- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.537, No.536, No.535, No.534, No.533, No.532, No.531[7件]
さくら、ひらひら
陽の当たる桜並木を、恋人と二人で歩く。
手をつな繋ぐことはできないけれど、心の方はしっかりとつながっていると思いたい。
「もう散っちまうな。もう少し早く時間が取れりゃ良かったんだが」
「先日の雨で、ずいぶんと散ってしまったからな。来年は満開の時期に一緒に見られるといい」
桜の木を見上げると、花びらを付けている部分はもう少ない。落ちた花びらは道を覆い、時たま吹く風で踊っている。
それもまた風情があるが、本当なら満開の時期に二人で花見でもしたかったと思う心を、手塚は正確に酌み取ってくれる。跡部は「そうだな」と肩を竦め、葉桜に変わりかけた枝を見上げた。
「だが、葉桜もいいと思う。あの緑は、コートの芝と同じ色だ」
「ハハッ、相変わらずテニス馬鹿じゃねーの、手塚ァ」
「何かおかしなことを言ったか?」
言いながら振り向いてくる手塚に、跡部は首を振って微笑む。
この男の頭の中はテニスでいっぱいで、それが跡部には少し寂しくて、誇らしい。
跡部と同じく、テニスにすべての情熱を注ぐ手塚が、本当に愛しい。
自分たちの間には常にテニスがあって、それが自然なのだ。各国の大会で逢う時は敵同士、休日には恋人同士、それが心地良い。
「うわ……っ」
強い風が頬を撫でていく。突然のことに対処ができず、髪が乱れてしまった。指先で梳いていると、ふいに手塚が手を伸ばしてくる。
「花びら」
「ん? ああ、悪い。サンキュ」
どうも先ほどの風で舞った花びらが肩についていたようだ。まだひらひらと名残のような花びらがたくさん舞い落ちてくる。
「こうして降ってくる花びらを掴めたら幸福になれると聞いたことがあるが、これはノーカウントだろうか」
「アーン? ずいぶんロマンチックなこと言うじゃねーの」
風や空気の抵抗を考えると、確かに降ってくる花びらを掴むのは至難の業だろう。
だがしかし、跡部景吾を見くびってもらっては困る。手のひらで顔を覆い、得意の眼力インサイトを発動してみた。
風の流れ、花びらの向き、重さを考慮して、降ってくる小さな花びらを捕まえてやった。
「俺様にかかればこんなもの、朝飯前だぜ」
ほら、とその花びらを突き出してやれば、手塚はどうしてか眉間にしわを寄せた。理由が分からなくて首を傾げる。もしかして手塚も花びらを捕まえたいのだろうかと視線を上向けた。気まぐれな風だ、また吹いて桜の花を散らすだろうと呟きかけた時、
「……花に先を越された気分だな」
「手塚?」
突き出した手を包み込んで、そのまま引き寄せられる。
花びらを掴んでいた指を解くように搦め捕られたせいで、せっかく掴んだ花びらがひらりひらひらと落ちていった。
「花びらなど掴まずとも、お前のことは俺が幸福にする」
は……、と息を吐くように声を立て、ボッと頬が染まるのを自覚する。どうしてこの男は毎度毎度、脈絡もなくとんでもないことを告げてくるのか。惚れているのはこちらの方だけだとは思わないのは、時折こうして馬鹿でかい愛を示してくれるからだ。
今でも充分幸福なのだが、撃ち込まれたサーブは返してやろう。
跡部は空いた手をすっと持ち上げて、人差し指で手塚の唇に触れた。
「ああ、そうだな。俺の桜はここにある」
そうして絡んだ手を引き寄せて、キスでリターンする。満足げに腰を抱いてくる腕に身を任せて、跡部も手塚の背中に腕を回した。
もう風で花びらが降り注いでも、指先が花びらを追うことはない。互いのそれは、相手を抱きしめることにしか使われなかった。
#両想い #ラブラブ #未来設定 #いつ永遠
永遠のブルー

【装丁】文庫サイズ/264P/R18/1500円
【書店通販】フロマージュブックス様(https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/de...
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/items/377821...)
【あらすじ】
手塚の怪我について負い目を感じている跡部だが、「お前とテニスがしたい」と言われ自分の中の厄介な想いに気づく。こんな勝手な感情は告げられるわけがないと必死で心を押し殺しながら、好敵手として接していた。けれどそれは、手塚の一言で崩れてしまう――。
なぜお前が膝をついているんだ。
跡部景吾は、瞬きをするのも忘れてその男をネット越しに見つめた。
中学生男子テニス・関東大会。初戦の試合だった。シングルス1、多くの学校が部長を据えるこのゲームは、跡部と手塚の初対決でもあった。
手塚国光は、青春学園テニス部部長だ。
国内の中学生プレイヤーならば誰もがその存在を知っていると言っても過言ではない。寡黙ながらも正確で冷静なプレイスタイルには跡部も一目置いていて、戦いたい相手ではあった。当然ながら自分の力を見せつけて圧勝するものとして。
だがその認識は誤っていた。
冷静に状況を判断して時には妥協もするだろうと思っていた男は、ただチームを勝利に導くために自分の腕さえ懸けるような、とんでもない男だった。
分かりやすく弱点を攻める跡部に、『遠慮するな、本気でこい』などと煽るようなことまで言って、実際本気でやらなければこちらがやられると思わせる。『それでも俺が勝つ』とでも言いたげな球筋が腹立たしくて、跡部も全力で返した。
いつしか、弱点を攻めていたことなど忘れていた。
手塚が激痛に顔を歪めて肩を押さえ、膝をついた瞬間に沸き上がってきたのは、怒りと焦燥感。
自分が弱点を攻めていたにもかかわらず、なぜだ、と思った。なぜ今この瞬間なのだと、身勝手にもだ。
もう少し早ければここまで心技ともに昂ぶっていなかっただろう。もっと遅ければ、必ず自身の勝ちという結末を迎えていたはず。
そもそも持久戦など受けて立たずに退いていてくれれば、所詮その程度かと嗤(わら)ってやれたのに。
攻め立てたのは跡部で、選んだのは手塚だ。
互いの間にあった糸が、ぷつりと切られたような気がした。
青学のベンチで、他の部員たちに棄権を促されている中、跡部はただコートで待った。
納得できない。
――――こんな形で終われるわけがねえ。俺たちがこんなところで終わっていいはずがないだろう!
