- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
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No.592, No.591, No.590, No.589, No.588, No.587, No.586[7件]
情熱のブルー-035-
相手選手と労いの言葉を交わし合い、インタビューに答え、何枚もの写真を撮られる。いつまで経ってもこれだけは慣れることがないなと眉を寄せるが、こんな仏頂面でも絵的には欲しいのだろうか。
監督やコーチ陣、チームのスタッフに礼を済ませ、シャワーを終えれば、もう祝勝会に行かなければならない時間帯だ。
上位クラスを祝い労う会ということで、ベスト8あたりですでに参加は決められていたのだが、優勝を果たした以上断ることは許されない。
「クニミツ、ちゃんとスーツ用意してたんですね。祝勝会とか興味なさそうだったから、ヒヤヒヤしてたんですけど」
スケジュールの管理をしてくれている付き人にそう言われて、間違ってはいないがと答えた。
「今も興味はない。だが、さすがに参加しないわけにはいかないだろう。スポンサーも多くいるのだし」
「いやホント良かったです……。さっ、早く着替えてくださいね。えーと予定では明日明後日はオフということですよね。それなら今日はハメを外されても問題ないですよ。ああ、一応常識的な範囲でお願いします」
手帳をさっと取り出し、予定を確認してくれる。
常識的な範囲で外せるハメとはいったいどの程度だ………? などと考えるが、今日はハメを外すつもりはない。いや、いつでもハメを外したことなどないのだが。
「ご友人とパーティーでしたっけ? 今日の試合も観戦してらしたようで」
「ああ、昔なじみを招待してくれたヤツがいるんだ。アイツには、本当に頭が上がらない」
ふっと、口許が緩む。今回跡部が、なんと青学レギュラー陣をはじめとした友人たちをイギリスに招待してくれたのだ。観戦チケット付きで。
彼らがあの観客席のどこで観戦していたのかは分からないが、そういえば跡部の傍に不二がいたなと今さら思い出す。氷帝のメンバーもいたようで、賑やかなことになりそうだと思った。
跡部には本当に、世話になってばかりだ。
いつだかの借りも全然返せていないのに、今日告げようとしていることは、恩を仇で返すことにならないだろうか。跡部にとって良いことではないはずだ。
それでも、告げると決めたのだ。
折れたりしないようにと優勝カップを手に入れることを条件にしてまでも。
手塚は、祝勝会用のスーツに腕を通す。ダークブルーのこれは、跡部に選んでもらったもの。紳士服店に引きずられていったのはいつだっただろうなと思いながらタイを締め、ベストのボタンを留めてジャケットを羽織る。
着慣れていないせいか違和感があるけれども、スーツに着られてはいないだろうか。鏡の前で出で立ちを確認し、髪を整えた。
「では、会場までお送りしますね。帰りも、いつでもお迎えにあがります」
「いや、大丈夫だ。帰りはタクシーでもなんでも使うから、今日はゆっくり休んでくれていい」
車に乗り込み、付き人の運転で会場であるホテルにたどり着く。
降りた途端にたくさんの記者に囲まれてしまったが、会見は別途開きますと押し切って、会場のホールに入った。顔見知りの選手やスポンサーもいて、おのおの好きなドリンクを片手に談笑をしている。優勝者である手塚にも、そこかしこから声がかけられた。
「おめでとうクニミツ! 君ならやると思っていたよ!」
「次こそ公式で対戦してみたいな。あの……なんだっけ、テヅカファントム? 破ってみたい」
「でも二セット目の中盤、凡ミスもあっただろ。甘いなクニミツ」
次々とグラスが合わされる。もう誰とどんな言葉を交わしたのか分からなくなった。
本来の開始時間である時刻に、主催者の挨拶と数名の筆頭スポンサーたちの祝辞が述べられる。立食形式のパーティーで、堅苦しいことはなかったが、やはり慣れない。
ぐるりと会場を見渡すと、淡いグレーのスーツに身を包んだ跡部の姿が目に入る。
彼の方は慣れたものだ。よそ行きの顔でにこやかに受け流しているように見える。
跡部ともグラスを交わしたいが、ひっきりなしにやってくるスポンサーや他の選手たちのおかげでそうもいかない。
跡部と話す時間はあるだろうかと、落ち着かなくなってきた頃、ふと跡部と視線が重なった。今がチャンスだと思ったが、また別の相手に話しかけられてしまう。
その相手に視線をやってから再び跡部に視線を戻すと、跡部は察したように目で笑って指先で招いてくる。そうしてくれたのは嬉しいが、どうにも会話のきりが悪すぎる。
どうしたものかと思っていたら、跡部の方から来てくれた。
「失礼、ミスター。彼、あんまり酒に強くないんですよ。少し休ませてやってもよろしいでしょうか?」
手塚のグラスをひょいと取り上げながら、相手ににこりと笑う。よそ行きのものでも、向けられた相手が羨ましいなどと思っている場合ではない。
「ああ、こちらこそすまないね。ではクニミツ、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
割って入ってきた跡部に気を悪くすることなく退いてくれて、手塚は軽く会釈をした。そうして跡部に向き直る。
「跡部」
「ったくお前は、本当にしょうがねえヤツだな」
言いながら、跡部は手塚から取り上げたグラスのワインを飲み干す。高潔でどこか潔癖にさえ見えるこの男がそんなことをするとは思わず、驚く。グラスをウェイターに渡し、ホールの隅に移動した。
「すまない、助かった」
「いいけどよ、別に。お前は滅多にこういう場所に出ねえから、あしらい方も身につかねえんだぜ。……手塚、優勝おめでとう」
「ああ、ありがとう。今回は絶対に……勝ちたかったんだ」
ようやく跡部と言葉を交わせてホッとする。この期に及んで高鳴る胸は、この先も想いが消えていかないことを示していた。
「手塚、お前、このスーツ……」
跡部の指先がついとスーツを撫でる。跡部に選んでもらったものだと気がついたようで、どうにも照れくさそうな顔をしていた。
「ああ、着る機会もないからいいと言ったのにな。だが、機会ができた」
「ほら見ろ、俺の言ったとおりだっただろうが。…………似合うぜ、手塚」
誇らしげに見つめられて、こちらの方こそ照れくさい。好きな相手に選んでもらったというのがこんなにも嬉しくて恥ずかしくて幸せなものだなんて、初めて知った。
このスーツは一生大切にしようと心に決める。
「……跡部、パーティーが終わったらでいい、時間をくれ。話がしたい」
まっすぐに跡部を見つめて、頼む。この想いを告げて、前に進みたいのだ。
そしてできれば、跡部も前に進んでほしい。叶わないと諦めるだけだなんて、そんなのは跡部景吾らしくない。せめて踏み出す勇気を与えられたらとも思った。
「ああ、そうだったな。あんまり遅くまではやらねえはずだから、どこか飲みにいくか?」
