分からない。
 都合良く解釈すれば、俺の隣を独占したいということになるんだが、そんなわけはないだろうな。
「別に構わないが」
「ククッ、構わねーのかよ。朴念仁が」
 跡部が呆れたように笑う。貶されているようなのだが、なぜだ。

 部屋の前に着いて、少し待っていてくれと跡部に頼んだ。さすがに部屋の中まで連れ込…………入らせるわけにはいかないだろう。対戦国の選手なのだから。
 俺は部屋に入って、適当なディスクを手に取った。何もデータを入れていない物のはず。これを跡部に渡されたら、不二はどう反応するだろうか。気づかれるのだろうな。まあ別に構わないが。
「すまない跡部、待たせた」
「いや、いいぜ。それか?」
「ああ。エントランスまで送ろう」
「ここでいいが……」
「他国のヤツを一人で歩かせるわけないだろう」
「フ、俺様がスパイの真似事ってか? お前と二人ならさぞ楽しいだろうがな」
 言いながら、跡部と連れ立って再びエレベーターへ向かう。どうしても足がゆっくりになってしまうのは、仕方がない。

「今日は急に押しかけて悪かったな」
「お前がそんな殊勝なことを言うとはな。明日の天気は大丈夫だろうか」
「てめェも言うようになったじゃねーの」
 エレベーターに乗り込んで、一階のボタンを押す。すぐに着いてしまうのが恨めしかった。

「そうだ手塚。試合終わったらちょっとした交流会考えてんだけどよ。お前も乗るか?」
 エレベーターからエントランスに向かうまでの廊下で、跡部がふとそんなことを言ってくる。交流会というのは、テニスだろうか。それとも食事だろうか。レクリエーションということだな。
 もちろん俺は勝つつもりだが、勝敗を決した後でレクリエーションとは。
「日本チームの連中とか? そちらが迷惑でなければ、参加――」
 参加させてもらおうと言いかけたところで、はたと思い至る。待て、跡部が言い出すことは大抵が大事になる。〝ちょっとした交流会〟などと言っているが、絶対に俺が思い描いている規模ではないはずだ。
「参加主要国ほぼほぼだな」
 ほらみろ、これだ。
「跡部。お前の行動力は純粋にすごいと思うが、それはちょっとした交流会ではない」
「なんだよ、多い方が楽しいだろうが。ほら、全国大会ん時にやっただろ、焼肉の。あれがやりてえ」
 もちろんスポンサーはうちだぜ、と続ける跡部は、もうすでに止めても無駄だ。すでに懐かしささえ感じる全国大会会期中の出来事を想い浮かべる。……育ち盛り、体が資本の俺たちに、焼肉は……良いと思うが……。
「ちなみにてめェは主催側な」
「俺を巻き込むんじゃない」
「ヘリで焼肉大会の様子を見守る役目だぜ? 何の文句があるんだよ」
 断ろうと思ったが、ヘリでということはたとえ乾たちがおかしなものを作っていても口に入れずにすむということだ。それに、
「ヘリには、お前も乗るのか」
「当然だろ」
「分かった。ドイツの皆にも焼肉バトルへの参加を呼びかけていいんだな」
 跡部とともにというなら、文句はない。肉食べたいが、それとこれとは話が別だ。
「ああ、頼んだぜ」
 跡部が頷いた頃、ようやくエントランスにたどり着く。
 想定していたよりずっと長く話していられたな。さらには、焼肉バトルの間にも逢えることになってしまった。

「では跡部、これを頼む」
「オーケイ。てめェの頼みじゃなきゃ聞いてねーぜ。ったく」
 エントランスを出て、跡部にCDを渡す。思いがけない逢瀬に、俺は満足げに頷いた。

「跡部」
「アーン? まだ何かあるのか」
「お前は先程、俺の隣にいたいと言ったが」
「……言ったな。あんま深く考えんじゃ――」
「だが俺は、お前は正面の方がいい。ネット越しでも、そうでなくても構わないが」
 こうして視線を上げた先、正面にお前がいたらいい。そう思って口にしたら、跡部は大きく目を見開いて、そうして項垂れて額を押さえた。
「お前、ほんと……タチ悪いなぁ……ぜってー意味分かってねぇくせに」
 ため息交じりに呟かれるが、どういう意味だ。思っていることをそのまま口にしただけなのだが。
「なら、隣も正面も俺様によこしな」
「欲張りではないのか」
「俺様はすべてを手に入れる男なんだよ」
「なるほどさすが跡部景吾だな。ところで俺が意味を分かっていないというのはどういうことだ」
「誰が教えてやるかよ。てめーで考えやがればーか」
 む、と口が尖る。今は試合のことを考えていたいんだが。後でビスマルクあたりにでも訊ねてみよう。「時間があれば」と返したら、はあ~と大仰なため息を吐かれた。意味が分からない。

「もう戻る。じゃあな。バトルの件、後でスマホに詳細送っとく」
「ああ、分かった。跡部、気をつけて帰れ」
「サンキュ」
 跡部は、受け取ったCDを振りながら日本チームの宿泊先へと向かっていった。もう少しトレーニングをして雑念を払わないといけないな。
 俺はそのまま、再びトレーニングルームへと足を向けた。


