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永遠のブルー-021-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 U-17選抜合宿ということで、氷帝のレギュラー陣が招聘された。 夏で終わりだと思っていたテニス漬け…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-021-


 U-17選抜合宿ということで、氷帝のレギュラー陣が招聘された。
 夏で終わりだと思っていたテニス漬けの生活がまた始まるのは喜びたい。何しろ跡部はテニスが好きだ。しかし、悩みどころがないわけではなかった。
 氷帝が呼ばれているということは、当然手塚の率いる青学も呼ばれているからだ。
「なんでそんなに悩んでんねん。手塚に逢えるんやし、嬉しいんとちゃうんか?」
 バスで隣の席に座る忍足が、無遠慮にそんなことをのたまうのも、頭が痛い。
 周りはそんなことを聞いても「ライバルとして」と思ってくれるだろうが、この男の場合、違う。手塚に対する恋情を知られているというのは、時折厄介だった。
「あれから休日にはほぼテニスしてるんだぜ。今さらそんな可愛らしいことは思わねーよ」
「ホンマこのテニス馬鹿どもは……しょうがないヤツらやで」
 夏の大会が終わってから、休日はほぼ手塚と一緒だった。次世代に託す以上、部活漬けというわけにもいかなくて、お互い徐々に生徒会も引き継ぎをしている。
 要するに、物足りないのだ。
 そんな時にお互いの存在は都合が良い。そう言葉にすると聞こえが悪いけれど、目指す高みが同じ相手などそうそういない。
 技を磨くために、力を衰えさせないように、逢えばテニスに打ち込んできた。
 都内のコートを制覇でもする気かというほど巡り、時には跡部の家にあるコートでも時間を気にすることなくプレイを楽しんだ。
 そんな相手と「逢える」ことが嬉しいなんて次元では既にない。
 共に過ごす中で、恋情の隠し方も上手くなったと思う。無遠慮に入り込んでくる手塚の言葉にも、慣れてきたと思う。
 だがこれは想定外だった。
 ――――合宿ってことは宿舎があんだろ。つまりそこに寝泊まりするってことだろうがよ! ひとっ……ひとつ屋根の下で! ふざけんな!
 この合宿は日帰りではない。となると寝泊まりする施設があるはずで、共同生活は必至だ。
 どれほどの広さなのか、全部で何人が生活を共にするのかは分からない。しかし選手一人一人に部屋が与えられるほどの施設でもないだろう。
 いやこの際部屋割りは関係ない。関係ないこともないが、万が一にも一緒の部屋になったとしたら、氷帝の誰かと替わってもらうという逃げ道がある。
 だが跡部に取ってはそれ以前の問題だ。
 朝から晩まで、手塚と一緒に生活する環境なんて、どうしたらいいのか。
 嬉しいのと同時に、後ろめたくてしょうがない。
 好きだというだけならまだしも、破廉恥な劣情さえ抱えているというのに。
 好きな女の傍ではろくに寝られないという表現を、小説などの中で見たことがあるが、そんなことあるのかと半信半疑だった。その時の自分を蹴り倒してやりたい。
 まさにそれというか、同じ施設に手塚が眠っているというだけで寝られそうにない跡部の方が、かなり重症である。なんとも純情なものだ。
 始まる前からこの調子でどうするのだと、無理やり気合いを入れ直す。ため息が出てくるのはどうしようもなかったけれど。


 合宿所の施設は、思っていたよりも良い設備が整っていた。さすがエリート養成所といったところか。いくつか氷帝にも取り入れたいなと思うものがあったが、もう跡部の判断で導入するべきものではない。これからは寄贈という形になるだろう。
「すごい設備だな。今日は合宿所の案内や説明だけで終わってしまいそうだ」
 隣を歩く手塚がそう呟く。施設は広く、ここでのルールもたくさんありそうだ。大人数での移動ということもあり、彼の言う通りになりそうだった。
「そうだな。だが明日からはみっちりスケジュールが組まれているんだろうぜ。一分一秒、無駄にはできねえ。さっき聞いた入れ替え戦シヤツフルマツチ、氷帝以上に実力主義ってことだ」
 十六面あるコートを使い、対戦して上のコートに上がる。プレイヤーは多数おり、スタイルもバラバラだ。
 今まで触れなかったプレイに触れることで、個々の力は底上げされていくだろう。もちろん競争心なども充分満たされる。特に、学校はもちろん中学生も高校生も入り交じってというのが有意義そうだ。全国区レベルの選手ばかりを集めたこの合宿、思っていた以上に侮れない。
「仮にテメェと当たっても、全力で叩きのめさせてもらうぜ、手塚」
「それはこちらも同じだ。跡部」
 フンと鼻で笑って返してやったが、居心地が良いような悪いような。
 なぜこの男は当然のように隣を歩いているのだろうか。青学の連中だって全員いるのに、引率はどうしたと振り返れば、緊張した面持ちの大石がどうにかくせ者どもを引き連れていた。
 あれはお前の役目じゃねえのかと無言で手塚の横顔を睨み上げてみるけれど、視線が合ってしまいそうで恐ろしい。長くはそうしていられなくて、跡部はスタッフに案内されるままに施設内を歩く。
 正直、手塚とのテニス談義は楽しいのだ。どの設備をどう使うのか、どんなふうに有効なのか、トレーニング方法を模索する。
 打てば響くとばかりに、思っていることとほぼ同様の言葉が返ってくる。同意ばかりではないが、手塚の意見にも頷くことができる。
 そんなふうに接していると、時間が経つのが本当に早い。食事を経て、自由時間になってしまった。
 興味津々で宿舎内を歩き回る者、休憩スペースで談笑する者たち、少しでも過ごしやすい部屋にしようと整理し出す者、様々だ。
 跡部はユニフォームに着替え、コートに向かう。一日に一度はラケットを握らないと落ち着かない。特に、こんな合宿に呼ばれた状況ならなおさらに。
 中学生とはいえ、U―17であることには変わりがない。代表として選抜される可能性があるのなら、残ってみせる。それには誰よりも努力を重ねなければならない。王座にあぐらをかいているだけの王に、誰がついてくるものか。
 厳しい合宿になるだろうことは想像ができる。だけど跡部にとっては都合がよかった。
 考えないでいられる。
 手塚のことを。手塚が好きだということを。
 むしろそんなこと考えていたら、すぐさま置いていかれるだろう。
 部屋割りも問題はなかったし、練習中や宿舎内で顔を見る機会が今までより増えるというだけだ。
 何も動揺することはない。そう言い聞かせながらトスを上げる。この黄色い球をただ追い、打ち、相手のコートに叩き込むだけでいい。
 色恋にうつつを抜かしている暇がどこにある! と強く叩きつけ、バウンドせずにネットの向こうを転がっていくボールを眺めた。
「熱心だな」
 後ろの方から聞こえた声に、ビク、と体が強張った。
 考えないようにしているというのに、なぜこの男はズカズカとこちらのテリトリーに踏み込んでくるのだろう。跡部はラケットを下ろして大きく息を吐き、声の主を振り返った。
「お前も自主トレか、手塚」
「ああ。やはりボールを打つのがいちばん落ち着くのでな」
 落ち着きたいと思うほど、手塚も浮き足立っているということだろうか。らしくないなと苦笑して、籠からボールを手に取った。
「悪いが、ラリーはできねえぜ。こっちに集中したい」
「構わない。隣のコートを使わせてもらうぞ」
 そう言って跡部を通り過ぎ、隣のコートに向かっていく手塚をチラリと見やる。
 打ち合いたい気持ちがないわけではないが、それよりも何よりも、テニスに集中したい。この合宿で何か得られるかもしれない。そんな漠然とした思いがあるせいだろう。
 中途半端な気持ちで乗り切れるほど、この合宿は甘くないはずだと確信している。
 迷いがあると自覚をしている状態で、手塚とは打ち合いたくない。テニスは何よりも己を雄弁に語る。手塚にはすぐに気づかれてしまいそうだ。
 テニスにすべてを懸けきれない己の中途半端さを知られたくない。そんな自分の球を、あの男に受けさせたくない。自分の未熟さが許し難くて、跡部は籠のボールがなくなるまで何度もサーブを打ち放った。
「何かあったのか?」
「あぁ?」
 同じく籠いっぱいのサーブを打ち終えた手塚が、ボールを拾いながら訊ねてくる。どれがどちらの打った球だか分からないが、だいたい半半になるようにと籠に入れていく。
「いつも自信たっぷりに打っているだろう。その覇気がなかったように思う」
「人の練習盗み見てんじゃねーよ」
「隣なんだ、嫌でも見えるだろう」
「別に……大したことじゃねーよ。集中できてなかっただけだ」
 見抜かれてしまうほど、身が入っていなかったらしい。跡部は汗をかいた髪をぐしゃりとかき混ぜ、チッと舌を打った。
「何か悩みがあるなら、聞くが」
 最後の一個を、奪うように拾った手塚を、跡部は茫然と見上げる。
 まるで他人に興味のなさそうなこの男が、悩みを聞くと?
