- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
No.229, No.228, No.227, No.226, No.225, No.224, No.223[7件]
かわいいひと
※ほんのり十左あり
「万里くんは素直ないい子ですよ?」
あいつらの問題児っぷりはどうにかなんねーのか、と言った左京さんに俺がそう返したら、心底不可解だという視線を向けられた。なんでだろう、本当にそう思っているのに。
「月岡……気は確かか」
「はい? もちろん。俺、そんなに変なこと言いました?」
左京さんがため息をついて首を振る。まあ、左京さんは万里くんと同じ秋組だし、稽古中に起こる十座くんとのケンカを諫めてるって話も聞くし、色々と大変なんだろう。
でも、俺は本当にそう思ってるんだ。万里くんはいい子だって。
たとえば、リーダー会議の時ゲーム禁止っていったらちゃんとスマホしまうしところとか。ご飯食べる前にはちゃんといただきますって言うところとか。そりゃあ、たぶん校則違反のピアスをしていたり制服をきちんと着ていなかったりもするけれど、悪ぶってるわりに、万里くんは素直でかわいい。と思う。
「お前、すっかり摂津に参っちまってるみてーだな」
俺が淹れたコーヒーをすすりながら、左京さんが呆れたような視線を向けてくる。俺と万里くんが恋人としてつきあってることを知る、数少ない相手だ。でも、それを言ったら左京さんだって、随分――十座くんに甘いしね。俺のこととやかく言えないと思うんだけどな。
「十座くんも、一生懸命でいい子ですもんね」
だから、仕返しみたいに言ってみた。左京さんは言葉を詰まらせて、そして俺を軽く睨みつけてくる。分かりやすい人だなあ。否定が返ってこないってことは、つまりそういうことなんだろう。
俺と左京さんは、それぞれ年下の恋人がいる。年の差が気にならないって言ったら嘘になるけど、それでもこの恋を終わりにする選択肢はなかった。
「まあ、いいさ。お前の前じゃ猫かぶってんだろうしな。せいぜいあの猛獣をしつけておいてくれ」
「ずいぶんかわいい猛獣なんですけど……」
ふふ、と笑ったその時、監督に頼まれて買い物に行っていた万里くんと天馬くんと太一くんが帰ってくる。
重い、と言いながら談話室に入ってくる天馬くんと、特売たまごとジャガイモ大量ッス~と嬉しそうに笑う太一くんと、マジだりぃとうんざりした顔で買い物袋をテーブルに置く万里くんと。
文句を言いながらもなんだかんだ監督のお願いをきく万里くんは、やっぱりいい子だと思う。
「おかえり、万里くん」
「あ、紬さんも帰ってたんすか。なあ明日空いてる? さっきネットでよさげなカフェ見つけたんすよ」
万里くんは小さな声でそう言って、スマホを取り出す。一応内緒の関係なのに、これじゃあすぐにバレちゃわないかな?
でも、万里くんは一生懸命俺を好きでいてくれる。それが嬉しくて、俺は思わず、ソファに座った彼の髪を撫でてしまった。
「……紬さん? なにしてんの」
「え、あ、ごめん。えっと、明日だっけ。バイト終わってからでよければ」
突然髪を撫でられた万里くんは、わけが分からないというように俺を振り向いてきて、ちょっと照れくさそうに笑う。かわいいなんて思って、反応が遅れてしまった。
「おー、それでいっすよ。じゃあ、いつもんとこで待ち合わせな」
「うん、楽しみにしてるね」
万里くんとはカフェデートが多い。だけど飽きない。俺は万里くんのオススメがすきだし、万里くんもたぶん俺のオススメを好きになってくれる。
待ち合わせというのには少し心配なこともあったけど、やっぱり楽しみ。カフェラテ色の万里くんの髪を、もう一度撫でてみた。
遅くなっちゃったな、と時計を覗き込む。
万里くんはもう待ち合わせ場所に来ているだろうか。たぶんそうなんだろうなと思う。外で待ち合わせる時、たいてい万里くんの方が先に来てるんだよね。
学生だから時間が自由になりやすいんだよ、と彼は言うけれど、俺だってそれなりに自由になるはずなんだけどな。なんでいつも、万里くんは先に来てるの? たまには俺だって万里くんを待っててみたいんだけどな。
そう思って、俺は歩く速度を少し速めた。約束の時間まではまだあるけれど、もし先に来ていたら、待たせたくない。
俺が万里くんを待っていたいっていう理由のひとつには、彼があまりにもカッコイイことが挙げられる。それで何が困るって、……困るじゃない、あの子一人で立ってると女の子たちに声かけられやすいんだから。
それは仕方ないって思う。恋人っていう欲目を抜いても、万里くんは本当にカッコイイ。顔だって整ってるし会話だって面白いし、明るいし、声かけたくなるよね、分かるよ。
でも、ごめん、その子、俺の。
って、何度言いかけたことか。言えないけどね。
待ち合わせの目印が見えてくる。そこにひときわ目立つ容姿の男の子がいて、きゅっと胸が締めつけられた。
ああ、やっぱり今日も女の子……っていうか女の人と喋ってる。すごいな……ちょっとその勇気、俺にも分けてほしいよ……。俺が女の子だったら、遠くから見るだけで精一杯だと思う。
……落ち込んできちゃった。やっぱり次はもっと早く来よう。
でも……いいことだってある。
退屈そうにしていた万里くんが、人混みの中で俺を見つけてくれる瞬間。それが、すごく好きなんだよね。
「紬さん」
万里くんが、本当に嬉しそうに俺の名を呼んでくれる。ぱあっと華やいだような笑い顔と一緒にだ。今の今まで退屈そうに女の人と話してたのに、この変わりよう。カッコイイだけじゃなくて、この瞬間の笑顔、ものすごくかわいいって思ってしまう。かわいいって言うと万里くんは怒るから、言えないんだけど。
「あー、じゃあ、ツレ来たから」
万里くんはそう言って、女の人には目もくれずに俺の方に向かってきてくれる。がっかりしたような彼女には申し訳ないけれど、万里くんは俺のだし、いいよね……。
「ごめん万里くん、遅くなっちゃった」
「べっつに、まだ時間前じゃん」
「でもまた待たせちゃったよね。次こそ俺に待たせてよ」
約束していたカフェに向かいながら、ひとまずの謝罪。本当にどうして万里くんは、嫌な顔ひとつしないんだろう? どうかすると何時間でも待ってそうなカンジだよ。そんなに待たせたりしないけど。
「え、待たせるって、予告すること? おもしれーなぁ、紬さん」
万里くんが笑う。最近は万里くんに引っ張られてか、俺もよく笑えるようになったのが嬉しい。紬さんの笑ってるとこ好き、と言ってくれた万里くんを、俺はきっと彼が思っている以上に好きだと思う。
「だって万里くんを一人で立たせてると、今日みたいなこと多いじゃない……」
「なに、紬さん。それ、妬いてんの?」
ひょいっと顔を覗き込まれて、俺は思わず視線を泳がせる。万里くんはきっと分かって言っているに違いなくて、悔しい。俺の方が年上なのに、余裕があるのはいつも万里くんの方。
ああ、でも、ここで。
「妬くっていうか、万里くんは俺のって言って引っ張っていきたくなる、かな」
なんて言ったらきみはどうするのかな。
「……っつ、紬さんちょっとタンマ、むり……」
仕返しみたいに万里くんをじっと見つめ返してみたら、予想以上の反応をもらってしまった。顔を真っ赤にして固まってしまっている。いつもきみが言ってることと同じじゃない、ねぇ?
