- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.44, No.43, No.42, No.41, No.40, No.39, No.38[7件]
DOA-デッド オア アライブ-
折原臨也は人間だ。いたって普通の、ただの人間である。首を愛するわけでも、首なし女を愛するわけでも、手から刀がでてくるわけでも、取り分けて怪力というわけでもない、ただの人間である。
折原臨也は、だからこそ人間を愛するのだろうか。
人間といっても特定の誰かではない。赤子から老人まで、顔見知りから名も知らぬ者まで、すべての人間を……人類を愛していた。
いや、ただひとりの例外を除いて、すべて、だ。
ただ一人の例外、平和島静雄は。池袋で有名な怪物のひとり。普段は物静かで、トレードマークのバーテン服さえ着なければ、どこにでもいそうな若者である。
平和島静雄と折原臨也は、自他とも認める犬猿の仲だ。
だが臨也は、静雄を殺したいほど憎んでいるわけではなかった。
ただ、死んでくれたらいいなあと思っているだけで。
それでも、自分の手を汚そうとは思っていなかった。
そもそもあの怪物のような男がどうしたら死ぬのかはいまだに分かっていないし、あの男も案外にデッドラインというものを分かっているらしく、無意識にだろうか自分が死ぬような物事には突っ込んでこない。
いや……普通の人間であれば確実に命を落としているだろうトラブルには見舞われているのだから、デッドライン云々ではなく、やはりあの男が化け物なのだ。
何度か、遠回りに静雄が命を落とすように駒を動かしてはみたが、やっぱり死んではくれなかった。
そのたびに臨也はため息をつき、そして口の端を上げる。
また楽しみが増えた。
どうやってあの男が追い詰められていく様を作り上げようか。池袋というチェス盤の上で、何をどう動かせば、あの男は死んでくれるだろうか。
自分の手を汚すことは考えていない。
獲物――ナイフは持っているけれど、それであの男の首をかき切ったところで……いや、それはさすがに死ぬだろうか。
だが、平和島静雄の温かな血が自分にかかるということを想像すると、それは御免被りたい。血を見るのは嫌いではないが、それが平和島静雄のモノともなれば話しは別だ。
反吐が出る。
だから早く誰かがあの男を殺してくれたらいいと心から思う。そうすれば臨也は、晴れてすべての人類を愛していると大声で叫ぶことだってできるのだ。
「シズちゃんはねえ……本当に邪魔なんだよねえ…」
臨也は空想にふけっていた意識をこちらに戻し、目蓋を持ち上げる。
皮のリクライニングチェアにゆったりともたれ、腹の上で組んでいた手を外して、ポケットに入れていたナイフを取り出す。
これで何度か対峙したこともあったかなあと思い出し、目を細める。
静雄を殺すのに、自分の手を汚したくはない。それは本当に心から思うことだ。
「ああ……でも」
くく、と喉を鳴らす。
「シズちゃんが最期に見るのは、俺のこの笑顔ってのもまた、面白そうだなあ…」
どんな顔をしてくれるのだろう?と想像しようとして、何も浮かんでこないことに気づく。果たしてそれは存在しない未来だからなのか、静雄の行動だけは読めない臨也の不覚なのか、それとももっと別の理由なのか。
「今度逢ったら、訊いてみよう」
臨也は腹筋を使い身体を起こし、コートを羽織る。そうして愛する人間たちを観察するために、街へと繰り出していった。
折原臨也は平和島静雄が大嫌いだ。
だけど殺したいほど憎んでいるわけではない。
そう、ただ、死んでくれたらいいなあと――思うだけで。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #静臨
LOVE
終わったあと、ミハエルの胸の上で過ごす時間が、とても好きだった。
ミハエルの手のひらが、髪を優しく撫でてくれる。指に長い髪が絡むのが好きらしく、ときおり絡ませて遊んでいるのも、ずっと前から知っていた。
「今日は……本当に疲れた」
アルトはミハエルの胸の上でそう呟く。それを聞いて、ミハエルは笑うのだ。疲れていてもすることはするんだなと。
「俺もまあ、疲れたね。まさか依頼人があの人だとは思わなかったし」
「あの人、絶対わざとだ、分かっててS.M.Sに頼んだんだ」
アルトはふてくされてう~と唸る。
今日は表向きの仕事をさせられた。ここに就職している以上ノーとは言えないし、表の運送業自体はさほどキツイ仕事でもない。むしろ命の危険性がないだけ、楽な仕事とも言えるのだ。
が、今日はそうでもなかった。
アルトの……早乙女有人の兄弟子である早乙女矢三郎が、荷物の運搬を依頼してきたのだ。客である以上断るわけにもいかないし、そんな権限はアルトにはなくて、ミハエルやルカと勤務に就かざるを得なかった。
しかしアルトは、家を飛び出してからこっち、やはり家の者には逢いたくなかったし、S.M.Sでの仕事のことも当然話してなどいない。
知られたらきっと連れ戻される。だから知られてはいけないんだ、とミハエルやルカに協力してもらってまで、バレないよう別人を演じていたというのに!
