- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.534, No.533, No.532, No.531, No.530, No.529, No.528[7件]
永遠のブルー-037-
なぜだ、と跡部は頭を抱えた。
「跡部、まあ一応おめでとうっつっとくぜ。二重の意味でな」
「跡部さん……よかった、です、本当に……」
「やあ跡部、ついにくっついたんだって? 長かったよね。動きが鈍いのは言及するべきかな?」
なぜ、誰も彼もにバレているのだと。
今日は跡部主催のパーティーで、親しい友人や後輩たちを招いていた。
ウィンブルドン上位を祝うもののはずだが、参加者の誰もが別の意味での祝いを告げてくる。
跡部が長いこと手塚を想っていたのを知っているのは、忍足と滝だけだった。当人である手塚でさえ、知ったのは昨夜だというのに、なぜ宍戸や樺地や、果ては幸村までもが知っているのか。
「……滝! 忍足ィ!」
「あ、言っておくけど俺たちのせいじゃないからね」
どこから漏れたのかと考えれば答えはひとつで、両手いっぱいの花束を抱えながらも、跡部は滝と忍足を勢いよく振り向いて睨みつける。だが彼らは悪びれることもせず、しれっと押し返してきた。
「ここにおるヤツらほとんどが、跡部か手塚の片想いを知っとったっちゅうだけの話や。手塚の方かて、青学の連中にはバレバレやったみたいやないか」
「あぁ!?」
忍足の言葉に、今度は手塚を睨みつける。手塚は眼鏡を押し上げ、気まずそうに視線を背けた。
「確かに不二と……大石と……なぜか越前にもバレていたのは、薄々感じていた」
「な……っ」
会場を見渡すと、視線に気づいた不二はひらひらと手を振ってくるし、大石はハハハというように頬を掻いているし、越前に至っては「まだまだだね」とでも言いたげに笑ってくる始末だ。
「そんでもまあ、俺らがひそひそ話しとったんを菊丸に聞かれたことが原因やろな。一気に広まったわ」
「やっぱりテメェのせいじゃねえか!」
力一杯忍足の頭を叩いて、跡部は大きくため息を吐いた。
そんなに分かりやすかったのだろうかと思い返して、自分の不甲斐なさを嘆く。隠せていると思った手塚への想いは、実は少しも隠せてなどいなかったらしい。
「手塚クン、よかったなあ。長いこと跡部クンのこと大っ好きやったんやろ?」
「アナタ、また面倒な相手に惚れたものですねえ。まあお祝いくらいは言っておいてあげますよ」
「手塚、やっぱり跡べーのこと好きだったんだね~。にゃはは~」
「こ、こら英二っ。あ、手塚ホントにおめでとう。なんだか感慨深いな」
わらわらと集まってきては手塚に祝いだか揶揄だかを投げかけていく友人たちを見るに、隠せていなかったのは手塚も同様のようだ。もはや呆れる他にない。
「……これは想定外だが、ここのメンバーになら構わないだろう。そんなに嫌か?」
手塚が、少し寂しげに声をかけてくる。経緯はどうあれ祝福してくれているのを、こんなにも怒ることはないだろうと言いたいらしい。
「そういうわけじゃねえよ。元々、滝と忍足には報告するつもりだったしな。ただ、箝口令は敷かせてもらうぜ」
跡部は手を高く掲げてパチーンと指を鳴らす。あの頃の氷帝コールよろしく、ざわついていた会場が静まり返った。
「テメェら、祝福ありがとよ。だがこのことを外部に漏らすんじゃねーぞ、いいな!」
彼らからの祝福を受け取りつつも、命じ……もとい、頼み込む。ナイーブな問題だ、わざわざ世間に喧伝することでもない。
そうして跡部は、手塚に向き直った。
「手塚、俺はお前とのことをスキャンダルにするつもりはねえんだ。俺にもお前にも、立場ってものがあるからな。下手をしたらスポンサーへの賠償なんて話にもなりかねねえ。公表してもいいが、慎重に時期を見る。いいな?」
