- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.256, No.255, No.254, No.253, No.252, No.251, No.250[7件]
俺のCandy Star!-018-
朝起きると、枕元に見慣れない物体。紬はほんの少し体を強張らせ、ああそうかと思い出した。
その物体は水色のぬいぐるみ。
昨日どこからか落ちてきた、持ち主不明のふわふわ。今日誰の物か訊かないと、と思い身支度を調える。
「あ、おはよう丞……」
「……あぁ」
ルームメイトの丞に声をかけるけれど、返事はそっけない。昨日のことでまだ怒っているのだろうなと、紬はしょんぼりと肩を落とした。
気分はずっしりと重く落ち込んでいても、稽古に出ないわけにはいかない。
リーダーとして、早く行っておかねばと、朝練に向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
「……ねむい……」
「密さん寝ないで!」
東は朝が弱そうだし、密などはいつでも眠そうだ。元気がいいのは、監督くらいいかなと紬は息を吐いた。
「紬くん、元気を出したまえ。ワタシがキミのために詩を考えてきたよ」
「え……?」
誉にそう言われ、紬は目をぱちぱちと瞬いた。
確か昨日も詩を贈ってくれたのに。どう反応していいか分からないシロモノだったからこそ、余計に頭に残っている。
「おいまたかよ」
丞も、呆れたように息を吐く。ということは、紬の勘違いなどではなく、昨日も今日も詩を考えてきてくれたのだ。
「詩人が詩を紡ぐのは、呼吸をするのと同じことなのだよ」
(えーと、確か、遥かなる……)
「遥かなるモンタージュ、 繰り返すデカンタージュ……青春の淡きメモリー、消えゆくセオリー、溜め込むカロリ~。どうかな?」
「え、ええと……? ありがとうございます……?」
紬は首を傾げた。
(昨日と同じだよね、今の……)
耳に残っている単語だらけだ。どう反応していいのか分からないのも昨日と同じで、誉の真意が分からない。
「昨日と同じだろう」
反応に困る、と丞がうんざりとした様子で額を押さえる。はははと紬も苦笑しかけたら、誉の眉が珍しくつり上がった。
「失礼な、これは今日の新作だよ」
「新作? だって、昨日も……」
「誉の詩は独創的だね。韻を踏んでて面白いよ」
くすくすと笑いながら、東がフォローする。紬は勢いよく東を振り向いて、目を瞠った。なぜ東までもが、昨日と同じことを言っているのか。いづみを振り向けば、昨日と同じように、東のフォローに感心しているようだった。
「おいおい、早くもボケたんじゃないだろうな」
昨日と違う反応をしているのは、自分自身と丞だけだと気づいた紬は、混乱した。もしかしてまだ夢の中で、起きていないのではないかと思うほど、不自然だ。
「何を言うのかね、ワタシの頭は、二十四時間冴え渡っているよ」
昨日にはなかった言葉もある。
「紬くん、落ち込んだ時はこれを思い出して、元気を出すといい」
かと思えば、また同じ言葉、同じ表情、同じ仕草。
(変だ、どうしちゃったんだ、誉さん……)
誉だけではない、東も、いづみも、密もだ。
昨日と同じく、マシュマロで釣れることを発見されて、寝そうになるとマシュマロを口付近に持ってこられている。食べたらまた寝てしまうのでは意味がない、といういづみの言葉も、昨日と一緒。
「おい、それ昨日もやってただろう」
「さっきから何を言っているんだね、丞くんは」
「だから、昨日も――」
「ああ、それってもしかして、デジャヴってヤツじゃないかな?」
「確かに、初めて見たはずなのに、前に見たことがある気がするっていうの、ありますよね!」
違う、と紬は心の中で否定をする。
デジャヴという現象は知っているし、実際に体感したことはある。
だけどそれならば、丞が同じように不可解だと感じているはずがないのだ。ふたりで一緒に同じデジャヴを感じるなんて、そんなことがあるものか。
紬はふと思いつき、携帯端末を取り出す。
「紬さん? 電話でもきたの?」
「いえ、そういうわけじゃ……すみませ――」
稽古中に、紬が携帯端末を構うことはこれまでなかった。不思議そうに声をかけてきたいづみに、謝罪を返しかけ、目を瞠った。
画面を見てみれば、日付と、時刻。
「な……んで……」
そこには、昨日と同じ日付が記されていた。
故障か――端末だけのことなら、そうも思えた。だが様子のおかしい団員たち、昨日と同じことの繰り返し……紬はそれでも半信半疑で、丞に声をかけた。
「丞、ねえ、見て」
「なんだよ」
「いいから、日付。見て」
小さくそう囁いて画面を見せれば、丞も同じように目を瞠って、眉を寄せ、そして目を細めて軽く睨みをきかせてくる。
「そんなの、お前のが壊れてるだけだろ。俺のはちゃんと――」
そう言って、丞も携帯端末を取り出し、え、と小さく声を上げ、息を止めた。
「…………どう?」
「……昨日の日付になってる」
デジャヴだけでなく、携帯端末の故障まで二人揃ってなんて、起こりうるのだろうか。紬はいづみを振り返り、今日の日付を訊ねてみた。
「監督、今日って何日ですか?」
「今日? 十二日でしょ?」
「十三だろ?」
「十二だよ。間違いない」
いづみも東も、紬と丞にとっては昨日の日付を口にしてくる。これは本格的におかしいと、紬の袖を引っ張ったのは、丞の方だった。
「稽古はいったん休憩だ。おい、紬」
まだ始めてもいないのに、といういづみの呟きを背中で聞いて、紬は丞と一緒にレッスン室を抜け出した。そうして談話室へと向かい、小さく呟く。
「丞、これってもしかして……」
「言うな。集団で俺たちを騙してるに決まってるんだ」
お前の考えているようなことは一切ない、と言いたげな丞の視線が突き刺さるが、証拠にと丞がつけたテレビのニュースは、「十二日土曜日、朝のニュースです」とさわやかに言ってのけてくれた。
チャンネルを変えてみても、ニュースをやっている局は、十二日土曜日と表示されている。
「どっきりだとしたら、随分手が込んでるね……」
「俺は信じないぞ」
「こんな不思議なことがあるんだ……」
まさか録画を流しているわけでもないだろうと、紬は丞からリモコンを借りて、自身でもチャンネルを変えてみる。日付は、やはり「昨日」だ。
「とりあえず、稽古に戻ろう丞。ここで議論したって仕方ない」
「……そうだな……」
そうして恐る恐るレッスン室に戻り、朝練をこなして、朝食を取る。
オムレツは紬の好物だけれど、昨日も臣が作ってくれた。美味しい、と感想を言えば、ありがとうと朝からさわやかに返されるのも、同じ。
「はよっす~、臣~なんか食いもん~」
昨日と違うところはないのかと探す中、紬の体が強張った。ダイニングキッチンに響いた眠そうな声は、万里のものだ。
顔を合わせづらい、と紬は万里とは違う方向に顔を向ける。
何しろ、昨夜彼に恋を告白されたのだ。
昨夜の今朝では、心の準備もできていないし、そもそも今はGOD座との勝負のことで頭がいっぱいで、その上今朝から不可解はことばかり起こっている。
(ふ、普通にしてていいんだよね? 万里くんには、一度無理だって言ってるんだし)
「ほら万里。今日はいつもより早いな。土日は遅くまで寝てるだろ」
「あー、今日あれなんすよ。一成と天馬が珍しく空いてるってーから、遊びに行こうって」
臣が、万里の分の朝食を用意してくれる。特に席が決まっているわけでもないここの食卓で、万里は紬の斜め前に座っていた。
そこしか空いていないわけではないのに、そういえば昨日もそこにいたような、と思い起こして、あれ? と首を傾げた。今のやり取りも、やっぱり昨日聞いた気がすると。
隣の丞をちらりと見やると、項垂れて額を押さえていた。
きっと丞も今、紬と同じことを考えたのだろう。
(やっぱり、同じなんだ……)
万里にとっても、今日は昨日らしい。団員たちも、テレビも、今日は昨日。
そろって自分たちを騙しているわりには、ひどく大がかりに思えて、紬は「みんなの中では明日」である今日を、どうにか噛み砕こうとしていた。
#シリーズ物 #ウェブ再録
俺のCandy Star!-017-
まだ混乱している。ガクガクと膝が揺れて、紬は思わずそこにしゃがみこんだ。
(えっ……と、えっと、待って、なに……言われた? 万里くん、なに言ってるの……!?)
