- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.40, No.39, No.38, No.37, No.36, No.35, No.34[7件]
Take your hand
久しぶりに、二人で街を歩いた。どこへ行こう、と決めたわけでもないが、秋の匂いがする街並みを、この人と感じてみたかった。
やっぱり、いいな。私服姿。
美星の制服姿も好きだし、SMSの隊服姿だってイイと思う。パイロットスーツは……そうだな、あの肉体つきがいやらしく見えて、あんまり正視できないんだけど。
そう考える俺がエロいのか。……いや、いーよな恋人同士なんだし。夜には(たまには夜じゃない時間帯にも)そういうことするわけで、イイ肉体してんなーっていっつも思う。
「なあ、どこ行こうか」
「どこにしよう。映画か? 今なにやってんだろ」
「この間プラネタリウム行ったしなー」
「腹ごしらえ、とか」
行き先を決めていないデート!って楽しいけれど、逆に行き先が決まらなくて困ることもある。SMSの宿舎で朝メシは食ったけど、午前中の訓練でハラはもう減っている。その提案に乗ってみたはいいものの、
「何食べる?」
と来たもんだ。お互いを優先しすぎてるんだろうなあ。滅多にできないデートだから、あいつの望みは叶えてやりたいなんて思ったりしちまうんだ。
「前回何食べたっけ?」
「そこらへんのファーストフードだろ。今回こそもう少しちゃんとしたものにしようぜ」
「あんまり高くないものにしてくれよ」
頬を膨らませながら言い合うけれど、本当はこんなやり取りだって嬉しいんだ。新しい惑星に降り立って、街の建設に引っ張り出されて、以前は休む暇もなかった。忙しくて疲れ果ててイライラして、あいつのことを気遣ってやれずにケンカしたことも何度かあった。
その度に、……キスして、抱きしめ合って、ごめんて言ってまたキスをする。傷つけたかったわけじゃないんだと続けると、決まって分かってる俺も悪かったって返ってくるんだ。
そんなこと、何度繰り返したのかな。
「なあ、じゃあ天麩羅屋がいいな。お前あそこのインゲン好きだっただろ?」
「……ハシ使わなきゃなんないよね。ああ、インゲンは好きだけどさ。ねえそこのハンバーガ」
「ダメだ! お前あんなものばっか食ってたら太るだろうが! 絶対身体に良くないんだからな」
「太……その分消費してるぜ。まあ、いいけど。ちょっと歩くぞ、あの店まで」
「いいよ、お前と歩きたい。ダメなんて言わないだろうな」
「まさか。じゃ、行こうか」
一緒に歩きたいってのは、傍にいたいってのもお互いあるんだろう。でも、たぶんそれだけじゃない。
ほら、見える範囲のヤツらの7割が、あいつを見てる。
どうだよ羨ましいだろ。
恋人の欲目ってヤツを抜いても、あいつの風貌は良い意味で目立つ。振り向かずにはいられないんだ。髪も目も、指先まで全部、見惚れるだろ、分かるよ俺もそうだから。
けどな、こうして振り向いてくヤツらがいるのは優越感もあって嬉しいって言えば嬉しいんだけど、それもだんだん嫌になってくる。だめだぞ、これは俺のなんだから。そんな羨ましそうな目で見たって、触らせてなんてやらないぜ。
みんなこいつを見てる。気持ちは分かる。分かるんだけど、その分主張したくなってくる。あああ、だから、これは俺のなんだって。
見せつける様に、手を伸ばして指を絡めてみた。
「……なんだよ?」
「別に。手ぇ繋ぎたくなっただけ」
ただ、お前は俺のだって主張したくなっただけ。
やらないからな、誰にも。
「ちょうど良かった、俺もお前と手ぇ繋ぎたかったんだ」
こいつは、俺の大事な恋人。
#ミハアル #ラブラブ
オーハッピーデイ
なにがいい?って訊いたのは、確か一週間前だった。
誕生日ってのは、やっぱり恋人としては盛大に祝ってやりたいところ。だから、働いてためた給料もあることだし、休みでもぶんどって旅行でも行こうかななんて思っていたけれど。
「べつにいいよ、そんなもん」
当の恋人様はこんな調子だ。
まったく、早乙女アルトの辞書に、記念日だとかイベントだとかいう言葉はあるんだろうか?
つきあい始めて最初の誕生日なんだぞ? もうちょっとこう、甘えてくれてもいいんじゃないだろうかと、空とベッドの撃墜王と謳われた俺、ミハエル・ブランは思うわけだ。
早乙女アルトとは、かれこれ1年半のつきあいだ。初めて会話らしい会話をしたのは、麗しいジュリエットのドレスを着て航宙科に怒鳴り込んできたとき。
すげえお姫様だ。
そう思ったあの日から、俺はアルトから目が離せなくなって、恋してるんだって気づいて、あからさまにアピールしてたのに気づいてもらえなくて、ヤケに近い気持ちで告白したら、すっっっっげえ驚いた顔してなんで早く言わねえんだって怒られたんだよな。
ああ、懐かしい。
って言ってもまだ半年もつきあってないけどさ。
あの時は本当にびっくりしたよなあ。俺のこと見てたんなら俺の気持ちくらい気づけって胸ぐら掴まれて、なんだか告白の甘い雰囲気なんか全然なくって、傍から見たら殴り合いの喧嘩寸前だっただろう。
「なあアルト、おれお前のこと祝ってやりたいんだけど。だって、生まれる前に消えてく命だってあんのに、俺たちは生まれてきて、この広い銀河の中で出逢えたんだぜ? そういうのって嬉しいとか思わないのか?」
「……ミシェルって思ってたよりロマンチストなんだな。運命とかそういうの信じるタイプか?」
別に、そこまでロマンチストじゃねえけどな。
でも恋人の誕生日を祝いたいって思うのは普通だ。生まれてきてくれたこと、出逢ってくれたこと、好きになってくれたこと、全てに感謝していたいんだよ。
だって奇跡に近いぞ、こんな、こんな恋が叶うなんて思ってなかったし。
「俺はたまたまここに、早乙女家に生まれてきて、たまたま空に興味を持って、たまたま近くにお前がいて、好きになっちゃって悩んでたら、たまたまお前も俺のこと好きでいてくれたってだけだろ」
「たまたま多すぎだろ。誕生日ってのはひとつの節目だ、アルト。今年祝って、来年も祝って、再来年も、ずっと祝ってあげたいよ。アルトはもしかして、俺の誕生日も祝ってくれないのか?」
「そ、それは、祝って……やりたいけど……なんか、ちょっと怖い、な」
「何が? あ、昨夜やり過ぎたのまだ怒ってんのか? あれは謝っただろアルトー」
言った途端、そういうハナシじゃねえって怒鳴られる。……怒ってる顔も可愛いんだけどな、こいつはそういうの知らないんだろうな。
困るよなー全く、自覚のない美人てさ。他のヤツに取られないように、俺が日々どれだけ努力してると思ってんだ。
「あの、さ、えーと……俺、誕生日って祝ってもらった覚えがないんだよ」
「…………は? え、なに? そうなの!?」
