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情熱のブルー-021-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 全国大会決勝戦。待ちに待った決戦の日だというのに、トラブルが発生した。試合に出場するはずの越前リョ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-021-

 全国大会決勝戦。待ちに待った決戦の日だというのに、トラブルが発生した。試合に出場するはずの越前リョーマがいないのだ。選手登録はどうにか誤魔化したが、試合となるとそうもいかない。
 ――――何をやっているんだ、越前。
 聞いたところによると、軽井沢で何が事故があったらしい。こちらに戻ってくる手段がないのか。ここまできて不戦敗だなんてとんでもない。メンバーがおろおろとする中、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。
「事情は把握したぜ。ついてこい、桃城」
 それは、跡部景吾の手。何としてでも越前を連れて来てやると言い放つその声は、とても心強い。きっとヘリか何かで軽井沢に向かってくれるのだろう。試合を控えている手塚はどうしても離れられない。跡部の提案は、本当にありがたかった。決勝戦で不戦敗なんて無様な真似をするなという気持ちなのだろうか。氷帝を打ち負かして決勝まで来たのだから、確かにそんな真似はできない。それに、言葉にはしないが跡部自身が越前を気に入っているせいもあるはずだ。
 手塚が跡部を見やると、じっと力強く見つめてくる。それにこくりと頷いて、越前は跡部に任せることにした。
 彼なら必ず連れて帰ってきてくれるはずだ。根拠のない自信は、跡部景吾に対する評価の現れだろうか。
 かくして手塚は時間稼ぎのためにも試合に挑み、真田と長いゲームをすることになった。腕を――犠牲にして。
 使うなと言われていた。跡部が怒るのは目に見えていた。
 だけどここで終わらせたらいけない。当然、勝って全国制覇を成し遂げたいという気持ちが大部分だったが、跡部が越前を連れ帰ってくるまで持ちこたえたい――そんな思いもあったと思う。
 ――――跡部、俺は死なない。
 トスを上げる。青い空が目に入って、今ヘリで空を飛んでいるだろう跡部を思う。跡部のことを信じている。だから彼にも信じてほしいと願いながら、ボールをコートにたたきつけた。
 強引で傲慢なプレイだ。そう言われたことを思い出して、少しおかしくなってしまった。
 確かにそうだなと、真田からの返球を弾き飛ばしてアウトボールにして思う。
 ――――戻って来い、越前。お前が言ったんだ、できるということだろうと。
 少年の煽るような言葉に触発されて、新しい技を編み出したのだ。教えてやりたい。そしてまた、彼にも強くなってほしいと思う。次代の青学を背負う者として。
 肘の色が変わる。自分でも気味が悪い程だが、ここでやめるわけにはいかなかった。ベンチから「無茶だ」だの「もう止めろ」だの聞こえてくるが、聞こえているうちはまだ集中できていないということだなと、手塚はさらに意識を高めた。
 打つ。返される。はじき飛ばす。限界ではないのかと誰もが思ったことだろう。
 もうラケットを上手く握れないというところで、ネット上を転がったボールは、……手塚のコートに落ちた。
 負けてしまったなと残念には思うし、満足はしていないが、できるだけのことはした。これからまた研鑽をつまねばと、対戦相手だった真田と握手を交わした。「貴様とはもう二度と試合したくない」などと言われてしまって、やはり誰もが跡部とは違うのだなと心の中で笑う。
 ベンチに戻れば、跡部の姿が見えてほっとした。無事に連れ帰ってくれたらしい。――が、跡部の視線はやはり怒っていた。
「…………使うなっつったよなぁ、手塚ァ」
「了承した覚えはない」
「本気で怒ってんだよこっちはよ」
 観客席から手を伸ばし、ぐいと衿を引き掴まれる。至近距離で視線が重なって、この期に及んで高鳴る心臓に嫌気がさした。
「……どんな具合だ?」
 十数秒ほど、どちらも譲らないと視線を重ね合わせた後、先に口を開いたのは跡部の方だった。怒気の失せた声は怒気以上に心配そうな音色になっていて、ここで初めて悔やむ。怒らせたことより、心配をさせたことの方が胸が痛んだ。
「見た目ほどひどくはない。酷使したせいだろう」
「フン、その痛み忘れんなよ手塚。テメェの未熟さの証しだぜ」
「ああ、肝に銘じよう。跡部、それで、越前は」
 手塚が越前の名を出すと、跡部が一つ目を瞬いて眉を寄せる。その仕草に、嫌な予感がした。まさか、見つからなかったわけではないだろうと。
「連れて帰ってはきたぜ。……ちょっとマズイことにはなってるが」
「まずいこと? まさか、怪我でもしているのか」
「記憶がねえ」
 手塚は目を瞠った。記憶がないというのはいったいどういうことなのか。慌て、越前は今どこに? と視線で訊ねかけると、ぐっと強く腕を握られた。
「なにも覚えてねえみてえなんだ。テニスのことも、お前らのことも。気味が悪いくらい殊勝でな。……ああ、だが心配すんな手塚。あの生意気なルーキーが、そうそう簡単にテニスを忘れられるわけがねえ。試合見てりゃそのうち思い出すだろ。テメェは部長らしくどっしりと構えてな」
 トン、と胸を叩かれる。跡部の強気な笑みは心強いが、どうしたらいいのだろう。テニスのことまで忘れてしまっているなんて。
 視線を動かせば、焦りと不安に満ちた越前の傍に居る桃城が目に入った。
「手塚。……分かるだろ、お前はうろたえんじゃねえ。部長オマエの不安は、そのままヤツら焦りに拍車をかける」
 腕を引かれ、耳元でそっと囁きかけられる。それは言われなくとも理解していたつもりだが、改めて指摘されて身の引き締まる思いだ。
「……そうだな。跡部、礼を言うぞ。連れ帰ってくれて、助かった」
 今はともかく、越前を連れてきてくれた跡部に感謝をしたい。礼を言われるとは思っていなかったのか、跡部は目をぱちぱちと瞬いて顔を覆った。
「俺様にかかれば、こんなの朝飯前だぜ」
「こういう時はお前が財閥の御曹司なのだと実感するな」
「おい普段は」
「俺にとって跡部景吾は跡部景吾でしかないが」
 財閥の御曹司という意識はない。ただテニスに懸ける熱量が同等の友人であり、――想い人だ。
 本当のことを言ったつもりだが、跡部はどうしてか顔を覆ったまま項垂れてしまった。何か気に障ることでも言ってしまったかと思うが、告げた音は戻ってこない。怒られない限りは構わないだろうと思うことにした。
「テメェはちょっと……マジで発言に気をつけやがれ……」
 呆れたのか、脱力したような跡部の声が聞こえる。それには何も返さずに、越前が記憶を取り戻すのを待った。


 越前が、仲間やこれまで戦ってきたライバルたちとのテニスで、無事に記憶を取り戻しコートに戻ってきた。不動峰や山吹、聖ルドルフなど、各校の選手たちが自発的に協力してくれたのだ。ありがたいことである。
 その中には、真田や――跡部もいた。やはり跡部は越前を気に入っているのだなと、複雑な気持ちになったのが情けない。それとこれとは、話が別だ。跡部にも失礼だろうと、どうにか己を戒める。
 そうして越前は神の子と謳われる幸村精市に勝利を収め、青学の優勝が決まった。
 日本一だという動かしようのない事実に胸が躍る。そんなふうに笑うことがあるんだ、と不二に指摘をされ、緩んだ気持ちを引き締めた。
 だが、嬉しい。心の底からだ。諦めないでいてよかった。もちろん自分一人の功績ではないし、チームのメンバーに本当に恵まれた結果だ。
「よう手塚。全国制覇くらいで浮かれてんじゃねーぞ」
「浮かれてなどいない」
 表彰式が終わって解散というところで、跡部に声をかけられる。正直に言うと浮かれてはいたが、他人に指摘をされるのは面白くないのだ。しかも、全国制覇を逃してしまった好きな相手には。
「医者、ちゃんといけよ」
「ああ、分かっている。お前に怒られるのはごめんだ」
「腕が良くなったら連絡しろ。テニス、すんだろ?」
「……ん?」
 手塚は目を見開いた。跡部の方から誘ってくれるとは思わなかった。そもそもあの日の約束を覚えていてくれたなんて。手塚自身は負けてしまったが、条件通り青学は勝利した。また跡部とテニスができるのだ。
「なんだよ、忘れてると思ったか?」
「……いや、まあ……そうだな。それに、今回の試合のことでお前を怒らせ、心配をかけてしまった。誘ってもらえるとは思っていなかったんだ」
「心配させたの悪いと思ってんなら、テニスで返しな。テメェはどうあっても言うこと聞きやしねえってのが分かったぜ」
 仕方のないヤツだなんて呆れながらも笑う跡部に、なんと返せばいいのか分からない。極力無茶をしないようにはしようと思うくらいだ。それでも極力、だが。
「ただな、覚えておけよ手塚。俺はどのプレイヤーよりもお前を気にかけてる。一時の感情だけで死ぬんじゃねーぞ」
 息が止まるかと思った。死ぬんじゃないぞと言った彼にこそ殺されるところだったが、硬直した体をどうにか溶かして、「またな」と踵を返す跡部の背中を見送った。
 項垂れて、額を押さえる。
 ――――あ、の……男は……!