目の前が、チカチカと光っているような錯覚に陥る。くらくらと目眩さえするようで、上手く思考が働いてくれない。無意識に触れた頬は熱くて、きっと赤くなっているんだろうと紬は思う。
聞き間違いでなければ、今し方、恋を告白された。同じ劇団に所属する、年下の男の子に。
「む、無理だよね、普通に考えて……」
はははと笑いが漏れる。きっと気の迷いに違いなくて、応えることはできない。
そもそも女の子に告白されたって、今はそれどころではないのに、男の子からでは、どうしたって性別という壁が立ちはだかる。そういったことは、まったく考えたことがなかった。
「じ、冗談に決まってるよ……俺が落ち込んでるからって、笑わせようとしてくれたんだ……万里くん優しいからな……」
(万里くんてきっと女の子に人気あるよね……慣れてそうだし、試してみたかったんでしょ、そうだよね……、手近なとこで、カフェ友の俺って、ことで……)
紬はそこにへたりこんだまま、先ほどの万里の表情を思い浮かべていく。
呆れた顔、優しく笑う顔、嬉しそうに好きだと告げる顔。
それがどんどん思い出されていって、顔の熱が上昇した。
冗談に決まっている。そうでなくても気の迷いに違いない。
だけど、万里の声が頭の中でぐるぐると回る。
紬さんのことが好き、笑ってるところが見たい、本気の恋してんだよ、エトセトラ。
どれもが、本当の万里の言葉に思えて仕方がない。
(でも、ダメ、そんなふうに考えられない。友達なら歓迎なんだけど、恋人とか。男同士なのに……)
ふるふると首を振る。
もし万里の言葉が、本当に、真実、本気の恋だとしても、受け入れることはできない。
同性愛というものに、生理的な嫌悪はないと思っているが、それが自分の身に降りかかるとなれば話は別だ。
(そもそも、今はそんな、恋とか……考えてる余裕なんかないのに……! 万里くんも分かってて言ってる……ひどいな、余計に混乱増えただけだよ……)
万里とつきあうことはできない。
リーダーとして、主演として、GOD座の勝負を受けることはできない。
その気持ちは、もうどうしようもない。
好きなことは変わらないから諦めて、と彼は言っていたけれど、そっちこそ諦めてほしい、と紬は珍しく眉を寄せた。
明日にでももう一度、ちゃんと断ろうと大きく息を吐いて、紬はようやく立ち上がる。
頭は冷えたような、さらに悪化したような。
寮の玄関に向かって歩き出し、ふと思い出した。
昨日万里と歩いたストリート。
『俺、アンタのカレシに立候補していいすか』
瞬間、理解する。
「あっ……」
昨日のあれも、万里にとっては告白だったのだと。
カフェの帰り、いつもと変わらぬストリート、というシチュエーションで、てっきり唐突なストリートACTをしかけてきたのだと思い込んでいたが、どうやら違っていたらしい。
(あ、だから万里くん……今日、ちゃんと、言おうって、思ったのかな……)
ストリートACTだと思った紬は「そんなふうに見られない」と、今日と同じように返してしまったのだが、そのあと万里の台詞が続かなかった。
そういえば悲しそうな顔をしていたなと、今さらに思い出し、ずき、と心臓が痛んだ。
万里は二度、恋を告白してくれた。
紬は二度、彼の気持ちを拒絶した。
気持ちというものは、自分の意思でどうにかなるものではない。
だから紬が万里の気持ちを受け入れられないのも、仕方ないとは思う。
だが、真剣に受け止めていただろうかといえば、否定するしかない。
一度目はACTだと思い、二度目は混乱が先立って、真剣に考えていなかった。突然過ぎたのもあるが、もっと真面目に考えてから、応えてやるべきだったのではないか。
高校生なんて、まだ子供で、難しい年頃だ。
紬の知っている高校生たちと比べると、万里はひどく大人びた表情をするせいか、忘れていた。真剣に想いを告げてくれたのなら、こちらも大人として、しっかりと真面目に考えて、答えを出したい。
(それでも、無理な理由を探すしかないけど……。どうして俺なんか、好きになってくれたんだろ? だって、逢ってまだちょっとしか経ってないよね……)
万里とは、この劇団に入ってからの交流しかない。お互い存在さえ知らなかったはずだ。
恋に時間は関係ないということを、万里は紬に知らしめる。
(万里くんよりずっと一緒にいた丞とは、ケンカしたままだっていうのにな……)
はあ、と深く息を吐く。
そんな無責任なヤツと舞台に立ちたくない、と幼馴染みに拒絶された。
そのあとで、別の他人に好きだと言われた。
(本当に、どうしてこうなっちゃうのかな……。俺はただ、あの頃みたいに、丞と一緒に芝居がしたいのに。きっと楽しいよね。万里くんにも、どうせならそうやって楽しんでる俺を見てほしいし……)
劇団の借金もGOD座との確執も、何も考えずに、ただ芝居がしたい。それを見てほしい。
そしてできれば、見た人に何かを植え付けたい。土に根を張る植物のように、深く、その人の心の中に住み着いてみたい。
(やっぱり、俺に芝居は向いてないのかな)
苦笑して、とぼとぼと中へと戻る途中、腕に抱いたぬいぐるみがパアッと光った。
「うわっ……」
それはほんの数瞬で、声を上げた頃にはもう、光った事実さえなかったかのように、静まり返っていた。
「な、なんだろう、今の……。っていうかこのぬいぐるみ、誰のかな? 万里くんじゃないってことは、他の……俺と丞は省くとして、密くんとこ何もなかったけど、増えたのかな。マシュマロみたいな手触りだし……あ、でも誉さんかな。詩興がわくのかも……東さんは、昔のお客さんからこういうのもらってたり……」
この可愛らしいぬいぐるみの持ち主を想像すると、紬の心がほんの少し浮き上がる。
明日の朝食の時にでも訊いてみようと、部屋に戻る。
トレーニングに行ったのか、丞はおらず、どこかホッとしながら入浴を済ませ、その日は眠りに落ちていった。
#シリーズ物 #ウェブ再録
俺のCandy Star!-016-
「え、……っと……?」
「演技も、もちろん好きだけどな。それだけじゃねーの。月岡紬さん――俺は今、アンタに本気の恋をしてんだよ」
好きという単語だけでは、きっと伝わらないだろう。
十座が左京を好きだと言ったことに、演技に惚れているという意味では? とフォローした男がいるように、芝居の話をした今の流れでは、そう捉えられてしまうはず。
そもそも男から「好き」と言われて、すぐに恋と結びつけられるわけもない。
だからあえて、恋という音にしてみた。
そうして、五秒。
「……――え!?」
紬がようやくその意味に気がついて、慌て出す。腕の中にいたブサイクなぬいぐるみが落ちて転がるけれど、もちろんそんなものに構っている余裕などない。
「ま、待って万里くん、それは、そのっ……万里くんが、俺を、……す、好きって、こと、なの、かな?」
「だぁからそう言ってんじゃん」
「俺、男だよ……?」
