- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.598, No.597, No.596, No.595, No.594, No.593, No.592[7件]
情熱のブルー-041-
なぜだ、と跡部が頭を抱えている。それを横目で見ている手塚も、若干居たたまれない気持ちだった。
「跡部、まあ一応おめでとうっつっとくぜ。二重の意味でな」
「跡部、さん……よかった、です、本当に……」
というのも、昨夜ようやく叶った恋の成就が、誰も彼もにバレているからだ。
今日は跡部主催のパーティーで、親しい友人や後輩たちを招いていた。
氷帝メンバーや青学メンバーはもちろん、四天宝寺や比嘉、立海など、さすがに見知った顔ばかり。
手塚のウィンブルドン優勝と跡部の上位を祝うもののはずだったのだが、参加者の誰もが別の意味での祝いを告げてくる。
跡部が長いこと手塚を想っていたことを、氷帝のメンバーは知っていたらしい。というのを、跡部自身が初めて知ったようだった。
「……滝! 忍足ィ!」
それでも一部には相談していたのか、どういう事態なのだと彼らを睨みつけている。しかし呼ばれた滝と忍足は、どこ吹く風だ。フォークで、小さなショートケーキを器用に一口大に切り分けて?張っている。
「あ、言っておくけど俺たちのせいじゃないからね」
「ここにおるヤツらのほとんどが、跡部か手塚の片想いを知っとったっちゅうだけの話や。手塚の方かて、青学の連中にはバレバレやったみたいやないか」
「あぁ!?」
忍足の物言いに、今度は手塚が跡部に睨みつけられる。
それには手塚も驚いて、「なんだと」と声を上げそうになった。青学のメンバーの方を振り向くと、何やらニヤニヤした顔をこちらに向けている。
なんてことだ。まさか全員にバレていたなんて思わなかった。
「確かに……不二と、大石と……なぜか越前にもバレていたのは……薄々感じていたが」
「な……っ」
跡部がカッと頬を染める。
その様子は可愛らしいなと思うが、ここで口に出したらいけないのだろうなとも思う。
不二はひらひらと手を振ってくるし、大石は気まずそうに頬を掻いているし、越前に至っては「まだまだだね」とでも言いたげに口の端を上げている。
隠しているつもりだったのに、どうしてバレたのだろう。
しかし周りにこれだけだだ漏れだったらしいのに、当の跡部本人に気づかれなかったのが不思議でしょうがない。
――――鈍いのはお互い様だが。
好意を向けられるわけがないと、恐らくお互いが思っていたのだろう。本当にもったいないことをしたものだと、両手いっぱいに花束を抱える跡部を見やる。なんだかんだ言いつつも、照れているだけのようではあった。
「手塚クン、よかったなぁ。長いこと跡部クンのこと大っ好きやったんやろ?」
「アナタ、また面倒な相手に惚れたものですねえ。まあお祝いくらいは言っておいてあげますよ」
「手塚、やっぱり跡べーのこと好きだったんだね~。にゃはは~」
「こっ、こら英二っ。あ、手塚ホントにおめでとう。なんだか感慨深いな。ずっと見てたから、こっちとしては焦れったかったよ」
次々に告げられる祝いには、一応礼を返しておいた。
避けるでもなくからかうでもなく、ただ何も言わずに見守ってくれたことには、感謝しなければならない。同性相手の恋愛など、あの思春期まっただ中の頃では受け入れがたいこともあっただろうに。
「……これは正直想定外だが、ここのメンバーなら構わないだろう、跡部。そんなに嫌か?」
隠していたつもりの恋情をことごとく知られていたせいで、跡部の表情は硬い。お互いの落ち度には違いないが、せっかく祝ってくれているのに、いつまでも拗ねてはいられないだろう。手塚としても、関係を否定されているようで少し寂しい。
