- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.509, No.508, No.507, No.506, No.505, No.504, No.503[7件]
永遠のブルー-012-
全国大会が翌日へと迫ったその朝、跡部景吾は珍しく跳ねるように起き上がった。
「な、んっ……」
カッと目を見開いて、荒い呼吸を繰り返す。心臓はドッドッと騒がしく音を立て、胸が動いているのさえ確認できた。
なんだ、今の夢は。
じんわりと汗が浮かぶのを自覚する。今見た夢をすぐには認識したくなくて、シーツに爪を立てた。顔が赤くなっているのは分かっているが、あまりにも生々しいそれが青ざめさせもする。
困惑した。視線があちこちへと泳ぐ。叫び出しそうで、とっさに口許を押さえた。
ドクンドクンと胸が鳴る。
酷い夢をみたものだ、とローブを引き掴み、どうにか冷静さを取り戻そうと試みた。
はだけていた胸元には何の名残もなくてホッとする。夢なのだから当然ではあるが、どうして、――どうして手塚に抱かれる夢なんか。
荒い呼吸のせいで、肩が上下する。
――――て、手塚のことが好きかもしれねえってのは百歩、いや一万歩譲って認めてやっていいにしてもだ! なんで俺様がっ、だ、抱かれる側なんだよ!
キスをされて、抱きしめられて、自分からもキスを返して、二人でベッドに倒れ込んだ。首筋に唇の感触。胸に手のひらの感触。素肌のすぐ近くで吐息を感じて、のけぞって、声を上げた。
――――違う違う、思い出すんじゃねえ! あんなっ……!
跡部と呼ぶ手塚の声が、何度も自分を高めていった。
絡む指先と、視線と、脚。欲情する獣のような瞳に興奮して、背に立てられる爪。揺さぶられる感覚は心許ないけれど、それ以上にどうしようもない快感が襲ってきた。はしたない格好で、あられもない声を上げ、欲をほとばしらせる。
あれは確かに自分だった。触れてくる男は、確かに手塚だった。
ガッと大きな枕を鷲掴み、ブンと投げる。完全に八つ当たりで、それは何もない空間にぽてりと落ちていった。
――――俺が女役ってのは納得いかねえ。いや、だからって俺が手塚を抱きたいわけでもねえんだが……待て、惚れてんなら抱きたいだろ? ってことは、俺は別にアイツを好きなわけじゃねえってことだ!
万事解決じゃねーの! とばかりにハッと笑ってみせるが、何となくモヤモヤが残る。
跡部は眉間にしわを寄せて、唇を引き結んだ。
手塚には、惹かれていると思う。プレイヤーとしては確実に。だが恋愛対象かもしれないとは、まだ認めたくない。
自分たちの間には、テニスがある。そこに何も挟みたくない。純粋にテニスをして、強欲に高みを目指したいのだ。
あの日の試合さえ、余計なものにまみれていきそうで恐ろしい。
ぞくりと半身を這った悪寒に、跡部は自身の腕を抱く。そうして気がついた。ああそれが怖いのかと。
今の気持ちがどうであれ、関東大会で交わしたボールにそんな感情は含まれていなかった。こんな馬鹿げた恋情みたいなもの、欠片も混じってはいなかった。そう声を大にして叫びたい。
――――お前という人間を知った日だ。こんなわけの分からねえ感情を持ち込んじゃいなかった。それは揺るぎのねえ事実だ。
色恋にうつつを抜かしている場合ではないと分かっているし、そう思っていることは彼にも知っていてほしい。それを疑われたくない。
だから、こんな想いはあり得ないのだ。
呆れられるだけならまだしも、軽蔑でもされたらたまったものではない。
きっと疲れていたのだ。
連日の練習、その後さらに手塚とのラリー、自主トレ。
部活のことや休み明けの学校行事のことなど、考えることは山ほどあって、それらを疎かにするのは性に合わない。
睡眠時間を削ってはいけないという思いから、必然的に起きている時の作業は密になる。疲れてしまっても無理はないと自分を納得させた。
跡部はベッドを降り、先ほど投げてしまった枕を拾い上げてベッドに放り戻す。
あんな夢は何でもない。自分も健康な男子中学生だっただけだとゆっくり息を吐く。相手と立場がおかしいけれど、大した問題ではない。
そうやって無理やり意識の奥底に追いやり、閉じ込めてカギをかけた。
「坊ちゃま、お目覚めでいらっしゃいますか?」
ノックの後に、聞き慣れた執事の声がする。跡部は「ああ」と返事をしながら、カーテンを開けた。
「おはようございます、坊ちゃま。……おや、ご気分が晴れないご様子ですな。昨夜はご機嫌麗しくいらしたのに」
何かございましたので? と続けてくる執事に、跡部は肩を竦めた。長年仕えてくれているミカエルには、やはりごまかしは利かないようだ。それでも、かけたカギはかけたままでいなければいけない。
「おはようミカエル。少し夢見が悪かっただけだ、大したことはねえぜ」
「さようでございますか。では、今朝のお食事はご気分を変えるためにもハーブティーでも御用意いたしましょう」
「……ああ、頼む」
変わらない日常と思うためにも、いつもの紅茶でいいと言おうとしたけれど、ミカエルの気遣いを無下にもしたくない。跡部は今日の予定を告げながら着替えをすませ、朝のロードワークへと向かう。
明日からいよいよ全国大会が始まるのだ、余計なことは考えていられない。
夢の中で触れた唇の感触なんて、もう思い出すべきではないと足を踏み出した。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-011-
終わらねえじゃねーの。
また今日も長いラリーの応酬だ。昨日五―四の続きから始めたのだが、ポイントを取っては取られ、取られては取って、タイブレークに突入してしまっている。何度目かのサービス交代で、跡部はさすがにそう呟いた。
「終わらないな」
「少しインターバル挟むか?」
「ああ、そうした方がいいだろう」
跡部の呆れたような呟きに同意を返してくる手塚の顎から、汗がしたたり落ちる。
お互い集中力はあるものの、この分ではいつ終わりがくるのか分からない。切りの良いところで休憩しておくのが得策だった。
コート傍のベンチに腰をかけて、水分補給。この暑さの中で汗を流し続けるのも危険だ。
屋内にしておけばよかったかなと今さら思う跡部だが、見たかったのだ。青い空の下でラケットを振る手塚国光を。
まだ不安があるんだなと自己分析をして、息を吐いてコートを眺める。
「肩、本当に大丈夫みてえだな」
「ああ、お前と打ち合えるくらいだからな。大会にも、ちゃんと出られる」
おかしな気分だった。こうして同じベンチに座っているというのは。大会が始まれば間違いなく敵同士なのに、隣にいることがとても心地よい。このまま沈黙が続いたとしても、なんら苦痛ではないと思うほどにだ。
だがチラリと見やれば、ほんのわずか、手塚の表情が暗く見えた。
「……何かあったかよ?」
「……なぜだ」
「俺様とテニスしてるってのに辛気くせえツラしてやがるじゃねーの。今は引き分けだからな、負けて悔しいってわけじゃねえだろうが」
「…………悟られるとは思っていなかった。俺は分かりづらいとよく言われるんだが」
眉を寄せた手塚に、跡部は声を立てて笑う。自覚があるのは結構なことだ。跡部も、手塚の表情は読み取りづらい。読み取れるほど、親しい距離にいるわけでもない。
「俺様の眼力インサイトをみくびってもらっちゃ困るぜ。アーン?」
「そうか。それはすごいな」
どこまで真面目に受け取っていいのか分からない。跡部は肩を竦め、苦笑する。眼力インサイトを使ったわけではないが、見て、気づいたのは事実だ。ほんのわずかな揺らぎすら分かってしまうほど、彼を意識してしまっているのだろうか。
「昨日お前に言われたことを思い出していた」
「アン?」
「俺のプレイは傲慢だと言っただろう。意識したことがなかったが、そうなのだろうなと思う」