ぐっと強くラケットを握る。燃え上がった心はあの男でなければ鎮められない。
――――出てこいよ、手塚。手塚。……――手塚ァ!
祈り、怒り、信じて待った。こんな終わり方では納得できないのはお互い同じだと根拠なく思って。
いや、根拠はあった。手塚が打った球のひとつひとつにだ。
果たして、手塚は部員たちの反対を聞き入れず、親友と生意気な後輩の後押しを受けてコートに戻ってきた。
「待たせたな、跡部。決着をつけようぜ」
背筋を、何かが駆け抜けていったような気がした。武者震いに似た歓喜。
やはり同じ気持ちだったと、ラケットを握り直す。
決着をつけなければ前に進めない。いや前ではない、上だ。お互い部長同士で、チームを率いている以上責任がある。勝って次の試合に進むのは自分たちだと、それぞれ思っていたはずだ。負けるつもりでコートに立つプレイヤーなどいやしない。
だがこの時ばかりは、個人としての闘志が渦巻いていた。お互いにしか分からない機微だったとしても、それは事実だった。
「なんだ手塚ァ! このサーブは!」
球を打ち返す。激痛に顔を歪め、肩も充分に上がりきらない相手のボールを、容赦なく打ち返すなんて非情だと責める者もいるだろう。始めのリターンエースを見ていてそれを言うならば、眼科に行けと言ってやりたい。
そもそも、手を抜くべき場面ではない。それは手塚に礼を欠く。手塚は激痛に耐えてまで、勝つためにコートに戻ってきた。容赦がないのは手塚の方だ。あのボールを受けてみれば分かる。この期に及んで、負けるつもりなど毛頭ないことに。
手塚の息が上がっている。跡部の息も乱れている。
どちらも引くということを知らない男だ。その事実を、観戦している誰もが初めて知った。相対しているお互いさえも。
こんなにがむしゃらで熱いプレイをする男だったなんて。こんなアイツは見たことがない――近しい相手すらそう言うのだ。今までろくに言葉を交わすこともなかった状態では、当人たちだって同じ思いを抱いているだろう。
自分の中にもこんな必死さがあったのかと、自分自身に驚いてさえいるかもしれない。
跡部はそれを自覚していた。幼い頃イギリスで同年代の少年たちに負け続けていた時だって、ここまで必死になった覚えはない。
自分自身の未熟さに腹を立てて技術を磨いたが、あの時とは全然違う。己の内にあるすべてのもので挑まなければならない相手だ。
間違いなく、この先の人生で無二の試合になる。直感でそう感じた。
体も、心も、魂も、比べるもののない試合になると分かる。
だからこそ打ち込む球に最高の力を込める。誰になんとそしられようと構わない。
この球を受ける相手に――手塚には分かっているはずだ。
トスを上げる直前に交錯した視線で、手塚がわずかにグリップを握り直したことで、それが自分の独りよがりではないと確信ができた。
たとえこのタイブレークがどれほど続いたとしても、自分を――そして、手塚がテニスに懸ける想いを裏切ることのないように、すべての力をもってプレイをしよう。
――――手塚、ありがとよ。今ここでお前と戦っていなければ、お前が全力で挑んできたりしなければ、俺は俺の進化を自分で止めていた。
一瞬たりとも気など抜けない。全神経をボールと手塚の動作に集中させているのに、それでも横を抜かれる。仕返しに足元を撃ち抜いてやっても、すぐ次の手に備えなければならない。
一ポイント取っても、次は取られる。全力で打っているのに、向こうも全力で打ち返してくる。
だが不思議と腹が立たない。悔しくはあるが、余計に気分が高揚した。魂が吼(ほ)えたような気分を味わう。
いつしか、審判のカウントの声も聞こえなくなっていた。
聞こえるのは、コートを踏みしめる音と、強烈なインパクト音。互いの咆哮と、荒れた吐息。それだけだった。
いつまで続いたっていい。
日が暮れたって構わない。
ずっとこうして、球を交わしていたい。
だが終わりというのはいつかくるもので、ポイントを取るために打った手塚の零式は彼の思惑に反した軌道を描き、跡部のラケットがそのボールを拾い返す。その際に倒れ込んだ跡部の反応が遅れる。
手塚が打ち返してポイントを取られ、まだタイブレーク状態が続くものと思われた。だが手塚の打った球が跡部のテリトリーにまで届くことはなく、ネットに捕らえられて――落ちた。
ゲームセット! という審判の声で、周囲の音が戻ってきたように思う。
ああ終わったのか。終わってしまったのか。
跡部は立ち上がって、ネット際に歩んできた手塚の顔を見た。相変わらず表情は読みづらく、この勝敗をどう思っているのか分からない。
跡部はじっと手塚を見据え、彼の背負うものに思いを巡らせた。
勝ちは、勝ちだ。そして、負けは負けだ。
だがそれでも、差し出された右手を握り返して、高く掲げてみせる。
お互いが勝者で、お互いが敗者だと。
周りが驚いているのが空気で分かる。手塚すら驚いているようなのが手のひらを通して伝わってくる。
他にどうもできなかったのだと、跡部自身らしくないことを理解していて、長くはそうしていられない。
ゆっくりと手を放せば、「跡部」と小さく呼ばれる。だが何も聞くつもりはなくて、揃って審判への礼を終わらせ自陣へと戻った。
