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情熱のブルー-025-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 入れ替え戦(シャッフルマッチ)とトレーニングをこなして、昼食を挟んでまたトレーニング。 厳しい鍛錬…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-025-

 入れ替え戦(シャッフルマッチ)とトレーニングをこなして、昼食を挟んでまたトレーニング。
 厳しい鍛錬ではあるが、インターバルとして自由時間も与えられており、この時間帯はおのおの好きに過ごしているようだ。
 手塚は財布とスマートフォンを持ち、合宿所を後にする。いつもならば、自由時間にも自主トレに励んではいるのだが、今日は用事ができてしまった。
「あれ、手塚珍しいね。街の方に行くのかい?」
「ああ。少し……欲しいものがあってな」
「ふうん。ボクも一緒に行っていいかな。被写体探しもかねて」
 不二は愛用のカメラを首から提げてそう続ける。詮索されそうで断りたくもあったが、訊ねたいこともある。手塚は「構わない」と返して、二人で歩き出した。
「不二。人がリラックスできる状態というのは、どういうものだろうか」
「うーん……過ごし慣れた空間とか、使い慣れたものがあるとかかな」
 跡部のことを気にかけているのだと分かっているだろうに、不二は詮索してこなかった。からかっているわけではないといつだか言っていたのは本当なのだなと、ホッとする。
 しかし、使い慣れたものの方がいいのかと眉が寄った。
 今からしようとしていることは、跡部にしてみたら余計なことかもしれない。おかしな気を遣われるのは自分だって嫌なのだから、跡部だってそうなのではないか。眠れないとほんの少し愚痴をこぼしただけで、他校の友人でしかない手塚が気を遣うのは、余計にストレスになりはしないだろうか。
「ショッピングモール行くんでしょ、何か良さそうなものがあったらでいいんじゃない? 手のマッサージしてくれるヤツとか、ああそうだ、ホットアイマスクとかね、そういうのもリラックスにつながると思うよ」
「そういうものがあるのか。すまない、礼を言う」
 自分が使わないものだと本当に疎い。テニス関連ならすぐに浮かぶのに、それ以外はさっぱりだ。
 自分がここまで不器用な人間だとは思っていなかった。跡部を好きにならなければ、気づかなかった部分だ。これを機に少しくらい改善できればと、前向きに考える。
 ショッピングモールに到着して、不二に案内を頼み雑貨屋へと向かった。男女比は女性の方が多いが、地元の子らしき同じ年頃の集団もいてホッとする。
 店に入ってすぐ、小さなサボテンが目に入った。
「不二、これ」
「え? あ、入荷したんだ。この前来た時なかったんだよね。よかった、買っていこう」
 不二も楽しそうに店内を見回っていて、なるほど癒やし効果というのは確かにあるのだなと手塚は思った。
 しかし跡部に贈るとなると、何をやればいいのかさっぱり分からない。ふわふわのタオルというのも味気ないし、マグカップなども愛用のものがあるだろう。そもそもリラックスできるものを探しにきたのだから、少し的外れだ。
「これは……」
 手塚はあるコーナーでふと立ち止まる。薔薇のような香りがしたせいだろうか。
 柔らかな香りに胸の辺りがじんわりと暖かくなる。傍のポップにはアロマでリラックスと書いてあった。
 いい香りだなとじっと凝視し、手に取ってみる。どうも焚くと良い香りの煙が出てくるらしいと知り、いろいろな香りがあるのだなと陳列棚を順に見やる。確かにこのコーナーを通るだけで良い香りが鼻を通り、気分も良くなるように思った。
「手塚、アロマはルームメイトに気を遣わなきゃいけないよ。自分だけの部屋ならいいだろうけど」
 決めてしまおうかと思っていた時、店を廻ってきたらしい不二が声をかけてきた。
「そうなのか」
「苦手な香りってのもあるしね。寮ではちょっと難しいんじゃないかな」
「なるほど。では他のものにしておくか」
 助かったと商品を棚に戻し、店を変えてみようとモール内を練り歩くことにする。
 跡部に何がいいか訊いてくれば良かったなとも思うが、あの男が素直に欲しいものを告げてくるとは思えない。そもそも欲しければ自分で手に入れるぜとでも言いそうだ。それはそれで跡部らしくていいが、こんな時は本当に困る。
「彼なら、何でも喜んで受け取ってくれるんじゃないかな。君が選んだものなら余計にさ。跡部って手塚のことすごく意識してるし。……ああ、なんていうかその、そういう意味じゃなくて」
「……プレイヤーとして一目置かれているのは理解している」
「だろうね、あからさまだから。……しんどい? 手塚」
 隣を歩く不二は、純粋に心配してくれているようだ。手塚は数秒だけ不二に視線をやり、そして正面に戻す。
「いや。アイツに対する感情は俺が勝手に抱いたものだ。そう思うくらいなら、とうに止めている」
 つらくないと言ったら嘘になるのだろうが、跡部景吾と同じ世界にいるという事実は、思いのほか手塚を救い上げてくれている。
 道が少しも重ならない世界ならば嘆いたかもしれないが、自覚しているように跡部にとって自分は気にかけるべきプレイヤーでいられている。
 ほんのわずかな時間でも、彼の思考の中にいられればそれでいい。
 その反面、自分のものにしてしまいたいという凶悪な感情もある。
 触れたい欲求を必死で抑えることの方が、しんどいといえばしんどい。そもそも自分の中にこんな欲望があるなんて思わなかったのだ。手塚は、思い起こしてしまったその欲を払うように、ふうーと息を吐いた。
 その時、ふと目になじむ青が横切ったような気がして立ち止まる。
 その青の正体は、瞳だった。ただし、人のものではなく人工的なものではあるのだが。
 陳列棚に、山みたいに積まれた、ふわ、もふ。
 ――――………………跡部に似ている……。
 それは、寝そべった格好のぬいぐるみ。
 白い体に、長いしっぽ。頭には可愛らしい耳がついていて、なんとも撫で甲斐がありそうだ。
 ――――猫、……か? ……猫だな。
 そのぬいぐるみの瞳は、跡部の瞳と同じ色をしている。跡部の瞳の色の方が深くて好みだが、今はそこを議題にするべきではない。
 手塚は棚にそっと歩み寄り、手を伸ばしてみる。
 見た目でも感じていたが、毛並みが良く触り心地が良い。ふわふわとしていて、柔らかすぎず、硬すぎず。
 そっと持ち上げてみると、少し大きいように思うが、圧迫感があるほどでもない。両手に乗るくらいだ。
 たらりと垂れるしっぽや、手……いや足の付け根の感触を確かめる。あまり小動物と戯れたことはないが、可愛らしいなと思った。
「……………………いいんじゃないの、それでも」
「そうか」
 抑揚のない声が耳に入るが、どういう感情からなのかは分からない。止めておけと言われないなら、別にいいのだろうと解釈した。これならベッドに置いても邪魔にならないだろうし、同室者に気を遣う必要もない。
 棚を見てみれば他に犬や熊もあったが、やはり最初に目に入った物の方が印象に深い。直感とでも言うべきだろうか。手塚はその〝猫〟のぬいぐるみを腕に抱き、レジへと向かっていった。
「プレゼント用ですか? ラッピングいたしましょうか」
「いえ、そのままで構いません」
 値段のついたタグだけ取ってもらい、店の袋に入れてもらう。自分用だと思われただろうかと視線を泳がせたが、ラッピングなど仰々しいことをされても困る。跡部が驚いてしまうだろう。
 さらに、「そんなガラじゃねえだろ」と笑われそうだ。いや、誰かにこんなものを贈るということ自体がガラではないのだが、これで少しでも落ち着けるといい。
「手塚って時々やることが突拍子もないね」
 店の外で不二が楽しそうな顔をして待っていた。否定はできないが、肯定もしたくない。その後本屋に寄り、モールを出ようとしたところで「相談に乗ってあげたんだから」とリンゴジュースを奢らされた。ついてきただけだろうがとは言ったが、アドバイスをしてくれたのは事実だ。なんだかんだで感謝はしている。「美味しい」と言いながらジュースをすする男も、なかなかどうしてしたたかなものだと思った。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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「手塚、それ美味しそうだね。まだあるかな」 朝食中、相席した不二が声をかけてくる。「俺が見た時はまだ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-024-


「手塚、それ美味しそうだね。まだあるかな」
 朝食中、相席した不二が声をかけてくる。
「俺が見た時はまだたくさんあったが」
「そう、見てこよう。バイキング形式っていいよね。あ、英二おはよう」
「おっはよーん二人とも!」
 不二が腰を上げたのと同時に、菊丸が姿を見せる。同じ学校同士でテーブルを囲んでしまうのは、癖のようなものだろう。食堂を見渡せば、周りも同じようなものだった。
 そして手塚は、ある一点で視線を止めた。
 ――――……跡部……?