 彼は発言に気をつけろとは言うが、こちらの台詞だ。誰よりも気にかけているなんて言われたら、嬉しいに決まっている。してはいけない期待までしてしまう。
 手塚は軽く首を振って雑念を飛ばし、青学メンバーの元へ足を向けた。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 返ってきた重い打球を、ガットの上でそれとは分からないように転がし打ち返す。思った通りの回転はかかっ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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 返ってきた重い打球を、ガットの上でそれとは分からないように転がし打ち返す。思った通りの回転はかかったが、それでも足りないようで、跡部が普通に返してくる。
 それでもわずかに眉が寄ったように見えたのだから、いつもと違うとは感じているかもしれない。手塚はさらに回転をかけ、どのタイミングと量が正しいのかを模索した。
「オラ、本気で来いよ! 手塚ァ!」
 今日も活きの良い声が聞けて嬉しいなどと思いながら、ラケットを振るう。
 氷帝が為しえなかった全国制覇のことは、やはりさほど気に留めてはいないらしい。いつまでも引きずるような男ではないということか。
 どことなく跡部が嬉しそうにしているように感じられて、胸が締めつけられた。自分と対峙している時にそんな顔をされては、たまったものではない。
 ――――まあ、アイツは普通に俺とのテニスを楽しんでくれているんだろうが。だからこそ後ろめたい。
 跡部の中で手塚が特別なプレイヤーという位置に在るのは、なんとなく分かる。それはそれで嬉しいが、プレイヤーとしてだけかと思うとやるせない。せめてこうして相対している時くらいは、こちらも純粋にテニスをしていたいのに。
 ままならない感情をボールにぶつけるなんてことはしたくなくて、軽く首を振って気持ちを切り替えた。
 それが功を奏したのか、跡部から返ってきたボールはあらぬ方向へ飛んでいった。決めたつもりだった跡部はぽかんとした顔をしている。
「なんだ? 今の……また変な回転かかってやがったが……」
「やはり、難しいな」
 手塚はようやく思った通りのことができたと、ころころ転がるボールを視線で追いながら安堵の息を吐いた。やはり簡単に習得できるものではない。
「てめぇ……よりによってこの跡部景吾を新技の練習台に使うとは、どんな太い神経してやがんだ。アーン?」
 ひきつった笑みを浮かべた跡部に、手塚はしれっと答えてみせる。
「憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろと言っていただろう。それに、お前くらいでないと練習にならない」
 数瞬の後、跡部は項垂れて頭を抱えてしまう。呆れているのか、怒っているのか、その様子からはうかがい知れない。
 顔を上げた跡部は困ったような表情をしていて、手塚の方こそどうしたらいいのか分からず困ってしまった。
 嫌われてしまったのだろうかと不安に思っていたら、先に跡部が口を開いてくれた。
「で? 具体的に何をどうしたいんだよ。ボールを引き寄せるんじゃなくて、今度は弾き飛ばしたいってか?」
 言い当てられたそれにこくりと頷くと、跡部は目を瞠って、次いで「本気か」と呟いて眉を寄せる。手塚が本気でなかったことなどない。
「以前、越前が言っていたんだ。簡単にできるものではないと言ったんだが、可能ということだろうと返されてしまってな……」
 言いながらグリップを握り直す。
 理論上は可能だが、相当に繊細なコントロールが必要になる。しかも、相手の在る状態で瞬時にだ。ほぼほぼ不可能ではないか。
 越前にもそう言ったのだが、やらないうちから諦めるのかとでも言わんばかりの視線に、悔しさがあったのは事実だ。
 そして今、完全とは言いがたいが弾き飛ばせた。今の感触を忘れないうちに、せめてもう一度試してみたい。ふと跡部を見やると、片手で顔を覆い鋭い視線で突き刺してくる。
「手塚、それ止めろ。肘に負担がかかる。分かってんだろ!」
 手を離しながら、跡部が声を張り上げた。言われるだろうなと予測はしていたが、やはり言われてしまう。
「……問題ない。俺の体は俺がいちばん良く分かっている」
「問題ねえわけねえだろ! だいたいあの時だって、お前は肩への負担を認識しちゃいなかった!」
 跡部が何を心配しているかは分かる。
 関東大会のあの試合、跡部のボールを受けるたびに無意識に肘を庇い、結果肩を痛めた。だが肩はもう完治したのだ。また強くなれそうなのに、ここで止めてしまいたくない。睨みつけてくる跡部の視線を強く押し戻して、譲る気はないと返した。
「それは俺が未熟だからだろう」
「ああそれには違いねえ! どれだけ体を作り込もうが、どんなに経験積もうが、俺たちの体はまだガキなんだよ! 専属のトレーナーやドクターがついてるわけでもねえのに、無茶な使い方すんな!」
 分かりやすく怒っている表情の中に、不安と焦りが見て取れる。
 跡部の言うことは正論だが、彼だったらここで止めてしまえるのだろうか。高みを目指す以上、技はどれだけあってもいい。今のを実践で使うにはまだ鍛錬が必要だろうが、次の相手は王者立海なのだ。多少の犠牲は致し方ないだろう。
「……立海は、強い」
「そんなことは知っている! いいか手塚。たかがなんて言いたかねえがな、これからお前が体験するであろう試合のひとつだ。その先があるだろうが! プロになるんじゃねえのかよ!?」
 ラケットで指され、ぐっと言葉に詰まった。
 跡部に、プロになりたいということを告げた覚えはない。実際今声をかけられていて、卒業後は渡独するビジョンも見え始めているのだ。家族と竜崎、大石以外には言っていない。大石が跡部に話すとも思えないし、どうして跡部は胸の内を見透かしてくるのだろう。
「お前が青学の全国制覇に懸ける想いがハンパじゃねえことだって知ってる! けどな! お前の肘を犠牲にした上での勝利に、何の意味があるってんだ!」
「たかが一つの通過点に過ぎなくとも、俺にとっては大切な試合だ。手を抜いた試合では、たとえ勝利したとしても意味がない」
 そして、対戦相手にとっても失礼なことだと手塚は思っている。
 今まで力を抑えたゲームをしたことがないわけではない。というか、ずっと抑えてきた。それが、跡部との試合で変わってしまったのだ。全力で向かってくる相手に対して、こちらも全力で迎え撃つことのどこに、無駄な要素があるのか。本気を出させた跡部には言われたくなかった。
「手を抜けって言ってんじゃねえっ……テメェ……大石が怪我で大会に出られないってなったとき、すげえ落ち込んでたこと忘れたのか。アレをテメェが大事にしてる連中にまた味わわせる気かよ」
 体が硬直した。
 痛いところを突いてくるなと眉を寄せるが、こちらも譲れない。もっと強くなりたいという気持ちは、跡部も分かってくれると思っていたのだが、とんだ思い違いだったようだ。憎々しげに睨みつけられて、冷水を浴びせられたような錯覚に陥った。
「お前がその技を完成させたいっていうなら、他の相手を探しな、手塚。俺はもうお前の球は返さねえ。お前の肘を壊す相手に、よりにもよってこの俺を選ぶんじゃねえ!」
 手塚は目を瞠る。
 気づかなかった。跡部の中に、そんなにも深くあの時の出来事が根付いているなんて。
 気にするなと言ったし、心の底からの本音で、跡部のせいでないのは事実なのに、手塚国光を壊させるなと跡部は怒りを露わにする。まっすぐなその瞳は、怒りに揺れてさえ情熱的だ。
