- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.459, No.458, No.457, No.456, No.455, No.454, No.453[7件]
ふたりの約束-029-
そうして千景は職場にも劇団の稽古にも復帰し、たくさんのおめでとうを受け取ったようだった。
至は万里に「良かったな」と励まされ、紬に「本当に良かった」と泣かれ、左京に「これからも大変だぞ」と脅された。
千景は千景で、密からの無言の圧力を受けていたし、気づいている東にも、意味深な笑みを向けられていた。
至は結局、千景から組織のことを詳しく聞いていない。〝いつかでいい〟と言ったのは本音だし、記憶のなかった千景があんなにショックを受けるほどのことを、簡単に話せるはずもないだろう。
ただ、千景は以前よりも一〇三号室で過ごす時間が増えた。愛機を至の前で広げ、あまつさえ隣に腰をかけメールを確認したりする。以前は絶対にしなかったことだ。
「茅ヶ崎、あのな、……」
そしてときおり、何かを言いかけてやめる。何も察していない振りをして、至は何ですかと訊ね、千景になんでもないと返される日々が続いている。
生い立ちや組織のことを話そうとしてくれているのだろうとは思うが、無理をしてほしくない。どうやっても、彼にだって楽しい話ではないだろうし、至は少しも急いでいない。
嘘を吐くのが得意な男だったはずなのに、最近それがほころび始めているようだった。それはけして悪い意味ではなく、自分の傍で素のままの顔を見せてくれ始めているのが嬉しかった。
「あー……、その」
そして、今日も千景は言いよどむ。
「せーんぱい。無理しなくていいんですよ。俺はいつでも傍にいるわけですし。あ、それとも浮気ですか? 他に誰か可愛いコでも見つけたわけじゃないでしょうね」
千景の負担と不安を少しでも減らしてやれたらいいと、至はついに言及した。あり得ないだろう可能性を付け加えて。
「そんなわけないだろ、怒るぞ」
即座に否定してくれた千景にふっと笑って、唇にそっとキスをした。
「大丈夫、知ってますよ。俺が素直じゃなくても可愛くなくても、あなたは俺がいいんでしょ。俺が、素直じゃなくても可愛くなくても、千景さんしか考えられないのと同じですよ」
「……お前ね。はあ、否定はできないけど」
ため息を吐き肯定する千景に、至は心の中で前言撤回。傍にいればいるほど、千景の素直さと可愛さがどんどん見えてくる。
たとえその手が罪にまみれていようと、千景しか考えられないのは本当だ。
「あの……茅ヶ崎、明日空いてる? 仕事終わった後……できれば時間空けてほしい」
「へ? ……あ、いて、ますけど」
「そう、良かった。終わったらそっち行くから」
ホッとした表情を見せる千景に、至は首を傾げる。改まって、いったいなんだろうと。
しかし、千景がわざわざ時間を空けてほしいと言うならば、大事な用件なのだろう。ここ数日思い悩んでいた、組織のことに違いない。
となれば至も心の準備をしなければいけなくて、こうして事前に了解を取ってくれたことに感謝した。当日いきなりでは、心の準備も何もない。
だがたとえどんな話をされようと、別れ話以外ならきっちり受け止めてみせようと、千景の肩にこめかみを預けて想いを示した。
ドキンドキンと胸が鳴る。一日かけて心の準備はしたつもりだったけど、いざ定時が近づいてくると、鼓動はいつも以上に騒がしい。
それでも仕事はきっちり片付けて、イケメンエリートの顔は崩さなかった。
「茅ヶ崎、お待たせ」
「えっ、あっ、はい」
宣言通り千景が迎えにきてくれて、そろってフロアを後にする。予想に反して、千景の顔に悲壮感は漂っていなかった。
至は、自分の考えすぎだったんだろうかとエレベーターの中で千景の横顔を見やる。
緊張はしているようだったが、そんなに深刻なものではないように見えた。
「先輩? 駅向こうですけど」
「いや、帰るわけじゃないから」
「それは分かりますけど、向こうの家に行くのだって、電車使うでしょ」
「向こうの家? ……ああ、違うよ茅ヶ崎。期待させたかもしれないけど、その手の話をしたいわけじゃない」
今日は珍しく電車通勤だった。何か話があるのは分かっていたから、二人きりになれる車を使わないことにも疑問はあったが、やはり、どうも組織絡みの話題ではないようだ。
人に聞かれていい内容ではないから、話すのならばアジトへ向かうものだと思っていたのに。
「あ、違うんですか? なんだ……めちゃくちゃ緊張して損した。それならそうと言ってください」
肩からすっと力が抜けていく。昨日から頑張った心の準備は無駄になってしまったが、ならば千景はなぜ、改めて時間を空けてほしいなどと言ったのか。
「うん……まあ、絡みが全くないわけでもないのかな」
「え?」
「立ち話もあれだから、移動しようか。明日休みだし、二人で飲もう」
「当然奢りですよね?」
「ちゃっかりしてるな。まあ、俺持ちで」
深刻な内容でないのなら、至は緊張をする必要もないと口の端を上げる。会社絡みの飲み会は苦手だけれど、恋人と二人きりなら大歓迎だ。
そこまで思って、急激に顔が赤くなった。
(恋人、なんだよなぁ~~、マジで)
いったんは離れてしまったものの、この手はまた?がった。引き留めることができた。もういいやと諦められるものではなかったから、戻ってきてくれてよかったと心から思う。
堂々と恋人宣言できる間柄ではないけれど、心はちゃんと繋がっている。
「どうしたんだ、じっと手なんか見つめて」
「え、あ、いや……先輩のことつなぎ止められて良かったなあって。何を諦めるにも努力が必要なら、その分を体力作りに回そうかなと、……まあ、まだ思ってるだけなんですけどね」
千景の傍にいるには、体力があって困ることはない。それを抜いても稽古や公演で体力は必要となる。なかなか実行に移せないでいるのだが、少しずつでも体力作りをしてみようと思っていた。
「そういうことなら、喜んで協力するけどね」
「いやなんかキツそうなんでお断りします」
「失礼な。丞まではいかないレベルだよ」
「確実に死ぬでしょ俺っ」
そんなことを言い合っている内に、千景がすっと立ち止まる。そこは、どこにでもありそうな一軒のバーの前。
「えっ……」
至は目を瞠った。
「入ろう、茅ヶ崎」
促され、至はぼんやりとしながらも足を踏み入れた。
そこは、始めて千景と肌を合わせるきっかけとなった店だった。千景の行きつけとは言っていたが、あれ以来来ることのなかった場所。
あの時と同じ、カウンターの席。都合良く空いているなんて、予約でもしていたのだろうかと思うと面映ゆい。
ここは、始まりの場所と言っても過言ではない。
そんなところに連れてきて、千景はいったいなんの話をしたいのか。
「あの、千景さん……」
「懐かしいな。あの頃は、お前と二人で飲むのはやめにしておこうなんて思ったけど」