「いや、大事な話なんだ。できれば……」
「……他人には聞かれたくねえってことだな?」
跡部は察しが良すぎる。言おうとした言葉を遮って先回りをしてくれる。
ここまで気遣いの良さと察しの良さがあって、どうしてこの気持ちには気づかないのだろうか。もともとが思考の範囲外ということだなと、自棄にもなりかける。
「あー……、じゃあ、俺の部屋くるかよ?」
跡部は人差し指で上を指す。このパーティー会場の上はホテルだ。
「ここに部屋を取っているのか」
「まあな。というか、年間契約してんだよ。テニスでも仕事でも、こっちに来ることが多いからな」
「………………お前が跡部だということを忘れていた」
今大会の間だけというわけでなく、年間を通して部屋を契約しているとは。このホテルはそれなりに高級なはずで、恐らく高階層を契約しているのだろうと思うと、さすが財閥の御曹司である。
「テメェは毎度毎度……。ったく、この俺を捕まえてそんなことのたまうヤツはテメェくらいなもんだぜ」
それは仕方がないだろう、と手塚は声に出さずに思う。手塚にとって跡部景吾は跡部景吾であり、御曹司という認識は薄い。尊敬するプレイヤーで、友人で、ライバルなのだ。
「じゃあ、終わったら部屋で飲み直そうぜ。俺はまだ、お前とグラスを合わせてねえ」
「……ああ、分かった」
「後でな。ほら、ちったぁあしらい方学んできな」
ぽんと右肩を叩かれ、ホールへと押し出される。
確かに跡部とばかり話していては不義理だ。約束は取り付けたのだからと前を向き、手塚は足を踏み出した。
この夜が明けた後も、こんな風に話せる間柄でいられるだろうかと、諦めに似たため息を吐きながら。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-034-
ウィンブルドン、準々決勝。手塚はネット越しに跡部を見つめ、ぐっとラケットを握り直した。
――――奇しくも準々決勝、……だな。あの時は個人として相対できなかったが。
中学三年の夏、全国大会でぶつかった時は彼との試合は実現しなかった。手塚は樺地と戦い、跡部は越前と戦った。
あの時、気を失ってまでコートに立って在ろうとした高潔な魂を、今でも心の底から尊敬している。抱いてしまった恋情を、この時まで昇華することはできなかったが、相手が跡部景吾だからこそ、それさえ誇らしい。
――――今度こそ勝たせてもらうぞ、跡部。
あの頃のようにチームは背負っていない。だが、それぞれ国やファンの期待を背負って今ここにいる。
あの頃とはお互い髪型も変わってしまったが、向かってくる情熱は変わらない。向ける情熱は少しも変わらない。
ぞくぞくとせり上がってくる何か。武者震いに似た歓喜で、指先が震えた。
プレイヤーとして、人として惚れ込んだ相手とこんな大舞台で戦えることの幸福は、言葉にできそうにない。今この時にすべてを懸けてボールを打とう。たとえあの時のように、どれだけ長いタイブレークになろうとも。
「手加減はしねーぜ、手塚」
「加減などしてもらっては困る。本気のお前でなければ意味がない」
「上等じゃねーの!」
ゴツリと拳を合わせて、跡部のサービスプレイで試合が始まる。速く、重い打球だ。それを返すと、跡部が目を見開いて楽しそうに口の端を上げたのが見える。
当然ながら打ったボールも返されて、手塚も迎え撃つ。
ざわりと、全身が総毛立つような感覚を味わった。
これだ。この感覚だ。この男とでなければ味わえない――快感。
いつも、いつでも、同じだけの熱量で交わし合える情熱が、魂を震わせる。
観客席のどよめき。審判のコール。足元を撃ち抜くボールの音。ネット際に詰めた時の呼吸。そのすべてが、手塚の体をわななかせる。
ボールを打つ。返される。受け止める。決めるつもりだっただろう球を、跡部に向かって返す時の高揚感といったらない。誰に言っても理解されそうにないが、きっと跡部にだけは分かるだろうと、返す一球一球に想いを込めた。
この球を返せるのは自分だけだ。このボールを打ち返してくるのは跡部だけだ。
テニスが好きだ。跡部景吾が好きだ。
球を返すたび、想いが募っていく。誰よりも強くて美しいこの男と、ひとつの目的のために戦っている。
――――そんな幸運な男は、世界でたった一人、俺だけだろう。なあ跡部よ。
歓声も、コールも、もう何も聞こえない。
強いインパクト音と、コートを踏みしめる足音。隙を見逃すまいと射貫いてくる熱い瞳。悔しそうに歯を食いしばり、ボールに食らいつく執念は、さすが跡部景吾だと思った。
観客たちが固唾を呑んで見守る中、やがて勝利の軍配は手塚の方に上がった。
「ゲームアンドマッチ! ウォンバイ手塚!」
大きな歓声が沸き上がる。「ああ……」と呻きのようなため息のような声を上げて空を見上げる跡部が視界に入った。勝ったのだという事実よりも、終わってしまったのかという残念さの方が勝る。勝敗はあの日と真逆だが、最初に思うのは同じことだった。
「コングラッチュレーション。やっぱり強ぇな、てめぇは」
跡部が手を差し出してくる。手塚はそれを握り返した。
「ああ、ありがとう。……良い試合ができて嬉しい」
心の底からの本音を吐露したら、跡部がそれはもう嬉しそうに笑ってくれた。崩れ落ちそうになるのをどうにか我慢したら、跡部は握り合った手を高く掲げてくれる。あの日と同じように。
「次も、勝てよ、手塚」
だがあの日と違うのは、まっすぐ目を見てそう言ってくれたこと。
手塚はこくりと頷いて、跡部の手をぐっと握り返した。
――――跡部。俺はやはりお前のことが……好きで、仕方がない。
そっと手を下ろし、ベンチへと向かう。応援してくれたファンへのサービスを忘れない跡部に歩み寄り、声をかけた。
「跡部、このウィンブルドンで俺は必ず優勝カップを手にする。そうしたら、少し時間をもらえないか」
「ん? ああ、それは構わねえけど……どうした?」
「いや、少し……相談したいことがある」
また上手く言葉にできなかったと視線が泳ぐ。相談などではない。いや、言い方によっては相談になってしまうのかもしれないが、ただ告げたいことがあるだけだ。
跡部は不思議そうな顔をしたが、やがていつものように笑ってくれた。
「いいぜ。お前のためなら、いつだって時間空ける」
「……助かる。ありがとう」
多忙の身である跡部だ、無理かもしれないと思ったが、要望は受け入れてもらえてホッとする。それどころか最大級の友情を示されてしまって、複雑な気分でもあった。
「俺が時間空けてやるってんだから、これは絶対に優勝してもらわねえとなぁ? 割に合わないぜ」
「当然だ、俺は負けない」
「フフッ、楽しみじゃねーの」
負けた後でも遺恨を残さない跡部の性格は、やはり好ましい。潔いというか、男らしいというか。この男に見合うような自分であれただろうかと、手塚は青い空を見上げた。
あと一人。あと一人倒せば、念願の優勝カップが手に入る。ついにここまで来たと、逸る気持ちもあった。何しろ相手は優勝経験者でもある強敵だ。油断など一切できない。