手塚の視線が下を向く。貶しているわけではないとも言ったのに、あの言葉は手塚にとってそんなに落ち込むほどのものだったのだろうか。
跡部は少し居心地が悪くなった。
「今日、青学のメンバーと練習していて……物足りないと感じてしまった。怪我で皆に迷惑をかけてしまった俺が、こんなことを言えた義理じゃないのに」
膝の上の拳が、強く握りしめられる。跡部は一つ瞬いた。揃って同じ感覚を味わっていたのかと思うと、面おも映はゆい気持ちがわき上がってくる。
「青学のメンバーじゃ、練習相手にならないってか?」
あえて、手塚が口にしたくなかっただろうことを音にしてみる。彼の体が強張ったのが分かって、ベンチの背に肘を預けた。
「ま、テメェは口には出せねえだろうな。それが事実だとしても」
「跡部」
「ヤツらが弱いと言っているんじゃない。それでも自分が強くなるための練習相手にはなり得ねえんだよ」
「……跡部」
諫めるような声音で名を呼ばれる。まったく面倒くさい男だと思った。生まれ持った資質やこれまでの努力が、今の手塚国光を形作っているのだ。周りと差ができてしまうのはどうしようもない。
「皆、それぞれに頑張っているんだ。追いついてこいなどとは言えない。個性もあるし、俺が敵わない部分だってある」
「そこが分かってんならいいだろうが」
自分の鍛錬にならない、と手塚が不満を持ってしまうのはなんらおかしなことではない。
それは上を目指しているからこそ持つ感情だ。
そこで驕り高ぶり仲間を見下すのが間違っているというだけで、手塚が気に病む必要はないのではないか。
「力の差もそうだが、お前は青学を率いる立場だ。強いというだけで務まるもんじゃねえ。下のヤツを指導するってのは、時には自分の鍛錬を犠牲にしなきゃならねえ時もあるだろう」
跡部とてそうだ。強さやカリスマだけでは、次の世代が育たない。特に、団体の成績を求められる競技では、一人だけが突出していてもいけないのだ。育てるためには、指導をしなければならない。監督やコーチの立場とは、また違った位置からだ。
「俺のとこは、下剋上だっつって分かりやすく俺を倒したがるヤツも、虎視眈々と頂点を狙ってるヤツもいる。お前のとこは、いねえのか?」
「……青学は、そういうのはないな。あえて言えば、越前だろうか」
「あーなるほどアレね、ククッ……でも、アイツを育てたいって気持ちが大きいだろ」
生意気な新人ルーキーを思い描いて、跡部は喉を鳴らす。数秒の後に手塚がこくりと頷いた。
「今までは育てる側で、後は一人で鍛錬してたんだろうが、俺との試合で欲張りになっちまったんだよ、テメェは」
「……なぜ」
手塚が、ふと振り向いてまっすぐに見つめてくる。その視線を不思議に思いながらも受け止めて、「アン?」と首を傾げた。
「なぜ、分かるんだ。言われて考えてみたが、的を射たもののように思う」
自分自身で理解できていなかったのに、どうしてそんなことがすぐに分かるのだと、手塚の眉間にわずかにしわが寄る。跡部はハッと息を吐くように笑った。
「俺も同じだからだよ」
「お前も?」
「テメェのせいだぜ、手塚」
そうか、と手塚は頷いて正面に向き直る。
それでもまだ、晴れやかな表情ではなかったけれど。
いや、晴れやかな顔をした手塚など想像ができないがと、跡部は少し目を逸らす。うまく感情の整理をできていないらしい手塚に、より一層の親近感が湧いた。全てを超越しているなんて言われている男にも、こんな一面があったのだと。
しかし迷いがあってもあの球速かと、舌を打ちたい気分だったが、ふと思い当たって口の端を上げた。
「ははーん。さてはテメェ、俺様を憂さ晴らしに使ったのが後ろめたいんだろ」
「…………憂さ晴らし……?」
何が手塚の顔を曇らせているのかと考えて、何度か気まずそうな視線を向けてきていたことに行き当たる。多くは仲間たちへの後ろめたさだろう。それに加えて、晴れない気分の解消に跡部を巻き込んでしまったことも気にしていたに違いない。
「うまくいかねえからって、お前は表に出すわけにもいかねえだろ。まあよりにもよって対戦校の、しかも俺様を使いやがるとは大したもんだがな」
「跡部、俺は」
そういうつもりではと言いたがっているような男を制し、跡部は愉快そうに笑う。
「いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる。憂さ晴らしでも練習台でも、好きにしろよ。それで強くなったテメェを、俺様が打ちのめすってわけだ」
楽しみじゃねーのと指を鳴らせば、数瞬呼吸を止め、手塚は次いで眼鏡のブリッジを押し上げながら振り向いてきた。
「俺は負けない」
ちゃっかりと宣戦布告をし合い、視線が互いの真ん中で重なり合う。勝ち気な瞳は、いっそ心地が良かった。
「どうする、手塚。決着ついてねえが」
「そういえばそうだったな。お前さえよければまだ打っていたいが、…………いや、やはりやめておこう」
インターバルは充分に挟んだし、手塚の迷いも晴れた。これなら良いプレイができるのではないかと思い持ちかけてみたが、手塚はしばし考え込み首を振った。
「なんだ手塚ァ、俺様に弱みを見せちまって恥ずかしいってか?」
「そうではない。弱みを見せてしまったことは恥じているし謝罪もするが、終わりそうにないと思ったからだ」
からかってやれば、ぎろりと睨みつけてくる。いつもの調子が戻ったようで安心した。
「アーン? 終わりたければ、全力出してやろうか? 俺様はまだあの日の半分も力を出しちゃいないぜ」
「そんなのは、ボールを受けている俺がいちばんよく分かっている」
互いの力は拮抗している。取って取られてを繰り返していくだろうことは容易に想像できた。だが実力の半分も出してはいない。まだ大会前だ、対戦校の部長と真剣勝負をするわけにもいかないと、意識的に力は押さえていた。決着をつけるのなら、当然そのリミッターを外さなければいけない。
まだまだ余裕があるのだと暗に言ってみせれば、少しの逡巡もなく手塚はそう返してきた。あまりにも素直に受け入れられてしまって、面食らう。
「今は日が長いといっても、あまり遅くなると家族が心配する。お前のとこだってそうだろう」
「あぁ……まあ、……そーだな」
仕事で忙しい両親はともかく、執事たちは気を揉むだろう。自分たちはまだ保護者が必要な年齢であるのだし、特に跡部は遠くない将来、家を背負う身だ。そういう意味でも、心配をかけたくはない。
「暗くならないうちにお前を帰せる自信がない」
「……あァ?」
ため息交じりに呟かれた言葉に、思わずラケットを取り落とした。
カランカランと音を立てたそれをひょいと拾い上げた手塚が、グリップを差し出してきてくれる。
「お前と打ち合っていると、終わりたくないと思うことが度々ある。決着をつけたい思いと、このままラリーしていたいと思う気持ちがごちゃ混ぜになるんだ」
「…………手塚、お前……、俺が男でよかったな……。女相手にそんな台詞吐こうもんなら、誤解されるぞ。この天然タラシが」
一瞬誤解をしかけた、とラケットを受け取りながら、項垂れて顔を覆う。
果たして、跡部が言いたいことをこの男が正しく理解するかどうか分からないが、文句の一つや二つは言っておきたい。ただでさえこちらは、おかしな感情に振り回されているというのに。
「……誤解された経験でもあるのか、跡部」
「ねーよ! 俺様がそんなヘマするわけねえだろ!」
「そうだろうな。跡部なら、うまく立ち回るのだろう。俺には誤解させるような親しい女性はいないし、今はそういったことを考えないようにしている。テニスに集中したいんだ」
手塚のその言葉にホッとしてしまった自分に、うっかり気がつく。
――――なんで俺様がホッとしなきゃいけねえんだよ、ふざけんな!
