- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.318, No.317, No.316, No.315, No.314, No.313, No.312[7件]
結べないのはチェリーだけ
れに笑って、手始めにと額にキスを降らせた。
「アンタが好きだって言ってくれんなら、結べなくてもいい……」
「くすぐってぇ」
「キスしてないところあったらダメなんだろ」
額に、まぶたに、眉に、頬に、そっと髪を避けて耳に、十座は口唇を落としていく。くすぐったさに身をよじる左京の名を呼んで、ありったけの愛情を注いだ。
「ん、ぁ……」
「前から思ってたが、アンタ耳も弱いよな、左京さん。……サラサラの髪の毛、こうやって耳にかけてキスをすると、色っぽい声出してくれる。可愛い」
「かわ……三十路の男に言う言葉じゃねーぞ」
「本当にそう思うんだから仕方ない。普段隠れてるとこは弱いって言うけど、本当だな」
ニ、と口の端を上げる十座の瞳に情欲の炎を見つけ、左京はぞわりと肌をあわ立たせる。こんなふうに男の顔を見せておきながら、キスが下手だなんてのたまう高校生の、アンバランスさ。
「てめぇは本当にタチが悪いな……」
左京は目元を覆い、長く息を吐く。可愛いなんて言われて嬉しいはずがないのに、この男相手にだけは心臓が跳ねてしまう。
「駄目っすか……?」
「駄目じゃねぇ、馬鹿」
それくらい惚れてしまったのだからしょうがないなともう諦めて、十座の背中に両腕を回した。
一日の終わり、夜の始まり、結べなかった茎の変わりに視線と舌と愛の言葉を絡めあって、確かめる。甘い甘い、キスの味。
#両想い #ラブラブ
金色の曼珠沙華-031-
「左京さん、何か怒ってんのか? もしかしてああやって知り合いにチケット売るの、ダメだったのか」
左京が運転席に乗ると、十座は車の外から訊ねてくる。左京の態度がおかしいことには、さすがに気づいているらしい。左京もそれを自覚していて、はあーと長く息を吐いた。
「乗れ」
「え?」
「乗れって言ってんだ。これ以上目立ちたかねぇだろ」
左京の言葉に、十座は視線だけで校門の方を見やり、気づく。
女の子が兵頭十座に声をかけてきたということで、ただでさえ目立っているだろうに、この状況はさらに拍車をかけるだろう。十座は後部座席のドアを開け、素早く乗り込んだ。
「ハ、俺を好きだって言うわりに、こういうチャンスは逃すんだな。普通助手席じゃねえのか」
「運転してる左京さん、冷静に見てられる自信がねえからな」
「ものは言いようか。さっきの女、よかったのか。邪魔しといてあれだが」
左京は車を発進させながら、バックミラーで十座の表情を盗み見た。後ろめたさを微塵も感じさせない表情は、特別な関係にあった女というわけではないことを、知らせてくれていた。
「邪魔って……あれはそういうんじゃねえ。親が知り合いで、何度か話したことがある程度だし。俺に付き合ってた女なんかいねえ。アンタが初恋なんすけど」
「だったら――なんで女知ってんだ?」
「え?」
左京は、ぎゅっとステアリングを握る。
あの日から、ずっと心に引っ掛かっていたことだ。
初恋だという十座の気持ちを疑っているわけではない。初恋であってほしいと願っていたわけでもない。
女を知っていながらも、どうして自分をという戸惑い。
そして、知らないなら知りにいけと、突き放せなくなった誤算。
そのどれもが、突き放したい思いと突き放しきれない矛盾を孕んで、左京の中に巣くっていた。
「女抱いたことあるんだろ、兵頭」
「……あー……、あれを抱いたっていうんならな」
言いにくそうに苦笑して、十座はそれでも肯定を返してくる。ずき、と心臓が痛みを増した。
「ど、どういうことだ……?」
「……抱かされた、って方が正しいかもしれねえ」
左京は目を瞠る。