「分かっている。俺とお前の真剣な想いを、スキャンダルなどとは言わせはしない」
力強く頷いてくれた手塚に、跡部は優しく笑う。その表情は、氷帝のメンバーをしても珍しいものを見たと思わせ、恋の成就を実感させた。
「そういうわけだ、皆よろしく頼む」
手塚も会場の全員に向かってそう言い放ち、ここだけに留めておいてくれるよう頼んだ。それには全員が頷いてくれる。
そこら辺が分からない連中ではないからこそ、長く付き合ってもこられたのだ。跡部は手塚の隣で、満足そうに口の端を上げた。
「つーかよ、氷帝と青学は理解ができるが、なんで立海や四天宝寺にまでバレてんだよ」
「俺は割と早くから跡部の気持ちには気づいていたかな。だって君、手塚にもらったぬいぐるみ、W杯にまで持ってきてただろう? 可愛いったらないよね」
「なっ……」
「……ほう。詳しく聞かせてもらおう」
「聞かなくていい!」
幸村が愉快そうに笑う。確かにU―17のW杯では部屋割りが幸村と一緒だった。寝室は別だったのに、枕元に置いていたユキヒョウに気づかれていたなんて。興味深そうに食らいつく手塚の脇腹を小突いて、頬を染めた。
「W杯っていえば跡部、覚えているかな。手塚が、ボクに借りたCD返しておいてほしいって頼んだの」
「ああ、この俺様を使いっぱしりさせたヤツかよ。後にも先にも、お前らくらいだぜ」
「不二」
幸村に続いて楽しそうに笑う不二が、跡部の肩を叩いてくる。なぜか手塚がわずかに慌てた様子を見せ、跡部は首を傾げた。
「ボクはね、手塚にCDなんか借りてなかったんだよ。あれは空のCDだった。少しでも君との会話を増やしたかったんじゃないかな」
「……は……?」
「不二」
「手塚が元気そうだったって聞いて、安心したよ」
「不二、それくらいで勘弁してくれ……」
手塚が珍しく項垂れる。
確かにあの時、CDの件を出した際不二はほんの数瞬だけ不思議そうにしていた。「手塚には何も……」と言いかけて、気がついたように口許を覆っていたのを思い出す。
ほんのわずかな時間だ。他愛もない会話だ。それでも、手塚が跡部との時間を増やしたかったのだろうと悟らせるくらい、分かりやすく想われていたのか。
「景吾くん、顔が真っ赤だよ」
「跡部にそんな顔させられるんは、やっぱり手塚しかおらんなぁ……。せやけどな、泣かせたら承知せんで、手塚」
「おいテメーらな……」
「跡部の泣くところは可愛いと思うが、傷つけるなという意味なら、心配無用だ」
「――手塚ぁ!」
何を言い出すんだとさらに顔を真っ赤にして叫ぶ跡部だが、「やっとれんわ」と忍足たちが肩を竦めてパーティーの料理の方へ向かっていってしまうのは、誰にも責められない。
そうしてそこかしこで、昔話に花が咲く。厳しかった練習。涙を呑んだゲーム。それでも楽しかった合宿。
テニスの道を離れた者、まだ続けている者、進んだ道は様々だったけれど、あの頃必死に黄色いボールを追いかけていた事実は変わらない。酒の飲める年齢になっても、話題はあの頃の輝かしい青春だった。
「そういえばさ、二人ともお互いのどこがそんなに好きなんスか。テニスの腕はすごいけど、恋愛的な意味で惹かれるとこあんのか分かんないんスよね」
越前の何げない一言に、周りにいたメンバーたちも興味津々だ。若干失礼な物言いだが、そこは全員が気になって仕方ないところらしい。
「アーン? そんなもん、決まってんじゃねーか。なぁ手塚」
「ああ、訊かれる意味が分からないな」
仕方ねえなと呆れ気味に肩を竦める跡部に、手塚も強く頷く。
「全部だ」