「そうじゃねえよ。もともと氷帝のヤツら……滝と忍足には報告するつもりだったしな。ただ、箝口令は敷かせてもらうぜ」
眉間にしわを寄せて、跡部は目を細める。不機嫌だったわけではなく、これからのことを見据えているのだと気がついた。
「テメェら、祝福ありがとよ。だがこのことを外部に漏らすんじゃねーぞ、いいな!」
跡部は手を高く掲げてパチンと指を鳴らす。あの頃の氷帝コールよろしく、ざわついていた場内が静まり返った。キング、健在である。
「手塚、俺はお前とのことをスキャンダルにするつもりはねえんだ。俺にもお前にも、立場ってものがあるからな。下手をしたらスポンサーへの賠償なんて話にもなりかねねえ。公表してもいいが、慎重に時期を見る。いいな?」
跡部は手塚に向き直って、真剣な顔でそう告げてくる。とても昨夜ベッドであんなに乱れていた男と同一人物とは思えない。その凜とした表情に胸が高鳴った。
「ああ、分かっている。俺とお前の真剣な想いを、スキャンダルなどとは言わせない。そんな言葉で汚される程度の気持ちではないからな」
跡部の意図を酌んで、手塚は力強く頷く。跡部はそれに、幸福そうに笑ってくれた。その表情に、氷帝のメンバーがわずかに目を瞠ったのが見える。きっと珍しい表情だったのだろう。
それを、自分の言動で見せてくれたことが本当に嬉しい。
「そういうわけだ、皆よろしく頼む」
手塚も場内をぐるりと見渡し、ひとまずここだけに留めておいてくれるよう頼んだ。その辺りの分別がない連中だとは思っていない。
跡部の言うように、時期を見て関係を公表することもあるかもしれないが、それまで胸に秘めておいてもらいたい。今の今まで黙っていてくれたのだ、そう難しいことではないだろう。
「つーかよ、氷帝と青学は理解ができるが、なんで立海や四天宝寺にまでバレてんだよ。おかしいだろ」
「俺はわりと早くから跡部の気持ちには気づいていたかな。だって君、手塚にもらったぬいぐるみ、W杯にまで持ってきてただろう? 可愛いったらないよね」
「なっ……」
跡部の顔が真っ赤に染まる。手塚は目を瞠った。ぬいぐるみというのは、まさかあのユキヒョウのことだろうか。合宿所の部屋でリラックスできるようにと贈ったあれを、W杯にまで?
「……ほう。詳しく聞かせてもらおう」
「聞かなくていい! ばか!」
もしや今も大切に持っていてくれているのではないだろうか。そう思うと、愛しくてしょうがない。どうしても口許が緩む。
「……ねえ、W杯っていえば跡部、覚えているかな。手塚が、ボクに借りたCD返しておいてほしいって頼んだの」
横からかけられた声にハッとする。口許の緩みなど、すぐに消えてしまった。
「ああ、この俺様を使いっ走りさせたヤツかよ。後にも先にも、お前らくらいだぜ」
「不二」
楽しそうに笑う不二を諫めようと名を呼ぶも、無駄らしい。まさかここで暴露されるとは思わなかった。
「ボクはね、手塚にCDなんか借りてなかったんだよ。あれは空のCDだった。少しでも君との会話を増やしたかったんじゃないかな」
「……は……?」
肩にぽんと手を置きながら続けられて、跡部がぽかんとした表情をする。それは正直可愛らしいが、不甲斐なさが押し寄せてくる。
「不二」
「手塚が元気そうだったって聞いて、安心したよ」
「不二、それくらいで勘弁してくれ……」
あの頃は幼すぎて、跡部を引き留める術が思い浮かばなかったのだ。今同じ局面になったとしても上手く立ち回る自信などありはしないけれど。
どういうことだったのか理解をした跡部の頬が染まる。
「景吾くん、顔が真っ赤だよ」
「跡部にそんな顔させられるんは、やっぱり手塚しかおらんなぁ……。せやけどな、泣かせたら承知せんで、手塚」
「おいテメーらな……」
「跡部の泣くところは可愛いと思うが、傷つけるなという意味なら、心配は無用だ」
「――手塚ぁ!」
