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永遠のブルー-017-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員こってりとしぼられ、無事に帰途につく。散り…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-017-

 その後しばらくして戻ってきた保護者、もといコーチ陣に全員こってりとしぼられ、無事に帰途につく。散り散りになっていく直前、手塚と目が合った。では明日と無言で頷く彼に軽く手を挙げて返し、踵を返した。
「明日もデートかいな、跡部」
 背後から声をかけられ、びくりと肩が揺れる。この声は忍足だ。せっかくのいい気分を台無しにしてくれやがってと恨みがましく振り向いてやれば、思っていた以上に真剣な眼差しと出逢ってしまった。
「気色悪い物言いすんじゃねえ。公式戦は終わったんだ、テメェにとやかく言われる筋合いはねえぜ」
「責めてるんとちゃうで。ただなぁ……見てるこっちは心配になんねん。手塚、鈍いやろ。色恋沙汰には」
「……あァ? ――……ッ」
 息を呑んで、目を瞠った。
 まっすぐに見つめてくる忍足の瞳に、ざあっと血の気が引いていった。
『鈍いやろ、色恋沙汰には』
 ――――なんで。
 追突されたかのような衝撃だ。跡部はとっさに手を伸ばして、忍足の胸ぐらを引き掴む。
「忍足テメェッ……、それ、誰かに……!」
 忍足の瞳は確信的だった。間違いなく気がついている。秘めるはずだった跡部の想いに。
 どうしてだ、と額に汗がにじむ。
 知られていい想いではない。
 幸いにも周りには誰もいない。忍足もそれを見越して言ったのだろうことから、むやみに喧伝したいわけではなさそうだったが、心臓は嫌な音を立てるばかりだ。
「アホか、誰にも言うてへんわ。何もメリットないやんけ。俺のことそないにデリカシーのない男や思てんのか」
 否定をしてやりたいが、困惑が先立って、何も音にできない。「泣くで」と忍足がわざとらしい泣き真似をしたことで、跡部はようやく落ち着きを取り戻す。得することがないから誰にも言っていないというのはひどく彼らしくて、心から安堵した。
「まあ、俺は言うてへんけど、滝は気づいとるで。どうしよて慌てとったからな」
「な……んだと」
 安堵した傍から、冷水を浴びせられる。
 忍足は見かけによらずロマンス好きであるから仕方がないにしろ、滝にまでこの想いを気づかれていたなんて。跡部は眉間にしわを寄せた。
 正レギュラー落ちしてから、その席を取り戻そうとはしていたようだが、以前に比べてサポート側に回ったようなところがある。一歩下がって跡部以上に全体を見渡そうとするその力が、気づかせる原因だったかもしれない。
「アイツも心配してんのやろ。どう転んだって、ハッピーエンドやないからなあ」
「…………言ってくれるじゃねーか」
「そない言うけど、手塚に告る気ないんやろ」
「ああ、当然だ」
 言えるわけがないと、手塚の帰っていった方を振り向く。
 忍足の言う通り、どう転んだってハッピーエンドにはならない。言うだけ無駄どころか、損でしかない。傍にいられるだけでいいなんて言うつもりもなくて、ただ同じ高みを目指していければそれでいいと思っている。
「気づかれたないんやったら、まずその目ぇやめた方がええで、跡部。そないに切ない目で見とったら、遅かれ早かれバレるわ……」
 言われてハッと我に返り、跡部はふいと顔を背ける。
 忍足がこの気持ちに気づいているところを見るに、確かにそうなのだろう。
「悪いな、忍足。こんなの、気持ち悪いだろ」
 歩を進めながら、跡部は自嘲気味に呟く。忠告してくれるということは、友人として見放されてはいないのだろうけれど、それでも大多数の華やかな恋とは違う。
「自覚をした以上、俺はもう自分の気持ちをごまかしたりはしねえ。だがこれは生涯秘めておくべきものだ。テメェにも萩之介にも、迷惑はかけねえから安心してくれていいぜ」
 協力を仰いだりできるものではない。愚痴をこぼすことでもない。独りで戦うべき馬鹿げた感情だ。
 跡部はそう言い放ち、満天の空を見上げる。流れ星に願うのは、この思いが溢れてしまわないことだけだった。
「アホやなぁ、跡部……。俺のロマンス好きナメとったらあかんで。こないな身近にオモロ……ちゃうわ、滅多に見られへん恋物語が転がっとるんやで? 喜んで首突っ込ましてもらうわ」
「…………お前今、面白いって言いかけただろ。余計な世話だぜ」
 肩を竦めながらそう返してきた忍足に、跡部の方こそ突っ込ませてもらう。人の初めての馬鹿げた恋を面白いとは何事だ。いや、忍足がわざとそうやって茶化して、重たくならないようにしてくれているのは理解していても、面白くない気分ではあった。
「せやけど、こっちは心配になんねん。何でも独りで抱え込みよってからに。愚痴くらい吐いたらええやん、このボケが」
 跡部景吾を捕まえて「ボケ」などとのたまえるのは、この男くらいだろうか。
 生まれてこのかた愚痴とやらを吐いたことがないのだが、どういったものがそれに当たるのだろう。
「愚痴聞くだけやないで。手塚に逢いたい時は時間作る手伝いしたってもええし、逆に顔合わせとうない時はガードもしてやれる。周りを上手く使うなんて、跡部には朝飯前やんなあ?」
「……いや、逢いに行ったら駄目だろうが。忍足、テメェなんでそこまで……」
 忍足は良い友人だと思っている。
 テニスの才能は認めているし、もっと上手くなると信じてもいる。だけどこんなに踏み込んで支えてもらえるほど、深いつながりだっただろうか?
「言うたやん。こないに美味しい恋物語、見逃す手はないやろ。しかもそんじょそこらのもんちゃうで、跡部や、跡部。どないなロマンス小説も裸足で逃げ出してくっちゅーねん」
 彼の原動力はそこにつながっているのかと、呆れもするし納得もしてしまう。
 おもちゃにされるのは敵わないが、忍足とて心の底から面白がっているわけではないはずだ。
「跡部は、テニスと同じで情熱的な恋するんやなあて思たら、なんや嬉しいわぁ……。まあ相手がアレやけど。もう少し楽な相手にせえよ」
「うるせえな、できるもんならとっくにしてるぜ」
 コントロールなんか効かねえんだよと続ければ、まあそれが恋やもんなあと返ってくる。チッと舌を打てば、ぽんぽんと背を叩かれた。
「まあそんな悲愴な顔せんとき。楽しんだらええやん、初恋なんやろ。一生に一度やで。しかも片想いやなんて、お前この先味わえへんかもしれんやろ」
「あ? なんでだ」
「自分のスペック自覚しぃや。頭脳明晰・容姿端麗・スポーツ万能、加えて跡部家の御曹司や。肩書きのバーゲンセールかっちゅうねん。そないな男になびかんヤツがおるんか?」
「いねえだろうが、それは恋じゃねえだろ」
 そうだ、忘れかけていたが、自分は跡部家を継ぐ身なのだ。生涯のパートナーも、それなりの相手を選ばなければならない。もしくは、選ばされる。
 どちらにしろ、手塚国光は範疇外だ。
 頭の痛い話である。この先、それなりの相手を選ぶ時、この想いはどうなっているのだろう。小さくなっているだろうか。消えていてくれるだろうか。
 相手に不誠実でないよう祈るばかりだが、今はあまり考えていたくない。
 この恋を楽しむという発想はなかったけれど、忍足の言うことは理解できる。
 この先誰に恋をしようとも、初めては今この瞬間だ。手塚国光に向かっていく、この想い一つのみだ。
 この気持ちを認めると決めた以上、ネガティブに構えているのは跡部景吾らしくない。
 ――――そうだ、いつだってどこでだって、俺は前を見据えている。それが跡部景吾だ!
 想いが叶わないからそれが敗北というわけではない。目を背けるから敗北なのだ。
 ふつふつと体の中に何かが沸き上がるような感覚を味わう。これはコートに立つ時と似た感覚で、ラケットを握りしめる時とおんなじだ。
「忍足、ありがとよ。俺様としたことが、俺様らしさを見失うところだったぜ」
「さよか」
 好きになってしまったものはしょうがない。好きになってもらえないのもしょうがない。
 だけど、せっかくこの胸に芽生えた馬鹿げた恋心を、悟られないように楽しむことができる。
 ゲームはいつでも真剣に楽しむ。それが自分だったはずだ。
「クックック……ハァーッハッハッハ! 俺様の好きな持久戦になりそうじゃねーの!」
 いつまで続くか分からない。永遠に続くかもしれない。だがそれも手塚ならば相手にとって不足はない。
 昏く沈んでいた気分が、急上昇してきた。明日逢うのが楽しみだと、跡部は肩を竦める忍足の隣で口の端を上げた。