テニスのことしか考えていない男だなと思ってはいたが、本人にも肯定される。どうやら自覚はあるようだ。女にうつつを抜かしている暇などないということだろう。
プロになることを決めているのだろうと思うと、確かに色恋になど意識を向けられない。
――――でも、じゃあ、しばらくは。
手塚にそういうことを考える余裕ができるまでは、少なくとも特定の誰かのものになることはないようだ。
それが嬉しい理由を探したくない。すぐに見つかってしまうだろう答えは、納得いかないものだろうだからだ。
「今日はもう帰ろう」
「あァそーだな……テメェといると本当に疲れるぜ……」
「そうか、それはすまない」
疲れる理由など理解もしていないのだろうし、少しも悪く思っていないような声が返ってくる。
おかしな思考になるから一緒にいたくないのに、もう帰ろうという流れが寂しい。矛盾する感情についていけないのが悔しい。
こんなことは今までなくて、手塚が関わっていることがどうにも腹立たしい。胸の奥底にあるむずがゆさを言葉にしたくない。してしまったら、そこで世界が変わってしまいそうだった。
「跡部、明日また逢えるだろうか」
「……テニス、だよな」
「ああ、青学の練習が終わってからだが」
「同じ時間、ここでいいか」
手塚がこくりと頷く。いったいどれだけの練習量をこなしているのだと、跡部は自分を棚に上げて思う。約束を取り付けて、手塚は満足そうにラケットバッグを背負った。
「では、明日。お前も気をつけて帰るといい、跡部」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
そうやって手塚がコートを後にしてから、跡部は大きく息を吐き出して項垂れる。
「……言っ……た傍からテメェはぁっ……!」
言葉を操るのが下手なのを自覚しているのなら、吐き出す言葉は慎重に選びやがれと悪態を吐く。顔が火照る。鼓動が速くなる。
「あっつ……」
たった一言で、立ちくらみがするほどの衝撃を受けてしまった。
――――明日も逢える。
そんな何でもない事実が、どうしようもないくらいに嬉しかった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-010-
物足りないなとタオルで汗を拭い、着替えようと専用ロッカーの扉を開ける。いつもより熱を入れて練習できた気はするが、体は満足していない。心の方もだ。
レギュラーメンバーも激しい練習をこなしてクールダウンを終えたようだ。いつも以上に疲労しているように見える。スタミナという点では跡部自身にも課題が残っているが、彼らをこれ以上練習に付き合わせるわけにはいかない。
成長期の肉体を酷使しすぎるのは、よくない。それこそどこかに故障を抱えてしまう。
故障という単語に、跡部は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。どうしても、思考があの男に行き着いてしまう。
肘は、肩は、今日も無事だろうか。
カバンの中から携帯端末を取り出す。示される時刻以外は練習前と何ら変わらず、メッセージの受信も着信もない。
昨日の今日で連絡してくるわけもないと理解しつつも、ほんの少しの寂しさと落胆が渦巻くのを否定できない。
青学も大会に向けて練習に励んでいるはずだ。
――――物足りねえって思うのは、どう考えても手塚のせいなんだよな。くそ、責任取りやがれ。
何も変わらない待受画面を眺めて舌を打つ。
氷帝のレギュラーメンバーの実力は、間違いなく全国クラスだ。まだ詰めが甘いところは多々あるものの、胸を張って自慢できるメンバーだと思っている。勝負の縁や妙といったもので試合に負けることがあっても、それは誰にも否定させやしない。
だが、跡部が彼ら相手に本気を――全力を出せるかといったら、答えはノーだ。力の差はどうしようもない。
部長という立場もあって、後輩や仲間たちに教えるという役目を担う以上、全力で叩き潰すべき相手ではないのだ。
感情で、体でそれを理解していて、どこかでセーブしてしまうのが現状だった。
練習でも、試合でも、全力を出せたのはあの試合一度きり。手塚との対戦だ。あの感覚を一度でも味わってしまったら、並のゲームでは満足できやしない。
――――……逢えねえかな。
一球だけでもいい。全力で球を打ちたい。決めるつもりで打ったそれを、あの男に返されたい。
――――いや返されたら駄目だろ、決めろよ。っていっても、きっちり返してきやがるからな、あの野郎。
くそ、と悔しい気持ちを抱えつつも、嬉しがる思いがそれを覆っていく。また頭の中が手塚でいっぱいになってしまったことに気がついて、ふるふると首を振る。
力に差のない相手と対峙することで自身を進化させたいと思うのは、おかしなことではない。強い相手ならば、手塚であろうとなかろうと関係ない。そのはずだ。
――――関係ねえ、……けど……。
跡部は髪をかき上げて、どうしても消えていかない手塚の姿に、困ったように眉を寄せた。
「跡部、どうしたんだ? 何かあったのかよ」
「あ?」
宍戸の声が聞こえて振り返る。そこには、着替え途中や着替えを終えたレギュラーメンバーたちがいた。
「スマホ握ったままそんな顔してよ。誰かに何かトラブルか……?」
「しかもそれプライベート用のだよね。ご家族に何か?」
滝まで心配そうな顔でそう訊ねてくる。跡部はぱちぱちと目を瞬いて、それを否定した。
「いや、別にトラブルじゃねえぜ。心配させちまってすまねえな」
「そう? ならいいんだけど。今日はやけに張り切ってたし、さすがに疲れが出たのかな?」
跡部は苦笑する。確かにメンタル面では疲労しているかもしれないと。メンバーにも心配をかけてしまうし、やはり考えるのは止めておこうと心に決めた。
そうだ何かの間違いだ。
手塚に逢いたいなんて。あの男を好きなのかもしれないなんて。
「何か練習メニューで悩んでるんだったら、相談に乗りたいけど。榊監督の方がいいよね、きっと」
「悩みといえば、まあ、悩みではあるかもな」
今度こそ着替えようと、カバンの上に端末を放りながらそう言うと、ざわりとざわめく。そのざわつきが気になって彼らを振り向くと、まるで恐ろしいものにでも遭遇したような面々がいた。
「跡部が? 悩み?」
「おいお前、大丈夫か? 頭でも打ったんじゃねーだろうな」
「あっ、お、俺、お水汲んできましょうか」
「まあ落ち着きや自分ら。跡部かて人の子やいうことやろ」
「そう言う侑士こそ、顔引きつってるぞ」
うるさいわ、と向日に返す忍足の言葉には物申したいが、確かに彼らの前で悩んでいる姿などあまり見せたことがなかったかもしれない。驚き、慌てるのも無理はないのか。
