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雨音

NOVEL,銀魂,高桂 2016.06.13

#両想い

 ぱたたたた、と雨が屋根を叩く音がする。 またひどくなったなと耳を澄まし、ため息をついて寝転んだまま…

NOVEL,銀魂,高桂

雨音

 ぱたたたた、と雨が屋根を叩く音がする。
 またひどくなったなと耳を澄まし、ため息をついて寝転んだまま煙草盆を引き寄せる。
 いつもならここで、吸うのは百歩譲って許可してやるが寝たままでは危ないだろうと、小言が飛んできやがる。
 ……が、今日はそんな気力もねェらしい。
 くくっ、そりゃあな、あんだけしてやりゃあ意識も飛んじまうか。
 そう思って、隣に横たわる男を眺めてみた。別にこいつに言われたことを気にしてるわけじゃねぇが、持ち上げかけた煙管は煙草盆に戻しておいてやる。刻み煙草を詰めるより、こいつの顔見てる方が楽しいしなァ。
 最初はな、こいつも抵抗みてぇなもんをする。
 俺の手を退かそうとするとか、顔を背けるとか、そういう些細なもんだが。俺がそんな仕草もおもしろがってることを、多分知っていてだ。
 
 まったく飽きねぇよ、桂、お前さんは。
 
 いやだと言いながらも結局は俺を受け入れて引き込んで、誘って、煽って、よすぎてたまらないって顔しながら俺の名を呼ぶ。背中に立てられる爪のせいで、小さな傷がいくつもできるんだが……まぁそこはいいさ。
 桂、と呼んでやると、くすぐったそうに身をよじって、ん、と返事をする。
 ヅラ、と呼んでやれば、耳元の声が熱を誘発するのか、俺を締めつけてくる。
 そんな風にされて、抑制が利くわけもねぇんだ。
 
「……まァ今日はな、少しばかり……無茶をさせたかもしれねぇなぁ……」
 
 何しろこの雨の音で、桂のイイ声があまり聞こえなかったのだ。
 物足りなくて、聞こうとして、何度も何度も、体を揺さぶった。もう無理だって言うこいつを押さえつけて、足を開かせて、何度も突き上げた。
 俺の名を呼びながらイッちまった桂にようやく満足して、離してやれたのがつい半刻ほど前だ。
 その間にも雨は降り続けていて、自分の吐息の音さえ聞こえない。桂の寝息も聞こえない。身を寄せればどうにか感じられる、といったところだ。
 
 こんな雨、早く止めばいい。桂の声をこの距離で聞きてぇんだ。高杉、となだめるような甘やかすようなその声を。
 この距離で俺の声を聞いてもらいてぇ。桂、とお前を呼ぶ声の温度を知らしめたい。
 
「なァ、ヅラ」
 
 桂の目蓋が、そっと開く。聞こえたわけではないのだろう。眠そうな目をこすって、なんだと訊ねてくる。
 
「なんでもねーよ。寝てな」
 
 言って、髪を撫でる。聞こえてなくてもいい、撫でる手のひらで伝わればそれでいい。
 早く止めばいい。
 
 
 こんな雨じゃ、愛しているも聞こえやしねぇ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 雨の音が聞こえる。昨日からの雨は、まだ止んでいないらしかった。
 そっと目蓋を持ち上げれば、目の前ですぅすぅと寝息を立てる男。
 まだいたのか、と思うが、この雨では仕方ないだろうな。何しろひどい降りだ。相手の寝息どころか、自分の吐息さえ聞こえてこないほどなのだから。
 しかし体が重い。昨日からの雨と同じくらい、激しく熱を交わらせた。無理だと言ったのに、高杉は聞きやしなかったのだ。
 思い出すと顔が火照る。
 
 まだだ、と偉そうに呟くその声は、雨の音に邪魔されないようにと思ってか、耳のすぐ傍で聞こえた。
 その距離と声が妙に嬉しくて、無理だと思う反面もっとずっと長く繋がっていたくて、浅ましいと感じながらも高杉を抱き寄せて足を開き、受け入れて引き込んだのだ。
 何度も何度も揺さぶられて、悔しいから締めつけてやって、でもさらなる反撃に遭うだけだった。昨日は何があんなに、高杉を興奮させていたのだろう? こんなに寝入ってしまうほど。
 
 ぱたたたたた、と屋根を叩く雨の音。こんな轟音ともいえる音が響く中で、よくもこう無防備に寝ていられるものだ。
 だが、こんな雨は嫌いじゃない。
 いくら声を上げても他人に聞かれることはないし、どうかすれば高杉にさえ届かないのではないだろうか。
 ああ、そうか。だから昨日は、あんなに近かったのだな。
 どうも俺のそういう声が好きらしいこの破廉恥な男が、より近くで聞こうと体を密着させてくるのが、実は嬉しかったりする。
 
「なぁ、高杉……」
 
 俺の声はお前を高ぶらせることができただろうか?
 そう思って、隣で眠る男の髪を撫でてみる。起きないようにと思う気持ちと、起きて構ってほしいと思う心をごちゃ混ぜにしながら、その髪に口づけた。
 