「あー、知ってっし」
紬の反応は当然といえば当然で、想定の範囲内だ。まず性別の壁がいちばん初めに立ちはだかる。
「きみより年上……」
「それにしちゃ頼りねーけど、問題なし」
もともと年上好みだしとつけ加え、紬の顔を覗き込む。怯えさせないように距離は取ったつもりだったが、紬の肩がびくりと跳ねたのに気がついた。
「……んな心配しねーでも、力尽くでとか無理やりとか、しねーから。でも、知っておいてほしかった。紬さんは、自分に自信ねーのかもだけど、俺はアンタのそういうとこ全部ひっくるめて、好き。すっげぇ好き。俺の好きなもん、否定しねーでくんねぇかな」
紬に触れてみたい思いはある。キスだってしたいしその先だって。
だけどまずいちばん初めに、紬からの想いが欲しい。
それを手に入れるまで、手を出すつもりはかけらもない。
こんなに好きになってしまった月岡紬を、本人であろうと否定してほしくはなかった。
「待って……ほんとに、ごめん、待って、混乱して、うまく考えがまとまらない」
紬はくしゃりと髪をかき混ぜ、視線を下に向ける。そうすれば、万里の視線と出逢うことはなくなるからだろう。
途切れる言葉が、紬の焦りと混乱を伝えてきて、ほんの少し、悪いことをしたかなと思う。さらに混乱させるようなこと、何もこんな時に言わなくてもいいだろうにと、万里が外野であったら思ったことだろう。
だけど、今だからこそ言わなければいけないと思ったのだ。自分自身を否定する紬を、大好きになってしまった男もここにいるのだと。
「……無理? 俺のこと気持ち悪い? 紬さん」
静かにそう呟くと、ハッと紬が顔を上げる。自分の態度が、万里を傷つけたと思ったのだろう。一瞬だけかちあった視線は、やっぱり紬の方から逸らされた。
「き、気持ちわるい、とは……思わないっていうか、思いたく、ないけど、ちょっと待って……本気で言ってるの?」
「本気っすよ。ヤロー相手にこんな冗談言うほど、女に不自由してねーし」
「本気なら余計に分からないよ、どうして俺なの? 万里くんなら、他にたくさん……いるでしょ、男の俺に、そんな」
「いても、紬さんがいい」
ふるふると小刻みに首を振りながら、紬は数歩後ずさる。
それを追おうとはせずに、万里はその場で即答した。
「生理的に無理ってんでなきゃ、ちょい真面目に考えてみて、俺のこと。いちばんはGOD座との勝負考えて。前向きな感じで。その次は紬さん、アンタ自身のことを。こっちも前向きな感じな。三番目はまぁ……丞さんのこと? また何かあったんだろ。仲直りできますよーに。そんでその次くらいでいいから、俺のこと。もちろん前向きな感じで頼むわ」
今必要なことを指折り数えて、並べてみせる。
いちばん初めに考えてほしいなんて、贅沢は言わない。頭の片隅にでも置いておいてくれたら、それでいい。
「だけど俺、無理だよ、万里くんのこと、そんなふうに見られない。今は芝居のことで頭一杯なのに」
「まあ、こんな時に何言ってんだって話だよな。でも、ダメでも言っとくのと、ダメだからって溜め込んだままなのとじゃ、意識が違うじゃん? 悩んでよ紬さん。俺がどれっくらいアンタのこと好きか、説明しろってんならつきあうし」
「い、いいそんなの、聞かなくて!」
万里の方は準備万端なのに、紬は顔を真っ赤にして拒絶してくる。
ちぇ、と舌を打つが、こんなものは想定内だ。
「万里くん、本当にダメだよ……お願い、いくらその……好きって言ってくれても、受け入れられるわけがない。男同士なんて……無理……俺だって、つきあうのは女の子がいいんだよ」
紬は、混乱をどうにか収めようと額を押さえ、万里の気持ちを押し返す。
必死で言葉を選んでいるのが見て取れて、万里は口唇を引き結んだ。
断られるのは分かっていたけれど、実際にそうされてしまうと、考えていたよりずっと、胃がずしりと重い。
紬を困らせてしまっている事実と、受け入れてもらえない大切な気持ち。
「万里くんのことは、一緒にカフェでおしゃべりできるっていう風にしか、見てない。これからも……変わらないから、諦めてくれると有り難い、です」
目蓋を伏せて、万里の視線に捕まってしまわないように、ゆっくりと優しく拒絶してくる。
口をきいてくれるだけまだマシかなと、最悪のラストまで想像していた万里としては、上々の反応だ。
ふう、と短く息を吐いて、万里は一度だけ、ごめんと呟いた。
「簡単に諦められるくれーなら、最初っから言ったりしねーよ」
そのお願いは聞けない、というごめん。それにしか謝れない。紬を好きになったことが、悪いことだとは思っていない。
今困らせていることも、時期が早いか遅いかの差だけで、いずれは困らせることになっただろうと思うと、悪いという気持ちはない。
「俺は紬さんのことが好きだ。これからも変わらないから、そこは諦めて。あと、そういうの抜いても、GOD座との勝負、受けてもらいてーなって思う。紬さんの芝居、まだエチュードレベルのしか見たことねーからさ。舞台に立ってる紬さんが見たい。綴のシナリオ絶対いいのできあがってくっから、楽しみに待っときゃいいよ」
恋というものが、こんなに自分勝手なものだなんて思わなかった。紬の都合も、劇団の都合も、構っていられないほど、身勝手な望みだ。
「ま、まだテーマも決まってないのに、そもそも俺は主演を降りて――」
「あーダイジョブ、ダイジョブ。俺ん中でスターは紬さんだから。どんな役でも惚れるぜ?」
「えぇ……っ?」
主演だろうが何だろうが構わないと、ひらひら手を振ってみせれば、絶句して固まった様子の紬。だけど心からの言葉だ。紬が演じる役ならば、何だって惚れてしまう自信がある。
例えば悪魔だろうが犯罪者だろうが、女形だろうが天使だろうが、紬の繰り出す仕草のひとつひとつに、目を奪われるに違いない。
「本当に、楽しみにしてっから。じゃーおやすみ紬さん。頭冷やしすぎて風邪引かねーようにな」
そう言って、転がっていたぬいぐるみを拾い上げ、紬の手に渡してやる。真っ赤な頬は、悪くない反応だ。
ちょっとしたイタズラ心で、その頬を指先でつついてみた。
「紬さん、覚悟しとけよ。絶対オトしてやっからな」
紬の頬が、さらに赤くなったのを確認して満足し、万里は踵を返す。無事に恋を告白し終え、寮の中へと戻っていった。
#シリーズ物 #ウェブ再録
俺のCandy Star!-015-
ミーティングが終わったようだと思ったのは、レッスン室から人が出ていく気配がしたからだ。
万里は携帯端末の画面から顔を上げ、ソファの上からレッスン室の方を向く。
だけど、何か様子がおかしい。
乱暴にドアが閉まる音、廊下を歩く音、玄関のドアが開いて、また乱暴に閉まる音。
それから少しして、一人の足音。ぺたぺたとスリッパが床をこするそれは、沈みきった気分を表しているように思えた。
(あれ……稽古ん時はそれなりにいい雰囲気だったのにな……。まーたなんかあったのか?)