「だから、次は俺が待つよ」
「や、でもちょい待ち、アンタが一人で立ってたら余計に危ねーじゃん。俺の倍はくるだろ女どもが」
「あはは……そんなわけないでしょ、万里くん」
分かってねーなあ、とため息を吐かれる。そんなこと言われたって、実際ナンパとかされたことないし、万里くんの言うことに頷くのは無理だ。
「でもな紬さん。今まではそうだったかもしれねーけど、俺とつきあうようになってからアンタどんどん、なんつーか、綺麗になってっしかわいくなってっし、俺はそういうアンタを一人で立たせたくねーの。分かんだろ」
万里くんが真剣に心配そうな顔をしてくる。そんなわけないのに、気を遣ってくれてるのかな。
「それにさ」
「……それに?」
「言っても怒んねぇ?」
「怒らないよ」
万里くんは少し気まずそうに髪をかき混ぜて、立ち止まる。指先が触れ合っているのが分かって、俺も立ち止まって万里くんの音を待った。
「紬さんがな、人混みの中で俺を見つけて、嬉しそうな顔して、そのあとごめんってちょっとしょんぼりすんの、俺すげー好きなの。それ、見たいだけなんだよな。そのためなら、たぶんどんだけでも待てるぜ、俺」
……どうしよう。そんな理由だとは思ってなかった。万里くんはいつも俺の予想の斜め上を行くから、心の準備もできやしない。
「俺のしょんぼりしてるとこ好きとか、酷いな……」
「怒んないっつったじゃん」
「怒ってない」
「つーむーぎーさぁん、なあ、悪かったって。今日オゴるからさ」
本当にぜんぜん怒ってないんだけど、恥ずかしさ八割、意地悪二割でつんとそっぽを向いて歩き出したら、万里くんが情けない声を出しながら追いかけてくる。
ねえ、俺もきみのそういうところ大好きだよ。
「怒ってないってば」
「じゃあなんでこっち向いてくんねーの」
「万里くんがかわいいから困ってる」
「意味分かんね」
そう言って万里くんは口を尖らせる。俺はこんなに分かりやすくきみを好きで、きみをカッコイイと思ってて、かわいいとも思うようになってしまったのに、まだまだぜんぶは伝わらないみたいだ。
どうしたらいいかな。たまに見せる子供っぽい……というか年相応な顔とか、膝枕してって俺にだけ甘えてくるのとか、すごくかわいいと思うのにな。
「紬さん、機嫌直してよ、せっかくのデートなのに」
「あのねほんとに怒ってないんだよ、万里くん」
「じゃあこっち向いてって」
「んー……ダメ」
「なんで!?」
「きみにキスをしたくなるから」
「は? ……――ッ」
ほらね、そうやって俺の言葉なんかで顔を赤くするきみのこと、ほんとに好きなんだ。
カッコイイのはいいけど、そうやって普段にない表情とか仕草とか見せるのは、俺だけにしといてね、万里くん。
#両想い
おやすみ
ドアを開けた途端、うう、と呻く声が聞こえてくる。俺は慌ててベッドに駆け寄って、様子を確認した。
「熱、また上がったのか? 晋助」
ベッドにごろりと身を伏せているのは、幼馴染みで、その、……こ、恋人の、高杉晋助だ。
滅多に風邪なんか引かないのに、一度罹ると重くなる。今朝だって三十九度近い熱を出していて、それでも学校に行こうとしていた晋助を、半ば押し倒すようにベッドに寝かせた。そんなに勉強熱心じゃないだろう、と若干貶すようなことを言ってしまったが、それは事実だ。しょっちゅう寝ているじゃないか。寝る子は育つって言うけど、勉強もちゃんとしろ。
なんて思い出してる場合じゃない。「お前と一緒にいる時間短くなんのやだ」なんて言われて、嬉しかったことを思い出している場合じゃない。晋助大丈夫かな。
「こ……たろ……?」
「うん、晋助、熱は?」
ベッドに寝転んだ晋助を見下ろす。晋助が風邪っていう状況じゃなきゃ、いい気分なのにな。だって俺はいつもこうして晋助に見下ろされてばかりなんだ。……ベッドの上で(たまに床の上で)。
でも今はやっぱりそんなこと考えてる場合じゃない。
晋助の額に手を当ててみると、まだ熱い。よかった、いやよくないけど、家から持ってきた水枕が役に立ちそうだ。ガロ、と奇妙な音を立てる氷の入った枕を、晋助の頭のすぐ傍に置く。頭が冷えすぎないようにタオルを巻いて、晋助が使っていた枕と交換した。
「大丈夫か? 冷たくない?」
「ん……気持ちいい……」
触れた指に、晋助が頬をすり寄せてくる。可愛いったらない。晋助は結構甘ったれだ。普段学校じゃ悪ぶってるくせに、俺とふたりきりだと途端にこうなる。
「つか……なんでいんのお前……」
「俺も学校は休んだ。一緒にいる時間が減るのやだって、晋助が言ったんじゃないか」
「いいのかよ、委員長サマが……そういうつもりじゃなかったんだけど……」
晋助が、息苦しそうにゆくりと呟く。それはまだ熱が高いことを物語っていた。
そりゃあ学生の本分は多分勉強で、大切なことかもしれないけれど。だけど家にひとりの晋助を置いて学校に行って、授業に集中できるわけがないんだ。たとえ行ったって、校門をくぐる前に帰ってくるよ。意味ない。
「たまにはいいだろう。晋助が、俺に看病されるのやだって言うなら、まぁ……しょうがないけど」
「んなわけねー……」
「そうか、よかった。何か食べられそうか? お粥とか、果物の方がいい? 何か腹に入れないと、薬を飲んでも胃がやられるぞ」
晋助の家の冷蔵庫、中身はほぼ把握している。作れそうなものはあるが、病人食ともなるとレシピが分からないな。ネットで調べてみよう。
「喉いてぇ……」
「じゃあ、そうめんとか、うどんとか……」
喉の炎症があるなら、固形物は控えた方がいいだろうか。つるりと入っていくそうめんなら、すぐに作れる。