「ほらよ、不二。手塚がお前に借りたCD返しといてほしいってよ」
 不二は、来訪者からCDケースを受け取って、ありがとうと礼を言った。跡部は「使いっ走りさせるな」と言いつつも、機嫌が良さそうである。
「手塚、元気だった?」
「ああ。しかしてめーんとこの部長サマはどうにも鈍いな。どうにかならねえのかあれは」
「面白そうな愚痴だけど、まあ手塚だしね」
「だろうな。じゃあ、それ確かに渡したぜ」
 跡部はひらひらと手を振って踵を返す。不二は手元に残ったCDケースを見下ろして、息を吐くように友人の名を呼んだ。
「手塚……」

 僕、きみにCDを貸した覚えはないんだけどなあ。

 そんな野暮なことは、ひとまず胸にしまっておくことにして――。


#両片想い

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夏の香り

NOVEL,テニプリ,塚跡 2024.08.15

#両片想い #イベント無配

 手塚は、商品の陳列棚で珍しく悩んでいた。というのも、いつも使っている制汗剤が売り切れていたせいだ。…

NOVEL,テニプリ,塚跡

夏の香り




 手塚は、商品の陳列棚で珍しく悩んでいた。というのも、いつも使っている制汗剤が売り切れていたせいだ。季節柄、制汗剤が飛ぶように売れるというのは理解ができる。だからこそ品切れが発生するのはいかがなものか。
 いつもそれを使っていたからか、他の物に手が伸びない。他の店なら売っているだろうかと、その場を離れかけた。
 だが、踵を返したところで体が硬直する。視線の先に、見知った男を見つけたからだ。
「――跡部」
「よぅ、手塚じゃねーの。奇遇だな」
 その男の名は、跡部景吾。ライバル校の部長をしている男だ。そして、まったく不本意ではあるが恋焦がれている相手でもある。
 なぜドラッグストアに跡部景吾がいるのだと困惑した。財閥の御曹司である彼が、こういった庶民的な店にいるというのがどうにもミスマッチだ。と思うくらいには、彼とはテニスでしか語り合えていない。彼も、こういった店に入るのかと、新たな事実が分かって面白くはあった。
「買い物か」
「ああ、ちょっとな。ストック切れてたような気がして寄ってっみたんだが……こういうところは慣れてなくて……いろんなものがあるんだな」
 なるほどと思った。やはり予想通り、こういうところにはめったに入らないようだ。
「何を探しているんだ?」
「制汗剤。あ、この辺りか」
 なんなら案内でもしてやろうと思ったが、跡部の目当ても制汗剤らしい。汗をかくスポーツだから、制汗剤はあって困ることもない。手塚の目当ては売り切れていたが、この店に入ってよかったと、もう考えを改めた。
 跡部は普段何を使っているのだろうと興味も湧く。今でさえ、傍にいるとほんのりと良い香りがする。制汗剤なのか、香水なのか、それは手塚には分からなかったが。
「手塚は普段何使ってんだ?」
「俺はこれなんだが……生憎と在庫がないようでな」
「アーン? 売り時逃すなんて、なっちゃいねえな」
「急な大量買いがあったのかもしれないだろう。店を責めるな」
 眉を寄せた跡部が可愛らしくて、自身も思ったはずのことをなだめすかして棚へと視線を戻す。
「……お前は? 普段使っているものはあるのか」
「んー、俺はこれだな。……なんか新しいの出てる……」
 ここぞとばかりに探りを入れてしまう手塚を警戒することもなく――少しも意識されていないことが悔しくはあるが、ある商品を指さしてしゃがみ込んだ。どうも愛用のものに新作が出ていたようで、興味津々である。
 かわいい、なんて思いながら手塚も隣にしゃがみ込んだ。
「液体タイプなのか……使ったことがないが、いろいろな香りがあるんだな」
 シトラスだのサボンだのマリンだの、様々な商品名が並んでいる。テスターというシールが貼ってあるものは、香りの確認をしろということなのだろう。
 手塚はフレッシュサボンと書かれたものを手に取って、蓋を開けてみる。
「振ってからだろ普通。ちょっと貸せ」
「おい」
 そのまま香りを確認しようとしたのだが、跡部に分捕られる。跡部はそのボトルを軽く振って、蓋を開けてくれる。「ほら」と差し出されて、手のひらを向けて出した。液体がほんの少し流れ出てきて、落ち着かない。
「ふーん、なかなかいい匂いじゃねーの。手塚の好みか?」
 手の甲に塗り込んで、香りを確認してみる。悪くない。跡部も同じように香りを確認していて、心臓が変な音を立てた。
「あ、ああ。せ、せっかくだからこれにしてみる。跡部は?」
「俺はこれだな。フローズンミント」
「…………名前だけで決めていないか」
「アーン? 俺様にぴったりじゃねーの」
 氷帝のキングだからと〝フローズン〟を選ぶのが跡部らしいが、どんな香りなのだろうと、手に取って確認してみた。
「ぴったりかどうかは分からないが、いいと思う」
「だろ? でもな……」
「どうした」
「ボトルの色がな……。手塚の持ってるヤツの方が好きな色なんだよな。ボトルっていうか、キャップな」
