- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.278, No.277, No.276, No.275, No.274, No.273, No.272[7件]
解けない暗号-001-
「おい工藤」
服部平次は自身の上に乗っかる相手の名を呼んでみるが、返事すらない。
「工藤て。返事くらいせんかい、このドアホが」
「あー?」
「あー? じゃないわボケ、なんでオレが下にならなあかんねん」
足を掴みそう悪態を吐いてみたが、気にも留めていない様子でまさぐるのが気配で分かる。
「仕方ねーだろ、近くに足場になりそうなもんがねぇんだからよ。これくらい役に立て」
平次の肩に細い両足を乗せ、高い塀の上を小さな手で確かめつつ、平次が工藤と呼ぶ江戸川コナンはそう吐き捨てた。
実際、仕方がないのだ。その塀は二メートルほどの高さ。大人でも、背伸びしてその向こうが見えるものではない。
コナンと平次はその向こうの状況が見たいのに、コナンの言う通り近くに足場になりそうなものは一切なかった。となれば、二人分の身長を利用するしかない。
そうなると必然的に、平次がコナンを乗っけるしかないのだが、平気で土足で肩に乗せろと言う小さな高校生が、気にくわないらしい。
「あんなぁ工藤、まぁだあん時のこと根に持っとるんか?」
「べーつにぃ? ま、お前が約束の時間に四時間遅れたことなんてな、全然、これっぽっちも、怒ってねぇからよ」
コナンはそう言うが、声と一緒に肩を蹴りつけるつま先も一緒に降ってくる。怒っとるやないかい、と平次は声に出さずに思い、ため息を吐いた。
約束をしていたのにその時間に遅れてしまった(しかも大幅に)ことは全面的にこちらが悪いのだし、怒るのも無理はない。その日運悪く事件に巻き込まれてしまい、連絡さえままならなかったのだ。
やっと解放されてから恐る恐る確認した携帯端末には、着信が一件とアプリでのメッセージが四件だけ。拍子抜けしたのを覚えている。
――――普通なら、もっと怒るやろ……和葉でさえああやで……。
以前幼馴染みを待たせてしまった時は、ひどく根に持たれたものだ。男と女では気の持ちようが違うのか、それとも。
――――それほど楽しみにはしとらんかったってことかいな。……ま、ええけど。
「服部。服部、足放せ、降りる」
ため息を吐いたすぐあとに、コナンの声が降ってくる。
「あ? もうええんかいな」
言われた通りに、足を支えていた手を放すと、コナンは平次の肩からひょいと飛び降りた。身軽なもんやで、と平次は肩を竦める。
同じ歳のはずなのに、なんの因果であないにちっちゃなってまったんやろな、と、何度か考えたことがあった。
原因は以前聞いたが、なぜ彼でなければいけなかったのか。探偵だったからというだけですませるには、あまりにも過酷だ。
――――せやけど、こないなことになっとらんかったら、工藤と仲良うもなっとらんかったやろな。
西の服部、東の工藤と並び称されているのは知っていたし、内心ライバル扱いをしていた相手だ。
無論今でもライバルには違いないのだが、事件が起これば互いに協力し、頼り、頼られを繰り返すことなど、なかっただろう。
――――解けんことがあると、いっつも工藤のこと思い出すもんなぁ。工藤はどうか知らんけど。
ちら、とコナンを見下ろすと、袖についた砂埃をパンパンとはたき落とし、およそ子供らしからぬ表情で考え込んでいた。
「……なんだよ?」
「いや、なんでもない。ほんで? 何かあったんか? 上」
「いや……ここはどうもハズレらしいな」
「あかんかったか。あの暗号からすると、この近くなんやけどな……」
資産家の当主が、遺産相続に関して暗号めいたものを遺して亡くなった。そこに事件性はないものの、暗号と聞いていても立ってもいられなくなった、探偵ふたり。
元は毛利小五郎に依頼されたものだが、居合わせた以上無関心ではいられない。
こうして遺された暗号を元に、次の手がかりを探しているのだが、なかなかに難しい。当主自身がミステリ好きだったのか、暗号というものに慣れてない者が見てもちんぷんかんぷんなものだったろう。