アルトが隣でこくんと頷く。びっくりした。驚いた。まさかこのトシまで生きてきて、誕生日を祝ってもらった記憶がないなんて。
「家がほら、ああだからさ。プレゼントとか、ごちそうとか、浮ついたものはなかったような気がするんだ。特に母さまが亡くなってからはな」
俺は、もしかしたら恵まれてたのかも知れない。もうとっくの昔に死んだ両親も、誕生日には休みを取ってくれたり、それが無理でも何かしらのボイスメッセージとプレゼントが贈られてきたもんだ。姉貴だって下手なりに料理作ってくれたし、俺は誕生日ってものが嬉しかったけど。
このお姫様は、知らないのか。
「だから、何がほしいって訊かれても、分からねーんだよ。怖いってのはそういう意味だ。悪いなミシェル」「ほしいもの、何もないか? 物じゃなくてもいいんだぜ、ほらどっか行きたいとかやってみたいとか、何でも」
だったら尚更、俺が祝ってやりたい。おめでとうとありがとうと、愛してるをたくさん言って、来年も祝ってほしいって思わせてやりたい。
「俺は祝いたい。だからアルトの願いを叶えてやりたいんだよ。な? あ、そーだケーキとか買ってくるか。なあ今から出かけようぜ」
「……な、なあ、なんでもいいのか? ほしい物見つけた……っていうか、物じゃないんだけどさ」
「お、なんだ? できれば俺の給料で買える範囲のものにしてくれよな」
陽射しは少し強いけど、姫と出かけるならどんな天気だっていい。さあお姫様、ほしい物買いに行こう。
「お前の全部、よこせ」
喜び勇んで立ち上がった腕を、お姫様が掴んで止める。言われた言葉の意味を一瞬把握できなくて、目を見開いた。
「お前の手のひらも、視線も、声も、キスも、気持ちも、全部だ」
アルトは立ち上がって、手のひらを合わせて繋いでくる。少し下の目線から見上げてきて、ばっちり瞳に映す。
「アルト……」
「俺を呼ぶ声も、……キスも。な?」
ちょん、と触れるだけのキスをしてくる。気持ちも全部、って言ってたことを思い出して、俺は笑った。
「愛してるよアルト、愛してる。誕生日おめでとう」
耳元でそう囁いてやると、くすぐったそうに身をすくめて、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
「これがアルトのほしい物?」
「ああ、来年もそれで頼む」
でかけようぜと部屋を出る姫ぎみに、苦笑してから返す。
「無理だって、姫」
「……なんで」
「だってこれ、いつもと一緒。いつだって俺は姫のもんだよ」
「じゃあどうしよう、他にほしい物って、思いつかないんだが……どうしたらいい?」
そんなに真剣に悩まないといけないくらい、俺だけがほしかったのか、アルト。あーもうー可愛いー。
まあ、そういうことなら教えてやらないとな、好きな人の誕生日がどれだけ大事なのかを。ああ久しぶりだな、この感覚。世間知らずなお姫様に、街での遊び方を教えてやってたときみたいだ。
「じゃあとにかく、街に出よう。食べたいもの食べて、やりたいことやって、楽しもうぜ。アルトの生まれた今日この日を、神様に感謝して」
「ミシェルは、俺が生まれてきて嬉しいのか」
「そりゃもちろん。姫を愛してるからな」
へへ、とアルトが嬉しそうに笑う。そうだよ、そういう顔が見たいんだよ。
いつもいつでも大好きだけど、今日は特別。
「なあお前だったら何をほしがる?」
「アルト姫」
そう言ってキスをしたら、呆れたようなため息を吐かれた。
「いつもと同じだろ。人のこと言えねーじゃねーか」
「仕方ないだろ、じゃあ考えとく。ほら行くぞー」
「あ、待てミシェル、ちゃんと手ぇ繋げっ」
「はいはい、お手をどうぞお姫様」
「姫って言うな!」
さあ今日はどこへ行こう。ケーキ屋とアイス屋と、姫のお気の向くままに。
「アルト」
「んー?」
立ち止まって、出かける前の少し長い口づけ。
手のひらも、視線も、声も、キスも、気持ちも、全部あげるよ。まあいつものことなんだけど、今日はいつもの倍くらい、俺をアルトにあげようか。
「帰ってきたら、続きしような」
「……ばぁか」
ハッピーバースデー、親愛なる俺のお姫様。
生まれて出逢って恋してくれて、ホントにどうもありがとう。
#ラブラブ #両想い #誕生日 #ミハアル
有効期限
「もうそろそろいいんじゃないかって思うんだけどさ」
放課後の教室でそう切り出したのは、アルトの方だった。だがそう言いながらも視線は窓の外。独り言なのか話しかけているのかはっきりしてもらいたいねと、ミハエルは苦笑した。
「なにが?」
だけど自席のパソコンでマニューバの調整をしながら、ミハエルもアルトに視線を移しはしない。隣の席ではありながらも、時おりこうした距離が遊ぶ。
「なにがって……あ、やっぱり雨、降ってきた」
「そうだな。ちゃんと傘持ってきたか? アルト姫」
今日はフライトできないな、と拗ねたようなアルトの声に、保護者のような言葉を返す。それは、若干アルトの癇に障ったようだった。
「姫って呼ぶな」
「俺を追い越せたらな」
いつも言ってるだろうと、調整したマニューバを保存して画面を閉じる。それを見越してか、アルトはようやく、青くない空から視線を外して身体ごと振り返った。
「そうやってお前は、すぐはぐらかすんだよな」
「機嫌が悪いねアルト姫。何がそんなに気に入らないんだ?」
言ってみろよ、と挑発したけれど、実のところミハエルだって、彼が何を言いたいのかくらい分かっている。
分かっていても、あえて言わせたい言葉があるのだ。
「ムカつく。すげえムカつくお前っ」
絶対分かってるんだろうっ、とアルトは机を叩いてみるが、ミハエルは涼しい顔で笑っている。自分が折れるしかないのか、と思うが、悔しさが先立った。
「お前が一言言えば、それで済むじゃねえか」
この男はいつも前を歩いていて、上の段にいて、笑っている。自他共に認める女好きのはずなのに、誰よりも優しくて、強い。皆が惹かれるのも分かる気はするのだが。
「それを言うなら、姫が言ったって変わらないと思うけどね」
ミハエルは腕を組みながら、息を吐く。すぐ傍で眉を寄せるお姫様は、たったわずかな時間で次席にまで上ってきてしまった。流されやすいようでいて、……いや、流されやすいのだが、意志は誰よりも強い。
「なんで俺から言わなきゃなんねーんだよ」
「俺から言わなきゃならない理由は何かな」
しばし、沈黙が流れる。
アルトにも、ミハエルにも、そうして苛立ちが芽生え始めてきた頃。
「……友情に、有効期限てあんのかな」
不意に呟いたアルトを、ミハエルの視線が追う。
「……あったとしても、もう切れてると思うぜ」
そう返したミハエルを、アルトの視線が追う。
必然的に重なった視線は、一呼吸置いて意図的に逸らされた。
はああぁぁあ――と大きなため息が教室を支配して、二人ともが頭を抱える。
