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恋を羽織る

NOVEL,テニプリ,塚跡 2022.10.31

#両片想い

「狭いな」 部屋に通されて最初の言葉がそれだとは、さすが跡部景吾だ。「お前の部屋に比べたら、どこでも…

NOVEL,テニプリ,塚跡

恋を羽織る



「狭いな」
 部屋に通されて最初の言葉がそれだとは、さすが跡部景吾だ。
「お前の部屋に比べたら、どこでも狭いだろう」
 知らないが。手塚はそう付け加えて小さくため息を吐く。跡部はそれに、「冗談だ」と返してきた。
 手塚も、それほど跡部の言動を気にしているわけでもない。ベッドと勉強机とチェスト。一般的な広さと家具だし、何も不便などない。そもそも『跡部景吾』の言動をいちいち気になどしていられるものか。何しろ日本屈指の財閥の御曹司だ。狭いというのも、本音ではあるのだろう。
 生活環境や価値観などは、違っていて当然だ。
 違うからこそ、惹かれてしまう。
 きょろりとゆっくり部屋を見渡す跡部を、ちらりと視線だけで見やる。少し前からは考えられないことだ。跡部景吾が自分の部屋にいるなんて。落ち着かない気分で学ランを脱ぎ、畳んでチェストの上に置いた。
 どうしてか視線を感じて振り向くと、パッと逸らされる。若干気分が降下しながらも、跡部の視線が自身の上着に移ったのに気づいた。
「……上着、かけておくか?」
 くつろげないだろうとハンガーを手に取れば、跡部が苦笑しながらボタンに手をかける。指先で器用に外して腕を抜いていく様を、じっと凝視してしまった。おかしな思考にならないうちにハンガーを手渡して、手塚は踵を返す。
「座ってろ、お茶を入れてくる」
「ん、ああ」
 ハッとして跡部が返事をしてくる。ぎこちないと思ったのは、初めて訪れた場所だからだろうか。そう思いながら、跡部を部屋に残して階段を降りた。制服姿をまだ見慣れていないせいか、心臓が必要以上に速い気がする。
 落ち着かなければいけない。何も特別なことはないのだから。今日はただ、跡部が読みたがっていた本を貸すことになって、初めてテニスを絡めずに同じ時間を過ごすというだけだ。
 だからこの厄介な恋情は、今は押し込めていないといけない。
 キッチンへ差しかかった辺りで、なぜ、と思う。なぜ抑えないといけないのだろう。手塚国光が跡部景吾を好きだという事実は、もう何をしようと変わらないのに。それならばむしろ、言わない方が不誠実なのではないだろうか。
「珍しいのね国光。お友達連れてくるなんて。学校も違うようだし」
「氷帝の……他校のテニス部部長なんです。試合を経て、……親しく、なれたと」
「そう。もっと仲良くなりたい相手、ということね。国光、嬉しそう」
 母親がお茶を入れてくれる。このカステラは父の好物ではなかったかと彼女の顔を見やったら、内緒ねと唇に人差し指を当てられた。母親というものには敵わないと、こんな時いつも思う。きっと、気づかれたのだろう。
「そうですね」
 否定することはせず、入れてもらった紅茶とカステラ、フルーツのゼリーをトレーに載せ階段を上がった。
「跡部、入るぞ」
「ああ」
 声をかけると、跡部がドアを開けてくれる。普段は開けてもらう側だろうに、こうやって気の利くところは好ましい。
「すまない、助か……」
 だが、次の瞬間そんなほのかな想いが吹き飛んでいった。手塚は目を瞠る。トレーを落とさなかったのは、褒められてもいいくらいだろう。
「な、……にをしてる、跡部」
 何しろ、跡部が学ランを羽織って待ち構えていたのだ。それは間違いなく手塚のものだろう。困惑ばかりが襲いかかってくる。
「ん? ああ、これかよ。悪い、ちょっと気になっちまってな」
 硬直した手塚に気づいたのか、跡部の視線が肩の学ランに落ちる。それでも脱ごうとはせず、手塚は頭の中の混乱を結んでぽいと放り投げ、ため息一つで平静さを取り戻した。
「ああ、氷帝はブレザーだしな。だからといって何も人のを勝手に羽織ることもないだろう」
「怒るなよ」
「怒ってはいない。呆れているんだ。ほら、脱……いや、いいが」
 脱げと言い掛けて、破廉恥な思考になりそうで踏みとどまる。跡部がそうしたいというなら放っておこうと、小さなテーブルを出して紅茶を置き、カステラとゼリーを並べた。
「サンキュ。美味そうじゃねーの」
「桃と葡萄、どちらがいい?」
「桃がいいな。そっちも一口くれ」
 桃のゼリーを跡部の方に差し出して、手塚は再び硬直する。違う方も食べてみたいという気持ちは理解できるが、心臓に悪い。だが断る理由もない上に、非常に可愛らしくて頷いてしまった。
 跡部のスプーンが葡萄のゼリーをすくっていく。つるりと吸い込まれていく唇に、どうしても目が行ってしまった。
「ほら手塚、こっちもやるよ」
「え、あ、ああ」
「食わせてやろーか?」
「結構だ」
 どうにか平静を装って、桃のゼリーをすくって食べる。あまり味がしないのは、緊張していたせいかもしれない。
 跡部はどうも学ランが気に入ってしまったようで、ずっと肩に羽織ったままだ。寒いというわけでもないだろうに、たびたび指先で触れる仕種が目に入る。氷帝のシャツの上に羽織られる青学の学ランというのは、愉快な光景だ。
 跡部の体を、自分の学ランが包んでいるというのは、良くない光景だ。そんなことは絶対にないのに、跡部を抱きしめているような錯覚に陥ってしまう。
「なあ。そういやこういう学ランて、卒業式に第二ボタン分捕られるって聞いたが、そうなのか?」
 ふと思い出したように、跡部が第二ボタンを見下ろして撫でる。分捕られるという表現はどうなんだと思いつつ、手塚は眼鏡の位置を直した。