んー、と晋助が曖昧に答えてきた。嫌ではなさそうだと判断し、キッチンを借りるぞと少々今さら感のある断りを入れた。
たまに晋助の家で、一緒にご飯を食べる。隣の俺の家で食べることもあるんだけど、やっぱりその、……ふたりになりたい時があるんだ。だから晋助の家のキッチンはどこに何があるかもちゃんと分かる。
晋助がどれだけ食べられるか分からないから、少し多めにゆでた。残りは俺が食べればいいんだし。
早く良くなってくれますように、って思いながらつゆを作って、焼き海苔をパラパラと落とす。お盆に乗せて二階に上がると、晋助は頑張ってベッドの上に体を起こしていた。
「サンキュ、小太郎」
「はやく良くなれよ、晋助」
「そーさな……こんなじゃキスもできやしねェ」
はあ、とため息を吐く晋助。毎日何度もキスをしていれば、確かに寂しい。俺だって晋助とキスをしたい。
「できるよ、キスくらいなら」
晋助に、キスをしたい。
そう思って、ベッドの上に腰をかけた晋助に、口唇を寄せた。
「……うつんだろ」
「うつったら晋助が俺を看病する番だな」
こつ、と額をあわせれば、やっぱり熱い。うつればいいのに。動くのもつらそうな晋助と、代わってやりたい。でもそれはできそうにないから、祈るくらいしか方法がない。
「あ、海苔入ってる……これ好き」
「梅も入れようかと思ったんだけど、喉を刺激するかもしれないからな。あ、残してもいいぞ、あと俺が食べるから」
「いただきます……」
晋助はゆっくりと胸の前で手を合わせて箸を持つ。ちゅる、と晋助の口唇に吸い込まれていく白いそうめん。つゆは跳ねることなくまといつき、晋助の中に入っていく。相変わらず、綺麗。
晋助は学校では授業態度が悪かったり言葉が乱暴だったりするけれど、おおむね可愛くてかっこよくて、びっくりするほど丁寧だ。こうしてご飯を食べる時も、俺に触れる時も。
最中はそんなこと考える余裕なんかないんだけど、こうしているとなんていうか、ほんとに……愛されてるなあって思う。それと同時に、愛しいなあって気持ちでいっぱいになる。
たすけてあげたい。つつんであげたい。
たすけてほしい。つつんでほしい。
晋助とは、そうありたい。よりかかるだけじゃなくて、支えていたい。そう思うんだ。
「……ごちそうさま……」
「あれ、結構食べたんだな。薬飲んだか? 苦いとか駄々こねるなよ」
「こねてねぇ……」
晋助は俺が思っていたよりもたくさん食べて、用意してた粉薬もちゃんと飲んでくれた。体中が痛いと言いつつベッドに寝転がるのは、これからまた熱が上がってくるのだろう。
「ゆっくり寝て、晋助。何か欲しいものとかあるか?」
晋助の肩まで布団を引き上げて、あやすようにぽふぽふ叩く。子供扱いしたつもりはなかったけど、晋助の目がすっと細められた。機嫌を損ねたかなと苦笑して、欲しがりそうなものを上げていく。水分補給の飲料、ヨーグルトやプリン、そういえば晋助はヤクルトが好きだったかな、と。
「あとは、うさぎさんのリンゴとか」
「いらね……」
「晋助」
熱で弱気になった瞳に、潤いが増している。晋助にしては珍しく、弱々しい声だった。
「そんなん、いらねーから……、……いてくんねえ? ここに……」
「晋助……」
熱で頬が赤いのか、照れているせいで赤いのか、俺にはどうしても判断がつかなかったけれど、俺の答えはたったひとつ。
「うん、晋助。お前が眠るまで……ううん、眠ったあとも、ちゃんとここにいるから」
伸ばされた手をそっと握りしめて、安堵したように目を閉じる晋助の頬に、おやすみなさいのキスをした。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ
空に、花を
帯を結んでもらい、最後に衿を整えてもらった。
「お、おかしくない、かな?」
「はいはい大丈夫よ。胸とか苦しくない?」
訊ねてきた母親に、うん大丈夫と答えて、姿見の前に立つ。そこに映っているのが自分だとは思えずに首を傾げるのに、どうしてか違和感はない。桂は巻かれた帯を見直して、ふふ、と笑った。
「じゃあ、行ってくる。あ、……あの、もしかしたら遅くなるかもしれないから、先に寝てていいよ」
「どうせなら泊まってきたらいいのに。どうせお隣でしょ?」
「え、あ、うん、そうなんだけど……じゃあ、そうする」
行ってきますと玄関で下駄を履き、背けた顔を赤らめた。もしかして、気づいているのだろうかと。いや、違うはずだ。お隣さんの「幼馴染み」とは、家族ぐるみでつきあってきたし、幼馴染みが両親の海外転勤についていかず日本に残ってからも、たびたびお泊まりしてきたのだから。
まさか。
「晋助、遅くなってごめん」
まさかお隣さんの幼馴染みと、恋人同士だなんて、気づいてはいない、はずだ。
「わ、晋助、カッコイイな。浴衣似合う」
「おっせーよ、かつ、……ら」
幼馴染みの名は高杉晋助。同い年の高校男子。
その高杉が、玄関の前で桂を振り向き、目を見開き言葉を失ったようだった。
それもそのはずだ、桂の今日の装いは、とても高杉と同じ高校男子とは思えないものだったのだから。
「か、桂……なにその格好」
「やっぱりおかしいかな? 母さんに着せてもらったんだけど、こういうの初めてだし」
今日は花火大会だ、せっかくだし夏らしく浴衣で、とお互いに和の装いをしよう。そう言ったのは桂で、頷いたのは高杉。高杉は薄い灰色の浴衣をちゃんと着付けて桂を待っていたのだが、今目の前に現れた桂は。
「いや、おかしかねェけど、なんで……女物」