「なんだいヅラ……珍しいことしやがるじゃねぇか……あれだけしといて、足りないってぇんじゃあるめーな」
 
 起こしてしまったのか、起きていたのか、高杉の腕が腰に絡んでくる。足りないのはどっちだこの馬鹿め。
 雨のせいで近い距離。寝起きの少しかすれた声。どこか子供っぽい仕草で鼻先が触れ合って、口唇が重なる。
 
「足りないわけではないが、腹一杯とも言い切れん」
「くくっ、腹八分目にしときゃいいのになァ」
 
 腰を引き寄せられ、高杉をまたぐ。触れる素肌は、まだしっとりと汗ばんでいた。
 
 雨音のせいで近くなる距離、耳の傍の呼吸と温度、咎められない声で誘い、煽られる。
 何よりも、いつも朝が来る前に姿を消している高杉が、雨宿りとでも言わんばかりにまだ傍にいる。
 
「高杉……」
 
 嬉しい。
 もっと長く、もっと傍で、この声を聞いてほしい。
 
「愛しているぞ」
 
 
 こんな雨は嫌いじゃない。
 すべての音がかき消され、お前の他に、絶対誰にも聞こえない――。


#両想い

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2559-2049

NOVEL,銀魂,高桂 2016.05.30

#両想い

 「くそ、動けん……馬鹿、しね」  布団の上に突っ伏して、申し訳程度にかけられて…

NOVEL,銀魂,高桂

2559-2049


 「くそ、動けん……馬鹿、しね」
 
 布団の上に突っ伏して、申し訳程度にかけられていた羽織をぎゅっと握りしめる。それだけでも、体が悲鳴を上げるようだった。
 
「……お前さんが言ったンだぜ。俺の言うことなんでも聞くってなァ」
 
 ヤツが、高杉が、俺のせいじゃないとばかりにふうーと息を吐く。開け放された窓からヤツの吐いた煙が逃げていった。貴様のせいでないわけあるか、どう考えても貴様のせいだ、馬鹿。まあ一割くらいは俺のせいだと思ってやってもいい。
 今回こそは勝てると思ったのだ、高杉に。だが人気投票とやらの結果は、いつも通り高杉の順位が上で、俺が下。一度くらい、俺が上でもいいだろうに。
 
「うるさい、順位が上だった方の言うことを聞くとは言ったが、こんなものいつもと変わらんだろう」
「どこがだよ。いつもは夜明け前に解放してやってるつもりだが……それに俺ぁ、お前さんを上にもしてやったろう」
「……そういう意味ではない! この破廉恥男が!」
 
 思わずガバリと体を起こしたが、怠くて痛くて肘ががくりと折れる。不覚にも、高杉に抱き止められてしまった。
 
「あんまり無茶するもんじゃねーぜ、ヅラ。あんだけやりゃあ、動けねーのも道理ってもんだろ」
「しね、馬鹿」
 
 ぐいと高杉の体を押しやって悪態をついてやったが、高杉はそれさえも面白そうに笑い受け止めてしまう。
 高杉の言う通りあれだけされたら、動けないのも仕方ない。朝から晩まで、ではなく、晩から昼まで、何度体を重ねたのか。俺が上に乗せられた状態でも、した。ほんとに許さんこの馬鹿。
 ああもう陽が高いではないか。腹も減ってきたし、無理をしてでも起きていようと、散らかされた着物を羽織った。
 
「まったく、こんな破廉恥な男のどこがいいのか知れん」
「ひでぇ言いようだな、ヅラ。ンなに順位が気になるもんかい」
「一度くらい譲れ。だいたい、貴様が格好いいのが悪いのだ、手酷いと見せかけておいて優しいとかな、人一倍ロマンチストだとかな、そういうのはずるい」
 
 たまにこうして長くともにいるのなら、説教のひとつでもしてやろうと思ったのだが、……何か間違ったような気がしてならない。
 高杉が目を瞬いて、肩を震わせた。やっぱり間違ったらしい。
 
「お前さん、面白ぇなあ。本人を前にして惚気かい」
「ち、違うぞ、これは俺が思っていることではなくだな」
 
 そうだ、別に俺だけが思っていることではないはずだ。そうでなければ高杉の方が上であるわけがない。
 
「俺からすりゃあ、何位だって構わねぇンだけどな。気になんのは、ただひとり惚れた相手の中での位置だ」
 
 煙管が置かれ、その手で引き寄せられる。
 何を馬鹿な、俺たちはそういう間柄ではないのだから、俺を抱き寄せる暇があるならその惚れた相手とやらを口説きに行けばいいものを。
 いつもの悪ふざけだ、そうに決まっている。というかこれ以上はせんぞ、絶対にだ。そもそもこっちは体力を根こそぎ持っていかれたのに、なんでそんなに元気なんだ貴様は。
 至近距離での視線の交錯程度で、負けてやると思ったら大間違いだぞ高杉。
 
「お前さんの中で、俺がどこにいるか、だな」
「ふざけるな貴様なんぞ最下位に決まっているだろう」
「くく、つれねぇな」
「では訊くが、高杉、貴様の中で俺は一位なのか?」
「ンなわけねーだろ」
 