「手塚、お前は青学の連中のためにやってるのかもしれねえが、まったく周りが見えちゃいねえ。少しはアイツらを信じろ。てめえが万が一試合落としたって優勝できるってチームなんじゃねえのかよ」
 手塚は普段、冷静で思慮深いと周りに思われているらしいのを知っている。
 だけど恐らく、実際はそんなことはなくて、ただ目の前の勝利を確実につかみ取りたいということしか考えていない。もちろん部長として周りに目を向けているが、それをあやすようにさえ否定されてしまった。
 周りを見ろ、アイツらを信じろなんて、これまで誰にも言われたことがない。それは少なからず、衝撃的だった。
「……お前の肩を壊した俺のことはともかく、アイツらのことは信じてやれよ」
 苦痛そうな表情を見せる跡部に、これ以上どう言ったらいいのだろう。跡部に壊されたわけではないのにと。
「跡部、俺は」
「もし欠片でも! ほんのわずかでも……っ俺を友人と思ってくれるなら、お前の肩をまた壊すかもしれねえ球を返すこっちの気持ちも考えやが……っ」
 ハッとしたように、跡部が途中で言葉を飲み込む。それでもほぼほぼ押し出されてしまっただろう跡部の本音は、しっかりと手塚の耳に届いてしまった。
 ――――跡部、お前……。
 跡部が口を覆って顔を背ける。手塚は気づかなかった自分が悔しくてならない。眉を寄せて、跡部をじっと強く見つめる。
 彼を好きだと言いながらも、自分のことしか考えていなかった。跡部は意識の奥底でそれを恐れていたようなのに、それをおくびにも出さず今まで全力で相手をしてくれたのか。
 強い人だと、胸が締めつけられる。
「悪い、俺のことはいいんだよ、とにかくテメェの肘が悪化するんだったら俺は絶対に反対するからな」
 ふいと顔を背けたそのままくるりと背を向けてしまい、苦しそうに歪む跡部の顔がもう見られない。それは正直ホッとした。そうさせたのは自分だというのに、そんな跡部を見たくなかったし、何も気の利いたことを言えない自分に嫌気が差すし、何よりこの状況でわずかに歓喜しかけた情けない自分を跡部に見られたくない。
 自分が思っているより、跡部に好かれているのかもしれない――そんな些細な可能性に。
 もちろん恋愛という意味ではないが、友人と思ってくれているようなのが、たまらなく嬉しい。
 跡部を悲しませておいて何をのたまうのかと思うが、どうしようもない。
「……すまない、確かにお前のことは考えていなかったな」
 手塚はすっとラケットを下ろし、もう跡部に無理を言う気はないことを示した。跡部の頭がわずかに下がるのを見て、また誤解をさせただろうかと唇を噛んだ。言葉にするのは不得手だと自覚しているが、もう少しくらい上手くいかないものか。
「忘れるところだった。あの日全力で応えてくれたことを。俺の選手生命に関わると分かっていながらそうするのは、どれほど恐ろしいことだったか、考えなかったわけではない。また勝つことだけで、頭がいっぱいだった」
 跡部をないがしろにしたつもりはない。勝つことに執着して、それしか考えられなかっただけだ。
 手塚は躊躇いつつも足を踏み出し、ネット際まで歩み寄る。
 近くなった跡部の背中をじっと眺めて、できることならこのまま抱き寄せてしまいたいと思う恋情を必死で抑え込んだ。
「だが、なぜ欠片でもなどと思うのか分からない。俺はお前を良い友人だと思っている、跡部」
 言葉を詰まらせることなく言うことができた。手塚に恋情があっても、跡部にその気がない以上友人の域を出ることは叶わない。だから友人であろうと思う。跡部がそれを望んでくれているのなら。
「また……テニスをしてくれるだろうか」
 今はもう跡部の力を借りられない。跡部にとって苦痛だというならば、付き合わせるわけにはいかないだろう。大会が終わってから、なんのしがらみもなくまたテニスをしたい。
「俺様はわりと本気で怒ってんだがなぁ……」
 呆れたような、諦めたような声が聞こえる。それでも跡部は、いつものしたたかな笑みをたたえて振り向いてくれた。
「青学が全国制覇したら考えてやるぜ。テメェの勝ち負けにこだわらずだ」
「……そこは普通俺が勝ったらではないのか」
「俺様の温情だろーが」
「…………なるほど」
 テニスを受け入れてくれたのは嬉しい。条件を出されたのもやる気につながる。だが勝ち負けにこだわらずというのは、勝利を信じてくれていないということだ。
 それは不満で、眉が寄る。跡部はそれにふっと笑って、ベンチに向かってしまった。帰り支度を調えていて、やはり今はこれ以上打ち合えないなと諦めることにした。
「試合の観戦はするだろう?」
「ああ、仕方ねーから青学の応援でもしてやるよ」
「そうか。……今まで付き合わせてしまって悪かったな、跡部。感謝している」
「フン……ま、せいぜい頑張るんだな」
 手塚もラケットをバッグにしまいながら、跡部を見やる。不敵な笑みに安堵と闘争心が湧き上がってきた。
「ああ、お前とのテニスがかかっていることだしな。油断せずに行く」
 言いながらひょいとバッグを担ぐ。どこか一人で練習できるようなところがあれば寄っていこうと思い、「では」と軽く頷いて跡部に背を向けた。
 跡部はなぜかきょとんとした顔をしていたが、それを可愛らしいと思ってしまう前に離れなければ。多分に手遅れ感がすごかったけれども。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 竜崎スミレの提案で、褒美として焼肉に連れていってもらうことになった。それはもちろん問題ないのだが、…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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 竜崎スミレの提案で、褒美として焼肉に連れていってもらうことになった。それはもちろん問題ないのだが、なぜ。
「アーン?」
 なぜここで氷帝メンバーもやってくるのか。手塚は頭を抱えたくなった。彼らも慰労会なのだろうが、なにも同じ店でなくても構わないだろう。焼肉屋はここしかないのかと思うほど、他校のメンツがそこに集結していた。
 ここで逢ったが百年目とばかりに、焼肉バトルが決定してしまう。
 メンバーが楽しめるならいいとは思うが、手塚自身はそれどころではなかった。席の配置的に跡部を見られないのはいいが、その分落ち着かない。
 そんなわけはないのに跡部の視線を感じるようで、肉の味など分かりやしない。こんなことなら、跡部を正面に見据えた方がまだマシだ。
 焼肉バトルの勝敗などはどうでもいいが、跡部はそれなりに楽しんでいるようだ。乾特製のおかしなドリンクを飲むミッションさえなければ、手塚も楽しめただろう。
 跡部がドリンクに手をつけた時は止めようかとも思ったが、彼に対してだけそんなことをしたらたちまちバレてしまう。
 ぐっとこらえ、背後に位置する跡部をじっと見つめた。
「……座ったまま尚君臨するのか、跡部よ……」
 あの跡部に粉悪秘胃(コーヒー)とやらは無謀だったのではないだろうか。カップを持ったまま気絶している。だがすぐに意識を取り戻し、顔を歪めて項垂れる。一瞬だけ視線が重なったが、すぐ気まずそうにふいと逸らされた。脱落することなくそこに在るのはさすがだなどと、おかしなところで感心してしまう。
「決着をつけるぜ手塚ぁーっ」
 そう叫びながら跡部は壺漬けカルビをトングで持ち上げる。唐突に名を呼ばれ息が止まりかけた。
 ――――肉でか?