何しろ昨夜充分堪能させてもらった、と声には出さずに頷く。もとより傷つけるつもりはない。
幸せにするなどと大それたことは言えないが、大切にしていきたい。
「……んの……肝心なことは言わねえくせに、んなことだけ……!」
顔を真っ赤にして睨みつけてくる跡部に、キスをしたくなったけれども、どうにか我慢した。それは褒められてもいいのではないだろうか。
やっとれんわと肩を竦めながら忍足たちはパーティーの料理の方へ向かってしまう。不二や大石も、何か言いたげにしながらもやれやれと小さく首を振っていた。
そこかしこで、会話に花が咲いている。話題は、近況やあの頃の思い出だ。
今何をしているのか、これからどうするのか、そういえばあの頃はテニス漬けだった、今もラケットを握りたくなる、今度みんなで集まろうか――エトセトラ。輝かしい青春は色褪せることなく彼らの中にあるのだろう。
「そういえばさ、二人ともお互いのどこがそんなに好きなんスか? テニスの腕はすごいけど、恋愛的な意味で惹かれるとこあんのか分かんないんスよね」
越前が炭酸ジュースのグラスをくるりと回しながら訊ねてくる。若干引っかかりを覚えるものの、周り中が聞き耳を立てているのが分かった。
「アーン? そんなもん、決まってんじゃねえか。なぁ手塚」
「ああ、訊かれる意味が分からないな」
跡部が仕方ねえなというように肩を竦める。手塚も強く頷く。
視線を交わしたわけでもなく、答えはただひとつだけ。
「全部だ」
二人そろってそう口にするのに、全員が「仕方ないのはそっちだ」と肩を竦めるのは、やはり仕方のないことだった。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-037-
「跡部、だが先ほども言ったように、お前に好きな人がいるのは分かっている。ただ俺の気持ちを知っていてほしかった。優勝をしたら好きだと告げて、踏ん切りをつけようと思っていたんだ」
この気持ちがなくなることはないが、跡部に不誠実なことをしたくなかったのだ。それこそ、友人として、ライバルとして慕ってくれている彼には。
「できれば今まで通り友人として接してくれるとありがたいが、無理ならそう言ってくれ」
跡部ほどの器なら、この不埒な感情さえ何でもないことのように受け止めてしまうかもしれない。そんな期待が、ほんの少し、ある。
だが跡部は顔を覆ったまま俯いていて、胸が痛んだ。
困らせてしまっているなと分かって、潔く身を引こうと思った。
その時、跡部がゆっくりと顔を上げる。
「……手塚、お前……、俺の相手が自分だとは、微塵も思わなかったかよ?」
顔を覆っていた手を外し、困った顔を隠しもせずに告げてくる。手塚は、何を言われているのか分からなかった。
跡部の、相手、というのは、なんのことだろう。
――――跡部の相手……? 想い続けている人、という、こ、と……待て。
今議題に挙げてくるということは、まさか。
「……どういうことだ」
困惑した。跡部は何を言っているのだと、焦りが生まれる。
自分に都合のいいように解釈してしまって、そんなわけはないだろうと思うのに、浮かんでしまった瞬間に巨大な期待となって胸の内を暴れ回った。
「どうもこうもねえ。俺が十年片想いしてたのはお前ってことだ、手塚ァ」
パシンと、胸の中でその期待が割れた音がする。
――――な、……にが、起こって、るんだ。
期待が現実となって、体中を駆け巡った。
「好きだぜ、手塚。ずっとお前が好きだった」
耳を疑う。いや、疑いたくはない。思いも寄らない言葉に、思考回路が上手く働いてくれない。
――――待ってくれ、跡部が……跡部が俺のことを? まさか、そんな、じゃあ……ずっと、俺たちは。
?だろうと口をついて出そうだった。だが確かに跡部の声が告げてきたのだ。好きだと。それに?だなんて返したくない。
「……それは本気で言っているのか?」