 言われて見てみれば、確かに商品事にボトルの色が違う。キャップも、同系色のもあれば異系色のもある。ふと、陳列棚の手書きのPOPが目に入った。
 目を瞠る。
〝好きな人とキャップを交換しよう! 使い切れば、恋が叶うかも……?〟
 などと書いてある。売り文句なのか、ジンクス的なものでもあるのか。跡部がどちらにしようか悩んでいるのを横目に、手塚はスマホで検索をしてみる。どうも、キャップの交換というのは中高生を中心に行われているようで、実際恋が叶ったという物も見られた。
 というか、これだけネットに書かれているということは、恋に興味のある者たちには暗黙の了解のようなものなのだろう。交換できた時点で、少なくとも好意は伝わるのではないか。
「なあ手塚、これキャップだけ交換しねーか」
「は?」
 そんなことを考えていたら、跡部からのとんでもない発言に、思わず幻聴かと声を上げてしまった。
「お前、こっちの色嫌いか?」
「い、いや、そんなことは、ないが」
「じゃあ決まりな。いいだろ?」
 跡部はイエスも聞かずに商品を一つずつ手に取って腰を上げる。「会計してくる」とレジへ向かう跡部の背中をじっと見つめたまま、何が起こっているのか分からなくて硬直してしまったが、すぐに後を追った。
「おい跡部、勝手に払うんじゃない。自分の分は自分で払う」
「アーン? 俺様が傍にいんのにそんなことさせるかよ。それに、わがまま聞いてもらうんだからな」
 レジの傍で押し問答など始めそうになったが、それでは他の客にも店員にも迷惑だ。ひとまず支払いを済まさせて、店を出た。
 しかし跡部のわがままなど可愛らしいものだし、なんならキャップの交換はこちらの方こそお願いしたいところだ。
「キャップの交換はするが、支払いの方は譲れない。ゆ、友人だと思っているからこそお前の財力には頼りたくないんだが」
「そんなに気にするような金額じゃねーだろ……ん、じゃあキャップ。交換な」
 跡部はなおも聞かずに、キャップの交換だけを終えてしまう。フレッシュサボンのボトルに、フローズンミントのキャップがはめられ、フローズンミントのボトルには触れ煤サボンのキャップがはめられた。
 上機嫌の跡部を見られて嬉しいけれど、このままではいけない。
 手塚は制汗剤のボトルを握ったまま、跡部に向き直った。
「跡部、お前とは対等でいたい」
「そりゃ光栄だが、払わせる気はねえ。……えっと、なら、この後」
「お前が頑固なのは分かった。だから、次は俺が二つ買わせてもらおう。これがなくなる前にまた逢いたい」
 そう告げると、跡部はぽかんとした顔で見つめてくる。そうしてなぜか口許を押さえて顔を背け、手のひらでそれ以上の言葉を制してきた。
「わ、分かった、それでいい……っていうか、それなら連絡先交換しようじゃねーの。その、テ、テニスしてえ時とか、あるだろ、お互い」
「ああ、そうだな」
 渡りに船とばかりに、手塚はスマートフォンを取り出す。緊張と嬉しさとで、指先がおぼつかない。それでもなんとか連絡先を交換して、ホッと息を吐いた。
「き、今日はちょっと、準備ができてねえから、また別の機会に」
「そうだな。するならするで、遅くなることを家族に言っておかないといけないだろう。跡部、明日は?」
「空いてる。じゃあ明日、いいか?」
「構わない。場所はお前に任せよう」
「ああ、分かった。じゃあ明日な。後で連絡する」
 どさくさに紛れて明日の約束を取り付け、店の前で別方向に足を進める。途中、跡部が何か思い出したように「あ」と声を上げて振り向いてきた。
「手塚、明日これつけろよ。早く使い切って、俺様に買ってくれんだろ?」
 そう言って、お互い手に持ったままだった制汗剤のボトルに、コツンとキャップを当ててくる。
 心臓を射貫かれたような感覚を味わって、表情を崩さないようにするのに必死だった。
「ああ、分かっている。では跡部、また明日」
「気をつけて帰れよ、手塚」
 こくりと頷いて、今度こそお互い別方向に歩き出す。
 手塚は手の中のボトルを握りしめ、本来は違う色のはずのキャップに目を落とした。
「……キャップを交換する意味、アイツは知っているんだろうか」
 そもそもあのジンクスがにどこまで効果があるのか分からない。だが、これをきっかけにして連絡先の交換ができたし、テニスをしたいと誘える土台もできた。あとは自分の頑張り次第。
 まずは明日だと、赤い顔を少し俯けながら家路を急いだ。
 別方向に歩いていった跡部が、「交換できるなんて思わねえだろうが……!」と感極まってしゃがみ込んでいたことを知らないままで。


 このボトルを使い切ったら、告げてみようか、この恋を。


#両片想い #イベント無配

hyoushi.jpg

ff-フォルティッシモ-segue

OFFLINE 2024.03.17

#塚跡 #シリーズ物 #片想い #誕生日 #新刊サンプル

(画像省略)【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円【書店通販】フロマージュブックス様【自家…