 当然ながら想い人である跡部なのだが、少し元気がないように見える。眉間にしわが寄っているし、体調でも悪いのかと心配になった。
「手塚、どうかした?」
「あ、いや、…………跡部の様子が少しおかしいような気がして」
 不自然に視線を動かさない手塚に気がついて、菊丸がバターロールを頬張りながら訊ねてくる。その言葉につられて菊丸も跡部の座るテーブルに視線を移したが、どうも分からないようだった。
「英二、どうしたの首なんか傾げて」
「うんにゃ~、手塚がさあ、跡部の様子がおかしいって言うから。俺全然わっかんない」
「へえ?」
 追加で食べ物を持ってきた不二も跡部へと視線をやる。同じ氷帝学園の忍足と席を共にしていて、こういう時同じテーブルで食事をするには、後どれくらい親しければいいのかと思うのと同時に、そんな至近距離では落ち着かないなとも思う。
「……眠そうだなって思うけど、気にする程でもないんじゃないかな」
「朝が弱いのかな~、意外だよね」
「そう、……だろうか……。しかし、氷帝のメンバーも半分になってしまったのだから、気分が沈んでいるのかもしれない」
 先日、メンタルの強化ということで同士討ちが繰り広げられた。ペアを組まされたためダブルスでの試合かと思われたが、そのペア同士でシングルスを行い、負けた者は合宿から退去させられている。
 青学からも、脱落者が出ていた。その点では、菊丸もダメージを負っているだろう。せっかくまた一緒にテニスが続けられると思っていたのに、大石と対戦して、勝利してここにいる。つまり大石は〝負け組〟だ。
 やはりしょんぼりとしている菊丸同様、跡部も目をかけていた者たちが強制退去となったことで気分が優れないのかもしれない。
「……」
 跡部がそんなことで立ち止まるような男だとは思っていないが、心配は心配だ。どうしても箸が止まってしまう。
「そんなに気になるなら、声かければいいじゃない、手塚」
 不二はそう言うが、こんな時なんと声をかければいいのか分からない。テニスしかしてこなかったせいか、他人とのつきあい方は不器用そのものだった。
 手塚は跡部の方を気にしながらも食事を終える。
 その頃には菊丸も不二も朝食を平らげていて、さあ自主練に行こうとトレーを整理し始めていた。
 手塚もそれに続き、ごちそうさまでしたと胸の前で手を合わせて腰を上げた。
 このまま返却口へと思ったが、不二はスタスタと跡部がいるテーブルの方へと向かっている。菊丸もそれに続いていた。
 ――――あ。
 遠回りではないかと返却口を振り向くが、彼はすでに声をかけている。止める暇もないし止めるにしても不自然だった。手塚はそわそわとした落ち着かない気分で不二たちを追いかける。
「跡部なあ、ベッドが硬い言うて寝られへんらしいで」
 呆れた様子で忍足が肩を竦めるのが見える。なるほどそれで寝不足なのかと納得した。深刻な状況ではないようで安心したけれど、寝不足は寝不足で心配ではある。
「跡べー、もしかしていつもは天蓋付きのおっきいベッドとかで寝てんのー? 贅沢じゃーん」
「いや、今は天蓋ついてねえが、俺様のベッドはキングサイズだぜ」
 今はというなら昔はついていたのかということや、キングサイズとはさすがだななどと、跡部景吾のベッド事情に聞き耳を立ててしまう。
 別にいかがわしい想像をしたわけでもないのに後ろめたくて、人知れず息を飲み込んだ。
「ああ……それならここのは狭いだろうね。二段ベッドだし。どうしようもないけれど」
「枕だけでもいつも使ってるヤツ送ってもらうとか? リラックス度が違うかもよ」
「枕か……枕ね。ありがとよ、少し考えてみるぜ」
 確かに、寮に備え付けのものよりは自分がいつも使っているものの方が落ち着くだろう。菊丸に素直に礼を言う跡部に、胸が鳴った。
 こんな些細なことで胸をときめかせておいて、隠し通せるのか。いや、隠し通してみせると手塚は小さく息を吐いた。
「跡部、入れ替え戦シヤツフルマツチは問題ないのか?」
 意を決して何でもないように声をかけてみる。跡部からは、いつもの「アーン?」と口癖のような煽りが返ってきた。
「この程度で俺様の前進は阻めねーぜ」
「そうか」
 それだけ言って、手塚は踵を返す。強気な笑みが見られただけでいい。弱みなど見せてくれないだろうし、それならば突き進む彼を傍で見ているだけだと、返却口へ向かった。不二と菊丸が、それを追ってくる。
「手塚ー、心配してたって言ってあげたらいいじゃん」
「本当だよね英二。せっかく気を利かせてあげたのに」
「……いらぬ世話だ、不二」
 本当かなあなどと返ってくるが、手塚はそれ以上問答をする気はない。
 不二に恋情を気づかれているのは分かるが、手を貸してほしいとは思っていない。何も知らない菊丸もいるのだから、本当に余計な世話だと眉が寄った。菊丸自身は何も気づかないようで、頭の後ろで手を組んでいる。
「でも、跡べーの気持ちも分かるなぁ~。いつもの部屋と違うし、おなじみのメンツってわけでもないし、……相棒いないし」
 眠れないよと、寂しそうに呟く菊丸の肩をぽんぽんと叩き、元気を出してと囁く不二。手塚も、今の部屋が落ちつくわけではないが、眠れないというほどではない。跡部が言うように神経が太いのか、他の連中が細いのか。
「大五郎持ってくれば良かったな」
「ああ、熊のぬいぐるみだっけ? ボクはサボテン持ってきたけど、何かリラックスできるものがあると違うよね」
「そうそう、一種のアニマルセラピー?」
「ぬいぐるみでもそう言うのかな……」
「じゃあぬいセラピーで」
「もうなんだか分からないね」
 笑いながら、不二たちは手塚を追い越していく。入れ替え戦シヤツフルマツチで気持ちが逸るのだろう。手塚は、なるほどと歩みを緩めた。
 リラックスできるようなものが跡部にもあればいいのだが……と食堂を振り向く。眉間にしわの寄った跡部の顔が思い浮かんで、家から何か送ってもらうより何か贈ってやった方が早いなと、他意なく思う。
 そうして再び正面に向き直ってから、顔の熱が上がったのを自覚した。
 跡部に何かやりたいと思ったのかと。
 眠れないのは問題だし、山奥とはいえ歩けば商店街やショッピングモールもあるのだし、送ってもらう時間を考えたらここで買った方が早いというだけだと、自分自身に言い訳をする。
 跡部家ならヘリでもなんでも使って最速で届けてくれるのだろうということは、意図的に考えないようにして。
 歩きながら、おかしなことではないだろうかと思う。跡部が悩んでいるなら力になりたいと思うのは、恋情を抜いても大切な友人なのだから普通の感覚だろう。誰かそうだと言ってほしい。
 恋にうつつを抜かしていたくないのに、跡部が傍にいすぎて感覚がおかしくなってくる。
 このままずっと共にいられたらなんて、できそうにないことさえ考える。
 まったく馬鹿馬鹿しいと軽く首を振って雑念を払い、自主練に向かおうといつものように足を踏み出した。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 U-17選抜合宿ということで、青学のレギュラー陣が招聘された。 手塚は正直、迷った。 行くべきか、…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-023-

 U-17選抜合宿ということで、青学のレギュラー陣が招聘された。
 手塚は正直、迷った。
 行くべきか、それとももう一つの道を選ぶべきか。迷って、悩んで、結局選抜合宿に参加することになった。
 その理由に、氷帝学園も――跡部も一緒だということも関係していただろう。
 しかしよくよく考えてみれば問題ではないのか。朝から晩まで跡部と一緒の生活というのは、非常にまずい気がした。
 うっかり恋情に気づかれてしまったらどうしたらいいのかなどと、テニスに関係ないところで悩む。
 そういう自分がらしくなくて、苦虫を噛みつぶしたような顔をしたら、不二に指摘をされた。
「素直に喜べばいいのに」
「俺にそんなことができると思うか」
「いや思わないけれど」
 ならば言うなと軽く睨みつけて、合宿所の門を通り過ぎる。
 途中で高校生に絡まれて空き缶倒しなどやらされたが、バスで乗り付けた氷帝メンバーもやらされたのだろうかと思うと、おかしさがこみ上げてくる。
 手塚はもちろん一球ですべての缶を倒したわけだが、こういった試練がこの先もたくさんあるのだろう。気を引き締めていかねばと施設の方へと向かった。
 メンバーのふるい落としがあった後、合宿所の設備などを案内されて、素直に感心した。最新設備がそろっているのはありがたい。