「俺は結局、兄さんには敵わないんだよなあ」
「まぁまぁ、そう落ち込むなよ。あの人のほうがアルトよりも長く生きてんだし、アルトが航宙科来てからもずと芸に携わってきてたんだし、キャリアの差はどうしようもないって」
なだめるように、ミハエルはアルトの髪をゆっくりと撫でる。日々の訓練がものを言うのは、歌舞伎でもパイロットでも変わらないんだろ、と続けると、アルトはさらに落ち込んでしまった。
「どこにいても、上がいるんだもんなあ。向こうじゃ兄さんや親父がいるし、ここじゃ……お前がいる」
いちばんにはなれない、と顔を上げて、責めるようにミハエルをにらみつける。八つ当たりだなと分かってはいるものの、アルトは視線を弱めようとはしなかった。
「いちばんだろ」
「え?」
ミハエルはその謂れのない責めを気にする風でもなく、笑顔を崩さずに言葉を操る。
「俺の中で、アルトはいつだっていちばんだよ」
恥ずかしげもなく言ってのける男に、アルトの頬が真っ赤に染まる。ぷいとそっぽを向いても、その仕種をミハエルに笑われて、どうしていても恥ずかしくなってしまう。
「お前はっ、どうしてそういう恥ずかしいことばっか言えるんだっ」
「てっ」
これまた八つ当たりに、ミハエルの額を弾いてみせる。深刻な痛みはないけれど、ミハエルは痛いなーもーと、ポーズで額をさすってみせた。
「姫が落ち込んでるみたいだから元気づけようと思ったのにさー」
「べっ、別に落ち込んでない! 姫って言うな!」
「あーはいはいそうだね、今日の舞台はオトコノコだったもんな」
思い出したくないことを話題にされて、アルトはぐっとつまる。別人を、早乙女アルトとは分からないような人格を演じていたのに、矢三郎にはすべてバレていて、結局努力だけが空回った。
「俺は嬉しかったけどなあ」
「何が嬉しいんだ、他人事だと思って!」
「だって、言ったじゃないか。俺はお前のファンなんだぜ。早乙女一座の二大俳優の競演が見られたんだからな」
しかもタダで、とミハエルはさも重要そうに人差し指を立てる。アルトは呆れ果てて、抗議する気も起きなかった。
「あー……明日起きてあの人がいたらどうしよう」
それに、ミハエルを責めてもここの仕事を知られてしまった事実は変わらない。
「俺が守ってあげようか? お姫様」
連れ戻されるのが心の底から嫌らしいアルトに笑って、提案をしてやる。アルトが、突っぱねやすい言葉で。
「……結構だ。俺は姫じゃねえ」
「守られるのが嫌なら、自分の意思で動くんだな。助けてやることはできるからさ」
ミハエルだって、守られているだけのお姫様を好きになったわけではない。アルトは少しだけためらって、そしてうんと頷いた。
「言いくるめられるビジョンが見えるけどな。お前は基本的に流されやすいし。そこにつけ込んだ俺も俺だけど」
「い、言っておくがお前とのことは別に流されたわけじゃないからな!」
ため息とともに牽制してやったら、勢いよくアルトが顔を上げて、自分の意思を主張してくる。ミハエルは目を丸くして、そしてぱちぱちと瞬いた。
「…………そうなの?」
「そうなの! あ……何言わせてんだお前!」
自分で言ったくせに恥ずかしかったのか、アルトは真っ赤になってミハエルを責める。
「アルトが、俺のこと大好きってのはよぉーく分かった」
「バッ、バカお前、俺は別に」
「言ってよアルト。今日はお前に協力してやったんだからさあ。な、大好きって」
最初からバレていたのと、バレないように協力してやったのは別だ、とミハエルは嬉しそうに口の端を上げて笑う。
そういえばずいぶんフォローしてもらったのに、その後のショックのほうが大きくて、礼なんて言ってやってない。
だからといって、大好き、なんて。
アルトは視線を泳がせて、目を閉じて、でも勇気が出なくて、うーと唸る。
「なーアルトー」
甘えた声が聞こえてくる。この男だって、アルトの気持ちはちゃんと分かっているはずだ。素っ裸でベッドの上で戯れられるほどには、ミハエル・ブランという男を大切に想っていることくらい。
「えーと、あの、その」
「うん、なに?」
「俺、お前とこうして過ごしてんのとか、いいなって思うし、たとえ兄さんが俺を連れ戻しに来たって、きっぱり拒否してお前と一緒にいたいって思うし」
視線をわざと外して、アルトは早口でまくし立てる。ミハエルはそれを、一言一句聞き漏らすまいと耳に意識を集中させた。
「お前が俺のこと、その、好きって言ってくれるのは嬉しいし、だから、その、分かれよ、馬鹿ッ」
最後はとうとう逆ギレを起こして、肝心の言葉を言えていない。残念だけどまあいっかあとミハエルは笑い、ありがとうなとアルトの髪を撫でる。
途端になんだかさびしい気持ちになって、やっぱり言ってあげればよかったと、アルトは俯く。
俯いた先にはミハエルの胸があって、そのすぐ下には心臓があるのだとアルトは目を瞬いた。
「……アルト? なに書いてんの?」
「んー、読めるか?」
「もうちょっとゆっくり」
指先で、胸になにか文字を書いているらしいと感じたミハエルは顔を上げるが、見るなと額を押し戻される。
胸を滑るアルトの指先はくすぐったかったけれど、ミハエルは必死にその動きを追った。
「……Michael? 俺?」
伝わったことに、アルトは嬉しそうに笑って頷く。次、と呟いて、またミハエルの胸へと指を乗せた。違う文章かと思い、ミハエルは再びその文字を必死で解読する。
「えーと? I……? L、…O、V?」