「俺はいつだって本気だったぜ。特にお前に対しては」
先ほどの問答を真似される。遊んでいるのかと思うが、まっすぐな瞳に?はない。あの日惹かれた色と同じ、何も変わっていない。
「十年と言っていただろう。俺が親しくなる前だと思ったんだ」
「ほぼ十年っつったんだよ」
「昨年の時点ではまだ八年だが」
「二年なんざ誤差の範疇じゃねえか! 言っとくけどな、先に惚れたのは俺の方だぜ」
もっとしっかり年数を言ってくれていれば、もしかしたらと思ったかもしれない。何しろあの頃休日はいつも跡部と一緒にいた。想い人の陰などまるでなかったのだから。
「聞き捨てならない。俺がお前を好きになったのが先だ」
「張り合うのかよ、そこ」
跡部が呆れつつも眉をつり上げる。お互いが負けず嫌いな性分だ。それは分かるがこんな時にまで張り合わなくてもいいだろうと、大人げなさを先に振っておいて、手塚は理不尽にも跡部を睨みつけた。
「俺は、あの試合の時からお前を意識していた。九州でリハビリをしている最中にさえ、お前のことで頭がいっぱいになることがあったんだ」
「そりゃあ奇遇なことだ、俺もきっかけはあの日の試合だぜ。お前が戻ってきた時は、本当に嬉しかった」
言い合いたいのかのろけたいのか分からない。ただ、これまでの日々が頭の中を駆け巡った。
肩が上がらなくて怖いと自分の弱さを知ったあの夜、跡部の声で救われたこと。
連絡先が知りたいと初めて思ったこと。
テニスに明け暮れる日々で、気がついてしまった劣情。それを必死で押し殺しながらボールを打ち、ラケットを振っていた。
なんて不誠実なことをしてきたのかと思うと同時に、あの時はそうするしかなかったもどかしさを思い出す。
秘めておこうと思った想いは、告げねばならないという気持ちに変わり、踏み出す勇気をテニスに与えてもらい、今ここにいる。
「……」
「……」
こんなことがあっていいのか。想像もしていなかった。
この恋が一方的なものではないなんて。
何かを言い出そうとして、できずに口を噤む。だけどまた想いがこみ上げてきて、しかしうまく音になってくれない。
それは跡部の方も同じようで、もどかしげに視線が揺れている。
「跡部……、ひとつ訊くが」
ようやく声を出せたのは、どれくらい経った後だろうか。
「なんだよ……」
「俺は、お前を……だ、抱きしめてもいいのだろうか」
太腿の横でぐっと拳を握る。幾度、そうしたいと思ってきたことか。気の利いた言葉のひとつも言えない不器用な自分が、跡部景吾に触れてもいいのか。
跡部が、何も言わずにすっと右手を差し出してくれる。
〝来い〟と受け入れてくれるこの男の潔さに、何かが脳天を突き抜けていったような感覚を味わった。
手塚はゆっくりと足を踏み出す。
半歩、半歩、一歩。
左手を上げて、跡部に触れようとさらに足を踏み出した。こんなに近くにいるのに、その距離がとても遠く感じる。
触れそうで触れない距離。
じれったそうに顔を歪めた跡部に、伸ばした左手を取られる。あ、と言う間もなくそのまま抱き寄せられた。
首に回される左腕の力は強く、一気に隙間がなくなってしまう。
「手塚……、手塚っ……」
首筋に、跡部の吐息がかかる。切羽詰まった声音で呼ばれ、もう抑えてなどいられなかった。
「…………っ……跡部……!」
跡部以上に切羽詰まった声で呼び、その体を両腕で抱きしめる。伝わってくる温もりが胸を締めつける。もっと感じていたいと、抱きしめる腕の力を強めた。
「てづか……」
「跡部」
スーツ越しに胸が合わさる。その下で奏でられる心音が重なっていき、夢ではないのだとそんなことで実感した。
同じほどの強さで抱き合い、何度も名を呼び合う。こんなにも想い合っていたのに、どうして今まで気がつかなかったのだろう。