 ほらみろ、と即答されたことを内心で腹立たしく思いながら、体を押しやろうと、した。
 ぐるりと視界が回る。気がつけば、高杉越しに天井を見上げていた。
 
「お前さんは、『別格』なんだよ」
 
 ああ、駄目だ、持っていかれた。体力も、心も、ぜんぶ。
 

 仕方なく、本当に仕方なく、今回も勝ちは譲ってやって、高杉の背中に腕を回した。
 
#両想い

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ずっと、ずっと。

NOVEL,銀魂,高桂 2016.05.21

#3Z #両想い #ラブラブ #学パロ

  わあ、と小さな声が上がる。桂はゆっくりだった足をとうとう止めてしまって、先を歩く俺と距…

NOVEL,銀魂,高桂

ずっと、ずっと。

 
 わあ、と小さな声が上がる。桂はゆっくりだった足をとうとう止めてしまって、先を歩く俺と距離ができてしまった。三歩ほど歩いても桂の足が動き出すことはなくて、仕方なく俺もそこで立ち止まる。
 
「すごいな」
 
 桂が足を止めた理由は分かる。あのでっけェ真っ赤な太陽だ。川の向こう、立ち並ぶマンションや一軒家のその後ろ。今にも建物を食らいそうなほど巨大な夕日が、そこにあった。
 すごい、とは思う。あんなにでけェの、あんまり見られるもんじゃねぇ。だけど俺は、立ち止まってまで見たいとは思わなかった。
 
「晋助、すごいあれ。大きい」
 
 桂の方はそうじゃないようで、何がそんなに嬉しいのか、はしゃいだような笑顔でようやく足を動かして俺に駆け寄ってくる。
 踏み出すたびに揺れる黒髪が可愛いなんて、……思ってない。思ってねーぞ、くそ。
 
「こんなにおっきいの、初めて見たぞ。手が届きそうだな」
 
 手が届くなんてこと絶対にないのに、桂はあの赤い怪物に手を伸ばす。俺はその手を止めるようにあとを追わせ、桂の指先を握り込んだ。
 
「……晋助?」
 
 桂が、少し慌てる。握り込んだ俺の手を見て、きょろり、左右に視線をやる。誰かに見られていないか、気になるのだろう。誰もいねーけど、いたってこの手を離す気はない。
「お前、あれ、怖くねーの」
 離したら飲み込まれてしまいそうで、できない。もし飲み込まれるなら、一緒に行く。離したくない。
 そう思うくらいには、俺は桂を好きだった。
 
「怖い? どうしてだ」
「いや、だって……あんなにでけェし、色なんか、血みてーじゃねーか」
「あぁ……確かに真っ赤だな……だけど怖くはないよ」
 
 桂が首を傾げて俺を見てくる。その瞳の中には俺しかいなくて、頬の熱が上がっていくのに気がついた。
 
「だって晋助が一緒にいるんだぞ? 怖いことなんてあるわけないだろう」
「……そーかよ」
 
 もうやだ。
 もうやだこいつ。
 可愛い。
 決めた今日ぜってー寝かせてやんねー。
 握り込んだ手をそのままつないで、家へと歩き出す。照れくさい気持ちを隠すようにだ。
 
「晋助は、あれが怖いか?」
「馬鹿、怖ぇんじゃねー、気味が悪いってだけだ。なんか……食われそうで」
「ふぅん……でも、今なら食われても、一緒だからいいな」
 
 歩く速度を速めようとしたのに、できなかった。桂が恥ずかしそうにそう呟いたせいだ。
 なんなんだよお前はよ、さっき俺が思ったのと同じようなこと言いやがって。
 一緒ならいいなんて、いつもは外で手をつなぐのも恥ずかしがってしないくせに、指まで絡めてきやがって。可愛いンだよちくしょう。
 
「あ、の……あのな晋助」
 
 桂がまた足を止めてしまう。手をつないでいたせいか腕が引っ張られて、俺は半歩も行かずに何だよと立ち止まった。
 
「晋助はあれ怖いって思ったかもしれないけど、俺は綺麗だって思ったんだ。綺麗な夕日……晋助と一緒に見られて、嬉しいって……」
 
 つないだ手をぐいっと引っ張られて、桂の口唇が頬に当たる。
 え。
 え、なんだ今の。ちゅって、なんだそれ。
 
「ごめんあと三秒、一緒に見てくれ。考え方も感じ方も違うけど、俺はそういう晋助とずっと一緒にいたい」
 
 恥ずかしそうに桂が笑う。なんだそれ、反則だ、考え方が違うのなんて当たり前なのに、なんでそれを今、武器にすんだよ、馬鹿。
 
「……ん、五秒でいい」
 
 手をつなぐことさえ恥ずかしがるお前の、ありったけの勇気を使ったおねだりなら、聞かないわけにはいくめーよ。
 泣きてぇほど嬉しいなんてこと、今は言うつもりもねぇけどな。
 
 
 
 三秒って言ったのに、晋助は五秒って返してくれた。
 晋助の、こういう小さな優しさが、とても好きだ。俺の他には誰も知らないかもしれないけれど。……んーん、俺だけ知ってればいい。
 