「すごい設備だな。今日は合宿所の案内や説明だけで終わってしまいそうだ」
「そうだな。だが明日からはみっちりスケジュール組まれているんだろうぜ。一分一秒、無駄にはできねえ。さっき聞いた入れ替え戦シヤツフルマツチ、氷帝以上に実力主義ってことだ」
 隣を歩く跡部に独り言のようにも話しかけてみると、ちゃんと返ってくる。
「仮にテメェと当たっても全力で叩きのめさせてもらうぜ、手塚」
 挑発的に口の端を上げる跡部に、こちらとて同じだと返してやる。どこまでいっても挑み続ける相手であるというこの認識が、手塚には心地いい。恋情を抜いても、跡部景吾とはテニスでつながっていたい。
 自然に会話ができているといいのだがとちらりと見やりつつ、思う。
 なぜこの男は当然のように隣を歩いているのだろうか。
 氷帝のレギュラーメンバーもいるのに、引率などはいいのかと振り返るが、皆親しい者同士でいたり他校の者と言葉を交わしたりしているようだ。それならばいいかと手塚は大石を見やり、問題はなさそうでホッとした。
 正直、最新の設備や練習の進め方について跡部と話すのは楽しいのだ。使い方が分からないものがあっても、跡部が知っている。
「筋トレのマシンが充実しているのは、それぞれの体に合ったトレーニングをということだろうか」
「数は氷帝の方が多いが……あのラットプルダウン、いいな。脚の筋力は強化させてんだけど、背中の方がどうしても弱くなっちまう」
「ああ、青学も全体的に強化できるといい」
 それぞれが自校で行ってきたメニューを振り返りながら、今後どのように生かしていくか意見を交わせるというのは幸福だった。
 部屋割りが発表された時は、安堵八割残念さ二割だった。万が一にでも跡部と一緒だったらどうしようかと思っていたが、分かれて良かった。惚れた相手と同室など、眠れるわけがない。
 寝顔は見てみたいという気持ちはあるものの、劣情を抑えなければいけないという難題の前には負けてしまう。
 食事を経て、自由時間になった。何をしてもいいというのだから、やはりテニスしかないだろうと、手塚はラケット片手にコートへと向かう。
 雑念を振り払うにも、鍛錬のためにも、思いきり球を打ってこようと思った――のに。
 なぜそこに跡部がいるのか。
 彼もこの合宿に来て高揚感を抑えられないのか、すでにコートにいくつかのボールが転がっていた。雑念を払いたいのに、跡部がいては集中できない。いや、ここで集中してこそ己の鍛錬になるというものかと、手塚はラケットを握り直して跡部に声をかけた。
「熱心だな」
 跡部の肩がわずかに揺れて、ため息とともにラケットが下ろされる。きっと一人で静かに練習したかったのだろう。邪魔をしてしまったなと思うものの、ここは跡部の持ち物ではないのだから、手塚がいつ練習をしようと咎められる謂れはない。
「お前も自主トレか、手塚」
「ああ。やはりボールを打つのがいちばん落ち着くのでな」
「ハ、だろうな。悪いがラリーはできねえぜ。こっちに集中したい」
「構わない。隣のコートを使わせてもらうぞ」
 そう言ったきり、互いの間に会話は成されない。ただカゴにいっぱいのボールをサーブして、自分の神経を研ぎ澄まし技を練るのみだ。
 テニスに恋情など挟みたくないと思うのは本音なのに、どうしても跡部の動向が気にかかる。だから不思議に思った。いつもより球速が落ちているのと、キレがないように見える。
「何かあったのか?」
 サーブを打ち終えて、手塚はじっと跡部の背中を見ながら訊ねかけた。怪訝そうな顔をして振り返る跡部に、眉を寄せる。
「いつも自信たっぷりに打っているだろう。その覇気がなかったように思う」
「人の練習盗み見てんじゃねーよ」
「隣なんだ、嫌でも見えるだろう」
「……別に、大したことじゃねーよ。集中できてなかっただけだ」
 珍しいなと手塚は思った。跡部でも、集中できないことがあるのかと。打ち合っている時はいつも痛い程の視線と闘争心を向けてくるのに、何があったのだろう。
「…………何か悩みがあるなら、聞くが」
 跡部も人間だ、悩むことくらいあるだろう。自分のプレイスタイルのことか、氷帝の今後のことか、それとももっと別のことか。
 もし深刻な悩みでテニスに集中できないというのなら、力になってやりたい。
「解決してやるとは言えないが、少しでも軽くなのなら」
 そう思ってまっすぐに跡部を見つめたのに、彼はぽかんとするばかりだった。
 ややあって、項垂れて額を押さえる。その肩は震えているようで、手塚は眉を寄せる。
「っふ、はは、ククククッ……」
「……跡部」
 真剣に心配しているのに、笑うなんて。らしくないというのは自覚しているが、好きな相手の悩みを聞いてやりたいと思うのは、おかしな感情ではないだろう。
「いや悪い、だってよ、まさかなあ、お前がよ」
 跡部はまだ肩を震わせている。言わなければ良かっただろうかと口を尖らせるが、跡部が顔を上げて笑ってくれた。
「ありがとよ、手塚。その気持ちだけで充分だぜ」
「跡部」
 どうしてそんなふうに諦めたような笑みを見せるのだろう。胸が痛む。できることならこのまま腕の中に引き寄せてしまいたい。そんなふうに考えているとは欠片も思わないのだろうなと、気づかれないように拳を握った。
「テメェを煩わせるほどのもんじゃねーんだよ。テニスしか頭にねえ手塚国光に気にかけてもらえるなんて、俺は贅沢者じゃねーの」
 手塚の眉間のしわがさらに深くなる。テニスしか頭にないというのはほぼ間違っていないが、正解でもない。事実今、跡部景吾のことで頭がいっぱいだ。
「なぜ俺がお前を気にかけていないなどと思うんだ? お前は普段あれだけしたたかなのに、どうして俺のことになるとそうなのか分からない」
「なっ……」
 跡部の頬が上気したように見える。図星を指されたからなのか、自覚していなかったからなのか。手塚にはひとつ懸念があった。跡部が手塚に対して線を引いているように感じるその理由。
「まだ俺の肩のことを気にしているんじゃないだろうな」
「……それは」
 跡部はそれ以上言葉にしなかったが、肯定でしかない。
 この肩のせいで跡部と対等な存在として認識してもらえないというのなら、あんな試合しなければ良かったなんて少しだけ思った。
 それでも、肩のことがあったからこそ跡部と全力の試合ができたし、唯一の人として認識できたのだから、どちらが重要かと言えば答えは分かりきっている。
 この恋が叶わないことは分かっているのだから、せめて対等な存在として認識されたい。遠慮の残るような関係ではいたくないのに、これ以上何をどうしたらいいのか。
 跡部に対してこんなに気を揉むようになるなんて、と手塚は眉を寄せる。
 思えばあれから二か月ほどしか経っていなくて驚いた。
 もっとずっと長い間、跡部景吾という男に焦がれていた気がする。それほど急速に、確実に、恋情が体を、脳を支配する。
 それを表に出してはいけないと、手塚はわずかに唇を噛んで、そして告げた。
「お前とは常に競い合い、己を……互いを高めていけると思っていた。お前もそう思っていると感じていたのは、俺だけだろうか」
 卑怯な言い方だと思う。こういうところが傲慢だと言われる所以なのだろうが、それならばもっと傲慢なことを思って構わないだろうかと、手塚はじっと跡部を見つめる。
 対等でありたい。
 恋情があっても、なくても、この気持ちは本当だ。
 だが、跡部と同じ位置にまで降りる気はない。お前がここまで上がってこいと、その視線に強く詰め込んだ。
 視線を下に向ける跡部にどれだけ伝わっているかは分からない。彼は小さく首を振った。
「負い目に感じるのは、テメーに無礼ってことか。努力はしてやる」
「ああ、助かる。お前とは、良い友人でいたいからな」
 少しばかりの沈黙の後に、分かってると返ってくる。まだ完全に溶かしきれたわけではないようで、胸が痛んだ。
 ――――友人でいたいなどと、……嘘をつくのも慣れてきたな。
 いや、嘘ではないのだが、手塚がなりたいのは友人ではない。跡部にとって唯一無二のものになりたい。そこに恋が加われば言うことはないが、なんて絶望的な想いだろうかと苦笑する。
 跡部が隣でグリップを握り直すのを見て、目を瞬いた。
「まだやるのか?」
「ああ、足りねえよ」
 拾い終わった最後のボールをひょいと奪われて、不敵に笑われた。不覚にも頬が熱くなって、油断していたなと己を叱咤した。
「そうか、俺もだ」
 手塚もラケットを握り直せば、跡部は肩を竦める。
 以前よりはずっと気安くなったようにも感じられてホッとした。こうして傍にいるのだから、ゆっくりと対等な位置にまで昇ってきてくれればいい。
 急ぐことはない。そう思いかけて、留まった。