間にテニスがあったにしろ、思い返せば親密過ぎたではないか。テニスしか頭にないと思われていたのだろうなと分かっていても、なぜと責めたい気分にもなる。
もっと分かりやすく、この想いを示していればよかったのかと、跡部の髪を撫で、頬のラインをなぞる。
指先がそこに触れる前に、唇同士が重なった。
触れて、離れて、押しつけて、舐める。挟むように唇を愛撫し、軽く歯を立てて、真ん中で舌先を触れ合わせた。
それがスイッチだったかのように、お互いが奪い合うように舌を絡める。
「……っん、んんっ……っ」
「っは、……はあっ、……ん、う」
吸い上げ、取り込み、取り込まれ、口の中でしっかりと存在を確かめ合った。
ちゅ、ぴちゃ、と湿った音が響くたびに体が疼き、もっと深く、もっと奥を暴きたい衝動に駆られる。指に絡む髪さえ愛しくて、離れがたい。
噛みつくようなキスを何度も何度も繰り返し、もどかしさに耐えられなくなって、手塚は跡部の腰をなで上げ、脇腹をたどり、手のひらで胸を覆う。
それは跡部も同じようで、躊躇いのかけらもない指先が胸を探っている。手塚は跡部の首筋を撫で、吐息を分かち合いながらタイを緩めた。
「あ……はあっ、あ、んぅ」
跡部の指先がジャケットをまさぐり、ベストのボタンを外しているのが気配で分かる。背中、シャツ越しに触れた手のひらの体温に、最後の理性が持っていかれたような気がした。
「跡部……跡部……っ」
「手塚、待て、……なあ」
「待つ理由がない……」
今さら止めてくれるなと、強く腰を抱く。煽り合ったのも、受け止め合ったのも、お互いの意思のはずではないのか。責めるようにも跡部を見つめ返したら、欲に濡れた瞳が待っていた。
「そんなのはこっちだって同じなんだよ。……手塚、……ベッド、行こうぜ?」
ひどく分かりやすい誘いに、手塚は一も二もなく頷いた。跡部が鼻先にくれたあやすようなキスは、欲を煽ることにしかならなかったけれど。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-036-
お開きとなった祝勝会。この後はおのおの親しい者同士で二次会、三次会へとなだれ込んでいくのだろう。
手塚も誘われたが、すべて断り足早に跡部の元へと急いだ。
跡部はホールの外で女性のプレイヤーと話していたようだったが、手塚に気がつきすぐに挨拶程度に笑い歩み寄ってきてくれた。
「よう、引っ張りだこだったようじゃねえか」
「お前ほどじゃないが」
「フン、どの口が」
そう言いながら歩く跡部について、エレベーターに乗り込む。疲れたような表情と聞き逃せなかったため息に、手塚は口を開いた。
「疲れているところに、すまないな」
「あ? あぁ、違ぇよ。さっきちょっと嫌な感じのジジィを相手にしてたからな。疲労って言えばそうだが、あんなことは慣れっこだぜ」
なんだと、と腹立たしい思いがわき上がってくる。嫌な感じのというのが、どういうものを指すのか分からないわけではない。
跡部は整った容姿をしているし、加えて御曹司なのだ。跡部を欲しがる輩はたくさんいるのだろう。不埒な感情も含めて。
それは自分自身も同じだが、そこに確かな恋情があるだけマシだと思っている。
跡部のことをよく知りもしない男が、跡部に不埒な感情を抱くことが、どうにも腹立たしい。
「……傍にいれば良かったな」
「慣れてるって言ったろ。お前が傍にいても、ああいうのは変わらねえよ」
「だが、助けることはできるだろう。お前がそうしてくれたように」
跡部がその対応を甘んじてしていたというならば、ことを大きくしたい相手ではなかったということだ。
跡部にも跡部の付き合いというものがあるし、財閥関係のこととなると手塚はまるっきり部外者でしかない。邪魔をしてしまいかねないと思うと、下手に動くこともできないが。
「……ありがとよ。次があったらお前を呼ぶぜ」
「ああ、そうしてくれ」