二人揃ってそう口にするのに、全員が「仕方ないのはそっちだ」と肩を竦めるのは、やはり仕方のないことだった。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-034-
キィとドアを開けて入ってきた青年に気がついて、不二周助は軽く手を挙げて招いた。
「越前、こっち。思ったより早かったね」
「ちーッス、不二先輩。忍足さんと滝さんも、お疲れッス」
バーカウンターで越前リョーマは不二の隣に腰をかけ、忍足と滝にも軽く会釈をする。普段着の不二たちとパーティー帰りの越前では少しアンバランスな雰囲気があるが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
バーテンダーにカルアミルクを頼み、三人とグラスを合わせる。大会の成績を祝い、今回の労をねぎらってくれた。
「ほぼ確っすね。あの二人、パーティー終わるや否や揃って部屋に向かったみたいッス」
越前の報告に、不二たちは一様に「あ~……」と声を上げる。
今大会の祝勝会には当然上位者の越前も参加していた。優勝以外じゃ意味がないねと言いつつも越前が参加したのは、ある人物たちの動向を見守るためだった。言わずもがな、手塚と跡部の二人である。
「もー……なんやねんあの二人……ホンマに長いこと両想いやったっちゅーことかいな」
「そうみたいだね。手塚は間違いなく告白するつもりだったから、忍足たちの言うことが本当なら、今頃はお互いの気持ちを伝え合っているんじゃないかな」
忍足は嘆くように両手で顔を覆い、滝はやれやれといったふうに小さく首を振る。
「まさか手塚が景吾くんを好きだったなんてね。優勝キメた後に手を掲げてたでしょう? あれ、やっぱり景吾くんに向けてだったんだ……」
「俺は跡部さんが手塚部長を好きだったってことの方が驚いたんスよね。テニスに関しては執着してるなって思ってたけど」
「いやいや、跡部のは分かりやすいやろ。そっち方面にはニブそうな宍戸まで気づいてたんやで? 知られたないなら気ぃつけろ言うたのになぁ」
「ボクらは普段の跡部を知らないからね。手塚の方が分かりやすかったよ。だいたい、怪我の一因になった相手と連日テニスしにいくってとこで、もうおかしいじゃない」
不二の言葉に、三人ともが「それな」と指をさす。呆れて物が言えないと、それぞれのカクテルを飲み干す。
気づいても良かったはずなのに、間にテニスがあったことでややこしくなってしまったのか。それでも、間にテニスがなければ惹かれ合ってもいなかっただろうと思うと、世の中上手くいかないものだ。
「こっちはこっちで気ぃ揉んどったんやけどなぁ。U―17の合宿でも大変やったのに」
「お互いに、言っちゃいけない気持ちだと思っていただろうしね」
「親しくなりたいけれど、なったらなったで余計に好きな気持ちが大きくなる。ふふっ、青春だなあ」
「手塚部長、そういう状態でドイツ行っちゃいましたしね。急すぎじゃないッスか?」
「あれなぁ……。跡部が健気すぎて泣けたっちゅーねん」
せっかく同じチームでテニスができていたのに、プロになるという手塚を送り出し、中学生選抜の長を引き継いだ跡部。
惚れた男の成功を祈って自分の恋心を押し込めるキングに、何をしてやればいいか分からなかったことを思い出し、忍足はわざとらしく泣き真似をした。
「健気ってのは、分かる気がするッスけど。いつだったかのインタビューでずっと片想いしてるって聞いて、頭を抱えたんスよね、俺。余計なことしたかもって」
「ボクもその雑誌読んだよ。一途なんだなって思ったけど、手塚にしてみれば、キツかっただろうね」
不二の言葉に、越前は頷く。