本当はもっと上手く行くはずだった。きっとこんな教室なんかじゃなくて、きゅんとくるような言葉だって用意して、そして照れくさそうに笑う相手を拝めるはずだったのに。
「お前が、早く言わねえから」
「お前が早く言えばいいんだ」
いったいどこで道を間違ったのだろうか。
もっとときめくシチュエーションの時だってあったのに、タイミングを逃してここまで来てしまった。
「――――付き合おっか、俺たち」
「――――うん、そうだな」
こんな風に始まるはずではなかったのに、と少しだけ泣きたくなったが、いつの間にか重なった手にときめいて、指を絡めてしまう。
「失敗したなあ……」
「情けないなあ……」
「でも、好きだ」
「ああ、好きだ」
ちらりと横目で見やると、意図せず視線がぶつかって驚いた。そうして、お互いの照れくさそうな笑い顔を拝む。
「じゃあ、恋人の有効期限はナシってことで、ヒトツ」
「これからも、よろしく?」
手のひらを合わせて、強く握り合う。
今まではお互い友人同士。たった今から恋人同士。
窓の外で聞こえる、静かな雨の音がやけに心地よく感じられ、ゆっくりと静かにキスをした。
リライト様、恋になる前に十題
#両片想い #お題 #ミハアル
かみなりとお姫様
シュン、とドアを開いて、部屋の中に入る。今日も一日無事に勤務が終わった、とホッとする瞬間だった。
「あー疲れたあ。明日休みならいいのになー」
はあ、とため息を吐きながら、ミハエルはジャケットの前をくつろげる。聞こえてくる激しい雨の音に、まだ降っているのかと意識を向けた。
気象庁で全てが管理されているこのフロンティアの気候。常春であれとは言わないが、こんなに機嫌の悪そうな雨を降らせなくてもいいじゃないかと思ってしまうのは、恐らくミハエルだけじゃないはずだ。
「うわーまだカミナリまで鳴ってる。いくら地球の自然を取り入れたいからって、ここまでしなくてもいいと思わないか?」
肩を竦め、同室の恋人・アルトを振り向く。
「そっ、そうだな」
上ずった声を不審に思って、首を傾げた。普段なら彼は、季節が感じられていいじゃないかとでも返してくるのに、なぜ今日に限って同意なのだろう。EX-ギアでフライトができないから、雨があまり好きでないことは知っているが、それでもこんな風に、天候の否定をしたことはなかったはず。
そうしてミハエルは、アルトの肩がびくっと震えるのを見てしまった。
「あ、そっか。アルト、もしかしてお前、カミナリ怖いのか?」
肩が震えたのは、大きなカミナリの音とほぼ同時。理由を紐づけるのは、さして難しいことではなかった。
「バッ、怖いんじゃねえよ! に、苦手っていうか好きじゃねえだけだっ!」
苦手なのと好きじゃないのはどう違うのだろうと思うが、きっと聞いたところで明瞭な答えは返ってこないだろう。
「うわっ!」
ふうんと頷きかけたところで、ゴォンと大きな音。それに驚いて、アルトは身をかがめてしまった。らしい、とも、意外、とも思える新発見に、ミハエルは嬉しくなってしまう。
また、アルトを知ることができた、と。
「ふうんそっかあ。アルトはカミナリが怖い、と。ちゃんと覚えておくよ」
「だ、だから怖いわけじゃねえって言ってんだろうがっ、……っ!」
立て続けに聞こえるカミナリの音に、アルトは首を引っ込めて耐える。その姿を可愛らしく思い、ミハエルはもっと鳴れ、と心に祈った。
「抱きしめててあげようか、アルト姫? ちょっとは安心しない?」
「するか馬鹿!」
「即答かよ。……じゃあさ、耳塞いじゃえばいいだろ? 聞こえないように、ね、あの時みたいに、…さ」
そっと耳元に落とす、からかいを含んだ声音。
あの時、の意味を瞬時に理解して、アルトの頬が真っ赤に染まった。誰がするかとこぶしを振り上げて、だけどミハエルには難なくかわされてしまう。
「だって音聞くの嫌なんだろう? あの時だってお前、いやらしい音聞きたくないからって耳塞ぐじゃないか」
いくら俺が頑張ってもカミナリの音は止められないよと肩を竦めるミハエルを、憎らしげに睨みつけてみた。それでもやっぱり効果はなくて、
「まあ、してる最中に、耳塞いでる余裕なんかなくなっちゃうみたいだけどね」
反論できない。事実なだけにアルトは反論できないが、なんでこんな意地の悪い男を好きになったんだ!と、八つ当たりで手近なものを投げつける。
「わっ」
「馬鹿ミシェル! 」
「なにすんだよ姫ー。せっかく買ってあげたヒュドラの特大ぬいぐるみ、粗末にしないでくれるかな」
「知るか! お前が勝手に買ったんだろ!」
律儀にベッドに置いててくれるくせにねえ、と抱き枕仕様のヒュドラを撫でる。時々これをちゃんと抱きしめて眠っていることくらい、お見通し。ポンポンと軽くはたいて、アルトのベッドへ戻してやった。
「ハイハイごめんね。たまにはさー、こうほら、ミシェルーって抱きついてくる姫が見たかったんだけどなー」
「ぜっ、絶対しな……うわっ!!」
しない、と言いかけたところへ、特大のカミナリ。思わず耳を塞いで身をかがめる。さすがの轟音に、ミハエルも首を竦めた。
「これいつまで続くのかなあ。ちゃんと眠れるといいんだが。大丈夫かアルト?」
「あ……」
無意識に肩を抱いてくれるミハエルの両手に嬉しくなってしまう。
「もう、……嫌だミシェル」
きゅ、と彼のジャケットを握って、トンと額を預けた。
「え、なにが」
「カミナリ」
「え、あ、うん?」
「…………しろよ」
その言葉の意味は理解したがにわかには信じられなくて、ミハエルは踏み込めないでいる。それを感知したのか、アルトはバッと顔を上げて口唇を奪った。
「カミナリ気にしてる余裕、なくさせろって言ってんだ!」
真っ赤になって叫ぶお姫様を、何よりも愛しいと思ってミハエルは抱きしめる。
キスをして、背中をさすってやって、ゆっくりとベッドに倒れ込む。カミナリはまだ鳴っていたけど、そんなもの気にしていられなくさせてやろうと、深く口づけた。
口唇を離したら、無邪気な顔をしたヒュドラのぬいぐるみに気がついて苦笑する。邪魔をしないでくれよなと笑って、そっとベッドの下に追いやった。
#ミハアル #ラブラブ
逃げ道
ふうーとアルトは息を吐いた。泣かずにはおられなくて、ソファの背に頭を乗せて目を押さえる。男なんだからと我慢しても、溢れてくる涙が止まらなかった。
玄関の方で、鍵を開ける音がしてハッとする。流れた涙を拭って、アルトはソファから立ち上がった。リビングを抜けて、玄関までの数歩を駆ける。今は少しでも早く、その人の顔を見たかった。
「ただいまー」
「ミシェル!」
勤務を終えて帰ってきた恋人に、触れたくて抱きしめる。
熱烈な歓迎を受けて、ミハエルは不思議に思った。今日は何か特別なことでもあっただろうか?とおみやげに買ってきた娘々の天津飯を片手に腕を広げる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、う~ん?と考えながらも、ぎゅうっと抱き返してみた。