#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 本来の準々決勝日程だった十八日は、途中で激しい雨に見舞われた。試合中断を経て、翌十九日に勝敗は決し…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 本来の準々決勝日程だった十八日は、途中で激しい雨に見舞われた。試合中断を経て、翌十九日に勝敗は決した。氷帝の敗北という形で。
 跡部にとっては、公式戦での初の敗北だった。
 だが不思議と遺恨がないのは、気持ちがいいくらいに完全燃焼できたからだろう。それくらいに激しい戦いだった。
 今持てる、いや、それ以上の力を出せた。
 悔しさがないわけではない。だがそれは己の未熟さゆえで、相手を恨む道理もない。全国大会制覇という道は絶たれてしまったが、満足だと跡部は思っている。 
 もちろんそれはこれ以上を望まないということではなく、負けは負けだと自分を納得させることができる試合だったというだけだ。
 跡部景吾は常に前を見据え、上を目指している。
 部員の誰もがそれを理解しているからこそ、どこからも恨み言が出てこない。気絶してまでコートに立っていることを選んだ誇り高き王に、そんなものを投げる輩は存在しない。
「肉だぁ? んなもん、いつでも俺様が」
「跡部が連れてってくれんの高級店だろ、ちょっと居心地が悪いんだよな。美味いけどよ」
「ガッて焼いてガッと食うのがいいんじゃん」
 空腹を訴えて、焼き肉をしこたま食べたいというレギュラー陣たちに、そういうものかと小首を傾げる。
「男子中学生には質より量いうことやろ」
「たまにはいいんじゃないかな? 慰労会でわいわい騒ぐのも」
「ああなるほど、お祭り騒ぎがしたいわけね。それならテニス部全体のはまた改めて開いてやるぜ」
 明日以降の試合が氷帝にはない以上、ほどほどにしておけと注意することもない。お祭り騒ぎがしたいのであれば余計に跡部家で何かしてやりたいが、いかんせん今日の今日では時間が足りない。彼らをねぎらうのはまた別の機会にしようと、メンバーの提案を受け入れた。
 それが間違いだったのかもしれない。
 なぜよりによって足を踏み入れた焼肉店に青学のメンバーがいるのか。
 いや、他校のメンツもいたのだが、何しろ厄介な恋心は手塚にしか意識が向かないのである。
 席の配置的に手塚の顔が見られないのはいい。突如始まってしまった焼肉バトルとやらも、おかしなことを考えないでいられるという意味ではありがたかった。
 しかし、ただでさえ疲れているのに、この恋情を誰にも気づかれないようにと気を張るのは疲労が上乗せされる。明日は久しぶりにゆっくり過ごしてみようかと思うほどにだ。
 ――――本当なら、祝いの一つでも言ってやるべきなんだろうが……まだ俺にその余裕がねえ。俺様をここまで悩ませるとは、やるじゃねーの手塚ァ。
 いや、青学にはまだ試合が残っているのだから、祝いは早いかもしれない。だが何か会話のきっかけにでもなれば……と思ったところで、ハッと我に返り項垂れた。
 話しかけるきっかけを探してしまうなんて、らしくない。
 自覚をすると、こうも急激に転がり落ちていくものなのかと、気恥ずかしい思いでいっぱいだ。
 ちらりと、手塚の背中に視線をやる。バトルとは言いつつ黙々と好みの肉を食べているらしい手塚に、思わず笑みが漏れる。激戦をこなした彼も、空腹だったのだろう。
 プレイヤーとしての彼は知っているが、普段どんな生活をしているのか、少しも知らない。
 やはり和食の方が好きなのだろうか。嫌いな物もあるだろうか。
 いつか食事を共にすることがあれば、好みを訊いてみたい。それくらいなら、ライバル……友人としての範疇に収まるだろうか。
 秘めなければと思うのに、勝手に育っていってしまう恋情が煩わしい。それと同時にくすぐったい。手塚を見ていたいのに、長くは見ていられない。
 世の恋をしている連中は毎日こんな矛盾と戦っているのだろうか。それならば敬意さえ抱く。なんて面倒な感情なんだと、運ばれてきた『粉悪秘胃コーヒー』とやらに口を付けた。
 信じられないほど体に悪そうなその液体に、一瞬魂が飛びかけたように思う。
「座ったまま尚君臨するのか、跡部よ……」
 さらに信じられないことに、手塚のその声で意識を取り戻した。
「くわぁっ……!」
 死ぬほど不味い粉悪秘胃とやらのノルマは達成した、と口許を押さえる。
 ――――くそ、手塚の『跡部』って声で意識を取り戻すとは……俺様はいったいどれだけアイツが好きだってんだ……!?
 タイミングの問題ではあるだろうが、どうにも気恥ずかしい。粉悪秘胃が不味かったことで、歪む表情をごまかせたのは幸いだった。
 しかし何かにつけて手塚に突っかかっていた自分が、こうも手塚に構わないのも不自然ではないかと、「決着をつけるぜ手塚ぁ!」と出てきた壺漬けカルビを網の上に置いた。
 不自然ではないようにと気を張っていたせいで、壺に不自然に書かれた「乾」という文字に気づけなかったのは、跡部の落ち度かどうか。
 目にしみる煙と鼻をつく異臭。焼肉店の排煙装置はいったいどうなっているのだと言いたいが、それどころではない。
「おい避難だ! 全員避難しろ!」
「身を低くして口と鼻を覆うんだ!」
 ともかく部員たちを全員避難させなければ。逃げ遅れなどあってはならないと、跡部は最後まで全員の避難を確認するため現場に残った。
「跡部、お前も早く逃げろ」
「手塚、そっちはもう誰も残ってねえかッ?」
「問題ない、全員退避した」
 手塚も無事であることにホッとして、外に避難する。死屍累々と横たわる部員たちも、どれが誰だか分からない状態だ。
 くらりと目眩がする。酷い気分だと前のめりになった体を、手塚の腕が支えてくれた。
「わ、悪い、平気だ」
「お前がいちばん近くにいただろう。無理をするな、座っていた方がいい」
 俺も少し疲れたと言いつつ大きなため息を吐く手塚には、鳴った心音は気づかれていないらしい。
 ――――この期に及んで俺は……!
 くぅと歯を食いしばり、ふるふると首を振る。
 気分が悪いのと同時に機嫌が急上昇するという、わけの分からない事態に陥り、跡部はこめかみを押さえた。
「大変なことになってしまったが、皆はこれで英気を養えたのだろうか……」
「んなわけねえだろ……楽しんではいたようだがな。ああそうだ手塚、決勝進出だな。一応祝いは言っておいてやるぜ」
「ああ……次も勝つ」
 どこまでいっても手塚国光は勝ち気だなと、どこかで安堵する。もう公式戦で相対することはないが、これからはそっとこの傲慢なライバルを見守ることにしよう。
「跡部、明日は空いているか? できたら決勝までにもう一度やりたいんだが」
 そっと見守ろうと決意した傍から、打ち砕かれていく。跡部は思わず手塚を振り仰ぎ、ぱちぱちと目を瞬いた。
「まだ俺様を練習台にしたいってか? お前本当に図々しいっていうか、いい神経してやがるな。俺はテメェんとこに負けたんだぜ」
「嫌ならばいいが、お前がそういうことを気にする性質たちだとは思っていない。越前との勝負は本当に見事だった。厭みでなく、純粋にそう思っている」