手塚もこれまでにそれなりの成績を収めて名も知られてきたが、優勝にはまだ早いのではないかと囁かれているのも知っている。
望むものを手に入れるのに遅いも早いもあるかと思っているが、ベンチに座っていてさえさすがに圧倒されそうなオーラを放っている。
しかし、手塚にとっても負けられない戦いだ。
この観客席のどこかに、跡部がいるのなら、余計に。
手塚は満席状態の客席をぐるりと見渡そうとして、すぐに止まった。
――――目立つな、跡部は。
視界に、跡部景吾の姿が入ってきたせいだ。恋情を抜いても、跡部景吾の目立つ容姿はこんな時すぐに見つけられてしまう。
観戦すると言っていたからいるだろうとは思っていたが、まさか一般席とは。彼ならロイヤルボックスでもなんでも手に入れられるだろうに、あえてその席なのは、臨場感を味わうためなのか。
一瞬だけ、跡部と目が合う。跡部はそれに驚いたようで、手塚はすぐに視線を逸らした。
無様な姿はさらせない。誰が相手であろうと、全力で叩きのめすまでだ。
〝勝てよ、手塚〟
試合の後にそう言ってくれた声が、耳にまだ残っている。何よりの激励だ。
――――ああ、跡部。
勝って、お前に想いを告げよう。
手塚はそっと目蓋を落とし、精神を統一し、ぐっとラケットを握りコートへと足を踏み出した。
さすがに、手強い。長いラリーになった。決めさせてくれない。
こちらとしても、簡単には決めさせない。何しろ優勝カップがかかっている。手塚には、恋の決着という重要な事項もかかっている。相手にも重要で重大な何かがかかっているのかもしれないが、絶対に譲れない。
歓声は、もはやどちらの応援をしているのか分からないほどだ。どちらかにポイントが入れば、沸き立つ。どちらかのボールがネットに引っかかれば、落胆する。いつまでも観ていたいと思わせるのだろうか。
手塚自身、相手選手の執念と誠実さには驚いた。点が取れなくて向かう怒りの矛先は自分自身で、こちらではない。打たれるサーブの丁寧さに、心が躍る。さすがに何年も上位ランクを誇る選手だと、跡部を相手にするときとはまた違った高揚感が湧き上がってくる。
負けられないのはどちらも同じ。球を交わすことで、知るものがある。これだからテニスは止められないのだと、好戦的な気持ちが這い上がってきた。
苦しい。息が続かない。腕は上がるが、グリップを握る力が落ちてきたように思う。
それほどに長い時間、試合を続けていた。
打った球が、相手の足元を撃ち抜く。悔しそうに歯を食いしばる表情から、次は簡単に取らせてくれないだろうというのが分かる。だが、だからこそ焦りは禁物だ。
「マッチポイント……!」
ひそひそと囁かれる声が聞こえる。小さなその声が聞こえるほどに、観客席は固唾を呑んで見守っているということだ。
――――あと一球。あと一球だ。
この一球に、すべてを懸ける。手塚は深く息を吸い込み、吐き、高くトスを上げた。
パァン! と銃声のようなインパクト音。
弾丸のように打ち込まれた球は相手コートで跳ね、そのまま後ろのスポンサーウォールに激突して落ちた。
その壁に記されたものが跡部グループのものだったのは、偶然だったのか、無意識に狙ってしまったのか。
「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ手塚!!」
審判のコールが成される。
手塚はぐっと拳を握りしめ、感極まって空を見上げた。
――――勝っ……た……勝ったんだ、俺は……!
審判は手塚の名を呼んだ。間違いではない。優勝という栄冠を手に入れた。
ワアアァッと歓声が沸き起こる。拍手も、大雨のような音を奏でていた。
そんな中で、一際透き通る音が聞こえた。
「手塚ァ!!」
手塚は思わずその声を振り向く。この大歓声の中、なぜたった一人の声を聞き分けられたのだろう。
いや、なぜかなんて、そんなことは分かりきっているのだが、彼が呼んでくれたことが、言葉にできないほどに嬉しかった。
跡部はぐっと握った拳を掲げてくれている。
応えるように、手塚もゆっくりと拳を掲げた。どうしても口許が緩んでしまうのは、仕方のないことだった。
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情熱のブルー-033-
インタビューが載った雑誌が発売された後、跡部景吾の人気がうなぎ登りに上がったと聞いた。もともと人気は高かったが、公式サイトで販売していたグッズに購入希望が殺到してアクセスができないほどになったらしい。
それを知って、思わず一人で笑ってしまったことを思い出す。
あれだけ話題になってしまえば、もしかしたら跡部の想い人とやらにも風の便りが届いているのではないだろうか。
どの程度の間柄なのかは分からないが、それをきっかけに交流が生まれているといいと思えるほどには、手塚の気持ちも落ち着いた。
落ち着いたといっても、想いが薄れたわけではない。むしろよりいっそう深くなって、胸の中に根を張っている。跡部に想う相手がいようともこの気持ちは変わらないと分かって、なぜか安堵することになっただけだ。
『ああ、届いた? テニス部レギュラーで選んだんだけど』
「確かに受け取った。ありがたく使わせてもらおう」
不二たちから、祝いの品が届いたのは、昨日だ。キャンプ用品というか、登山用品なのだが、趣味を覚えていてくれたことが嬉しい。
最近は忙しくて息抜きに登山もできていないが、目的を果たしたら一度どこかの山を制してみようかと思う。
「だが、気遣いは無用だ。優勝したとはいえ、地方の小さな大会だからな」
『それもあるけど、今回は誕生日プレゼントもかねてね。君の優勝祝いなんかいちいちしてたら保たないよ』
なるほどと手塚は目を瞬く。先日、テニスのトーナメントで優勝を果たした。小さいとはいえ優勝カップをもらったから、それの祝いだと思っていたのだが、今日という日に合わせてのものだったようだ。
『誕生日おめでとう、手塚』
「ああ、ありがとう。皆にもよろしく言っておいてくれ」
『分かった。明日ね、久しぶりにタカさんのとこで集まろうって話になっているんだ。桃や海堂もね。ちょっとした同窓会になりそうだ』
君や越前も参加できたら良かったのにと続ける不二に、そうだなと返す。
今まで過ごしてきた時間はどれも大切なものばかりだが、とりわけあの頃はその中でも度合いが大きい。尊敬する人たちにたくさん出逢ったことが大きいのだろう。思い出は美化されると言うが、今でも鮮やかに脳裏によみがえってくる。
過去など振り返らず前だけを見据えたいといつだか口にしたら、過去を振り返るのも強さのうちだなんて言った男がいる。もちろん、跡部だ。彼の方こそ過去など振り向きもしないように思うが、きっと氷帝学園で過ごした日々を大切に感じているのだろう。
『で、手塚はなんでいきなり火がついちゃったの。三つ目だよね、優勝したの』
「別に……大した理由ではない。今までも本気を出していなかったわけではないしな」
不二の言うように、大会で優勝するのはこれが初めてではない。連続して勝ち取ったせいか、不二が火がついたと言うのも仕方がないだろう。