「アルト、どうしたんだ?」
何かあった?と耳元で囁いてやると、ふるふると首を振って答えるアルト。なんでもないんだ、とようやく身体を離し、正面から顔を眺める。
「ただ、お前に触れたかったんだ」
おかえり、と続けると、ミハエルは優しいキスをしてくれた。
「メシ、すぐに用意するから」
「ん、頼むわ。着替えてくるから」
そうしてあるとはキッチンに向かい、ミハエルは自室へと入っていく。
ふたりで暮らし始めて、どれくらい経つのだろう。
出逢って、恋に落ちて、キスをして、身体を繋げて、一緒に暮らそうと言い出すまでに、さほど時間はかからなかったように思う。
軍事プロバイダーなんて職に就いてはいるものの、世界は至って平和。表向きの運送業と、要人の航行護衛、くらいしかすることがないくらいだった。
「チビー、いい子にしてたか~?」
着替え終わったミハエルはリビングのソファに腰をかけ、いつだか拾った飼い猫を抱き上げる。拾った頃は手のひらに乗っかってしまいそうだった子猫も、今では両手でないと持ち上げられない。
にゃあんと声を立てて擦り寄る猫の、首輪についた鈴が鳴った。
「ミシェルー、テーブルの上片付けてくれ」
「おう任せろ」
ミハエルは言われるままにテーブルを片付け始める。アルトが飲んでいたらしい紅茶のカップと、戦闘機の月刊誌数冊、テレビのリモコン、そして、一冊の文庫本。
「あ、献本来たのかこれ」
目に馴染みのあるタイトルに、ミハエルはその文庫本を手に取って眺める。
「あ、ああ、お前にも来てたぞ。そっちの封筒」
プレートに料理を乗せて運んできたアルトが、少しだけ動揺した様子で奥のソファを顎で指した。宅配便で送られてきたらしい封筒が目に入り、ミハエルは苦笑した。
「アルトのと一緒に送ってくれてもいいのにねえ」
くすくすと笑いながら、拭いたテーブルの上に料理を並べる。いい匂いだ、とミハエルは鼻を鳴らした。
カーペットの上に二人で向かい合って座り、本日の夕食開始。夕食というには若干遅い時間帯だが、そろって食事をしようという、いつのまにか出来上がっていた暗黙の了解が、二人にそうさせていた。
「どうだった? 読んだんだろ?」
温かなご飯を口に運びながら、ミハエルは訊ねる。アルトの肩が、少しだけ強張った。
本日二人に届いた物は、あるドラマを小説化したものだ。売り出し中のアイドルたちをメインに、このマクロス・フロンティアを舞台とした大掛かりなドラマ。それにはアルトを始め、ミハエルや同僚のルカ、歌姫ランカの兄であり、アルトたちの上司であるオズマなども出演していた。ドラマの世界の人物と現実世界をリンクさせ、間柄や名前、社名など、ほとんどがそのまま使われている。
ランカ・リー、シェリル・ノームの歌も然ることながら、戦闘シーンには絶大な人気が集中し、カラオケブームの到来・新統合軍への志願者急増など、ちょっとした社会現象になってしまったことは、まだ記憶に新しい。
その人気を受けて、コミカライズやノベライズが行われたというわけだ。
「これ確か最終巻だろ? ちゃんと新しい星に行けたのか?」
アルトは、箸を止めてしまう。ミハエルはそれに気づいて、何か悪いことでも言ったかな、と首を傾げた。
あ、と思い当たる。
恋人関係を続けて珍しい、熱烈なお出迎え。
「アルト、もしかして泣いてた?」
「べ、別に泣いてない」
この愛しい人は嘘が下手だなあと、いつも思う。嘘をつくときは、いつも視線が右にずれるのだ。
ミハエルは箸を置き、ぽんぽんと自分の膝を叩いて、
「アルト、おいで」
そう、呼んでみる。アルトはふと顔を上げ目線を合わせ、困ったように眉を下げて、自分の器と箸を片手に移動した。
器と箸をテーブルに置き、膝の間にちょこんと座り込む。それでも素直に背中を預けようとしないアルトを、ミハエルは強く胸に抱き寄せた。
「悲しい結末だった?」
「……別に、そういうんじゃない。基本的にテレビのとおんなじだし」
「でも泣いてたんだろう?」
泣いてない、とは今度は返ってこなかった。やきもちを焼いて身を寄せてきた猫を抱き、アルトは先ほどまで読んでいた小説の内容を思い出す。
戦争は終結した。新天地に降り立って、あの後は街の建設や何やらで忙しくなるのだろう。悲しい結末ではなかった。
「俺がいないから寂しい? 俺は三巻で退場しちゃったからなあ」
悲しい結末でなかったのなら、あとは何だろう、とミハエルは考えて、冗談混じりに呟いてみせる。
アルトからの返答はなくて、図星だったのだと悟った。
――――またこのお姫様は、余計なこと考えちゃったのか
ミハエルの演じた役は、幼馴染であり密かに想っていた女を守り死して退場した。そのシーンを撮影した時は、アルトの目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれていて、宥めるのに何度も何度もキスをしたのだ。
現実じゃないだろ、と言って、頬に、目蓋に、キスをして、大丈夫だと抱きしめた。
出番がなくなってからも、ミハエルは何かと理由をつけて撮影現場に出向いていたけど、本当は自分だって怖くてたまらなかったのだ。死というものが、あんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。
「姫、もう何度も言ったけど、俺はここにいるだろ?」
ぎゅう、と抱きしめる。猫の鈴が鳴る。
自分はここにこうしているのだと、アルトに教え、ミハエル自身にも証明する。
「分かってるけど、しんどい」
せめて役名が違うものだったら、こんな思いはせずに済んだかも知れない。いや、それでも姿かたちはミハエルなのだから、どれだけも変わらないだろうか。
「でも、出てきたぞ、お前。いないけど、出てきた」
「……何それ、ちょっと意味が分からないんだが」
怪訝な声を出したミハエルにアルトはやっと笑い、夢の中だよ、と続けてやった。
「夢?」
「ああ、夢だ。最終決戦の時、すげー幸せな夢見てた」
学園の校庭で寝入ってしまった自分をミハエルが揺り起こし、あたしも探してあげたのよと見下ろすシェリルや、見つかってよかったと笑うランカたちと教室に戻り、仏頂面のブレラとすれ違って、ランカの崇拝者であるナナセや、そのナナセに若干報われそうにない恋心を抱いているルカを眺めては、自分のいた世界がこんなにも美しかったことを知ったのだ。
そうして学園の背景は消え、ミハエルとふたりになる。
ミハエルの存在と彼の死が、アルトに教えてくれた。大切なもの、というのがいったい何であるのか。
夢で見た彼の笑い顔を、アルトはきっと忘れないのだろう、とアルトは思う。
夢から醒めて、ふと横切った紙切れ。
ミハエルの残した遺書。たった一言、走り書きのように綴られていた。
Show must go on.