 一瞬思考が停止した。
 跡部自身、部員たちの悩みを聞いてやることは多々あったものの、悩みを聞いてやると言われたことは一度もない。そんな姿は彼らに晒していないからだ。
「解決してやるとは言えないが、少しでも軽くなるのなら」
 手塚の顔は至極真面目だ。いや、手塚の顔が真面目でなかったことなどないが、思っていることをそのまま口にしてくれているようだった。
 跡部は、沸き上がってくるむずがゆさに、思わず項垂れて額を押さえた。そうして肩を震わせて笑う。
「っふ、はは、ククククッ……」
「……跡部」
「いや悪い、だって、まさかなあ、お前がよ」
 真剣な提案を笑われて、むっとした声に諌められる。だが、そうする以外にごまかせなかったのだ。嬉しいと感じてしまう自分を。
 気にかけてもらえているとは思っていなかった。友人だとはいっても、気持ちの比重は自分の方が大きい。恋心を抜いてさえ、きっと。
「ありがとよ、手塚。その気持ちだけで充分だぜ」
 顔を上げて、笑ってみせる。手塚にこんな迷いは話せない。
「跡部」
「テメェを煩わせるほどのもんじゃねーんだよ。テニスしか頭にねえ手塚国光に気にかけてもらえるなんて、俺は贅沢者じゃねーの」
 わざと皮肉げにそう続けると、手塚の眉間にしわが寄った。テニスしか頭にないというのが、不服だったのだろうか。
「なぜ俺がお前を気にかけていないなどと思うんだ? お前は普段あれだけしたたかなのに、どうして俺のことになるとそうなるのか分からない」
「なっ……」
 言葉が出てこない。手塚と自分の気持ちの比重はどうしようもないと密やかに思っていたことが、気づかれていただなんて。
 羞恥がせり上がって頬が赤く染まった後、さっと青ざめる。まさか余計なことにまで気づかれていやしないだろうなと。
 この男が恋愛方面に長けているとは到底思わないが、時折予想の斜め上をいく。跡部の中の不埒な感情に気づいているのだろうか。
「まだ俺の肩のことを気にしているんじゃないだろうな」
「……それは」
 気にしていないといえば嘘になる。あれからまだ二か月しか経っていないのに。そう思って、案外に時間が経っていないことを実感した。
 もっと長い間、一緒に時を過ごしたように思っていたけれど、そうでもなかったのかと。
 もっとずっと長い間、手塚国光という男に焦がれていた気がする。
 考えまいとすればするほど、頭の中を、体中を支配するこの恋情。
 純粋にテニスだけをしていたいのに、別の欲が這い上がってくる。手塚に対してしたたかでなんていられない。
 いつでも自信がないのだ。
 この恋情で、この劣情で、彼を穢してしまわないか、ずっと、ずっと、怖がっている。
「お前とは常に競い合い、己を……互いを高めていけると思っていた。お前もそう思っていると感じていたのは、俺だけだろうか」
 手塚の静かな声に、跡部はゆっくりと瞬く。視線が下を向いていくのを自覚して、目蓋をそっと伏せて小さく首を振った。
「負い目を感じるのは、テメーに無礼ってことか。努力はしてやる」
「ああ、助かる。お前とは良い友人でいたいからな」
「…………分かってるぜ」
 分かっている。やはり気持ちの比重は自分の方が多く、重いのだと。
 その事実を早く自分の中で昇華してしまわなければいけない。
 テニスにもっと打ち込めばいいのだろうか。いや、テニスという世界に手塚がいる限り、どうしても連想してしまう。
 まったく厄介な男に惚れたものだと、大きく息を吐き出した。
 下手をすれば一生ついて回る問題だ。それでもテニスからは離れられないと、グリップを握り直した。
「まだやるのか?」
「ああ、足りねえよ」
「そうか、俺もだ」
 手塚が持っていたボールをひょいと奪い笑ってやると、手塚もラケットを握り直した。つくづく負けず嫌いな男だと、跡部は肩を竦める。
「そういえば跡部、一度訊きたかったんだが」
「なんだよ?」
「俺はお前に、プロになることを一度でも話していただろうか? 決勝戦の前、お前は何の疑問も持たずに俺にプロになるんだろうと言っていたが」
 それぞれのコートに向かう前、手塚が訊ねてくる。
 どこに不思議に思う要素があるのだろうと片眉を上げて笑ってやった。
「そんなの、見てりゃ分かるぜ」
 十人が十人、手塚はプロになるだろうと言うはずだ。事実、プロのコーチも大会に視察に来ていた。ただの部活動で終われるわけがない。
 世界が、手塚国光というプレイヤーを放っておかないだろうと確信さえ持っている。
「……そうか」
 それだけ言って顔を背ける彼は、何を考えているのだろう。何か悩んでいるのならと気にかけてくれた手塚の方こそが、悩んでいるようにも見えた。
 だが彼の悩みを聞いてやりたいと思うほどにはまだ、跡部の方にも余裕がない。忍足の言うように楽しめるほど、この恋は簡単なものではなかった。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 シャワー上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、跡部は携帯端末を耳に押し当て、そっと目を閉じる。『い…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 シャワー上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、跡部は携帯端末を耳に押し当て、そっと目を閉じる。
『いいのか、跡部。お前も忙しいだろう』
 そうすることで、聞こえてくる声が、全身に染み渡っていくようだった。
「いや、構わねえよ。だが……お前こそ本当に大丈夫なんだろうな?」
 肘は、と続けてやった相手は、言わずもがな愛しい男だ。
 手塚は全国大会決勝戦でまた無茶なプレイをした。そのゲーム自体は観戦できなかったが、越前リョーマを連れて戻った時に見た彼の腕は、痛々しい状態だったことを思い出す。
『問題ない』
「……てめぇの〝問題ない〟って言葉ほど信用ならねえもんはねぇなぁ?」
 跡部は苦笑して肩を竦めた。肩を痛めた状態でチームメイトに止められつつもコートに出て、跡部と長い試合をした後に、リハビリへ向かった男が何を言うのか。
 しかも、テニスがしたいだなんて。
「お前は本当にテニスが好きだな」
『……ああ、好きだ。それはお前も同じではないのか』
 息を呑んだ。
 手塚の声で『好きだ』という言葉を聞くことになるとは。うめきそうだった唇を噛んで、手のひらで覆った。
 ――――ちくしょう、なんて破壊力だよ……!
