- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.589, No.588, No.587, No.586, No.585, No.584, No.583[7件]
情熱のブルー-032-
インタビューが終わって、ありがとうございましたという記者の声が聞こえる。手塚は目蓋を伏せ、持ち上げて跡部を見やった。
「ったく、試合してる方がいくらか楽だな……」
「それは同意する」
暴かれてしまった恋心を、跡部は今後どうするのだろう。手塚がけしかけたように相手に想いを告げるかもしれない。隠したまま他に目を向ける可能性だってある。
跡部が恋を実らせるのが先か、それとも手塚がケリをつけるのが先か。
――――跡部、決着をつけようぜ。
どちらの決着が先か、勝負だ。勝手にそう決めて、手塚は一つの決意をした。
「お前らこの後空いてんのか? 何か食いに行くかよ」
「いいッスね。部長も行くでしょ?」
訊ねておきながら、越前は有無を言わさず腕をぐいと引っ張ってくる。断る隙がまったくなかった。
「先に下行ってるんで。俺、和食が食いたいッス」
「ああ、いいな。手塚も和食の方がいいだろ。寿司が美味いとこ連れてってやる」
日本食は久しく口にしていない。加えて、跡部が言うのなら味や品質に間違いはないだろう。現金なもので、失恋の痛みは共に過ごせるという喜びで塗り替えられてしまった。
「…………悪くないな」
ガッツポーズをする越前に引っ張られ、手塚はエレベーターに乗り込んだ。跡部は少し仕事のメールを確認してくるらしい。越前はスマートフォンでどこかに電話をしていて、口調や言葉からして〝恋人〟だろうと受け取れた。
エントランスホールに着き、跡部を待つ。
「越前、彼女の方はいいのか?」
「今連絡したんで。ゆっくりしてきてってさ、お土産買っていこ」
越前らしからぬ柔らかな表情は、見慣れていないせいかひどく違和感を覚える。テニスと恋と、どうやって両立しているのだろうと、不思議にも思った。
「……跡部さんに、あんなにベタ惚れの人がいるとは思わなかった。十年て、長いッスね」
気まずそうに口にされたそれに、手塚は頷く。
「ずっと想っているというのは驚いたな。だが、情熱的で跡部らしいとも思う」
「あの人見た目がああだから、女遊びとか慣れてそうなのにね。あれで純情一直線とか、ギャップがすごい。……部長なら分かるっすけど」
暗に、手塚もずっと一人の人だけを想っている純情な情熱家だと言っているのだろう。テニス部で生真面目なプレイを観ていたせいでそう思うのか、跡部に感じたようなギャップはないらしい。
「……越前」
「心配しなくても、言ったりしないッスよ。応援くらいならいいでしょ」
ハッキリと言われたわけではないが、気づかれている恋情のことは口にしないでほしい。今日ようやく、決着をつけようと思えたところなのだから。
「ねえ、部長はさ――」
越前が何かを言いかけたところで、跡部が降りてきた。
「待たせたな」
遮られた言葉を越前はもう言うつもりがないらしく、肩を竦めて跡部を振り向いている。つられて手塚も跡部を振り向いたが、この期に及んで高鳴る心臓をどうにもできない。
「跡部さん、腹減った」
「おう、じゃあ行くか。越前、お前もう酒飲めるよな?」
「年齢的にはね。でも、あんまり飲んだことない」
「それなら軽く祝杯といこうじゃねーの。なあ、手塚、少しくらいいいだろ」
「……まあ、少しならな」
三人とも体が資本のプレイヤーだ、そこら辺はわきまえている。店に着いたら、酒が入る前に少し話をしてみようと、跡部の後ろについて歩いた。
跡部が美味いと言うように、味も質も申し分ない寿司屋だった。英国でこのレベルなら、さぞや人気の店なのだろう。かわむら寿司が食べたくなったなと、懐かしい思い出に想いを馳せる。
「日本酒か、跡部。珍しいな」
「最近、ちょっとな。甘口だし飲みやすいぜ」
「跡部さん、俺にも」
熱燗の日本酒を、杯に注いでもらう。跡部が越前に注いだ後、手塚は徳利を分捕って促した。杯を持ち上げた跡部に「お疲れ様」と言いながら注いでやる。
三人そろって、杯を掲げた。
「美味いな」
「飲みやすいっすね」
「だろ」
酒が入る前にと思ったが、これくらいなら酔っているとは言えないだろう。えんがわを一つ食し、手塚は二人を見やった。
「跡部、越前。ウィンブルドン、次は俺が優勝カップをもらう。覚えておいてくれ」
「アーン? テメェ終わった早々勝利宣言とは、いい度胸してやがんな」
「ちょっと待って、勝つのは俺ッスよ」
「いや、今回ばかりは譲る気はない。お前たちがどう思おうと関係ないな」
手塚は今日、決めた。次のウィンブルドンにすべてを懸けようと。
次の開催まで時間が空く。鍛錬の時間が欲しいというのもあるが、どうしてもウィンブルドンがいい。決着をつけようと思ったこの国で、跡部が幼少期を過ごしたこの国で、その栄光をつかみ取りたい。
テニスに恋情など持ち込むなと言われそうだが、手塚国光にとって跡部景吾はそうするに値する人物なのだ。
すべてを懸けてきたテニス。
青春のすべてを捧げてきたひとつの恋。
これが最後になってもいい。胸を張って好きだと言いたい。
――――そうだ、俺はあの日、お前に恥じない俺でいようと思った。必ず勝ち取ってみせる。そうしたら、この胸の内をお前に告げよう。
最初で、きっと最後の恋になる。跡部に背負わせるには重いかもしれないが、知っていてほしい。想い人がいると知ってなお恋情を募らせる愚かな男がいることを。
「本気か、手塚」
「当然だ」
「フッ、上等じゃねーの。受けて立つぜ!」
「もちろん、俺も手加減なんかしないッスよ」
言いながら、三人で杯を合わせる。大胆な宣戦布告だったが、越前も跡部も、楽しそうに口の端を上げている。もとより勝負が好きな二人だ、全力でぶつかってくるだろう。こちらも同じだけの熱量で迎え撃つだけだ。それを思うと、楽しくてしょうがない。
宣戦布告がぶつかり合った後でも、何のわだかまりもなく寿司に手をつける気安さが心地良くて、思った以上に注文をしてしまった。