ベンチに腰をかけ、息を整える。
ここまでとは思わなかった。手塚という男が。跡部景吾(じぶん)という男が。
満たされた気分だ。そう思う傍から、まだ足りないと思う自分がいる。
まだ、もっと、高みへ行ける。恐らく同じ思いを抱えている男がいるから。
だが、と跡部は吐き出した息を飲み込んで止めた。
――――次の補欠戦、恐らく負ける。手塚が目をかけている新人だってえんだから、相当な腕の持ち主だろう。日吉まで回ることを想定していなかった俺のミスか。
日吉も二年の中では優秀なプレイヤーだが、まだメンタル面に未熟なところがある。次代の氷帝を背負うには、ここを乗り越えられるかどうかにかかっている。
ふと顔を上げると青学ベンチの手塚が目に入った。何をしていやがる、と眉間にしわが寄る。早く病院に行けと叩き出してやりたい。
ネット際で握手をした時だって、わずかながら左手が震えていただろう。その肩はすぐに治療をしなければいけないのではないのか。周りの連中も、いったい何を悠長に構えているのだ。
「おい、てづ……」
思わず腰を上げかけた時、気づく。手塚がじっとコートを見据えていることに。
後輩である越前の試合を、余すところなく見届けなければならないと。その勝利を信じ、熱望して。
跡部は上げかけた腰を下ろし、ふっと口許を緩めた。
そうだ、信じて観ないでどうするのだと。これは個人戦ではなく団体戦なのだ。率いているキングが周りを信じなければ、誰もついてこない。
自分がするべきことはした。自分自身も想定外に熱くなった試合は日吉の闘志を刺激しただろうし、準レギュラーですらない部員たちにも、何か響くものがあったはずだ。そして自分のペースで心技ともに磨いていくきっかけになっただろう。それでいい。後はここでどっしりと構えているべきだ。
それがキングたりうる者の使命。
――――勝ってこい、日吉。今お前の持てるすべてでぶつかってこいよ。
信じてここで待っている。
跡部はいつものしたたかな笑みをたたえ、ちらりと手塚を見やった。
周りを信じられるかどうか――自分たちの勝負はまだ続いている。青学と氷帝の勝負であり、頂点同士の勝負でもある。
――――同じなんだろ、手塚。背負うものは俺もお前も変わらねえ。てめぇとの決着は、まだついちゃいねぇぜ!
どよめきやインパクト音が響く中、跡部はふっと視線を上げて目を細めた。
まだ昇っていける。あの高みへ。あの瞬間の快感を忘れることなどできやしない。
――――ああ、なんて……鮮やかな青をしてやがる。
夏に向かう色だ。
日吉の――氷帝の敗北がきまったのは、それからしばらくの後だった。
「手塚、九州やて?」
手塚が療養のために九州へ向かったことは、人づてに聞いた。
「ああ、そうみたいだな」
跡部はそう返すしかできず、ふいと顔を背ける。
「見舞い、行かへんの」
忖度も何もなく無遠慮にそう訊ねてくるのは忍足で、ある程度予測のできたものだった。
「九州までか?」
「跡部なら金の心配はあらへんやろ。自家用ジェットでも使たらすぐなんとちゃう?」
暗に行かないと答えたつもりなのに、懸念事項はないとばかりに続けてくる。
確かに金銭的な問題はない。ヘリでもジェットでもすぐに使える立場にはある。
生徒会やテニス部のことで時間がないと言っても、この男は「跡部がそんなつまらん言い訳するやなんてなあ」と言ってくるに違いない。そして実際、調整できないわけでもない。
「行って何するってんだ、テニスができるわけでもねえのに」
「よう言うわ。朝から晩まで気にしとるくせに。詫び入れたいんやないんか?」
「詫び、ねえ……」
手塚が療養に行ったのは、跡部との試合で痛めた肩の治療のためだ。
罪悪感は、ある。
弱点を攻めて潰しにかかったのは跡部なのだから。だが跡部にとって誤算だったのは、肩に負担がかかっていると理解しつつも手塚が退かなかったことだ。
なにも、本当に再起不能にしようとしたわけではない。選手生命にも関わる部分だ。およそすべてのプレイヤーが、その先を考えて棄権するか、攻め急いで墓穴を掘るかだと思っていた。今まで相手にしてきたどの選手もそうだった。
それなのにあの男は、肩の不調を抑え込んでまで持久戦を挑んできたのだ。
読み切れなかったことで、手塚の肩を破滅させた。
詫び、で済むのかどうか。
もし今後テニスができなくなったりしたら――どうすればいいのか。あれほどの選手を、自分が死なせてしまうのか。
九州には確か、青学大附属の病院があったはずだ。そこに罹っているのだろう。
これが跡部家の息がかかった施設なら最優先にしろと手を回すところだが、……と思いかけて、踏み留まる。
治療を必要としている人はなにも手塚だけではない。それこそ一生をふいにする怪我を負っている患者だっているだろう。それを押し退けて治療を優先させろなどとは、口が裂けても言えやしない。
「手塚がそんなもの受け入れるかどうか……」
口許に苦笑を浮かべて、忍足に答える。望まれるなら詫びでもこの先の生活補償でもするが、手塚はそれを受け入れないだろう。「必要ない」とにべもなく言ってのける姿が、目に浮かぶようだ。