それからE。そのあとにY。それからO、U。アルトの指がそこで止まる。これで終わりなのかとミハエルは文字をもう一度頭の中に並べて、そして目を瞠る。
アイラブユー。
ラブ、すなわち愛。
「読めたか? って、うわっ」
首をかしげるアルトを思わず抱き寄せて、ぎゅうと強く腕を巻きつける。
あなたを愛しています。
ミハエルは、アルトが書いてくれた文字をそのまま耳元で囁いて。嬉しいと続ける。
「ありがとうアルト、本当に嬉しい」
「そ、そうか?」
抱きしめられたまま、アルトも嬉しそうにへへへと笑う。もう流されることのない意思は、ミハエルが教えてくれたことだ。
きっと明日も明後日も、家の誰に逢っても大丈夫。
「ミシェル、もう一回したい」
「オーケイ、俺がいなきゃ眠れないようにしてやるよ」
冗談混じりに囁いたミハエルに、もうなってるとは返さずに、アルトは大事な恋人を抱きしめた。
#両想い #ラブラブ #イベント無配
6月の6秒
朝目が覚めると、いちばんに肌の色が目に入る。
慣れてしまった、もういつもの光景だ。夜眠る時には必ず抱きしめながら眠ってくれる恋人の習慣に、ふと幸福を感じる時がある。
アルトはそっと腕を動かして、恋人であるミハエルの頬に触れてみた。
温かい。
聞こえてくる寝息は今の自分しか知らないもので、たまらなく愛しさがこみ上げてくる。
身体をつなげるようになってどれだけか経つけれど、この温もりの中で目覚めるようになってどれだけか経つけれど、実はミハエルの寝顔というものをあんまり見たことがなかった。
今日は珍しいな、どうしたんだろうなと思いつつ、アルトはミハエルの目蓋に触れる。起きてしまわないように細心の注意を払って、眉間に、額に、鼻筋に触れていった。
これがすべて、自分の大切なひとなのだと思うと、言葉にできないほど幸福だった。
「ミシェル……」
頬に、目蓋に、額に、鼻筋に、先ほど指を滑らせた箇所に口づけを贈る。この吐息も、溶けて彼の中に飲み込まれてしまえばいいのにと思いながら。
首筋に見える赤い鬱血は、昨夜自分が残したものだろうかと、少しばかり頬を染めた。
「んー…ひめぇ……?」
「あ、悪い起こしたか」
そうは言いつつも、アルトは少しも悪いと思っていない。こんな時間まで惰眠を貪っているのが悪いのだ。
「もう起きろよミシェル。朝飯が昼飯になっちまうぞ」
髪を撫で、微笑む。きっと他人が見ていたら、愛しそうになどという言葉で飾られるのだろう。
「キスしてくれたら目ぇ覚ます」
「甘えんな、もう」
ときどきこうしてねだってくるのは、なんともかわいらしいお願い事。仕方ないなーと言いながらも、アルトは嬉しそうに身体を傾けて、ミハエルの口唇へと降下していった。
触れて、それだけで離れていく口唇に、ミハエルは笑って目を開けて、おはようアルトと呟く。
「わっ」
そのあとに、捕まえたとばかりにアルトを抱き寄せるのだ。
「何すんだよ、危ねえな」
「姫補充」
「わけの分かんないこと言うな。ほら早く放せって」
抱き寄せてぎゅうと抱きしめて、頬をすり寄せる。朝の日課のようになってしまった抱擁を、今日も変わらずにたしなめてみる。
「やーだ、姫って抱き心地いいんだもん」
「やーだって、お前な……」
こんなに子供のような男だったろうか?と思うこと何度目か。学校ではこんな素振りを少しも見せないくせに、自分と二人きりでいるときには、ここぞとばかりに甘えてくる。
自分に対してだけなのだと思うと、充足間に満たされていく。
「今日は映画見に行くって約束だっただろ、早く起きろ」
「んー、そうだっけ」
「忘れてんじゃねぇよミシェル!」
一昨日から言ってたじゃないかとアルトは憤るも、ミハエルの腕はアルトを抱きしめたままだ。くっくっと笑いながら、嘘だよごめんと耳元でささやくのは、アルトをからかうミハエルの、常套手段。
「ちゃんと覚えてるって、姫。たまにはふたりっきりで街に行きたい、…だっけ? 可愛いなーもう、可愛いよ」
いつもは他のメンバーもいるからたまには、と言ったアルトの言葉を思い出して、ミハエルは鼻先にキスをしてくる。アルトはそれにボッと頬を染め、らしくないことを言ってしまったと目をそらす。
みんなでわいわい歩くのももちろん嫌いではないのだけれど、誰にも気を遣わずに行きたいところへ行ってみたい。そう思って、ミハエルに提案してみたのだ。
「だって、恋人同士…なんだから、そういうの、したい、し…」
「ああ、分かってるよ。起きてシャワーして出かけようか。でもあともうちょっと」
俺だって姫とふたりで出かけたいよとミハエルは言うのに、それでも腕は緩めてくれそうにない。アルトは困った顔をして、
「そんなこと言って、ダラダラしちまうんだろ。今すぐこの腕を外せ」
今日こそは譲らない、とアルトはミハエルの頬をつねる。イテテテテ、と観念したのか、ミハエルはアルトに告げた。
「じゃあ、あと六秒な」
ぎゅう、と腕が締まる。時間を区切ったのは一歩前進だと思ったが、アルトは、ミハエルの腕の中で首を傾げた。
「なんでそんな半端な数字なんだ……?」
好きずきだろうが、普通ならば五秒とか二十秒だとかで区切るだろうに、なんぜそんなにも半端な数なのかと。
「今日は六月だから。六秒」
そしてそんな六秒なんて、もう過ぎてしまっているだろう。ミハエルの口から出てきた言葉は、何とも安直で分かりやすい答え。
「だから六秒って、バカかお前」
アルトは思わず噴き出して、そしてはたと気づく。六月で六秒なら、十月ならば十秒、十二月なら十二秒。では、一月だったら……?
