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俺のCandy Star!-026-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

 その日の夜、夕食が終わったあと、紬はいづみにみんなを集めてくれるように頼んだ。「紬さん、みんな集め…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-026-


 その日の夜、夕食が終わったあと、紬はいづみにみんなを集めてくれるように頼んだ。
「紬さん、みんな集めましたけど……」
「ありがとうございます。みなさん突然すみません、聞いてもらいたいことがあります」
 支配人や亀吉も含めた、劇団の全員が談話室に集まる中で、紬はゆっくりと話し始める。
 GOD座との確執、自分に自信が持てない理由。それでも芝居に触れていたいと切に願う気持ち。
 他人から見たら、馬鹿馬鹿しい理由かもしれない。些細なものかもしれない。だけど今この気持ちを吐露しなければ、前には進めなかった。
 傍に、丞がいてくれる。
 壁際で、万里が見ていてくれる。
 泣き出しそうな声をぐっとこらえて、紬は今思っていることをすべて吐き出した。
「GOD座とのタイマンACTは、分の悪い賭けです。この業界でトップ集団にいる劇団との勝負なんて、勝てる見込みはない。ほぼゼロに近いかもしれません。でも、俺はもう逃げたくない。自分の意志でこの街に戻ってきた以上、逃げるべきではないんです。たとえ結果が悪くても――」
 胸の前で拳を握る。ドクドクと早鐘を打つ心臓の鼓動が、その拳にまで響いてきた。
「GOD座からの勝負を受けさせてください。あの時逃げ出した後悔を繰り返さないためにも。ひどく個人的な理由だとは分かっています。だけど……今この劇団で、みんなと芝居をしたいんです。お願いします」
 そう言って、深く頭を下げる。
 芝居がしたい。小さな頃からずっと胸の奥で輝くひとつの願い。
 芝居がしたい。また、丞と。東や、誉や、密と。
 そしていつか、万里と舞台で。
「紬さん……」
「逃げ出すなんてもう許さないぞ」
「やってやろうぜ」
 いづみの、安堵した声。丞の、呆れたような声。万里の勝ち気な声。それには嬉しさが混じっていて、すうっと紬の肩から力が抜けていった。
「おう、逃げるなんて冗談じゃねぇ」
「やらない後悔よりも、やった後悔の方がいい」
「GOD座の弱点情報、流しまくりッス~」
「頼むぜ太一」
 次々に賛同が聞こえてくる。
「しょうがないな、やるなら本気でいくぞ」
「俺も全力でサポートします!」
 リーダー仲間からも、頼もしい声。
 そして肝心の冬組からは。
「やれやれ、大変なことになったね」
「でも、リーダーの決めたことには従うよ。微力ながら、ボクもがんばろう」
「……うん」
「珍しく起きていたんだね」
「ワタシがマシュマロで釣っていたのだよ」
 なるほど、と笑う声が聞こえる。
 重要で重大な決定だと思うのだが、劇団の全員が、嬉しそうな顔をしていた。
 紬は改めて、この劇団で芝居がしたいと思う。壊させたりしない――絶対にだ。
 そう決意を新たにしたら、組の親睦を深めるとかでババ抜き大会が始まってしまって、笑みがこぼれる。紬もそれに混じって、久し振りに声を上げて笑った。



 酔い覚ましにと、紬は中庭へ向かう。
 もともとあんまり飲めないのは自覚していて、一杯だけと注がれたビールを、半分ほど飲んだだけ。それでも熱気にあてられたのか、顔が火照っている。
(逃げ出さないで、良かった。
 GOD座からの勝負は、満場一致で受けることになった。自分の思いが叶ったのは嬉しいが、それ以上に、仲間とともに立ち向かえることが嬉しい。ぎくしゃくしていた、幼馴染みとも一緒だ。
(芝居が楽しみだなんて、そういえば久々だな。丞と再会してから、なんだか落ち込んでばかりだったし……)
 夜風に頬を当て、涼む紬の背中に、声がかかる。
「紬さん」
 振り向かなくても分かった。万里だ。彼もババ抜き大会を抜け出してきたのだろうか。
「万里くん、いいの? 秋組の応援とか」
「あー、今俺の番だったんだけど、イチ抜けしたからへーき。後は知らねーよ」
「あはは、万里くんてババ抜きまで強いの? えっと、イージーモードだっけ? すごいね」
 万里にかかれば、どんなことでもイージーモードになってしまう。勝ち抜くところを見ていれば良かったかなと思い、笑った。
「紬さんアンタ酔っ払ってねぇ? 平気かよ」
「酔っ払ってないよ、大丈夫、大丈夫」
 半信半疑、そんな万里の視線が向かってくる。顔は火照っているけれど、ちゃんと正気だ。足下だってふらついていないし、万里の顔だってよく見える。
「タイマンACT、楽しみだな。何かテーマがあるんだっけ?」
「ああ、うん、そう。多分返事をしたときにテーマ提示されると思うんだけど、何がくるんだろう……怖いけど、楽しみだよ」
 期日は明日だ。GOD座も演じる以上、無茶な設定のものはこないだろう。
 キャリアもトップクラスのGOD座が、MANKAIカンパニー相手に何を持ってくるのか。演じきれるか分からなくて怖いけれど、新しい役をもらえるという点については、わくわくとそわそわが止まらない。
「……良かった」
「え? なにが?」
「アンタ、昨日の様子からだと断るのかなって思ってたからさ。自信ないってすげぇ暗かったじゃん」