高杉とは違い、桂は女物の浴衣で可愛らしく装っていた。青色の生地の、胸元と裾にちりばめられた撫子は、黄色の帯をよく映えさせていて、華美でもなければ地味でもない。おまけに、いつもは下ろしている長い髪をアップスタイルにしており、花の髪飾りからは匂いさえしそうなほどだった。
「あ、あの……こ、これならその……晋助と手をつないで歩けるかなって思って。晋助、こういうの嫌か? 嫌なら、着替えて」
「馬鹿、嫌じゃねーよ。そんな可愛いこと言われて、嫌とか言えるわけねーだろ。ちょっとびっくりしただけ、全然予想してなかったから」
やっぱり男がこんなモノ着ても駄目かなと苦笑した桂に、高杉は慌てて弁解する。驚いたのは事実だが、手をつないで歩きたいと言われて、嫌だと言えるわけもない。異常なほど似合っていないのならそれも考えたかもしれないが、桂にその装いは、異常なほどよく似合っているのだ。
「すっげェ可愛い、桂」
「そうか? ありがとう。晋助、改めて……誕生日おめでとう」
褒められて、桂は頬を染める。余計な化粧などせずとも、その頬の色が充分桂を際立たせる。それを見て、祝いの言葉をもらって、高杉も嬉しそうに口の端を上げた。
そう、今日は花火大会で、それ以前に高杉の誕生日。桂の誕生日をサプライズで祝ってくれた高杉に、こちらもサプライズで返したかった桂の作戦は、どうやら成功したらしい。
「サンキュ。じゃあ、ほら、行こうぜ」
高杉は少し照れくさそうに桂に手を差し出した。桂も手を差し出して、それに重ね合わせる。指を絡めて、一緒に歩き出した。
外で、こんなに堂々と手をつないで歩くのは、実は初めてだ。男同士という後ろめたさがどうしても根底にあって、周りの目は気にかかる。
だけど今日は、女の装いをした桂と、男の装いをした高杉だ。桂の美貌も手伝って、普通に男女の恋人同士に見える。手をつないでいても、誰も不思議に思わない。
「なあ、それおばさんに着付けてもらったのか?」
「うん、だって俺女の子の浴衣なんて自分じゃ着られないよ。晋助との勝負に負けて罰ゲームなんだって言ったら、笑ってたけど」
バレてんじゃねーのそれ、とは、高杉は口にはしなかった。親というものは、自分たちが思っているよりずっと子供のことを見ているものだ。
だけど気づいているにしても、特に何も言われていない。こんなに可愛く仕上げてくれたとこを見るに、もし気づいているのなら、歓迎の意なのかもしれないと、都合のいいように解釈した。
「でも、なんでだろうな。俺、こういう格好するの初めてのはずなのに、なんかしっくりくるっていうか……ずっと前にも、あったような気がして」
「ふぅん……? まあ何にしろ、気分いいよな」
「何が?」
「前から綺麗だし可愛いとは思ってたけど、こんなに美人だとは思ってなかったからさ。気づいてねーの桂、いつもより周りからの視線が多いの」
「えっ、なっ……」
惜しげのない賛辞に、ボッと頬が赤らむ。
高杉がこんな風に口にしてくるのは珍しくて、桂もどう反応したらいいのか分からない。気分がいい、と言う通りに、高杉の様子はご機嫌に見える。そんな高杉を見るのに一生懸命で、高杉しか目に入っていなくて、他の視線なんて気に留めていない。
「浴衣見てるにしてもお前を見てるにしても、悪意のあるもんじゃねェ。俺の大事なヤツを褒められて、悪い気なんかしねーさ」
「…………晋助、も、もう、いい……あの、照れくさい、それ」
高杉は自覚をして言っているのか、そうでないのか。つまりは桂が大好きだと言っているだけなのだ。桂は嬉しくて恥ずかしくて照れくさくて、俯いてしまう。高杉の誕生日を祝おうと思っているのに、桂の方こそプレゼントをもらってしまった気分だった。
「な、なあ晋助、今日は俺のオゴリだから、あの、ほしいの言ってくれたら」
「ん? ああ、じゃ、お言葉に甘えるとするかねェ」
そうして花火大会の会場につくと、もう人、人、人、人だらけ。花火を見るのにいい場所なんかはもう家族連れだの恋人同士だので埋まっている。
もう少し早く来られればよかったなと思うけれど、まだ暑いこんな中でただ場所取りをして待つなんてごめんだ。花火を今か今かと待っている人々のおかげで、屋台の方は空いている。
「かき氷食いてェな。ブドウがいい」
「えっ、ブドウなんてあるのか? 俺はやっぱりいちごだなぁ……ミルクかけてもらおう」
二人でかき氷の店まで歩き、お互いに一つずつ。桂がステファンモチーフの財布を取り出すのを、高杉はやっぱり呆れた顔で眺めていた。
しゃりしゃりと音を立てて削られていく氷。シロップがかけられると、もとは同じ氷なのにそれぞれがまるで別物みたいに見える。
「はい晋助」
「サンキュ」
高杉はブドウ味の紫、桂はいちごとミルクのピンク色。並べられたいくつものテーブルと椅子、運良く空いていた隅っこに並んで腰をかけて、夏の夜にぴったりのかき氷を口に運んだ。
「かき氷って、家でも作れるのに、なんでこういうとこの方が美味しく思えるんだろう」
「雰囲気ってヤツじゃねーの。焼きそばとかお好み焼きとか、絶対家で作った方が安く済むのに。あと」
「あと?」
「好きなヤツと一緒だと、さらにうめェ」
嬉しそうに笑う高杉を目にして、桂の頬が赤く染まる。これでもう、何度目だろうか。普段と違う装いというのは、相手に惚れ直すだけではないようだ。自分自身も、驚くほどに素直になれるらしい。
「桂、それ一口ちょーだい」
「え、あ、うん」
はい、とカップごと差し出すと、違ぇ、と不機嫌そうに返ってくる。桂は首を傾げた。いちごミルクのかき氷を一口、ということではなかったのだろうか?