 顔の熱が上がる。耳の中で、手塚の声がぐるぐると回った。
「そうだな、俺様も同じだぜ」
 ゆっくりと息を吐いて手塚に返す。同じように『好きだ』とは言えなかった。
『跡部、明日』
「ああ、分かってる。テニスしようぜ、手塚」
 向こうからホッとしたような吐息が聞こえる。明日の約束を取り付けて、跡部は通話を切った。
「……あぁ……、あー……――っくそ」
 端末をベッドに放り投げて、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。予想もしなかった出来事に、ドクンドクンと心臓が大きな音を立てていた。
 腰に手を当て、深呼吸を繰り返す。項垂れて、何度も目を瞬く。視線を泳がせても、息を止めてみても、熱が治まりそうになかった。
 跡部はベッドに放り投げた端末を振り向き、困ったように眉を寄せる。
 躊躇う気持ちはあったが、やがて、負けた。
 ベッドに腰をかけ、ローブをそっとめくる。下着を緩やかに押し上げる物を目に認め、諦めたように息を吐いた。
 手のひらで覆うように触れると、布越しにも熱が伝わってくる。吐く息も、それと同じように熱い。跡部は中へと手を忍ばせて、そのまま自分自身に指を絡めた。
「は、……っあ」
 左手を選んでしまったのは、無意識だと思いたい。いや、無意識だからこそいけないのか。
 これが手塚の左手だったら――なんて、そんなこと。
「んんっ……ぁ」
 根元からしごき上げ、先端をこね回す。にちゅにちゅと淫猥な音を立てるそれが、浅ましい想いを跡部に知らしめてくる。
 皮膚を撫で、形を確かめ、筋をなぞった。
 は、は、と短い呼吸が空気を揺らす。じんわりと汗がにじんでくる。
 せっかく入浴を済ませたのに、これでは意味がない。意味がないのに、今さら止められない。
「い……ッ、うぁ、あ……っ」
 左手だけでは物足りなくなって、両手で自身を慰める。天井を仰ぎ、快感だけを追った。ふるふると首を振るのは、堪えきれない快楽のせいか、それとも後ろめたさからなのか。
「手塚、……てづかぁ……っ」
 どうしても手塚のことを考えてしまう。初めて手塚に抱かれる夢を見た日から、何度も何度も、こうして自慰をしてきた。
 そうして何食わぬ顔でテニスをするのだ。
 手塚はそんなこと思いも寄らないだろう。肘は大丈夫なのかと心配して名を呼んだその口で、こんなに熱の籠もった欲を吐くなんて。
「あ、あ、っ……はあっ……あぁ」
 背徳感で余計に快感が上乗せされる。ピンとつま先立った爪が、部屋のカーペットを掻いた。
 鼻先からぽたりと汗が落ちる。びくびくと脚が揺れ、腰が沈む。のけぞった背を震わせ、断続的な声を上げて、跡部は自分の手のひらを汚した。
「あっ……あぁ……あ、はあ……んぅ」
 荒い呼吸がだんだんと整っていく。そうするにつれて罪悪感がせり上がってきた。
 何をしているんだ。
 我に返ってしまえば、心やましいことこの上ない。
 耳元で声を聞いたのがいけなかった。手塚が『好きだ』なんて口にしたのがいけなかった。
 汚れを拭き取って、跡部は盛大にため息を吐く。年頃の男子が劣情を抱くことになんらおかしなことはないが、相手が相手だ。
 明日も逢う男だというのが後ろめたさに拍車をかける。
 ――――そうだ、明日も逢えるってのに。
 そしてそれ以上に、明日も手塚と逢えるということを嬉しいと感じてしまう自分を、情けなく思う。
 全国大会が終わってからも、手塚とは頻繁に逢っていた。彼が言うように、多忙でないわけはないのにだ。
 テニス部も次の世代に託さなくてはいけないし、生徒会の仕事もある。夏の大会が終わったからと言って、休んではいられない。それを抜いても、中等部を卒業したらイギリスに留学しなければならないのだから、やることはたんまりとある。
「イギリスか……」
 テニスをしに行くのではない。もちろん部活動としてはできるだろうが、目下の目的は経済学の修得だ。いずれ跡部家を継ぐ者として、祖父から命じられている。
 それに不満はない。幼少の頃から決まっていたことだ。そして、自分にならばできるという自負もある。祖父の期待を裏切ることはできない。
「……こんなところで、……こんなことで立ち止まってるわけにはいかねえんだがな」
 だが未練はある。これまででいちばん情熱を注いできたものだ。だから手塚をテニスに誘うし、誘われれば何を置いてもイエスを返す。どこまでも高みを目指したい。自分にならできるという自信があった。
 跡部はベッドに座ったままぐっと右手を上に伸ばす。ルームライトの光が、すぐそこにあるかのような錯覚を覚える。そんなわけはないのに、掴めるような気さえした。
「まったく困ったもんだぜ」
 正直、あの男に出逢わなければ、このまま何の躊躇いもなく跡部家の後継者としての道を突き進んでいただろう。
 だけど出逢ってしまった。
 あの試合の時の情熱が、今もまだこの胸にくすぶっている。余計な感情をまとって、跡部景吾という体の中に住み着いてしまっている。魂を搦からめ捕って、テニスという世界に縛り付けられてしまった。
『それはお前も同じではないのか』
 手塚の声が、脳裏によみがえる。耳元で聞こえたあの声が。
「ああ……好きだぜ手塚。テニスも、お前も」
 いつかは離れなければならないとしても、今はまだ、傍にいたい。
 跡部の戦いは、静かに、密やかに、今も続いていた。


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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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「越前がいない?」 待ちに待った決勝戦。参加選手はもちろん、応援団や観戦者も一様に浮き足立っている。…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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「越前がいない?」
 待ちに待った決勝戦。参加選手はもちろん、応援団や観戦者も一様に浮き足立っている。
 そんな中で、信じられない言葉が舞い込んできた。なんとシングルス1で出場予定の越前リョーマがまだ来ていないというのだ。
 いったい何だってそんなことに? と聞き耳を立てていたら、どうにもトラブルで軽井沢から帰ってきていないらしい。
 あの生意気なルーキーが、避暑地でバカンスでもあるまいなと思うが、ともかく今重要なことは、越前がいないということだ。