OFFLINE

ff-フォルティッシモ-segue


hyoushi.jpg
【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円
【書店通販】フロマージュブックス様
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】ff-フォルティッシモ-の続編。一応完結。
跡部が青学に訪れ恋を告白してきたが、「なにも望まない」とも言う。手塚は応えられないと突っぱねるが、跡部がドイツ語を得意としていると知って教えてもらいたいと頼んだ。傍にいられるのは苦しいけれど、そんな苦痛さえ愛しいと跡部は受けてくれる。
ドイツ語を勉強しながらテニスを楽しみ、跡部の本質に触れていく手塚。
ドイツ語の習得に尽力してくれる跡部に何か礼をと思いプレゼントを贈った際に見た表情がとてもかわいく思え、跡部が望むならと「キスくらいならしてやれるが」と提案する。だがそれは跡部を深く傷つけてしまい、メッセージも返してくれなくなった。
氷帝に出向いた手塚は、呼び出した跡部に交際を申し込み、跡部は困惑しながらも受け入れてくれたけれど――。
【ご注意】うちの青学メンバーは氷帝メンバーと仲良し/※※描写はしてませんが、忍→岳の設定がありますので、苦手な方はご遠慮ください※※

#塚跡 #シリーズ物 #片想い #誕生日 #新刊サンプル





 お茶をお持ちしますと執事は下がっていく。部屋の隅に、プレゼントの山。これが全部跡部への贈り物なのかと思うと腰が引けてしまった。
 その中で、自分が預けたものを見つけて手に取った。比べてしまうと、やはり見劣りするなと思う。急なことだったし、もともと誕生日用に選んだプレゼントではないというのが、申し訳ない気もした。来年はもう少し気の利いたものにしようとソファに腰をかけたところで、はたと気がつく。
 来年、と未来の事を考えてしまった。当然のように傍で祝える前提で。
「……そうか」
 この感情がなんなのかは分からない。だが少なくとも、自分の未来には跡部もいてほしいとは思っているようだ。来年も誕生日を祝いたい。当日は忙しいのだから、別の日でも構わない。ゆっくり、おめでとうと言える環境で過ごしてもみたい。その反面、自分たち二人ならテニスでいいのではないかとも思う。一日中テニスをするだけでも祝いになるかもしれない。楽しそうな跡部の顔が目に浮かぶようだと思った。
「手塚、悪い待たせて」
 その時、予告もなくドアが開けられ、跡部が姿を現した。跡部にとっては自分の部屋なのだからノックなど必要ないが、心の準備をしていなかったせいで、思わずビクッと体が強張った。
「あ、ああ、いや、そんなに待っていない」
「そうか? あ、ミカエル、後は俺がやるから。今日はありがとな」
「とんでもないことでございます。ご入浴の際はお呼びください。お坊ちゃま、朝にもお伝えしましたが、お誕生日本当におめでとうございます」
「ああ、ありがとう。母さんや父さんはもちろん、お前にも感謝してるぜミカエル」
「もったいないお言葉にございます。では、ごゆっくり」
 ドアの傍でそんなやり取りをして、跡部は紅茶の乗ったワゴンを部屋に引き入れる。手塚はどこかでホッとした。彼にもちゃんと、あんなに誕生を喜んでくれる人がいることに。
「ん、手塚。熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
 まさか跡部が手ずから紅茶を注いでくれるとは思っていなかったが、素直に受け取って口へと運ぶ。そういえば飲み物はあまり口にできなかったなと思うと、満たされた気分だ。
「盛大なパーティーだったな。毎年こうなのだと聞いて驚いたが」
「招待客が多くなるから、どうしてもな。まあ誕生日パーティーにかこつけたご機嫌伺いだぜ」
 跡部は自分用に入れた紅茶をテーブルに置き、「それでも」と続ける。
「今年はお前がいてくれて嬉しい。似合ってるって言われたの、本当に嬉しかったんだ」
 その場で、右足を軸にくるりと回ってみせる。わずかにジャケットの裾が揺れたことすら計算されたことのように美しく、改めて跡部景吾という男の体幹の良さを実感した。
「どうだよ?」
「あの時言った通りだ。似合っていると思う。それに、そうやって動いても軸がぶれないというのか……きっと足腰の鍛錬を欠かしていないのだろうと」
「そりゃあな」
 ふふっと得意げに笑って、跡部が隣に腰をかける。ふわりとバラの匂いがして、いつもと違いすぎる彼に戸惑いもした。
「俺は、お前のことを本当にひとかけらしか知らないのだな」
「アーン? 俺様の立ち回りに惚れ直したかよ?」
「……それは、その……」
 惚れ直したとは言ってやれない。物珍しさはあるが、いつまでも見ていたいかというとそうでもない。そもそも、元々惚れてはいないのだから、惚れ直したという表現はふさわしくないのではないだろうか。
 そんなことを思って二の句を継げないでいると、跡部がふっと呆れたように、諦めたように笑った。
「嘘がつけねえ野郎だな。ここは嘘でも惚れ直したって言っとく場面だろ」