「お前がそないに苦しそうな顔するんやったら、やっぱりあの時止めといたら良かったわ」
けど、とそこでいったん言葉を止める忍足を振り仰ぎ、そこに苦笑する友人を見つけた。
「なんやあの時は、止められへんかった。あないに必死にボール追う跡部やなんて、そうそう見られるもんとちゃうしなあ。手塚に関しての読み違いはあそこにおる全員がそうやったろうけど、跡部も大概やで。観たかったんや、宿敵同士のまたとない試合。止めへんで、堪忍な」
「……宿敵同士?」
跡部は目を丸くする。何の不思議もなく出てきたその単語が、ストンと自分の中に落ちてきて、じわりと体中に染みこんでいく。
「なんでそこで驚くん、自分。変なこと言うたか?」
「い、いや……そうじゃねえが、アイツが俺を宿敵として認識したように見えたってのか?」
確かに跡部は手塚をライバルとして意識していた。だがあの試合まで彼とはろくに言葉を交わしたこともなかったし、手塚が他人をそう意識しているようには見えなかったのだ。
「俺のことはあくまで敵対校の部長だとしか思っていなかったはずだぜ」
「そないなどーでもいい相手とあないにアツい試合繰り広げるんかいな」
「……手塚だからだろ」
「分からんなら、本人に訊いたらええんとちゃう?」
「連絡先を知ってると思うか?」
「せやから見舞い行って直接訊け言うてんねん。自分やったら、宿敵に見舞い来られたら嬉し……いや、ちゃうな、跡部の場合は。発破かけにきたんかってテンション上がって、それまで以上にリハビリ頑張んのやろな」
忍足は、どうしても跡部を見舞いに行かせたいらしい。
一度くらいは顔を出すべきだと思うが、それでテンションが上がる手塚など想像もできない。本当に宿敵と思ってくれているなら悪くない気分だが、当の手塚はそれどころではないだろう。
「男らしゅうないで、跡部」
「アーン?」
「あの試合からずっと手塚のこと考えとるくせに」
男らしくないとは聞き捨てならねぇなと煽るようにすごんでみたが、次に忍足が発した言葉に瞠目し、息を呑んだ。
ずっと手塚のことを考えている――それは、事実だ。その事実に今気がつかされただけで。
「…………それは、仕方ねえだろ」
肩の怪我は。治療はどのくらい進んでいるのか。今も痛むのか。次の試合には間に合うわけがない。青学はどうしているんだ。この先テニスはできるのか。
日がな一日、考えるのはそんなことばかりだ。
手塚がどう思っていようと、跡部が怪我のきっかけを作り一因になったのは間違いない。その跡部が手塚のことを心配するのは、なんらおかしなことではないはずだ。
「気にかかることがあるのに、行動に移さんてのは男らしゅうないて言うてるやん。毎日そないに眉間にしわ寄せられてたら敵わんで」
「眉間にしわだと?」
「自覚しとらんのか、跡部。部室になんか来とらんと、はよ見舞いに行きや」
言いながら自身の眉間を揉む忍足に、跡部の眉根が寄る。それに気がついて舌を打ち、顔を背けた。
手塚のことを考えている時、いい気分でないのは仕方がないにしても、周りに悟らせたどころか気を遣わせていることを不甲斐なく思った。
跡部はふうーと盛大にあからさまなため息をつき、ジャケットを脱いでネクタイを緩め、着替えを始めた。それを見て、忍足の方こそあからさまにため息を吐いた。
「ジャージで行ったかて、手塚とテニスはできんで」
「自主トレだ、バァカ。これ以上てめぇのたわごとなんざ聞いていられるか」
制服の替わりにバサリとジャージの上着を羽織って、跡部は更衣室を後にしようとする。ドアを開ける直前、口許に笑みを浮かべて振り向いた。
「気を遣わせてすまねえな、忍足。今この瞬間からは、そんな気遣いは捨てな」
体を翻したこの瞬間からは、もう周りに心配をかけるようなことはないと暗に含み、足を前へと踏み出す。それは氷帝のキングとしての一歩だ。
キングの背に、忍足のため息は届かなかっただろう。
「あの日で氷帝の夏は終わったのに、お前の夏はあの日に始まってもうたんやな、跡部。なんちゅう皮肉や」
そんな呟きさえも。
畳む
#片想い #未来設定 #永遠のブルー #新刊サンプル #塚跡
永遠のブルー-038-
ざわついていた観客席が、選手の入場でより一層熱気に包まれる。見慣れてしまったコートの緑に、手塚は観客席の出入り口近くの手すりにもたれながら目を細めた。
今日も良い天気で良かったと思う。太陽さえあの男の勝利を祝福しているようだと、まだ試合が始まる前から確信めいた予感で口の端を上げた。
「立ち見まで出るなんて、すごいね。人気、うなぎ登りじゃない?」
「ああ。パフォーマンスが派手だからな。見ていて気持ちがいいんだろう」
隣から声をかけられて振り向くも、手塚はすぐにコートへと視線を戻す。「確かにね」と笑いながら頷く不二も、同じく立ち見らしかった。
「君なら指定席のチケット取れただろうに」
「いや、アイツのテニスを見ていると自然に体が動いてしまってな。隣の観客に迷惑になる」
彼の試合の観戦チケットは確かに人気で取りにくいが、不二の言うように協会からの招待チケットは容易に手に入る。