思い出して、また泣いてしまう。
死して退場する役は、ミハエルでなければならなかったのだと、今さら実感する。あの役が他の誰かであったら、アルトは大切なものさえ気づかずに、ずっと頼りっぱなしで過ごしていたに違いない。
「ドラマん時は俺、演じることで精一杯だったけど……こうして文字で見ると全然違うっていうか……」
「演技なんてしたことなかったしな、俺ら。それは俺も思ったよ。どんだけアルトに入れ込んでんだ、って」
ちょっと恥ずかしいな、とミハエルは笑う。ミハエルの役どころはアルトの親友で、しかしそれにしては構いすぎである。読みながら、何度苦笑を漏らしたことか。
製作側も、アルトとミハエルが恋人同士であることは知っているから、そういう要素を取り入れたのだろう。
「どんな世界で出逢っても、俺はきっとお前に惹かれてくんだろうな」
そう言って、ミハエルは目を閉じる。たとえそれが恋と名づけるべきではない感情でも、ミハエル・ブランという男は早乙女アルトに惹かれるだろう。
例えばこの先の未来で出逢っても、本物の空がある地球という星で出逢っても。宇宙の存在がまだ遠かったような過去でも、進化しすぎた未来でも。
「俺もだ。同じ時代に生まれて、その世界の端と端にいても、絶対出逢っちまうんだぜ」
普通の学校に通って、部活動にも参加して、帰りには手を繋いで歩いたり、普通の企業に勤めて一緒に暮らしたりするのだ。
「今度制服でデートしようか?」
「休み合わねーよ」
「ああ、そうだなあ……今オズマ隊長が新婚旅行行っちまってるおかげで、俺にお鉢が回ってきてるしね」
先日、ついに結婚式を挙げたオズマ・リーは、現在L.A.I系列のリゾートで新婚気分を満喫中だ。あの無精ひげの男がリゾート施設になんて不審極まりないが、新妻であるキャシーは喜んでいるようだった。
その間の仕事は、ミハエルが引き継いでいる。デスクワークは嫌いじゃないが、できれば身体を動かしたい。
「旅行土産、なんだろうな」
ちょっと楽しみ、と喉を鳴らしたアルトに、あの隊長がそんなに気の利いた品を買ってくるとは思えないけどねと返してやった。
「今度一緒の休暇取れたら、ふたりでどっか行こうか」
「そうだな、取れたら」
「ご機嫌上昇した? まったく俺のお姫様は単純なんだからな」
横向かせた頬にちゅっとキスを贈ると、ぶん、とこぶしが飛んでくる。もちろんそれは避けてみせて、ホールド・アップ。
「単純って言うなっ、あと姫って言うのもやめろッ」
「似合ってるんだからいいじゃないかー」
「似合ってない! もう、てめえにメシなんか作ってやんねーからな!」
顔を真っ赤にして膝の間から抜け出し、頬を膨らませて隣に移動する。では私が、とでも言うように、愛猫が空いた膝へと乗り上げた。
「仕方ないな、じゃあ明日は俺が作るよ」
一緒に暮らし始めた頃は、確か食事も洗濯も掃除も当番制だった気がする。
いつの頃からか食事はもっぱらアルトの役割となり、レパートリーもかなり増えてしまった。
「久しぶりのような気がする。ミシェルの作ったもん食べるの」
「最近アルトに任せっぱなしだからなあ」
中断してしまった食事を再開して、ほんの少し冷めた料理を口に運ぶ。向かい合って食べるより、こうして隣り合って食べる方が、声がすぐ近くで聞こえて心地良い。
「俺はアルトの料理大好きだから嬉しいけど、しんどいなら前みたいにきっちり当番制にするか? 仕事だってあるんだし、負担になるだろ」
「別に、負担になんてなってない。誰かのために作るのって、結構好きみたいだ。ちゃんと感想言ってくれるし、そういうのは、その、やっぱり嬉しいと思ってる」
俯き加減に呟くアルトを見下ろして、思わず可愛いなんて思ってしまう。気に入らないことには素直に感情を表すが、嬉しいという言葉をあまり発さなかった恋人が、こうして心の内を話してくれるようになったのは、やはりあのドラマに出演してからだった。
「姫の作るもんは何でも好きだけど、あれ食べたいな、カボチャ煮たやつ。甘辛くって美味しかった」
店で買うと何か違う、と口唇を尖らせるミハエルを少し見上げて、思わず可愛いなんて思ってしまう。なんでも一人でこなせてしまう恋人が、こんな風に甘えてくるようになったのは、あのドラマに出演してからだった。
似た環境でありながら全く違う生活を体験して、あんな世界もあったんだ、と思うと、今こうしてここにふたりでいられることが、奇跡のようにさえ感じられたのだ。
星の数ほどいる人類の中で、こうして無事に大切なひとを見つけられた。自分が相手を想うのと同じく、相手も自分を想ってくれた。
外敵もおらず、物語の中でしか凄惨な戦いを知らない。軍人として物足りないと思った日もあったが、とんでもないことだ。
こっちが現実で良かった、と、シナリオを読んで、演じて、公開されたドラマを見て、小説を読んで、その度に思う。
共に寝起きして、食事をして、愛猫を撫でる余裕さえあるこの世界。
キスをしたいなと思って見やったら、お互いがそう思っていたようで視線がぶつかった。面食らって、笑って、口づける。
愛しい人とこんな風にキスができる、この世界を愛してる。
片づけくらい俺がするよとキッチンへ向かうミハエルを追い、アルトも食器を持って向かう。手伝う、と微笑んだら、ありがとうと返ってきた。
リビングでは愛猫がふわふわのおもちゃとじゃれあい、時おり耳に心地良い鈴の音が聞こえてくる。食器を洗う水音と相まって、歌のようにさえ感じられた。
歌――そういえば歌姫たちは元気にしているだろうか。活躍はよく耳にするが、全銀河規模のアイドルになってしまったかつての級友には、気軽に連絡も取れやしない。