「どこからの情報だ。まあ確かに、昔からそういう風習はあるようだが。意中の相手の、心臓にいちばん近いところのボタンをもらいたいという想いかららしい。もちろん、男の方からボタンをやるというのもあるな」
「ふぅん? 心臓に近いっていったら、中のシャツでもいいようなもんだが。そこはロマンてヤツか?」
 手塚も跡部も、中学三年生。あと何ヶ月かすれば、中等部を卒業しなければいけない。卒業式には、いくつかのボタンが飛び交うことになるのだろう。基本的には持ち上がりの高等部に進学するというのにだ。
 しかし、手塚は卒業したら青学の高等部には上がらずドイツに行くと決めている。もっと強くなるために。
 この恋はここに置いていかなければいかなければならないだろうか。せっかく初めての恋だというのに。
 やはり、告げておいた方がいいかと思う。告げられないまま離れたら、きっとずっと引きずってしまう。せっかく二人きりなのだし、今言ってしまおうかと、口を開いた。
「跡部」
「第二ボタン、お前も誰かにやる予定あんのか?」
 出鼻をくじかれた気分だ。話の流れとしてはおかしなものでもないが、このタイミングでは勘弁してほしかったと、手塚は頭を抱える。
「いや、やる……というか、もらってほしい相手はいるが……」
「へえ、そういう相手がいんのかよ。お前も隅に置けねえなあ」
 ふっと笑いながら跡部が言う。これは脈も何もないなと、手塚は盛大にため息を吐いた。いっそ卒業式に氷帝学園に行ってボタンを押しつけてやろうかとさえ思う。
 どうするのが正しいのだろうか。脈もないのに告げて、跡部は困らないだろうか? もう友人としてさえつきあえなくなるのは、嫌だ。それならば、黙っていた方がいいのかもしれない。初めての恋だが、初めてだからこそ壊したくない。
 逃げるのか、と言われても、そうだとしか返せない。
 あと少しだ。あと少ししか一緒にいられないのだから、その間くらいは〝親しい〟のだと錯覚させてほしい。衣服を羽織られるだけで触れているような気になる、そんな馬鹿げた錯覚でも構わない。
「……そっか……いんのか……」
 跡部の、沈んだ声が耳に届く。いつも強気な彼にしては、珍しいものだった。
「行く当てがねえんなら、可哀想だから俺様がもらってやっても良かったんだけどな」
「………………は……?」
 何を言われたのか分からない。もらってやっても良かったというのは、どういう感情からなのだろうか。
「大石とか、不二とか、引く手数多だろ。ふふ、てめェはどうだよ、手塚ァ」
 真意を訊ねようとしたところで、もういつもの口調に戻った跡部が笑う。単純に、欲しがる相手がいるかどうかということらしい。もう何も期待するものかと眉間にしわを寄せた。
「そういうお前はどうなんだ、跡部。氷帝には、そういう習慣はないのか?」
「ウチはネクタイだな。卒業式でなくても、恋人とネクタイ交換して着けてるヤツはいるみたいだぜ」
 言いながら、跡部は指先でネクタイをすくい上げる。絡んだそれは、運命の赤い糸のように見えた。
「誰かにあげるのか」
「いや、誰にも。跡部景吾が誰か一人のものになるわけにはいかねーだろ」
 跡部景吾という男が、多くの人間に慕われているのは知っている。それらに平等に接しているらしいことも。もしや自分もその中の一人なのかと思うと、無性に腹が立った。同時に、悔しくて仕方がない。このままでは、跡部の中でなんの意味もない存在になってしまう。
「お前の博愛主義をどうこう言うつもりはないが、それなら俺が欲しいといってももらえないのだな」
「………………は……?」
「俺は跡部のネクタイが欲しい」
「な、に、言って」
 跡部の目が大きく見開かれる。逆に、手塚の目はすっと細められた。
「意味が分からないほど馬鹿じゃないだろう」
「テメーこそ意味分かって言ってんのかよ! 俺のっ……ネク、タイ、欲し、い、とか」
「氷帝そちらの風習を充分に理解した上で言っている」
 跡部の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。それは珍しいものを見たと思わせ、手塚はぱちぱちと目を瞬いた。青い瞳はゆらゆらと泳ぎ、唇が震えているように見える。
「だ……って、お前、ボタンやりたいヤツがいるって……今言ったばっかじゃねえかよ……」
「いや、だからそれは」
「俺の(イノチ)欲しがるってんなら、お前も心臓よこすのが筋ってもんだろ! 学ラン(これ)ごとよこせ!」
 跡部は言いながら、第二ボタンごと学ランを握りしめる。手塚は目を見開いた。
 言葉で、まっすぐな瞳で、分かりやすい仕種で、欲しがってくれている。一瞬遅れてそれを理解して、思わず学ランごと引き寄せていた。
「んっ……」
 気がついた時にはもう唇同士が触れていて、ほんのりとフルーツゼリーの味がする。思いがけず叶ってしまった恋は、この唇でこれからゆっくり語り合えるだろうか。
 唇を離すと、感触を確かめるように指先で撫でながら、跡部が右肩に寄りかかってくる。
「……手が……早ぇ……!」
 押し殺したような声は、責めているのか喜んでいるのか分からない。手塚はひとまず自分に都合の良いように解釈してから、跡部の体を学ランごと抱きしめた。これで、錯覚なのではなくなる。確かに自分の腕が抱いているのだと実感して、耳元で囁いた。
「好きだ、跡部」
 ややあって、応えるように跡部の腕が背中に回ってくる。
「……俺も、好きだぜ手塚」
 抱き合った互いの体温はシャツ越しでも温かかったが、そんな恋人たちの傍では紅茶が徐々に冷めつつあった。