そのあとに、階段を上がっていく三人ほどの足音が聞こえる。
ほんの少し聞こえてくる声は、東と誉だろうか。だとすれば、眠そうな密もいるに違いない。
(じゃあさっきの……紬さんか? やべーな、俺の乱入が裏目に出てなきゃいいんだけど……)
そうして、ゆっくりとした足音をつれて、いづみが談話室に入ってくる。万里はすかさず声をかけた。
「監督ちゃん、どーなった? 明日の返事のこと話してたんだろ?」
「あ、うん……ひとまず勝負は受けないことになった……と思う……」
「えっ、なんで!?」
万里は驚いて目を瞠る。
素人集団とはいえ、死ぬ気で練習すればいい舞台はできあがる。
秋組だっていい例だ。あれだけダイコンだった十座が、稽古を、公演を重ねるたびに上手くなっていったのだ。可能性は充分にある。
「紬さんには重荷だったんだと思う。私も、背負わせすぎちゃったし、ただでさえなんだかギスギスしてるところに、これじゃあ……」
しょんぼりといづみが俯く。普段、劇団の連中にそういった弱音を吐かないいづみが、そんなふうに言葉にするなんて、よほど重症らしい。万里は慌てて腰を上げた。
「また丞さんとやり合ったんかよ。つーか、紬さんは? 出てった?」
「え、あ、ちょっと頭冷やしてきますって言ってたから、外だと……丞さんもトレーニング行くようなこと言ってたけど……」
「リョーカイ」
万里は追いかけたそうないづみを制して、談話室を出る。
勝負を受けるかどうか返事をするのは明日だ。断って本当に後悔しないのか、紬に直接訊ねてみたい。
紬が、冬組が後悔しないのならば、秋組はそれに従おう。反対する連中がいたら説得に回ってもいい。だがまずは、万里自身が納得したい。
万里は玄関を出て、ひとまず中庭へと足を向けた。そこの植物の世話をしているのを、知っていたからだ。
(紬さん、俺の声はアンタに届くか?)
そうして向かった中庭で、万里は紬を見つけた。
「…………紬、さん?」
落ち込んで俯いて、泣いてでもいるだろうかと思ったその予想に反して、紬の背筋はピンと伸びていた。それはいいが、その腕の中の物体はいったいなんだろう。
「え、あ、万里くん……」
万里に気がついて振り向いてくる。少し気まずそうな表情は、万里がここに来た理由に気づいていてか。
「なあ、何それ」
「あっ、これ? なんか、上から落ちてきたんだよね。かわいいけど……もしかして万里くんの?」
「んなわけあるかよ」
「……だよね」
紬の腕の中に、水色のぬいぐるみ。それをかわいいと言う紬の気が知れないが、和めているのならそれはそれでよしだ。
「万里くん……もしかして、監督から聞いた?」
そうして、切り出してきたのは紬の方。
稽古の乱入と、ミーティングがあったことを知っている事実。このタイミングで声をかければ、誰もがそう思うだろう。万里は「ああ」と頷いた。
「そっか……ごめんね、劇団の借金、返す方法考えなくちゃだもんね」
「そんなん、左京さんに任せときゃいーんだよ。他のヤツらだって力貸してくれんだろ。俺は……なんで勝負断るのかってのを訊きたいんだ」
「だって負ける未来しか見えないよ、俺がリーダーで、主演じゃ、さ……」
ぬいぐるみを抱いたまま、紬は顔を背ける。
負けると分かっていて、カンパニーを解散の危機に晒すことはできないと。自分ひとりの問題ではないから、巻き込むことなんてできないと。
「俺はそんな未来見えてねぇ」
万里は、そんな紬に力強く否定を返した。
万里も紬も、もちろん予知ができるわけではない。だからこそ怖がるし、否定をしてやれる。
「なあ、ためしに受けてみたっていんじゃね? このままじゃ、アンタが自信喪失して、遅かれ早かれ冬組は壊れるぜ」
このカンパニーを潰さない条件は、ふたつ。冬組までの公演を千秋楽まで無事に終わらせること。そして借金を完済することだ。
ここでGOD座の勝負から逃げて、冬組の完成はあり得るのだろうか。「逃げた」事実だけがまた紬に襲いかかるだけだ。
「やりもしないうちから、なに消極的になってんだよ。みんなも協力してくれるって言ってただろ」
「…………万里くんには、分からないよ……何でもできるでしょ? きみや丞が冬組を引っ張っていってれば、違う答えもあったかもしれないけど、俺は……」
紬の消え入りそうな声に、万里は目を瞠った。
何でもできる。それを賛辞と捉えたことはないし、罵倒の区分にしたこともない。
だけど、初めて心に突き刺さる。言ったのが紬だからか、それとも今まさに上手くいかないことが、目の前にあるからか。
「紬さん。ちょい前まで、俺も自分でそう思ってた。何でもできた。つまんねーけど、成功はしてたぜ。それがアンタの言う【何でもできる】なら、なんてつまらねー人生かって、今なら思う」
万里は、紬を正面からじっと見つめる。
責められているように感じたのか、紬がハッと息を飲んだのが聞こえた。ごめんと言い出す前に、万里は言葉を紡いだ。
「でも今、思うようにいかないことがあるんすよ。すげぇ夢中になってる。無理かもって思うのに、そう思った傍から……このまま諦めたくないって、足下からせり上がってくるもんがあるんだよ」
戸惑ったように、紬の目が瞬かれる。その仕草ひとつ取っても、万里には見逃したくないものだ。
「なんだと思う? アンタも知ってるもんだぜ」
「え? えっと…………俺にも分かる物っていったら、お芝居……かな……。でも、だったら余計に勝負なんか受けられないよ。ここがなくなったら困るでしょ、万里くんだって」
GOD座の勝負を投げ捨てる弱さと、なくしたくない居場所。
責めるようなまなざしだ。きっと理解してほしいのだろう。演じる当事者でもない万里に、簡単に「受けろ」とは言ってほしくないのだ。
「そんなん、どうにかなんじゃね? 芝居なんて、どこでだってできんじゃん」
「……え……?」
「名前変えて、団員もっと増やせば、今のMANKAIカンパニーじゃなくなるっしょ。ヤツらの条件は【MANKAIカンパニーの解散】だぜ?」
場所が変わってもいい。名前だって変わって構わない。
今いる仲間たちと芝居ができれば、どこだって満開に咲ける。
そう言って不敵に笑えば、ぱちぱちと目を瞬いた紬が、小さく噴き出した。
「はは、万里くんむちゃくちゃだよそれ。そんなの、神木坂さんが手を引くとは――」
「あ、それ、その顔」
「え?」
「俺が今夢中になってるものな。そうやって笑うひと。……俺、紬さんのこと好きだぜ」
好きなひとの笑顔を見ていたい。
至極分かりやすい、恋の定義。
考えてみれば、今までそれなりにつきあってきた相手にそんなこと、思ったこともなかった。
今目の前で、事態を把握できずにぽかんと口を開けるこの男に、初めての恋をしている。