「リフレインするのやめてね、恥ずかしいから」
 昨日までの自分を思い返すと、恥ずかしくてしょうがないのだ。
 何があんなに自信をなくさせていたのだろう。理由はきっとたくさんあるけれど、のしかからせていたのは紬自身だ。
「俺もすっげぇ楽しみ。舞台の上の紬さん、見られるんだよな」
「あんまり期待しすぎると、実際見た時にがっかりするかもよ?」
「しねーよ、そんなん」
 その瞬間まで楽しそうに笑っていた万里が、唐突に真剣な顔をする。
 何か気に障ることでもあったかなと首を傾げれば、緊張したように万里が空気を吸い込んだ。
「月岡紬さん」
 脚の横で拳をそっと握りしめ、万里はわざわざフルネームで紬を呼んでくる。
「え、あ、は、はい」
 紬も思わず、居を正して背筋を伸ばした。
「アンタが好きだ」
 今まででいちばん短くて、いちばん直線的で、いちばん切ない顔をして、最短距離で想いを告げてくる万里。
 足下から、ざわりとせり上がってくる感情を、紬は何だと解釈したらいいのだろうか。
「今のアンタに言って、信じてもらえっかどうか分かんねーけどさ……」
「……酔っ払ってないって言ったよね、俺」
 酒飲んでたし、と気まずそうに頬をかく万里を、紬はじっと見やる。
 素面でない時に言っても、信じられないかもしれない、最悪、起きたら忘れているかもしれない。万里がそう心配するのは分かるけれど、紬はいたって素面だ。
「万里くんが俺なんかのこと好きになってくれたのは、嬉しい。……少し、考えさせてもらってもいいかな。すぐには、ちゃんとした答えを返せないと思うんだ。申し訳ないけど、今はこういうの考えられる状況じゃないしね」
 そうして紬は、あの日の今日とは違う答えを万里に返す。
 いつだか、前向きに考えてほしいと望んだ万里に応えて、しっかりと考えてみたい。どんな結果になるかは分からないが、頭から否定して拒絶するのは、もうできない。
 摂津万里という男の子のことを、もう少し知りたくなってしまっている。
 それが恋としてなのか、劇団の仲間としてなのか、はたまたライバルとしてなのか、考えたい。
「……つ、紬さん……? アンタ、驚かねーの? ヤローに告白されんの、慣れてんのか?」
「え? あ……」
 万里と視線を合わせれば、すんなり告白を受け止めてしまった紬を、怪訝そうな表情で見つめてきていた。
 しまったなと思う。紬にとっては何度目かの恋の告白でも、万里にとっては、ストリートACTを入れても二度目なのだ。慣れるものではないけれど、驚いたりはしなくなってしまった。
「もしかして俺、結構分かりやすかったのかな……自覚してから、まだそんな経ってねーのに」
「あっ、あの、違うんだ、なんていうかその……き、昨日のこと、演技じゃなかったのかなって思ってたから、その。あと俺、告白なんてされたことない」
「えっ、そーなんすか? 女にも? てことは、紬さんの方から告ったてこと?」
「……ストレートに告白したことはないよ……つきあおうか、って、それだけ……」
 気まずそうにそう返せば、万里が困ったような顔をする。
 やっぱりこの歳まで生きてきて、好きのひとつもまともに言ったことがないというのは、おかしなことだっただろうか。
「やべ、嬉しいんだけど、喜んでいいのか分かんね……俺最低じゃね?」
「えっ、な、なんで嬉しいの」
「紬さんの初めてもらっちまったんだろ、これ。それがすっげぇ嬉しい。紬さん女にモテねータイプとは思えねーのに、そういうのなかったんだなって、喜ぶ自分がすげぇ嫌。ごめん」
「……別に謝るようなことじゃないと思うけど……モテるっていうのは、万里くんみたいな子でしょ」
 恋愛経験が少ないことを喜んでしまった、それでこの謝罪か、と思うと、本当に素直な子だなと感じてしまう。
 経験の乏しさを指摘されているのに、悪い気はしないのは、万里のまっすぐな気持ちが向かってくるからだろう。
 やっぱり女の子にも人気あるんだろうなと思うと、胃がずしりと重くなった。
「でも俺、ホントに好きって思ったの、紬さんが初めてかも。自分から告ったのもこれが最初だし。だから、紬さんがちゃんと真剣に考えてくれそうで、すっげぇ泣きそう、嬉しい」
「……うん、頑張って考えてみるね」
「言っとくけど俺、待ってるだけのつもりねーぜ? ぜってー口説き落としてやっから」
 勝ち気な笑顔で、万里がそう告げてくる。どんな方法なんだろ、と紬は気恥ずかしさに視線を逸らした。
 そもそも、いつこの無間地獄から抜け出せるのだろう。せっかくGOD座との勝負を受けると決めたのに、そこまでたどり着けないではないか。
 自分の気持ちが負けてしまわないうちに、今日が昨日になるといい。
 そこまで思って、負けてしまうことはないかなと考え直す。
「大好きだぜ、紬さん。アンタの演技も、アンタ自身も」
 全力で好きと言ってくれるひとがいる。
 ここにいてもいいのだと、全身で伝えてくれるひとがいる。
「じゃ、俺部屋に戻るわ。案外いい反応もらえて、すっげぇ嬉しい。おやすみ、紬さん」
「うん、おやすみ万里くん」
 そう言って、万里は満足そうに寮の中へと戻っていく。紬はそんな彼にひらひらと手を振って、冬の夜空を見上げた。
 星が流れる。
 願い事を言う前に消えてしまったけれど、今心の中にある願いは、きっと自分自身で叶えられる。
 そうだよね、と紬は目を閉じて、冬組のメンバーを思い浮かべた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-025-