「血……にも見えるけど、リンゴって考えた方が可愛いんじゃないか?」
「俺が可愛くてもしょうがねーだろ」
 
 そうかな、晋助だって可愛いところいっぱいあるのに。カッコイイところだっていっぱいあるけど。
 ずっと一緒にいたいって言ったのは嘘じゃない。むしろ晋助を好きになってるって気づく前から思ってる。
 離れたくない、本当はいつだって手をつないでいたいんだ。
 恥ずかしくて照れくさくて、そんなことできやしないんだけど。
 でもどうしてだろうな、今度こそ一緒にいたいって言う気持ちが、ずっと抜けていかないんだ。
 まるで何かに責められてでもいるように、言い訳をしながら一緒にいることに、少し後ろめたさを感じながら。
 あの夕日に食われそう、と晋助は言った。
 晋助とは考え方も感じ方も違うけれど、ときおり、こんな風に思考が重なる。
 飲み込まれてしまいそうだ、って俺も思った。こっちに来ないでくれって手を伸ばして押しとどめようとしたら、晋助がそれを止めて握りしめてくれたんだ。
 
 ここでふたり、留まっていられるように。
 
 やっぱり、好きだなあって思うよ、晋助。お前といられるなら、怖いことなんて何もない。後ろめたくても誰に責められても、晋助以外を選べない。
 そんなずるい俺を受け入れて、受け止めてくれるのは晋助くらいしかいないから。
 
 たっぷり五秒を三秒ほどオーバーして、さあ帰ろうと足を踏み出そうと、した、のに。
 晋助のまっすぐな目に、見つめられているのに気がついて、体が硬直してしまった。晋助の瞳は、ときどき人を動かなくさせる力がある。
 深く、深く、綺麗な瞳には、今、俺しか映っていない。
 それが嬉しくて、幸せで、泣きそうになりながら。
 しんすけ、って。呼ぼうとした。
 
「……小太郎」
 
 それよりも早く、晋助の優しい声が耳に届く。ずるい、ずるいいつもは小太郎なんて呼んでくれないくせに、どうして今、それを武器にするんだ。
 
「ずっと隣にいるから」
 
 そう言って、晋助は俺の額にちゅってキスをしてくれる。なにそれ。なに今の。
 晋助はずるい、かっこいい、どうして、馬鹿。
 
「なァ、近くのスーパーでリンゴ買っていかね? 今、すっげぇリンゴの気分。お前の真っ赤なほっぺたと、一緒」
「さ、さっき晋助だって赤かっただろ、馬鹿っ」
「赤くねー、馬鹿」
 
 ぽふぽふと、歩き出した晋助の背中を叩く。
 もうやだ、もういやだ、決めた今日は絶対に眠らせない、朝までしてもらう。
 あとリンゴはうさぎの形に切ってもらうからな。
 
 
 
 そうやって俺たちは、リンゴのような太陽に追われながら、家路を急いだのだった。


#3Z高桂 #両想い #ラブラブ #学パロ

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この先の幸福

NOVEL,銀魂,高桂 2016.05.03

#晋ズラ #イベント無配

 はらりはらりと、紅色の花弁が落ちてくる。それを見上げて、わぁ……と感嘆の声を上げた。「すごい……す…

NOVEL,銀魂,高桂

この先の幸福


 はらりはらりと、紅色の花弁が落ちてくる。それを見上げて、わぁ……と感嘆の声を上げた。

「すごい……すごいな晋助、視界が紅で染まっていくぞ」

 夜に紛れそうな紺の着物を身にまとい、ズラ子は風でなびいてしまう髪を押さえる。見上げた桜はもう葉に変わり始めていて、そのせいか満開の頃のように花見をする者たちはいなかった。おかげで貸し切り状態だ。

「ここももう散っちまうな」

 こちらもまた夜に紛れてしまいそうな黒をまとう晋助が、同じく桜を見上げながら呟く。そうだな、と残念そうな声が返ってきたけれど、

「でも、晋助と見られて良かった。満開の頃は忙しかったからな、お互いに」

「あァ……そうだったなぁ」

 時間を作ろうと思えば作れたかもしれないが、こんな風に二人きりで見られたのだから、むしろ良かったのだろう。

 散りかけた紅色でも、相手が大切な人なら、美しく色づく。

「綺麗だな……」

 ズラ子が、落ちてくる花弁に手を伸ばす。その横顔の方が綺麗だがなと口には出さずにおいて、晋助はくわえていた煙管を外しふうっと煙を吐いた。

「なァ知ってるかいズラ子。そうやって落ちてくる花弁を受け止めることができたら、幸福が訪れるんだとよ」

「え、そうなのか? この花弁を?」

 ズラ子は晋助を振り向き、半信半疑で訊ね返す。視線だけで答える晋助に花弁を見上げ直し、ひとひら、手に取ろうとした。

 だが風で揺らいだ花弁はふわりと浮き上がり、ズラ子の手には来てくれない。

「あ……、……んー、難しいな」

 では違う花弁をと思うのだが、これがなかなかに難しい。軽い故に、ほんの少しの空気の抵抗でも流れが変わってしまうのだ。

 なるほど、こんなに難しいのならば取れた暁には本当に幸福が訪れてもおかしくない。

「くそ、取れん」

「くくっ、まぁせいぜい頑張んな」

 取れないとなると途端に悔しくなってしまう。今年はもう花見に来られそうにないから、機会は今日しかないだろうに。それなのに意地悪な花弁は、ズラ子の指をすり抜けていってしまう。