#シリーズ物 #ウェブ再録
俺のCandy Star!-014-
GOD座の勝負を受けるかどうか、返事をしなければいけない期限は明日だ。
寮全体が、どこかそわそわしている、と万里は感じている。
約一名、別の意味でソワソワしているのは十座だが、おかげで左京の機嫌が悪そうである。
気づいているらしく、一定の距離以上は近づかないようにしているのが、健気に思えてしまうから、恋というのは厄介だ。
「十座、プリン食うか?」
「……っす」
そんな十座を気にしてか、臣がデザートのプリンを差し出す。いや、これはいつもの光景だなと、万里はポケットから携帯端末を取り出して、アプリを立ち上げる。
【大丈夫っすか】
と送ったLIMEには、既読の印さえついていない。今冬組は稽古の途中なのだろう。そんな状態で、万里からのLIMEに応答することはできない。
ちょっと覗いてこようかなと、万里は談話室をあとにした。
小さくドアをノックして、そっと開ける。すぐ傍で、総監督である立花いづみが、メンバーに指示を出していた。
「あれ万里くん、どうしたの? 今日は秋組の稽古ないよね」
「んー、ちょっと他の組の稽古も見たくて。秋組の参考になっかなーと思ってさ」
「熱心だね、偉い。隅っこの方で見ててくれる? 何かアドバイスあったらお願い」
「りょーかい」
いづみに言われるままに、鏡張りになっている側とは逆の壁にもたれる。
いづみにはああ言ったものの、本当は紬の様子を見にきただけだ。
秋組には秋組のやり方というものがあるし、参考にはなるかもしれないが、稽古に取り入れるかどうかは別である。
万里の存在に気がついたメンバーが、少しぎこちなく視線をよこしてくる。監督以外の視線に、まだ慣れていないのだろうか。
(確かに、こんなんでGOD座とタイマンってのもな。酷だぜ……)
GOD座はこの演劇天国ビロードウェイで、間違いなくトップの劇団だ。舞台に興味がある人間なら、必ず名前を知っていると言っても良いほどの、圧倒的な支持を得ている。
対してこのMANKAIカンパニーは、ようやく冬組まで構成人数がそろっただけの、素人集団。
演技力も各々バラバラな上、キャリアもない。
実力派で通っている皇天馬や、不思議な役の入り込み方をする斑鳩三角、幼い頃の勘と度胸を混ぜ合わせた、演技派の左京あたりを混ぜて公演でもするのなら、そこそこできあがったものになるかもしれない。
冬組で経験者と言えば丞と紬だが、簡単そうなエチュードでさえ、ぎこちない。
(紬さんが、萎縮しちまってんなぁ……)
本人も自覚していて、それが余計に動きを硬くしてしまっている。それに丞が苛立つ様子が、万里の位置からでも手に取るように分かった。
さらに、GOD座の勝負を受けるかどうか決める期日が、明日だということが、他のメンバーさえも硬くしていた。
(気にすんなっつっても、無理だろうしな)
万里は反動をつけてもたれていた体を起こし、いづみに小さく声をかける。
「監督ちゃん、俺もちょっと入っていい? エチュード。今やってんの【飲み会】だろ? よゆー」
「えっ、あっ、ちょっと万里くん!」
いづみの答えも聞かずに、万里は足を踏み出した。
『悪い悪い、遅れちまって』
笑いながら、少しも悪びれずに万里は輪の中に入っていく。
ガヤガヤとしているであろう居酒屋の中、各々で好きなドリンクを頼んでいる最中らしい。
目を瞠ったのは全員で、少し眉を寄せたのは丞で、首を傾げたのは誉。相変わらず眠そうなのは密で、東は察して、メニューを渡す仕草を入れてくる。ぱち、と目を瞬いた後の紬と視線が合って、その一瞬で役に入り込んだのが分かる。
『遅い。何してたんだよ?』
『だから謝ってんじゃん。帰り際に仕事頼まれたの、断れなかったんだ』
『まぁまぁ、楽しみにしてたからってそう怒らないの。ねえ、何を頼む?』
『あ、とりあえずナマで。そういや表に救急車止まってたけど、なに、急性アル中でも出た?』
『この店じゃないみたいだけどな。あ、すいません鶏の唐揚げ追加で』
『だし巻きたまごも。え、ふたつ? ああきみはひとつ全部食べるだろうしね。はいはい』
『ねぇ今日のアイスなに』
『もうデザートの話かよ!』
『オレには最重要事項だ』
紬が怒ったように口をとがらせ、東がなだめる。丞が店員を呼び止め、誉もオーダーを追加し、密がメニューの内容を店員に訊ねている。
みんなでメニューを覗き込む仕草は、居酒屋メニューが、本当に所狭しと書き記されているかのようだった。
それぞれ別の会社で働く友人同士なのか、と万里はその中で気づき、話題を切り替える。
新人の女の子が可愛いと笑う東や、凡ミスを重ねてしまったと落ち込む誉。来週出張、という密に全員がお土産頼むわと笑い、WEBデザイナーのツテはないかと訊ねる丞に、先輩に聞いてみるよと紬が答える。
さっきまでのぎこちなさが嘘のように、ぽんぽんと会話が飛び出していった。
人数分の生ビールがそろったところで、何度目かの乾杯を行う。
「はい、終了っ」
そうしていづみの合図で、万里が飛び入りしたエチュードは世界を閉じる。その声に万里はハッとして、大きく息を吐いた。
「あ~……悪い、ついやりたくなっちゃって」
「ふふ、面白かったよ万里」
「……お腹空いた」
「密くん、ひとまずこのマシュマロで我慢しておきたまえ」
「摂津とやるのは初めてだな。思ったより勘がいいのか」
「思ったよりってなんすか」
「すまん言葉のあやだ」
丞の言葉には笑って返して、間近で見た冬組のコミュニケーションにホッとした。演技を通してではあるが、さほど悪いものでもなさそうだ。
あとはやはり、自信がつけばより良いものになっていくだろう。
「うーん、やっぱりいつもとメンツが違うと、別物になってくるね。面白い。今度は空いてる子たちにも入ってもらったりしようかな」
「おー、いんじゃね? 監督ちゃん。太一とか椋なんて喜んでやりそうだな。あと、兵頭とか。アイツ、芝居に関してはマジうざってーくらい熱心だしよ」
「そうだね。ありがとう万里くん、相談してみるよ」
ぎこちない紬の様子に、いても立ってもいられなくなっただけなのだが、稽古の改善につながったのならよしとしよう。
そう思って紬を振り向くと、気まずそうに丞に視線を向けていた。
今のエチュードでも分かったが、紬と丞の演技は対照的だ。仕草で表現することは二人ともあるのだが、割と大きく、目立つ丞の動作に対して、紬の仕草は細かなものだ。どちらがどれだけ良いというわけではない、それは持ち味だ。
紬はそれを気にしているのだろうか。
自分より丞がやれば、と言っていたのを思い出し、万里は何げないふうを装って口にした。
「にしても紬さんの演技ってすげーのな」
「え?」