俺のCandy Star! 2017.07.17

#シリーズ物 #ウェブ再録

「……学生振りだな、お前と二人のACTは。ACTとバイトづけだった」「そうだね……あの頃はほんとにお…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-025-


「……学生振りだな、お前と二人のACTは。ACTとバイトづけだった」
「そうだね……あの頃はほんとにお金なかったし。ひどいときはコンビニのお弁当も買えなくてさ。あ、でも冬に肉まん半分こしたのは楽しかったな」
「そんなことあったな。……お前の本音とか、今の俺には分からないけど、いちばん真剣に、本気で向き合えるのはこれしかなかったんだ。急に呼び出して、悪かったな」
 歩調がゆっくりになる。
 再会して今まで、少しも合わなかった二人のスピードが、初めて重なった瞬間だった。
「ううん……楽しかった。分かってたけど、やっぱり丞とお芝居するのは楽しいな。丞がどんな返し方をするのか分からなくて、すごくワクワクするよ」
「それは俺の台詞だ。お前の演技には、気づかされることが多い。お前と並びたい、負けたくない……いい芝居がしたいって、どんどん良くなっているのが実感できるんだ」
 紬は驚いた。
 丞がそんなふうに感じてくれていたなんて、今の今まで知らなかったのだ。
 自分が思っているのと同じように、丞も楽しんでくれているのかと思うと、胸の中にあったずっしりと重い暗い気分が、霧散していくようだ。
 小学生の頃、初めて芝居というものに触れた。なんの間違いか、学芸会で丞と一緒に舞台に立った。それからずっと、丞と芝居をするのが楽しみで仕方なかったのだと、紬はゆっくり口にする。
「とにかく楽しくて、できないことなんて何もないなんて思ってたよ。大学を卒業してからも、丞とずっと一緒に芝居をしていきたかった。でも……俺はGOD座に入れなかったしね。丞には、俺じゃ力不足なんだろうって痛感したよ。丞を引き立てて、伸ばしていけるひとは、GOD座にはたくさんいたでしょ。……悔しかったな」
「……そうでもなかったな……」
「え?」
「確かに技術はついたと思う。舞台慣れもした。……でも、いつも何か足りないって思ってたんだ」
 丞は正面を見据えたま、GOD座にいた頃のことを思い返しているようだった。
 丞がGOD座のトップだったことは紬も知っているし、めきめき実力をつけていって、楽しいのだろうと思っていたのに。
「なあ紬。お前、本当はどうしたいんだ? 勝負、下りるのか? GOD座との勝負だけじゃない、俺と主役競い合うくらいの気持ちは、ないのかよ?」
 丞が振り向いて、責めるようにも、なだめるようにも、諫めるようにも、力づけるようにも、訊ねてくる。
 紬は思わず立ち止まった。そうしてから、しまったと思う。
 泣いてしまいそうだ。
「ほ、本当は……」
 今までずっと我慢していたものが、あふれ出してくる。こくりと唾を飲み込んで、どうにか涙を我慢し、口を開いた。
「本当は、GOD座に負けたくない……主役として舞台に立ちたい、胸を張って、丞と芝居がしたいよ……!」
 せっかく主役をやれるチャンスがきたのに、逃したくない。GOD座に恐れをなして、逃げ出したくなんてない。
 万里が言ったように、逃げたくないのだ。
 悔しい。幼馴染みである丞にならいさしらず、万里に心の奥底を見抜かれていたなんて。
「丞と……東さんと、誉さんと、密くんと……芝居がしたい……!」
 そうしていつかは、他の組のみんなと。
「……紬、それをアイツらに言えよ。簡単に諦めんな。……俺も、支えるから」
 丞の口調が、緩やかなものに変わっていく。最後の方は本当に流れる水のように澄んだ声で、紬は目を見開いた。
 その口から紡がれた言葉を、にわかには信じられない。
 疑うわけではないけれど、嬉しくて、信じられない。
「丞……っ、本当に……!?」
「……当たり前だ、俺たちは同じチームの、仲間なんだから」
 ぶっきらぼうに言って視線を背ける丞に、紬は笑う。バツが悪いとき最初に右に視線をやるクセは、変わっていないのだと。
「丞にそう言ってもらえると、何でもできそうな気がするよ。嬉しい……あの頃に戻ったみたいだ」
 重かった気持ちが、ふっと軽くなる。体も軽くなる。浮き上がってさえいそうで、紬はしっかりと地面を踏んだ。
「紬、俺はあの時――」
「あれっ、紬サン、丞サン!」
 丞が何かを言いかけた時、知った声がそれをかき消していく。二人して振り向けば、そこには秋組の七尾太一と――、
「何してんだ? 稽古か?」
 摂津万里の姿。
 紬は思わず体を強張らせた。どうにもまだ、万里を前にすると身構えてしまう。
 何度も聞いた恋の告白のせいか、万里の視線が気になって仕方がない。優しくて、熱っぽい視線に、なぜ気がつかなかったのだろうと、少しバツが悪い。
「まあ、そんなところだ」
「た、太一くんたちは? 買い物?」
 会話を中断されたせいか、ため息を吐く丞に続いて、紬が訊ねる。
 万里ではなく、太一の名を呼んでしまったのはとっさだったが、意識しすぎにも程があるよと、心の中で自分自身に悪態をついた。
「夕飯の買い出しッス~」
「人数増えたからな、大変なんだとよ。ったく、帰った途端これなんだからよ」
 言って、万里は両手一杯の買い物袋を掲げてみせる。きっとじゃんけんか何かで負けてしまったのだろう。そう思うとおかしくて、紬はふふっと小さく笑った。
「俺も少し持つよ。大所帯って大変だよね。みんなで食べるご飯は美味しいけど」
「さんきゅ、紬さん。なんか、邪魔しちまったみてーで悪いな。太一のヤツ、空気読めっての」
 万里の手からふたつほど買い物袋を取り上げて、隣に並ぶ。彼はちらりと丞の方を見やって、小さく謝罪をこぼしてきた。
 紬もちらりと丞を振り向くと、元気いっぱいの太一に何やら訊ねられ、それでも律儀に返答している幼馴染みがいた。
「ううん、平気だよ。それより、万里くん今日のお買い物はどうだったの? 天馬くんやカズくんと出掛けてたんでしょ」
「あー、よさげなアクセは買ってきた。あと帽子な。途中で天馬がファンに捕まりそうになってやんの」
 目に浮かぶよ、と紬は肩を竦めて笑う。丞は舞台の世界で名が知られているけれど、天馬は世間的に名が知られている。
「スターも大変だね」
「だーな」
 何げない万里との会話。昨日はそういえば、なかったことだ。
 昨日とは違う「昨日」で、万里と並んで歩いている。きっとカフェでの休憩をやめて、丞とストリートACTをしたことで、分岐が変わったのだ。
 どうして、と考えるより、今は浮き上がったこの心のまま歩いていたい。
「なあ紬さん。今日行ったの、天鵞絨駅から四つ目くらいだったんだけど、良さそうなカフェ見つけたんだ。今度行かね?」
「えっ、ほんと? なんてお店かな……へえ、これ? 行ったことないけど……雰囲気良さそうだね」
「やっぱり気になると思った。あー、でもタイマンACTのこと考えると、これから稽古づけになっちまうか」
 携帯端末で撮った写真を見せてくれる万里。なんの不思議もなく、「約束」が生まれてしまうけれど、「いつ」実現するだろうか。
 いつもの流れなら、今夜また万里に「告白」をされ、紬はそれを断るはずだ。
 気まずくなるだろうことは必至で、今までみたいに何も知らない振りをして、一緒にカフェなんて行けるのか。
 それに、今万里が言ったように、これから稽古づけになってしまうだろう。
 あれ、と紬は目を見開いて万里を振り向く。タイマンACTを受けるなんて言ってないのに。
 心が軽くなったことだってかけらも言ってなくて、万里の中では「昨日」の落ち込んだままの月岡紬がいるはずなのに。
「ど、どうして……俺、受けるって言ったっけ? 万里くんに……」
「あ? そんなん、見てりゃ分かるっしょ。昨日となんか違ぇって」
 まるで何でもないようにそう返してくる万里に、紬は頬の熱が上がるのを自覚した。
 空いた方の手で口を覆い、思わず飛び出してきそうな恥ずかしさを押し込める。
(ば、万里くんって、どれだけ俺のこと見てるんだろう……恥ずかしいな。それとも、恋ってそんなものなの?)
 目を離している時間が惜しいとでもいうほどに、相手のことを意識全部で追いかけるのだろうか。
 そんな情熱的な恋はしたことがないけれど、万里の恋はきっとそうなのだ。
 ちら、と万里を見やると、うっかり視線が重なってしまう。それは気まずそうに万里の方から逸らされた。じっと見ていたことに気づかれたと思ったのだろう。
(かわいい……)
 万里の一生懸命な想いが伝わってくる。大事にしている想いが伝わってくる。
 年下の男子高校生相手に、かわいいなんて思ってしまうほど、万里の恋は分かりやすい。どうして今まで気づけなかったのか、分からないくらいだ。
 それは、万里が恋を自覚してから、まだ日が浅いということもあるだろうが、何よりも、紬自身に余裕がなかったせい。
 劇団のこと、丞とのこと、GOD座との勝負、自分の不甲斐なさ。すべてが一気に押し寄せてきて、摂津万里というひとりの人間に、意識を向けるヒマがなかった。
(今日は……きみの告白を昨日とは違う気持ちで聞けるんだろうか……)
 そうして会話もないまま寮に着いてしまう。
「サンキュな、紬さん。重かったろ」
 万里は、紬の手の中にあった買い物袋をひょいと取り上げて、キッチンへ向かってしまう。あ、と呼び止める隙もなかった。
「そんなに重くなかったのにな……」
 さりげなく気遣う万里には敵わないと、苦笑する。
「紬」
 背後から声をかけられて、紬は振り返る。丞だ。
「さっきのこと、今日みんなに話せ。お前の思ってること、ちゃんと、全部」
 さっき途切れてしまった会話を、丞がつなげてくる。まっすぐに見つめてきてくれる視線は、先ほどの言葉が嘘でないのだと伝えてくれる。
 丞が――支えると言ってくれた。
「――うん、丞」
 それだけで、どんな難しい芝居でも絶対に楽しくこなせると、根拠のない自信がわき上がってくる。紬はこの劇団に入って初めて、意気揚々と敷居をまたいだ。


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俺のCandy Star! 2017.07.17

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「丞」 電車を降りると、改札の近くで丞が待っていてくれた。 さすがに目立つなあと苦笑する。身長がある…