「……もういい」

 しばらく奮闘していたズラ子だが、ひとひらも取れやせず、もしかしたら自分には幸福など訪れてくれないのではと俯いてしまった。

「だ、だいたいそんなもの迷信だ、幸福とは自分の手で―」

「ズラ子」

 悔し紛れに呟くズラ子に、晋助が手を伸ばす。そっと前髪に触れてきた晋助に首を傾げたら、すいと何かをつまんだ指先を差し出された。

「お前さん、ちゃんと受け止めてるじゃねーか」

「えっ……」

 晋助の指につままれたそれは、紅色の花弁。どうやら前髪についていたらしく、ズラ子の顔がぱあっと華やいだ。

「その綺麗な髪に引きつけられたンだろ」

 晋助はその花弁をズラ子の手のひらに落とし、嬉しそうに口許を緩めるのを満足げに眺める。迷信だと言ったそれでも嬉しそうに笑うズラ子が見られて良かったと、晋助も口許を緩めた。

 ―まァ、お前さんは俺が幸福にしてやるけどな。

 花弁などに頼らずとも、とまだ口にできない言葉を胸に掲げる。

 堂々と言えるのはいつだろうなと苦笑いをしたら、それを見とがめたズラ子がくるりと振り向いてきた。

「晋助は、いいのか? 花弁、取らなくても。俺が取ってやろうか? あ、でも自分で取らないと駄目なのか……」

 ひとひらの幸福を手に入れたズラ子が、上機嫌で晋助の分の幸福も、と手を伸ばしかけ、気づいて止める。晋助はその手を絡め取り、

「俺ぁいいんだよ」

「でも」

「ここに、極上の薄紅があるじゃねーかい」

 ズラ子をそのまま抱き寄せて、口唇の薄紅を奪い取る。

 ちゅ、と音を立てて離れていった晋助の口唇に、口づけられたのだと認識してズラ子はボッと頬を赤らめた。そっちの紅もいいなあと笑う晋助の腕に自分の手を添えて、

「……これで晋助も幸福になれるだろうか?」

 ズラ子は自分から口唇を重ねてみたりした。

 
#晋ズラ #イベント無配

天国でも地獄でも

NOVEL,銀魂,高桂 2016.02.01

18歳以上ですか? yes/no

NOVEL,銀魂,高桂

天国でも地獄でも

18歳以上ですか? yes/no

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この狭い世界で

NOVEL,銀魂,高桂 2016.01.20

#両想い

人の気配に、桂は顔を上げた。足音も立てずに忍んでくる男を一人知ってはいるが、こんなところにいるはずが…

NOVEL,銀魂,高桂

この狭い世界で


人の気配に、桂は顔を上げた。足音も立てずに忍んでくる男を一人知ってはいるが、こんなところにいるはずがない。
人目を避けた隠れ家とはいえ見張りは置いているのに、侵入者だろうか。桂は傍に置いていた刀に手を伸ばした。
しかし障子戸に写った影に、目を瞠る。
見慣れた影だ。だがなぜ、と瞠目するほどには有り得ない形である。

「よおヅラ、邪魔するぜ」
「高杉……!」

若干乱暴に障子戸を開けたのは、袂を分かったはずの男。

「……なんだ、次に逢ったらぶった斬るんじゃなかったのかい」

煙管を口から外しその男ーー高杉は口角を上げる。そうだ、桂がその言葉を高杉に投げつけたのはつい昨日のこと。だが刀を握っていても、桂がそれを鞘から抜くことはなかった。

「斬ると言った俺の前にわざわざ姿を現すのなら、よほど大事な用があるのだろうな、貴様」

斬られると分かっていながら訪れた理由が分からない。ほとぼりが覚めた頃なら分からないでもないが、昨日の今日で一体なにを考えているのか。

「あァ、まあ大事と言えば大事かねえ」

高杉の手が伸びてくる。桂はとっさに刀を握り直したが、意にも介さず髪を引き掴まれた。

「っ……」
「髪、随分短くなったな」

高杉の指先が、髪をすくって梳くも、いつもとは違ってすぐにすり抜けていってしまう。見た目にも随分と寂しくなってしまっているが、桂自身はさほど気に留めてもいないように見えた。

「伸ばすだろ? ヅラ」

まるでそうするのが当然というように、高杉の口唇が髪に触れる。そこからさえ熱が伝わってきそうな感覚に、桂は少し肩を竦めて訊ねた。

「ヅラじゃない、桂だ。何度言えば分かる。しかし……貴様は長い方が好きなのか?」
「……ガキの頃から長ェのしか見てねーからな。落ち着かねェ」
「ふ、それは愉快なことだな。では伸ばさんでおこう」