「姫、今なにを考えたか当ててあげようか」
「えっ?」
「一月だったら、ミシェルは一秒しか抱きしめてくれないのかなあって。違う? そーんな不安そうな顔しちゃってさ」
緑の瞳が見下ろしてくる。すべてを見透かすようなそのみどりは、好きなものの内のひとつだけれど、こんな時は憎たらしい。
「そっ、そんなこと考えてねーし!」
「またまたぁ。大丈夫だよーひめー、一月はじゃあ一分にするからさー」
無理矢理腕の中から抜け出して、アルトはシャツを羽織る。その後を追うようにミハエルも起き上がり、ベッドの上で笑った。
なんて都合のいい区切り方なんだと思いつつも、頬が緩んでしまうのもまた事実。
何秒、何分、何時間。
「さ、お出かけしましょうかアルト姫。一日中一緒にいられるんだしな」
「……いつも一緒じゃないか」
「バァカ、今日は二十四時間一緒だろ」
そうか、とアルトは納得した。一分一秒離れることなく一緒にいられるんだと笑って、振り向いておはようのキスをした。
#ミハアル #両想い #ラブラブ #イベント無配
2月22日。
小さな重みで沈んだベッドの変化で、目が覚めた。
にゃあん。
二度ほど瞬いて、ああなんだ猫か、ともう一度目を閉じる。にゃあんと抗議のような泣き声が聞こえて、完全に覚醒した。
身体に巻きつく、男の腕をそっと外して起き上がる。枕元には案の定、ベッドを軽く沈ませた愛猫がいた。拾ってきたときは片手に乗るくらいだったのに、いつの間にこんなに大きくなったんだ?
にゃあ。
「こら、おこすなよチビ。ミシェル疲れてるんだから」
シーツの上に散らばるハニーブラウンにじゃれつく愛猫を軽く叱りつけて、ゆっくりと足をベッドの下に下ろす。朝の空気は素足には肌寒い気もしたけれど、スカイライト・ウィンドウからこぼれる陽射しに、今日はいい天気だなとすがすがしい気分になれた。
昨夜脱ぎ散らかしたシャツを羽織って、タオルと着替えを片手に部屋を出かけて、途中振り返る。
「チビ、チびおいで。ご飯」
腹減ってんだろう?と問いかけると、通じているのかいないのか、愛猫はてんてんと額を叩いていたミシェルを置き去りにして、トンッとベッドから飛び降りた。身軽なもんだな。
この猫を拾って、もう二年ほどになる。雨の日に拾った小さな子猫は、今の生活には欠かせない癒しになってくれている。勤務で疲れて帰ってきて、出迎えてくれる家族がいるってのは、やっぱいいよな。
俺はチビにご飯を用意してやって、ひとりバスルームに向かった。
ミシェルが起きていたら、きっと一緒に入ろうとか言ってくるに違いないんだ。冗談じゃない、昨夜あんなにたくさんしたのに、その上一緒にシャワーなんてして、ただで済むわけがないんだ。
蛇口をひねると、ザアッと熱い湯が落ちてくる。ミシェルの体温の方が心地いいななんて思ってしまうのは、やっぱり俺がアイツに心底ほれているからなんだと思う。
恋人――ミハエル・ブランとは、中学のころからの付き合いだ。恋人同士になれたのは出逢ってしばらくしてからだったけど、初めて逢って、三秒で恋に落ちて、どうにか近づきたくて学科を変えてまで傍にいったんだ。
懐かしいな。あれから色々なことがあった。
恋人になって、学校中に知れ渡って、卒業後に就職した民間軍事会社でもいつも一緒で、ミシェルのいない生活なんか考えられなくなったこともある。
クラスメイトだったシェリル・ノームとランカ・リーの、銀河級一大プロジェクトに参加させられたり、おかげで職務が疎かになってしまったり、毎日届けられるファンレターとやらの山にため息をついてみたり。
そう、とあるドラマに出演してからというもの、俺とミシェルの周りは騒がしくなってしまった。
それは、驚異的な力を持つ宇宙生物・バジュラの侵攻と、渦巻く陰謀――売り出し中のアイドルたちをメインに、このマクロス・フロンティアを舞台とした大掛かりなドラマ。
みんな役者じゃなかったから、無茶な注文だとは思ったが、会社のオーナー直々の依頼ともなれば、断ることはできなかったんだよな。報酬は破格だったし、そんなに日常が変わるわけでもないと思っていたのに。
俺を挟んでの三画関係を交えつつ、戦闘機を用いたバトルシーンと、目玉である歌姫たちのライブシーンは、かなり好評だったらしい。
その人気を受けて、コミカライズやノベライズ、更にはアニメーションの映画にもなってしまった。
ドラマや小説は、俺にとっては手痛いストーリーだったけれど、自分が関わったものがこんなに評価されているのは、素直に嬉しいと思う。
ふるふると首を振って、前髪の水滴を散らす。そろそろミシェルを起こしてやらないと、間に合わなくなってしまうからな。