「ようできてるとは思うけど、どうも分からんなあ。こういうの作るんやったら、誰がいちばん初めに解くか、知りたいもんとちゃうんか? 自分の作った暗号で他のヤツらが四苦八苦してんの見るんは、楽しいと思うけどなあ」
「楽しいか? 悩んでるの見て楽しんでるなんて、そのじーさん性格悪かったんじゃ」
「そら解く側の目線やろ。作る側は楽しいと思うで。前にもおったやろ、なんや小説書くじーさん。文章の頭で読者に呼びかけとるヤツ」
あれは間に合わんかったけどなあと、服部は電話越しでやり取りした事件のことを思い出す。そういえば、あれも暗号だった、とコナンも思い出した。あれは確かに意地悪でしているわけではなかったのだ。誰が最初に解いて部屋にくるか、楽しみにしていたらしい。
無論、暗号でしかけてくる連中全員が全員そうやって楽しんでいるわけではないだろうが、聞いた話では庭園の世話をするような慈しみ深い老人だったとか。
「そうか……依頼人も、とくに遺産目当てって感じじゃなかったしな」
「どこまで血がつながっとるか分からんような遠縁の連中は目ぇ血走っとったけど」
安らかに眠らせてあげたい、というのは当主の長男、順番から言えば次期当主のはずだが、その弟や妹も、その子供たちも、同じような表情をしていた。
「ちょっと最初からやってみよか。迷った時は原点にて言うやろ」
「ん、ああ、そうだな」
そう言って、二人は暗号文の最初である邸宅へと歩き出す。そうする中、コナンは気づくのだ。平次がいつも、小さくなった自分の歩調に合わせてくれていることを。
足の長さが違えば当然歩幅も変わってくる。服部が歩く三歩分を、コナンは五歩六歩で進まなければならない。いたたまれない気分でいっぱいだった。
今はそんなことを考えている場合ではないというのに、どうもこの西の名探偵と歩いていると気が緩む。
それは恐らく、信頼というものなのだろうけど、コナンとして接してきて実はそんなに時間が経っていない。江戸川コナンが工藤新一だということを知る数少ない人間のひとりだが、なぜこの男なら大丈夫だと思ってあの時話してしまったのか。ホームズフリークが集まったあの事件、ごまかそうと思えば多分できたはずだ。
推理しているところを聞かれてしまっていたのが致命的だったとはいえ、方法がなかったわけではないだろうに。
――――あの時は、こんなに頻繁に逢うようになるなんて、思ってなかったけど……。そういや服部のヤツ、こっちに何しにきたんだ?
いつもの休日になるはずだった。連休中は家族旅行に出掛けるという少年探偵団の連中から誘いがくることもなく、毛利小五郎のもとに舞い込む依頼のどれかについていこうかなと思っていた矢先。「よぉ工藤!」なんて連絡もなしに探偵事務所のドアを開け放し、「工藤?」と首を傾げた蘭にいつも通り苦しい言い訳をしていたのが、つい三時間ほど前。
そのあとすぐに依頼が舞い込んできて、三人で出掛けるはめになってしまったのだ。だから平次がこちらに来た理由は聞けていない。また事件が絡んでいるのだろうけど、それにしては何も話してこないのだ。目の前の暗号を解くだけで精一杯、というわけでもないだろうに。
「なあ、服部」
「ん? なんや分かったんか?」
「あ、いや……お前さ、こっち何しに来たんだ? また何か事件絡みなんだろ」
コナンは隣をゆっくり歩いてくれる平次を見上げながら訊ねる。事件なら、概要くらい聞いておきたい。
何かのヒントになるかも、などと、ひとつの事件を追っている最中に気を逸らしてしまうことに言い訳を重ねた。
「ちゃうちゃう、今回はほんとにプライベートや。そう毎回毎回、事件でたまるかい。……ま、結果的にこうなっとるけどな」
「え……」
なんだ、とがっかりしてしまう気持ちが半分。事件なら事件で、推理が楽しめると思ったのだが。
私用で来て、顔を出してくれたのか、とくすぐったい気持ちが半分。コナンとて大阪に行けば顔を見せるくらいはするが、それだって連絡を入れてからだ。
「こんなんなかったら、美味いメシ屋にでも連れてったろ思ったんやけどな。こっちのメシは分からんから、お前の案内になってまうけど」
頭の後ろで手を組んで、笑いながら呟く平次に、思わずコナンの足が止まった。
まさか、もしかして、まさか、もしや。
――――服部……この間約束遅れたこと気にして……埋め合わせとか、しに……?