誘ったのはこっちなんだからと支払いを持ちたがる跡部に眉を寄せ、せめて俺とお前とでだろうと押し問答する。
結局は押し勝って、無事に支払いを終えた。越前はちゃっかりと甘えたようだが、後輩に奢るのは苦痛ではないし、これ以上跡部に借りを作りたくもなかった。
「しばらくは時間が取れないな」
「お互いにな。まーた新しい技とか編み出してくんだろ、お前は」
「そうしたいものだ」
「ククッ、じゃあな手塚。次のウィンブルドン、楽しみにしてるぜ」
「勝つのは俺だけどね」
「いや、俺は負けない」
「アーン? 勝つのは俺様だぜ」
そんなことを言い合いながら、二人と別れた。やはり酒は控えれば良かったと思う。今、テニスがしたい。湧き上がるこの闘志をどうにかしたいけれども、考えていたより酒を入れてしまった。
明日だな、と満天の星を見上げる。跡部の一途な想いを知った夜の空は、いやみたらしいほどに美しかった。
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情熱のブルー-031-
「あ、あの、では跡部選手はいかがでしょう? 女性に絶大な人気を誇っていますが、恋人やすでに婚約者がいらっしゃったり……!」
越前の特ダネに気が大きくなった記者の言葉に、びくりと体が強張った。
――――跡部、に。
今まで考えたことがなかったわけではないが、本人からその手の話を聞いたことはない。特定の親しい相手がいるということを匂わされたこともない。もっとも、そういうことを話す相手として認識されていないだけかもしれないが。
多忙な身とはいえ、跡部ほどのステータスを持つ男に、女性が言い寄ってこないわけがない。それでなくても財閥の御曹司なのだ、記者が言うように昔からの婚約者がいる可能性だってある。
あるが、聞きたくはない。できれば耳を塞ぎたいが、できやしなかった。
「いえ、そういう相手はいませんよ」
跡部の声が、すうっと耳の中に入り込んでくる。金縛りが解けたかのように軽くなった。
「え、そうなんスか?」
越前もまさかいないとは思っていなかったらしく、驚いている。
しかしやはり、世間の目はそうなのだ。跡部に、恋人がいないわけがないと。
手塚はゆっくりと跡部を見やった。
――――いない……? のか? 馬鹿なことを言うな。
いなくてホッとしたが、いないならいないで腹立たしくなってくる。まさか周りが跡部景吾の魅力に気づかないわけもないし、早いところ身を固めてくれないかとも思う。
「俺が誰か一人の女のものになるわけにはいかねーじゃねーの」
そんなことを思っていたら、これだ。
中学時代から彼の人気は目を瞠るものがあったが、それを自覚して誰のものにもなろうとしていなかったというのか。
「……跡部さんも昔っから変わらないッスよね」
「少しは真面目に答えたらどうだ、跡部……」
どちらにしろこの恋が叶うことはないが、誰のものにもならない彼の傍で何でもないような顔をしているのは、ほんの少し、つらい。
「なんだよ。俺様はいたって真面目だぜ」
「跡部さんて、恋したことないんスか。誰かを可愛いと思ったり、綺麗と思ったり、そーいうのもないわけ?」
「なんだテメェ、馬鹿にしてんのか?」
「いやそういうわけじゃなくて、純粋な疑問。初恋も、まだ……?」
越前は何を言い出すんだ、と手塚は組んだ腕に力を込める。
跡部の恋の遍歴など聞きたくはない。跡部に恋人がいないのもおかしいと思いながら、恋の話など聞きたくないとも思う。この矛盾はどうやって昇華すればいいのだろうか。
「いや、そりゃ、恋くらい、したことあるけどよ……」
言いづらそうに言葉にされた事実は、少なからず衝撃だった。誰のものにもならないと言いつつ、恋は知っているのかと。
どんな恋だったのだろう。それは実らなかったのだろうかと、同情する気持ちと喜ぶ思いがごちゃ混ぜになった。
「なんだ、あるんだ。でも付き合ってないってことは、フラれたんスか。今はフリーなんでしょ?」
「フラれてねえ! つか言うつもりもねえんっ……!」
越前が「え?」と声を上げたのと同時に、手塚の体が凍りついた。
〝言うつもりもない〟ということは、これは、つまり。
「もしかして跡部選手、今まさに恋をしていらっしゃる?」
そういう、こと、なのだろう。
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てた。端の椅子で、越前が気まずそうに「あー……」と声を上げている。
「あー、えーと…………まあ、今、というか……ずっと、というか」
ややあって、観念したような跡部の答えが耳に入ってくる。手塚は目を細め、ゆっくりと呼吸した。
おかしなことではない。
カタブツと言われている自分でさえ恋をしているのだ、跡部が恋のひとつやふたつしていても、なんの不思議もない。
「笑われるかもしれませんが、初恋の人が忘れられなくて。ほぼ十年、ずっとこじらせたままなんですよ」
跡部は困ったように笑っている。十年と言葉にしてみれば短いかもしれないが、そんなにもの期間想い続けているというのは、ひどく長い時間に感じないだろうか。
「その人への想いを塗り替えてくれるような相手が現れればいいんですけど」
――――十年か……つまり、中学に上がる頃ということだな……。
初恋が特別なものだというのは、手塚もよく分かる。事実手塚も、ほぼ十年ほど同じ人物を想い続けているのだ。
長いこと時間をともにしてきたが、跡部景吾がこんなにも一途な男だったなんて初めて知った。
いや、知っていた気がする。テニスに懸ける想いは、一途で貪欲だ。跡部景吾は恋にも一途で全力だというだけである。
「あの、ちなみにお相手はどんな方なんですか? 跡部選手をそこまで虜にする人物とはいったい……!」
「どんな……」
そこまで訊いてやるなと思いつつ少し記者を睨みつけると、途中で頬を赤らめた跡部が目に入る。手塚は驚き、不謹慎にも胸を高鳴らせる。滑稽だ。誰か他の相手を想って頬を染める男にときめくなんて。
「うわ、跡部さんが赤くなったのなんて初めて見たッス……」
「うるせぇぞ越前っ……。いや、そうですね……。俺にとっては誰よりも美しくて、強い人……だと思います。すみません、これくらいで勘弁してくれませんかね」