恋人や婚約者がいないのならば、踏み込んでみるのも手ではないかと思った援護射撃が、裏目に出てしまった形だ。
手塚はその日、ウィンブルドンで優勝カップを手にすると宣言してきた。あの時にもう、決めていたのだろう。
「だから今日の試合終わってから滝たちに話を聞いた時は、本当に安心したんだ。もちろん、何やってんだろうあの二人って思いの方が大きかったけどね」
「俺、正直今夜はパーティーどころじゃなかったッスよ……本気でびっくりした」
「せやろなあ。まあ、文句は明日言ったろか。散々心配させよってからに」
「今頃はイチャイチャしてるのかな。手塚もやるねー。まあ、今夜は素直に二人のことを祝おうか」
賛成、と四人は新しくカクテルをオーダーする。あの二人に似合いのモッキンバードが四つ、重なり合ってカチンと音を立てた。
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永遠のブルー-033-
「……あァ……?」
今、手塚は。
手塚は、好きだと言ったのだろうか。跡部に対して、好きだ、と。
「なんて、言った」
「好きだと。恋愛対象としてだ。ずっとお前に惹かれていた。今もだ」
訊ねた跡部に何の躊躇いもなく返してくる。思わず落としそうだったグラスを置き、テーブルに片手をついた。
――――待て。待ちやがれ。幻聴じゃねえらしいが。
目を閉じる。
空いた手を腰に当て、考えた。
――――どういうことだ。夢でも見ているのか。そうでなければ何かの間違いか、酒の勢いだ。冗談にしてはタチが悪い。こっちはせっかく断ち切る覚悟をしたってのに、なんだ、それは。
跡部は下向いていた顔をゆっくりと上げ、手塚を振り向く。腹立たしいほどいつも通りの男がそこにいた。
「お前が、俺を、だぁ?」
「そうだ。混乱するのも無理はないと思うが、すまない、事実だ。だが勘違いをしないでほしい」
「あん?」
「告白をしたからといってお前に何かを望んでいるわけではない。お前にはずっと……ずっと想っている相手がいるのは知っている。それを踏みにじってまでどうこうしようとは思っていない」
跡部はついていた手を上げて体を起こす。
いつも通りの手塚だと思っていたが、とんでもない思い違いだった。
彼らしくなく、饒舌だ。焦りと、どうにもしようがない想いにもがいているように見て取れた。
手塚に向き直った跡部は、手のひらで顔を覆い、じっと手塚を眺める。
嘘を言っているようには見えない。酔っているわけでもないように見える。手塚とは何度も一緒に酒を飲んできた。ほんの少し酔った様だって、見たことがある。
「……本気で言っているのか」
「否定はしないでほしいと言ったはずだが」
「否定じゃねえ、確認だ」
「俺はいつでも本気だっただろう。特にお前にはそうしてきた」
まっすぐ向かってくる視線を、跡部は受け止める。もとより、不器用なこの男が冗談やその場限りの思いを吐露するはずもないと、分かってはいた。
「手塚、お前……それ、いつからだ」
「中学の頃からだが」
返された言葉に、跡部は思わず項垂れて額を押さえた。
なんてことだ。――なんてことだ。そんなにも長い間、自分たちは。
ならばあの時交わした言葉も、視線も、触れた指先も。
「跡部、だが先ほども言ったように、お前に好きな人がいるのは分かっている。ただ俺の気持ちを知っていてほしかった。優勝をしたら好きだと告げて、踏ん切りをつけようと思っていたんだ。できれば今まで通り友人として接してくれるとありがたいが、無理ならそう言ってくれ」
項垂れたことを悪い方に解釈したのか、手塚はそう続けた。
今は考えないようにしている――そう言った時の手塚の気持ちを思うと、胸が締め付けられるようだった。