「お前に嘘などつきたくない。たとえお前のためになるのだとしても、気持ちのいいものではないだろう」
「ああ、お前のそのクソ真面目なところ、好きだぜ。ホント律儀だよなぁ……おままごとみてーな恋人ごっこに付き合ってくれてんのも、嬉しいと思ってる」
 頭を抱えたくなった。どうしてこの男はこうなのだろうと。まだ一方通行な想いの分、引け目に感じるのも仕方はないと思うのだが、それこそ良い気分ではない。
「恋人ごっこというのは撤回しろ、跡部。俺は俺なりに、お前としっかり向き合って、交際していくつもりでいるんだ。バカにされているようで気分が悪い」
 隣に座る跡部をじっと見据えながらそう告げると、跡部は目を見開いた後に気まずそうに目蓋をわずかに伏せ、下を向いた。少しの沈黙が訪れるが、手塚はただ黙って跡部の出方を待つことにした。
「…………悪い、お前がそんなふうに感じるなんて、思ってもみなかった」
 ぼそりと呟かれた言葉に安堵する。理解はできなくとも、そう感じてしまっていることは伝わったようだ。
「本当にすまない……ただ、まだ現実味がなくてな。どっかで線を引いておかねえと、一気に崩れていきそうで、怖い」
 気まずそうに呟かれたその言葉に、手塚はどこかで安堵する気持ちがあった。
 ひとつ瞬いて、それを自覚する。
 自分の未来に跡部がいないかもしれないと怖がる自分を、恥じ入る思いがあったのかもしれない。だから『怖い』と素直に口に出してしまえる跡部を、羨ましく思った。
「……お前にも怖いものがあったのか」
「お前だけだぜ、俺にこんなこと言わせるの」
「確かにお前から弱音が吐かれるとは思わないな。だが、また知らないお前を知れて嬉しいと思う」
 こくりと頷きながら返せば、それを見て跡部は強張っていた頬を緩めた。
「ちょっとまだ、追いついてねえんだよ。好きなヤツから交際申し込まれてみろ、混乱だってする。しかも昨日の今日だぜ。想像もしてなかっ……いや、想像はしたことあるけど、現実になるなんて思わないだろ、普通」
 そうして、言いづらそうに呟く。こんな跡部景吾も珍しいのだろうなと、目を逸らすことができないでいた。
「俺は好きな相手からというのは経験がないから分からないが、お前がそう言う気持ちは分かる。俺だってお前に好きだと言われて、混乱した」
「本当にかよ。涼しい顔してやがったけどな?」
「……表情に出なかっただけだろう。俺は分かりづらいとよく言われる」
「テニスだとあんなに分かりやすいのにな」
 だいぶいつもの調子を取り戻しつつある跡部が、笑いながら返してきた言葉にハッとする。そういえば、訊いておかなければいけないことがあったのだと。
「跡部、お前もテニスは続けるのだろう?」
 当然イエスが返ってくるものとばかり思っていた答えは、跡部が目を見開いたことで裏切られる。いや、まだ否定されたわけではないと、嫌な音を立てる胸を押さえた。
「跡部」
「…………気持ちだけじゃ、どうにもならないことがある。恋にしても、テニスにしても」
「跡部」
「手塚、俺の住む世界を見ただろう。俺は家の事業を――」
「跡部、脱げ、その服」
 跡部の声を遮って、手塚は強い視線で突き刺した。自身も学ランのボタンに手をかけながら。
「――は? ちょ、……待ておい、お前、なにを」
「その服でテニスはできないだろう」
 学ランをバサリとソファの背にかける。身を強張らせていた跡部が、ハッとした後になぜかがくりと項垂れた。
「テニスならテニスって言え、バカ……」
 跡部が何に対して文句を言っているのか分からなかったが、そこに気を揉むよりもまず、跡部とテニスがしたかった。家の庭にコートがあるというのがこんなに都合の良かったことはない。
 手塚は学ランを脱いだだけ、跡部もジャケットを脱いで靴を運動靴に履き替えただけで、ラケットを片手にコートへと歩んでいく。テニスに適したスタイルではないというのに、手塚は容赦なくサーブを打ち放った。
 跡部なら打ち返してくる。そう確信して。
 案の定、跡部は打ち返してきた。それでも、いつもより球速が落ちている気がする。
 ――――何を迷っているんだ、跡部。
 左腕に、すべての力を込める。跡部が目を瞠ったのが見えた。
 その一瞬後から、彼の顔つきが変わった。すべてを受け止めて打ち返してやるという思いが、その表情に表れている。
「……くっそ、なんなんだよ……!」
 悪態をつきながらも、返しづらいところに打ってくる。それに追いついて、手塚も返す。跡部が返してこられなかったのは、動きづらい服装だからだろう。悔しそうに舌を打ったけれど、キッと睨みつけてくる視線にぞくりと背筋が震えた。
 力強いインパクト音が心地良い。
 いつもと勝手が違うタイミング。それを本能で感じ取ってすぐに態勢を整えてくるところは、天性のセンスだろうか。
 やはり、そうだ、と手塚は思う。
 さらに返球の強度を高めて、跡部に向かって打った。
「お前がテニスを辞められるわけがない」
 ボールと同じほどの強さでそう言い放つと、跡部の眉が寄せられたのが見える。重い打球を受け止めて、意地で返してきた。
「分かってんだよそんなこたぁ!」