千景はそう言って笑う。確かに店を出た後にそう言われたことを思いだした。二人で飲むどころか、うっかり恋人にまでなってしまって、人生というものはどこでどう転ぶか分からない。
「さて、何を飲もうか〝修司〟」
「あの時は、本当に一夜限りで終われないことになるなんて、思いもしませんでしたよ、〝貴史〟」
あの時演じた役の名前で呼び合って、二人で笑う。
至はディアブロを、千景はイスラ・デ・ピノスをそれぞれ頼み、喉を潤した。
「思い出巡りがしたかったんですか? 先輩にそんな趣味があるとは思いませんでした」
「そういうつもりはなかったけど、結果的にそうなるのかな。この後、行くだろ?」
どこへとは口にされない。至は千景の言いたいことを察して、頬を染めながらもはいと頷いた。
ここで喉と腹と心を満たした後は、初めて体を重ねた場所に行くのだろう。
千景は、一緒に過ごしてきた場所をたどることで、改めて自分の中の感情を認識しようとしているのだろうか。二人にとって悪い方向へ進むのでなければ、千景の気が済むまで付き合おうと心に決めた。
「思い出巡りなら、ザフラにも行くんですかね。さすがに王宮は無理かもですけど」
「そういえば、城っぽいところに泊まりたいんだっけ? じゃあそれは新婚旅行かな」
「まさかの展開ワロ、…………え?」
コトリと、手元に何かが置かれる。
それは手のひらに収まるくらいの小さなケース。
見慣れたものではないが、テレビ画面の向こうで見たことはある。その程度の認識しかないものが、なぜ手元に置かれるのか。
「え、なにこれ……千景さん」
「リングケース」
「見れば分かります。いや、あの、そうじゃなくて、なんで……」
至の手元に千景が置いたものは、贈ったことも贈られたこともないシロモノ。交際をしている男女ならば、タイミングを見計らって婚姻の申し込みをするのに、いちばん分かりやすいものだ。
だが至と千景は、交際はしていても世間一般とはかけ離れている。最近は同性のパートナーを認めるところも増えてきてはいるけれど、それを抜いても重要で重大な問題があるというのに。
「俺の覚悟、かな……生涯ただひとりのパートナーとして、一緒にお互いを守っていきたい」
守り抜く自信がないと言って別れを切り出した千景が、今は一緒に守っていきたいと言ってくれる。正式な婚姻を結べるわけではないが、そこは気持ちの問題だ。
守り切れないと言った千景。触れてほしくないと言った千景。
それを覆して、本来苦手だろう〝形〟にしてくれた。
「あ、の……開けてもいいですか」
「いいけど、中身は入ってないよ」
「は!?」
千景の申し出を断る理由などないと、受け取って確認しようとしたところへ、まさかの発言。至は慌ててケースを開け、受け取るべき中身がないことを確認した。
「ちょ、待ってなんのイジメ。ガワだけとか、なんなんですか、からかってるんなら、タチが悪すぎ――」
「もし、お前の気持ちが今も変わらないのなら、明日一緒に選びに行こう、茅ヶ崎。指輪一つじゃ安いけど、これから先の俺の人生に――巻き込まれてほしい」
ケースを握った手の上に千景の手を重ねられ、至は目を瞠った。
お互いを一緒に守っていく約束の印は、二人で選びたいという千景。恐らくこの数日、ずっと悩んでいたのはこれだったのだろう。
至はあふれそうになった涙をぐっとこらえて、ケースをぎゅっと握りしめた。
「もう、とっくに巻き込まれてるでしょ」
上手く笑えはしなかったけれど、ホッとした表情を見せてくれた千景には、ちゃんと伝わったはずだ。
千景の手が腰に回る。至は素直に体を預け、アルコールで濡れた唇を重ね合わせた。
「ねえ、もう一杯頼んでもいいですか? 飲みたいものがあるんです」
「もちろん。アキダクトかな」
「んなわけないでしょ、一夜限りじゃ終われない」
ワンナイトラブを誘う意味を持つカクテルを挙げられて、至はむっと眉間にしわを寄せる。あの日流し込まれたカクテルは、恋心となって今も体中に染み渡っていた。
「たぶんこれが最後の恋なので」
「これ以降、別れの言葉は口にしない」
「させませんよ、千景さん」
「心強いよ、茅ヶ崎。すみません、オーダー」
肩を竦めた千景がバーテンダーに声をかける。気を利かせて離れていたその男に、千景と至は声を揃えてこう言った。
「カクテル・XYZを――」
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ふたりの約束-027-
それからどれだけ時間が経っただろうか。寝室だからといって眠る気にはなれず、かといっていつものようにゲームをする気にもなれない。
今、密はどんなことを話しているだろう。千景はそれをどんな気持ちで聞いているだろう。そう思って悶々とただ無為に時間を過ごすだけだった。
遠い国で密と出逢って、どんな任務をこなし、日本に入国し、大事な人を亡くし、絶望し、そして劇団へ入団してきた。
密との間に、もう一人いた大切なひととの間に、何があったのか。
できれば、千景が傷つかないようなできごとであってほしいとは思うけれど、その願いは叶わないのだろう。
「先輩……」
至には祈るしかできない。千景がどんな過去を持っていようと、自分の中の気持ちは変わらない。それを伝えていくしかなかった。
その時、コン、とドアが鳴った気がして、ベッドから腰を上げる。
「至……話、終わった……」
ドアを開ければ、底には険しい顔をした密がいた。至の胸がドクンと嫌な音を立てる。
「先輩の様子、どう……?」
「……反応しない」
密が、リビングの方を振り向く。至は、はじかれたように寝室を飛び出した。ソファの上で体ごと項垂れる千景の姿が見え、駆け寄った。
「先輩!」
それほどに衝撃的な事実だったのだろうか。
任務の内容なのか、密たちと過ごしてきた日々の暮らしなのか、劇団に入った経緯なのか。
そのどれもでありそうで、至は千景の前に膝をついて、頭を抱えるように体を折る千景を覗き込んだ。
「先輩」
「……さわらないでくれ……」
「え?」
「触らないでくれ、至」
小さな声が、絞り出される。それは震えているようにも思えて、至は息を飲んだ。千景のこんな声は聞いたことがない。
周りのすべてを拒絶するような音は、至をも不安にさせた。
「先輩、しっかりして。密、これいったい何を聞いてこうなっちゃったの」
「たぶん、任務の内容……間違いなく犯罪だから」
至は言葉をなくす。犯罪というのは、どの程度なのだろう。至にとって現実感のないものでも、実際それを行ってきた千景にはそうは思えないはずだ。
「オレが言ったことは全部本当……これからどうするか、至のことをどうするかは、お前が決めるといい、エイプリル」
「密、そんなっ……」
「至、千景の傍にいるなら覚悟がいるかもって、言ったと思う……千景に至は無理だって、アイツに言ったこともある。でも、千景に幸せになってほしいのも、本当……」
密が、至の手首をぐっと握りしめてくる。確かに、密にそう言われたことを覚えている。あの時は、実感もあまりせずに、千景を好きかと訊かれて、好きだと答えていたような気がする。それを受けて、密は千景の居場所を、この家のことを教えてくれた。