跡部に好きな相手がいると分かった一年前、もういい加減に自分の気持ちにケリをつけようと思っていたのか。そのためにずっと、勝つことだけを考えてきたのか。絶望するのではなく、告げるための努力をしてきたのだと思うと、苦しさとは別の痛みが胸を襲う。
告げずに断ち切ろうとした跡部と、告げて決着をつけようとした手塚。
この男には、生涯敵うことはないのだろうと思う。そしてその諦念を覆い尽くさんばかりの、愛しさがこみ上げてきた。
「手塚、お前……俺の相手が自分だとは、微塵も思わなかったかよ?」
跡部は顔を覆っていた手をゆっくりと下ろし、じっと手塚を眺めた。
彼は何を言われたのか分からないといったような顔をしている。まるで先ほどの自分を見ているようでおかしかった。
「……どういうことだ」
「どうもこうもねえ。俺が十年片想いしてたのはお前ってことだ、手塚ァ」
手塚がひとつ目を瞬く。突然の告白についていけないようだが、それは跡部も同じだったのだ。同じ困惑を味わいやがれと口の端を上げて、跡部はさらに追い打ちをかけた。
「好きだぜ、手塚。ずっとお前が好きだった」
惚けたような手塚の口許が、左の手のひらで覆われる。それはゆっくりと下を向き、口を覆っていた手のひらは額を押さえるために使われる。恐らく跡部と同じように「なんてことだ」とでも思っているのだろう。
ややあって、手塚は顔を上げた。
「それは本気で言っているのか?」
「俺はいつだって本気だったぜ。特にお前に対しては」
同じ問いかけに同じ答えで返す。もちろん言葉で遊んだだけのつもりはなく、事実としてだ。
「十年と言っていただろう。俺がお前と親しくなる前だと思ったんだ」
「ほぼ十年つったんだよ」
「昨年の時点ではまだ八年だが」
「二年なんざ誤差の範疇じゃねえか! 言っとくけどな、先に惚れたのは俺の方だぜ」
「……聞き捨てならない。俺がお前を好きになったのが先だ」
「張り合うのかよ、そこ」
お互いに負けず嫌いな性分なのは分かるが、それがこんなところでも発揮されるなんて。さらに世間一般では「惚れた方が負け」などという言葉もあるのにだ。
「俺は、あの試合の時からずっとお前を意識していた。九州でリハビリをしている最中にさえ、お前のことで頭がいっぱいになることがあったんだ」
「そりゃあ奇遇なことだ。俺もきっかけはあの日の試合だぜ。お前が戻ってきた時は、本当に嬉しかった」
思い起こされる、あの日々。
手塚の怪我の状態が分からず苦悶し、無事に戻ってきたと思ったら厄介な感情に気がついてしまい、劣情にさえ悩まされた。怪我のことで恨まれるかと思ったのにそれもなく、むしろ距離が近づいてしまって困惑したこともある。手塚をドイツへと送り出して、U―17のW杯を通して新たな決意をし、プロの世界に進んだ。
そんな日々の中でも、生涯――生涯秘めておこうと思った恋心。
それが、こんな形でつながってしまうなんて、思ってもみなかった。
「……」
「……」
言葉が出てこない。どれだけこの心を押し殺してきたと思うのかと、責めたい気持ちにさえなる。それは手塚の方もそうだろう。
何かを言いかけて、音にならずに口を噤む。手塚が何かを言いかけるのが見えて目を瞬いたのに、何も投げかけてこないのがもどかしい。
「跡部……、ひとつ訊くが」
「……なんだよ」
やっと次の音が奏でられ、跡部はようやく息をしたかのように感じた。
「俺は、お前を……だ、抱きしめてもいいのだろうか」
太腿の横でぐっと握られる拳を見て、跡部は目を瞠る。お互いの気持ちが発覚したというのに、今さらそこを訊ねてくるのかと、肩透かしを食らった気分だ。
相変わらず不器用な男だと、お手上げ感がにじむ。
そして同時に、どうしようもない愛しさに駆られた。