「景吾くんが素直にそんなことを言うのは珍しいね。当然テニスのことなんだろうけど」
滝が肩を竦めなながらそう言うのを、跡部はどこか安堵しながら聞いていた。跡部景吾とテニスはイコールで結ばれている。
今まで悩みらしきものがあっても、すべてテニスで発散してきた。たまにピアノやダンスなんかで気分転換もしたが、テニスほど集中できるものはなかったのだ。
やはり自主トレをしていこうと、ハンガーから外しかけていたシャツを元に戻す。
「萩之介、ありがとよ」
自分にはテニスがある。それを思い出させてくれた礼を告げたその時。
カバンの上に置いた端末がバイブレーションで震える。ヴヴッ、ヴヴッとカバンに擦れて音を立てる端末を見下ろして、跡部は思わず「は?」と声を上げた。
ディスプレイに、手塚国光の表示。
傍にいた滝が、その名前に「え」と小さく驚愕するのと同時に、跡部は端末へと手を伸ばした。
「――なんだ、手塚ァ」
めいっぱい平静さを装って、着信に応答する。そこにいたメンバーたちのどよめきは、向こうにも聞こえてしまっただろうか。
――――何でもねえ、たかが電話だ。動揺すんじゃねえよ。
そうは思うものの、鼓動が大きく、速くなるのを自覚する。声が震えそうになって、ごまかすように髪をかき上げた。
『すまない、練習中だっただろうか』
「いや、一応は終わってるぜ」
『今から打てないかと思ったんだが』
「アーン? 今からって……テメェ、昨日の今日で言うか、普通」
信じられない思いだった。いつでもいいと言ったのは確かに跡部だが、昨日の今日で連絡してくるなんて。昨日もあれだけ打ち合ったのにだ。
「昨日のじゃ満足できなかったってか? そんなに俺様とのテニスが恋しいのかよ」
それは自分の方ではないのかと心の中で突っ込みながら、動揺を悟られまいといつものように悪役ヒールを演じた。
「そこまで言うなら仕方ねーな、付き合ってやるぜ。屋外コートでいいか?」
『どこでも構わない。テニスができるなら』
「分かった。場所はメールする。じゃあ、あとでな」
そう言って通話を切って、顔を覆う。本当にあの男が何を考えているか分からない。読み切らせてくれない。
跡部はため息を吐いて、互いの学校から行きやすい場所を頭の中でピックアップした。
「跡部、今の、手塚……?」
「もしかして、今からやり合うんですか……?」
困惑したメンバーたちの声に気がついて、瞬きとともに振り向く。
驚くのも無理はないだろうなと思いはした。
「復帰したらしいて聞いたん昨日やで。いつの間に仲良うテニスするような関係になったん」
「仲良くはねえ! 仕方ねえだろ、アイツが俺とテニスしたいって言うんだからよ」
忍足の物言いにカッと頬が熱くなったのを自覚する。
仲が良くなるような要素はひとつもない。
そう思っていたし、ただお互いテニスがしたいという思いだけは一致している状態なのだと、口には出さずに言い訳をする。
「なんや、向こうから言うてきたんか。ああ、それで今日はご機嫌やったわけやな、自分」
「あー、手塚とやりたがってるヤツら多いしな。あっちからテニスしたいなんて言われたら、そりゃ嬉しいだろうぜ」
跡部はぐっと言葉に詰まる。そんなに分かりやすかったのだろうか。
気をつけなければ、弱点と捉えられるかもしれない。手塚が絡むと、周りに悟らせるほど落ち着かないという事実。
頭の中があの男のことでいっぱいになっていたなんて――恋情を抱いているかもしれないなんて、絶対に知られたら駄目だ。
だからこそ、手塚のせいにする。テニスがしたいと言ったのは手塚の方だと。
それは事実でもあるが、つきあってやっているというベールに包んで前面に押し出すことで、ごまかしは利くはずだ。
「けどな跡部、何考えてんだよお前!?」
宍戸の、呆れとも怒りともつかない声に心が揺れる。見透かされているのかとわずかに視線が泳いだ。
「大会前だぜ? 対戦校の部長とテニスって、普通じゃねえだろ!」
「プレイスタイルの情報、抜かれるんじゃないですかね」
「あ? あ、ああ……それは俺も言ったがな」
そういう意味かとホッとして、コートの使用予約を入れる。そうしてマップ付きでコートの場所を手塚に連絡した。
「俺がアイツとテニスすんのは、自分の技を磨くためだ。もちろん全てを晒すつもりもねえぜ」
「さすが跡部さんですね! 上に行くためならあの手塚さんさえ利用するということでしょうか」
「いや、それって俺たちじゃ練習相手にならねえってことだろうがよ……」
「まあダブルスで跡部一人に挑んでも負けるようじゃ、そらしょうがないわな」
「うるせえよ忍足っ」
次は勝つ、と叫ぶ宍戸を、跡部は気に入っている。敗れても這い上がることができるメンタルの持ち主だ。それに触発されて他のメンバーも次を見据えている。
そういう意味では、関東大会での敗退も意味のあるものだっただろう。彼らがどう成長するか、氷帝の部長としては楽しみなことこの上ない。
「フン、そうだな、せいぜい俺様の練習相手になるくらいには技を磨いておけ」
跡部は悪役よろしくしたたかにそう言い放ち、ラケットバッグを肩に担いだ。
手塚とテニスをするのは利用するためだなんてごまかしで彼らをけむに巻く。逸る鼓動を聞かれてしまわないように、高らかに笑ってみせた。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-009-
全国大会出場が決まってからというもの、氷帝学園テニス部はいつも以上に活気づいていた。正レギュラーはもちろん、準レギュラーや予備軍すべてが、基礎体力づくりや技の磨きに励んでいる。
「宍戸! 鳳! コートに入れ!」
それはもちろん、帝王である跡部を筆頭にだ。
「跡部のヤツ、絶好調やなぁ」
「ダブルス対シングルスかよ。それでも跡部が勝つんだろ。意味分かんねーよな」
「跡部ならありだC~」
レギュラーであるダブルスペアを一人で相手している誇り高きキングを、筋トレを一通り終えたメンバーたちが見守る。自身の鍛錬と同時に、仲間の力をも底上げさせる彼は、誰よりも努力を重ねる男だ。
「でも、たまに手がブレたり足が止まったりしてますが。あれ、なんなんですかね」
「日吉、そんなとこまで見てんのかいな」
「下剋上のチャンスは逃せないんで」
「おー頑張れよ」
日吉の言うことは事実だった。普段誰よりも集中してハードな鍛錬も意に介さないといったふうな跡部景吾が、いったい何に気を取られているというのか。
「らしくない」と正・準レギュラーメンバーをして言わせるほどに、あんな様子は珍しいものだった。
――――くそっ……邪魔すんじゃねえ、手塚!