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「丞」
 電車を降りると、改札の近くで丞が待っていてくれた。
 さすがに目立つなあと苦笑する。身長があることもそうだが、堂々とした佇まいは、道行く人の視線を引きつける。役者として、羨ましい力だ。
「どうしたの? 丞が俺だけにLIMEしてくるなんて、初めてだね」
「……ちょっと、歩くぞ」
「うん?」
 どこへ、と言いかける紬を放って、丞は歩き出してしまう。
 紬の予定も訊かずに呼び出したところや、こうやって放っていってしまうところは、まだ昔みたいにはなってくれないなと、紬は丞の背中を追って歩き出した。
「ここらへんでいいか……」
「丞?」
 丞がぴたりと立ち止まって、くるりと振り返る。また何か怒らせてしまったのかと肩を竦めたら、丞の表情が一瞬で変わった。
『いい加減にしろ! 今度という今度は、腹に据えかねた!』
 よく通る声で、怒られる。今の状況からして、丞が紬自身を怒鳴りつけているようにも思えた。
 だけど、紬には分かる。
 昔は本当に毎日のように接してきた相手だ。分からないわけがない。
『どういうこと? なんのことだか分からない』
 目の前の男は、丞ではない。紬も紬ではない。眉をつり上げて、目の前の男を睨みつけた。
『よく胸に手を当てて考えてみることだな。親父が亡くなった今、長男である俺が当主。お前はもう勘当だ』
『だったら言わせてもらうけど、アニキのそういう威圧的なところ、俺も嫌いだった――』
 ケンカかと、事の成り行きを怖々見守っていた通行人も、ストリートACTであることに気づく。
 このストリートでは珍しいことでもない。面白ければ観ていくし、つまらなければ素通りだ。
 だがしかし、少し詳しい人間ならば、気づくはず。元GOD座のトップスターが、見たこともない男相手にストリートACTをしていると。
「ね、あれ丞さんじゃない?」
「ほんとだ、GOD座やめたって聞いて超ショックだったけど、こんなとこで観られるなんてラッキー!」
「相手の子、誰だよ? 見たことねーよな」
「俺も知らないな。でも……スター相手に負けてないんじゃね?」
「だよな、なんか……どっちも目で追っちまう」
 兄弟がお家騒動を繰り広げていく中、通行人は芝居を邪魔しない程度にそんなことを囁き合う。もちろん、没頭している紬たちには届かなかったけれど。
『ここで話していても埒があかないよ、アニキ。裁判で決着をつけよう』
『いいだろう、望むところだ』
 最後まで睨み合って、そのお家騒動はいったん幕が下りる。
 はあ、と紬が息を吐いたあと、丞からも同じように息が吐かれた。
 途端、わき上がる歓声。
「えっ?」
 紬は思わず視線を周りに向ける。いつのまにかできていた人だかり。
「いつのまにこんな……」
「あっ、あの、投げ銭は結構です、そういうのじゃないんで」
 丞も驚いて辺りを見回しているうちに、ギャラリーたちが財布を取り出して、観覧料としてのチップを渡そうとしてくる。紬はそれをやんわり断った。
 お金のなかった学生時代は、よくそういうことをやっていたが、今は他に収入源もあるし、何よりそれが目的で来たわけではない。
 丞もそうだろうと横目で見やると、ここに来るまでの表情が嘘のように、柔らかな「幼馴染み」がいた。
「丞……?」
「……行くぞ、紬」
「えっ、あ、うん」
 丞はそう言って駅の方へ向かって歩き出してしまい、紬はギャラリーたちに観てくれたお礼を告げ、丞の背中を追う。


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俺のCandy Star! 2017.07.17

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 しかし次の日も、二人して朝から脱力する羽目になる。「また十二日……」「これで何度目だ、くそっ……」…

俺のCandy Star!

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 しかし次の日も、二人して朝から脱力する羽目になる。
「また十二日……」
「これで何度目だ、くそっ……」
 携帯端末の表示も、朝のニュースのアナウンスも、昨日と同じ十二日。
 劇団のメンバーの行動も変わりなくて、昨日あんなことまでしたのにと、本当にうんざりとした陰鬱な気分だ。
「たすく、つむぎ~、またさんかく消えちゃった~! はやく仲直りして!」
 談話室に、昨日の昨日と同じように三角が飛び込んでくる。彼がループしているのも変わっていないようだった。
「ご、ごめん三角くん。でも、仲直りってどうしたら」
「証明できるもんでもないだろう。しかも、ぬいぐるみ相手に」
「カンタンだよ~仲直りなんて! 本当に思ってること、相手にちゃんと伝えれば大丈夫! 今日はちゃんと仲直りしてね!」
 そう言って、三角はまたさんかくを探しに行ってしまった。
「本当に思ってること、か……」
「丞、いったんみんなのところに戻ろう。いつまでも稽古中断にはできないよ」
「ああ……そうだな」
 丞の声が、昨日までのどの時点よりも静かになる。
 じ、と見つめられたような気がして、丞を振り向いたけれど、紬がそうする頃にはもう、丞がレッスン室へと足を向けてしまっていた。
(丞……?)
 昨日までの昨日と違う、と紬は感じ取る。何がどう、という具体的なものを言葉にはできないが、丞から感じる拒絶にしか思えないオーラが、和らいでいるような気がした。
(気のせいかな……また自分に都合のいいように考えちゃってるのかも)
 そうして、昨日と同じ今日の朝練を繰り返し、朝食にありつく。
臣の作ってくれたオムレツは美味しくて大好きだが、丞は少しうんざりしているように見えて、紬はまあ仕方ないよねと口の端を上げた。
「あ、万里くんドレッシング、使うでしょ?」
「え? あ、あー、どもっす。……なんで分かったの紬さん。こえーなー」
 万里が、いつものようにドレッシングを頼んでくる前に、紬はつい手渡してしまう。まだ何も言ってないのに、と万里はサラダの器を前に目を丸くしていた。紬はハッとして、頬を赤らめた。
「あっ、あの、うん、なんとなく……?」
「へー……やっぱ紬さんに隠し事とかできねーよな」
 万里はドレッシングの瓶を受け取って、困ったような、嬉しそうな顔をした。
 紬はその真意を探ろうとして、首を傾げる。万里の心の中なんて分からないけれど、もしかしたら。
(もしかしたら、俺が万里くんのことを見てるって思ったのかな……。変な期待させちゃったかも……)
 好きな相手に、気を遣ってもらえたら嬉しい。言わなくても分かってくれるのは嬉しい。
 だけどこの時点の万里は、まだちゃんとした告白をしていないことになっている。悟られているのかと、困ってもいるのだろう。
(今日も……俺は万里くんの告白、聞くのかな……正直、もうどう反応していいのか分からないんだけど……)
 昨日と同じ今日、何度目なのだろう。
 繰り返しても気持ちが変わることはないのに、万里は何度も好きだと言ってくれる。
 いや、万里にとっては一度なのだが、紬は複数回、告白されている。慣れというものは怖いもので、初日にあれだけ混乱していた頭の中も、今ではちゃんと整理されていた。
 万里は本当に一生懸命、好きでいてくれる。
 日ごと日ごとに言葉を換えて、伝えてくれる。
 今日はどんな言葉で、明日はどんな言葉で、その先はいったい……?
 憂鬱だった今日が、ほんの少し楽しみになってきてしまっている。十中八九、万里のせいだ。
 そうして紬は、今日も同じことを教えるためにバイトに出掛けようとする。それを、万里が玄関先で呼び止めてきた。
「紬さん、大丈夫すか?」
「え、な、何が?」
「……いや、朝メシん時、ちょっとおかしかったから……」
 おかしかったかな、と紬は苦笑する。
 そういえば一昨日も、体調が悪いのではないかと心配された。
 今日はそんなつもりなかったけど、と万里を見やれば、気まずそうな顔をして髪をかき混ぜていた。
「もしかして、昨日のストリートACTのこと真面目に……取ってるわけねーよな、悪い、今のナシ。ちゃんと言いたいし、気づかないでいーよ」
「……なんのこと?」
 紬は、万里が何を言いたいのか気づいていて、あえて気づかない振りをした。
 このカフェラテ色の髪をした年下の男の子を、困らせたくない。彼にとっては今日の夜が本番で、紬はまだ気づいてはいけないのだ。事実、万里は気づかれていないことにホッとしたようだった。
「でも、今日はなんか昨日より元気そうで安心したわ。昨日ほんとブルーだったもんな」
「そ、そうかな……うん、昨日よりは大分楽かも。またあのカフェ行こうね万里くん」
 何度も繰り返した今日を、紬は少しずつ昇華していっている。昨日よりは元気に見えるというのは、そのせいだろう。それを聞いて、万里はものすごく嬉しそうな顔をしてくれた。
(……かわいい……)
 万里は本当に、そこら辺の高校生よりも大人びた表情をするけれど、ときどきこんなふうに、年相応の笑顔を見せることがある。
 それは紬にとって嫌なことではなく、むしろ嬉しいと感じてしまう。
(あ、かわいいって、褒め言葉だけど、万里くんに言ったら怒られるかな……。俺もまさか、年下の男の子をかわいいって思う日がくるとは、思わなかったけど)
 こっそりふふと笑って、紬は万里に見送られながら寮をあとにした。