 いつまで傍にいられるだろうか。そんなに時間はないはずだ。
 本来なら色恋にうつつを抜かしている場合ではない。手塚はグリップを握った左手をじっと眺め下ろした。
「……そういえば跡部、一度訊きたかったんだが」
「なんだよ?」
「俺はお前に、プロになることを一度でも話していただろうか? 決勝戦の前、お前はなんの疑問も持たずに俺にプロになるんだろうと言っていたが」
 あの日、腕の負担になるなら止めろと、本気で怒った跡部を思い起こす。
〝プロになるんじゃねえのかよ!?〟と言われ、もちろんそのつもりだった手塚は肯定しかけたが、試合も諦めたくなくて、それにはなにも答えていなかった。
 どうして跡部はあの時、あんなことを言ったのだろうか。プロのチームから声がかかっていることを、跡部に言った覚えはない。
「そんなの、見てりゃ分かるぜ」
 フンと眉を上げて笑う跡部に、目を瞠った。
 見ていれば分かる――なんという信頼の強さなのか。言葉にせずとも分かるほど、見てくれているのかと、胸が熱くなった。
 ――――ここで何をしているんだ、俺は。跡部の傍にいるためにテニスを続けてきたわけではない。
 声がかかっているのに、なぜすぐ行動を起こさないのか。跡部ともう少し関わっていたいと思うのが恋情からくるものならば、なんて愚かなことをしているのかと思う。なんの疑問も抱かずに信頼を向けてくれる跡部に対して、不誠実なのではないか。
 プロになりたい。その思いは本当だ。
 だけど、今跡部との繋がりを断ち切りたくないと思うのも真実だ。
 跡部景吾という男に出逢わなければ、何の迷いもなく突き進んでいただろうに、悔しさが押し寄せてくる。
 それと同時に、鋭いサーブを放つ跡部への恋情が押し寄せてくる。
 どちらを取るべきかは分かっているのに、迷いが断ち切れない。
 選抜に残ることで、せめてその愚かさを払拭できればいいとボールを高く上げてサーブを打った。


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 今までの経験を元に、腕が治るまでは大人しく走り込みだけにしておいたおかげか、思っていたよりも早く痛…

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情熱のブルー-022-


 今までの経験を元に、腕が治るまでは大人しく走り込みだけにしておいたおかげか、思っていたよりも早く痛みと腫れが引いた。医者にも行ったし、とくに尾を引くものではないようでホッとする。
 その日の夜、手塚は跡部に電話をした。メッセージでも良かったのだが、恋情は声を聞きたがる。腕の状態を告げると、向こう側からもホッとしたような吐息が聞こえた。
『じゃあ、明日空いてればどうだ。なんだか久しぶりな気がするぜ』
 約束のテニスだ。実際は最後に球を交わしてからそんなに日は空いていない。だがそれまで連日打ち合っていたことを思うと、久しぶりと言ってもいいのかもしれない。
「いいのか、跡部。お前も忙しいだろう」
『いや、構わねえよ。だが……お前こそ本当に大丈夫なんだろうな? 腕……あの時ひでぇ色してたが』
「問題ない」
『……てめぇの問題ないって言葉ほど信用ならねえもんはねえなあ?』
 苦笑が聞こえる。そこに信頼を置いてもらえないのは仕方がないような気がした。
『テメェは本当にテニスが好きだな』
 腕が治ってすぐにテニスがしたいだなんて、と続けられる。それは否定する気もない。しかし、間違ってはいないが百パーセント正解かというとそうでもない。
 テニスは好きだ。ただ、跡部とするテニスはそれと別のところで楽しくて、嬉しくて、幸福に感じている。跡部に出逢わなければ、腕が治っても一人でただ鍛錬するだけだっただろう。
「ああ、好きだ。それはお前も同じではないのか」
 どうか同じであってほしい。恋情でなくていいから、楽しいと思っていてほしい。
『……そうだな、俺様も同じだぜ』
 ゆっくりとした優しい声が返ってくる。ドキ、と胸が鳴った。
 たまにこうしてひどく優しげな声音になるのはどうしてだろう。そのたびにまた想いが大きくなるのを抑えられなくて、こちらは大変な思いをしているというのに。
「跡部、明日」
『ああ、分かってる。テニスしようぜ、手塚』
「楽しみにしている。……おやすみ」
 向こうからもおやすみと返ってきて、通話を切った。
 不自然ではなかっただろうか。おやすみとただその一言を言うだけでこんなにドキドキするなんておかしい。いや恋とはこういうものなのか。手塚は口許を押さえながら、細く息を吐き出した。
 耳元であんなに優しい声を聞いてしまっては、たまらない。ドクンドクンと大袈裟な音を立てる心臓を押さえ、息を飲み込むのに、少しも効果はなかった。
「…………っくそ、駄目だ……!」
 駄目だと分かっている。こんな不埒な感情は断ち切らないといけないのに、たった今聞いた吐息のような跡部の声に、欲望は治まってくれない。小さく呻きながら広くはない部屋を歩き回り、どうにか散らそうと試みてみたが、やはり無駄だった。
 ややあって手塚は諦め、ベッドに腰をかけて壁にもたれた。
 パジャマと下着のゴムを指先で押し上げ、手を忍ばせる。後ろめたさでどうにかなりそうだが、この欲を解放しないと眠れそうにない。脚を広げて自身を握り込み、ゆるゆると扱き上げる。
「……っ、う」
 頭の中に、跡部が浮かんでくるのはどうしようもない。自慰の最中に好きな相手を思い浮かべるというのは普通のはずだと言い訳をして、手塚は快楽を追った。
 涙で跡部の瞳が濡れる。額に汗が浮かび、金の髪が張り付く。
 頭の中の跡部は、実に手塚に都合良く乱れてくれた。気持ちよさそうにのけぞり、腰を揺らし、あられもない声を上げる。時には大胆に誘ってきたりして、こちらの方こそ食われているような感覚に陥った。
「跡部、跡部……っ」
 体液で濡れる雄を強く扱き、先端を擦る。びくりと腰が揺れて、膝が躍る。にちゅにちゅと響く淫猥な音と、自分の荒れた吐息と、頭の中の跡部の喘ぎが重奏になっていく。
 こんなことは駄目だと思うのに、どうしても止まらない。
「ふっ、う、ぅ……んぅ、あ」
 跡部に触れたい。跡部を抱いてみたい。
 その中をかき回して、自分の形を覚えさせて、散々に喘がせ、この欲を注ぎ込んでやりたい。
「あとべ……ッ」
 そんな凶暴な欲を、跡部にぶつけられるわけがない。
「あ、……っん、う……うぅ……ッは、ぁ」
 明日も逢えるのに、こんなことしたくないとふるふる首を振る。いや、明日逢えるからこそ、今欲を解放しておかないといけないのか。間違っても手など出したりしないように、一人で戦うべきなのだ。
 は、は、と荒い息を繰り返しながら身勝手な欲望を追い、やがて解き放つ。手のひらを汚す白濁とした体液が、跡部への裏切りのように思えて仕方がない。
「跡部…………すまない……」
 息が整うにつれて罪悪感と不甲斐なさに打ちのめされて、手塚は項垂れる。もっと傲慢になれれば、こんな時も気にしないで生きていけるのだろうかと唇を引き結んだ。それでも、傲慢だと言った跡部を連想してしまうことには変わりがないのだろうなと思う。
「本当に厄介な相手に惚れたものだな……」
 この恋はもう止まらない。叶わなくとも、なくなってしまうことはない。自分の世界に跡部景吾がいるということに慣れてしまった方が早いなと深呼吸をした。
〝お前は本当にテニスが好きだな〟
 呆れたような、嬉しそうな声が脳裏によみがえる。手塚は目蓋を落とし、そして持ち上げる。
「ああ、好きだ跡部。テニスも、……お前も」
 せめて誠実であろうと、何も否定しない。いつかこの気持ちが薄れる日まで、隠し通してやろうと改めて決意する。この胸についた火が消えてしまうことなんて、恐らくないのだろうと分かっていてもだ。
 手塚のたった一人の戦いは、激しく、密やかに、これからもまだ続いていくことだろう。対戦相手が跡部景吾であることを誇らしげに思いながら。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 全国大会決勝戦。待ちに待った決戦の日だというのに、トラブルが発生した。試合に出場するはずの越前リョ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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 全国大会決勝戦。待ちに待った決戦の日だというのに、トラブルが発生した。試合に出場するはずの越前リョーマがいないのだ。選手登録はどうにか誤魔化したが、試合となるとそうもいかない。