本意ではない行為を強いられたということだろうか。合意があったのかなかったのか、そもそもそれは聞いていい話なのか。
「中学、卒業する前かな。あんま覚えてねえが……、俺と寝りゃあ、ハクがつくんだと。名前も知らねえし、顔も思い出せねえ。女と寝ることに興味がねえわけじゃなかったが、そういいもんだとも思わなかったな」
十座は両手の指を組み、肘をついて口許を覆い隠す。その様子がミラーで窺えて、左京は失言を悔やんだ。
いい思い出ではなさそうで、むしろ悪い方に分類されていそうな記憶を、不用意に引き出してしまった。
「そういやあの後、やたら高校生が絡んできやがったな。今思えばあれ、あの人の恋人だったとか、そういうヤツだったのかもしれねえ……」
何も考えずにのしちまったがと付け加えて、十座は大きくため息をつく。自分の女が、当時中学生だった男に寝取られたなんて知ったら、そりゃあ頭にくるだろう。そこに恋情があったのならまだしも、かけらさえなく、十座の方は女の名前も知らない状態だ。
「それ、一度きりか……」
「ん、ああ……その女もそれっきりだったし、元サヤっつうのか、戻ったなら別にいいし……もともと女なんか、縁もねえしな」
多感な年頃にそんな経験をして、よくこうもまっすぐ育ったものだ、と左京は思う。道を踏み外すこともなく、真っ当に生きてきた十座を、羨ましいとさえ感じた。
「あ、でもだからって女がダメになったわけじゃない。男がよくて、左京さんを好きになったわけじゃねえんだ」
十座はガバリと体を起こし、運転席の方に身を乗り出してくる。そこを疑ったつもりはなくて、左京は苦笑した。
「危ねえだろ、ちゃんとシートベルト締めとけ」
「あ、……っす」
赤信号で、左京はゆっくりとブレーキペダルを踏む。
左に曲がれば寮の方向。まっすぐ行けば――と思って、レーンを移動せずに、左京は出していたウインカーを切った。
「あんまりいい思い出なさそうだが、お前そんなんで俺に欲情できんのか?」
「……え?」
「女を抱くのとは……抱かされんのとはわけが違うぞ。てめぇと同じもんに前にして、勃つのかって言ってんだ」
「勃、……何言ってんだ、アンタ。俺が何度頭ん中で左京さんを抱いてきたと思ってんすか」
躊躇いもなく、十座はそう返してくる。
自分は彼の頭の中で、どんな風に抱かれていたのだろうかと、おかしそうに口角を上げた。
「エロガキ」
「アンタが訊くから言ったんだが……」
「分かった分かった」
信号が青に変わる。前の車がゆっくりと走り出すのに合わせて、左京もアクセルペダルをゆっくりと踏み込んだ。
「抱かせてやる」
ギアを変えてスピードを上げるのと同時に、そう呟く。左には曲がらずに、交差点を直進した。
「え、…………は……?」
突然の言葉に、十座は事態を把握できていないようだ。そのマヌケな顔が面白くて、左京は肩を震わせる。
「左京さん、今、なんて……」
シートベルトの伸びる範囲で、身を乗り出してくる十座。言い付け通り、ちゃんとシートベルトを締める男を、可愛らしいなんて思ってしまった。
「抱きてえんだろ、俺を」
「あ、ああ、そりゃ」
「お前のことは傷つけてばっかりだしな。……あんな顔されるよりは、やることやっちまった方が楽かと思って。そういう打算的なもんでもよけりゃだが」
いい思い出もなさそうなのに、抱きたいという男に、自分のひとことで浮き沈みしてしまう男に、少しくらい応えてやってもいいかと思った――ただそれだけだ。
恋人になんかなれやしないけれど、それでもいいというのであれば。
「構わねえ。アンタに……左京さんに触れられんなら、同情でも打算でも、なんだっていい」
運転席のシートを掴む十座の手に、ぐっと強い力が込められる。
まだ触れられてもいないのに、左京の心臓が跳ね上がった。
「そうか」
嬉しいと思っている自分を自覚していても、素直に表すことなんかできなかった。