 その日の夕方、いつもの昨日と違うことがあった。
【バイト終わったら連絡してくれ】
 丞から、そうLIMEが送信されてきていた。
 今までグループLIMEを送ってきたことはあったけれど、個人的なものなんて一切なかったのに。
 どうしたんだろうと、紬は不安になって、まだ慣れないLIMEを一生懸命操作して、返信した。
【今終わったけど、どうしたの?】
【天鵞絨駅で待ってる。気をつけてこいよ】
 すぐに既読がついて返信されてくる。メンバーや丞の身に何かあったわけではないようだと、紬はホッとした。どうせ天鵞絨駅で降りるのだ、今日はカフェでの休憩を断念して、紬は電車に飛び乗った。



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俺のCandy Star!-022-

俺のCandy Star! 2017.07.17

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「なんで……?」 昨日ちゃんと眠って、今日は昨日の明日になっているはずだった。 だけど、レッスン室で…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-022-



「なんで……?」
 昨日ちゃんと眠って、今日は昨日の明日になっているはずだった。
 だけど、レッスン室で紬と丞が見たものは、相変わらずマシュマロの袋を抱えている密と、今日も詩をプレゼントしてくれる誉と、独創的だねと笑う東、苦笑いをするいづみ。
 丞を振り向いてみれば、困惑したような視線が返ってくる。やっぱりまた、紬だけではない。
「け、稽古はいったん休憩で」
 そうして確認した談話室のテレビも、十二日土曜日と言い放ってくれる。
「状況を整理しよう。つまり俺たちは、ずっと十二日をループしているのか?」
「そうみたいだね……何が原因でこんなことになっているんだろう……」
 頭がおかしくなりそうだと、二人して頭を抱える。
 二人にとって、本来今日は十四日のはずなのに、周りが十二日を推してくる。どうしたら抜け出せるのか、さっぱり分からなかった。
 二日連続ループするのはどう考えてもおかしい。不思議体験で済ませられる限界を超えてしまっている。
 何か原因があるはずだと、丞も紬も考える。
「何か心当たりないのか、お前」
「……心当たりっていうか……おかしいなって思うことは……ちょっと待ってて丞」
 ふと思い当たって、紬はいったん部屋に戻った。
 枕元に、ちょこんと鎮座したぬいぐるみ。「十二日」にそこに置いてから、変わっていないもの。それをひょいと持ち上げて、丞の元へと舞い戻った。
「ブサイクなぬいぐるみだな。カバ? で、これがなんだって言うんだ」
「ループする前、つまり、えっと、一昨日? 俺の前に、どこかから落ちてきたんだ。でも昨日は落ちてこなかった。ずっと枕元にあったんだ」
「……そのぬいぐるみはループしてないっていうのか?」
「うん、たぶん……周りの皆も、俺たちの言動に合わせて少しずつ違ってるけど、行動そのものがズレてることはない」
 食事も、稽古も、入浴の順番も、変わっていなかった。
 意志を持たないはずのぬいぐるみだけが、十二日と違うのは、何か意味があるのか――そう思い始めた時、
「あー! 見つけた~!」
 夏組に所属している斑鳩三角が、談話室に飛び込んできた。
「斑鳩……?」
 丞が不思議そうに声を上げる。昨日の十二日には、なかった乱入だ。
「も~、つむぎとたすくのせいだったんだ~!」
 どうも彼は怒っているようで、声がいつもより荒い。
「え、と……どういうこと?」
「それ、無間人形さんでしょ~」
 え、と丞と紬は言葉を飲む。つい最近聞いたような単語だ。確か、支配人の松川が話していた、MANKAI寮の七不思議の中に、そんな単語の話があったはず。
「無間人形って……もっと呪いっぽいのじゃないの? ずいぶんかわいいんだけど……ぬいぐるみだし」
「それをかわいいと言うお前の気が知れんが、斑鳩もずっと十二日をループしてるってことか?」
 紬は腕の中のぬいぐるみを見下ろし、丞はぷりぷりと怒った三角を見やる。三角は、そうだよ、と頬を膨らませて肯定した。
 どうもループしているせいで、見つけた三角が次の日には消えてしまう、と怒っているようなのだ。
 曰く、よくあることだというのだが、ともかく紬たちは初めて体験することだ。
「ふたりのせいでこうなったんだから、ちゃんと直してね!」
「直すっていったって、ど、どうしたら抜け出せるのかな」
「支配人が言ってたでしょ、仲直りするまで永遠に無間地獄をさまようって。多分たすくとつむぎが、このぬいさんの前で仲直りすれば大丈夫~!」
 そんなわけあるか、と丞は頭を抱える。
 十二日をループしている、という事実を受け入れるだけでも精一杯なのに、そんな話を信じろというのか。
「じゃあ、よろしく~、おれ、昨日とは違うさんかく探しに行ってくる~」
「あっ、おい斑鳩!」
 丞の呼び止める声に見向きもせずに、三角は談話室を出て行ってしまう。
 自分たちだけではないということが分かって、ホッとしたが、解決には至らない。
「仲直りってどうすればいいのかな。手でもつなぐ?」
「ふざけるなよ。何か元に戻す方法考えるぞ」
 居心地が悪くて笑ってみせるけれど、丞は相変わらず睨みつけてくる。
 紬は苦笑して、ひとまず稽古に戻ろうと促した。