 ――――何をやっているんだ、越前。
 聞いたところによると、軽井沢で何が事故があったらしい。こちらに戻ってくる手段がないのか。ここまできて不戦敗だなんてとんでもない。メンバーがおろおろとする中、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。
「事情は把握したぜ。ついてこい、桃城」
 それは、跡部景吾の手。何としてでも越前を連れて来てやると言い放つその声は、とても心強い。きっとヘリか何かで軽井沢に向かってくれるのだろう。試合を控えている手塚はどうしても離れられない。跡部の提案は、本当にありがたかった。決勝戦で不戦敗なんて無様な真似をするなという気持ちなのだろうか。氷帝を打ち負かして決勝まで来たのだから、確かにそんな真似はできない。それに、言葉にはしないが跡部自身が越前を気に入っているせいもあるはずだ。
 手塚が跡部を見やると、じっと力強く見つめてくる。それにこくりと頷いて、越前は跡部に任せることにした。
 彼なら必ず連れて帰ってきてくれるはずだ。根拠のない自信は、跡部景吾に対する評価の現れだろうか。
 かくして手塚は時間稼ぎのためにも試合に挑み、真田と長いゲームをすることになった。腕を――犠牲にして。
 使うなと言われていた。跡部が怒るのは目に見えていた。
 だけどここで終わらせたらいけない。当然、勝って全国制覇を成し遂げたいという気持ちが大部分だったが、跡部が越前を連れ帰ってくるまで持ちこたえたい――そんな思いもあったと思う。
 ――――跡部、俺は死なない。
 トスを上げる。青い空が目に入って、今ヘリで空を飛んでいるだろう跡部を思う。跡部のことを信じている。だから彼にも信じてほしいと願いながら、ボールをコートにたたきつけた。
 強引で傲慢なプレイだ。そう言われたことを思い出して、少しおかしくなってしまった。
 確かにそうだなと、真田からの返球を弾き飛ばしてアウトボールにして思う。
 ――――戻って来い、越前。お前が言ったんだ、できるということだろうと。
 少年の煽るような言葉に触発されて、新しい技を編み出したのだ。教えてやりたい。そしてまた、彼にも強くなってほしいと思う。次代の青学を背負う者として。
 肘の色が変わる。自分でも気味が悪い程だが、ここでやめるわけにはいかなかった。ベンチから「無茶だ」だの「もう止めろ」だの聞こえてくるが、聞こえているうちはまだ集中できていないということだなと、手塚はさらに意識を高めた。
 打つ。返される。はじき飛ばす。限界ではないのかと誰もが思ったことだろう。
 もうラケットを上手く握れないというところで、ネット上を転がったボールは、……手塚のコートに落ちた。
 負けてしまったなと残念には思うし、満足はしていないが、できるだけのことはした。これからまた研鑽をつまねばと、対戦相手だった真田と握手を交わした。「貴様とはもう二度と試合したくない」などと言われてしまって、やはり誰もが跡部とは違うのだなと心の中で笑う。
 ベンチに戻れば、跡部の姿が見えてほっとした。無事に連れ帰ってくれたらしい。――が、跡部の視線はやはり怒っていた。
「…………使うなっつったよなぁ、手塚ァ」
「了承した覚えはない」
「本気で怒ってんだよこっちはよ」
 観客席から手を伸ばし、ぐいと衿を引き掴まれる。至近距離で視線が重なって、この期に及んで高鳴る心臓に嫌気がさした。
「……どんな具合だ?」
 十数秒ほど、どちらも譲らないと視線を重ね合わせた後、先に口を開いたのは跡部の方だった。怒気の失せた声は怒気以上に心配そうな音色になっていて、ここで初めて悔やむ。怒らせたことより、心配をさせたことの方が胸が痛んだ。
「見た目ほどひどくはない。酷使したせいだろう」
「フン、その痛み忘れんなよ手塚。テメェの未熟さの証しだぜ」
「ああ、肝に銘じよう。跡部、それで、越前は」
 手塚が越前の名を出すと、跡部が一つ目を瞬いて眉を寄せる。その仕草に、嫌な予感がした。まさか、見つからなかったわけではないだろうと。
「連れて帰ってはきたぜ。……ちょっとマズイことにはなってるが」
「まずいこと? まさか、怪我でもしているのか」
「記憶がねえ」
 手塚は目を瞠った。記憶がないというのはいったいどういうことなのか。慌て、越前は今どこに? と視線で訊ねかけると、ぐっと強く腕を握られた。
「なにも覚えてねえみてえなんだ。テニスのことも、お前らのことも。気味が悪いくらい殊勝でな。……ああ、だが心配すんな手塚。あの生意気なルーキーが、そうそう簡単にテニスを忘れられるわけがねえ。試合見てりゃそのうち思い出すだろ。テメェは部長らしくどっしりと構えてな」
 トン、と胸を叩かれる。跡部の強気な笑みは心強いが、どうしたらいいのだろう。テニスのことまで忘れてしまっているなんて。
 視線を動かせば、焦りと不安に満ちた越前の傍に居る桃城が目に入った。
「手塚。……分かるだろ、お前はうろたえんじゃねえ。部長オマエの不安は、そのままヤツら焦りに拍車をかける」
 腕を引かれ、耳元でそっと囁きかけられる。それは言われなくとも理解していたつもりだが、改めて指摘されて身の引き締まる思いだ。
「……そうだな。跡部、礼を言うぞ。連れ帰ってくれて、助かった」
 今はともかく、越前を連れてきてくれた跡部に感謝をしたい。礼を言われるとは思っていなかったのか、跡部は目をぱちぱちと瞬いて顔を覆った。
「俺様にかかれば、こんなの朝飯前だぜ」
「こういう時はお前が財閥の御曹司なのだと実感するな」
「おい普段は」
「俺にとって跡部景吾は跡部景吾でしかないが」
 財閥の御曹司という意識はない。ただテニスに懸ける熱量が同等の友人であり、――想い人だ。
 本当のことを言ったつもりだが、跡部はどうしてか顔を覆ったまま項垂れてしまった。何か気に障ることでも言ってしまったかと思うが、告げた音は戻ってこない。怒られない限りは構わないだろうと思うことにした。
「テメェはちょっと……マジで発言に気をつけやがれ……」
 呆れたのか、脱力したような跡部の声が聞こえる。それには何も返さずに、越前が記憶を取り戻すのを待った。


 越前が、仲間やこれまで戦ってきたライバルたちとのテニスで、無事に記憶を取り戻しコートに戻ってきた。不動峰や山吹、聖ルドルフなど、各校の選手たちが自発的に協力してくれたのだ。ありがたいことである。
 その中には、真田や――跡部もいた。やはり跡部は越前を気に入っているのだなと、複雑な気持ちになったのが情けない。それとこれとは、話が別だ。跡部にも失礼だろうと、どうにか己を戒める。
 そうして越前は神の子と謳われる幸村精市に勝利を収め、青学の優勝が決まった。
 日本一だという動かしようのない事実に胸が躍る。そんなふうに笑うことがあるんだ、と不二に指摘をされ、緩んだ気持ちを引き締めた。
 だが、嬉しい。心の底からだ。諦めないでいてよかった。もちろん自分一人の功績ではないし、チームのメンバーに本当に恵まれた結果だ。
「よう手塚。全国制覇くらいで浮かれてんじゃねーぞ」
「浮かれてなどいない」
 表彰式が終わって解散というところで、跡部に声をかけられる。正直に言うと浮かれてはいたが、他人に指摘をされるのは面白くないのだ。しかも、全国制覇を逃してしまった好きな相手には。
「医者、ちゃんといけよ」
「ああ、分かっている。お前に怒られるのはごめんだ」
「腕が良くなったら連絡しろ。テニス、すんだろ?」
「……ん?」
 手塚は目を見開いた。跡部の方から誘ってくれるとは思わなかった。そもそもあの日の約束を覚えていてくれたなんて。手塚自身は負けてしまったが、条件通り青学は勝利した。また跡部とテニスができるのだ。
「なんだよ、忘れてると思ったか?」
「……いや、まあ……そうだな。それに、今回の試合のことでお前を怒らせ、心配をかけてしまった。誘ってもらえるとは思っていなかったんだ」
「心配させたの悪いと思ってんなら、テニスで返しな。テメェはどうあっても言うこと聞きやしねえってのが分かったぜ」
 仕方のないヤツだなんて呆れながらも笑う跡部に、なんと返せばいいのか分からない。極力無茶をしないようにはしようと思うくらいだ。それでも極力、だが。
「ただな、覚えておけよ手塚。俺はどのプレイヤーよりもお前を気にかけてる。一時の感情だけで死ぬんじゃねーぞ」
 息が止まるかと思った。死ぬんじゃないぞと言った彼にこそ殺されるところだったが、硬直した体をどうにか溶かして、「またな」と踵を返す跡部の背中を見送った。
 項垂れて、額を押さえる。
 ――――あ、の……男は……!