恋人にはなれずとも、跡部の中に手塚国光という人間はきちんと存在している。それをこうして示してくれるだけで、幸福だった。たとえこの後傍にいられなくなるとしても、その事実があればいい。
高層階に着いて、エレベーターを降りる。靴音も飲み込まれてしみそうな毛足の長い絨毯を歩き、部屋へと招き入れられた。
「まあ、入れよ」
広めのセミスイート。白を基調とした家具セットファニチヤーの中で、跡部のスーツはよく映えた。眼前に広がる、宝石箱のような夜景に目がくらむ。いや、その夜景をバックにしてもなお輝きを奪われることのない男に、だ。
「手塚の優勝を祝うには最高の景色じゃねーの」
跡部はテーブルの上のクーラーからシャンパンを持ち上げて、したたる雫を丁寧に拭う。
「跡部」
「大事な話ってんだから、酒は入れたくねえかもしれねえが、祝いの杯くらいは受けてもらうぜ」
胸が締めつけられる。大事な話をしたいと言った手塚を尊重しながらも、祝いたいと思ってくれる跡部が、本当に愛しい。
その信頼を打ち壊すことになりかねないが、もう秘めている方が不誠実ではないかと思うのだ。
跡部は二つのグラスにシャンパンを注ぎ、一つを手渡してくれる。グラスの中でわずかに発砲する薄い黄玉のような液体をじっと眺め、跡部の髪に似ているなと思った。
「改めて、優勝おめでとう、手塚」
「ああ。跡部、お前もベスト8おめでとう」
優勝をさらった立場でこんなことを言うのはいやみだろうかとも思ったが、跡部は嬉しそうに頷いてくれた。
チン、と合わさったグラスが高い音を奏でる。
甘みのあるそれで唇を濡らし、飲み込む。相当いい酒なのではと思うと、用意してくれた跡部の気遣いが嬉しい。種類は違えど、跡部に大切に想われているのが分かって、胸が痛んだ。
「で、相談ってのはなんだ」
早々に切り出されて、眉が寄る。
この期に及んで迷うのは、潔くないと自分に言い聞かせた。その沈黙をどう取ったのか、跡部が不安そうに訊ねてきた。
「……なんだよ、そんなに深刻なことなのか?」
「…………深刻だな。俺にとってはもちろん、お前にとっても、そうだと思う」
「俺にも? なんでだよ。……もしかして、肩の怪我じゃねえだろうな……?」
ハッとしたように身を乗り出して、ぐっとグラスを握る。なるほどそうくるのかと手塚は目を瞬いた。彼の中で手塚国光というプレイヤーの故障は、相当重大な事柄のようで。
「お前また今回のことで無茶したんじゃ」
「いや、そうではない。肩は大丈夫だ。肘も」
どこも故障などしていないと、強く返してやる。跡部はあからさまにホッとした様子を見せ、手塚の胸を高鳴らせた。
「そ、そうか……悪い、どうしても心配はしちまうんだよ。お前の本意じゃねえって分かってても」
「お前は、昔から変わらないな。だが、そうやって気にかけてくれるのは、……嬉しいとも思う」
手塚はグラスをテーブルに置き、一歩、下がる。跡部との距離を保っておかなければ、拒まれた後の顔を近くで見られてしまうことになる。
それは、いやだ。
覚悟はしているものの、拒まれて平気でいられるかといったら、答えはノーだ。みっともないところを見られたくない。
「跡部、今から言うことでお前を混乱させると思う。拒絶してくれていい。軽蔑されても構わない。だが、茶化したり……否定したりはしないでもらえないか」
拒まれても、否定はされたくない。
長い間、跡部を想い続けてきた。跡部ただ一人をだ。
他に魅力的な女性がいなかったかと思うと、どうも思い当たりはしないのだが、跡部しか目に入っていなかったこの年月。
長い、と思う。
短い、とも思う。
だがこの先ずっと特別なひとであることに変わりはないのだ。
「……分かった」
跡部はまっすぐに見つめ返して、頷いてくれる。
手塚は息を吸い込んで、意を決して音にした。
「俺はお前のことが好きだ、跡部」