その仮定に気づいた瞬間、頬がボッと染まる。
――――え、え、あ!? なんっ……なんだ、これ!
火照った頬の暑さを自覚して、コナンは慌てた。ドクンドクンと音を立てる心臓は、パイカルを飲んだ時ほど苦しくはなく、だけどその音は小さな体ぜんぶに響き渡るかのようだった。
「お? どないしたん、工藤」
「なっ……んでもねーよ!」
「なあ、この事件解決したらどっか美味いメシ屋教えてんか。東京のくっろいうどんにも慣れたで」
平次はそう言って笑う。東京と関西では、食の文化が大分違う。それを楽しむかどうかは人それぞれだが、お好み焼きはおかずと言い切った彼の意見に賛同するのは、難しいだろうと考えた。
#DCコナン #服部平次 #江戸川コナン #平コ
熱の行方
パシン、パシン、とレッスン室に硬い音が響く。同時に、十座が息を飲む音と、竹刀が空を切る音が。
左京が振り下ろした竹刀を受け止めて流し、反撃に出る。力負けするわけにはいかなかった。
「うわっ……」
「馬鹿が、足下が留守になるっつっただろうが!」
だけど、竹刀にばかり気を取られた十座の足を、左京が素早く払った。バランスを崩し、よろめいたところへ、容赦なく向かってくる竹刀の先。鼻先の寸前で止められて、十座は息を飲んだ。
「何度言ったら分かる、兵頭。ひとつのことに集中するな。のめり込むのは悪いことじゃねえが、お前はそれが顕著に出る。少し力を抜け」
左京はそのまま竹刀を下ろし、それ以上踏み込んでくることはなかった。
十座はよろめいた体を戻し、手のひらと、足下をじっと眺めて息を吐く。自身が不器用なのは知っていて、言われたことを簡単にこなせてしまうわけもないことは、分かっている。だが舞台に立つ以上、できませんなどと言えるはずもないのだ。
「もう一本、頼めるか、左京さん」
「休憩してからだ。さっきも言ったが、お前はどうも一本気というか……メリハリをつけないと、崩れるぞ」
竹刀を握り直した十座にふいと背を向けて、左京は鏡張りの壁際に腰を下ろしてしまう。秋組の稽古のあと、殺陣の稽古を付けてもらっている立場の十座としては、従う他にない。
ふう、と疲れたような息を吐いた左京に気がついて、十座は隅に置いていたスポーツドリンクを手渡した。
「すんません左京さん、稽古のあとにまで……」
「いや、構わねぇさ。お前の技量が伸びれば、秋組の可能性はもっと広がる。俺がもう少し上手い教え方できりゃあな」
「んなことねえ、左京さんのアドバイス、具体的で……有り難いっす」
そうか、と少し照れたように視線を背ける左京の隣に腰を下ろし、じ、と眺めてみる。
すっと通った鼻筋と、そこにかかる眼鏡。瞳を隠すことのない綺麗な金髪と、特徴的な目の下のホクロ。
十座は思わず、そこに指先を伸ばしていいた。
「兵頭?」
十座はこの眼鏡を取った左京を知っている。そのホクロの傍を涙が通っていくのを知っている。その綺麗な顎のラインが、快楽に上向くことを知っていた。
「左京さん」
十座の指先は眼鏡のつるから降りてホクロを撫で、顎をなぞり、ついと自分の方に向けさせる。
「おい……ッ」
察した左京の口唇から、抗議が飛び出す前に、塞いでしまった。
押しやるように互いの間に腕を滑り込ませた左京だが、十座はそんなこと気にも留めずに左京を覆っていく。
「んっ……」
口唇に触れ、押しつけ、舌先でべろりと舐める。びく、と肩を揺らした左京をグイと抱き寄せて、開いた口唇の中へと入り込んだ。逃げ惑うどころか、押し出そうとしてくる左京の舌に押し勝って、きつく吸い上げる。
――――やべェ……止まりそうにねぇ……。
左京からの抵抗は見られるが、火がついてしまった。
稽古のあとということも手伝ってか、ひどく好戦的な自分には気がついていて、ドリンクを飲み干す左京の喉が動くのに、欲情したのも自覚している。