#両片想い

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指を絡めた後に

NOVEL,テニプリ,塚跡 2022.10.08

#両片想い #BOOST

 荒い息が、コートに響く。どちらがどれだけポイントを取っているか、もう忘れてしまった。 この男とのテ…

NOVEL,テニプリ,塚跡

指を絡めた後に


 荒い息が、コートに響く。どちらがどれだけポイントを取っているか、もう忘れてしまった。
 この男とのテニスなら勝敗にはこだわりたいけれど、それ以上にいつまでも続けていたい。勝敗か、時間か。どちらが大切かなんて、決められない。
 汗がしたたり落ちる。それがたまらなく美しく見えて、心臓がドクンと音を立てた。
 高揚する気分が、おかしなものまで連れてくる。その感情の存在には気づいていたけれど、言いたくない。音にしてしまったら、もう絶対に止められないのが分かっている。
 いつまでも続けていたい。そう感じているからこそ、この一人きりの勝負に負けるわけにはいかなかった。
 汗で、握ったラケットが滑る。ボールはフレームに当たって高く弧を描き、狙い澄ましたスマッシュで撃ち抜かれてしまった。
「いったん切り上げるか? もうこんな時間じゃねーの」
「……そうだな」
 油断していた、とラケットを握り直すけれど、ネットの向こうの相手――跡部景吾はラケットを下ろしてしまう。仕方なくネットへと歩み寄って、右手を差し出した。真ん中で重なる手は、汗ばんでいる。それが不快でないのは、テニスに打ち込んだ証明だからだろう。跡部の方はどう思っているか知らないが。
「……お前の手って、わりとでかいな」
「そうだろうか? 普通だと思うが」
 手を持ち上げられて、手のひらを上向かされる。そんなことはないと思うが、そういえば誰かと比べてみたことはなかったかもしれない。
「人差し指が俺より少し長い」
 俺の右手と跡部の左手が向かい合わせで重なる。ぴったりと合わさって、じんわりと汗が混ざった。息を呑んだ音は、聞こえていないといいんだが。
 そんな俺をよそに、跡部は指先を順番に合わせてくる。親指、人差し指、小指、中指、薬指。丁寧に触れられて、胸がざわついた。
「ほら」
「人差し指が長いだけで、俺の手が大きいとは判断できないだろう。それを言うなら、お前は薬指の方が長いんだな」
「あ……本当だ」
 曲がっていた関節がぴんと伸びて、指先が少しだけずれる。指の長さは人によって違うと聞いたが、こんなふうに見る機会はなかった。
 この手がラケットを握っているのかと思うと、なんとも言えない気分になる。敬いたい気持ちと、純粋な興味と、純粋でない欲望が自分の中でせめぎ合う。
 このまま握り締めて引き寄せてしまおうか。
 ……できるわけがない。
 この手はラケットを握るためにあるのであって、俺が指を絡めるためにあるわけではないんだ。
 不埒な欲望に、跡部景吾を巻き込むわけにはいかない。この気持ちは抑えこまなければならない。
 人差し指が、ピクリと動く。我慢しようと思えば思うほど緊張して力がこもってしまった。
 そうしたら、同じように居跡部の薬指が僅かに揺らぐ。不思議に思って跡部を見やれば、なぜか困ったように片眉を上げていた。
「跡部?」
「…………なあ手塚、嫌なら拒んでくれていいんだがよ。この指……絡めてみてもいいか」
 何を言われたのか分からない。俺の気持ちが、そのまま音になってしまったのかと思った。
 都合の良いように解釈してもいいのだろうか。いや、跡部は単に指を絡めることに興味があるというだけなのかもしれない。……どんな興味だ。
「構わないが……一つ頼みがある」
「な、んだよ」
「――俺も指を絡めてみてもいいだろうか」
 思い切って音にしてみれば、跡部が目を見開く。ああ、綺麗な青だ。さっとわずかに染まった頬は、やはり期待していいものか。
「……ああ、いいぜ」
 許諾されて、ドキンドキンと胸が胸が鳴る。
 そうして俺たちは、互いに見つめ合ったまま指を絡め合った。ゆっくりと、ゆっくりと。
 そんなことで何か分かるのか。
 こんなことで何か変わるのか。
 指の付け根まできゅっと絡ませ合い、ひとつ瞬く。
 たぶんそれが、二度目の交錯を認識した瞬間だったんだ。
 一度目は、あの夏の暑い日。
 長いタイブレークを交わした試合の中で、テニスに対するお互いの思いを知った。
 そして、今日。
 俺たちは言葉もなく、唇を重ね合わせた。


#両片想い #BOOST🙏

キスを贈る

NOVEL,テニプリ,塚跡 2022.10.08

18歳以上ですか? yes/no

NOVEL,テニプリ,塚跡

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ただの好意かそれとも恋か2
ただの好意かそれとも恋か2

ただの好意かそれとも恋か2

OFFLINE 2022.10.08

#片想い #両想い #誕生日 #R18 #塚跡 #新刊サンプル #シリーズ物

(画像省略)ただの好意かそれとも恋か2いつかみた永遠のあと2ndにて発行『ただの好意かそれとも恋か』…

OFFLINE

ただの好意かそれとも恋か2


ただの好意かそれとも恋か2
ただの好意かそれとも恋か2


いつかみた永遠のあと2ndにて発行
『ただの好意かそれとも恋か』続編。一応これで完結、旧テニの世界線です。

【装丁】文庫サイズ/206P/R18/1000円(対面イベント価格)
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/items/422502...)匿名性なし
書店:フロマージュブックス様(https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/de...
【あらすじ】まっすぐすぎる手塚の想いに触れて、跡部は恋人としてつきあうことを承諾した。そうなった以上は手塚を好きになってやりたいが、どうすればいいのか分からない。卒業まであまり時間もなく、離れる前に恋人らしくなりたいけれど、気持ちが追いついてこない。それでも手塚からの想いは嬉しくて、
心が傾きかける。そんな中、もうすぐ互いの誕生日で──?