そう思って手早く着替えを終えて寝室に戻った。ご飯を食べ終えていたらしい愛猫が、シーツの上、ミシェルの腹の辺りを陣取って座っている。こいつも本当にミシェルのことが好きだよな、と恋敵のようにさえ思った。
「ミシェル、ミシェル起きろって」
うんともすんとも言わない。こんだけ寝こけるなら、昨夜あんなにするなよってんだ。
にゃあん、にゃあー。
「叩いてやっていいぞチビ。早く起きてキスをしてって」
くっくっと笑いながら、やっぱり起きないミシェルに口唇を寄せた。
目蓋を、ぺろりと舐める。腹が減った時、チビがいつもそうしてミシェルを起こすみたいに。
「ん? んー」
まだ起きないのか。何度目で起きるかな、と思って覆うように舌を動かす。くすぐったそうに身を捩ったミシェルは、目蓋も開けずに呟いた。
「んー、チビー、もう少し寝かせ…………あれ? チビこっち?」
腹の辺りの猫の体温に気がついて、ミシェルはようやく目蓋を持ち上げた。じゃあ今の感触はいったいなんだと。
「……ひめっ!?」
「ふふん、ようやくお目覚めかよ」
ぺろりと舌を出して、口唇を舐める。ミシェルは今目蓋にあった感触がなんなのかを悟って、大きなため息と共に肩を落とした。
「もう、アルト、そういうのは俺が起きてる時にやってくれよな」
「は、知るか。ほら起きろよ。上映時間に間に合わなくなるだろ」
すっとミシェルの傍から身体を離し、出かける準備を始めようとは思ったけれど、すぐにはできないことを知っている。
「ひーめ、おはよう」
「……ああ、おはようミシェル」
「チビも、おはよ」
にゃあん。
こうして、キスをされることが分かっているから。
たっぷり一分キスをして、それからベッドを降りるのが、ミシェルの日課。
「まだ間に合うよな。映画見たら娘々でご飯食べて、グリフィスパークに行こう」
「絶対混んでると思うぞ」
「いーの。今日この日に姫と行くことに意味があるんだ」
ちょっと待ってて、とミシェルもバスルームに向かっていった。
しょうがない男だなとは思うけど、やっぱり一緒に行けることには感謝した。
2月22日、マクロスF劇場版~イツワリノウタヒメ~、22回目の観賞に、イッテキマス。
#劇中劇 #ラブラブ
Take your hand
久しぶりに、二人で街を歩いた。どこへ行こう、と決めたわけでもないが、秋の匂いがする街並みを、この人と感じてみたかった。
やっぱり、いいな。私服姿。
美星の制服姿も好きだし、SMSの隊服姿だってイイと思う。パイロットスーツは……そうだな、あの肉体つきがいやらしく見えて、あんまり正視できないんだけど。
そう考える俺がエロいのか。……いや、いーよな恋人同士なんだし。夜には(たまには夜じゃない時間帯にも)そういうことするわけで、イイ肉体してんなーっていっつも思う。
「なあ、どこ行こうか」
「どこにしよう。映画か? 今なにやってんだろ」
「この間プラネタリウム行ったしなー」
「腹ごしらえ、とか」
行き先を決めていないデート!って楽しいけれど、逆に行き先が決まらなくて困ることもある。SMSの宿舎で朝メシは食ったけど、午前中の訓練でハラはもう減っている。その提案に乗ってみたはいいものの、
「何食べる?」
と来たもんだ。お互いを優先しすぎてるんだろうなあ。滅多にできないデートだから、あいつの望みは叶えてやりたいなんて思ったりしちまうんだ。
「前回何食べたっけ?」
「そこらへんのファーストフードだろ。今回こそもう少しちゃんとしたものにしようぜ」
「あんまり高くないものにしてくれよ」
頬を膨らませながら言い合うけれど、本当はこんなやり取りだって嬉しいんだ。新しい惑星に降り立って、街の建設に引っ張り出されて、以前は休む暇もなかった。忙しくて疲れ果ててイライラして、あいつのことを気遣ってやれずにケンカしたことも何度かあった。
その度に、……キスして、抱きしめ合って、ごめんて言ってまたキスをする。傷つけたかったわけじゃないんだと続けると、決まって分かってる俺も悪かったって返ってくるんだ。
そんなこと、何度繰り返したのかな。
「なあ、じゃあ天麩羅屋がいいな。お前あそこのインゲン好きだっただろ?」
「……ハシ使わなきゃなんないよね。ああ、インゲンは好きだけどさ。ねえそこのハンバーガ」
「ダメだ! お前あんなものばっか食ってたら太るだろうが! 絶対身体に良くないんだからな」
「太……その分消費してるぜ。まあ、いいけど。ちょっと歩くぞ、あの店まで」
「いいよ、お前と歩きたい。ダメなんて言わないだろうな」
「まさか。じゃ、行こうか」
一緒に歩きたいってのは、傍にいたいってのもお互いあるんだろう。でも、たぶんそれだけじゃない。
ほら、見える範囲のヤツらの7割が、あいつを見てる。
どうだよ羨ましいだろ。