だが、観戦中に自分もテニスがしたくなる。彼の打つ球を受けたくなる。事実、今もラケットを握りたくて仕方がない。
「次の全豪では、当たるだろうか……」
「楽しそうだね、手塚」
「――ああ、楽しいな」
間もなく、試合が開始される。ガットの張り具合を確かめながら彼がコートに向かって歩むのが見えた。
「ケイゴ・アトベ、ジャパン」
コールされた名前は、愛しい人のもの。
圧倒的に女性ファンの多い跡部が、声援に応えるように左手を掲げてみせる。観客たちからの跡部コールに、手塚はどこか懐かしさを感じて口許を緩めた。
跡部は会場を見渡すように顔を動かし、ある一点で止まる。まっすぐに向かってきた視線を受け止めて、手塚は応えて頷いた。
掲げられた跡部の左手が口許に降りて、唇を当てた薬指を手塚に向かって再び掲げられる。
思いも寄らない投げキッスに、女性たちから悲鳴のような歓声が上がったが、それはただ一人へと向かったものだ。手塚は投げられたキスを左手で受け取り、同じように薬指に口づけた。
「……不二、なぜ今避けたんだ?」
体を不自然に手塚とは逆方向へ傾けた友人に訊ねてみる。
「いや、だって間違っても当たりたくないからね」
君たち本当に隠す気あるのかなとでも言いたげな瞳が向かってきたが、手塚は気にせずに腕を組んでコート上の恋人をじっと見つめた。
「無用な心配だな。跡部のあれは俺にしか飛んでこないし、あれを受け止められるのも俺だけだ」
「……そういう男だよね、手塚って。跡部くらいしか、君の相手は務まらないだろうね」
それはそうだろうと、何の疑問も持たずに手塚は頷く。
彼を――跡部景吾を好きになって、もう十年。この想いを受け止められるのは、同じく十年想ってくれている彼だけだ。
試合が開始される。相手のサーブをリターンエースで返して高く拳を上げる恋人が、眩しくて、愛しくてしょうがない。
「相手選手、気圧されちゃってるね。もう勝負は見えているけど、跡部はまた持久戦で楽しむのかな」
「あの瞳で射貫かれては、仕方ないだろう」
「手塚って本当に跡部の目が好きだよね」
そうだなと頷く。
最初に惹かれたのは、きっとあの瞳だろうと思うのだ。
「あれは、俺にとって何よりも強くて美しい、永遠のブルーだ」
あの日見た青が、今もこの目に焼き付いている――。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-037-
なぜだ、と跡部は頭を抱えた。
「跡部、まあ一応おめでとうっつっとくぜ。二重の意味でな」
「跡部さん……よかった、です、本当に……」
「やあ跡部、ついにくっついたんだって? 長かったよね。動きが鈍いのは言及するべきかな?」
なぜ、誰も彼もにバレているのだと。
今日は跡部主催のパーティーで、親しい友人や後輩たちを招いていた。
ウィンブルドン上位を祝うもののはずだが、参加者の誰もが別の意味での祝いを告げてくる。
跡部が長いこと手塚を想っていたのを知っているのは、忍足と滝だけだった。当人である手塚でさえ、知ったのは昨夜だというのに、なぜ宍戸や樺地や、果ては幸村までもが知っているのか。
「……滝! 忍足ィ!」
「あ、言っておくけど俺たちのせいじゃないからね」
どこから漏れたのかと考えれば答えはひとつで、両手いっぱいの花束を抱えながらも、跡部は滝と忍足を勢いよく振り向いて睨みつける。だが彼らは悪びれることもせず、しれっと押し返してきた。
「ここにおるヤツらほとんどが、跡部か手塚の片想いを知っとったっちゅうだけの話や。手塚の方かて、青学の連中にはバレバレやったみたいやないか」
「あぁ!?」
忍足の言葉に、今度は手塚を睨みつける。手塚は眼鏡を押し上げ、気まずそうに視線を背けた。
「確かに不二と……大石と……なぜか越前にもバレていたのは、薄々感じていた」
「な……っ」
会場を見渡すと、視線に気づいた不二はひらひらと手を振ってくるし、大石はハハハというように頬を掻いているし、越前に至っては「まだまだだね」とでも言いたげに笑ってくる始末だ。
「そんでもまあ、俺らがひそひそ話しとったんを菊丸に聞かれたことが原因やろな。一気に広まったわ」
「やっぱりテメェのせいじゃねえか!」
力一杯忍足の頭を叩いて、跡部は大きくため息を吐いた。
そんなに分かりやすかったのだろうかと思い返して、自分の不甲斐なさを嘆く。隠せていると思った手塚への想いは、実は少しも隠せてなどいなかったらしい。
「手塚クン、よかったなあ。長いこと跡部クンのこと大っ好きやったんやろ?」
「アナタ、また面倒な相手に惚れたものですねえ。まあお祝いくらいは言っておいてあげますよ」
「手塚、やっぱり跡べーのこと好きだったんだね~。にゃはは~」
「こ、こら英二っ。あ、手塚ホントにおめでとう。なんだか感慨深いな」
わらわらと集まってきては手塚に祝いだか揶揄だかを投げかけていく友人たちを見るに、隠せていなかったのは手塚も同様のようだ。もはや呆れる他にない。
「……これは想定外だが、ここのメンバーになら構わないだろう。そんなに嫌か?」