「食わせてって言ってんの」
「はぁっ? えっ、く、食わせ……って、あの、えっと」
つまり、桂がすくって高杉の口へと運んでやるということだ。
桂はきょろきょろと辺りを見渡す。二人きりの時ならまだしも、周りにたくさん人がいるのに、そんなことをするのは恥ずかしい。
「かーつーら、俺の誕生日なんだから、これくらい聞けよ」
「う……」
それを持ち出すのはずるい、と高杉を睨んでみるも、効力のかけらもない。楽しそうな顔をして待機しているだけだ。
どうあっても折れるつもりはないようで、桂は困った顔をしながらも、いちごのシロップと練乳がたっぷりかかった部分をすくい上げた。こぼれないように高杉の口許へ持っていくと、彼はそっと目を伏せて食らいつく。
「あっま……」
予想以上に甘かったのか、驚きとも嘆きともとれる声が漏れた。そんなに甘いかな、と桂は同じ匙で食べてみて、間接キスだなあなんて考えて視線を泳がせる。今さらそんなもので動揺する間柄でもないのにだ。
「こっちも食う?」
「あ、食べたい」
「ん」
高杉の手元にあるブドウ味のかき氷。食べたことがなくて、桂は一も二もなく頷いたけれど、そうして高杉が差し出してきたのは、すでにすくわれたかき氷。先ほど桂が高杉にしてやったのと同じ動作だ。
意図は分かるが恥ずかしい。恥ずかしいが、高杉は手を引っ込める気もないらしい。一秒だけ迷って、桂は身を乗り出した。
「つめた……」
口の中に、冷たい氷の感触とブドウの甘み。いやブドウというかシロップというか、ブドウと言われればブドウのような、だいぶごまかされた味だな。そんなことを考えていたら、油断した。
口唇に触れてくる、柔らかなもの。
「しっ、晋助ッ」
「悪い、可愛かったからつい」
桂は、その感触に思わず体を引く。それは紛れもなく高杉の口唇で、屋外では感じたことのないものだ。こんなとこで、と腕を叩くけれど、高杉はあまり反省もしていない様子。
「いいだろキスくらい。今日は、さ。そンな可愛い格好して可愛い顔してるてめーが悪い」
よほど桂が女装までしてくれたことが嬉しいらしく、上機嫌で髪飾りをちょいちょいといじる。飾りについた小さな鈴がちりちりと音を立てた。その音が耳にくすぐったくて、桂は身を竦める。
「ホント、嬉しかったんだぜ、これ。こんなんまで着て俺の誕生日祝ってくれんの、考えてもみなかった」
「晋助……」
「だから今日くらい、外でいちゃいちゃさせろよ」
肩を抱き寄せられるけど、今度は驚きもしないし、押しやることもしない。周りの人たちには申し訳ないけれど、今日だけは許してほしい、と桂はゆっくり目を閉じた。
「愛してるぜ桂」
口唇が触れる直前、聞こえた愛の囁き。
え、と思う間に触れ合って、三秒経って離れてく。桂はゆっくりと目を開けて、目の前の恋人を映した。
「し、晋助、今……」
今、なんと言ってくれたのだろうか。聞こえなかったわけではない。恋人になって初めての言葉に、どう反応していいのか分からないのだ。
「なァ、お前は……?」
鼻先をこすり合わせ、高杉が優しい声で訊ねてくる。桂はもちろん高杉と同じ気持ちだ。そうでなければ、こんな装いまでして祝ったりしない。
高杉が好き。大好き。言葉では表せないくらい、高杉が大切。
桂は、ゆっくりと口を開いた。
「晋助、俺も――」
その大事な言葉を言おうとしたその瞬間、ドォンと空で大きな音。広がる光。周りから上がる歓声。桂も高杉も、思わずそれを見上げてしまった。空に咲く、豪快な花火を。
「わ、ぁ……」
「すげェな」
立て続けに響く音と、重なり合いながら咲いていく花火。夏の夜空にふさわしい、光の花だ。
「すごい、すごい晋助っ、綺麗だな!」
「あー、すげーしか出てこねぇ」
体の奥底まで響く音に、気分が高揚する。祭り囃子のようにも聞こえて、胸が躍る。誰もが笑顔になるその花で、高杉の誕生日を祝えたことが嬉しい。
「誕生日に、お前と一緒に見られて嬉しい、俺今すっげー幸せ」
「晋助……」
いつもと違う装いで、手をつないでキスをして、初めての言葉をもらった。
光の花を見上げる高杉の隣で、桂はトクトクと心臓を鳴らす。
彼にも初めての言葉をあげたい。だけどこんなところじゃ、とてもじゃないが聞こえやしない。桂は高杉のぴっとり身を寄せて、耳元で囁いた。
「なぁ晋助、俺の気持ちはあとでたっぷり言わせてもらうよ」
ベッドの中で、と暑い吐息を吹きかけて、頬にちゅっとキスをする。驚いた高杉の顔を楽しげに眺めて、桂は空を見上げ直した。
あの花が咲き終わったら、手をつないで一緒に帰ろう。
#3Z高桂 #両想い #ラブラブ #誕生日
祭りの鼓動
縁日の太鼓が、どこからともなく聞こえてくる。納涼祭と称された、馬鹿騒ぎだ。
どちらがかわいいだろうか、と桂はしゃがみ込んでじっと眺める。右のは手の位置が絶妙だし、左のは目のほんの少しのゆがみがたまらない。しかし二つも買うつもりはないし、どちらかに決めたい。
「うーむ……なあ店主、どちらの方がいいだろうか」
悩みに悩んで店主に訊いてみるも、そんなのどっちも変わりゃしないよと素っ気ない答えが返ってくる。
実際、どれだけも変わらないだろう。いや、どこか違うのかと訊き返される確率の方が高い。
迷って、迷って、桂は右手に持っていたものをそっと戻す。
その、瞬間。