 あの男がいなければ、青学の優勝は難しくなってくる。対戦校である立海も、不戦勝など望んではいないだろう。
「事情は把握した。ついて来い、桃城」
「あ、跡部さん!?」
「国内で良かったな。連れ戻すぞ」
 青学の連中が目を剥くのが見える。返答を聞く前に跡部は携帯端末を取り出し、ヘリの用意をさせた。
「いいのかい、跡部」
「正直ボクたちじゃ、どうしようもないからね……跡部、お願いするよ」
「あァ、一つ貸しにしといてやる」
「おっと……こりゃ大変」
 探しに行くと息巻いていた桃城を引き連れて踵を返す直前、手塚と視線がかち合う。
 頼む、と無言で頷く手塚に跡部も無言で頷き返して、途中で忍足を呼びつけた。
「行くぜてめぇら」
「お、忍足さん、これ、突っ込むべきっすかね……ヘリって」
「跡部相手にそんなん無駄やで桃城……ところでなんで俺も行かなあかんねん……」
「ナビゲーターが必要だろうが」
「強引やなあ」
 渋々ながらもヘリに乗り込む忍足を振り向いて、跡部は口を開く。
「向こうで何かあった時、俺以外に冷静な判断を下せるヤツが必要だろうが。テメェを評価してやってんだ」
「……さよか。しかしまぁ、健気なもんやで……」
 素直に喜びたくないのか、忍足は窓からアリーナを振り向く。意趣返しのつもりなのだろうが、
「アーン? 聞こえねえな」
 離陸に供えてヘッドセットを装着する跡部に、それは通用しなかった。


 通信機を介して受けた報告に、跡部は愕然とした。
「あの馬鹿が……!」
 歯を食いしばり、握りしめた拳を当てる。
「跡部、どないしたん」
 そんな跡部の様子に気がついて、忍足が声をかけてくる。息を吸い込んで、じっと前を見据えた。
「桃城、手塚が反撃を始めたようだぜ」
「え!? ホントっすか、さすが手塚部長!」
「ホンマか跡部? 相手はあの真田やろ」
 対戦相手は王者立海大のナンバー2だ。当然ながら一筋縄ではいかない。反撃を開始したということは、あまり芳しくない戦況ということだ。だからこそ、手塚は。
「だが……再び自らの腕を犠牲にして、な」
「え……はぁ!? どういうことっすか……!」
「落ち着きや桃城。なんや跡部、手塚ゾーンやったら、アイツかて加減くらい分かっとるやろ」
「そうじゃねえ。あれ以上に無茶な回転かけてボールをはじき出すんだよ……肘への負担はハンパじゃねえ。手塚もそう言ってやがった。使うなって言ったのに、あの野郎……!」
 組んだ手をグッと握りしめる。真田はそれほどに強敵だということだ。それは理解ができる。理解はできるが、許容はできない。
 周りを信じろと言ったのは数日前だ、忘れたとは言わせない。腕を犠牲にしてまで勝たなくても、誰も責めやしないだろう。
 こんなことなら向こうに残っていれば良かった。残って何ができるわけでもないが、せめてベンチに戻ってきたあの男を殴ってやりたい。
「跡部。跡部、止めや……手、傷ついてまうで」
「んな小せえ傷がなんだってんだ! アイツは……っ」
「お前が背負うことやないで! 分かっとるんか、お前が背負うべき責任は越前こつちの方やろ!」
 忍足の手のひらで拳を包まれて、ぐっと言葉に詰まる。
「俺らが……跡部が必ず越前を連れて戻るって信じて戦っとるんとちゃうんか。もしかしたら、時間稼ぎしとるんかもしれん。手塚が心配なんは分かるけど、こっちも信じてやらんとなぁ」
 跡部はゆっくりと息を吐いて、シートにもたれる。信じろと言った自分の方こそが、手塚を信じ切れていなかったなんて。
 あの日本気で怒った跡部の気持ちは伝わっているだろうし、覚えていてくれていると思いたい。テニスのことだけしか考えていなくても構わない。
 ただ覚えていてほしい。心の底から案じる人間がいるのだということを。
「……悪い、取り乱しちまった」
「俺を引っ張ってきたお前の判断は正しかったっちゅうことや。冷静な判断ができるヤツがおらんとなぁ?」
「素直に礼を言いづれぇヤツだなてめーはよ」
 こんな事態になるとは思わなかったが、忍足には手塚への気持ちが知られているということも気が楽だった。自分が取り乱してしまう理由を明確に理解し、的確に抑えてくれる。
「跡部さんと手塚部長って、一見合わなそうなのに、仲良いんすね。テニス馬鹿同士、気が合うってヤツっすか」
「……てめーらにだけは言われたかねーぜ。なぁ忍足」
「ホンマやで」
 揃いも揃ってテニス馬鹿だらけじゃねーかと睨みを利かせてみるけれど、「そっすね!」と少しも厭みが通じない。その素直さが武器でもあるのだろうかと、落ち着きを取り戻した跡部は一つ瞬く。
 ――――手塚、死ぬ(・・)んじゃねーぞ、頼むから。
 必ず越前を連れて戻る。だから、この先テニスができなくなるようなことにだけはしないでほしい。
 どうか、神様――。


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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 ボールに変な回転がかかっている。それに気がついたのは、同じような球を受けて三回目くらいだった。 ま…

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 ボールに変な回転がかかっている。それに気がついたのは、同じような球を受けて三回目くらいだった。
 また新しい技を生み出そうとしているのかと、何とか返してやりながら呆れ果てた。
 全国大会の決勝戦は明後日だ。ここにきてまた進化するのか、この男は。
 ――――どんどん強くなりやがる。俺も、負けてられねーなァ!
 無二のライバル――そう思っているのはこちらの方だけだろうと理解していても、この男には負けたくない。それが惚れた相手ならなおさらだ。
「オラ、本気で来いよ! 手塚ァ!」
 ボールを返す。返される。思わぬコースを描く。踏み込んで叩き返す。
 決まった、と思ったそのボールは、なぜかアウトボールになってしまった。
「……なんだ? 今の……また変な回転かかってやがったが」
「やはり、なかなか難しいな」
 手塚の視線が、ころころと転がったボールを追っていく。やはり狙って回転をかけていたようだ。ボールが手塚の元に戻っていく手塚ゾーンでないのは分かるが、いったい何をしようとしているのだろう。
「てめぇ……よりにもよってこの跡部景吾を新技の練習台に使うとは、どんな太い神経してやがんだ。アーン?」
「好きにしろと言っていただろう。それに、お前くらいでないと練習にならない」
 跡部は頭を抱えた。これを嬉しいと思ってしまっていいのかどうか。
 強い相手でないと練習にならないというのは、跡部自身にも覚えがある。絶対にそれと同じなのに、強さを認識されているのがどうしようもないくらいに嬉しい。