 結局今日も、昨日と同じ今日をやり過ごすことになってしまった。
 解決方法が見つからずに夜を迎える。
「な、何もいい方法浮かばなかったね」
「そうだな……」
 紬は頭を抱える。このループから抜け出す方法が見つからなかっただけではない。昨日と同じ。
 ということでつまり、紬はまた万里から恋の告白を受けてしまったのだ。
 中庭に行かなければ大丈夫、なんて考えは甘かった。
 階段を上がる手前で万里に捕まって、中庭につれていかれ、そこで通算四度目の告白を聞いた。
 紬が中庭で育てている花の名前を訊かれたり、新しいカフェの情報をもらったりと、昨日の昨日とはまた少し違っていたけれど、十二日の万里は、どうしても紬に好きだと言わなければ、気が済まないようだったのだ。
(さすがに驚くことはなくなったけど、こ、こんなに何度も好きって言われると……困るな……)
 いまだに頬の熱が引いていってくれない。今考えるべきことは他にあるのに、万里の声が、頭から離れていってくれない。

 好きだ、紬さん。
 俺は今アンタに本気の恋をしてる。
 紬さんが舞台に立ってるとこ見たい。絶対惚れ直すよな。

 男同士という、そもそもが叶いそうにない恋なのに、万里の声はいつも嬉しそうだ。
 受け入れられないと断っているにもかかわらず、俺が紬さんを好きなのは変わりないからと笑う。
(こっちだって、受け入れられないのは変わりないんだけどな……。このループを抜け出したら、もう一回ちゃんと断らなきゃ。万里くんのことだし、すぐに次のひと見つかるよね)
 ふるふると首を振って、万里の声を頭の中から無理やり追い出す。
「――むぎ、紬。聞いてるのかお前」
「えっ、あ、ご、ごめん、なに?」
 怒ったような呆れたような声が聞こえて、紬はハッと我に返った。
 そうだ、今は万里のことを考えている場合ではなかったのだ。
「仲直り、このぬいぐるみの前でやってみるかって言ったんだ。朝、そんなこと言ってただろう」
「あ、う、うんそうだね、試してみようか」
 ともかく、この無間地獄から抜け出さないことには、何もできない。
 また万里のあの熱っぽいまなざしで見つめられ、恥ずかしいほどまっすぐな恋を、また告白されてたまるものかと、紬は丞と「仲直り」をしてみせる。
 肩を組んだり笑い合ったり、ふざけあってみたり。
 本当に仲の良かったあの頃にはほど遠いけれど、ぎくしゃくしっぱなしの再会後、いちばん仲がよさそうに接することはできたはず。
「明日には直ってるといいね……」
「ああ……そろそろ寝るぞ」
「うん、おやすみ……」
 紬は枕元にぬいぐるみを配置し直して、祈るように頭を撫でて眠りについた。


#シリーズ物 #ウェブ再録

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俺のCandy Star!-021-

俺のCandy Star! 2017.07.17

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(覚悟って、どうやったらできるんだろう。やだな……どうしてこうなっちゃうんだろう。昨日と同じことを繰…

俺のCandy Star!

俺のCandy Star!-021-


(覚悟って、どうやったらできるんだろう。やだな……どうしてこうなっちゃうんだろう。昨日と同じことを繰り返して、自分の不甲斐なさを自覚しただけだ……。丞と一緒にお芝居したかただけなのに……)
 ふらふらとした足取りでやってきたのは、寮の中庭だ。ここに来ようと思っていたわけではないのに、緑の多いここは、少しだけ紬の心を落ち着けてくれる。
「紬さん」
 夜空を見上げた時、声がかかった。そちらを振り向いてから、紬は失敗したと思った。どうして中庭に来てしまったのだろうと。
「ば、万里くん……」
 昨日のことを繰り返しているのなら、万里が来ることも予測できたのに。
「ダイジョブっすか?」
「……監督から、聞いたの?」
「ああ、勝負は辞退するって。……なんで? もったいねぇ。さっきのエチュード、俺なんかまずかった?」
「ううん、万里くんとのエチュード、楽しかったよ。だけど……今、みんなと……丞と、さっきみたいな演技ができるとは思えない。勝負受けたって、負けるのが目に見えてるじゃない。ここをなくしたくないんだ。そのためなら、俺は逃げるよ」
 万里だって、ここがなくなったら困ると言っていた。
 勝負に負けたら、カンパニーはなくなってしまう。居場所がなくなるのだ。
「変わってるよな、紬さん。普通そんな怖い顔して、逃げるなんて言わねーもんだぜ」
「……逃げることを正当化するつもりはないけど、でも俺は」
「なあ紬さん、本当は逃げたくなんてねぇんだろ?」
 万里の言葉に、紬は目を瞠る。
 逃げたいわけではない。それは、誰だって同じことではないだろうか。
「逃げたいって思ってるヤツが、んな睨んでくるかよ。大方、俺は逃げたことなんてないくせにって思ってんでしょ」
「えっ、睨んでた……? ごめん、そんなつもりじゃ」
 確かに、万里に対しての評価は高い。
 ずるいな、と思っているのも本当で、劣等感さえ感じる瞬間があった。それが、ここにきて表に出てしまったのだろうか。
 昨日とは違う感情を見つけてしまって、紬は慌てる。そして万里の受け答えも、紬の言動に合わせて変わってきている。
「逃げることも必要っていうアンタの理屈は、理解できる。でも俺今さ、逃げたくねーって思ってることがあんだよね」
「に、逃げたくないことって……?」
「馬鹿みてーな恋から。……紬さん、昨日言ったこと、演技じゃねーんだ。俺はアンタのカレシになりたい。好きだ、紬さん」
 言葉は変わっていても、そこから導き出される結論は、変わっていない。
 紬は口を覆い、どう受け止めるべきなのか迷い視線を泳がせる。
「……驚かねーのな?」
「お、驚いてる、けど……万里くんは、俺を買いかぶってるから……」
「なに、それ」
「俺はきみが思ってるような人間じゃないよ。弱いし、やなことだって考えるし、俺のこと混乱させるきみが憎たらしいとか思うし」
「えっなにそれ超嬉しいんだけど」
「なんで!?」
 万里の恋心は、昨日聞いているからか、驚きという感情は少ない。
 その分、どうして自分を、という疑問の方が多くなってしまった。さらに万里のこの言葉。今の自分の発言のどこに、嬉しがるような要素があったのだろう?
「混乱するってのは、ちゃんと真面目に捉えてくれてんだろ? まーた昨日みたいに流されっかと思ってたわ」
「き、昨日のは……ごめん、謝るよ……さすがに、演技じゃないとは思わなかったんだ」
「まあ、急だったしな。でも、紬さんのそういう律儀なとこ、好きっすよ。ほんとに……好きなんだ、紬さん。演技も、アンタ自身も」
「きみは俺のことを知らないから。絶対にいつか幻滅するよ。いったいどうして、俺のどこを見て、好きになっちゃったの、万里くんは」
 仕方ないなと呆れるように、紬は万里の心の奥底を覗こうとする。
 視線の動き、呼吸の仕方、指先の戸惑い、そんな小さな仕草でも、相手の言っていることが本当かどうかは、分かるつもりだ。
「さあ。分かんね」
「えっ?」
 紬は驚いた。
 万里のことだから、きっとそれらしい明確な言葉が返ってくると思っていたのに、分からないとは。しかも、それをあまり重要視していないらしいのだ。
「だーって気づいたらそうだったし。理由なんか多分一杯あるけど、どれも後付けっつーかなんつーか。笑ってるとこ見たいとか、カフェ一緒に行くの楽しみとか、そういうのばっかなんだぜ」
「そ、そういうものなの……」
「それでもよけりゃ、夜通し説明すっけど。でも……理屈じゃねぇっての、こっち方面じゃ初めて味わってるよ、紬さん。サンキュな」
 そう言って万里は照れ笑い。礼を言われるなんて思っていなかった分、反応が遅れた。そうして、一気にせり上がってくる、気恥ずかしさ。
「……っ」
「だからさ、生理的に無理っていうんじゃなきゃ、ちょっと真面目に考えてみてくんねぇ? 思ったよりいい反応もらえてっし」
「なっ、こ、これは万里くんが変なこと言うからっ……」
「変じゃねーだろ、アンタが好きってだけだぜ? だからもっといろんな紬さんが見たい。俺が思ってるのと違うっていうなら、見せてよ、紬さん。普段のも、舞台の上のも。もっと、見たい。GOD座のタイマン受けてみるといいよ。どんなテーマ来たって、綴がすっげぇいい脚本仕上げてくっから」
「だ、だからね万里くん、聞いてよ」
 言うだけ言って、すっきりしたとでも言うように、万里は笑う。どんなにいい脚本が上がってきたって、それを演じる役者の方に問題があるのだというのに。
「弱音ならいつでも聞くし、練習相手にだってなるし、緊張ほぐれないってんなら、いつでもぎゅーってしてやっからさ」
「……さ、最後のは何か違うよね?」
「バレた。はは、まあ俺でよけりゃいつでも力になるぜ。好いた惚れたを抜いてもな、アンタの演技をもっと見たい。叶えてくれよ、紬さん」
「万里くんっ……ちょっ……」
 じゃあおやすみ、と万里は本当に無責任に、言いたいことだけ言って、寮の中に戻っていってしまう。
 紬は昨日と同じくそこにしゃがみ込んで、火照る頬を両手で覆った。
「ど、どうしよう……」
 恋を受け入れられないと思うのは、昨日と同じだけれども、あんなふうに言われて嬉しくないわけがない。
 自分の演技では無理だと思っているこの状態で、「見たい」と言ってもらえるのは、本当に嬉しい。
 演じ終えたあとで感想をもらえる幸福を知っているけれど、演じる前に「もっと見たい」と期待されるのは、あまりなかったように思う。
 好いた惚れたを抜いても、と万里は言った。
 お世辞のカテゴリに分類されるだろう、なんて思っていた自分が情けなくて恥ずかしくて、別の意味でも顔から火が噴き出そうだった。
(本当は、逃げたくない……なんで万里くんには、分かっちゃうんだろう……)
 深く息を吸い込み、そして吐き出す。
 先ほどまでの重く暗い気持ちが、少しずつ、本当に少しずつ、空気に溶けていくようだった。
 今日は昨日の今日よりも、ゆっくり眠ることができるだろう。そう思って、紬も寮の中へと戻っていった。