恋人の欲目ってヤツを抜いても、あいつの風貌は良い意味で目立つ。振り向かずにはいられないんだ。髪も目も、指先まで全部、見惚れるだろ、分かるよ俺もそうだから。
けどな、こうして振り向いてくヤツらがいるのは優越感もあって嬉しいって言えば嬉しいんだけど、それもだんだん嫌になってくる。だめだぞ、これは俺のなんだから。そんな羨ましそうな目で見たって、触らせてなんてやらないぜ。
みんなこいつを見てる。気持ちは分かる。分かるんだけど、その分主張したくなってくる。あああ、だから、これは俺のなんだって。
見せつける様に、手を伸ばして指を絡めてみた。
「……なんだよ?」
「別に。手ぇ繋ぎたくなっただけ」
ただ、お前は俺のだって主張したくなっただけ。
やらないからな、誰にも。
「ちょうど良かった、俺もお前と手ぇ繋ぎたかったんだ」
こいつは、俺の大事な恋人。
#ミハアル #ラブラブ
オーハッピーデイ
なにがいい?って訊いたのは、確か一週間前だった。
誕生日ってのは、やっぱり恋人としては盛大に祝ってやりたいところ。だから、働いてためた給料もあることだし、休みでもぶんどって旅行でも行こうかななんて思っていたけれど。
「べつにいいよ、そんなもん」
当の恋人様はこんな調子だ。
まったく、早乙女アルトの辞書に、記念日だとかイベントだとかいう言葉はあるんだろうか?
つきあい始めて最初の誕生日なんだぞ? もうちょっとこう、甘えてくれてもいいんじゃないだろうかと、空とベッドの撃墜王と謳われた俺、ミハエル・ブランは思うわけだ。
早乙女アルトとは、かれこれ1年半のつきあいだ。初めて会話らしい会話をしたのは、麗しいジュリエットのドレスを着て航宙科に怒鳴り込んできたとき。
すげえお姫様だ。
そう思ったあの日から、俺はアルトから目が離せなくなって、恋してるんだって気づいて、あからさまにアピールしてたのに気づいてもらえなくて、ヤケに近い気持ちで告白したら、すっっっっげえ驚いた顔してなんで早く言わねえんだって怒られたんだよな。
ああ、懐かしい。
って言ってもまだ半年もつきあってないけどさ。
あの時は本当にびっくりしたよなあ。俺のこと見てたんなら俺の気持ちくらい気づけって胸ぐら掴まれて、なんだか告白の甘い雰囲気なんか全然なくって、傍から見たら殴り合いの喧嘩寸前だっただろう。
「なあアルト、おれお前のこと祝ってやりたいんだけど。だって、生まれる前に消えてく命だってあんのに、俺たちは生まれてきて、この広い銀河の中で出逢えたんだぜ? そういうのって嬉しいとか思わないのか?」
「……ミシェルって思ってたよりロマンチストなんだな。運命とかそういうの信じるタイプか?」
別に、そこまでロマンチストじゃねえけどな。
でも恋人の誕生日を祝いたいって思うのは普通だ。生まれてきてくれたこと、出逢ってくれたこと、好きになってくれたこと、全てに感謝していたいんだよ。
だって奇跡に近いぞ、こんな、こんな恋が叶うなんて思ってなかったし。
「俺はたまたまここに、早乙女家に生まれてきて、たまたま空に興味を持って、たまたま近くにお前がいて、好きになっちゃって悩んでたら、たまたまお前も俺のこと好きでいてくれたってだけだろ」
「たまたま多すぎだろ。誕生日ってのはひとつの節目だ、アルト。今年祝って、来年も祝って、再来年も、ずっと祝ってあげたいよ。アルトはもしかして、俺の誕生日も祝ってくれないのか?」
「そ、それは、祝って……やりたいけど……なんか、ちょっと怖い、な」
「何が? あ、昨夜やり過ぎたのまだ怒ってんのか? あれは謝っただろアルトー」
言った途端、そういうハナシじゃねえって怒鳴られる。……怒ってる顔も可愛いんだけどな、こいつはそういうの知らないんだろうな。
困るよなー全く、自覚のない美人てさ。他のヤツに取られないように、俺が日々どれだけ努力してると思ってんだ。
「あの、さ、えーと……俺、誕生日って祝ってもらった覚えがないんだよ」
「…………は? え、なに? そうなの!?」
アルトが隣でこくんと頷く。びっくりした。驚いた。まさかこのトシまで生きてきて、誕生日を祝ってもらった記憶がないなんて。
「家がほら、ああだからさ。プレゼントとか、ごちそうとか、浮ついたものはなかったような気がするんだ。特に母さまが亡くなってからはな」
俺は、もしかしたら恵まれてたのかも知れない。もうとっくの昔に死んだ両親も、誕生日には休みを取ってくれたり、それが無理でも何かしらのボイスメッセージとプレゼントが贈られてきたもんだ。姉貴だって下手なりに料理作ってくれたし、俺は誕生日ってものが嬉しかったけど。
このお姫様は、知らないのか。
「だから、何がほしいって訊かれても、分からねーんだよ。怖いってのはそういう意味だ。悪いなミシェル」「ほしいもの、何もないか? 物じゃなくてもいいんだぜ、ほらどっか行きたいとかやってみたいとか、何でも」