作中でこそアルトに恋する女の子たちだったが、現実はクラスメイトで、友人。普通だったら今度みんなで飲みに行こうとでも誘えるのに、そうもいかないのだ。
「ランカちゃんは、隊長の結婚式んときに見たけど、ゆっくり話す暇もなかったなあ」
「ウェディングドレスには目ぇきらきらさせてたな。女ってやっぱりああいうの憧れなんだろうか」
「そりゃ憧れるだろ、純白のドレス着てバージンロードって、普通は一生に一度だし」
「特別ってヤツか」
特別というものに心を惹かれる気持ちはよく分かる。アルトにはミハエルが、ミハエルにはアルトが、まさに特別なのだから。
「はあ、しかしやっと最終巻かぁ。長かったような、短かったような」
片づけを終えてソファにどさりと腰を下ろし、ミハエルは小さな文庫を手に取った。
「こっちの世界とごっちゃにするなってお前には言ったけどさ。正直俺、結構嫉妬したんだぜ」
アルトは小さな猫を抱き上げて、ふわふわの毛を撫でながらなんでと訊ねる。
「シェリルもランカちゃんも、堂々とお前にアピールできていいなーって」
「…………お前も結構してると思うけど」
「これの中の俺はお前に恋してな……う~ん……ないと……思うけど」
自信ないなと目を細めて息を吐く。本棚に並べた既刊を眺めて、思い返してはみたものの、親友というには少し近すぎるポジションをどう説明づけようか悩むところだ。
「俺はあんなに気にかけてたのに、姫の方はさっぱりだったしなー。三巻じゃとうとうシェリル抱いちまって、嫉妬でどうにかなるかと思ったのに」
「ばっ、バカあれはっ……!」
アルトは真っ赤になってから思い出す。そういえば三巻が出てからしばらく、ミハエルの機嫌が悪かったことに。
三巻でのミハエルの退場に、アルト自身も気遣う余裕などなくて、空いている時間にはずっとくっついていたけれど。
「勘弁しろよミシェル。そのことはさんざんシェリルにも言われたんだぜ。なんでアンタがあたしの初体験の相手なのよ!ってさ」
ドラマの方ではぼかされていた部分も、結果として描かれていて、今思うと赤面してしまう。
確かに女を知る前にミハエルに出逢ってしまったおかげで、現実でも女性の柔らかさなど知らないが、ミハエル以外の誰かに触れたいとは思っていない。
「ミシェル」
アルトは気づいた。そういえばまだ一度も言ってやっていなかったことに。
「アルト? どう……」
どうした?と顔を上げたミハエルに、ちゅ、と口唇を寄せる。惚けたような彼に、笑ってみせた。
「俺は、ここにいるからな」
いつも、ミハエルがアルトに言ってくれた言葉。そっくりそのまま返して、告げる。
「お前の俺は、ここだ」
だからお前まで違う世界に行ってくれるな、と。
ミハエルは数秒アルトを眺め、嬉しそうに笑った。
「そうだな、俺の早乙女アルトは、ここにいる」
「俺のミハエル・ブランも、ここにいる」
間違ってないよな、と訊ねると、間違ってないねと返ってくる。違う世界、なんてのも子供の頃に夢を見たけど、やっぱりこの世界がいい。
このひとがいる世界が、いちばん大好き。
「余計なこと、考えるなよ」
「アルトに言われたくないな」
「う、うるさい」
ぺし、と頭をはたいてやったら、イテ、と少しも痛くなさそうな声が返ってきた。
「あれ? アルトもう寝るのか?」
「んー、だってお前それ読むだろ」
背中を向けて寝室に向かっていくアルトに声をかけると、アルトは少しだけ振り向いて答える。それ、と彼が指すのはミハエルの手にした小説。本を読む時、他人が傍にいて気が散る方ではないのに、今日に限ってなぜそんな気を遣うのだろう?と首を傾げた。
「俺がいたら、お前が泣けない」
したり顔で笑うアルトに、カクンと肘を折る。確かに人前で泣いたことなんて、赤ん坊の頃を除けば数えても両手に足りる。
「泣かねーよ」
「ふん、どうだかな」
おやすみ、と笑いながらアルトは背を向ける。泣いていた理由を当てられた仕返しか、とも思いながら、ミハエルは本の表紙をめくった。
はた、と裏表紙を合わせて本を閉じる。ふうーと大きく息を吐いて、それから苦笑いをもらした。
アルトのことをとやかく言えない。
ミハエルは本をテーブルに置き、寝室のドアを振り向く。そこには家族と言える愛しいひとと愛猫がいるはずで、立ち上がってそこに向かう。
愛猫はお気に入りのクッションの上に、恋人はベッドの上に、気持ち良さそうに身体を横たえていた。
「アルト」
静かに声をかけても、小さすぎたのか彼には届かない。ピクリとも動かないアルトに、ミハエルはもう一度だけ声をかけた。
「アルト、もう寝ちゃった?」
愛しいひとは、二度瞬いて、そうしてしっかりと瞳に映してくれた。
「ごめん、起こして」
「いいよ、別に。そんなに眠かったわけじゃないから」
頬に手を寄せると、まるで猫のように擦り寄ってくる。ミハエルは微笑んで、髪を撫でた。
ベッドの端にぎしりと座り込んで、膝の上で指を組む。こんなに情けないところを見られたくなくて、アルトには背を向けてしまった。
「ねえ、俺……泣いちゃったよ」
絶対大丈夫だと思ったのになと続けると、後ろの方でミシェルと呼ぶ声が聞こえる。
「新しい星に行けて良かったなって思いと、やっぱりあそこに居たかったって気持ちがごっちゃになった。ホレた女守って、ってのが間違ってたとは思わないし、現実の俺だってクランのこと大事に思ってる。だから、それはいいんだけどさ」
ミシェル、と名を呼んでアルトは起き上がる。
「やっぱり、お前の隣にいたかったな」
「ミシェル……!」