「じっ、充分です、ありがとうございます!」
手塚は、そっと目蓋を伏せる。跡部の声がわずかに震えていたように感じたのは、気のせいではないだろう。それほどまでに、相手のことを想っているらしい。十年の想いではそれも仕方ないが、と腕を強く握りしめた。
叶わないと分かっていながらも、どこかで夢を見ていた自分に気がつかされる。そんなに一途に想う人がいるのならば、もう天地がひっくり返ってもこの恋が成就することはないのだと、改めて失恋を味わった。
「……なぜ、想いを告げないんだ? 跡部。お前ほどの男ならば、好きだと言われて相手も悪い気はしないだろう」
びくりと、跡部の肩が揺れる。恨みがましげに睨みつけられて、余計なことを言ったのだと気づくがもう遅い。
「そう思わねえ人間だっているだろうが」
「言ってみなければ分からないだろう。お前らしくないな」
「他人事だと思って勝手なこと言ってんじゃねーぞ手塚ァ」
跡部はそう言うが、手塚にとっては他人事などではない。
純粋に、跡部の恋が叶ってほしいという思いと、さっさと告げて実らせてこいという気持ち、それでも叶わないのならばそこで初めて嘆けという身勝手な感情。
跡部がその想いにケリをつけてくれなければ、こちらの想いもずっと宙ぶらりんだ。
じっと跡部を見つめる。睨み返される。
「部長、跡部さんイジメるのはそれくらいにしといた方がいいんじゃないスか」
手塚はハッとしてその視線を断ち切った。こともあろうに越前に諫められるとは。八つ当たりだなと理解して、己の不甲斐なさに嫌気がさした。跡部にしてみたら理不尽なものだろう。
「別に悪意があったわけではない。それに……その想いを塗り替えるような相手と言っていたが、替える必要はないだろう」
「あぁ?」
「跡部がその人を想っている事実は変えようがないのだろう? ならばその上で、他にも目を向けたらいいと言っているんだ」
「精神的に二股じゃねーの」
「そういうことを言いたいんじゃない。その想いごと受け入れてくれる相手が見つかるといいな」
もし許されるなら、自分が全部包み込んでみせるものを。
たった今八つ当たりのようにけしかけておいて何を言うのか。だが、本音でもある。跡部が誰を想っていても、この気持ちは変わらない。
「ああハイハイ、ありがとよ。っていうか、そういうてめぇはどうなんだよ手塚ァ。浮いた噂の一つもねぇじゃねーか」
仕返しのつもりなのか、話をこちらに振ってくる。
浮いた噂がないのは当然だ。手塚も今まさに初恋の真っ最中、左隣に座る男に惚れ抜いているのだから、他に目など向くわけもない。
そこまで思って、自分勝手だなと唇を引き結ぶ。跡部にはなぜ告げないのだと訊ねておいて、自分自身もこの恋を告げられないというのは、卑怯ではないだろうか。
言わなくても答えは分かり切っているが、だからといって跡部が大事にしているその人への想いを、軽々しくけしかけていいはずがない。また周りが見えなくなるところだった。
「今は――そういうことは考えないようにしている。テニスのことだけ考えていたい」
テニスのことだけなどとは聞いて呆れる。跡部が傍にいない時は確かにテニスのことしか考えていないが、傍にいると途端にこれなのに。
だが、もういい加減にケリをつける時なのだろうか。たとえ跡部が他に目を向けたとしても、どうしたって自分は対象外だ。跡部にケリをつけてほしいと願うのならば、まずは自分がそうするべきだろう。
「手塚選手は本当にストイックというか……それがたまらないという女性ファンが、多くいるんですよね」
「コイツ中学の頃からまったく変わってないんですよね。同じこと言ってやがる」
「タイプだけでも教えていただけませんか?」
引き下がらない記者には辟易としながらも、カタブツめと呆れ果てている跡部に視線をやる。タイプもなにも、考えたことがない。跡部景吾以外の誰かのことを。
「…………何事にも一生懸命な人には、惹かれます」
跡部の言葉を借りるのならば、誰よりも美しくて強い人だ。
好みは同じなのだろうかと妙な共通点に嬉しくなってしまったが、想いが向かう先は別の場所だ。
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情熱のブルー-030-
腕時計で時刻を確認した。案内された応接室で、窓から外を眺める。どうしてもそわそわしてしまうのは、これから逢える男が男だからだろう。
腕を組んでみても、窓ガラスにもたれてみても、やはり落ち着かない。柔らかなソファに腰をかけてみても、それは同じだった。
ややあって、ドアがノックされた。
「はい」
返事をすると、なぜか少し間を置いてドアが開く。
「よう、遅れちまったか?」
顔を覗かせたのは、跡部景吾。いまだ手塚の胸の中に住み着く、誇り高きキング。
「いや、十分前だ。問題ないだろう」
跡部の後ろには、越前リョーマもいた。手塚は腰を上げて、二人に歩み寄る。
手塚たちは今、プロのテニスプレイヤーとして各地で大会に出場してそれなりの成績を収めていた。今回雑誌の特集ということで、三人そろってインタビューを受けることになっている。跡部や越前とは拠点が違うが、日本出身ということで組まれたのだろう。
「こうして逢うのは久しぶりだな、手塚。試合は観てたが」
「ああ、マイアミ・オープン以来か。元気そうで何よりだ」
フッと跡部が笑う。この八年で、髪型が変わった。それは手塚もだが、その青の瞳はいつでも変わらない。相変わらず手塚を魅了し続ける。それでも瞬きひとつでその視線を断ち切って、越前へと移した。
「越前、ベスト4おめでとう。次は対戦できるといい」
「どもッス。部長も、ベスト8おめでとうございます。まあ対戦しても、絶対に俺が勝つんで」
越前も、生意気なのはあの頃から変わらない。
しかし八年も経つのにいまだに〝部長〟というのはどうなんだと指摘してやれば、癖なのだと返ってきた。
「あの頃の印象が強烈で」
「クックック、いいじゃねえか手塚部長。愛されてるじゃねーの。俺も時々日吉たちに部長って呼ばれてるしな」