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俺のCandy Star! 2017.07.17

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 昨日と同じくバイトを終えて、カフェで休憩して、寮に戻った。昨日飲んだブレンドとはオーダーを変えてみ…

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 昨日と同じくバイトを終えて、カフェで休憩して、寮に戻った。昨日飲んだブレンドとはオーダーを変えてみたけれど、今日はやっぱり昨日である。
 夕食はチキンカレー、ポテトサラダとオニオンスープ。ナンがうまく焼けたのだと、嬉しそうに笑う臣も変わっていない。そろそろ、彼が本当に普通の大学生なのか分からなくなってきたが、そこは今考えるべきところではない。
 今ここにいるメンツも、昨日と変わっていない。
 冬組の全員と、学生組、デザイナーコンビ、機嫌が悪そうなヤクザ。少し十座の元気がないのも、昨日と同じだった。
「なー咲也、春組って今日レッスン室使うか?」
「あ、今日は使わないよ天馬くん。っていうか……稽古しようにもメンバーが揃わなくて。至さんは会社の飲み会でいないし、綴くんは脚本の研究だとかで、どこかの図書館こもってるみたいだし……」
「じゃあウチで使っていいか? っていうかお前も入れよ咲也。真澄は、……監督いないとやる気ないか……」
「あはは、監督は冬組の方いっちゃうから、仕方ないよね。でも、いいのかな? 俺が入っても。シトロンさんにも声かけていい?」
「当たり前だろ」
「わあ、一緒に稽古できるの嬉しいです!」
「ポンコツ役者のポンコツっぷりが、バレちゃうんじゃないの、平気?」
「んだとぉっ」
 夏組と春組の一部が、第二レッスン室を一緒に使う相談をしているのも、紬は昨日聞いた。少し羨ましく感じてしまうのは、わだかまりが何もなさそうな彼らがまぶしいからだろう。
「じゃあ、冬組はこのあと稽古ですね」
「はい、監督」
 紬は食べ終わった食器をキッチンへと運び、いつもごめんねありがとう、と臣に声をかけて、ひとり第一レッスン室へと向かった。
 レッスン室は、まだ誰もいない。電気をつけて、正面の鏡に自分自身を映してみた。
 頼りない男がひとり、いるだけ。
 きっと誰が見ても、十人中十人が、お前になんか任せられないと言うだろう。
 自分なんかがリーダーをやるべきじゃなかった。
 こつ、と鏡に額をぶつける。
「身の程を知れよ、月岡紬……」
 もう一度芝居がしたい。その一心でこの街に戻ってきたのは間違いだった。この街にはそんな人間が山ほどいる。
 ちょっと演技ができるからって浮かれていた自分が、ここでスターになれるわけもない。
 いや、そもそもスターになりたかったわけではない。それは丞みたいな人間がなるべきだと理解している。
(スターになりたいわけじゃない。芝居がしたいんだ……誰かひとりでも、俺の芝居を好きだと言ってくれたら、それで……)
 そう思って息を飲み込み、紬はふるふると首を振り、自嘲気味に口の端を上げた。
(ひとりでも、なんて嘘だ……たくさんのひとに観てもらいたい、幕が下りたあとのあの拍手、もう一度浴びたい。楽しく芝居がしたいんだ……丞と一緒に、芝居がしたい)
 こんな欲張りな自分を、いったい誰が知っているだろう。丞も、きっと万里も知らないはずだ。
(こんな自分は好きじゃない。こんなの、誰も好きになってくれないよね……欲しがるだけで、何もしない、自分勝手だ……)
 せめて自分が打ち込めるものが他にあれば、と息を吐く。
 考えても、探しても、芝居しか浮かんでこない。
(逃げたくはないけど、ここを壊したくない。どうやって分かってもらおう。こんな自分が主演じゃ、GOD座が出してくるだろう課題を、うまく表現できない……)
 丞が主演を受けてくれないのなら、GOD座との勝負は下りるべきだという気持ちは、昨日と変わっていない。
 もう一度丞と話し合ってみようと思ったところへ、他のメンバーと監督が、そろってレッスン室へとやってくる。夜の稽古開始だ。
「じゃあ、いつも通り発声練習と、エチュードをやってみましょう」
「はい、よろしくお願いします」
 紬は作った笑顔で自分を飾って覆い、ひとまずの稽古をこなしていく。
 だけど、エチュードのぎこちなさは、いつもの比ではなかった。いづみが困り果てているのが、雰囲気でも分かって、余計に仕草が硬くなった。
 レッスン室のドアが軽くノックされる。顔を出したのは、万里だった。
「あれ万里くん、どうしたの? 今日は秋組の稽古ないよね」
「んー、ちょっと他の組の稽古も見たくて。秋組の参考になっかなーと思ってさ」
「熱心だね、偉い。隅っこの方で見ててくれる? 何かアドバイスあったらお願い」
「りょーかい」
 そう言って万里は、壁にもたれてこちらを観てくる。それも昨日と変わらないが、やりづらさは増していた。
 万里の気持ちを知ってしまったからか、視線のひとつひとつが、意味を持っているように思えて仕方がない。
 エチュードの会話が続かない。
 丞と紬以外は、演劇に関しては素人だ。記憶のない密は分からないが、こんな時は紬や丞が引っ張っていくべきなのに、その二人の息がいちばん合っていないのでは、どうしようもない。
 飲み会という簡単なテーマであるにもかかわらず、紬の仕草も表情も、硬い。
 こんなんじゃダメだと思えば思うほど、深みにはまっていった。
 その時。
『悪い悪い、遅れちまって』
 紬の頭の中に、なかった声が入り込んでくる。それは飛び入り参加の万里のものだった。