ずっと秘めてきた、これから先も秘めていくものだと思っていたその想いを。
「……あァ……?」
跡部の眉が、怪訝そうに寄せられる。細められた目は不機嫌そうで、まあそうなるだろうなとどこかで諦めもついた。
「なんて、言った」
「好きだと。恋愛対象としてだ。ずっとお前に惹かれていた」
今もだ、と続ける。距離を取ったのは、この状況が良くないと思ってのことでもあった。惚れた男と二人きり。不埒な感情がないわけでもない。だから跡部にとっては、この瞬間から危険な相手に認定されてしまったことだろう。恋情というのは、そういうものだ。
跡部は混乱しているようにも見えるが、取り乱さないあたりはさすがだと思った。
グラスをテーブルに避難させ、片手をつく。もう片方を腰に当て考え込んでいるその仕草さえ、綺麗な姿勢だと思わせる。だいたいにおいて育ちの良さだろうかと、こんな時に若干的の外れたことを考えた。
「お前が、俺を、だぁ?」
跡部はゆっくりと仰ぐように顔を上げてくる。ゆっくりとした口調は、怒りの現れと思われた。
「そうだ。混乱するのも無理はないと思うが、すまない、事実だ。だが勘違いをしないでほしい」
「あん?」
「告白をしたからといってお前に何かを望んでいるわけではない。お前にはずっと……ずっと想っている相手がいるのは知っている。それを踏みにじってまでどうこうしようとは思っていない」
十年。そんなにも長い間想い続けている相手がいるという。跡部のその一途ささえ手塚には好ましくて、無理にこちらを向いてくれなどとは言えない。
それごと包み込むだけの度量はあるつもりだが、そもそもが対象外だ。置かれていた信頼も、これで壊れてしまったかもしれない。友情を育んできたつもりなのに裏切られたと思っているかもしれない。
なじられようと、殴られようと構わない。
跡部の気の済むようにしてもらいたいと思うが、今答えを求めるのは酷だろうか。
跡部は片手で顔を覆い、じっと見つめてくる。
いくら眼力インサイトを使おうと、真実はひとつだけだ。跡部が好きだという、ただひとつだけ。
「…………本気で言っているのか」
「否定はしないでほしいと言ったはずだが」
「否定じゃねえ、確認だ」
「俺はいつでも本気だっただろう。特にお前にはそうしてきた」
低い声が、手塚を突き刺す。不愉快そうに細められた目が、手塚を射貫く。跡部の指先がわずかに震えているように見えるのは、怒りからなのかそれとも困惑からなのか。
「手塚、お前……それ、いつからだ」
いつから、というのは、跡部に恋情を抱いたのがということだろうかと解釈して、口を開く。
「中学の頃からだが」
正直に返した言葉に、跡部が項垂れる。呆れたのかもしれない。そんなに長い間騙していたのかと。
しかし手塚としては騙していたつもりはない。言わなかっただけだ。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
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「は? アイツそんなこと言ってたのか?」
柔らかなソファに腰をかけながら、跡部はシャンパングラスを口に運んだ。
「うん。不二がね、呆れつつも嬉しそうに教えてくれた」
ふふっと笑いながら、滝はテーブルのカナッペに手を伸ばす。品のいい優雅な仕種は、中学時代から変わっていない。
「ホンマにベタ惚れやんなぁ、手塚……」
「そりゃ当然だろ、何しろ俺相手だからな」
「ほぼ十年片想いし合うとって、よう言うわ」
そんなことを言うならもっと早く気づいただろうにと、忍足がやれやれと首を振る。それには何も返せなかった。
今日は、跡部の家でテレビ中継を観ている。言うまでもなく、手塚国光の試合だ。現地に飛んでも良かったが、朝まで抜けられない会議があって、断念したのだ。けれども、気の置けない相手と一緒に画面越しに応援というのも悪くない。