左京はただそう答えて、ぎりぎり制限速度で車を走らせる。マジでか、と小さく呟いた後、口許を押さえ後部座席に体を預ける十座を、ミラーで盗み見しながら。
#シリーズ物 #ウェブ再録
金色の曼珠沙華-030-
冬組の演目が決定して、連日連夜稽古に励む彼らをサポートしようと、フライヤーの制作や配布、衣装や道具の材料調達にと、他の組のメンバーも奔走した。
それは左京にとってありがたいことで、忙しければ忙しいほど、十座のことを考えなくてすむ。あえて幸と予算についてやりあったり、一成とホームページの更新について話し合う。
学生組は、学校に通いながら自主練を中心にこなし、時には本読みに付き合う。
紬と丞についてはさすがの経験者で、日に日に掛け合いもスムーズになっていくようだった。
紬はたまに万里とカフェにでかけているようだが、いい息抜きになっているのならと、特に万里に忠告はしていない。
冬組の――紬が主演の舞台が成功することを祈っているのは、万里も同じだろうから。
「ただいまッス~」
「っす……」
その時、太一と十座が寮に帰ってくる。天馬は撮影に向かったらしく、久々に徒歩で帰ってきたようだった。
「あ、おかえりなさい太一くん、十座くん。もうすぐご飯だからね」
「着替えてくるッス~。あ、幸チャン帰ってるッスか? 昨日衣装縫うの途中だったんスよね~。今日もお手伝いでいーのかな」
「あ、少し前に帰ってきたよ。今は部屋にいるみたい」
いづみの返答に、太一はウキウキしながら自分の部屋へと向かっていく。最近は衣装を作りの手伝いをしているようだが、以前やむを得ず、衣装を台無しにしてしまったことを許してくれたことが、嬉しいらしい。
「あ、監督。すまねえが冬組の公演チケットってまだあるのか?」
「えっ、チケット? どうだったかな、確認してみるね。観に来てくれる人がいるの? 十座くん」
「今日……ちょっと声かけられて。二枚あれば嬉しいんすけど。初日じゃなくてもいいって言ってたから」
十座が、もうすぐ始まる冬組公演のチケット状況を訊ねている。
しかし十座に声をかけてくるなんて、豪胆なヤツもいたもんだ、と左京は複雑な思いだった。環境が変わるのは喜ばしいことだが、そうやってだんだんと自分の手など必要なくなっていくのだろう。
芝居も、恋も。
これ以上振り回されるのはごめんだと、左京は口唇を噛んだ。
左京は、校門からあふれるように出てくる人の波を、運転席から眺めていた。
友人たちと楽しそうに笑う高校生。女同士、男同士、男女、それは様々だが、見るからに健全な一般人だ。自分が高校生だった頃とはやっぱり違うなと苦笑する。
そうして、目当ての人物が視界に入ってくる。兵頭十座だ。
下りて声をかけようとしたその瞬間、気づく。彼は誰かを探しているようだと。左京ではない。何しろ今日ここに来ることを、十座には言っていないからだ。
なのに、十座は携帯端末を片手に、きょろきょろと辺りを見回している。
校門で探しているということは、校内の人間ではないらしい。同じ校内にいるのなら、校門なんて人が多い場所で待ち合わせる必要もない。
(ああ……もしかしてチケットの相手か?)
昨日いづみに訊ねていた、空席チケット。
運悪く席はすべて埋まってしまっていて、立ち見となってしまうのだが、それを渡したい相手なのかもしれない。
左京は、ダッシュボードの上に置いていた紙切れを目に映し、当初の目的を果たそうと、その紙切れを手に運転席のドアを開けた。
左京がドアを閉めるのとほぼ同時に、十座に駆け寄っていく影。
(えっ……)
「遅れちゃってごめん、こっちから頼んだのに」
「ああ……いや、別に」
欧華高校のではない制服、スカートをひらひらさせた女の子。
周りの生徒がざわついた音が聞こえるが、左京の胸はそれ以上にうるさかった。
(おん、な……?)