 彼は発言に気をつけろとは言うが、こちらの台詞だ。誰よりも気にかけているなんて言われたら、嬉しいに決まっている。してはいけない期待までしてしまう。
 手塚は軽く首を振って雑念を飛ばし、青学メンバーの元へ足を向けた。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 返ってきた重い打球を、ガットの上でそれとは分からないように転がし打ち返す。思った通りの回転はかかっ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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 返ってきた重い打球を、ガットの上でそれとは分からないように転がし打ち返す。思った通りの回転はかかったが、それでも足りないようで、跡部が普通に返してくる。
 それでもわずかに眉が寄ったように見えたのだから、いつもと違うとは感じているかもしれない。手塚はさらに回転をかけ、どのタイミングと量が正しいのかを模索した。
「オラ、本気で来いよ! 手塚ァ!」
 今日も活きの良い声が聞けて嬉しいなどと思いながら、ラケットを振るう。
 氷帝が為しえなかった全国制覇のことは、やはりさほど気に留めてはいないらしい。いつまでも引きずるような男ではないということか。
 どことなく跡部が嬉しそうにしているように感じられて、胸が締めつけられた。自分と対峙している時にそんな顔をされては、たまったものではない。
 ――――まあ、アイツは普通に俺とのテニスを楽しんでくれているんだろうが。だからこそ後ろめたい。
 跡部の中で手塚が特別なプレイヤーという位置に在るのは、なんとなく分かる。それはそれで嬉しいが、プレイヤーとしてだけかと思うとやるせない。せめてこうして相対している時くらいは、こちらも純粋にテニスをしていたいのに。
 ままならない感情をボールにぶつけるなんてことはしたくなくて、軽く首を振って気持ちを切り替えた。
 それが功を奏したのか、跡部から返ってきたボールはあらぬ方向へ飛んでいった。決めたつもりだった跡部はぽかんとした顔をしている。
「なんだ? 今の……また変な回転かかってやがったが……」
「やはり、難しいな」
 手塚はようやく思った通りのことができたと、ころころ転がるボールを視線で追いながら安堵の息を吐いた。やはり簡単に習得できるものではない。
「てめぇ……よりによってこの跡部景吾を新技の練習台に使うとは、どんな太い神経してやがんだ。アーン?」
 ひきつった笑みを浮かべた跡部に、手塚はしれっと答えてみせる。
「憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろと言っていただろう。それに、お前くらいでないと練習にならない」
 数瞬の後、跡部は項垂れて頭を抱えてしまう。呆れているのか、怒っているのか、その様子からはうかがい知れない。
 顔を上げた跡部は困ったような表情をしていて、手塚の方こそどうしたらいいのか分からず困ってしまった。
 嫌われてしまったのだろうかと不安に思っていたら、先に跡部が口を開いてくれた。
「で? 具体的に何をどうしたいんだよ。ボールを引き寄せるんじゃなくて、今度は弾き飛ばしたいってか?」
 言い当てられたそれにこくりと頷くと、跡部は目を瞠って、次いで「本気か」と呟いて眉を寄せる。手塚が本気でなかったことなどない。
「以前、越前が言っていたんだ。簡単にできるものではないと言ったんだが、可能ということだろうと返されてしまってな……」
 言いながらグリップを握り直す。
 理論上は可能だが、相当に繊細なコントロールが必要になる。しかも、相手の在る状態で瞬時にだ。ほぼほぼ不可能ではないか。
 越前にもそう言ったのだが、やらないうちから諦めるのかとでも言わんばかりの視線に、悔しさがあったのは事実だ。
 そして今、完全とは言いがたいが弾き飛ばせた。今の感触を忘れないうちに、せめてもう一度試してみたい。ふと跡部を見やると、片手で顔を覆い鋭い視線で突き刺してくる。
「手塚、それ止めろ。肘に負担がかかる。分かってんだろ!」
 手を離しながら、跡部が声を張り上げた。言われるだろうなと予測はしていたが、やはり言われてしまう。
「……問題ない。俺の体は俺がいちばん良く分かっている」
「問題ねえわけねえだろ! だいたいあの時だって、お前は肩への負担を認識しちゃいなかった!」
 跡部が何を心配しているかは分かる。
 関東大会のあの試合、跡部のボールを受けるたびに無意識に肘を庇い、結果肩を痛めた。だが肩はもう完治したのだ。また強くなれそうなのに、ここで止めてしまいたくない。睨みつけてくる跡部の視線を強く押し戻して、譲る気はないと返した。
「それは俺が未熟だからだろう」
「ああそれには違いねえ! どれだけ体を作り込もうが、どんなに経験積もうが、俺たちの体はまだガキなんだよ! 専属のトレーナーやドクターがついてるわけでもねえのに、無茶な使い方すんな!」
 分かりやすく怒っている表情の中に、不安と焦りが見て取れる。
 跡部の言うことは正論だが、彼だったらここで止めてしまえるのだろうか。高みを目指す以上、技はどれだけあってもいい。今のを実践で使うにはまだ鍛錬が必要だろうが、次の相手は王者立海なのだ。多少の犠牲は致し方ないだろう。
「……立海は、強い」
「そんなことは知っている! いいか手塚。たかがなんて言いたかねえがな、これからお前が体験するであろう試合のひとつだ。その先があるだろうが! プロになるんじゃねえのかよ!?」
 ラケットで指され、ぐっと言葉に詰まった。
 跡部に、プロになりたいということを告げた覚えはない。実際今声をかけられていて、卒業後は渡独するビジョンも見え始めているのだ。家族と竜崎、大石以外には言っていない。大石が跡部に話すとも思えないし、どうして跡部は胸の内を見透かしてくるのだろう。
「お前が青学の全国制覇に懸ける想いがハンパじゃねえことだって知ってる! けどな! お前の肘を犠牲にした上での勝利に、何の意味があるってんだ!」
「たかが一つの通過点に過ぎなくとも、俺にとっては大切な試合だ。手を抜いた試合では、たとえ勝利したとしても意味がない」
 そして、対戦相手にとっても失礼なことだと手塚は思っている。
 今まで力を抑えたゲームをしたことがないわけではない。というか、ずっと抑えてきた。それが、跡部との試合で変わってしまったのだ。全力で向かってくる相手に対して、こちらも全力で迎え撃つことのどこに、無駄な要素があるのか。本気を出させた跡部には言われたくなかった。
「手を抜けって言ってんじゃねえっ……テメェ……大石が怪我で大会に出られないってなったとき、すげえ落ち込んでたこと忘れたのか。アレをテメェが大事にしてる連中にまた味わわせる気かよ」
 体が硬直した。
 痛いところを突いてくるなと眉を寄せるが、こちらも譲れない。もっと強くなりたいという気持ちは、跡部も分かってくれると思っていたのだが、とんだ思い違いだったようだ。憎々しげに睨みつけられて、冷水を浴びせられたような錯覚に陥った。
「お前がその技を完成させたいっていうなら、他の相手を探しな、手塚。俺はもうお前の球は返さねえ。お前の肘を壊す相手に、よりにもよってこの俺を選ぶんじゃねえ!」
 手塚は目を瞠る。
 気づかなかった。跡部の中に、そんなにも深くあの時の出来事が根付いているなんて。
 気にするなと言ったし、心の底からの本音で、跡部のせいでないのは事実なのに、手塚国光を壊させるなと跡部は怒りを露わにする。まっすぐなその瞳は、怒りに揺れてさえ情熱的だ。