 テニスでなくても負けたくないという気持ちは分かるし、そういう負けず嫌いなところは好ましいとも感じるが、肉でか、と思わず笑いそうになった。
「あ?」
「ん?」
 しかし、網の上に乗せた肉の様子がおかしい。煙が多すぎるし、なにやら異臭がしないでもない。
 跡部が、傍にあった壺に目を見やる。つられるように、手塚も自席から視線をやった。
 なぜその壺に【乾】という張り紙がしてあるのか。嫌な予感しかしない。
「待……っ」
 果たしてその予感は当たってしまう。目にしみる煙と、気のせいではない異臭。原因は分かりきっていた。
 立ち上る煙で視界が悪くなる。残っていたメンバーも異常事態に気がつき、ぎゃああと叫び声を上げている。ここは自分が落ち着かねばと、手塚はハンカチで口と鼻を押さえて避難を促した。
「おい避難だ! 全員避難しろ!」
「身を低くして口と鼻を覆うんだ!」
 時を同じくして、跡部も他の者たちを先に避難させるべく声を張り上げる。とっさの判断はさすがに部長で、生徒会長といったところか。だが、跡部がいちばん近くにいるのだ、被害は誰よりも大きい。
「跡部、お前も早く逃げろ」
 ぐっと腕を掴み、出入り口の方へと押しやる。煙のせいか目が潤んでいて、不謹慎にも胸が高鳴ってしまったことは、奥底にしまい込んでおこう。
「手塚、そっちはもう誰も残ってねえかっ?」
「問題ない、全員退避した」
 もう一度見回して、跡部を先に外へやる。
 店を出たそこで、死屍累々と横たわる部員たち。ユニフォームでないせいで、どれが誰だか分からない状態だった。
 ともかく全員無事でよかったと息を吐いた傍で、跡部がふらつくのが見える。手塚はそれを支え、座った方がいいと促した。跡部はそれに素直に従ってくれて、やはり相当気分が悪かったのだろうと心配になる。
「大変なことになってしまったが……皆はこれで英気を養えたのだろうか……」
「んなわけねえだろ……楽しんではいたようだがな。ああそうだ手塚、決勝進出だな。一応祝いは言っておいてやる」
「ああ、次も勝つ」
 そうだ、次は決勝だ。全国制覇まであと一つ。誰が相手だろうと負けられないと、強く拳を握った。
「跡部、明日は空いているか? できれば決勝前までにもう一度やりたいんだが」
「アーン? まだ俺様を練習台にしたいってか? お前本当に図々しいっていうか、いい神経してやがるな。俺はテメェんとこに負けたんだぜ」
「嫌ならばいいが、お前がそういうことを気にする性質たちだとは思っていない。越前との勝負は本当に見事だった。厭みでなく、純粋にそう思っている」
 真剣勝負で負けたことをいつまでも引きずるような男ではないはずだ。悔しさはあるだろうが、それで歩みを止めるはずもない。まだあの試合を思い出せる。胸が熱くなって、ラケットを握りたくなってしまった。
「そーかい、ありがとよ」
 跡部はどこか気恥ずかしそうに端末を撫で、とことん付き合ってやるぜと予定を確認してくれる。手塚はホッとした。
 この熱に応えてくれるのは、鎮めてくれるのは、跡部しかいないのだ。
 明日の約束を取り付けて、手塚はひとつ瞬く。
 少し短くなってしまった髪を、指先ですくう。綺麗な額に、視線が持っていかれた。
「……は……?」
 そうしてしまってから、ハッと気づく。何をしているのだと、指先をすぐに離した。跡部が驚いたように見上げてきて、青の瞳に胸が鳴る。
「……少しは顔色が良くなったな。先ほどは本当に青かった」
 どうにか不自然でない理由を探して、なんでもないように口にしてみる。それは事実として、店を出た直後よりは平気そうだった。
「へ、平気だっつってんだろうが……いやそれより店内大丈夫なのか? 煙は排出されてんのかよ……」
「あのバトルのせいで、店にはとんだ迷惑をかけてしまったな。勝負どころではない。明日は全員グラウンド二百周だ」
「ウチのヤツらも何人か延びてるが……青学も大概だな。次の試合に響かねえことを祈るぜ」
 まったくだと腕を組めば、跡部が髪をさらりとかき上げ息を吐き出す。ささいな仕草にさえ心音はうるさく、どうしようもないなと思う。
 もう、跡部への気持ちを否定はしない。恋だと明確に自覚して今隣にいる。
 しかし告げはしまいと唇を引き結び、触れたくなる衝動を抑え込んだ。
 想うことくらいは許してほしい、などとは思わない。跡部に許してもらわなくとも、この感情は勝手に跡部に向かっていってしまうのだから。
 要は本人にバレなければいいのだ。
 眼力(インサイト)をもってすれば見抜かれてしまいそうだが、そもそも同性からの恋情など範囲外だろう。ましてやライバルとしてしか見ていない男からなど。
 思っておいてダメージを受けたが、恋心は誰かに許可をもらうものではないはずだ。
 ――――曰く、俺は強引で傲慢らしいからな。勝手にお前を想わせてもらうぞ、跡部。気づかせやしない。
 座ったまま口許を押さえている跡部を見下ろしながら、これも一種の勝負だろうかと考える。それならば負けはしないと、いっそ楽しくさえなってきてしまった。
 これは長く続いていく戦いかもしれない。持久戦を得意としているわけではないが、惚れた相手の土俵で戦うのも一興だと、覚悟を決めた。
 その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員がこってりとしぼられ、見た目しょぼんとしながら無事に帰途へとつく。
 ちりぢりになっていく直前、跡部と目が合った。手塚が無言で頷くと、跡部が軽く手を上げて返してくる。明日の約束をそれで確認し合い、背を向けた。
 試合後に思わぬ時間だったが、まあまあ有意義に過ごせたように感じる。
「手塚部長って、アレっすよね……分かりやすいっていうか、分かりにくいっていうか」
 短く息を吐いたところで、横から声がかかる。越前だ。
「なんだ、越前」
 何のことか不明だが、分かりやすいのか分かりにくいのか、どちらなのだと視線だけで訊ねてみる。大きな瞳が向かってきたが、それは瞬きとともに逸らされた。
「……や、何でもないっす。おやすみなさーい」
「ああ、気をつけて帰れ」
 おかしなヤツだなと思うが、何でもないと言うのならそうなのだろう。さほど重要なことではないようだし、家に帰ろうと足を踏み出した。
「越前も気がついたんじゃないのかな、手塚」
 今度は不二だ。ため息を吐きながら、「だからなんのことだ」と振り向く。
「ううん。隠すつもりならそれでも構わないけど、気づかれたくないのならもう少し気をつけた方がいいと思うよ。君が跡部を見つめる目は、まるで」
「不二」
 手塚は、低い声で呼ぶ。遮って諌めるために。
 不二には気づかれたのだなと思うが、それでも口にはされたくない。これは手塚一人の戦いで、誰を巻き込むつもりもないからだ。
 じっと不二を見やると、まっすぐに視線が返ってくる。
 怯まないそれに少しも胸が騒がないあたり、やはり自分にとって跡部だけが特別なのだと実感してしまった。
「否定も肯定もしない、か。君らしいけど。……からかってるつもりはないんだ、手塚。ただ、彼が相手じゃ叶わないんじゃないかって、心配してるだけ」
「……そんなことは百も承知だ。余計な心配をするな、不二」
 理解している現実を、わざわざ突きつけないでもらいたい。この恋が叶わないのは誰がどう見ても明白で、そこは諦めてもいる。
 ただ、だからといって跡部への気持ちが消えていくわけでもないのだ。そんなに簡単に割り切れるものならば、最初から悩んだりしていない。
「お前がどう思おうと、俺は俺であるだけだ。できれば他の皆には言わないでおいてほしい」
「分かってるよ、そこら辺は。でも手塚、ボクが気づくものを、大石が気づかないと思っているのかい?」
「………………なるほど、そうか……」
 大石もか、と諦めでしかない息を空に向かって吐く。それでも何も言ってこないのは、大石の優しさなのか、戸惑いなのか。
 しかし、二人に……もしかしたら越前にまで気づかれるようではいけないなと、己を叱咤する。こんなことではすぐに跡部に気づかれてしまうだろう。
 誰に知られても、跡部本人にだけは知られたくない。恋情どころか、劣情まで抱いているなんて。
 跡部の視界にいるためには、ライバルでなくてはならないのだ。悟らせたらもう、傍にいられない。
「もう一度言おう。余計な心配はするな。試合に不埒な感情を持ち込んだりはしない」
「ボクもそんなこと心配してないけどね。ボクや大石の前では気を張らないでいいよってだけ。じゃあおやすみ手塚。明日も逢うんでしょ、跡部によろしく」
 言うだけ言って、不二はひらりと手を振ってくる。青学レギュラー陣は、自己完結しがちな連中が集まっているなと自分を棚に上げて思った。
 ――――俺の未熟さ、だろうか……初めてのことで、コントロールの仕方が分からない。恋が叶わないと知っていても想い続ける時、普通はどうするのだろうな。
 手塚はふと跡部が帰っていった方向を振り向き、名残惜しげに向き直って足を踏み出す。
 今は、大会のことだけを考えていたい。同じテニスの世界で生きている以上、たびたび跡部を思い浮かべてしまうのはもうどうしようもないことだった。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