 驚く東と誉、瞬きの回数が多くなった密。やっぱりかという表情の丞。そういえばそうだった、と昨日のことをやっと思い出した紬。
 すうっと、力が抜けていったような気がする。
 もともとなのか、発声練習の賜物なのか、万里の声はレッスン室によく響く。仕事帰りの青年を、よく演じていた。
 紬はひとつ、瞬き。万里の視線と出逢って、そこでカチリとスイッチが入ったのを自覚した。
『遅い。何してたんだよ?』
 すっと息を吸い込んで、万里に向かって言ってみる。普段の紬では言わないことだ。
『だから謝ってんじゃん。帰り際に仕事頼まれたの、断れなかったんだ』
 万里も役に入り込んだのが分かる。どうも、頼まれることに弱い青年を選んだらしい。普段の万里なら、嫌なものはすぐに断るだろうに。
『まぁまぁ、楽しみにしてたからってそう怒らないの。ねえ、何を頼む?』
『あ、とりあえずナマで。そういや表に救急車止まってたけど、なに、急性アル中でも出た?』
『この店じゃないみたいだけどな。あ、すいません鶏の唐揚げ追加で』
 東の笑い声にオーダーをする万里と、メニューを指して店員に頼む丞。
『だし巻きたまごも。え、ふたつ? ああきみはひとつ全部食べるだろうしね。はいはい』
 誉は紬の好物を知っていてか、世話焼きの友人を演じ、
『ねぇ今日のアイスなに』
『もうデザートの話かよ!』
『オレには最重要事項だ』
 宴が始まったばかりなのに、もうデザートの話をする密に突っ込む万里。
 先ほどまでの緊張感が嘘のように、会話が弾む。万里ひとり入れた……というか乱入されただけで、こんなにも違ってしまうのか。
 全員の飲み物がそろったところで、何度目かの乾杯を行った。
 勢いを付けすぎて、ジョッキから泡が零れる。それに慌てる仕草をつけ加えて、紬は両手で持ったジョッキを、口許へと運んでいった。
 そうして飲み会特有の騒がしさと、友人で集まれた喜び、酒の酩酊をそれぞれで表現し終わった頃、いづみの声でエチュードの終了が告げられた。
(あっ、もう終わっちゃったのか……)
 昨日と同じ内容だと分かっているのに、紬は久し振りに役に入り込むことができた。
 万里が乱入してきただけでだ。
(万里くんは……やっぱりすごいな……。冬組と合わせるの、初めてなのにね……)
 万里が羨ましい。なんのわだかまりもなく入り込んできて、場の空気を一瞬にして攫ってしまう。
 顔が整っていることもあるし、よく通る声、物怖じしない大胆さ、自分がどう見られているかよく理解している、頭の回転の速さ。
(これからの公演で、どんどん上手くなっていくんだろうし……あの華やかさは、俺にはないもんね。丞と万里くんが舞台に立ったら、さぞ映えるだろうなあ……)
 華がない、というのは自覚している。言われたこともある。役者として、それを補う演技力でもあればいいのだが、それもない。
「紬さんの演技、憧れる。俺にはできねーもんな」
 万里がそう言ってくれるけれど、心の底から受け入れることができないでいる。
「うん……ありがとう万里くん」
 きっと万里の言葉は、恋心が多めに入っているはずだ。お世辞のカテゴリに分類されたっておかしくない。そんなふうにしか思えない自分も、紬は大嫌いだった。
「じゃあ、冬組はこのあとミーティングで」
「はい……」
 万里が気を遣ってレッスン室から姿を消し、昨日と同じようにミーティングが始まる。
 議題はもちろん、GOD座とのタイマンACTだ。
「密さん、大事な話だから起きて」
「ワタシが定期的にマシュマロを供給するよ」
「勝負を受けるかどうかを決めるのは、明日だよね」
「どうするんだい?」
 東たちの視線を受けて、紬は目を伏せる。そうしてゆっくりと口を開いた。
「……劇団の借金返済のためには、勝負を受けるのもいいと思います。ただ、俺なんかがリーダーで主演じゃ、やっぱり無理だと……俺じゃなくて、丞なら」
(やっぱり、俺の気持ちは昨日と変わらない……。こんなところも、昨日と同じ、か)
「紬、お前な――! 一度負った責任を投げ出すのかよ! 逃げないために、リーダーになったんじゃなかったのか!」
「なったときは確かにそう思ってたよ! でも、俺には役者としての才能が……」
「でもじゃない、お前いつまで引きずってんだ!」
 言葉に詰まる。何も言い返すことができなくて、紬は口唇を引き結んだ。
「落ち着いてください、丞さん!」
「ケンカは無意味だ、やめたまえ」
「まあ、紬の気持ちも分かるよ……責任が重すぎる」
「甘やかすな。そうやってまた役者の道も投げ出すんだろう。俺はそんな無責任なヤツと一緒の舞台には、立ちたくない」
「丞――!」
 丞はそう言い放って、レッスン室を出ていってしまう。残された五人の間に、気まずい空気が流れた。
(丞の気持ちも、昨日と変わってないってことか……)
「話し合いは、また改めた方がよさそうだね」
「……すみません」
「ごめんなさい、紬さん。入団したばかりなのに、いろいろ背負わせすぎちゃってました。タイマンACTは、辞退しましょう」
「ボクもその方がいいと思う。力になれなくてごめんね」
「紬くん、気持ちを切り替えるのだ。新しい金策なら、ワタシが考えてみせよう」
「マシュマロ、食べる……?」
 メンバーの気遣いが、逆に心臓に突き刺さる。きっと心の底から気遣ってくれているのだろうに、素直に受け止めることができない。
「……すみません、でも、俺に覚悟がないのがいけないんです」
 紬は俯いて、そのまま逃げるようにレッスン室を後にした。


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