「で? 具体的に何をどうしたいんだよ。ボールを引き寄せるんじゃなくて、今度ははじき飛ばしたいってか?」
 当てずっぽうに言ってみた言葉に、手塚がこくりと頷く。本気か、と呟いたが、この男が本気でなかったことなどない。
「以前、越前が言っていたんだ。簡単にできるものではないと言ったんだが、可能ということだろうと返されてしまってな……」
 グリップを握る手をじっと見下ろす手塚に、跡部は顔を覆って瞳に力を集中させた。回転のかけ方によっては確かに可能だろうが、それは理論上だ。そんなもの、ほぼ不可能に近い。
 だが彼が手塚国光だということを考えると、不可能も可能になってしまいそうだった。事実、先ほど返したボールは見事にアウトボールになった。
「……手塚、それ止めろ。肘に負担がかかる。分かってんだろ!」
「問題ない。俺の体は俺がいちばんよく分かっている」
「問題ねえわけねえだろ! だいたいあの時だって、お前は肩への負担を認識しちゃいなかった!」
 関東大会、シングルス1。跡部にとって忘れられない試合になったあのゲーム。
 無意識に肘をかばって、肩に負担をかけていたことを、忘れたわけではないだろう。つい先日まで、九州でリハビリを受けていたではないか。ボールに回転をかけるのは、比例するように肘に大きな負担がかかってくる。
「それは俺が未熟だからだろう」
「ああそれには違いねえ! どれだけ体を作り込もうが、どんなに経験積もうが、俺たちの体はまだガキなんだよ! 専属のトレーナーやドクターがついてるわけでもねえのに、無茶な使い方すんな!」
 同年代の男子よりは鍛えていると言っても、まだ発展途上の体だ。それは跡部自身にも言えることだが、跡部はきっちりと自覚をしている。
 体が悲鳴を上げるほどの負担が、この先の選手生命にも関わってくるというのに。
 手塚国光という男を、本当に誤解していたと改めて思う。少しも思慮深くなどない。少しも冷静などではない。すぐそこの近い未来しか見えていないのではないだろうか。
「……立海は、強い」
「そんなことは知っている! いいか手塚。たかがなんて言いたかねえがな、これからお前が体験するであろう試合のひとつだ。その先があるだろうが! プロになるんじゃねえのかよ!?」
 ラケットの先端を向けた先の手塚が、ぐっと唇を引き結んだのが見える。
 プロになることを彼の口から聞いたわけではない。だがあの熱のこもったプレイを見ていれば分かる。あの容赦のないボールを受けてみれば分かる。彼がどこを目指しているのかを。
「お前が青学の全国制覇に懸ける思いがハンパじゃねえことだって知ってる! けどな! お前の肘を犠牲にした上での勝利に、何の意味があるってんだ!」
「たかが一つの通過点にすぎなくとも、俺にとっては大切な試合だ。手を抜いた試合では、たとえ勝利したとしても意味がない」
「テメェ、大石が怪我で出られないってなった時、すげぇ落ち込んでたこと忘れたのか。あれをテメェが大事にしてる連中にまた味わわせる気かよ」
 ネットを挟んで、睨み合う視線が絡まる。どちらにも譲れない部分がある。そしてどちらかというと、跡部の方が切実だ。
「お前がその技を完成させたいっていうなら、他の相手を探しな、手塚。俺はもうお前の球は返さねえ。お前の肩を壊す相手に、よりにもよってこの俺を選ぶんじゃねえ!」
 あの時手塚の肩を壊させたのは自分だ。また同じ思いをするなんて冗談ではない。
 公式戦でもなく、大事な試合を控えた相手の――ましてや惚れた男の肩や肘を壊したいわけがないのに。それを償いにしろとでもいうのだろうか。いや、この男のことだから何も考えていないに違いない。不可能だと思っている技を完成させること以外には、何も。
 だがたとえ恨まれようとも、手塚に返すべきではない。高みを目指しているのならなおさらだ。ここで壊れていいプレイヤーではない。
 そう思っているのはなにも自分だけではないのに、どうしてそれが分からないのかと、怒りさえこみ上げてくる。
「手塚、お前は青学の連中のためにやってるのかもしれねえが、まったく周りが見えちゃいねえ。少しはアイツらを信じろ。てめぇが万が一試合落としたって優勝できるってチームなんじゃねえのかよ」
 自身も勝利を収めて全国制覇したいという気持ちは、分からないでもない。特にこの男は、負けず嫌いだ。
 だけどそのために体を壊してしまっては元も子もない。
「……お前の肩を壊した俺のことはともかく、アイツらのことは信じてやれよ」
「跡部、俺は」
「もし欠片でも! ほんのわずかでも……っ俺を友人と思ってくれるなら、お前の肩をまた壊すかもしれねえ球を返すこっちの気持ちも考えやがっ……」
 ハッとして顔を背け、口を覆う。こんなこと言うつもりではなかったのに、あまりに分からず屋の男相手に、つい口から飛び出してしまった。
 肘に負担がかかると知っていて、悪化させる球など打ちたくない。彼が強く進化することはライバルとしても喜ばしいことだが、もう少し周りを見てほしい。
 少しだけでいいから、跡部景吾という男の負担も気にかけてほしい。そんな身勝手な思いを吐露してしまった自分が不甲斐ない。
「悪い、俺のことはいいんだよ。とにかくテメェの肘が悪化するんだったら俺は絶対に反対するからな」
 こみ上げてきた涙をごまかして背を向け、これ以上の打ち合いはごめんだと示してみせる。こんなことで気づかれやしないだろうが、もう少し上手く恋情を隠せないものだろうか。
「…………すまない、確かにお前のことは考えていなかったな」
 手塚がラケットを下ろす気配がする。ホッとするのと同時に、やはり彼の中で跡部景吾という男は少しも重要な位置にいないということを実感させられて、心臓がズキンズキンと痛んだ。
 分かっていたことだが、やるせない。
「忘れるところだった、あの日全力で応えてくれたことを。俺の選手生命に関わると分かっていながらそうするのは、どれほど恐ろしかったか、考えなかったわけではない。また勝つことだけで、頭がいっぱいだった」
 そう言って、手塚はネット際まで歩んでくる。越えることはせず、そのままの位置で跡部の背中に向かってまっすぐ視線を投げかけてくる。
「だが、なぜ欠片でもなどと思うのか分からない。俺はお前を良い友人だと思っている、跡部」
 つ、と止め切れなかった雫がひと筋、頬を伝う。
 背を向けていて良かった。たった一言で、報われた思いだった。
「また……テニスをしてくれるだろうか」
 この期に及んで、それでもまだ望んでくれるのかと、歓喜に打ち震える。
 この男は本当にテニス馬鹿だ。テニス、テニス。テニス、テニス、テニス!