最初からそういうつもりでいたわけではないが、ふたりきり、近づいた体、汗のにおい、照れ隠しに顔を背ける恋人、それが揃って、触れるなという方が無茶なのだ。
「左京さん、抱きてぇ」
「……は、っはぁ、は……馬鹿、よせっ……」
深いキスから左京を解放した十座は、トレーニングウェアの裾から手を差し入れる。稽古あとの汗に湿った肌は、十座の欲をレベルアップさせた。
「兵頭、おい、やめろって言ってるだろうが……っ」
「止めるなら、もっと前に止めてくれ、左京さん」
キスの最中にでも、無理やり止めることはできたはずだ。それをしてこなかったのに、今さらすぎる。十座の手のひらは左京の腹を撫でながら、少しずつ上昇していった。
指先が胸の突起に触れるかどうかといったところで、左京の両手が十座の顔に伸びてくる。
キスでもおねだりしてくれるのかと、
「や……めろっつってんだ! こんのエロガキ!」
……思いきや。両手で十座の頬を掴み固定した左京は、額めがけて自身の額をぶつけてきた。
「いっ…………て……!!」
予期していなかった衝撃と痛みに、十座はつい体を離してしまう。つい今し方左京のウェアをたくし上げていた手で額を押さえ、きつく目を閉じぐわんぐわんと目の回りそうな感覚を耐えた。
「容赦ねぇな、アンタ……」
「てめーが馬鹿なことするからだ!」
「…………そんなに、嫌なんすか、やるの」
「嫌に決まってるだろうが、ふざけんな!」
左京自身も衝突させた額をさすりながら、問いかけた十座に答える。きっぱりはっきり拒まれてしまって、十座は肩を落とし眉を下げた。恋人とはいえすべてを許容することはできないし、させることもできない。
もともと強引に押し切った形で始まった関係だし、左京はそれほど好いてくれていないのかもしれない。
「……すんません、左京さ――」
「神聖なレッスン室で、何を考えてやがんだ。こんなとこでなんか、絶対に嫌だからな!」
素直に謝って頭を冷やしてこようと思った十座の声を遮って、左京がそう続けてきた。
「神、聖……」
十座はまっすぐに左京を見つめ、そうしてぐるりとレッスン室を見渡す。
こんなとこでなんか、ということは、もしや場所が気に入らないだけなのだろうか。それにしても神聖なレッスン室とは、左京の芝居バカっぷりには恐れ入る、と十座は自分の芝居バカを棚に上げて考えた。
「馬鹿にしてんのか、兵頭」
「いや、してねぇっすけど……神聖なって言えるの、なんか、すげぇなって」
「ああそりゃ言葉のあやにしてもだ。お前は嫌じゃねぇのか。普段から熱込めて稽古してるとこで、自分の欲さらけ出すんだぞ。しかもここは、俺たちのことを知ってる秋組の連中だけならまだしも、他の組のヤツらだって使うんだ。向坂や瑠璃川なんか、中学生だぞ? それに、監督さんだって。……絶対に嫌だからな」
あ、と十座は気づく。自分の欲ばかりに気を取られて、そんな当たり前のことさえ考えられなかったのだ。やはり左京の言う通り、ひとつのことにしか集中できない不器用な人間だと、改めて自覚した。
「すんません……全然、考えてなかったっす」
十座は、レッスン室を情熱だとか感動だとか、そんなに綺麗なものばかりで考えてはいない。嫉妬や自分自身への怒りだって、ここで何度も感じてきた。それは、言うなれば「欲」だ。欲を欲で上書きし蓄積されていく場所でもある、とさえ感じていた。
だがしかし、左京の言う通りここは他のメンバーも使う場所である。そんなところで左京を抱くわけにはいかない。もし知られたら追い出されてしまう可能性だってあるのだし、もう少し慎重にならなければと項垂れた。
「左京さん……」
「なんだ」
「あの、俺……気をつけるんで、き、……嫌いにならないでくれ」
左京とのことを他のメンバーに知られるのは怖くない。それを受け入れてもらえなくても生きていける。
だけど、左京に嫌われたくはない。きっと生きてはいけるだろうけれど、一度知ってしまった熱を、果たして忘れていられるか。無理だと即答できるはず。