誇らしげにそう呟く跡部は、本当に楽しそうだ。なんでも今、氷帝学園テニス部の名誉部長というものに就任しているらしい。それがいったいなんなのか分からないが、跡部が嬉しそうにしているのならば何でもいい。
真ん中は俺だろう、と座る位置を争う越前と跡部に呆れつつ、座る場所などどこでもいいと手塚は端の椅子に腰をかけた。そうした途端に、なぜか越前はもう片方の端に座る。真ん中は跡部に譲ったようだった。つまり、手塚の左隣に跡部が座ることになった。
――――近いな……。
今さらこの距離にどぎまぎすることもあるまいと思っていたが、恋情はあの頃のまま、跡部の仕草ひとつひとつに胸を高鳴らせる。
プロデビューしてからも交流は持っていたし、時折一緒にでかけることだってあったのだから、もう少しくらい慣れてもいいだろうに。
手塚は気づかれないように小さくため息を吐いた。
ややあって、インタビューの記者が到着し、取材が始まった。
「跡部選手は、ジュニアの育成にも余念がないとか」
「時間を作って、テニススクールや母校の指導に出向くくらいですけどね。俺がいた時より部員が増えていて、嬉しい限りですよ」
「去年、俺も引きずられていったんスよね。あの氷帝コール引き継がれててビックリした」
跡部はプレイヤーとして活躍する他にも、家の事業に携わっているらしく、忙しそうだ。このビルも跡部グループのもので、改めて財力のすごさを知る。さらにそんな中でジュニアの育成とは、まったく恐れ入る。
一分として立ち止まっていないのだなと、誇らしく思った。
「跡部は、そういうマメなところがあるからな。見かけによらず面倒見がいいというか」
「おい手塚ぁ、見かけによらずってなどういうことだ」
「そのままの意味だ」
面白くなさそうに片眉を上げた跡部に返してやると、越前も同意をしてくる。ほらみろと言わんばかりに視線をやると、記者がかすかに笑うのが目に入った。
「三人とも仲がいいですね。普段からこうなんですか?」
「今は時間が合わないので、そう頻繁に逢えるわけじゃないですけどね。手塚とは年に数回、テニスしたり釣りに行ったりしてますよ」
わあ、と色めき立つ記者。手塚はそれよりも、越前からの視線の方が気にかかった。じいっと見つめてくるその大きな目には、どんな意図があるのか。それには跡部も気づいたようで、不思議そうに越前の名を呼んだ。
「越前? どうした」
「別に、何でもないっす」
明らかに何か言いたげだっただろうと突っ込んでやりたかったが、墓穴を掘るのは目に見えている。止めておいたほうが良さそうだと、手塚は胸の前で腕を組んだ。
「つーか跡部さん、そのためにわざわざドイツまで行ってたわけ?」
「アーン? 仕事のついでにオフ合わせるだけだっての」
「…………ふぅん」
越前の意味深な視線が痛い。
気づかれているのだろうなと昔から思っていたが、これは完全にバレている。仕事のついででもなんでも、跡部が時間を空けてくれるのを嬉しいと思っていることに。
ずっと続くライバル関係はありがたくもあり、もどかしくもあるけれど、忙しい合間を縫っての逢瀬には満足していた。
「ライバルでありながら仲の良いところが、女性にも人気なんですよね。みなさんの女性のタイプとかお訊きしてみたいんですが」
にこにことお決まりの質問をしてくる女性記者に若干うんざりもする。
今まで公式にそういう話題が出ていないというのもあるのだろうが、タイプなど知ってどうするというのか。
どんなに好みの女性が現れようと、この胸の中には跡部景吾しか存在していないのに。
こういう時、跡部はどう答えるのだろうとちらりと見やれば、わずかに苦笑しているように見えた。彼なら、そつなくかわしそうだと思ったのだが、考え違いだっただろうか。
「越前選手は」
「いや、俺は……彼女がタイプそのものっていうか」
「えっ」
越前の答えに、記者たちの驚いた声が耳に入る。手塚も驚いて越前を振り向けば、跡部も同じように越前の方を向いていた。
「あの、たびたび越前選手の試合を観に来ているというポニーテールの女性は、やはり恋人ということでしょうか!? ファンの間でも、密かに囁かれているようですが」
「まあね」
越前は不敵に口の端を上げる。
ポニーテールの女性というのはあれだろうなと、手塚も思い浮かべる。確か中学時代は三つ編みにしていたが、いつの頃からかポニーテールに変わっていた。恩師の孫として、テニスが大好きな女子として手塚も認識していたが、今この時点まで越前と続いているというのは驚きでもあり、納得するものでもあった。
「付き合い長ぇよな、中学ん時からだろ」
「そうッスね」
「あ、あの、これ記事になりますけど、大丈夫ですか」
公にするのはこれが初めてらしい。ウチの雑誌で特ダネとしてしまってもいいのかと興奮気味に身を乗り出してくる記者に、越前は迷うことなく「いいッスよ」と答えた。
「待て越前。彼女は了承しているのか? 中には過激なファンもいるかもしれない」
記事は跡部がチェックをするだろうし、滅多なことは書かれないだろうが、おかしなことをする人間というのはいるものだ。もし記事のせいで大事な恋人に危険が及んだらどうするのだと諌めたつもりだったが、
「そういうのは、俺が守るんで」
強気にそう返されてしまった。越前なら必ずそうするのだろうなというのが根拠もなく納得できてしまう。そうさせる強さが、越前リョーマにはあるのだ。
「……そうか」
「ハッハァ、テメェずいぶん男前になったじゃねーの」
跡部は肩を震わせて笑っているが、気持ちのよさそうな笑みだ。なんだかんだで越前を気に入っているせいだろう。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-029-
なぜお前が膝をついているんだ。
視線の先に、ラケットを支えにして膝をつく跡部の姿が見える。
U―17W杯。手塚は、ドイツチームの代表としてプレ杯に出場していた。プロになる最低条件として、このチームの代表として好成績を収めることを出された。その初戦の相手が、ダブルスとはいえ跡部景吾とは。何か宿命めいたものを感じてしまう。
だが、なぜ跡部は膝をついてこちらを見上げているのか。