桂は目を細めて笑う。落ち着いていない高杉など見たこともない、と。あえて言うなら戦っている時くらいだ。
体を重ねる時でさえ、どこか冷めているようにも思えるのに。欲望のままに体を重ねても、熱をすべて奪うことはできない。
高杉の前には、彼自身が言ったようにひとつの道しか見えていないのだ。

「減らず口叩きやがる」

そう言いつつも、高杉は愉快そうに桂の顎を捉え口唇をふさぐ。桂の反抗が嬉しいとでもいうようにだ。抗ってくる相手は少ない。幼い頃から変わらない距離感が、高杉には心地良いのだろう。

「貴様はすぐそうやって……俺の話を聞かん」
「……なんだ? 今日はやけにつっかかるじゃねェか。話せよヅラ、聞いてやるぜ?」

桂が寄せた眉の間に口唇を落とし、高杉は笑う。しかし桂も、こんな時にこんな状態で話したいことが見つかるわけもなかった。言いたいことはあの時船で言ったつもりだし、これからも変わらない。
高杉自身を否定するつもりはないが、やり方が気に食わん、と。
たとえ高杉を斬ることになろうとも、そのやり方を認めるわけにはいかない。それを伝えて、決別した――はずだった。
それがどうして、またこんなことになっているのか。

「あァそうか……お前さん、俺のことが嫌いなんだっけなァ。そんな相手に、話すこともねェってかい」

桂が押し黙っていると、高杉が声を低くしてそう呟く。本気で訊いてくれるつもりがあったのかと桂は気づくが、今さら何を言ってもこの男の心の奥底には響かないと知っていた。

「…………ああ、嫌いだ」

桂の指先が、高杉の頬を撫でる。戦うことでしかもうこの男を止められないのかと思うと、悔しくて、苦しくてしょうがない。

「だが、愛してもいる。だからこそ止めたいのに、貴様は話を聞かん。肌を重ねながらも共にいることさえしない」

船の上で、嘆いた。国どころか友一人変えることもままならないと。変わってほしくないと心から願う、もう一人の盟友に。どれだけ茶化されようが、あれは桂の本心だった。

「貴様ひとり変えられん俺が、国を変えるなどと……とんだ大法螺を吹いたものだな」
「俺は変わっちゃいねぇさ。てめーこそ人の話を少しも聞いちゃいねえな、ヅラ。俺はあの頃からたったひとつのものしか見てねえよ」
「……そうだな、貴様の狭い世界に、俺は存在していない」

高杉の想いは、師に対する、恋情にも近い憧憬だ。それは随分前から知っている。
桂自身、師を尊敬していた。今でも彼の人以上の師はいないと思っている。それを自分たちから奪わせたのは、何よりも弱い自分たち自身だ。
だから高杉の気持ちは分からないでもない。
たったひとつと言い切ってしまえる強さと、弱さと、幼さ。高杉晋助という男を形づくるもの。
そこに、桂小太郎は――存在していただろうか。

「高杉、ひとつだけ答えろ。俺を抱くのは――哀れみか?」

桂の問いかけに、高杉の目が細められる。
気まぐれに肌を合わせたのはいつ頃のことであったか。桜が散る季節だっただろうか。思い出せるのは、ちりちりと焼けつくような胸の痛みだ。
恋をしているつもりはなかった。する気もなかった。
それでも愛していると言えてしまうのは、頬に触れたいと伸びてしまう指先のせいだろうか。

「哀れみねェ……色気のねぇこと言いやがる。俺は俺なりに、てめェを好いてやってるつもりだがなァ、ヅラ」

その指先を払いのけておいて何を言うのか。
桂が眉を寄せたのを確認してから、高杉は面白そうに指を絡めた。そのまま強く引き、口唇を奪う。触れる、ではなく、奪う、だ。乱暴にふさがれた口唇から、呼吸さえももぎ取られていく。
桂はきつく目を閉じ、いったいこの男のどこに惚れてしまったのかと自身を哀れんだ。




う、と声を詰まらせた。煙管が面白そうに肌を撫でていくのと、高杉の指先が中をえぐるのとで、違う種類の快感を与えられる。強弱も違えば感度も違う。いつの間にか知り尽くされてしまったその場所は、いとも簡単に高杉を受け入れていくのだ。

「は……ぁっ……あ」

紫煙のにおいが鼻をつく。それに混じって高杉のにおいと汗を感じた。密着し、素肌を合わせているのだと実感するこんな瞬間が、桂には幸福でとても後ろめたい。
止めるために、救うために、斬ると決めた相手に抱かれて悦楽を感じている事実が、ひどく愚かしくて情けない。

「高杉……っ」

両腕で抱きよせるのは忍びなくて、剣を抜く右腕で高杉をいだく。斬りたいわけではないのだと言い訳をして、何度も重ねてきた肌を合わせ体温を感じ取る。耳元の愉快そうな笑い声さえ、桂を高ぶらせた。