密の心の葛藤は、あの時からあったのだろう。
「たとえどっちを選んでも、オレは力になる……」
「密……」
「千景のこと、お願い」
言って、密は出ていってしまう。ここから先は、千景自身と、至の覚悟の問題だ。
至は再び千景を見上げて、目元を覆った手にそっと触れてみる。
「……触るな」
「先輩」
「触るなって言ってるんだよ!」
パシリと振り払われて、思わず息を飲んだ。
「知ってた、のか、至」
おぞましい物でも見るような顔つきで、千景は至を突き放す。至は、体が凍り付いたかのように動けなくなった。
「俺が今まで何をやって生き延びてきたのか……任務で度々罪を犯してきたの、知ってたんだろ!? 窃盗だの密売だの、そんな……!」
「せ、先輩落ち着いて」
ある程度予想はしていたものの、千景の口から発せられるそれは、密の言った通り間違いなく犯罪だ。日々を普通に暮らしていれば、無縁なはずの。
「この手で人だって殺してきたんだ! どうしてお前はそんなヤツの傍にいられる!!」
ガンと鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。掴もうとしていた千景のシャツの手前で、思わず指が止まってしまったのを自覚する。
だけどそれは、ほんの一瞬だった。
「知りませんよそんなこと! それでも好きだったんだからしょうがないでしょ!」
止まってしまった指で、千景の両腕を握りしめる。つなぎ止めていられるように、強く、強く。
「人殺しとか、そういうの擁護できるわけもないし、サイアクかよって思ってますよ! 俺だってできれば普通に逢いたかったですよ! けど気持ちが全然小さくならないの、どうしたらいいんですかっ……」
犯罪を容認するわけではない。組織が、どういう理由で千景に任せたのかも知らない。だが少なくとも、千景は好き好んでやっていたわけではないはずだ。
「なんで俺なんか好きになったの、至……何で俺はお前に触れたんだ、こんな汚れた手で、傍にいたいなんて、よく言えたものだな!」
「ちょっと先輩聞いて、俺はそれでもいいんですよ! 別に汚れてるとか思ってなかった、こうして手だって?げます!」
「無理に?ごうとするなよ、こんなの、良いわけないだろうが!」
?いだ手を振り払われそうになる。それは勢いもついてものすごい力だったけれど、このときばかりは至も全力でつなぎ止めた。ここで放してしまったら、もう二度と触れられないような気がした。
「無理にとかふざけてんですか!? そんなんで、先輩みたいな面倒くさいペテン師に、ずっと片想いなんかできるわけないでしょうが!」
「お前と別れた俺の判断は正しかったな、殺しまでやらせるようなとこ、命がいくつあっても足りないじゃないか」
「俺はまだ納得してません、俺を守るためだったって言うなら、絶対別れてなんかやりませんからね」
「馬鹿を言うのもいい加減にしろ! 以前の俺が本当にそう思っていたかも分からないんだぞ!」
「だったら思い出してくださいよ、俺のこと愛してるって言ってくれたじゃないですか!!」
別れを切り出されたあの日、千景に向かって叫んだ言葉を、再び千景に向かって投げつける。
あの日は最後まで言わせてもらえなかった音が、ようやく形になった。
「愛してるって……言ってくれたじゃないですか」
勢いに気圧されたのか、言葉を飲んだ千景の?を、空いた指先で撫でる。
ザフラでのあの夜、千景は言ってくれた。一度しか言えないと言いつつも、他の誰にも聞こえないように、吐息と一緒に囁いてくれた〝愛してる〟。
まだ一月も経っていないのに、忘れてほしくなかった。
至は腕を千景の首に回して引き寄せ、片手は?いだままで千景に口づける。
何度も交わしてきた口づけなのに、まるで初めてのような錯覚に陥った。
「俺は、何度言っていいんでしたよね。愛してるって、何度でも……」
触れるだけで離れて、千景の肩に額を預ける。それなりにショッキングだった千景の任務。それでも、それを上回る恋情を、全部注そそぎ込んでやりたい。言葉だけではきっと伝わらないし、今の千景には届かないだろうことが分かっていても、至は?いだ手に力を込めた。
「……危険だと分かってて、なんで飛び込んでくるんだろうな。それなんて縛りプレイなの、茅ヶ崎……」
「知りませ、…………え?」
難題を設けてゲームをプレイするのが好きなのは事実だが、そんなつもりではない。そう言おうとして、違和感に顔を上げた。
そこには、悔しそうに、嬉しそうに顔を歪めた千景がいる。?いだ手の力を強められて、至は目を見開いた。
「ちかげ、さん……?」
今、彼は確かに〝茅ヶ崎〟と呼んだ。以前のように。
ついさっきまで、至と呼んでいたのに、どうして。
廃人レベルでゲーマーなのは、今の千景には見せていなかったはずだ。それなのに、プレイスタイルまで知っている。なぜ。
そして、諦めにも似た歓喜の表情の意味。
それらから、導き出される結論は――。
「戻っ……て、ます? 記憶……」
「――お前が思い出してって言ったから。キスで目覚めさせてくれるとは、さすが弊社の王子様、ってことろかな」
苦笑する彼の顔は、以前と同じものだった。
「…………っとに、ノーロマンが……っ」
もう少し気の利いた返し方はなかったのかと、強く千景を抱きしめる。?いだ手は離れてしまったけれど、その代わりに互いの背を抱くための力に変わった。
触れる唇は、慣れた感触。入り込んできた舌の力強さも、以前と同じもの。いや、より一層強く絡んでくる。
「う……、っん、ん……は」
唇の間に隙間がなくなる。食らうように舌を吸い、吸われ、薄い胸板と厚みのある千景の胸板を合わせ、抱いた背にいくつも服のしわを作った。
「はあっ……あ、んん……」
髪を梳く千景の指先が心地いい。腰を抱く千景の腕が嬉しくてしょうがない。
苦しくて息ができない。放してほしいけれど、離れたくない。背中に回ったこの腕をどうしようかと、頭の片隅で思う。舌に歯を立てられて、ビクリと肩を震わせたら、濡れた唇が離れていってしまった。
「あ……」
「そんなに物欲しそうな顔するな、茅ヶ崎。抱くぞ」
「なんで抱かないのか分かりませんけど」
今の流れは完全にそういう雰囲気だったのでは、と眉間にしわを寄せて抗議する。これだからロマンの分からない男は、と悪態をつけば、今度は千景が至の肩に額を預けてきた。
「以前、お前が殺される夢を見た」
「……笑えないんですけど」
「俺の傍にいるってのは、そういうことだ。……守る自信がない、情けないけど」
千景の口から、別れを切り出した理由が発せられる。おおよそ至の思っていた通りでホッとしたけれど、ゾッとする。
そういう危険性はあっただろうが、正直、考えないようにしていたのが本音だ。
「でも……それは先輩が一人きりで俺を守ろうとしていたからですよね」
「……うん?」
「俺は、先輩の日常であろうとした。何も知らない振りして……いや実際何も知らないんですけど。そうやって先輩を守ろうとしながらも、俺は俺を守ろうとしてなかった。弁えてるつもりでも、知らないことでラインを踏み越える危険性だってあったのに」