汗が落ちる。荒い吐息が空気に落ちる。視線が下に落ちる前に、手塚は口を開いた。
「どうした跡部。いつまで膝をついているつもりだ」
叱責ではなく、落胆ではなく、憐憫でもない。
――――俺はここにいる。跡部、お前は。
待っているなどと言うつもりはない。追ってこいと言うつもりもない。ただ、今ここにいるのだと彼の脳に植え付けてやりたかった。
膝をついている暇などあるのか。純粋な疑問ですらあった。跡部景吾がまさかそこで立ち止まるわけはないだろうと、ゲームが終わった後そっと手のひらを重ね合わせただけの跡部を見つめた。
あの男はまた強くなるのだろう。正式に対峙できるのはいつのことか分からないが、そう遠い未来でもないはずだ。
楽しみにしていようと、久しぶりに至近距離で邂逅した想い人の青の瞳を胸に刻んだ。
一人で自主練か、とその男が訪ねてきたのは、日本戦を翌日に控えた日のことだった。
単身敵陣に乗り込んでくるなんて、怖いもの知らずな男だなと思う。そもそもこの男――跡部景吾に怖いものがあるのかどうかは知らないが。
――――また、魂の輝きが増したような気がする。
自主トレに付き合ってやると高飛車にラケットを突きつけてくる跡部は、日本で一緒にいた時よりも大人びたように見える。先日のプレ杯の時とは比べものにもならないくらい、美しいオーラをまとっていた。
――――何があったのか知らないが、迷いが晴れたようで何よりだ。
手塚は跡部の挑発を受けて、ラケットのフレームをガツリと合わせる。
「では、トレーニングと呼べるほどには相手になってもらおうか」
「減らず口を叩きやがるぜ」
楽しそうに口の端を上げる跡部は、明日の試合には出場するのだろうか。オーダー次第では彼と当たることも……と考えかけて、その可能性は薄そうだと目を細めた。
ボールを打つ。返される。互いの間を行き来する回数が増えるにつれて、打球が重くなっていく。変わっていないと思ったが、強くなった。眼力インサイトを極めたのかと、ゾクゾクするほど強い視線に射貫かれる。
だがそれは、手塚とて同じこと。ドイツに行って、指導を受けて、日本にいた頃より格段に強くなったはずだ。
あの日、自分自身と跡部に恥じない己でいようと決めたように、常に上を目指している。
ボールに回転をかけ、自分のところに戻ってくるように仕掛けた。
「……!?」
目を見開く。ボールの軌道が変えられた。いや、本来たどるはずだった軌道に戻ったと言うべきか。
「手塚ゾーンはもう飽きたぜ」
跡部が手で顔を覆う仕草をする。これは偶然などではなく、跡部が意図して戻したのだと気づいた。手塚はそのボールを跡部に強く打ち返す。しかし、それがもう一度こちらに返ってくることはなかった。ゾーンを打ち破れて満足げな顔をして、跡部はボールを視線で追うこともせずにラケットをネットに立てかける。
「明日のドイツ戦、キサマと戦いたいヤツが多くてな。プロへの足踏みしないためにも、せいぜい気をつけな!」
「誰と戦おうと、俺は勝つ」
「アーン? その言葉、ようやく自分のために戦えてんのかよ。楽しみだぜ」
手塚は確信した。明日の日本戦、跡部と試合をすることはないのだと。
オーダーに組まれていれば、跡部がわざわざドイツの選手村へ来てまでこんな挑発をすることはないのだから。
自分の十八番が破られたのは悔しいが、それが跡部だったことに感謝はしようと思う。誰に破られても悔しいのなら、跡部がいい。
「それはそうと手塚、ウチとお前んとこの試合終わったら夜の予定空けておけよ」
「……なんだと?」
手塚はいったい何を言われたのか分からず訊き直す。予定を空けておけとはどういうことだ。まさか、逢えるというのだろうか。しかも夜に? と怪訝に思って眉を寄せて小首を傾げた。
「各国の選手集めて勝負しようと思ってんだよ。テメーも付き合え」
「勝負……それは試合ではなくということだな?」
「ああ。全国大会の準決勝後にもやっただろ、焼き肉の。決着つかなかったが。今回は世界大会バージョンで勝負するぜ」
「肉でか」
呆れ果てた。確かにあれはトラブルが発生して決着も何もなかったが、それをこの大舞台でもやるとは、いったいどういう神経をしているのか。
――――予定を空けろと言うから、何かと思えば。
いつだか跡部が言った〝言動に気をつけろ〟という言葉をそっくりそのまま返してやりたい。何度思ったことだろう。期待をしたわけでもないが、しなかったわけでもない。突拍子もないことを言い出すのは変わっていないのだなと、大きくため息を吐いた。
「監督陣からも許可はもらってんだ。各国の代表とも、連絡は取ってる」
「その発想力と行動力にはいつも驚かされるが、俺も参加しなければならないのか? できればトレーニングをしたいんだが」
「野暮なこと言うんじゃねーよ。それに、テメェは俺の共犯者だ。ヘリに乗って大会の様子を見守る側だぜ」
手塚は目をぱちぱちと瞬いた。
共犯者というポジションを喜んで良いのかどうか分からないが、一緒にヘリに乗って様子を見るだけならば、乾特製のおかしなものは飲まずにすむ。何より跡部と過ごす時間が増える。その誘いに乗らない手はなかった。
「……そういうことなら構わない。お前が暴走しないように見張っておかないとな」
「言うじゃねーの。じゃあ決まりだな。試合終わったら連絡する」
「分かった。だがまずは明日の試合だな。誰が相手だろうと手加減はしない」
「当然だぜ」
テニスと焼肉バトルは別物だ、と跡部は笑う。
そうだ、テニスに懸ける想いと跡部に向ける想いは別のものだ。手塚国光という男の中で前に突き進む二つの線ではあるものの、決して重なることはない。この想いが一方的なものであるのと同じように、それぞれただ一点だけを目指している。
跡部は帰る準備をし始めてしまっていて、少し寂しく感じてしまう。明日また逢えるというのにだ。
「跡部、少し待っていてくれないか。その……不二に返しておいてほしいものがある。連絡を受けていたのを忘れていた」
「アーン? おいテメェら、よりによってこの跡部景吾を使いっ走りかぁ?」
「どうせ同じホテルにいるんだからいいだろう。待ってろ」