まさか、チケット購入を希望して声をかけてきたというのが、女だなんて思わなかった。よほど度胸があるのか、それとも――。
「立ち見でもいいか? 席、埋まっちまってて」
「あっ、いいのいいの、観られれば。ありがとう。ねえ、秋組? だっけ? の次公演ていつなの?」
どうも彼女の本命は秋組のようだ。というより、やはり兵頭十座が目当てなのだろうか。あの強面に怯みもせずに話しかけるなんて。
親しい知り合いなのか、周りが驚いていることにも気がついていないらしい。むしろ十座の方が周りを気にしている。
「それは分からねえが……決まったら知らせる。アンタあんまり俺に近寄らねぇ方がいいぞ……」
きょろり、と見回し辺りの反応に気がついて、気まずそうに眉を寄せ――そして、左京の存在に気がついた。
「左京さん」
小さくそう呼んだだろうことが、口唇の動きで分かる。左京はそれでようやく我に返り、手にしていた紙切れの存在を思い出す。
左京はため息の後に足を踏み出し、十座と、仲の良さそうな女の方へと歩み寄った。
「さ、左京さん? どうして」
「えっ、だ、誰――あ、秋組の!」
「……話の途中で邪魔して悪いな。チケット、二枚都合つけたから。日程に縛りがないなら、座って観られた方がいいだろう」
左京の手にしていたものは、二枚連番の観劇チケット。もともと関係者席として空けていた分だが、どうせなら一般客に回したい。もちろん関係者に話を通した上でだ。
「え、え、いいの? 一緒に行く子も超楽しみにしてるの、嬉しい。あっ、じゃあお金、二人分」
彼女はそう言って財布を取り出す。
左京は不思議に思った。本当に観劇を楽しみにしているようで、十座に声をかける口実にしては、熱のベクトルが違う。
思い違いだったのかと、左京は気まずそうに口を引き結んだ。
(ああ、でも。親しいようだし、これを口実にしなくても、いつでも逢えるってことかもな)
「ありがとう、ホントに! 友達にも超宣伝しとくね!」
「あっ、ああ、おいそんなに走んな、転ぶだろうが!」
スカートを翻して嬉しそうに駆けていく彼女に、十座が声をかける。大丈夫ー、と振り向きもしないで返してくる彼女の後ろ姿を見送りながら、十座は心配そうに眉を寄せていた。
「相変わらず危なっかしいな……」
「あれ、お前の女だったヤツか?」
そんな十座に、思わず言葉がこぼれ落ちる。左京はハッとして口を押さえるが、え? と振り向いてきたあたり、聞こえてしまっているのだろう。
「な、なんでもねえ。帰る」
「帰るって、左京さん……あれ、わざわざ持ってきてくれたんすか」
「観たいヤツには観せてやりてぇだろうが」
左京は居心地が悪くなって踵を返し、車へと歩く。慌てて、十座が追いかけてきた。
その後ろで、あれスジもんじゃねーの、兵頭のアニキってヤツじゃねーの、さすが兵頭さんっすよ! などと囁かれていることに、二人ともが気づかないで。
#シリーズ物 #ウェブ再録
金色の曼珠沙華-029-
冬組優先で稽古が繰り広げられる日々が続く。総監督であるいづみや、衣装担当である幸は本当に忙しそうで、他の組のメンバーも、空いている時間を……というより、時間を空けて手伝いをしていた。
それでも稽古は欠かせない。三十分でも、一時間でも、必ず組の全員が集まって稽古をするという、暗黙のルールが組み込まれていた。
左京の視線が、十座を追う。いや、正確にはランスキーを、だ。
(昨日より、よくなってやがる)
臣の演じるデューイとのシーンに、独特の間が生まれている。何かを言いかけて躊躇い、結局口を噤むのは、台本にはないところだ。
デューイもそれに気がついて、次の取り引きも楽しみだなとランスキーの肩を叩いていく。項垂れて頭を抱える仕草は台本通りだが、思わず自分も髪をかきむしりたくなるようなオーラがあった。
「何かものすごくイジメてる気になりました……」
「臣クン、デューイとのギャップがすごいッスよ」
「十座ほどじゃないだろ。また上手くなった気がする」
十座の演技の変化は臣や太一も気がついていて、引っ張られることさえあるようになったらしい。
シーンが終わった後も十座は場に残っていて、まさかまた入り込みすぎたのではと、左京は十座のもとへ歩み寄った。
「兵頭?」