『賞金稼ぎにでもなるつもりかい』
「賞金に興味はないな。次のウィンブルドンにすべてを懸けたいんだ」
だが手塚が見据えているのは、あくまでもウィンブルドンだ。四大大会の一つとされる、英国での競技。次の優勝カップは俺がもらうと、跡部たちに宣戦布告してきたその大会。心と体のコンディションをうまく調整して、ベストな状態で挑みたい。
『ずいぶんと唐突だね。そりゃプレイヤーとして目指すところではあるだろうけど、何かやりたいことでもあるの?』
「…………そうだな。ケリをつける、というか……ひとつの区切りにしたい。テニスを辞めるとかそういったことではないのだが」
『そう…………もちろん、ボクらは応援するよ。できれば現地で観戦したいところだけど。当然、決勝戦をね』
何か気づかれたかもしれない。不二は、手塚の中の跡部への想いを知っている。明確に指摘されたことこそないものの、支えてもらったこともある。
『みんなにも言っておくよ。手塚がついに動き出したってね』
「今まで動いていなかったみたいに言うんじゃない」
『ふふ、じゃあ、頑張ってね手塚。君の活躍を楽しみにしているよ』
「ああ」
通話を打ち切って、壁にかけたカレンダーを振り向く。誕生日だからといって、鍛錬を怠るわけにはいかない。走り込みに行ってこようと、着替えを済ませた。
リビングに戻ってくると、スマートフォンがメッセージの受信を報せている。
『おめでとう』
と短く送ってきてくれたのは、跡部だ。
『ありがとう。次も勝つ』
そう短く返信をすると、『馬鹿、誕生日だろ』と返ってきて、笑ってしまった。四日の彼の誕生日にも、同じようなやりとりをしたのを思い出して。
去年までは近い日付で逢って祝い合っていたが、今年はそれがない。跡部もウィンブルドンに向けて忙しいということだろう。お互いの暗黙の了解で、今年はメッセージのみだ。
それでも、嬉しい。
惚れた相手に誕生日を祝ってもらえるというのは、この上ない幸福だ。
『そちらか、ありがとう』
『これからロードワークか? 気をつけてな』
『お前もだろう。怪我などするなよ』
『分かってる。じゃあまたな』
そんなやりとりをして、手塚は家を出る。
跡部と試合がしたい。プロになって何度かボールを交わしたが、どうしてか公式試合では当たらなかった。組み合わせの妙というヤツだろう。
優勝もしたいが、なにより跡部景吾と思いきり試合がしたい。
あの日のようながむしゃらな気持ちで、もう一度打ち合いたい。余計に手など抜けないなと、足を踏み出した。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-032-
インタビューが終わって、ありがとうございましたという記者の声が聞こえる。手塚は目蓋を伏せ、持ち上げて跡部を見やった。
「ったく、試合してる方がいくらか楽だな……」
「それは同意する」
暴かれてしまった恋心を、跡部は今後どうするのだろう。手塚がけしかけたように相手に想いを告げるかもしれない。隠したまま他に目を向ける可能性だってある。
跡部が恋を実らせるのが先か、それとも手塚がケリをつけるのが先か。
――――跡部、決着をつけようぜ。
どちらの決着が先か、勝負だ。勝手にそう決めて、手塚は一つの決意をした。
「お前らこの後空いてんのか? 何か食いに行くかよ」
「いいッスね。部長も行くでしょ?」
訊ねておきながら、越前は有無を言わさず腕をぐいと引っ張ってくる。断る隙がまったくなかった。
「先に下行ってるんで。俺、和食が食いたいッス」
「ああ、いいな。手塚も和食の方がいいだろ。寿司が美味いとこ連れてってやる」
日本食は久しく口にしていない。加えて、跡部が言うのなら味や品質に間違いはないだろう。現金なもので、失恋の痛みは共に過ごせるという喜びで塗り替えられてしまった。
「…………悪くないな」
ガッツポーズをする越前に引っ張られ、手塚はエレベーターに乗り込んだ。跡部は少し仕事のメールを確認してくるらしい。越前はスマートフォンでどこかに電話をしていて、口調や言葉からして〝恋人〟だろうと受け取れた。
エントランスホールに着き、跡部を待つ。
「越前、彼女の方はいいのか?」
「今連絡したんで。ゆっくりしてきてってさ、お土産買っていこ」
越前らしからぬ柔らかな表情は、見慣れていないせいかひどく違和感を覚える。テニスと恋と、どうやって両立しているのだろうと、不思議にも思った。
「……跡部さんに、あんなにベタ惚れの人がいるとは思わなかった。十年て、長いッスね」
気まずそうに口にされたそれに、手塚は頷く。
「ずっと想っているというのは驚いたな。だが、情熱的で跡部らしいとも思う」
「あの人見た目がああだから、女遊びとか慣れてそうなのにね。あれで純情一直線とか、ギャップがすごい。……部長なら分かるっすけど」
暗に、手塚もずっと一人の人だけを想っている純情な情熱家だと言っているのだろう。テニス部で生真面目なプレイを観ていたせいでそう思うのか、跡部に感じたようなギャップはないらしい。
「……越前」
「心配しなくても、言ったりしないッスよ。応援くらいならいいでしょ」
ハッキリと言われたわけではないが、気づかれている恋情のことは口にしないでほしい。今日ようやく、決着をつけようと思えたところなのだから。
「ねえ、部長はさ――」
越前が何かを言いかけたところで、跡部が降りてきた。
「待たせたな」
遮られた言葉を越前はもう言うつもりがないらしく、肩を竦めて跡部を振り向いている。つられて手塚も跡部を振り向いたが、この期に及んで高鳴る心臓をどうにもできない。
「跡部さん、腹減った」
「おう、じゃあ行くか。越前、お前もう酒飲めるよな?」
「年齢的にはね。でも、あんまり飲んだことない」
「それなら軽く祝杯といこうじゃねーの。なあ、手塚、少しくらいいいだろ」
「……まあ、少しならな」
三人とも体が資本のプレイヤーだ、そこら辺はわきまえている。店に着いたら、酒が入る前に少し話をしてみようと、跡部の後ろについて歩いた。
跡部が美味いと言うように、味も質も申し分ない寿司屋だった。英国でこのレベルなら、さぞや人気の店なのだろう。かわむら寿司が食べたくなったなと、懐かしい思い出に想いを馳せる。
「日本酒か、跡部。珍しいな」
「最近、ちょっとな。甘口だし飲みやすいぜ」
「跡部さん、俺にも」
熱燗の日本酒を、杯に注いでもらう。跡部が越前に注いだ後、手塚は徳利を分捕って促した。杯を持ち上げた跡部に「お疲れ様」と言いながら注いでやる。
三人そろって、杯を掲げた。
「美味いな」
「飲みやすいっすね」
「だろ」
酒が入る前にと思ったが、これくらいなら酔っているとは言えないだろう。えんがわを一つ食し、手塚は二人を見やった。
「跡部、越前。ウィンブルドン、次は俺が優勝カップをもらう。覚えておいてくれ」
「アーン? テメェ終わった早々勝利宣言とは、いい度胸してやがんな」
「ちょっと待って、勝つのは俺ッスよ」
「いや、今回ばかりは譲る気はない。お前たちがどう思おうと関係ないな」