悲しいのか辛いのか、ミハエルの声が痛い。アルトはミハエルを背中から抱きしめて、力の限りに腕を絡めた。
「でもそればっかりじゃなくてな。死んでいなくなる役目は、俺じゃなきゃダメだったんだって、改めて思ったよ。お前にいちばん近かった、俺じゃなきゃダメだったんだ。アルトにとって特別だったんだなって思うと嬉しいっていうか……なんだろうな、上手く言えない」
複雑な気持ちだよと力なく笑うミハエルを、アルトは強く強く抱きしめる。同じことを考えるこの人だから、愛した。
「あの世界の俺はこっちの俺よりお前のこと分かってて、嫉妬したりね。なに、あの遺書。キザなことしやがって」
「でも、泣いたんだろ」
しばしの沈黙のあとに、小さくうんと返ってくる。涙の溜まる瞳を思い描いて、アルトはふふと笑った。
「俺のこととやかく言えねーじゃねえか、お前」
男のクセにと言ってやると、苦笑した顔が振り向いて口唇を奪われた。
「ん」
三度ほど瞬いて、ゆっくりと目を閉じる。入り込んできた熱い舌先を受け入れて、同じように絡めた。
「んん……」
混ざり合った唾液をこくりと飲み込んで、口唇を離す。吐き出す息さえ、愛おしく思ったけれど。
「……キスでごまかした」
口を尖らせて抗議したら、決まりが悪そうにミハエルの視線が泳ぐ。
愛しい。可愛らしい。抱きしめたい。
アルトは、仕方のない男だなと笑う。
「でも、いい。俺もしたい」
そう言って、ミハエルを首から引き寄せた。そのままベッドに背中を静めて誘う。
「いいの? 疲れてないか?」
「お前こそ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
いつも、そうしてキスで始まる。 本当に仕方のない男だと思った。
時々こうして弱いところを見せられて、愛しさが倍ほどに膨れ上がってしまう自分は、本当に仕方のない男だと思った。
#ラブラブ
また今日も抜け出せず
-Alto&Michael-
今日こそ、言おうと思う。
昨日も、言おうと思った。
確かその前も、言おうとしていた。
でも、いつも言えないんだ。
言った後のことを考えると、すげえ怖いんだよな。なにせ俺もあいつも男だし、何言ってんだよ気持ち悪いって突っぱねられんのが関の山だ。そして変なものでも見るような目で見られて、避けられて終わるんだ。
何度も頭に描いたじゃないか、そんなこと。
だから、もうやめてやるって思うのにな。
それでも逢うたびに胸が鳴って、しょうがないよなって、諦めることを忘れちまうんだ。
あの日キスをしてから、どれだけ経ったんだろう。あの後も当然だけどあいつは何も変わらずに、やっぱりドキドキしてたのは自分だけなんだって思った。
まだ感触を思い出せる。ただの【レクチャー】だって分かってんのに、俺の方は熱くなっちまって、夢中になってた。
気持ち良かったな……。もうできないんだろうな。
なあ、気づけよお前。こうしてお前の隣をなんでもないフリして歩くって、結構しんどいんだぜ。
他愛ない会話をわざわざ探して、これからの関係に差し障りないように選んで、たまに横顔を盗み見ながら、必死で好きだって気持ち抑えてんだ。
気づけよ、この鈍感。
「なあ姫、渋谷エリアに新しいケーキ屋ができたんだってさ」
「……また女からの情報か? 相変わらずお盛んだな」
「あれ、そういうこと言うんだ? せっかくオゴッてやろうと思ったのになあ」
少しだけ速まった歩調に、慌てて合わせる。
「マジで? 前言撤回する」
「予定ないだろ? これから行こうぜ。可愛い店員さんいるかな、楽しみだ」
「お前はそれしかないんだな。ああでも、俺も楽しみだ、どんなのあるかな」
そしてまた、互いの歩調がゆっくり同じになるんだ。
気づけって、だから、もう。
楽しみなのはお前とケーキ屋行けることであって、それ以上の楽しみなんかないのに!
もういやだ、こんなじれったい気持ち。
やっぱり言ってしまおうか、お前が好きだと。レクチャーじゃないキスがしたいんだと。本当は笑い合って抱き合って、いちばん初めにおはようって言いたいんだ。
ああくそ、泣きたくなってきた。
情けないな、こんな風になっちまうなんてさ。俺がこんな想いを抱えてるって知ったら、周りのヤツらは笑うだろうか。
いつだって傍にいるせいで諦められなくて、いつでも傍にいるのに言い出せなくて、気づけば長いこと片想いしてる、なんて。
自分でも馬鹿みたいだなって思うよ。せめてもうちょっと楽な相手を好きになればいいものを。
ああ、でも。
あの背中を見るたびに、髪に触れるたびに、声を聞くたびに、どうしようもなく好きなんだなって実感する。この間なんか夢にまで出てきて、目が覚めたとき思わず力なく笑ってしまった。
もう、どれだけ好きになってしまっているんだ。
「どうしたんだ?」
知らないうちに立ち止まってしまっていて、何かあったのかと覗き込んでくる。
ああ、きっと最初に好きになったのはその目なんだろうな。
「別になんでもない。悪いな、行こうぜ」
「悩み事でもあるのか」
深刻そうな顔をしていた、と言われて自嘲気味に笑った。そうだ、深刻な悩みだよ。きっとこの銀河が平和になっても、ずっと続いてく悩みなんだ。
「俺には話せない悩みか? 相談くらいだったら、いつでも乗るぞ」
「ああ、うん、ちょっとお前のことが好き過ぎて」
「あー、俺もあるぜ悩むとき。お前のことが好き過ぎて」
ため息混じりに呟いた。
ため息と一緒に返ってきた。
そうしてからやっと気づいた。
三秒の沈黙と、それから同時に振り向くお互いの顔。
「あ、そ、そうなのか?」
「え、あ、うん、まあ」
なんてことだ。……なんてことだ!