 他人の体温が、こんなに落ち着くものだとは思っていなかった。
 そう表現するとあらぬ誤解を受けそうではあるが、あながち誤解というわけでもないような気はする。
 跡部は手塚の背を抱いて撫でながら、はあーとゆっくり息を吐いた。
 まさか、手塚国光と恋人として交際をすることになるとは思っておらず、受け入れておきながら若干展開についていけない。
 勢いだったと言うつもりはさらさらないけれど、この状況をどうしたらいいのだろう。
 自分を抱いてくる手塚の腕は先ほどよりさらに強くなっているし、小さく「跡部」と呟く声は、震えているようにも感じられる。それほどに歓喜しているのかと思うと、胸が締めつけられた。
「……手塚。なあ、いったん離れろ……少し、苦しい」
 なだめるように背中をぽんぽんと叩けば、手塚はハッと我に返ったように体を強張らせ、慌てて距離を置く。跡部はそれがおかしくて、口の端を上げた。
「す、すまない。夢ではないかと思って」
「アーン? 夢じゃねえだろ。今さら撤回するつもりはねぇぜ、俺様は」
 手塚に好きだと言われて、応えてやれないことが苦しいと思うくらいには、手塚に好意を持っている。それならば受け入れた方がいっそ楽だと思ったのだ。
 間違いなく恋ではないが、手塚はそれでも構わないと言ったはず。相変わらず自信満々に「恋に変えてやれば問題ない」などとのたまいながら。
 二人でソファに座り直し、同時に息を吐く。示し合わせたわけでもないのにタイミングが重なってしまったことに、どこかむずがゆさを感じた。
「真似すんなよ」
「してないだろう」
「……ふん。なあ、ところで手塚よ」
「なんだ」
「つきあうってのはいいんだが、お前は具体的に何をしたいんだ」
 ソファの背にもたれふんぞり返ってそう呟けば、手塚は珍しく表情を崩す。「何を言っているんだこの男は」とでも言いたげなその顔は珍しくて、後から写真でも撮っておけばよかったと思ったことだろう。
「なんだ、その顔は」
「いや、跡部お前……交際というものの意味くらい分かるだろう」
 言いながら手塚はポケットから携帯端末を取り出し、何かを打ち込み始める。
 そうして、跡部にも見やすいようにと端末を互いの真ん中辺りに移動させてくる。跡部は反射的にそれを覗き込んだ。
「親密な関係を前提とした、互いの適合性を確認することを目的としたつきあいの段階……フン、なるほどね。って、そうじゃねーよバーカ。さすがに意味は分かる」
 どういう解釈をしたら、交際そのものの意味が分からないと思うのだろうか。跡部は自身が世間一般の常識から若干外れているだろうことは自覚しているものの、そこまで世間知らずではない。
「俺が言ってんのはそこじゃねえ。つきあうってなったらいろいろ、その、あんだろーがよ」
「いろいろか。俺とお前では、一緒に登下校というのは無理だな……休日にどこかへ出掛ける……今までもそうしていた気がするが。……跡部、もしかして俺たちはとっくにつきあっていたのではないのか?」
「んなわけあるか! こういうのは双方の合意が必要だろうが。俺が頷いてやったのはついさっきだぜ。……そういうとこでもねえんだよ手塚、テメーは幼稚園児か」
 会話が成り立っているような成り立っていないような。跡部は呆れたように項垂れて、額を押さえる。手塚がそこまで考えていないということはないはずだ。頭の中でどうこうしようが構わないと言った言葉に、すまないと返してきたことがあるのだから。
「どういうことだ、跡部」
「察しの悪いヤツだな。恋人同士ってことは、肉体的なつきあいもあるのがほとんどだ。俺がお前を抱くか、お前が俺を抱くかとか、いろいろあんだろ!」
 何を言わせるんだと眉をつり上げ、声を張り上げる。
 恋人になることを承諾した以上、そこは重要な部分ではないだろうか。きちんと役割が決まっている男女とは違って、自分たちは男同士だ。どちらがどちらになるかというのは、あらかじめ話し合っておかないと、認識のズレで大変なことになる。
「そうか、分かった。では俺がお前を抱こう」
 至極真面目な顔で頷きながら、手塚はさも当然のことのように返してくる。跡部は今度こそ本当に呆れてしまった。最大限譲歩したような口ぶりで、少しも譲る気のない言葉は、手塚らしいとも思ったけれど。
「テメェ俺様を抱く気でいんのか」
「そうだが」
「こっちだって抱く側の性別なんだよ」
「知っている。……待て跡部、お前も俺を抱きたいのか?」
「そういうことを言ってんじゃねーよ! さも当然のように俺を女役にすんなっつってんだ!」
 そもそもたった今恋人同士になったばかりなのに、抱きたいかどうかなどと分かるはずもない。
 話題にしておいてあれだが、考えたことがなかった。
 もし抱けと言われたら抱く努力をしてみようとは思うが、努力をしなければならない段階ではそんな行為はしたくない。何をするにもお互いの合意が必要だ。
「交際を承諾されたばかりでこんなことを言うのもどうかと思うが、俺は跡部を抱きたい。お前は俺を抱きたいわけではないと言う。それならば、抱きたいという明確な思いを持っている俺がお前を抱くべきだろう」
 テニス馬鹿だとばかり思っていたこの男にも、人並みの欲望があったのだな――なんてことを言うつもりはないが、ここまで押しが強いとは思っていなかった。
 プレイスタイルを考えればそう不思議なことではないのかもしれないが、手塚国光という男に抱いていたイメージというものが、ガラガラと音を立てて崩れつつある。
「なるほどね。……いや違う、納得すんな。くそ、もっともらしいこと言いやがって……。じゃあ訊くが、もしこの先俺がお前を抱きたいって言ったらどうするつもりなんだよ。大人しく抱かれんのか、テメーは?」
「……お前がそう望むのなら、……努力は、する。お前とは、対等でありたい」
 眉間にしわを寄せて険しい顔をし、めいっぱい躊躇いながらも、手塚は頷く。
 どうせ突っぱねるのだろうと思っていただけに、跡部は「努力する」と言われたことに驚いた。自分の願望を何が何でも押し通したいわけではないようで、毒気を抜かれた気分になる。
「だから跡部、お前はまず俺を好きになってくれないか。順番で言ったらそこからだろう」
「あー……そこは前向きに考えておいてやるぜ。言っておくが、つきあうのを承諾したのは、テメーがめんどくせぇからだ」
「考える余地があるという時点で、俺の勝ちが決まったようなものだな。覚悟をしておけ」
「アーン? 早々に勝利宣言とは、いい度胸してんじゃねえか手塚ぁ! 俺様が負けるわけねえだろうが!」
「いや、俺は必ず勝つ」
 ソファの上でお互いに向き合いながら、不毛な争いが始まる。勝ちだの負けだのの言葉に過敏に反応してしまうのは、プレイヤーとしての性だろうか。
「上等だ、コート行くぜ手塚!」
「勝負か、受けて立とう」
 ザッと跡部が腰を上げれば、手塚も同じ勢いで立ち上がる。視線はお互い相手を捉えたままで、一触即発と言っても過言ではない雰囲気だ。ことの発端がベッドの中での役割の話だったなどと、この状況で誰が思うだろう。
 それでも二人は、意気揚々と部屋を出て跡部家のテニスコートへと向かっていった。