跡部は何も言わずにすっと右手を差し出す。『来い』と促すように。
手塚はその手のひらと跡部とを順に見やって、ゆっくりと足を踏み出しながら、左手を上げる。
ゆっくりと、ゆっくりと、距離が縮まっていく。
「……っ」
あと少し埋まらない距離がもどかしくて、じれったくて、跡部は手塚に取られそうだった手で逆に手塚の手を取り、ぐいと強く引いた。
そうしてそのまま、左腕を首に回して抱き寄せる。
「手塚……、手塚っ……」
ずっと触れたかった男の名を呼んで、強く抱きしめる。
抱きしめてもいいのだと思ったら、もう抑えてなどいられなかった。手触りの良いスーツに手を這わせて、背中の広さを味わう。
「…………っ……跡部……!」
詰まったようなリズムで跡部を呼び、手塚もまた両腕で跡部の体を抱きしめてくれた。
薄くはない胸板が合わさる。仕立てのよいスーツが互いの体で擦れて音を立てる。
吐息のように相手の名を呼んで、醒めない現実を噛みしめた。
「てづか……」
「跡部」
こんなに強い力で抱きしめ合うほどに想い合っていたのに、どうして気がつかなかったのだろう。
恐らく二人の間にテニスというスポーツがあったからだ。交わす言葉も、見つめる熱っぽい視線も、すべてがテニスのためだと思うのに充分なほど、打ち込むものがあったからだ。
気がつかなかった。こんなに想われていたなんて。
跡部は手塚の首元で小さく「手塚」と呼ぶ。
手塚は跡部の肩に顔を埋め何度も「跡部」と呼ぶ。
よくこんなにも想う心を抑えていられたものだと、ゆっくり息を吐いた。
髪を撫で、頬のラインをなぞる。どちらからともなく、唇を合わせた。
触れて、離れて、押しつけて、舐める。唇で食はんで、軽く歯を立てて、舌先を触れ合わせる。それがスイッチだったかのように、二人は濃密に舌を絡め合った。
「……っん、んんっ……っ」
「っは、……はぁっ、……ん、う」
湿った音が聞こえる。表と表を合わせ、厚みを確かめるように撫で、吸い上げる。
指先に絡みつく互いの髪の感触。離している数秒さえもったいないと唇に食らいつき、混ざり合った唾液を飲み込む。
跡部は両腕で手塚の背中をかき抱いて、隙間を埋め尽くす。手塚は左腕で跡部の腰をがっちりと抱え込み、右手で柔らかな髪を梳いた。角度を変えて触れ合う唇の間で、ちゅ、ちゅ、と濡れた音が奏でられる。
合わさった胸の鼓動が心地よい反面、ひどく恥ずかしい。
自分だけではないと確かめたくて、跡部は手のひらで手塚の胸を探った。同じ気持ちなのか、手塚の指先は跡部の首筋をなぞり、もどかしげにタイを緩ませている。
「は……っう、ん……んっ」
深いキスを交わしながら、跡部は手塚のベストのボタンに指をかけた。手塚の指先が素のままの鎖骨に触れているのが嬉しくて、秘めていた欲が急激にせり上がってくる。
跡部が手塚のベストをくつろげて背中のシャツを撫でる頃には、手塚は濡れた唇を鎖骨に這わせ、吐息とともに何度も跡部の名を呼ぶようになっていた。
「手塚、待て、……なぁ」
「待つ理由がない……」
恋を告げる前の殊勝な態度はどこへいったのやら。言葉通り待つ気がない唇で首筋をくすぐる男を、跡部はやはり諦念と愛情を混じらせた思いで撫でる。
「んなのはこっちだって同じなんだよ。……手塚、……ベッド、行こうぜ?」
その誘いにようやく顔を上げた手塚の頬を指の背で撫で、鼻先にキスをした。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-032-
程なく祝勝会はお開きとなり、跡部は手塚を連れてエレベーターに乗り込む。どうしても気分が沈んで、顔が下を向いてしまった。
「疲れているところに、すまないな」