紬の視線が、ようやく万里の方を向いてくれる。万里は腕を上げ、ジョッキを持ち上げる仕草を加えた。
「乾杯した時さぁ、ビールの泡零れたんだろ。ジョッキの縁見て慌ててたもんな。俺ふつーにジョッキ合わせただけだから、ああいいうの表現できねーもん」
万里の言葉に、ぱちぱちと目を瞬く紬。無意識だったのか、気づかれると思っていなかったのか。
「だから、憧れる」
それは心の底からの言葉だった。
万里が率いる秋組は、アクションが売りだ。細かな動きよりは、大袈裟なほどの動作が必要となってくる。
だが実践で使うかどうかは別として、できるに越したことはない。万里が今、紬のような繊細な仕草ができるかといったら、それはノーを返すしかない。
紬の演技に、紬自身に、スター性はない。だけど、ずっと見守っていたくなるような、そんな気持ちにさせてくれる。
万里はまた一回り、紬への想いを大きくさせた。
「……ありがとう、万里くん」
紬はそう言うも、付け加えてきたのは苦笑だった。
言い方を間違ったかなと、万里は眉を寄せる。シナリオ通りにはいかなくて、初めてハードモードの恋をしている。
改めてそう感じたが、今ここで恋を告げるわけにもいかないだろう。他のメンバーもいる中なんて、公開処刑のようなものだ。昨日の秋組状態になってしまう。
「……じゃ、監督ちゃん、これからミーティングだろ? さすがにいるわけにはいかねーから、俺は戻るわ」
「あっ、万里くん」
「アンタらがどっちを選択するか分からねーけど、俺個人としちゃあ、勝負を楽しみにしてっから。お疲れ~」
話し合いを邪魔するわけにもいかないと、万里は踵を返し、ドアのところで冬組のメンバーを、……紬を振り返る。ひらひらと手を振って、稽古室をあとにした。
紬の演技に触れたのは、これで四度目。
オーディションと、ストリートACTと、昨日の勘違いと、今。
十座ほど芝居に情熱を持っているわけではないし、左京ほど芝居に精通しているわけでもない。
だけど、紬の演技は、好きだ。是非ともGOD座の勝負を受けて、自信を勝ち取ってほしい。
そしていつか、同じ舞台で演じられたら幸せだ。
ミーティングが終わったら、紬にそれを言いに行こう。
心の中の大好きを全部集めて、水仙のようなあの人に、恋を伝えに飛んでいこう。
だからどうか自信を持って――。
#シリーズ物 #ウェブ再録
俺のCandy Star!-013-
「……やめろ。役者の顔をなんだと思ってやがんだ」
「はあぁ~? おいあのなぁ、俺はてめーのっ……」
十座のためだなんて言いたくないけれど、多少なりともそういう思いがあったのは本当だ。
望まない形で自分の想いを晒されて、拒絶され、十座は左京に、文句のひとつも言ってやっていいはずだ。
それなのに、なぜ当の本人が止めてくるのか。万里はいら立ちを隠しもせずに十座を睨みつけた。
「……兵、頭……」
だけどそこで言葉を失う。
(な、……んて顔、してやがんだよ……)
十座とは、言い争いの中で、殴り合いの中で、芝居の中で、寮生活の中で、それなりにいろんな表情に接してきた。
ほぼ九割が不機嫌そうな表情だったけれども、それでもこれはない。見たことがなかった。
泣き出しそうな顔なんて。
なんと声をかければいいのか分からない。
左京を責めもせず、十座は頭を下げる。すんませんでした、と呟かれる言葉を傍で聞いていて、万里の怒りは最高潮に達した。
(……んでだよ! なんでてめーはそうまでして、あんなことまで言われて、そんでも左京さん好きなんだよ!? アホか!)
やってられるか、と万里は踵を返し、レッスン室のドアへと向かう。
「あっ、おい万里、どこ行くんだ」
「こんなんで稽古になんかなんねーだろ! やってられっか!」
「万チャン!」
万里は乱暴に稽古場のドアを開け、左京を振り返る。そのすぐ傍には水に濡れたままの十座がいて、さらにいら立ちが増した。
「おいオッサン! ガキだってなぁ、マジな恋くれーしてんだよ!」
そう吐き捨てて、万里は稽古室を後にする。
首にひっかけていたタオルを引き下ろして、ダンダンと足音をとどろかせ、部屋に向かいながら、気づく。
別に十座のために怒ったわけではない。
確かに腹は立ったし、文句くらい言えよとは思ったが、いちばんの理由は、ガキ扱いされたこと。
ガキが恋をしてはいけないのか。そもそもどこまでがガキなのか。成人していたらよかったのか。
ガキだから、と拒絶されるのは気にくわない。
「くそっ……」
まるで自分の恋を笑われているようだった。
十座と左京ほどではないにしろ、万里も紬と年が離れている。
紬にこの恋を打ち明けても、子供だからとやんわり拒絶されるのだろうか。
そう思うと、悔しくて辛くて腹立たしくて、思わず声を張り上げていた。
「馬鹿にしてんじゃねーぞ……!」
万里は部屋に戻るなり、ロフトベッドに乗り上がり、ドサリと体を投げ出す。腕で目元を覆えば、泣き出しそうだった十座の顔が浮かんできて、自分のベッドなのに居心地が悪い。
まさかこんな身近に、同じような恋にハマった男がいたなんて。少しも気がつかなかった。いや、万里が紬のことしか見ていなかっただけだろうか。
十座はどんな言葉で気持ちを告げたのだろう。どういった経緯でキスまでしてしまったのだろう。
なんだか、十座に先を越されてしまったような気分になって、悔しい。
「アイツも……悩んだんかな……」
左京に気持ちを告げるに至るまで、どれほど悩んで、葛藤して、口唇を噛んで、拳を握って、我慢してきただろう。
それでなくても不器用な男だ。色恋方面には疎そうに見えて、自分の気持ちを受け入れるにも、時間がかかったかもしれない。
それでも十座は、左京に伝えたのだ。伝わるように、伝えたのだ。
はあ、とため息をつく。
カレシに立候補してもいいか。
そう紬に告げた言葉は、本気にしてもらえなかった。笑われたのではないと考えれば、マシな方かもしれないが、芝居だと思われたのは正直悔しい。
シチュエーションが悪かったのもあっただろうが、もっとちゃんと、真剣に気持ちを打ち明ければよかった。
「もっかい……ちゃんと言わねーと……」
せめてこれが本当の恋なのだと、紬に伝えたい。
演技ではなく、摂津万里として月岡紬が大好きなのだと伝えたい。
叶わなくてもいいなんて、消極的なことはもう考えない。この体の中にある言葉全部で伝えてみよう。
ガキだろうがなんだろうが、マジな恋をしているのだから。
そうして決意を新たにした頃、ルームメイトである十座が部屋に戻ってくる。
万里はベッドの上で体を起こし、髪を下ろしたままの十座を見下ろした。さすがに風呂に入ってきたらしく、顔色は悪くなかった。
ベッドの上と、下とで、視線がぶつかる。