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情熱のブルー-018-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 手塚の予想通り、試合の相手は樺地だった。対戦相手のプレイをコピーする能力は本当にすごい。その上パワ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-018-

 手塚の予想通り、試合の相手は樺地だった。対戦相手のプレイをコピーする能力は本当にすごい。その上パワーもあり、器用な選手だと思っていた。
 このオーダーに跡部の思惑がどれだけ絡んでいるかは分からないが、少しも関わっていないわけはない。やってくれるな、と唇を噛みたかったが、そんなことより勝つことだけを考えたい。
 ――――俺は負けない。次の試合に進むのは俺だ、跡部。
 雨が降る。ひどい降りになってきて、グリップを濡らす。予報通りではあるが、こんなに強い雨になるとは思っていなかった。だが審判のストップがかからない以上、ゲームは続いている。
 跡部はベンチで、自軍の勝利を信じている。サーブ権が移ってボールを握っていると、突き刺さらんばかりの視線を感じた。ぐっと唇を引き結んで集中する。体が熱くなるのは、目の前の勝利を渇望しているせいだ。跡部の視線を受けているせいではない。
 テニスは、テニスだ。
 そこに他のどんな感情も挟みたくない。ラケットを振り抜いて、雨を切る。思い描いたラインとわずかにずれて眉を寄せた。
 樺地の重い打球が返ってきて、受け止める。いつもと違うインパクト音が、集中力を削いでいくようだ。だが、負けるわけにはいかない。
 恋情を認識してしまったからこそ余計に負けられない。恋にうつつを抜かして負けたなどと、誰が許すものか。自分自身が、いちばんに許せない。
 跡部景吾は恋をするに値する男だが、だからといってテニスを疎かにはできない。したくない。
 跡部がテニスに懸けている想いも知っているから、こちらも同じ熱量で打ち込む。
「なんか……関東大会とは別の意味で鬼気迫るものがあるっすね……」
「自分の技コピーされてさえ冷静なのに、熱いっていうか、すげえゾクゾクする」
 あれが青学(オレたち)の部長なのかと囁くベンチ。
 雨はより激しさを増して、眼鏡に水滴が張り付く。だが構っている暇などなかった。集中だ、と心の中で呟いて、グリップを握り直す。樺地も、濡れて滑る手をユニフォームで拭っている。よし、と手塚は小さく頷いた。樺地の能力は本当にすごいが、危うさもある。
 関東大会でもそうだった。打ち合い合戦に発展して、結局はノーゲームになったのだ。すべてをコピーできるとは思わない。自分自身の技ならば天候にも左右されず予期せぬ出来事にも対処できるだろうが、コピーでそれは無理だ。
 案の定、樺地は雨天の中では他人の技をコピーしきれず、手塚は勝利を収めた。
 氷帝ベンチを見やれば、鋭く睨みつけてくる跡部景吾の姿。それはふいと逸らされて、ずきりと胸が痛む。あくまでもライバル校の部長としてしか見てもらえていない。それが分かるから、勝利を収めても手放しで喜ぶことができなかった。
 次のダブルス戦は、雨のため次の日に持ち越しとなってしまった。モチベーションを保つのが大変になってくるが、この雨ではどうしようもない。負けん気の強いメンバーは氷帝を挑発し返していたが、決定は覆らない。
 跡部が、ゆっくりと歩み寄ってくる。ラリーしていた時のような気安さは一切なく、ただこの大会を勝ち進むための矜持が彼を包んでいるように見えた。
「明日まで生かしておいてやるぜ」
 すれ違う際、そう投げかけられた。まるで悪役のそれだ。馴れ合いは必要ないと言わんばかりの視線で、ここ数日のやりとりはなかったかのように振る舞われるが、挑発のつもりならば無駄なことだぞと言ってやりたい。
 手塚はもう、跡部の優しさを知っている。真摯さを知っている。
 どれだけ乱暴な言葉を吐こうが、胸の奥の炎は消えはしないのだ。
 だが、こちらも部員たちの手前親しく言葉を交わすわけにもいかない。すれ違った跡部の背中をじっと見つめて、唇を引き結ぶだけに留めておいた。試合の決着がつくまで、自分たちはあくまで対戦校の部長同士でしかないのだと。
 ――――心臓が痛い。面倒くさい相手を好きになってしまったな……。
 跡部でなければもっと楽だったかもしれない。間にテニスがなければ、もっと恋に身を燃やせたかもしれない。
 だけど自分たちの間にテニスがない状況など想像もできなくて、苦笑するしかなかった。
 テニスがあったから跡部景吾を知れた。テニスを通して跡部景吾に惹かれた。それは否定しようがない事実だ。手塚は、テニスに懸けてきたこれまでを二重の意味で感謝に値するものだと思った。
 すべてを懸けられるものに出逢った。初めての恋を捧げる相手を見つけられた。
 想いを告げることはないだろうが、この感情をどうにかコントロールして傍にいたい。テニスでつながっているという事実が、不謹慎にも嬉しかった。


 中断を経て翌日に持ち越された試合、シングルス1。
 幾度も、幾度も、自分があのコートに立っていたいと思った。また強さを増した越前とも球を交わしたかったし、さらに技が磨かれた跡部ともボールを打ち合いたかった。
 腕が揺れて、そのたびに拳をぐっと握る。テニスがしたいという純粋な思いと、跡部と打ち合いたいという不純な恋心が交互に、時には同時にやってくる。どうやって抑え込めばいいのだろう。
 長いタイブレークになった。関東大会で手塚と繰り広げた試合よりも激しい応酬だ。
 固唾を呑んで見守るベンチの部員たち。ポイントを取れば歓声が上がり、点を取られれば悔しがる。ただ、手塚の耳にそれは入っていなかった。
 ぐっと拳を握りながら、ただ二人の間を飛び交うボールを追う。越前の小さな体を追う。跡部の揺れる髪を追う。
 ――――跡部……!
 真剣な表情に惹かれる。必死な顔に心が揺れる。
 部長として越前の勝利を信じ願わなければならないのに、がむしゃらにラケットを振るうこの二人の試合を、いつまでも見ていたいと思った。それは奇しくも、関東大会で周りが思っていたことと同じだった。
 こうしてコートの外から見ていると、跡部がどれだけの努力をしてその位置にいるかが分かる。一朝一夕でつく技術ではない。
 何よりも、どんなボールにも食らいついていくメンタルの強さは見習いたい。勝つことへの執念がオーラとなって見えるようだ。
 氷の王とは言うが、とんでもない。逆に熱すぎるくらいだ。
 心臓が締めつけられる。大事な試合の最中にこんなことを考える自分が嫌で嫌で仕方がない。青学の勝利だけを考えろと何度も心の中で言い聞かせるのに、厄介な恋情が邪魔をしてくる。
 だけど、この感情を不要なものとはしたくない。
 跡部景吾を好きになったことを、余計なものだとはね除けて、彼の価値を下げたくない。もっともらしいことを言っているだけだとも思うが、もう事実は事実として受け入れるほかにないのだ。
 跡部に向かっていくこの想いは、確かに手塚の中に在る。それを乗り越えられないで、過酷なプロの道へ進むことなどできない。
 この厄介な想いさえ糧にしてやろうと、手塚は腕を組んで試合を見守った。
 どちらも退かない。汗の量も多く、心配にもなってくる。
 意地で振り抜かれるラケット、相手コートに運ばれるボール。もうどちらに勝利の軍配が上がってもおかしくない。事実上の決勝戦なのではないかと思うほどだ。
 正直、越前がここまで強いとは思っていなかった。跡部がここまで勝ちにこだわるとは思っていなかった。読み切れなかったなと不甲斐なく思うのと同時に、テニスがしたいと強烈に思う。
 ――――勝ってこい、越前。さらに突き進むお前を見たい。
 ここで勝てば準決勝に進める。自分も試合に出られるし、あの小さな体から繰り出される技の数々をもっと見たい。だがそれは跡部の敗北をも意味していて、複雑だった。
 跡部と、一瞬だけ視線が重なったように思う。気のせいかとも思ったが、あの鋭い青を見間違えるはずもない。越前と対峙していてさえ敵対視されているのかと思うと、なんとも言えない。集中しろと怒ればいいのか、それとも嬉しがってしまっていいのか。
 ――――跡部、本当に厄介だな、お前は。
 八つ当たりのようにさえ思いながら試合を見守っていたが、激しい疲労から倒れ込んだ二人を見た際には、さすがに目を瞠った。
「リョーマくん!」
「越前!」
「越前っ……」
 コートに倒れた二人の肩が、腹が、荒い呼吸で激しくうごめく。体内の水分も随分と流れてしまったことだろう。どちらが先に立ち上がり試合を続行するのか。勝敗の行方はそこにかかっている。
 手塚は揺れる心を隠し歯を食いしばりながら、じっと二人の様子を眺めた。
 果たして、最初に体を起こしたのは――跡部だった。
「跡部……」
 思わず、小さく名を呟く。
 試合終了のコールが成されない限り、そこに立ち続ける姿に、ぞくりと背筋が震えた。
 ――――跡部、もしかしてお前もあの時、こんなふうに感じたのだろうか。
 続行不能かと思われたあの試合、跡部は手塚がコートに戻るのを待っていた。手塚もまた今、跡部が立ち上がるのを待っていた。勝利の二文字に対する意地と執念を、ここで改めて知ることになる。
 そうして、少し遅れて越前も立ち上がった。試合続行だ、と湧き上がるベンチ。
 手塚はひとつ瞬き、気づく。恐らくは手塚がいちばん早くそれを知っただろう。
「――気を失って尚君臨するのか、跡部よ……」
 跡部はコートで気絶していた。立ったまま、だ。