「俺様はわりと本気で怒ってんだがなぁ……」
 全身全霊をかけて体中で叫んでいる手塚国光に、お前が好きだと叫んでやりたい。
 跡部は気づかれないように頬の雫を拭って、勝ち気な笑みで振り向いた。
「青学が全国制覇したら考えてやるぜ。テメェの勝ち負けにこだわらずだ」
「……そこは普通俺が勝ったらではないのか」
「俺様の温情だろーが」
 なるほどと頷きながらも、不服そうな表情をする手塚にふっと笑って、跡部はベンチへ向かう。ラケットをバッグにしまい、どれだけもかかなかった汗をタオルで拭った。
「試合の観戦はするだろう?」
「ああ、仕方ねーから青学の応援でもしてやるよ」
「そうか。……今まで付き合わせてしまって悪かったな、跡部。感謝している」
「フン……ま、せいぜい頑張るんだな」
 手塚もラケットをバッグにしまい、帰る支度をしている。跡部がこれ以上打つつもりがないことを理解しているようで、心なしか残念そうにも見えた。
「ああ、お前とのテニスがかかっていることだしな」
 油断せずに行く、とバッグを担いで、「では」と出入り口へと向かっていく。跡部はバッグを担ぎ損ねて、絶句したまま立ち尽くした。
「あ…………んの野郎っ……!」
 ややあってカアッと熱が上がってくる。
 他意がないのは分かっているのに、嬉しくて仕方がない。「もう嫌だあんなヤツ」とそこにしゃがみ込んでしまったけれど、火照る顔と心音は少しも治まってくれない。
 こうなったら全力で応援してやろうじゃねーの、と思ってしまうのは、どうしようもなかった。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員こってりとしぼられ、無事に帰途につく。散り…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員こってりとしぼられ、無事に帰途につく。散り散りになっていく直前、手塚と目が合った。では明日と無言で頷く彼に軽く手を挙げて返し、踵を返した。
「明日もデートかいな、跡部」
 背後から声をかけられ、びくりと肩が揺れる。この声は忍足だ。せっかくのいい気分を台無しにしてくれやがってと恨みがましく振り向いてやれば、思っていた以上に真剣な眼差しと出逢ってしまった。
「気色悪い物言いすんじゃねえ。公式戦は終わったんだ、テメェにとやかく言われる筋合いはねえぜ」
「責めてるんとちゃうで。ただなぁ……見てるこっちは心配になんねん。手塚、鈍いやろ。色恋沙汰には」
「……あァ? ――……ッ」
 息を呑んで、目を瞠った。
 まっすぐに見つめてくる忍足の瞳に、ざあっと血の気が引いていった。
『鈍いやろ、色恋沙汰には』
 ――――なんで。
 追突されたかのような衝撃だ。跡部はとっさに手を伸ばして、忍足の胸ぐらを引き掴む。
「忍足テメェッ……、それ、誰かに……!」
 忍足の瞳は確信的だった。間違いなく気がついている。秘めるはずだった跡部の想いに。
 どうしてだ、と額に汗がにじむ。
 知られていい想いではない。
 幸いにも周りには誰もいない。忍足もそれを見越して言ったのだろうことから、むやみに喧伝したいわけではなさそうだったが、心臓は嫌な音を立てるばかりだ。
「アホか、誰にも言うてへんわ。何もメリットないやんけ。俺のことそないにデリカシーのない男や思てんのか」
 否定をしてやりたいが、困惑が先立って、何も音にできない。「泣くで」と忍足がわざとらしい泣き真似をしたことで、跡部はようやく落ち着きを取り戻す。得することがないから誰にも言っていないというのはひどく彼らしくて、心から安堵した。
「まあ、俺は言うてへんけど、滝は気づいとるで。どうしよて慌てとったからな」
「な……んだと」
 安堵した傍から、冷水を浴びせられる。
 忍足は見かけによらずロマンス好きであるから仕方がないにしろ、滝にまでこの想いを気づかれていたなんて。跡部は眉間にしわを寄せた。
 正レギュラー落ちしてから、その席を取り戻そうとはしていたようだが、以前に比べてサポート側に回ったようなところがある。一歩下がって跡部以上に全体を見渡そうとするその力が、気づかせる原因だったかもしれない。
「アイツも心配してんのやろ。どう転んだって、ハッピーエンドやないからなあ」
「…………言ってくれるじゃねーか」
「そない言うけど、手塚に告る気ないんやろ」
「ああ、当然だ」
 言えるわけがないと、手塚の帰っていった方を振り向く。
 忍足の言う通り、どう転んだってハッピーエンドにはならない。言うだけ無駄どころか、損でしかない。傍にいられるだけでいいなんて言うつもりもなくて、ただ同じ高みを目指していければそれでいいと思っている。
「気づかれたないんやったら、まずその目ぇやめた方がええで、跡部。そないに切ない目で見とったら、遅かれ早かれバレるわ……」
 言われてハッと我に返り、跡部はふいと顔を背ける。
 忍足がこの気持ちに気づいているところを見るに、確かにそうなのだろう。
「悪いな、忍足。こんなの、気持ち悪いだろ」
 歩を進めながら、跡部は自嘲気味に呟く。忠告してくれるということは、友人として見放されてはいないのだろうけれど、それでも大多数の華やかな恋とは違う。
「自覚をした以上、俺はもう自分の気持ちをごまかしたりはしねえ。だがこれは生涯秘めておくべきものだ。テメェにも萩之介にも、迷惑はかけねえから安心してくれていいぜ」
 協力を仰いだりできるものではない。愚痴をこぼすことでもない。独りで戦うべき馬鹿げた感情だ。
 跡部はそう言い放ち、満天の空を見上げる。流れ星に願うのは、この思いが溢れてしまわないことだけだった。
「アホやなぁ、跡部……。俺のロマンス好きナメとったらあかんで。こないな身近にオモロ……ちゃうわ、滅多に見られへん恋物語が転がっとるんやで? 喜んで首突っ込ましてもらうわ」
「…………お前今、面白いって言いかけただろ。余計な世話だぜ」
 肩を竦めながらそう返してきた忍足に、跡部の方こそ突っ込ませてもらう。人の初めての馬鹿げた恋を面白いとは何事だ。いや、忍足がわざとそうやって茶化して、重たくならないようにしてくれているのは理解していても、面白くない気分ではあった。
「せやけど、こっちは心配になんねん。何でも独りで抱え込みよってからに。愚痴くらい吐いたらええやん、このボケが」
 跡部景吾を捕まえて「ボケ」などとのたまえるのは、この男くらいだろうか。
 生まれてこのかた愚痴とやらを吐いたことがないのだが、どういったものがそれに当たるのだろう。
「愚痴聞くだけやないで。手塚に逢いたい時は時間作る手伝いしたってもええし、逆に顔合わせとうない時はガードもしてやれる。周りを上手く使うなんて、跡部には朝飯前やんなあ?」
「……いや、逢いに行ったら駄目だろうが。忍足、テメェなんでそこまで……」
 忍足は良い友人だと思っている。
 テニスの才能は認めているし、もっと上手くなると信じてもいる。だけどこんなに踏み込んで支えてもらえるほど、深いつながりだっただろうか?
「言うたやん。こないに美味しい恋物語、見逃す手はないやろ。しかもそんじょそこらのもんちゃうで、跡部や、跡部。どないなロマンス小説も裸足で逃げ出してくっちゅーねん」
 彼の原動力はそこにつながっているのかと、呆れもするし納得もしてしまう。
 おもちゃにされるのは敵わないが、忍足とて心の底から面白がっているわけではないはずだ。
「跡部は、テニスと同じで情熱的な恋するんやなあて思たら、なんや嬉しいわぁ……。まあ相手がアレやけど。もう少し楽な相手にせえよ」
「うるせえな、できるもんならとっくにしてるぜ」
 コントロールなんか効かねえんだよと続ければ、まあそれが恋やもんなあと返ってくる。チッと舌を打てば、ぽんぽんと背を叩かれた。
「まあそんな悲愴な顔せんとき。楽しんだらええやん、初恋なんやろ。一生に一度やで。しかも片想いやなんて、お前この先味わえへんかもしれんやろ」
「あ? なんでだ」
「自分のスペック自覚しぃや。頭脳明晰・容姿端麗・スポーツ万能、加えて跡部家の御曹司や。肩書きのバーゲンセールかっちゅうねん。そないな男になびかんヤツがおるんか?」
「いねえだろうが、それは恋じゃねえだろ」
 そうだ、忘れかけていたが、自分は跡部家を継ぐ身なのだ。生涯のパートナーも、それなりの相手を選ばなければならない。もしくは、選ばされる。
 どちらにしろ、手塚国光は範疇外だ。
 頭の痛い話である。この先、それなりの相手を選ぶ時、この想いはどうなっているのだろう。小さくなっているだろうか。消えていてくれるだろうか。
 相手に不誠実でないよう祈るばかりだが、今はあまり考えていたくない。
 この恋を楽しむという発想はなかったけれど、忍足の言うことは理解できる。
 この先誰に恋をしようとも、初めては今この瞬間だ。手塚国光に向かっていく、この想い一つのみだ。
 この気持ちを認めると決めた以上、ネガティブに構えているのは跡部景吾らしくない。
 ――――そうだ、いつだってどこでだって、俺は前を見据えている。それが跡部景吾だ!