それは珍しく十座の方から逸らされて、万里は目を瞬いた。どうしても気まずいのだろう。いちばん知られたくなかった相手に、あんな形で知られてしまったのだから。
何も言わずにはしごを上がる間も、意図的に顔を背け、ごろりと横になり、ばさりと布団をかぶった十座に、万里は声をかけた。
「なあ兵頭、お前さ」
「うるせぇ黙れ」
まだ何も言わないうちから、ドスの利いた声ではねのけてくる。だが万里はそんな声など慣れている。構わずに、言葉を続けた。
「左京さんのことマジなんだろ?」
「……うるせぇ黙れ、寝る」
「怒んなよ、なにもからかおうってわけじゃねーんだからよ。協力するつもりもねーけど」
仲のいい友人だったら、協力くらいはしたかもしれないけれど、十座ではそんな面倒なことしたくない。しかも相手があの左京では、二人して返り討ちに遭うのがせいぜいだ。
「ただ、てめーが悩んでた気持ちは分かるつもりだから。そんだけ」
「…………は?」
「ヤケになるんじゃねーぞっつってんだよ」
「おい摂津、まさかてめぇも左京さんのこと――」
「なんでそーなるんだよ、ふざけんな!」
十座が慌てて起き上がり、続いて万里もがばりと体を起こした。
気持ちは分かる、という言葉だけではそう誤解するのも仕方ないかもしれないが、冗談じゃない。そこは誤解をといておかないと、面倒でたまらない。
「…………俺もおんなじような感じだっつってんだ。理解しろや、アホが」
「おんなじ……? てめーまさか、劇団内に……?」
ベッドの柵越しに、珍しく十座と言葉を交わす。鈍い男もさすがに察したようで、目を瞠ったのがよく分かる距離だ。こんなことでもなければ、この男とコイバナなんてしなかっただろう。
「誰だ……?」
「ハ、当ててみな」
「…………至さんか?」
「分かるけどちげぇ」
やっぱそうくるかぁと、万里は項垂れて髪をガシガシとかき混ぜる。確かに仲がいい相手ではあるけれど、恋愛感情なんて持てやしない。
「臣さんとか……メシもデザートもうめぇし」
「胃袋掴まれてんのはてめーの方だろが」
「天馬……太一?」
「年下にキョーミねぇ。あ、年上でも東さんとかもちげーからな」
どうして、肝心な相手が出てこないのだろう。自分では分かりやすいと思っていたのに、そうでもなかったのだろうか。安堵する反面、この分ではやっぱり紬にも伝わっていないのだろうなと、落ち込みもした。
「……紬さん……?」
「やっとアタリな。てめーと好み合わなくて安心したぜ」
やっと紬の名前が出てきたけれど、十座は特に驚いた顔をしていない。分かってしまえば、不思議でもなかったということなのだろうか。
「つきあってんのか」
「まだちゃんと告ってもねーよ。まさか、てめーに先を越されるとは思ってなかったけどな。なあ、なんつって告ったんだよ。あの人のこった、ストレートに言わねーと信じちゃくれねぇだろ」
昨日想いを告げたということは、万里が紬に告白したのと同じ時間帯なのだろう。
いくら同じ劇団内、同じく同性相手、年上を好きになってしまったからといって、そんなところまでかぶらなくてもいいのになと、万里は口の端を上げた。
「……ストレートに言っても信じちゃくれなかった。まあ、その気持ちは分かるけどな……」
「あー、だから実力行使ってか。下手打ったんじゃねーの、それ」
「うるせぇ、黙れ」
十座はまた布団をかぶってしまって、会話が途切れてしまう。思ったより落ち込んではいないみたいだと、万里もベッドに体を沈めた。近い天井を眺め、ひとつ、問いかける。
「なぁ」
「……んだよ」
「諦めんのかよ。左京さんのこと」
あれだけ派手に拒絶されて、望みもないだろう恋を、このまま続けていけるのか。
協力するつもりも応援するつもりもないけれど、諦めてしまえとは、かけらも思わない。親近感とでも言えばいいのか、妙な仲間意識が生まれてしまっていた。
「簡単に諦められるくらいなら、最初っから言ったりしねぇ」
「……――だよなあ」
万里はホッとして、息を吐く。同じく望みもないのに、紬を好きでいることをやめられない自分を、許されたような気がして。
(明日、ちゃんと言おう。振られるんだろーけど、俺が紬さんのこと好きなのは変わりねーし)
そうして目を閉じたら、珍しく十座の静かな声で呼ばれた。
「摂津」
「……んだよ。寝んじゃねーの」
「少し……気が楽になった。俺だけじゃねえのかって、まだ左京さんを好きでいていいんだって思ったらな。……そんだけだ」
「てめーに礼言われるなんざ気色悪い」
「礼なんか言ってねぇ。耳悪いのかてめー」
「あァ?」
「んだコラ」
「やんのか」
「寝んじゃねーのかよ」
「てめーが突っかかってきてんだろうが!」
「寝かせろよ、昨日眠れなかったんだ……」
同じような境遇でホッとしつつも、結局はいつも通りの自分たちに戻って、互いのため息で言い争いを無理やり打ち切る。
やっぱり馴れ合えるもんじゃねーなと、万里は髪をかき上げて目を閉じた。
紬ももう眠っているだろうか。それとも、GOD座とのタイマンACTで悩んでいるだろうか。
まさか、自分が今日言ったことで、悩んでくれたりはしていないだろうけれど、明日に響かない程度に睡眠を取ってほしいと、祈るようにゆっくり息を吐いた。
(おやすみ、紬さん)
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「あ、紬さん」
その時、万里の声が紬を呼んで、思わず手元が狂う。取り落としたフォークは皿にぶつかって、ガチャガチャンと音を立てた。
「ど、どうしたんすか。平気?」
「だっ、大丈夫、平気だよ。なに?」
「そっちのドレッシング取ってほしいんすけど」
「え、あ、あ、うんこれね、ごめん気づかなくて」
紬は傍にあったドレッシングの瓶を手に取り、万里に渡す。手が触れやしないかとどきどきしたが、無事に接触なく渡すことができた。
(万里くんが昨日あんなこと言うから、意識しちゃうじゃない……)
「アンタときどき鈍くさいよな紬さん……」
万里は、昨日の朝と変わらない態度だ。いつもの自信満々な表情に、どこか寂しげなものが混じっているのはどうしてだろう。
そこまで思って、紬はハッとした。
万里にとって昨日、紬にとっての一昨日は、万里とのストリートACTをした日だ。その時の告白をうっかり受け流してしまった日。
万里はそのことを気にしているのだろうか、と大好きなオムレツを食はむ口の動きが鈍くなった。
(その鈍くさい俺なんかのこと、どうして好きになったの、万里くんは……)
いくら考えても分からない。答えにたどり着いてくれない。
(違う違う、こんなこと考えてる場合じゃないんだよ俺は……万里くんには申し訳ないけど、自分のことでいっぱいいっぱいで、そんな、恋愛のこととか、考えられない……!)