「え、あ」
「休憩入るぞ。大丈夫か?」
「……っす。まだ、ちょっと……上手くできなくて」
左京はぱちぱちと目を瞬いた。あんなアドリブを仕込んでおいて、何を言っているのだろうか。しかもあれは、恐らく客席には見えない動作だ。
派手な動きだけでなく、細かなところまで意識が向くようになったのは、目覚ましい成長ではないか。
「何言ってやがんだ。今のよかったぞ。ランスキーの葛藤がうまく出てた」
その部分は素直に褒めてやりたい。そう思って口にすれば、十座はひどく嬉しそうな笑顔を向けてくる。
それは左京の心臓に、ほんの少しの痛みを与え、埋まっていく。
(こういう顔をできるヤツに、あんな……泣きそうな顔、何度もさせた)
嘘か本当か分からないが、先日紬に聞いた、ループしたあの日。
十座の方にもそんな意識はないのだろうが、あの日を何度も繰り返したというのだ。傷つけたいと思ってのことではもちろんないが、罪悪感は残る。
「あざっす。左京さんに褒められんのが、やっぱりいちばん嬉しいな」
「……そうか」
秋組のメンバーしかいないところでは、十座は恋心を隠しもしなくなった。
知られているのなら、無理に押し込める必要もないと思っているのだろう。
その想いを向けられる左京の方は、少しは隠せと思っているのだが、押さえ付けすぎてまた何かあったら、その方が困る。
「次の公演も楽しみだな」
「気が早えな、冬組の公演もまだだってのに。それが無事終わっても、春組や夏組が控えてんだぞ。舞台に立てるのはまだ先だ」
「そうっすけど……」
「まあ、それも冬組がタイマンACTに勝てたらの話だがな」
千秋楽が終わった途端、MANKAIカンパニーは解散させられるかもしれない。そういう約束だ。
「冬組が負けるわけねーだろ。紬さんが主演だぜ?」
会話に、万里が入り込んでくる。冬組のこととなると黙っていられないようだ。
主演である紬に恋をしている男としては、根拠もなく信じていられるものらしい。
「紬さんの力だけじゃダメだろ。冬組としてまとまってないと……」
「毎回うちの組の稽古ブチ壊してるてめーが言うな」
「そっくりそのまま返す。ブチ壊してんのはてめーだろ、摂津」
「ああ~もう~万チャン十座サン~~、喧嘩はダメっすよ!」
「こらこら二人とも、仲良しなのは分かるが、喧嘩はダメだぞ~」
「どっこも仲良くねえだろが!?」
「どこ見てんだ臣さん」
秋組のいつも通りのやりとりに、左京は呆れつつも口の端を上げる。あの日、不用意に晒してしまった十座の恋を全員が受け止めて、そのままでいいのだと言ってやっているようなものだ。
受け入れられていない自分だけが、ひどく子供のような気がした。
当事者である以上、他人事のように簡単に受け入れられるわけもないのだが、こんな雰囲気をブチ壊したくない。
いっそ、受け入れてしまった方が楽なのかと考えかけたとき、十座とバッチリ視線が合ってしまう。
「……左京さん? どうかしたのか。顔色がよくねえ」
「え、あっ……」
ふと額あたりに伸びてきた十座の手を、ぱしりと払ってしまう。そうしてからしまったと気がついても、十座の気まずそうな顔は、どうすることもできなかった。
「悪い、熱でもあんのかと思って……」
「あ、いや、別に……こっちこそ、すまん……」
「アンタが謝ることじゃねえだろ。身の危険感じたっておかしくねえんだ。気をつける」
そう言って十座は体を翻す。ずき、と左京の心臓が痛んだ。
背を向けられることなんか、慣れているはずなのに、怖がられることも、慣れているのに。
悲しそうな顔をされるのは、少しも慣れていない。
「兵頭ー、ちょっとこのシーンつきあえや」
「あぁ? どこだよ」
「ここ。てめーが昨日詰まってたとこだよ」
「詰まってねえ」
「あーもーいいからやんぞ」
「おう」
万里との演技に没頭していく十座を眺め、左京は口唇を引き結ぶ。
(まぶしい……)
芝居へ向ける若い情熱は眩しくて、もっと伸ばして育ててやりたいと思う。
十座の演技に深みを増させたのが、自分への恋心だというなら、もし受け入れることでさらに成長できるなら、と考えてしまった。
そんな打算的な思いで受け入れて、果たして十座は成長ができるのか。