「なんだいお前さん、そんなものが欲しいのかい」
背後から、突然の声。
「なっ……」
桂は思わずその声を振り仰いだ。
「た、高杉……っ」
大きな声を上げそうになったが、どうにか途中で音を抑える。なにしろそこにいたのは、幕府に追われる身である高杉晋助だったのだから。大きな声でも出して不審がられ、真選組でも呼ばれたら桂の身も危うくなる。
「な、んで」
「祭があるって聞いてな。で、そんなもので悩んでたのかい」
高杉が上から覗き込んでくる。あからさまに不審そうな瞳は、桂の悩みどころが分からないせいだろう。
桂は言葉を詰まらせ、視線を品物に戻した。シートの上に並べられた、何体ものジャスタウェイ。このやる気のなさそうな目がなんとも言えない。
「ど、どちらがかわいいか……悩んでいて」
「変わんねーだろ」
高杉にさえ、即答される。この男にもこの違いが分からんのか、と恐らく桂にしか分からないこだわりにため息をついた。目の位置や形、手の角度など、説明していくけれど、高杉は相づちさえ打たない。隣にしゃがみ込んで手に取ってみてはいるものの、桂の言うかわいさの違いとやらは分からないようだった。
「最終的にどれで悩んでたんだ」
「……これとこれなのだが」
そう言って桂は、悩んでいた二体を持ち上げる。再び悩み始めてしまって、さっき決めたはずの心が揺らいだ。
「あァじゃあこっちな。おい、これ」
「はい毎度~」
高杉はそう言って、ひとつを桂の手に残し、もう一方をシートの上に戻す。そうして袖から出した財布を開け、表示されていた値段分を店主に渡してしまった。
「え?」
「買ってやる」
一瞬何が起きて、何を言われたのか分からなかった。今出されたのは確かに高杉の財布で、ジャスタウェイ一体分の料金。これで手の中のジャスタウェイは桂のものになったのだが、なぜ高杉が代金を払うのか分からない。
「ほら立ちなヅラ。いつまでもこんなとこでそんなもんに悩んでたら、それこそ不審に思われるぜ」
ぐいと腕を引かれ、桂は腰を上げる。長居してしまったことを店主に詫び、引かれるままに高杉のあとについて歩いた。
「た、高杉、なぜ」
「あんなもんで目立ちたかねーだろ」
「そうではない、なぜ貴様が代金を払うのだ」
「いらねーなら返してくるが」
「いや、ジャスタウェイはいるが、貴様にもらう理由がない」
縁日で賑わう人混みのなか、自然と距離が寄ってしまう。子供のはしゃぐ声や店の呼び込み、どこからか聞こえる太鼓や笛の音。相手の声を聞くには、そうするしかなかったのだが、こんな往来でこんな距離にいるのはどれだけぶりだろう。桂の心臓が、祭り囃子のように騒いだ。
「俺にもらう理由がねぇとか、つれねェこと言うじゃねーか、ヅラ」
高杉は煙管をくるりと回し、くわえる。ちらりと意味深に視線をよこされて、また言葉に詰まった。
高杉とは、恋仲というか恋仲でないというか、まあ少し説明しづらい仲である。だけどこんな風に贈り物をし合うような甘い関係でないことは確かで、理由が分からないのだ。
「しかし……」
「もらうだけが嫌だっていうなら、あとでたっぷりとサービスしてもらおうかい……?」
「サービ……、……破廉恥な! 金なら返すわ!」
言葉の意味を把握してサッと頬を染める。つまりはあとでそのような行為をするということだ。今さら初心な反応を返すつもりはないが、こんな往来でしたい会話ではない。
「冗談だ。今日は機嫌がいいンだよ、もらっときな」
高杉は喉を鳴らして笑う。機嫌がいいのは良いことだが、何があったのだろうか。桂は隣を歩く高杉の横顔を眺め、出しかけた自分の財布をしまい直した。
「それならば、もらっておく。そういえば先日の約束をすっぽかされたしな。詫びにもならんが」
「……ちゃんと行っただろ」
「ああ、日付が変わってからな。自分で指定しておきながら、まったく貴様というヤツは……」
文句を言いながらも、桂は口の端を上げる。高杉とこんな風に歩くのは、本当に本当に久し振りだ。今はそれを楽しんでみようと。
「しかし、貴様と歩いていると目立つだろうな。相変らず派手ななりをしおって」
「目立つのはてめーの方だろうが。まァ……今日は誰も俺たちのことなんざ気にしちゃいめーよ。皆自分の娯楽に夢中でなあ」
過激派と穏健派の頭がふたりそろって歩いていれば、知っている側から見れば目立つことこの上ないが、民間人がどこまでこのふたりを認識しているかなど、たかが知れているだろう。
それに今日は縁日だ、皆が射的や金魚すくい、焼きもろこしやたこ焼き、お好み焼きやリンゴ飴に夢中で周りなど見ていない。
「しかしな、こんなところ真選組のヤツらにでも見つかったら」
「興が冷めるようなこと言うじゃねーかヅラァ。なんだいお前さん、真選組に見つかって、逃げきる自信がねーのかい」
「馬鹿を言うな」
「なら、大人しく傍にいな」
せっかく逢えたんだぜと小さく続ける高杉の隣で、桂はふと思い当たる。もしや高杉の機嫌がいいのは、逢えた、からだろうかと。
そんなわけはないなと思いながらも、そうであればいいなと、ジャスタウェイを大切そうに袖にしまった。
「ヅラ、せっかくだ、なんか欲しいもんねーかよ」
「欲しい物?」
「言ったろ、機嫌がいいって」