手塚が、少し寂しげに声をかけてくる。経緯はどうあれ祝福してくれているのを、こんなにも怒ることはないだろうと言いたいらしい。
「そういうわけじゃねえよ。元々、滝と忍足には報告するつもりだったしな。ただ、箝口令は敷かせてもらうぜ」
跡部は手を高く掲げてパチーンと指を鳴らす。あの頃の氷帝コールよろしく、ざわついていた会場が静まり返った。
「テメェら、祝福ありがとよ。だがこのことを外部に漏らすんじゃねーぞ、いいな!」
彼らからの祝福を受け取りつつも、命じ……もとい、頼み込む。ナイーブな問題だ、わざわざ世間に喧伝することでもない。
そうして跡部は、手塚に向き直った。
「手塚、俺はお前とのことをスキャンダルにするつもりはねえんだ。俺にもお前にも、立場ってものがあるからな。下手をしたらスポンサーへの賠償なんて話にもなりかねねえ。公表してもいいが、慎重に時期を見る。いいな?」
「分かっている。俺とお前の真剣な想いを、スキャンダルなどとは言わせはしない」
力強く頷いてくれた手塚に、跡部は優しく笑う。その表情は、氷帝のメンバーをしても珍しいものを見たと思わせ、恋の成就を実感させた。
「そういうわけだ、皆よろしく頼む」
手塚も会場の全員に向かってそう言い放ち、ここだけに留めておいてくれるよう頼んだ。それには全員が頷いてくれる。
そこら辺が分からない連中ではないからこそ、長く付き合ってもこられたのだ。跡部は手塚の隣で、満足そうに口の端を上げた。
「つーかよ、氷帝と青学は理解ができるが、なんで立海や四天宝寺にまでバレてんだよ」
「俺は割と早くから跡部の気持ちには気づいていたかな。だって君、手塚にもらったぬいぐるみ、W杯にまで持ってきてただろう? 可愛いったらないよね」
「なっ……」
「……ほう。詳しく聞かせてもらおう」
「聞かなくていい!」
幸村が愉快そうに笑う。確かにU―17のW杯では部屋割りが幸村と一緒だった。寝室は別だったのに、枕元に置いていたユキヒョウに気づかれていたなんて。興味深そうに食らいつく手塚の脇腹を小突いて、頬を染めた。
「W杯っていえば跡部、覚えているかな。手塚が、ボクに借りたCD返しておいてほしいって頼んだの」
「ああ、この俺様を使いっぱしりさせたヤツかよ。後にも先にも、お前らくらいだぜ」
「不二」
幸村に続いて楽しそうに笑う不二が、跡部の肩を叩いてくる。なぜか手塚がわずかに慌てた様子を見せ、跡部は首を傾げた。
「ボクはね、手塚にCDなんか借りてなかったんだよ。あれは空のCDだった。少しでも君との会話を増やしたかったんじゃないかな」
「……は……?」
「不二」
「手塚が元気そうだったって聞いて、安心したよ」
「不二、それくらいで勘弁してくれ……」
手塚が珍しく項垂れる。
確かにあの時、CDの件を出した際不二はほんの数瞬だけ不思議そうにしていた。「手塚には何も……」と言いかけて、気がついたように口許を覆っていたのを思い出す。
ほんのわずかな時間だ。他愛もない会話だ。それでも、手塚が跡部との時間を増やしたかったのだろうと悟らせるくらい、分かりやすく想われていたのか。
「景吾くん、顔が真っ赤だよ」
「跡部にそんな顔させられるんは、やっぱり手塚しかおらんなぁ……。せやけどな、泣かせたら承知せんで、手塚」
「おいテメーらな……」
「跡部の泣くところは可愛いと思うが、傷つけるなという意味なら、心配無用だ」
「――手塚ぁ!」
何を言い出すんだとさらに顔を真っ赤にして叫ぶ跡部だが、「やっとれんわ」と忍足たちが肩を竦めてパーティーの料理の方へ向かっていってしまうのは、誰にも責められない。
そうしてそこかしこで、昔話に花が咲く。厳しかった練習。涙を呑んだゲーム。それでも楽しかった合宿。
テニスの道を離れた者、まだ続けている者、進んだ道は様々だったけれど、あの頃必死に黄色いボールを追いかけていた事実は変わらない。酒の飲める年齢になっても、話題はあの頃の輝かしい青春だった。
「そういえばさ、二人ともお互いのどこがそんなに好きなんスか。テニスの腕はすごいけど、恋愛的な意味で惹かれるとこあんのか分かんないんスよね」
越前の何げない一言に、周りにいたメンバーたちも興味津々だ。若干失礼な物言いだが、そこは全員が気になって仕方ないところらしい。
「アーン? そんなもん、決まってんじゃねーか。なぁ手塚」
「ああ、訊かれる意味が分からないな」
仕方ねえなと呆れ気味に肩を竦める跡部に、手塚も強く頷く。
「全部だ」
二人揃ってそう口にするのに、全員が「仕方ないのはそっちだ」と肩を竦めるのは、やはり仕方のないことだった。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
/ /


【装丁】文庫サイズ/92P/全年齢/500円(イベント価格)
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/items/383416...)匿名性なし
【書店通販】フロマージュブックス様(https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/de...)