「あ? あぁ、違ぇよ、さっきちょっと嫌な感じのジジィ相手にしてたからな。疲労っていえばそうだが、あんなことは慣れっこだぜ」
嘘ではないが、気分が沈んでいる理由ではない。大仰にため息をつけば、「嫌な感じ」をどう解釈したのか、手塚の眉間にしわが寄った。
「……傍にいれば良かったな」
「慣れてるって言ったろ。お前が傍にいても、ああいうのは変わらねえよ」
「だが、助けることはできるだろう。お前がそうしてくれたように」
恐らく正しく解釈をしていて、その上でことを大きくするべきではないという跡部の思いも理解し、手を差し伸べようとしてくれる。そんな手塚の気遣いが嬉しくて、跡部は肩に入っていた力を抜いた。
「ありがとよ。次があったらお前を呼ぶぜ」
「ああ、そうしてくれ」
恋人にはなれずとも、手塚の中に跡部景吾という人間はきちんと存在している。それをこうして示してくれるだけで、幸福だった。
跡部の部屋がある高層階について、靴音も吸収しそうな絨毯の上を歩く。部屋のロックを解除し、手塚を招き入れた。
「まあ、入れよ」
セミスイートのゆったりとした居室には、白を基調としたテーブルセットやソファが置かれている。正面の大きな窓からは夜景が一望できた。
「手塚の優勝を祝うには最高の景色じゃねーの」
両腕を広げてそれを堪能し、跡部は用意させていたシャンパンをクーラーから持ち上げ、ついた雫を拭う。
「跡部」
「大事な話ってんだから、酒は入れたくねえかもしれねえが、祝いの杯くらいは受けてもらうぜ」
そう言ってグラスにシャンパンを注ぐ。冷えた液体の中で踊る小さな泡粒が、表面ではじけた。手塚は素直にグラスを受け取ってくれて、跡部は正面からじっと見つめて唇を開く。
「改めて、優勝おめでとう、手塚」
「ああ。跡部、お前もベスト8おめでとう」
ともすれば厭みにもなりかねない言葉だが、跡部もそれは素直に受け取った。
チン、とグラスがぶつかり合って高い音を立てる。夜景をバックにこんなふうに手塚を祝えるとは思っていなくて、それだけでもう充分だと跡部は目を伏せる。
手塚がどんな言葉でそれを告げてこようと、いつものように笑って受け入れようと。
「で、相談ってのはなんだ」
シャンパンで喉を潤して、跡部は何でもないことかのように窓にもたれる。グラスを持ったままの手塚は、やはり緊張しているように見えた。
「……なんだよ、そんなに深刻なことなのか?」
「深刻だな。俺にとってはもちろん、お前にとっても、そうだと思う」
「俺にも? なんでだよ。……もしかして、肩の怪我じゃねえだろうな……?」
跡部は不思議そうに首を傾げてから、ハッとして体を起こす。
交際宣言や結婚関連ならば、手塚個人の問題だ。跡部にも関わってくるとなると、それしか考えられなかった。この大会で栄冠を手にするために、また無茶なことをしたんじゃないだろうなと距離を詰める。
「いや、そうではない。肩は大丈夫だ。肘も」
「そ、そうか……悪い、どうしても心配はしちまうんだよ」
怪我のことで跡部が気を揉むのが、手塚の本意でないことは理解している。だがそれでも気にかけないではいられないのだ。
「お前は、昔から変わらないな。だが、そうやって気にかけてくれるのは、……嬉しいとも思う」
手塚は持っていたグラスをコトリとテーブルに置く。言いあぐねているような表情に、跡部の心臓が嫌な音を立てた。覚悟はしても、つらい。
「跡部、今から言うことでお前を混乱させると思う。拒絶してくれていい。軽蔑されても構わない。だが、茶化したり……否定したりはしないでもらえないか」
だが受け止めると決めたのだ。
跡部は「分かった」と頷き、手塚のまっすぐな視線を見つめ返す。
「俺はお前のことが好きだ、跡部」
その音に、跡部は耳を疑う。