「そーかい、ありがとよ。…………何時だ? こうなりゃとことん付き合ってやるぜ」
 気恥ずかしさにふいと顔を背け、携帯端末でスケジュールを確認した。
 休み明けの学校行事のことや家の仕事の諸々を午前中に終わらせれば、手塚の要望には応えられそうだ。貪欲にテニスをしたがるこの男の力になれるなら、多少のリスケジュールは厭わない。
「助かる。暑さ対策もしたいところだな」
「じゃあやっぱり屋外だな。予約しておくからいつでもいいぜ」
 分かったと頷く手塚に笑ってやると、無遠慮な指先が伸びてくる。それは額の髪をそっと払ってすぐに離れていった。
「……は……?」
「少しは顔色がよくなったな。先ほどは本当に青かった」
「へ、平気だっつっただろうがっ……いやそれより店内大丈夫なのか? 煙は排出されてんのかよ……」
 唐突な接触について来れなかった心音が、三秒出遅れてドキンドキンと早鐘を打ち始める。ごまかすように店を振り向いて、跡部はシャツの胸元をぐっと握りしめた。
「あのバトルのせいで、店にはとんだ迷惑をかけてしまったな。明日は全員グラウンド二百周だ」
 止めなかったこちらにも責任はあると、跡部は被害額算出を頭の中で始める。偽物のシャトーブリアンを出していたことを差し引いても、こちらの方が分が悪い。必要に応じて弁護士にも出張ってもらおう。
「次の試合に響かねえことを祈るぜ」
「まったくだな」
 油断ならないと腕を組む手塚。何だかんだ言いつつ仲間たちが大事でしょうがないのだろうに、顔にも態度にも出ない不器用なこの男が、心の底から愛おしい。
 もう自分の恋情をごまかすのは難しいなと苦笑して、このタガが外れてしまわないように唇を引き結ぶ。手塚が触れた髪をさらりとかき上げ、ゆっくりと息を吐き出した。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 一回戦、二回戦、と順当に勝ち進んだ。さすがに全国クラスのプレイヤーが揃っていたが、氷帝の敵ではない…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 一回戦、二回戦、と順当に勝ち進んだ。さすがに全国クラスのプレイヤーが揃っていたが、氷帝の敵ではない。優勝を狙っているのだ、当然のことではあるのだが。
 三回戦は明日行われる。三回戦――準々決勝、氷帝学園は、青春学園と当たる。つまり、手塚の率いるチームとだ。
「よう、手塚。無事に勝ったみてえじゃねーの」
「跡部か。そちらも同じようだな」
 青学は組み合わせの結果、一回戦は対戦相手がいなかった。充分な力を保ったままの二回戦、負けるはずがなかったのだけれども。
 コートから上がってきた青学のメンバーに、激励とも挑発とも取れる言葉を投げかけてやる。後ろにいる氷帝メンバーの視線が、自分を通り越して青学の連中に向かっているのがひしひしと伝わってきた。
 次はいよいよ、対決だ。関東大会の再現かと言われているのは知っているが、同じ轍を踏む気はさらさらない。勝って次の試合に臨むのだ。
「手加減はしねぇぜ」
「こちらの台詞だ」
 睨み合う視線が、空中で絡まる。この会話と視線のやりとりだけ見ていれば、とても昨日まで自校の練習以外で打ち合っていた仲だとは思えない。
「それはそうと、大石の手首そんなに酷いのか? なんなら医者紹介するが」
「いや、それには及ばない。気遣いだけもらっておこう」
「そうかい。大石、早く完治することを祈ってやるぜ」
「あ、ああ、うん、ありがとう……?」
 手塚の傍で、大石が手首を押さえるのが見える。なぜ跡部に見舞いを言われるのか分からないといったふうに首を傾げるのが愉快だった。それ以上は手塚とも言葉を交わさずに、踵を返す。
「やっぱ怪我してんのか、大石のヤツ」
「手首って言ってましたね、跡部さん。大石さんのムーンボレー、受けてみたかったんですが」
「大石が欠場ってことは、また菊丸は他のヤツと組むのか?」
 ミーティングのために学園へ戻る道中、話題はやはり明日の対戦相手である青学メンバーの、とりわけ怪我での欠場となっている大石のことだった。今朝からその噂は駆け巡っていたが、手塚や本人が認めているなら本当なのだろうと。
「ま、何にしろシングルス1は跡部と手塚で決まりだろ」
「まーた何時間もかかるのかよ。すぐに決めろって言いたいところだが、相手が手塚じゃなあ……」
 メンバーたちは口々にそう言っているが、跡部は眉を寄せる。手塚と当たれば確かに決着までに何時間もかかりそうだが、どうもそうはなりそうにない。
「悩んでるんか、跡部」
「あ? ああ……恐らくだが、アイツは俺様とは当たらねえぜ」
「どうしてそう思うの?」
「越前リョーマがいる」
 オーダーを組む際は、たいていが部長をシングルス1に据える。
 それが慣例になっている学校がほとんどではあるが、何も規則として決まっているわけではない。相手校のオーダーを予測し、勝てるプレイヤーをぶつけるというのは、立派な戦略でもある。
 そこで、あのくせ者揃いの青学が素直に手塚をシングルス1に据えるかどうか。可能性は、限りなくゼロに近い。
 関東大会で越前リョーマに敗北した日吉は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
 見ていた限りでは、実力をすべて出したようには見えなかった。未知の部分が多い。そんな愉快なプレイヤーを、シングルス3や2に据えるわけもないとなると、当然最後のシングルス1。
 氷帝が実力主義だということを知っている以上、跡部がシングルス1であることを疑いもせずに当ててくるだろう。
 ――――受けて立ってやろうじゃねーの。
 こちらとしても、手塚が相手でない方がやりやすい。気づいたばかりの恋情を押し込めるには、まだ頭が整理しきれていない。
 よりにもよって初めての恋というのが厄介だった。なにがしかの経験でも積んでいれば別だったかもしれないが、何が正解なのかも分からないのだ。
 いや、ただ一つ、誰にも知られてはいけないということだけは正確に理解している。
 弱点を探るのを得意としている跡部景吾が、弱点を探られてはいけないのだ。
 大事な試合を前に、こんな馬鹿げた感情について悩んでいるなんて、笑い話にもならない。
 ――――誰にも悟らせねえ。これは俺の……俺だけの戦いだ。
 生涯続く、長い長い戦いだ。そして跡部の辞書に、敗北の二文字はない。
「ホンマに、厄介な相手やで」
「俺もそう思うよ、忍足」
「青学はくせ者揃いだよなあ~」
「少しも気が抜けないですよね」
 向日や鳳がそう続けたのを受けて、忍足と滝が苦笑しながら肩を竦めたことに、跡部は気がついていなかった。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 手塚の球速が落ちているような気がする。昨日より、明らかに遅い。そして、弱い。肩に不調があるのかと思…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