買ってやる、と言外に告げながら、高杉は辺りを顎で指す。ふたりの周りには、いろいろな屋台が所狭しと並んでいた。欲しい物を言えば、高杉は買ってくれるのだろうか。
ちらりと視線をやると、ニィッと口の端を上げられた。
「じゃあ……団子」
「あそこのか?」
そこかしこからいい匂いが漂ってくる。桂が口にしたのは、数歩先の団子屋。醤油をつけて焼いた物。普通に茶店で食えるものだろうに、桂はそれが良いという。こういった縁日だからこその味というものがあるのだとかなんとか。
「ほら」
「ん」
高杉から団子を受け取り、かぶりつく桂。そんな様子を楽しそうに眺め、高杉はふと足を止める。今うっかり通り過ぎてしまった店に、目を引く物があった気がしたと。
「高杉?」
立ち止まってしまった高杉に気がついて、桂は振り返る。彼はある屋台の前にじっと佇んでいた。不思議に思って歩み寄ってみれば、そこにはたくさんの筆や矢立が並んでいる。
古物が中心のようだが、高杉がこういったものに興味を持つとは思わなかった。桂も一緒になってそれを覗き込み、言ってはなんだがこんな屋台に不似合いな上物まであると目を瞬いた。
「何か気に入ったものでもあったのか? 珍しいな」
「ん、いや……これ」
「透かしの矢立か。……あぁ、いい細工だな。お前なら、こっちの陶器のも合いそうだが」
「俺のじゃねーよ」
手に取って状態を確かめる高杉を振り向くと、視線がまっすぐ向かってきた。もしや、それも。
「まだ懲りずに攘夷勧誘の文とか書いてンだろ。無駄だと思うがねェ」
「む、無駄などではない、それを言ったら貴様の――」
「そんなもん書く暇があンなら、恋文でも書いとけ」
高杉は屋台の店主に代金を払い、買い求めた矢立をすいと差し出してくる。やはりそれも、くれるつもりだったのだ。桂はその意味に気がついて、往来で珍しく頬を染めた。
つまりは自分に向けて恋文でも書いてくれと、そう言っている。
桂は、機嫌の良すぎる高杉の様子に慣れず、戸惑った。何があって、こんなに優しい言葉を吐いてくるのか。どうしてこんなに、求めてきてくれるのか。
ためらいながらも高杉から矢立を受け取って吐く息は、いつもよりも熱かった。
「だったら、貴様も書くがいい。店主どの、これを」
そうして、桂も銅製の矢立を手に取った。細い筒と丸い墨壺は、彼の持っている煙管によく似ている。買い求めたそれを高杉に差し出してやると、フンと鼻を鳴らしながらも受け取ってくれた。
「文を書くかどうかは別にして、まァ、もらっといてやらぁ」
そんなに嬉しそうに口の端を上げてなにを言っているのか。ただそれを口にはしないようにして、店をあとにする。
これで文をやりとりするかどうかは分からないが、離れていても、どこかで繫がっているような気分になれる。そこまで考えて、今日は自分もおかしいくらいに機嫌がいいなと、桂は笑ってしまった。
「高杉、あれが食べたい」
「あァ?」
「わたあめ」
「……ガキかよ」
機嫌のいいうちにねだってしまおうと、桂が指を指したのは、ふわふわのわたあめ。もふもふに罪はないだろうと、高杉の答えも聞かずに屋台へ向かう。その後ろ姿を、呆れつつも穏やかな表情で高杉が見つめていたのには、当然気づかずに。
「はいよねーちゃん。お連れさんの分はいいのかい?」
「ね、……」
店主にふわっふわのわたあめを作ってもらい、受け取る。その物言いには一言抗議したいところだが、肩を震わせながら俺ぁいいと一つ分の代金を手渡している高杉の方にこそ、抗議してやりたい。
桂は、必要とあらば女装さえする党首だ、女にみられることには慣れている。だがしかし、今は女装しているわけではない。いたって普通の男のなりをしているのに、ねーちゃんとはどういうことか。
「いつまで笑っている、高杉」
わたあめの屋台をあとにしてしばらく歩いたというのに、高杉はまだ小さく笑っている。よほどおかしかったらしい。それが気にくわなくて軽く足を蹴ってやるも、気にも留めていないようだった。
「いいじゃねーか、ヅラ。似合ってンだからよ、お前さんのは」
「…………褒めても、これはやらんぞ」
「いらねーよそんな甘ぇもん」
どっかの誰かさんじゃあるめーし、と高杉は息を吐く。時折する女の格好を、似合っていると言われて悪い気はしない。
人の波が切れてきた道ばたで、桂はふわっふわのわたあめに口づける。ふしゅうっと口の中にとけていく感触は心許ないが、すぐに広がっていく甘い味が、桂を満足させた。
いや、満足というにはまだ少し、足りない。
道の脇で立ち止まってわたあめを舐める桂につきあって、煙管をくわえる高杉をちらりと見やる。
桂の袖の中には、高杉に買ってもらったジャスタウェイと、矢立。腹の中には、団子とわたあめ。
ひとつ、足りない。
「高杉、もうひとつねだってもいいか」
「あァ? お前さん、まだ何か食べンのかい」
食い意地張ってんなあと笑う高杉の口唇を、人差し指で撫でる。
「――高杉晋助を」
高杉が目を瞬く。桂は目を細める。
口唇が近づいて、近づいて、近づいて、わたあめの陰でぴったり重なる。
「……甘ぇ」
離した口唇をぺろりと舐める高杉の顔がひどく欲情していて、桂の欲が増していく。
「足りんぞ高杉。なにしろ俺は、食い意地が張っているのでな」
「ハッ、てめぇ、容易に朝日が拝めるとは思うなよ」
朝日の昇る時刻に、拝む余裕などくれてやらん。そう含められた意味に、桂は笑って答えた。