ふてくされたような顔をする跡部を尻目に、手塚は部屋に戻る。エレベーターの中で、愕然とした。あんな?をついてまで、跡部との会話を引き延ばしたかったのかと。
それにしたってもう少し上手いやり方があるだろうに、不器用にも程がある。不二をダシに使ってしまったことは、今度詫びておこう。
手塚は空のCDを片手に戻り、ちゃんと待っていてくれた跡部に手渡す。
「すまないがよろしく頼む」
「フフッ、お前、俺様に借りばっか増えてくじゃねーの」
「必ず返す」
「バァーカ、冗談だ。その端末もドイツ行きの手配も、テメーへの餞別だったんだからよ。言ってなかったが、……元気そうで安心したぜ、手塚」
まただ、と手塚は目を細めた。またこの、優しい声音。
この声を聞くたびに胸が締めつけられて、腕の中に抱き寄せてしまいたくなる。距離ができてこの声を聞くこともなくなって、落ち着いたと思ったのに、全然だ。むしろ距離があったからこそ久しぶりの音に想いは強くなる。
「……ああ、お前も」
そう返す声は震えていなかっただろうか。不自然ではなかっただろうか。「じゃあ明日連絡する」と言って背を向けた跡部を見送って、手塚はスマートフォンにそっと口づける。
逢えてよかった。迷いの晴れた瞳を見られて良かった。
そうして見上げた空は、あの日のような鮮やかな青をしていた――。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-028-
学校に今後の学業の相談をし、留学の手続きを早めてもらった。家族は本当にもう行ってしまうのかと慌てていたが、元々卒業したら渡独の予定だったのだ、少しばかり早まっただけである。許可と準備がすめばすぐにでも、と心は逸った。
そんな時、荷物が届いた。
「………………跡部?」
それは合宿所にいるはずの跡部からで、開けてみると、スマートフォンの端末。どうやら海外で使えるものらしいが、頼んだ覚えはない。今の時間帯なら自由時間だろうかと、すぐに現在使っているスマートフォンで跡部に連絡を入れた。
『ああ、届いたかよ。思ったより早かったな』
「届いたかじゃない。どういうことだ」
『アーン? ねえと困るだろうが。俺様からの餞別だぜ。ありがたく受け取っておきな』
使い方や契約のことなどをつらつらと並べられ、強引なのはどちらだと言ってやりたい。だが、餞別だというなら受け取っておこう。心遣いが嬉しくないわけもない。
『もう準備は済んだのか?』
「ああ、だいたいは」
『この際ついでだ、チケット取ってやるよ。いつがいい?』
「跡部」
『テメェには、とっととプロになってもらわねえと、こっちの士気が落ちるからな。断んなよ、手塚』
そんなことで落ちる士気とやらもいかがなものか。
だがこんな時、跡部景吾が財閥の御曹司だというのを実感する。ノブレスオブリージュにしたって世話好きにも程があるというものだ。
『これくらいさせろ。ライバルの華々しい旅立ちなんだ』
「………………断れなくさせておいて、どの口が言うんだ」
『ククッ、お前、本当にいらなかったらバッサリ断るくせによ』
ぐっと言葉に詰まった。
時間の余裕的に、跡部の申し出は本当にありがたい。厚意に甘えてしまうのは情けないが、今後何かで返せていけたらいい。
「では、ありがたく受け取ることにする。こっちのスマートフォン、お前は番号など分かっているのか?」
『ああ。俺のは登録してあるから、何か力になれることがあれば連絡しろ。必ずだ』
最初に連絡先を交換した時、やり方が分からないと悩んだことを覚えていたのだろうか。今回も困ることを見越して、すでに登録してくれたらしい。それは正直ありがたかったし、跡部だけがこの端末の情報を知っているというのが、くすぐったかった。もちろん家族には伝えるけれども、特別感が嬉しい。
「何から何まで世話になるな」
『ふふ、構いやしねよ。テメェの世話を焼くのは案外楽しいぜ』
「俺はあまり落ち着かないが。だが跡部、この借りはいつか返させてもらうぞ。だから――……いや、なんでもない。野暮なことは言わないでおこう」
だから、追ってこい――そう言おうと思ったが、言わずとも跡部景吾はプロになる道を進むだろう。そしてまた、同じ世界で相見える。
言わないでいたことで、逆に伝わってしまったのか、向こう側からふっと笑う音が返ってきた。
『ああ、楽しみにしてる。手塚、見送りは行かねえぜ』
「合宿中なんだ、当然だろう。サボるな」
『誰がサボるってんだよ。可愛くねえなテメェはよ』
「結構だ。……では、また――いつか」
『気をつけて行けよ』
ああと頷いて、手塚は通話を切った。
いつか、プロとして跡部と試合がしたい。必ず実現してみせる。楽しみだなと口の端は上がるけれど、吐いたため息は寂しい気持ちも隠すことはできなかった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
情熱のブルー-027-
その日以降、跡部の枕元にユキヒョウのぬいぐるみが置かれるようになった――というのを、氷帝のメンバーたちが口にしていることで知った。
まさか本当に枕元に置いて寝てくれているのかと、口許が緩むのを隠すのが大変だったけれども、「キングたるもの美しい獣の一匹や二匹引き連れているものだぜ」という跡部にまた愛しさが募ったことの方が重要だった。
跡部を好きなのは変わらない。むしろ気持ちはよりいっそう強く深くなり、感情の大部分を占めている。
だが跡部は友人で、ライバルだ。彼がそう思ってくれていることも知っている。だからこそ、この均衡は保たねばならない。
胸に秘めて、隠し通して、生涯をやり過ごす。この想いが叶わなくとも、テニスというすべてを懸けるにふさわしい世界でつながっていられる。激しいばかりの想いではないと知った今、苦痛だとは思わない。
キングたる彼の友人として、ライバルとして、常に高みを目指していこう。
感情が不純だなどとは言わせない。まっすぐに向かっていくこの想いは、何よりも純粋だった。
強くなりたい。誰にも負けないように、己に恥じないように。
今日の入れ替え戦シャッフルマッチ、見知った高校生がいた。青学テニス部の元部長・大和だ。