永遠のブルー-014-


 手塚の球速が落ちているような気がする。昨日より、明らかに遅い。そして、弱い。肩に不調があるのかと思っても、口にできない。手塚が言わない以上、肩に問題はないのだ。
 どうしたって対等な間柄にはなれないのだろうか。そう思うと、心臓が痛い。初めから友人として付き合えていれば違ったかもしれないが、今さらどうにもできなかった。
 手塚が打ったサーブをあえて受けず、跡部は腰に手を当てて声を張り上げた。
「止めだ止めだ、手塚ぁ!」
「……なぜだ」
「なぜだも何もあるか。テメェ全然身が入ってねえじゃねーの。そんなヤツと打ったって意味がねえぜ」
 ギッと睨みつければ、向こうからも同じような瞳が返ってくる。
「お前に言われたくない。今日は、逢った時からおかしかった」
「なっ……」
 返す言葉が見つからない。
 やはりあの夢が影響しているのか、忍足たちに言われた言葉が影響しているのか、コート脇で待っている手塚を見つけた時には足が止まってしまった。交わした言葉もぎこちなかったかもしれない。
 今さら後悔しても遅いが、まさか手塚に指摘されるとは思っていなかった。
「俺様のことはどうでもいいんだよ! テメェそんな調子で明日からの全国は大丈夫なんだろうなぁ!」
「問題はない。俺自身はな」
「あ? ……なんだよ、青学のヤツらに何かあったのかよ。おい手塚」
 問いかけに答えずに、手塚はベンチに向かってしまう。ラリーを続ける気はないようで、タオルで汗を拭った後に腰を下ろしてしまった。跡部は少し怪訝に思いながらも、それを追ってベンチへと向かった。
「大石が……試合に出られない」
「怪我か? そういや関東大会も……ウチ相手に急造コンビでやりやがってくれたな」
 ややあって、手塚がこくりと頷く。抽選会で見かけた時はそんな様子ではなかったが、中学最後の夏の大会を蹴るとなると、相当の怪我なのだろう。足か、手か。背中でもまずい。
「そりゃ……悔しいだろうな。練習中に痛めたのかよ?」
「いや、子供が生まれそうな妊婦さんを助けた時にらしい。手首では、致命的だ」
「なんだそりゃ。大石らしいといえばらしいのか。だがな手塚。そんな情報を俺様に教えちまっていいのか? 黄金ゴールデンペアのオーダーはないってことだろうが。テメェに部長っていう自覚はあんのかよ」
 隣に腰をかけ、滝に言われた言葉を手塚に向けても言ってやる。
 大石は大事な戦力だっただろうに、それが出場できないという痛手を伝えてしまっている状態だ。ダブルスをどう組んでくるのか分からないが、それを加味する時間を与えている。
「どうせすぐに知れ渡るだろう。それに跡部のところと当たるのは、順当に行けば日程的には明後日だ。対策はできる」
「……ああ、偵察か。氷帝はセキュリティ的に無理だが、そっちは入り込み放題だろうしな……」
 ドキ、と胸が鳴った。手塚の中で氷帝と当たるのは決定事項のようで、その上『跡部のところ』というのがどうしようもなく嬉しい。跡部が氷帝を率いるキングであることを、認識してくれているのだ。
「大石が納得している以上どうしようもないんだが、やはりベストメンバーで臨めないのは悔しいな。俺などより、ダブルスを組んでいた菊丸の方が無念さや憤りは大きいだろうが……もしかしたらそれが、先ほどのプレイに現れていたかもしれない。すまなかった」
「いや……いいさ。それだけテメェには重要なことなんだろ。メンバーを大事にしてる証拠じゃねーの」
 手塚の瞳が瞬かれる。すいと正面に顔を戻して、こくりと頷いた。それは先ほど跡部が言った『部長としての自覚はあるのか』という問いかけに答えているような気もして、跡部はその横顔を眺めて目を細めた。
 テニスに対する真摯な思いには、素直に敬意を表したい。揶揄を含んだ問いかけにすら真面目に答えてくれる手塚に、胸がトクンと音を立てる。
 ややあって、跡部は、諦めることにした。
 ――――もういい、認めてやるぜ。どうやら俺は、テメェのことが好きらしい。
 横顔が眩しい。膝の上で握った拳が輝いているようにも見える。プレイにも現れてしまうほど気にかけられる大石を、羨ましく思ってしまった。
 トクントクンと小気味よいリズムを刻んでいた胸が、ズキンズキンと痛み出す。
 後ろめたくてしょうがない。
 ライバルという関係でいたかったのに、自分だけ不埒な想いを抱えてしまった。しかもどうやら抱かれたい側らしいと破廉恥な夢を思い出して、頭を抱える。
「どうした、跡部」
「いや、なんでもねえよ……」
 どこか潔癖に見えるこの男に対して、そんな劣情を抱くようになるなんて、誰が想像しただろう。斜め上過ぎて、誰にも言えやしない。もちろん、本人にもだ。
 これが女性相手で、ゆっくりと愛を育んでいけるような状況ならば、男らしく即座に恋を告げていただろう。 
 だが、手塚は駄目だ。何をどうしたって、叶うはずがない。
 男で、テニスのことしか考えていないライバルなんて、初めての恋にしてはハードルが高すぎる。いっそ棒高跳びではないかと言いたいくらいだ。
 手塚の方にしても、同性にこんな想いを抱かれているなんて気持ちが悪いだろう。自分だったらごめんである。
 同性愛というものに偏見はないとは言うが、それは自分の身に降りかかってこないからだ。拒絶されるのが目に見えている。何より、手塚にこんなことで煩わしい思いをさせたくない。恐らくプロへの道を見据えているのだろうし、色恋沙汰は面倒だろう。
 それくらいならば、生涯の好敵手としてやり過ごしてみせる。
 跡部はゆっくりと息を吐き、同じ量だけ吸い込んだ。
「なかなか上手くいかねえもんだよなぁ、手塚ぁ」
「そうだな。だが、上手くいきすぎてしまったら、それは自身の成長を止めることになってしまうだろう。俺は……青学オレたちは、必ず乗り越えてみせる」
「同感だが、勝利をいただくのは俺が率いる氷帝だぜ」
「いや、負けるわけにはいかない」
「ククッ、負けず嫌いなライバルを持って嬉しいぜ。俺様の進化の糧にしてやるよ」
 む、と眉を寄せた手塚に笑って、跡部は腰を上げる。ぐっとラケットを握りしめ、手塚を振り向いた。
「手塚、もう一ゲーム付き合いな。俺様も気合いを入れ直すぜ」
「ああ、俺から言おうと思っていたところだ、跡部」
 手塚も立ち上がり、強い瞳で見返してくる。お前のサービスからでと放ったボールをパシリと受け止められて、充足感がせり上がってくる。 
 自分たちはこれでいいはずだと、跡部はコートに入る。
 気づいてしまった恋情は、生涯この胸に秘めておこう。そう決意して、手塚のボールをリターンエースで返してやった。