 それでもコートに立って在ろうとする跡部景吾に、身震いした。畏敬の念さえ感じる。跡部景吾はこういう男なのだと、どうしてか手塚が誇らしく思う。
 越前がサーブを打ち放っても、やはり微動だにしない。ポイントはそのまま越前の勝利を意味し、青学の準決勝進出が決定した。
「やったー! おっチビー!」
「越前! やったな!」
「リョーマくんお疲れ様! すごいよ!」
 駆け寄っていく部員たち。手塚は安堵と喜びと残念さが混じった思いで息を吐く。
 越前がバリカンを取り出し跡部の髪を刈り始める。なぜ手元にバリカンがあるのだという疑問はさておき、止めておこうと足を踏み出した。跡部が言い出したこととはいえ、見過ごせない。
 それは他の部員たちも同じだったようで、まあまあと越前をなだめてくれる。そこでようやく意識を取り戻した跡部が、髪のことに気がつき、「おいもうちょっと上手くやれ」などと言っている。言うべきことはそれなのかと眉を寄せたが、変な禍根はないようで安心してしまった。跡部の表情がさっぱりとしたものだったのは、それだけ越前との試合で完全燃焼できたということなのだろう。
 もとより真剣勝負、誰を恨む道理もない。
 互いに礼をした後、数秒だけ視線が重なった。心音は聞こえなかっただろうが、触れたくなる思いを必死で押し殺す。
 次の試合に備えなければと手塚は前を見据え、重なったその視線を断ち切った。


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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 全国大会一回戦。青学は、初戦の相手がいない。体力を温存しておけるという点と、オーダーを悟られないと…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-017-

 全国大会一回戦。青学は、初戦の相手がいない。体力を温存しておけるという点と、オーダーを悟られないという点ではありがたかったが、メンバーは昂ぶった気持ちがどうにも抑えられなかったようで、最初から飛ばしてしまった。
 ペース配分も大事だぞと指導はするが、勝ち進んだ安堵と喜びで、あまり真剣に捉えられていないだろう。
 三回戦は明日行われる。手塚はコートをぐるりと見渡した。
 ――――氷帝は。
 跡部が率いる氷帝学園は、コマを進めただろうか。心配はしていないが、番狂わせというものはあるものだ。事実、地区予選から何度も番狂わせは起こってきたではないか。そんな懸念を吹き飛ばすように、声がかけられた。
「よう、手塚。無事に勝ったみてえじゃねーの」
 振り向けば、楽しそうに口の端を上げる跡部がいた。後ろには、氷帝のレギュラーメンバーもいる。向かってくるいくつもの挑戦的な瞳で、試合の結果を悟った。
「跡部か。そちらも同じようだな」
「アーン? 当然だろ」
 相変わらず強気な発言にどこかでホッとする。恋情を認識してしまったけれど、跡部の方は何も気づいていない。このまま隠し通してみせると決意を新たにした。
 この恋情はともかく、次はいよいよ対決だ。強豪同士の組み合わせと言うこともあり注目されているようだが、負けるわけにはいかない。
「手加減はしねえぜ」
「こちらの台詞だ」
 空中で視線が絡み合う。跡部を好きになってしまったことと、テニスとは、別の次元だ。彼がテニスに入れ込んでいる以上、まったくの別次元というわけでもないのだが、勝負は勝負。昨日までの打ち合いとは違う。
 このやりとりだけを見ていれば、とても連日打ち合っていた仲だとは思われないだろう。後ろにいる不二がほんの少し考え込んでいるようだったが、跡部との自主トレを知っているからだろうと位置づけた。
「それはそうと、大石の手首そんなにひどいのか? なんなら医者紹介するが」
 跡部は顎でクイと大石を指す。手塚は驚いた。まさか対戦校のメンバーを気遣うとは思っていなかったのだ。とそこまで思って、考え直す。手塚の左肩のことだって、随分と思い悩んでいたようなのだからと。
 周りが跡部景吾についていきたがるのは、何も天性のカリスマ性だけではないのだなと、今さら思う。こうして何でもないように周りを見る力を慕われているのだろう。
「いや、それには及ばない。気遣いだけもらっておこう」
「そうかい。大石、早く完治することを祈ってやるぜ」
「あ、ああ、うん、ありがとう……?」
 しかし跡部景吾はどこまでいっても跡部景吾だ。上から目線なのは変わらない。大石も、対戦校の部長からというのに戸惑っているようだった。もともと仲が良かったわけでもないのにだ。それは不思議がるだろうなと、手塚はそれ以上跡部と何も言葉を交わすことなく歩き出した。
「跡部のあれ、相当な余裕があるのか、元々の性質なのか。ちょっと驚いたな」
「試合に出られないメンバーにとはいえ、まさか対戦校の選手に労いをかけるような男だったとはね。少しデータを書き換えておくか」
 青学のレギュラー陣も、跡部に対する評価が徐々に変わりつつあるようだ。
 それはやはり、関東大会のあの試合があったからこそだろう。あんなにがむしゃらな跡部を見られたのは、幸運だ。コートの外ではあんなに必死になることはないのだと思うと、テニスがしたいと腕がうずく。
「手塚も驚いたんじゃない? 印象、ガラッと変わったよね」
「………………そうだな。球を交わすことが多くなるにつれて、第一印象との乖離が大きくなっていくようだ」
 不二の笑いが意味深に見えるのは、気のせいだろうか。気づかれないようにと気を張っているから、疑わしく見えてしまうのかもしれない。知られていい想いではないのだ、抑えなければと、手塚は前だけを見据えた。
「え、球を交わすことが、って……? リハビリから帰ってきた日だけじゃないのか?」
 あ、と小さく息を吐く。不二が知っているからと言って、油断してしまった。跡部と連日逢瀬もとい打ち合っていることは知られないようにしていたのに、これでは自分で暴露してしまったも同じだ。恋情を抑えるのに必死で、他のことに頭が回らなかった。
「うん、手塚ね、毎日跡部と打ってたらしいんだよね。一応止めたんだけど」
 不二がダメ押しに口にしてしまう。部員たちの驚嘆が耳に煩わしかった。こうなることが目に見えていたから、黙っていたというのに。
「待て待て手塚。なんで跡部と」
「毎日あの人と打ってたんすか。俺も行きたかったな」
「お前は単純でいいよな越前」
「なんすか桃先輩」
「手塚、大丈夫なのかい? 肩の具合とか、あとはプレイスタイルのデータとか」
 純粋に疑問を投げてくる大石と、純粋にテニスをしたがった越前と、純粋に呆れ返る桃城と、純粋に心配をしてくれる河村と。反応は様々だったが、良く思われていないのは一目瞭然だった。
「すまない皆。俺のリハビリもかねて跡部に相手をしてもらっていた。どうもあちらが負い目に感じているようだったのでな。なんともないと示すためには、それしかなかったんだ」
 左肩に視線を移し、そこそこリアルな理由を探した。嘘は言っていない。跡部がこの肩のことを負い目に思っているらしいのは分かったし、あのままでいたらずっとわだかまりが残る。あの男との間に、そんなもの挟みたくなかったのだ。恋情を抜いても、跡部とは対等な関係でいたい。
「負い目に感じるくらいなら、最初からやんなきゃいーのに」
「恐らく、跡部にも予想外だったんだろう。手塚が退かずに挑むというのは」
「でも、さすがっすね……あの跡部、さん……と連日打てるって、相当な気力っていうか、持久力がいるんじゃ」
「本気で打ち合っているわけではないが。あの日の試合のようなことにはならないだろう。この先ずっと」
 むぅと口を尖らせる菊丸に、乾が眼鏡の位置を直しながら呟く。どこか遠慮がちに見やってくる海堂に、手塚は静かに返した。
「あれは俺にとって、……恐らく跡部にとっても、無二の試合だ。再現などできない」
「手塚、お前……」
 じっと左手を見下ろす。何度も頭に思い描いた、あのシングルス1。日差しの強さまで思い出せる。
 考えてみれば、あの時からもうすでに跡部景吾に惹かれていたのかもしれない。
「明日の試合で当たってもっすか」
 越前が、挑発するように覗き込んでくる。この小さな少年の負けん気の強さは、どこか跡部に似ていた。
「いや、明日俺は跡部とは当たらないだろう。俺たちも向こうも、勝つためのオーダーを組んでいる」
 どよめきが起こる。この予感は外れていないはずだ。そして、手塚の希望でもある。残念だが、個人の感情を優先している場合ではないのだ。勝って次の試合に進むには、自分は跡部と戦うべきではない。少なからず驚いている次代の柱に、すべてを託そう。
「越前。跡部は強い。油断せずに行こう」
 彼の相手はお前だと暗に告げてやれば、越前は一つ瞬いて真剣な表情になり、次いで楽しそうに口の端を上げた。全国大会という大舞台でさえ、この少年は楽しむつもりでいるのだと思うと、心強かった。
「……厄介な相手だね、これは」
「俺もそう思うよ、不二……」
 大石と不二が、視線を合わせる。菊丸や河村がそれに同調し、二人が大きなため息をついたのだが、明日の試合のことを考え始めた手塚の耳には入らなかった。