【あらすじ】全国大会後、跡部は物足りない日々を過ごしていた。気まぐれに手塚をテニスに誘えば、意外にも快諾が返ってきて驚く。それでも日が暮れるまで打ち合い、抑圧のないゲームを楽しんだ。気晴らしになったと言う跡部に、誘ってくれてありがたいと手塚は恋を告げてくる。跡部はそれを受け入れる気は当然なくて断るが、手塚は諦める気はないようで――? 旧テニの世界線です。
手塚は小さくこくりと頷き、理解をしてくれた。手塚とはいいライバルでいたいのだ。それは跡部の本心だが、手塚にそういう気持ちがある以上無理だろうかと、ほんの少し寂しくて、悲しくなってくる。
緊張が解けてしまったのか、手塚がらしくなくどさりと音を立てて隣に腰をかけてきた。
「では、どうしたら交際してもらえるだろうか」
「――テメェ理解したんじゃなかったのかよ!? ついさっき分かったって言ったばかりだろうが!?」
「提案が却下されたのは分かった。だから妥協案を」
「何も妥協してねえだろ。最終的には俺とつきあいたいってことじゃねーの」
「それはそうなる」
至極真面目くさった顔で素直に頷かれて、くらりと目眩がするようだ。跡部は思わず屈み込んで頭を抱えた。
「手塚、お前な……」
「可能性が少しでもあるならつけ込んで、……すまない言い方を誤った。攻めてみた方がいいだろうと思って」
「つけ込むんじゃねーよ。可能性なんざ欠片もねぇ」
「欠片もか」
ああ、と大きなため息とともに返してやる。それには「そうか」と返ってきたが、先ほどのことを考えると、理解したというだけで諦めたというわけではないのだろう。
テニスで心地の良い疲労を感じた後にこんなことで疲れることになるなんて、思ってもみなかった。跡部は体を起こし、髪をかき上げた。
「俺様の美貌に血迷うヤツがいるのは仕方ねえが、男からってのはあんまり気分のいいもんじゃねーな」
「……すまない。俺も、好きになろうと思って好きになったわけではないんだが、お前からしてみたら、そうだろうな」
肩を落として手塚が小さく呟く。
心なしかしょんぼりとしているように見えて、跡部は気づかれないようにぱちぱちと目を瞬いた。いつも強引なプレイで相手や観客を巻き込んでいく男が、跡部景吾の言葉ひとつでこうもしおれてしまうなんて。
手塚には悪いが、面白いものを見たと感じてしまう。
「まったく面倒なこと言い出しやがって。俺はテメェにそういう勘違いさせる態度取ってた覚えもねぇ……ん、だが……」
言いかけて、ふと思いとどまる。指先を額に当てて記憶を掘り起こしてみるが、恋に発展してしまう態度を取っていなかったとは言い切れないような気がしてならない。
好敵手として認識していたし、試合会場で顔を見れば声をかけてもいた。それはライバルとしての挑発でしかなかったけれど、わざわざ近くに行ってまでというのはやりすぎだったのではないだろうか。執着と取られても仕方がない。越前リョーマとの試合でも、頭のどこかに手塚のプレイが存在していたのも事実だ。
他校の選手相手に、自分から話しかけることは少ない。手塚だけは違う。それを自覚していなかったのは認めるが、断じて恋心からではない。
しかし、跡部のその態度から周りが勘違いする可能性はあったのだと今初めて気がついた。それで囃し立てられて祭り上げられて、手塚も勘違いしてしまったのだろうか。
「おい手塚よ、俺様はな、別にテメェのことは」
「気分を害させてすまない。何しろ初めてのことで、勝手が分からないんだ。誰に相談すればいいかも分からない。跡部は困るだろうと思っていたんだが、隠しておくのは誠実ではないと思ってのことだ」
勘違いをさせたのなら詫びねばならないと思った弁明を、手塚は遮ってくる。この物言いからするに、周りはともかく彼自身は跡部の感情を変なふうに解釈したわけではないらしい。ホッとした反面、あれは少しも特別なことではなかったと思われているようで面白くない。複雑な気分だった。
「テメェいったい俺様のどこに惚れたんだよ」
好敵手とはいえ、普段の生活はお互いまったく知らない。ふとした仕草や価値観に触れて恋に落ちるほど、共に過ごした時間があるわけでもないのだ。学園生活でそういう時間が多いのならばまだしも、いつ、いったいどこに惹かれたのだろう。
「どこ……」
訊ねた言葉に、手塚は腕を組んで考え込んでいる。すぐに出てこないというのは、多すぎて分からないのか、それとも言い出せないほどマズイ部分なのか。
――――コイツが跡部のコネや財力云々なんて言うはずもねーが、顔なんて言ったら張り倒してやるぜ。
整った容姿というのは惹かれるひとつの要素だろうが、そんな理由で恋を告白してこないでほしい。そんな男相手に気を揉んでいる時間が惜しいのだ。