「無論だ」
祭り囃子が遠くに聞こえる。
朝までか、昼までか、続く祭にとふたりは身を投じていった――。
#両想い
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「なあ、紬さん」
万里は携帯端末の画面をテーブルに伏せて置き、恋人の名を呼んだ。その声を受けて、紬が振り返ってくれた。
「どうしたの、万里くん」
「キスしてもいっすか」
立てた膝に腕を置き、折り曲げて襟足をかき混ぜる。
恋人とは言うが、ほんの少し自信がない。何しろ恋人らしいことを何もしていないのだ。
好きだと告白してからしたことといえば、どこが好きか、どれだけ好きか、これからどうしようか、今時中学生でももう少し進んでいそうなのに、そんなことしか話し合っていない。
カフェに行って話し込むのは、恋を告げる前からしていたことだし、いまいち新鮮みに欠ける。
男同士じゃ堂々と手も繋げないし、ちょっと距離の近い友人同士を演じてみたり、時には兄弟を演じてみたり、それはそれで楽しいのだけれど、物足りないと思ってしまうのはこっちだけだろうか、と万里は指に自分の髪を絡ませる。
叶うと思っていなかった恋だから、大事にしたい。壊れないように、そっとゆっくり進んでいきたい。そう思っているのは本当だけれど、紬にもっと近づきたいと思っているのも本当だ。
――――こんなこと言ったら、怒られっかな……。
もっと近くに行きたい。口唇に触れたい。もっと言えば、抱いてもみたい。
紬はどこまで許容してくれるだろう? こうして部屋の中で過ごす二人の時間を、もっと増やしたいと言ったら、叶うのだろうか。
「あ、うん、いいよ。しようか」
拒絶されると身構えていた分、紬の何でもないような明るい声に、反応の仕方を忘れた。
「えっ、……いーのかよ」
まるでカフェのはしごでもしようかというほどの軽い調子には、万里の方が驚いてしまう。性的なことにあけすけなタイプにも見えないが、それはもしや万里の勝手な思い込みだったのだろうか。
いくら恋人同士とはいえ、男相手に簡単に「キスしようか」なんて返せてしまうほど。
「え、するんじゃないの? 違った?」
「いや違わねーけど……」
なんだか思っていたシチュエーションと違う、と万里は困ったように片方の眉を上げる。
もちろん「しようか」という合意は嫌だ、駄目だ、というわけではない。
想像の中の紬は、キスしてもいいかなんて言ったら、びっくりして大きな目を瞬いて、恥ずかしそうに、目一杯ためらって、「うん」と頷くような――そんな夢を見ていたわけでもない。
ファーストキスもまだしたことのない小学生じゃあるまいし、と思ってはいるが、あまりにもイメージと違う。
男相手だということに、嫌悪も緊張もないののだろうか。
「うん、じゃあ、はい」
紬は読んでいたシナリオをパタンと閉じて横に置き、腰を上げて万里の正面に座り直してくれる。万里は、さらに驚いた。
正座。
紬は万里の前で、ちょこんと正座をしたのだ。綺麗にそろえた膝の上に握った拳をそっと置いて、さあ来いとでも言うようにまっすぐに見つめてくる。
しかしよくよく見てみれば、膝に置かれた拳はだんだんと力が入ってきているようで、紬の緊張を伝えてきた。
ふはっ。
万里は思わず笑い声で空気を揺らす。
おかしさと一緒にどうしようもない愛しさがこみ上げてきて、紬への想いがまた一回り大きくなった。
「……なに、万里くん」
「わ、悪い……俺、キスする時に正座する人って初めてだわ、っくく……」
「正座するのなんて、俺だって初めてだよ……」
「なんだよ、しよっかなんて軽いこと言ってたから、俺とのキスなんてそんな重要な事じゃねーのかと思ったら、……ドキドキしてくれたんだ?」
そうだ、思っていたのと違ったというのは、そこだ。
こちらはしぬほど緊張しているのに、年上の余裕とでも言いたげな紬の態度が、腑に落ちなかったのだ。
だけどそうではなかったのだと知って、ホッとする。
「万里くん、笑った罰」
「えっ」
紬が珍しく軽く睨みつけてくる。万里はしまったと思った。せっかくのチャンスが、これでふいになってしまうのかと。いや、そんなことより、きっと精一杯勇気を出した紬を傷つけてしまったのだろう。
「紬さん、ごめ――」
だけど弁解しようと伸ばした手を、紬が絡め取ってくる。万里は目を瞠った。
紬の左手と、万里の右手が、絡んでいく。指を交わらせてくる紬に驚いて、視線をそちらへ向けてみれば。
「あとの隙間は、万里くんが埋めてね」
照れくさそうに目を細め、はにかんで口にする紬の「キスをしよう」おさそい。
ドキドキしてくれたんだ? と訊ねた万里の方こそが、返り討ちに遭ってドキドキのオンパレードだ。
だけど、万里がしかけて紬が深くしてくれた絶好の機会を逃してなるものかと、空いた左手を上げる。隙間を埋めてねと言った紬の願いを聞き届けて、首の後ろに運んでゆっくりと引き寄せた。
口唇が触れる、二センチ手前。ぴたりと止まって万里は笑った。
「ファーストキスだな」
「えぇ? うそつき」
「うそじゃねーって。俺と紬さんの、な」
「こういう時にも使うの……?」
「使うの」
しらねーけど、とは口にしないで、二センチ分、首を伸ばして隙間を埋めた。
#両想い