そんな跡部の頭の中をちらちらと行き来するのは、手塚国光だ。つい昨日、リハビリから復帰したばかりのあの男。二時間以上も跡部と打ち合って、今日も練習に精を出しているだろう男だ。
跡部は顎を伝う汗を拭う。
昨日だけでは飽き足らず、日をまたいでまでも居座ってくれている男が、憎たらしくてしょうがない。浮かんでしまった仮定の感情はいまだに頭の中にふよふよと浮かんでいる。練習中には考えたくないのに、ずっと漂っているのだ。
『お前でなければ駄目だった』
リフレインするなと何度も言い聞かせているのに、昨日のことが思い起こされる。まったく腹立たしい。
全国大会は、なにも手塚一人が相手というわけではない。それなのに、手塚のことしか考えられない自分が腹立たしくてしょうがなかった。
「宍戸さん、すみません俺、うまくフォローできなくて……」
「返せるか、あんな球! クソッ、激ダサだぜ」
氷帝のメンバーと相対しているのだと頭では分かっていても、体が違う相手を想定して動いてしまう。手塚のつもりで打ってしまい、返ってこないボールに落胆を覚える。
これでは駄目だと、額を押さえた。
――――考えるな。考えるな、跡部景吾。それは余計な感情だ。俺のテニスには必要ねえ!
手塚のことが好きだなんて、そんなことがあるわけない。仮にあったとしても、テニスに持ち込むべきではない。カッと目を見開き、いつも通り宍戸・鳳ペアの弱点を攻めるためにラケットを振り抜く。
――――そうだ、関係ねえぜ。俺はテメェのことなんざ、何とも思っちゃいねえ。
今は手塚のことを考えている場合ではない。あんな不可解な感情をいつまでも引きずっているなんて自分らしくないと、返ってきたボールを打つ。
大会のことを考えなければ。今まで以上に厳しい戦いになることは目に見えている。チームのメンバー以上に自分がもっと高みにいかなければならないのだ。キングたりうる者の宿命として。
氷帝に勝利を。考えるのは、それだけでいいはずだった。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-008-
「ここにはよく来るのか?」
「あ? ああ、まあな。運営の視察がてら」
そういうところは都内にいくつかある、と預けているラケットをくるりと回しながら答える。当然ウェアも跡部のものだ。レンタルもあるが、ウェアはともかくラケットは自前のものでないと手塚とは打ち合えない。
手塚もジャケットを脱いで、ストレッチをすませたようだ。
あの日以来の邂逅だ。どうしても気分が高揚してくる。
「セルフジャッジ、ワンセットマッチだ」
「ああ、構わない。跡部、手加減はなしだ」
ネットを挟んで対峙する。まるであの日の続きのようだ。サービスは跡部から。ドクンと心臓が鳴った。
手加減はなしだと言われたが、今の手塚の状態が分からない。
肩は本当に大丈夫なのか。そうでなくてもお互いが大事な試合を控えているのに、全力でいくわけにはいかないだろう。手の内を晒してしまうという意味でもだ。
跡部はトスを上げ、まずは様子見だと球を打った。
だがそのボールは、一瞬のうちに跡部の足元を撃ち抜いた。憎たらしいほど鮮やかなリターンエース。
「油断しているお前が悪い」
そんなことをのたまう男が本当に憎たらしい。
「確かに手加減なしでいいみてぇじゃねーの! 手塚ァ!」
手塚の打ったボールを、今度は全力で打ち返してやる。手塚はそれに追いつけず、跡部はニヤリと口の端を上げた。グリップを握り直して構える手塚も、ほんのわずか、口許が緩んでいる気がした。
「そうこなくてはな、跡部」
打つ。拾われる。叩き返す。迎え撃たれる。長いラリーになった。
パァンと響くインパクト音と、床とシューズがこすれる音。ボールは互いの間を何度も行き来し、ポイントが取れない。ラリーをしようと思ってしているわけではない。返されるから、打ち返してやる。
なんであれが決まらないんだ! と舌を打ちたいが、そんなことをしている間に足元を撃ち抜かれる。気を抜けない。それは手塚の方も同じらしく、跡部が手塚の打球を捉えた瞬間わずかに眉が寄る。返される予定ではなかったとでもいうようにだ。
「……っくそ」
だが手塚が打ち返してきたボールにわずかに追いつけず、点が取られる。流れた汗を拭い、ネット越しに睨みつけてみた。
「次は俺が取るぜ」
「俺は負けない」
「だからそういうところだっつってんだよ!」
少なくとも昨日までリハビリを受けていた男とは、とても思えない。手加減なんてできやしない。
打球が手塚の足元を撃ち抜く。どうだ、としたり顔でラケットの先端を向けて挑発すれば、気分が良い。
だが跡部は気がついていた。手塚からポイントを取った瞬間以上に、自分の打球を手塚が捉えて返してくる瞬間が楽しくて仕方がないことに。
本気で打ったそれを、返してくる男がいる。ネットを挟んでそこに在るということが、何よりも嬉しい。手塚が本気で打っただろうボールを、全力で返すことができる。それが、どうしようもなく楽しい。
このラリーがいつまでも続けばいい。終わりたくない。終わらせたくない。
あの日はどれだけタイブレークが続いても構わないと思ったが、その時の感情とは少し違うように思った。
――――俺の打球を手塚に返してもらいたい。手塚の打ったボールは絶対に返したい。何度でもだ。
ポイントを取らなければならないというのに、それでは勝負がつかない。打ち負かしたいという確かな本音の傍らで、このままずっと打ち合っていたいという思いがくすぶる。
気がつけば、打ち合い始めてから二時間が経過していた。
「手塚ァ! そろそろバテてんじゃねーのか!」
「お前こそ、スピードが落ちているぞ、跡部」
「抜かせ!」
煽るような指摘には逆に火がついて、全力でラケットを振り抜く。速度を上げた打球は手塚のラケットが捕まえる。
「……っ」
だが、受け止めきれずにボールごとラケットが宙を舞った。わずかなうめきが耳に届き、跡部は息を呑む。
「手塚!」
すぐさまネットを飛び越えて駆け寄り、手塚の腕を案じた。
「今の変な打ち方しただろ。痛みはあるか? すぐ医者に」
「いや、問題ない。少しタイミングを誤っただけだ」
「本当にか? 欠片でも嘘が混じってやがったら、許さねーぜ。俺はお前の下についてるヤツらじゃねえんだ。意地張ってねえで、俺にだけは本当のことを言え」
頂点に立つ男は、下の者に弱みを見せてはならない。それはそのまま士気に直結するからだ。責任感が強く頑固な手塚が、痛みを隠す可能性は充分に考えられた。