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 トークアプリの画面を眺めながら、眉間にしわを寄せる。『今日は都合が悪くなった』とメッセージを打って…

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 トークアプリの画面を眺めながら、眉間にしわを寄せる。『今日は都合が悪くなった』とメッセージを打って、送る前に消して、打ち直して、再び削除する。それを何度繰り返しただろうか。
 別に予定が入ったわけでもないのに、嘘を吐くことになってしまう。今は顔を見たくないからという理由でだ。
 他にも『明日から大会が始まるのに、敵校の部長と逢ってなんかいられるか』『お互い気まずい』『部員もいい顔をしないだろう』という理由は付けられただろうが、いちばんの理由は、朝見た夢のせいで跡部だけが気まずいということだ。
 いくら押し込めてカギをかけていようとも、記憶は消えていってくれない。夢の中で手塚に抱かれたという非現実的な記憶は。
 こんな状態で顔など見たりしたら、どうなるか分からないのだ。
 手塚には何の非もないのに、八つ当たりしてしまうかもしれない。そんな荒れたテニスを手塚としたくない。
 彼とのテニスは純粋かつ強欲であるべきで、個人の事情や感情に流されたくはなかった。
 だけど、逢いたくないと思う傍らで、逢いたいと思う自分がいる。
 複数の部員たち相手にボールを打つだけではやはり物足りないし、約束は約束だ。反故にはしたくない。ポリシーにも反するという矜持が、アプリの画面を閉じさせた。
「跡部、今日もため息が多いで」
 忍足にそう指摘され、振り向く。自覚はなかったけれど、どうやらここ数日ため息が多いらしい。
「頻繁にスマホ見てるのも珍しいな。誰かとデートの約束?」
 ずいぶんと余裕だねと、滝も着替えながらそう訊ねてくる。どこか確信めいた様子でだ。年頃の男子がスマホの、しかもトークアプリを眺めているとなれば、そう連想するのもおかしなことではないのかもしれないが、正直その類いの連想は今はありがたくない。
「なんでそうなる」
「今日は何となく大人びた顔っていうか、何て言うんだろう、ねえ忍足」
「俺に振らんといてや、滝。まあ分かるけどなぁ……なんやフェロモンみたいなんまき散らしとるで、跡部」
「……いつもと変わらねえ気がするが?」
「全然ちゃうわ、自覚せえよ」
「他の部活に来てる女の子たちが、一様に顔を真っ赤に染めてコート脇を駆け抜けていくんだよね。今までそんなことなかったじゃない」
 肩を竦める二人に、今日そんな光景があったのかと首を傾げる。それも以前からあった光景のような気がするが、確かに珍しい。
 跡部が、応援してくれているらしい女生徒に視線のひとつも投げかけてやれなかったことは。
 それだけ集中できていたのだろうと思うが、悪いことをしたなとも思ってしまう。
「テメェらがどう思おうが知ったこっちゃねえが、俺様は今テニスのことしか頭にねえんだよ。今日もな、……あ」
 ピロンと音がして、端末がメッセージの受信を報せてくれる。通知からアプリを開き直すと、『今から向かう』と至極簡潔な言葉が表示された。相手は、手塚だ。青学も今日の練習が終わったらしい。
「見てみろ、相手は手塚だ。アイツ相手に、そんな色っぽい話になるわけねーだろ」
 ぽんと端末を忍足に投げてやる。何もやましいことはないと示すためにだ。しかしそれは色恋方面にやましいことはないという意味にしかならず、滝と忍足の怒気をはらんだ声が重なった。
「は? 手塚?」
「待って、なんでそうなるの」
「何考えてんのや跡部、明日から全国大会やで」
「よりにもよって、対戦するだろう相手校の部長と今日もテニス? え、昨日もじゃなかった? もしかして君たち、手塚が戻ってきてからずっとやってるの?」
 やはりいい顔はされないなと、跡部は片眉を上げる。自分自身、部員の誰かが対戦校の連中と今の時期につるんでいたら注意くらいはしたかもしれない。血縁関係は置いておいてだ。
 だが今、部長自らその暗黙のルールを破っていることになる。忍足たちの疑問も懸念も、充分に理解できた。
「青学の連中は知って……るわけないだろうね。知ってたら止めるよ。あえて言うけど、君たち部長の自覚はあるのかな?」
「アイツの怪我のこと負い目に思ってんのやろうけど、せやったら余計に肩酷使させん方がええんやないか?」
 忍足の言葉に、跡部はわずかに目を瞠る。負い目に感じているのは事実だ。ぎゅうと心臓が締めつけられたような気がした。
「テメェらが言いたいことは分かるぜ。だが……悪いな、約束なんだ」
 忍足に放った端末をすいと取り上げて、無理に口の端を上げる。そうしてラケットバッグを担ぐ。あまり手塚を待たせたくない。
 そう感じる気持ちが、どこから来るのか――認識したくはなかった。
「ちょっ……待ちや跡部っ……」
「え……ねえ、ど、どうしたらいいんだろう忍足……」
「知らんわ、どうにもできんやろ、こんなん……!」
 困惑したような彼らの声を、閉めたドアの向こうで聞いて、跡部は足を踏み出した。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー-012-