跡部はそのわずかな懸念と苛立ちを眉間のしわに刻む。責めるような眼差しで、手塚の答えを待った。
「テニス、だろうか?」
「――は?」
ややあって、振り向いた手塚が思いも寄らなかった答えを告げてきた。いや、思いも寄らなかったというよりは、接点がそれしかないのだから当然でしかない。選択肢にもしていなかった。
「だろうか、ってお前な……訊いてんのはこっちなんだよ。なんで疑問系なんだ」
「あまり理由を考えなかった。普段のお前を知らないし、他に何を挙げればいいのか分からない」
「俺のことを何も知らねえのに、よくもまあ好きだなんて言えるな。テメェはプレイスタイルだけでなく恋愛スタイルまで強引で傲慢なのかよ」
「お前のテニスに触れてしまえば、好きになっても仕方がないと思うが」
呆れて物が言えないと息を吐き出すように笑ってやれば、さらなる追撃を受ける。ぐっと言葉に詰まった。
テニスと人格がイコールで結ばれているのもどうかと思うが、嬉しくないわけではなかった。跡部のテニスには、恋をするにふさわしい価値があるのだと、恥ずかしげもなく言われているのだ。
少しばかり、くすぐったい。
「それに、その理論でいうなら、俺のことをよく知りもしないのに付き合えないとは言えないんじゃないか?」
「屁理屈こねんな、次元が違うぜ。俺の美技が観衆を惚れさせるってのはまあ間違いねえがな、手塚よ。要するに俺とテニスがしてえってことだろうが。それはただの友人とか、ライバルでも成り立つぜ」
跡部自身大会を経て、尊敬するプレイヤーは増えた。対戦はできなかったものの観戦してうずうずした選手や、受けてみたいと思う技はたくさんあった。もう公式戦では当たらないからこそ、焦がれるような思いだってある。
手塚のそれも、同じものではないのか。
たった一度対戦したあの試合。頂上決戦と言われているのも知っている。あの試合を上回る熱戦も多々あるが、多くの選手たちの胸を打っただろうことには変わりがない。跡部の中でも、ただひとつの特別な試合だ。
跡部にとって手塚が特別な相手であることは否定しない。
手塚にとっても跡部が特別になってしまっていることも、否定はしない。
しないが、テニスに焦がれるのと相手自身に焦がれるのとはまったく違う。
そう諭してやったというのに、手塚は面白くなさそうに眉間にしわを刻んだ。
「成り立たないな。少なくとも俺は、ただのライバルにキスをしたいとは思わない」
即座に否定されて、絶句した。まさか手塚国光の口からそんな単語が飛び出してくるとは思わないだろう。違和感だらけだ。
「キ、………………ス、とか言うのかよ、お前が」
「心配しなくても、無理やりどうこうするつもりはない。怖がるな」
「だっ……誰が怖がってんだよ。……少し、驚いただけだぜ。少しな」
思わず強張ってしまった体を、深呼吸ひとつでなだめる。
しかし、困った。手塚は頑なに恋情だと示してくる。キスがしたいなどと、人並みの感情も持ち合わせていたんだなと若干的外れなことを考えた。健全な男子中学生らしくて微笑ましいことだ。相手が自分でさえなければ。
無理やりどうこうするつもりはないという彼の言葉を信じたいが、信じ切れるほど手塚国光という男を知らない。
もちろんイメージというものはあって、その中で彼がそんなことをする男だとは思っていない。そもそも恋愛感情をきちんと認識できる男だとは思っていなかったのである。これは跡部のデータ不足だ。
「もちろん、純粋にテニスプレイヤーとして尊敬もしている。テニスにかける情熱は見ていて心地がいいし、負けたくないという思いも強くなる」
膝の上でぐっと強く拳が握られるのが見えて、跡部はそっと視線を上に上げる。前を見据える横顔は、跡部も惹かれて止まないテニスプレイヤー・手塚国光だった。
テニスに関する思いは同じなんだよなと、呆れにも似た歓喜が膨れ上がる。
「お前とテニスをしたいという思いも嘘ではない。それでも跡部のことを考えていると、ふとした瞬間に触れたくなる。抱きしめたくなるんだ。これが恋でないというのなら、俺は本当の恋を知らなくても構わないと思う」
振り向いた視線は、まっすぐに向かってくる。
ひとつひとつ、音を確かめるように呟かれる言葉はするりと耳に入り込んで、跡部の中に留まってしまう。
ここまで言われてしまっては、否定するのは野暮というものだ。
「……本当に、好きなのか、俺のこと」
跡部は最後にもう一度、確認した。
「ああ、好きだ」
答えは分かっていたけれども、揺るがない手塚の恋情を受け止めるには、必要なプロセスだった。
「そうか」
短くそう返し、ふうーとゆっくり息を吐く。膝の上で手を組んで、こくりと唾を呑んだ。
#片想い #塚跡 #新刊サンプル #シリーズ物