言っちまった、ぽろっと口から出ちまった。
こんな風に言うつもりじゃなかったのに。
あんな風に返される予定はなかったのに。
「あのさ、今の、本気で信じるぞ」
「俺のセリフだ、ばかやろう」
「なんだよもう、そうならそうとちゃんと早く言えってんだ」
「お前こそ、少しはそういう素振り見せろよな」
こっちは見せてたつもりだ。好きでもないのにあんなキス、できてたまるか。
そうだ、あの時言ってくれれば良かったんだよ。そうすればもっと早く、お前と手が繋げたのに。
「じゃあ、改めて言うけど」
「あ、うん」
正面で向き合った。周りの喧騒なんか、耳に入ってこない。あいつの声だけ、聞いていたいんだ。
「好き、だ」
「俺も、好き」
これでやっと両想いだ。念願叶った、神様ありがとう。
手が触れた。指が絡んだ。お互いに握り合って、新しくできたというケーキ屋へと足を向けていく。
でも、でもどうしよう。恋が叶ったらこんなに悩まずにすむと思っていたのに。
「ああ、どうしようアルト。すげえ好きだー」
「知るかよ、俺だってすげえ好きでどうしようって思ってんのに!」
好き過ぎて、また悩む。
ああもうちくしょう、大好きだ。
結局また今日も、【好き】の渦から抜け出せず。
#両片想い #シリーズ物 #ミハアル
/ /

小さな重みで沈んだベッドの変化で、目が覚めた。
にゃあん。
二度ほど瞬いて、ああなんだ猫か、ともう一度目を閉じる。にゃあんと抗議のような泣き声が聞こえて、完全に覚醒した。
身体に巻きつく、男の腕をそっと外して起き上がる。枕元には案の定、ベッドを軽く沈ませた愛猫がいた。拾ってきたときは片手に乗るくらいだったのに、いつの間にこんなに大きくなったんだ?
にゃあ。
「こら、おこすなよチビ。ミシェル疲れてるんだから」
シーツの上に散らばるハニーブラウンにじゃれつく愛猫を軽く叱りつけて、ゆっくりと足をベッドの下に下ろす。朝の空気は素足には肌寒い気もしたけれど、スカイライト・ウィンドウからこぼれる陽射しに、今日はいい天気だなとすがすがしい気分になれた。
昨夜脱ぎ散らかしたシャツを羽織って、タオルと着替えを片手に部屋を出かけて、途中振り返る。
「チビ、チびおいで。ご飯」
腹減ってんだろう?と問いかけると、通じているのかいないのか、愛猫はてんてんと額を叩いていたミシェルを置き去りにして、トンッとベッドから飛び降りた。身軽なもんだな。
この猫を拾って、もう二年ほどになる。雨の日に拾った小さな子猫は、今の生活には欠かせない癒しになってくれている。勤務で疲れて帰ってきて、出迎えてくれる家族がいるってのは、やっぱいいよな。
俺はチビにご飯を用意してやって、ひとりバスルームに向かった。
ミシェルが起きていたら、きっと一緒に入ろうとか言ってくるに違いないんだ。冗談じゃない、昨夜あんなにたくさんしたのに、その上一緒にシャワーなんてして、ただで済むわけがないんだ。
蛇口をひねると、ザアッと熱い湯が落ちてくる。ミシェルの体温の方が心地いいななんて思ってしまうのは、やっぱり俺がアイツに心底ほれているからなんだと思う。
恋人――ミハエル・ブランとは、中学のころからの付き合いだ。恋人同士になれたのは出逢ってしばらくしてからだったけど、初めて逢って、三秒で恋に落ちて、どうにか近づきたくて学科を変えてまで傍にいったんだ。
懐かしいな。あれから色々なことがあった。
恋人になって、学校中に知れ渡って、卒業後に就職した民間軍事会社でもいつも一緒で、ミシェルのいない生活なんか考えられなくなったこともある。
クラスメイトだったシェリル・ノームとランカ・リーの、銀河級一大プロジェクトに参加させられたり、おかげで職務が疎かになってしまったり、毎日届けられるファンレターとやらの山にため息をついてみたり。
そう、とあるドラマに出演してからというもの、俺とミシェルの周りは騒がしくなってしまった。
それは、驚異的な力を持つ宇宙生物・バジュラの侵攻と、渦巻く陰謀――売り出し中のアイドルたちをメインに、このマクロス・フロンティアを舞台とした大掛かりなドラマ。
みんな役者じゃなかったから、無茶な注文だとは思ったが、会社のオーナー直々の依頼ともなれば、断ることはできなかったんだよな。報酬は破格だったし、そんなに日常が変わるわけでもないと思っていたのに。
俺を挟んでの三画関係を交えつつ、戦闘機を用いたバトルシーンと、目玉である歌姫たちのライブシーンは、かなり好評だったらしい。
その人気を受けて、コミカライズやノベライズ、更にはアニメーションの映画にもなってしまった。
ドラマや小説は、俺にとっては手痛いストーリーだったけれど、自分が関わったものがこんなに評価されているのは、素直に嬉しいと思う。
ふるふると首を振って、前髪の水滴を散らす。そろそろミシェルを起こしてやらないと、間に合わなくなってしまうからな。
そう思って手早く着替えを終えて寝室に戻った。ご飯を食べ終えていたらしい愛猫が、シーツの上、ミシェルの腹の辺りを陣取って座っている。こいつも本当にミシェルのことが好きだよな、と恋敵のようにさえ思った。
「ミシェル、ミシェル起きろって」
うんともすんとも言わない。こんだけ寝こけるなら、昨夜あんなにするなよってんだ。
にゃあん、にゃあー。
「叩いてやっていいぞチビ。早く起きてキスをしてって」
くっくっと笑いながら、やっぱり起きないミシェルに口唇を寄せた。
目蓋を、ぺろりと舐める。腹が減った時、チビがいつもそうしてミシェルを起こすみたいに。
「ん? んー」
まだ起きないのか。何度目で起きるかな、と思って覆うように舌を動かす。くすぐったそうに身を捩ったミシェルは、目蓋も開けずに呟いた。
「んー、チビー、もう少し寝かせ…………あれ? チビこっち?」
腹の辺りの猫の体温に気がついて、ミシェルはようやく目蓋を持ち上げた。じゃあ今の感触はいったいなんだと。
「……ひめっ!?」
「ふふん、ようやくお目覚めかよ」
ぺろりと舌を出して、口唇を舐める。ミシェルは今目蓋にあった感触がなんなのかを悟って、大きなため息と共に肩を落とした。
「もう、アルト、そういうのは俺が起きてる時にやってくれよな」
「は、知るか。ほら起きろよ。上映時間に間に合わなくなるだろ」
すっとミシェルの傍から身体を離し、出かける準備を始めようとは思ったけれど、すぐにはできないことを知っている。
「ひーめ、おはよう」
「……ああ、おはようミシェル」
「チビも、おはよ」
にゃあん。
こうして、キスをされることが分かっているから。
たっぷり一分キスをして、それからベッドを降りるのが、ミシェルの日課。
「まだ間に合うよな。映画見たら娘々でご飯食べて、グリフィスパークに行こう」
「絶対混んでると思うぞ」
「いーの。今日この日に姫と行くことに意味があるんだ」
ちょっと待ってて、とミシェルもバスルームに向かっていった。
しょうがない男だなとは思うけど、やっぱり一緒に行けることには感謝した。
2月22日、マクロスF劇場版~イツワリノウタヒメ~、22回目の観賞に、イッテキマス。
#劇中劇 #ラブラブ