 汗が飛び散る。荒い呼吸が空気を揺らす。握りしめる手に力がこもる。荒い吐息の中で相手の名を呼んで、足を大きく――踏み出す。
「まだだ、跡部……っ」
「……くっそ……!」
 頭より先に体が反応して、受け止める。もちろん、小さな黄色いボールを、だ。
 長いラリーになった。お互い負けるわけにはいかないと、意地でつながっていくボール。恐らく二人ともが、どこからこんなことになったのかもはや覚えていないのだろう。
 ただネットを挟んだそこに相手がいる。ラケットがある。ボールがある。
 それだけで、この瞬間すべてを懸けるに値した。
 この広い世界の中で、そう思えるものに――そう思える相手に巡り会えたのは僥(ぎよう)倖(こう)だ。
 なくしたくない。繋がりを断ちたくない。好意を向けられているのなら、受け止めてでも。
 そう頭の隅で考えた瞬間、ボールが足元を撃ち抜いた。跡部はハッとして、転がったボールを振り向いた。
「油断しているお前が悪い」
「…………してねーよ」
 チッと舌を打ち、ボールを拾い上げる。まったく厄介な相手だと思いながら、ぐいと汗を拭った。なんとも思っていない相手ならば、突き放すことなんて簡単なのに。手塚国光だというだけで、それが難しくなる。
 ぽんとボールを放ってよこすと、手塚はぱしりと受け止めただけでサーブ位置に向かうことはしなかった。不思議に思って首を傾げたら、責めるような眼差しで突き刺された。
「勝負の最中に考え事とは、随分余裕だな、跡部」
「アーン?」
「打球が軽くなった。言い直すぞ。今お前の足元を抜けたのは、お前の油断じゃない。慢心だ」
 わずかに怒りが混じる声に眉が寄る。頭ごなしに言われるのは不愉快だ。心当たりがあるとしても、だ。
「何を考えていた? 本調子ではないお前に勝っても、嬉しくないな」
「てめーが勝つこと前提かよ。…………いや、悪い、まだ少し……受け止め切れていねえんだろうな」
 挑発するように笑ってみたものの、すっきりしなくて跡部は視線を逸らす。ひとつ深呼吸をして、非を認めた。
 せっかく手塚と打ち合っているのだ、集中したい気持ちはもちろんある。勝ちたい気持ちも、叩きのめしたい気持ちも大きい。
 だけど、心のどこかで引っかかっている。
「受け止めきれないというのは、俺がお前を好きだということをか?」
 ネット際まで歩んできた手塚を見やり、小さく首を振った。手塚の気持ちを疑うことはない。何しろ視線も気持ちも、痛いほど自分に向かってくるのだから。
「受け止めきれねえってのは、俺の……自分の狡さだ」
 そんなまっすぐな気持ちに応えられないことを、ずっと心苦しく思っていた。ただ種類が違うだけでこちらもちゃんと好意を持っているというのに。
 だからもういっそ受け入れてやれと思ったのは、勢いだけではない。手塚ならばいい、本当にそう思っている。
 後悔はしていないのに、引っかかる。
「俺はお前に恋してねえ。お前とテニスがしたい、お前をつなぎ止めておきたい、この糸を断ち切りたくねえ。そんな自己欲を満たすために、お前の気持ちを利用している。……お前じゃなけりゃあ、もっと簡単だったろうにな」
 自嘲気味に笑い、己の矮小さに初めて気づく。跡部景吾ともあろうものが、そんな形のないものに縋るだなんて滑稽だ。
 らしくないと呆れられるだろうか。
 真剣な想いを利用するなと怒るだろうか。
 手塚に応えたいと思う傍ら、応えられなかった時のことを思うと怖い。きっとこの糸は切れてしまう。切りたくないから、応えたい。だけど――と無限ループに陥ってしまいそうだった。
「お前のそれがずるいということならば、俺はもっとずるくて卑怯な男ということになるが」
 ややあって、呆れも怒りもまじっていない声が耳に届いた。跡部は反射的に俯けていた顔を上げ、正面に手塚国光を見た。
「アーン……? 卑怯って、てめぇがか」
「そうだ。俺はお前が俺とのテニスを望んでくれていることを知っている。純粋に嬉しいと思う横で、テニスを引き合いに出せばお前が断らないと分かっていて、ラケットを握る。テニスにそんな感情を持ち込みたくはないが、お前の瞳が俺の動きを追う様を見るのは気分が高揚する。恐らく、快感と言っていいものだろう」
「かっ……」
 思いも寄らない言葉が返ってきて、ボッと頬が染まるのを実感する。当の手塚は恥ずかしげもなくまっすぐに見つめてきているから、余計に羞恥が増大した。
「跡部、俺はお前を好きになってからずっと、己の中の相反する心と戦っている。テニスを利用することへの怒りや不甲斐なさや、純粋に楽しみたいのにできないもどかしさが、常にあるんだ」
 跡部の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。テニス馬鹿だとばかり思っていた手塚が恋をしていることもそうだが、そんなふうに考えていたなんて。
 ぐっとボールを握りしめるその拳の強さは、そのまま彼の中の葛藤を表しているのだろう。手塚の中でいちばん大切なものと、大切にしたい相手、そしてその相手が大切にしているものが、複雑に絡み合っているに違いない。
「相手がお前でなければもっと簡単だっただろう。もっと上に行きたい――それだけだったのに、テニスをする理由が増えてしまった」
「理由……?」
 跡部がひとつ瞬いて再度手塚に目をやれば、互いの真ん中で視線がぶつかる。絡んで、結ばれて、引き剥がせないところにまできてしまった。
「お前に負けたくない。お前と同じだけの熱量でこの世界にいたい。俺はこの先一人で歩いていくものだと思っていたが、できればお前とずっと共に歩めたらと、そう思っている」
 すうっと、乾いていた土に水が染み込むようにその言葉が体の中に入ってくる。緩やかに体を潤していくそれは、指先にまで到達した。
 テニスにかける熱量はお互い同じ。そこに恋愛感情を混じらせたくないという思いも、利用してしまうことへの葛藤も、同じなのか。ずるくて卑怯だと言いつつも、手塚はどこか満足げで、楽しそうですらある。
 跡部は顔を下向けてはあーと息を吐いた。