「ククッ、今日はやけに積極的じゃねえか、ヅラ。そんなに寂しかったのかい」
「馬鹿を言うな。もとより傍にもおらん貴様相手に寂しがってなどいたら、身がもたんわ」

早く済ませろと、心にもないことを言って返し、左腕も背中に回す。それに応えるようにも高杉の腕が桂を抱き起し、膝の上に座らせた。

「てめェが動け」

支えててやる、と高杉はようやく煙管を離し、桂の体を抱きしめる。次に逢ったら斬るとまで言った相手の隠れ家に抱きに来てまで、不遜な態度は変わらないなと、桂は深く息を吐いて腰を上げた。







ヅラ、てめェは少しも分かっちゃいねえ。俺はてめェが思っているより惚れてんだ。
俺の上で腰を振って、色っぽい吐息で俺を誘って煽るてめェに、俺ァちゃんと惚れてんだぜ。
あぁでも今日はやっぱり髪の長さが物足りねえな。
いつもなら、こうして俺に口づける寸前はてめェの長い髪が頬の横に垂れて覆ってくる。
狭い視界にとろけた顔が映るんだ。てめェの言う狭い世界に俺とてめェのたったふたつきり。最高じゃねーか。

だが、俺とてめェがともにいたって、何も変わりゃしねー。昔も、今もだ。
何も守れず、何も壊せず、ただひとつきり描いた魂を追ってくだけだ。
せいぜいこうして抱き合って名を呼ぶくらいしかねぇだろうよ。


「なぁヅラ。次に逢う時までに、髪ィ、伸ばしておけよ」


このたったひとつの狭い世界で――。

#両想い

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EGOIST

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜 2014.11.21

#両想い #執×監 #逃×執 #誕生日

「ギノ、これ」狡噛はそう言って、宜野座の前に小さな包みを差し出してみせた。包装紙とリボンでラッピング…

NOVEL,PSYCHO-PASS,狡宜

EGOIST


「ギノ、これ」


狡噛はそう言って、宜野座の前に小さな包みを差し出してみせた。包装紙とリボンでラッピングされたそれは、彼への誕生日プレゼント。
今日は宜野座の誕生日。恋人である狡噛としては、外せない重大イベントだ。書類片づけてからでいいから部屋に来てくれと言ったら宜野座は不思議そうな顔をしていたが、もしかして忘れていたのだろうかと思ってしまう。

「……ギノ?」

しかし差し出したにもかかわらず、宜野座は受け取ってくれない。じっとその包みを眺めたまま、指先一本さえ動かそうとしなかった。
さすがに不審に思って首を傾げ促すと、宜野座はハッとして狡噛へと視線をやり、そして俯いてしまった。

「………………覚えていると思わなかった」
「は? なんでだ、毎年祝ってただろう」

小さく呟かれた言葉に、狡噛は目を見張る。学生時代に出逢って、友人から恋人になって、ずっと一緒に過ごしてきている。豪華なパーティーなど開けないが、一緒に食事をして何かしら贈り、一夜を共にするなんてこと、何度もしてきたのに。
さらに言えば今年、狡噛の誕生日を祝ってくれたのに。
正直、今年は無理かと思っていた。何しろ例の事件でサイコパスを後戻りできないほどに悪化させ、潜在犯になってしまったのだから。
執行官として刑事課に戻ってはきたが、以前のように宜野座と肩を並べて捜査の指揮を執ることはなくなった。当然住む環境も変わり、監視官の同行なしでは外も出歩けない。
何より、宜野座は潜在犯を嫌っている。社会のクズだとまで思っている。そんな存在になってしまったのに、生まれた日を例年通り祝ってくれたのだ。
そんな彼の誕生日を忘れるはずがないのに。

「俺はお前が考えているより、お前に惚れてるんだがな、ギノ」

同じ位置で肩を並べることも、肩を支えることもできなくなってしまったが、気持ちだけは変わらない。

「潜在犯からのものなんか、もう受け取れないか?」

宜野座の方の気持ちが変わってしまったのなら、それは仕方のないことだ。それだけの仕打ちをしてきた。潜在犯に落ちた部下を哀れんで祝ってやることはできても、祝われる理由なんてない、ということだろうか。

「……受け取らないと、だめか」
「…………受け取りたくないってことか? お前を諦めるのにはかなり時間がかかるんだが」

むしろ諦めるのは無理かもしれないとさえ思う。恋人として触れ合えなくなっても、上司と部下として接していかなければならない。逢えなくなるのならまだしも、そんな近距離で諦めなどつくものか。

「諦める? それ……恋人じゃなくなるってことか。狡噛がそうしたいのなら」
「いやいやそうしたがってんのはお前だろうが」
「え? いや別に」

わけが分からないとふたりそろって首を傾げる。だが宜野座が終結を望んでいるわけではないと知って、ホッとした。

「じゃあ、これ受け取ってくれてもいいだろ。なんで嫌なんだ?」
「い、嫌なんじゃない、それ……ら、来年じゃダメかと思っただけだ」
「来年?」

寂しそうに顔を歪め俯く宜野座に訊ねてみて、狡噛は答えを聞く前にああそういうことかと悟る。

「心配しなくても、来年も祝ってやるから」

監視官だった時とは違う。何かを約束してやれる立場にはない。命の危険と、サイコパス悪化の懸念。もしかしたら明日にでもいなくなってしまうかもしれないという、宜野座の怯え。
来年も一緒にいてほしい。そう言外に告げてくる宜野座に、なんの根拠もない未来を約束する。