外見がかなり変わってはいたものの、憧れたその人のオーラは変わっていない。選抜に呼ばれるということは、まだテニスを続けていたのだとホッとした。
「手塚くん、全国大会優勝、おめでとうございます。部長として大変だったでしょう」
「ありがとうございます。メンバーに恵まれました」
テニスは基本的に個人競技ではあるが、学校の大会となると団体の成績がものを言う。事実手塚は、真田に負けたのだ。できれば勝って優勝としたかったが、もう過ぎたことだ。
今は、目の前の相手をどう打ち負かすかを考えるべきである。
「それはそうと」
大和の瞳が、まっすぐに射貫いてくる。
優しげではあるものの、逸らせない強さ。以前はレンズ越しだったが、それが取り払われたことでさらにすごみを増しているようだ。
「君はなぜこんなところにいるんですか?」
「なぜ、……とは」
「聞きましたよ、ドイツのプロチームから誘いを受けているそうじゃないですか。とっくにドイツに行ったものだと思っていました」
思いも寄らぬ言葉に、体がわずかに強張った。
いったいどこから聞きつけたのか、と眉が寄る。竜崎あたりからだろうか。卒業しても気にかけてもらえていたのだなと思うが、今はドイツ留学のことを考えていられない。目の前の対戦相手を倒すのみだ。
「選抜候補の一員としてベストを尽くすこと……今は、それしか考えていません」
「やれやれ、青学の柱の次は日本ジュニアの柱というわけですか」
柱になれと言ったのは大和の方だ。もちろん、言われたからそうしたというだけでもないのだが、きっかけは間違いなく大和である。
自分は柱として部をまとめ、全国制覇を果たした。勝者とは責任を負うものだ。
今この中学生選抜をまとめ上げ、率いるのは自身の責任でもあると思っている。
こういうところが傲慢だと言われる所以だろうか。だが、今このチームを上へと押し上げたいという気持ちは本当だ。
そのために倒さねばならないというのなら、たとえ憧れた人であってもこの球で叩きのめさせてもらおう。
大和の仕掛けた幻有夢現を破るために、手塚はファントムを発動する。編み出したあの頃よりは格段に自分のものにできている気がした。
勝たなければいけないのだ。上に昇るために。腕の違和感も、今は薄い。
「手塚ァ、無茶するんじゃねえ! また腕を痛めたらどうする!」
跡部の声が聞こえるけれど、聞いていられない。こうしてコートに立っている以上、全力で相手をするのが礼儀だ。
そう気づかせたのは跡部なのに、止められたくない。
――――俺がやらなければ。
それが上に立つ者の責任ではないのか。跡部ならば分かってくれると思っていた。同じように周りを引っ張ってきたあの男ならば。
「手塚ぁ!」
心配と怒りと焦りがせめぎ合ったような声に、手塚は振り向いてしまう。視線の先には、不敵な笑みをたたえる跡部景吾がいた。
「柱ってヤツは、何もお前の専売特許じゃねえだろ、アーン? ちったぁ俺たちのことを――信用しろよ」
目を見開いた。
信用しろと跡部に言われたのはこれが初めてではない。
だが以前は〝青学の連中を信じろ〟としか言っていなかった。今跡部は、跡部自身を含み周りを信じろと言ったのか。
――――跡部。
足りないピースがようやく埋まったような感覚に襲われる。
自分には、信じるという力が足りなかったように思うのだ。何もかもを一人でやろうとして、すべてを背負って、周りを引っ張っているつもりでその実なにもできていなかったのかもしれない。
いつだか跡部にも言われた。青学の連中のためにやっているのかもしれないが、周りが見えていないと。まったくその通りだ。
――――跡部、お前は、いつも俺を……。
自信に満ちた青の瞳が、包み込んでくれるようだ。手塚は大和に向き直る。
頭の中を、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡った。
テニス部に入部した日、柱になってもらうと言われた日、出場した試合、できた後輩、ランキング戦や地区大会、関東大会。
そこで出逢った無二のライバル。
〝いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる〟
リハビリに励んだ時間と、そのライバルと打ち合った日々。全国大会の試合。
そしてこの選抜合宿。海堂にも、今できうる限りのことを教えた。越前も、これからもっともっと強くなるだろう。
――――そうだ。俺がするべきことは、すべて終わった。
柱としての責務は、充分に果たしたはずだ。
ぞくぞくと、背筋を何かが這い上がってくる。全身の毛穴が開いたような感覚を味わい、ぐっとラケットを握り直す。
「もっと、楽しませてもらってもいいですか――テニスを」
自分が楽しむためのテニスなんて、どれくらいぶりだろう。
跡部とでさえ、〝負けられない〟という意地が先立って、恋心に気づいた後は目に焼き付けることに意識が向いて、心の底から楽しめたことはなかったように思う。
ボールを打つ。返す。また返ってくる。弾き飛ばす。
たったそれだけのことに、心が躍る。
楽しい。そう感じた瞬間、今まで見たことのない高みが見えた気がした。
――――越前、これが……お前の見ていた世界か。
テニスが楽しい。自分のために握るラケットが、こんなに軽いなんて初めて知った。
それを教えてくれたのは、大和と、跡部だ。
自分自身のために、手塚は大和を打ち降した。
「ありがとうございました」
大和と握手を交わして、心からの礼を告げる。
これで二勝一敗だと、手塚は仲間の待つベンチへと向かった。
だが途中、跡部の脚に阻まれた。これ以上は行かせないと仕切り壁についた足は、若干行儀が悪い。手塚はわずかに眉を寄せて、視線を跡部の顔まで上げた。
「――ドイツ、行きたいんだろ? アーン?」
目を瞠った。
どうして。
どうしてこの男は、いつもいつも見透かしたようなことを言うのだろう。
行きたい。
今プロのチームから声をかけてもらっているのだから、この機会を逃したくない。だけど、するべきことがあった。するべきことがあると思っていた。
「行って、とっととプロになっておけ。俺もすぐに追いかける」
心臓を撃ち抜かれたような気分だった。
――――跡部……!