手塚は今日、決めた。次のウィンブルドンにすべてを懸けようと。
次の開催まで時間が空く。鍛錬の時間が欲しいというのもあるが、どうしてもウィンブルドンがいい。決着をつけようと思ったこの国で、跡部が幼少期を過ごしたこの国で、その栄光をつかみ取りたい。
テニスに恋情など持ち込むなと言われそうだが、手塚国光にとって跡部景吾はそうするに値する人物なのだ。
すべてを懸けてきたテニス。
青春のすべてを捧げてきたひとつの恋。
これが最後になってもいい。胸を張って好きだと言いたい。
――――そうだ、俺はあの日、お前に恥じない俺でいようと思った。必ず勝ち取ってみせる。そうしたら、この胸の内をお前に告げよう。
最初で、きっと最後の恋になる。跡部に背負わせるには重いかもしれないが、知っていてほしい。想い人がいると知ってなお恋情を募らせる愚かな男がいることを。
「本気か、手塚」
「当然だ」
「フッ、上等じゃねーの。受けて立つぜ!」
「もちろん、俺も手加減なんかしないッスよ」
言いながら、三人で杯を合わせる。大胆な宣戦布告だったが、越前も跡部も、楽しそうに口の端を上げている。もとより勝負が好きな二人だ、全力でぶつかってくるだろう。こちらも同じだけの熱量で迎え撃つだけだ。それを思うと、楽しくてしょうがない。
宣戦布告がぶつかり合った後でも、何のわだかまりもなく寿司に手をつける気安さが心地良くて、思った以上に注文をしてしまった。
誘ったのはこっちなんだからと支払いを持ちたがる跡部に眉を寄せ、せめて俺とお前とでだろうと押し問答する。
結局は押し勝って、無事に支払いを終えた。越前はちゃっかりと甘えたようだが、後輩に奢るのは苦痛ではないし、これ以上跡部に借りを作りたくもなかった。
「しばらくは時間が取れないな」
「お互いにな。まーた新しい技とか編み出してくんだろ、お前は」
「そうしたいものだ」
「ククッ、じゃあな手塚。次のウィンブルドン、楽しみにしてるぜ」
「勝つのは俺だけどね」
「いや、俺は負けない」
「アーン? 勝つのは俺様だぜ」
そんなことを言い合いながら、二人と別れた。やはり酒は控えれば良かったと思う。今、テニスがしたい。湧き上がるこの闘志をどうにかしたいけれども、考えていたより酒を入れてしまった。
明日だな、と満天の星を見上げる。跡部の一途な想いを知った夜の空は、いやみたらしいほどに美しかった。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-031-
「あ、あの、では跡部選手はいかがでしょう? 女性に絶大な人気を誇っていますが、恋人やすでに婚約者がいらっしゃったり……!」
越前の特ダネに気が大きくなった記者の言葉に、びくりと体が強張った。
――――跡部、に。
今まで考えたことがなかったわけではないが、本人からその手の話を聞いたことはない。特定の親しい相手がいるということを匂わされたこともない。もっとも、そういうことを話す相手として認識されていないだけかもしれないが。
多忙な身とはいえ、跡部ほどのステータスを持つ男に、女性が言い寄ってこないわけがない。それでなくても財閥の御曹司なのだ、記者が言うように昔からの婚約者がいる可能性だってある。
あるが、聞きたくはない。できれば耳を塞ぎたいが、できやしなかった。
「いえ、そういう相手はいませんよ」
跡部の声が、すうっと耳の中に入り込んでくる。金縛りが解けたかのように軽くなった。
「え、そうなんスか?」
越前もまさかいないとは思っていなかったらしく、驚いている。
しかしやはり、世間の目はそうなのだ。跡部に、恋人がいないわけがないと。
手塚はゆっくりと跡部を見やった。
――――いない……? のか? 馬鹿なことを言うな。
いなくてホッとしたが、いないならいないで腹立たしくなってくる。まさか周りが跡部景吾の魅力に気づかないわけもないし、早いところ身を固めてくれないかとも思う。
「俺が誰か一人の女のものになるわけにはいかねーじゃねーの」
そんなことを思っていたら、これだ。
中学時代から彼の人気は目を瞠るものがあったが、それを自覚して誰のものにもなろうとしていなかったというのか。
「……跡部さんも昔っから変わらないッスよね」
「少しは真面目に答えたらどうだ、跡部……」
どちらにしろこの恋が叶うことはないが、誰のものにもならない彼の傍で何でもないような顔をしているのは、ほんの少し、つらい。
「なんだよ。俺様はいたって真面目だぜ」
「跡部さんて、恋したことないんスか。誰かを可愛いと思ったり、綺麗と思ったり、そーいうのもないわけ?」
「なんだテメェ、馬鹿にしてんのか?」
「いやそういうわけじゃなくて、純粋な疑問。初恋も、まだ……?」
越前は何を言い出すんだ、と手塚は組んだ腕に力を込める。
跡部の恋の遍歴など聞きたくはない。跡部に恋人がいないのもおかしいと思いながら、恋の話など聞きたくないとも思う。この矛盾はどうやって昇華すればいいのだろうか。
「いや、そりゃ、恋くらい、したことあるけどよ……」
言いづらそうに言葉にされた事実は、少なからず衝撃だった。誰のものにもならないと言いつつ、恋は知っているのかと。
どんな恋だったのだろう。それは実らなかったのだろうかと、同情する気持ちと喜ぶ思いがごちゃ混ぜになった。
「なんだ、あるんだ。でも付き合ってないってことは、フラれたんスか。今はフリーなんでしょ?」
「フラれてねえ! つか言うつもりもねえんっ……!」
越前が「え?」と声を上げたのと同時に、手塚の体が凍りついた。
〝言うつもりもない〟ということは、これは、つまり。
「もしかして跡部選手、今まさに恋をしていらっしゃる?」
そういう、こと、なのだろう。
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てた。端の椅子で、越前が気まずそうに「あー……」と声を上げている。
「あー、えーと…………まあ、今、というか……ずっと、というか」
ややあって、観念したような跡部の答えが耳に入ってくる。手塚は目を細め、ゆっくりと呼吸した。
おかしなことではない。
カタブツと言われている自分でさえ恋をしているのだ、跡部が恋のひとつやふたつしていても、なんの不思議もない。
「笑われるかもしれませんが、初恋の人が忘れられなくて。ほぼ十年、ずっとこじらせたままなんですよ」
跡部は困ったように笑っている。十年と言葉にしてみれば短いかもしれないが、そんなにもの期間想い続けているというのは、ひどく長い時間に感じないだろうか。
「その人への想いを塗り替えてくれるような相手が現れればいいんですけど」
――――十年か……つまり、中学に上がる頃ということだな……。
初恋が特別なものだというのは、手塚もよく分かる。事実手塚も、ほぼ十年ほど同じ人物を想い続けているのだ。
長いこと時間をともにしてきたが、跡部景吾がこんなにも一途な男だったなんて初めて知った。
いや、知っていた気がする。テニスに懸ける想いは、一途で貪欲だ。跡部景吾は恋にも一途で全力だというだけである。