だったら尚更、俺が祝ってやりたい。おめでとうとありがとうと、愛してるをたくさん言って、来年も祝ってほしいって思わせてやりたい。
「俺は祝いたい。だからアルトの願いを叶えてやりたいんだよ。な? あ、そーだケーキとか買ってくるか。なあ今から出かけようぜ」
「……な、なあ、なんでもいいのか? ほしい物見つけた……っていうか、物じゃないんだけどさ」
「お、なんだ? できれば俺の給料で買える範囲のものにしてくれよな」
陽射しは少し強いけど、姫と出かけるならどんな天気だっていい。さあお姫様、ほしい物買いに行こう。
「お前の全部、よこせ」
喜び勇んで立ち上がった腕を、お姫様が掴んで止める。言われた言葉の意味を一瞬把握できなくて、目を見開いた。
「お前の手のひらも、視線も、声も、キスも、気持ちも、全部だ」
アルトは立ち上がって、手のひらを合わせて繋いでくる。少し下の目線から見上げてきて、ばっちり瞳に映す。
「アルト……」
「俺を呼ぶ声も、……キスも。な?」
ちょん、と触れるだけのキスをしてくる。気持ちも全部、って言ってたことを思い出して、俺は笑った。
「愛してるよアルト、愛してる。誕生日おめでとう」
耳元でそう囁いてやると、くすぐったそうに身をすくめて、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
「これがアルトのほしい物?」
「ああ、来年もそれで頼む」
でかけようぜと部屋を出る姫ぎみに、苦笑してから返す。
「無理だって、姫」
「……なんで」
「だってこれ、いつもと一緒。いつだって俺は姫のもんだよ」
「じゃあどうしよう、他にほしい物って、思いつかないんだが……どうしたらいい?」
そんなに真剣に悩まないといけないくらい、俺だけがほしかったのか、アルト。あーもうー可愛いー。
まあ、そういうことなら教えてやらないとな、好きな人の誕生日がどれだけ大事なのかを。ああ久しぶりだな、この感覚。世間知らずなお姫様に、街での遊び方を教えてやってたときみたいだ。
「じゃあとにかく、街に出よう。食べたいもの食べて、やりたいことやって、楽しもうぜ。アルトの生まれた今日この日を、神様に感謝して」
「ミシェルは、俺が生まれてきて嬉しいのか」
「そりゃもちろん。姫を愛してるからな」
へへ、とアルトが嬉しそうに笑う。そうだよ、そういう顔が見たいんだよ。
いつもいつでも大好きだけど、今日は特別。
「なあお前だったら何をほしがる?」
「アルト姫」
そう言ってキスをしたら、呆れたようなため息を吐かれた。
「いつもと同じだろ。人のこと言えねーじゃねーか」
「仕方ないだろ、じゃあ考えとく。ほら行くぞー」
「あ、待てミシェル、ちゃんと手ぇ繋げっ」
「はいはい、お手をどうぞお姫様」
「姫って言うな!」
さあ今日はどこへ行こう。ケーキ屋とアイス屋と、姫のお気の向くままに。
「アルト」
「んー?」
立ち止まって、出かける前の少し長い口づけ。
手のひらも、視線も、声も、キスも、気持ちも、全部あげるよ。まあいつものことなんだけど、今日はいつもの倍くらい、俺をアルトにあげようか。
「帰ってきたら、続きしような」
「……ばぁか」
ハッピーバースデー、親愛なる俺のお姫様。
生まれて出逢って恋してくれて、ホントにどうもありがとう。
#ラブラブ #両想い #誕生日 #ミハアル
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平和島静雄の好き嫌いは、激しい。そして、実に分かりやすい。
ムカつくものと、そうでないもの。
普段はなんてことのない、テレクラやアダルトサイトの未納金取り立て屋として働いている、どこにでもいそうな男だ。
名前の通りに、平和に静かに暮らしたいという願いだって持っている。
が、ひとたびキレ出すと、見境なく暴れ出すのが玉に瑕だ。その暴れ方が人のそれではないということは、池袋ではかなり有名な話しとなっている。
実際の静雄の暴れっぷりを知らない者に話すと、たいていは笑われる。そんな人間がいるものかと。
むしろ正しい反応だった。
どこの世界に、自販機やバイクを投げる者がいるだろうか。まさに、人間ではない、のだ。
ムカつく者の一部として、喧嘩を売ってくる者がいる。それも、うだうだネチネチとすくい上げるように挑発してくるヤツは大嫌いだ。もっとストレートに喧嘩を売ってきてくれれば、好感も持てるだろうに。
ブッ飛ばすことに、なんら変わりはないのだが。
だがそれでも、殺したいと思って暴れるわけではない。感情のセーブが利かなくなって気がついたときには暴れ出してしまっているのだ。
中でも酷いのは、折原臨也と対峙した時。