知らないというのは危険なことだ。今回のことで、痛感した。記憶のない千景が、知らずに組織とのコンタクトを取ってしまう可能性があった。知っていれば、せめて事前に教えていれば、こんなにバタバタとせずに済んだのに。
「先輩は、ザフラでちゃんと言おうとしてくれた。俺はそれから逃げたんです。無意識に」
「だけど……俺はお前がああ言ってくれて嬉しかった。だから、守ろうって思ってたんだ……お前を傷つけてでも」
「俺は、もっとちゃんと話を聞くべきだった。こうあるはずだって思い込みで、対話を避けてきたんです。他人と深く関わるのに慣れてないんですよね、まだ」
「関わらなくて良い。危険な目に遭わせたくない。そう思ってるのは本当なのに、手放すのも怖いんだ」
「最初で最後の恋ですもんねえ、お互いに」
それぞれが思い思いのことを話しているように見えて、行き着くところはひとつだけ。
「千景さん、俺ともう一度、ちゃんと恋人同士になってください」
至は千景の?を両手で包み、まっすぐに見つめる。記憶のなかった彼が、まっすぐ見つめてくれてたように。
「茅ヶ崎……」
「返事は? イエスかはいか愛してますか」
「……じゃあそれ全部でお願いしようかな」
呆れと諦めと、めいっぱいの愛しさを込めて、卯木千景が笑ってくれる。それだけで最大級の幸福をもらった気分だった。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
ふたりの約束-026-
「……素直な先輩、やっぱ落ち着かないな」
「思い出せなくてごめん……どうしてそんなこと言ったのか分からない。至を好きでいてもいいんだって、今……思ったばかりなのに」
「俺も、ついさっきまで分かりませんでした。記憶をなくしても俺を好きでいてくれてるみたいなのに、なんで……って」
膝の上で組んでいた手を外し、千景のものと合わせて指を絡める。
「先輩は、俺を守るために、俺を傷つける方法を選んだんですね」
「え?」
ゆっくりと呟くと、自然と口の端が上がる。その可能性に気がついた時、すべての符号が合致して、自分でも驚くほど素直に受け入れられた。
「どういうことだ……?」
千景が目を瞬かせ、次第に細めていく。
好きな相手を守るために傷つけるというのは、理解ができないだろう。至だって、その可能性を少しも考えなかった。
「組織のことを詳しく知っているわけじゃないので、そこら辺は密に聞いてください。最初に謝っておきますね。先輩の大事な密を……たぶんいちばん守りたかったひとを、巻き込んでしまってごめんなさい」
そうして、至は自分が知っている限りのことを話し始めた。
千景が入団した時のこと、密との間に何か確執があったらしいこと、そして和解をしたこと。千景との最初の触れ合い、初めてのセックス、恋に落ちてしまったこと。恋心を隠して関係を持っていたこと、劇団での過ごし方、その中で知ってしまった団内の恋人同士たち。それを羨ましく感じながら傍にいたこと、千景が怪我をした時のことや、伝わらない想いにやきもきしたこと。
そして、ザフラでの出来事を。
「抑えられなかった。叶うとか叶わないとか、そういうのは頭から抜け落ちてて、ただ自分の中にあふれた気持ちを、知ってもらいたかっただけだったんです」
あの夜、あの満天の星の下で告げた想い。それは今も変わらない。
あの時、守れる保証はないと言いつつも連れていってくれた千景を、それまで以上に愛おしく思ったのだ。
「嬉しかったですね……先輩が俺を抱きしめてくれた時。どうして気づかなかったんだろうって、不思議にさえ思った。今回も、どうして俺はそこに気づけなかったのか」
至は、そこでいったん言葉を切る。すっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干した。
「先輩といると、どうしても組織の存在がチラつく。ザフラの時は運が良かっただけで、今後はどんな目に遭うか分からない。最悪、俺の存在が先輩の邪魔をするかもしれない。人質とかそういうの、よくある話でしょ」
普通に生きているだけならば、世間から性的少数者として扱われるだけで済む。それでもお互いが支えになれるだろう。
だけど、命のやり取りさえある中で、何も知らずにいるのはひどく危険だ。
人並み以下の体力しかない至を守りながらでは、千景も思うように動けないのだろう。
「……だから、別れたって言うのか」
「恐らく」
親しい相手を弱点として扱うのは、そういう世界のセオリーだ。綺麗事など言っていられない――というより、綺麗事など存在しない世界において、恋人という存在は恰好の餌食である。
恋人でなければ、至が狙われる危険もなくなる――千景は、そう考えたに違いない。だからあんなに突然の別れを突きつけてきたのだと思いたい。
触れ合ったあの時間が、憐れみだったなんて思えないのだ。
「至を巻き込めなかったから……守りきる度量もなかったから、お前を傷つけたのか……」
「せーんぱい、自分を責めたら駄目ですよ。これはあくまで俺の中の仮定ですし。本当にそう思っていたかは分かりません。ハハッ、本当に飽きただけかもしれないし」
「そんなわけないだろう! 飽きてっ……そんな程度の想いだったのに、俺がまた至を好きになるわけない」
勢いよく振り向いて、至の自虐を否定する。至は目を大きく見開いて、ふっと笑った。
「そんなに愛されてた事実があれば、俺は大丈夫ですよ」
千景の気持ちは分かったけれど、受け止めるわけにはいかない。密を巻き込んだことを、以前の千景は怒るかもしれないし、恐らく今の千景は危機感を持っていない。そんな状態で、恋人になんかなれるわけがない。
「え……何を言ってるんだ? 好き同士なら、付き合うだろ?」
「は? 先輩、俺の話し聞いてました? 危ないんですってば。密だって、さすがに俺と先輩を守るなんて無理。密をこれ以上巻き込めません」
「巻き込まれたのはお前だろう!」
「言うこと聞いてくださいよ! そっちが巻き込んだくせに!」
千景が息を飲んだのが伝わって、至はハッとして言葉を飲み込んだ。それでも、吐いた言葉は戻ってこない。
「すみません……失言でした。俺が最初に誘ったのに。でもそういうのも全部覚えてないんでしょ」
「至を全部知れば、付き合ってくれるの?」
「無理です」
「……思い出せば」
「思い出したら、先輩はそんなこと言わなくなるでしょうね」
「以前の俺を殴りたい。なんでそんな危ない組織に入ったんだ……そうしたら、至と普通に出逢って、恋ができてた」
至は、千景が組織に属した理由を知らない。やむを得ない事情があったのだろう。
千景がその組織に属していなければ普通に恋ができたかもしれない。だけど、千景に興味を持ったのは、巧妙に隠された裏の顔があったからだ。
周りに?をついて、猫をかぶって、自分を飾り立てていた至が、だからこそ千景に惹かれた。