「あの、ちなみにお相手はどんな方なんですか? 跡部選手をそこまで虜にする人物とはいったい……!」
「どんな……」
そこまで訊いてやるなと思いつつ少し記者を睨みつけると、途中で頬を赤らめた跡部が目に入る。手塚は驚き、不謹慎にも胸を高鳴らせる。滑稽だ。誰か他の相手を想って頬を染める男にときめくなんて。
「うわ、跡部さんが赤くなったのなんて初めて見たッス……」
「うるせぇぞ越前っ……。いや、そうですね……。俺にとっては誰よりも美しくて、強い人……だと思います。すみません、これくらいで勘弁してくれませんかね」
「じっ、充分です、ありがとうございます!」
手塚は、そっと目蓋を伏せる。跡部の声がわずかに震えていたように感じたのは、気のせいではないだろう。それほどまでに、相手のことを想っているらしい。十年の想いではそれも仕方ないが、と腕を強く握りしめた。
叶わないと分かっていながらも、どこかで夢を見ていた自分に気がつかされる。そんなに一途に想う人がいるのならば、もう天地がひっくり返ってもこの恋が成就することはないのだと、改めて失恋を味わった。
「……なぜ、想いを告げないんだ? 跡部。お前ほどの男ならば、好きだと言われて相手も悪い気はしないだろう」
びくりと、跡部の肩が揺れる。恨みがましげに睨みつけられて、余計なことを言ったのだと気づくがもう遅い。
「そう思わねえ人間だっているだろうが」
「言ってみなければ分からないだろう。お前らしくないな」
「他人事だと思って勝手なこと言ってんじゃねーぞ手塚ァ」
跡部はそう言うが、手塚にとっては他人事などではない。
純粋に、跡部の恋が叶ってほしいという思いと、さっさと告げて実らせてこいという気持ち、それでも叶わないのならばそこで初めて嘆けという身勝手な感情。
跡部がその想いにケリをつけてくれなければ、こちらの想いもずっと宙ぶらりんだ。
じっと跡部を見つめる。睨み返される。
「部長、跡部さんイジメるのはそれくらいにしといた方がいいんじゃないスか」
手塚はハッとしてその視線を断ち切った。こともあろうに越前に諫められるとは。八つ当たりだなと理解して、己の不甲斐なさに嫌気がさした。跡部にしてみたら理不尽なものだろう。
「別に悪意があったわけではない。それに……その想いを塗り替えるような相手と言っていたが、替える必要はないだろう」
「あぁ?」
「跡部がその人を想っている事実は変えようがないのだろう? ならばその上で、他にも目を向けたらいいと言っているんだ」
「精神的に二股じゃねーの」
「そういうことを言いたいんじゃない。その想いごと受け入れてくれる相手が見つかるといいな」
もし許されるなら、自分が全部包み込んでみせるものを。
たった今八つ当たりのようにけしかけておいて何を言うのか。だが、本音でもある。跡部が誰を想っていても、この気持ちは変わらない。
「ああハイハイ、ありがとよ。っていうか、そういうてめぇはどうなんだよ手塚ァ。浮いた噂の一つもねぇじゃねーか」
仕返しのつもりなのか、話をこちらに振ってくる。
浮いた噂がないのは当然だ。手塚も今まさに初恋の真っ最中、左隣に座る男に惚れ抜いているのだから、他に目など向くわけもない。
そこまで思って、自分勝手だなと唇を引き結ぶ。跡部にはなぜ告げないのだと訊ねておいて、自分自身もこの恋を告げられないというのは、卑怯ではないだろうか。
言わなくても答えは分かり切っているが、だからといって跡部が大事にしているその人への想いを、軽々しくけしかけていいはずがない。また周りが見えなくなるところだった。
「今は――そういうことは考えないようにしている。テニスのことだけ考えていたい」
テニスのことだけなどとは聞いて呆れる。跡部が傍にいない時は確かにテニスのことしか考えていないが、傍にいると途端にこれなのに。
だが、もういい加減にケリをつける時なのだろうか。たとえ跡部が他に目を向けたとしても、どうしたって自分は対象外だ。跡部にケリをつけてほしいと願うのならば、まずは自分がそうするべきだろう。
「手塚選手は本当にストイックというか……それがたまらないという女性ファンが、多くいるんですよね」
「コイツ中学の頃からまったく変わってないんですよね。同じこと言ってやがる」
「タイプだけでも教えていただけませんか?」
引き下がらない記者には辟易としながらも、カタブツめと呆れ果てている跡部に視線をやる。タイプもなにも、考えたことがない。跡部景吾以外の誰かのことを。
「…………何事にも一生懸命な人には、惹かれます」
跡部の言葉を借りるのならば、誰よりも美しくて強い人だ。
好みは同じなのだろうかと妙な共通点に嬉しくなってしまったが、想いが向かう先は別の場所だ。
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情熱のブルー-030-
腕時計で時刻を確認した。案内された応接室で、窓から外を眺める。どうしてもそわそわしてしまうのは、これから逢える男が男だからだろう。
腕を組んでみても、窓ガラスにもたれてみても、やはり落ち着かない。柔らかなソファに腰をかけてみても、それは同じだった。
ややあって、ドアがノックされた。
「はい」
返事をすると、なぜか少し間を置いてドアが開く。
「よう、遅れちまったか?」
顔を覗かせたのは、跡部景吾。いまだ手塚の胸の中に住み着く、誇り高きキング。
「いや、十分前だ。問題ないだろう」
跡部の後ろには、越前リョーマもいた。手塚は腰を上げて、二人に歩み寄る。
手塚たちは今、プロのテニスプレイヤーとして各地で大会に出場してそれなりの成績を収めていた。今回雑誌の特集ということで、三人そろってインタビューを受けることになっている。跡部や越前とは拠点が違うが、日本出身ということで組まれたのだろう。
「こうして逢うのは久しぶりだな、手塚。試合は観てたが」
「ああ、マイアミ・オープン以来か。元気そうで何よりだ」
フッと跡部が笑う。この八年で、髪型が変わった。それは手塚もだが、その青の瞳はいつでも変わらない。相変わらず手塚を魅了し続ける。それでも瞬きひとつでその視線を断ち切って、越前へと移した。
「越前、ベスト4おめでとう。次は対戦できるといい」
「どもッス。部長も、ベスト8おめでとうございます。まあ対戦しても、絶対に俺が勝つんで」
越前も、生意気なのはあの頃から変わらない。
しかし八年も経つのにいまだに〝部長〟というのはどうなんだと指摘してやれば、癖なのだと返ってきた。
「あの頃の印象が強烈で」
「クックック、いいじゃねえか手塚部長。愛されてるじゃねーの。俺も時々日吉たちに部長って呼ばれてるしな」
誇らしげにそう呟く跡部は、本当に楽しそうだ。なんでも今、氷帝学園テニス部の名誉部長というものに就任しているらしい。それがいったいなんなのか分からないが、跡部が嬉しそうにしているのならば何でもいい。