 想いが叶わないからそれが敗北というわけではない。目を背けるから敗北なのだ。
 ふつふつと体の中に何かが沸き上がるような感覚を味わう。これはコートに立つ時と似た感覚で、ラケットを握りしめる時とおんなじだ。
「忍足、ありがとよ。俺様としたことが、俺様らしさを見失うところだったぜ」
「さよか」
 好きになってしまったものはしょうがない。好きになってもらえないのもしょうがない。
 だけど、せっかくこの胸に芽生えた馬鹿げた恋心を、悟られないように楽しむことができる。
 ゲームはいつでも真剣に楽しむ。それが自分だったはずだ。
「クックック……ハァーッハッハッハ! 俺様の好きな持久戦になりそうじゃねーの!」
 いつまで続くか分からない。永遠に続くかもしれない。だがそれも手塚ならば相手にとって不足はない。
 昏く沈んでいた気分が、急上昇してきた。明日逢うのが楽しみだと、跡部は肩を竦める忍足の隣で口の端を上げた。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 本来の準々決勝日程だった十八日は、途中で激しい雨に見舞われた。試合中断を経て、翌十九日に勝敗は決し…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 本来の準々決勝日程だった十八日は、途中で激しい雨に見舞われた。試合中断を経て、翌十九日に勝敗は決した。氷帝の敗北という形で。
 跡部にとっては、公式戦での初の敗北だった。
 だが不思議と遺恨がないのは、気持ちがいいくらいに完全燃焼できたからだろう。それくらいに激しい戦いだった。
 今持てる、いや、それ以上の力を出せた。
 悔しさがないわけではない。だがそれは己の未熟さゆえで、相手を恨む道理もない。全国大会制覇という道は絶たれてしまったが、満足だと跡部は思っている。 
 もちろんそれはこれ以上を望まないということではなく、負けは負けだと自分を納得させることができる試合だったというだけだ。
 跡部景吾は常に前を見据え、上を目指している。
 部員の誰もがそれを理解しているからこそ、どこからも恨み言が出てこない。気絶してまでコートに立っていることを選んだ誇り高き王に、そんなものを投げる輩は存在しない。
「肉だぁ? んなもん、いつでも俺様が」
「跡部が連れてってくれんの高級店だろ、ちょっと居心地が悪いんだよな。美味いけどよ」
「ガッて焼いてガッと食うのがいいんじゃん」
 空腹を訴えて、焼き肉をしこたま食べたいというレギュラー陣たちに、そういうものかと小首を傾げる。
「男子中学生には質より量いうことやろ」
「たまにはいいんじゃないかな? 慰労会でわいわい騒ぐのも」
「ああなるほど、お祭り騒ぎがしたいわけね。それならテニス部全体のはまた改めて開いてやるぜ」
 明日以降の試合が氷帝にはない以上、ほどほどにしておけと注意することもない。お祭り騒ぎがしたいのであれば余計に跡部家で何かしてやりたいが、いかんせん今日の今日では時間が足りない。彼らをねぎらうのはまた別の機会にしようと、メンバーの提案を受け入れた。
 それが間違いだったのかもしれない。
 なぜよりによって足を踏み入れた焼肉店に青学のメンバーがいるのか。
 いや、他校のメンツもいたのだが、何しろ厄介な恋心は手塚にしか意識が向かないのである。
 席の配置的に手塚の顔が見られないのはいい。突如始まってしまった焼肉バトルとやらも、おかしなことを考えないでいられるという意味ではありがたかった。
 しかし、ただでさえ疲れているのに、この恋情を誰にも気づかれないようにと気を張るのは疲労が上乗せされる。明日は久しぶりにゆっくり過ごしてみようかと思うほどにだ。
 ――――本当なら、祝いの一つでも言ってやるべきなんだろうが……まだ俺にその余裕がねえ。俺様をここまで悩ませるとは、やるじゃねーの手塚ァ。
 いや、青学にはまだ試合が残っているのだから、祝いは早いかもしれない。だが何か会話のきっかけにでもなれば……と思ったところで、ハッと我に返り項垂れた。
 話しかけるきっかけを探してしまうなんて、らしくない。
 自覚をすると、こうも急激に転がり落ちていくものなのかと、気恥ずかしい思いでいっぱいだ。
 ちらりと、手塚の背中に視線をやる。バトルとは言いつつ黙々と好みの肉を食べているらしい手塚に、思わず笑みが漏れる。激戦をこなした彼も、空腹だったのだろう。
 プレイヤーとしての彼は知っているが、普段どんな生活をしているのか、少しも知らない。
 やはり和食の方が好きなのだろうか。嫌いな物もあるだろうか。
 いつか食事を共にすることがあれば、好みを訊いてみたい。それくらいなら、ライバル……友人としての範疇に収まるだろうか。
 秘めなければと思うのに、勝手に育っていってしまう恋情が煩わしい。それと同時にくすぐったい。手塚を見ていたいのに、長くは見ていられない。
 世の恋をしている連中は毎日こんな矛盾と戦っているのだろうか。それならば敬意さえ抱く。なんて面倒な感情なんだと、運ばれてきた『粉悪秘胃コーヒー』とやらに口を付けた。
 信じられないほど体に悪そうなその液体に、一瞬魂が飛びかけたように思う。
「座ったまま尚君臨するのか、跡部よ……」
 さらに信じられないことに、手塚のその声で意識を取り戻した。
「くわぁっ……!」
 死ぬほど不味い粉悪秘胃とやらのノルマは達成した、と口許を押さえる。
 ――――くそ、手塚の『跡部』って声で意識を取り戻すとは……俺様はいったいどれだけアイツが好きだってんだ……!?
 タイミングの問題ではあるだろうが、どうにも気恥ずかしい。粉悪秘胃が不味かったことで、歪む表情をごまかせたのは幸いだった。
 しかし何かにつけて手塚に突っかかっていた自分が、こうも手塚に構わないのも不自然ではないかと、「決着をつけるぜ手塚ぁ!」と出てきた壺漬けカルビを網の上に置いた。
 不自然ではないようにと気を張っていたせいで、壺に不自然に書かれた「乾」という文字に気づけなかったのは、跡部の落ち度かどうか。
 目にしみる煙と鼻をつく異臭。焼肉店の排煙装置はいったいどうなっているのだと言いたいが、それどころではない。
「おい避難だ! 全員避難しろ!」
「身を低くして口と鼻を覆うんだ!」
 ともかく部員たちを全員避難させなければ。逃げ遅れなどあってはならないと、跡部は最後まで全員の避難を確認するため現場に残った。
「跡部、お前も早く逃げろ」
「手塚、そっちはもう誰も残ってねえかッ?」
「問題ない、全員退避した」
 手塚も無事であることにホッとして、外に避難する。死屍累々と横たわる部員たちも、どれが誰だか分からない状態だ。
 くらりと目眩がする。酷い気分だと前のめりになった体を、手塚の腕が支えてくれた。
「わ、悪い、平気だ」
「お前がいちばん近くにいただろう。無理をするな、座っていた方がいい」
 俺も少し疲れたと言いつつ大きなため息を吐く手塚には、鳴った心音は気づかれていないらしい。
 ――――この期に及んで俺は……!