永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

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 全国大会が翌日へと迫ったその朝、跡部景吾は珍しく跳ねるように起き上がった。「な、んっ……」 カッと…

永遠のブルー,塚跡WEB再録

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 全国大会が翌日へと迫ったその朝、跡部景吾は珍しく跳ねるように起き上がった。
「な、んっ……」
 カッと目を見開いて、荒い呼吸を繰り返す。心臓はドッドッと騒がしく音を立て、胸が動いているのさえ確認できた。
 なんだ、今の夢は。
 じんわりと汗が浮かぶのを自覚する。今見た夢をすぐには認識したくなくて、シーツに爪を立てた。顔が赤くなっているのは分かっているが、あまりにも生々しいそれが青ざめさせもする。
 困惑した。視線があちこちへと泳ぐ。叫び出しそうで、とっさに口許を押さえた。
 ドクンドクンと胸が鳴る。
 酷い夢をみたものだ、とローブを引き掴み、どうにか冷静さを取り戻そうと試みた。
 はだけていた胸元には何の名残もなくてホッとする。夢なのだから当然ではあるが、どうして、――どうして手塚に抱かれる夢なんか。
 荒い呼吸のせいで、肩が上下する。
 ――――て、手塚のことが好きかもしれねえってのは百歩、いや一万歩譲って認めてやっていいにしてもだ! なんで俺様がっ、だ、抱かれる側なんだよ!
 キスをされて、抱きしめられて、自分からもキスを返して、二人でベッドに倒れ込んだ。首筋に唇の感触。胸に手のひらの感触。素肌のすぐ近くで吐息を感じて、のけぞって、声を上げた。
 ――――違う違う、思い出すんじゃねえ! あんなっ……!
 跡部と呼ぶ手塚の声が、何度も自分を高めていった。
 絡む指先と、視線と、脚。欲情する獣のような瞳に興奮して、背に立てられる爪。揺さぶられる感覚は心許ないけれど、それ以上にどうしようもない快感が襲ってきた。はしたない格好で、あられもない声を上げ、欲をほとばしらせる。
 あれは確かに自分だった。触れてくる男は、確かに手塚だった。
 ガッと大きな枕を鷲掴み、ブンと投げる。完全に八つ当たりで、それは何もない空間にぽてりと落ちていった。
 ――――俺が女役ってのは納得いかねえ。いや、だからって俺が手塚を抱きたいわけでもねえんだが……待て、惚れてんなら抱きたいだろ? ってことは、俺は別にアイツを好きなわけじゃねえってことだ!
 万事解決じゃねーの! とばかりにハッと笑ってみせるが、何となくモヤモヤが残る。
 跡部は眉間にしわを寄せて、唇を引き結んだ。
 手塚には、惹かれていると思う。プレイヤーとしては確実に。だが恋愛対象かもしれないとは、まだ認めたくない。
 自分たちの間には、テニスがある。そこに何も挟みたくない。純粋にテニスをして、強欲に高みを目指したいのだ。
 あの日の試合さえ、余計なものにまみれていきそうで恐ろしい。
 ぞくりと半身を這った悪寒に、跡部は自身の腕を抱く。そうして気がついた。ああそれが怖いのかと。
 今の気持ちがどうであれ、関東大会で交わしたボールにそんな感情は含まれていなかった。こんな馬鹿げた恋情みたいなもの、欠片も混じってはいなかった。そう声を大にして叫びたい。
 ――――お前という人間を知った日だ。こんなわけの分からねえ感情を持ち込んじゃいなかった。それは揺るぎのねえ事実だ。
 色恋にうつつを抜かしている場合ではないと分かっているし、そう思っていることは彼にも知っていてほしい。それを疑われたくない。
 だから、こんな想いはあり得ないのだ。
 呆れられるだけならまだしも、軽蔑でもされたらたまったものではない。
 きっと疲れていたのだ。
 連日の練習、その後さらに手塚とのラリー、自主トレ。
 部活のことや休み明けの学校行事のことなど、考えることは山ほどあって、それらを疎かにするのは性に合わない。
 睡眠時間を削ってはいけないという思いから、必然的に起きている時の作業は密になる。疲れてしまっても無理はないと自分を納得させた。
 跡部はベッドを降り、先ほど投げてしまった枕を拾い上げてベッドに放り戻す。
 あんな夢は何でもない。自分も健康な男子中学生だっただけだとゆっくり息を吐く。相手と立場がおかしいけれど、大した問題ではない。
 そうやって無理やり意識の奥底に追いやり、閉じ込めてカギをかけた。
「坊ちゃま、お目覚めでいらっしゃいますか?」 
 ノックの後に、聞き慣れた執事の声がする。跡部は「ああ」と返事をしながら、カーテンを開けた。
「おはようございます、坊ちゃま。……おや、ご気分が晴れないご様子ですな。昨夜はご機嫌麗しくいらしたのに」
 何かございましたので? と続けてくる執事に、跡部は肩を竦めた。長年仕えてくれているミカエルには、やはりごまかしは利かないようだ。それでも、かけたカギはかけたままでいなければいけない。
「おはようミカエル。少し夢見が悪かっただけだ、大したことはねえぜ」
「さようでございますか。では、今朝のお食事はご気分を変えるためにもハーブティーでも御用意いたしましょう」
「……ああ、頼む」
 変わらない日常と思うためにも、いつもの紅茶でいいと言おうとしたけれど、ミカエルの気遣いを無下にもしたくない。跡部は今日の予定を告げながら着替えをすませ、朝のロードワークへと向かう。
 明日からいよいよ全国大会が始まるのだ、余計なことは考えていられない。
 夢の中で触れた唇の感触なんて、もう思い出すべきではないと足を踏み出した。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