自分の不甲斐なさにくしゃりと髪をかきまぜる。どうか嫌いにならないでほしい、と祈るように細く息を吐いたら。
「……馬鹿言ってんじゃねぇ」
その手にそっと触れてくる温もりがあった。左京の手のひらだ。少し乱れた髪をかき上げるように、指が絡んでくる。十座の指と、左京の指。それに髪が絡んで、ひとつになった。
ぐいと引き寄せられ、額に左京の口唇を感じる。十座は目を瞠った。
「さっきは悪かったな。痛かっただろ」
「え、あ、いや……」
額を衝突させたところへの、癒やしのキス。まさか左京がそんなことをしてくれるなんて、思ってもみなかった。
もしかして、思っている以上に、左京にはちゃんと好いてもらっているのだろうか。
至近距離で、視線が重なる。左京の眼鏡越しに、確かに一直線、ただ一点だけを見つめる相手のものとかち合っていた。
どちらからともなく、口唇を寄せていく。いや、どちらかというと六対四の割合で左京からの誘いだったような気がした。
口唇は互いの真ん中で出逢い、触れて、五秒。確かな熱の触れ合いを持って、離れていく。
「兵頭、部屋まで我慢できるか?」
ふっと左京の目が優しげに細められる。十座はそれが嬉しくて、顔をほころばせた。
「……っす」
「いい子だ」
そう言って左京は、優しく髪を撫でてくれる。あやすような口振りではあるが、子供扱いしているわけではないことが、触れた口唇から伝わってきた。
触れるだけのキスで、ひとまず欲をあやして宥め、十座は左京とともに一〇六号室へ向かう。
熱の行方は、お互いだけが知っていた。
#両想い
俺のCandy Star!-035-
そっと肩を抱き、万里は紬と視線を合わせる。
いい? と小さく囁いてくる万里に、紬はほんの少し躊躇ってから、目蓋を落とした。
(大丈夫、万里くん上手いし。……平気)
そのまま待機していれば、万里の口唇がそっと重なってきたのが分かる。
ぴく、と指先が強張ってしまったけれど、気づかれただろうか。きっと分かってるんだろうなと思いつつ目蓋を持ち上げれば、万里の瞳と出逢ってしまった。慌てて目を閉じると、万里の体が離れていってしまう。
(え、あれ? す、するんじゃないの……?)
不思議に思って再度目蓋を持ち上げたら、困ったような表情の万里がいた。もしかして今の態度が気に障ったのだろうかと、紬はシャツの裾をきゅっと握った。
「万里くん……? しないの?」
「そりゃ、俺はしたいけど。ほんとにいーのかよ? そんなガチガチに緊張してて。嫌なんだったら、……しねーからさ」
紬は驚いて目を丸くした。
緊張しているのは事実だが、イコール嫌だというわけではないのに。
摂津万里という年下の男の子は、いつもこうして確認してくる。いきなり押し倒されるよりはずっといいけれど、なぜこの件に関することだけ、万里は自信がないのだろう。
「嫌だなんて……言ってないよ? あ、でもいいとも言ってないのか。ごめん……万里くんだから、言わなくても態度で分かると思っちゃった……」
「え、だから、態度で」
「嫌じゃなくても緊張はするじゃない。幕が上がる前とか、楽しいけど緊張するでしょ?」
「その例え」
紬さんらしいけど、と万里は笑う。それでも、いつもの自信に満ちたものではなかった。
紬は、どうすれば彼が安心して触れてくれるのかが分からない。
万里の不安がどこにあるのか分からなければ、それは紬にも伝染する。
自分が慣れていないから、万里に負担をかけてしまっているのではないか。自分がはっきりしないから、好きではなくなってしまったのではないか。
「俺、ほんとに紬さんのこと好きなんすよ。だから……嫌なことはしたくない」
珍しく視線を逸らして、眉間に皺を寄せて、決まりが悪そうに呟く。
紬はそんな万里には申し訳ないが、ホッとした。少なくとも、好きでなくなったわけではないのだと。
万里の気持ちは何度も聞いていたのに、やっぱり不安というものは伝染するのだろう。