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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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 そんなことを考えていたせいだろうか。打ったサーブを跡部にスルーされた。返せないコースではなかったは…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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 そんなことを考えていたせいだろうか。打ったサーブを跡部にスルーされた。返せないコースではなかったはずだ。眉間にしわを寄せたら、ネットの向こうの男は腰に手を当てながらこちらを睨みつけてきた。
「止めだ止めだ、手塚ぁ!」
「……なぜだ」
「なぜだも何もあるか。テメェ全然身が入ってねえじゃねーの。そんなヤツと打ったって意味がねえぜ」
 ラケットを下ろし責め立ててくる跡部に、見透かされた焦りと苛立ちが、手塚のラケットをも下ろさせる。
「お前に言われたくはない。今日は、逢った時からおかしかった」
「なっ……」
 そう指摘してやれば、跡部はカッと頬を赤らめたように見えた。手塚はわずかに目を見開く。今の言葉のどこに、頬を染める要素があったのか。見間違いかとも思ったが、レンズ越しに見る彼の顔は、赤い。
「俺様のことはどうでもいいんだよ! テメェそんな調子で明日からの全国は大丈夫なんだろうなぁ!」
 誤魔化すようにラケットで指される。手塚にとってはどうでも良いことではないのだが、気分は削がれてしまった。
「問題はない。俺自身はな」
 そう返しながら、ベンチへと向かう。気がかりはなにも跡部のことばかりではない。
 明日からの全国大会、思い描いていたメンバーでないのはやはり、まだ納得しきれていないのだ。
「あ? ……なんだよ、青学のヤツらに何かあったのかよ。おい手塚」
 追って、跡部もベンチへとやってくる。怪訝そうな顔に、不安が混じっているのが見て取れた。彼も、ライバル校には全力であってほしいのだろう。手塚は悔しげにぐっと拳を握った。
「大石が……試合に出られない」
「怪我か? そういや関東大会も……ウチ相手に急造コンビでやりやがってくれたな」
 跡部が苦笑する。その急造コンビに氷帝自慢のダブルスが敗れてしまったことを思い出したのだろう。手塚はそれに頷いた。
 跡部がひとつ瞬き、気の毒そうにわずかに視線をずらす。その視線は、手塚の左肩に向かっていた。
「そりゃ……悔しいだろうな。練習中に痛めたのかよ?」
「いや、子どもが産まれそうな妊婦さんを助けた時にらしい。手首では、致命的だ」
 すぐに治ると思っていたが、その予想は外れてしまった。痛みがどれほどのものか手塚には分からないが、自ら怪我が治っていないと示してくるあたり、根深いのだろう。
 無理をして試合に出て、相棒である菊丸に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったに違いない。
「なんだそりゃ……。大石らしいと言えばらしいのか。だがな手塚。そんな情報を俺様に教えちまっていいのか? 黄金(ゴールデン)アのオーダーはないってことだろうが。テメェに部長っていう自覚はあんのかよ」
 跡部は隣に腰をかけ、揶揄するようにも投げかけてくる。
 部長としての自覚というのは不二にも言われたが、誰よりもあるつもりだ。対戦校の部長とこんなふうに打ち合っていて言えることではないかもしれないが、青学テニス部を束ねる者として大会に臨む自覚と誇りは持っている。
「……どうせすぐに知れ渡るだろう。それに、跡部のところと当たるのは順当に行けば日程的には明後日だ。対策はできる」
「ああ……偵察か。氷帝はセキュリティ的に無理だが、そっちは入り込み放題だろうしな」
「大石が納得している以上どうしようもないんだが、やはりベストメンバーで臨めないのは悔しいな。俺などより、ダブルスを組んでいた菊丸の方が無念さや憤りは大きいだろうが……もしかしたらそれが、先ほどのプレイに現れていたかもしれない。すまなかった」
 そればかりが理由ではないけれど、せっかくの貴重なトレーニング時間を割いてくれている跡部に、不誠実だった。
 思い悩んでいることを、この時間にぶつけるべきではなかったのだ。呆れられてしまったかもしれない。
「いや……いいさ。それだけテメェには重要なことなんだろ。メンバーを大事にしてる証拠じゃねーの」
 だが跡部は呆れるでも怒るでもなく、静かな瞳で見つめてきてくれる。
 すべてを受け止めて包み込むようなその凪いだ瞳に、手塚はゆっくりと瞬いて、正面に向き直ってこくりと頷いた。
 ほんのわずかなやりとりの中で、メンバーを大事にしているなどと言われてしまって、胸の辺りがむずがゆい。
 言葉にしたことはないし改めて考えたこともないのに、跡部の言葉はするりと入り込んでそこに落ち着いてしまう。自覚していなかった心の機微を拾い上げて、それでいいのだと肯定してくるのは、懐の広さなのか、余裕なのか。
 跡部景吾の器の大きさを改めて認識したような気がする。
 ――――……俺は、この男を抱いたのか。夢の中で。
 昨夜の生々しい夢を思い出す。指先に、髪の先に、鼻先に口づけたあのいっそ悪夢のような時間。
 ――――そうか……。
 手塚はそっと目蓋を落とした。
 ――――もういい、認めてやろう。どうやら俺は、お前のことが好きらしい。
 諦めにも似た思いだった。
 恋情より先に劣情をはっきりと認識してしまったことが情けないが、どちらにしろ延長線上にあるのだ。先か後かは関係ない。
 手塚国光は、跡部景吾に恋をしてしまった。
 ずっと跡部のことが頭から離れなかった理由が分かった。顔が見たいと思ったのも、連絡先を知りたいと思ったのも、すべてこの感情につながっていたのか。
 答えを明確に自覚して安堵するのと同時に、後ろめたい。
 ライバルとして接してくれているのはさすがに分かる。肩のことを心配してくれるのも、発破をかけるように言葉を投げかけてくれるのも、好敵手として認識しているからだ。
 それなのに、こちらは不埒な想いを抱えてしまった。跡部に知られたら、テニスにそんな感情を持ち込むなと張り倒されそうだ。
 純粋にテニスを楽しみたい。もっと強くなりたい。高みへ、頂点へ。
 そう思っているのは確かに本音なのに、恋情など抱いてしまった自分が不甲斐ない。
 ちらりと想い人に視線をやれば、どうしてか頭を抱えていた。
「……どうした、跡部」
 頭を抱えたいのはこちらの方だと思いながらも声をかけると、ため息にまじって「なんでもねえよ……」と返ってくる。手塚は跡部のように、些細な言動から読み取ることなどできやしない。何か悩みがあるのかと聞いてやりたいが、この男が簡単に弱みを晒すとは思えない。
 それは彼の強さでもあるし、まだ跡部の信頼を勝ち取っていない証拠でもあった。
 ――――歯がゆいな……。だがこれ以上親しくなるわけにはいかないだろう。跡部には、眼力(インサイト)で見透かされそうだ。
 たったあれだけのやりとりで、自身でさえ気づかなかった根幹を見抜いてきたのだ。手塚の中の恋情など、すぐに気づいてしまうだろう。それは避けたい。
 これが女性であれば、想いを告げていたかもしれない。テニスが第一であることから交際は難しいかもしれないが、想いだけは知っていてほしいと。そうした方が、いつまでも思い悩むよりテニスに集中できそうな気もした。
 だが、相手が跡部景吾では駄目だ。何をどうしたって、受け入れられるはずがない。
 こちらをライバルとしてしか見ていない男が初恋の相手だなんて、難題過ぎる。いっそプロになる方が楽な課題ではないかと思うほどだ。
 いくら跡部でも、同性にこんな想いを抱かれているなど、気持ちのいいものではないだろう。整った顔をしているし、他にも似たような想いを抱いている男もいるかもしれないが……と、そこまで思って、腹立たしさで止めた。
 跡部をよく知りもしない男がそんな感情を抱くんじゃないと、自分自身よく知りもしないのに身勝手なことを考える。
 もっと知りたいと思う反面、これ以上跡部景吾という男を知りたくないとも思う。何を知ろうと、恋情に加算されてしまうからだ。拒絶されるのが目に見えているのに、これ以上想いが大きくなるのは避けたい。この想いを知られることも避けたい。上を目指していくだろう跡部を煩わせたくないとも思う。
 ならば、隠し通すしかない。生涯をこの距離で、好敵手としてやり過ごしてみせる。
 それが唯一、初めての恋に対してできることだ。
 手塚はゆっくりと息を吸い込み、同じ量だけ吐き出した。
「なかなか上手くいかねえもんだよなぁ、手塚ぁ」
 ぼそりと呟く声が耳に届く。大会のことだろうか。ベストメンバーで臨めないことを指しているのかもしれない。
「そうだな。だが、上手くいきすぎてしまったら、それは自身の成長を止めることになってしまうだろう。俺は……青学オレたちは、必ず乗り越えてみせる」
「同感だが、勝利をいただくのは俺が率いる氷帝だぜ」
「いや、負けるわけにはいかない」
「ククッ、負けず嫌いなライバルを持って嬉しいぜ。俺様の進化の糧にしてやるよ」
 ライバルだと、明確に言葉にされてしまった。それは嬉しくもあるし、恋に気づいた今はむなしくもある。まったく上手くいかないものだ。
 だが、したたかに笑いながらラケットを握った跡部に胸が躍った。
「手塚、もう一ゲーム付き合いな。俺様も気合いを入れ直すぜ」
「ああ、俺から言おうと思っていたところだ、跡部」