 手塚は返ってきたボールを受け、先程までとは打って変わって柔らかく返す。跡部のテリトリーで一度跳ねた黄色い球はガットに迎え入れられ、力強く返ってくる。当てて、返す。打たれる。刺すように狙い打つ。打球の強さと速さに倣ってインパクト音も変わる。
「氷帝でアイツらに逢ってなければ、テニスを楽しむこともなかった! 関東大会でお前と試合してなければ、俺は中学でラケットを置いていたんだよ!」
「俺をテニスの言い訳に使うな、跡部!」
 打球が荒くなる。手塚のも、跡部のも。
 ――――俺を言い訳になどせずとも、お前はテニスを愛しているのではないのか。
 動きづらい服装でプレイしてさえこんなに巧みな技術を繰り出せるのは、それだけテニスに真摯に取り組んできたためだ。誰よりも強くありたいと思う気持ちが、プライドが、自分たちを創り上げているのではないのか。
 手塚はじっと跡部を見つめる。ボールなど見ずとも、彼がどこに返してくるのかが分かった。それは跡部も同じなのか、ネットを挟んでコート上で視線が絡み合う。
 一球、一球、打つ度に、返される度に、音が透き通っていくような感覚に襲われた。
 跡部の抱いているもどかしさが、ボールを通して伝わってくるようだ。
 お前に出逢っていなければ、と責めるような眼差しに理不尽さを感じながらも、ぞくぞくするほどの情熱に胸を打たれる。
 ――――跡部、お前に出逢っていなければ。
 お前だけだと思うなと、真剣にボールを返す。あの日、あの時、衝撃を受けたのはこちらの方だと手塚は思う。伝え聞いていた印象をぶち壊して、球に食らいつく執念と真摯さを、技などよりも綺麗だと感じた。確かな技術と自信、集中力と精神力は、純粋にプレイヤーとして惹かれた。
 そのままライバルではいけなかったのかとまだ責めたい気持ちもあるけれど、特別な想いがあるからこそこうして迷いさえぶつけてくれるのかもしれないと思うと、もっと打っていたい気持ちにさせられる。
 長いラリーになった。打ち負かすためのラインではなく、返されるための緩やかなもの。
 それを止めたのは、跡部の方だった。
 何度目かの応酬の後、跳ねたボールを手のひらで受け止める。はあっと聞こえた吐息は、笑っているようにも思えた。
「お前に……出逢っていなければ、俺は迷わず跡部を継いでいただろうな」
 困ったような笑い顔に、手塚の方こそ困る。あまりにも綺麗で、胸が高鳴りそうだった。
「もちろん家は継ぐぜ、一人息子だしな。生まれた時から決まってるようなもんだが、それを不満には思っちゃいねえ。むしろ周りの期待は俺の誇りだ」
「……そうか」
「テニスをどうするかは、今はまだ答えが出ねえ。どうするのがいちばんいいのか分からねえんだ。気持ちだけじゃどうにもならないことがあるんだよ。けどな」
 跡部はそこでいったん言葉を止め、握りしめていたボールをぽんと投げてよこす。手塚は不思議に思いながらもそのボールを受け止めた。
「今、確信したぜ。てめぇとはどうなろうが、よぼよぼのジジィになってもこうやってテニスしてんだろうなってよ」
 満足げに、楽しそうに跡部が笑う。手塚はひとつ瞬いて、よこされたボールに視線を落とす。
 何十年も先の未来だ。
 白髪になって、手もしわしわになって、体力も落ちて、それでもラケットを握りこうして球をかわす日々。
 それが容易に想像できてしまった。
「――ああ、そうなるのだろうな」
 跡部はプロのプレイヤーにはならないかもしれない。それはとても残念で寂しいが、だからといって同じ世界で、同じ目線でいられないわけではない。
 テニスで強くなりたい。ずっとテニスをしていたい。その思いは、いつでもそこに在るはずだ。
 それならいいか、と手塚はボールを握りしめた。
「みっともねえとこ見せちまったな、手塚」
「特にみっともないとは思わなかったが。今日もお前とテニスができて嬉しい」
 本心からそう言ったら、跡部が気まずそうに口を覆って顔ごと逸らした。特に悪い反応ではなさそうで、手塚はそのまま放っておいた。
 しかし、さすがに帰らなければ。今日は遅くなるかもしれないとは言っておいたが、手塚はまだ保護者が必要な中学生だ。あまり遅くまで出歩いているわけにもいかない。
「跡部、そろそろ帰ろうと思うんだが、まだプレゼントを渡していない」
「え? あ、ああ……もう遅いしな。っていうか、良かったのに、プレゼントなんか。正直お前がそこまでマメなヤツとは思ってなかったし」
 急だったこともあるのだろう、跡部は遠慮がちに振り向いてくる。好きな男を目の前にして言う言葉だろうか。
「それは俺も自覚しているが」
「自覚してんのかよ」
 笑う跡部に、なんの逡巡もなく頷く。気の利いたことをできる性質ではないと思っているし、『お礼をした方が良いんじゃ』と大石に言われなければ、気には留めつつも跡部のために何か買ったりはしなかっただろう。
「だが、せっかく手渡しできる状況なのだし、受け取ってほしい」
「そりゃもちろん。今日は、この地球上で俺がいちばんの幸せ者じゃねーの」
 少し大袈裟過ぎないかと思うが、跡部がそう思いたいならそれでいい。