「……本当のことを言っている。お前相手に遠慮したところでどうにもならないだろう」
それはそうだが、とあの容赦ない打球を思い起こして言葉に詰まる。
あの日のように、左腕は震えていない。手塚の言っていることは本当なのだと分かる。分かるが、怖い。
打ち合っている間は打ち負かすこと以外何も考えないのに、こうしてラケットを下ろして向かい合うと、途端に怖くなる。
自分の打球が、今度こそこのプレイヤーを殺すかもしれない。またあの激痛を味わわせるかもしれない。
いや、たとえ相手が自分でなくとも、いつ壊れるか分からないという爆弾を抱えてしまったのだ。自分が、抱えさせてしまった。
「跡部、俺は平気だ」
その罪悪感を感じ取ったのか、手塚は静かに、だが力強くそう告げてくる。
跡部は眉を寄せ、じっと手塚の左肩を見つめた。
そうしてめいっぱい躊躇ってから口を開く。
「触れてもいいか?」
「ああ」
跡部の躊躇いに手塚は何でもないように頷いてくれる。跡部はゆっくりと左手を上げ、指先でそっと肩に触れる。痛みは本当にないようで、息を呑む音は聞こえない。手のひらで肩を包んでもだ。
跡部は心の底からホッとする。
近づいた距離をさらに縮めて、手塚の肩に置いた自分の手に額を乗せた。この重みもどうやら平気のようだ。
そっと手を抜き、腕のラインをなぞる。ウェア越しに伝わってくるのは人としての体温で、熱くも冷たくもない。
――――ちゃんと、動くんだな。
肩に額を乗せたまま、腕を下りていく自身の指先を眺める。それは手首にまで到達した。強く握られているラケットに、爪の先が当たる。
はあぁ……と長く息を吐いて、小さく、本当に小さく「よかった……」と呟いた。
「俺様としたことがつい熱くなっちまったぜ……。今日はもう切り上げるぞ、手塚。二時間以上も打ってりゃテメェも満足しただ、ろ……」
体を起こしてそう提案してみる。何ともないとはいえ、いきなり跡部クラスのプレイヤーと全力で打ち合い続けるのはよくない。
次の機会でもいいわけだしと振り向けば、思ったよりも近いところに手塚の顔があって驚く。
ややあって、手塚は少しずれた眼鏡を押し上げて低い声で返してきた、
「五―四でお前がリードしている状態だな」
「そこは目を瞑れよ。お前のためを思って言ってやってんだろうが」
どうも負けたままなのが納得できないらしく、跡部は呆れ果てる。公式戦ではないのだから、勝ち負けよりも肩のことを気にしてほしい。
「次は今の続きからすればいいだろ」
「次……そうだな。だが俺は負けない」
「言ってろ、勝つのは俺だ」
次があるということで手塚を納得させ、タオルで汗を拭う。だけどもう少しだけ自主トレをしていくつもりでグリップを確認していたら、すっかり帰り支度を調えた手塚が歩み寄ってきた。
「お前は帰らないのか」
「ああ、もう少しだけな。気をつけて帰れよ手塚」
「今日は付き合わせてしまって悪かったな。だが、いいプレイができたと思う」
「そりゃ何よりだ」
こちらの台詞だと言ってやりたかったが、ここは素直に受け取っておこう。跡部は肩を竦めて口の端を上げた。
「跡部」
だがまだ何か言い足りないようで、手塚はじっとこちらを見据えてくる。「なんだよ?」と怪訝そうに見返してやれば、躊躇うような様子を見せた。
「俺は言葉にすることが不得手だ。しかし、やはりちゃんと言っておかなくてはいけない」
神妙な面持ちに、ドキリと胸が鳴る。悪い方向に考えてしまうのは、もう仕方がない。
「お前には感謝している」
「…………アァン?」
なんだって? と訊き直したい。手塚は今なんと言ったのだろうか。
跡部は怪訝に歪めた顔をさらに不審げに傾げ、いったい何の冗談だと目を細めた。
「何を寝ぼけたこと言ってんだ、手塚ァ。俺はお前に恨まれる覚えはあっても、感謝される覚えはこれっぽっちもねえぞ」
「お前とのあの試合、俺に取っては無二のものだ。自分があれほどまでがむしゃらになれるとは思わなかった。お前が全力で向かってきてくれたからだろう、跡部」
目を瞠った。
同じ気持ちでいるだろうとは思っていたが、当人に明確に言葉にされるなんて考えてもみなかったことだ。
「俺はまだ、上を目指していける。ここで立ち止まっていたくない。そう思わせてくれた。相手がお前でなければ、俺はどこかで諦めていただろう。負けたくない、最高のプレイがしたい。それに応えてくれた」
胸の中にあった言葉が、そのまま音にされているような感覚を味わう。それはこちらが言いたかったことだ。
まだ上を目指せることを、まだ上を目指したがっていることを、ネットを挟んだ対戦者が気づかせてくれた。
「だから俺はお前に礼を言わなければならない。あの日の試合は、お前でなければ駄目だっただろう」
自分の呼吸さえ聞こえてこない。手塚の声しか耳に入ってこなくて、体と魂が別々になってしまったかのように感じた。
「お前と試合ができて良かった、跡部。お互いの都合が合えば、また打ち合おう」
そう言って出口へと向かっていく手塚の背中をただ茫然と見送る。
完全に姿が見えなくなった途端、急激に体の熱が上がって、現実に引き戻された。
――――待て。
カアッと火照ったのは体ばかりでなく、頬も熱く朱が広がった。
――――待て、ちょっと……待っ、ち、やがれ、なんでだ!
跡部は叫びかけた口許を左手で覆い、唐突にせり上がってきたひとつの感情に大いに混乱する。
『お前でなければ駄目だった』
手塚の声が頭の中で繰り返される。何度も、何度も。
そのたびに頭が沸騰しそうなほどの熱さが加わって、爆発寸前だ。心臓はうるさく騒ぎ立て、視線が定まらない。
そんなわけがない。そんなわけがないのだ。
あの男はライバルであって、それ以下ではないし決してそれ以上であってはならないのに。
――――違う、違う違う、絶対にだ!
特別な相手ではあるが、まさか、そんな。
好きだなんて、そんな。
跡部は混乱したままボールを高く放り投げ、
「――んなことあるわけねえだろうがぁ! てづ……っかァ!!」
そして、盛大に空振った。
うっかり名前を呼びかけただけで動揺するなんて。ラケットを持ったまましゃがみ込む。打てなかったボールがコロコロと床を転がっていく。顔の熱はまだ引かず、むしろより一層上がったような気さえした。
――――待てよ、違うだろ、あり得ねえ! あれはアイツがっ……珍しくよくしゃべるからだ。しかもガラにもねえことをべらべらと!
珍しいと思うほど交流もなかったが、寡黙であることは知っていた。言葉にするのは苦手だと本人も言っていたように、気さくに話すような男ではない。
それが、あんな言葉を吐いてくるから、脳が混乱しただけだ。そう思いたい。
――――アイツも俺と同じように思ってたことは嬉しいっていうか、いや違う、安心だ! 俺だけが特別に思ってるなんてフェアじゃねえからな! テニスに懸ける本気の思いが同じで……もっと上を目指せるっていう貪欲さが同じで……それがただ嬉しいってだけだろうが! なんでっ……。
なんで、こんなに心臓が騒がしいのだろう。
ドキンドキンドキン。
熱は引いていかない。
ドキンドキンドキン。
おかしな思考を散らそうと、目を瞑ってぶんぶんと首を振ってみる。
目蓋の裏に、あの男の顔が浮かんできて、逆効果だった。
「あぁくそッ……あり得ねえ……!」
この胸のむずがゆさを、認めたくない。
跡部は少し汗で湿った髪をがしがしとかき混ぜて、唸りながら頭の中を整理する。ゆっくりと息を吐いて、立ち上がり、息を吸い込んだ。
「俺様を混乱させるとはやるじゃねーの」
大会前に結構な策を弄してくれるな、と目を見開き、もう一度高くボールを放った。
手塚にそんな真似ができるとは思っていない。言葉以上の意図がなかったとしても、事実跡部は盛大に困惑して、混乱している。
だが。
「勝者は……俺だ!」
今度こそ落ちてきた球を打つ。全身全霊を込めたその打球は、幻の手塚をすり抜けてライン上を撃ち抜いた。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
永遠のブルー-007-
「俺も、楽しみにしてるぜ、手塚」
そう返すと、手塚はこくりと頷く。そうして、携帯端末を見下ろしたまま動かなくなった。何かを言いあぐねている様子が気にかかり、「手塚?」と呼んでみる。
「さっき……力になれることがあるならと言ったな。何でもいいのか?」
「あ? ああ、こっちでのリハビリ施設でも見繕ってやるか? それともジムの方がいいか。体力もちょっと落ちてんだろ。英気を養いたいってんなら、俺が最高のプランを考えてやろうじゃねーの」
手塚が望むならば、何だって叶えてみせる。関係がない、責任などないと蚊帳の外に置かれるよりよほどマシだ。
遠慮深い……というより本心で厚意を跳ね返してくる手塚が、何を望んでくれるのだろう。どうしてだかそわそわと落ち着かない気分になるのを必死で抑えて、いつものように笑ってみせた。
「いや、そういうことではなく……」
「なんだよ、俺様に叶えられないことがあると思ってやがんのか?」
「本来なら、頼むようなことではないと思う。望まないかもしれない相手に言って叶えたところで、それが本当に叶ったと言えるのかどうか」
「俺に哲学でも説きたいってんじゃなきゃ、さっさと言え手塚」
まどろっこしいとやんわり責めてみれば、意を決したように手塚が顔を上げる。まっすぐ見つめてくる瞳は、あの日のような熱さをたたえていて、ほんの少し胸が跳ねた。
「俺はまたお前とテニスがしたい」
目を瞠る。
お前と、テニスが、したい。
手塚の声が頭の中で響いて全身に染み渡り、留まっているように思えた。
「……俺と?」
「ああ、お前とだ。公式戦でなくても構わない。時間の都合がつけば、今からでもいいんだが」
手塚との再戦を望んでいる跡部にとってそれは願ってもないことだが、何を考えているのだろう。
「頭沸いてんのか?」
「いや、沸いてはいない」
至極真面目に返されて、出端をくじかれたような気分を味わうが、ここで勢いを削がれていてはいけない。跡部は一歩踏み込んで、息を吸い込んだ。
「どこの世界に! 怪我のきっかけになった相手とうきうきゲームしたがるヤツがいるんだよ!」
「ならば世界初かもしれんな」
うきうきというよりうずうずだが、と続ける手塚に毒気を抜かれ、跡部は項垂れて額を押さえた。
表情に出ないからか、本当に何を考えているか分からない。いや、この男はテニスのことしか考えていないのではないだろうか。
強い相手とゲームがしたい。それは自身のモチベーションや技術の向上につながり、損はないはず。
だがよりにもよってこの俺を選ぶのか? と眼力インサイトで探ってみるも、やはり読み切れない。
「……俺とお前は準々決勝で当たるだろうが。敵同士だぜ。まさかテメェ、俺とゲームしながらデータでも盗むつもりじゃねえだろうな」
「……なるほど。確かにそういうことも可能だろうが、それは俺自身もお前にデータを取られるリスクがあるということだ。お互い様ではないのか」
「誰がテメェにデータなんか取らせるかよ」
「なら問題はないだろう。……お前が俺とは打ちたくないという思いがあるなら、仕方ないが」
「いやそんなわけねえだろ。どこからそんな発想が出てくるんだよ、アーン? 俺はお前のプレイ好きだぜ。予想外に強引で傲慢なアレを打ち負かすのを想像すると楽しいな」
手塚が言いあぐねていた理由が分かった。肩の怪我を引き起こしたということを気にして、相対するのを忌避したがっているのではないかと思ったらしい。
確かにそんな相手を無理やり引っ張り出しても、望みが叶ったとは言い難いだろう。
しかしながら、まったく馬鹿げた思考だ。手塚国光とプレイしたがっている男がどれだけいると思っているのだろうか。
「傲慢……そんなことは初めて言われた」
「そうかよ? だが頂点に立つ者には必要な要素だろう。自分は周りを引っ張っていくべき立場、自分にしかできないっていう自信は、プレイにも現れる。褒めてるつもりはねえが、貶したわけでもねえんだぜ」
彼のプレイは、いっそ小気味よいほどの強引さを見せる。
部長なのだからという立場以前に、己の持つ力ならば当然だとでも言いたげな傲慢さも、跡部にとっては気持ちの良いものだった。
跡部自身にも、覚えがあるものだからだ。
跡部の場合分かりやすくパフォーマンスに換えているというだけで、立場も気概も、手塚と同じ。
それを、あの試合の中で初めて知った。思い出すだけで体が熱くなってくる。
「……跡部、やはり今からテニスがしたい」
やはり強引で、傲慢で、貪欲だ。表情こそ変わらないものの、負けず嫌いなのだろうことが分かる。同じくあの試合を思い出して、熱くなったのだろう。
「俺様は制服なんだが」
手塚は青学のジャージを身に纏っているし、ラケットバッグも担いでいる。まるで最初からテニスをしにきたかのようだ。だが跡部は制服のまま。靴だって革靴で、テニスをするには向いていない。手塚と打ち合えるのは僥倖ぎょうこうだが、これではいつもの力を出せやしない。
「何でもいいと言ったな?」
次の機会にと暗に言ったつもりだが、手塚には通用しなかった。
跡部としても、この機会を逃したくはない。いくら連絡先を交換したからといっても、まさか毎日連絡を取り合うような仲にはならないだろう。敵同士なのだし、今日を逃したらいつ次の機会とやらが巡ってくるか分かったもんじゃない。
跡部はしばし考え込み、自身の家で管理しているテニスコートを貸し切るかと電話をかけた。
幸いにもすぐに使えるところがあり、ここからもそう遠くはない。施設の責任者に礼を告げ通話を終えると、手塚がわずかに驚いたような顔をしていた。
「なんだよ?」
「まさか、貸し切りとは思わなかった。お前が跡部だということを忘れていたな」
呆れてもいるようで、跡部は少し眉を寄せる。自身に対して「跡部家の御曹司だということを忘れていた」なんて面と向かって言い放つ男は珍しい。それは誇りでもあるのにだ。
「ハ、テメェが万が一肩の怪我で無様なプレイしてもギャラリーに見られないようにっていう俺様の配慮だぜ」
「余計な世話だが」
「冗談だ」
ピリ、と空気が凍てつきそうなほど、鋭い視線が向かってくる。
冗談だと返してはみたものの、二割くらいは本心だった。
九州から戻ってきたばかりならば――しかも恐らく直接来たのだろう状態では、まともなプレイができないかもしれない。
もし、万が一のことがあった時、自分ならば見られたくない。どこからチームの仲間に伝わって、大会に出られなくなるか分からないのだから。
その時に傍にいるのが自分だけならば、どうにでもできる。手塚の望むようにしてやれる。
そんな若干贖罪めいた思いが後ろめたくて、視線を逸らす。変なところで聡い手塚は気づいただろう。短いため息が聞こえた。
「俺の肩のことは気にするなと言ったが、お前に貸しができたのだとでも思えば、なかなか愉快だな、跡部」
「アァン!?」
「冗談だ」
仕返しのつもりか、手塚は間を置かずにそう返してくる。口許にほんのわずかの笑みをたたえてまでだ。
二の句が継げずに絶句して、跡部は手塚を睨みつけた。
「テメェ、いい性格してるじゃねーの」
「褒め言葉か?」
「褒めてねーが!? まさかこういうヤツだったとはな……読み切れなかったぜ……」
まったくおかしな男だと顔を覆い、瞳に力を集中させる。御曹司だということを忘れるどころか、仕返しとはいえ跡部景吾をからかおうなんて輩がいるとは思わなかった。
「まあいい。おら、行くぞ手塚ぁ」
「ああ、楽しみだ」
釈然としないままではあるが、跡部は手塚と連れ立って近くの屋内コートへと足を向けた。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー
/ /

トークアプリの画面を眺めながら、眉間にしわを寄せる。『今日は都合が悪くなった』とメッセージを打って、送る前に消して、打ち直して、再び削除する。それを何度繰り返しただろうか。
別に予定が入ったわけでもないのに、嘘を吐くことになってしまう。今は顔を見たくないからという理由でだ。
他にも『明日から大会が始まるのに、敵校の部長と逢ってなんかいられるか』『お互い気まずい』『部員もいい顔をしないだろう』という理由は付けられただろうが、いちばんの理由は、朝見た夢のせいで跡部だけが気まずいということだ。
いくら押し込めてカギをかけていようとも、記憶は消えていってくれない。夢の中で手塚に抱かれたという非現実的な記憶は。
こんな状態で顔など見たりしたら、どうなるか分からないのだ。
手塚には何の非もないのに、八つ当たりしてしまうかもしれない。そんな荒れたテニスを手塚としたくない。
彼とのテニスは純粋かつ強欲であるべきで、個人の事情や感情に流されたくはなかった。
だけど、逢いたくないと思う傍らで、逢いたいと思う自分がいる。
複数の部員たち相手にボールを打つだけではやはり物足りないし、約束は約束だ。反故にはしたくない。ポリシーにも反するという矜持が、アプリの画面を閉じさせた。
「跡部、今日もため息が多いで」
忍足にそう指摘され、振り向く。自覚はなかったけれど、どうやらここ数日ため息が多いらしい。
「頻繁にスマホ見てるのも珍しいな。誰かとデートの約束?」
ずいぶんと余裕だねと、滝も着替えながらそう訊ねてくる。どこか確信めいた様子でだ。年頃の男子がスマホの、しかもトークアプリを眺めているとなれば、そう連想するのもおかしなことではないのかもしれないが、正直その類いの連想は今はありがたくない。
「なんでそうなる」
「今日は何となく大人びた顔っていうか、何て言うんだろう、ねえ忍足」
「俺に振らんといてや、滝。まあ分かるけどなぁ……なんやフェロモンみたいなんまき散らしとるで、跡部」
「……いつもと変わらねえ気がするが?」
「全然ちゃうわ、自覚せえよ」
「他の部活に来てる女の子たちが、一様に顔を真っ赤に染めてコート脇を駆け抜けていくんだよね。今までそんなことなかったじゃない」
肩を竦める二人に、今日そんな光景があったのかと首を傾げる。それも以前からあった光景のような気がするが、確かに珍しい。
跡部が、応援してくれているらしい女生徒に視線のひとつも投げかけてやれなかったことは。
それだけ集中できていたのだろうと思うが、悪いことをしたなとも思ってしまう。
「テメェらがどう思おうが知ったこっちゃねえが、俺様は今テニスのことしか頭にねえんだよ。今日もな、……あ」
ピロンと音がして、端末がメッセージの受信を報せてくれる。通知からアプリを開き直すと、『今から向かう』と至極簡潔な言葉が表示された。相手は、手塚だ。青学も今日の練習が終わったらしい。
「見てみろ、相手は手塚だ。アイツ相手に、そんな色っぽい話になるわけねーだろ」
ぽんと端末を忍足に投げてやる。何もやましいことはないと示すためにだ。しかしそれは色恋方面にやましいことはないという意味にしかならず、滝と忍足の怒気をはらんだ声が重なった。
「は? 手塚?」
「待って、なんでそうなるの」
「何考えてんのや跡部、明日から全国大会やで」
「よりにもよって、対戦するだろう相手校の部長と今日もテニス? え、昨日もじゃなかった? もしかして君たち、手塚が戻ってきてからずっとやってるの?」
やはりいい顔はされないなと、跡部は片眉を上げる。自分自身、部員の誰かが対戦校の連中と今の時期につるんでいたら注意くらいはしたかもしれない。血縁関係は置いておいてだ。
だが今、部長自らその暗黙のルールを破っていることになる。忍足たちの疑問も懸念も、充分に理解できた。
「青学の連中は知って……るわけないだろうね。知ってたら止めるよ。あえて言うけど、君たち部長の自覚はあるのかな?」
「アイツの怪我のこと負い目に思ってんのやろうけど、せやったら余計に肩酷使させん方がええんやないか?」
忍足の言葉に、跡部はわずかに目を瞠る。負い目に感じているのは事実だ。ぎゅうと心臓が締めつけられたような気がした。
「テメェらが言いたいことは分かるぜ。だが……悪いな、約束なんだ」
忍足に放った端末をすいと取り上げて、無理に口の端を上げる。そうしてラケットバッグを担ぐ。あまり手塚を待たせたくない。
そう感じる気持ちが、どこから来るのか――認識したくはなかった。
「ちょっ……待ちや跡部っ……」
「え……ねえ、ど、どうしたらいいんだろう忍足……」
「知らんわ、どうにもできんやろ、こんなん……!」
困惑したような彼らの声を、閉めたドアの向こうで聞いて、跡部は足を踏み出した。
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #永遠のブルー