 まっすぐに向かってくる不敵な視線を見つめ返して、改めて確信する。
 ――――好きだ。跡部。
 馬鹿馬鹿しいほどに、感情のすべてが跡部に向かっていく。
 テニスに懸ける想い、初めての恋、ともに高みへと向かう衝動。
 サービスを譲られて、打ったボールはエースを取られた。きっとどこかで加減してしまったのだろうと己を叱咤しながら、高揚してくる気分を球に込める。夕焼けの色が、燃える炎のようだった。


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情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

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「いよいよ明日だね」「ああ、油断せずに行こう」 明日からの全国大会、出場するレギュラーメンバーは決定…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

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「いよいよ明日だね」
「ああ、油断せずに行こう」
 明日からの全国大会、出場するレギュラーメンバーは決定した。
 桃城は関東大会の際にレギュラー落ちした悔しさをバネに、しっかりと心身を創り上げてきたし、菊丸も持久力を高めた。海堂や乾、越前、河村も、それぞれの技をさらに磨いてきた。もちろん、涼しい顔をして隣にいる不二周助もだ。
 しかし、手塚には気がかりなことがあった。
「……大石のこと、気にしてるのかい、手塚」
「…………そうだな」
 治りきっていない怪我を抱えたヤツを出すわけにはいかないと、大石は肩の故障を乗り越えた手塚に挑んできた。そうして、自身の手首の怪我が治りきっていないことを皆の前で示したのだ。
 そうされてしまっては、大石をメンバーに加えるわけにはいかない。気持ちとしてはどうあれ、ごり押しすることは部長としてもできなかった。
「ベストメンバーで臨めないのは残念だよ。英二、大丈夫かな……」
「大石と菊丸のことは、俺たちが口を挟むべきではないだろうな。ダブルスのパートナーというのは、他より絆が深くなる」
 片付けをしている部員たちを見守りながら、手塚は眉間に深くしわを刻んだ。
 大石が出られないとなると、青学最強の黄金ゴールデンペアのオーダーはなくなる。それはかなりの痛手だが、パートナーとして過ごしてきた菊丸の悔しさは、中学最後の大会を欠場せざるを得ない大石の無念さは、そんなことよりもずっとずっと深いのだろう。
 自分に何ができるだろう。
 いや、何もできない。せめて大石が会期中に復帰できることを祈り、勝ち進んでいくしかない。
「気持ちを切り替えて挑むしかない。不二、お前も明日に備えて自身の調整をしておいてくれ」
「うん、もちろん。ボクだって負けるつもりはさらさらないからね」
 涼しい顔をして不敵なことを言う。確かにこの男が負けるところは想像がつかないなと、手塚は無言で頷いた。
「君はこれから自主練かい?」
 コートの片付けを見守り、部員たちがちりぢりに帰宅していくのを見届けた後は、それぞれ明日のために気持ちや体の調整を行う。リラックスできる環境で、体に無理のないよう過ごすというのは、竜崎スミレの方針でもあった。しかし不二は、手塚がこのまま帰るつもりではないことを見抜いている。
「ああ。この後、跡部と打ち合う約束をしている」
「…………え? 跡部と?」
 馬鹿正直に暴露してしまった。不二は目を見開いて驚き、絶句しているようだった。
 それはそうだろう。全国大会が明日へと迫ったこの大事な時に、対戦校の部長とテニスだなんて。
「ちょっと待ってよ手塚。跡部とって……どうして……だってリハビリから帰ってきた日もだったんじゃないの」
「そうだな。良く思われないのは理解している。俺もお前の立場だったら、なぜだと問いかけただろう」
 初戦は氷帝ではないとはいえ、勝ち進めばすぐに当たる。そんな状態で連日テニスをすれば、問題にもなってくるだろう。疲労という話ではない、プレイスタイルを体感されてしまうのだ。それが勝敗に影響し、命取りになるかもしれない。
 もともと仲の良い相手と研鑽を積むというのならまだ話は分かるが、跡部とは親しくなどない。ここ数日でようやく人並みに会話をするようになっただけの相手だ。
「データを抜かれるようなヘマはしない。というか、そのリスクはお互い様なんだ」
 ヘマはしないと口にして、言葉に詰まりそうになった。昨日跡部が放った言葉と同じだったせいだ。そんな些細なことにさえ反応してしまうのは、昨夜見た夢のせいだろう。
 後ろめたい。この後逢う約束があるのに、用事ができたと言って反故にしてしまいたい。顔を合わせづらくて仕方がない。
「あえて言うけど手塚、部長だっていう自覚はある? 規律を乱すなって言う君が、まさかそんなことをしてるなんて。みんなに示しがつかないんじゃないのかな」
「………………そうだろうな」
 このまま、今日は逢えないと連絡してしまおうか。不二の言うように他の部員たちに示しもつかないし、明日に備えてたまにはゆっくり休養するのも手だろう。
 だけど、スマートフォンを取り出してみても指先が動かない。アプリを立ち上げて履歴から数文字打って送信するだけだというのに、少しも動いてくれない。
 ――――……逢いたい……。
 逢うまいと思えば思うほど、その気持ちは大きくなっていくようだ。
 手塚は潔く諦めて、『今から向かう』とだけ送信した。
 元々昨日した約束だ。守りたい。跡部に用事があるならまだしも、おかしな感情がわき上がるからとこちらから約束を破ることはしたくない。すぐに既読の印がついたことに、胸が鳴る。『俺もこれから行くぜ』と短く返されて、口許が緩みかけた。
「えっ……」
「すまない不二。約束なんだ」
 他校の部長との逢瀬。手塚は責められる方を選んで、足を踏み出した。
「手塚っ、ちょっと待っ……うそ、よりによって……」
 目を見開いた不二が、戸惑ったように言葉を発していたが、振り向くつもりはない。止められたところで、この足は約束の場所に向かっていくのだから。
 テニスがしたい。その気持ちだけでいい。一歩踏み出すごとに逸る心臓のことなど、考えないでいいはずだ。
 顔が見たい。声が聞きたい。名を呼んでもらいたい。
 そんなおかしな感情は、胸の奥底にしまい込んでいなければ。
 明日から大会が始まるのだし、跡部とのテニスはウォーミングアップのようなものだ。手塚は無理やりそう考えて、眉間にしわを寄せながら歩いた。


 跡部より先に着いてしまったようで、あの目立つ姿が見えなかった。少し落ち着く時間ができたと思おうと、深く息を吸い込む。跡部を前にして、普通でいられるだろうか。
 ――――あの夢は忘れよう。いや、忘れなければならない。誰にも言えないものなど、良いことであるはずもないんだからな。
 吸い込んだ息を吐き出して、まだ頭の中に残る夢を一緒に吐き出す。もともとそう性欲の強い方ではないと思っていて、あんな夢は自分が望んだものではない。
 よりにもよって跡部を性の対象にするなど、赦されることではないだろう。知られたら、絶対に張り倒される。いつも通りにしていなければ、跡部の眼力(インサイト)によって見透かされてしまう。
「ま、待たせて悪いな、手塚」
 そんなことを考えているうちに、跡部が来た。どこかでホッとしたが、おかしいとも感じてしまう。
「いや……俺も今来たところだ」
 この違和感はなんだろうと、じっと跡部を見つめる。そうして気がついた。声をかけられてこれまで、視線が一度も重ならない。
 いつもは鬱陶しいくらいにまっすぐ見つめてくる瞳が、伏せた目蓋に隠れていたりあさっての方向を向いていたりと、跡部らしくない。
 何かあったのかと訊くべきなのか、それとも何も気づかない振りをした方がいいのか。つい先日連絡先を交換しあったばかりの間柄とは、どこまで踏み込んでいいものだろう。
「何してんだ手塚、ぼーっとしてると俺が勝ちをさらっちまうぜ」
 それでもラケットを握ればいつもの跡部景吾になっていて、手塚は目を瞬いた。
「そう簡単にできると思うな、跡部」
 手塚もラケットをぐっと強く握り、跡部からのボールを受けるためにコートで構える。黄色いボールが空を切る音が、徐々に手塚の神経を研ぎ澄ましていくようだ。
 このボールを、明日は誰が受けるのだろう。憎たらしいほど返しづらいところに打ってくるこの球を、誰が、どれほど真剣に跡部に返すのだろう。
 今回の大会で、跡部と試合をすることはないだろうと、手塚は予感していた。チームとして勝ち進むためには、不要な組み合わせだ。全国大会に出られるのは本当に嬉しいが、望む試合ができないのは歯がゆい。
 怪我で出られない大石にしてみたら、パートナーを欠いた菊丸にしてみれば、なんて贅沢で傲慢なことかと思うだろう。
 彼らは今どうしているだろう。部長として、もっとしっかり話を聞いてやるべきかもしれない。だが彼らのことは彼らに任せた方がいいのではとも思う。
 人の心の機微というものは複雑だ。ただでさえ表情が表に出にくいのに、自分が出しゃばっても、いいことにはならないかもしれない。


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