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永遠のブルー,塚跡WEB再録 2022.04.10

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー

 終わらねえじゃねーの。 また今日も長いラリーの応酬だ。昨日五―四の続きから始めたのだが、ポイントを…

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 終わらねえじゃねーの。
 また今日も長いラリーの応酬だ。昨日五―四の続きから始めたのだが、ポイントを取っては取られ、取られては取って、タイブレークに突入してしまっている。何度目かのサービス交代で、跡部はさすがにそう呟いた。
「終わらないな」
「少しインターバル挟むか?」
「ああ、そうした方がいいだろう」
 跡部の呆れたような呟きに同意を返してくる手塚の顎から、汗がしたたり落ちる。
 お互い集中力はあるものの、この分ではいつ終わりがくるのか分からない。切りの良いところで休憩しておくのが得策だった。
 コート傍のベンチに腰をかけて、水分補給。この暑さの中で汗を流し続けるのも危険だ。
 屋内にしておけばよかったかなと今さら思う跡部だが、見たかったのだ。青い空の下でラケットを振る手塚国光を。
 まだ不安があるんだなと自己分析をして、息を吐いてコートを眺める。
「肩、本当に大丈夫みてえだな」
「ああ、お前と打ち合えるくらいだからな。大会にも、ちゃんと出られる」
 おかしな気分だった。こうして同じベンチに座っているというのは。大会が始まれば間違いなく敵同士なのに、隣にいることがとても心地よい。このまま沈黙が続いたとしても、なんら苦痛ではないと思うほどにだ。
 だがチラリと見やれば、ほんのわずか、手塚の表情が暗く見えた。
「……何かあったかよ?」
「……なぜだ」
「俺様とテニスしてるってのに辛気くせえツラしてやがるじゃねーの。今は引き分けだからな、負けて悔しいってわけじゃねえだろうが」
「…………悟られるとは思っていなかった。俺は分かりづらいとよく言われるんだが」
 眉を寄せた手塚に、跡部は声を立てて笑う。自覚があるのは結構なことだ。跡部も、手塚の表情は読み取りづらい。読み取れるほど、親しい距離にいるわけでもない。
「俺様の眼力インサイトをみくびってもらっちゃ困るぜ。アーン?」
「そうか。それはすごいな」
 どこまで真面目に受け取っていいのか分からない。跡部は肩を竦め、苦笑する。眼力インサイトを使ったわけではないが、見て、気づいたのは事実だ。ほんのわずかな揺らぎすら分かってしまうほど、彼を意識してしまっているのだろうか。
「昨日お前に言われたことを思い出していた」
「アン?」
「俺のプレイは傲慢だと言っただろう。意識したことがなかったが、そうなのだろうなと思う」
 手塚の視線が下を向く。貶しているわけではないとも言ったのに、あの言葉は手塚にとってそんなに落ち込むほどのものだったのだろうか。
 跡部は少し居心地が悪くなった。
「今日、青学のメンバーと練習していて……物足りないと感じてしまった。怪我で皆に迷惑をかけてしまった俺が、こんなことを言えた義理じゃないのに」
 膝の上の拳が、強く握りしめられる。跡部は一つ瞬いた。揃って同じ感覚を味わっていたのかと思うと、面おも映はゆい気持ちがわき上がってくる。
「青学のメンバーじゃ、練習相手にならないってか?」
 あえて、手塚が口にしたくなかっただろうことを音にしてみる。彼の体が強張ったのが分かって、ベンチの背に肘を預けた。
「ま、テメェは口には出せねえだろうな。それが事実だとしても」
「跡部」
「ヤツらが弱いと言っているんじゃない。それでも自分が強くなるための練習相手にはなり得ねえんだよ」
「……跡部」
 諫めるような声音で名を呼ばれる。まったく面倒くさい男だと思った。生まれ持った資質やこれまでの努力が、今の手塚国光を形作っているのだ。周りと差ができてしまうのはどうしようもない。
「皆、それぞれに頑張っているんだ。追いついてこいなどとは言えない。個性もあるし、俺が敵わない部分だってある」
「そこが分かってんならいいだろうが」
 自分の鍛錬にならない、と手塚が不満を持ってしまうのはなんらおかしなことではない。
 それは上を目指しているからこそ持つ感情だ。
 そこで驕り高ぶり仲間を見下すのが間違っているというだけで、手塚が気に病む必要はないのではないか。
「力の差もそうだが、お前は青学を率いる立場だ。強いというだけで務まるもんじゃねえ。下のヤツを指導するってのは、時には自分の鍛錬を犠牲にしなきゃならねえ時もあるだろう」
 跡部とてそうだ。強さやカリスマだけでは、次の世代が育たない。特に、団体の成績を求められる競技では、一人だけが突出していてもいけないのだ。育てるためには、指導をしなければならない。監督やコーチの立場とは、また違った位置からだ。
「俺のとこは、下剋上だっつって分かりやすく俺を倒したがるヤツも、虎視眈々と頂点を狙ってるヤツもいる。お前のとこは、いねえのか?」
「……青学は、そういうのはないな。あえて言えば、越前だろうか」
「あーなるほどアレね、ククッ……でも、アイツを育てたいって気持ちが大きいだろ」
 生意気な新人ルーキーを思い描いて、跡部は喉を鳴らす。数秒の後に手塚がこくりと頷いた。
「今までは育てる側で、後は一人で鍛錬してたんだろうが、俺との試合で欲張りになっちまったんだよ、テメェは」
「……なぜ」
 手塚が、ふと振り向いてまっすぐに見つめてくる。その視線を不思議に思いながらも受け止めて、「アン?」と首を傾げた。
「なぜ、分かるんだ。言われて考えてみたが、的を射たもののように思う」
 自分自身で理解できていなかったのに、どうしてそんなことがすぐに分かるのだと、手塚の眉間にわずかにしわが寄る。跡部はハッと息を吐くように笑った。
「俺も同じだからだよ」
「お前も?」
「テメェのせいだぜ、手塚」
 そうか、と手塚は頷いて正面に向き直る。
 それでもまだ、晴れやかな表情ではなかったけれど。
 いや、晴れやかな顔をした手塚など想像ができないがと、跡部は少し目を逸らす。うまく感情の整理をできていないらしい手塚に、より一層の親近感が湧いた。全てを超越しているなんて言われている男にも、こんな一面があったのだと。
 しかし迷いがあってもあの球速かと、舌を打ちたい気分だったが、ふと思い当たって口の端を上げた。