ひとつ間違えば、ダメになってしまうのに、そんなリスクは侵せない。
(無理だろ、どう考えても……。さっさと次の恋見つけろよ、兵頭)
左京は万里と演技をする十座から目を逸らし、目蓋を閉じた。
そうして稽古の時間が終わり、秋組の連中は風呂へと向かう。
左京はいつも少し時間をずらしているのだが、今日もクールダウンのストレッチを長めにやろうと、ひとりレッスン室に残った。
「あ、左京さん」
ドアを閉めかけた十座が、開け放したまま舞い戻ってくる。
「兵頭? どうした」
何か忘れ物かと視線を上げたら、嬉しそうな顔をした十座と視線が重なった。
「今日、まだ言ってなかったんで。……好きだ、って、言いたかったんす」
息が止まってしまう。まさかそれを言うためだけに戻ってきたのかと。
開け放したドアは、うっかり変なことにならないようにとの決意の表れなのか、左京への気遣いなのか。
左京は熱くなる頬を隠そうと、口許を手で覆う。直球すぎる想いに、どう応えてやればいのか。
「おやすみ、左京さん」
「あ、ああ……っ」
思わず声が上擦る。
十座がドアを閉めて出ていってから、左京はそこにしゃがみ込んだ。
(なんであんなガキに、振り回されなきゃいけねえんだよっ……)
まだ顔が熱い。しばらく冷めそうになくて、ストレッチなんてできるはずもなかった。
#シリーズ物 #ウェブ再録
/ /

キ、と一台の車が停まる。冬の様相を持ち出した空を見上げて、常守朱は助手席の男を振り向いた。
「ここで大丈夫ですか? 宜野座さん」
「ああ、すまない、常守監視官。……いい加減に宜野座さんはやめろと言っているのに」
「無理です。宜野座さんはどうやっても宜野座さんなので」
きっぱりと告げてくる彼女とのやり取りを、いったい何度繰り返しただろうか。その言い分は分かるような分からないような、複雑な思いだ。宜野座は困ったように片眉をあげて苦笑した。
宜野座伸元にとって狡噛慎也がずっと狡噛慎也だったことを、身をもって知っているからだ。
「すまないが、ここで少し待っていてくれ。心配しなくても、誰かさんみたいに逃亡なんてしないから」
「そんな心配してませんよ、宜野座さん」
「……だろうな」
運転席の常守は、おかしそうに笑ってひらひらと手を振ってくれる。宜野座は助手席のドアを開けて、あたりの景色をぐるりと見渡した。
変わったような、少しも変わってないような。
目線があの頃より高くなったのは、身体的な変化で、少し寂しく感じるのは取り巻く世界がすっかり変わってしまったからか。
ここは宜野座が通っていた日東学院だ。もちろんそこを囲む塀の中に入ることはできないし、もとからそのつもりもない。塀からはみ出た木の枝振りは少しも変わっていなくて、その傍に立つ無粋な電柱もそのままだ。
もっとも、ここに来たのは二年前。二年やそこらで外観が劇的に変わるわけもない。特にここらへんにはホロが使われていない。季節の移り変わりを感じさせる花たちはしばしばホロで表されることもあったが、本物が多いここの風景を、宜野座はーー宜野座たちは気に入っていた。
宜野座は傍の塀にもたれ、息を吸う。
あの時は緊張するひまもなかったなと思い出して、口の端を上げた。
そうしてあの頃と変わらない右手を持ち上げ、指のわきに口づける。まぶたを落とし、開け、指を押しやるように口唇から離した。
宜野座の瞳はじっと前を見据え、あきらめとも呆れともつかない笑みを浮かべる。
ーーーー……未練、と……言うのだろうか、これは。
首を傾げてみるも答えが返ってくるわけもなく、宜野座は満足して車内に戻った。
「待たせてすまない。帰ろう」
「えっ、もういいんですか!?」
「やりたいことは終わったからな。連れてきてくれてありがとう」
シートベルトを締めれば、運転席の常守は驚いて声を上げる。それはそうだろう、勤務中の監視官を引き連れて、行きたいところがあるなどと言えば、宜野座の性格を考えると相当重要な場所であるのだろうに。それなのに、たった数分いただけでいいなんて。
「あの……ここ、なんなんですか? 宜野座さんの通ってた学校ですよね」
中に入らなくてもよかったのかと、常守は車を発進させながら尋ねる。許可を取れば、校舎の中にだって入れただろうに。それでも宜野座は首を横に振った。