 顔が見られただけでいいなんて言っていたが、初めて〝恋人〟として祝うのだ。何か贈りたい。跡部の方だって、恋人がいる誕生日というのは初めてだろう。
 そこまで思って、初めてなのだろうかと疑問にも思う。
 跡部ほどの男ならば、今までに恋人がいても……幼い頃から決められた婚約者などというものがいてもおかしくない。
 なんだか面白くない気分で部屋に戻り、ソファに置きっぱなしだったプレゼントの包みを手渡す。
「誕生日おめでとう、跡部。高価な物ではないが、使ってもらえるとありがたい」
「サンキュ、手塚。嬉しい……」
 それを両手で大事そうに受け取ってくれた。緩みっぱなしの頬に、本当に嬉しいと思ってくれているのがさすがに手塚にも伝わってきた。
「付き合ってるヤツからっての初めてだ。大事に使わせてもらう」
 何げなく呟かれた言葉に、手塚はひとつ瞬いた。まさか心を読まれていた分けでもないだろうに、引っかかったトゲをぽろりと落としてくれる。弱味として現れて、眼力(インサイト)で見破られたのなら不甲斐ないことだ。
「……初めてなのか。女子生徒に人気があるだろう、お前は」
「アーン? 確かに俺様はそういうの多いがな。イコール恋愛に結びつくわけじゃねえんだよ。あの中でどれだけ真剣に俺に惚れてる奴がいると思う? たとえいても、俺はパートナーを慎重に選ばなきゃいけない立場だ」
 跡部景吾の名はいろいろな意味で青学にさえ聞こえていたのだが、跡部の反応は素っ気ない。学園中の女子生徒の視線をほしいままにしているのだろうに、その中に真剣なものはなかったのだろうか。
「……慎重に選んで、俺なのか」
「自覚しやがれよ。俺のそういう、立場とか将来とか、何も考えられなくさせちまったんだろうが、お前が! クソ、なんでお前なんかに惚れちまったんだ、俺は」
「それは情熱的なことだな。だが、それはお前の立場や将来に、俺が必要なのだと直感的に思ったからなのではないのか。テニスをしていれば、どうしたって世界が交わる」
「……――フ、フフッ、物は言い様だな、手塚ァ」
 跡部は何か眩しいものでも見つめるように目を細める。
 跡部景吾の中で、手塚国光がいる未来が当然のものとして存在している。すとんと何かが腑に落ちたような感覚を味わった。
 跡部の中でそうであるように、手塚の中でもそうなのだ。
 じっと跡部の瞳を見つめると、じっと見つめ返される。どちらが先に逸らすのだろう、と思うほど長い間、見つめ合っていたような気がした。
「……そう見つめられると、照れくせぇんだが」
 そして、先に逸らしたのは珍しく跡部の方。頬を赤らめて、視線を外して手元の包みに移す。結んだリボンを解いていく指先の仕種に、胸が鳴りそうだった。
「先日突き返されたものを贈り直すのもどうかと思ったんだが。お前のために選んだのは違いないから、その……」
「あ、あれな。俺の口からもう一度よこせって言うのもどうかと思ってたんだ、よかった。本当に嬉しかったんだぜ。まあその後どん底に突き落としてくれやがったがよ、この朴念仁が」
 袋を開けて、中身を覗き込む跡部に、ぐっと言葉が詰まる。そのことを持ち出されると勝てなくて、気まずい。どれだけ傷つけたのかと思うと、手塚の方こそ胸がズキンズキンと痛んだ。
 こんなに痛むのなら、やはりこの先跡部を傷つけないようにしたいと改めて思う。
「手塚、これは? この間はなかったよな」
 跡部が、袋の中から取りだした物を不思議そうに見つめる。やはりなじみのない物だったかと思うが、それならそれでこれから触れていってくれたらいい。
「日記帳だ」
「日記帳? そんなのつけなくても俺様はその日の出来事なんて覚えてるぜ?」
 教科書程のサイズだが、厚みはない。それは一年分を記録できる日記帳で、カレンダーやメモ帳も付いている。スケジュール帳としても使えるようだったが、跡部のように多忙な男にこれでは足りないだろう。
「覚えていても、一日のことを整理して、翌日の目標を立てることができる。わずかだが、達成感もあるな。何年か後に読み返して、初心に返るということも可能だろう」
「一日の整理……お前も日記つけてんのか?」
「ああ、毎日。そろそろ買い足さなければいけないんだが、どうせならお前にもと思った次第だ」
「毎日か。継続するってのもなかなか根気のいることだしな。それはどこかで力になる」
 頷きながら同意を返すと、跡部はビニールの開封口に指をかける。一度開けた形跡があるのに気づいてか、不思議そうにしながらも取り出して、中身を確認し始めた。
「どんなこと書けばいいんだ」
「なんでもいい。俺は、学校であったことや、家族で話したこと、練習のことなどを書いている」
 お前らしいなと、跡部の口角が上がる。些細なことでもいいのだと知って、跡部はぱらぱらとページをめくっていった。
「テメーへの想いを日々文字にしてってやろうか」
「感情を整理するという意味では、有効的なのではないだろうか。別に不快ではない。俺も今日は、お前のことを書こうと思う」
「フ、そうかよ、光栄、だ……ぜ」
 ぱらりとめくったその指先が、ぴたりと止まるのを見た。
 青い目が、大きく見開かれるのを見た。