 くぅと歯を食いしばり、ふるふると首を振る。
 気分が悪いのと同時に機嫌が急上昇するという、わけの分からない事態に陥り、跡部はこめかみを押さえた。
「大変なことになってしまったが、皆はこれで英気を養えたのだろうか……」
「んなわけねえだろ……楽しんではいたようだがな。ああそうだ手塚、決勝進出だな。一応祝いは言っておいてやるぜ」
「ああ……次も勝つ」
 どこまでいっても手塚国光は勝ち気だなと、どこかで安堵する。もう公式戦で相対することはないが、これからはそっとこの傲慢なライバルを見守ることにしよう。
「跡部、明日は空いているか? できたら決勝までにもう一度やりたいんだが」
 そっと見守ろうと決意した傍から、打ち砕かれていく。跡部は思わず手塚を振り仰ぎ、ぱちぱちと目を瞬いた。
「まだ俺様を練習台にしたいってか? お前本当に図々しいっていうか、いい神経してやがるな。俺はテメェんとこに負けたんだぜ」
「嫌ならばいいが、お前がそういうことを気にする性質たちだとは思っていない。越前との勝負は本当に見事だった。厭みでなく、純粋にそう思っている」
「そーかい、ありがとよ。…………何時だ? こうなりゃとことん付き合ってやるぜ」
 気恥ずかしさにふいと顔を背け、携帯端末でスケジュールを確認した。
 休み明けの学校行事のことや家の仕事の諸々を午前中に終わらせれば、手塚の要望には応えられそうだ。貪欲にテニスをしたがるこの男の力になれるなら、多少のリスケジュールは厭わない。
「助かる。暑さ対策もしたいところだな」
「じゃあやっぱり屋外だな。予約しておくからいつでもいいぜ」
 分かったと頷く手塚に笑ってやると、無遠慮な指先が伸びてくる。それは額の髪をそっと払ってすぐに離れていった。
「……は……?」
「少しは顔色がよくなったな。先ほどは本当に青かった」
「へ、平気だっつっただろうがっ……いやそれより店内大丈夫なのか? 煙は排出されてんのかよ……」
 唐突な接触について来れなかった心音が、三秒出遅れてドキンドキンと早鐘を打ち始める。ごまかすように店を振り向いて、跡部はシャツの胸元をぐっと握りしめた。
「あのバトルのせいで、店にはとんだ迷惑をかけてしまったな。明日は全員グラウンド二百周だ」
 止めなかったこちらにも責任はあると、跡部は被害額算出を頭の中で始める。偽物のシャトーブリアンを出していたことを差し引いても、こちらの方が分が悪い。必要に応じて弁護士にも出張ってもらおう。
「次の試合に響かねえことを祈るぜ」
「まったくだな」
 油断ならないと腕を組む手塚。何だかんだ言いつつ仲間たちが大事でしょうがないのだろうに、顔にも態度にも出ない不器用なこの男が、心の底から愛おしい。
 もう自分の恋情をごまかすのは難しいなと苦笑して、このタガが外れてしまわないように唇を引き結ぶ。手塚が触れた髪をさらりとかき上げ、ゆっくりと息を吐き出した。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 一回戦、二回戦、と順当に勝ち進んだ。さすがに全国クラスのプレイヤーが揃っていたが、氷帝の敵ではない…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 一回戦、二回戦、と順当に勝ち進んだ。さすがに全国クラスのプレイヤーが揃っていたが、氷帝の敵ではない。優勝を狙っているのだ、当然のことではあるのだが。
 三回戦は明日行われる。三回戦――準々決勝、氷帝学園は、青春学園と当たる。つまり、手塚の率いるチームとだ。
「よう、手塚。無事に勝ったみてえじゃねーの」
「跡部か。そちらも同じようだな」
 青学は組み合わせの結果、一回戦は対戦相手がいなかった。充分な力を保ったままの二回戦、負けるはずがなかったのだけれども。
 コートから上がってきた青学のメンバーに、激励とも挑発とも取れる言葉を投げかけてやる。後ろにいる氷帝メンバーの視線が、自分を通り越して青学の連中に向かっているのがひしひしと伝わってきた。
 次はいよいよ、対決だ。関東大会の再現かと言われているのは知っているが、同じ轍を踏む気はさらさらない。勝って次の試合に臨むのだ。
「手加減はしねぇぜ」
「こちらの台詞だ」
 睨み合う視線が、空中で絡まる。この会話と視線のやりとりだけ見ていれば、とても昨日まで自校の練習以外で打ち合っていた仲だとは思えない。
「それはそうと、大石の手首そんなに酷いのか? なんなら医者紹介するが」
「いや、それには及ばない。気遣いだけもらっておこう」
「そうかい。大石、早く完治することを祈ってやるぜ」
「あ、ああ、うん、ありがとう……?」
 手塚の傍で、大石が手首を押さえるのが見える。なぜ跡部に見舞いを言われるのか分からないといったふうに首を傾げるのが愉快だった。それ以上は手塚とも言葉を交わさずに、踵を返す。
「やっぱ怪我してんのか、大石のヤツ」
「手首って言ってましたね、跡部さん。大石さんのムーンボレー、受けてみたかったんですが」
「大石が欠場ってことは、また菊丸は他のヤツと組むのか?」
 ミーティングのために学園へ戻る道中、話題はやはり明日の対戦相手である青学メンバーの、とりわけ怪我での欠場となっている大石のことだった。今朝からその噂は駆け巡っていたが、手塚や本人が認めているなら本当なのだろうと。
「ま、何にしろシングルス1は跡部と手塚で決まりだろ」
「まーた何時間もかかるのかよ。すぐに決めろって言いたいところだが、相手が手塚じゃなあ……」
 メンバーたちは口々にそう言っているが、跡部は眉を寄せる。手塚と当たれば確かに決着までに何時間もかかりそうだが、どうもそうはなりそうにない。
「悩んでるんか、跡部」
「あ? ああ……恐らくだが、アイツは俺様とは当たらねえぜ」
「どうしてそう思うの?」
「越前リョーマがいる」
 オーダーを組む際は、たいていが部長をシングルス1に据える。
 それが慣例になっている学校がほとんどではあるが、何も規則として決まっているわけではない。相手校のオーダーを予測し、勝てるプレイヤーをぶつけるというのは、立派な戦略でもある。
 そこで、あのくせ者揃いの青学が素直に手塚をシングルス1に据えるかどうか。可能性は、限りなくゼロに近い。
 関東大会で越前リョーマに敗北した日吉は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
 見ていた限りでは、実力をすべて出したようには見えなかった。未知の部分が多い。そんな愉快なプレイヤーを、シングルス3や2に据えるわけもないとなると、当然最後のシングルス1。
 氷帝が実力主義だということを知っている以上、跡部がシングルス1であることを疑いもせずに当ててくるだろう。
 ――――受けて立ってやろうじゃねーの。
 こちらとしても、手塚が相手でない方がやりやすい。気づいたばかりの恋情を押し込めるには、まだ頭が整理しきれていない。
 よりにもよって初めての恋というのが厄介だった。なにがしかの経験でも積んでいれば別だったかもしれないが、何が正解なのかも分からないのだ。
 いや、ただ一つ、誰にも知られてはいけないということだけは正確に理解している。
 弱点を探るのを得意としている跡部景吾が、弱点を探られてはいけないのだ。
 大事な試合を前に、こんな馬鹿げた感情について悩んでいるなんて、笑い話にもならない。
 ――――誰にも悟らせねえ。これは俺の……俺だけの戦いだ。
 生涯続く、長い長い戦いだ。そして跡部の辞書に、敗北の二文字はない。
「ホンマに、厄介な相手やで」
「俺もそう思うよ、忍足」
「青学はくせ者揃いだよなあ~」
「少しも気が抜けないですよね」
 向日や鳳がそう続けたのを受けて、忍足と滝が苦笑しながら肩を竦めたことに、跡部は気がついていなかった。


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