「正当な理由もなく入れるわけがないだろう。そういうのを職権濫用というんだぞ」
「……でも、ちょっとくらい」
「いいんだ。俺はあの場所に来たかっただけだから」
気を遣わせてしまっているなと、宜野座は苦笑する。だけど本当に、宜野座はあの場所がよかったのだ。
「特別な思い入れでもあったんですか?」
「ああ、まあ、……そうかな。課程二年のとき、あそこで初めて狡噛とキスをした」
「キッ……」
常守が頬を真っ赤に染めてステアリングに突っ伏す。いくらオートドライブとはいえ危ないぞと、どこか他人事のように指摘した。
「宜野座さん……あの、えっと」
「いまさら驚かないでくれ、こっちまで恥ずかしくなってきた」
「だ、だって宜野座さんがそういう話することってなかったじゃないですかっ」
執行官でありながら逃亡した狡噛慎也とは、恋人といっていい間柄だった。監視官だったころはそれを受け入れられず隠してきたが、まあ周りに悟られていないわけはなくて、執行官に降格したら、なにを頑なに隠そうとしていたのか分からなくなり、世間話の合間に、告げていた。
「あの男と恋人でいることが悔しかったからかな。アイツの身勝手さはあなたも知ってるだろう。そんな男に惚れてる自分が情けなくて、最近ようやくどうでもよくなってきたところだ」
「……狡噛さん、ずっと変わらなかったんですか。想像つきますけど」
「そうだろう? あの時だって、俺の誕生日なのに、アイツは自分のしたいことだけしていった。あとで悪びれもせずに謝ってくるのがどうしようもなく狡噛なんだがな」
突然すまん、と笑う顔で言われた初めての時のことを、今でも思い出せる。想いは告げ合っていたけれど、まだまだ友人の粋を出なかった自分たちを壊してくれた、あの日。
「誕生日って、プレゼントのつもりだったんじゃないですか?」
「本人の意思を無視してか?」
「あー……ははは。あの、でも、その、受け取ったん、ですよね? 別のプレゼント」
「あるわけないだろ。そういえば誕生日だったななんて言う男が、そんなもの用意してるわけがない」
思い出して額を押さえる宜野座に、常守が乾いた笑いを漏らす。実に狡噛らしいのだが、せめてキスの予告くらいしてほしかったあの頃の純情。
「仕方ないから、こっちから要求した」
「宜野座さんがですか? なにをもらったんです?」
「はは、“来年も同じものをよこせ“って言ってやった。あの時のアイツの顔は、おもしろかったな」
笑う宜野座の横で、意味を把握し常守は頬を赤らめた。盛大なのろけ話であると。
「アイツもあれで案外律儀な男だったようで、それから毎年、俺の誕生日にはあそこでキスをくれたよ」
卒業するまで、卒業して監視官になっても、執行官になってしまっても、誕生日にはあの場所でキスをした。
宜野座は指で自身の口唇をなぞる。
「さすがに、昨年は無理だったけどな」
昨年は大きな事件でそれどころではなかったのだ。あの事件を機に狡噛は逃亡し、宜野座は犯罪係数を上げながらも、こうして執行官として復帰した。
「宜野座さんがおねだりするなんて、狡噛さんは本当にすごい人ですね……」
「おねだりってやめてくれ。要求したのは俺だが、アイツはくれるって笑って言うんだから、しょうがないだろう」
「お互い大好きなのは分かりましたよ。あの、今あそこで狡噛さんに逢ってきたなら、もう言ってもいいですか?」
「うん?」
「お誕生日、おめでとうございます、宜野座さん」
のろけ話に呆れつつも、常守は嬉しそうに告げてくる。今まで知らなかった宜野座を見られて、宜野座を通して狡噛を知ることができて、嬉しいのだろう。
「……ああ、ありがとう」
「戻ったらケーキ食べましょうケーキ。私頑張って作りますから」
「…………あなたは仕事をしてくれ」
出来上がるケーキを想像して、宜野座はやんわりとお断り。なんで縢に教えてもらってああなるんだろうと、一生解けそうにない謎を胸に、宜野座は公安局へと戻っていく。
今年もまた触れ合えなかったけれど、あそこでキスを投げてきた。口唇の感触を忘れてしまう前に、もう一度逢えたらいいと、小さな願いを込めながら。
今もまだこの世界のどこかで生きている、大切な恋人へ。
#両想い #誕生日