何を言われたのか分からず、眉間にしわを寄せてわずかに目を細めた。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
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ざわついていた観客席が、選手の入場でより一層熱気に包まれる。見慣れてしまったコートの緑に、手塚は観客席の出入り口近くの手すりにもたれながら目を細めた。
今日も良い天気で良かったと思う。太陽さえあの男の勝利を祝福しているようだと、まだ試合が始まる前から確信めいた予感で口の端を上げた。
「立ち見まで出るなんて、すごいね。人気、うなぎ登りじゃない?」
「ああ。パフォーマンスが派手だからな。見ていて気持ちがいいんだろう」
隣から声をかけられて振り向くも、手塚はすぐにコートへと視線を戻す。「確かにね」と笑いながら頷く不二も、同じく立ち見らしかった。
「君なら指定席のチケット取れただろうに」
「いや、アイツのテニスを見ていると自然に体が動いてしまってな。隣の観客に迷惑になる」
彼の試合の観戦チケットは確かに人気で取りにくいが、不二の言うように協会からの招待チケットは容易に手に入る。
だが、観戦中に自分もテニスがしたくなる。彼の打つ球を受けたくなる。事実、今もラケットを握りたくて仕方がない。
「次の全豪では、当たるだろうか……」
「楽しそうだね、手塚」
「――ああ、楽しいな」
間もなく、試合が開始される。ガットの張り具合を確かめながら彼がコートに向かって歩むのが見えた。
「ケイゴ・アトベ、ジャパン」
コールされた名前は、愛しい人のもの。
圧倒的に女性ファンの多い跡部が、声援に応えるように左手を掲げてみせる。観客たちからの跡部コールに、手塚はどこか懐かしさを感じて口許を緩めた。
跡部は会場を見渡すように顔を動かし、ある一点で止まる。まっすぐに向かってきた視線を受け止めて、手塚は応えて頷いた。
掲げられた跡部の左手が口許に降りて、唇を当てた薬指を手塚に向かって再び掲げられる。
思いも寄らない投げキッスに、女性たちから悲鳴のような歓声が上がったが、それはただ一人へと向かったものだ。手塚は投げられたキスを左手で受け取り、同じように薬指に口づけた。
「……不二、なぜ今避けたんだ?」
体を不自然に手塚とは逆方向へ傾けた友人に訊ねてみる。
「いや、だって間違っても当たりたくないからね」
君たち本当に隠す気あるのかなとでも言いたげな瞳が向かってきたが、手塚は気にせずに腕を組んでコート上の恋人をじっと見つめた。
「無用な心配だな。跡部のあれは俺にしか飛んでこないし、あれを受け止められるのも俺だけだ」
「……そういう男だよね、手塚って。跡部くらいしか、君の相手は務まらないだろうね」
それはそうだろうと、何の疑問も持たずに手塚は頷く。
彼を――跡部景吾を好きになって、もう十年。この想いを受け止められるのは、同じく十年想ってくれている彼だけだ。
試合が開始される。相手のサーブをリターンエースで返して高く拳を上げる恋人が、眩しくて、愛しくてしょうがない。
「相手選手、気圧されちゃってるね。もう勝負は見えているけど、跡部はまた持久戦で楽しむのかな」
「あの瞳で射貫かれては、仕方ないだろう」
「手塚って本当に跡部の目が好きだよね」
そうだなと頷く。
最初に惹かれたのは、きっとあの瞳だろうと思うのだ。
「あれは、俺にとって何よりも強くて美しい、永遠のブルーだ」
あの日見た青が、今もこの目に焼き付いている――。
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