「潜在犯の言うことなんか、信用できるわけないだろ」

信用できないと言いつつ、精一杯想いを注いでくれる宜野座を、来年も祝いたい。ずっと傍で、潜在犯なんかと言われながらも祝いたい。

「……お前がそこまで心配するなら、これは来年お前にやる。渡すために、ちゃんとここにいる」

狡噛はようやく納得した上でプレゼントを持った手を引っ込めて、テーブルの上に置いた。食べ物にしなくてよかったと今さら思う。来年の分も再来年ほしいと言い出すのだろうなと考えると、腐らないものにしないとなと一年先のことを思うのだ。

「しかし恋人の誕生日に何もないってのはちょっとな」

そう言ってちらりと宜野座を見やる。せめて何か普段と違うことでもしてやりたい。

「ギノ、今日は抱いてもいいか?」
「え、あ、ああ……? うわっ」

確認して、狡噛は不審そうな声を上げた宜野座をよいしょと抱き上げてみる。軽いとは言わないが、もう少し肉を付けた方がいいのではないかと感じた。

「下ろせ馬鹿!」
「こら暴れるな、落っこちるだろうが。今日はいつもと違うことしてやろうってんだから、おとなしくしおけよ」
「なにする気だ、おいッ」

そうして宜野座の抗議は聞かないまま、珍しく寝室へと足を運ぶのだった。




だがそれも長くは続かない。28の誕生日を迎えた頃は本当にめまぐるしくて、誕生日を祝う余裕などなかった。それでも狡噛はその一年前に買ったものを渡してくれて、来年もまた、とキスだけくれた。
しかし狡噛は公安局から抜け出し、宜野座は潜在犯に落ちて執行官になり、「来年」の誕生日を一緒に祝うことはなくなった。
狡噛の部屋を整理するときに、明らかに誰かへのプレゼントと見られるものがあったのは、おそらく29歳の誕生日に渡すつもりだったものだろう。
宜野座はこれで本当に途切れてしまうなと口の端を苦笑で上げながら、最後になるだろうプレゼントを受け取ったのだ。
そして宜野座の手元には、28歳の狡噛が買った29歳の宜野座へのプレゼントと、宜野座が買った狡噛への渡せないプレゼントが残る。
たぶんもう逢うこともないのだろうと、日々を過ごして日付が変わる今日、無事に30歳を迎えた。

フィルルルル。

執行官用のデバイスが音を奏でる。何か事件かと、宜野座は自室のソファで応答のモニターを立ち上げた。


【誕生日おめでとう】


モニターに打ち込まれていく単語に、目を見張る。リアルタイムで現れ、そして消えていくそれは、宜野座だけへの【誰か】からのメッセージ。

【玄関入って左へ3歩、下から1メートル、キーワードはEGOIST】

表示された傍から消えてしまう。宜野座はソファから腰を上げ、部屋のドアへ向かった。

「入って、3歩……下から1メートル」

そのメッセージの表した箇所に、小さな穴がある。爪で引っかければ、手前に引っ張れる切り込みが見えた。こんなものあっただろうかと思うより早く、爪の先を差し込んでいた。
10センチ四方ほどの板が剥がれる。その奥の小さな空間に、ちょこんと何かが置かれていた。しかしそれを手にするには、手前の防壁が邪魔だ。小さなモニターが付いており、そこにパスワードを入力しなければ取り出せない仕組みのようだった。

「パスワード……」

先ほど表示されたメッセージには、キーワードはEGOISTとあった。だがそのものズバリのわけはなくて、宜野座は思案する。
すぐに浮かぶのは香水だが、連想できるものがない。ファッションブランドでもなさそうだし、あとはーー。

「そういえば……あれもEGOISTだったか……」

数年前から一部マニアに熱狂的支持を得ているシビュラ公認アーティストがいた。生身の体を持っていながら、表に出るのはCGで描かれた少女。
確か常守たちが可愛いんですよと言っていたそれも、EGOIST。
宜野座はもしやと思って、彼女のリリースした曲を検索してみた。
ふと目に止まったものであればいい、と小さなタッチパネルに文字を入力した。

All alone with you と。

ピ、と電子音がしてロックが外れる。こんな手の込んだことをする人物は一人しか思い当たらない。どうやって仕込んだのか、いつ仕込んだのか、そんなことは分からない。
ただ事実として今、宜野座の手の中に30歳の宜野座への誕生日プレゼントがある。
デバイスへのメッセージはとっくに途切れていたが、ゆっくりと開いた箱の裏、綺麗な手書きの文字が綴られていた。


【来年、右手にはめてやる】


箱の中に、コロンとひとつ、指輪だけが入っている。
せめて指輪用の箱に入れろと思ったが、あの男にそんな気の利いたことができるわけもなかったかと、呆れ気味に笑った。
来年逢うまで大事に取っておこうと大切そうに握りしめる。そして逢えたら、渡せなかった彼へのプレゼントも押しつけてやろう。
また、来年――今度はふたりで。


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