「至の言ってることは、推測にすぎないわけだろ。俺は全然違うことを思っていたかもしれない」
「まあ、そりゃそうですね。ほぼほぼアタリだと思いますけど」
「じゃあひとつお願いがある」
「なんです?」
「今、至に好きな人がいないのなら、俺が思い出すまで誰とも付き合わないでほしい」
「……は……?」
千景がまっすぐ、真剣な瞳で見つめてくる。
好きな人がいないも何も、未だ想っているのは卯木千景そのひとだ。そんな相手がいる状況で、他の誰かと交際するなんて考えられない。
「思い出すまで待っててほしい。自分の本音が分からないまま、至をなくすのは嫌だ」
「…………先輩、俺のこと好き過ぎでは?」
「だからそう言ってる。たぶん、最初で最後の恋になったはずなんだ」
思い出せないのが悔しいと、千景は顔を背けて俯く。至はひとつ瞬いて、あ、と息を吐いた。
千景は危険な組織に属していることを、理解していないと思っていた。実感が湧いていないだけで、理解はしていたのだろう。
命の危険があるからこそ、彼は誰かに執着しないようにしていたようで、それは当然恋になんか発展しなかったはず。
最初で最後のはずだった。
これ以上のものには出逢えない――以前ここで彼が作ってくれたカクテルが、その意味を持つことを思い出す。
「俺が、組織とやらでどんなことをしていたのか知らない。逃げ出したかったのかも分からない。抜け出す努力より、至を傷つけることを選んだのが腹立たしい」
「……抜けるの、たぶん難しいんだと思いますよ。それこそ、劇団全員巻き込みかねない。それなら俺たち二人が諦めた方が早かったんだと」
「至を突き放すにも、守るにも、同じ努力というものが必要になるなら、俺は傍で至を守りたかった」
きゅう、と心臓が締めつけられる。これは、今の千景の気持ちだろうか。それとも以前の千景の本音だろうか。
今の千景の中に、以前の千景もちゃんといる。
突き放すことしか選べなかったのは、そうさせた自分にも責任がある。
至は知ろうとしなかったことを悔やんだ。
千景の日常を守りたいのならば、知っていなければいけなかったのに。
「先輩……」
絡んだ手を握り返そうとしたその時、部屋に引きこもっていた密が出てくる。ハッとして振り向けば、何でもないような顔で佇む彼がいた。
「密……っ」
「終わった。別に問題はない」
「そ、そう……ごめん、ありがとう」
与えられた任務はどうやら無事に終えたようで、至はホッと胸をなで下ろす。
「実働じゃなくて良かった。こっちの支部では俺たちの顔知ってるヤツら少ないけど、どうしてもバレてたと思う」
密は眉を寄せて目を細める。確かに、終わってからの報告で済むにしても、任務中に姿を見られたらアウトだ。
「密」
改めて、千景の記憶がないことの危険性を実感したところで、千景が密の名を呼ぶ。
「俺のことを教えてほしい。劇団に入る前のことを……今何をしてきたのかも含めて、全部」
「あんまり楽しい話じゃないけど」
「……至から、少しは聞いた。組織、の、こと……知らなければいけないんだろ。俺は早く思い出して、改めて至の傍にいたいんだ」
明け透けな想いを口にされ、密の視線がこちらを向くのを感じ取って、至は額を押さえて項垂れた。
そんなに簡単なことではないのにと嘆く気持ちと、傍にいたいと言ってくれる嬉しさとで、ごちゃ混ぜになった。
「至のために離れたのに、今度は至のために思い出したいんだ……へぇ、お前、案外情熱的な男だったんだな、エイプリル」
「以前の俺とは違うから、知ったところで何ができるとも分からない。それでも、知らなきゃいけないんだ。頼む、密」
「オレは元々話すつもりだったから、構わない。あと……お前は以前とそんなに変わってない。その面倒くさくて臆病なところは、前と同じだ」
密が口の端を上げて笑う。ひどい言われようだと千景は眼鏡を押し上げて、息を吐いた。
「密、じゃあ俺は違うとこで待ってるよ。寝室なら大丈夫かな」
至は、そんな二人に声をかけて、一度足を踏み入れたことのある寝室へ向かう。
「至」
止めるように名を呼ばれ、至は振り向かないままで答えた。
「ごめん密。勇気がないわけじゃない」
千景の過去を、知りたい気持ちはもちろんあった。ただ、千景のいないところでそれに踏み込んでいいのか分からない。
「俺は、ちゃんと先輩の口から聞くべきだと思うから」
千景が、至を守るために遠ざけたのならば、千景の口から聞く日は一生来ないかもしれない。それでも、密から聞くことではないと至はそこで振り返る。
「だから先輩。記憶戻ってからでいいので、いつか俺にも聞かせてくださいね」
その時も、その先も、千景の傍にいられますように。
そう祈って、至は寝室に籠もった。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
ふたりの約束-025-
「オレはこれを片付けてくる。至、……エイプリルに話すかどうかは、任せる」
「待って密、その仕事、ここで片付く程度のものなの?」
「平気……オレは実働の方が向いてるけど、できないわけじゃない」
そう言って、密は部屋の一つに籠もってしまった。そこに何があるのかは、至は知らない。
ここで知っているところと言えば、このリビングと、寝室と、バスルームくらい。あとはキッチンを少々。
「任せるったって……俺だってほとんど知らないのに」
ここまで来た以上、千景には知ってもらわないといけない。困惑している千景に、何をどこまで、どこから話そうか。
「えーと、何か飲みます? ビールと日本酒以外はあるみたいなんで」
以前ここに来た時に、千景にそう言われたことを思い出し、キッチンへと足を向ける。その後を、千景もそっとついてきた。
ティーバッグの紅茶がある。それにブランデーでも少し垂らしてやろうと、ケトルに水を入れた。
「至」
咎めるような口調で呼ばれ、至は千景を振り向くことができない。さすがに彼も、尋常なことではないと察しているのだろう。
「ねえ、至」
「……はい」
「さっきの、俺と至が付き合ってるっていうの、たとえ話じゃないんだろ」
「――……えっ、そっち!?」
千景から投げかけられた、疑問符のつかない言葉に、思わず振り向いてしまう。
てっきり、密の口にした〝エイプリル〟のことを考えているのだと思ったのだが、違ったようだ。あの怪しげなメールのApr.と結びつけるのは容易なことだろうに。
「至、本当のことを話してくれ。俺と至は――付き合ってた?」
千景の指先が、カップを用意する至の手に触れてくる。確信を持って指を絡めてくる千景に、これ以上の?は吐き通せなかった。
「……はい」
肯定して俯き、目を閉じて息を吸い込む。
そうして顔を上げた時には、もう迷いなど消えていた。
「やっぱり、そうだったんだ」
「ちゃんと話しますから、向こうで待っててください。逃げたりしませんよ」
「お湯が沸くまで時間がある」
落ち着いてゆっくり説明しようと思ったが、千景は促してくる。思っていたよりせっかちなタイプなのだろうか。違和感が襲ってきたけれど、