 同じだというのならば、もういいかと。
 テニスをお互いの不埒な想いに巻き込みたくはなかったが、手塚はそんな自身さえ受け入れている。手塚にできて、自分にできないわけがないと、跡部は顔を上げてキッと手塚を睨みつけた。
「中学生の分際でプロポーズとは、大した度胸だなあ、手塚ァ!」
「プロポ…………そういうつもりで言ったわけではない」
「んだよ、そこまで考えてねえってか?」
「違う、お前にプロポーズするなら、もう少しちゃんと言いたいというだけだ。今のをプロポーズなどと思ってもらっては困る」
 揶揄ったつもりが、撃墜された気分だった。頬が火照るのを自覚したが、悔しくて顔を背けられない。負けたような気分になってしまう。
「……ハ、口下手なテメェがどんなプロポーズするつもりなんだか。いいか手塚よ、俺は跡部の後継者なんだぜ。それなりの覚悟で――」
「分かった。では予約だけしておこう。お前にいちばん初めにプロポーズするのは俺だ、覚えておいてくれ」
 二の句が継げない。交際を承諾したその日のうちに、プロポーズの予約とは。
 その単語を出してしまったのは跡部だが、後悔した。手塚は本気でそうするつもりでいる。
 まっすぐに、強く、強く、見つめてくる瞳に、ぞわぞわと肌があわ立った。毎度のことながら、すさまじい自信だ。断られることなど微塵も考えていないようなオーラが腹立たしくて、恥ずかしくて、悔しい。
「……テメェの相手すんのは、疲れるな」
「それはこちらの台詞だ。お前相手だと、いつも気を張っていなければならない。ひとつの油断がお前に嫌われることにならないかと……そんなことばかり考えている」
 跡部がため息を吐けば、手塚がその倍ほどの量を吐き出す。
 跡部は目を見開いた。あの自信満々の声の底で、そんなことを考えているというのか。まったく、内側が少しも読み取れない男だ。
 間抜けにもぽかんとしていた己に気がついて、我に返り跡部は肩を竦めて小さくハッと笑う。そうしてネット際まで歩み、手塚の額を指先ではじいた。
「……っ、何を、するんだ」
「ばぁーか。テメェを嫌いになんかなりやしねえよ。安心しな」
 それなりに痛かったのか、額を押さえる手塚に自信たっぷりに言ってみせる。
 この男に恋をできるかどうかは分からない。だけど、嫌いになることだけはないと、胸を張って言ってやれる。
「たとえ何らかの罪を犯しても、張り倒してやるだけで、嫌いにはならねえ」
「……俺はそんなことしない」
「たとえっつってんだろ。だが、そうだな……俺が手塚国光を嫌いになることがあるとしたら――ひとつだけだな」
 手塚がひとつ瞬き、先を促してくる。
 跡部もひとつだけ瞬き、言葉を舌に載せた。
「お前が、テニスを嫌いになったら、俺はお前を好きではいられねえ」
 ぐっとラケットを握る。
 この先テニスを続けていく中で、ずっと同じテンションでプレイできるとは限らない。体に限界が来て、辞めざるを得ない時もくるだろう。
 だが、だからといってそれを責めるようなことはしない。責めたいとも思わない。それが手塚の選ぶものならば、納得ができる。
「テニスができなくなってもいい。テニスを好きじゃなくなってもいい。だがテニスを憎むような男にはなるな。そうすりゃ俺は、死ぬまでテメェを嫌いになることはねえ」
「テニスを……嫌いになるという発想がなかった。あり得ない話だ。安心しろ、俺にはテニスとお前しかないからな」
「……っちゃっかりさらっと口説き文句入れてくんじゃねーよ」
 無意識だったと、眉を寄せた手塚の困ったような顔に、胸の辺りがくすぐったくなった。ついうっかり口に出てしまうほど、自然に想ってくれていることが、嬉しいと思ってしまった。
「手塚、今日はこれくらいにしておこうぜ。叩きのめしてやりてぇっつー気持ちが萎えちまったからな」
「お前こそ、ちゃっかり自分の勝ちで終えようとしているが」
「そうだったか?」
 そもそもどうしてこんなことになったのだったか、忘れてしまった。確かに跡部の方が多くポイントを取っていて、勝敗をつけるのならば跡部の勝ちだ。
 それを面白くなさそうにする手塚を、どう受け止めたらいいのだろう。
 頑固だと言えばいいのか、融通が利かないと言えばいいのか、大人げないと言えばいいのか。それとも、可愛らしいと思ってしまってもいいのか。
「次に取っときゃいいだろ」
「次だって、お前は負けるつもりがないんだろう」
「当然だ。まあ、そうむくれんなよ。今日はテメェにとっちゃ最高に幸せな日だろ? 何しろこの俺様を手に入れられたんだからよ」
「俺に恋をしていないというお前をな」
 言いながらも、続けるつもりはないらしい手塚は、タオルを取りにベンチへと向かいかける。恋に変えさせるなどと強気なことを言っていても、そこは気にしているようだ。
「手塚」
 跡部は、体を翻しかけた手塚の腕をつかんでぐいと引き、振り向かせる。少しだけ踵を上げて伸び上がり、汗の浮かぶ額に唇を寄せた。先ほど指先ではじいた場所に。
 こんなことで痛みは消えないだろうし、らしくないことをしているということも分かっている。
 触れて、二秒。離した唇の端を上げた。
「せいぜい頑張って落としてみせな。今はこれで我慢しておけ」
 至近距離で見た手塚の表情は茫然としており、一秒後にはカッと頬が染まって見えた。
「…………跡、部っ……!」
「そんな反射神経で、よく俺様のライバルなんてやってられるよなあ。ほらもう戻るぜ」
 掴んでいた腕を放せば、らしくなく手塚がよろめく。ネットを掴んで支えにしつつ、手塚は項垂れていた。
 まったく愉快な光景だと、跡部は気分が良い。あの手塚国光が、額へのキスひとつでこうまで動揺するなんて。
 邸内へ戻ろうと踵を返す跡部の後ろで、手塚の大きなため息が聞こえてくる。ちらりと視線だけで振り向けば、口許を押さえて頬を赤らめた手塚が見える。
 あんな手塚を、他に誰か知っているのだろうか。青学の連中は、家族は。
 胸が小気味よいリズムを刻む。じんわりと熱を持ったような唇に、そっと指先で触れる。
 そこは、わずかに汗で濡れていた。