真ん中は俺だろう、と座る位置を争う越前と跡部に呆れつつ、座る場所などどこでもいいと手塚は端の椅子に腰をかけた。そうした途端に、なぜか越前はもう片方の端に座る。真ん中は跡部に譲ったようだった。つまり、手塚の左隣に跡部が座ることになった。
――――近いな……。
今さらこの距離にどぎまぎすることもあるまいと思っていたが、恋情はあの頃のまま、跡部の仕草ひとつひとつに胸を高鳴らせる。
プロデビューしてからも交流は持っていたし、時折一緒にでかけることだってあったのだから、もう少しくらい慣れてもいいだろうに。
手塚は気づかれないように小さくため息を吐いた。
ややあって、インタビューの記者が到着し、取材が始まった。
「跡部選手は、ジュニアの育成にも余念がないとか」
「時間を作って、テニススクールや母校の指導に出向くくらいですけどね。俺がいた時より部員が増えていて、嬉しい限りですよ」
「去年、俺も引きずられていったんスよね。あの氷帝コール引き継がれててビックリした」
跡部はプレイヤーとして活躍する他にも、家の事業に携わっているらしく、忙しそうだ。このビルも跡部グループのもので、改めて財力のすごさを知る。さらにそんな中でジュニアの育成とは、まったく恐れ入る。
一分として立ち止まっていないのだなと、誇らしく思った。
「跡部は、そういうマメなところがあるからな。見かけによらず面倒見がいいというか」
「おい手塚ぁ、見かけによらずってなどういうことだ」
「そのままの意味だ」
面白くなさそうに片眉を上げた跡部に返してやると、越前も同意をしてくる。ほらみろと言わんばかりに視線をやると、記者がかすかに笑うのが目に入った。
「三人とも仲がいいですね。普段からこうなんですか?」
「今は時間が合わないので、そう頻繁に逢えるわけじゃないですけどね。手塚とは年に数回、テニスしたり釣りに行ったりしてますよ」
わあ、と色めき立つ記者。手塚はそれよりも、越前からの視線の方が気にかかった。じいっと見つめてくるその大きな目には、どんな意図があるのか。それには跡部も気づいたようで、不思議そうに越前の名を呼んだ。
「越前? どうした」
「別に、何でもないっす」
明らかに何か言いたげだっただろうと突っ込んでやりたかったが、墓穴を掘るのは目に見えている。止めておいたほうが良さそうだと、手塚は胸の前で腕を組んだ。
「つーか跡部さん、そのためにわざわざドイツまで行ってたわけ?」
「アーン? 仕事のついでにオフ合わせるだけだっての」
「…………ふぅん」
越前の意味深な視線が痛い。
気づかれているのだろうなと昔から思っていたが、これは完全にバレている。仕事のついででもなんでも、跡部が時間を空けてくれるのを嬉しいと思っていることに。
ずっと続くライバル関係はありがたくもあり、もどかしくもあるけれど、忙しい合間を縫っての逢瀬には満足していた。
「ライバルでありながら仲の良いところが、女性にも人気なんですよね。みなさんの女性のタイプとかお訊きしてみたいんですが」
にこにことお決まりの質問をしてくる女性記者に若干うんざりもする。
今まで公式にそういう話題が出ていないというのもあるのだろうが、タイプなど知ってどうするというのか。
どんなに好みの女性が現れようと、この胸の中には跡部景吾しか存在していないのに。
こういう時、跡部はどう答えるのだろうとちらりと見やれば、わずかに苦笑しているように見えた。彼なら、そつなくかわしそうだと思ったのだが、考え違いだっただろうか。
「越前選手は」
「いや、俺は……彼女がタイプそのものっていうか」
「えっ」
越前の答えに、記者たちの驚いた声が耳に入る。手塚も驚いて越前を振り向けば、跡部も同じように越前の方を向いていた。
「あの、たびたび越前選手の試合を観に来ているというポニーテールの女性は、やはり恋人ということでしょうか!? ファンの間でも、密かに囁かれているようですが」
「まあね」
越前は不敵に口の端を上げる。
ポニーテールの女性というのはあれだろうなと、手塚も思い浮かべる。確か中学時代は三つ編みにしていたが、いつの頃からかポニーテールに変わっていた。恩師の孫として、テニスが大好きな女子として手塚も認識していたが、今この時点まで越前と続いているというのは驚きでもあり、納得するものでもあった。
「付き合い長ぇよな、中学ん時からだろ」
「そうッスね」
「あ、あの、これ記事になりますけど、大丈夫ですか」
公にするのはこれが初めてらしい。ウチの雑誌で特ダネとしてしまってもいいのかと興奮気味に身を乗り出してくる記者に、越前は迷うことなく「いいッスよ」と答えた。
「待て越前。彼女は了承しているのか? 中には過激なファンもいるかもしれない」
記事は跡部がチェックをするだろうし、滅多なことは書かれないだろうが、おかしなことをする人間というのはいるものだ。もし記事のせいで大事な恋人に危険が及んだらどうするのだと諌めたつもりだったが、
「そういうのは、俺が守るんで」
強気にそう返されてしまった。越前なら必ずそうするのだろうなというのが根拠もなく納得できてしまう。そうさせる強さが、越前リョーマにはあるのだ。
「……そうか」
「ハッハァ、テメェずいぶん男前になったじゃねーの」
跡部は肩を震わせて笑っているが、気持ちのよさそうな笑みだ。なんだかんだで越前を気に入っているせいだろう。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
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お開きとなった祝勝会。この後はおのおの親しい者同士で二次会、三次会へとなだれ込んでいくのだろう。
手塚も誘われたが、すべて断り足早に跡部の元へと急いだ。
跡部はホールの外で女性のプレイヤーと話していたようだったが、手塚に気がつきすぐに挨拶程度に笑い歩み寄ってきてくれた。
「よう、引っ張りだこだったようじゃねえか」
「お前ほどじゃないが」
「フン、どの口が」
そう言いながら歩く跡部について、エレベーターに乗り込む。疲れたような表情と聞き逃せなかったため息に、手塚は口を開いた。
「疲れているところに、すまないな」
「あ? あぁ、違ぇよ。さっきちょっと嫌な感じのジジィを相手にしてたからな。疲労って言えばそうだが、あんなことは慣れっこだぜ」
なんだと、と腹立たしい思いがわき上がってくる。嫌な感じのというのが、どういうものを指すのか分からないわけではない。
跡部は整った容姿をしているし、加えて御曹司なのだ。跡部を欲しがる輩はたくさんいるのだろう。不埒な感情も含めて。
それは自分自身も同じだが、そこに確かな恋情があるだけマシだと思っている。
跡部のことをよく知りもしない男が、跡部に不埒な感情を抱くことが、どうにも腹立たしい。
「……傍にいれば良かったな」
「慣れてるって言ったろ。お前が傍にいても、ああいうのは変わらねえよ」
「だが、助けることはできるだろう。お前がそうしてくれたように」
跡部がその対応を甘んじてしていたというならば、ことを大きくしたい相手ではなかったということだ。