ならば、逆もしかり。
「あのね万里くん、確かに俺まだ、その……慣れたわけじゃないんだけど……ただ、万里くんが一生懸命俺を好きでいてくれるんだなって、そういうの伝わってきて、嬉しいから。大丈夫だよ」
マイナスの思考が伝染するなら、プラスの思考も伝染したっていいはずだ。紬は万里の頬を包み正面を向かせ、じっと瞳を見つめ呟いた。
「……嫌じゃないすか、俺とするの」
「嫌じゃないよ。ほんとに嫌だったら、きみを殴り倒していくことくらい、えーと……できると、思う……一応俺も男だし……」
「いやその前に拳止めっし。でも、じゃあ……殴る素振りさえ見せないってのは、そういうふうに捉えていいんすよね」
うん、と紬が頷くと、万里は嬉しそうに笑った。いつもの自信満々なものでなく、他人を落ち着かせようとしてのものでなく、子供のような笑い顔。
時折見せてくれるそんな表情を、紬は好ましいと思っていた。
(もう、万里くんは。大人っぽいのか子供っぽいのか、どっちかにしてくれないと、困るな。……かわいくて、困るな)
「紬さん、もっかい訊くけど、……抱いていいっすか」
「……はい。あっ、でもちょっと待って、ごめん!」
念を押すためにか、万里が確認してくる。それに合意を返しておきながら、紬は慌てて万里との間に手のひらを差しいれて接触を控えた。
「なん……っすかぁこのタイミングで! なに焦らしてんの!?」
万里は当然出鼻をくじかれて項垂れる。今さら駄目だと言われても、気持ちはもう止まらないのに。
それは紬にもある程度分かっていて、だからこそ謝ったのだが、万里は聞き入れてくれるだろうか。
「あの、ごめん、するのがどうとかじゃなくて、いつもの……言ってほしいだけ」
駄目かな? と小首を傾げると、万里がぽかんと口を開けて、次いで噴き出した。
「ぶっは、なにそれ、なにそれアンタもー、可愛い通り越してマジ可愛い」
「……同じじゃない……?」
「違うの。好きだぜ紬さん。大好き」
可愛いとマジ可愛いの違いが分からなくて、困ったように首を傾げる紬に、万里はいつもの調子で呟いた。
紬はそれに、ホッとして目を細め、そして閉じた。
万里から何度も聞いた恋の告白。だから彼の気持ちを疑っているわけではない。
疑ってしまうのは、万里に好きでいてもらえる自分であるのかどうか。それを確認するように、紬はいつもその言葉を求めてしまう。
だけど万里はそれを気にした風もなく、いつも嬉しそうに伝えてえくれる。それに甘えてしまっているのは自覚していて、だからこそ、求めてくる万里には応えてあげたい。
万里の口唇がそっと触れてくる。
最初のキスよりお互い心構えができているせいか、緊張はそれほどなかった。
「ん……」
万里はゆっくりと口唇を押し当て、押しつけ、離す。そうして右端に、次に左端に、ちゅっと音を立てて触れた。くすぐったい、と紬が身をよじるのを見越していてだ。
案の定、笑いながら肩を押しやったら、その油断した隙にすっぽりと口唇を覆ってくる。
下の口唇を食み、上の口唇に挨拶をし、舌先で丁寧に舐める。端から端まで、ゆっくりと。開いた桜貝の中に押し入って、紬の舌を探し当てて舐ねぶった。
「んっ……ぁ」
(キスは気持ちいいんだけど……やだな、この声。万里くん、嫌じゃないかな……)
万里はあの日から本当に、キャンディみたいにいろいろなキスをしてくる。
ゆっくりと触れるだけのもの、不意打ちに頬や額へするもの、息ができなくなるような、深いもの。
そのどれもが紬には気持ち良くて、毎回変な気分になってしまう。気持ち良くてしがみつきたい思いと、こんな声を出してしまって、嫌われやしないかという思いがない交ぜになって紬の心をかき乱す。
「紬さん、好き……」
だけどそのたびに、万里からそっと漏れる声。この胸の内に気づかれているとは思わないから、万里が宥めるために言ったのではないと分かる。