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贈る側のはずなのに(10/07)

NOVEL,テニプリ,塚跡 2022.10.07

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贈る側のはずなのに(10/04)

NOVEL,テニプリ,塚跡 2022.10.04

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 テニスをしないか。 悩みに悩んで俺がそう言った時の跡部の顔は、いつになく嬉しそうだった。「珍しいこ…

NOVEL,テニプリ,塚跡

贈る側のはずなのに(10/04)



 テニスをしないか。
 悩みに悩んで俺がそう言った時の跡部の顔は、いつになく嬉しそうだった。


「珍しいこともあるもんだなぁ、手塚。お前の方から俺を誘ってくるなんてよ」
 ひとしきり打ち合って楽しんだ後、ベンチで水分補給をしながら跡部が笑う。そうだろうかと考えかけて、まあそうだなとすぐに肯定した。声をかけるのは、いつも跡部の方からだったからだ。断る理由もないどころか、渡りに船とばかりに俺は一も二もなく頷いていたんだが、今日ばかりは俺の方から誘いたかった。
 今日は跡部にとって大切な日だ。この世に生を受けた日。いわゆる誕生日というヤツだな。
 額を、頬を伝う汗がきらきらと輝いているこの男が、生まれた日。
「迷惑だったか?」
 しかし予定が空いているとは思わなかった。何しろこいつは跡部景吾だ。パーティーだとかなんだとか、絶対にあるだろう。そんなに忙しい日になんで俺の誘いを受けてくれたんだ。テニス馬鹿としか言い様がない。
「んなわけあるか。パーティーの開始時間も少しずらせたしな。……ハ、今日という日にテニス、ね。お前らしいが」
 ああ、やはりパーティーがあるのか。これは気づかれているのだな。今日誘った理由に。
「これ、誕生日プレゼントのつもりなんだろ? テニス馬鹿のお前らしい発想じゃねーの」
「……テニス馬鹿というのは、お前には言われたくないが」
「フ……じゃあ、傲慢だとでも言ってやればいいか? お前とのテニスを俺が喜ぶと思ってんだろうが」
 ぐっと言葉に詰まった。何をプレゼントすればいいか分からなかったというのは、言い訳でしかないのだろうな。だって仕方がないだろう。跡部景吾だぞ。欲しいものは何でも手に入るだろうし、自分の力で手にするという男だ。そんな相手に、何を贈れと言うんだ。しかも、跡部の印象に強く残るようなものなんて、そうそうない。
「まあ、その判断は正しいぜ。お前の思ってる通り、俺はお前とするテニス、好きだしな」
 悔しいことに、と言いながらも、跡部の顔は嬉しそうだ。そんな顔をするのはやめてほしい。おかしな期待をしてしまうだろう。
 跡部は俺のことを、ただのライバルとしてしか見ていないのだろうに。
 俺だけが恋情を抱いている。それは分かっているんだ。だからこそ、他の誰にもできない贈り物を選んだつもりだ。俺自身も楽しんでしまったが、テニスなのだから仕方がない。
「誘ってくれて嬉しかったぜ。お前の誕生日には、俺の方から誘ってやるよ」
「それはいつもと変わらない気がするが」
「嫌なら……控える」
「そんなことは言っていない。俺はお前とテニスがしたいと思っている」
 ベンチから腰を上げて帰り支度を始めてしまった跡部に、俺は慌ててそう返した。「やめる」ではなく「控える」というあたりはなんだか嬉しい。跡部は本当に俺とのテニスを楽しみにしてくれているらしい。
「ん、なら予定空けておけよ。七日、青学に迎えに行ってやるから」
 いつもと変わりなくても、跡部と一緒にいる時間が増えるならそれは幸せなことだ。しかも、俺の誕生……日……、待て。なんで俺の誕生日を跡部が知っているんだ。思わず跡部の腕を掴んでしまった。汗で湿る素肌の感触に、うっかり胸が鳴る。
「な、んだよ」
「どうして俺の誕生日を」
「……………………は?」
 跡部が不思議そうな……というより、不審そうな顔をする。俺はそんなにおかしなことを言っただろうか。
「いや、お前……普通知ってんだろ、好きなヤツの誕生日くらい……」
 呆れた様子で跡部は呟く。耳を疑った。どういうことなんだ。好きなヤツというのは、つまり、俺のことか。跡部が、俺を……? まさか、そんな都合のいいことがあるわけがない。
「おい手塚、なんで今さら驚いてんだ。まさかとは思うが、俺の気持ちに気づいてなかったのか?」
「ま、待て跡部、お前の気持ちというのは」