跡部にも跡部の付き合いというものがあるし、財閥関係のこととなると手塚はまるっきり部外者でしかない。邪魔をしてしまいかねないと思うと、下手に動くこともできないが。
「……ありがとよ。次があったらお前を呼ぶぜ」
「ああ、そうしてくれ」
恋人にはなれずとも、跡部の中に手塚国光という人間はきちんと存在している。それをこうして示してくれるだけで、幸福だった。たとえこの後傍にいられなくなるとしても、その事実があればいい。
高層階に着いて、エレベーターを降りる。靴音も飲み込まれてしみそうな毛足の長い絨毯を歩き、部屋へと招き入れられた。
「まあ、入れよ」
広めのセミスイート。白を基調とした家具セットファニチヤーの中で、跡部のスーツはよく映えた。眼前に広がる、宝石箱のような夜景に目がくらむ。いや、その夜景をバックにしてもなお輝きを奪われることのない男に、だ。
「手塚の優勝を祝うには最高の景色じゃねーの」
跡部はテーブルの上のクーラーからシャンパンを持ち上げて、したたる雫を丁寧に拭う。
「跡部」
「大事な話ってんだから、酒は入れたくねえかもしれねえが、祝いの杯くらいは受けてもらうぜ」
胸が締めつけられる。大事な話をしたいと言った手塚を尊重しながらも、祝いたいと思ってくれる跡部が、本当に愛しい。
その信頼を打ち壊すことになりかねないが、もう秘めている方が不誠実ではないかと思うのだ。
跡部は二つのグラスにシャンパンを注ぎ、一つを手渡してくれる。グラスの中でわずかに発砲する薄い黄玉のような液体をじっと眺め、跡部の髪に似ているなと思った。
「改めて、優勝おめでとう、手塚」
「ああ。跡部、お前もベスト8おめでとう」
優勝をさらった立場でこんなことを言うのはいやみだろうかとも思ったが、跡部は嬉しそうに頷いてくれた。
チン、と合わさったグラスが高い音を奏でる。
甘みのあるそれで唇を濡らし、飲み込む。相当いい酒なのではと思うと、用意してくれた跡部の気遣いが嬉しい。種類は違えど、跡部に大切に想われているのが分かって、胸が痛んだ。
「で、相談ってのはなんだ」
早々に切り出されて、眉が寄る。
この期に及んで迷うのは、潔くないと自分に言い聞かせた。その沈黙をどう取ったのか、跡部が不安そうに訊ねてきた。
「……なんだよ、そんなに深刻なことなのか?」
「…………深刻だな。俺にとってはもちろん、お前にとっても、そうだと思う」
「俺にも? なんでだよ。……もしかして、肩の怪我じゃねえだろうな……?」
ハッとしたように身を乗り出して、ぐっとグラスを握る。なるほどそうくるのかと手塚は目を瞬いた。彼の中で手塚国光というプレイヤーの故障は、相当重大な事柄のようで。
「お前また今回のことで無茶したんじゃ」
「いや、そうではない。肩は大丈夫だ。肘も」
どこも故障などしていないと、強く返してやる。跡部はあからさまにホッとした様子を見せ、手塚の胸を高鳴らせた。
「そ、そうか……悪い、どうしても心配はしちまうんだよ。お前の本意じゃねえって分かってても」
「お前は、昔から変わらないな。だが、そうやって気にかけてくれるのは、……嬉しいとも思う」
手塚はグラスをテーブルに置き、一歩、下がる。跡部との距離を保っておかなければ、拒まれた後の顔を近くで見られてしまうことになる。
それは、いやだ。
覚悟はしているものの、拒まれて平気でいられるかといったら、答えはノーだ。みっともないところを見られたくない。
「跡部、今から言うことでお前を混乱させると思う。拒絶してくれていい。軽蔑されても構わない。だが、茶化したり……否定したりはしないでもらえないか」
拒まれても、否定はされたくない。
長い間、跡部を想い続けてきた。跡部ただ一人をだ。
他に魅力的な女性がいなかったかと思うと、どうも思い当たりはしないのだが、跡部しか目に入っていなかったこの年月。
長い、と思う。
短い、とも思う。
だがこの先ずっと特別なひとであることに変わりはないのだ。
「……分かった」
跡部はまっすぐに見つめ返して、頷いてくれる。
手塚は息を吸い込んで、意を決して音にした。
「俺はお前のことが好きだ、跡部」
ずっと秘めてきた、これから先も秘めていくものだと思っていたその想いを。
「……あァ……?」
跡部の眉が、怪訝そうに寄せられる。細められた目は不機嫌そうで、まあそうなるだろうなとどこかで諦めもついた。
「なんて、言った」
「好きだと。恋愛対象としてだ。ずっとお前に惹かれていた」
今もだ、と続ける。距離を取ったのは、この状況が良くないと思ってのことでもあった。惚れた男と二人きり。不埒な感情がないわけでもない。だから跡部にとっては、この瞬間から危険な相手に認定されてしまったことだろう。恋情というのは、そういうものだ。
跡部は混乱しているようにも見えるが、取り乱さないあたりはさすがだと思った。
グラスをテーブルに避難させ、片手をつく。もう片方を腰に当て考え込んでいるその仕草さえ、綺麗な姿勢だと思わせる。だいたいにおいて育ちの良さだろうかと、こんな時に若干的の外れたことを考えた。
「お前が、俺を、だぁ?」
跡部はゆっくりと仰ぐように顔を上げてくる。ゆっくりとした口調は、怒りの現れと思われた。
「そうだ。混乱するのも無理はないと思うが、すまない、事実だ。だが勘違いをしないでほしい」
「あん?」
「告白をしたからといってお前に何かを望んでいるわけではない。お前にはずっと……ずっと想っている相手がいるのは知っている。それを踏みにじってまでどうこうしようとは思っていない」
十年。そんなにも長い間想い続けている相手がいるという。跡部のその一途ささえ手塚には好ましくて、無理にこちらを向いてくれなどとは言えない。
それごと包み込むだけの度量はあるつもりだが、そもそもが対象外だ。置かれていた信頼も、これで壊れてしまったかもしれない。友情を育んできたつもりなのに裏切られたと思っているかもしれない。
なじられようと、殴られようと構わない。
跡部の気の済むようにしてもらいたいと思うが、今答えを求めるのは酷だろうか。
跡部は片手で顔を覆い、じっと見つめてくる。
いくら眼力インサイトを使おうと、真実はひとつだけだ。跡部が好きだという、ただひとつだけ。
「…………本気で言っているのか」
「否定はしないでほしいと言ったはずだが」
「否定じゃねえ、確認だ」
「俺はいつでも本気だっただろう。特にお前にはそうしてきた」
低い声が、手塚を突き刺す。不愉快そうに細められた目が、手塚を射貫く。跡部の指先がわずかに震えているように見えるのは、怒りからなのかそれとも困惑からなのか。
「手塚、お前……それ、いつからだ」
いつから、というのは、跡部に恋情を抱いたのがということだろうかと解釈して、口を開く。
「中学の頃からだが」
正直に返した言葉に、跡部が項垂れる。呆れたのかもしれない。そんなに長い間騙していたのかと。
しかし手塚としては騙していたつもりはない。言わなかっただけだ。
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