きゅう、と胸が締めつけられて、万里の背を抱かずにはいられない。
嬉しい。
すんなりと入り込んでくるその感情。それを伝えたくてか、無意識にか、紬は自ら万里と舌を絡めた。
#シリーズ物 #ウェブ再録
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「工藤?」
「え、あ、ああ……いいけど、おめーのオゴリな」
「なんでやねん。て、まあええけどな。この間の詫びせなあかんし」
決定的な言葉を吐かれ、コナンは内臓が飛び出してきそうな口を押さえて顔を背けた。
やはり目的の大半は、それだったのかと。確かに待たされた時間は長いけれど、その詫びのためだけに、大阪―東京間を行き来してしまう高校生がどこにいるのだ。それを言うなら行く先々で事件に巻き込まれる小学生もどうかと思うが、それは不可抗力である。
「あ……のさ服部、オレ別に、あの時のことそんなに怒ってるわけじゃねーんだけど」
「そうなん? せやけど普通、あんなに待たされたらもっと電話とかメールとかしてきよるやろ。それがなかったし、怒ってんのやろなって思て、直接謝ったろとこうしてはるばる逢いに来たっちゅーに、つれないしなぁ」
「バッ……バーロー、なに言ってんだ。お前が連絡もなくオレを待たせるなんて、事件に巻き込まれてるくらいしか思いつかなかったからな。連絡できる状況じゃねぇんだなって思って、控えたんだけど……違ったか?」
寂しそうにそう呟いた平次を、コナンは不思議そうに見上げる。約束を忘れていたという可能性を考えなかったのは、そういえばどうしてだろうと、今さらながらに気がついた。そして実際平次は、携帯端末を取り上げられ連絡しようにもできない状況ではあったのだ。
「や、その通りなんやけど、……さよか……そやったんや……」
「まあ、事件に巻き込まれっと連絡忘れるくらい没頭しちまうってのはあるけどな、お互いに」
ホッとして嬉しそうな顔をした平次には気づかないで、コナンは苦笑する。コナン自身、事件にのめり込み過ぎて蘭たちに連絡を入れ忘れたことは何度もある。だから、たとえ誰かに同じことをされても、怒れる立場にないのだ。
さらに相手が服部平次なら、事件を放って約束を優先させようものならキック力増強シューズで蹴りつけてやるところだ。助太刀を望んで連絡してくるならまだしも、未解決のまま約束のことなんて優先してほしくない。
――――そういうヤツだから、信頼してんだよ。
「オレが怒るとしたら、まあ、……怪我したとかそういうのは、別にいいか」
「そこは怪我すんなって怒るとこちゃうんかい」
「和葉ちゃんに任せる」
「ほんなら、お前が怒るんはどないな時なん」
「そうだな……オレを呼べよってとこ、だろうな」
ニ、と口の端を上げてみる。
平次は目を瞠り、頭を抱えた。
――――ホンマに、どないな小学生やねん。
呼べというのは不謹慎ながらも八割方好奇心に違いなくて、あとの二割がプライドだろう。体は小学生ながらも、工藤新一がいるのになぜ頼らないのかと。
間違っても心配をして怒ってのことではないと知っている。
だけどそれが、信頼なのだということも知っている。
そう長い時間を過ごしたわけではない。ただその短い期間を濃密に過ごした。
――――他におらんわ、こんなヤツ。
濃密、と言ってしまうと語弊があるようにも聞こえるが、実際濃く深く、密度のあるつきあいだ。間違ってはいない。親友と言っていい間柄、だろう。
――――けどピンとこんなぁ。なんやろ、オレと工藤のカンケイって。
事件のことを考えなければならないのに、平次の頭の中は今、隣を歩く相手が占めてしまっている。歩調を合わせているのがいけないのか、同じ方向に歩いているのがいけないのか。
そもそも、逢いたいと思ってしまったのがいけないのか。
――――ちょお待て、逢いたいってなんや。
平次はふと頭をよぎった言葉にハッとして、足を止めた。