「手塚、お前は青学の連中のためにやってるのかもしれねえが、まったく周りが見えちゃいねえ。少しはアイツらを信じろ。てめえが万が一試合落としたって優勝できるってチームなんじゃねえのかよ」
 手塚は普段、冷静で思慮深いと周りに思われているらしいのを知っている。
 だけど恐らく、実際はそんなことはなくて、ただ目の前の勝利を確実につかみ取りたいということしか考えていない。もちろん部長として周りに目を向けているが、それをあやすようにさえ否定されてしまった。
 周りを見ろ、アイツらを信じろなんて、これまで誰にも言われたことがない。それは少なからず、衝撃的だった。
「……お前の肩を壊した俺のことはともかく、アイツらのことは信じてやれよ」
 苦痛そうな表情を見せる跡部に、これ以上どう言ったらいいのだろう。跡部に壊されたわけではないのにと。
「跡部、俺は」
「もし欠片でも! ほんのわずかでも……っ俺を友人と思ってくれるなら、お前の肩をまた壊すかもしれねえ球を返すこっちの気持ちも考えやが……っ」
 ハッとしたように、跡部が途中で言葉を飲み込む。それでもほぼほぼ押し出されてしまっただろう跡部の本音は、しっかりと手塚の耳に届いてしまった。
 ――――跡部、お前……。
 跡部が口を覆って顔を背ける。手塚は気づかなかった自分が悔しくてならない。眉を寄せて、跡部をじっと強く見つめる。
 彼を好きだと言いながらも、自分のことしか考えていなかった。跡部は意識の奥底でそれを恐れていたようなのに、それをおくびにも出さず今まで全力で相手をしてくれたのか。
 強い人だと、胸が締めつけられる。
「悪い、俺のことはいいんだよ、とにかくテメェの肘が悪化するんだったら俺は絶対に反対するからな」
 ふいと顔を背けたそのままくるりと背を向けてしまい、苦しそうに歪む跡部の顔がもう見られない。それは正直ホッとした。そうさせたのは自分だというのに、そんな跡部を見たくなかったし、何も気の利いたことを言えない自分に嫌気が差すし、何よりこの状況でわずかに歓喜しかけた情けない自分を跡部に見られたくない。
 自分が思っているより、跡部に好かれているのかもしれない――そんな些細な可能性に。
 もちろん恋愛という意味ではないが、友人と思ってくれているようなのが、たまらなく嬉しい。
 跡部を悲しませておいて何をのたまうのかと思うが、どうしようもない。
「……すまない、確かにお前のことは考えていなかったな」
 手塚はすっとラケットを下ろし、もう跡部に無理を言う気はないことを示した。跡部の頭がわずかに下がるのを見て、また誤解をさせただろうかと唇を噛んだ。言葉にするのは不得手だと自覚しているが、もう少しくらい上手くいかないものか。
「忘れるところだった。あの日全力で応えてくれたことを。俺の選手生命に関わると分かっていながらそうするのは、どれほど恐ろしいことだったか、考えなかったわけではない。また勝つことだけで、頭がいっぱいだった」
 跡部をないがしろにしたつもりはない。勝つことに執着して、それしか考えられなかっただけだ。
 手塚は躊躇いつつも足を踏み出し、ネット際まで歩み寄る。
 近くなった跡部の背中をじっと眺めて、できることならこのまま抱き寄せてしまいたいと思う恋情を必死で抑え込んだ。
「だが、なぜ欠片でもなどと思うのか分からない。俺はお前を良い友人だと思っている、跡部」
 言葉を詰まらせることなく言うことができた。手塚に恋情があっても、跡部にその気がない以上友人の域を出ることは叶わない。だから友人であろうと思う。跡部がそれを望んでくれているのなら。
「また……テニスをしてくれるだろうか」
 今はもう跡部の力を借りられない。跡部にとって苦痛だというならば、付き合わせるわけにはいかないだろう。大会が終わってから、なんのしがらみもなくまたテニスをしたい。
「俺様はわりと本気で怒ってんだがなぁ……」
 呆れたような、諦めたような声が聞こえる。それでも跡部は、いつものしたたかな笑みをたたえて振り向いてくれた。
「青学が全国制覇したら考えてやるぜ。テメェの勝ち負けにこだわらずだ」
「……そこは普通俺が勝ったらではないのか」
「俺様の温情だろーが」
「…………なるほど」
 テニスを受け入れてくれたのは嬉しい。条件を出されたのもやる気につながる。だが勝ち負けにこだわらずというのは、勝利を信じてくれていないということだ。
 それは不満で、眉が寄る。跡部はそれにふっと笑って、ベンチに向かってしまった。帰り支度を調えていて、やはり今はこれ以上打ち合えないなと諦めることにした。
「試合の観戦はするだろう?」
「ああ、仕方ねーから青学の応援でもしてやるよ」
「そうか。……今まで付き合わせてしまって悪かったな、跡部。感謝している」
「フン……ま、せいぜい頑張るんだな」
 手塚もラケットをバッグにしまいながら、跡部を見やる。不敵な笑みに安堵と闘争心が湧き上がってきた。
「ああ、お前とのテニスがかかっていることだしな。油断せずに行く」
 言いながらひょいとバッグを担ぐ。どこか一人で練習できるようなところがあれば寄っていこうと思い、「では」と軽く頷いて跡部に背を向けた。
 跡部はなぜかきょとんとした顔をしていたが、それを可愛らしいと思ってしまう前に離れなければ。多分に手遅れ感がすごかったけれども。



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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 竜崎スミレの提案で、褒美として焼肉に連れていってもらうことになった。それはもちろん問題ないのだが、…

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 竜崎スミレの提案で、褒美として焼肉に連れていってもらうことになった。それはもちろん問題ないのだが、なぜ。
「アーン?」
 なぜここで氷帝メンバーもやってくるのか。手塚は頭を抱えたくなった。彼らも慰労会なのだろうが、なにも同じ店でなくても構わないだろう。焼肉屋はここしかないのかと思うほど、他校のメンツがそこに集結していた。
 ここで逢ったが百年目とばかりに、焼肉バトルが決定してしまう。
 メンバーが楽しめるならいいとは思うが、手塚自身はそれどころではなかった。席の配置的に跡部を見られないのはいいが、その分落ち着かない。
 そんなわけはないのに跡部の視線を感じるようで、肉の味など分かりやしない。こんなことなら、跡部を正面に見据えた方がまだマシだ。
 焼肉バトルの勝敗などはどうでもいいが、跡部はそれなりに楽しんでいるようだ。乾特製のおかしなドリンクを飲むミッションさえなければ、手塚も楽しめただろう。
 跡部がドリンクに手をつけた時は止めようかとも思ったが、彼に対してだけそんなことをしたらたちまちバレてしまう。
 ぐっとこらえ、背後に位置する跡部をじっと見つめた。
「……座ったまま尚君臨するのか、跡部よ……」
 あの跡部に粉悪秘胃(コーヒー)とやらは無謀だったのではないだろうか。カップを持ったまま気絶している。だがすぐに意識を取り戻し、顔を歪めて項垂れる。一瞬だけ視線が重なったが、すぐ気まずそうにふいと逸らされた。脱落することなくそこに在るのはさすがだなどと、おかしなところで感心してしまう。
「決着をつけるぜ手塚ぁーっ」
 そう叫びながら跡部は壺漬けカルビをトングで持ち上げる。唐突に名を呼ばれ息が止まりかけた。
 ――――肉でか?