全身が、跡部の言葉に歓喜したのが分かる。
背中を押してくれたばかりか、こともあろうに〝すぐに追いかける〟とは。
それはこの上ない喜びで、唇が震えてしまうのを必死で抑えて、笑ったつもりだった。
「何も言うな手塚。このチームは俺様に任せておけ」
強気な笑みで、跡部は両手を広げて他のメンバーたちを指す。手塚はゆっくりと頷いて、足を踏み出した。
「跡部、礼を言う」
すれ違う時に、小さく呟いた。跡部にしか聞こえないように、本当に小さく、小さく囁いたその言葉は、ちゃんと聞こえただろうか。拳で軽く腰を叩いてくれたところをみるに、無事に届いたのだと口の端が上がった。
――――跡部、お前を信じている。俺は自分に……お前に恥じない俺になろう。
背中を押してくれた跡部に仲間を託して、追いかけてきてもらえるような選手であろう。そう心に決めて、手塚はこの合宿を去ることになった。
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インタビューが載った雑誌が発売された後、跡部景吾の人気がうなぎ登りに上がったと聞いた。もともと人気は高かったが、公式サイトで販売していたグッズに購入希望が殺到してアクセスができないほどになったらしい。
それを知って、思わず一人で笑ってしまったことを思い出す。
あれだけ話題になってしまえば、もしかしたら跡部の想い人とやらにも風の便りが届いているのではないだろうか。
どの程度の間柄なのかは分からないが、それをきっかけに交流が生まれているといいと思えるほどには、手塚の気持ちも落ち着いた。
落ち着いたといっても、想いが薄れたわけではない。むしろよりいっそう深くなって、胸の中に根を張っている。跡部に想う相手がいようともこの気持ちは変わらないと分かって、なぜか安堵することになっただけだ。
『ああ、届いた? テニス部レギュラーで選んだんだけど』
「確かに受け取った。ありがたく使わせてもらおう」
不二たちから、祝いの品が届いたのは、昨日だ。キャンプ用品というか、登山用品なのだが、趣味を覚えていてくれたことが嬉しい。
最近は忙しくて息抜きに登山もできていないが、目的を果たしたら一度どこかの山を制してみようかと思う。
「だが、気遣いは無用だ。優勝したとはいえ、地方の小さな大会だからな」
『それもあるけど、今回は誕生日プレゼントもかねてね。君の優勝祝いなんかいちいちしてたら保たないよ』
なるほどと手塚は目を瞬く。先日、テニスのトーナメントで優勝を果たした。小さいとはいえ優勝カップをもらったから、それの祝いだと思っていたのだが、今日という日に合わせてのものだったようだ。
『誕生日おめでとう、手塚』
「ああ、ありがとう。皆にもよろしく言っておいてくれ」
『分かった。明日ね、久しぶりにタカさんのとこで集まろうって話になっているんだ。桃や海堂もね。ちょっとした同窓会になりそうだ』
君や越前も参加できたら良かったのにと続ける不二に、そうだなと返す。
今まで過ごしてきた時間はどれも大切なものばかりだが、とりわけあの頃はその中でも度合いが大きい。尊敬する人たちにたくさん出逢ったことが大きいのだろう。思い出は美化されると言うが、今でも鮮やかに脳裏によみがえってくる。
過去など振り返らず前だけを見据えたいといつだか口にしたら、過去を振り返るのも強さのうちだなんて言った男がいる。もちろん、跡部だ。彼の方こそ過去など振り向きもしないように思うが、きっと氷帝学園で過ごした日々を大切に感じているのだろう。
『で、手塚はなんでいきなり火がついちゃったの。三つ目だよね、優勝したの』
「別に……大した理由ではない。今までも本気を出していなかったわけではないしな」
不二の言うように、大会で優勝するのはこれが初めてではない。連続して勝ち取ったせいか、不二が火がついたと言うのも仕方がないだろう。
『賞金稼ぎにでもなるつもりかい』
「賞金に興味はないな。次のウィンブルドンにすべてを懸けたいんだ」
だが手塚が見据えているのは、あくまでもウィンブルドンだ。四大大会の一つとされる、英国での競技。次の優勝カップは俺がもらうと、跡部たちに宣戦布告してきたその大会。心と体のコンディションをうまく調整して、ベストな状態で挑みたい。
『ずいぶんと唐突だね。そりゃプレイヤーとして目指すところではあるだろうけど、何かやりたいことでもあるの?』
「…………そうだな。ケリをつける、というか……ひとつの区切りにしたい。テニスを辞めるとかそういったことではないのだが」
『そう…………もちろん、ボクらは応援するよ。できれば現地で観戦したいところだけど。当然、決勝戦をね』
何か気づかれたかもしれない。不二は、手塚の中の跡部への想いを知っている。明確に指摘されたことこそないものの、支えてもらったこともある。
『みんなにも言っておくよ。手塚がついに動き出したってね』
「今まで動いていなかったみたいに言うんじゃない」
『ふふ、じゃあ、頑張ってね手塚。君の活躍を楽しみにしているよ』
「ああ」
通話を打ち切って、壁にかけたカレンダーを振り向く。誕生日だからといって、鍛錬を怠るわけにはいかない。走り込みに行ってこようと、着替えを済ませた。
リビングに戻ってくると、スマートフォンがメッセージの受信を報せている。
『おめでとう』
と短く送ってきてくれたのは、跡部だ。
『ありがとう。次も勝つ』
そう短く返信をすると、『馬鹿、誕生日だろ』と返ってきて、笑ってしまった。四日の彼の誕生日にも、同じようなやりとりをしたのを思い出して。
去年までは近い日付で逢って祝い合っていたが、今年はそれがない。跡部もウィンブルドンに向けて忙しいということだろう。お互いの暗黙の了解で、今年はメッセージのみだ。
それでも、嬉しい。
惚れた相手に誕生日を祝ってもらえるというのは、この上ない幸福だ。
『そちらか、ありがとう』
『これからロードワークか? 気をつけてな』
『お前もだろう。怪我などするなよ』
『分かってる。じゃあまたな』
そんなやりとりをして、手塚は家を出る。
跡部と試合がしたい。プロになって何度かボールを交わしたが、どうしてか公式試合では当たらなかった。組み合わせの妙というヤツだろう。
優勝もしたいが、なにより跡部景吾と思いきり試合がしたい。
あの日のようながむしゃらな気持ちで、もう一度打ち合いたい。余計に手など抜けないなと、足を踏み出した。
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