「…………俺がお前を好きなこと、とっくに気づかれてると思っていたんだが。その上で誘ってくれたんなら、脈があんのかと浮かれてたが……どうやら見当違いだったようだな。鈍いにも程があんだろーが」
 そんな都合のいいことが――あった。跡部が俺に好感を持ってくれているのは分かっていたが、それがこんな意味だなんて思わないだろう、普通。
 項垂れて、顔を覆った。どんな顔をすればいいか分からない。嬉しくて仕方がないのに、先を越されたようで面白くない。
「こんなふうに言うつもりじゃなかったんだが、手塚、俺はお前が好――」
 ハッとして顔を上げ、とっさに跡部の口を手のひらで覆う。声を遮られて跡部は目を瞠り、次いで不愉快そうに眉間にしわを寄せた。もっとも、そうしたところでこの男の美しさが損なわれることはないんだが。
「すまないが先に言わせてもらうぞ、跡部。俺はお前が好きだ。恋という意味で、跡部景吾に惹かれている」
 よかった、これで俺の勝ちだ。
 跡部の目が先ほどより大きく見開かれて、は、と訝しむ吐息が手のひらに当たる。信じられないのだろうか。そうだろうな、俺だってすぐには受け止められない。
 だけど、驚いてなのか力をなくした跡部が膝から崩れそうになるのは受け止めてやれた。かすかに震えているように思うのは、どう捉えたらいいのか。怒りなのか、歓喜なのか分からない。
「お……れさまの告白を遮ってまで言うとはいい度胸じゃねーの、手塚ぁ……!」
 低い声が耳に届く。これは怒っているのか。まあ口を塞がれたのではいい気はしないだろうな。すまないとは思うが、負けたくなかっただけなんだ。嫌われてしまっただろうか。
「跡――」
 衿をぐいと引かれる。きらきらと光る髪が視界を襲ったかと思った次の瞬間には、唇が触れていた。柔らかく食まれて、驚愕に目を見開く。
「これで一勝一敗だろ、アーーン?」
 なるほど先を越されたくないと思ったわけだな。そんな状況でファーストキスはどうかと思うが、俺と跡部である以上は勝負になってしまうのも仕方がない。頬が赤くなっている跡部も可愛いし、ここは負けておいてやるとしよう。
「……では、これで俺とお前は恋人同士ということで良いんだな」
「お前のが冗談じゃねーならな」
「俺は冗談など言わない」
 そうかよ、と俯きながら呟く跡部は、耳まで赤くなっている。思わず抱き寄せてしまったが、恋人なのだから問題ないだろう。現実なのだと認識したくて、俺は跡部を強く抱きしめる。
「跡部、……誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとよ。最高のプレゼントじゃねーの、手塚ァ!」
「贈る側のはずなんだが、俺の方がプレゼントをもらってしまったように思う」
「バーカ、お前へのプレゼントはこんなもんじゃねーからな。覚悟しとけ」
 跡部が嬉しそうに強く抱き返してくれて、胸が鳴る。もっと早く告げていれば良かったとも思ったが、跡部が喜んでくれたのだから、まあ、よしとしておこう。


 その後、引っ張り込まれたパーティーで、氷帝メンバー相手に恋人宣言された時には、どうしてくれようかと思ったが。

 

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カクテルキッス再録集
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カクテルキッス―Re;Collection―

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#R18 #シリーズ物 #再録 #カクテルキッス #千至

(画像省略)カクテルキッス再録集【装丁】A5サイズ/298P/1800円(イベント価格)/R18【書…

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カクテルキッス―Re;Collection―

カクテルキッス再録集
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【装丁】A5サイズ/298P/1800円(イベント価格)/R18
【書店】フロマージュブックス様
書き下ろしはありません。

シリーズの再録集です。文章や台詞を少し整えたのみ、書き下ろしは別途新刊として発行。

【収録物】
①2.22のガチャ事情
②ONE NIGHT IN HEAVEN
③愛のひとつも囁けない
④たった一度のI love you
⑤ふたりの約束

すべてWEB再録済みなので、紙で読みたいという方向けの物です。ご了承ください。

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