二の次どころか、三の次、四の次だ。
「紬、あんまり考え込むなよ」
隣の丞から、小さく声がかかる。それにハッとして顔を上げたら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
昨日と同じ現象が起きている事実を、あまり噛み砕けていないのだろう。
「あっ、う、うん、大丈夫……」
(そうだよ、問題山積みじゃないか。万里くんのことは、後回しにさせてもらおう)
『いちばんはGOD座との勝負考えて。前向きな感じで。その次は紬さん、アンタ自身のことを。こっちも前向きな感じな。三番目はまぁ……丞さんのこと? また何かあったんだろ。仲直りできますよーに。そんでその次くらいでいいから、俺のこと。もちろん前向きな感じで頼むわ』
昨夜万里に言われた言葉が、頭の中によみがえってくる。カアァッと頬の熱が上がったのに気がついて、隠すように項垂れた。
あんなに真剣な想いを、後回しにしていいものか。
前向きな感じに考えられるとは思わないけれど、ちゃんと考えないと、と深呼吸。
まずはこの昨日の今日から抜け出して、GOD座のことを断って、丞とはちゃんと話し合って、それから万里にごめんと言おう。
順番が最後になってしまうのは、もう仕方がないと、ジャスミンティーを飲み干した。
バイトに出掛けようと、玄関で靴を履く。教えている生徒に確認したら、やっぱり今日は昨日だった。今日が今日だと思い込んだままだったら、危うくバイトをすっぽかすことになっていただろう。
なぜこんな現象が起きているのかは分からないが、明日はちゃんと明日になっているはずだ。
「紬さん」
さあ出掛けようと思ったところへ、ほんの少し慌てた声に呼び止められる。振り向けば、万里の姿。無意識に、身構えてしまった。
「あ、な、なに? 万里くんも今日お出掛けでしょ?」
「あー、天馬待ち。つかアンタ、大丈夫か?」
ぐ、と腕を掴まれて、紬は慌てる。
昨日はこんなことなかった。
普通にバイトに出掛けて、万里と玄関先で会話なんてしなかったのに。
やはり、昨日とは少しずつ違っている。紬の反応に応じて、ほんとの昨日とはずれてきているのだろうか。
「え、えっと……どうして?」
「さっき、なんか様子がおかしかったから……体調でも悪いのかと思ってさ。バイト、休めねぇの?」
紬は目を見開く。朝のダイニングでのことを、そんなふうに捉えてしまったのかと。
確かに傍から見ればおかしな様子だっただろう。怪訝そうな顔をしたり、項垂れたり、そわそわと周りを見渡してみたり。
そんなに目立つ行動はしてなかったと思うが、万里の気持ちを考えると、そう不思議なことでもないのかもしれない。
好きな相手なら、異変は見逃したくないはずだ。
「だ、大丈夫だよ。バイトだって休めないし……。今大事な時期だって、万里くんだって分かるでしょ?」
「俺別にベンキョーとかしないでもできるし。カテキョ頼むヤツの気が知れねー」
「……万里くん、そういうのは良くないよ。しなくてもできるのはいいけど、他人を否定するようなことを、しちゃダメだと思う。っていうか、カテキョ頼んでくれる子がいないと、俺の仕事なくなっちゃうじゃない……」
困るよ、と苦笑すれば、珍しく表情の幼くなった万里が、ごめんと謝ってくる。
(万里くんて、軽薄そうな外見に反して結構真面目だよね。なんていうか、育ちがいいんだろうな)
「紬さんのバイトに、文句言うつもりじゃなかったんすよ……。ただ、体調悪いなら無理しない方がいいって思って。今倒れたりしたら、困るじゃん、いろいろ……」
「あぁ、うん、そうだね……ごめんねありがとう、大丈夫だよ」
「……もしかして、昨日、帰りに俺が言ったこと気にして――るわけねーよな、ねーわ……悪い、今のナシ」
万里の視線が泳ぐのは珍しい。
言い掛けた言葉を途中で止めてまで、会話を切り替えるなんて、らしくないなと思ったが、そういえば紬は万里のことをよく知らない。
通っている学校と、たまに学校をサボッて遊びに行っていたりすること、カフェ巡りはコーヒーの味重視、わりと何でもこなせてしまうらしいこと。それくらい。
そして、月岡紬を好きだということ。
自分で思って、赤面した。
万里の言う昨日の帰りとは、紬がストリートACTと思ってしまった時のことだろう。
少しは意識してくれたのかなんて、万里は期待しているようだった。
だけど万里の中で昨日の紬は、ただ演技で返してしまった時点で止まっているはず。
紬がもう「本気の告白」を聞いているとは、思っていない。
そうしてハッと気がついた。
紬にとっての昨日を繰り返しているということは、もしかして。
(ちょっ……と待って? 俺、もう一回万里くんの告白聞くことになるの!?)
今さらそこに思い至る鈍感さに辟易もするが、それどころではない。
あんな真剣な告白を二度もされるなんて、とんでもない。
だが朝からのことを考えると、少しずつ違いはあるものの、大筋は「十二日」のことをたどっている。
記憶が正しければ、バイトを二件こなして、カフェで少し休憩をして寮に戻り、夕食を済ませ稽古を終わらせてミーティング、また丞と衝突して、そうして……。
紬は昨日のことを順に思い起こして、頬を染めた。
丞と衝突してまた自信をなくした直後、目の前にいる年下の男の子に恋を告白されるのだ。
「なあ紬さん、本当に大丈夫なのかよ? なんか顔赤くねぇ? 熱とかあんじゃねーの」
「だっ、大丈夫! お、遅れちゃうからもう行くね」
額に手を伸ばそうとしてきた万里を振り切るように、紬は慌てて玄関のドアを開けた。
まだ心配そうな顔の万里がいたけれど、それ以上の接触を避けて足早に駅の方面へと歩く。
「びっくりした……万里くんてば目聡いんだから……」
まだ頬が熱い。あそこまではっきりと、ストレートに想いを告げられたのは初めてだ。
つきあっていた彼女もいるけれど、なんとなくいいなと思って、相手の方もなんとなくいいなと思っていてくれたのか、成り行きみたいにつきあいだして、それなりに恋人っぽいこともしてきた。
けれど、相手に真剣に想いを告げたことはあっただろうか?
(ないな……。好きでなきゃ、つきあったりはできないけど、彼女のどこが、と訊かれると具体的に出てこない……月並みなことしか……)
芝居を離れていた頃に、交際をしていた女性を思い出してみたけれど、紬は落ち込んできてしまった。不甲斐ない恋人だっただろうなと。
スマートなエスコートのひとつもできなかったし、忙しさにかまけて、お互い逢えない時期もあった。彼女にフォローをしたか、彼女にフォローをしてもらったかというと、なかった気がする。
(客観的に考えて、最低だよね俺……。万里くんはやっぱり、俺を買いかぶってる気がする……)
こんな自分、好きになってもらう価値なんてない。
芝居もうまくいかないし、幼馴染みともぎくしゃくしている。
足早だった歩調が、紬の気分に合わせて遅くなっていく。ここ数日の陰鬱な気分が、さらに最低レベルにまで落ち込んでしまった。
こんな気分のままじゃ、何を考えてもまとまらないなと、紬はせめて顔を上げて、ゆっくりと足を踏み出した。
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