今回東京に来ることを、報せはしなかった。というのも、気がついたら新幹線に乗っていたからだ。
改札を通って、東京行きの新幹線に乗って、空いていた自由席に座って、缶コーヒーの蓋を開けて、そこでようやく「何しに行くんや」と思ったことを思い出す。
用があったわけではない。ついでに顔を出したわけではない。先日の詫びをしたいという思いはあったものの、それならば事前に連絡を入れて相手の都合を確認するべきだ。
どうして、東京につくまでの間にそれをしなかったのか。
安くはない新幹線代を払って、もしいなかったらどうしていただろう。
――――確認、したくなかったんや。おらんて分かったら、その時点で引き返してた。……逢えたらいいなくらいの気持ちで事務所向こうて、ソワソワすんのとドキドキすんの、楽しみたかったんかな。
平次の思考はそこまで行き着いて、なぜその対象がコナンであるのか、首を傾げながら掘り下げる。
「おい、服部?」
その対象本人に声をかけられて、ハッと顔を上げた。上げたと言っても視線は下の方なのだけれども。
立ち止まった平次の十数歩先に、不審そうな顔をしたコナンがいる。
「なんか分かったのか?」
「……や、逆に謎が増えたっちゅうか」
「謎? なんだよ」
平次は再び足を踏み出し、コナンに数歩で追いつく。口にした「謎」という言葉に食らいついてくるコナンだが、残念ながら事件の謎ではない。
「暗号のことやないて。なんかなー、こう、なんで今日来たんやろて思て」
「お前なぁ……真面目に考えろよ。そりゃあこっち来て暗号解くハメになったのはご愁傷様だが、早く解決しねーと、……って、つめて」
呆れて息を吐くコナンの頬に、ぽつりと降ってくるしずく。
「お、雨か?」
平次の額にも、ぽつりぽつり。雨かと気がついた時にはもう、いくつものしずくが服や髪を濡らしていた。
「雨の予報なんてあったっけ」
「あれやろほら、ゲリラ豪雨ってヤツ」
平次が口にしたその言葉に二人は顔を見合わせ、口許を引きつらせた。
ゲリラ的な集中豪雨は、ここ数年必ず日本のどこかで起こっている。時には災害レベルにまで達するが、そこまでの予報は聞いていない。
だがなんにしろ、雨は雨だ。歩いているうちにも雨足は早まり、更には粒が大きくなってきている。
「まずいで工藤、どっか屋根のあるとこ探さな……!」
「ああ、走るぞ!」
この雨は強くなる。そう確信した二人は、同時に駆け出した。パシャパシャと足を踏み出すたびに水が跳ねる。二人分だった足音は、やがてひとつだけになった。
「っ、おい服部! 何しやが……っ」
「この方が早いわ、ちびっ子」
というのも、どうしても歩幅が違ってしまうコナンを、平次が脇に抱え上げたせいだ。確かにコナンに速度を合わせるよりも多少重くても抱えた方が早いような気がして、さらに言えばこの雨の中、見た目だけとはいえ小学生を置き去りにして走ることなどできやしない。今できる最善の策だ。コナンが暴れなければ。
「下ろせ、馬鹿! 人をボストンバッグか何かみたいに抱えんじゃねー!」
「バッグの方がまだマシや、暴れんからな! 暴れると余計に濡れんで」
ぐ、とコナンは言葉に詰まる。確かに足をバタつかせたらその分だけ雨に垂直になり、濡れる回数が増える。大人しくしていても濡れるのには変わりがないが、自力で降りられそうにもない。下ろしてくれそうもない。諦めて体の力を抜いた。
――――新一の体だったら、こんなこともねぇんだろうけど。くそっ、服部のヤツ! てめーのせいでなんか心臓おかしいじゃねーかよ!
冷たい雨で体は冷えるはずなのに、顔だけが熱い。否応なしに感じてしまう平次の体温と、自身の体温とが混じり合っているかのような感覚に、言いようのない気恥ずかしさを胸に刻み込んだ。
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