 テニスでなくても負けたくないという気持ちは分かるし、そういう負けず嫌いなところは好ましいとも感じるが、肉でか、と思わず笑いそうになった。
「あ?」
「ん?」
 しかし、網の上に乗せた肉の様子がおかしい。煙が多すぎるし、なにやら異臭がしないでもない。
 跡部が、傍にあった壺に目を見やる。つられるように、手塚も自席から視線をやった。
 なぜその壺に【乾】という張り紙がしてあるのか。嫌な予感しかしない。
「待……っ」
 果たしてその予感は当たってしまう。目にしみる煙と、気のせいではない異臭。原因は分かりきっていた。
 立ち上る煙で視界が悪くなる。残っていたメンバーも異常事態に気がつき、ぎゃああと叫び声を上げている。ここは自分が落ち着かねばと、手塚はハンカチで口と鼻を押さえて避難を促した。
「おい避難だ! 全員避難しろ!」
「身を低くして口と鼻を覆うんだ!」
 時を同じくして、跡部も他の者たちを先に避難させるべく声を張り上げる。とっさの判断はさすがに部長で、生徒会長といったところか。だが、跡部がいちばん近くにいるのだ、被害は誰よりも大きい。
「跡部、お前も早く逃げろ」
 ぐっと腕を掴み、出入り口の方へと押しやる。煙のせいか目が潤んでいて、不謹慎にも胸が高鳴ってしまったことは、奥底にしまい込んでおこう。
「手塚、そっちはもう誰も残ってねえかっ?」
「問題ない、全員退避した」
 もう一度見回して、跡部を先に外へやる。
 店を出たそこで、死屍累々と横たわる部員たち。ユニフォームでないせいで、どれが誰だか分からない状態だった。
 ともかく全員無事でよかったと息を吐いた傍で、跡部がふらつくのが見える。手塚はそれを支え、座った方がいいと促した。跡部はそれに素直に従ってくれて、やはり相当気分が悪かったのだろうと心配になる。
「大変なことになってしまったが……皆はこれで英気を養えたのだろうか……」
「んなわけねえだろ……楽しんではいたようだがな。ああそうだ手塚、決勝進出だな。一応祝いは言っておいてやる」
「ああ、次も勝つ」
 そうだ、次は決勝だ。全国制覇まであと一つ。誰が相手だろうと負けられないと、強く拳を握った。
「跡部、明日は空いているか? できれば決勝前までにもう一度やりたいんだが」
「アーン? まだ俺様を練習台にしたいってか? お前本当に図々しいっていうか、いい神経してやがるな。俺はテメェんとこに負けたんだぜ」
「嫌ならばいいが、お前がそういうことを気にする性質たちだとは思っていない。越前との勝負は本当に見事だった。厭みでなく、純粋にそう思っている」
 真剣勝負で負けたことをいつまでも引きずるような男ではないはずだ。悔しさはあるだろうが、それで歩みを止めるはずもない。まだあの試合を思い出せる。胸が熱くなって、ラケットを握りたくなってしまった。
「そーかい、ありがとよ」
 跡部はどこか気恥ずかしそうに端末を撫で、とことん付き合ってやるぜと予定を確認してくれる。手塚はホッとした。
 この熱に応えてくれるのは、鎮めてくれるのは、跡部しかいないのだ。
 明日の約束を取り付けて、手塚はひとつ瞬く。
 少し短くなってしまった髪を、指先ですくう。綺麗な額に、視線が持っていかれた。
「……は……?」
 そうしてしまってから、ハッと気づく。何をしているのだと、指先をすぐに離した。跡部が驚いたように見上げてきて、青の瞳に胸が鳴る。
「……少しは顔色が良くなったな。先ほどは本当に青かった」
 どうにか不自然でない理由を探して、なんでもないように口にしてみる。それは事実として、店を出た直後よりは平気そうだった。
「へ、平気だっつってんだろうが……いやそれより店内大丈夫なのか? 煙は排出されてんのかよ……」
「あのバトルのせいで、店にはとんだ迷惑をかけてしまったな。勝負どころではない。明日は全員グラウンド二百周だ」
「ウチのヤツらも何人か延びてるが……青学も大概だな。次の試合に響かねえことを祈るぜ」
 まったくだと腕を組めば、跡部が髪をさらりとかき上げ息を吐き出す。ささいな仕草にさえ心音はうるさく、どうしようもないなと思う。
 もう、跡部への気持ちを否定はしない。恋だと明確に自覚して今隣にいる。
 しかし告げはしまいと唇を引き結び、触れたくなる衝動を抑え込んだ。
 想うことくらいは許してほしい、などとは思わない。跡部に許してもらわなくとも、この感情は勝手に跡部に向かっていってしまうのだから。
 要は本人にバレなければいいのだ。
 眼力(インサイト)をもってすれば見抜かれてしまいそうだが、そもそも同性からの恋情など範囲外だろう。ましてやライバルとしてしか見ていない男からなど。
 思っておいてダメージを受けたが、恋心は誰かに許可をもらうものではないはずだ。
 ――――曰く、俺は強引で傲慢らしいからな。勝手にお前を想わせてもらうぞ、跡部。気づかせやしない。
 座ったまま口許を押さえている跡部を見下ろしながら、これも一種の勝負だろうかと考える。それならば負けはしないと、いっそ楽しくさえなってきてしまった。
 これは長く続いていく戦いかもしれない。持久戦を得意としているわけではないが、惚れた相手の土俵で戦うのも一興だと、覚悟を決めた。
 その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員がこってりとしぼられ、見た目しょぼんとしながら無事に帰途へとつく。
 ちりぢりになっていく直前、跡部と目が合った。手塚が無言で頷くと、跡部が軽く手を上げて返してくる。明日の約束をそれで確認し合い、背を向けた。
 試合後に思わぬ時間だったが、まあまあ有意義に過ごせたように感じる。
「手塚部長って、アレっすよね……分かりやすいっていうか、分かりにくいっていうか」
 短く息を吐いたところで、横から声がかかる。越前だ。
「なんだ、越前」
 何のことか不明だが、分かりやすいのか分かりにくいのか、どちらなのだと視線だけで訊ねてみる。大きな瞳が向かってきたが、それは瞬きとともに逸らされた。
「……や、何でもないっす。おやすみなさーい」
「ああ、気をつけて帰れ」
 おかしなヤツだなと思うが、何でもないと言うのならそうなのだろう。さほど重要なことではないようだし、家に帰ろうと足を踏み出した。
「越前も気がついたんじゃないのかな、手塚」
 今度は不二だ。ため息を吐きながら、「だからなんのことだ」と振り向く。
「ううん。隠すつもりならそれでも構わないけど、気づかれたくないのならもう少し気をつけた方がいいと思うよ。君が跡部を見つめる目は、まるで」
「不二」
 手塚は、低い声で呼ぶ。遮って諌めるために。
 不二には気づかれたのだなと思うが、それでも口にはされたくない。これは手塚一人の戦いで、誰を巻き込むつもりもないからだ。
 じっと不二を見やると、まっすぐに視線が返ってくる。
 怯まないそれに少しも胸が騒がないあたり、やはり自分にとって跡部だけが特別なのだと実感してしまった。
「否定も肯定もしない、か。君らしいけど。……からかってるつもりはないんだ、手塚。ただ、彼が相手じゃ叶わないんじゃないかって、心配してるだけ」
「……そんなことは百も承知だ。余計な心配をするな、不二」
 理解している現実を、わざわざ突きつけないでもらいたい。この恋が叶わないのは誰がどう見ても明白で、そこは諦めてもいる。
 ただ、だからといって跡部への気持ちが消えていくわけでもないのだ。そんなに簡単に割り切れるものならば、最初から悩んだりしていない。
「お前がどう思おうと、俺は俺であるだけだ。できれば他の皆には言わないでおいてほしい」
「分かってるよ、そこら辺は。でも手塚、ボクが気づくものを、大石が気づかないと思っているのかい?」
「………………なるほど、そうか……」
 大石もか、と諦めでしかない息を空に向かって吐く。それでも何も言ってこないのは、大石の優しさなのか、戸惑いなのか。
 しかし、二人に……もしかしたら越前にまで気づかれるようではいけないなと、己を叱咤する。こんなことではすぐに跡部に気づかれてしまうだろう。
 誰に知られても、跡部本人にだけは知られたくない。恋情どころか、劣情まで抱いているなんて。
 跡部の視界にいるためには、ライバルでなくてはならないのだ。悟らせたらもう、傍にいられない。
「もう一度言おう。余計な心配はするな。試合に不埒な感情を持ち込んだりはしない」
「ボクもそんなこと心配してないけどね。ボクや大石の前では気を張らないでいいよってだけ。じゃあおやすみ手塚。明日も逢うんでしょ、跡部によろしく」
 言うだけ言って、不二はひらりと手を振ってくる。青学レギュラー陣は、自己完結しがちな連中が集まっているなと自分を棚に上げて思った。
 ――――俺の未熟さ、だろうか……初めてのことで、コントロールの仕方が分からない。恋が叶わないと知っていても想い続ける時、普通はどうするのだろうな。
 手塚はふと跡部が帰っていった方向を振り向き、名残惜しげに向き直って足を踏み出す。
 今は、大会のことだけを考えていたい。同じテニスの世界で生きている以上、たびたび跡部を思い浮かべてしまうのはもうどうしようもないことだった。


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