畳む


(対象画像がありません)

唇が奏でる音は

NOVEL,テニプリ,塚跡 2024.01.16

#両想い #ラブラブ #BOOST

 唇がようやく離れて、跡部は吐息と一緒にふっと笑った。「……なんだ?」「なんだじゃねーよ。長ぇ」 す…

NOVEL,テニプリ,塚跡

唇が奏でる音は


 唇がようやく離れて、跡部は吐息と一緒にふっと笑った。
「……なんだ?」
「なんだじゃねーよ。長ぇ」
 すぐ目の前にある恋人の鼻先に歯を立てて、ぺろりと舐める。そうした後に額へと口づけて、髪を撫でた。
「手塚、キスすんの好きだよな」
 手塚の膝の上で横向きに抱かれたまま、こつりと額を合わせる。
 先ほどのキスは、時間にしてどれほどだっただろうか。ずっと重ね合わせたままというわけではなかったが、離れたと思うが早いかすぐさま触れてくる唇に、抗議なんてできやしない。
「キスが好き……ああ、まあ……嫌いではない。お前が傍にいるので、つい触れたくなるというだけなんだが」
「なっ……」
 二の句が継げない。
 じわじわと頬が熱くなってくるのを自覚して、跡部は手のひらで顔を覆った。
 どうしてこの男は、不意打ちを食らわせてくるのだろう。しかも、その一撃が大きい。
 つい触れたくなるなんて、あふれんばかりの愛情を、何でもないように言ってのける。ものすごいことを言っている自覚はあるのかどうか。
 いや、きっとないに違いない。
 あったら、こんなに涼しい顔をしているわけが――そう思いながら、指の隙間から手塚の顔を盗み見た頃、ひどい思い違いをしていることに気がついた。
「跡部、手をどけろ」
「な、んで」
「キスができない」
 顔を覆っていた手を取られ、そのまま指を絡められる。頬の熱はさらに上がったけれど、空いたもう片方の手で覆おうとは思わない。触れてくる唇の方がもっと熱いと感じたせいだ。
「ん……」
 手塚が涼しい顔をしているなんて、そんなことはなかった。
 もっと触れたくて仕方ないという、熱の籠もった瞳でじっと見られていたのに、気づかなかったなんて。
 心臓の音がうるさい。
 もしここで、このまま、肌に触れていいと言ったら。
 肌に、触れたいと言ったら、どうなるのだろうか。
 心臓の音が、うるさい。
 絡められた指が震える。
 絡められた舌が吸われる。
 腰が揺れたのは気づかれただろうか。
 吐息がもっと甘ったるくなったのは、気のせいだろうか。
「て、づか……」
 触れていた唇が離れていく。そこが濡れているのが見えて、脳が沸騰しそうに熱い。心臓がさらに速く鼓動し、胸が上下しているのが目に見えさえした。突き破って出てくるのではないかと思うほどだ。
 もう、耐えていられない。
「跡部、すまない。今この距離にいるのは、まずい」
 絡めた指を外そうとする手塚を、離れる前に絡め返して引き留める。手塚の視線が、繋がれた手に向いた。
「跡部」
「ま、……ずく、ねえだろ、ばか。俺だってな、お前に、触れ……た、いと、思ってんだ」
 ぎゅっと強く指を絡めた手に、手塚からも力を込められる。その手に向いていた視線が戻ってきて、至近距離で重なった。
「……意味を理解して言っているのか、跡部。止めてやれないが」
「うるせえ、さっさと触れ、心臓、保たねえ」
「触るにはこの手を放さないといけないんだが……嫌だな、それは」
 腰に回された腕にも、力がこもる。その腕を外す選択肢はないのかと言ってやりたいが、強く抱かれるのが嬉しくて、唇は動かない。
「手塚、好きだ……」
 そう呟くためにしか、動かなかった。
「ああ、俺もお前のことが好きだ、跡部」
 目を閉じる。手の甲に痕がつきそうなほど握りしめる。
 もう慣れたはずのキスに、まるで初めての時のようにドキドキしたことは、朝まで覚えていたら言ってやろうと思う。


#両想い #ラブラブ #BOOST💕

いつかこの唇で

NOVEL,テニプリ,塚跡 2023.12.12

18歳以上ですか? yes/no

NOVEL,テニプリ,塚跡

いつかこの唇で

18歳以上ですか? yes/no