「俺が至のこと気になるのは、おかしなことじゃなかったんだよな?」
不安げに、絡めた指に力を込めてくる。そこで至は気がついた。自分の中に渦巻く感情に、思い悩んでいたのだろう。記憶をなくす以前には付き合っていたと分かって、安心したのかもしれない。
「先輩……」
「至を好きだと言ってもいい?」
まっすぐ視線が降りてくる。そんなにストレートな言葉で訊ねてくる千景が新鮮でもあったし、本当に覚えていないのだなと複雑な気分でもあった。
湯が沸いて、二人分の紅茶を入れ、それぞれのカップを手にリビングへと戻る。ソファに腰をかける位置は、ものすごく近かった。
「いや近いわ」
「恋人だったんだろ、普通じゃないのか」
「……俺たちの場合、普通じゃなかったかもしれません」
至はテーブルにカップを置いて、膝の上で両手の指を組んだ。
「どういうこと?」
「今まで?吐いててすみません。俺と先輩は、確かに付き合ってました。体の関係もあったし、俺は先輩のことものすごく好きだった」
「……何か問題があった? ひょっとして、今密が何かしてるのも、関係してるのか」
「別れたんですよ、俺たち」
「え!?」
千景が珍しく大きな声を上げる。
数秒続く沈黙は、にわかには信じられなかったからだろうか。
「先輩が事故に遭う前ですね。結構長いことセフレで、ようやく叶ったのに、恋人でいられた期間は十日ほどしかなかった」
「ど、……どうして」
困惑する千景に、至は項垂れてガシガシと頭を掻く。
「こっちが聞きたい。ホントに突然だったんですよ。いきなり飽きたから別れたいなんて言われて! 俺のことは忘れてほしいなんて言いやがって! それで自分の方が忘れてるんだから、笑い話にしかならんわクソが。あー……腹立ってきた、馬鹿」
別れを告げられた時のことを思い出して、胃が痛む。
ちゃんと納得できる理由を聞こうとした矢先に、千景が事故に遭った。
結局聞けずじまいで、千景の記憶は戻らない方が幸せだなんて考えていたせいで、胸の奥に閉じ込めていた不満と不安が、一気に押し寄せてきた。
「だいたい、なんで最後のセックスがあんなに激しかったんだよ。翌日キツかったの知ってます!?」
「いや、俺に言われても、あの、ごめん」
「あんなセックスしといて飽きたとか、信じるわけないだろ、もうちょっと上手く?吐いてくださいよ!」
「え、あ、はい」
隣にいる千景にそれをぶつけても、彼は〝知らない〟のだから、仕方がない。
記憶にございませんという、わざとらしい責任逃れをしているわけではないのだから、今の千景に当たっても仕方ないことは分かっている。
千景の困惑はそのまま音にされて、怒気が失せた。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
ふたりの約束-024-
寮に戻ると、談話室で愛機を広げネットサーフィンをしている千景に出くわした。
「あれ、早いね至」
「え、あ、ちょっと、半休もらって」
「体調でも悪い? ご飯とか食べられる?」
「平気です。密見かけてません? 今日バイトかな……」
いつもよりだいぶ早い帰宅に不思議がりつつも、安堵の表情を見せる千景が気にかかったけれど、まずは密に確認しなければいけない。賄賂としてマシュマロもゲットしてきたのだ。
「今日は見かけてないな。部屋で寝てるんじゃない?」
どこかそわそわとしている千景に礼を言って、至は密たちの部屋がある二階への階段を上がり掛ける。数段上ったところで、ちょうど起きてきたらしい密と鉢合わせた。
「密、よかったいてくれて」
「至? 今日仕事はいいの……」
「いやそれどころじゃないっていうか、ちょっと聞きたいことがあって」
内容が内容なだけに、至は声を潜める。平日の真っ昼間ということもあって寮内は静かだが、誰がどこで聞いているか分からない。
「密、教えて。任務の依頼って、いつも電話でくる?」
組織からのとは言わなかった。もし誰かに聞かれても、ごまかせるように。
「……至」
密の眉間に、しわが刻まれる。咎めるための視線は、彼にしては珍しいものだった。
「ごめん、俺が踏み込む領域じゃないのは分かってる。でも、知っておかないと先輩を守れない」
千景からそれを遠ざけるにしても、プロセスがないと何もできない。
危険なことだとは分かっているのだが、それを避けて千景が千景でなくなることの方がつらい。
「密、お願い」
「……三人でいたときは、オーガストが持ってきた。メールなのか、電話なのか、手紙なのか、オレには分からない」
密も思うところがあったのか、渋々といったふうではありながらも口を開いてくれる。だけど、有益そうな情報ではなかった。
「向こうの人たち、今の先輩の状態、知らないんだろ? そんなんで、任務とか来たら……危ないよね」
「……千景の様子は見てた。退院してから、特に変わったことはなかったと思う。今はまだ……大丈夫だと思う。でも、至の言う通り、コンタクトに何も返さなかったら、アイツらは簡単に裏切り者の烙印を押す」
密の目つきが鋭くなる。それは至の知っている御影密ではなくて、きっとディセンバーとしての感情があるのだろう。役者として別人になりきるのは日常茶飯事だが、コレは、本当に別人のように思えた。
ゾッとして、至は思わず自身の腕を握りしめた。
「至……怖い? オレたちのこと」
「えっ、あ、……怖くない、とは言えないけど、違うんだ、そうじゃなくて。先輩もそういう顔ときどきしてたから、大丈夫……ただ、そのまま戻ってこなかったらどうしようって、そっちのが怖い」
千景が、組織からの任務を受けた場面に、一度だけ遭遇したことがある。どこの国の言葉か分からない会話と、鋭くなる千景の瞳。行為の最中に放置されていって、憤慨したものだ。
その時はちゃんと戻ってきてくれて、隣で眠らせてくれたけれど、次はどうか分からない。
行ってらっしゃいを言えないかもしれない。
おかえりなさいを言わせてくれないかもしれない。
「先輩が、記憶をなくしたの、少しだけ嬉しかったんだ。組織のこと忘れて生きていけるなら、それでいいんだって……でも、向こうはそうはいかない」
悲しさも寂しさも当然あったけれど、それで千景が普通の人間として生きていけるのなら、思い出させるべきではないと思った。それは本当のことだ。
思い出しても、至と千景の関係はもう終わっているのだから、胸が痛むことには変わらないと。
こんな弊害があるなんて、考えていなかった。
「知らないってことが、こんなに危ないことなんて」
悔しさを紛れ込ませて呟いて、――気がついた。
ひゅ、と何かが下からせり上がってくるような感覚を味わう。足下から脳天に突き抜けたそれは、すとんと落ちて至の中にじわりと染み込んでくる。
「あ……」
至は思わず声を上げて、その口を押さえた。
「知らない、から……」
知らないということが、時として自分の身に危険を及ぼす。危険だと知らなければ、回避できない。日常が突然終わりを告げるなんて、誰も知らない。
例えば、川の増水は危険だと知らなければ、回避できない。機械の使い方を知らなければ、怪我をする可能性もある。
踏み込んでいいライン、手を触れてはいけない部分、回避すべき事象。
至はそれを何も知らない。
(先輩、もしかして)
もしかして、千景は――そう思った時、談話室の方から千景が顔を出す。先に気がついたのは、密の方だった。
「千景、どうしたの」
その声に、至もハッと顔を上げる。そこには、困ったような顔をした千景がいた。もしかして今の会話を聞かれたのかとも思ったが、彼の手には彼自身のパソコンが乗っている。
「何か、メール届いてるんだけど、これ俺宛てなのか分からなくて……至が何か知ってたらと思ったんだけど。職場の関係?」
「え、メールですか? まあ会社のアカウント見れるようにしてる人たちはいますけど……先輩そんなのしてたかな。たいてい主任とか課長とか、そういう管理者クラスの人たちですよ」
「そうなのか……じゃあ迷惑メールかな? Apr.って、これエイプリル、かな……」
一緒に千景の端末を覗き込めば、ずらりと並ぶメールタイトル。
未読のままのそのひとつに、至は目を見開いた。
エイプリル――それは千景のもうひとつの名前だ。
「密、これ……!」
千景から端末を取り上げて、密に向けてみせる。密も、険しい顔でそのタイトルを睨みつけていた。
「千景、これ中身見た?」
「え、いや、まだ……危ないもの? その添付ファイル、ウイルスとかそういうヤツかな」
「……うん、そんな感じ」
密が、低く呟いて肯定する。密がそう言うのなら、これは組織からの任務に違いないのだと、至はこくりと唾を飲んだ。
いったいどんな任務なのだろう。これを千景にやらせるわけにはいかないのだが、どう返信すればいいのか分からない。
「至、車出して。ここじゃ処理できない」
「えっ、俺!?」
密がメールを確認し、至を振り向いてくる。処理をするというのは、密がこの任務を受けると言うことだろうか。
「向こうの家の方がいい」
「え、あ……うん、分かった」
「あと、千景も一緒にきて。説明する」
「え?」
向こうの家というのは、千景が使っていたアジトのことだろう。密が記憶をなくすまで、もう一人の仲間がいなくなってしまうまで、そこは一緒に使われていたのかもしれない。
寮よりは安心して仕事ができるのかもしれないと、至は玄関に向かいかけ、密の発した言葉に驚いて向き直る。
「密、先輩に言うの?」
「知らないっていうのは、危ないこと……至もさっき言ってた」
「そうだけど! だけど、先輩は」
「ねえ、なに? 説明って、これ、前の俺がやってたことなの? なら、知っておいた方がいいよね。次は俺ができるかな」
千景は忘れたかったかもしれない。せっかく忘れられたのに。そうは思うが、危険だと思うのも本当だ。
「知って、お前がどうするかは、お前が決めればいい。しばらくはオレが代わりにやる」
「分かった。ありがとう密」
「……お前が素直にお礼言うとか、やっぱり薄ら寒い。千景、早く思い出せ」
「できる限りの努力をするよ」
心底嫌そうに顔を歪める密に、千景が肩を竦めて苦笑する。そんな千景の手を引いて、密が至を追い越して玄関を出ていく。至も仕方なく、彼らを追って寮を出た。
向こうに着くまで眠るという密の横で、千景が困ったように彼を眺める。それをバックミラーでチラリと見やり、至はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
密は千景の愛機をぎゅっと胸に抱え込み、千景がそれ以上のことをまだ知らないように守っているように見えた。そんな密を、千景は不安そうに見つめていた。
「至、どこまで行くんだ」
「割と近くですよ。変なとこじゃないんで、安心してください。もう一つの家、かな。オレは一度しか行ったことありませんけど」
「そっか……」
家という単語で、千景は幾分安堵したようだった。何も知らない状態で、行き先も知らないのでは、不安が募るばかりだろう。
そんな彼に、告げていいのかどうか。いや、もう告げておくしかないのだが、迷う。千景の心の平穏を奪うことになる。
「先輩、一応訊きますけど。……記憶、あった方がいいですか?」
ずるい訊き方だと思った。
記憶がないというのがどんなに不安なことか、千景の様子を見ていて分かっているのに、千景からの後押しが欲しい。
千景の過去を告げることは、千景が望んだことなのだからと逃げてしまえる。
「そりゃ、あった方がいい。何も思い出せないのは……つらいよ」
「……どんな記憶でも?」
「怖いこと言うな」
「例えば俺と先輩は付き合ってたとかでも?」
「えっ……?」
あくまでたとえとして口にする。
けれど答えを聞く前に、アジトの方に着いてしまった。至は車を停め、密に声をかける。
「密、着いたよ。俺はここで待ってるから」
至の声に、密がむくりと起き上がる。マシュマロなしでも起きたのは、事態が事態だからだろうか。
「至も来て。大丈夫だから」
「は? え……俺も行くの? 監視とか、そういうのは」
「オレが守る」
以前ここに来たときは、千景に薬を飲まされて、意識のない状態で連れ出された。〝生きた状態の誰か〟と一緒に帰るのはマズイのだと言っていたが、そんな危険を冒してもいいのだろうか。
「密、巻き込んでごめん……」
危険、なのかもしれない。密はそれでもふるふると首を振り、促してくる。至は車を降り、千景の後ろからついていった。
#千至 #シリーズ物 #ウェブ再録 #記憶喪失 #カクテルキッス
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可愛く描けたっしょ! と上機嫌で談話室に入ってきた一成を、椋や九門たちが振り向いた。
「わあっ、可愛いね!」
「これカズさんが描いたの? 超可愛いじゃん」
「でしょでしょ~、誕プレでチカちょんに画材もらったからさ~。せっかくならチカちょん描こうと思って!」
一成の発した可愛らしいあだ名に、至の耳が瞬時にダンボのように大きくなった。
(え、なに? 先輩? 描いたってなに? イラスト?)
至は、いつものように手にしていた携帯端末から顔を上げ、ここぞとばかりに話題に入った。
「なに、先輩描いたの? 俺にも見せて」
テーブルに置かれたそれを覗き込むと、そこには確かにちかちょんこと卯木千景が鎮座していた。グラスグリーンの髪と、鋼ブルーの瞳。デフォルメされたイラストだったが、至の心臓を何よりも撃ち抜いたのは、ぴょこんと上向くウサギの耳。
「うぐぅ……」
至は思わず口許を押さえ、しゃがみ込んで俯いた。ギブアップを表すようにテーブルを空いた手で叩けば、ぺちぺちとなんとも頼りない音が響く。
「ね、ね、超きゃわたん! あとでちゃんとお礼言っておこ!」
「カズくん、僕も描いてほしいな」
「あっ、オレもオレも!」
「オッケー任せて!」
傍ではそんな可愛らしい会話が続いているようだが、至の頭の中には残らない。右から入って左から抜けていくような感覚だった。
(可愛すぎてシャレにならん……!!)
ウサ耳の生えた千景。動物が苦手な彼は、ケモ耳をつけてと言ってもつけてくれないだろう。公演ならば別にしてもだ。それがこんな形で見られるなんて。
心臓が速い。頰が熱い。口許が緩む。
至は小さくうなりながらもなんとか体を起こして、もう一度そのイラストを視界に入れた。
やっぱり可愛い、と目蓋を伏せたが、意を決して一成を振り向いた。
「ねえ一成。これ写真撮ってもいい? ネットには上げないからさ」
「へ? ああ、うん、別にいいよん♪ なになにいたるん、これでチカちょんからかう腹づもり?」
「ハハ、まぁそんなとこ。だって嫌がる顔見たいでしょ」
そう言って笑ってみせたが、うまくごまかせているだろうか。
至がこれを欲しがる理由はたくさんあるが、ひとつに絞るとするならば、千景のことが好きだからだ。
(ほんとにかわいい)
至はようやくまともに見られるようになったイラストを、携帯端末のカメラに収める。何度も撮り直して、何枚も撮り集めて、最高の一枚を待受画像に設定した。
アプリのアイコンが邪魔だが、邪魔だからこそ落ち着いていられる。画面全部を見たら、時間が経つのも忘れて見入ってしまう。
満足げに息を吐き、念のためデータをクラウドに転送しておいた。千景に削除されてしまうかもしれない。
「いいカンジ。ありがと一成。部屋に戻るわ」
椋たちをモデルにラフスケッチし始めた一成に礼を言い、ひらひらと手を振って至は談話室を後にした。
(は~マジ可愛い。実物あんなに格好いいのに、こうやって絵にすると可愛いとか反則じゃない?)
画面を見つめながら部屋に戻り、手に入れたウサ耳千景を存分に堪能する。
柔らかそうな耳に触れてみたいと画面に触れるも、当然ながら硬い。さらさらした髪に触れてみたいと思っても、やっぱり硬い。
伝えることのできない気持ちだし、これで満足しておくしかないかと苦笑して、ソファに寝転がった。
そうして程なく、千景が残業を終えて帰宅する。至は慌ててソファの上に体を起こした。
「ただいま」
「おかえりなさい先輩。残業、大変でしたね」
「まあね。取引先がゴネるから、打ち合わせ延長の上に断れない会食とか、本当に面倒だった」
ふう、と息を吐いてスーツを脱ぐ仕種もサマになる。至は目を背けたくても背けられない複雑な恋心を胸に、お疲れ様ですと呟いた。
「そんな先輩に癒やしをあげましょうか」
「は?」
「ほら、一成がかわいい先輩描いてくれましたよ」
そう言って、画像フォルダから先ほど撮ったウサ耳千景を、モデル本人に向けてみせる。
一瞬にして千景の顔が引きつったのは面白かったけれど、やっぱりお気に召さなかったかと眉を下げた。
「なんだ、それ」
「なにって、だから一成が描いた先輩」
「それは分かるけどなんでウサギの耳がついてるんだ」
「それは一成に聞いてくださいよ。可愛いじゃないですかこれ。誕プレに画材あげたんでしょう? それで描いたみたいですよ。喜んでましたけど」
う、と千景が言葉に詰まったのが分かる。自分が贈ったプレゼントで描いてくれたとなれば、あからさまに嫌がるのも憚られるのだろう。つくづく他人に甘い男だと、至の心臓が締めつけられた。
「はぁ……もう、いいけど。それ、ネットに上げるつもりかな」
「さあ。俺は止めてませんけど、しないと思いますよ。先輩がそういうの嫌がるって知ってるから。写真も好きじゃないでしょ」
俺にも撮らせてくれないのにと、心の中で小さく呟く。本当なら千景の写真を待受にしたいところだが、そもそもデータがない。一成のイラストを借りたのは、それも理由のひとつ。
「で、お前は何でそんなもの撮ってるんだ。嫌がらせか」
「……バレました?」
はは、と笑いつつも、上手く笑えたとは思っていない。
嫌がらせのつもりはない。
千景のことが好きだから、いつでも見ていたかった。だけど写真はないし、もし他人に見られても、イラストなら団員仲間が描いたんだと団員愛を楯にできる。
「嫌がらせの他に理由が思いつかないからな」
「ヒドス。……でもこれ、ほんと可愛いんですってば。よく見てくださいよ。耳とか触り心地良さそうだし」
「……そんなわけないだろ」
至は待受画面に戻した端末をじっと眺めて、千景のため息にも気づかずウサ耳を撫で続けた。
我慢できなくなったら幸や臣に頼んで、ヌイグルミにでもしてほしいくらいだ。
どうせ本物にはそんなふうには触れやしないのだから。
「茅ヶ崎、本気でその待受固定するつもりか?」
「え、いいでしょ別に。癒やしをくださいよ」
「そんなもので癒やされるお前の気が知れない」
振り仰げば、千景は不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。これは本格的に怒られる流れだろうかと身構えたら、手にあった端末をひょいと取り上げられた。
千景は端末の画面にすいと指先を宛て、じっと眺めているふうに見える。一成の描いたウサ耳の自分を受け入れられないのか、その顔は険しい。
ち、と小さく舌打ちまで聞こえた気がした。
そうして短いため息のあとに、千景は指先を動かす。
「先輩待って!」
そんなに嫌だったのかと、顔を歪めて千景を呼ぶ。からかうつもりも嫌がらせのつもりもなかったし、そんなに嫌なら待受からは解除する気はある。
「先輩、やだ、消さないでください、お願い」
たまに眺めるくらい許してほしい、他の誰にも見せたりしないからと、瞳で訴えてみせた。
「消さないよ」
千景が、にっこり笑顔で振り向いてくる。仮面であることを隠しもしない様子に、至はさっと血の気が引いたけれど。
千景の指先は自身の前髪を撫で整え、眼鏡の位置を直す。 ん? と至が首を傾げている内に、端末からシャッター音が聞こえてきた。
「……うん。はい茅ヶ崎、返すよ」
「え? は?」
「そっちにしとけ」
ポンと端末を放られて、落とさないように必死で受け止めた。いったい何をしたのかと端末を確認した至の目に、ウサ耳イラストではない、千景の自撮り写真が飛び込んでくる。
「はぁあああ!? ちょ、待って、どういうつもりっ……」
「嫌がらせ。じゃあ、メシ食べてくるよ」
言って、千景はさっさと着替えて部屋を出ていってしまう。ソファには、ただ茫然とした至が取り残された。
「ナニコレ……」
手の中には、千景の写真が待受にされた携帯端末。どうやら夢ではないようで、一気に顔の熱が上がった。
「待って待って、無理、超レアGET、かっこよすぎ」
顔からソファに倒れ込んで、思いがけないアイテムドロップをどうにか消化しようとする。だが、そんなに簡単にいくわけがない。
嫌がらせどころかご褒美にしかなっていないことを、あの男は知っているのだろうか。
至は端末を胸に抱いたまま、小さくうなりを上げた。
その同じタイミングで、部屋のドアの外側、千景が脱力したようにしゃがみ込んで項垂れる。
「バレたかな……なにやってんだ、俺は」
一成の描いたイラストに嫉妬なんかして、初めて自撮りなんかしてしまった事実。いくら自分がモデルになっているとはいえ、なんだか悔しかったのだ。
そんな気持ちで子供っぽいことをしてしまったことに、呆れ返る。千景は小さくうなりを上げて、夕食をとりに行こうと、吐息とともに立ち上がった。
きっと待受はすぐに変えられてしまうだろうけど、このわずかな時間だけでもいいからと、祈りの言葉を吐きながら。
至の端末の待受画面が、ずっと千景の写真にされていることを知るのは、もう少し後のこと。
#千至 #両片想い #イベント無配