「ははーん。さてはテメェ、俺様を憂さ晴らしに使ったのが後ろめたいんだろ」
「…………憂さ晴らし……?」
 何が手塚の顔を曇らせているのかと考えて、何度か気まずそうな視線を向けてきていたことに行き当たる。多くは仲間たちへの後ろめたさだろう。それに加えて、晴れない気分の解消に跡部を巻き込んでしまったことも気にしていたに違いない。
「うまくいかねえからって、お前は表に出すわけにもいかねえだろ。まあよりにもよって対戦校の、しかも俺様を使いやがるとは大したもんだがな」
「跡部、俺は」
 そういうつもりではと言いたがっているような男を制し、跡部は愉快そうに笑う。
「いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる。憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろよ。それで強くなったテメェを、俺様が打ちのめすってわけだ」
 楽しみじゃねーのと指を鳴らせば、数瞬呼吸を止め、手塚は次いで眼鏡のブリッジを押し上げながら振り向いてきた。
「俺は負けない」
 ちゃっかりと宣戦布告をし合い、視線が互いの真ん中で重なり合う。勝ち気な瞳は、いっそ心地が良かった。
「どうする、手塚。決着ついてねえが」
「そういえばそうだったな。お前さえよければまだ打っていたいが、…………いや、やはりやめておこう」
 インターバルは充分に挟んだし、手塚の迷いも晴れた。これなら良いプレイができるのではないかと思い持ちかけてみたが、手塚はしばし考え込み首を振った。
「なんだ手塚ァ、俺様に弱みを見せちまって恥ずかしいってか?」
「そうではない。弱みを見せてしまったことは恥じているし謝罪もするが、終わりそうにないと思ったからだ」
 からかってやれば、ぎろりと睨みつけてくる。いつもの調子が戻ったようで安心した。
「アーン? 終わりたければ、全力出してやろうか? 俺様はまだあの日の半分も力を出しちゃいないぜ」
「そんなのは、ボールを受けている俺がいちばんよく分かっている」
 互いの力は拮抗している。取って取られてを繰り返していくだろうことは容易に想像できた。だが実力の半分も出してはいない。まだ大会前だ、対戦校の部長と真剣勝負をするわけにもいかないと、意識的に力は押さえていた。決着をつけるのなら、当然そのリミッターを外さなければいけない。
 まだまだ余裕があるのだと暗に言ってみせれば、少しの逡巡もなく手塚はそう返してきた。あまりにも素直に受け入れられてしまって、面食らう。
「今は日が長いといっても、あまり遅くなると家族が心配する。お前のとこだってそうだろう」
「あぁ……まあ、……そーだな」
 仕事で忙しい両親はともかく、執事たちは気を揉むだろう。自分たちはまだ保護者が必要な年齢であるのだし、特に跡部は遠くない将来、家を背負う身だ。そういう意味でも、心配をかけたくはない。
「暗くならないうちにお前を帰せる自信がない」
「……あァ?」
 ため息交じりに呟かれた言葉に、思わずラケットを取り落とした。
 カランカランと音を立てたそれをひょいと拾い上げた手塚が、グリップを差し出してきてくれる。
「お前と打ち合っていると、終わりたくないと思うことが度々ある。決着をつけたい思いと、このままラリーしていたいと思う気持ちがごちゃ混ぜになるんだ」
「…………手塚、お前……、俺が男でよかったな……。女相手にそんな台詞吐こうもんなら、誤解されるぞ。この天然タラシが」
 一瞬誤解をしかけた、とラケットを受け取りながら、項垂れて顔を覆う。
 果たして、跡部が言いたいことをこの男が正しく理解するかどうか分からないが、文句の一つや二つは言っておきたい。ただでさえこちらは、おかしな感情に振り回されているというのに。
「……誤解された経験でもあるのか、跡部」
「ねーよ! 俺様がそんなヘマするわけねえだろ!」
「そうだろうな。跡部なら、うまく立ち回るのだろう。俺には誤解させるような親しい女性はいないし、今はそういったことを考えないようにしている。テニスに集中したいんだ」
 手塚のその言葉にホッとしてしまった自分に、うっかり気がつく。
 ――――なんで俺様がホッとしなきゃいけねえんだよ、ふざけんな!
 テニスのことしか考えていない男だなと思ってはいたが、本人にも肯定される。どうやら自覚はあるようだ。女にうつつを抜かしている暇などないということだろう。
 プロになることを決めているのだろうと思うと、確かに色恋になど意識を向けられない。
 ――――でも、じゃあ、しばらくは。
 手塚にそういうことを考える余裕ができるまでは、少なくとも特定の誰かのものになることはないようだ。
 それが嬉しい理由を探したくない。すぐに見つかってしまうだろう答えは、納得いかないものだろうだからだ。
「今日はもう帰ろう」
「あァそーだな……テメェといると本当に疲れるぜ……」
「そうか、それはすまない」
 疲れる理由など理解もしていないのだろうし、少しも悪く思っていないような声が返ってくる。
 おかしな思考になるから一緒にいたくないのに、もう帰ろうという流れが寂しい。矛盾する感情についていけないのが悔しい。
 こんなことは今までなくて、手塚が関わっていることがどうにも腹立たしい。胸の奥底にあるむずがゆさを言葉にしたくない。してしまったら、そこで世界が変わってしまいそうだった。
「跡部、明日また逢えるだろうか」
「……テニス、だよな」
「ああ、青学の練習が終わってからだが」
「同じ時間、ここでいいか」
 手塚がこくりと頷く。いったいどれだけの練習量をこなしているのだと、跡部は自分を棚に上げて思う。約束を取り付けて、手塚は満足そうにラケットバッグを背負った。
「では、明日。お前も気をつけて帰るといい、跡部」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
 そうやって手塚がコートを後にしてから、跡部は大きく息を吐き出して項垂れる。
「……言っ……た傍からテメェはぁっ……!」
 言葉を操るのが下手なのを自覚しているのなら、吐き出す言葉は慎重に選びやがれと悪態を吐く。顔が火照る。鼓動が速くなる。
「あっつ……」
 たった一言で、立ちくらみがするほどの衝撃を受けてしまった。
 ――――明日も逢える。
 そんな何でもない事実が、どうしようもないくらいに嬉しかった。


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