現在は新宿を拠点にしているようだが、そんなことはどうでもいい。自分の目の前に現れさえしなければいいのだ。
以前この男にハメられたということもあるだろうが、この感情はもっと前からだった。
腹の底から、この男が大嫌い、という。
明確な理由を挙げよと言われたらそれは、この男が折原臨也だからだと言うしかないほど、理屈抜きでこの男が大嫌いだった。
顔を見るだけで、声を聞くだけで、いや、時には名前を聞くだけでさえ腹の底からフツフツと怒りがこみ上げてくる。ムカつくという次元を超えてしまっているような気さえした。
全身が、この男を嫌悪しているのが分かるのだ。
繰り出す足も拳も、すべてその男を潰すために生まれてくる。さらにムカつくことに、長年の経験からか、臨也はのらりくらりと攻撃をかわす。最近ではもう、高校時代のように派手な殴り合いにはならなかった。
死んでしまえばいい。
静雄は、臨也の見下したような笑みを思い出して舌を打つ。
この男に「シズちゃん」と呼ばれるのが嫌いだった。虫酸が走るというのはこういう状態を言うのだろうか。
だけど、その男をこの手で殺そうとは思っていない。
ただ目の前から消えてくれればいいだけだ。
なぜなら平和島静雄は日々を平和に静かに過ごしたいのだから。
「……ノミ蟲が」
本当に本当にこの男が大嫌いなのに、本当の自分を受け止め切れるのもこの男だけだなんて!
自分の意思でなく破壊的な衝動を、この男はものともしない。いや、むしろモノとしてしかみていないのか。だからこそこちらも、全力でぶつかることができるのだ。
なのに。
「おい、起きてんだろ」
どうして、目の前に倒れ込んでいるんだろう。
臨也の身体をつま先で蹴ってみるけど、うめき声すら上げない。折原臨也が自分との乱闘ごときで死ぬはずがないと、自信を持って言える。そんなヤワな男と、今までを過ごしてきたわけじゃないんだ。
「おい、臨也」
呼んでも、返事もしない。
たばこの灰が、地面に落ちる。
静雄は腰を折って腕を伸ばし、臨也の胸ぐらを引き上げる。カクンと後ろに倒れる頭がうっとうしくて、引き上げたそのまま、ビルの壁に押さえつけることで支えた。
目を細めて、頭のてっぺんからつま先までを眺めてみる。自分がつけてやった傷ばかりが浮き出て見えて、少し口の端を上げた。
きっとこの男を傷つけられるのは、本当の意味では自分しかいないのだろう。
「臨也、さっさと目ぇ開けな」
低く、囁いてやる。
男はにいっと口の端を上げて、目蓋を持ち上げた。
「起こしてくれなくても良かったのに」
折原臨也は、静雄と同じように目を細めて、笑う。
「あのまま死んでたら、シズちゃんは殺人犯てことになるのかなあ? まあそれはそれでいいけど、俺が死んだ後に捕まるのやめてよね」
無茶なことを言うな、と舌を打つ。こんな男のために殺人を犯してやる義理などないし、それこそ弟や周りに迷惑がかかる。
自分がどれだけ暴れても死にはしないこの男を、のがすわけにはいかないけれど。
「で、なんのマネだ臨也」
「別に深い意味はないよ。この間さ、考えたんだ。別にシズちゃんを殺したいとは思わないんだけどね、君が見る最後の光景は、俺であればいいって。ねえ屈辱的じゃないかい?」
想像もしたくない、と静雄は壁に拳をたたきつける。
「だから、逆はどうかなって思ったんだよね」
想像ができなかったから、試してみようと思って、と臨也は続ける。
臨也が見る最後の光景に、静雄しかいいなかったら。
「で、どうだ感想は」
「想像以上に最悪だったよ」
臨也は肩を竦め呆れてみせる。やっぱり死ぬときは他の方方にしなければ。臨也はそう言って頷き、だけど本当の意味で自分を殺してしまえるのは、平和島静雄だけだろうなとも呟く。
「不毛だよね、俺たち」
「分かってる」
「お互いが大嫌いなのに、本気でやり合えるのもお互いしかいないなんてさ」
「それ以上言うな」
「愛し合えたら幸せだったかもね」
「今すぐ死ね」
パキュ、とコンクリートが変な音を立てる。これ以上は静雄の怒りが再燃するかな、と臨也は胸元を締め上げる静雄の手を振り払い、逃れて笑った。
「じゃあねシズちゃん、しばらく来ないでいてあげるから、せいぜい平和な日々とやらを満喫しなよ」
「臨也、おいてめえっ!」
獲物を逃してなるものかと、静雄は振り向くが、ひらりとビル壁を飛んでいく男にあと少し、届かなかった。
「次に逢った時には俺の前でイッてよね」
そんな言葉を残し、新宿の悪魔は視界から消えていく。静雄は消えたその位置を眺めながら舌を打って、そしてにぃっと笑った。
「そんなに最悪なら、俺の前でイかせてやっか」
最期に見るのが自分でありますように。
#デュラララ!! #平和島静雄 #折原臨也 #静臨