そんな中で、滝が口にした。
「彼が言うにはね、手塚は跡部の瞳が好きなんだって。〝あれは俺にとって何よりも強くて美しい、永遠のブルーだ〟って、特大ののろけを食らわされたらしいよ」
絶句した。照れくさいのと同時に嬉しい。自分の何かが、手塚の中に焼きついているという事実。
「ふ、可愛いこと言いやがるぜ、あの野郎……」
口許が緩む。目尻が下がる。
どんな顔をしてそんなことを言ったのやらと思うと、画面越しの恋人がとても愛しくなった。
「ええ、これ可愛いんか……」
「でも、景吾くんも似たようなこと言ってたよね、あのインタビューでさ。好きな人のこと訊かれて、誰よりも美しくて強い人だって」
よく覚えてるなと滝を見やる。跡部にとって手塚はずっとそのような存在だった。
「具体的にどこが? そら手塚もイケメン枠やけど、美しいてのがよう分からんわ」
「テメーに分からねえでもいいんだよ。……でもまあ、そうだな……手塚が俺のブルーに惹かれたと言うなら、俺もアイツのブルーに惹かれたってとこか」
ソファの背に肘をつき、こめかみを押さえる。
思い起こすのは、中学三年の夏だ。
あの日初めて手塚国光と対峙し、がむしゃらさを知った。テニスに懸ける一途で純粋で貪欲な想いは心地良くて、自分も負けられないと思ったあの日。
「手塚の、青?」
「お前らには見えねえかもしれねえけどな。上手く説明できねえけど、あの日手塚が炎を纏っているのが見えた。勝利に対する執念だったのか、テニスに懸ける想いだったのか……青い炎みたいなオーラが見えたんだよ」
メラメラと燃える青は、打球を、周りの視線をすべて巻き込んで跡部の瞳をも焼いた。
「あの日の空とアイツの炎が相俟って、すげえ綺麗だったな」
「へえ、それって景吾くんだけが見えるのかな。眼力インサイトのせい?」
「滝、ここは愛の力って言うとこやで……ロマンがないやろ」
「ああ、それじゃあ俺たちには到底見えないね」
滝はソファに置かれていたユキヒョウのぬいぐるみをひょいと抱き上げ撫でる。
手塚が、リラックスできるようにと贈ってくれたものだ。こんなに可愛らしいことをしてくれるのに、熱を宿した瞳は強引で、傲慢で、まっすぐだ。
「始まるぜ、試合」
手塚の名が身体評価と共に画面に表示される。心を落ち着けている最中の手塚の顔がクローズアップされ、今日の試合も問題なさそうだなと跡部はソファに背を預けた。
「随分と余裕やなあ、跡部」
「……ねえ、今さ、手塚が左手の薬指に唇当ててたんだけど、意味深だね。……君たち本当に隠す気ある? これネットでもライブ中継されてるよね」
カメラが拾い上げた瞬間は、跡部もしっかりと見ていた。自分に対するメッセージだと分かっていて、画面越しに指先でキスを投げてみる。届きやしないけれど、手塚には分かるだろう。
「あれだけで分かるわけねえだろ。ふふっ、今日もいい男じゃねーの」
「やっとれんわホンマ……」
「景吾くんの相手が務まるの、手塚くらいだよね。逆も然り」
滝も忍足も、やれやれと肩を竦める。それはそうだろうなと、恋人になってから思う。あんなに傲慢で強引で貪欲で一途で融通の利かない男なんて、並大抵の覚悟で愛しきれるものではない。
跡部景吾だからこそ全力でぶつかれるし、受け止められる。
手塚国光だからこそ、全力でぶつかってくれるし、受け止めてもらえる。
世界中でたった一人、跡部景吾が恋人と呼ぶ男。
画面越しでさえ、熱い炎が揺らめいているように見える。
「今も、見えるの? 景吾くん」
「ああ。お前らも見えりゃいいのにな。あれは俺にとって何よりも美しくて強い――情熱のブルーだ」
あの日見た青が、今もこの目に焼き付いている――。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー