- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.511, No.510, No.509, No.508, No.507, No.506, No.505[7件]
永遠のブルー-014-
手塚の球速が落ちているような気がする。昨日より、明らかに遅い。そして、弱い。肩に不調があるのかと思っても、口にできない。手塚が言わない以上、肩に問題はないのだ。
どうしたって対等な間柄にはなれないのだろうか。そう思うと、心臓が痛い。初めから友人として付き合えていれば違ったかもしれないが、今さらどうにもできなかった。
手塚が打ったサーブをあえて受けず、跡部は腰に手を当てて声を張り上げた。
「止めだ止めだ、手塚ぁ!」
「……なぜだ」
「なぜだも何もあるか。テメェ全然身が入ってねえじゃねーの。そんなヤツと打ったって意味がねえぜ」
ギッと睨みつければ、向こうからも同じような瞳が返ってくる。
「お前に言われたくない。今日は、逢った時からおかしかった」
「なっ……」
返す言葉が見つからない。
やはりあの夢が影響しているのか、忍足たちに言われた言葉が影響しているのか、コート脇で待っている手塚を見つけた時には足が止まってしまった。交わした言葉もぎこちなかったかもしれない。
今さら後悔しても遅いが、まさか手塚に指摘されるとは思っていなかった。
「俺様のことはどうでもいいんだよ! テメェそんな調子で明日からの全国は大丈夫なんだろうなぁ!」
「問題はない。俺自身はな」
「あ? ……なんだよ、青学のヤツらに何かあったのかよ。おい手塚」
問いかけに答えずに、手塚はベンチに向かってしまう。ラリーを続ける気はないようで、タオルで汗を拭った後に腰を下ろしてしまった。跡部は少し怪訝に思いながらも、それを追ってベンチへと向かった。
「大石が……試合に出られない」
「怪我か? そういや関東大会も……ウチ相手に急造コンビでやりやがってくれたな」
ややあって、手塚がこくりと頷く。抽選会で見かけた時はそんな様子ではなかったが、中学最後の夏の大会を蹴るとなると、相当の怪我なのだろう。足か、手か。背中でもまずい。
「そりゃ……悔しいだろうな。練習中に痛めたのかよ?」
「いや、子供が生まれそうな妊婦さんを助けた時にらしい。手首では、致命的だ」
「なんだそりゃ。大石らしいといえばらしいのか。だがな手塚。そんな情報を俺様に教えちまっていいのか? 黄金ゴールデンペアのオーダーはないってことだろうが。テメェに部長っていう自覚はあんのかよ」
隣に腰をかけ、滝に言われた言葉を手塚に向けても言ってやる。
大石は大事な戦力だっただろうに、それが出場できないという痛手を伝えてしまっている状態だ。ダブルスをどう組んでくるのか分からないが、それを加味する時間を与えている。
「どうせすぐに知れ渡るだろう。それに跡部のところと当たるのは、順当に行けば日程的には明後日だ。対策はできる」
「……ああ、偵察か。氷帝はセキュリティ的に無理だが、そっちは入り込み放題だろうしな……」
ドキ、と胸が鳴った。手塚の中で氷帝と当たるのは決定事項のようで、その上『跡部のところ』というのがどうしようもなく嬉しい。跡部が氷帝を率いるキングであることを、認識してくれているのだ。
「大石が納得している以上どうしようもないんだが、やはりベストメンバーで臨めないのは悔しいな。俺などより、ダブルスを組んでいた菊丸の方が無念さや憤りは大きいだろうが……もしかしたらそれが、先ほどのプレイに現れていたかもしれない。すまなかった」
「いや……いいさ。それだけテメェには重要なことなんだろ。メンバーを大事にしてる証拠じゃねーの」
手塚の瞳が瞬かれる。すいと正面に顔を戻して、こくりと頷いた。それは先ほど跡部が言った『部長としての自覚はあるのか』という問いかけに答えているような気もして、跡部はその横顔を眺めて目を細めた。
テニスに対する真摯な思いには、素直に敬意を表したい。揶揄を含んだ問いかけにすら真面目に答えてくれる手塚に、胸がトクンと音を立てる。
ややあって、跡部は、諦めることにした。
――――もういい、認めてやるぜ。どうやら俺は、テメェのことが好きらしい。
横顔が眩しい。膝の上で握った拳が輝いているようにも見える。プレイにも現れてしまうほど気にかけられる大石を、羨ましく思ってしまった。
トクントクンと小気味よいリズムを刻んでいた胸が、ズキンズキンと痛み出す。
後ろめたくてしょうがない。
ライバルという関係でいたかったのに、自分だけ不埒な想いを抱えてしまった。しかもどうやら抱かれたい側らしいと破廉恥な夢を思い出して、頭を抱える。
「どうした、跡部」
「いや、なんでもねえよ……」
どこか潔癖に見えるこの男に対して、そんな劣情を抱くようになるなんて、誰が想像しただろう。斜め上過ぎて、誰にも言えやしない。もちろん、本人にもだ。
これが女性相手で、ゆっくりと愛を育んでいけるような状況ならば、男らしく即座に恋を告げていただろう。
だが、手塚は駄目だ。何をどうしたって、叶うはずがない。
男で、テニスのことしか考えていないライバルなんて、初めての恋にしてはハードルが高すぎる。いっそ棒高跳びではないかと言いたいくらいだ。
手塚の方にしても、同性にこんな想いを抱かれているなんて気持ちが悪いだろう。自分だったらごめんである。
同性愛というものに偏見はないとは言うが、それは自分の身に降りかかってこないからだ。拒絶されるのが目に見えている。何より、手塚にこんなことで煩わしい思いをさせたくない。恐らくプロへの道を見据えているのだろうし、色恋沙汰は面倒だろう。
それくらいならば、生涯の好敵手としてやり過ごしてみせる。
跡部はゆっくりと息を吐き、同じ量だけ吸い込んだ。
「なかなか上手くいかねえもんだよなぁ、手塚ぁ」
「そうだな。だが、上手くいきすぎてしまったら、それは自身の成長を止めることになってしまうだろう。俺は……青学オレたちは、必ず乗り越えてみせる」
「同感だが、勝利をいただくのは俺が率いる氷帝だぜ」
「いや、負けるわけにはいかない」
「ククッ、負けず嫌いなライバルを持って嬉しいぜ。俺様の進化の糧にしてやるよ」
む、と眉を寄せた手塚に笑って、跡部は腰を上げる。ぐっとラケットを握りしめ、手塚を振り向いた。
「手塚、もう一ゲーム付き合いな。俺様も気合いを入れ直すぜ」
「ああ、俺から言おうと思っていたところだ、跡部」
手塚も立ち上がり、強い瞳で見返してくる。お前のサービスからでと放ったボールをパシリと受け止められて、充足感がせり上がってくる。
自分たちはこれでいいはずだと、跡部はコートに入る。
気づいてしまった恋情は、生涯この胸に秘めておこう。そう決意して、手塚のボールをリターンエースで返してやった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-013-
トークアプリの画面を眺めながら、眉間にしわを寄せる。『今日は都合が悪くなった』とメッセージを打って、送る前に消して、打ち直して、再び削除する。それを何度繰り返しただろうか。
別に予定が入ったわけでもないのに、嘘を吐くことになってしまう。今は顔を見たくないからという理由でだ。
他にも『明日から大会が始まるのに、敵校の部長と逢ってなんかいられるか』『お互い気まずい』『部員もいい顔をしないだろう』という理由は付けられただろうが、いちばんの理由は、朝見た夢のせいで跡部だけが気まずいということだ。
いくら押し込めてカギをかけていようとも、記憶は消えていってくれない。夢の中で手塚に抱かれたという非現実的な記憶は。
こんな状態で顔など見たりしたら、どうなるか分からないのだ。
手塚には何の非もないのに、八つ当たりしてしまうかもしれない。そんな荒れたテニスを手塚としたくない。
彼とのテニスは純粋かつ強欲であるべきで、個人の事情や感情に流されたくはなかった。
だけど、逢いたくないと思う傍らで、逢いたいと思う自分がいる。
複数の部員たち相手にボールを打つだけではやはり物足りないし、約束は約束だ。反故にはしたくない。ポリシーにも反するという矜持が、アプリの画面を閉じさせた。
「跡部、今日もため息が多いで」
忍足にそう指摘され、振り向く。自覚はなかったけれど、どうやらここ数日ため息が多いらしい。
「頻繁にスマホ見てるのも珍しいな。誰かとデートの約束?」
ずいぶんと余裕だねと、滝も着替えながらそう訊ねてくる。どこか確信めいた様子でだ。年頃の男子がスマホの、しかもトークアプリを眺めているとなれば、そう連想するのもおかしなことではないのかもしれないが、正直その類いの連想は今はありがたくない。
「なんでそうなる」
「今日は何となく大人びた顔っていうか、何て言うんだろう、ねえ忍足」
「俺に振らんといてや、滝。まあ分かるけどなぁ……なんやフェロモンみたいなんまき散らしとるで、跡部」
「……いつもと変わらねえ気がするが?」
「全然ちゃうわ、自覚せえよ」
「他の部活に来てる女の子たちが、一様に顔を真っ赤に染めてコート脇を駆け抜けていくんだよね。今までそんなことなかったじゃない」
肩を竦める二人に、今日そんな光景があったのかと首を傾げる。それも以前からあった光景のような気がするが、確かに珍しい。
跡部が、応援してくれているらしい女生徒に視線のひとつも投げかけてやれなかったことは。
それだけ集中できていたのだろうと思うが、悪いことをしたなとも思ってしまう。
「テメェらがどう思おうが知ったこっちゃねえが、俺様は今テニスのことしか頭にねえんだよ。今日もな、……あ」
ピロンと音がして、端末がメッセージの受信を報せてくれる。通知からアプリを開き直すと、『今から向かう』と至極簡潔な言葉が表示された。相手は、手塚だ。青学も今日の練習が終わったらしい。
「見てみろ、相手は手塚だ。アイツ相手に、そんな色っぽい話になるわけねーだろ」
ぽんと端末を忍足に投げてやる。何もやましいことはないと示すためにだ。しかしそれは色恋方面にやましいことはないという意味にしかならず、滝と忍足の怒気をはらんだ声が重なった。
「は? 手塚?」
「待って、なんでそうなるの」
「何考えてんのや跡部、明日から全国大会やで」
「よりにもよって、対戦するだろう相手校の部長と今日もテニス? え、昨日もじゃなかった? もしかして君たち、手塚が戻ってきてからずっとやってるの?」
やはりいい顔はされないなと、跡部は片眉を上げる。自分自身、部員の誰かが対戦校の連中と今の時期につるんでいたら注意くらいはしたかもしれない。血縁関係は置いておいてだ。
だが今、部長自らその暗黙のルールを破っていることになる。忍足たちの疑問も懸念も、充分に理解できた。
「青学の連中は知って……るわけないだろうね。知ってたら止めるよ。あえて言うけど、君たち部長の自覚はあるのかな?」
「アイツの怪我のこと負い目に思ってんのやろうけど、せやったら余計に肩酷使させん方がええんやないか?」
忍足の言葉に、跡部はわずかに目を瞠る。負い目に感じているのは事実だ。ぎゅうと心臓が締めつけられたような気がした。
「テメェらが言いたいことは分かるぜ。だが……悪いな、約束なんだ」
忍足に放った端末をすいと取り上げて、無理に口の端を上げる。そうしてラケットバッグを担ぐ。あまり手塚を待たせたくない。
そう感じる気持ちが、どこから来るのか――認識したくはなかった。
「ちょっ……待ちや跡部っ……」
「え……ねえ、ど、どうしたらいいんだろう忍足……」
「知らんわ、どうにもできんやろ、こんなん……!」
困惑したような彼らの声を、閉めたドアの向こうで聞いて、跡部は足を踏み出した。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-012-
全国大会が翌日へと迫ったその朝、跡部景吾は珍しく跳ねるように起き上がった。
「な、んっ……」
カッと目を見開いて、荒い呼吸を繰り返す。心臓はドッドッと騒がしく音を立て、胸が動いているのさえ確認できた。
なんだ、今の夢は。
じんわりと汗が浮かぶのを自覚する。今見た夢をすぐには認識したくなくて、シーツに爪を立てた。顔が赤くなっているのは分かっているが、あまりにも生々しいそれが青ざめさせもする。
困惑した。視線があちこちへと泳ぐ。叫び出しそうで、とっさに口許を押さえた。
ドクンドクンと胸が鳴る。
酷い夢をみたものだ、とローブを引き掴み、どうにか冷静さを取り戻そうと試みた。
はだけていた胸元には何の名残もなくてホッとする。夢なのだから当然ではあるが、どうして、――どうして手塚に抱かれる夢なんか。
荒い呼吸のせいで、肩が上下する。
――――て、手塚のことが好きかもしれねえってのは百歩、いや一万歩譲って認めてやっていいにしてもだ! なんで俺様がっ、だ、抱かれる側なんだよ!
キスをされて、抱きしめられて、自分からもキスを返して、二人でベッドに倒れ込んだ。首筋に唇の感触。胸に手のひらの感触。素肌のすぐ近くで吐息を感じて、のけぞって、声を上げた。
――――違う違う、思い出すんじゃねえ! あんなっ……!
跡部と呼ぶ手塚の声が、何度も自分を高めていった。
絡む指先と、視線と、脚。欲情する獣のような瞳に興奮して、背に立てられる爪。揺さぶられる感覚は心許ないけれど、それ以上にどうしようもない快感が襲ってきた。はしたない格好で、あられもない声を上げ、欲をほとばしらせる。
あれは確かに自分だった。触れてくる男は、確かに手塚だった。
ガッと大きな枕を鷲掴み、ブンと投げる。完全に八つ当たりで、それは何もない空間にぽてりと落ちていった。
――――俺が女役ってのは納得いかねえ。いや、だからって俺が手塚を抱きたいわけでもねえんだが……待て、惚れてんなら抱きたいだろ? ってことは、俺は別にアイツを好きなわけじゃねえってことだ!
万事解決じゃねーの! とばかりにハッと笑ってみせるが、何となくモヤモヤが残る。
跡部は眉間にしわを寄せて、唇を引き結んだ。
手塚には、惹かれていると思う。プレイヤーとしては確実に。だが恋愛対象かもしれないとは、まだ認めたくない。
自分たちの間には、テニスがある。そこに何も挟みたくない。純粋にテニスをして、強欲に高みを目指したいのだ。
あの日の試合さえ、余計なものにまみれていきそうで恐ろしい。
ぞくりと半身を這った悪寒に、跡部は自身の腕を抱く。そうして気がついた。ああそれが怖いのかと。
今の気持ちがどうであれ、関東大会で交わしたボールにそんな感情は含まれていなかった。こんな馬鹿げた恋情みたいなもの、欠片も混じってはいなかった。そう声を大にして叫びたい。
――――お前という人間を知った日だ。こんなわけの分からねえ感情を持ち込んじゃいなかった。それは揺るぎのねえ事実だ。
色恋にうつつを抜かしている場合ではないと分かっているし、そう思っていることは彼にも知っていてほしい。それを疑われたくない。
だから、こんな想いはあり得ないのだ。
呆れられるだけならまだしも、軽蔑でもされたらたまったものではない。
きっと疲れていたのだ。
連日の練習、その後さらに手塚とのラリー、自主トレ。
部活のことや休み明けの学校行事のことなど、考えることは山ほどあって、それらを疎かにするのは性に合わない。
睡眠時間を削ってはいけないという思いから、必然的に起きている時の作業は密になる。疲れてしまっても無理はないと自分を納得させた。
跡部はベッドを降り、先ほど投げてしまった枕を拾い上げてベッドに放り戻す。
あんな夢は何でもない。自分も健康な男子中学生だっただけだとゆっくり息を吐く。相手と立場がおかしいけれど、大した問題ではない。
そうやって無理やり意識の奥底に追いやり、閉じ込めてカギをかけた。
「坊ちゃま、お目覚めでいらっしゃいますか?」
ノックの後に、聞き慣れた執事の声がする。跡部は「ああ」と返事をしながら、カーテンを開けた。
「おはようございます、坊ちゃま。……おや、ご気分が晴れないご様子ですな。昨夜はご機嫌麗しくいらしたのに」
何かございましたので? と続けてくる執事に、跡部は肩を竦めた。長年仕えてくれているミカエルには、やはりごまかしは利かないようだ。それでも、かけたカギはかけたままでいなければいけない。
「おはようミカエル。少し夢見が悪かっただけだ、大したことはねえぜ」
「さようでございますか。では、今朝のお食事はご気分を変えるためにもハーブティーでも御用意いたしましょう」
「……ああ、頼む」
変わらない日常と思うためにも、いつもの紅茶でいいと言おうとしたけれど、ミカエルの気遣いを無下にもしたくない。跡部は今日の予定を告げながら着替えをすませ、朝のロードワークへと向かう。
明日からいよいよ全国大会が始まるのだ、余計なことは考えていられない。
夢の中で触れた唇の感触なんて、もう思い出すべきではないと足を踏み出した。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-011-
終わらねえじゃねーの。
また今日も長いラリーの応酬だ。昨日五―四の続きから始めたのだが、ポイントを取っては取られ、取られては取って、タイブレークに突入してしまっている。何度目かのサービス交代で、跡部はさすがにそう呟いた。
「終わらないな」
「少しインターバル挟むか?」
「ああ、そうした方がいいだろう」
跡部の呆れたような呟きに同意を返してくる手塚の顎から、汗がしたたり落ちる。
お互い集中力はあるものの、この分ではいつ終わりがくるのか分からない。切りの良いところで休憩しておくのが得策だった。
コート傍のベンチに腰をかけて、水分補給。この暑さの中で汗を流し続けるのも危険だ。
屋内にしておけばよかったかなと今さら思う跡部だが、見たかったのだ。青い空の下でラケットを振る手塚国光を。
まだ不安があるんだなと自己分析をして、息を吐いてコートを眺める。
「肩、本当に大丈夫みてえだな」
「ああ、お前と打ち合えるくらいだからな。大会にも、ちゃんと出られる」
おかしな気分だった。こうして同じベンチに座っているというのは。大会が始まれば間違いなく敵同士なのに、隣にいることがとても心地よい。このまま沈黙が続いたとしても、なんら苦痛ではないと思うほどにだ。
だがチラリと見やれば、ほんのわずか、手塚の表情が暗く見えた。
「……何かあったかよ?」
「……なぜだ」
「俺様とテニスしてるってのに辛気くせえツラしてやがるじゃねーの。今は引き分けだからな、負けて悔しいってわけじゃねえだろうが」
「…………悟られるとは思っていなかった。俺は分かりづらいとよく言われるんだが」
眉を寄せた手塚に、跡部は声を立てて笑う。自覚があるのは結構なことだ。跡部も、手塚の表情は読み取りづらい。読み取れるほど、親しい距離にいるわけでもない。
「俺様の眼力インサイトをみくびってもらっちゃ困るぜ。アーン?」
「そうか。それはすごいな」
どこまで真面目に受け取っていいのか分からない。跡部は肩を竦め、苦笑する。眼力インサイトを使ったわけではないが、見て、気づいたのは事実だ。ほんのわずかな揺らぎすら分かってしまうほど、彼を意識してしまっているのだろうか。
「昨日お前に言われたことを思い出していた」
「アン?」
「俺のプレイは傲慢だと言っただろう。意識したことがなかったが、そうなのだろうなと思う」
手塚の視線が下を向く。貶しているわけではないとも言ったのに、あの言葉は手塚にとってそんなに落ち込むほどのものだったのだろうか。
跡部は少し居心地が悪くなった。
「今日、青学のメンバーと練習していて……物足りないと感じてしまった。怪我で皆に迷惑をかけてしまった俺が、こんなことを言えた義理じゃないのに」
膝の上の拳が、強く握りしめられる。跡部は一つ瞬いた。揃って同じ感覚を味わっていたのかと思うと、面おも映はゆい気持ちがわき上がってくる。
「青学のメンバーじゃ、練習相手にならないってか?」
あえて、手塚が口にしたくなかっただろうことを音にしてみる。彼の体が強張ったのが分かって、ベンチの背に肘を預けた。
「ま、テメェは口には出せねえだろうな。それが事実だとしても」
「跡部」
「ヤツらが弱いと言っているんじゃない。それでも自分が強くなるための練習相手にはなり得ねえんだよ」
「……跡部」
諫めるような声音で名を呼ばれる。まったく面倒くさい男だと思った。生まれ持った資質やこれまでの努力が、今の手塚国光を形作っているのだ。周りと差ができてしまうのはどうしようもない。
「皆、それぞれに頑張っているんだ。追いついてこいなどとは言えない。個性もあるし、俺が敵わない部分だってある」
「そこが分かってんならいいだろうが」
自分の鍛錬にならない、と手塚が不満を持ってしまうのはなんらおかしなことではない。
それは上を目指しているからこそ持つ感情だ。
そこで驕り高ぶり仲間を見下すのが間違っているというだけで、手塚が気に病む必要はないのではないか。
「力の差もそうだが、お前は青学を率いる立場だ。強いというだけで務まるもんじゃねえ。下のヤツを指導するってのは、時には自分の鍛錬を犠牲にしなきゃならねえ時もあるだろう」
跡部とてそうだ。強さやカリスマだけでは、次の世代が育たない。特に、団体の成績を求められる競技では、一人だけが突出していてもいけないのだ。育てるためには、指導をしなければならない。監督やコーチの立場とは、また違った位置からだ。
「俺のとこは、下剋上だっつって分かりやすく俺を倒したがるヤツも、虎視眈々と頂点を狙ってるヤツもいる。お前のとこは、いねえのか?」
「……青学は、そういうのはないな。あえて言えば、越前だろうか」
「あーなるほどアレね、ククッ……でも、アイツを育てたいって気持ちが大きいだろ」
生意気な新人ルーキーを思い描いて、跡部は喉を鳴らす。数秒の後に手塚がこくりと頷いた。
「今までは育てる側で、後は一人で鍛錬してたんだろうが、俺との試合で欲張りになっちまったんだよ、テメェは」
「……なぜ」
手塚が、ふと振り向いてまっすぐに見つめてくる。その視線を不思議に思いながらも受け止めて、「アン?」と首を傾げた。
「なぜ、分かるんだ。言われて考えてみたが、的を射たもののように思う」
自分自身で理解できていなかったのに、どうしてそんなことがすぐに分かるのだと、手塚の眉間にわずかにしわが寄る。跡部はハッと息を吐くように笑った。
「俺も同じだからだよ」
「お前も?」
「テメェのせいだぜ、手塚」
そうか、と手塚は頷いて正面に向き直る。
それでもまだ、晴れやかな表情ではなかったけれど。
いや、晴れやかな顔をした手塚など想像ができないがと、跡部は少し目を逸らす。うまく感情の整理をできていないらしい手塚に、より一層の親近感が湧いた。全てを超越しているなんて言われている男にも、こんな一面があったのだと。
しかし迷いがあってもあの球速かと、舌を打ちたい気分だったが、ふと思い当たって口の端を上げた。
「ははーん。さてはテメェ、俺様を憂さ晴らしに使ったのが後ろめたいんだろ」
「…………憂さ晴らし……?」
何が手塚の顔を曇らせているのかと考えて、何度か気まずそうな視線を向けてきていたことに行き当たる。多くは仲間たちへの後ろめたさだろう。それに加えて、晴れない気分の解消に跡部を巻き込んでしまったことも気にしていたに違いない。
「うまくいかねえからって、お前は表に出すわけにもいかねえだろ。まあよりにもよって対戦校の、しかも俺様を使いやがるとは大したもんだがな」
「跡部、俺は」
そういうつもりではと言いたがっているような男を制し、跡部は愉快そうに笑う。
「いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる。憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろよ。それで強くなったテメェを、俺様が打ちのめすってわけだ」
楽しみじゃねーのと指を鳴らせば、数瞬呼吸を止め、手塚は次いで眼鏡のブリッジを押し上げながら振り向いてきた。
「俺は負けない」
ちゃっかりと宣戦布告をし合い、視線が互いの真ん中で重なり合う。勝ち気な瞳は、いっそ心地が良かった。
「どうする、手塚。決着ついてねえが」
「そういえばそうだったな。お前さえよければまだ打っていたいが、…………いや、やはりやめておこう」
インターバルは充分に挟んだし、手塚の迷いも晴れた。これなら良いプレイができるのではないかと思い持ちかけてみたが、手塚はしばし考え込み首を振った。
「なんだ手塚ァ、俺様に弱みを見せちまって恥ずかしいってか?」
「そうではない。弱みを見せてしまったことは恥じているし謝罪もするが、終わりそうにないと思ったからだ」
からかってやれば、ぎろりと睨みつけてくる。いつもの調子が戻ったようで安心した。
「アーン? 終わりたければ、全力出してやろうか? 俺様はまだあの日の半分も力を出しちゃいないぜ」
「そんなのは、ボールを受けている俺がいちばんよく分かっている」
互いの力は拮抗している。取って取られてを繰り返していくだろうことは容易に想像できた。だが実力の半分も出してはいない。まだ大会前だ、対戦校の部長と真剣勝負をするわけにもいかないと、意識的に力は押さえていた。決着をつけるのなら、当然そのリミッターを外さなければいけない。
まだまだ余裕があるのだと暗に言ってみせれば、少しの逡巡もなく手塚はそう返してきた。あまりにも素直に受け入れられてしまって、面食らう。
「今は日が長いといっても、あまり遅くなると家族が心配する。お前のとこだってそうだろう」
「あぁ……まあ、……そーだな」
仕事で忙しい両親はともかく、執事たちは気を揉むだろう。自分たちはまだ保護者が必要な年齢であるのだし、特に跡部は遠くない将来、家を背負う身だ。そういう意味でも、心配をかけたくはない。
「暗くならないうちにお前を帰せる自信がない」
「……あァ?」
ため息交じりに呟かれた言葉に、思わずラケットを取り落とした。
カランカランと音を立てたそれをひょいと拾い上げた手塚が、グリップを差し出してきてくれる。
「お前と打ち合っていると、終わりたくないと思うことが度々ある。決着をつけたい思いと、このままラリーしていたいと思う気持ちがごちゃ混ぜになるんだ」
「…………手塚、お前……、俺が男でよかったな……。女相手にそんな台詞吐こうもんなら、誤解されるぞ。この天然タラシが」
一瞬誤解をしかけた、とラケットを受け取りながら、項垂れて顔を覆う。
果たして、跡部が言いたいことをこの男が正しく理解するかどうか分からないが、文句の一つや二つは言っておきたい。ただでさえこちらは、おかしな感情に振り回されているというのに。
「……誤解された経験でもあるのか、跡部」
「ねーよ! 俺様がそんなヘマするわけねえだろ!」
「そうだろうな。跡部なら、うまく立ち回るのだろう。俺には誤解させるような親しい女性はいないし、今はそういったことを考えないようにしている。テニスに集中したいんだ」
手塚のその言葉にホッとしてしまった自分に、うっかり気がつく。
――――なんで俺様がホッとしなきゃいけねえんだよ、ふざけんな!
テニスのことしか考えていない男だなと思ってはいたが、本人にも肯定される。どうやら自覚はあるようだ。女にうつつを抜かしている暇などないということだろう。
プロになることを決めているのだろうと思うと、確かに色恋になど意識を向けられない。
――――でも、じゃあ、しばらくは。
手塚にそういうことを考える余裕ができるまでは、少なくとも特定の誰かのものになることはないようだ。
それが嬉しい理由を探したくない。すぐに見つかってしまうだろう答えは、納得いかないものだろうだからだ。
「今日はもう帰ろう」
「あァそーだな……テメェといると本当に疲れるぜ……」
「そうか、それはすまない」
疲れる理由など理解もしていないのだろうし、少しも悪く思っていないような声が返ってくる。
おかしな思考になるから一緒にいたくないのに、もう帰ろうという流れが寂しい。矛盾する感情についていけないのが悔しい。
こんなことは今までなくて、手塚が関わっていることがどうにも腹立たしい。胸の奥底にあるむずがゆさを言葉にしたくない。してしまったら、そこで世界が変わってしまいそうだった。
「跡部、明日また逢えるだろうか」
「……テニス、だよな」
「ああ、青学の練習が終わってからだが」
「同じ時間、ここでいいか」
手塚がこくりと頷く。いったいどれだけの練習量をこなしているのだと、跡部は自分を棚に上げて思う。約束を取り付けて、手塚は満足そうにラケットバッグを背負った。
「では、明日。お前も気をつけて帰るといい、跡部」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
そうやって手塚がコートを後にしてから、跡部は大きく息を吐き出して項垂れる。
「……言っ……た傍からテメェはぁっ……!」
言葉を操るのが下手なのを自覚しているのなら、吐き出す言葉は慎重に選びやがれと悪態を吐く。顔が火照る。鼓動が速くなる。
「あっつ……」
たった一言で、立ちくらみがするほどの衝撃を受けてしまった。
――――明日も逢える。
そんな何でもない事実が、どうしようもないくらいに嬉しかった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-010-
物足りないなとタオルで汗を拭い、着替えようと専用ロッカーの扉を開ける。いつもより熱を入れて練習できた気はするが、体は満足していない。心の方もだ。
レギュラーメンバーも激しい練習をこなしてクールダウンを終えたようだ。いつも以上に疲労しているように見える。スタミナという点では跡部自身にも課題が残っているが、彼らをこれ以上練習に付き合わせるわけにはいかない。
成長期の肉体を酷使しすぎるのは、よくない。それこそどこかに故障を抱えてしまう。
故障という単語に、跡部は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。どうしても、思考があの男に行き着いてしまう。
肘は、肩は、今日も無事だろうか。
カバンの中から携帯端末を取り出す。示される時刻以外は練習前と何ら変わらず、メッセージの受信も着信もない。
昨日の今日で連絡してくるわけもないと理解しつつも、ほんの少しの寂しさと落胆が渦巻くのを否定できない。
青学も大会に向けて練習に励んでいるはずだ。
――――物足りねえって思うのは、どう考えても手塚のせいなんだよな。くそ、責任取りやがれ。
何も変わらない待受画面を眺めて舌を打つ。
氷帝のレギュラーメンバーの実力は、間違いなく全国クラスだ。まだ詰めが甘いところは多々あるものの、胸を張って自慢できるメンバーだと思っている。勝負の縁や妙といったもので試合に負けることがあっても、それは誰にも否定させやしない。
だが、跡部が彼ら相手に本気を――全力を出せるかといったら、答えはノーだ。力の差はどうしようもない。
部長という立場もあって、後輩や仲間たちに教えるという役目を担う以上、全力で叩き潰すべき相手ではないのだ。
感情で、体でそれを理解していて、どこかでセーブしてしまうのが現状だった。
練習でも、試合でも、全力を出せたのはあの試合一度きり。手塚との対戦だ。あの感覚を一度でも味わってしまったら、並のゲームでは満足できやしない。
――――……逢えねえかな。
一球だけでもいい。全力で球を打ちたい。決めるつもりで打ったそれを、あの男に返されたい。
――――いや返されたら駄目だろ、決めろよ。っていっても、きっちり返してきやがるからな、あの野郎。
くそ、と悔しい気持ちを抱えつつも、嬉しがる思いがそれを覆っていく。また頭の中が手塚でいっぱいになってしまったことに気がついて、ふるふると首を振る。
力に差のない相手と対峙することで自身を進化させたいと思うのは、おかしなことではない。強い相手ならば、手塚であろうとなかろうと関係ない。そのはずだ。
――――関係ねえ、……けど……。
跡部は髪をかき上げて、どうしても消えていかない手塚の姿に、困ったように眉を寄せた。
「跡部、どうしたんだ? 何かあったのかよ」
「あ?」
宍戸の声が聞こえて振り返る。そこには、着替え途中や着替えを終えたレギュラーメンバーたちがいた。
「スマホ握ったままそんな顔してよ。誰かに何かトラブルか……?」
「しかもそれプライベート用のだよね。ご家族に何か?」
滝まで心配そうな顔でそう訊ねてくる。跡部はぱちぱちと目を瞬いて、それを否定した。
「いや、別にトラブルじゃねえぜ。心配させちまってすまねえな」
「そう? ならいいんだけど。今日はやけに張り切ってたし、さすがに疲れが出たのかな?」
跡部は苦笑する。確かにメンタル面では疲労しているかもしれないと。メンバーにも心配をかけてしまうし、やはり考えるのは止めておこうと心に決めた。
そうだ何かの間違いだ。
手塚に逢いたいなんて。あの男を好きなのかもしれないなんて。
「何か練習メニューで悩んでるんだったら、相談に乗りたいけど。榊監督の方がいいよね、きっと」
「悩みといえば、まあ、悩みではあるかもな」
今度こそ着替えようと、カバンの上に端末を放りながらそう言うと、ざわりとざわめく。そのざわつきが気になって彼らを振り向くと、まるで恐ろしいものにでも遭遇したような面々がいた。
「跡部が? 悩み?」
「おいお前、大丈夫か? 頭でも打ったんじゃねーだろうな」
「あっ、お、俺、お水汲んできましょうか」
「まあ落ち着きや自分ら。跡部かて人の子やいうことやろ」
「そう言う侑士こそ、顔引きつってるぞ」
うるさいわ、と向日に返す忍足の言葉には物申したいが、確かに彼らの前で悩んでいる姿などあまり見せたことがなかったかもしれない。驚き、慌てるのも無理はないのか。
「景吾くんが素直にそんなことを言うのは珍しいね。当然テニスのことなんだろうけど」
滝が肩を竦めなながらそう言うのを、跡部はどこか安堵しながら聞いていた。跡部景吾とテニスはイコールで結ばれている。
今まで悩みらしきものがあっても、すべてテニスで発散してきた。たまにピアノやダンスなんかで気分転換もしたが、テニスほど集中できるものはなかったのだ。
やはり自主トレをしていこうと、ハンガーから外しかけていたシャツを元に戻す。
「萩之介、ありがとよ」
自分にはテニスがある。それを思い出させてくれた礼を告げたその時。
カバンの上に置いた端末がバイブレーションで震える。ヴヴッ、ヴヴッとカバンに擦れて音を立てる端末を見下ろして、跡部は思わず「は?」と声を上げた。
ディスプレイに、手塚国光の表示。
傍にいた滝が、その名前に「え」と小さく驚愕するのと同時に、跡部は端末へと手を伸ばした。
「――なんだ、手塚ァ」
めいっぱい平静さを装って、着信に応答する。そこにいたメンバーたちのどよめきは、向こうにも聞こえてしまっただろうか。
――――何でもねえ、たかが電話だ。動揺すんじゃねえよ。
そうは思うものの、鼓動が大きく、速くなるのを自覚する。声が震えそうになって、ごまかすように髪をかき上げた。
『すまない、練習中だっただろうか』
「いや、一応は終わってるぜ」
『今から打てないかと思ったんだが』
「アーン? 今からって……テメェ、昨日の今日で言うか、普通」
信じられない思いだった。いつでもいいと言ったのは確かに跡部だが、昨日の今日で連絡してくるなんて。昨日もあれだけ打ち合ったのにだ。
「昨日のじゃ満足できなかったってか? そんなに俺様とのテニスが恋しいのかよ」
それは自分の方ではないのかと心の中で突っ込みながら、動揺を悟られまいといつものように悪役ヒールを演じた。
「そこまで言うなら仕方ねーな、付き合ってやるぜ。屋外コートでいいか?」
『どこでも構わない。テニスができるなら』
「分かった。場所はメールする。じゃあ、あとでな」
そう言って通話を切って、顔を覆う。本当にあの男が何を考えているか分からない。読み切らせてくれない。
跡部はため息を吐いて、互いの学校から行きやすい場所を頭の中でピックアップした。
「跡部、今の、手塚……?」
「もしかして、今からやり合うんですか……?」
困惑したメンバーたちの声に気がついて、瞬きとともに振り向く。
驚くのも無理はないだろうなと思いはした。
「復帰したらしいて聞いたん昨日やで。いつの間に仲良うテニスするような関係になったん」
「仲良くはねえ! 仕方ねえだろ、アイツが俺とテニスしたいって言うんだからよ」
忍足の物言いにカッと頬が熱くなったのを自覚する。
仲が良くなるような要素はひとつもない。
そう思っていたし、ただお互いテニスがしたいという思いだけは一致している状態なのだと、口には出さずに言い訳をする。
「なんや、向こうから言うてきたんか。ああ、それで今日はご機嫌やったわけやな、自分」
「あー、手塚とやりたがってるヤツら多いしな。あっちからテニスしたいなんて言われたら、そりゃ嬉しいだろうぜ」
跡部はぐっと言葉に詰まる。そんなに分かりやすかったのだろうか。
気をつけなければ、弱点と捉えられるかもしれない。手塚が絡むと、周りに悟らせるほど落ち着かないという事実。
頭の中があの男のことでいっぱいになっていたなんて――恋情を抱いているかもしれないなんて、絶対に知られたら駄目だ。
だからこそ、手塚のせいにする。テニスがしたいと言ったのは手塚の方だと。
それは事実でもあるが、つきあってやっているというベールに包んで前面に押し出すことで、ごまかしは利くはずだ。
「けどな跡部、何考えてんだよお前!?」
宍戸の、呆れとも怒りともつかない声に心が揺れる。見透かされているのかとわずかに視線が泳いだ。
「大会前だぜ? 対戦校の部長とテニスって、普通じゃねえだろ!」
「プレイスタイルの情報、抜かれるんじゃないですかね」
「あ? あ、ああ……それは俺も言ったがな」
そういう意味かとホッとして、コートの使用予約を入れる。そうしてマップ付きでコートの場所を手塚に連絡した。
「俺がアイツとテニスすんのは、自分の技を磨くためだ。もちろん全てを晒すつもりもねえぜ」
「さすが跡部さんですね! 上に行くためならあの手塚さんさえ利用するということでしょうか」
「いや、それって俺たちじゃ練習相手にならねえってことだろうがよ……」
「まあダブルスで跡部一人に挑んでも負けるようじゃ、そらしょうがないわな」
「うるせえよ忍足っ」
次は勝つ、と叫ぶ宍戸を、跡部は気に入っている。敗れても這い上がることができるメンタルの持ち主だ。それに触発されて他のメンバーも次を見据えている。
そういう意味では、関東大会での敗退も意味のあるものだっただろう。彼らがどう成長するか、氷帝の部長としては楽しみなことこの上ない。
「フン、そうだな、せいぜい俺様の練習相手になるくらいには技を磨いておけ」
跡部は悪役よろしくしたたかにそう言い放ち、ラケットバッグを肩に担いだ。
手塚とテニスをするのは利用するためだなんてごまかしで彼らをけむに巻く。逸る鼓動を聞かれてしまわないように、高らかに笑ってみせた。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-009-
全国大会出場が決まってからというもの、氷帝学園テニス部はいつも以上に活気づいていた。正レギュラーはもちろん、準レギュラーや予備軍すべてが、基礎体力づくりや技の磨きに励んでいる。
「宍戸! 鳳! コートに入れ!」
それはもちろん、帝王である跡部を筆頭にだ。
「跡部のヤツ、絶好調やなぁ」
「ダブルス対シングルスかよ。それでも跡部が勝つんだろ。意味分かんねーよな」
「跡部ならありだC~」
レギュラーであるダブルスペアを一人で相手している誇り高きキングを、筋トレを一通り終えたメンバーたちが見守る。自身の鍛錬と同時に、仲間の力をも底上げさせる彼は、誰よりも努力を重ねる男だ。
「でも、たまに手がブレたり足が止まったりしてますが。あれ、なんなんですかね」
「日吉、そんなとこまで見てんのかいな」
「下剋上のチャンスは逃せないんで」
「おー頑張れよ」
日吉の言うことは事実だった。普段誰よりも集中してハードな鍛錬も意に介さないといったふうな跡部景吾が、いったい何に気を取られているというのか。
「らしくない」と正・準レギュラーメンバーをして言わせるほどに、あんな様子は珍しいものだった。
――――くそっ……邪魔すんじゃねえ、手塚!
そんな跡部の頭の中をちらちらと行き来するのは、手塚国光だ。つい昨日、リハビリから復帰したばかりのあの男。二時間以上も跡部と打ち合って、今日も練習に精を出しているだろう男だ。
跡部は顎を伝う汗を拭う。
昨日だけでは飽き足らず、日をまたいでまでも居座ってくれている男が、憎たらしくてしょうがない。浮かんでしまった仮定の感情はいまだに頭の中にふよふよと浮かんでいる。練習中には考えたくないのに、ずっと漂っているのだ。
『お前でなければ駄目だった』
リフレインするなと何度も言い聞かせているのに、昨日のことが思い起こされる。まったく腹立たしい。
全国大会は、なにも手塚一人が相手というわけではない。それなのに、手塚のことしか考えられない自分が腹立たしくてしょうがなかった。
「宍戸さん、すみません俺、うまくフォローできなくて……」
「返せるか、あんな球! クソッ、激ダサだぜ」
氷帝のメンバーと相対しているのだと頭では分かっていても、体が違う相手を想定して動いてしまう。手塚のつもりで打ってしまい、返ってこないボールに落胆を覚える。
これでは駄目だと、額を押さえた。
――――考えるな。考えるな、跡部景吾。それは余計な感情だ。俺のテニスには必要ねえ!
手塚のことが好きだなんて、そんなことがあるわけない。仮にあったとしても、テニスに持ち込むべきではない。カッと目を見開き、いつも通り宍戸・鳳ペアの弱点を攻めるためにラケットを振り抜く。
――――そうだ、関係ねえぜ。俺はテメェのことなんざ、何とも思っちゃいねえ。
今は手塚のことを考えている場合ではない。あんな不可解な感情をいつまでも引きずっているなんて自分らしくないと、返ってきたボールを打つ。
大会のことを考えなければ。今まで以上に厳しい戦いになることは目に見えている。チームのメンバー以上に自分がもっと高みにいかなければならないのだ。キングたりうる者の宿命として。
氷帝に勝利を。考えるのは、それだけでいいはずだった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
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一回戦、二回戦、と順当に勝ち進んだ。さすがに全国クラスのプレイヤーが揃っていたが、氷帝の敵ではない。優勝を狙っているのだ、当然のことではあるのだが。
三回戦は明日行われる。三回戦――準々決勝、氷帝学園は、青春学園と当たる。つまり、手塚の率いるチームとだ。
「よう、手塚。無事に勝ったみてえじゃねーの」
「跡部か。そちらも同じようだな」
青学は組み合わせの結果、一回戦は対戦相手がいなかった。充分な力を保ったままの二回戦、負けるはずがなかったのだけれども。
コートから上がってきた青学のメンバーに、激励とも挑発とも取れる言葉を投げかけてやる。後ろにいる氷帝メンバーの視線が、自分を通り越して青学の連中に向かっているのがひしひしと伝わってきた。
次はいよいよ、対決だ。関東大会の再現かと言われているのは知っているが、同じ轍を踏む気はさらさらない。勝って次の試合に臨むのだ。
「手加減はしねぇぜ」
「こちらの台詞だ」
睨み合う視線が、空中で絡まる。この会話と視線のやりとりだけ見ていれば、とても昨日まで自校の練習以外で打ち合っていた仲だとは思えない。
「それはそうと、大石の手首そんなに酷いのか? なんなら医者紹介するが」
「いや、それには及ばない。気遣いだけもらっておこう」
「そうかい。大石、早く完治することを祈ってやるぜ」
「あ、ああ、うん、ありがとう……?」
手塚の傍で、大石が手首を押さえるのが見える。なぜ跡部に見舞いを言われるのか分からないといったふうに首を傾げるのが愉快だった。それ以上は手塚とも言葉を交わさずに、踵を返す。
「やっぱ怪我してんのか、大石のヤツ」
「手首って言ってましたね、跡部さん。大石さんのムーンボレー、受けてみたかったんですが」
「大石が欠場ってことは、また菊丸は他のヤツと組むのか?」
ミーティングのために学園へ戻る道中、話題はやはり明日の対戦相手である青学メンバーの、とりわけ怪我での欠場となっている大石のことだった。今朝からその噂は駆け巡っていたが、手塚や本人が認めているなら本当なのだろうと。
「ま、何にしろシングルス1は跡部と手塚で決まりだろ」
「まーた何時間もかかるのかよ。すぐに決めろって言いたいところだが、相手が手塚じゃなあ……」
メンバーたちは口々にそう言っているが、跡部は眉を寄せる。手塚と当たれば確かに決着までに何時間もかかりそうだが、どうもそうはなりそうにない。
「悩んでるんか、跡部」
「あ? ああ……恐らくだが、アイツは俺様とは当たらねえぜ」
「どうしてそう思うの?」
「越前リョーマがいる」
オーダーを組む際は、たいていが部長をシングルス1に据える。
それが慣例になっている学校がほとんどではあるが、何も規則として決まっているわけではない。相手校のオーダーを予測し、勝てるプレイヤーをぶつけるというのは、立派な戦略でもある。
そこで、あのくせ者揃いの青学が素直に手塚をシングルス1に据えるかどうか。可能性は、限りなくゼロに近い。
関東大会で越前リョーマに敗北した日吉は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
見ていた限りでは、実力をすべて出したようには見えなかった。未知の部分が多い。そんな愉快なプレイヤーを、シングルス3や2に据えるわけもないとなると、当然最後のシングルス1。
氷帝が実力主義だということを知っている以上、跡部がシングルス1であることを疑いもせずに当ててくるだろう。
――――受けて立ってやろうじゃねーの。
こちらとしても、手塚が相手でない方がやりやすい。気づいたばかりの恋情を押し込めるには、まだ頭が整理しきれていない。
よりにもよって初めての恋というのが厄介だった。なにがしかの経験でも積んでいれば別だったかもしれないが、何が正解なのかも分からないのだ。
いや、ただ一つ、誰にも知られてはいけないということだけは正確に理解している。
弱点を探るのを得意としている跡部景吾が、弱点を探られてはいけないのだ。
大事な試合を前に、こんな馬鹿げた感情について悩んでいるなんて、笑い話にもならない。
――――誰にも悟らせねえ。これは俺の……俺だけの戦いだ。
生涯続く、長い長い戦いだ。そして跡部の辞書に、敗北の二文字はない。
「ホンマに、厄介な相手やで」
「俺もそう思うよ、忍足」
「青学はくせ者揃いだよなあ~」
「少しも気が抜けないですよね」
向日や鳳がそう続けたのを受けて、忍足と滝が苦笑しながら肩を竦めたことに、跡部は気がついていなかった。
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